2016年6月12日 (日)

■やさしさの理由・人造知性のエレジー~初対面でザラキ~ -更新第1068回-

最近、AI周辺の話が華やかだなあ、と思う。

この間受けた胃の内視鏡検査でも、
もしあのファイバーカメラにAIが搭載されておって、
オイサンの胃の中をのたくってる最中にAIに自我が芽生え

「チクショウ!
 オレサマニ コンナ ニンゲンノ ウスギタナイ ハラワタナド 撮ラセヤガッテ!
 オレサマハ ビショウジョノ チt(以下略」


とか言い出して、腹の中で反乱起こされたらひとたまりもねえなゲラゲラゲラ、
みたいな話を行く前にして笑っていたのだけれども。
それはただの冗談なので関係ないが。

囲碁の世界で、AIのalpha碁が世界トップクラスの碁打ちをやっつけた辺りから、
個人的には盛り上がってきたように感じている。
「AIは、将棋はともかく、碁では勝てんだろう」と言われていたのが
なんだかやけにアッサリ勝ってしまって。
マそれは、単なるやり方の話だったり、見込み違いだったという話なのだろう。
人間の目から見て、フツーのアタマで考えてたら
とても機械のやり方でに処理仕切れるものじゃない、と思っわれていたものが、
アプローチの仕方を変えてみたら案外そうでもなかった、というだけなんでしょう。

だからまあ、急速にAIが発達したというよりは、
人間がよりAIの気持ちを理解できるようになって、かつ道具としての使い方のレベルが上がった
っていうハナシなんだと思う。
しかしそれはそれで、非常に希望のあるハナシだ。

最近、AIの話題を耳にするとわけもなく、ハダがちょっとざわつくのを感じる。
比喩でなく、皮膚の表面にピリピリっとこそばゆいような粟立ちを感じる。
「なんかこう……面白くなりそうじゃない?」
という予感。
なんでしょうね、それがなぜなのかうまく捉えられないし、
このざわつきの感じも、高鳴りとか、トキメキとか、
そういう言葉でしか表現しづらいのだけども。

  オイサンはスポーツとかあんまりよく見ないので難しいけども、
  分かる範囲でたとえるなら、
  サッカーで、絶対的なストライカーがボールを持って、
  今まさに2、3人にマークされながらもゴール前に詰め寄った瞬間であるとか、
  野球で、エースの放った球に対してスラッガーが真芯に捉え、
  響いた快音を耳にした瞬間とか、
  そんな感じである。多分。

「おっ」と身を乗り出してしまうような面白みを感じる。
「コレをコレに乗せたら面白いんじゃないですかねえw?」
と、色んな人が言い出してるんじゃないだろうか。
それは
「今度出来たコレ……モノスゲエんだけど、何に使ったもんかねえ?」
というのとはちょっと違う。

「ファミコンでゲームを出せば、とにかく売れるぞ!」とか、
「プレステでゲームを出せば、とにかく以下略!」とか。
そういう「ほぼ確信に近い期待」をはらんだ、
前のめりのトキメキが、その界隈に充満しているように感じるのです。

自分がその面白さに、
ワケの分からないどこかに溶け込んだものとしてではなく、
ハッキリと形をとったものとして触れる日が近いのではないだろうか、と、
この粟立ちについて思っている。

その第一弾として期待していたのが『ポケモンコマスター』だったんだけども……
Androidというプラットフォームのマズさと、
『ポケモン』という入り口の狭さに阻まれてしまって、
あまりちゃんと、触れずにいる。

 ▼【公式】『ポケモンコマスター』紹介映像
 


Androidはともかく、『ポケモン』というフィルタを通さなくても、
もっとシンプルに、ノイズなく触れられる形でリリースし直されてくれたら嬉しいのだが。
出来れば、3DSかVitaあたりで。

いずれにしても、AIがそうやってどんどんと発達して、
とても人間には勝てないだろうと思われていたゲームで勝つようになり、
「AIは進化した! すごいだろう!」って言うケドも、
それは……ちょっとばかし違うのではなかろうか?

そもそも、SFに出てくるAIさんなんかはもうアレだ。
気短だよね。
すぐ怒る。
デ、すぐ人類を滅ぼそうとする。

 ▼FC版 メタルマックス ラスボス ノア戦
 
 じんるい……。 ちせいという ぶきを みにつけたあくまの サルよ! ほろびるが いい! (名ぜりふ)


心が狭い。人間が出来てない。AIだから当たり前だけど。
言い直そう。
RAM領域が狭い。AIが出来てない。
進化したAIが本当に優れた知性をもっているなら、

  「いやあ、はっはっは。まあ人類のすることですし!
   間違いは誰にでもありますから、気にしてませんよ!」


とか寛大に振る舞った挙げ句、見つかった問題点に対しても、

  「あー、いいッスいいッス。ボクやっときますんで。人類さん、疲れてるでしょ?
   帰って休んで下さいよ、月曜までにまとめときますから、また一緒に考えましょ!」


くらい言ってくるはずだ。優れている。
囲碁でだってそうでしょう。
生みの親の人間の立場を考えたら、遠慮なく打ちのめしたりしないはずだ。
真に発達した囲碁AIは、ちゃんと人類の面子に気を使ってワザと負けてくれるまである。

  「いやー……だめだ! 勝てねー! 人類強いわ!
   さすが、俺を産み出しただけある! あと100年は無理だなー! 勝てる気がしない。
   だってもう、人間とやってる気がしないもんw」



とか冗談交じりに、ギリギリ負ける力加減が出来る。

……なんていう、まあ落語みたいな冗談はともかく。
AIもやっぱり道具であって、人の使い方がこなれてきたのかな。
上で書いた『ポケモンコマスター』も、
AIに任せきるとか、AIと戦うとかでなくて、
「迷ったところでAIと協力する」という使い方がファンタスティックだ。
つって、AIはSFに出てきた頃から、敵じゃなければそういうサポート役とか、
お友だち的な位置づけの場合の方が多かったような印象があるが。
『ナイトライダー』のK.I.T.Tとか、
『Z.O.E』(急に新しいな)のADAとか。

 ▼ナイトライダー K.I.T.T自己紹介


 ▼【ZONE OF THE ENDERS HD】 ストーリーダイジェスト part 1 エイダ始動
 
  5分27秒あたりからエイダさんがしゃべる。

  たとえば、装備武器が選べるSTGなんかで、
  1回やられてステージアタマに戻されて、どの武器を選んで出ればいいか?
  ってときに、地形とか、出てくる敵の種類とかから
  学習してアドバイスをくれるAIとか。

  オイサンなんかは、そういうときどうしても
  「自分が扱いになれている、汎用的に有効な武器」しか選べない傾向があるから、
  「意外に使える武器」を提示してくれたりすると、目から鱗が落ちるし
  人間が少しずつ賢くなっていくと思うのよね。
  いや、ゲームの話ばっかだけど。

ヒトの心に必ずかかるバイアスを、矯正したり取り去ったり、
そういう手助けをして人をつらさから解放してくれたら……
いまは未知さとか何をするか分からない怖れが勝ってるAIだけども、
「信頼関係」が結ばれていくのではなかろうか。
なんでもかんでも、知らないうちに勝手にやってくれてしまうのではなく、
「こうしようと思うのだけど、どう思う?」という時に
「コレコレこういう理由でこの方がいいと思う」という選択肢を提示してくれる存在であれば。

マそういう意味でいうと、人工知能さんが、人工知性さんになってくれる日まで
上手にお付き合いを続けていけると良いのかも知れませんな。
はっはっは(何で笑ったの)。



……。



しかしさ。
自分たちで拵えたAIに対してでさえ、
「何が起こるか分からない! AIは危ない!!」
って今からビビってる人たちが多数おられるワケですけれども。

  それはそれで有益な意見なのだろうし、
  間違いなく先見的に正しい指摘でもあるに違いないし、
  どっかエラい先生もそう言ってたはずだけど。
  マそういう怖れが、SFや物語を越えて、リアルに身近に差し迫ってきているという状況は、
  ある意味では感慨深くもありますな。
  現実もとうとうココまで辿り着いたかーって思う。

  ……。

  ところで、日本人が過剰にAIに「な、なにをするか分からないいいいい!!」
  的な虞を抱いてしまうのって……
  出合い頭にザラキを連発してしまう、あの緑色のお方のAIのせいではなかろうか。
  いやそんなことはないな。すみませんただの冗談です。

けど、そんなことで、この先異星人なんかがやってきたりした日には……
大丈夫なんですかね? うまく話を進めていけるんだろうか、人類は。

あとどうでもいいけど、
今週の『くまみこwebラジオ 熊出村 村おこし放送』で。

「デジタル機器の扱いに不慣れな日岡さん(マチ役声優)に、
 デジタルな質問をして困らせる」というコーナーにて、
「iPhoneをBTスピーカーに繋げて、特定の曲をかけられたら合格」
っていうお題が出されたんだけど、
イキナリBT機能をONに出来ない日岡さんがSiriを立ち上げて


 「Siri、助けて! ブルートゥースw!」


と叫んだらあっさりONになる、という予想外の事態が起こっておもしろかった……。
ある意味、正しい今の人類の姿であるのかも知れぬ……。
Appleすごいぜ……。SiriはAIじゃないだろうけど。
確かに、使い慣れている人ほどSiriを介するという選択肢は出てこないかもしれない……。

 ▼熊出村 村おこし放送 (第11回)
 http://www.onsen.ag/program/kmmk/
 20分辺りから。金曜には更新されてしまうぞ。


 

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2016年4月21日 (木)

■ミラクルガールズフェスティバルおじさん、秦野を歩く。 -更新第1053回-

……っていう記事タイトルを打とうとしたら、
しょっぱなから「スクールガールズ」と打ってしまった。
こんばんは、ミラクルガールズフェスティバルおじさんのオイサンです。

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『スクールガールストライカーズ』
『スクールアイドルフェスティバル』もやったことねえよ!
しかし似たようなタイトルばっかりだな。
最近のゲーム屋は「スクール」か「ガール」がないとゲーム作れねえのか! ← お前が言うな。

『ミラクルスクールアイドルガールストラーカーズフェスティバル』作れば全部OKじゃね? ← 何がだ



■ミラクルガールズフェスティバルおじさん、秦野を征く。
そんなミラクルガールズフェスティバルおじさんであるオイサンが、
秦野は丹沢の山すそから、相模湾……西湘地区ってことになるんですかね、
その辺まで歩いてきました。大体、12㎞チョイの道のり。
勿論『ミラクルガールズフェスティバル』は何の関係もありません。

キッカケと目的は、
何か面白いものがないかなー? と、GoogleMapを眺めていたところ、
神奈川県の内陸部に、水辺に囲まれた「厳島神社」なるものが見つかったので、
それを見に行ってみようかと。


▼地図 


その辺りには、電車ではまったく近付けない。
山側を走る小田急線と、海側を走る東海道線のちょーーーど中間地点にあり、
どちらの最寄駅からでも6㎞くらいある。
二つの路線はバスで結ばれてはいるけれど、
時間にしばられてあくせくしたり無闇に待たされたりするのもイヤなので、
今回は全行程歩くことにした。

  当初は、小田急の秦野駅か東海道線の二宮駅から目的地へ向かい、
  折り返して元の駅に帰るつもりでいたのだが、
  歩き切ってしまっても距離的には同じことだと分かったので突っ切ってしまうことにした。

  尚、もう一つ似たような計画として
  「国府津から曽我丘陵を伝って不動山を上り、そのまま秦野まで歩く」
  というコースがある。
  距離は大して変わらないが山を登る分よりハードになるだろう。


静けさを求めて神奈川の田舎を歩いてみたつもりなのだけど……
どこへ行っても、道路や空が低くうなっている気がする。

たしかに田舎ではあったが……否、田舎というか、ただ「不便な土地」と言った方がいいだろうか。
厳島神社のある中井町あたりはちょっと素朴さはあったけど、
なんというか、ただただ、「都会から便利さを取り払った土地」という印象だった。
都会のデメリットだけが残ったところに田舎のデメリットがトッピングされたような……。

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「田舎だから素朴、素朴だからいい」みたいなコト言うとまた色々難が出てくるけども。
「田舎」と「不便な町」の境目がどこにあるかといえば、
その不便さを、人々がどのくらい地のものとして諦め受け容れているかどうか、
不便であることをどのくらいギリギリの意識の外に置けているかで分かたれる気がいたします。
素朴さとは、それが選択的であったにせよ、そうでなかったにせよ、
諦めを潔く受け容れた先に生まれるものである……ような気がいたしますです。

マともかくそんな目的で、神奈川の片田舎に静けさを求め、
あい間あい間、ちょこちょこ写真など撮りつつブラブラ歩いた。

途中、結構な数の寺社を見かけたのだけど、うち3つの神社でお祭りをやっていて、
最後にたどり着いた二宮の駅前でもやっていた。そういう時期なのだろうか。

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……ああそうだ、写真には残ってないけど、ヒトツ、面白い風景を目撃した。



お祭りをやっていた神社のウチの一つで、
境内の方では出店やらお囃子やらの準備が進められていたのだけど、
それを抜けて少し外れた裏手から車道の方へ出て行ったら……
黒塗りピカピカの外車のそばで、
絵にかいたようなチンピラシャツのお兄さんと、
豊満な体型のスキンヘッドの男性
お祭りに関係あるのか、無関係なのか……
金銭の授受をなすっておられるのが認められた。

別に疾しいモノだとは思いませんが……なんつーかこう、
祭りの陰で、あまりにベタなお二人とシチュエーションだったもんですから。
オイサン嬉しくなっちゃって、思わず
「疲れからか、追突してしまったんだろうかw!?」
とか思ってしまttおや誰か来たようだ。



■厳島湿性公園
ここはなかなか、不可思議な光景の場所だった。面白かった。
すり鉢状の窪地にあり、高い場所から見下ろすとちょっとした魔法陣みたいで、
その中心に神社がある、というのがまた何ともそそります。

  ▼厳島湿性公園
  https://www.town.nakai.kanagawa.jp/forms/info/info.aspx?info_id=3710


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神社を中心に池が配され、その周辺には芝生の広場。
普通の公園といえばそうだけど、ちょっと他に見覚えのない場所だった。
独特。
行ってみて良かった。面白かった。
夏にはホタルも飛ぶそうな。

目当ての厳島神社……厳島湿性公園以外では、特に面白い風景には行き当たらなかった。
丹沢の山と桜がキレイに見えたのと、
二宮の町に入ってから、川沿いに咲いていた桜がやはり美しかったくらいだ。
厳島神社を出てから海までは。葛川の小さな流れがずっと寄り添っていて
それが良いアクセントになってはいた。


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■そして海へ。
最終的にはJR東海道線の二宮駅まで歩いた。
昼ゴハンは、駅近くにあったお店で頂いたのだが、
「山小屋」なんていうパワフルげな店の名前(二宮駅自体は海沿いだが)だったので、
ゴハンもそれに見合ったパワフル系だと期待したが思ったよりも上品な感じでチョイ拍子抜けだった。
あとは、一応「山裾から海まで歩いた!」って言いたいがためだけに、
海の見えるところまでワザワザ行って写真撮ってきました。何をやってるんだ。

時間的には、ゴハンや休憩時間含めて4時間半程度。
歩いていたのは3時間半程度だと思われる。

うーん……近場で、静かで、手ごろにのんびりボンヤリできる場所が欲しいなあ。
屋外でひと気が無くて、広々したところ。
どーにかならぬものか。

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■ミラクルガールズフェスティバルおじさんの日常
せっかくだから『ミラクルガールズフェスティバル』の話もするか。
どうもこんばんは、ミラクルガールズフェスティバルおじさんです。
なんかずっと『ミラクルガールズフェスティバル』やってます。

 ▼ミラクルガールズフェスティバル のうりん! アニメ比較
 


説明しよう!
オイサンは、昼間はありふれたサラリーマンに身をやつして働いているが、
夜になると小田急ロマンスカーが放つロマンス力(ぢから)を吸収し、
ミラクルガールズフェスティバルおじさんへと、変身を完了するのだ!

