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2012年5月16日 (水)

■目を閉じてガッしよ -更新第771回-

スティーブジョブズさんは、究極のプロダクトデザインの形として
タマゴを挙げていたんだそうですね。
じゃあ会社名も(株)エッグにすれば良かったのに!!

オイサンです。
なぜリンゴにしたんだい? スティーブ。


  スティーブ「その発想は無かった」


ちなみに、オイサンの敬愛してやまないMr.NINTENDOこと宮本茂さんは、
「ルービックキューブが永遠のライバル」らしいです。
どっちの言ってる事が好きかっつったら、
オイサンはやっぱ宮本さんですね。
余談ですが、宮本さんにとってのMr.NINTENDOは故・横井軍平さんだそうです。



■歴史(そら)からこぼれろストーリー



朝、Twitterのタイムラインに
「電車の中でJKさんが日本史の内容を呪文のように暗記しようとしていて辛そう」
という呟きが流れてきた。
あー、そうなー。
オイサンも社会科(歴史・地理)は好きじゃなかった。
特別苦手(≒テストの点が悪い)でも苦痛なかったけども、興味はなかったなー。

  ……まあ、暗記科目でない数学・物理・化学やらは
  もっと不得意だったんだけど。
  結局は語学系(国語・英語)がオイサンのストライカーだったわけだけど、
  語学系と、暗記系と、
  数学系(?と括っていいのかワカランくらい理系科目には理解がないんだけど)とで、
  脳みそって使うところ全然ちがうのかね。

ただオイサンの思うところ、歴史を学ぶにはいくつか段階が必要で、
その中で既知の事実を先ずは認識する段階ってのはどうしても必要だなーとも思った。
ざっくり考えたレベルで、その段階はこんな ↓ 感じ。

 1)事実を認識する段階(既知の知識を取り入れる段階)
   ……歴史上で起こった一つ一つの出来事を知る

 2)認識した事実(点)をつなげて線・面にする段階
  (全体的な流れ・個別の事象から見て、点を原因と結果として再構成する)

   ……1)で知ったこと事柄が、どんな原因で発生してどんな結果を生んだか
     (さらにそれがその後どういう流れを作ったか)

 3)途切れた線・どことも繋がらないように見える点に、
  仮説を立てて点を補い創造する段階

   ……1)で登場した事柄の中で、2)の流れに組み込めないものに対して
      ・その点へのアクセスの仕方
      ・その点と関連付けられそうな点・繋げるための経由点(仮説)を見つける

今の中学・高校までで教わって試される、
つまり「テストに出る」のは2)までなのだろうけど、
恐らく2)の内容を2)の内容のようにテストすることもちゃんと整備されておらず、
結局2)の内容も正解の丸暗記でテストするしかないので、
イキオイ「暗記科目」の名を恣にしてしまっているのでしょう。

そもそも、2)の内容を2)のように教えてるかと言われたら、
多分それも、あんまりそうはなっていないんでしょう。
マ難しいと思いますけどね。
2)のことを2)のように認識し始めれば、
そこにドラマやロマンをかぎつけることが出来て、面白くなっていくんだろうと思います。

オイサンはその辺想像力の働かない子だったんで、
歴史には興味を持てずじまいでした。
2)を2)のように、教えてくれようとした先生もいた……と、思うんですけどね。
多分。

3)なんかは学習というよりも研究のレベルだろうから、
1)2)を経た上で大学でやることなんでしょう。





■何が面白いのかわからないけど面白い物の話。



歴史繋がりでムリヤリこっちの話するけど。

 ▼『戦国コレクション』

うーん……困った。
『戦国コレクション』が面白いぞ……。
これは困った。

  イヤ、面白かないんだけど(どないや)。

さすがKONAMIさんやでェ……。
「どうあがいても突っ込みどころが残ってしまうなら、
 もう全部突っ込みどころにしてしまえ」
という逆・隙の無さ。
好きですよそういうの。『戦国乙女』もそうだったな。
戦国要素で残ってるのなんか、
名前・武器、あとはそれぞれの主だった特技とかくらいだもんな。
ただのキャラクターの顔見せアニメだもんな。
脇役で出てきた面々があとあと大きな話で繋がるわけもないし、
結局はその、吹っと飛ばし方が面白いだけなんだけど。






あとは、ただの人情モノだものねえ。
水戸黄門みたいな話のフォーマットだけ引っ張ってきて、それっぽくしてるだけ。
だからこそ、ヘンに飽きたり期待しないで見てられるんだろう。

特段、それぞれのヒロインのお話が、
元になった武将のエピソードと関連づいてるってワケでもなさそうだし。
その辺りに凝らない、一生懸命にならないってあたりも、
……それでいいってワケではないんだけど、
「失敗しない」という意味では、正しい選択である気がする。

「面倒くさい気分にさせない」という点において色々と正解で、
ベテラン監督(後藤圭二さんです)はやっぱその辺の
肩の力の抜き方がすごいなーと感心したりする。
とりあえず見てしまうし、
ヘタしたら勢いでBDの一枚くらいは買ってしまいそうですものね。
すごいわ。したたか。

……しかし皆さん、「戦国」、好きね。
戦国、幕末。
……太正?(ぉ

「縄文コレクション」とかダメかね。
野生女児満載! ちからを合わせて土器と石器を集め、マンモス(縄文?)をやっつけろ!
オイサンの石器時代のイメージは、ギャートルズだけで出来とるからな。


 ▼『これはゾンビですか?』

関係ないけど「何が面白いのか分からないけど面白い」繋がりで。
コレの二期も面白いはずが無いのに面白くて、見てしまってますねえ。
基本的な構造というか、面白みの出所は上の『戦国~』とおなじなんだろうな。
こっちはそれに加えて、緩急がもっとしっかりしているというのはあると思う。



■社会派自転車操業



デ今度は『戦国~』とのソーシャルゲーム繋がりで
むりくりソーシャルさんのお話をするわけだ。

ソーシャルゲームがコンプガチャ問題で色々言われておりますが、
ガチャでコンプする/しない、それが景品ナントカ法に抵触する/しない以前に、
「ガチャ一回300円」という価格設定に、
ものっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっすごい、
違和感を感じているオイサンでした。

違和感ていうか。
高いだろ。
普通に。

価格設定っていうか。
モノゴトとお金を関連付けるとき、
感覚的に許せるラインと許せないラインがあって、
これはなんかもう、自分では絶対に手を出せない領域にいる。
挑戦権が1回こっきりで300円でもわかる気がする。
繰り返しトライするものであるなら、10回300円ならわかるし、手を出すかもしれない。
しかしその……
宝くじでさえ、10枚連番で買えば300円は返ってくるというのに。

まあ感覚的な問題だし、
今の世の中、お金と実体の関係は一筋縄では量れないので
他のものの値段と比較するのは詮無いことです。
ことはソフトウェアの開発に、コンテンツひっくるめて幾らかかるか、
それをどう回収するかなんていうビジネスモデルにかかわることですんで
一概には言えないんですけども。
それにしたってねえ。





……「ビジネスモデル」て。






……。







マテヨ。








ソーシャルさんの開発と運営に当たっては、
プレイヤーの行動の監視と解析がキモなのだそうです。

つまり、プレイヤーがどんな場合にどんな行動を起こすかを監視して、
その行動に即した展開を用意することで課金意欲を起こさせる、ということらしい。
そういう行動ログは、昨今言われてるビッグデータってやつで、
蓄積にも解析にもまあ、大きな設備やら技術が必要らしい。

んでは、そのデータを蓄積するための設備と、
解析するための仕組み作りに、収益の多くが回されるのだとしたら……
これって、つまり。
プレイヤーは……

メーカーが自分から
最も効率よくお金を巻き上げるためだけのデータそのものと、
設備を整えるための資金を一生懸命献上し続けてる


っていう図式ではナカロウカ。



どうよ?



まあ、言い方・取り方を変えれば





「社員一同、お客様からご提供戴いたご意見を反映し、
 常に手厚いおもてなしでお迎え出来るよう
 心より手グスネ引いてお待ち申し上げてオリマス!!」




ってことなんだろうけど。
オトナの言葉遣い。
そりゃあまあ……そんな素敵なお客さん、
いっくらでもオマチモウシアゲテオラレルでしょうよ。

いや、まあ。
どんなお商売だって、
「利益を上乗せした料金をとって、
 マーケティングして、そこから次のサービスを立ち上げる」
ってことでは最終的には大差ないんだろうけどさ。

オイサンはやってないんで、あんまりえらそうなことは言えないんですけどね。
それに見合って面白ければ、それでいい……



……。



ウーン。



の、かなあ……。



楽しんでる人に、冷や水かける気は無いんだけどね。
でも、あなた方が楽しんでるのと、多分同じくらい、
オイサンは疑問に思ってるんだよ。
だから書いた。



■苛立ちのZone of Control



朝の話、2発目。
電車でのお話なのです。

最寄り駅始発の電車で座ってたんですが、
発車してしばらくすると隣のお兄さんがノートPC開き、カタカタ始めたわけです。
朝の電車ではやめときゃいいのになーと思いはしたのですが、
隣でも気にはならないくらいで座席のスペースにゆとりのなかったわけでなし、
まあいいか、と思っていたのですが。
そのかたを挟んで向こう側にいる人が……なんかおかしい。

やかましい。

腕組んでうつむいてる様なんですが、舌打ちしたり、
貧乏ゆすりしてるのか、時折カカトを踏み鳴らしてみたりなさる。
……どうもその、ノートPCのお兄さんのカタカタがやかましいようで、
暗にヤメロというアピールをしている……らしい。
ノートのお兄さんはお兄さんで、気付かないのか敢えて無視してるのか、
特段気にする風もない。
結局終点に着くまで、二人の関係は変わらなかったんですけども。

まあ朝の電車ですし
(といっても、オイサンの乗る時間帯はそこまで激混みでもないんですが)、
満員ということを差っぴいても、
「公共の場」なのでやらないに越したことはないのかもしれませんけども。

……ただ、イマドキ、多少程度の差こそあれ、
ケータイいじったりゲームしたり、それこそ本を読んだり新聞読んだりと、
さほど大差ある話でもないように思うわけです。
ノートPCでの作業も。
「公共の場だから携帯電話をいじりなさんな」っていうのは、
まあ、ない感覚だと思いますし、デカイPCでもなかったですしね。
少なくともオイサンは、隣でやられても、邪魔にもうるさくも感じなかった。

  突き詰めると、ケータイならエエんかい、タブレットPCはどないやねん、
  という不毛なギロンになりかねず、正しくOK/NGを分けるのは
  「その状況において周囲に累が及ぶかそうでないか」
  でしかない。
  文庫一冊読むにしたって、
  アンタなんでそんなスペース取んのっていうヒト、たまにいますもんね。
  どっか骨格イカれとんのとちゃうかっていうくらい。
  ケータイいじる程度にしたって、
  ギュウギュウ詰めの満員電車のど真ん中じゃあやめといた方がいいわけです。

その朝の状況にあって、オイサンの感覚では殊更やかましくも鬱陶しくもなかったんで、
その二つ隣の御仁が普通以上に眠かったか、
イラついていたかしたんじゃないかなーと推測するわけですが……まあ、ご愁傷様。

それよりもオイサンが今回疑問だったのは、その二つ隣の方が
「大儀・正義は我にあり」っていう考え方だったんじゃないかなあ、
という点でして。
「朝の電車でノートPCカタカタやるのはやかましいし非常識。
 なにより迷惑してる人間(=俺)がいるからやめて当然」
みたいな気持ちだったとして、
ほぼ同じ環境におかれたオイサンはそうは感じてないわけで、
その時の両者の関係ってどうあるべきか、ということが
一旦量り直されないとよろしくないんじゃないかと思った次第。

ここで一歩、二つ隣の方が自分の正義を引っ込めて
「申し訳ないけども、やめてくれるか、もう少し控えめに静かにやってもらえんか」
という一言があったら、多少改善されたんじゃないかなあとは思います。
「俺が正しいに決まってるんだからやめろアホ」
っていうのは……
まあ、まあね。
概観的な状況からして「やめときゃいいのに」っていうのが
一般的な見解だってのはわかるんですけど。
けども、その場に身を置いて細部を量ってみれば、
そこまではっきりと善悪が分かれた状況でもなかったよなあ、と思うので。
マ眠くてイライラしてたらそんなゆとりはないと思いますけどね。
一歩引くのも腹立たしいってのもまたワカル話です。

まあ……ノートPCのお兄さんの立場としては、
推し量って自分から一歩引いとくってのが、日本人的には一番、
美にも徳にもなる発想だとは思いますけど。
翻って、その美徳のあるを笠に着て、
「お前、俺が正しくてお前間違ってるからヤメロ」
って、ノベツマクナシ無言の高圧的な態度で大上段から振り下ろすあなたのその姿は、
じゃあ、美徳になりますかい? ……ということを、
改めて問い質しておきたい所存です。
わが身においても。



……。



とかって書いといてなんだけど、
美徳を笠に着て大上段から振り下ろすのって、すっげえ日本人っぽいですね。
なんかそう思った。
ミもフタもねえけど。



マそんな感じでフタツ。



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なんかココロがささくれ立つようなお話が多かったので
甘ったるいモノのお写真で中和中和。


オイサンでした。



 

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2012年4月30日 (月)

■黒髪ロングは坂の途中で釣りをする~2012年4月期アニメ感想・ニャル子・つり球・ラグランジェ~ -更新第766回-

毎度おおきに。
色々リハビリ中のオイサンです。

世間はGW真っ盛りですね。
斯く言うオイサンも、どうにか人並みにお休みを戴けております。
ありがたいことです。

んでまあ、カタカタと物書きのリハビリも兼ねて
前回の記事で宿題にしてた前期分のアニメの感想とか、
今期始まった分の感想とかを……
マ忙しさにかまけて、全然キチンとは見られてないんですけれども、
分かるだけでも書いていこうかなと思います。



■2012年1月期アニメの感想



と言ってはみたものの、上でも言った通り、前期の作品、実はしっかりと見切れとらんのよねー。
どうにかキッチリ完走出来たのは、『あの夏で待ってる』くらいなモンか。
『男子高校生の日常』は中盤以降トビトビになっちゃったし、
『キルミー』は途中で脱落。
『ラストエグザイル』も、最後まで見る気でいるけど真ん中あたりでとまってて、
『シンフォギア』『アクエリオン』はかなり序盤でリタイア。見てない。

それでも『男子高校生~』は面白かったし、
『ラストエグザイル』もまだ見る気はある。
デそんな状態で結局何が一番面白かったかっていうとやっぱり
『孤独のグルメ』だった、っていうオチなんですけども。

  ……まあ、色々とくたびれきったオイサンの脳みそでは、
  年頃の娘さんがトラウマ抱えて泣きながら絶叫するようなお話は見てられん、
  ということですよ。
  あまりまとまった評判も聞こえてこないところを見ると、
  さほど大成功を納めた作品というのはなかったご様子ですね。
  まとまって絶賛気味の声の聞こえるのは『Fate/Zero』くらいでしょうか。
  こちらはオイサンがさっぱり見てませんけども。

『キルミー』も……なんかねー。
見ていて頭が空になる分、そこでなんか考えてしまうというか。
頭を空っぽにはしてくれるけど、支配してはくれないんですね。
あとよく見たのは『ひだまりセレクション』と『Aチャンネル』の再放送だったなー。
なんか見ちゃうんだよな、あの二本は。

あれ?『モーレツ宇宙海賊』は?
と訊かれそうですが、あれは楽しみにとってあります。
ていうかアレは今期も続いてるのね。結構結構。
追いかけます。
『アマガミSS+』は前回書いたとおり。

他に何か言っとくことのある作品っていったら……
『輪廻のラグランジェ』かなあ。



■輪廻、空転。




『輪廻のラグランジェ』、ものすごく、作り手・作中の人物のテンションと、
それを見ている自分のテンションに温度差を感じた作品でした。

  あ、この先褒めませんけど、別段こき下ろす為に書くつもりはありませんで、
  ただ自分的にすごく不思議な感触のあった作品だったので、
  その疑問点を心に留めておくために書いています。
  けなされて腹の立つ人は読まない方が無難かと。

