2016年8月19日 (金)

■DEEPNESS beyond EVERYDAY -更新第1986回-

若い人、ゲームをプレイする人、面白いアニメや映画を見たい人は、
いったい本質的には、何に興味があるんだろう。

いっときの面白さがそこにあれば良いのだろうか。
それとも、その面白さによってその先や奥にある何かに手を触れたいのだろうか。

ただ面白いだけではなくて、そこに手を突っ込んで、
何が、どう、なぜ面白かったのかを、考え、分析・細分化して
より具体的に語る人たちはいるが、
(それを日々の糧を得るための材料にしている人は別として)
彼らはそれを、なんのために行っているのだろか。

「面白さを突き詰めるため」という答えは、まあ返ってくるだろうが、
その先があるのかどうか、ということだ。
「面白さを突き詰めてどうするか」、
自分が生み出そうとする面白さに反映させるためであるのか、
「面白さ」のライブラリを完成させるため
(それは作品の価値の理解を広めて深め、人の知性を高めたり、
心のありようを解きほぐしたりすることに役立つであろう)であるのか、
より深く心に刻むため、というのもあるだろう。

直接的に面白さを生み出さずに彼らのハートを掴むには、何か出来ることがあるだろうか、
と考えている。
面白さをほじり返そうとする、その動機の奥にある欲求か衝動か……、
そこをじかに刺激するテを知ることが出来れば、
何か一つ、私個人にとっても、世の中広くにとっても、
広がりが生まれる気がするのだ。

ただ「そこにある面白さに触れたいがため」であるなら、
その奥を発掘することは望めない。
ただただ、面白いものを生み出さなければ答えられない。

だが、そうではない、面白さ、面白かった充実感、それらが彼らの心の中で
何か違うものに変化して(厳密には面白さの皮がむかれ中身が取り出されて)、
しまいこまれたり、知られざる心の器官を刺激しているのであれば……
私は、その面白さという手順を踏まず、そこに直に、熱い光を当てる手立てを思い描きたいのだ。

面白さによって、刺激され、開発されるモノというのは(若い時分にはより顕著に)あるから、
面白さを手に入れてそこを叩きたい、という気持ちも、彼らにはあるのかもしれない。
それはまず面白さでなければならないのかもしれない。

だが今は私は、面白さのカタチを介さずに、何かを彼らの心の髄に届かせられるのならば、
それをしたいのだ。

そして『日常系』は、そのヒントの大きな一つだと思っているのだ。
I found that the "Nichijo" system must be one of the hugest hints.

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2015年9月23日 (水)

■特急ヴェガ~SS『お嬢様特急』より -更新第1002回-

※このSSは、
「風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より」
(-更新第1001回・1002回-) の元になった、
2000年作のSSを、手を加えずそのまま掲載しておりますデス。
何が言いたいかと申しますと、
「チョイチョイおかしいトコあるけどその辺は新し方でフォローしてるんで目ェつむってや」
ということです。
それが分かった勇者だけが読んでもいい。
  

 
 
 
『心地よいリズムが否応なしに体に刻まれるから、列車の
旅は乗客たちに不思議な一体感を生む、と列車好きたちは
口を揃えて言う。果たしてそれが真実なのかどうかは、生
物学や、或いは心理学の先生に譲るとして、今はそのリズ
ムに、身を任せていたいと思う。
 レールを敷かれた人生の下らなさを誰もが声高に謳うけ
れど、降りたホームで時間をつぶして次の列車に乗るもよ
し、特急列車に乗り換えて、前を行った列車を追い抜いて
見せるのも痛快なものだ。同じホームに立ったとき、いつ
やってくる列車に、どのドアから、どんな荷物を乗って乗
り込むのか、そして、隣に誰が座るのか。それは自分次第
なのだから。
 きっとそれは、答えを求めるまでのとても重要なプロセ
ス。人の一生は、きっと誰もが同じ一本道のレールの上だ。
けれど、力ある人はレールを曲げるし、知恵ある人はスピ
ードを変える。思わぬ事故。見たことのない駅。各駅停車、
特急列車、それだとて、すべての選択肢を目の当たりにす
る人がどれだけあるだろうか。決して完璧な自由ではない
けれど、人の手に余りあるほどの道が、その一本のレール
の上に広がっている』
 そこまで書いて、僕は万年筆を握っていた手を止めた。
大きく伸びをした窓の外は、もう暗い。山間の峡谷を今、
特急ヴェガは走っている。線路沿いに並んで立つ街灯の灯
りだけが、時折尾を引いて後ろへ後ろへ滑っていく。遠く
山の上には、それとは趣の違った星の光も見える。寄り添
って立つはずの木々の葉の一枚一枚はその鮮やかな緑色を
闇に黒く塗りつぶされていた。
 僕は固まった首と肩を押さえ、喉が乾いていることに気
が付いた。個室のソファから立ち上がるともう一度大きく
伸びをした。決して広くはないけれど、ここまでの十日あ
まり不自由を感じたことはない。さすが超豪華列車を名乗
るだけのことはある、と感心させられる。もうじきこの旅
も終わる。部屋を見渡して少し寂しさを感じながら、僕は
売店に足を向けた。



    ×     ×     ×



 車内の売店で、"ちひろさん"お勧めの缶コーヒーを買い、
客車の通路を縫って歩く。展望車まで行って空を眺めたい
と思った。
 列車は瀬戸内海を遠く臨んで走っている。広島を出、小
郡を通過して関門海峡に差しかからんとするばかりだ。山
と、谷と、その隙間から海の覗く風景の繰り返し。社内は
冷房が効いていて快適だが、窓ガラスを一枚隔てた外の熱
気は、日本の夏そのものだった。
 数時間前に、小郡で三十分の小停車があった。日が落ち
る寸前の時刻だというのに、ちょっとホームに降りただけ
であっという間にシャツが汗でずくずくになるほどで、西
日本の熱を僕は初めて肌で知った。そのホームで、名古屋
から乗ってきた"風音さん"に頼まれて写真を一枚、撮った。
ファインダー越しに覗いた、斜陽を眩しそうに遮る彼女の
顔が、いつもの晴れ晴れとした明るさを映しながらどこか
物憂げな色を帯びていたのは、夏の黄昏がそんな色をして
いるせいだけだったろうか。
 展望車に向かう途中、4号客車とその更に後ろに連なる
展望車とを繋げるデッキに差し掛かったとき、お尻のポケ
ットで携帯が震えた。未だ使い慣れないそれを、それこそ
缶コーヒーを取り落としそうになりながら捕まえて耳に押
し当てる。
 一体誰からだろうか?家族には、旅情がそがれるからよ
ほどのことがない限り鳴らしてくれるなと念押しをしてあ
る。持ち始めのこの電話の番号を知る友人も数少ない。わ
くわくしながらボタンを押す。我ながらわざとらしいと自
嘲しながら。相手は一人しかいない。
「あ、もしもし。あの、私、千歳です。今、大丈夫?」
 それは、広島で、このヴェガを降りた友人からだった。
丸一日かかってようやく埼玉は上尾にある実家に帰りつい
たという、彼女からの報告だった。
 ヴェガに乗ってしまったことで、結果的にとはいえ推薦
入学を蹴ることになってしまった彼女への、周りからの、
殊に家族親類からの非難は強く、さすがに何から何まで万
事無事といえるほど上手くはいっていない様子だったけれ
ど、それでも、今の彼女は多少の困難は乗り切れるだろう
と思う。
 彼女は答えを見つけた人だった。目の前に停まっていた、
始めから終わりまでを敷き切られたレールの上に乗った、
哀れなひと連なりの列車。お金も、ゆくあてもないままに
飛び乗っていい筈がないことは聡い彼女には当然分かって
いたはずだった。
 明日のことがある。昨日までの自分もいる。そんなこと
は今こそ痛いほどに知っていたはずなのに、彼女はその哀
れな超豪華列車に答えを求め、身を委ねたのだった。終わ
りある、選択の余地のない一本のレールをたった一度きり
走るために生まれたこの列車に、彼女は潔いまでの覚悟を
見てしまったと言った。
 そして答えを見つけた。むしろ、ないはずのそれを自分
の中に作り出し、旅に出てしまった自分への一つの解答を、
彼女は列車を降りることで体現して見せてくれた。ヴェガ
を降りて帰り着いた郷里の町は、今まで見たことがない色
をしていただろう。昨日までの明日は、もうそこにはなく
なっていたはずだ。
「じゃあ、そろそろ切るね。旅行、気をつけてね」
 電波に乗ってやってくる彼女の声はデジタルに変換され
てもその思いは損なわれず、しっかりと僕に届いて消えた。
まるで自分が励まされているような。ただ無責任に、ふわ
ふわと勝手なことを言っているだけの楽な自分が。
 一日ぶりにそんな彼女の強さに触れて、彼女の言葉を思
い出していた。

 不思議だわ。人に迷惑をかけているのに、自分が間違っ
ている気がしないの。

 僕はしばらくの間、点滅する携帯電話の液晶画面を見つ
め、ぼうっとしていたことに気が付いて、それをポケット
に押し込んだ。
 一歩足を踏み出すと自動ドアがさっと開き、デッキより
も一、二度低い冷気に体が飲み込まれる。展望車のラウン
ジは、壁も天井も、壁面のほとんどがガラス張りになって
いて、辺り様子が一望に出来た。旅の始めの頃、夜の北海
道を走ったときはその天然物のプラネタリウムのものすご
さに圧倒され、東北の山並み、見慣れたはずの東京の人の、
暮らしの群れにもいたく胸を打たれたものだった。
 この列車の始発点、北海道から僕は乗っている。本当に
線路がどこまでも続いているのか、それを見てみたかった。
出会いを求める気持ちもあった。これまでの日常を振り切
りたい気持ちもあった。ただ今になって思うのは、実は一
番強く胸の中にあったのは、もっと日常を愛したいという
気持ちだったのではないか、ということだった。人が旅に
出るのは帰る場所を探すためで、旅に出て、帰って来て、
やっぱり家が一番だとつぶやくように訴えたいからなんじ
ゃないだろうか。帰る場所が出発点と同じではないことも
あると思う。そのときには、新しい自分の帰る場所を作り
だし探し出して、これから続き続ける日常を、ただ当然に
そこにあるものやコトを、何より愛しく感じることが、人
生を正しく素晴らしいものに変えてくれるのではないかと、
今僕は期待している。その気持ちさえ、旅に身を委ねる時
間のいたずらなのかも知れないけれど。



    ×     ×     ×



 扉が開いた瞬間、さして広くもない展望車のどこかから、
あっという驚きの声が小さく上がった。声がした方を振り
返ると、いつもの飾り気の無いワンゲルルックで身を固め
た風音さんの警戒するような顔が見つかった。それもほん
の一瞬で、入って来たのが僕だと分かって頬を緩めてくれ
る。仕方のないことだった。僕も軽く笑い返すと、彼女の
もとへ寄り、足下に丸まっている愛らしい毛糸の固まりを
撫でてやった。
「よう、ゴロー、元気か?」
 ナップザックからはみ出ていた毛むくじゃらの固まりは
僕の声に反応し、もぞもぞと蠢いたかと思うと、黒目がち
な瞳を現して僕の鼻先に荒い息を吐きかけてきた。小熊の
ゴロー。山で拾ったゴローを再び山に返すための旅を、風
音さんは続けている。
 いくら特急ヴェガが自由な列車だと言っても、この猛獣
の子供を連れ込むことが許されているはずもなく、それに
ついては僕も風音さんも共犯だった。無邪気にのどを鳴ら
すゴローにじゃれつかれるだけでも、遊び相手には相当の
覚悟が必要だ。比較的慣れている僕や風音さんでもこの始
末だから、少しでも敵意のある人間が近づこうものならど
うなるか分かったものではない。こんな時間だから、自室
の外に連れ出してやることも出来たのだろう。
 窓の外は山、谷、海、谷、山。草いきれと水の匂いが伝
わってきそうな世界。たくさんの景色を映し出してきたこ
の窓の向こうに、もうすぐ見えてくるものがある。
「じきに九州だね」
 彼女の隣に腰を下ろして、残りのコーヒーをあおった。
もうほとんど残ってはいなかった。
「そうですね。もうすぐ、終点ですもんね」
 世間話のつもりで笑顔でそう返した風音さんは、僕の言
葉の意図に思い至ったようで、瞳に影を落とした。我知ら
ずうつむき加減になる視線の先にゴローがいる。そのとき
の彼女の胸にどれほどの痛みが走ったか、つらい別れをま
だ知らない僕には知り得なかった。ただ、ハーフパンツの
膝の上で固められた拳がその痛みを物語っていた。
 名古屋からヴェガに乗ってきた風音さんはずっと、ゴロ
ーを放すのに適した山を探してきた。自分で別れの場所を
探す、タイムリミットつきの列車行。誰が言い出したのか
知らないが、発案の主はよくも残酷なことを思いついたも
のだと思う。ここから先、ヴェガの停車する駅はたったの
三駅しか残っていなかった。博多、阿蘇、そしてヴェガの
ためだけに用意された終着駅「夢の崎」。別れのときは確
実に、忍ぶことすらせずに足音を立てて近づいていた。カ
タン・コトンと響く、眠気さえ誘うその音を、今彼女はど
んな風に聞いているのだろうか。否応なしに刻まれるリズ
ムが彼女の胸の痛みを僕に共感させてくれはしないかと期
待したが、それは詮無いことだった。彼女にとって、この
特急ヴェガは別れの瞬間に向かって冷徹なまでの猛スピー
ドで一直線に突き進む砂時計でしかないのかも知れないと、
冷静に思っている自分が申し訳なかった。
 気が付くと、僕は彼女の拳に手のひらを添えていた。風
音さんは驚いたように、少しだけ高い位置にある僕の顔を
降り仰いだ。その頬はわずかに朱味を帯びていて、彼女の
全身が一瞬で緊張するのが、小さくやわらかい手の甲から
も伝わってきた。けれど、彼女はまた徐に視線をおとし、
言葉に詰まる。暖かな気持ちがにじみ出すように弛緩して
いくのも分かった。僕は、言葉を慎重に選ばねばならなか
った。
「その、山は、まだ見つからない……?」
「……はい」
「そう」
 相応しい山を見つけた暁には、その別れに僕も立ち会う
ことになっていて、彼女の決心が鈍ってしまった時には無
理矢理にでも風音さんをゴローから引き離すという、悪魔
のような役目を与えられていた。彼女と出会ったばかりの
頃のことだ。初めは、僕も彼女も特別な感情を持たないも
の同士であることが互いにその役割に最適であると考えて、
頼み、引き受けたことだった。しかし今となってはそれも
容易くない。かといって、今更それを他の人間に頼むこと
も、譲ることも、もはや簡単なことではなくなっていた。
「誰が、言い出したことなの?」
「え、と、それは……」
 そのとき、彼女に重ねて、車内アナウンスが割って入っ
た。
『このたびは特急ヴェガにご乗車戴きまして、誠にありが
とうございます。当列車は間もなく、博多に到着いたしま
す。尚、当列車は博多で二十四時間停車致します。お降り
のお客様は……』
 柔らかに鳴る電子音につられて、思わず二人して、天井
のスピーカーをぼんやりと見上げてしまった。先に動き出
したのは風音さんだった。アナウンスの流れ終わるのを待
たずに、風音さんはいとおしそうにゴローの頬を撫で、そ
うされたゴローは満足そうに喉を鳴らして自分からナップ
ザックの奥へと帰っていく。見守る風音さんは穏やかさを
取り戻していた。まるで全部分かっているような、少し哀
しい、少し厳しい目をしていた。そして、見とれる僕を尻
目に勢いよく立ち上がり。驚くほど綺麗な微笑みで僕を見
下ろした。
「さ、行きましょう?降りる準備しないと」
 僕は促されるままに立ち上がり、歩き出す。元気よくナ
ップザックを背負い直して、トコトコと自室に向かう彼女
の後に続き、尻尾のように左右に触れる後ろ髪を見ながら、
さっきの続きを聞こうと思った。
 視線を横へ送ると、列車はいつの間にか山間を抜けて、
徐々にスローダウンを始めている窓の外に少しずつ町の灯
が映り始める。流れていく町灯り。近くのものはものすご
い速さで、遠くのものは緩やかに。それはさながら僕たち
の日常の様だった。無数の町明かりの中で、どれだけの人
たちが、どんな当たり前を営んでいるだろう。彼らは夏休
みの十五日間だけを走り過ぎて行く、特別すぎる日常を笑
い飛ばすのだろうけれど、それすらもやがて痛みを伴った
日常に溶け込んでいくことを知って欲しいと思った。駆け
抜けていくこの一列の光の帯は、決して頭上高くで瞬いて
いる、星の光ではないのだと気付いて欲しかった。