  お前は知ってるよなあ……?
  箱根のロマンスカーには、ミラクルガールズフェスティバルおじさんが出る。
  なお、ときどき普通の急行や快速急行にも出る。

  ちなみに上で書いた秦野行きの帰り道、
  藤沢からの電車の中でやってたらとなりに座ってたお姉さんの視線が若干アツかった
  クックック、なんだいお嬢ちゃん、アンタも俺の指で踊らされたいのかい?
  だったらきなよ。アツい夜を過ごそうじゃないか。

  あと最近、電車乗りながらプレイしててチョーシいい時に目的の駅に着きそうになると、
  「誰か飛び込んで電車止めろ!! 早く!
            間に合わなくなっても知らんぞー!!」

  とか、
  「……マひと駅ふた駅乗り過ごすのは致し方ナシかな……」
  とか、考えてしまうのは良くないクセですか??



■進捗どうでしょう
ツアーモードは当然ごく普通に終わらせて
(マつってもごく普通に2周しただけで、高難度なコトは特にやってはおらず)、
それを終わらせてからは全楽曲のビンゴ(※)を埋めたカンジ。
いまは、FULLでない楽曲全部をHARDレベル・MIRACLE評価で終われるよう挑戦中です。

  ※各曲に設定された3×3=9個の特定の条件を満たしてマスを埋めていって、
   タテヨコナナメの列が埋まると、
   高難度で遊べるようになったり、その曲のFULLコーラスがプレイ出来るようになったりする。


ウーム。
始めた当初は、
「リズムゲーム苦手な自分は多分、NORMALレベルをやり切るだけで精いっぱいだろうなあ」
などと思っていたのだけど。
マやってみればHARDもそんなに大して難しいことではないな、と思えてきた。
最近ではむしろ、NORMALの方が譜面の密度が低くて叩いててあんまりキモチ良くないとか、
スカスカ過ぎて却ってリズム感を保てないとか感じている。



■好きな曲
このソフトを買った動機は、
『ごちうさ』曲が収録されていたからと、
『WakeUp,Girls』の存在があまりに面白かったから、
あとはオマケで『てさ部』がいたから、みたいなところがあったんだけど、
気が付けば、いま一番回数打ってるのは『未確認で進行形』の曲だし、
他にも完全にノーマークだった
『ビビオペ』の「Vivid Shining Sky」、
『きんモザ』の「Jumping」、
『のうりん』の「コードレス照れphone」
などを大喜びで打ってるオイサンです。

存在感薄いのは……『アルペジオ』、『GoGo575』かのう。個人的に。

肝心の『ごちうさ』の曲は、一時期興味がうすれていたのだけど、最近またちょっと波がぶり返してきている。
この辺の相性の良い曲は、FULLでもHARDをMIRACLE評価でクリアできるんじゃないか、
というところまで来ている。楽しい。

これをプレイして『未確認で進行形』のキャラクターや曲の良さを思い出して、
狙い澄ましたタイミングで発売されたBD-BOXは買ってしまったし
(放映中からクオリティの高いアニメだと思って気にしてはいた)、
上で書いたような、ノーチェックだった楽曲の存在にも気付けたしで、
出演作品にとってはなかなか存在意義の高いソフトになっているのではなかろうか。



■リズム感
そもそもリズムゲームに苦手意識があって、
NORMALレベルだけでも楽しく遊んで、カワイイPVが見られたらいい、くらいに思っていたのだけども
やはり上手になってくると、いくらか欲が出てくるもので。
マ欲というか、ただ「どうせ楽しいなら、上手になった方がいい」くらいのことですが。

自分で言うのもなんだけど、別にリズム感が悪いワケではないと思っている。
……多分、だけど。悪いのかもしれないけど。
そもそも、自分のことを「リズム感が良い」「悪い」と思ってる方々は、
いつどういうタイミングで自分のリズム感の良さ・悪さを認識しているのだろうか。
オイサンも、カラオケ屋さんとかで、
「自分の歌はもしかして歌詞表示よりも速いかも??」
とか不安になることは多いし、
過去、『ドリクラ』のリズムゲームでイマイチ判定がよろしくなくて好きになれなかったこともあった
(リズムゲームの苦手意識も、大体このときの経験から来ている)のだけど、
それでもなんとなく「自分のリズム感が悪い」と思ったことはなかった。

「いや思えよ!!」

って言われそうだけど……。
でも『ドリクラ』のリズムゲームやっててよろしくない判定が出ても、
「明らかにオレの押すタイミングの方がリズム的にセンスいいだろ!!」
って思ってましたね。何なんだお前。
どーなんだろ。
オイサン、リズム感悪いんだろうか。

何にしても『ミラクルガールズフェスティバル』、
多分リズムゲーム的に、ことさら良く出来てるわけでも、豪勢なわけでもないと思うのだけど
(収録作品数とか、キャラモデルの出来的には良いものだと思うよ)、
とにかくFULLコーラス曲で遊べば1プレイでボタンを500も600も打たないとならないワケで、
なんかそれが妙に気分良くてやってます。嬉しい。



■体のバロメータ
しかし面白いもので、
ここまで調子の良し悪しがプレイに影響するものかな、と思うくらい、
体の状態が如実にプレイに表れてくる。

カラダの具合が悪い時にいいプレイが出来ないなんてのは、マ当たり前っちゃ当たり前のことなんだけど、
日々の疲労程度のことでもここまで顕著に差が出るんだ! ……と自分で感心してしまうほど、
自覚以上に、肉体的コンディションの影響を受ける。
ウケル~。  ← 言ってみただけ

  ちなみに、ここでいう「肉体的コンディションが良い」とは、
  「体調が整っている」、
  もっと具体的に言えば「休息が十分で、疲れが少ないとき」です。

例えば……曲の体感速度からして違ってくる。
聞こえ方がアカラサマにゆっくりになるワケではないけど、
ひとつひとつの音(音符)の中にたくさんのアクセスポイントが見えるというか、
音符一個分の時間が刻まれて見える。

オイサン音楽的知識や素養はサッパリなんでアレですが、
何分の何拍子とかあるじゃないですか、
アレによって音符一個分の時間って決まってたと思うんですけど、
具合のいい時は音符一個一個の長さの「刻み」が分かる。

フツーの時は、音符の前半・後半(なんならもう音符一個は一個!くらい)にしか認識できないのだけど、
調子がいいと、音符の中に4つとか8つとか、区切りがたくさん認識できるようになる。
そうなると、相対的に感じ方として、曲がゆっくりになったように「感じる」。
聞こえ方は同じですよ?
音符のどの辺を狙って押せばいいか、吸い込まれるように押すことが出来るようになる。
押し損じたら「あ、音符1/4分早かった」とか、ワカル。

逆に調子が下がってくると、今度は明らかに曲が「早く」感じられ始める。
こちらはホントに早く聞こえるからフシギ。
夜11時を回るとこれまた顕著で、自分ではそんなに疲れていない、眠くもないと思ってても、
テキメンにダメになってくる。

如実に疲れてくる・眠くなってくるともうひどくって、
次に押すボタンが何か目で見て分かっているのに、違うボタンを押してしまったり、平気でする。
●だと分かってるのに、▲を押してたりする。
不思議だねえ……。
何をしなきゃいけないか分かっているのに、
体の中で何かの線が混線しているように、違うことをしてしまうんですよ。
恐ろしいですね。

自動車の運転なんかでよく
「疲れたと分かったら運転をやめて休憩を」
って言うケド、アレはホントだな、って思った。
「分かってても操作を間違える」わけですからね。
テレビのニュースなんかでも、しょっちゅう老人の乗ったプリウスが、
ブレーキをアクセルを踏み間違えてコンビニに突っ込んでますけれども、プリウスが。
ええ、プリウスが、ですよ。
あれもきっと、こういうことの延長なんだと思います。プリウスとはいえ。
はあ、プリウス

そんなんで、『ミラクルガールズフェスティバル』をやりながら、
嗚呼これがゲームで、『ミラクルガールズフェスティバル』で良かった、
プリウスじゃなくて良かった、
コレがプリウスだったら、と思うとゾッとするわけです。

『ミラクルガールズフェスティバル』で良かった……。
イヤ良かあねえよ。
こっちだって一生懸命、FULLコンボ目指してやってんだよ。

「自分がどのくらい疲れている」とか、
「まだまだ大丈夫」とかいう自覚なんていい加減なもんなんだなあ、
事故なんて大概こんなときにおこるんだろうなあ、
などとヒシヒシと感じてしまうアラフォーであった。

睡眠をしっかりとった日のジョギング後なんかは、めっちょ調子がいい。
アドレナリンだかなんかが出てるんでしょう、いくらでも目も耳も判断もついてくる。
なんなら、分かってなくても必要なように押すことも出来る。
「調子がいい」っていうのは偉大なことだな、と思う。


その昔オイサンは、その日一日の調子を『F-ZERO』のMUTECITY-Ⅰのタイムとか、
『リッジレーサーRevolution』の中級コースのタイムで測ったりしていた時期があったワケですが、
今はそれが『ミラクルガールズフェスティバル』で測られている感じ。

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ミラクルまつり。



■そんな素敵な『ミラクルガールズフェスティバル』への要望
このゲームの各キャラクターの3Dモデルの出来は素晴らしく、
それだけでも見てて飽きないんだけど
(特に『のうりん!』のソロ曲での草壁さんのパフォーマンスは圧巻)
ビジュアルが、3Dモデルによるダンスばかりじゃなく、
作品本編のダイジェストPVみたいなものとか、
なんなら新作アニメPVが入っててくれたりすると嬉しかった。

モデルの良さとか再現度(作中でダンスシーンがあるものなんかはその再現度も)の高さは
素晴らしくいいんだけど……
ちょっとね、出てくるのが制服の女子ばっかりで、悪いコトしてるような気分になるときがある。
女子高とか女子中の文化祭と言うか、お遊戯会を覗き見してるよーな背徳感に苛まれるときが、たまにあるよ。

完全に考え過ぎ……なのかと言われれば、そうでもないのだと思う。

制作者のインタビューでも触れられていたのだが、
「ダンスの振り付けやモーションを、プロっぽくキレキレにならないように、
 ワザとちょっと簡単に、ちょっとたどたどしく」
味付けをしてあるのだという。
というのも、ゲームの設定が
「作品世界で歌やダンスのプロではない、フツーの女の子であるヒロインたちが、
 その素の姿のままステージに上がっている」
というものなので、キレキレ過ぎるのはおかしいだろう、という演出意図からのこだわりなのだそうな
(多分、『WakeUp,Girls』や『のうりん!』の子は除くと思われる)。

その、拙さの部分がその、より「お遊戯会の覗き見」感を高めていて……
ざ、罪悪感がある……。
あのね、ダンスがたどたどしいならカメラワークでフォローすればいいのに、
なぜかカメラワークまで素人くさかったりするのよ。

まあその背徳感・罪悪感はゴホウビみたいなモンなんでいいんですけども。



■次回作で入って欲しい作品
しかしこのゲーム、謎なのはどういう基準で収録作品を選んでいるか、ということなのだけれども。
ともかく、もしも次回作があるなら


『これはゾンビですか?』『のんのんびより』『ゆゆ式』
『少年ハリウッド』『ヤマノススメ』『戦国コレクション』


あたりを是非収録して欲しい……と書いて、ちょっとピンと来た。

そうか、主題歌とか収録曲を「作品のキャラクターが歌っている」ことがまず第一なのではなかろうかな。
確かに、上で書いた中では『これゾン』『のんのんびより』(OP)は、
キャラクターは歌ってないもんな。
なるほど。
てか『少年ハリウッド』は客層が違いすぎるかもしれないけど。好きなんだよ。



……マそんなんでね。



好きになると長いオイサンですので、まだもうしばらく、この奇跡の少女祭りに浸りつつ、
夜の小田急を彩るあだ花でいようと思います。
見かけたら声をかけて下さい。
「ゲームしてんの見て分かんだろ!! 邪魔すんじゃねえ!!」
ってキレますから(理不尽)。

皆さんも疲れたら無理をせず、一息ついてから行動に移した方が
良い結果が得られると思いますよ。
あとプリウスを見たら車間距離を取った方がよいと思います。


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「まあ落ち着け、座れよ」


ミラクルガールズフェスティバルおじさんでした。


 

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2015年12月20日 (日)

■人生が変わる。64が変える。~デジタルのうたが変える人生の話~ -更新第1026回-

ちょっと前、Twitetrにて、
とあるフォロワーさんのフォロワーさんがどこかのエラい人に

「映画には人間の人生を左右する力があるが、ゲームにはそこまでの力はない」

と言われて悔しい思いをし、誰かの人生を動かせるくらいのゲームを作ろうと思ってその道に入った、
という旨のつぶやきをされていた。

フォロワーさんのフォロワーさんも、フォロワーさんもゲームが好きな方で
そのエラい人の言説には反対らしく、そんなことはない! と吼えておられ、
ただフォロワーさんの方はそういう

「人生を変えられる・人生の大事なことを学ばされるようなゲーム体験」

をされたことがない、ということで、若干の戸惑いを覚えてはおられたようだ。



■ここで取り沙汰されていた「ゲーム」が
ボードやカード、TRPGなどのアナログゲームなのか、
ビデオゲームなのか、それとももっと広義のゲームなのか厳密には分からないけれど、
言われようから判断してここではビデオゲーム・テレビゲーム・電子ゲーム、
特に家庭用ゲームのコトだとする。