オイサンの個人的な感触からいうと
「受け手を置き去りにしている」という言葉がぴったり当てはまる作品。
それはもうすべてにおいて。

  もしかすると、受け手のみならず、
  作り手が登場人物さえ置き去りにしているのではないか、
  という風にも見える。
  キャラクターが納得してないのに、無理やり演技をさせている……
  そんな風にも見えることもあった。

人物の心情もそうだし、
鴨川という土地を押し出して、聖地化して盛り上がろうという仕掛けもそう。
NISSANの未来デザイン部門にメカデザインを発注する試みとか、
そこから上がってきたデザインとかの企画面に関しては
面白かったしかっこ良かったと思うけど
(といっても、その面白さに見合うほど斬新なモノでもなかったと思いますが)、
全体通して、作品世界に驚くほどノリ切れない作品でした。
ビックリ。
なんか色々空回っちゃったなー、という感じ。

作り手が、果たしてこのドラマをノリノリで描いているのか、
それともオイサンに近いような疑念含みで描いているのかはわからないけれども
少なくとも描かれているキャラクターの心情にオイサンは
納得性を持ってついていくことが出来ず、
すごく上滑りしているように感じた。

特に顕著に感じたのは、マドカがミドリ(マドカのマシンね)を封印され、
お仲間二人がマドカのことを思って封印解除を訴えるためにハンガーに立てこもったとき。
何とかハンガーに侵入して馬鹿なことはやめるようにと二人を説得し、
最後に照れ笑いで得意の「まるっ」サインでシメるのですけども……
「……お嬢さん、なんか自分に酔ってないかい?」
と、若干引くくらいの気持ちになっていました。
ここで、「あー、これはなんかもうだめだな」と思ってしまいました。

作り手としては、あの大写しの照れた笑顔でグッと来て欲しいのだろうけど……
どうにも、マドカ本人の気持ちもそこまで運べていないし、
受け手の気持ちも一緒にそこへ連れて行けていない。

一体全体、その温度差が何に起因するのかは分からないんだけども……
何か、何かあるんでしょう。
最初の出し方とか、出してからの運び方とか、開示する情報の順番とか。
うーん。
あくまで印象論にすぎないんでそこは申し訳ないのだけども。
何か、何か積み重ね方が足りないと、思ってしまう不足があったんだと思う。

マドカがジャージ部を始めたきっかけのエピソードとかは後半になって語られたけど、
……マドカの基本精神が「世話焼きオバサン」なんですよね。
ただのお節介っていうだけでなく、
ジャージ部であることに依存しているというか、
人に頼られていないと死んじゃう、みたいなところを感じて、
じゃああんたジャージ辞めたらどうなんの、みたいな危うさを感じる。
困ってる人を見捨てられないのは結構だけど、
困ってる人がいないと生きていけないんじゃどうすんだっていう。
何が正義で何が悪でみたいな線引きは、ちゃんと自分で持ってると思うんですけど。

一つ感じたのは、マドカは「理屈じゃない」人物であるにもかかわらず、
その心情の流れをすごく理詰めで描こうとしていたんじゃないか、
という風には思った。
作り手の熱情から生まれた物なのではなくて、
マーケティングから組み立てられたものだったんじゃないかなと。
突き抜けた感がないというか。
「ああ、この子は「こいつをぶん殴りたい!」という気持ちひとつで
 腕が伸びたりはしないんだろうな」
という……イヤなに言ってんだかわかりませんが、
この子がどこまで本気なのかがはっきり分かるような描かれ方をされていなかった、
そんな風に思います。

マドカが、魅力あるヒロインに全く見えなかった。
学校の人間に頼られアテにされている人物として描かれているけども、
その裏側で、実は便利使いされるだけされて実は冷笑されている、
すごく「浮いた」人に見えていた。

しいて言えば、オイサンはこのヒロイン、
まどかが「キライ」なんだろうと思う。

マこれに関しては、個人的な感触に大きく左右されると思うので
これでしっくりくるという人もいるんだろう。
普通なら、ただお話の傍観者に収まれば済む話だったんだと思うけど、
何故かこの作品に関してはそういう不思議な違和感が強く、
見ていてすごくムズムズした。
同じような感想を持った人はいないだろうか。

以上、
あの上滑り具合、違和感は特筆するに価すると思ったので、一応書いておいた
見返して原因を探りたくなるくらいのモヤッと感。
でも、OPとEDは結構好きなんですよねー。



■2012年 4月期作品のファーストインプレッション



どうでもいいけど、今期、アニメ多過ぎじゃないですか?
なんかアホほど予約に入ってるんだけど。
どうせ見やしないんだろうけどさ。

そんなんで、ナンダカンダとレコーダの予約にはぶちこんでるんですが
まだほとんど見られていません。
結局書くこと無いんじゃないか(うるさいな)。



■『戦国コレクション』 http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/sencolle/
……おおう。
しまった、なんか「面白い」と思ってしまったぞ、これ。
第一話の見始めは、
「馬鹿みたいなどうでもいい、いかにもKONAMIっぽいアレだなあ」
と思ってたけど、中盤あたりから本当に何も考えたり拵えたりする気が無いのがわかって、
却って見ていて面白くなってきた。いい開き直り方だと思います。

そして、ワリとワクワクしつつ二話目を待っていたのに……
何故か毎週録画にしていなくて、二話目・三話目をすっとばしてしまった……orz
なにしてはるんですかオイサン。
デ第四話をみたんだけどもこれはワリと普通だったな。

ただ、どうでもいいけどKONAMIさんは
アニメをソーシャルゲームのコマーシャル代わりにすんのやめて欲しいなあと思ったり……
っていうと、『アマガミ』周りの人たちが困るからやめとこうか。


■『しばいぬ子さん』 → http://www.takeshobo.co.jp/sp/tv_shibainukosan/
とりあえず中身を知らずに録画してみたけど、
うーん、まあ、もういいわ。短くていいんだけどね。
若くてかわいい人むけですね。
『フジログ』とか『戦国鍋TV』とかを見てる人たちが喜んで見そう、
という、オイサンのド偏見。


■『ゆるめいつ3でぃ』 → http://www.takeshobo.co.jp/sp/tv_yuru/
短いタイプの作品だったんですね。
飽きなければ続けて見る。
短いのは良いんだけども、
この短さを体感するためだけにレコーダから再生するかといわれたら、
それも面倒くさい気がする、
そんな短さ(難しいな)。
それを乗り越えさせてくれるくらい面白ければいいんですが。
実家に原作の単行本があったんですが、正直そんなに面白いとは思わなかった。
望み薄。
でもいつの間にか4話までしっかり見ちゃってる。
OPnタイトルが『飛び出せ!3D』ってのもアホアホしくていいですね。
モモーイ最近声聞かないけど頑張れ。
あなたこそが「萌え」の化身だと、オイサンは信じてるぞ。




■『宇宙兄弟』 → http://www.ytv.co.jp/uchukyodai/
最近よくいくシゴトバ近くのご飯屋さんにモーニングがあるのでたまに原作を読んでますが、
さほど惹かれるような作品でもございません。オイサン的に。

しかし、今宇宙モノってはやってるんですかね。
なんか他でもあったような。

もう10年以上前に、サンデーで石渡治先生が『パスポート・ブルー』なんていう
宇宙飛行士モノを描いてらして、
あまり盛り上がりこそしなかったものの題材としては新しく、
中身も面白くて、ただオイサンは
「ちょっと早かったんじゃないだろうか」などと思っていましたが、
そこにようやく世間が乗っかってきましたね。
「はやぶさ」の一件とかもあってのことでしょう。

とりあえず1話を見たけど、まあ、継続しては見ないでしょう。
先々の展開が、漠然とですが読めてしまうので。



■『あっちこっち』 → http://www.tbs.co.jp/anime/ackc/
録画ではなく、シゴトバ近くのお宿に泊まったときにそこでちょっとだけ見た。
本編は……まあ、カワイイ系4コマお得意の、という感じですね。
気持ちをゆるくするには丁度いい塩梅なのではないでしょうか。
オイサンにはちょっともの足らない。
オープニングがなんだか新しいというか、
どう捉えていいのかわからないんだけど、
ボンヤリ、「表現が豊かになったなあ、受け手が色々、寛容になったなあ」
と思ってしまった。



もう見ていない。



■『這いよれ!ニャル子さん』 → http://nyaruko.com/
オイサンの身近なところではどうやら今期最強。
「うー!」「にゃー!」でおなじみ、
OP楽曲のインパクトたるやすさまじいものがございますんでね。
分からんでもないです。

オイサンも原作の発表当時は、「這いよれ!」などという
普通に暮らしていたのではおよそ耳にする機会のないであろう命令形に面くらい、
「こいつぁ……またとんでもないニューフェイスが現れやがったもんだぜ……」
と『ドクロちゃん』の一党体制がついに崩れるのか、と戦慄したものですが、
実際原作を買って読んでみると
「ああなんだ、ただのラノベだった」
と肩を落としたもんです。
ナカミはフツー。
超フツー。
で、そのナカミフツー具合はこちらのアニメの方でも変わってない感じです。
いや、アニメに限ってはフツーよりもちょっと下、だと思います。
全般的に素人くささを感じるのは何故だろう。
なんかテンポが悪い。
画もあまり動かないし、見ていてタイクツ。

パロネタとテンションの高さ、あとはアスミスで補填してチョイ上くらいでしょうか。
画が動かないのを、アスミスのハイテンションお芝居で埋めようとしているのか、
それともそもそもしゃべりのテンションが高いから
画を控えめにするねらいなのか、どっちか分かりませんが。
いずれにせよ、時間的にも空間的にも、緩急の付け方がおかしい気がする。

あとは、なんかね、「お話」としての体裁を保とうとして勢いを殺していると思うんです、
この作品。それは原作からして。
もっとアホみたいに膨張出来るはずの世界を、
設定とかストーリー展開というテンプレートに押し込めて
こぢんまりとまとめてしまっている。
こんなタイトルを思いつける人間にこそ、
読者を置き去りにさせるべきだと、オイサンは思います。
ブレーキなんて、あとからいくらでも凡人が横から踏んでやればいいんです。
アクセルをベタ踏みに出来る人間は限られてますが、ブレーキは誰にだって踏める。
文字媒体よりは映像媒体の方がそもそも向いてるとは思うんで
(もっとクトゥルフに寄せるのなら文字の方が良いんでしょうけど)、
楽しみやすくはなってると思いますが……
オイサンは……なんか見てて間が持たず、その間を埋めるのがワリとストレス。



■『つり球』 → http://www.tsuritama.com/
オイサン的、ここまで見た中では今期の大本命。
面白い。

魚釣りと世界の救世主を結びつけて話を展開させるのは、
マこの先の展開にもよるけどもちょっと奇を衒い過ぎでエキセントリックに過ぎる、
と、思いはします。
周りの目を気にしなさ過ぎというか、カットビ過ぎ。
それはキャラクターにも言えるけど。

けども、そういう吹っ飛んだ部分を除けばお話作りはむしろシンプルで丁寧で、
あとは見た目。
絵がきれい。本当にきれい。画というか、色が。
色調がオイサンの好みでね。
いやあ、『あっちこっち』でもちょっと書いたけど
アニメの世界って本当に表現が豊かになったなあと思いますわ。
デジタル化の恩恵も少なからずあるのでしょうね。
音楽もいい。
お話は正直「理屈じゃない」領域にある気がするのでおいておいても、
その二つがすごく心地よくて見ていられる、
そんな感じです。
POPですよね。
ただ、見た目のPOPさを思い切り裏切って、キャラクターと世界がエキセントリック。

けど、それも、……どーなんだろ。
オイサンという昭和のイキモノがそう感じるだけであって、
このくらいの吹っ飛び方は、イマドキのお若い方々にとってみれば
「カワイイ」の範疇だったりしてもフシギはないよな、と思ってみたりもいたします。



3話まで見て、
作り手が自称宇宙人のハルに何をさせようとしているのかが段々見えてきて、
ちょっと普通のフォーマットに落ち込んでしまいそうなので不安です。
細かいことは気にせずに、ぶっ飛んだままいって欲しい。



■坂道のアポロン → http://www.noitamina-apollon.com/
いつも元気なノイタミナの二枠目。
原作コミックありの、1960年代の九州を舞台にした音楽青春ドラマ……のようです。
オモロい。
また、上の『つり球』とは違うベクトルで画が綺麗。
お話も、『つり球』とは正反対のベクトルで、ど真ん中のクラシック。
見ていて清々しいくらい。
時代性という物があって、その刺激のおかげで退屈しないで見ていられるし、
北九州(?)という自分と遠くかけ離れた異文化メンタリティが、
やはり自分にはアクセントになって面白い。

  もし自分が60年代に北九州で高校生やってたら、
  ここまで楽しんでは見ていられなかったかもしれない。
  逆の意味、ノスタルジーでは楽しんだかもしれないけど。

なんというか、偏に丁寧であるという意味で、
見ていてわくわく・はらはら、かつのんびりと安心して見られる、
面白い作品です。
『放浪息子』から男の娘っていうエキセントリックさをさっ引いた感じですかね。
すごくいいです。

ああいう「男くささ」「女らしさ」というわかりやすいメンタリティ一つ備えていれば、
それだけである程度までは承認されていたであろう時代のわかりやすさがうらやましいし、
本来はそれくらいで良い、それくらいまでが本来の人間に制御しうるものなんだろうなあ、
と思ったりする。
……その分、それを身につけ損なった人間には
生きにくいことこの上ない場でもあったろうけど。

うん。
でも、憧れてしまうねえ。


■『黄昏乙女×アムネジア』 → http://www.amnesia-tv.com/
今期の黒髪ロング枠(えっなにそれこわい)。
オイサンのみる気分としては、『ダンタリアン』を見るのに近い……かな。
ダリアンかわいいよダリアン、というのと同じ。
つまり、ヒロインの夕子さんだけで見てます。
中の人がお姫ちん(アイマスの高音さん)の中の人。

オカルトっぽさで引っ張りつつ、かわいいコメディで締める、という
なかなかダイナミックな作りが見てて退屈しない。
これをどっちつかずと捉えるか、何か違う誘いと捉えるかで評価は違ってくると思うけど、
オイサンは好意的に捉えた。
イマドキっぽいソフトエロっちさも押さえてて、非常に手堅いながらも巧妙。
うまいなあと思わざるを得ない。
いや、でも、ホント。
「うまい」の一言につきる。
夕子さんのキャラクター造形がちょっとサービス旺盛すぎるというか、
受け手に都合良すぎて見ていてちょっと警戒してしまうレベルで、
そこが鼻につくと言えばそうですが、
全体の時間的にも空間的にも、緩急のバランスという意味で言えば高レベル。
かわいさ、不気味さ、スピード感と倦怠感、
上手く組み合わせてひっかき回してくれます。
かといって、話が重過ぎもせず楽に見られて、
それなりに得る物もあるっていうのは、ちょっとすごいなー。
うん。
これは、毎週楽しみに見てしまうと思います。
ラクにも見られる逸品。


■『謎の彼女X』 → http://www.starchild.co.jp/special/nazokano_x/
植芝理一は、ずいぶんとポップな物を描くようになったなあ、というのが第一の感想。
「ヨダレの舐め合いのある話がポップ???!?」
と、驚く人もあるでしょうが、いやいや、過去作品に比べれば全然ポップですよ。
多分、ある程度意識してそっちに寄せているのでしょうが。

  『夢使い』ではそれはあまり上手くいかなかったのでしょうね。

恐らくは彼の全力だった『ディスコミュニケーション』を、
遍く世の人の視聴に堪えられるようにしよう、という姿勢なのだと思います。
フルパワーを知っている者にはちょっと退屈ではありますが、でもまあ、面白いです。
こういう「寄せ方」ができるっていうのは、やっぱりプロってすごいなあと、
素人のオイサンは感心するのです。
でも……途中の展開によっては、最後まで見るかは微妙かもです。
足切りボーダーにいる感じ。
OPがまた良いわけです。






■『これはゾンビですか?オブザデッド』 → http://kadokawa-anime.jp/zombie/
まさか二期があるとは。
でもねえ。
これ、面白いんですよね。不思議と。
好きなんですよ。
見てしまう。