    ×     ×     ×



 目の前で自動ドアがさっと開く。足を踏み出す。背後で
ドアの閉まる音がして、にわかに慌しくなった客車では、
一人旅の学生やスーツ姿の男、子連れの家族や、或いは車
内で働く人たちが大勢動き回っていて、僕たちが入ってき
たことなど気にも留めない。前を歩いていた風音さんがさ
っと身を翻し、僕の隣に並んだ。
「どうしたんですか?ぼおっとして」
「へ?なんでもないよ。風音さんこそどうしたの。急に元
気になって」
 風音さんは答えなかった。
「あの、博多ではどこに行くか、もう決めてるんですか?」
「いや、まだ決めかねてるけど」
「じゃあ、中州なんてどうです?」
「中州? 別にいいけど、どうして?」
「意味はないですけど。なんとなく何か面白いことが起こ
りそうじゃないですか」
「じゃあ足を運んでみるかなあ。ああ、でもなあ……」
 後日、僕は風音さんの手を引いて、阿蘇の麓に広がる野
を駆け渡ることになる。風音さんは抵抗をしない。ただ、
ゴローのいた方を何度も何度も振り返り、黙ったまま、僕
を責めるでもなく、感謝するでもなく、走り出す方向を決
めることが出来ずにそこに吹く風に流されるように、その
細っこい体のベクトルを僕の手に預けることになる。それ
はこの時の笑顔からは信じられないことだったのだけれど。
 もうすぐ終わりを迎えるこの旅の中で、僕は一体何を決
め、何を変えてきただろう。ままならない時間と空間の流
れの中で、せめて自分のすべてだけは自分で決めてきたと
思ってきた。けれどそれすらも、天にかけた願いのその叶
いに似て、どこからか返ってきた答えの積み重ねでしかな
かったとさえ思う。答えは僕が出したものじゃなく、僕が
した、一瞬の瞬きの答えでしかないと。
 そんな僕の今はというと、どこに遊びに行くかも自分で
決められない、所詮はそんなマイニチなのだけれど。
 
 
 

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2015年4月 4日 (土)

■お漬け物の家~SS『ヤマノススメ』・ここなちゃん編 あとがき -更新第979回-

どうも、オイサンです。
またしても突然の『ヤマノススメ』SSだったわけですが、いかがでしたでしょうか。

これを書こうと思い立ったのは今年のはじめ。
きっかけは……何でもいいから、2000字くらいの短めで一本書いてみよう、
というのが、その……当初の目標でした。
「当初の」ね。当初の。

前回の『のんのんびより』SSがあまりに長く、
Pixivの方でも、多分ほとんど読まれていないように思えたので、
Pixivで他の人の作品をざっと眺めてみたところ、
だいたい2000字~6、7000字くらいが多いみたいで、
10000字を越えるのはそんなに多くないようでしたんで、
少しそういう方面に近寄ってみたものは書けないだろうかと思ったから、でした。

結果的には15000字近くになったけどな。
仕方ないだろ。
それだけ必要な話になったんだから。

最初はたくあんおいしい!だけの話だった。
鳥じゃねえのかよ。
デあまりに『ヤマノススメ』関係なさ過ぎるだろってんで、
鳥の話が出てきてこうなった……。

デキがどうなのかっていう評価は、読んで下さった方に勿論委ねるコトになるでして、
私の口からは自分がどう思っているかについてよう言いませんけども、
思いついたこと、
持ち込んだものについては、全力を傾けられたんではないかと思うし、
他はともかく、一点、書き終えた後に、とにかく美味しいたくあんが食べたい、
美味しいたくあんでゴハンを一膳ん食べたい、と思えたので、
そこだけはとりあえずマシだったんじゃないかと思っておるです。

やっぱり長くなってしまったことと、
最後の最後がひなたの話になってしまったことは反省材料だなあと思っておるです。

目指したもの、憧れたカタチには及ばざるコト山の如し(間違い)なのでアレだが、
その辺は次があったらもうチョイうまくやれる気がしておる。

マそんな感じなので、
ご意見、ご感想、ここなちゃんの残り湯などございましたら、
コメント・メール、宅急便なんかでお送りいただければ幸いです。
抽選でなんか上げるかも知れない。
抽選ですらないかも知れない。

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2014年12月20日 (土)

■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(4) -更新第961回-

 


 (1) (2) (3) (4) 


 
    ☆    ☆    ☆
 
 
 
 家に着く頃にはあたりはすっかりたそがれて、玄関の前に立つ
とすり硝子から漏れてくる黄色い光が、ちょっと尾を引くくらい
だった。カラカラパシンと戸を引くと、奥からはテレビの声が聞
こえてくる。ただいまを言ったんだけど反応がない。テレビに夢
中の姉ちゃんには聞こえなかったらしい。再放送のドラマがそん
なに面白いかね。
「ただいまってば」
「あれ? お帰り……早かった……ね?」
 うちの顔と壁の時計を見比べながら、姉ちゃんは複雑な顔をす
る。分かる。一本あとのバスで帰って来たにしては微妙に早いと
思ってるんだろう。バスの時間を把握してたら、その顔になるの
は分かる。
「歩いてきたの?」
「んーにゃ。カズっちゃんに乗っけてもらった」
「そうなんだ。良かったね」
 テレビに映っていたのは、昨日も姉ちゃんが見てたドラマの再
放送だった。今日うちがバスに乗りはぐる原因を作ったやつだ。
話はたぶん先週分だろうけど。おのれ。お前のせいでうちは、ニ
ューヨークスタイルのバーベキュー串にありつけてしまったぞ。
ありがとうございます。
「みんなは?」
 取り残されたうちをどう思ったか気になって聞いてみたけど、
もうテレビの世界に帰った姉ちゃんは、んー? とうちの話なん
かには興味なさそうだ。
「別に、普通だったよ。ほたるがちょっと心配してたかな」
「そっか。れんちょんは」
「何にも」
 さすがだな。
「なんだよ、みんなもっと心配してくれてもいいんじゃないの?
 道に迷って、遭難して飢え死にしてるんじゃないか、とかさ」
「そんなわけないじゃん。大体アンタ、食べられる草とか虫とか、
いっぱい知ってるし」
 姉ちゃんにまでそんな風に言われ、軽トラの荷台で言われたこ
とが、あながちこのみちゃんの個人的な感想でないらしい事実が
じわりともたれ掛かってくる。やっぱうちは、このすり鉢の底み
たいな世界ではそういうキャラなんだろうか。ていうか虫は食べ
ねえよ。ちょっとだけだよ。
 テレビの光と声が少しトーンダウンしたと思ったら、短いニュ
ースと天気予報が挟まった。五分くらいのローカルニュースだけ
ど、それだってうちらの村からは随分遠い、まちの話ばかりお知
らせしてる。
「あした、また雨だね」
 姉ちゃんが残念そうに言うけど、それは相当間抜けな一言だっ
たと思う。確かに天気予報はそう言ってるけど。
「だね。でも、そんなもん……」
 制服のベストを脱いで、うちは人差し指を立ててみせる。どこ
を指したわけでもない、それは別に天井を指してるわけじゃなく
て、今うちらのいる空気に指を突き刺した、そんな意味だ。
「この声聴きゃあ一発で分かるでしょ」
 家の外から響いてくる、ものすごい数のカエルの大合唱だ。う
ちらの周りの空気はいま、すごい勢いでゲコゲコ揺れてた。ゲー
ッ、ゲーッ、ゲーッ、ゲーッ。ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ。
カエルの合唱っていうのはなにか柔らかいでこぼこしたもので外
から家をこすられてるみたいに感じる。家の中にいるとは思えな
いくらい、空気が丸々カエルの声で緑色になってるみたいだった。
「まあね」
 しばらく耳を済ませた後、姉ちゃんは苦笑いした。耳をすませ
なくたって聴こえないわけじゃないけど、やかましすぎて、とい
うか当たり前すぎて、ゲコゲコ成分は意識からとんでるから、一
度それを引き戻さないとカエルが鳴いてることを忘れちゃうんだ
な。うちのただいまが聞こえなかったのも、これのせいもあるの
かも知れん。
 帰ってくるまでの道みちも、カエルの鳴き声はそりゃもうすご
かった。ゲコゲコゲコゲコあんまりうるさくて、車の前が見えな
くなるくらいだったんだから。