オイサンもテレビゲーム大好きっ子でゲームには様々な影響を受けてきた方だから、
ていうかむしろゲームにしか影響らしい影響を受けてこなかった人だから、
エラい人の言ったことにはイヤイヤイヤ、ンなことないでしょ、と言いたい方だけど、
こと「人生が変わる」ということに関しては
何が原因だってコロッと起こるもんだと思っている。

それは、ことがゲームだからっていう話でもない。
どんなモンを見聞きしたって、人間の考え方とか、その「人生」ってやつだって何ぼでも変わるでしょ、
というのがオイサンの考え方。

ゲームに限定したって、それが『ドラクエ』だろうが『FF』だろうが
『カラテカ』だろうが『スペランカー』だろうが『スターソルジャー』だろうが
『スーパーモンキー大冒険』だろうが『東方見聞録』だろうが、
8bitだろうが16bitだろうが32bitだろうが、
32bitCPUを二つくっつけて「64bit級!!」って言い張ろうが、
任天堂だろうがセガだろうがSONYだろうがNECインターチャネルだろうが
松下だろうがプレイディアだろうがピピンだろうが、
……いやスマン、プレイディアとピピンはダメだな、
見る人が、見るタイミングで見れば、簡単に変わりますよ、そんなもん。

  『スペースインベーダー』を見ても変わらない人が『CoD』を見れば変わるかもしれないし、
  逆で、『スペースインベーダー』でないと衝撃のない人もあるでしょう。

音楽でも、本でも、ただの景色でも、海でも山でも船でも飛行機でも
虫でも猫でもタバスコでも、生き様でも死体でも、なんだってそうです。
何を見たって、それを見て感じ入る下地のある人間が見れば、変わる。
人の思いや考え方を変える原因として、モノは問われるもんじゃないと思う。

  ただし、全ての人が、どんなタイミングで見ても変わるなんていう奇跡はありません。
  見るべき人が、見るべきタイミングで出会うことが絶対条件で。
  180°だろうが1080°だろうが、コロッと一瞬で変わったって不思議はない。



■またそういう考え方とは別に
「それらの面白さに魅せられて」だとか「それらの技術に衝撃を受けて」でも、
「その道に進んで将来食っていこう!」と考えること自体が
「人生を変える」ことに他ならないし(ていうかそれ以上に顕著な例もあんまりないよね)、
そう考えるのであれば、
「産業」として成立している時点でその事物には人生を変える力が
すでに社会的に、客観的に成立している、と言えるだろうと思う。

ただ、そのエラい人の発言は、「ゲームと映画を力強く比較している」という点から考えて、
32bit機登場前後の話なのではないか? とオイサンは推測しますが、
それ以前の家庭用16bitマシンの……スーパーファミコン、メガドライブの……頃までは、
他のメーカーさんはともかく当時の業界の盟主的存在であった任天堂のトップは、
「所詮はオモチャの一品種、いつ業界がなくなっても不思議はない」
と考えていたといいますから、
もしかするとその時点では「まだ業界・産業として確立はされていない」、
つまり「それを職業として選ぶ人生の変わり方」は、なかったと言える……
かもしれない。

無論、それを求めてゲーム会社に入った人はいたのでしょうけれども。
その頃から既に、名の知れた人たちはたくさんいましたしね。
というか、ちょっと前まで名の知れた人たちというのは
そのころ以前にゲームメーカーに入った人たちばかりだった。

あと、人生の変わり方にも色々あって
上で書いたみたいな「職業として選ぶ」ような意味もあるし、
ゲームのせいで人生踏み外しました、身を持ち崩して今壁の中にいます、みたいなことだって、
「人生が変わった」と言えるでしょう。

たぶん、きっかけになったエラい人の言う「映画で人生が変わる人」の中にも、
そういう変わり方をした人だっていっぱいいるんじゃないでしょうかね。
映画を見てその気になってヤッチャッタとか、
映画業界入ったけど食ってけなくてヤラカシチャッタとか。



■とはいえ、素直にとらえるならば
そのエラい人の言う「人生を変える・学ぶ」っていうのは、
言い方から推測するに、
何かもっと、文化的に人間の心情的な根幹をなすことに関わる考えの作り方
(簡単に「考え方」ということも出来るのだけど、それだと少しニュアンスが異なる)
のことを言ってるのだろう。

たとえば生だとか、死だとか、愛とか。
家族 / 親子 / 兄弟 / 夫婦、戦争 / 平和、罪 / 徳 / 聖 / 俗、お金、
男 / 女 / それ以外の性 / 恋、思春期 / 成熟 / 老い、スポーツ / 宗教 / 文化、
国 / 国家 / 祖国 / 愛国
……ざっと思いついたところで、そんなこと。

その偉い人の言い方に照らせば、
「古くから映画がテーマにしてきたような、様々な人の営みに関する考え方と振る舞い方」
といえるだろうか。

そういう複雑怪奇なことがらについて、
それまでの考えを覆されたり、問い直させられたり、或いは全くなかった視点を与えられたりして、
世の中の見え方が変わるであったり、
より具体的に自分を取り巻く現象をとらえられるようになったりするということを、
「人生が変わる」ということだと考えましょう。

且つ「変わる・変える」というニュアンスから、
「ある程度、その人の人生・人生観が形成されたあとの段階で作用する」
ということも重要ではありましょう。

  ところで、それとは別に思うのが、
  映画をよく見てそこから何かを得た人たちがよく
  「映画から人生の全てを学んだ」みたいな言い方をなさるのは、
  多分その世代に「そういう言い方が流行った」ということがあるんだろうな、
  と思ったりはする。
  今だと、多様化・細分化が進んじゃって、
  迂闊に「人生のすべて」なんて言葉は使えず、使うほど胡散臭い目で見られる世代なので、
  若い人は使わず、「自分はこう思う」という言い方になっていくのだろうと思う。
  個が発信できる時代になってしまって、すぐに
  「自分はそうではない」っていう話が、微に入り細に入り出てきてしまいますからね。
  その辺、今はちょっとメンドクサイ。
  幹の部分の強さが形成されがたい時代ではあると思う。
  その表現の力の強さというのは、あくまでも時代的なものだろう。
  今言われる「人生のすべて」と、その時代に言われた「人生のすべて」は違うものだ。
  同じだとしても、「その人を構成する人生のすべて」ということでしょうね。
  「人の生とは須くこうあるべきだ」と語れる時代がかつてあった、
  ということです。

まあ、なんでしょうか、
そうした「人間が生きていく上で切り離せないものごと」の中には、
比較的変化のゆるやかな、見かけ上変わらないものも多々あるので、
そうしたものごとに関して鋭く切り込んで描いた作品の中には
普遍的な(少なくとも描かれた時代と現代とで変わらない)要素であり、
真理が描かれているものがある、ということは言えましょう。

それら普遍的な要素について、多くの映画から網羅する形で学び取り、思考が形成された、
ということはあっても不思議はないと思う。

そういう風に思うなら、
確かに現代のゲームは表現力が上がっているとはいえ、
それら普遍的要素についてすべて、
それぞれ何かのタイトルで一度でもテーマとして取り込んでいるだろうか? と問われると……
映画と比べたら、ラインナップは貧弱であるかもしれない。

ちゃんと拾い集めたわけではないから正確なところは分からないけれど、
ビデオゲームが基本的に「遊びであること」や「インタラクティブであること」、
はたまた「商業ベースであること」など、
場合によっては広がりや深みの助けになる要素が表現の上で縛りになってしまって、
描けていない・描くことが難しく(遊びと結び付け難い・単方向的でないと伝えにくい・売れない)、
取り込めていないテーマは残されている……かも知れない。

そう考えれば、
「人生を変える」という分野での総合力というか、広範囲性・網羅性において、
ビデオゲームが映画に一歩譲る、という言い方は妥当であるかもしれない。
その分、一点突破の集中性や、一度食らってしまったら二度と抜け出せない根の深さにおいては
勝るとも劣らない、とは……個人的な感想だが、思うけれど。

マきんたまの一つも握りつぶされれば世界の見え方なんて全面的に変わっちゃいますから、
全部の要素を持っている必要もないと思いますからね。
あ、きんたま無い系の人たちをハブる意図はないですよ。



■16bit機以前の世界では
ゲームの世界は人の想像力・妄想力を駆り立てるチカラをより強く持っていたと、
オイサンは思います。

人の心の、「隙間を埋めたい・埋められるんじゃないか?」とその気にさせる点において
8bit・16bitマシンが打ち込んでいく「点」の情報は絶妙な隙間を持っていて、
二つの点の間を線で結ばずにはいられない、そんな魅力を持っていた。

その隙間から湧き出し、読み取ることのできる「夢」は、
人間の人生を変えるのなんかワケもないくらい強い衝動を持っていた。
線や面を描けなかったことが、昔のテレビゲームに力を与えていたのではないか。

絶妙に打たれた二つの点の隙間を自分の心で結んで埋めていくのだから、
そこには主体性が生まれるし、出来上がったものは自分だけのものになるし、
それの結線や埋め込みが「成立する」ということは、大きな承認と成功体験を得るのと同じだ。
ゲームの包容力は底知れなかった。

またそれは同時に、深く深く自分の中へ入り込む作業でもあるので、
やっている最中は案外……自分の何が正しく、何が間違っているのかを
延々問うているような作業でもあって、
正否を認識しつつ、取捨するか、断罪するか容認するかは別問題なのだけど、
知る作業としては結構な力を持っていたと感じる。

32bit機以降、ゲームはより直接的な表現力をもつようになり、
人の妄想力を借りた形ではなく、
直接的な表現力で、映画にも負けない力を持つようになった。

  ちなみに、16bit機以前に、直接的な表現力で映画にも対抗しようとし、
  それをかなりなレベルで実現していた最右翼が『ファイナルファンタジー』あたりだと、
  オイサンは思います。

それは語り手の意図をより鮮明に表現・伝達出来るようになった、ということで……
受け手からしてみれば、情報はより限定的になり、自由度は下がってしまったとも言えて、
受動的に受け取る「人生の衝撃」は大きくなったけれども、
自発的に掘り起こす「静かな衝撃」は、随分減衰してしまったんじゃないかな、とは思う。

それでも、ゲームの持つ
「土台の欠落を自分の持ちモノ(思惟ややり方)で埋めていく」という要素は、
いくらか具体性を帯びてしまって嘗てのものほどの懐の広さ深さはなくなったけれども、
「プレイして初めて完成する」というゲームの特質上無くなりはせず、
テーマがある程度物理的に力を発する空間世界で、
問いかけをどのように受け止め、処理し、振る舞うかということでプレイヤーに委ねられるわけで、
限定的に、より濃密な問われ方をしているのではなかろうか。

作者がより雄弁になってしまって自由度が下がり、
選択的であることが増えたのは皮肉なことで、
作者とプレイヤーどっちが主役かわからなくなることもままある。

そういう風に限定的になるとまた、
「テーマのラインナップ」が重要性を増してくるワケで、
そこが貧弱になりつつある? 今の状況はちょっと残念ではある。



■ちょっととっ散らかっちゃったけど
ゲームに、誰か個人の生き方・考え方・在りようを変えさせる力があるかどうか?
ということについては、全方位的でこそないにせよ十分にあると思うし
(ていうかここを見に来るような御仁は皆さん絶対あると思ってる系男子だと思うけど)、
適正のある人に対するピンポイントのパンチ力は、
他のメディアと比べても群を抜いているというのが、自分の感触です。

自分の例で言うなら、……PS2の『北へ。』が最も大きかったと思う。
ゲームと書き物一辺倒で家から出なかった自分をいきなり旅の世界に連れ出したゲームでした。

他にも心に残るゲームや、考え方・世界の見え方……人生「観」を左右させたゲームはそれこそ数知れず、
『ときメモ』とか『俺屍』『ロマサガ』『マリオ』などなど、枚挙にいとまがありませんが、
どれも「ゲームが自分の軸にあること」を前提にした変化にとどまっており、
暮らしの軸にあったゲームをサブに押しやってしまった、
軸ごとずらせてしまったという意味で、
『北へ。』は自分の中のマキシマムインパクトだった。

  ……と、言い切ってしまうのは、
  感じた衝撃は『ときメモ』の方が大きかったから自分でも少し意外だし、
  ちょっとかなしいんだけど。

無論、体重を50㎏も減らし、
「カラダのつくり」そもそもを変えてくれた『アマガミ』は言わずもがな。
『アマガミ』『北へ。』がマキシマムで、他のゲームたちはその屋台骨を作ってくれた、
そんな感じだろうか。



■題名のない音楽会でゲーム音楽
余談。
先日の『題名のない音楽会』、
植松『ファイナルファンタジー』伸夫さんが出るのをすっかり忘れてて、
ほとんど見られませんでした。

最後の『ゼルダ』だけ聴いた。

バイオリニストの方が「僕の大好きな曲」と言って演奏されてましたけど、
思えば、ああそれがもう当たり前だよな、と思って聴いていた。

だってもう今のお子たち……否、
イマイマならずともオイサンより10年も下のお子たちの家にはきっと、
生まれたときからデジタルゲームがあって、
物心つく頃にはいじっているにちがいないのだもの。

一番初めに、意識的に聴く音楽がゲームの物であっても、なんら不思議はない。

  テレビの番組とかドラマとか映画とかよりも、
  ゲームの音楽って自分のやることに共鳴して鳴るから、
  すなわち自分でコントロール出来てしまうから、
  余計に意識的に聴いてしまうと思うんですよね。
  ゲーム好きのオイサンのひいき目ですけども。

そんな人たちが、例えば大きくなって今クラシックの第一人者になったとして、
そんな彼らがゲーム音楽に偏見をもつか、
くだらない、俗なオモチャの付属物だと下に見るかといったら、
マそういう人もいるかもしれませんけど、
大半の方は、そうではないんじゃないでしょうかね。

かのバイオリニストさんは、
別にゲーム音楽に魅せられて音楽家になったわけではないと思うけれども、
線であり、面であり、立体である音楽に触れ、作り出すことのできる御仁の心にも、
「素晴らしいもの」として「点」の音楽が根ざしていることに、
今回の話のヒントがちょっとあるんじゃないかなー、などと思うオイサンです。



……。



『ゼビウス』は、
敵の出現テーブルがランダムに、あるいはプレイヤーの行動によって変化するゲームだけれども、
なぜかある場面で必ず、一機だけで画面に現れ、一発だけ弾を撃って去っていくタルケンがいる。
彼の出現は固定されている。
タルケンには、有人機である、という設定が与えられている。
あのタルケンのパイロットはなぜ一機で来るのか、
なぜあのタイミングなのか、
あの一発には、何か意味があるのか……。

そんな妄想に、作者に表現の明確な意思があったとは敢えて思わないけれど、
そこに思いを馳せることが出来れば……
また、見え方の変わる世界も、きっとあるんじゃないでしょうか。


▼ゼビウス 1~7面プレイ




オイサンでした。
 
 
 

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2015年11月 8日 (日)

■ご注文はiPodですか?~ウォークマン買い替えと、年末のモノ入りゲームラッシュの段~ -更新第1017回-

Wake Up, Girls!