  面 白 い は ず な い の に !!(←ひどい)
  くやしいビクンビクン。

何言ってんだ、と思われそうなんですけど、
イヤ、オイサンの琴線に触れる要素なんか皆無のはずなんですよねえコレ。
中身も超ラノベ、コレ以上ないってくらいラノベだし。
……まあ、テンションが『ドクロちゃん』に近いっちゃ近いんで、
その辺が気に入ってるのかも知れんが。
正直、自分でもどこに評価ポイントがあるかワカラン。
けど、ラクに楽しく見てしまう。

うーん。
その謎に迫る、という意味でも、ちょっとちゃんと見たい作品ではある。
そう言う意味では『ラグランジェ』と真逆の位置にあると言えなくもない。
多分、理屈が必要なところに理屈を用意しないわかりやすさがいいんだろうなあ。



■『氷菓』 → http://www.kotenbu.com/
オイサンの見る前からTL上では
「京アニはシャフトの物まねがしたかったのか」
「退屈で楽しめる要素がない」
という評判だった本作。
それら評価の言わんとするところは、まあワカランではないです。
オイサンは見てませんけど、多分西尾維新作品……『×物語』系列とか……の
映像が、というか言葉に付随する表現が、多分こういう感じだったんでしょうね。
影響がある、ということは何となく見て取れます。

そもそもオイサンは、西尾維新作品のような、
「ややこしい理屈とかセリフ回しで全編物語をからめ取ることを面白味として
 全面に押し出した作品」
に余り馴染みがないので、この作品もあまり好きじゃないです。
アニメだからとか、ラノベっぽいからとかいう以前に
お楽しみのコアに据えられているものが好きではない。

なので、まあ、あまり出会うべきでないものに出会ったという感じで、
この作品が面白いか面白くないかを言うことは、あんまり出来ないということです。
この種の「楽しみ」について、批評……というとエラそうですが、
正しく感想を述べられる目をもっていない。
「退屈」という人の気持ちが分かるは分かるけど、さほど退屈だとは思わなかった。
読みとるべき機微はそれなりに埋め込まれていて見応えはあり。
ただその一つ一つは陳腐でストレートだったので、そこは退屈ではあったかも。

  ヒトツ気にかかったのが、出ずっぱりの主人公の友人が、
  やたらと主人公の名前で呼ぶのがすっごい鼻についた。
  なんかこう……ブンガクっぽさを出そうとしている演出に見えて。
  とてもいらいらしましたが、原作からしてああなのかしら?
  だとしたらちょっとねえ。

映像は京アニらしい美しさ満載ですが、
言われるように表現のシャフトっぽさが前にたち、
かつ、シャフトが弁えている引き所のさじ加減がまだあまり身についてないのでしょう、
押しまくりでちょっとしつこい感じがします。

もう2、3話見てみて、求める刺激があれば見続けると思います。



■『夏色キセキ』 → http://www.natsuiro-kiseki.jp/
これまた、オイサン近辺の世間一般ではダメ評価のついてる作品です。
なんでしょうか、
声優ユニット「スフィア」さんの4人を主人公に据えることを前提とした作品、らしいです。

……普通、ですよね? コレ。
ほかと同じで、普通に面白くないのに、なんでこれだけダメなんだろう。
ダメ出してる方々、アンタらこういうの好きじゃん? と思ったりするんだけども、
何がダメなのかよくわからない。
まあ見ていてオイサンなんかは面白くはないんだけども、
その面白くなさたるや、『アマガミSS+』と同じくらい面白くないわけで、

  じ ゃ あ い い ん じ ゃ ん

とまた色々各所から怒られそうな感想を、第4話まで見て毎回思ってます。
いやー。
うーん。
わからないなあ。
これを面白くないって言ってる暇があったら
もっと他に面白くないって言える物があると思うんだけどなあ。
……まあひねくれてトシを重ねたおっさんの言うことなんで、
あんまり気にしないで戴けるとありがたいですがね。



■『シャイニングパン屋』 → http://shining-world.jp/heartsTV/
一部の熱狂的なファンから絶大な支持を得て
一部で原作ゲームもバカ売れの本作。
……主に湘南方面限定で、ですが。

いやあ。

最初見たときは「ナンジャコレ」と思って普通に切るところでしたが、
とあるフォロワーさんのおかげでオイサンの視点が間違っていることに気付きました。
すべてがパンに始まりパンに終わる、
その過程で美少女三人がキャッキャウフフする姿を、
文句言ったりバカにしたりしながら楽しむのがこの作品の楽しみ方だったわけです。
いやあ、目からウロコだ。
バカ正直にお話を楽しもうとしたオイサンが間違っていた。

  ありがとう、しらすの中の人。

まあ、だからと言って面白いわけでもないけどな。
寧ろこの作品をそういう風に見ながら楽しそうにしている、
そのフォロワーさんを見ているのが楽しい。
見ているだけで笑いがこみ上げてくる、そんな楽しい作品です。
先達はあらまほしきことなり。



■『アクセルワールド』『さんかれあ』『エウレカ』
……は、見たり見なかったりでフェードアウト気味。
『アクセル』は2話の途中まで見たけど、もういいかと。
『さんかれあ』は、なんか『アムネジア』と『謎の彼女X』の二本と
同時に見る意味を感じなかったので、録ったけどほぼ見ずにパス。
『エウレカ』は……どーしようかなあ。



■Closing



とまあ、今のところはこんな感じなのですが。
けれども、いい加減、アニメ見て、感想書いて、ってのもどうしたもんかな、
と思いますね。
これが政治や経済やら国際問題やら、と広げていければいいのでしょうけど。
……と書いてみて、ああそうか、そういうモロモロの問題についても、
それと同じように書けば良いのか、ていうか書くことが出来るのか、
と気がついた。
まあ細かいトコまで勉強するのは面倒なので、
ざっくりと、庶民の視点から、人の心と暮らしにまつわるであろう部分にフォーカスして
書くことになるんだとは思いますが。
そしてそういう大きな問題に対して、
そういうミクロなご意見を申し立てることに、
果たしてどれだけの意味や需要があるのかは分かりませんが。

マ今回のところは手慣れたところでリハビリリハビリということで。
この先、スタイルは変えていくかも知れませんけど。
でもまあ、なんだかんだ言って、
良しにつけ悪しきにつけ、書きたいと思わせてくれる刺激があるということは
それだけも十分意義のあることだなあと思います。

今期は『つり玉』『アポロン』『戦国』『アムネジア』を筆頭に、
『ゆるめいつ』『彼女X』『ゾンビ』『氷菓』『ニャル子』『キセキ』『パン屋』
くらいの順番で、ゆるゆるいきたいと思います。
マ全部は完走しないでしょうね。

  それにしても、数多過ぎるなあ。

はてさて、何が残りますやら、
ニントモカントモでござるよ。

オイサンでした。
ニンニン。

 

 

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2012年3月 3日 (土)

■のんびりと、陽気に、力づよく。 -更新第764回-

オイサンです。
ちょっとだけ更新。
いえなんてこたないんですけどね。


なんかもう、意味のわからないペースで働いていて、
なにが何だかわからない状態のおくたびれモードで。

せめてもの慰みにと、帰りの道すがらのツイッターだったんです。
そうして、少しお若い方とお話をさせて戴いているうちに、
つるりとあるお歌このことを思い出し、なんだか胸のすく思いがして、
心が幾分軽くなるのを感じましたので……そのことと、
そのお歌のコトを、少しだけ書きとめておこうと思います。


▼『トム・ソーヤーの冒険』 誰よりも遠くへ




のんびりと、陽気に、力づよく。



▼『釣りキチ三平』 若き旅人




そうさ 忘れたうたを探して 旅人は歌ってゆくだけさ。



……なんか、『LoveSong探して』に、ちょっと通ずるところを感じますね。



▼『ニルスのふしぎな旅』

ニルスのふしぎな旅 OP ED 投稿者  



……まあオイサンは、いい加減エエ年こいただけのオッサンで、
旅人でも少年でもなんでもない、
ただ心ばかりが漂泊するロクデナシなわけですけれども。

なんでしょうね。
最近、とある方が

「一幅の絵が我々に与えるものは詩であり、詩が何より重要で、
 詩が全てのはじまりなんだ」

というようなことを仰るのを読みました。
そういう風にはオイサンは気付いておりませんでしたが、
言われてみればああなるほどなと、深く胸に落ち着いた言葉でありました。

概ね、そんな言葉をひとから聞かされて、
素直に、深くうなずいてしまえる人間なんてものは、
ちょっとわかったふりをしているだけのナマケモノだったりするわけで、
そのことに自ら気付き、言葉に出来る人間とはそれはもう、
雲泥の隔たりのあちらとこちらにおるわけですが……
それでもなお、
つらい時やくたびれたとき、道に迷った時には、
いつか心に抱いた星を探して、
もう一回、のんびりと、陽気に、力強く、
ただ歩くことから始め直してみてもいいんじゃないかなと思いました。



胸のすく思い。



幸いにして不孝にして、オイサンは未だに身軽な身の上ですんで。
どうにかこうにか。
やっぱりこう、楽しむところを楽しみつつ行きたいな、と思うのでした。


しかし、くたびれたとき、人が見上げるのはやっぱり星なんだね。
昔っからそうなんだろうなあ。
地球が出来て、夜があって、星が光ってて、
昔っから人間は、大気の底、地べたに立ちつくして星を見上げてきたんだなあと、
こんなとき思いますね。
梨穂子の『星』もそうですね。

そりゃあ……空を飛びたい、宇宙へ出たいと願う人の気持ちも
ワカル気がするよ。
オイサンはどっちかっていうと、望遠鏡よりムシメガネの人なんで、
地べたから見上げて、あることないこと、考えてるのが好きなんですけどね。
そこで詩がまた生まれたりするのが好きなんさ。

などとなどと。
下書きも推敲もナシ、深夜のネなし草子です。

オイサンでした。



 

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2012年1月23日 (月)

■銀幕ティータイム~映画『けいおん!』感想その二・ネタバレあり編 -更新第754回-

はいどうも。
今日も何かと文句の多いオイサンです。

前回に引き続き、先週見てきた映画『けいおん!』の感想、
今回は本編の内容にもちょっとふれたネタバレあり方面でお話したいと思います。

ナカミ知りたくない方は、まあその様になさって下さい。
ネタバレなしのざっくり感想の第一回はこちら。


  ■銀幕ティータイム~映画『けいおん!』感想その一・ネタバレナシ編
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/-752--68f9.html



■『映画 けいおん!』 感想 ネタバレあり編



 ▼あずにゃんに贈る歌

先ずはじめに、ストーリー展開をまとめつつ、
上で書いた「盛り込み過ぎ」の話から行こうかしら。

あの、エピソード四つ、あると思うんですね。
あずにゃんを喜ばせるぞ & ロンドンに行くぞ!編と、
ロンドンに来たぞ!編と、
教室ライブ!と、
あずにゃんに贈る歌!と。

全体を貫くエピソードの軸は、
「卒業する唯たち四人が、残されるあずにゃんに何か贈ろう!」
という気持ちであって、
あずにゃんに曲を贈ることに決まり、
それとはまた平行して走っていた卒業旅行の流れで一緒にロンドンに向かい、
そこで何か曲のヒントを拾ったりしようと(マそれもうすぼんやりとですけど)し、
ヒントを得て帰ってくる、そして曲を完成させる。

……という、ものなんですけども。

あの、教室でライブをするエピソードの、そのあずにゃんへの気持ちという面での位置づけが、
オイサンには読みとれませんでした。
そこ、要らなかったんじゃないの? と、思ってしまった。
何か見落としているのかもしれませんけど。
ただ、ロンドンから帰って来てから曲を完成させるために、
何かワンクッション、必要だったのはわかるので、
もっと違う、さりげないエピソードでも良かった。

  あそこで敢えて、放課後ティータイムとして、
  「放課後ティータイム ⇔ 他者」との場面を作らなくともよくて、
  もうこの映画の中では、全編
  「四人 ⇔ あずにゃん」の、五人っきりの世界で良かったと、思うんです。
  あそこであずにゃんと唯が、何かを送り合い、受け取りあった描写もあるんですが、
  それがなんだったのか解らなかった。
  上で書いた「絞って見せる」というのはこのこと。

イヤ、他の人間を出さないで良いという意味ではないですよ。
和ちゃんが出ないとオイサン困りますからね(どうでもいい)。
見せる関係性を、そこに絞ってしまえばよかった、という話です。
あそこでちょっと、脱線というか、間延びした感があった。
卒業ということを改めて意識させようという意図だったのかもしれませんが、
それはもう……良かったんじゃないかなあ。

起・承・転・結だったのかもしれませんが、
ここは敢えて序・破・急で良かったんじゃないかと。


 ▼緊張感をなくす物語

あと勉強になったなーと思うのが、
すごく、「緊張感を殺すことに心を砕いてるなあ」というのがすごくよく見えたことです。

このお話は、
「あずにゃんに歌を贈るためにそれを隠しつつ懸命な唯たち四人 vs あずにゃん」
の間で緊張関係の生ずるお話なんですけども。

見る側の視点て、基本あずにゃんにあると思うんですね。
デ主人公は唯だけど、あずにゃんの物語、みたいになっている。
見る人は、あずにゃんの目を借りて、唯たちを見ている気がする。

だったら唯たちが何を考えているかは見せないで、
その謎は謎のまま引っ張るのが、一番緊張を高めるやり方だと思うんですが、
それをもう最初から全部見せてしまって、そういうのはナシ、と
作り手がすっかり開いているのが、ああ、そういうことなんだな、
と感心させられました。

  マそうしないと作れない話でもあるんですが。

最低限に緊張をおさえつつ、きちんと流れに乗せて最後まで連れて行く、
というのが、もとが四コマ作品だからでもあるんでしょうね、
お作法になっているのだと思いました。


 ▼細やかさ

様々に細やかな組み立てで、受け手が意識するとせざるとに関わらず、
全てを盛り上げているというのは、上でも書いた通り。
上で書いた
「ある二人が、あることに対して真逆の反応をした」
の話の詳細。

ロンドンの回転寿司屋でイキナリ演奏することになったとき、
唯とムギは真っ先に「演奏したいよ、なんとかなるよ」と言ったのだけども、
ラスト付近で、イザ、あずにゃんに贈る歌を演奏しようという段になって、
「今までで一番、すっごい緊張する!」
って最初に言い出したのも、唯とムギだった、っていう……
あー、あずにゃん大事なのね、
ロンドンとか人前とか、そんなことより全然!
というのがそれだけでもう。
グワッと。
くるワケです。

どうでもいいような細かい話だと、
空港で感じるいろんな物事のデカさとか。
飛行機を見て、旅慣れない人間がテンションを上げる感じとか。
離陸のショックもそうだし、
国際線で、雲の上で夜を明かす、雲海に上る朝日の美しさもそう。
着陸近いときの、中途半端な高さからみる、街並みに感じる高ぶりもそう。
この辺は、良く飛行機に乗って旅行する人ならきっとわかると思います。

慣れてくると少しずつ失われていくけど、
あのときめきって決してゼロにはならないと思います。
遊びの旅行じゃなく、オシゴトで飛行機乗りまくってる人は
なんも感じなくなるかもだけど。

オイサンも海外経験は一回しかないですが、
赤く染まる雲の地平線を見て、あずにゃんを起こしてしまいたくなる唯の気持ちは
すっごく良く分かった。
まあ、話のスジには関係ないトコなんですけど。

旅ごころをかきたてるものとして、そのときめきがすごくよく伝わった上に
5人がとても可愛かった、良シーンだったと思います。
案外落ち着いてた律っちゃんが、すごく印象的だったなあ。
機内で携帯いじってたのは、誰に何を送ってたんだろう?
と思うと、ちょっと胸が痛みます。
恋?