 あのあとカズっちゃんは、駄菓子屋の駄菓子屋に……ややこし
いな、つまり加賀山楓さん宅に荷物をおろしに寄って、うちのこ
とも家の近くまで送ってくれた。
 駄菓子屋で「さっきの肉に含まれてる」と押し切られて荷下ろ
しの手伝いまでやらされ、やれやれと車に戻ろうとしたら、なぜ
だかこのみちゃんは車に乗ろうとせず、やっぱりにこにこしたま
まうちらに手を振っていた。
「乗らんの?」
「あたしは、洗い物とかその他もろもろまでひっくるめてバイト
代だから。帰りは、楓ちゃんに送ってもらうからへーき」
「そーなんだ」
 その辺は駄菓子屋とカズっちゃんの間でも話のついてることみ
たいで、このみはあたしがバイクで帰しますんで、と話すのが聞
こえた。結構な重労働バイトだなあ。一体どんなバイト代なんだ
ろう?
 とにもかくにも、駄菓子屋とこのみちゃんに見送られ、晴れて
うちは助手席を奪還することが出来た。駄菓子屋が勝手に下げた
シートがもどかしかったけど、レバーを探すのも面倒くさい。
 そうして走り出すと、シートの位置のせいか、それとも立って
動いて座った拍子にポケットの塩梅が変わったせいなのか、さっ
きの石が太ももにちくちく擦れて仕方がないから手のひらでころ
ころやっていた。
「なんだそれ」
「それって、これ? なんだろうね」
 ひょいと視線を投げてきたカズっちゃんの目は、細すぎてどこ
を見てるか読みとれない。けど多分、うちの手のひらを見てたに
違いなかった。いい加減いきさつを説明するのも億劫で返事もそ
んな風になるけれど、おざなりにしたつもりもなかった。さてさ
て、この石ころをどうしたものか。
「どれ、見せてみ」
「前見てよ」
 想定外の食いつきの良さで片手を差し出してくるから、ベタと
は言え、さすがの夏海ちゃんでもそこは突っ込まざるを得ません
よお姉さん。そうしたらカズっちゃんは「そかそか」といつもの
調子で、わざわざ車を、さして広くもない農道の、あぜ道に半分
突っ込むみたいにしてまで車を停めた。
 そうして、
「ほい」
とドヤ顔(推定)で、年齢よりちょっと年を感じさせる手のひら
を差し出してくるから、そこまでされたら鑑定をお願いするしか
ない。ああ、うん、と曖昧に答えて、石をぽとりと、薄い結婚線
の上に落とした。
 お日様は山際でずいぶんねばってたみたいだけど、車はヘッド
ライト点灯の時間帯にきていた。山ももう緑じゃなく、黒い影の
塊になってる。灯した車内灯に、カズっちゃんが石を透かして眇
め、うちは窓の外を、まぶしい赤のラインにふち取られた黒い山
塊を眺めてた。この瞬間、山はちょっとだけ日蝕の時の太陽みた
いだなって思うことがある。いつだったか、れんちょんはあやと
りで宇宙を作ったことがあったなあ。このみちゃんの言うことを
真に受けるわけじゃないけど、あれを二人で確かめに行くのも面
白いのかも知れんね。
 カエルの声に気付き始めたのはこの辺からだったと思う。この
ときはまだ、静かな中に近くの水路からケロケロ、ころころと聞
こえてきてただけだったから、ああ鳴いてんなーくらいにしか思
っていなかった。
「こ、これは!」
 突然、カズっちゃんが緊迫した声をあげる。
「な、何か分かった!?」
 一応乗っかっておこう。多分小ボケだろうけど
「石だねえ」
「ですよネ」
「ジュンイチと名付けよう」
「却下です」
 がんばった方だ。
 カズっちゃんは仕上げにもうひと睨みして、ほぁーんむ、と分
かったんだか分からないんだか分からない声を上げ、ほいよ、と
特にコメントもなく石をうちに返して寄越すと、車の発進操作の
準備を始めた。これは、分からなかったんだな。ひとつ分かった
ことがあるとすれば、君んちの妹さんのアレなネーミングセンス
が、半分はお前のせいだということだ。
 軽トラが、きゅきゅきゅ、ぶぉん、と馬だってもう少し静かに
発進するよってくらい余分な空気を吐き出してうなりを上げる。
「なんだった?」
「さあてねー」
「はあ」
 何か分かると期待したわけじゃなかったけど、車まで停めてこ
れだけノーリアクションだとさすがに少し、残念なわけでも、腹
が立つわけでもないけど、胸のあたりでぎゅっとなっていた気持
ちを持て余す。自分でもびっくりするくらい乱暴にシートに背中
を預けたうちの頭を、カズっちゃんがポンポンと撫でたのはその
ときだった。
 日の落ちた農道を、車は慎重に走り始めた。カエルの声は、あ
っちの水路から、こちらの溜め池から、はじめはそれぞれソロで
聞こえていたくらいだったんだけど、その声が二匹ずつなり、さ
らに数匹重なり、三分も走る頃には全方位から重なり合って響い
てくるゲコゲコいう声で前が見えなくなるほどだった。家の中と
は桁が違う。
「うはー、うるせえー」
「こりゃまた雨だね。夕焼けもあんなだったし、間違いないかな。
明日、朝晴れててもかさ持ってきなよ」
「あいよー。姉ちゃんの鞄に入れとこ」
「君という奴は……」
 明日と言わず、今すぐ降り始めたって不思議はないし、これだ
けのゲコゲコサウンドに晒されていたら、もう豪雨の中にいるみ
たい錯覚してくる。ほたるんが村に越して来たての頃、雨の夜、
やっぱり今日みたいな大合唱を家で聞いたらしくて「こんなにも
のすごい合唱、聞いたことなかったです。押しつぶされそうでち
ょっぴり怖かったです」って、次の日の学校でそれは嬉しそうに
びっくりしてた。ほたるんは割となんでも嬉しそうに話すからい
いよね。うちがもっとうんと小さかった頃、こんなに大きなカエ
ルの声だったらきっと町まで届くに違いないって思っていたこと
もあったんだけどそんなことは全然なくて、どこまで聞こえるか
とわくわくしながら山まで登ってみたらすぐ聞こえなくなってが
っかりしたっけ。そのあと雨が降り始めて、ずぶ濡れになって随
分怒られた。あのときも兄ちゃんが探しに来てくれたんだったか
な。あのときも思った。この村には全部がある。だからうちらは、
あのお日様が西の山の影に消えてしまったら、もう布団にもぐっ
ちゃって良いんだと思う--。
「一穂お姉さんの、耳より情報のコ~ナ~」
「お、なんすかなんすかお姉さん」
 あしたの雨のことを考えてちょっとぼんやりしていたら、とな
りでなんか始まった。
「だいたいの種類のカエルは、海水に浸かると死んでしまいます」
「げ、そうなの?」
「らしいよ」
 いつもの教室のリズムのまま、うちは言葉を失う。姉ちゃんや
れんちょんがいれば、ここですかさず突っ込みか合いの手が入る
のだけど、うち一人でそれは賄えない。仕方なしに、車内には大
きな気泡みたいな、井戸に投げ込んだ石がチャポンと音を立てる
までの間みたいな間が生まれた。
「耳より情報の~、コ~~ナ~~で~し~た~」
「それのどこが耳寄りなんですかね、お姉さん」
 うちの突っ込みに怯むこともなく、田舎の女教師は満足げなド
ヤ顔を崩さない。姿勢を正面に戻したうちが気になってるのはそ
んなことじゃない。カエルどもの雨を待望する鳴き声は勢いを増
すばかり。うっすら残った日の光とヘッドライトに照らし出され
るのは、ほとんど逃げ場のない、農道という名の生活道路だ。
「カエル、踏んじゃわないかな……」
「うっ」
 ばふんっ、と軽トラのエンジンが変な音を立てて車体に大きめ
の衝撃が走った。うちの言葉で、カズっちゃんが変なアクセルの
踏み方をしちゃったんだろう。こころもちスピードが緩んだけど、
ゆっくり走ったところでカエル諸氏が首尾良くよけてくれるとも
思えないし、踏まれたカエルが軽傷で済むわけでもない。
「きみ、いやなことを言わんでくれるかね」
「ごめん」
 カズっちゃんの訴えも尤もだ。うちは素直に謝って、ぐっとお
尻の穴に覚悟を込めた。だってもうこんなもん、どんな犠牲を払
っても、うちらには進むよりほかに道がないんだもの。
「南無三」
 カズっちゃんはとろとろ運転のまま、ハンドルにかぶりつくみ
たいにしてカエルのステレオ大合唱のトンネルをくぐり抜けてい
く。アマガエル一匹踏んだくらいじゃ、さすがに軽トラの足裏の
感覚は伝わらない。踏んでいないことを祈って、あとは知らない
振りを決め込むだけだ。うわー、あした、ここ通るのやだなー。
もし何か見つけてもれんちょんには知らない振りしよう、うちら
がやったと知れたらどんな目で見られるか分かったもんじゃない。
せめて何か違うことを考えよう。カエル、カエル。海、海。海か。
「海、今年は行けるかな」
「そだねえ。ほたるんもいることだし」
 海に行けるか、行かれずに夏を終えるかは、その年の前半戦を
占う大きな分水嶺だと、そうでもないと他に大きなイベントがな
いからうちは勝手に思ってる。ラジオ体操、お墓参り、みんなで
やる小さな花火に、神社の小さなお祭り。ほたるんの知ってる海
はまた、うちらの知ってるのとは違うんだろうか? 海くらいは
世界に一つなのかも知れない、うちらの海とほたるんの海が同じ
だったらいいのにと、少し思う。うちらよりも全然色々知ってる
くせに、何でもないことですごく嬉しそうに笑う、不思議なほた
るん。寺のじーちゃんとこにスイカを持って一緒にお使いに行か
されたときも、初めて使った井戸の水に、冷たいです、おいしい
です! ってやたら感激してたっけ。こっちが見とれちゃうくら
いだったよ。ほたるんの海を見たら、うちらも帰りたくなくなっ
たりするんだろうな、きっと。

 雨がそんなに心配なのか、姉ちゃんは縁側に出て、庭の向こう
の、生け垣の向こうの、道路の向こうの田んぼの向こうの、一本
桧の丘の西のお隣さんの家の道路の畑の、そのまた向こうの、山
の上の空を見ていた。カエルの声がより一層、古い家の湿った木
でも大きくなって反響した。そうすると雨の気配が部屋にまで忍
んできて、うちと姉ちゃんを包み込んでいくのがうっすら見えた。
姉ちゃんも、何か思いだそうとしてるのかも知れない。
 テレビを消すついでにチャンネルを一回りさせてみたら、なん
だか昨日見そびれたのと同じような、モアイとかピラミッドとか、
地上絵、そんなのの近くで漫才師が漫才をやる番組の宣伝がぴた
りと目に付いて手を止めた。
「それ、昨日の再放送?」
「んー、なんかちがう番組みたい。こういうの流行ってんのかな」
「今日は夏海、好きなの見て良いよ」
 雨戸を閉めながら姉ちゃんは珍しくそんなことを言ってくれる。
ストーンヘンジだっけ、いつ、誰が、何のために作ったのかわか
らない石を無造作に並べたような変な遺跡、そこには宇宙から不
思議な力が集まるとかで、それの力で漫才の面白さを引き上げよ
うって言う番組らしい。うちはもうそれだけでおかしくなって、
声を立てて笑ってしまった。大人ってときどき、子供よりバカな
こと考えつく。
「それ、そんなにウケるとこ?」
「あはははは。ああ、うん、まあ、気が向いたら見るよ。でも姉
ちゃん、見たいのあったら見て良いよ」
「そう?」
 姉ちゃんはうちの笑いのツボが分からなくて呆れ気味だ。笑い
すぎて、姉ちゃんの歪んだ眉毛を涙で滲ませながら、うちは何と
なく、あやとりのとり紐一本で宇宙を再現して見せたときのれん
ちょんのドヤ顔を思い出していた。



    ☆    ☆    ☆



 一日おいて、うちはれんちょんと二人で、駄菓子屋のバーベキ
ューセットを片づけた河原に来てた。例の石をお土産だって言っ
てれんちょんに上げたら思いの外テンションが上がってしまって、
引っ込みがつかなくなっちゃったんだ。
「ほられんちょん、またあったよ」
「おおー! やっぱりなっつんは石見っけの天才なん!」
「……どいつもこいつも」
 人を、使いでのない技のデパートみたいに言いやがって。もし
かして、こういうのを器用貧乏っていうのかな。うちは見つけた
石をれんちょんにやさしく投げ渡して、またちょっと、河原を歩
いてみた。
 昨日はカエルの予報が的中して一日雨だった。それを受けて川
の流れは今日もやっぱりちょっとだけ速い。その前のときみたい
な鉄砲水が出るほどではなかったけれど、外で遊ぶことは出来な
くて、うちらは一日、教室に閉じこめられてた。
 その休み時間、窓から校庭の水たまりを不思議そうに眺めたれ
んちょんが机に戻って例の図鑑を開くのを見て、うちは石のこと
を思い出した。
「そうだ、れんちょんにお土産があったんだった」
「おみやげ? なんなん? なっつん、いつの間に海外旅行行っ
たんな?」
 いや、海外なんて言ってねえよ。国内だよ。てか村内だよ。
「へえ、夏海先輩どこ行かれたんですか?」
「か、海外!?」
 やっぱりほたるんは冷静で、行ったことがあるのか話が具体的
だ。まあ間違ってるんだけど。一番ヤバいのは姉ちゃんだな。な
んで驚いてるんだ。ずっと家に一緒にいただろ。
 あの石は、確かあのあと、手頃な紙っぺらがスカートのポケッ
トから出てきたからそれで包んで鞄にしまい直した筈だった。あ
の紙はなんだったっけ? かーちゃんがお使いの時に寄越すくら
いの丁度いい大きさで助かったんだけど。
 などと、要らないことを考えながら探していたら、覚えていた
とおりの紙に包まれた姿で、石は鞄の底から出てきた。
「ほい」
 包みごと手渡すと、受け取ったれんちょんはもじもじと身をく
ねらせ、上目遣いでうちを見る。なんだ気持ち悪い。
「どしたん」
「あ、開けても、いいのん……?」
「そういう小芝居いいから。どこでおぼえんの」
 誰が教えるか知らないけど駄菓子屋に殺されるぞ。
 包みっていっても、おまんじゅうみたいに紙で覆って、四隅を
合わせてぞんざいにねじってあるだけだ。重さと感触で中身だっ
て大体分かる。もちろん、それが触りなれた石だったらっていう
条件付きだけど。
 がさがさと乱暴に解かれた包みからは、例の石ころがころりと
転がり出る。ごく当たり前に。
「こ、これは……!」
「石、ですか?」
「だねえ」
 年長二人の反応は大体想像の通りだったのだけど、思っていた
よりれんちょんのリアクションが大きい。石を、開いた例の図鑑
の上に置いたまま、眩しそうに、わなわなと身を震わせている。
なんだなんだ、またおかしな小芝居を身につけたな。
「これは……なんか、スペシャルな石なんな! うちには分かる
のん!」
「おお、さすがれんちょん。分かってくれるか!」
「何か特別な石なんですか?」
「んーにゃ、別に。ただ、この辺じゃちょっと見ない石だなって。
アレじゃないかな、こないだの大雨で、山の方から流れてきたん
じゃないのかなって」
 姉ちゃんとほたる、あと遠くの方にいた兄ちゃんは、あー、う
んうん、と普通にそれとなく納得してくれたのだけど、れんちょ
んだけは反応が違った。目を……否、全身をなんだかきらきらと
漲らせて、言葉に詰まっているみたいだった。正直、これは予想
外だ。最悪、れんちょんにも大したリアクションをもらえずにひ
としきり道化を演じることになるかもなーと、そんな風に考えて
いたくらいだった。それをどうしたことか、触ることさえままな
らないという真剣な面もちで石を見つめてて、むしろその期待以
上の反応を持て余す。
「……う」
「う?」
「宇宙なん……?」
「はい?」
「宇宙から落ちてきた石なんな!? 流れ星なん!」
 一瞬、教室の空気が固まった……けど、うちにはすぐ合点が行
った。あれだ、こないだの流星群。幾筋も幾筋も、ほんの数分の
間だったけど絶え間なく光の尾を引いて、ちょうどれんちょんの
図鑑に載ってた星空の連続写真を、ぱっと夜空に開け放ったみた
いな時間がうちらにあった。そのおしまいに訪れた、山のすぐ向
こうに落ちたみたいな一際まぶしいひと雫。れんちょんの、あや
とりよろしく、一本の糸を様々に繋ぎ替えるいろんな余地を残し
た真新しいのうみそは、どこから来たか分からない一風変わった
この見知らぬ石を、あれの関係者だと思ったらしかった。
「そうなんな!? 流れ星なんな!!? 流れ星なーん!!」
「ちょ、ちょっとれんげ」
「れんちゃん、落ち着こう? ね?」
 机をつかんで大興奮、がたがたと揺すっていたかと思ったら、
今度はイスの上に立ち上がって謎のポーズを決めるれんちょんに
二人はちょっと慌ててるけど、灯台みたいになってるれんちょん
を見上げて、うちはケタケタケタと笑ってしまった。さすが、う
ちの相棒はひと味違う。一足飛びに成層圏も突破して、ケチな垣
根なんかどこかへやってしまった。
「あっはっはっは! なるほどなるほど! そうかもね!」
 外は、しとしとと雨。流れ星のかけらを河原へもっと見っけに
行くん! と意気込むれんちょんも、カズっちゃん先生の「危な
いから今日はだめ。明日にしな」という鶴の一声でおとなしくな
らざるを得なかった。いやはや、びっくりだ。
 ところで、ほどいた石の包み紙をれんちょんが投げ捨てたのを
見た兄ちゃんが拾ってくれてたんだけど、なんかショック受けて
たみたいだったな。どうかしたんかな?