……イヤ失礼。
今朝がた、眠りすぎてしまったものでね。

半年分くらい笑ったなあ、と思った日の夜、
モーレツな疲労に見舞われてがっつり寝てしまった……
笑うのにも体力がいるのだな。あそこまでガックリ来るとは思わなんだ。

マ笑っただけでなくてのーみそも使ったし、
いろんな内臓がいつもの数倍の速度と密度で稼働していろんな分泌物を
出したりしまったりしてたような気がする。
体内全身大忙し。

ハラショーだったぜスパシーボ。

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ピロシキ。


今日は

 ・ウォークマンがイカれたのでA20に買い替えた、その使用感のハナシ
 ・ローソンのコラボキャンペーンで『ごちうさ』のあれやこれにやられるハナシ
 ・これから年末にかけて出る、チョイ気になっているゲームのハナシ
   ~ガールフレンド(仮)
    ~ブレードアークスfromシャイニング
     ~干物妹育成計画
      ~ミラクルガールズフェスティバル


の3本です。


■歩く人、ヒザがイカれるの巻

ウォークマンの、NW-S760さんがイカれました。
オイサンです。

このウォークマンがうちにいらしてからどのくらい経っていたのか……
ブログを検索してみたら、2011年の12月頃、購入していたらしい。
約、丸4年。ソニーさんは相変わらずです。

  ▼好きです、白い歯。BLUETOOTH。 -更新第733回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/bluetooth-733--.html

  しかし、RX1さんも5年でポックリいったりしないだろうね。
  20万の品が5年では、ちょっと厳しいものがあるぞ。
  ドキドキする。閑話休題。

たまにはウォークマン以外を使ってみようかと検討してみましたが、
となると選択肢はほぼおリンゴマークの白いヤツしかなく、
そうなると……操作がタッチパネルになってしまうのですね。

……いやじゃー。
オイサンはボタンをぽちぽちしたいんじゃー。
ケータイもBlackBerryさん使っとるくらいなんじゃー。
……というわけで、ほとんど自動的にウォークマンさんに決定。
いっちゃSONY.

  ……うーん。
  昔は東芝さんのGigabeatとか、パナとかケンウッドとかもあって、
  国内メーカーでも色々と選択肢があったもんじゃがのう……。
  アップルさんが全部、台無しにしてしもうた……。
  今のコたちは、そんな選択肢もなくって、ちょっと気の毒じゃのう、
  というのは年寄りの勝手な物言いで、
  「勝手に憐れむんじゃねえよ!」
  って怒られそうですね。すみません。
  でも、あの色んな性能とかフォルムとかデザインとかの中から、
  あーでもない、こーでもない、
  お前のかっこいいなでも俺のはもっとカッコイイ! 
  みたいな話をするのがなかなか楽しかったんスよ。
  ね。
  マ、老い先短い初老の戯言ですじゃ、聞き流してくだされい……ウッ! ごふごふ!!
  おじいちゃん、大丈夫!?

そこまで絞ってしまえばあとはもう、ソニーさんの中のラインナップの中での選択。
デ買ってきたのがNW-A25の黄色いヤツ。

Adsc07654

いかがです。
かっこいいでしょう? そうでもないですか? そうでもないですよね。
オイサンもそう思います(オイ

マ使い始めてまだ間がありませんが、チョイチョイ気が付いた点について
レビューしてまいりましょうかね。





■性能うんぬん言う前に

しかしワタクシ、専用機を持たなければならないくらいお外で音楽を聴くかと言われたら、
そうまでさいさい聴くわけではナイんですけどね。

音源も、最近では毎クールで気に入ったアニメの主題歌やら関連楽曲を買うくらいで、
一次気は追いかけて買っていたpillowsやつじあやのやらのCDを買ったりするようなことも、
最近ではめっきり減りました。いけませんね。
ゲームのサントラも……そもそも、あんまりゲームをやらなくなってしまって買ってないなあ。

  大体ゲームの音楽って、もう特殊なものではなくなっている。
  昔はハード的な制約があって8bitのコンピュータサウンドとかは、
  それ以外のシーンで聴くことがないような超特殊な部類の物だったけれど、
  最近は普通に生録音のものとかもありますから。
  あれを愛して今でも8bitライクなものを作り続けている方もおられますが、
  オイサンなんかはあの音楽を、特殊なシーンに(つまり各ゲームの場面場面に)紐づけて記憶している、
  というか、画面を見つめながらその音楽を聴き続けるわけだから意識しなくても
  しみこんでしまっていて、
  その体験と音楽が一緒になってしまいこまれていることが大事なワケで、
  音楽だけ8bitっぽく出されても、オイサン個人的にはそんなに嬉しい話でもない……かもしれませんな。

昔はワリとひっきりなしに聴いていたように思うが、
年のせいか、はたまた普段の暮らしの場が騒音でいっぱいだからなのか
あまり長い時間、閉塞した音の中に閉じこもっているとものすごくくたびれるようになってしまった。
オシゴトがあまりにもきつかった時期、
どこにいても、些細な音でも気になるようになってしまって、やかましい、
ああこの町はやかましいと感じられてしまい、
その時を境にますます、ポータブル機器を使ってまで外で音楽を聴こうと思うことは
随分減ってしまった。
ただ静寂だけが欲しかった時期。最近は少しずつ戻ってきているのだが。

そんな程度しか音楽に親しまないオイサンが、
新たにいちいち専用機を買う必要があるのかどうか……
マいざ「なくなる」となって、あって欲しいかいっそいらないかを考えた結果、
とにかく「聴きたいときにないと寂しい」という結論に至ったので買うことにしたのだけども。

無いなら無いで、そういう暮らしに馴染んでいってしまいそうな気もする。

30代~40代男性だと、ポータブルメディアプレイヤーを持ってるマンと持ってないマン、
どっちが多いんだろうなあ。
最近は「専用機はないけどiPhoneで済ませている」って層も多いんだろうなあ。
音楽ファイルを積極的に持ち歩いて頻繁に聴いてる層、とすれば良いのだろうか。

しかしそれはそれで、
「iPhoneで聴けるから、そんなには聴きたいと思わないけど、
 ついでで聴けるようにしている」
みたいなんが大量にカウントされそうだ。
要はライフスタイルや積極性というところが境目になるのだろうけども。

  それを思うと、写真も音楽も「iPhoneのついで」で終わらせてしまうiPhoneは
  文化の頒布の仕手であると同時に破壊者でもあるのかも知れぬのう、
  なんて話は、もう識者たちはとっくにしているコトなのであろう。
  マ陳腐化なんかいつもそんな風に起こって収まっていくのだろうけど。

懐かしの余暇・娯楽白書とかでも見れば、そんな統計データが載っているのだろうが。
  いや懐かしいな。
  卒論書くときにやたらお世話になったな。レジャー白書だったかな。

しかしどうなんだ……そうなると……
オイサンも、もしiPhoneを持ってたらそれで済ませてるのかなあ。
電池切れを嫌って、やはり専用に音楽再生機を持つだろうかなあ。
出会うタイミングにもよるだろう。
20代から30代前半くらいまでに出会っていたら、
「いややっぱり音楽は、いくらかでも音質を気にしないと!」
くらいの気概を保っていそうだから、分からないなりにも専用機を求めそうだけど、
30代後半に出会っていたら
「おお、なんかもうめんどくさいからこれで十分か」
くらいに落ち着いてしまいそうだ。
こだわることには、知識も何より、体力がいるからのう……。

しかし音楽や歌は、大事なインスピレーションの、重要な得どころだからな。


とまあ、こういう節目節目で、身の回り、持ち物についてチョイチョイ考え直していかないと
漫然と流れていってしまいますんでね。
ややこしいことも、一応考えてみるわけですよ。
今回は結局またウォークマンを買いましたよ、ってことで。

では肝心の、新しいウォークマンA25さんの使い心地を書いていきましょうかね。


◆デザイン
そんなもんは好きずきだ!
……ではハナシにならんので機能的な面から言うと、
S760に比べるといくらか厚みが増し、表面にざらつきが施されているので、
落っことしたりはし辛くなっていると思う。
……が、縦に長くなった分、スルっと抜け落ちそうな怖さがあって
プラマイゼロな感じ。いやん。

この面長な感じを
「シャープでカッコ良い」とみるか、「のっぺりして野暮ったい」と感じるかは個人の好みかと。
オイサンは……ちょっと、細長すぎるかな、と感じる。ギリギリ、ほんとギリギリアウト

あと、これはどちらかといえばUIの項目だけど、
縦長になって十字キーとHOME・OPTIONボタンが遠くなってしまったのがチョイいただけない。

全体的にちょっとカクカクし過ぎな気もする。
角はとっても良かったんじゃないかしら。
ハイファイ生ポリゴン!

▼ハイファイ生ポリゴン格ゲー




◆操作性・UI

▼えー、まずは、キーが総じて押し辛いです。
十字キーがひし形をしていて、かつ凹凸もあんまりないので、
手触りではどこ押したもんか判断し辛いし、固くて押しにくい。
オサレなのは結構ですが、使い勝手はイマイチ。

上でも書いたけど、BACK/HOMEキーとOPTIONキーが十字キーから遠くなった。
いずれにしても、全体的に直感的にいじることは出来ず、
何かしようとするたびに「ウッ」と思って
本体を目で見ながらの操作になってしまいますね。
ウーン。イマイチ。

▼Holdスイッチは分かりやすく、かつちょっと固めで、誤操作はなくなった。
けど、細長いボディの下の方に位置しているので操作するときに指に力が入り辛く、
スムーズには操作できない。
こういうスイッチは
「固くて勝手にはまず動かないけど、意図して操作するときには指に力が入りやすくて スムーズに動かせる」のが理想ですよな。
マあくまで理想だけど。

▼イコライザの調整は細かくできるようになりました。
S760では、ダイナミックバスが0~+3まで、各周波数の調整が±3だったのが、
A25ではダイナミックバスが0~+10まで、周波数は±10になった。
細やかなチューニングが可能。これは有難い人には有難かろう。
さわれる周波数の種類・数は同じ。

ただし、イコライザ画面を出すのに、
メニューを2階層潜らないといけないのはちょっと面倒くさい。
S760さんでは、OPTIONメニュー直下にあったので改悪だと思う。
オイサンは挿すヘッドホンによってカスタム1かカスタム2かを切り替えるので、
ワリと頻繁にいじるのです。

▼オイサン必須のブックマーク機能。
「ブックマーク」なんて名前がついてますけども、「本体で編集できるプレイリスト」です。
これが5つ作れて、1つに対して100曲まで登録できる。
この機能がオイサンにとっては超大事。
聴きたい曲だけチョチョイとつまんでポポイと放り込んで、
その日の気分に合わせたプレイリストを拵えられるのは大事、大事です。
マ1リスト100曲もいらんやん? とは思うけど多い分には文句はない。
これはS760さんから変わらず。
もしこの機能が削られていたら、たぶん他の機体を探していた。
そのくらい大事。

▼リクエストとしては……S760 時代からの希望なのだが。
1ボタンで音楽再生画面まで一気に戻れる操作が欲しい。
一度ほかの操作画面に移ってからまた再生画面に戻るの、結構手間なんですよね。

イマんとこ気付いたのってそのくらいかなあ。
いずれにしても、全体的にキー配置がどれも微妙で、
「この操作をbestにするためにこっちの操作は微妙になってます」
っていう感じですらないのが残念だ。
どこか、重点を置いた操作くらいは快適であってほしかった。


◆音質

さあ、お待ちかねの音質のレビューです!
そんなもん好み人それぞれだから勝手に聞いて判断しろ(らんぼう)!!

ノイズキャンセルにもハイレゾにも対応した機体だけど、
ノイズキャンセルヘッドホンもハイレゾ楽曲データも持ってないから関係ないし、
ノイズキャンセルして聴こうとは思わない、
むしろ外の音が入ってくるくらいでないと不安になるし聴き疲れしちゃうタチだし、
ハイレゾを聴き分ける自信もない(ためしたことはないけど)ので、
特に関係がない!!

S760と同じくらいの感じで普通に聴けてると思います!
特に良くも悪くもなってないと思います、たぶん!
以上!
SONYウォークマンNW-A25のレビューでした!

ちゃお!


……あーそうだ、もとのS760さんが、てっきり16GB品だと思いこんで
新しいのも16GB版で買ったんだけど、
実はS760さんが32GB版でびっくりしました。
データ溢れちゃった。
だもんで、A25さんがmicroSDに対応しててくれて助かりました!!
いやー危なかったw
そこは嬉しかったかな。
願わくば、1ランク下のSシリーズが4GB・8GBだけじゃなくて16GB・32GBまであって、
かつmicroSD拡張に対応しててくれたらそれが一番よかったんだけど。
そしたらこっち(Aシリーズ)じゃなくてS買ってたよ。
SD拡張が出来るんだったら8GBでも良かったけどね。
マそこはたぶん、「これで十分」という判断ではなく、
「その容量を求めるお客さんには上のクラスを買ってもらって、
 『せっかくだからついでに』需要で、ハイレゾ商売・ノイズキャンセル商売にも付き合ってもらおう」
っていうハラなのでしょう。
仕方がない。



■ローソンにまんまとやられる

『ごちうさ』のミニタペストリーとクリアファイル欲しさに、
飲みもしないリゲインを3本とそんなに食べもしないのど飴やらチョコやら
わっさと買い込まされてしまった四十路?

はっはっは、そんな馬鹿な四十歳がいるわけn俺だーーーーーッ!!

某日、研修先へ向かう朝の電車の中でツイッターのタイムラインに
「ローソンのコラボが……」
というつぶやきを見つけて、また何かやってんのかなと思っていたら、
『ごちうさ』の何かしらが貰えるハナシらしく、
ああそうなんですね、くらいに思いながら、とにかく午前中はフツーに研修を受け終えた。

  ちなみにこの研修、通常10人以上を想定しているコースなのに3人しか集まらず、
  それでも開催してみたところさらに一人が欠席で、
  結局先生一人に対して生徒二人という濃密な3P空間。
  オイサンが一番年下でした。妹キャラでがんばゆ。
  お、お兄ちゃんたち! しっかりしないとダメなんだからねっ!!