……って、今気付いたけど、
機内で携帯いじってたらアカンやん。
さすが律っちゃん……。



 ▼あずにゃんは天使だった

個人的な気持ち。
あずにゃんを天使にしてしまって、四人は良かったのかな、と思うのです。
それはすっごい大事にしてるという気持ちの表れであると同時に、
やっぱりあずにゃんを一人、外側に置いてしまう行為でもあるとオイサンには感じられて、
そこを「そうじゃないんだよ」と納得させてもらえるだけの要素がなかった。

天使という言葉を持ち出したときに、
律っちゃんだけが「ちょっと恥ずかしくないか?」と異を唱えたんだけども、
その「恥ずかしさ」という部分を、
三人はもう少し良く考えても良かったかなあ、
ちょっと自分たちの気持ちだけで盛り上がってしまったんじゃないかなあと、
感じました。

おそらくあずにゃんはそのことを気に病んだりはせず
大事に思ってくれている気持ちだけを汲み取って受け取る、
それだけの関係があの四人と一人の間には出来ていると思うけども、
あずにゃんとして見ていたオイサンには、一抹の寂しさが、残ってしまいました。

あとはやっぱり、もうね。
TVで卒業式のエピソード見たあとなので。

どんな話だったのかあまりよく憶えてはいないのですけど、
唯があずにゃんに何か手渡して
「私たちみたいだね」
という台詞がすごく心に残っていて。
それを思うと、今更そこにエピソードを追加するのは、
ちょっとおなか一杯過ぎるなあ、という感じはいたします。

この件に関しては、もうそっとしておいても良かったんじゃないかなあ。


 ▼みんなの見せ場

みんなそれぞれ見せ場はあったんだけど、
澪とムギファンには、今一つ不完全燃焼だったのではなかろうか、と思われる。
この二人はメインの5人のうちではワリと不遇だったような。
もしかしたら、憂ちゃんの方が印象に残ったかも知れない。
オイサンごひいきの和ちゃんも無理なく出演してたし、満足です。

そんな中でも存在感出してたのは律っちゃんですね。
いやあ、こういう舞台になると律っちゃんは強い。
大胆さ、思い切りが必要で、かつ周りの意見をまとめないといけないというときに、
ものすごい手腕を、さりげなく発揮している。
大事な決断を、誰に無理をさせることなく、スパッと決めててかっこいい。

寿司屋で演奏するかどうかも、
イベントに参加するかどうかも、
サワちゃんの無茶な衣装への却下出しも、
空気を読んだり読まなかったり、周りも、自分も、殺すことなく前に進んでいく。
すごいなあ。生まれながらのリーダー肌。
すごい株を上げたと思います。無双に近い。

  「劇場版ではらんぼうものがイイ奴になる」

という、元祖「THE・らんぼうもの」の剛田さんが敷いたレールの上を
見事に走ってらっしゃいます。


  おーれーは律っちゃーん ガーキ大将ー♪
     ( ↑ ハマり過ぎだw)


ムギはスタンスとして唯に近いところにいるので、
今回どセンターだった唯が目立つほど一緒に目立って救われてましたが、
「一番何もしてない大賞」は澪っぺですね。
一番無邪気だったんじゃないかw?
基本のっかりキャラでした。マスコット。
マいいけどさ。
作詞のいいところくらいは、彼女の見せ場に上げて欲しかったと思います。
でも、本来の彼女の居場所はこのくらいの日向なのかもしれませんな。

もうちょっと律がバカで的を外さないと、
澪のすることがなくなる、ということが証明された感じ。


 ▼音楽について

映画が始まって、一番最初にうわっと思ったのは、
回転寿司屋でのライブシーンでした。
うわ、っというのは、なんかすごいことになった、という驚きで……
「放課後ティータイムがロックの国(というオイサンの認識)で演奏してる!」
という驚きと、
「怒られるんじゃないか、拍手もらえんのか」
というハラハラ感。

ガイジンさん相手に演奏するということは、
彼女らの土俵である(とオイサンは思っている)歌詞や世界観の面白さでウケるということは
ほぼ期待できないわけで、サウンドとメロディーで楽しんでもらうことになる、
果たして放課後ティータイムって、そこで勝負の出来るバンドなのかしら?
って、オイサンはその辺全然評価できる人じゃないので
すごくドキドキしました。

マその分、すんなり受け入れられていたのが
ちょっとうそ臭くてご都合っぽいなあと思ってもしまったのですが。
そのハラハラ感そのものが、『けいおん!』っぽくないといえば
そうだったかもしれませんね。

本当に音楽が好きな人たちが、一体何を持って共鳴するのかということを、
オイサンは多分分かってないので、
アレはあれで本当のことなのかもしれないな、とも思いますが。


 ▼Japan Pop カルチャー

あともういっこ、『けいおん!』っぽくないついでに。
ロンドン編のシメとして、
けいおん部の面々が日本のポップカルチャーを集めたイベントの舞台で
演奏することになるんですけども。

「日本にいる限り、ロックにしろポップスにしろ日本の歌は邦楽で、
 外国の音楽は洋楽なのだけど、
 海外に出た場合、日本の音楽はなんと呼ばれるんだろうか」
と、ふと考えた。

洋楽的な良い方をすると「和楽(Japanese Music)」とかになるのか?
と思ったんだけど、
でも、「洋楽」が日本で「洋楽」足りえているのは
洋楽がルーツからして日本の外にあるものだからであって、
外国人が三味線を弾いたところでそれは「洋楽」ではない。
となると、今現在日本で主流のJpop的なものやロックなんかは
ルーツが日本になく、日本人がそれをいくら頑張ったところで、
恐らく「和楽」とは呼ばれまい。
「和楽」と呼ばれるものがあるとすればそれは
お囃子や雅楽のようなものであるはずではなかろうか。

果たして、所詮は「真似に過ぎない」日本人のロックが
(けいおん部のアレがロックなのかどうかはオイサンには分かりませんけど)、
海外で一体どれほど響きうるものだろうか、
それが主流となってもてはやされている日本の文化感覚って、
ホント大丈夫なのかなー……
などと。
ちょっと、ほの暗い気持ちに……なってしまったのでした。
『けいおん!』見ながら。

  どうだい。
  器用だろ? このオッサン。
  なかなかいないと思うぜ、『けいおん!』見ながら暗くなれる人。

まあ、そこそこ長い時間、
日本は日本で日本のロックを温めてきたわけで、
本場のものとは違うロックのカルチャーが育ってはいるのだろうから、
そこを面白がってはもらえるんだろうな、とは思うのだけど。
「和」を冠するほどのスピリットは宿っているんだろうか?
マそれは別に、『けいおん!』見ながら考えることじゃないんだけど。

せっかく感じたことなので、書いてみた。
しかしホント、『けいおん!』見ながら感じることじゃないよな。
へんなひと。
でもそこが好きよ(誰だ)。



■まとめ



マそんな感じで。
『けいおん!』本体に関係あることからなさそうなことまで、
映画を見ながら感じたこと、ざらざらと。
なんにせよ、最初に言ったことに尽きると思いますよ。

  『けいおん!』は『けいおん!!』らしく、
  テレビと同じくらい面白かった。

それが忌憚のないところです。
やっぱりこう……「良くも悪くも」って言葉がついて回ってしまうんですけど、
それでも、良い:悪い=9:1くらいですからね。
もっとこう、映画映画しつついつもの体温を保てれば、
伝説になれたんじゃないかと思います。
そこまで突き抜けたパワーは感じなかった。
ああ、ああ。
おんなじおんなじ。

……みたいな。
安心しつつ、拍子抜けしつつ。
そんな感じ。

でも、なんていうかね、
部屋の外、自分の世界の外で『けいおん!』の力の大きさに触れることが出来たのは、
とても大きな収穫でした。
話に聞いているとはいえ、
「中高生に男女問わず人気絶大、小学生も!」
っていうところは、そーなんだーとは思いつつ、
肌で信じることはなかなか出来ませんでしたからね。
今回劇場でそれをリアルに感じて、
ああ本当だったんだ、すげえなって思いました。

『エヴァ』とは全然違う、世界への染み渡り方をしてるんだなあ。

小中高女子が、それぞれ果たして何を『けいおん!』に求めているのかは
わからないんですけど。
昔のアイドルモノや魔法少女ものの延長を見るように見ているのかしら。
等身大のアイドルや、憧れられる友達として。

  ……マそんなこと言ったら、オイサンたちだって明確にすることは
  出来ないと思うんだけど。

というわけで、前後編合わせてえらく長くなりましたが、
オイサンの『映画 けいおん!』感想でした。

あと、パンフに描かれている唯たちのイラストはすごくかわいいので
個人的には必見だと思います。
特筆するほどの話ではないのかもしれませんけど、
グッズとかほとんど買わないオイサンは好きだった。


ほなまた。
オイサンでした。




 

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2012年1月22日 (日)

■銀幕ティータイム~映画『けいおん!』感想その一・ネタバレナシ編 -更新第752回-

『映画けいおん!』を見てきました。
公開当初から、これは劇場で見よう、と思っていたんですがずるずると。

デぼちぼち公開終了の声も聞こえてきたのでちょっと慌て気味に行って参りまして、
例によってその感想をまとめておこうかなあという次第です。

  マ需要があるのかどうかわかりませんけども。
  せっかく感じたことなので、
  作り手・受け手に何か参考になればという思いもあって残しておこうと思います。
  ダラダラと書く中に、一つ二つでも新しい視点が落ちてればめっけもん、
  くらいの気持ちで読んでもらえたら幸いです。

構成としては、

 ・今回 ネタバレを含まない大体の感想
 ・次回 ネタバレ・内容に突っ込んだ話

としようかと思います。
ホントはこの記事の前半・後半で終わろうと思ったんですが、
長くなったので記事を分けます。
ネタバレを気にしつつも評判を見てみたい方は今回だけ読んで下さい。



ほな、ボチボチいきまひょか。



■『映画 けいおん!』感想 ネタバレなし・概観編





えーと、まずは何のヒネリもありませんけど、面白かったです。
うん、面白かった。
TV版二期の『けいおん!!』が面白かったって人は見に行って損はない。

  オイサンはフツウにボロボロ泣いてましたけど、
  それは毎度のことなんでアテになりません。

オイサンは原作はほとんど全く読んでおらず、
テレビアニメの第一期・第二期を、テレビ放映分だけ見た人間です。
なので、BD/DVDについていた(らしい)、番外のお話なんかは知りません。
そのオイサンの目で見て、TV版と大体同じノリ、同じクオリティで、
面白かったと思いました。

ただその言い方も実は不正確でして、
TV版『けいおん!』ではなく『けいおん!!』、
つまり第二期の匂いの色濃い『映画 けいおん!』だった。

オイサンは実は第一期至上主義者でして、第二期はちょっと語り過ぎるし味も濃い、
と感じています。
第二期は、一期でぐぐっと盛り上がってお客さんも増え、
メジャーを意識した、
お塩をひとつまみ、あるいは生クリームと砂糖をひと匙ふた匙
多く入れた作品に仕上がっている、と感じてます。

  個人的には一期前半の、
  「え? ちょっとそれなに?」
  「今のどういう意味?」
  という、少し物議を醸す様な、不親切さの残る、
  けれども作り手の後頭部の見切れてしまう様な作りが好きだったんです。
  分かりきらないところが表現として残るもの。
  でも二期に入るとその分からなさは殆ど顔をのぞかせないんですね。
  親切。
  みんなに分かる。
  今回の『映画 けいおん!』は、その二期の色を濃く継いだ作品だったと思います。
  マ当然ですけどね。
  そこで一期にもどるわけはないんです。

「映画だから、TVからものすっごいパワーアップした面白さ!」
……ということも、特にはないです。
1700円払って、TV4本分の時間の、舞台がちょっとスペシャルな『けいおん!』を見る。
そういう気分でした。
うん。

……あのー、だから、
とてもよく出来ているし、面白いし、褒めたいんですけども、
褒めるのがすっごい難しいんですよね。
「TVとおんなじくらい!」というのが、褒め言葉に聞こえにくいかも知れない。
そこを細かく語ることは出来ませんし。

でも、『けいおん!』って、アホみたいにヒットして、ウケて、
受け容れられてる作品なワケですよ。
オバケ作品です。
TVからしてクオリティが一段高い。

  今日もびっくりしたもの。
  劇場入って椅子に座ってると、小学生か中学生くらいの女の子がぞろぞろ入ってくるのね。
  別にそれが日曜朝の『プリキュア』の映画だったらビックリしないんですけど、
  一応深夜アニメですからね。
  ウワサには聞いていましたけど、やっぱりちょっと、
  異次元の作品なんだなあと実感した次第です。

  ちなみにフツーの映画同様、
  開始前にはコレから公開される映画の番宣が色々入るんですが。
  ……そんないたいけな小中学生女子に、

  『ストライクウィッチーズ劇場版』の予告を見せるのは
  いかがなものか。

  ケモ耳スク水女子のお尻やお股をどアップで映すのは、
  裂けた方が良……否、
  裂けた方が良……否、裂けた方が良……否、
  避けた方が宜しいのではないでしょうか。
  微妙な笑いが聞こえてきましたよ。
  オイサンは何も悪くないのに!
  ルッキーニもバルクホルンさんも、
  何も悪くないのに(ドン!!



  話が剃れまし……否、話が剃(×3) 話が逸れました。

今となっては『けいおん!』は、ちょっと過大に評価されてる向きがないではないと
オイサンなんかは思いますけども、
それでもやっぱり、始まった当初は他とは一線を画すオーラを感じて
「なんだこれは!!?!」と釘づけになりましたし、
そのオーラ自体は、多分今も変わってない。

それがクオリティを落とさずに、新しい、
ちょっと大きめのエピソードをもう一回見られる。
これはそれだけで贅沢な出来事だと思います。思うんです。
だから「TVと(少なくとも)同じ『けいおん!』がまた、2時間も見られる!」
というのは、ワリと大きな賛辞だという思いで、
オイサンはこの言葉でお伝えしています。

作りは変わらず、何かと細やかです。
言葉にしないで伝わることは、言葉にしないで伝えよう、
アニメーションで伝えようと一生懸命なところがキチンと守られていると思います。
昨今のアニメには珍しく。
その労力、姿勢はやっぱりすごい。
オイサンは動画については相変わらず無頓着な方ですが、すごかったと思います。
TVと遜色なかったというのはそういう面でも。

ヒトツ例を挙げると、
ある二人が、
ある行いをするにあたって、
ある二つのタイミングで真逆の反応を示すのですが、
その対比がすごく効果的で、グッときました。
細かいことはあとのネタバレあり編で書きますけど、これはすごかったなあ。

うん、いつもの放課後ティータイムだったと思いますよ。

とはいえ、お話的には肩に力が入っていたところも見えました。
第二期ベースだから、ということの延長でもありますが。
エピソードが大きく四つ盛り込まれているんですけど、
コレ、三つで良かったんじゃないかな、サービスし過ぎたんじゃないかな。
そんな風に感じます。
これも詳しくは後半のネタバレあり編で書こうと思いますけど……
やっぱ、映画って難しい。
2時間を過不足なく見せるには、見せるものを絞り込んで、
受け手をそこに惹きつけていかないともたないんだと、
それを、あくまで受け手としてですが、実感しました。


 ▼映画という体裁


……。



うーん。



でね。



今この映画って、アニメとしては異例のヒットを記録してるそうじゃないですか。
ジブリの向こうを張る、とまでは言わないものの、
それに次ぐくらいの動員数、興行収入を上げている。

でオイサン思うのが、映画としてのこの作品の面白さが
その数字に見合うものかと言われたら、それは実はそうでもないんじゃないかな、
とは、思います。
具体的な根拠はありません。
なんとなく、なんとなくです。
百万人の人間が手を叩いて、
「すげえ!面白え!」
とおひねりを投げるような「映画」かと言われたら違う気もする。
……まあそれは、『けいおん!』という作品の持つ体温の問題でもあるのですけど。

逆に、この平熱のアニメに対して百万の人間が喜んで帰るというのが今の時代であり、
その時代の映画という媒体の置かれた位置だっていうことなんでしょう。
オイサンの物差しがちょっと古いって話ですねこれは。
忘れて下さい。

ただその、「映画」を見に来た人がこれを見てお腹一杯になって帰れるかって言うと、
そうではないな、と思ったという感じです。
「けいおん!」を見に来た人は満足して帰るだろうけど。
映画映画してない、って言いますかね。
多分、『けいおん!』にイカニモ映画映画することは出来ないだろうし、
作り手もそこは狙ってなかったと思いますけども。

それでも『「映画」 けいおん!』を見に行った者としては、
……「話として肩の力が入り過ぎてた」と言ったのとは色々矛盾するんですが、
ちょっと食い足らなかった。
そんなことです。

これがね。

OVAでリリースされていたら全然違和感はないのですけど、
オイサンのような世代には、映画って、気持ち的に特別なイベントですんで。
もしかしたらそこは、「映画」という体裁をとってしまったことで
ちょっとソンしたかもしれないなあと、ボンヤリ思うオイサンです。
『ドラゴンボール』の映画みたいになってもヘンだと思うしね。