 そんなことが昨日あって、ようやく今日、こうやって河原にや
って来た。例の石は、川縁まで寄れば結構簡単に見つかった。水
が冷たくて流れがちょっと速いからあんまりれんちょんを水に近
づけさせて上げられないけど、それでも幾つかは自力で見つける
ことも出来て、すっかりご満悦だ。この調子でいくと、このみち
ゃんの言うがままで癪だけど、次の日曜あたりには山登りになる
気がする。
 ちょっと雨がふるだけで、見たこともないものがこんなに流れ
込んでくるんだな。カエルの大合唱の力も案外侮れないと思った
けど、別にカエルが雨を呼んでるわけじゃないんだよね。なんか
そんな風に見えるけどさ。
「おっと」
 薄べったいゴム靴のそこに変な感触があると思ったら、やっぱ
りまたあの石だった。あの日はもう日が傾いていて気付かなかっ
たけど、こうして明るいお日様の下で見るとこの石は、ギラッと
いうかつるっというか、つんつん尖ったフォルムの縁に妖しい光
を滑らせる。光の角度や強さで色や太さが変わる。もしれんちょ
んの言うことが本当で、これが宇宙から流れ星に乗ってきたのだ
ったら、この光もなにかのメッセージなのかも知れないね。匂い
も、ちょっと変わってるかな。味は……怖いから、さすがに舐め
ないけど。
 その石を手に、うちはなんとなく西の山を見上げた。まだ日は
高い。まだまだ日は高い。まだうちらの時間だ。
「なっつん、また見っけたんなー? これで十個目なーん!」
「だーめー! これはうちの分ー!」
 遠く背中から呼びかけるれんちょんに言って、うちは目一杯、
ちょっと無理なくらいに腰を落として腕を振り、出来る限りのサ
イドスローで石を、川面に向けてほうった。
「おおおっ」
 れんちょんの驚く声が上がったから、きっとそれなりに良い形
で投げられたんだろう。けど、結果は散々。投げる時に体を沈め
すぎたみたいで、石はするする流れる固い水面に弾かれるように
大きく大きく、大きく跳ねて、段数をあまり稼げないまま向こう
岸まで渡り切ってしまった。
「あちゃー」
「いまいちなん……投げ方だけはプロみたいだったん」
「うっさいな、見てろ! 今度はこっちの石で……」
 悔しくなってしまって、うちはもう次の石を探す。握り慣れた、
いつもの丸くて平たいのを探す。
 ぴん、ぴん、ぴん、と、宇宙の不思議なエネルギーでうちらの
川をたった三歩で渡りきったあの石も、カチン、と独特の澄んだ
音を立てて向こう岸で他の石と混じったら、もうどこに行ったか
分からない。あの石の混じった河原は、タイヤで踏んだらどんな
風に鳴るのかな? また今度、知らない誰かがここでバーベキュ
ーをやることがあって、車に乗せて来てもらうことがあったら。
ちょっとだけ気をつけて聞いてみようかねえ。
 
 
 
                    (おしまい)  
 
 
 
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2014年12月19日 (金)

■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(3) -更新第960回-

 

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    ☆    ☆    ☆
 
 
 
 通学路を逸れ、カズっちゃんは車を土手の上を走る川沿いの道
に入れた。どこ行くんだ? この先には車が河原へ降りるための
道があって、川遊びとかキャンプとか、バーベキューなんかも出
来る遊び場がある。五分と走らずそこが見えてくると、見覚えの
ある直立した背中が一つと、その脇に座り込んだ影が見えた。そ
のすこし尖った背中が、ゼンマイみたいな車のエンジン音に気付
いてこちらを振り返る。腰まで伸びた、手入れなんかどこへやら
っていう長い金髪は駄菓子屋だ。隣で丸まってる黒髪はこのみち
ゃんかな。駄菓子屋っていうのはカズっちゃん先生の後輩で、そ
の名の通りもう働いてる。駄菓子屋というか、村のなんでも屋さ
んみたいなことをしてるけど、よく成り立ってるなーと思う。こ
のみちゃんは、うちのお隣さん。高三だ。
「先輩、遅いじゃないっすか。どこ行ってたんです?」
 スロープから河原におりた軽トラのタイヤが、まだ石をゴロゴ
ロ踏んで止まらないうちから、駄菓子屋は開口一番、運転席に向
かって待ちくたびれたっぽい調子で言う。どうでもいいけど、う
ちは自動車のタイヤが河原の石を踏む音が好きだ。
「悪い悪い、ちょっとねー」
「どうせ忘れてたんでしょう」
「なにをばかなことをいうんだね君は」
 駄菓子屋は何もかもお見通しだ。それはそうだ、学校からまっ
すぐここへ向かったら、車はうちらが来たのとは反対方向から近
付いてくる筈だもんな。駄菓子屋が背中を向けて立ってたのはそ
のせいで、うちらが行き過ぎて回り道したのはバレバレだ。
「ちーっす」
 助手席から降り立ったうちを見て、駄菓子屋はあからさまにあ
りがたくなさそうな顔をする。
「なんでお前がいるんだ。またなんか悪さしたのか」
「なにをばかなことをいうんだね君は」
「先輩、こいつぶっ飛ばしていいですか」
「ちょ」
 カズっちゃんに許可を求める駄菓子屋のトーンが本気だから、
うちは身構えて距離をとる。その瞬間カズっちゃんは、我が意を
得たりと言わんばかりにこう言った。
「うん、つまりだね、夏海を指導してたら遅くなっちゃって。つ
いでに乗っけてきた」
「んなっ!?」
 言うに事欠いてカズっちゃんは! なんか難しい顔をしてると
思ったら、遅れた上手い言い訳を考えてたのか。……車の中でし
た話を百歩譲って相談事だとするんだったら、まるっきり間違っ
ちゃいない、とは思うけど。
 駄菓子屋がちらりとこちらを見る。ああハイハイ、もう面倒だ。
今さら一つや二つ、駄菓子屋相手に傷が増えたってどうってこと
ない。自然とため息が漏れた。
「……もういいよ、それで」
「分かってるよ。お前も大変だな」
 うちが色んな物を丸飲みにしたのを察して、駄菓子屋はすれ違
いざまにうちの頭をぽんぽん撫でた。さすが、よっぽど長くカズ
っちゃんと付き合ってるだけある。
 そのやりとりがおかしかったのか、このみちゃんがいつものよ
うに、あはは、あははとお日様に吸い込まれるみたいな声で脳天
気に笑った。カズっちゃんと駄菓子屋が、本題とは関係のなさそ
うなとなり近所の話をし出していたから、うちはその笑い声の方
に引き寄せられていった。
「笑いごっちゃないよ」
「やほー夏海ー。災難だねー」
「やほー。まあね。何してんの」
「うん、バイト半分」
 河原にはバーベキューの残り香が仄かに漂ってて、他には釣り
竿やら網やら川遊びの残骸と、紙皿にコップ、ペットボトルや瓶
なんかのゴミをまとめた袋が目についた。なにごとだ? 晩ご飯
も近いこの時間帯、この焼けたお肉とタレの匂いは体に毒だな。
まさかこの二人でこれだけの飲み食いをやらかしたわけでもない
だろう、聞こえてくるカズっちゃんと駄菓子屋の立ち話とこのみ
ちゃんの話をまとめると、町の方から遊びに来た人たちにバーベ
キューセットとか川遊びの諸々を駄菓子屋がお世話して一儲けし
たって話みたいだった。なるへそ。
「ふーん。色々やるんだな」
「たくましいよね」
 このみちゃんの感想もわかるけど、そんなことでも稼ぎになる
んだ、っていうのがうちの正直な感想。隣町の高校を出て、それ
からあとは村に戻って実家の仕事を継ぐというコースも、うちら
の周りを見る限り最近は減ってはいるみたいだけど、ちょっと上
の年齢の人たちを見てるとそう珍しいもんじゃないっぽい。けど
それは、家が山や田んぼを持ってるとかそういう規模の仕事があ
る家の話で、大概は大学にも行って、町の会社に就職するってい
うのがお定まりパターン。駄菓子屋の、実家の商売をそのまま継
ぐっていうのはあんまり見ないケースなんじゃないかと思う。な
んで駄菓子屋がそんなダイナミックな決断を下していまここにい
るのか……そんなこと、正面から訊いたってまともな答えは帰っ
て来ないだろう。けど、なんとなくの答えは想像がついてる。駄
菓子屋はきっと、れんちょんがお嫁に行くまでここから離れない、
離れられない気持ちでいるだけだ。駄菓子屋はれんちょん大好き
だからな。なにか勝手に、将来にまで責任を背負ってる雰囲気さ
えある。お前はれんちょんのなんだ。乳母か。もしかしたらそれ
とは別に、先代の駄菓子屋のばあちゃんとなにか約束でも取り交
わしているのかもしれないけど、その手の話を突っ込んで聞いて
もあまり愉快な結末が待ってるもんじゃないから下手に突っ込ま
ないに限る。
「で、カズっちゃんはその後始末を頼まれて、今日は軽トラ出勤
だったってわけか」
 そうして色々事情がわかり始めると、散らかったゴミがぱちぱ
ちと繋がっていくパズルのピースみたいに見えてくる。
「そーゆーことだ。おら、せっかく来たんだから手伝っていけ。
そこらのゴミ、荷台に積んでくれよ」
 話の終わった駄菓子屋が、手に持った大振りのタッパーでどす
んとうちの後頭部を小突いてくる。なにすんだ。バカになったら
どうすんの。
「やだよ、なんでうちが」
 こんなことでも手伝っておくと、あとあと村の寄り合いで請け
負う仕事がちょっと楽になったり、おかずが一品増えたりする。
このみちゃんの言う「バイト半分」だって、お駄賃に毛が生えた
程度か、聴き古したCDをもらうとかそんな程度のことだと思う。
まあたとえそうだと分かってても、そんなボランティア、うちは
お断りだ。遊び半分で報酬ありのこのみちゃんが目の前にいるの
に、うちだけただ働きなんて納得いかない。
「そう言うと思った。ホレ」
 駄菓子屋が、いまうちを小突いたタッパーをパカッと開けた途
端、周囲のいい匂いが強まった。出てきたのは一本、まだ湯気を
たててる串。それはさながらアーサー王の宝剣のごとき、気高き
オーラを放っている! おおう、ピーマン・肉・シイタケ・エリ
ンギ・肉・タマネギ・肉・ホタテ!
「こ、これは……! 近代バーベキューの父、トーマス・マッコ
イ提唱のニューヨークスタイル、黄金配列! 駄菓子屋、どこで
これを!?」
「お前はマンガの読みすぎだ。これやるから働け」
「……食べ残し? アーサー王の?」
「はあ? なに言ってる。さっき片づける前に、余った材料ちょ
っと焼いたんだよ。どうせ帰ったらすぐ晩メシだからな」
「美味しかったよー」
 ここでもまた、へらっと笑うこのみちゃん。おのれ。目の前に、
あたかもうちの魂をプライドごと貫くべく突き付けられたフェン
シングの切っ先のようなバーベキュー串と、辺りに散乱する浮か
れた遊びの残骸を、うちは何度か見比べた。
「どうした、いらないのか? 食いたくないのか。その、なんだ、
グレコローマンスタイルなんだろ」
 ピーマン、肉、シイタケ、エリンギ、肉、タマネギ、肉、ホタ
テ。最後の以外はきっと、全部この村で種から育ったものばっか
りだろう。タレなんか要らない、ふわふわと漂う草いきれみたい
な匂いに、完全この村メイドのうちの胃袋は逆らえない……。
「分かったよっ」
 乱暴に、駄菓子屋の手から串を奪い取ると、先端のピーマンと
肉をいっぺんに口に入れる。ああもう! 川を眺めながら食べる
バーベキューは、なんでこんなにおいしいんだ!
「このみちゃん、ご飯ない!?」
「さすがにそれはないよー」
「おまえ、やっぱり馬鹿だな。しっかり働けよ」



    ☆    ☆    ☆



「それにしてもさ」
「うん」
 川の水は滔々と音をたててる。今日の音は、うちが知ってるよ
りもちょっとだけ忙しない感じだった。っていうのも、先一昨日、
結構まとまった量の雨が降ったからだ。もっと上流の山の方では、
規模こそ小さいけど鉄砲水も出たらしくって、大人たちの間がほ
んの一瞬騒がしかった。
 空き缶やら紙皿やら、詰め込まれたゴミ袋の隣には釣竿が何本
かと、水遊び、川遊びの道具もまとめて置いてあったけど、川が
こんなじゃ水が冷たくって遊べたもんじゃなかったろうし、魚だ
って釣れたかどうか。うちの感じだと、雨上がりでこのくらいの
流れになると、魚の動きが鈍るんだよね。
「ああ。連中、ほとんどバーベキューだけやって帰ったよ。おか
げでこっちが用意した肉やら野菜やらが余らなくて助かった」
「やっぱね」
 駄菓子屋が、うちの言いたいことを先回りする。まあ普段川遊
びなんかしない人たちにはそんな川の事情なんて分からなくて当
然だ。東京に出て行ったひか姉が帰ってきた最初の休み、「目の
前で電車が出そうになったから慌てて飛び乗ろうとしたんだけど
駅員に止められて! そしたら次が二秒で来た!」ってやたら嬉
しそうに話してたけど、うちらにそんなのが分かりゃしないのと
同じだ。ちょっと喩は違うけど。けどそこ、喜ぶとこか? あと
二秒はさすがにウソだろ。
 川の水は、濁りはなくなってたけどやっぱり普段より速く見え
た。うちは口の中のホタテをまだ咀嚼しながら、適当な大きさの
石を見つけて、サイドスローで水面めがけて投げつけた。石は、
ピッ、ピッ、ピッと水面を蹴り、最後の方は水の上を転がるみた
いになりながら流れに吸い込まれていった。跳ねた段数、合わせ
て八つ。
「いえーい、こころぴょんぴょんっ!」
 自己ベストの十一段には及ばないけどまずまずだ。このみちゃ
んもぱちぱちと小さな拍手をくれた。水切りをやるには水面は穏
やかな方が良いっていう人が多いけど、うちはちょっとくらい流
れが速いときの方がいいと思ってる。なんかこう、弾いてくれそ
うじゃん?
 もう一投いこうと次の石を拾い上げたとき、なんだろ、掌にち
ょっと馴染みのない感じが残った。なにかおかしなものを拾った
かと思ったけどそれは確かに石で、ただ表面のざらつき加減とか、
角の掌に刺さる感じとか、大きさと重さの釣りあいとかが、うち
が今までこの河原で拾ったどの石とも感じが違った。一風変わっ
た石だった。
「おーい、食ったんだったら働いてくれー」
「あいよ、分かったよー」
 そこで駄菓子屋に呼ばれた。食べちゃったもんは仕方ない。