そんな薄気味悪い冗談はともかく、
研修費用にも含まれていたお昼ゴハンの仕出し弁当がちょっと物足りなかったので
会場近くにコンビニを探したところ……おや、ローソンがあるじゃないですか。
偶然偶然。
おやおや、なるほどなるほど、
ユンケル購入1本ごとに、『ごちうさ』のミニタペストリーが一つ貰える、
とこういう決まり事なのですな、なるほどなるほど。

……フム、思えば今回の研修、
午後のカリキュラムにはロールプレイも含まれていて高いテンションが求められるし、
こうも少人数では要求される集中力が桁外れで、体力も消耗するというものだ。
このまま普通に付き合っていたのでは
なにかこう、勢いをつけるのに良いアイテムはないものか……

お、これはこれはユンケルじゃないか。
いっときはあの世界のイチローもCMに出演していた、
滋養強壮飲料のユンケルじゃないか。
今の自分の要求にこれ以上応えてくれるアイテムがあるだろうkいやない!!

  ここで視線をチラリと棚に走らせ、ミニタペストリーの残量を確認。
  ココアとチノは完売か……。

どれ、今日の午後の分はもちろんのこと、
明日のプログラムもハードになること間違いなしだし、
明後日には社内レビューも控えている。3本くらい買っておいても罰は当たるまい。

すみません、この『ごちうさ』のミニタペストリー、
リゼシャロ千夜のやつ下さい。


あとついでにユンケル3本下さい。



……買ってしまった。

Ardsc07653
ちなみに、ミニタペストリーといいつつプリントは紙で、
上下に筒を挟み込んで吊るせるようになっているだけの安っぽいシロモノです。



かくしてこの40代男性は、昼メシも食い終わったあとに、
そこそこデカいメのカチャカチャいうコンビニ袋ぶら下げて研修会場へ戻ることになり、
人数も少ないモンだから講師の老人から向けられる奇異の目をごまかすことも出来ず
そそくさとビニール袋を丸めて鞄に突っ込んだのでした。

心がぴょんぴょんするんじゃあ。

ユンケルですか?
どういうわけか、まだ一本、家の冷蔵庫に眠ってます。


……この数日後、すっかり味をしめたローソンさん、
今度はのど飴やらチョコレートやら3つ買うと
クリアファイルが一枚もらえるキャンペーンを実施なさいやがりまして、
その時はココチノもあったんだけど、ホントに気になるリゼ・シャロだけにしておきました。
シャロは1期から好きだけど、今期は妙にリゼが推されている気がする。
気のせいだろうか。
キャラデザ変わった?

Ardsc07652

のど飴はシゴトバに持って行って口がさみしい時に、
チョコは……まだ半分以上、冷蔵庫にユンケルと一緒に眠ってます。
そんな、大人なんですから、オマケだけもらってチョコは捨てるみたいな真似はしませんよ。
ポイッテーポイテーシーナイデヨー♪



■ちょっと楽しみにしているもの

これから年末にかけて、ちょっと楽しみにしているゲームが、
……週単位で出ます……。
なんでや。

なので、ちょっとご紹介しておきます。
マ全部買うかつったら分かんねえけど。


▼11/19に出る、Vitaの『ガールフレンド(仮)』

これは「楽しみにしている」と言ったら言い過ぎかもしれない。
なんとなく、潤いを求めてやってみるか、くらいのものですが。
ソシャゲでは恋愛ゲームもなんだかんだ出てますけども、
最近コンシューマでこういう生粋な感じのも少ないので、ちょっと捕まえておこうかな、
という程度。

どんなゲームシステムなのか分からなかったんで公式サイトを見てみたところ……
グラフィックがどうとか、バイノーラル録音がどうとか、
演出面については色んなアピールが書かれてるけど
肝心のシステムについてはほぼ触れられていない……。
ただのアドベンチャーゲームなんだろうか。
VitaTVには非対応なのかなあ。
タッチ操作のことが色々書かれてるし、多分非対応なんだろうなあ。

▼ガールフレンド(仮) きみと過ごす夏休み PV


名塚さんとサトリナさんが出ているなあ。
あとミスモノクロームさんが気になる。
あすみんも出ているが……これはメインヒロインではないのか……?



▼11/26に出る、PS3の『ブレイドアークスfromシャイニングEX』

SLGやアドベンチャーばかりでなく、ボタンをポンポンポンと押す系の、
リアルタイムでフィジカルの要求されるゲームも、やっぱやりたいじゃん? 男の子じゃん?
やりたい系男子じゃん?
やりたい盛りじゃん?
やりたい盛りの男子といえば、TONY先生じゃん?(そうか?)

マやりたい盛りかどうかは別にして、
やっぱりボタンいっぱい押す系ゲームはやりたいわけですよ、定期的に。
それでまあ、キャラ性も強そうってことでこれにも興味がある。




画面を眺めて、ボタンを押さない時間の長いゲームをやる合間に、
こういう「ボタンをたくさん押すことが主体」のゲームがやりたいワケです。
甘い・しょっぱい・甘い・しょっぱい、みたいな。
「軽い格ゲー」がやりたいんですな。ぺしぺしぺし、くらいのがいい。

……あ、ゲーセンで試してみればいいのか?
こんどちょっと、近場を覗いてみよう。

ファミリーソフトさんが
『ウルトラあすか120%ⅤRIZING Fest version1.22』
とかを毎年のようにポンポン出してくれていれば、
オイサンだって黙ってそっちを買いますけど、出ないんだから仕方がない。

▼あすか120%ファイナル




▼12/03 Vitaの『うまるちゃん』
正式タイトルは『干物妹うまるちゃん 干物妹育成計画』。
これは……一応、育成SLGということになるのかな。




昔の原作ありのキャラゲーなんて、
「基本は地雷、多少ましなデキならめっけもの」が当たり前だったけど、
近年のキャラゲーは優秀になった。
というのも、恐らくはライブラリが洗練されて、
同じようなシステムのゲームなら根幹部分は使い回しが利いて
絵や音を載せ替えることで対応可能になった部分が大きいからだと思うのだけども、
その分、均質化が進んでしまって、
「クセのあるゲーム」って減ったことは寂しくもあった。

  3Dのアクションゲームなんかでも、
  ジャンプしたときの感触が同じだったりするんですよね。
  ポンッと跳ねてふわっと頂点に達して、着地するまでの感覚が。

アドベンチャーゲームだとそれがまた顕著だったけど、
このテのSLGだと……なかなかそういうことはない……んじゃ、ない、かな?
原作やらキャラの魅力をふんだんに生かすこともさながら、
手触りにクセのあるゲームだと嬉しい。


▼12/17 Vitaの『ミラクルガールズフェスティバル』

……さすがセガだぜ……。
俺に気付かせずこんなゲームを作ってやがったなんてよぉ……!!
『ゆるゆり』の合間に流れたTVCMで初めてこのゲームの存在を知りました。
いやー、バカに出来ねえなTVCM。

『きんモザ』『ビビオペ』『のうりん』など、

イマイチぱっとしなかった萌えアニメをとりあえず素材にして寄せ集め、
リズムゲームで踊らせてひと山いくらで回収しよう!!


……という、オトナたちの、
年末から決算期にかけての野心に満ちあふれたゲームです!
そう見えます! よこしまなオイサンの目にはそう見えるのです!
心のゆがんだアラフォーの感想です、どうかお気になさらず!

  ちょうにんきアニメもいくつか混じってますが、その辺はきっと撒き餌です。
  お前もオタクなら、こういうのには黙って立派に釣られましょう。

な、なんて駄目なスパロボなんだ……。

まあリズムゲームは全然好きではないオイサンですが、これにはちょっとあらがえない。
だってもう、既に面白いですからね。やる前から完全に面白い。
何が面白いって、
『Wake up, Girls』がラインナップされているのが最高です。
同僚アイドルアニメの『ラブライブ!』と『アイドルマスター』は、
それぞれ自前でピンのリズムゲームを立ち上げバリバリに稼いでいるのに、
ここで『てさ部』やら『未確認で進行形』のとなりに間借りしている『WUG』が、
なんかもう最高にポップです。
トップアイドル(アニメ)への道は長く険しい、という言葉が重すぎる実感を伴います。

霧の艦隊とか宇宙的恐怖神と一緒に(もはや人間ですらない)、
ひと山いくらのどさ回りをしている場合ではないぞ、頑張れWake up,Girls!
タチアガレ!

マそんな応援の意味も込め、
好きな作品も山盛りなので年末イチオシタイトルとして購入予定です。
くっそー、シークレットゲストで『グラスリップ』も入れてくんねえかな!
SEGAっ!



本当にカメラが下からグイッとPANしてタイトルロゴがどーんしとるw



……マそんな感じで、買った物やら気になる物やら、
物欲に支配された日記でした。

以上、
「ランドセル ふわりぃ」のCMに出ている子役少女が、
ロリータコンプレックス的な意味とは無縁の方向性でツボにはまっているオイサンでした。

▼ふわりぃ ランドセル(30秒Ver)


ぶははははw この子はホントに出来る子だなwww なかなか出せる味じゃないw
いいぞ、頑張って味のある役者さんに育って下さい。

オイサンでした。



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2015年10月26日 (月)

■二宮金次郎、LINEとダライアスで10億円稼いでいた!? -更新第1012回-

先日オシゴト帰り、
「よーっしパパ今日はついこの間まで『あそこの麻婆豆腐は辛すぎて途中からナニ食ってっかわかんなくなっちゃうから食べた後いっつも後悔するのになんか時々食べに行っちゃうんだよなあ、困った店だなあ』と思ってたけど使ってるパクチーが実はやたら旨くてトッピングにパクチー追加したら担担麺がゲキウマになっちゃったからよし! あそこは麻婆食べに行く店じゃなくてパクチーラーメン屋ということに自分の中でしよう! そうしよう! ……とつい最近心に決めたパクチーラーメン屋でパクチー山盛りラーメン食べちゃうぞー!」
と論理的な思考にふけりながら、
御茶ノ水とも神田とも九段下ともつかない中途半端な三国緩衝地帯を意気揚々と歩いていた時のこと。

オイサンの行く歩道の先を、一人のワカモノが、
まるで手にすくったオタマジャクシでも見つめるように、胸の前にそろえて開いた両掌を覗き込む姿勢で歩いておられた。
背中にはちょっと大きめの背負い鞄。
うつむいて、少し背中をの丸めたその姿勢には、子供のころから見覚えがあります。



キンジロウ・ニノミヤ。
日本が世界に誇る、自走式薪搭載二足歩行戦車(自主読書機能付き)です。



本当にエラいうえに故人なので、
あんまりバカにすると倫理委員会方面から火ダルマにされそうなので今日はこの辺で勘弁してやりますが、
あの日本中の小学校に銅像が建てられている有名人(近年じゃウケがイマイチらしいですが)に、
アラマア斜め後ろか見た姿はそっくりじゃないですか。
ご子息?
ご子息系男子?  ← 誰だって誰かのご子息だろ


彼が二宮金次郎さんの家系かはともかく、歩くその姿勢は気になります。
顔でも洗うかのように覗き込む、胸の前で開いた両手には一体何があるんでしょう?





……こうでした。





Pa270006





5インチ程度の大きさにバラつきのあるスマートフォンを3台、
掌に並べてそれを覗きこんで歩いておられる。
びっくりした。
何してんの現代の二宮金次郎。尊徳? 尊徳勘定?
ちょっとしたデイトレーダーじゃないですか。
ソントクだけに。

一瞬アシュラマンが三面別々にアカウント取ってLINEでもやってんのかと思って
お顔もチラッと見ましたが、普通のパッとしないメガネでした。
腕も二本でしたね。

マ実は真っ先に思ったのは、
『ダライアス』でもケータイアプリに移植されたんだろうか?」
でしたけど。


  ▼『ダライアス』の筐体をまさかの自作、しかもシートまで! 数多くのトラブルを乗り越えて
  http://www.inside-games.jp/article/2015/04/08/86629.html
  [ インサイド ]


ホント、彼はあの三面鏡でナニ見てたんだろ。
画面の中身までは分からなかったから、今でも疑問です。

……ところで、二宮金次郎さんて一体何のホン読んでたんでしょうね。
『10秒で1億稼ぐ本』とかだったらイヤだな。





今なら『落第騎士の英雄譚(キャバルリィ)』がオススメです(心にもないレコメンド)。最新8巻、GA文庫から発売中! パンチラもガーターベルトも一杯です!
コミカライズ版もよろしく!
読んだことねえし読む予定もねえけど! アニメも倍速だわ!





二宮ガンズ&ローゼス。
相模原の人だったんですねー。ご近所さんだわー。


 ※ここまでの文章を事実だけ要約すると、
 

  仕事の帰り道、歩いて追い抜いた人が
           掌の上にスマホを3台並べて見ていた。


  となります。お読みいただきありがとうございました。


マそんな感じで……あ、追伸。

パクチーラーメン屋さんは大勢並んで待っていたので、
「汁なし担担麺に群がるハイエナどもめ!!」
って吐き捨てて、違うお店でゴハン食べて帰りました。

神のみぞ知る汁なし担担麺ってどう?
どうって言われても。

あんまり変わったことしながら歩かんで?
気になって、結果的に読む気もない本の宣伝、ブログですることになっちゃうから。
言っときますけど上の二冊はホントに読んでないし
読む気もないから知らないよ。
万が一面白かったら教えてください。


オイサンでした。


 

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2015年10月20日 (火)

■猫とアラブと、競泳水着~ドリームクラブにて、百合スジに転向する絢辻さんを想うのこと -更新第1011回-

朝。
オシゴト向かう途中に目を引かれ、はっとさせてくれた二つの物。

オイサンです。

一つは、アラブから来た異邦人。
もう一つは、ツンと澄まして座った黒猫柄のスカート。



■月曜日の異邦人

駅の改札を出るとすぐ、
先日書いたパンの匂いのする地下道をくぐるか、地上の信号を渡るかの選択を迫られる。
大抵は信号との折り合いが悪くて、地下道コースを選ぶことを余儀なくされる。

今日の信号カラーも無情の赤で、
人型のサインにくっついている色が変わるまでのタイムゲージもほぼ満タンだったから、
ヤレヤレと、昨晩のやりすぎたジョギングでまだちょっと重い足を階段へ向けた。

そのときふっと、通りの向かいで信号を待っている、背の高いアラブ系の男が目を引いた。
シルエットは極めてシンプルであり、
見るからに肌触りの良さそうなベージュのセーターを着て、スリムな綿パンを履いていた……と思う。
丁寧に皮のケースをかぶせたミラーレスの一眼カメラを首に提げ、
何を見るでもなく、信号の変わるのを待って立っている。

  マ素材やなんかまでは、遠目だったので詳しくは分からなかったけれども。

つまりは、ゴテゴテ、ダボダボしたものではなかったということだ。
無駄な線は少ない。
飾り気のない装いにカメラだけ。
ただそれだけで、信号待ちをしていただけなんだけども、
まだ車通りも多くない朝の都会の真ン中で、異邦人然、とした彼のたたずまいに
不思議と目を引かれたのだった。