難しいな。


あーあとねー。
どうでもいいけど、テレビの番宣CMで流れる、コマギレのエピソードというか、
小ネタの数々は、概ねオイサンの思った通りの展開で出てきましたねw
それを狙って作られた予告編だったのでしょうけど、
面白いくらいにw
その快感も計算づくだったんだと思います。
これは上手いと思ったなあ。

あ、でも、「サイドビジネス!」だけは予想外だったww
あれはガチで吹きました。面白かった。

予告編の作りはすっごい上手いと思うわ。
特にいい話を強調したお話でもないのに、アレ、すっごいいい話みたいに見えますからね。
別モンだもの。


そんなことなので、
『ストライクウィッチーズ』の劇場版も
楽しみにしたいと思います。



サテ、ネタバレなしの感想概観はここまで。
ここから先は、本編の風景なんかを盛り込んで、
ちょっと細かくお話していこうかと思います。

いや、でも、結論は「面白かった」なんですけどね。

ほなまた。



 

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2011年12月24日 (土)

■我らの安らぎの誕生日 -更新第736回-

オイサンです。


今日はクリスマスで、
だからというわけではないのですが
お休みを戴くことが出来ました。

このところお休みを取れていなかったこともあって、
本当は贅沢を言ってお休みを戴いてる場合でもなかったのですが、
そこは温情を戴きまして。

そして、
二人の本当に気の良いお友達にお誘いを戴きまして、
香り高いお茶と、
きれいな歌声と、音楽と、
美味しいお蕎麦の夜を過ごすことが出来ました。
今のオイサンには過ぎた時間であったように思いますが……
とてもありがたいと思っています。



さて、今日はクリスマス。



オイサンは別にキリスト教徒ではありませんし、
家は一応浄土宗で、高校はカトリック系の学校へいっておりましたけども
これといった信仰を持っているわけではありません。
クリスマスは、まあハタから見ているお祭りの一つに、過ぎない感じはあります。

けれども今回、心に不安定を抱える身でこの夜を迎え、
あたたかい友人といっしょに永く愛してきた歌声に、
……時にその不安に苛まれながらも深く聴き入っていると、
……なんというか、
今日のキリスト様の誕生日というものが、
それを信仰する人たちにとって如何なるものなのかということを
実感できたような気がしました。

不安に荒れて乱れる自分の心の安らぎ、
魂の平安を支えてくれたものの生誕日なのだなあ、と……
思いもよらず高く澄み、
こぢんまりとしたライブスペースを越えて膨らんでいくような歌声に
心(と荒れた胃)をふんわりと癒されながら、ものすごく、実感出来たのです。

困ったとき、
悲しいとき、
疲れたとき、
悔いたとき、
不安に苛まれたとき、
望みを断たれたときに、
自分の心を救ってくれるものが生まれた日。

そりゃあ……祝わずにはいられないよなあ、と、
なんかもう我がコトのようにストンと腑に落ちました。



ああそうか、クリスマスとは、彼らにとってそういう日だったのかと。



多分オイサンはこの先も、
特段キリスト様に救って戴く機会はないと思うのですけれども……
ただ、自分が愛したり、信じたり、
同年代の人々に比べれば格段に弱っちいオイサンの心がへこんだ時に
ふっと救ってくれるもの……
それは今日のように友人だったり、
歌だったり、音楽だったりアニメ漫画ゲーム、様々な形をしているとは思いますが、
そういった「救うもの」みんながこの世に生まれてきてくれたことを
お祝いする日でもいいかと、そんな風に思いました。

日本人の皆さんには
本当の意味でのそうした信仰を持ってない人が多いと思いますけど、
それは同時に、
そんな風に日々、自分を支えて救ってくれるものへの、
お祝いや感謝を表す日、心構えも、あんまり持ってないっていうことなんじゃないかなあ、
と思います。

だから、
……まあちょっといい加減かもしれませんけど、
皆それぞれに、自分の大切なものにね。
おめでとうとありがとうを言う日にしてもエエんとちゃうかなと。



……っていう……。
なんかそんな、クリスマス雑感。



イヤ、でもホントに、
真面目にキリスト教を信じてクリスマスを祝う人たちの気持ちが
ちょっとわかったような気がしたんだよ。

「いつも心を救ってくれてありがとう、お誕生日おめでとう」

そんな風に言わずにおれない気持ちが。
外人さん、案外ちゃんとしてて義理堅いんだなって、思いましたよ。
それだけ。

うん。
そんだけなんだけど、マそれはそれで良かったかなと。
帰りがけの電車で
ケータイでだーっと打っただけの文章だからまとまりなくて申し訳ないけど。


そんな感じでヒトツ。
でも、まぎれもない本当の気持ちですよ。
オイサンでした。



……。



メリークリスマス、とかは、別に言わないよ?
言った方がおさまり良いのはわかるけどね。



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2011年11月23日 (水)

■土砂災害 ~地質学者、三次方程式のエレジー -更新第731回-

「女性の、一体どんなところに魅力を感じますか?」
「焼きゴテ」
オイサンです。

別にMじゃないんですよ。
熱い風呂好きの江戸っ子爺さんをMって言いますか? 言いませんよね。
それと同じです。
違います。
いえ同じです。 ← 葛藤

同じシゴトバのいじられ役のヒトを見てると、
自分も影ではなんだかんだいじられてんだろうなー、
という冷ややかな気配を感じざるを得ない。
何故なら、彼がいじられるとき、自分にはそのいじられポイントが
いじられるに値する程、おかしなモノには見えないからだ。



本日はそんなお話。



そのいじられポイントを、
「言われてみればそういう捕まえ方もあるか」とは思うし、
ちょっとズレてるなーとは思うけども、
ズレてるなりに、地すべりを起こした先での理はあるよナー、とも思ってしまう。

そんな風に、自分にはそのズレはあくまでも「何かの側面」であって
それ以上の瑕疵が認められない……から、
何がそんなに可笑しいのかは実感として伝わらないし、
気付かされたところで上手に笑えるわけでもない。

  アレだ。
  以前ネタにした、「黒人が日傘を差していた話」。
  あれと同じ。

  ▼6月4日 随想・ツッコミどころ -更新第680回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/64-680--743e.html

  アレを面白いと思えるか、思えないか。
  様々な背景まで見通した上でそれでも笑いの方へ強引に突っ走れるか、
  気付いたところで手を打って引き返すのか。

恐らくは、いじる側が共通して既に心に用意している答えと、
そのズレとを比較する作業があって初めて
そこにはいじるに値する「価値」が生じるのだと思う。
だからオイサンはそこには上手く参加できないし、
どっちかといえば、いじられる側として参加する見込みの方が強いなと自分では思う。
それもあくまでも自分の視点だけど。

いじる側にはいじる側で、その地すべりに付き合うゆとりがないとか、
地すべりまで価値として認めてしまうと自分たち(=全体)の軸がブレるとか、
手間が増えるとか、
そこに比較対象を置かないとバランスがとれない……
自分たちの主張のロープのかけどころがない、
などといった事情があってそうなっているんだろうなあ、というのも、なんとなく分かる。

  まあそもそも、オイサンが
  「トシ相応の、日本の社会人男性」のメンタリティやセンスを共有出来ていない、
  という、根本的な欠陥はあるのですが。
  みんなそういうのはどーやって身につけんだろ。
  お酒やタバコやセックスと同じなんだろうけど。
  全く持って謎。

100%好ましくはないけど、単純に良い悪いの問題でもないのだろうと思う。
見る人が見たら、良いオトナのすることか、と眉を顰めるかもしれないけども、
お互いがその位置をある程度納得していさえすればメリットもある(ように見える)から、
マ慣れるしかないんだろうなー。

酒宴においては、その両者が同じ席で笑っていることがうすら寒かったりするんだけども、
その空気を空々しさだと読むのか、
あるいはその笑顔をこそ互いがある程度納得した姿、
「まあ、そうはいっても仲間じゃない」という、
色々譲った後の、実はそっちが最後のカタチだと理解するのかによって、
右辺の状態は変わってくるんだろうなあ。

左辺に空いたパラメータは自分でその場の空気を読み取って代入するしかないんで、
オイサンにはすごくムニャムニャした、
ちょっと恐ろしい空気にしか見えないんだけども。

そこで、宴席の端っこの方の人たちに「ジッサイどーなんすかね」と聞くのが手っ取り早いんだけども、
全員に尋ねて結果を四象限に再配置でもしてみんことには真実には近付けないし、
真実を得たところで何かが変わる、回避されるわけでもない。

  案外、真実には実際的な価値ってそんななかったりしますよね。
  それが湿気を吸ったり煤けたりして、ようやく地面に降りてくる、
  そんな気がします。

一番いいのは、なれること、開き直ること、引き受けること、くらいなのでしょう。
そんな風に考えてる時点で、上手な立ち回りなんか期待できるわけはないんだ。
自分に。


オイサンでした。


 

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2011年11月 6日 (日)

■道標 -更新第727回-

いつの間にかTOKYOMXが受信出来るようになってたので、
前期に人気の声を聴きながらも見られなかった『TIGER & BUNNY』を見てます。
オイサンです。


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ファインダーというか、カメラのレンズを通して物を見ている時間は
ゆっくりに感じて落ち着きます。透明感と立体感。




■遅まきながらの『TIGER & BUNNY』




面白いじゃないの。
じわじわくるというか。
まだ4話目か5話目かその辺ですが、今の所、いわゆる「普通に面白い」という感じですね。
肉じゃがみたいな面白さです。

▼OP オリオンをなぞる

しかし、「言葉を紡ぐ」って表現は、いつからこんなに濫用されるようになったんですかね。
オイサンあんま好きじゃないんだけどな。昔から一般的なものだったのだろうか?


丁寧で、当たり前で、王道。
特別な感情がわきあがるわけでなく、
疲れずに、当たり前のことを当たり前に見ることが出来る。
オシゴトからくたびれて帰って来ても、
「ん、なんか録画されてる。
 ああ、『TIGER & BUNNY』か、それなら見られるわ、見よう」
と、まだ思える。
『HEROMAN』に近いものがありますね。
ゴールデンにでもやりゃあいいのに、こんなもん。
子供に見せろ!
『ウラシマン』ぽいですよね。ちょっと。

ただ、終盤になると結構な盛り上がりを見せていたようなので、
このまま「普通に」では終わらないのでしょう、恐らく。
楽しみです。

他でも何だかんだ見てるけど、これと『たまゆら』、
あと『WORKING!!』があれば結構イイ感じ。
次いで『アイマス』『はがない』『イカ』ですかね。

『ホライゾン』『真剣恋』『ベントー』『マケン姫』はオマケ。
『Fate』はそのスジの人たちにはもう鼻血が出るくらい面白がられているようですが
オイサンには縁がない感じです。



■またソーシャルげな話でアレですけども



あー、やっぱ似た様な感想・発想にをたどり着くもんなんだなあ、
という記事二編。

 ▼ソーシャルゲームの未来 ~ソーシャルと家庭用ゲーム機は融合する!~
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111018/223293/
 [ 日経ビジネス ]

 ▼ゲームもマンガやアニメのように「複数巻構成」にすべき?
 http://gadget.itmedia.co.jp/gg/articles/1111/02/news035.html
 [ ITmedia ]


上の記事は
「作り手との意識しては、ソーシャルの方式はゲーセン時代に似る」
という点において、
下の記事は、
「売り手も買い手も、お金を小分けに制御出来ることにメリットがあるのでは」
という発想で、やっぱ似たようなことを考えるんだなあ、と思いました。

オイサンはソーシャルゲームには、
マどっぷりとプレイ出来ていないってのはあるんだけども、
基本的にあまり良いイメージは持ってないんですね。
ただしそれは「作品」としてのゲームの完成度としてであって、
「作品」の成分を持ったモノを、
「商品」として売るための仕組みとしては優秀だなあと感心はしております。
そこには、立ち行かなくなりつつあるコンシューマゲームビジネスを救うだけの
何かしらヒントがあるに違いない。

買う側が出費を小分けに制御できて、
売る側が売るものなりの稼ぎを得ることが出来る
(ただし、どこかに必ず、泣いてるというか、
見合わない出費を(納得づくで)している人がいるから
成立している循環なのだとは思いますが)というのは、
お互いにとって理想的だと思う。

  レースゲームとかでも、
  オイサンは箱○の『リッジ6』とか喜んでやってたんですけど、
  レースのレベルが

   NORMAL → EXPERT → MASTER → なんかもっとすごいの

  みたいな、レベル分けが後から後から出てきて
  「これ半分くらいでいいな」と思ってしまったので、個別に買えたら良かった。

  とはいえ、レースゲームなんかは基幹システム部分が制作の手間の大半でしょうから、
  上で書いたみたいなレベルクラスを小分けにしたって
  ベースのソフトがそんなに安く出来るとも思えないんですよね。
  基本となるコースもNORMALで全部出てくるので、
  あとは上位マシンのデータと、各レベルでの難易度調整、BGM、
  そんなもんでしょうか。

  『リッジ6』は\6800だったと思いますが、
  NORMAL分だけでも\4800くらいは(或いはもっと)取られてしまうと思います。
  それを\6800にして、あまり手間かけずにボリューム感出すために
  上位クラスを追加した、という印象を受ける。
  その辺は難しいですね。
  閑話休題。

なので最近は、ソーシャル系の記事のことを取り上げることが多いんですけどね。
目に付くってのもありますが。

アニメにしても、
「面白い」と思った作品に実を伴った応援を届けようと思っても、
それをするには結局BD・DVDを買うくらいしか選択肢はなく、
ちょっと、そこまではせんなあ、と思ってしまうことが多々ある。
それは出費がでかすぎる。

もっと小額の応援を、たくさんの人から集められるようにした方がいいんじゃないかと
思いはします。
5000円とか6000円とかするBDを10人が買うところを、
300円400円の、何か小さな物を、200人300人が買うような仕組みに出来たら
いいんじゃないかと。

イマドキ、そっちの方が確実なんじゃないかという気はいたします。
……マとはいえ、
そうなるとモノ自体は最大公約数的である必要が自然と出てきてしまうので、
あまり尖がったものは出てこなくなってしまうかも知れません。
そこはまあ、売りモノと売り方のご相談でしょうねえ。



■昔の人は言いました。



定期的にこういうまとめ記事が紹介されますが。

 ▼名言を教えてくれ
 http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51674710.html


Webの時代になって、
過去にはその著作やらに触れないと知りえなかった名言なんかが
つまみ食いのように知ることが出来るようになりまして、
ありがたいと同時に、陳腐化はするし、消費はされるしで
エライひとも大変だなあと思います。
言葉そのものが放つ威力も、やはり下がってしまう気が致しますしね。
情報化コワイ。
どんどんどんどん、色んなものが均されていく世の中です。

  ……て言うか、
  その前後や流れを味わわないままに美味しいところだけつまみ食いするから、
  受け手の意識として衝撃が小さくなってしまうだけなのでしょうけどね。
  良くないというか、もったいないのかも知れないな。

デ、オイサンのやってみた遊びとして、
この中から、自分が「ああうまいこと言うな」と思うものだけ選んでいくと、
やっぱり傾向があって面白いなあと思う。
あと、昔のエライひとたちも、
ああだこうだと格好のいいことを言いながら、
結局死ぬのは怖かったんだなー、
人生に、未練や不満がいっぱいあったんだなー、と、思った。
当たり前だけど。


上の記事に上がっていた中で、オイサンが選んで残したのは、この辺↓。



 ▼とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ。
                          --太宰治
 

必ずしもそうだとは思わないけども、マ9割方はそうなのでしょうね。
大なり、小なり。


 ▼わたしの人生をわたしはコーヒースプーンで測ってきた。
                          --エリオット


粋だねえ。
オイサンはAボタンと十字キーのストロークの深さですかね。


 ▼智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ。
  兎角にこの世は住みにくい。
                          --夏目漱石


まあ、その通りでさあな。
多少見渡せる範囲が変わったところで、今も昔も変わらないんだね。
それをこう、したり顔で論ってくれたスカタンがいたな。
バーカバーカ!