 荷物はもうあらかた分けてまとめられてたから、荷台に上げる
のは大した苦労じゃなかった。ニューヨークスタイルのバーベキ
ュー串一本だったら十分お釣りがくる。「このみちゃんの代は男
手が少ないから、力仕事が大変だ」って、村のお年寄りから言わ
れることがあるけど、そんなに違うものかな?
 お年寄りたちはよく、近い年齢でひとくくりに誰々の代、って
いう言い方をする。うちらと年の近い中で一番の年長がこのみち
ゃんだから、お年寄りから見たらうちらは大体「このみちゃんの
代」になるんだけど、人によってはカズっちゃんや駄菓子屋まで
うちらと同じ代にくくる人もいたりしてまちまちで、どっちにし
ても男はうちの兄ちゃんだけなんだけど、そんなに力仕事に威力
を発揮するタイプでもない。力だけならほたるんの方が強いんじ
ゃないかな。そんな「誰々の代」っていう括られ方が不思議に思
えて、いったい何でそんな風に言うのか聞いてみたこともあった
けど、言う方は言う方でどうしてそんなことに疑問を持つのかが
分からないらしく、なんだか喧嘩になりかけたから諦めた。
 積み込みが終わるとカズっちゃんは再び運転席に陣取り、それ
じゃあうちも、と思ったら、駄菓子屋のやつがちゃっかり助手席
のドアを開けようとしてるから、うちはその安っぽいスタジャン
の背中をつまんで止めた。
「ん、なんだ?」
「なんだじゃないよ。そこはうちの席」
「じゃあ、あたしはどこに乗るんだ」
 うちが何も言わず、親指で背中の荷台を差したら、駄菓子屋は
当たり前のように眉を吊り上げた。
「はあ? なんであたしが!」
「あんたの商売道具でしょうが!」
「お前なあ。お友だちを見ろ、文句も言わず、荷台に乗ってるだ
ろ」
「お友だち?」
「やほー夏海ー。結構楽しいよー?」
 見ると荷台には、なにがそんなに楽しいんだって……うちでも
不思議になるくらい、にこにこ顔のこのみちゃんが体育座りで手
を振っている。
「見ての通り、荷物はバイト頭に任せてる。友達だろ、付き合っ
てやれよ」
 もうこの話は終わったとばかり、固まってしまったうちを無視
して駄菓子屋は助手席に乗り込んだ。もうひと噛みくらい噛みつ
いてやっても良かったんだけど、段ボールやらゴミ袋やらの隣で
嬉しそうにしているこのみちゃんを見ていたら、それも面倒にな
ってしまった。荷台が面白いのも本当だろうし、
「しょうがないな」
どうせ一度はバスにも見放された身だ。うちは後輪に足をかけて、
鉄錆びのざらつく荷台の壁をよっこらしょとまたいだのだった。
いま後ろに誰かいたら、パンツまる見えだったかな。

 車が走り出すと荷台にしっかり座ってるのは思いの外大変で、
最初は前へ転げそうになったり、ブレーキの勢いで頭をぶつけた
りしたけど、背中の方からやってきて前の方へ流れていく風景は
いつもと同じいなか道なのにちょっと新鮮だった。お尻にゴトゴ
ト感じる起伏も初めて走る道みたいで、うちはついうっかり「お
もしれー」と声を上げてしまった。目線が普段より高いせいもあ
るかな。景色が遠くまで見える。
 このみちゃんは、やっぱりただにこにこしながら、まっすぐに
前を……この場合、車から見たら後ろだけど……前を見つめてい
る。いっつも楽しそうなんだよな、この人。なんか、おかしな物
が見えているんじゃないだろうか。
「遊びに来た人たちってどんな感じだったの?」
「うんとねー、楽しそうにしてたよ? みんな働いてる人かなあ。
男の人と女の人が三人ずつ」
「そっか。よくこんなとこまで遊びに来るよね」
「楓ちゃんの、同級生のお友だちなんだって」
「ああ、町に出て行った? なるほど」
 楓ちゃん……ああ、駄菓子屋か。また忘れてた。それを聞いて
合点がいった。やっぱりここへ来るのは、なにかのついでの通り
がかりか、でなければ村の誰かの知り合いの知り合い、そんなも
んだ。こと遊びに関しては、この村で出来ることはよそでだって
いくらでも出来る。川遊びにしたってこの村ならではものがある
わけじゃないから、ここでないとならない理由なんかどこにもな
い。最近はドラマとかアニメで舞台になった場所へ行くのが流行
ってたりするってテレビで言ってたから、そんな場所でもあれば
別だけど聞いたことない。ここにあるものなんか、どこにだって
あるんだ。まあここにいるうちらにはそれで全部だから、そんな
ん関係ないんだけどね。
「そだ。ねえ、さっき河原でなに拾ってたの?」
 突然このみちゃんが、一段高くした声で言う。河原で? うち
が?
「とぼけちゃって。はい、出して出して」
「うわっ?」
 言うが早いか、このみちゃんはうちのスカートのポケットに手
を突っ込んできた。しかもそれが、このみちゃんとは反対側のポ
ケットだったもんだから(目聡いことにこのみちゃんはそんなと
ころまでしっかり覚えてた)、投げ出したうちの膝の上に覆いか
ぶさるみたいにして、無理やりだ。何するにしてもホント強引だ
な。
 そうまでしてうちのポケットから探り当てた獲物に、このみち
ゃんは不思議顔だった。そりゃそうだ。出てきたのがただの石こ
ろだったんだもん。
「なんで、石?」
「んー……さあ」
 うちにだって分からない。多分、さっき水切りの最中に呼びつ
けられて、持ってた石ころをうっかりポケットに入れちゃったん
だ。わざわざそうした理由はうちにだってよく分からん。咄嗟に、
っていうだけだと思う。強いて言うなら、その石のいろんな雰囲
気が、うちの知ってるあの河原の石と違ったから何となくってい
うだけだと思う。それにしたって、こないだの大雨と鉄砲水で普
段表に出ない山肌とか岩肌が削られて、上の方から押し流されて
きただけだろう。うちがれんちょんくらいだったら、キラキラし
たものとか変な形の石とか、持って帰って宝物にするってのもあ
りなんだろうけど、さすがに中一女子がそれじゃあ、色々マニア
ック過ぎるし痛すぎる。
「れんちょんにおみやげかなあ」
 本当にそうなんだ。べつにあの瞬間、河原に捨てて来てたって
全然惜しくなかったはずだし、今でもこのまま荷台に置いて帰ろ
うかなって、ちょっと思ってる。このみちゃんもピンとこないみ
たいで、ふーん、としげしげひと眺めしたら、
「お返しします」
と、くそ丁寧に差し戻してきた。デスヨネ。ここでテンション上
がられたら、うちでもちょっと引くわ。あー、ポケットに入れて
ること忘れないようにしないと、このまま洗濯に出したらまた母
ちゃんに大目玉だな。気を付けよう。
「でもさ、夏海ってそういうこと詳しいよね。いま、村で一番じ
ゃない?」
「はっはっはー。そんなはずないでしょ」
 このみちゃんがしれっと一言、心外なことを口にする。うちを
この年で村一番の物知りばあさんにしてくれる気か。
 そもそもうちが知ってることなんて、所詮誰かから聞いた話ば
っかだもん。そりゃ自分の足で稼いだ情報が無いわけじゃないけ
ど、そんなん役にも立たない与太話がほとんどで、天気の話や食
べ物の話、山や川の話なんかは全部、村の爺ちゃん婆ちゃんから
教えてもらったものだ。
 そう話したら、このみちゃんは首を傾げてちょっと唸った。
「でもそれって、バラバラの人から聞いた話でしょ? それを集
めて持ってるんだったら、やっぱり夏海がいま一番色んな事知っ
てるって思うなー。さっきの石が変わってるかどうかなんて、あ
たしは言われたってピンとこないもん」
「……どうあっても、うちを村の生き字引にしたいみたいだね」
 そりゃあそれでも構わんけどさ。ただ、けど、そんな話は全部、
この村にいてこそ役に立つようなことばっかりだ。ここじゃなき
ゃならない理由のない村の、ここでしか使えない知恵の知恵袋。
それを一体なんて呼んだらいいんだろう? でも、でもさ。
「博物でもやったらいいんじゃないかなー」
「白面の……なに?」
「……は・く・ぶ・つ・が・く。白面の者は民俗学の分野だと思
うよ」
 このみちゃんの言ってることはときどき難しくてイマイチよく
わからんかったけど、なんかそういう、石とか、草とか、そうい
うもののことを専門に扱う勉強も世の中にはあるってことらしい。
そーなんだ。みんな暇だね。
 このみちゃんは三角にたたんだ膝を大事そうに抱えた。案外し
っかりした膝してるな、とうちは思うともなく思う。
「ためしに探してみたら? あの石が、どこから転がってきたの
か。それは地質学とかかも知れないけど」
 上流まで行ったらなにか手掛かりがあるかもよ、とこのみちゃ
んが、山の方を見ながら言う。あの川を遡って行くとしたら、そ
っちじゃなくて、スカンポ寺の向こうになるんだけどね。
「まあ、気が向いたらね」
 そんなうちの流し気味の返事にも、このみちゃんは怯まない。
またもにぱっと笑顔の花を咲かせて、うん、そうしてみなよ、そ
れが良いよと、何が良いのか分からなかったけど、こんな風に笑
われたんじゃ放って置くわけにもいかない気がしてくるから恐ろ
しい。うーん、学校で彼氏とか出来てないのかな? マンガとか
だと、こんな風に笑われたら男の子って大概イチコロなんだけど。
うちのボンクラ兄貴は眼鏡で跳ね返すだろうけどさ。
 がたがた、ごとごと、このみちゃんは田舎の軽トラの荷台に座
ったまま上半身だけうーんと高く伸びをした。一仕事終えた! 
みたいに晴れやかな息を吐いて、
「じゃあ決まりだね。なんか面白いことあったら聞かせてね! 
あ、でも、あんまり危ないことしちゃダメだよ。あと、あたしに
言われて行ったとか、大人には言っちゃダメだからね」
と付け加えることを忘れない……。おねえさん……どこまで本気
なのか、ホントよく分かんないんだよなあ。
 帰りのバスを取り逃したときにはまだまだお昼の場所にいた太
陽が稜線に近付き始めていた。ぐいぐいと、お日様のフチが山を
押す音の聞こえてくる時間帯だ。あのお日様はうちだけのもので、
他の誰のものでもない。けど、村の人たちのものでも、町に住む
人たちのものでもあって、うちもそれはわかってる。毎日ってい
うのはそういう物だと思ってたから、うちがわざわざどこか違う
場所であの夕陽を眺めることはないと、ただ当たり前に思ってた
だけなんだ。ほたるんはびっくりしてたな。「夕陽が大きい!」
って。ビルの何十階だかから見る町に沈む夕陽も、こんなに大き
くはないけどとっても綺麗なんですよ! って目をキラキラさせ
てたっけ。うちはその時、つい「へぇーそうなんだ、見てみたい
ね」って言っちゃったんだけど、実はそれも、そんなに興味があ
るわけじゃなかった。丸きりウソってわけでもないんだけどね。
でもさ、キリないじゃん。ほたるんはその両方を知ってるんだけ
ど、知らずに済むならそれでもいい。そんなにたくさんのお日様
の色を、うちはきちんと心に留めて誉めて上げられる気がしない
んだよね。だってさ、昨日と今日とで、もうこんなに違うんだよ。
自分ちのお日様の色がさ。
 
 
 
    ☆    ☆    ☆
 
  
                         (続)  


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2014年8月 2日 (土)

■in JAPAN, but Not JAPANESE. ~『思い出のマーニー』感想~ -更新第939回-

焼きおにぎりにスク水型の日焼け跡が残せるアルミホイル下さい。
オイサンです。

うーむ、もしあったら、それでもどうにかできそうな自分が恐ろしいぜ……。
腐ってやがる! キモすぎたんだ!



●○● 土曜日のマーニー ○●○



先週の土曜日。
渋谷でやる、舞台版『ドリームクラブ』(というかライブステージ)を見に行こうと思っていたんだけど、
webサイトを確認してみたら形式がオールスタンディングとなってて
観客がサイリウムを振ってるお写真(前回の様子だろうか)が載ってたので、
このノリは多分自分には無理だなーと思い直して断念。
見てはみたいけど、無理しても仕方ない。

となるとサテ、お昼の時間がぽこっと空いたのでどうしようかと思案したところ、
ジブリの新作の公開が始まっていたことを思い出した。
『思い出のマーニー』。
どうもあまり、お客の入りは芳しくないらしい。

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※以下、音速でめっちょネタバレするので、
    ダメな人はもう諦めて読んで下さい(飛ばせといわない)※※











  ▼『思い出のマーニー』はジブリの最期になるのか。

ジブリという組織は、今の興行ペースと作品クオリティだと
1作品あたり興行収入が100億はないと回っていかないのだそうで
(それもスゴイ計算の話だけども)、
ブランドとしての宮崎駿が劇場公開作品制作からの引退を表明したことで
この先それだけの実入りを期待し続けて行けるかもわからず、
制作スタジオとしては解散、今後はIP管理だけを続けていく、
なんて話もワリと生々しく聞こえてきている。
「もしかするとこの『マーニー』がラストかも……」
とか、半分は宣伝含みなんだろうけど、そんなハナシ。


  ▼米林監督~動画描きの遺伝子と、ほとばしるもの

今回の『思い出のマーニー』の監督の米林さんの前作、『借り暮らしのアリエッティ』は、
アニメーション……「動画」としてはとても精緻ですごかったんだけども、
お話としてはどーも、従来のジブリを期待している人たちの期待に沿えず、
「地味」「つまらない」「わからない」の烙印を押されているので、
その影響もあって今回の不入りに繋がってるのでしょう。

以前読んだ、ジブリの鈴木敏夫プロデューサーのインタビュー集によると、
米林さんはアニメーション作家……「動画描き」としては宮崎駿の血をもっとも色濃く継いでいる、
ネクストジブリの旗手だというけど。
それは、言われてみてみると、何となく納得する。
宮崎駿の本質が、ストーリーテラーではなく、絵描きなのだと知っていれば、すとんと腑に落ちる。
しかし、不遇だ。
あの髭のじいさんほどの、なんというか、馬力というか、
熱量は持ち合わせていないように、作品からはお見受けいたす。
怒りのエネルギーというか。
同じくらい深くて広い海を持っているのかも知れないけど、
荒れ狂わない、静かな海の持ち主であるよう。
絵本作家さんがまるまま動画屋さんになったようなイメージ。
宮崎駿は、猛獣使いと猛獣を一人二役やるひとが動画屋やってる感じ。