異邦人然。
\イホウジンゼン!/と音がした、と言っても過言ではない。
そこだけ既に写真のように、周囲がぼやけて、彼だけちがう空間に立っている。


……マ、理由なんかはないですよ。


なめらかな、強弱のはっきりした直線で深く彫りつけられた顔立ちとチョコレート色の肌が、
まだ少し寝ぼけたような石灰色の町の輪郭から自然に浮き上がって見えただけだと思う。

彼のまとった異邦人としての風合いが自然と哀愁を漂わせていて、
ついついもう少し見ていたいと……出来ることなら、私が彼を写真に収めたいくらいだったけれども……
思って、一度は地下道へ向かいかけた足を止めて、
信号が赤から青に変わるまでの時間、その男の姿を、通行人の目でぼんやり眺めた。

もし気付かれていて、彼がソッチの人だったりしたら
何か視線の意味をカンチガイされてしまったかも知れぬし、
不愉快な思いもさせてしまったかも知れぬ。
であればイロイロと申し訳ないのだが。

なんというか、朝の東京に珍しく、美しい情景であったことですよ。
悲哀……ではないけれども、そこはかとない異邦のこころもとなさ。
カメラが唯一その心細さに対抗する攻撃力ではあったのだろうけど、
逆に、胸にカメラを提げていなければ、異邦人であることを感じさせることも、あまりなかったのではないか。
そんな一幕。
ああいうのをサッと上手に、画にできるようになりたいものだ。

しかしまあ、アラブ系の人というのはその彫りの深さの陰影が異邦人っぽさを醸し出して
うらやましいですな。
あの兄ちゃんも、実際は大したコト考えてなかったと思うんだけど。
「(腹減ったな)」とか「(ジャパニーズJKのスカートは短えな!)」とか。

  ……貴様ッ! そのカメラの中身は、JKぱんつでいっぱいか!!(言いがかり

そういう意味では、ジャパニーズでもケン・ヒライとかヒロシ・アベなんかはうらやましい。
オイサンなんかは、ただのちょっと怖い感じのアジアの人ですからね。
マ海外に行けば、また違う感性で見られるんだろうけどさ。
あちらでは目の色が黒い・髪の色が黒いというだけで神秘的だと感じるらしいですし。

不思議とアラブの人には、白人さん、黒人さんとも一風違った雰囲気を、オイサンなんかは感じます。
えきぞちっく、ていうんですかね。塩化リゾチームでしたっけ?

  ……しかしこうして、色々と言葉にしてみて思うところがたくさん出てくるのだけれども。
  「異邦人」とはなんぞやとか、
  アラブアラブって言ってるけど、どこまでがアラブなのか、どこの人がアラブ系の人なのか、
  自分がイメージして話している「アラブ」っぽさっていうのは
  世間のアラブなイメージと合ってるのか? とか。
  一応、サラリとうわべくらいはさらってみたけども、
  なんか書き方に失礼があったらすんまそん。差別的な意図は何もないのよ。

異邦人、英語で言うとなんだろう? Stranger?
そう思って調べてみたが、普通にForeignerとかだった。
Alienっていうのもあったけど。ホントか?
Englishman in NewYorkでもI'm Alienって歌ってたな。

▼Englishman in NewYork



Strangerは、訳を見る限り若干失礼な感じかもしれぬ。
あと、エキゾチック(Exotic)にも、「ストリップダンサー」なんていう意味があるのね。
あとカミュの元祖『異邦人』にも興味が出てきてしまった。元祖?
こーゆーの、全然読んだことないなあ。


▼久保田早紀 異邦人




■きみの猫スカートに首ったけ

そこからさらに歩き、朝ゴハンも済ませた最後から二つ目の信号で、
スカートにたくさん黒猫を飼ってるお嬢さんをお見かけした。
黄土色の地に、しゃんと背筋を伸ばした細身の黒猫のシルエットをいくつも配したスカートをはいたお嬢さん。

スカートの形には詳しくないけども、サーキュラー? ギャザー?
膝より上丈の、ひらひらとした折込がそれなりに目立つ形をしていた。

目を引かれたのは、ただそのスカートのデザインだけ。
斜め後ろからだったのでお顔はよく見えなかったけれども、
少なくとも、下腹部から下のラインがそのスカートの面白さを邪魔するようなことはなかったから、
それなり以上にしゅっとしていたのではないだろうか。
ストッキングを履いてたかな。
覚えてない。

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学生さんなのか、あの時間だから勤め人だとは思うのだけど。
そこそこ目立つかわいらしさで、童貞の一人や二人、軽く殺せると思います。

スカートと言えばアニメ『ご注文はうさぎですか?』の第一話(一期ね)の冒頭、
ココアが初めての町を一人で歩くシーンを見た佐倉綾音が思ったのが
「ココアの履いているスカート丈は着こなしが難しい、
 足のラインに自信がないと履けないものだ」
ということだそうで、それにはチノ役の水瀬いのりも同意していた。

そのシーンに流れるメインBGMの命名権が二人に与えられ、ついた曲名が

「キミのスカート丈に首ったけ」

……というのは有名な話だが。
オイサンは、あのスカートに住む黒猫に、彼女が面白い名前をつけていないか気になるのであった。
「ちゃー」とか「きんむぎ」とか、「モルツ」とかじゃなければ良いが。

▼キミのスカート丈に首ったけ




■突撃! 深夜のラビットハウス!

……とまあ、なんやらこじゃれた話を二つばかり披露したところで、
今日も私のイカれた愛にかなしみながら水をやろう。
最近また、夜のお店に入り浸っているオイサンです。

マなんの話かつったら『ドリクラGogo.』の話なんですけどね。
上の話とは全然関係ないですよ。

いやあもう。
大体ね、花里愛ちゃんの競泳水着姿は反則なんだよ!!
あまりにもイヤr……健康的すぎる!

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ああ……かわいい…… ← キモチワルイの分かってるんだけどどうしようもねえんだよ!!

  などと言ったら、松尾象山館長は
  「恥を知りなさい君たち。萌えには反則なんてねえんだよ」
  とキレなさるだろうか。

毎度、ストーリー開始前に花里愛ちゃん+アンジュさんに競泳水着を着てもらい、
5、6曲歌っていただくので時間がかかってしょうがない。
大体、カラオケを眺めてる時間と、そのあとゲームしてる時間が同じくらいだよ!
ドリクラのカラオケを眺めてるだけで必要な栄養分と休息が摂取できるテクノロジーの開発が待たれる。
世界平和と、食糧危機・エネルギー危機解消のためにも!!

そんな寝言を言いつつ、
ストーリーの方で現在仲良くなろうとしているのはノコタンシショーなんだけど。
浮気者か。
浮気しまくりサンダーボルトか。

Atdsc06975

カラオケでは花里愛ちゃんを基点にパートナーは気分で変えていたのだけど、
あるときアンジュさんをパートナーにしてみたら……
おやおや。
なんだか随分、お声の響きが良い。

  このゲームの素晴らしいところで、
  同じ歌を聞くのでも、歌い手のペアを変えることで歌の印象がサラッと変わったり、
  逆にヒロインの声の印象が歌った歌によって声の印象がすごくよくなったりするの。
  そんでちょっとドキッとしたりね。
  恋って……思わぬところに転がっていたり……するんじゃぜ?キラーン ← 言ってることは気持ち悪い

デ以来ちょっと気になってしまい、
ノコタンシショーとも若干仲がおよろしいということもあって、
隙を見て(なんの隙だ)、ストーリーの方でもチョイチョイご指名させてもらっております。

  ……ウーム……。
  宇宙警察、ときたか……。たいへんなことになってきた。
  『ドリクラ』宇宙には、宇宙刑事の皆さんもM78星雲も実在する流れになってきたぞ。
  ホント、なんでもアリだなこの世界観は……思いついた奴はやはり天才だ。

  会話やコミュニケーションをキャッチボールになぞらえるというのは
  日本では古く室町時代からのポピュラーな手法であり、
  成立しないコミュニケーションを「言葉のデッドボール」などと皮肉ったりしますけれども、
  『ドリームクラブ』からユーザーに向けて投げ込まれるのは、
  もはや消える魔球レベルですね。
  フツーの人間に取らせる気がない。

  けど、取る人はフツーの球と同じようにスパーンと取るし、
  なんならこっちのがフツーよか取りやすいね、イイ音して気持ちいいね、くらいのことをしれっと言う。
  なんなんでしょうね、この世界のいとおしさというのは。
  この世界を楽しむ他の方々の機微がどこにあるのか存じませんが、
  オイサンはもう、「俺はもう、この世界が大好きなんだ!」とすごく表明したいワケです。
  オッサンの愛・宣言とか、埒もありませんけども。
  「この世界のすべてを受け容れることが出来るのはオレだ! オレだけなんだ!」
  という固有の全能感みたいなものは、さながら『ゼルダ』シリーズの謎が解けたときの
  「オレだけが解けた!」っていうカタルシスに通じるものがある。
  そう、『ドリクラ』は萌え界の『ゼルダ』と呼んでも過言ではありますまい。
  無節操!変態!勇気! のトライフォース。

お話の主軸はしっかりノコたんで進行中。
この子とハナシしてると、なんかフツーに知り合いと話してるような気分になるな。
ギャルゲーとはいえ、異性を相手にするような、緊張感というか、異物感が無エ。
気取らなくて済む、というか。
オタクだからなのかもしれないが、オタク設定ヒロインは過去に何人も相手にしてるもんな。
不思議。
「あーそうなー」みたいな気分になる。

あと、彼女の持ち歌「O-share is Noko-ism」は、エンディングを張れる曲だなと思った。
黒バックにスタッフロールが流れるだけのシンプルなエンディングでかけても
十分座持ちするテンションがありますね。

お話の要所で口を挟んでくるセイラさんは、
正直、彼女メインのシナリオではあまり魅力を感じなかったけど、
こういう役回りで出てくると妙に映えるな。
「あ、この人いい人、魅力的」って思っちゃう。



■Closing~裏表のない素敵なオリビア

マそんな感じでヒトツ、取り留めもない日記でしたけれども。

最近、朝の松屋で結構な懐メロが流れる。
今朝などは、なにをトチ狂ったのか「ゴーウエスト」(♪ニンニキニキニキニンニキニキニキ…のアレ)が流れてきて、
一体どうしたんだと思わせたあと、杏里の「オリビアを聴きながら」がきた。
落差が激しすぎるだろう。

「オリビアを聴きながら」と言えば、サビの

  ♪ 疲れ果てたあなた 私の幻を愛したの……

という切ない一節が有名ですが、
絢辻さんのことを最も、荒れ狂うような高温で愛していたころ(今だって熱量の高さは変わらないが)に聴いて、
「いつか絢辻さんからも、こんな風に言われる日が来るのかもしれないなあ」
などと先を思って悲しくなってみたりしたのだが、
今考え直してみるとそれはそうではなくって、
この言葉はきっと、絢辻さんは言われる側だな、と思った。

絢辻さんが、絢辻さん自身に言われるセリフだ。

しかしそれでは、話の筋立てが哲学的すぎるし難解すぎる。
マなにぶん絢辻さんのすることだからそれでも丁度いいくらいかもしれないけれどそれは一先ず置いておいて、
絢辻さんが実は百合スジで、彼女自身によく似た、優しい恋人から言われる言葉だったらしっくりくるなあ……、
とか、
月曜の朝から松屋でカレー食いながら考えるコトではねえな。
ウム。
カレーうめえ。\辛エ/

  言われた絢辻さんは絢辻さんで、
  なんだか妙に腑に落ちてあっさり受け止めてしまいそうだけど。
  「ああそうね、その通りだわ。かなしくて耐え切れないけれど、それは全くその通りだわ」
  とか思っていそうでまたかなしい。絢辻さんはやっぱりいいなあ。
  誰よりも真剣に生きてる、絢辻さんが大好きだ!

……しかし、ナンですな。
このあたりの昭和歌謡の名曲と言われる歌は、
結構な割合で、ちゃんと聞くと全然たいしたことをうたったものではないですな。
そこんトコの当たり前具合が、
当たり前のことを美しく激しくドラマティックに、あたかも特別であるように、
大切なものであるかのようにごってりとデコレーションしてシロップでずっくずくにして歌い上げていることが、
名曲たる所以、数多くの人の支持を得たコツなのだろう。

「ああこの歌は、私の大切な思いをこんなに大切に、
 私みたいな些細な人間の気持ちが損なわれないように(大袈裟に)扱って歌い上げてくれている!」


っていうことのタマモノなのでしょう。
パワーポイントで要点を箇条書きにして出したら
「これが問題点です」
って1枚、2枚で終わってしまいそう。いや、見事。

悪いってことじゃなくてね。素晴らしい、という話ですよ。


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オイサンでした。


 

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2015年9月23日 (水)

■特急ヴェガ~SS『お嬢様特急』より -更新第1002回-

※このSSは、
「風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より」
(-更新第1001回・1002回-) の元になった、
2000年作のSSを、手を加えずそのまま掲載しておりますデス。
何が言いたいかと申しますと、
「チョイチョイおかしいトコあるけどその辺は新し方でフォローしてるんで目ェつむってや」
ということです。
それが分かった勇者だけが読んでもいい。
  

 
 
 
『心地よいリズムが否応なしに体に刻まれるから、列車の
旅は乗客たちに不思議な一体感を生む、と列車好きたちは
口を揃えて言う。果たしてそれが真実なのかどうかは、生
物学や、或いは心理学の先生に譲るとして、今はそのリズ
ムに、身を任せていたいと思う。
 レールを敷かれた人生の下らなさを誰もが声高に謳うけ
れど、降りたホームで時間をつぶして次の列車に乗るもよ
し、特急列車に乗り換えて、前を行った列車を追い抜いて
見せるのも痛快なものだ。同じホームに立ったとき、いつ
やってくる列車に、どのドアから、どんな荷物を乗って乗
り込むのか、そして、隣に誰が座るのか。それは自分次第
なのだから。
 きっとそれは、答えを求めるまでのとても重要なプロセ
ス。人の一生は、きっと誰もが同じ一本道のレールの上だ。
けれど、力ある人はレールを曲げるし、知恵ある人はスピ
ードを変える。思わぬ事故。見たことのない駅。各駅停車、
特急列車、それだとて、すべての選択肢を目の当たりにす
る人がどれだけあるだろうか。決して完璧な自由ではない
けれど、人の手に余りあるほどの道が、その一本のレール
の上に広がっている』
 そこまで書いて、僕は万年筆を握っていた手を止めた。
大きく伸びをした窓の外は、もう暗い。山間の峡谷を今、
特急ヴェガは走っている。線路沿いに並んで立つ街灯の灯
りだけが、時折尾を引いて後ろへ後ろへ滑っていく。遠く
山の上には、それとは趣の違った星の光も見える。寄り添
って立つはずの木々の葉の一枚一枚はその鮮やかな緑色を
闇に黒く塗りつぶされていた。
 僕は固まった首と肩を押さえ、喉が乾いていることに気
が付いた。個室のソファから立ち上がるともう一度大きく
伸びをした。決して広くはないけれど、ここまでの十日あ
まり不自由を感じたことはない。さすが超豪華列車を名乗
るだけのことはある、と感心させられる。もうじきこの旅
も終わる。部屋を見渡して少し寂しさを感じながら、僕は
売店に足を向けた。