 ▼自分が立っている所を深く掘れ。そこからきっと泉が湧きでる。
                          --ニーチェ


腑に落ちる。
何かが出るかどうかは別として、人は皆等しく
そこをしか掘ることを許されていないように思われます。


 ▼こころが開いている時、この世は美しい
                          --ゲーテ


言葉の中身よりも、端的な表現力がやっぱすげえなと。
やるじゃんゲーテ。詩人だねえ。 ← 何言ってんだ


 ▼薔薇はなぜという理由もなく咲いている。薔薇はただ咲くべく咲いている。
  薔薇は自分自身を気にしない。人が見ているかどうかも問題にしない。
                          --シレジウス


腑に落ちた、というか常々そのように感じております。
二行目よりも一行目。
何かや誰かのためでなく、地球が回る、その遠心力に振り回されて生まれてきて、
回転によって生きるのです。そんな感じ。
その地球も、広い宇宙の何かと引き寄せ合って回るのです。
最初に紐を引いたのが誰なのかわかりませんが、
もう誰にも止められやせんのでしょう。

常世は大きな永久ピタゴラスイッチ。


 ▼レストランで何を注文しても、人が頼んだもののほうが絶対によく見える。
                          --ポーリーナ・ボース―ク


これは「ああそんなことはねえな」と、すごく思ったので逆に残した。
羨まれることは多いですが、人の頼んだものを羨むことはあまりないです。
シェアは申し入れますけどね。
断られたとしても、自分の頼んだものが、今の自分には一番うめえと思ってます大抵。
一人の時はイランこと考えて、失敗した……と思うこともありますが。
人といるときの方がそういうことシンプルに考えてる気がする。


 ▼インタビュアー「世界平和のためにわたしたちはどんなことをしたらいいですか」
  「家に帰って家族を大切にしてあげてください」
                          --マザー・テレサ


真理ですな。
「でかいことは俺たちに任せて、庶民はすっこんでろ!」ってことですね。
わかります。


 ▼自分を憐れむという贅沢がなければ、
  人生なんていうものには耐えられない場合がかなりあると私は思う。
                          --ギッシング


私も思う。
自分を嘲笑ったり憐れんだり、そういうドライバーは大事だ。
話が合うな、ギッシングさん。誰だか知らんけど。


 ▼眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。
  抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ。
                          --サルバドール・ダリ


私も思う。
話が合うな、サルバドールさん。
ダリだか知らんけど。 ← どや顔 ← お前ホンマ怒られろ


 ▼花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ
                          --井伏鱒二


悲観的に見えるけど、強く生きようとする姿勢の一つではあるように思う。
ふくらはぎの強そうな人だ。


 ▼命とは、セックスで感染した病気である。
                          --ガイ・べラミイ


シニカルだとは思いますが、面白い視点だなと思いました。
健康を正常とするのではなく、
命は病がデフォルトで、健康も病の状態の一つだ、というくくり方が。

……などと、分かったようなコメントを並べてはみましたけど、
本当はピンポイントにつまみ食いするのでは
すべての正しい意味は伝わってこないのでしょうね。
上っ面だけではありますが、そんな感じ。



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長いのでここいらで甘いものでも。
宮越屋珈琲のエスプレッソフローズンのフロート(アイス)アリです。
これが美味しいんだわ。




■昭和中期のWWW



先日、オシゴトで珍しく外出をしまして、
お昼もいつも買ってる会社近くのお弁当ではなく出先のお店で戴くことになりました。

そのお店がまあ、都心の街なかでは時々見かけるような、
戦前戦後の頃を模したとおぼしき、古めかしい雰囲気のお店だったのです。
ブリキのおもちゃだとか、デカいラジオだとか、
ボンカレーの看板とか石原勇次郎の映画のポスターとかめんことか、
そんな「イカニモ」なアイテムを店内にちりばめておられるわけです。
あざとい。
オイサン一人だったら、先ず入らないタイプのお店です。

  ちなみに、出てくるゴハンは普通です。
  別に「米兵の焼夷弾焼き(ミネソタ風)」とかは出ません。
  オイサンはさば味噌を、
  同行したお仲間はソースかつ丼とステーキ丼を頼んでました。
  特段、変わった味のするでなし。
  マお肉は、国産米兵の肉を使っているかも知れませんが。
  カベに貼ってあった夜の居酒屋メニューの、鯨ベーコンが魅力的でしたな。
  閑話休題。

そのお店の壁に、なんと申しましょうや、
その当時の暮らしを描いたレトロ調のイラストが貼られていたのですが……
あー、ちょっと違いますけど大体こんな感じですかね。


  ▼パンダにティアドロップサングラス by 昭和レトロはいから館
  http://ameblo.jp/haikara/theme-10015882545.html


デそういう「古い」暮らしぶりを見ていると勘違いしてしまいそうなのですが、
すごく失礼を承知で言うと、
「当時の大人は、今の大人よりも頭が悪そうに見えた」んですね。

  あの、いいですか。
  正しくないことは分かった上で申し上げてますよ。

理不尽で乱暴(物理的な意味ばかりでなく)で、
狭い視野と固定化した主観的な価値観に基づいて
日々の判断を行っている大人が多かったに違いない。
……ように、見える。
それは、一面では間違ってもいないと思います。

ただ、今と当時では社会環境も違いますし、
地域の大人に求められるものも違うので、
「頭がいいとはどういうことか」というものさしも、また違ったと思うんですね。

今の大人には、何よりも
「冷静に、広範な情報から、合理的で客観的な判断が出来ること」
が求められているように、オイサンは思います。
出来るだけ多くの、信頼性の高い情報を集め、分析して決断する。

  ……オイサンは全然そうじゃないですけども。

デ昭和中期に関してですが、
上で申し上げた様な現代的な要素が全くなかったとは言いませんし、
オイサンの知る限りのイメージに過ぎないんですけども、
もっと違うモノサシで、大人であることの価値が量られていたように思います。

それは恐らく、もっと近距離的な、自分の手の届く範囲……
それはコミュニティであったり、職能的なものであったりに特化した
知識や経験、そして思い切りの良いその運用だったのではないかと思います。
無意味に決断力があるとか。
論理的ではないけれども機転が利くとか。
人よりも広い行動範囲を持っていて、コミュニティ間を行き来できるとか。

  なんかアレですね。
  要はこないだ書いた、イヌイットの親子の話とおんなじ様なことですね。

  マ最終的には、その知識や経験でもって、
  生きるためのより正しい結論へと判断をすることが目的なので、
  最後に求められるものは同じっちゃあ同じなのですが、
  集める情報が近距離的なもの重視・経験値重視であるのか、
  グローバルな未知の情報に対して、収集・分析ができるのか、
  という差があるのかなあという気がします。

その時期でも、大人のする思考や判断の根っこの根っこには
根拠があるに違いないのですが、その保存のされ方や伝え方が
言語化や数値化などの定量化・客観化がされないままか、
されるにしても不足しがちであったので、
今の視点で見ると「考えのたらない」大人が多かったように見えるのでしょう。

  恐らくはそれを指して、蔑視的に「前時代的」と呼ぶのでしょうが。

つまるところ、
引っぱたいて「やりゃあ分かるからつべこべ言わずに黙ってやってみろ!」
っていう伝え方・保存の仕方が大半だった、ということですね。
それで許されたのが何故だったのかはワカリマセンが。

今だってそういう部分が残っていないわけではないですが、
そればかりやってると若い人に
「あのオッサン意味ワカンネエ」
といわれてしまうでしょうし、我々世代も上を見て
「ついていき難い」
という感想を抱くことが多いです。

大人に求められるものが、何故そんな風に変化したのか、というのは、
言わずもがな、合理化やらグローバル化というものの影響なのでしょう。
そして「変化の波」が、一定の方向と速度でやってくるものではなくなり、
加速度的に速まり、またどちらからやって来るか分からなくなったから、
なのだろうなあ、と思います。

今と昔で、目に見える範囲で何がそんなに違うかといわれても、
大した違いはないように思うんですよね。
モノがあるかないか
(量的にたくさん・豊富にあるという意味と、特定の何かがあるという意味の両面で)
くらいで。

お店で、その昭和の生活風景を、
ゴハンが運ばれてくるのを待つ間ボンヤリ眺めながら
「……この時代に、携帯電話はともかく、
 テレビのような感覚でWebが存在していたらどうだったろうか」
と想像してみたりしたのですが、
それはイキオイ、広範で多種多様な情報の一般的な頒布に他ならないので、
ただ今のような時代の到来を早めるに過ぎないのだろうなあ、
という結論に至りました。

だから結局は、情報量・速度・それをもたらすシステム、
それらが異なって今のように変化したのだと思います。
たくさんのことが速いスピードでやってくることが、
今の時代と、そこで求められる大人像を生んだのでしょうから。

ただ、今の時代の風潮として
「堂々とした振舞いをする大人が、昔に比べて減ったなあ」と思ったりもするのですが、
……マそりゃそうですよね。
昔は自分の手の届く範囲で習熟していれば、ある程度実感を持って胸を張れたので。
それが今は、未知なるものに対して上手く対応出来ないといけないワケで、
それをうまくやれる人ってのは……割合としては、減るんじゃなかろうかというのは、
まオイサンのこれまたイメージに過ぎないのですが。
そんな気がしますよ。

ですから、大人が大人として、力強く振舞えたのは、
おそらく過去の方……だと、オイサンなんかは思うんですよね。
あー、えーと。
それもちょっと違うのですが、
「大人全体の、大人力の総量が高かった」のは、多分過去の方だ、と。
今はトシをとっても、単純な蓄積では勝負がしにくいと、そういうことですね。

「過去の遺産だけで威張ろうなんてムシがいいんだよ!」
と言われればそれまでなんですけど。
でも、やっぱつらいよねえ。
トシ取ってまでずーっと勉強続けろってのはさ。
いい加減、トシ食ったらあとはラクに暮らしたいと思うと、思いますよ。
ラクさせてあげたいと思うしさ。


 ▼結論というか、一区切りのようなこと

別にどっちが良くてどっちが悪いと言いたいわけではなく、
ふっと
「どうしてそう(昔の大人は頭が悪そうに)見えるのだろう?」
と思ったので、つらつらと思いをめぐらせてみた始末。

今の立場で考えると、
「昔は、今ほどたくさんの情報を参照して、
 何が正しくて何が間違っているのか、正確性を求められずに済んだろうから
 ラクそうでいいなあ」
と、思ってしまいます。

自分の手の届く範囲……コミュニティの外の情報で拾えるものといったら、
いいとこ、新聞・テレビ・ラジオ。
その程度でしょう。
そしてそれらも、基本的には隔絶された社会の外側にある出来事なので
「よそはよそ! うちはうち!」
という論理で排除することが可能です。

マその分、不自由といえば不自由なのでしょうから、
それは不幸といえば不幸でしょう。
たくさんのモノが選べる自由があることは多分無条件に幸せで、
それを拒否するのは愚か者か怠け者の考えなのでしょうけれども。

でもなー。

フツーは、限界あるような気がするんですよね。
今の情報の量と流速は、少なくともオイサンなんかには限界に近いものがある。
不得意な分野では特にね。

取捨背選択のウマイヘタだけでもあるのでしょうけど。
そこでは多分、昭和中期に花開いた才能……「思い切りの良い決断の運用」が、
モノを言ったりするんでしょうね。
オトナとして。



■不惑について惑うという本末転倒な大技



えー、上の話と関係があるようなないような。

近年、不惑という言葉をやたらと耳に致します。
まオイサンがそれに近いトシになったので
身の回りで言われるようになっただけかもしれませんけども。

デこの不惑、何かと言うと、つまりは「四十歳」の別な言い方です。
「四十にもなったら、自分の生き方や考えに迷わない」
ということでして
(それが「そういうものでそれが普通」という論調なのか、
理想論なのかは存じませんけど)、
「だから我々の年代もしっかりしよう」というような、
「言葉の利用」のされ方をしています。

  けど、ちょっと待って下さいよ。

その言いっぷりがいつ頃言われたことなのか知りませんけども、
ここまで書いてきたみたいに、たかだかこの50年ほどの間でも
人を取り巻く環境がそんだけ変わってるわけです。

  マこの50年は、環境という意味じゃ特に激動だったとは思いますけど。

その中で、「40歳の在り方」だけが固定化されてて、
それは普遍的に通ずる(べき)ものなのかしら、という……
またどーでもいい疑問がわいた次第。

それが80だとか90だとか、
ある意味一定の閾値を超えてしまって、もう他にすることのなくなる時期なら
100年経とうが200年経とうが変わらないと思いますけど
(人の寿命が200歳300歳になったら知りませんよ)、
40なんて、それこそゲージの右側なのか左側なのか真ん中なのか、
すげえ微妙な位置にある年代じゃないですか。

ある時代においてはもう完全にロートル、ジジイに属するでしょうし、
またある時代においては、中堅かそこらだったりするでしょう。
……なんかね、その扱いが「昔」と同じであることに、すごく納得がいかない。
いえね、そら生まれてからそこにたどり着くまでの時間は同じでしょうけども。

そんな疑問もあって、その「不惑」、
出展を調べてみたら、論語でございました。
孔子さんですよ。

  すげえなオイサンは。
  とうとう孔子さんにケチつけ始めましたね。
  「お前は古い」と。
  孔子さんは言うでしょう。
  「わかっとるわ」と。

論語の成立年代についてもざらっと調べてみましたが、
春秋時代の末期頃らしく、つまりは紀元前400年頃。
……いつだよ!
想像も付かんわ。
日本でもねえし。

当時の平均寿命は一体いくつだったんでしょうか。
50歳とかだったら……そら死ぬまで十年切ったら、不惑にもなりましょう。
でも、その頃の平均寿命なんて、そのくらいじゃね?

マそんなことで。

いえ、確かにね。
四十にもなったらば、足元身元固めて、どっしり構えてたいとは思いますよ。
身体の衰え具合は、2000年前だろうが今だろうが、そうそう変わらないんじゃないかという気はしますよ。
耳が少しずつ遠く、目もちょっとずつ見えにくくなる、
精力も減衰するでしょうし、
女性だったれば子供を生むのが体力的に辛くなる頃合だと。
ハードウェアとしての人間のピークを過ぎて、
迷ってる場合じゃねえ、さっさとなんだかんだ済ませちゃわないと出来ることどんどん限られてくるよ!
……っていう頃なのでしょう。

けどその、ソフトウェア的に考えるとねえ。
まだまだ。
残り時間もまだそこそこあって、入ってくる情報もたくさんある、
となりの芝生情報も超潤沢ですよ。
そりゃあ……四十やそこらの小僧っ子は、まだまだ迷いもしますって。

マそんなことでね。
果たして、このまま真に受けてていいんでしょうかね。
不惑。
と、思ってしまった秋の宵でしたよ。


以上、
あんまし細かい心配しないでいい世の中にならないかしら。
「とりあえず死なないから大丈夫」くらいの線引きで。
などと考える面倒くさがりのオイサンでした。


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エエい面倒くさいからごはんにしようぜ!