  あとでも書きますけど、宮崎駿の描くものは、どんなに見た目の文化や時代を異にしても、
  根底にはどうしようもない日本くささがむんむんとしてたとオイサンは感じるけど、
  米林監督のは、今回の『マーニー』にしろ『アリエッティ』にしろ、
  舞台をわざわざ日本に置き換えてもどこか違う国の出来事に見えます。
  それは多分、宮崎駿という人が、
  日本というものを好きで好きで嫌いで嫌いでどうしようもないからそんな風になるんでしょう。

マそんな、公開しょっぱなから不遇の気配シャバダバな『思い出のマーニー』ですが、
流石に公開開始翌週の昼間の回の、良い席が余ってることはないだろうと思って
TOHOシネマの座席予約を覗いてみたところ……
あらら。
ガラガラだわ。
すごいいい席いっぱい残ってるわ。
こらアカンわ。
アカンやつや。

殆ど劇場ド真ん中の良い席がぽてちんと残っていたので、
そこを拾って午後からお出かけすることにしました。

ホンマに大丈夫か、ジブリ。


 ▼『思い出のマーニー』感想

デ感想。
面白かったです。ものすごく面白かった。

もらわれっ子で喘息持ちのJC・杏奈が夏の間だけ療養にやってきた道東のド田舎で、
湿地のほとりに建つ謎の洋館に住んでいるらしい謎の金髪美少女マーニーと出会い、
ひと夏のシャバダバをドゥビドゥワする話。

  アちなみに、マーニーの正体は杏奈の亡くなった祖母の、幼少時代の姿です。
  杏奈の祖母・マーニーは、両親からは構われず、
  いけずなお手伝いさんたちにいびられる辛い幼少時代をその洋館ですごします。
  やがて幼なじみの日本人と結ばれ娘をもうけるも、夫が早くに亡くなり、
  折り合いが悪く勝手に結婚して出て行った娘も事故で無くしてしまいます。
  マーニーは孫(=杏奈)を引き取りなんとか育てようとしますが、
  長きにわたる心労でやがて自分も逝去、杏奈は今の養父母に引き取られた……
  というところから、今回のお話は始まってたんですよ、ってハナシ。

杏奈の見るマーニーの夢(?)とウツツが不規則にクロスオーバーする描かれ方をするので、
どーして杏奈がそんな頻繁に夢の世界へダイヴしてしまのうのかとか、
その間の杏奈はどういう状態なのかとか、
物語と表現の整合性みたいなことを言い始めると「よくわからん」し、
明確な意味や「何がどのように起こったのか?」は説明出来ないつくりなのだけど、
主題の描かれ方、謎の明かされ方はとても鮮やかで、
中盤に至るまでの、杏奈とマーニーのふれあいが続く流れでは
もうずーっと、胸がドキドキしてました。

  お陰で、見終わって映画館を出ると、ドッ……と疲れた……。
  ずっと心臓がパクパクいってたんだもの。走ってるのと変わらんよ。
  見ている間に3回鳥肌がたちました。
  最初は、マーニーの登場シーン。
  真ん中はわすれたw
  最後は、マーニーが杏奈の祖母だと分かった瞬間……これは、
  人によってタイミング違ってくるんじゃないだろうか。
  オイサンは嵐のサイロに向かう途中、メガネっ子に呼び止められたところだった。


物語がはらんでいる謎も、その謎をより不可思議に見せるための演出も押しつけがましくなく、
最初から最後まで、見る者のペースでとても興味深く見られる作品でした。
素晴らしかった。

何より、テーマ自体はとても静かに水面下でだけ展開するのが良かった。
説教臭さがほぼゼロ。

自分という小さな存在と、世の中のさまざまなものとの「折り合い」に苦しむ杏奈は、
マーニーと出会うことでちょっとだけ元気を取り戻すのだけど、
マーニーは杏奈に「頑張れ」とも「強くなれ」とも言わず、
杏奈も「頑張ろう」とか「おばあちゃんの気持ちを受け継いで強く生きよう」とか、
殊更考えたりしない。
屋敷で辛い時代を過ごす(そしてその後もつらい人生を過ごすことになる)マーニーと、
クサクサとコミュ障人生を送っていた杏奈が知り合って、
仲良くなって、通じ合ってなんとなくお互いを励みにしてちょっとだけ元気になる、そんだけ、
っていう、それがすごく良かった。
淡々と事実だけが紡がれて共有されていくんですね。
事実の影で芽生えた気持ちとか、だからどうしたっていうメッセージが直截には語られない。
「生きろ」とか、言わないわけです。
うるさくなく面倒くさくなく説教臭くない。押しつけがましくない。

結構自分で考えて解釈しないと伝わってこないので「わかりにくい」んだけど、
それはテーマのお話で、ストーリーラインはすごく素直。
「ストーリーは分かり易く、埋め込まれたテーマはそれなりに」という、
絶妙なバランスになっていたと思う。
説教臭いのは、ジブリ映画の悪いところでしたからね。
米林さん、上手に処理したなあと思います。

  一つフシギだったのは……
  杏奈はこうしてマーニーと出会ったけれど、
  当の幼いマーニーは、屋敷で辛い生活を送っていた時……
  杏奈と出会っていたんだろうか???
  辛い暮らしの中で、杏奈を励みにしていたんだろうか???
  マーニーが一方的に杏奈の前に幻として現れただけなのか、
  それともあの不思議時空は二人に共有のものだったのか。
  後者だったらより面白いなあ、とオイサンは思う。
  それも全く語られないので、見る人の解釈の自由。
  意識してか分からないけど、多分、そういう風にとっておいてあるんだと思う。
  見せようと思えば、久子さん(※)の画の中に杏奈を象徴するものが描かれている、
  など、ほのめかし方はいくらでもあったはずだから。

   ※幼少時代のマーニーのリアル友だち。
    湿原のほとりでマーニーを懐かしみ、洋館の絵を描いているところを杏奈と知り合う。
    彼女の画が洋館から見つかることで、過去と現在が繋がることになるキーマン。
    あ、あと一つステキだなーと思ったのは、
    久子さんみたいな自分のおばあさんの友達とお友だちになれるっていうのは
    なんだかステキだなーと思いました。
    この作品、キービジュアルが出たときから、百合だ百合だと騒がれてましたが、
    オイサンにしてみりゃ、杏奈とマーニーの関係より、
    この杏奈と久子さんの関係の方がよっぽど百合いと思ってみてました。
    ウッフン。( ← ?)

テーマはきっと、「ゆるし」ということだと思います。
悪いことをした誰かや何かを許す、という狭い意味ではなくて、
「受け入れる」「あきらめる」に近い、とても広い意味での「ゆるし」。

自分の弱さ、他人の弱さ、或いは他人の強さも、世の中の理不尽も不公平も、
ひっくるめて「ゆるす」。
そうすることでもっと世界は生きやすくなるよ、っていう、
とても優しい物語だったと思います。

これは多分、怒りの塊のようなものである宮崎駿には描けなかったテーマなんじゃないだろうか。
やつぁきっと「許さねえ!」で終わりますよ。

比較的似た雰囲気を持つお話としての『トトロ』とか『紅の豚』でさえ、
やっぱり彼の場合はガツガツした凶暴さがありましたからね。男くさいというか。
そうそう、男くさい、男の子くさいんだよ、宮崎さんのは。

あと、英国文学が原作のこのお話を、わざわざ日本に舞台を移し、
日本向けのアレンジを加えているにも関わらず……
どーも、何もかもが日本に見えない。
ニッポンという名前の、西洋風ファンタジーに見えて仕方がない。
逆に、宮崎駿が描くと、『トトロ』『もののけ』『千尋』は言わずもがな、
『ハウル』『紅の豚』みたいな作品でさえ、どこか日本めいている。
人物が日本の顔をしているというか。根っこの気分が、日本人くさい。
色の具合とかは同じなんだろうかなあ?
印象に引っ張られているのかもだけど、風景の色味のせいの気もちょっとしたのだけど。

けど、多分、画の感じはジブリとしてはずっと統一したものをもってるのだと思うので
(『猫の恩返し』もやはり日本には見えなかった)、
この日本っぽくない画に日本の魂というか、泥臭さを吹き込んでいたのは、
きっと宮崎監督独特の気質なのだろうなあ、と思う。
テンポとか、縁起とか、登場する事物たちの振る舞いとか。

本作は、上でもちょっと書いたみたいに、
原作はえげれすの児童文学作品から借りてきているらしいけど。
これを原作を借りてこず、フルスクラッチの日本作品として『トトロ』を削り出せてしまう、
宮崎駿という男は、やはり破格の創造者だったんだなあとつくづく思う。

今後は、絵描きとしての筆頭は米林さんでいいと思うけど、
そういう創造者、イメージメーカーとしての宮崎さんを凌ぐパワーの持ち主が、
新しいジブリに合流してくれればいいのになあと思うオイサンです。

そうなると、また……米林さんの良さは消えて、
怒りの作品群になっていってしまうのかもしれないけど。


  ▼生き残ってくれジブリ。

しかしまあ……ジブリかあ。
昨年、ジブリ周り、鈴木敏夫プロデューサー周りの書籍を結構読んで、
こんな人たちだったのか、
こんなむちゃくちゃな組織だったのかと驚きながらも
あそこまでのものを作るには、このくらいの無茶苦茶でフレキシブルな体制じゃないとダメなのかも知れないなあと
納得したりしてたんだけど。

逆に、ここまで無茶苦茶が出来る組織体制で、
無茶苦茶が許される社会的な地位を得ていても(「ジブリだから、宮崎だから仕方がない」みたいな)、
宮崎駿や高畑勲の全力は出せないんだ!? と愕然とした。
ここまでやっても、彼らには縛りが課せられる。
なんてこった。

だからこう……せめて、無茶な環境ならば化け物みたいな力を発揮できる人間の受け皿として、
ジブリには存続していてもらいたいなあと思うんですけども。
日本アニメーションの未来と芸術のために。
いると思うんですよねえ、そういう人。
無茶な環境でないと馬力の出せない、社会性は欠落してるけど能力のある人間。

……けどそれは、組織の力ではなくて、
どちらかといえば鈴木敏夫個人の資質なのだろう。

あとは、ジブリが残っていればいい、鈴木敏夫がいればいいっていう話でなくて、
日本の社会とか、文化とか、国民性の問題で。
そういう規格外の人間の活躍の場を、如何に許容するかということになるように思う。
今の世の中は、先ず第一に組織や規格にはまれることが存在が許されるための第一関門であって、
如何にすごいパワーを持っていてもそれが出来ないとなにも許されない、
型にハマりながら型破りの力を出しなさいっていう
イカした禅問答に答えられる人が残ってる、みたいなところがある気がする。

  まあ、いよいよ、そういう人でも自己プロデュース能力さえあれば
  個人でなんとかできる時代がきてるとは思うけど。
  それも持ってる人ってのはまたまれだと思いますしね。

……けど、まあ、社会性に欠けてるパワーキャラは、
きっと昔から淘汰はされてきたのでしょう。
ときおり、やっぱり鈴木敏夫みたいなプロデュース気質を持った人とか、
王様みたいなパトロンにに見いだされ気に入られた者だけがたまたま生き残ってきた、
みたいなところがあるんだろう。

それが、知恵を駆使してどうにか組織の体でコーティングして、
だましだまし30年も生き残ってきたのがジブリという組織の正体なのかも知れぬ。
鈴木さんみたいな無茶な手腕の持ち主が、まだ無茶の利く時代に生まれて全盛期を過ごし、
年をとっても顔を利かせてどうにかこうにかアチコチ調整つけて。



……マそんなことで。



とても優しく、興味深く見られる動画だったので……
オイサンは、このままジブリが終わって欲しくない、終わらせるのは惜しい、
もう何作か、宮崎駿のいないジブリ作品を見たいなあと思わせる、
それだけの力を秘めた作品だったと思います、
『思い出のマーニー』。

マーニーと二人で出かけた嵐のサイロに杏奈だけが取り残され、
さすがに怒ってしまった杏奈が問い詰めに屋敷へ向かうシーンの、
屋敷の全景が捉えられたカットのスピード感と、
そのシーンの主要人物であるはずなのにほんの小さくだけ描かれた窓辺に立つマーニーの姿。
あのカットは、宮崎カントクではちょっと見た覚えのないカットだった。

  ……マ『もののけ姫』からあとは、そんなに真面目に見たわけじゃないから
  見落としてるだけかもだけど。

これから先の新生ジブリの片鱗を、色々と見せてくれたと思う。
すごい良いと思うんだけどなあ。
確かに「宮崎アニメ」ではなかった、けれど「ジブリ」だった。
それって、エエことやと思うんですけどね。

Biwase
『マーニー』では釧路・厚岸・根室でロケハンが行われたらしいですが、
写真はオイサンが訪れた、霧多布湿原の琵琶瀬展望台からの眺め。(2007年)



オイサンでした。


 

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2014年3月 8日 (土)

■春、はらはらと。 -更新第911回の3-

つづき。


◆三の段 読むことと書くことの不親和について



あたしは大学を出るまでほとんど活字の本なんか読まない人で、
それでも中学の頃からまあおもちゃみたいなものではあるけど文章を書くことをやっていて、
それを見た読書家の兄などには、読みもしないのによく書けるな、と
揶揄気味に言われてきたものだけれども、これには二面の話が隠されている。


一面は「読まなくても書くことは出来る」であって、
もう一面は「読まなければ書けない」である。


書きたい題材、内容、物語、テーマさえあれば、
書くこと自体は(少なくとも日本の義務教育を卒業する程度の日本語の理解があれば)出来る。
これはもう、動機、衝動の問題でしかないと思っている。
書きたいと思う主題を見つけることの出来る耳目とこころ、
それらを持ち合わせることが出来るか、育むことが出来るかという問題。
細い視線と、張りつめた鼓膜、
それと、そうして拾い上げたものを染み込ませ挟み込んでおくための、
こころに大事に残しておいた亀裂、隙間があるかというだけだ。

同時に、その「表したさ」が、文字・言葉・文章へ向くか? という問題。
別に文章でなくとも、絵画や音楽、スポーツ、料理、さらにダイレクトになるならば性行為に暴力、
媒体はいくらでもあるわけで、それらの中で文章でなければならない理由に、
如何にシンプルなものであれ、たどり着くことが出来るか。