    ×     ×     ×



 車内の売店で、"ちひろさん"お勧めの缶コーヒーを買い、
客車の通路を縫って歩く。展望車まで行って空を眺めたい
と思った。
 列車は瀬戸内海を遠く臨んで走っている。広島を出、小
郡を通過して関門海峡に差しかからんとするばかりだ。山
と、谷と、その隙間から海の覗く風景の繰り返し。社内は
冷房が効いていて快適だが、窓ガラスを一枚隔てた外の熱
気は、日本の夏そのものだった。
 数時間前に、小郡で三十分の小停車があった。日が落ち
る寸前の時刻だというのに、ちょっとホームに降りただけ
であっという間にシャツが汗でずくずくになるほどで、西
日本の熱を僕は初めて肌で知った。そのホームで、名古屋
から乗ってきた"風音さん"に頼まれて写真を一枚、撮った。
ファインダー越しに覗いた、斜陽を眩しそうに遮る彼女の
顔が、いつもの晴れ晴れとした明るさを映しながらどこか
物憂げな色を帯びていたのは、夏の黄昏がそんな色をして
いるせいだけだったろうか。
 展望車に向かう途中、4号客車とその更に後ろに連なる
展望車とを繋げるデッキに差し掛かったとき、お尻のポケ
ットで携帯が震えた。未だ使い慣れないそれを、それこそ
缶コーヒーを取り落としそうになりながら捕まえて耳に押
し当てる。
 一体誰からだろうか?家族には、旅情がそがれるからよ
ほどのことがない限り鳴らしてくれるなと念押しをしてあ
る。持ち始めのこの電話の番号を知る友人も数少ない。わ
くわくしながらボタンを押す。我ながらわざとらしいと自
嘲しながら。相手は一人しかいない。
「あ、もしもし。あの、私、千歳です。今、大丈夫?」
 それは、広島で、このヴェガを降りた友人からだった。
丸一日かかってようやく埼玉は上尾にある実家に帰りつい
たという、彼女からの報告だった。
 ヴェガに乗ってしまったことで、結果的にとはいえ推薦
入学を蹴ることになってしまった彼女への、周りからの、
殊に家族親類からの非難は強く、さすがに何から何まで万
事無事といえるほど上手くはいっていない様子だったけれ
ど、それでも、今の彼女は多少の困難は乗り切れるだろう
と思う。
 彼女は答えを見つけた人だった。目の前に停まっていた、
始めから終わりまでを敷き切られたレールの上に乗った、
哀れなひと連なりの列車。お金も、ゆくあてもないままに
飛び乗っていい筈がないことは聡い彼女には当然分かって
いたはずだった。
 明日のことがある。昨日までの自分もいる。そんなこと
は今こそ痛いほどに知っていたはずなのに、彼女はその哀
れな超豪華列車に答えを求め、身を委ねたのだった。終わ
りある、選択の余地のない一本のレールをたった一度きり
走るために生まれたこの列車に、彼女は潔いまでの覚悟を
見てしまったと言った。
 そして答えを見つけた。むしろ、ないはずのそれを自分
の中に作り出し、旅に出てしまった自分への一つの解答を、
彼女は列車を降りることで体現して見せてくれた。ヴェガ
を降りて帰り着いた郷里の町は、今まで見たことがない色
をしていただろう。昨日までの明日は、もうそこにはなく
なっていたはずだ。
「じゃあ、そろそろ切るね。旅行、気をつけてね」
 電波に乗ってやってくる彼女の声はデジタルに変換され
てもその思いは損なわれず、しっかりと僕に届いて消えた。
まるで自分が励まされているような。ただ無責任に、ふわ
ふわと勝手なことを言っているだけの楽な自分が。
 一日ぶりにそんな彼女の強さに触れて、彼女の言葉を思
い出していた。

 不思議だわ。人に迷惑をかけているのに、自分が間違っ
ている気がしないの。

 僕はしばらくの間、点滅する携帯電話の液晶画面を見つ
め、ぼうっとしていたことに気が付いて、それをポケット
に押し込んだ。
 一歩足を踏み出すと自動ドアがさっと開き、デッキより
も一、二度低い冷気に体が飲み込まれる。展望車のラウン
ジは、壁も天井も、壁面のほとんどがガラス張りになって
いて、辺り様子が一望に出来た。旅の始めの頃、夜の北海
道を走ったときはその天然物のプラネタリウムのものすご
さに圧倒され、東北の山並み、見慣れたはずの東京の人の、
暮らしの群れにもいたく胸を打たれたものだった。
 この列車の始発点、北海道から僕は乗っている。本当に
線路がどこまでも続いているのか、それを見てみたかった。
出会いを求める気持ちもあった。これまでの日常を振り切
りたい気持ちもあった。ただ今になって思うのは、実は一
番強く胸の中にあったのは、もっと日常を愛したいという
気持ちだったのではないか、ということだった。人が旅に
出るのは帰る場所を探すためで、旅に出て、帰って来て、
やっぱり家が一番だとつぶやくように訴えたいからなんじ
ゃないだろうか。帰る場所が出発点と同じではないことも
あると思う。そのときには、新しい自分の帰る場所を作り
だし探し出して、これから続き続ける日常を、ただ当然に
そこにあるものやコトを、何より愛しく感じることが、人
生を正しく素晴らしいものに変えてくれるのではないかと、
今僕は期待している。その気持ちさえ、旅に身を委ねる時
間のいたずらなのかも知れないけれど。



    ×     ×     ×



 扉が開いた瞬間、さして広くもない展望車のどこかから、
あっという驚きの声が小さく上がった。声がした方を振り
返ると、いつもの飾り気の無いワンゲルルックで身を固め
た風音さんの警戒するような顔が見つかった。それもほん
の一瞬で、入って来たのが僕だと分かって頬を緩めてくれ
る。仕方のないことだった。僕も軽く笑い返すと、彼女の
もとへ寄り、足下に丸まっている愛らしい毛糸の固まりを
撫でてやった。
「よう、ゴロー、元気か?」
 ナップザックからはみ出ていた毛むくじゃらの固まりは
僕の声に反応し、もぞもぞと蠢いたかと思うと、黒目がち
な瞳を現して僕の鼻先に荒い息を吐きかけてきた。小熊の
ゴロー。山で拾ったゴローを再び山に返すための旅を、風
音さんは続けている。
 いくら特急ヴェガが自由な列車だと言っても、この猛獣
の子供を連れ込むことが許されているはずもなく、それに
ついては僕も風音さんも共犯だった。無邪気にのどを鳴ら
すゴローにじゃれつかれるだけでも、遊び相手には相当の
覚悟が必要だ。比較的慣れている僕や風音さんでもこの始
末だから、少しでも敵意のある人間が近づこうものならど
うなるか分かったものではない。こんな時間だから、自室
の外に連れ出してやることも出来たのだろう。
 窓の外は山、谷、海、谷、山。草いきれと水の匂いが伝
わってきそうな世界。たくさんの景色を映し出してきたこ
の窓の向こうに、もうすぐ見えてくるものがある。
「じきに九州だね」
 彼女の隣に腰を下ろして、残りのコーヒーをあおった。
もうほとんど残ってはいなかった。
「そうですね。もうすぐ、終点ですもんね」
 世間話のつもりで笑顔でそう返した風音さんは、僕の言
葉の意図に思い至ったようで、瞳に影を落とした。我知ら
ずうつむき加減になる視線の先にゴローがいる。そのとき
の彼女の胸にどれほどの痛みが走ったか、つらい別れをま
だ知らない僕には知り得なかった。ただ、ハーフパンツの
膝の上で固められた拳がその痛みを物語っていた。
 名古屋からヴェガに乗ってきた風音さんはずっと、ゴロ
ーを放すのに適した山を探してきた。自分で別れの場所を
探す、タイムリミットつきの列車行。誰が言い出したのか
知らないが、発案の主はよくも残酷なことを思いついたも
のだと思う。ここから先、ヴェガの停車する駅はたったの
三駅しか残っていなかった。博多、阿蘇、そしてヴェガの
ためだけに用意された終着駅「夢の崎」。別れのときは確
実に、忍ぶことすらせずに足音を立てて近づいていた。カ
タン・コトンと響く、眠気さえ誘うその音を、今彼女はど
んな風に聞いているのだろうか。否応なしに刻まれるリズ
ムが彼女の胸の痛みを僕に共感させてくれはしないかと期
待したが、それは詮無いことだった。彼女にとって、この
特急ヴェガは別れの瞬間に向かって冷徹なまでの猛スピー
ドで一直線に突き進む砂時計でしかないのかも知れないと、
冷静に思っている自分が申し訳なかった。
 気が付くと、僕は彼女の拳に手のひらを添えていた。風
音さんは驚いたように、少しだけ高い位置にある僕の顔を
降り仰いだ。その頬はわずかに朱味を帯びていて、彼女の
全身が一瞬で緊張するのが、小さくやわらかい手の甲から
も伝わってきた。けれど、彼女はまた徐に視線をおとし、
言葉に詰まる。暖かな気持ちがにじみ出すように弛緩して
いくのも分かった。僕は、言葉を慎重に選ばねばならなか
った。
「その、山は、まだ見つからない……?」
「……はい」
「そう」
 相応しい山を見つけた暁には、その別れに僕も立ち会う
ことになっていて、彼女の決心が鈍ってしまった時には無
理矢理にでも風音さんをゴローから引き離すという、悪魔
のような役目を与えられていた。彼女と出会ったばかりの
頃のことだ。初めは、僕も彼女も特別な感情を持たないも
の同士であることが互いにその役割に最適であると考えて、
頼み、引き受けたことだった。しかし今となってはそれも
容易くない。かといって、今更それを他の人間に頼むこと
も、譲ることも、もはや簡単なことではなくなっていた。
「誰が、言い出したことなの?」
「え、と、それは……」
 そのとき、彼女に重ねて、車内アナウンスが割って入っ
た。
『このたびは特急ヴェガにご乗車戴きまして、誠にありが
とうございます。当列車は間もなく、博多に到着いたしま
す。尚、当列車は博多で二十四時間停車致します。お降り
のお客様は……』
 柔らかに鳴る電子音につられて、思わず二人して、天井
のスピーカーをぼんやりと見上げてしまった。先に動き出
したのは風音さんだった。アナウンスの流れ終わるのを待
たずに、風音さんはいとおしそうにゴローの頬を撫で、そ
うされたゴローは満足そうに喉を鳴らして自分からナップ
ザックの奥へと帰っていく。見守る風音さんは穏やかさを
取り戻していた。まるで全部分かっているような、少し哀
しい、少し厳しい目をしていた。そして、見とれる僕を尻
目に勢いよく立ち上がり。驚くほど綺麗な微笑みで僕を見
下ろした。
「さ、行きましょう?降りる準備しないと」
 僕は促されるままに立ち上がり、歩き出す。元気よくナ
ップザックを背負い直して、トコトコと自室に向かう彼女
の後に続き、尻尾のように左右に触れる後ろ髪を見ながら、
さっきの続きを聞こうと思った。
 視線を横へ送ると、列車はいつの間にか山間を抜けて、
徐々にスローダウンを始めている窓の外に少しずつ町の灯
が映り始める。流れていく町灯り。近くのものはものすご
い速さで、遠くのものは緩やかに。それはさながら僕たち
の日常の様だった。無数の町明かりの中で、どれだけの人
たちが、どんな当たり前を営んでいるだろう。彼らは夏休
みの十五日間だけを走り過ぎて行く、特別すぎる日常を笑
い飛ばすのだろうけれど、それすらもやがて痛みを伴った
日常に溶け込んでいくことを知って欲しいと思った。駆け
抜けていくこの一列の光の帯は、決して頭上高くで瞬いて
いる、星の光ではないのだと気付いて欲しかった。



    ×     ×     ×



 目の前で自動ドアがさっと開く。足を踏み出す。背後で
ドアの閉まる音がして、にわかに慌しくなった客車では、
一人旅の学生やスーツ姿の男、子連れの家族や、或いは車
内で働く人たちが大勢動き回っていて、僕たちが入ってき
たことなど気にも留めない。前を歩いていた風音さんがさ
っと身を翻し、僕の隣に並んだ。
「どうしたんですか?ぼおっとして」
「へ?なんでもないよ。風音さんこそどうしたの。急に元
気になって」
 風音さんは答えなかった。
「あの、博多ではどこに行くか、もう決めてるんですか?」
「いや、まだ決めかねてるけど」
「じゃあ、中州なんてどうです?」
「中州? 別にいいけど、どうして?」
「意味はないですけど。なんとなく何か面白いことが起こ
りそうじゃないですか」
「じゃあ足を運んでみるかなあ。ああ、でもなあ……」
 後日、僕は風音さんの手を引いて、阿蘇の麓に広がる野
を駆け渡ることになる。風音さんは抵抗をしない。ただ、
ゴローのいた方を何度も何度も振り返り、黙ったまま、僕
を責めるでもなく、感謝するでもなく、走り出す方向を決
めることが出来ずにそこに吹く風に流されるように、その
細っこい体のベクトルを僕の手に預けることになる。それ
はこの時の笑顔からは信じられないことだったのだけれど。
 もうすぐ終わりを迎えるこの旅の中で、僕は一体何を決
め、何を変えてきただろう。ままならない時間と空間の流
れの中で、せめて自分のすべてだけは自分で決めてきたと
思ってきた。けれどそれすらも、天にかけた願いのその叶
いに似て、どこからか返ってきた答えの積み重ねでしかな
かったとさえ思う。答えは僕が出したものじゃなく、僕が
した、一瞬の瞬きの答えでしかないと。
 そんな僕の今はというと、どこに遊びに行くかも自分で
決められない、所詮はそんなマイニチなのだけれど。
 
 
 

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2015年9月16日 (水)

■風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より・あとがき -更新第1002回-

はいこんばんわ。
おっさんです。 ← 読んでるやつも大体おっさんだわ

記念すべき更新第1000回目・1001回目は、
安定のオッサンホイホイ、まさかの『お嬢様特急』からのSSです。
いかがでしたでしょうかね。
皆さんの「俺は一体何を読まされたんだ」という顔が目に浮かぶようです。

と言っても完全新作ではなく、2000年頃に書いたものを見直してリライトしたもの。
さすがに98年発売のゲームの内容を事細かに憶えてはいない初老の私です。

『お嬢様特急』は98年にメディアワークス(当時)から発売された、
プレイステーション/セガサターン向けの恋愛アドベンチャーゲーム。
ディスク2枚組。
ちょう大作です。