面倒くさがりのくせに、
面倒くさいことばっか考えてますよねコノヒト。



 

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2011年10月24日 (月)

■鈴鳴り柿の平熱~今期四傑アニメのプチ感想とか -更新第724回-

待ちたまえ諸君、きもいものいじめはやめろ!
オイサンです。 ← きもい
子羊のワイン蒸しうめえ。



■かき絵日記(みかん絵日記のぱくり ← 気付かんわ)



日曜日、となり駅までの道をまたもブラブラとお散歩こいておりますと、
おーおきな柿の木に、実が鈴なりに生っておりました。
こんな感じで。
お写真あんまりよろしくないんですけど。

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オイサンの実家のお庭にもなかなかゴツい柿の木がありまして、
そしてその反対側には梅の木もありまして、春と秋、どちらの季節にも、
何かしら花が咲き、実の生るのを愛でることが出来ました。

家の庭をあのように設えたのが果たして誰だったのか、
父なのか、母なのか、祖父なのか祖母なのか、それよりも上の世代の人なのか
(オイサンちは、オイサンが生まれたばかりの頃は
母方の曽祖父・曾祖母までいる大所帯でした)わかりませんが、
今にして思えば、梅と柿を植えることを考えた人は
なかなか風雅であることだのう、はっはっは、やりおるわいコヤツメ!
とか思ってしまうオイサンでした( ← 罰当たり)。

で、話は「すずなり」。

その柿を見上げ、「すずなり」という言葉が頭によぎったとき、
同時にフと、何か不吉の影のようなものも一緒に尾を引いて行ったのでした。
「すずなり」は、別段雰囲気の悪い言葉ではありません。
恐らくオイサンが、過去に触れた作品の中で
すずなりという言葉が何か恐ろしいシーンで登場したりしたのでしょう。

そんなことをTwitterにぽつんとpostしたりしながら歩いていると、
……思い出しました。不吉の源泉となる作品を。
それは、山本正之先生の『雷魚』といううた。

これまた、うた自体は恐ろしいものでもなんでもないのですが、
ちょっと不条理と言うか、土着的な混乱のような、
いうなれば「ちょっと怖い御伽噺」のような雰囲気のメロディーを持ったお歌なのでした。
なんつうかね、「みんなのうた」で、たまにコワイ歌がかかったりするでしょう?
あんな感じです。

 ♪ 八幡神社の防火用水の水を抜く 大掃除の日
    子供たちが手すりにつかまり すずなりになって見てた……


と、冒頭からこうです。
このあと、抜いた水の底から雷魚が姿を現し、
「たちまちそこにいた」黒くて大きな野犬が人々に襲い掛かって、
雷魚が野犬を退治する、という筋書きなのですが……
言葉遣いが面白く、大きな揺らぎを持っていて、
聞いていると足元がグラグラするような錯覚に襲われます。
なかなか面白いお歌なので、皆さんも是非聞いてみて下さい。

  ▼TSUTAYAで試聴
  http://www.tsutaya.co.jp/works/20116623.html

オイサンは山本センセのお歌はどれも大好きですが、
多分、中でも十傑には入ろうかと言う好きな歌です。



■いつものやつ



いつもの話。
とりあえず週末に見ていて、フッと気になったところだけ。
面白い・シンドイ含めて両面から。


 ▼『WORKING'!!』

先週の話を見ていてフッと、
「これはほとんど少女マンガだな、原作者は女性か?」
と思ったら案の定そうでした。
男性キャラの格好の良さが、フツーの男性作家が男性に向けて描くのと全然違ったので
そうじゃないかと思った。
あ、良い意味でね。
オイサン少女マンガ大好きですから。
ていうかオイサンは少女ですから。

  教えて下さったフォロワーの皆さん
  ありがとうございました。

恋愛ドラマの描き方が意外と細やかで、
笑える方面ばかりのパワーだけではないのだなーと改めて認識
(最終的にはそのドラマも「笑える」ことへ集約されていくのだけど)。
面白いわ、これ。
笑えて肩の力も抜けて、面白いお話も楽しめる。
死角がない気がしてきた。


 ▼『たまゆら』

日曜日、朝ゴハンを戴きながらゆるゆるとリアルタイムに感想を流していたら、
ちひろパパさんがそれを目ざとく見つけてくれて、
ちょっとお話をしたんですが。

やっぱちょっと、味が濃いな、
サービス過多な気がするなあ、というのがオイサンの率直な感想。
世界を包むはんなりとした空気こそが主役なのでしょうけど、
その作ろうとしている空気の上に、サービス部分がうまく馴染んでいないように、
オイサンは感じています。

なんというか……
お出汁を味濃くとり過ぎて、
料理人が本来味わわせたいと思っている野菜の味を感じがたい。
そんな感じ。

  普通は、お出汁の方が手薄になって、あと足しの調味料が濃過ぎてダメになる、
  というパターンが多いので、
  今回のは実にレアなケースだと思います。

パパさんとのお話の中でオイサンは、
ヒロインの「なので」口調と、口笛ちゃん(名前忘れた)の口笛の、
出現頻度が高過ぎて引っかかる、という話を代表例に挙げてしました。

ちひろパパさんはこの作品に関しては基本絶賛で、
ただ「ちょっとだけ、人物が元気良すぎる」と評しておられましたが
多分その感覚はオイサンも似ていて、
「なので」と「口笛」の発射頻度が高いことも、
オイサンにとっては「元気さ」の一部であるのだと思います。
「出力が高すぎる」という意味で。

それは随所に表れていて、
一話での「おかえりなさい」を絡めた演出もそうだし、
OPを坂本真綾で始めてEDを中島愛でシメる、なんていう部分もそう。
ツインテールがあんなにお菓子作りが上手いというようなことも、
ヒロインの写真への熱意も。

オイサンにパラメータをいじらせたら、
ツインテールが作るお菓子はもっと地味でちょっと家庭の授業が得意なくらいで、
ヒロインにはもっとうじうじしててもらうと思います。

  「そんなに何もかも取っ払っちゃったら、何もなくなっちゃうじゃん!」
  と言われそうですがそれも確かにその通りで、
  多分オイサンに匙加減を任せてしまうと
  ホンマに何の味も感じなくなってしまうくらいだと思います。
  でもオイサンにはそのくらいが、
  あの作品が本来醸しだそうとしている空気にはちょうどいいんじゃないかなー、
  と、踏んでいます。

  例によって誤解のなきよう申し上げて起きますが、
  「オイサンにとっての、あの作品の良き姿」に過ぎませんが。

アタマとオシリに真綾とマメグなんて揃えなくても、
歌は同じでも、もっと普通の歌手を連れてくるとか、あっても良いと思うのです。

ただ今のこの作品の姿は、自身がどこまで行っても
アニメの世界から生み出されたアニメ作品だからであって、
その受け手の大勢にアピールする必要があるし、
その方が喜ばれることが目に見えているからそうされていて、
間違っているわけでは決してない、寧ろ正しいのでしょう。

ただ如何せん、オイサンの舌はそれによって若干痺れてしまっている。
そんだけのことです。盛りだくさん過ぎる。
万人を100%満足させられたらいいんですけどね。

  ……もしかすると、全てのパーツは今のままでも、
  全ての時間を1.5倍とかに引き伸ばして描くだけでも
  印象はすごく良くなるかもしれない。

だからこそ、それが選択・決断出来る佐藤カントクはじめ上位スタッフ陣、
各セクションの監督やプロデューサーさんなどは素晴らしいとも思うのです。

本当は、見る側は多分、
あの「ももねこ様」の存在をクッションにしてバランスを取るべきなんだろうなー、
とは思っているんです。
あの現実には有り得ない妖怪のような生き物を当たり前に出演させることで、
現実とは違う平熱を嗅ぎ取らせようとしてるんだろうなー、と。

マあれもサービス、
ただのマスコットキャラかも知れませんけども。
けれどもトータルとしての完成度はすごく高いので、
先々と楽しみ。
二話目なんかは相当好きですしね。


 ▼『アイドルマスター』

全体的に見ると面白いんだけど、
一話一話のレベルで見るとヘンに低い回がある。
今週の話はそれだと思います。

  ……マそれも、オイサンのセンサーに引っかかるってだけの話ですけど。
  恐らくは、以前のあずささんの結婚回のようなバカ話も、
  前回の生放送回みたいなニギヤカしの話も、
  見る人が見たら「クダラナイ」んでしょうな。

  お話の持つ、
  「笑える・泣ける・真面目・バカ」、
  「絵がきれい・歌がいい・よく動く・動かないけど話がいい」
  などの様々な要素のうち、「どれが尖っているか?」によって、
  毎回人の好みで、評価が変わってくるのでしょう。
  今回は、オイサンの「お話のリアリティセンサー」に引っかかって、
  オイサンは「ちょっとどうよ」と思いました。

  逆に言えば、それだけ毎回「話の要素のどこを強化させるか?」を、
  色々といじることが出来る自由度の高さを持つ設計がなされていることとか、
  バラエティに富んだ話を取り揃えていることは、
  評価すべき点なのかもしれません。
  「学園モノ」に近い、ノンジャンルドタバタコメディとしての
  フォーマットをもっているということでしょうね。
  閑話休題。

特に961プロのやり口が、
「狡猾な、本気の大人の手口」にどーしても見えない稚拙さで、
「基本的には明るく楽しい『アイドルマスター』だからドス黒過ぎる人は出てこない」、
というのは理解できるのだけども、それでも一応深夜アニメなんだから
もう少し、大人の脳みそに耐えうるものであって欲しいと思います。

でないと、彼女らのお仕事さえこどもの遊びに見えてきかねないですぞよ。
彼女らの輝きを視聴者側が心底感じ取るためにも、
悪の闇もホンモノでなければならないと思います。

夕方5時半からやるような、
お子様層をメインターゲットに据えるんだったらこれでも良いかなと思いますが、
一応大きなお友達向けにやるんだから、もー少し子供だましでないシナリオを、
「作中の大人」は描くべきなんじゃないかなーとは思います。

あと全然関係ない妄想なんですけど、
「全765プロメンバーの中で、真美だけ(或いは亜美だけ)が非処女」
という衝撃の事実があったりするとときめくなー。
亜美真美を「全身タイツは、俺だけのために着てくれ!」
というプロポーズでメロメロにしたい。
何となく亜美真美に心惹かれた週末でした。
ああいうキャラ属性はあんまりないハズのオイサンですけど、
あの子ら、なんかいいですね。



■時間による番組ゾーニングの意味



……などと書いていて思うんだけど、
大容量HDDレコーダが普及してタイムシフト視聴がフツーになる中で、
やはり今でも「ゴールデンタイム」「リアルタイム視聴」というものには
それなりの価値があるんだろうか。

イヤそれはあるんだろうけど、けども
「夕方にやっているアニメだから子供が主に見る」
「深夜だから大人が見る」
という意識上の区分に、どのくらいの意味が残っているだろう。

誰か人と話題に上らせるときに
「『昨日の』アレ見た?」
という場面ではその時々に見ていないと意味はなさそうだけど、
個人的に楽しむ分には、録るだけ録って、見たいときに見れば良いのだから
それが昼やってようが夜やってようが関係ない……。

あー。

となるとゴールデンタイムはやはり、
「そこでやっている番組の話題は次の日に上らせやすい一等地」
として、価値は高そうだ。

というか。

番組がCMを見せるためのオマケみたいになってるんだから、
「何時から何時は誰がTVの近くにいるハズだから、
 その層に合わせた『CMを見せるために』こういう番組を流す」
という戦略地図は変わらないのか。
流す側の意識ははっきりしてそうだ。
そういう意味では、やはり「夕方は子供番組の領分」なんだな。
『プリキュア』や『仮面ライダー』が休みの朝なのもそういうわけか。
大人・子供の両面を狙うという意味で。

  ……しかし、合間には大人向けのCMも挟まってるんだろうかな。
  ニチアサ見ないから分からないけど。

オイサンなんかはもーほとんどリアルタイムでテレビ見なくなってるので、
その辺の感覚はマヒしているというか、狂ってるわ。

にしても、
「その折角のゴールデンにあのバラエティって。誰が得すんのよ」
と、オイサンなんかは思ったりもしますけども、
オイサンのTwitterのフォロワーさん……いやまあ、ちひろパパさんなんですけど、
かの理知的で、
ムズかしいことも論理的に追求することが得意で、
そして恐らくそれが好きは好きで、
二十ニ時間頭の中で何かがダンスしている
(あと二時間はお酒とポニテとタマ姉のこととかを考えてます)ような人でさえ、
「休みに見るアニメくらいは小難しくない、
 ゆるっとチカラ抜いて見られてエヘヘと笑える様なのがいい」
と言うくらいですから(一部誇張?)、
晩メシ食べるときくらいは、大枠としてはきっとアレでいいんだろうな、と
最近は思わないではないです。
キライな人はテレビ消すでしょうしね。

もー少しだけ、レベルが上がってもいいとは思いますけどね。
NHKスペシャルをやれとは言いませんけど、
NHK教育番組くらいのバラエティさと教養っぽさを
装備していてもいいんじゃないでしょうか。

なんか話が逸れたな。
マいいか。


 ▼『はがない』

あと、『はがない』周りの言説で、
「あんだけカワイイ子はべらせて(かつ女の子同士は寄り添って)友達が少ないとか!」
みたいなのを聞くけど、
まネタ含みで言ってるかも知れませんが、ちょっとマジレスさせてもらうと。

結局は「友達がいなくて、欲しいもの同士」が寄り合ってるんだから
やっぱり個々人としては「友達少ない」という意識に間違いはないんだろうし、
たとえ同じ部に所属していて、
似たようなことに興味があって、
毎日顔を合わせて、
コトバを交わすにしてみたって、
「友達だと思えないヤツはどう逆立ちしてみたって友達ではない」と思いますよ、
オイサンは。

そっから先は
「友達というものをどう定義づけるか?」
なんていう不毛な議論の荒野に踏み出さなければならないので割愛しますが、
少なくとも友達っちゅうのは
「AがBとの関係を友達として(=友達という言葉にあてはめて)認識していて、
 B自身が自分とAとの関係をどう考えるかは別にして、
 Aのその認識を知覚している」
ということが最低限のラインだと思うので
(それで友達が成立するわけではなくて成立までに必要な最低限の条件ね)、
あの連中は(まだ出揃ってないけど恐らく全員?)
「自分には友達が少なくて、あの部の連中は同じ境遇で、
 同じ部の部員だけど友達ではない」
と互いを認識しあっているから、
やっぱり彼らはどこまでいっても「友達が少ない」状態をキープ出来ているんだと思います。

なんていうかね、あの作品のスゴいところは、
オイサン含めたその辺の友達少ない系タレントの
どうでも良過ぎるメンタリティを、結構ギッチリ理解した上で
色々トラップを仕掛けているところだと思います。
その上で、「当事者」でも心を痛めずに見ていられる
(って、それはオイサンが超諦めついたオトナだからかも知れませんが)。
夜空たんはそのトップランナーなので、オイサン大好きです。
あの子は「正しい」と思う。

あと、合間に時々流れる『けいおん!!』の劇場版のCMを見て、
ああ、すげえなあ。本気だなあ。面白そうだなあ、と、思う。
これは、迷うことなく見に行きたいよ。
ベタだけど、良い予告編CMだと思う。



■お写真の話



あ、そうだようかん食う?


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曇りの日はお写真撮るのが難しいのよね。
雨上がりの晴れ間は表情が一気に変わるので、
面白い写真の撮り甲斐があるんだけど。


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曇りの日の信号機の光とか、
雨の夜、地面に反射する車のライトとか、上手に撮りたいなあ。


 ▼オリンパスショックのわかりやすいまとめ [ ハム速 ]
 http://hamusoku.com/archives/6243355.html

ナニやら、天下のオリンパスさんのエライひとたちが、
こぞって良ろしくないことをなすっているとかいないとかで
先々エラい事になるらしいです。
つるかめつるかめ。

そんな状況なんで、オイサンは前々から目をつけていた
XZ-1を確保しようかどうかと考え中。
ウーム。
しかしフジのX-10も出てきてなかなか魅力的だしのう。


 ▼Lytro、撮影後にフォーカス自在の「ライトフィールドカメラ」を2012年に米国発売
 http://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/20111020_484997.html
 [ デジカメWatch ]

こちらはちょっと前にその技術が話題になりました、
「撮影した後、現像段階で画像のどこにピントを合わせるか決めることが出来る」カメラ。
アメリカでは商品化と発売が決まったみたいです。

しかしまあ……カメラっぽくないナリですね。
技術上、仕方のない形状なのかしら。
もしそうでなく、インパクトを求めてこうしたのなら、
あんまりこういう奇を衒ったことはしない方が良いと思うのですが。
なぜなら、「これまでのカメラに対抗しうる新しいカメラ」である、
という認識をしてもらえずに、
「全然別の遊びをするもの」
と思われてしまうと、一発屋で終わってしまう危険性があがるからです。

やはりカメラはカメラとして、まずは従来と同じ形から入って
「同じフィールドのものなのに全然違うことが出来る!!」
という驚きを見てもらったほうが良いように、オイサンは思うのですけど。

  ……しかしマ、とは言え、
  こんなもんにイキナリ手をつけるのはかなりな数寄者でしょうし、
  そうした人はギジツ的バックボーンも理解した上で手を出すんでしょうから、
  最初はコレでもいいのかもな。

オイサンはこれよりも、早くFOVEONセンサを搭載したデジカメが
日本のフツーのメーカー(失礼)から出て欲しいなーと思うのですが。
シグマのDPxシリーズは、
なんだか安っぽい上に操作性がよろしくないっぽいんですもの。

しかし
「センサーの記録解像度は1,100万光線(light rays)」
ってナンゾ。


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マそんな感じで、先週から週末にかけてのオイサンのカンジでした。