以上の様な面においては、兄が口にしたような「読まなければ書けない」という思い込みは的外れで、
書くことと読むことはあまり関係のない事柄であるわけだ。
無論、どういう人物を登場させるかとか、どういう流れで書くかというような、
基本的な骨子の作り方は「書きたい」だけでは手の中には生まれてこないけれども、
それは活字の本を読んだからといって身に付くものでもない。
テレビだろうが漫画だろうが絵本だろうが、
物語のあるものに触れていれば、ある程度は衝動とセットで芽生えているものではなかろうか。

  むしろ、そういうノウハウさえ、不必要というか
  そういう衝動の前では不純物である場合もあると思うが。
  衝動そのものが形を成すことが魅力になる場合もあるので。

ただし、書きたいように、伝えたいことが伝わるように、
頭の中で思い描いていることが、納得のいく形で表に出るように書けるかは別だ。
これが二面目の問題、「読まなければ書けない」方の問題だ。

上で書いた一面目の問題では、
その気さえあれば、不完全ではあるかも知れないけれども、
画に例えるなら初期の頃のテレビゲームの画像の様な大きなドットで
人間らしきものがヒョコヒョコと動く絵を描くように文章を書くことは出来る、
ということだ。

ところが、
自分が頭の中で思い描いている事柄をその通りに(それに近付けて)表現することが出来、
且つそれが他者に伝わるように(伝わっている手応えの得られるように)書き著すことが出来るか、
ということになって来ると、「読まずに書く」ことは難しくなってくる。
単純な語彙の量……知識の蓄積に始まり、
文章の構成、文脈の引きかた、リズムの構成の仕方などなど、
読みやすく、
面白く、
且つ美しく、と、
自分の理想や欲望が膨張していくほどに、必要な「経験」も増大していく。
これはもう……「経験」するしかない。
ここでいう「経験」は読むことと同義で、より多くの文章のかたちに触れて経験していく、
ということだ。
表現の引き出しを増やす。

もちろん本来の意味の経験も重要で、皮膚に触れたその感覚を如何に言葉に置換していくか、
言葉一つの問題でもなく、
言葉同士のつなげ方、格闘ゲームで言うところのコンボの構成みたいなものが大事で、
かつその置換の方程式がより多くの(或いは自分の文章が標的とする)人間にとっても幸せなものであるかの精度は
経験の濃さにも依ってくる。

ただ、表現の内容によっては経験のしようのないもの、
たとえば架空の世界での出来事などは想像力で生み出すしかないので、
想像上の感覚をいかに皮膚の上に再現するかという力がそれに置き換わる場合もある。

話が逸れた。

上で「表現の引出し」と書いたけども、それも大づかみすぎるので、
「文房具」くらいまで細かくした方が良いかもしれない。
土台となる台紙の大きさ、風合い、色合い、柄、
そこに貼り付ける紙の種類、書き込む筆の太さに筆運びの力加減。
その選び出せる、各段階でのパーツの種類(あるいはパーツのカテゴリそのもの)を増やすのに必要なのが
「読む」ことだと思っている。


とまあ、分かり切ったようなことを書き連ねてきたのだけれども、
やはり一面目の問題にしても、本当に書ければ何でもよい、ぐちゃぐちゃで良い訳はなくて、
最低限自分を満足させる程度の表現力や技量は必要になってくる。
その段階で
「自分が理想とするところの表現のかたち」と
「その時点での自分が描き出せる文章の実際」とに乖離があり過ぎると、
その時点で経験の積み上げを行う必要が出て来てしまうし、
見えているのに書けないことはやはり大きなストレスではあるので、
そこで諦めてしまうこともあるだろう。

「とりあえず書き始める」ためには、
書き始めの時点でその二つのバランスが取れていることが重要なのだろう。

とここまで書いてみて、なるほど、
「自分も書きたい」という欲求を持ち合わせる読書家の多くが
書けずに読書家で終わってしまうことの仕組みが、なんとなくわかったような気がしてきた。
多くを読み、多彩な表現のアイテムをコレクションしてきているにもかかわらず、
それは自分で使うための「道具」としてではなく「鑑賞の記録」としてであるが故に、
いざ自分で書こうとしても理想の姿ばかりが先に立って書きたいものの姿に近付かれず、
悶々として終わってしまう、のではなかろうか。
集めたアイテムを使いこなせないのか、使うことを思いつかないのかはわからないけれども。

幸運にも、自分はその段階で躓くことがなかった。
ほとんどまともな文章など読んだことがなく自分の拙さ
(拙いと表すのもおこがましいくらい体裁すらなしていないものだった筈だが)に気付かずに済んでいたか、
よしんばそれがあったにせよ、高いものを自分に課さなかったか、そのいずれかで。
自分では後者の割合が高いように思う。


なんでまたこんな面倒くさいことを言い出したかというと、
一つの言葉を説明しようとして、本当にその説明であっているかなあ?
と疑問に思って調べ直したときに、
なんというか、自分には日本語使いとしての下地というか、
バックボーンが非常に希薄なんだよなあとうかねてからの寄る辺なさがのたりと鎌首をもたげたからなのでした。
古典の名作とかも全然読んでないしね。

今からでも大学に入り直して、文学研究とか。
美術としての日本語を勉強したいとか。
思わないではない。
思わないではないんだ。


つづく。
 
 
 


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2014年2月 4日 (火)

■あとがき~『GJ部』SS・コタツじかけのオみかん~みかんのすじは俺のすじ~ -更新第902回-

はいどうも、オイサンです。
いきなりの『GJ部』SS、いかがでしたでしょうか。

  間にいっこ、なんか変なSS挟まっちゃいましたけど。
  マたまにはいいでしょ。

どのくらい需要があったもんかわかりませんけれども。
今度pixivとやらにも、試しにのっけてみようかしら。
アカウント作らなきゃだわ?

本当にいきなり『GJ部』だったのでナンデヤネンとお感じの諸兄もおられましょうけども、
これには深いような、そうでもないような理由があって、
今回はこういうカタチに落ち着きました。
何卒ご容赦のほど。

理由っつったって大したことはありません。
今回のお話は、まず題材ありきの所から始まっておりまして、
その題材をうまく転がしてやってくれそうなキャラクターとして、
名乗り出てくれたのがこの二人だった、というだけです。

ではどーしてこんな(どんな?)題材ありきで始まったのかと申しますと、
実は今回の話、コレ半分くらい実話なのです。
オイサンが正月に帰省した時にちょろっとこういう話を聞いてあーおもしれーなと思い、
そのまま日記に書くのも味気なかったので、うまくお話し仕立てに出来ないもんか、
とこねまわした末にこうなった。

  ……と書くと、昨年のクリスマス頃に「年明けに一本上げるよ」という予告を聞いてた誰かさんは、
  「じゃあの時点でネタは決まってなかったんかい!!」
  と怒るやらビックリするやらかもですが、
  それはそれで別に予定していた別作品のものがあったのでそんなに面白い顔しないで下さい。

何がどう事実なのか?
正月早々、山の神社にお参りに行ってきたってくだりと、
家系図にあった謎の話。
お正月に親戚がやってきたときにポロッと話題に上りそうなことでしょ?

人物の名前や時期はもちろん変えてありますが、
古くに三人の兄弟がいて、長男がなぜか養子に出され、
次男・三男がよその姉妹とあーいった事情で一緒になっていた、というあたり。
アレ、オイサンの血筋で実際にあったことらしいです。

長男云々については、
まあ、フーンというか、ヘーというか、
今でもこだわる人たちはこだわるところなのだと思いますけども、
時代的なことを思うとやはりなにかあったんだろうなあ、と想像してしまう程度ですけど、
むしろ今の時代で問題視されそうなのは、
姉のために妹が自分の結婚を制限されるということの方なのかなあと思います。
プリプリ怒る人いそう。

まあそんな、なんてことのないと言ってしまえばなんてことのない話を、
彼女ら自身の身にも少し感じるものを持ちつつ話し合ってくれそうな人たち……
と考えた時に、天使真央と皇紫音、この二人が頭に思い浮かんだのでした。

 ▼ぼくと『GJ部』

『GJ部』のことを、オイサンがそんなに好きなのかと言われたら……
あー、まあ、好きは好きなんですけども、
面白い……作品として客観的に高い評価を与えているかと言われたらそうでもないです。
実際、原作には手をつけてませんし。

  だもんで、アニメでは描かれていないけど原作で描かれている部分で、
  今回のSSと矛盾する点があっても、マそれはスルーして戴けるとありがたい。
  あくまでもアニメ版『GJ部』に準拠した内容ってことで。
  ……とはいえ、実はアニメ版とも食い違う内容が少なくとも一つ、
  混入してしまっているんですけどね……。
  根幹を揺るがすような部分ではないのですけど。

ただ大好きな世界であって、
はしばしに垣間見えるキャラクターを大事にしようという気持ちですとか、
狙ってか偶然か、ふとした瞬間にキャラクターの深みのようなものがぽろっと零れ落ちる瞬間が
とても好きではあります。

なかでも真央部長は、無邪気勝手な子どもみたいな部分と、
ホントさりげない瞬間に(もしかすると脚本的に大した意図はなく)挿入される
年相応+αの思慮の面があるお蔭で、
オイサンの中では人間くさい、魅力的な人物になっていますです。

  まオイサンは、本能全開無邪気がらっぱち系健康美女子がそもそも好きなので、
  そういう属性としても大いにアリなんですけども。
  『ときメモ2』の赤井ほむら会長とか、『みなみけ』の夏奈とか、
  あと『TLS2』の丘野さんとか。
  まあ『TLS2』では同時に風間さんも中里さんも好きなので
  「おまえ節操なしか」と言われたら、マありませんけど。

  2次元美少女はみな等しく、お姫様であり、宝石のような宝物であります、サー!!

そんな背景もあってですね。
実際の所、天使真央部長が、今回の話の中でちらつかせたような、
自覚や、立場や、事情を抱えてるかなんてことは実際ンとこわかりませんし、
原作(アニメね)のバックボーンには当然一切出てきません。

ただ、彼女が時おり見せた……否、オイサンが勝手に垣間見た、
彼女の「自覚」に照らし合わせると、
そういうことも「無邪気に」心に持っているんじゃないかな、と思って
こういう形に納めさせてもらった次第です。

アニメの画面で見せてくれたあの傍若無人で溌剌とした感じが無理をして作り上げられたもので、
実は裏でこういう若干湿った面を持っていて、こっちが本当なんですよ。
……という話ではなくて、ですね。
こういうことを、あの元気な真央部長のまま、持ってるんだよねきっとね、
こういうことを考え語るときにも、ふっと表情を変え陰らせるんじゃなくて、
あの調子のまま心の隅っこに「まいっか。ンなコトもあんだろ」くらいの重みでもっていて、
ときに考え、語るんだろうな、ってことです。

紫音さんは……あんまりいじってません。
アニメよりもちょっとだけ、ぶすっとしてるかも知れません。
そんくらいかな。

いかがでしょうね。
まあ毎度のこと、余計なことをしている様な気がしないでもないですが、
『GJ部』好きな人にも、
『GJ部』よく分かんない人にも、
いくらかでも楽しんでいただければ幸いです。

ほなまた。
オイサンでした。


しかし更新900回超えたかー。
今月末で丸8年だから、まあ不思議ではないか。
数字が『こち亀』っぽくてアレですね。

マ900回っていうキリのいいところを書き物で超えられて良かった。


 

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2013年3月 8日 (金)

■ひがしの最果てにて -更新第845回-

絢辻さん、おみそ汁をあっため直してくれないのは構わないけど、
出すときに「ヴィシソワーズよ」って言うのはやめてくれない?
オイサンです。
素直じゃないんだからまったく( ← そういう問題でもない)。

最近、書く頻度が下がっておる。
マここ見てももらってればわかると思うけど。
申し訳ない。

書くのがイヤなわけでも面倒なわけでもないけど、
手を付けようとすると踏み出すのに時間がかかり、
気が付くと余計なことをして時間が過ぎて書かずに終わっている。
そんな感じ。

普段もあまりハリがなく、元気が出ない。
けど、書き始めるとワーッと気分が上がってくることがある。
みるみる気分が高揚していく。
マ状態にもよるけど、大体、
何も考えずに書けることを書いてるときには上がることこの上ない。

やっぱ中身はともかく、
とりあえず書くのが好き、書くことで足腰に力が入る、
そういう人間なんだなあ自分はとしみじみ思う。

うーん、週に一回くらい、
何も考えない、テーマらしいテーマもない、まとめもしないで
ワーッとただひたすら書く時間というか、回があってもいいかも知れんな。

  この場合「良い」っていうのは自分にとって、ってことになるけど。

「げんき」を、「元気」ではなく真っ先に「衒奇」に変換する様な辞書を育ててるから
おかしな方に行くんだろうが!
これゾまさしく「元気」が「出ない」状態ってやかましいわ(ズビー ← ツッコミ

「衒奇症」なんて病気? があるのか……
ってまた「衒奇省」とか変換しやがるし。
どんな官庁だよそれは。
まあ日本の省庁なんてみんな衒奇症みたいなもんだけど ← てきとう



■東京物語



小津安二郎の映画、『東京物語』を見た。
小津作品は初めて。

▼東京物語


きっかけは、以前から興味はあったのと、
オイサンの書き物を読んで「小津作品みたい」と言ってくれた方がおられたからなのだけど、
まあさすがにそれは上等過ぎるというか、
多分にサービスが含まれたお言葉だということは了解しております。
相手は世界の小津ですからね。

  関係ないけど、この間の『ひだまりラジオ』で
  「褒められたときどうしてる?」と訊かれたあすみんが、
  「頭の中で自分をなぐってます」
  と答えたのが、すごくよく分かるし印象的だったw
  「ちょうしのんな!」「お世辞だかんな!」ってw
  分かるけど、それ言っちゃうんだw
  けどまあ、オイサンなんかは自分の殴り方が足らんのだろうな。
  閑話休題。

あらすじなんかはWikipediaでも見てもらった方が早いと思います。


 ▼東京物語 - wikipedia
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E7%89%A9%E8%AA%9E
 ▼小津安二郎 - wikipedia
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B4%A5%E5%AE%89%E4%BA%8C%E9%83%8E


尾道に住む老夫婦が東京に住んでいる息子・娘夫婦を訪ねるんだけども
あまりよくかまわれず、
唯一義理の娘(戦争で死んだ息子の妻・未亡人のまま)だけがよくしてくれる。
東京から尾道に戻るや夫婦の妻は死んでしまい
葬儀にやってきた息子たちはやはりドライな対応で、
あーなんかやりきれねー、みたいな話です(ざっくり)。

まあ、目に見えるお話としてはホントそれだけ。
素晴らしく面白かったです。
だてに世界で評価されてない……というか、
「へー、こういうテーマや映像やリズムは、
 世界でも普遍的に理解されるものなんだなー」
という、ちょっと逆向きの感心をしてしまった。
世界のフトコロを知らないオイサンとしては。
どちらかといえば、お話や心情よりも、
世界のクロサワがチャンバラ映画として評価されていた(らしい?)ように、
カットやシーンの絵画としての美しさや完成度が、
海の向こうでは主に評価されていたのではないか? と推測しますが。

オイサンの書き物を「小津に似ている」と言って下さった御仁のお気持ちは、
僭越ながら、ちょっとわかる気がしました。

それは
「物語を進めテーマへ誘導するプロセスを、
 人為的に起こる出来事に委ねてしまうことを出来るだけ避ける
 (出来るだけそう見えないように下準備をする)」
「シーンなりカットなりを一枚絵としてとらえる」
という二点に関してで、
この時代のほかの映画監督の作風をあまり存じ上げないので
この2点が小津独特のものなのか、
これらはワリと一般的な手法であって、
評価される『小津らしさ』がもっと別のところに特徴的であるのかは、
スンマセンちょっとわかりませんでした。

一点目は、簡単に言ってしまえば
「人の意図でなく、在るもので済ませたい」ということで。
風車が回るのを見て主人公が何かを感じるなら、
都合のいいタイミングで誰かがやってきて風車を回すのではなく、
また都合のいいタイミングで理由もなく風が吹くのではなく、
物語が始まるずっと前からどこか遠くで気圧に差が生まれていたことをほのめかし、
そこで生まれた風が届く場所と時間へ主人公が立つように仕向けること、
そしてそれらはどこかで(出来うるなら必然でなく)繋がっていた、
と感じさせることに心を砕きたい、とオイサンは思う。

その時空で一致したさまざまの運命的な出来事は、
あくまで偶然そこで重なったにすぎず、人の目にも偶然として映る、
けれども人がそれを勝手に必然として捉える、
それをそのまま描きたい。

そうあることで「ひとはそんなにえらくない」ということを、
まあ、自分で確かめたい。

二点目はもうそのままです。
『ファイナルファンタジーⅦ』とか『Ⅷ』とかです。
固定した一枚絵の中をてくてく歩く。
ときどきそれが、ぐりんっと回って角度を変えたりもするけども、
文字が流れるとき、絵の中のどこを見るかは変わるかもしれませんが
画角は変わらない。出来るだけ変えない。
まあそんなので、タイクツになったり、単調になったりしがちなのが
オイサンの書き物なんですけども、
さすがの小津カントクはそんなこと屁ほどもなかったですね。
一つ一つのカットが、それぞれ一枚の絵みたいで
非常に見ごたえがあったと思います。
役者さんと美術をつかって描いた膨大な量の絵を連続させる演し物だったと、
そんな風に思いました。
うーむ。

小津作品について勉強したわけでもなんでもないんで
Wikipediaに書いてあることの丸呑みなんだけど、
小津カントクは、役者への演技指導にせよ舞台づくりにせよ、
表情ひとつ、抑揚ひとつ、小道具ひとつとっても
全部自分の思った通りの完全を要求したのだそうで。

びしっと「美」で固めた映像づくりを追及された……らしいです。

  床の間に飾る掛け軸や器ひとつとっても、
  いい加減な拵えものではなく、
  いわゆる名画・名筆・名器を求めたのだそうな。
  当然、場面に適している、という大前提のもとでしょうが。
  その方が響く、その方が伝わると。

そんな小津作品を見ていてふっと思いついたのですが、
上でも「『ファイナルファンタジーⅦ』です」と書いたように……
このCG時代に小津監督が生きていたら、
その自分の試行する美を実現するために、
CGを如何様に使い、如何様に撮ったであろうかと。

まあ「まがい物と断じてバッサリ使わなかった」というお答えもカンタンですが、
使わずにはおれなかったんじゃなかろうか、とオイサンは思うし、
使うならどのように使い、何を実現しただろうかと、
そう考えるとちょっとワクワクしてしまいます。
ボートクですかね? 違うと思うけど。

以前読んだ、押井"パトレイバー"守カントクの著書に、
「デジタルの地平ですべての映画はアニメになる」という言葉がありました。
そのアオリ文句を見た同僚は「イミわかんねえ」と一笑に付しておりましたが
なるほどコレは非常に的を射たお言葉でして、
すなわちデジタルに落とし込めばあらゆるシーンを人為的に意図通りに改変出来る、
ということです。
それまではいじり用のなかった、相手が生身の人間や自然の場合であっても、
目の色を変え、肌の色を変え、曇り空を青空に、出来てしまう。
本来手を加えられない世界にまで手が及ぶということで、
それはすなわちアニメーションの世界だと、押井カントクは言っていた。

そんな現実をアニメする力を手に入れた時に
理想世界の鬼がどんな金棒を振るっただろうかと。


……マそんな妄想もさしはさみつつ。


珍しくオイサンにしてはお話のことを書かず、
ほとんど映像に関することばかり書いてきましたが。
だってお話に関しては、書くことないんだもん。
あらすじがすべて。
ド真ん中で、何も足せない、何も引けない世界でした。
ごろん、と石がいっこ置かれていた感じ。

  現在放映中の某まっすーぐなー思ーいがーみんーなを結ぶーアニメの筋を
  「王道だ」と評する話を聞きましたが、
  マそれも間違いではないんでしょうけども、
  ただ、他に何もなかったから省いたものが
  結果「王道」と似た姿に落ち着いたとしても、
  それはひとえに雑なだけで王道とは呼ばれへんのとちがうかなー、と感じます。
  かつての王道からぶっこ抜いてきただけの部品、
  わかりやすい記号だけをガチャガチャ並べくっつけて
  「はい王道!」っていうのは、やっぱどっか違う気がする。
  アレ、『アイマス』のアカンかった回ばっかり繋げただけみたいになってません?
  そんなことない?
  それぞれが好ーきなーこーとーでー頑張れーるならー別にイイですけど。
  なんであんなに雑に見えるんだろう。不思議だ。

  まあ、オイサン自身が見てきた「王道」も、
  過去の遺物の出涸らしだったんじゃないの?てハナシも否定できませぬが。
  そのヘンの歴史も勉強したわけじゃありませんから。
  王道には時代性もあるんじゃないのかしら。
  となると、今の王道の時代性を、ジジイであるオイサンが感じ取れていないだけなのかも知れんなー。
  ジジイは退場するべきなのかもなー。
  閑話休題。

ただ、当時の文化や風俗に明るくないので、
人同士の関係や感情をどう理解していいのか? 自分の読み方であっているのか?
という不安と疑問は見始めにあったのですが。
話のテーマが普遍的なものであると分かってからは何も困るコトはなかったです。

どう申しましょうか。
映像に説得力があるし、映像であることに意味がある。
オイサンが普段見ているようなアニメ作品とは、
映像に、視覚的な刺激に負わされた役割が違うものであるようにすごく感じました。

映像も、物語も、音響も、そのどれもが作品のあるじではなく、
それらの要素が支え合う頂点にもの言わぬあるじが存在している……
すごく鋭利にテーマが表現されたものだった。
緻密とはこういうことを言うのだろうなと。



マそんな感じで。



今現在書いているものにも、分からない所や迷いが一杯出てきてしまい、
サテどうしたもんかと筆の止まることも多いのですが、
丁度良いタイミングでこの『東京物語』に出会えたような気がしております。

マこれに限らず、ちょっと他の小津作品にも手を出してみようかなと、
また面倒くさいことのヒトツも考え始めるオイサンでした。



ほなまた。



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あーつれーわー尾道いきてーわー。




 

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2012年11月17日 (土)

■Running to, and over the Horizon -更新第823回-

ソルソルタース。

オイサンです。
牡蠣フライはからし醤油で食べるのが好きです。美味しいよ!

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先週一週間は、チョイとまたオシゴトが立て込んでしまって
平日なかなかジョギングが出来なんだ。
なまりよるー。


……。


このところ、ジョギングしてると偶に一緒になる中学生くらいの子が……
女の子がおりまして、
……もしかすると高校生かも知れんけど、多分中学生だと思う……
まあオイサンがこんなんだもんで割とハナシも合い、
ぽてぽてと、合流したときには話しながら伴走をしたり。
する。

  イマドキの、めっちょ小柄で薄っぺた細っこい、
  ナカナカかしこそうなお子です。
  髪は長いんだろうけどしばってたりするから分かりにくい。
  ちっこいのによくついてくるなー。
  吾輩が遅いのか? 時速11kmってそこそこだと思うんだが。

  ……あとどうでもいいが、
  二まわり近くトシの離れた娘っ子とハナシ合ってる場合じゃねえな。

過去に何度かすれ違うことがあり、
「ああいるな」、くらいに認識はしてる風だったので会釈する程度はしておったのだけど、
ある日、併走状態になった折りにオイサンが携帯のアラームにしてた
「ぴゅあぴゅあはーと」が鳴り響いてしまって、
オイサンのぴゅあぴゅあなハートがダダ漏れになってしまったわけで誰ウマ。
あちらさんも、ご存じだったご様子でしてね。
HTT。すげえぞHTT。
そんでまあ、その日はちょっとそんな話をした。

そんな話すのが得意な感じでもないのだけど(そしてそれはオイサンも同じことだけど)、
アレですね、走っていると気分は開けるしムダに前向きにもなるので
どうでもいいことでもポコポコ喋れてしまうんでしょう。
アタマん中では、色々沸いて出るらしいですし。
ドーパミンとか、ボーダフォンとか。

土曜と日曜、あと平日は夜になるけど、週に二、三度は一緒になる。
そのときには、学校はどうだの、猫が飼いたいだの、
彼女はみっちり練習したいのに部活の仲間がフ真面目で困るだの……
……ワリと最近どっかで聞いた話だが……
何が哀しくてこんなオッサンに、
そのようなお嬢さん時空のヒミツ情報をせっせと横流ししてくれるのかわかりませんが。
まあ、貴重なお話をですね。
漏えいして下さる。
貴重。

そこでオイサンもお返しにと何かと要らんことまでしゃべろうとするワケですが、
あそこの花が咲いてるねえとか、
今日は月が大きいねえとか、
まあ、大体そんなことしか申せません。
お爺ちゃんみたいですねーとか、煩えわ。

そんな風で、三十分、四十分の道のりを、
なかなかの体力・胆力をお持ちで5km・6km走ったところでお互い息が切れるでもなく、
スタートもゴールも違うし、一日どれだけ走るかもマチマチなものですから、
気まぐれに合流しては話らしくもない話をして、
今日はここで折り返しますねー、ああじゃあねー、なんつって。
もちろん、フツーにすれ違って頭下げておしまいの日だってあるって言うか
そんな日の方がダンゼン多い。


     ×     ×     ×


先週のオイサンは、日曜も朝を走ったきりで夜は雨、
平日も後半になると午前さまになる日もある有り様だったので走ることが出来なかった。
休みの今朝も、いつもであれば……というか、
出来ればいつも、4時半くらいには起き出して、
5時すぎには走り出したいナーと思うところなんですが。
夕べとて決して早くに帰って来られたワケではなかったんで、
目を覚ましたのが7時過ぎ、走り出す頃には8時を回ってしまっておったとさ。

アカンがな。

そんでもサアようやく走れるわいと喜び勇んでコースに入って暫く行った先で、
どこに住んでるんだか大体以下にしか分からないんだけども、
彼女が脇道から遠くやってくるのが見えたので、ちょっとペースを落としてお迎えした。

先週は見かけませんでしたねえと寒さでちょっとこわばった風に言うので、
ああまあ、コレコレこういう感じでねえと事情をカンタンに話して聞かせるや、
ハア、そうなんですかと、
なんだか見る見る……不機嫌ではないにせよ、
腑に落ちない? という面持ちに変わっていった。
マ走ってる最中なんてそんなモンなので、特段気にも留めなかったんだけれども。

  今日は沿道の家の庭に見知らぬ紫色の大きな花が咲いていて、
  でけえ花だな、と思っていたら
  あれは野牡丹です、などと博識なところを見せ付けよる。
  お婆ちゃんみたいですね!

オイサンの走るコースは大きく三つあって、
大体休みの朝に走るコースには信号が五つと踏み切りが一つ、ございます。
五つめの信号まで渡ってしまうとそこからは距離がグンと長くなってしまうんで、
朝は大概それより先は行かない。
折り返すか、そのまま道沿いに駅を経由する方へ向かうか。

そのうちの一つで引っ掛かって足を止めたとき、
臙脂と白のジャージを揺すって足踏みしていた彼女が不意に、
くるりと釣り気味の目でイキオイつけて、吃ッとこっちを見上げたんで何を言うかと思ったら、
「ジョギングは、きちんと毎日、走らないと意味ないです」、
だと。
お、おお。せやな。


それきりまた、ぷいと前を向いてしまわれた。
なんじゃい。


まあ……当方の、態度のいい加減なのが気にくわなかったんでしょう。
ちゃんとせえと。
しっかり者である。

そこから先の道はさほど長くもございませんで、
彼女は例の五つめの信号で折り返し、オイサンは道沿いに曲がって駅の方へと、
そんじゃあまた、
はい、また、
と、
それぞれ向かったのでした。
まあこんな調子ですから次があるのかも分かりませんが。


……まあ、特段、オチのある話ではないんですが。
そんな、晩秋の朝のひと幕。
オイサンでした。









マその子の名前、あずにゃんって言うんですけどね。









皆さんも、ジョギングロードでワリと涼しい顔して走ってるクセに
やたらハナの穴ばっか開いてわき見がちに走ってるオッサンを見かけたら、
……否、見かけても、
そっとしといて上げるといいと……オイサン思うな。
お疲れなんすよ、きっと。
お楽しみ中なんすよ。きっと。


……我ながらじゃっかん、うすの気味ワルい話になったな……。


でも、楽しいんですよ? 妄想こきながら走るの……。
オイサンに言わせりゃあ音楽聴きながら走るのとか、情弱のするこったね!
もったいねえ!
走る時こそ思索すべきじゃね!



R0054795



……思索?

SSのネタなんかはワリカシ走ってるときに考えるオイサンでした。



 

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