今週はPSPの『ロウきゅーぶ!』が出るなあ。
原作云々は抜きにしても、育成SLG+恋愛AVDっていう、
古き良き90年代スタイルなので、ちょっと期待したい。


サムネイルが思ったよりいかがわしいな……

 

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2011年10月17日 (月)

■無責任宇宙ファミレス・ざんねん! ぽぷらちゃんでした ! ! -更新第722回-

土曜日曜と、連チャンで10kmコースをジョギングしたら、
太ももがダルくて仕方のないオイサンです。

うーん、以前はこのくらいは普通にいけたと思うんだけど、おかしいな。
半年、一年でこんなに衰えるもんかね。

  ……。
  なんか、このまま10年後くらいまでこのblogが続いて、
  「50になるけど10kmはもう走れなくなった」
  とか書いてそうで、今ちょっとギクッとしたな……。
  たまに何十年も日記をつけ続けてる人とかいるけど、
  どういう気分なんだろう。
  ここなんかまだほんの5年目ですしね。

ジョギングコースの途中には森林公園……というか、
ただの雑木林を抜けるような場所が何箇所かあるのですけど、
蝉と入れ替わりで、リンリンと鳴く虫の声がもうすごいです。
木の枝全部に鈴がぶら下がり、風に揺れてるような数と音量で、ちょっと怖いくらい。
あれは鈴虫なのですかね。
こいつらが本気出して襲ってきたら多分食われて死ぬなーとか思います。
蝉みたいに、ノコギリの歯みたいな音で鳴かないのが救いです。

そしてその中でもガチャガチャ鳴いてる奴もいて
(つっても本体を見たわけじゃなくて、明らかに違う音が足元の茂みで鳴ってただけだけど)、
そいつは多分クツワムシだったんだと思います。
イヤ、見たんじゃないし、クツワムシの声もよく知らないのでアレですが……
童謡の歌詞を信じるなら。

ほんとーにガチャガチャ言うんですね。
初めて聞いた気がする。



■『WORKING!!』にハマってみる



ハマる、とまで言うと大袈裟ですが、
今期の中ではアタマ一つ抜けて楽しんで見られてるなあ、と。

登場人物には女性陣が多いわけですけど、
その誰が特別好きというのもなくて、「楽しそうな場だなあ」という感じです。
『みなみけ』に近い感覚で見ています。

▼WORKING!! OP2 「COOLISH WALK」


人物の中で誰が気になるかといえば、厨房担当・青い髪の相馬さん(♂)がいい。
彼は言ってしまえば「腹黒キャラ」なんですけど、なんていうか、
「色々考えて色々(キタナイことまで)知っている、
 その上で選択の結果として、ニコニコ楽しそうにしている」
という生き様が、心にズンとくるんですね。
ちょっと哀しくて。オイサンの中では、彼は悲哀担当です。

  イヤもう、本人的には染み付いた地であって、
  そんなこと考えてないと思いますけど。
  ラクに楽しくああなんだとは思いますよ。

エンディングでうれしそーにタンバリン叩いてる姿が、
なんかもーおんなじことしてるのに、隣のヤマダと行為の過程と質が全然違うことが、
あの画だけでヒシヒシわかるってすごい。
「何か狙いがあって(「その方が面白いから」という感情的なことも含めて)
 考えを一巡り二巡りさせた結果ああしてるんだ」
ということでしょう。

▼WORKING'!! ED


  ヤマダは多分、
  「そこにタンバリンがあるから、ついでに小鳥遊くんがいるから叩くのだ!!」
  「仕事したくない!! → さぼってもタンバリンのせいに出来るし楽しい!」
  という一心ででしょうw
  それもまた潔いというか、ヤマダは次くらいに愛おしいんですけどね。

ああいう大人になりたかった。
メンドくさかったから諦めたんだけど。
いつも誰かに何かをけしかけるような微笑みが、すごく重くてすごくいい。
基本はギャグ作品だからそんなことは気にしないでいいんだけど、
やっぱクるものがあります。

今週(もう先週だけど)の3話目では、体の弱い小鳥遊姉が可愛くて良かったですね。

 ▼OP/ED 「ヤバい」の機微

OP/EDも好みでしてね。
OPの楽しさは言わずもがな、EDが男性Voてのがまたいい。
隅から隅までオイサン好みのバランスで出来てて嬉しい限りです。


  ♪ 常識人になりましょう ヤバい人ならすぐなれる


ってのは、やっぱ名言だなあwww
「ヤバい」っていう響きと含みが、個人的に好きなだけかもしれんけど。
いいねえ。

味わい深いな、「ヤバい」。
昨今なんにでも使われ過ぎて、「カワイイ」に並んで叩かれ気味な言葉ですが、
使いこなすと強い。上手い言葉だ。
ハッキリ言ってるのにハッキリ言ってない、というあいまいな機微が備わっていて、
古語とかに近いんじゃないかしら。
イヤ古典苦手だったからわかんないけど。
言葉から伸びるベクトルの矢印を、
前後にならべる言葉で自分の好きに操れる、その自由さがいい。

言葉そのものには幾つかのパラメータ、
喜・怒・哀・楽・肯定・否定なんかが自ずと備わっていて、
たいていの言葉では、それらの基本値とか、
上限・下限の制限値があったりするもんだけど、
「ヤバい」「カワイイ」ではそれらの値が相当広く持つことが出来、
前後の文脈と場の空気、あとは送り手・受け手の度量裁量でかなりアバウトに決められる感じ。

そこまでの使い手が限られているだけで。

あと、その部分の歌い手の割り振り(三人で歌ってる歌なので)、
そこがアスミンってのも狙ってんのかと言わざるを得ないGJぶり。
OPをジャジーなアコースティック編成で聴きたいわ。

……と、いうワケで、
先週は『はがない』の
「リア充は死ねッ!」
で一日笑い、今週は小鳥遊くんの
「ちいさいものの悪口を言うな!!」
と、相馬さんのタンバリン打ちで一日笑ってたオイサンでした。
小鳥遊くん、一本芯通り過ぎだろw

どうでもいいけど、
「小鳥遊」と書いて「タカナシ」と読む、その由来を今知ってビックリしたぞ。
おもしれえけど、考えた奴はハッキリ言って厨二だな。
凝り過ぎだ。



■Webラジオ『タイラー無責任同好会』



あともーいっこ、
1993年(!)放映のアニメ『無責任艦長タイラー』のWebラジオ(!!)が、
音泉さんで配信されてます。

  ▼タイラー無責任同好会
  http://onsen.ag/program/pakopako/index.html?1318860933343
  [ 音泉 ]

なぜ今!!?!
と思いますが、なんのこたぁありません、
BD-BOXがこの水曜日、10/19に発売されるので、その販促だそーです。
全2回で、19日にはまた更新されてしまうみたいなので、
初回をまだ聴いてない人は急いでどーぞ。

パーソナリティは、
主人公・タイラー役の辻谷耕二さんと、
ヒロイン・アザリン役の笠原弘子さん。
……と、富永"本編には出ていない"みーなさんという
えらく単価/hの高そうな面々。

  ……最後のはなんじゃい、と事情を知らない人は思うでしょうけど。

  放映当時、イベントごとやら特典映像なんかがあると、
  必ず引っ張り出されて遊ばれてたんです、富永さん。
  マ何でもやるし、何でも出来る人ですからね。
  確か、当時のラジオ(Webじゃないヤツ)でも出てたんじゃなかったかなあ。

実際この番組、みーなさんが前面に立ち始めてから上手く転がり出した気がするw
のっけから狙ったようなグダグダぶり(最初のあれは台本だと思いますけど)で、
当時のラジオも確かにユルい、ナンセンスノリだった記憶がありますが、
それにイマドキのぐだぐだカオステイストを上乗せしようとしたみたい。

でも……辻谷さんも笠原さんも、もうどっちかというと昔かたぎの真面目な人ですから、
そこまでは崩せないし、ノれなかったみたいで、
パーソナリティのなすりつけあい(なんだそれ)になってました。

大体がさ、18年? も昔の番組の、
収録時の話とかお互いの第一印象とか、憶えてるわけがないんだよw
比較的新しい、OVAシリーズとかだって15年くらい前でしょう?
そりゃ引っ張り出された方だって困るさw
途中「タイラー新聞」の話になって、みーなさんが無茶なこと言い始めてから、
みんなようやく舌が滑らかになってきた気がします。
明らかにみんな、困ってるじゃないですかw

台本も「当時のエピソード」とか適当な話題だけ振ってあって
適当に喋ってください、みたいなことなんじゃないのかなー、と、
相変わらず憶測だけでヒドイこと言いますけど。

VAPさんにしてみたって、当時のスタッフなんかそうそう残ってやしないでしょうし。
途中で出て来たBD-BOXの宣伝担当の人は、当たり前だけど随分若い人っぽく、
どーなんだろ、
そもそも『タイラー』のことを知ってるのかしらw?
マお仕事ですからアレですが、
「おめで鯛アップキャンペーン」とか言っても、

絶対響かないと思うんですけどねw 今の若い人には。

  当時だって、「イヤそれはどうだ」的な物を感じたりもしましたが、
  マその辺はそれ含みのネーミングですけどね。

……そして、それは多分、作品の内容的にも。
まあ、最終的には面白かったからいいですけどね。


仕方ない仕方ない。


引っ張り出す声優陣も……ねえ? 選びようがないもの。
今回のお二人のほかって言ったら、憶えてる範囲で話しますけど、
三石さんでしょ、天野由梨さんでしょ、
速水奨、成田剣、八奈見乗児、岡本麻弥、関俊彦、三田ゆう子、岩田光央、かないみか……
ざーっと見渡してみても……ねえ。
麦人さんくらいじゃないか?
当時と同じような推進力でオシゴトされてるのって。

  辻谷さんも、番組中で天野さんの名前を間違って
  「天野ユリコ」って言ってましたからねw
  役名ごっちゃになったか知らんけど(ユリコ・スター CV:天野由梨)。

マ喋らせるという意味では、岩田さんあたりは上手くしゃべりそうですが、
ギリギリの人選の気がします。

あー、でも海兵隊の……クライバーン特務曹長の中の人あたりは、
案外面白く喋ってくれそうな気もしますね。
中田和弘さんですっけ。
イザそうなったらなったで「すごい人選だなw!」って思うと思いますけどw
面白けりゃありだな。

次回はそこに、なぜか下野紘さんが加わるみたい。
由縁はワカラン。
当時ファンだったとか、イベントに参加したとか、そんなんじゃないですかね。

みーなさんを呼んできたのは英断だったと思います。
面白かったし。
元祖グダグダ声優かも知れませんな、この人は。
何事につけ「いいじゃんもう」っていう肩の力の抜け方は、
郭海皇の消力に並ぶものを感じます(バキネタ)。


うーん。


当時はオイサンも高校生で、
しかもまだそんなにアニメにどっぷりって感じだったわけではなく。
今みたいに、何でもかんでもあらゆる情報が0円に近い値段で入ってくる時代でもなかったので
周囲の状況はあまり良く把握してませんけども。
この番組での話が本当なら、
新しいプロモーションを色々やってた意欲的な作品だったんだなあ。
確かに当時の展開は、追いかけていて、ニギヤカで楽しかったです。

  ちなみに、オイサンがある程度自覚的に、
  アニメを今のようなオタク文化としての位置づけで見始めた最初の作品が
  この『タイラー』です。
  それ以前は、子供がフツーにアニメを見るのの延長として見てました。
  アニメに限らず、創作物にふれて泣いたのも、これが最初でした。
  なんで自分が泣いてるのか、良くわからずにおりましたね。

なんか、文句言ってるみたいになってしまいましたけど、
最初さえ乗り切ってしまえば面白かったです。
……主にみーなさんが。

肝心のBD-BOXは、買おうか買うまいかまだ迷い中。
記念碑的な作品ではあるし、懐かしくもありますが……
見返して、何かがあるだろうか?
当時味わいつくした感がある分、二の足を踏んでしまいます。

TVシリーズの終盤5話ほどと、
OVA『ひとりぼっちの戦争』が全てだったように思います。
最終回に流れた、スッペの『軽騎兵』は今でも忘れられません。

さーて、どうしましょうかね。



■二期作のバラード



そーいや、『アマガミSS』2期の詳細が発表されましたな。

  ▼アマガミSS plus
  http://www.tbs.co.jp/anime/amagami/

『アマガミSS+』だそうで。
第1期のその後を描く、オリジナル成分多目で各ヒロイン2話ずつの1クール。
……ってことは、また上崎さん・美也は蚊帳の外か。
ヒロイン放映順は1期と同じなんですかね。

色々と憶測が飛んでいますが、
あくまで高校生活の範疇を超えない、
甘いワンエピソードにフォーカスしてやる感じなのでしょう。

「第1期のその後」ということで、
「森島先輩と絢辻さんは10年後の話なのか!」
みたいなハナシもTwitterで見かけましたが、さすがにそれはない様な気がする。

  10年後のハナシとかやるくらいだったら……
  弊社からのご提案はこう↓です。

  http://mobile.twitter.com/ikas2nd/status/124805973159313408

  そういえば、

  まだメカデザインの発表がないですね。



  いつになったら発表されるんでしょうか。
  出来ることなら、『メタルギア』シリーズでおなじみ新川洋司さんにお願いしたい所存。
  やっぱギャルゲーをアニメ化すんなら
  ロボット出してファンのド肝抜くぐらいじゃ無きゃオヤ誰か来たようだ。

マ先輩は、卒業くらいはするかもですけど。
サブキャラまでは……手は回らないでしょうねえ……。

スタッフコメントの中で、高山御大も坂本Pもびっくりしていたので、
誰が言い出しっぺなのかわかりませんけど……
搾りカスでまで小銭を稼ぎたいだけの人が、
テキトウな物でお茶を濁す展開だけは避けていただきたいものです。
なんかその危険性も、十分ある気がするなあ。

そんな憂い吹っ飛ばして、ド肝抜いてくれることを祈ります。



……。



ちなみに、2期からはカントクが平池さんから替わるようでして。
『WORKING!!』も、1期は平池さんで、2期から替わっています。
『WORKING!!』はオイサン1期を見ておらず、わざわざ見てみる気もなかったのですが
……ちょっと見てみようかしら。
イヤ他意はないんですけどね。



■新川洋司といえば。



 ▼「メタルギア」のアートディレクター,新川洋司氏が
  「武装神姫BATTLE MASTERS Mk.2」のラスボスをデザイン。
  その経緯と今後の展望を,新川氏と「武装神姫」の鳥山亮介プロデューサーに聞く

  http://www.4gamer.net/games/128/G012840/20111014082/
  [ 4Gamer.net ]
  記事名長いよ!なにやってんの!!


オイサンがぼちぼちやってる『武装神姫』のお話。

デザインした新川氏の希望で、
ラスボスのボイスは久川綾さんがやってるんだそうですが、
その理由が

  「『プリキュア』で見たキュアムーンライトがカッコ良かったから」

なのだそうでw
さすが皆さん、ホンマモンでいらっしゃいます。
しかも娘さんが
「『プリキュア』は同級生がもう見てないから見ない」
と言い出したので

  「パパの会社の人達はみんな見てるよ!」

って言ったら

  「おかしいんじゃないの
 

        おとなのクセに!」


って言われたらしいです娘さん一本勝ちw!!
オイサンにも言ってくれ『プリキュア』見てねえケド!!

あと興味深いのは、
「娘さんに武装神姫をプレゼントしても
 『これは女の子のオモチャじゃない』ということはしっかり分かるみたい」
ってトコロで。
へー、そーなんだ。
面白いなあ。
どーでもいいけどこのインタビュー面白すぎるわw


マそんな感じでヒトツ。
宮越屋珈琲のエスプレッソフローズンが、甘すぎず苦すぎずでとっても美味しいです。
皆さんも是非。

今回のタイトルを思いついて字にした瞬間
のーみそが煮くずれしそうになったオイサンでした。


P.S.
 ついでにですが、今回のタイトルを考えついたときに
 「宇宙ファミレスってのは新しいな!」
 と一瞬だけ思ったんですけど、
 宇宙のすたーらーくさんが第一人者としてコレマタ20年くらい前から既に君臨しておられて
 全然新しくなかったです。

  ▼宇宙英雄物語 宇宙のすたーらーく
  http://nicoviewer.net/nm11581204

 すみませんでした。




 

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