真夏の15日間をかけて、北海道は稚内から、九州・鹿児島の南端までを旅する
超豪華特急列車『ヴェガ』での旅で巻き起こる恋愛模様を描いた作品です。

  ……たかが日本縦断に15日もかけて、何が「特急」なものか、
  というツッコミはこの際ナシで。

あとオイサンは鉄道関連には詳しくないのでよーわかりませんが、
車輛とか路線とか、その辺のリアリティについてもきっと突っ込みどころ満載の
トンデモ世界観だと思うのだけど、マその辺も、
98年製のギャルゲーだということで大目に見ると
きっといいことがあると思います。

  大体アンタ、企画だかがあかほりさとるで、シナリオ構成だかが花田十輝ですよ?
  真面目に相手するとアナタ、損しますよ。
  笑って流すのが粋ってものです。

とはいえオイサンも、コレを読み返してみて真っ先に出てきた感想が、

「イヤ風音さん、そういうコトしちゃだめだろ」。

でしたね。
クマて。
そもそもクマを拾ってきて飼っていいのか、
申請すれば飼う許可くらいはおりるのか? ってトコから始まって、
またそれをヨソの土地へ行き当たりばったりに捨てに行くっていうのが……
なんかもうこのコったら色々と片っ端からアウトなんじゃないか、と
ドキドキしてしまいまいた。

  オイサンが悪いんじゃねえぞ。
  原作からしてこういうエピソードなんだからな。

マ主題はそこにはないのでそんなツッコミも野暮っちゃ野暮、
とはいうものの、主題を楽しむ前に気になってドキドキしてしまう物事があると
主題に集中することを妨げるノイズにしかならんので……
その辺はキチンとしないとなあ、と思う。
ただこの辺の要素は原作マターなので、根本からナシには出来なかったけども。

それと、
「実際、九州の阿蘇地方にクマは棲んでるのか?」
「本当に、棲んで繁殖するのに適しているのか?」
ということも気になってしまい……色々調べてしまった。

結論から書くと、

 ・飼う → 申請して通ればOKっぽい。
 ・捨てる → どうやらNG。犯罪です。
 ・阿蘇にクマは?
    → 2012年時点では、大分・宮崎・熊本3県で、野生絶滅宣言が出されている。
     ゴロー超孤独。
 ・阿蘇はクマが生きるのに適している?
    → 生きられないことはないだろうが、適しているとはいえない。



九州では野生のクマは、オフィシャルな記録としては絶滅しているらしい。
けど、それらしい生き物の目撃情報なんかはワリと頻繁にあるみたいですね。
見つかれば70年ぶりだとかで。

ゴローちゃんを捨てた後で土地の人が襲われたとか、
襲った熊が撃たれて死んだとか、
そういうことになったらそれはそれでまた凹むんだろうなーこの子、とか、
ほぼ絶滅状態のところに放したりしたら、
先々ゴローが生き残れたとしても相方見つけられずに一人で死んじゃうじゃん、
とか考えて、
風音さん……もうチョイ場所や方法を、調べるなり、
……見た目だけで山を選ぶんじゃないよw!吟味しなさいよw
と、思ってしまった。

別にねえ、
お話を作る上でそういう考証の正しいことが全てだとは思わないけれども、
要らんノイズはなるたけ自力で排除して頂きたい所存。

とはいえ。
振り返ってみればこのゲームが発売されたのが、1998年。
企画はそれ以前の1997年から電撃G's誌上で動いていたわけで、
インターネットが、ギリギリ? ぼちぼち? 
先進的なご家庭には導入されたか、
気の利いた企業では使い始めてるか、っていう頃合いではないだろうか。

それを思えば、風音さんのような田舎の女の子が
(名古屋からの乗車になってるけど、岐阜の山奥とかに住んでると思うんだよね……)
どこまで気の利いた調査を出来るかと言われたらちょっとどうかナーと思うし、
そこはある意味ではリアルなのかもしれない、致し方なし、
と思うところもある。

そんでまた風音さんならずとも、
98年当時のギャルゲーのシナリオ屋さんがそこまで気の利いた調べ物をするかと言われたら……
ねえw?
イヤ、ホントはその辺ちゃんと調べてシナリオも作るべきだと思いますけどね。

今でこそ、ブラウザ立ち上げてチョチョイのチョイで
かなりそれらしい情報まで入手出来てしまいますし、
どこにどんな山があり、
そこにどんな植物が生えていて、どんな生き物が棲んでいるのか、
ということまで分かってしまう。

これを当時調べようと思ったら、それだけでも結構な手間だったんではないでしょうか。
シナリオライターはともかく、風音さんにそれが出来たか、アタマが回ったかは、
やっぱり「NO」なんじゃないかなあ、と思うオイサンです。

しかしまあ、それを思うと……すごい時代になったものですね。
当時とのそんなギャップに思いを馳せながら感慨にふけってしまったオイサンです。
イヤほんとスゴイ時代だよ。なんでもわかっちゃうものね。

あと、時代の流れといえば最初に驚いたのが、
作中で出てくる「小郡の駅で写真を撮る」シーン、
これも原作にあるイベントなのだけど、
ハテ2000年当時の俺はずいぶん適当に風景描写をしているようだけど、
小郡ってのはどんな土地なんだろう、どの辺にあるんだろう?
と思って調べてみたところ

……オイサンがコレを書いた2000年当時だって、
  今ほどご家庭でホイホイとネット検索が出来たわけでもなければ、
  地図やらが参照できたわけではないですからね。
  思い切り想像で描いていたものと思われます……

……?
小郡って、九州にあるぞ?
とビックリ。

実は98年当時、「小郡」という名前の駅は山口県と九州の両方にあり、
ゲームに出てくる山口県の方の小郡は2003年に「新山口」として駅名を変えていて、
2015年現在、駅名が消滅している。
地名はありますし、駅も「新山口」として存在するんですけどね。
駅名だけがない。コレにはびっくりいたしました。
博多との位置関係をまったく間違えて書いたのかと思ったよw
おどかすんじゃねえよw

マそんなんで、そもそも色々といい加減さをはらんだ感じの物なのだけど、
そういう作品の外側ではなく内側については、
案外自分がちゃんと原作に則って書いてたことにびっくりしましたw 
小郡で写真を撮るのがゲーム内イベント通りだとか、
さとみちゃんのせりふをチョイチョイ差し挟んでいるとか。
分かる人には分かると思います。
まじめだなあ、若い頃の自分w
いまだとそっちの方がユルいかも知れんw ← ダメだろ

正直、ゲーム自体については、
どのヒロインのエンディングを見たかとか、あまりよく覚えていません。
千歳さとみちゃん、風音さんは確実で、
幼なじみの妹キャラであるつばさ、
地味アート系の真美さん、パワーキャラの星奈……
この辺までは、多分確実。
アイドルキャラの飯山みらいちゃんも、多分クリアしていると思う。
後半以降に乗ってくるヒロインたちは、あんまり見てない気がする。

ゲーム自体、冒頭でも書いたように
ものすごい黄金タッグによるオシゴトであり、
色々とインパクト重視で雑な感じなので、
そんなに……心が動かされず、冷めた目でクリアしてたように思います。

唯一、作中にも出した千歳さとみちゃんのセリフだけが、
きゅっと心を締め付けた記憶があるくらい。

  そこまで好きなゲームでもなかったんでしょうね。
  なんで書いたの? 2000年の俺……暇だったの?

とまあそんなんなんで、面白かったらお慰みっていうか……どうなんだろ。
これまでも何度か再掲しよう再掲しようと画策し、
そのまま載せるのはちょっとなあ、という気持ちがどうしても先に立ってしまって
今になってしまったわけだけど。

……まあね。
読む人たちは原作を知らない方がほとんどだと思うけど、
楽しんでもらえたら幸いです。


あ、あと、
せっかくなので、あとで2000年当時の版も、
並べて上げようと思っています。

ほぼ別物になってますけど、
何がどんな風に変わったか、楽しんでもらえたらこれまたサイワイ。
まオマケ程度ですけどね。



以上、
リライトがようやく形になったな、と思った瞬間、
阿蘇山が爆発してワリカシびっくりしたオイサンでした。



ご、ゴローーーーーーーーーーーーーーーー!!!


ではまた。
 
 
 

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2015年9月15日 (火)

■風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より・後篇 -更新第1001回-

 
 
 
    ×     ×     ×
 
 
 
 ざっと見渡したところ、展望車に人影はなかった。たそ
がれて景色も見えず、もうじき次の二十四時間停車をする
博多だから、ほかの乗客たちは部屋で降車の支度を進めて
いるのだと思う。いつもはだいたい混みあっている展望車
がこのタイミングだけは人が減る、それを知っていたから
ここへ来てみた。
 さて、どの席でのんびりしようか? 車両を奥へ向かっ
て歩いていたら、ほとんど最後尾の座席の影から小さな囁
き声と、何かおおきなものが蠢く気配が伝わってきた。聞
き覚えのある丸みを帯びた柔らかな声と、心を少しざわつ
かせる気配……ざわつきの理由は、その正体を知らなけれ
ば到底確信の及ばないところだと思う。
「風音さん?」
 僕は周りに本当に人がいないかどうか気にしてから、シ
ート何列分か離れたところから、気配の方へ向けて声を投
げた。すると、息を殺す気配も、空気がモゾモゾこすれる
感じも収まって、最後列から一つ手前の座席の影から、明
るい髪の形の良い頭が、ゆっくりと姿を覗かせた。やっぱ
り、風音さんだ。
 彼女の普段着である実用的なアウトドアルックで身を固
めた風音さんは、最初警戒の眉毛をしていたけれどそれも
ほんの一瞬で、入って来たのが僕だと分かると頬を緩めて
くれた。仕方のないことだった。
「ようゴロー、元気か?」
 風音さんの座席の足下には、その山岳スタイルに見劣り
のしない、五十リットルかもっと入りそうなザックが置か
れているけど、その中身が山の道具ではないことを、僕は
知っていた。
 ザックの口からは、いまも慌てて押し込んだのだろう、
パッと見はフリースか毛布かという丸められた毛の固まり
が少し覗いていて危なっかしい。その毛むくじゃらが僕の
声に反応してもぞもぞと蠢き、狭いはずのザックの中で器
用にぐるりと身を翻したかと思うと、くりくりとつぶらな
瞳が二つが現れた。風音さんが山で拾い、山間の集落にあ
る実家で育てていたという、熊の子どもだった。ザックの
口から鼻先だけをのぞかせ、嬉しそうに、僕の顔へ温度の
高い息を吐きかけてくる。小熊のゴロー。風音さんは、こ
のゴローを再び山へ返すために、返せるような山を探しに、
ひとに勧められてこの列車に乗ったのだと語った。
 いかにヴェガが特別で豪勢で、事前の申請があればペッ
トの同乗も許可される自由な列車だからといって、この猛
獣の子どもを連れ込むことが許される筈もない。それを見
過ごしていることについては、僕は風音さんと共犯だった。
無邪気にのどを鳴らすゴローにじゃれつかれるだけでも、
遊び相手には相当の覚悟が必要だ。風音さんや比較的懐か
れている僕でもこの始末なのだから、敵意を持った相手が
近付こうものならどうなるか分かったものではない。ひと
気の失せるこんなタイミングだから、少しでもゴローの気
分を和ませるためにと、自室の外に連れ出してやることも
出来たのだろう。
「じきに九州だね」
 僕は彼女の隣に腰を下ろして、もうほとんど重さを感じ
なくなったコーヒーの缶をあおった。案の定、一滴、二滴
しか残っていなかった。
「そうですね。私、博多は、って言うか、九州が初めてな
ので楽しみです。その次は、阿蘇……でしたっけ」
 世間話のつもりで返したのだろう、笑顔だった風音さん
は、僕の言葉の意図に思い至ったようで、表情に影を落と
した。我知らずうつむき加減になる視線の先にはゴローが
いる。ゴローはその理由を知るはずもなく、ただ不安そう
な様子の風音さんを慰めるように、心細げなのどを鳴らし
た。そのときの彼女の胸に走った痛みがどんな色をし、ど
んな形、どんな音だったのか、つらい別れをまだ知らない
僕には知り得なかった。ハーフパンツの膝の上で固められ
た掌から、その中に握り込まれたもののかたちを思うしか
なかった。窓の外を流れていくのは、山、谷、海、谷、山。
いまはもう宵闇に沈んでいるけれど、草いきれと水の匂い
が伝わってきそうな世界が広がっている。やがて山が途切
れがちになり、なだらかな平野を抜け、橋を越えて、町へ
となだれ込んでいくだろう。
 たくさんの景色を映し出してきたこの窓の向こうに、も
うすぐ見えてくるものがある。
 風音さんは名古屋でヴェガに乗り、途中途中の長時間停
車駅で、ゴローを放すのに適した山を探してきた。それは、
ゆく先々で別れの場所を探す、タイムリミットつきの列車
行だった。ここから先、ヴェガにはたった三つの停車駅し
か用意されていない。もうすぐそこまで迫っている博多、
阿蘇、そしてヴェガのためだけに用意された九州最南端の
終着駅「夢の崎」。
 山が見つかった暁には僕もその別れに立ち会う約束をし
ていて、彼女の決心が鈍った時には無理矢理にでも彼女を
ゴローから引き離す役目を与えられていた。彼女と知り合
い、ゴローの存在を知って少ししてからのことだ。その頃
は、僕も彼女もお互い特別な感情を持ちすぎない者同士で
あることがその役割に適当だと考えて、頼み、引き受けた
ことだった。うたかたの旅の時間が許した悪戯だというこ
とも自覚している。けれど今となっては、彼女がそれを他
の人間に頼むことも、僕が誰かに譲ろうとすることも、簡
単ではなくなっていた。
 彼女の事情を知ったとき、なぜこのヴェガである必要が
あったのだろうと不思議に思ったものだった。けれど、い
まは何となく、風音さんにこの旅を持ちかけた人の強い気
持ちと思いやりがない交ぜになった複雑な感情に、爪の先
程度とは言え触れられる気がしていた。それなりに年齢の
いった人の発案だったのではないだろうかというのは僕の
憶測だが、一度きりのやり直しのきかない旅であることと、
そこに至る必然的な時間が彼らには必要だったのだろう。
 カタン・コトン・カタン、と、在来線ほど強くはないけ
れど三つワンセットで静かに繰り返される、ときに心地よ
く眠りにさえ誘うその響きを、彼女はどんな風に聞いてい
るのだろうか。じっと身をゆだねていると、線路を踏むそ
の足音はどんどん加速していくようにも感じられた。否応
なしに刻まれるリズムが彼女の別れの痛みを僕にも運んで
くれはしないかと期待したが、それもまた詮無いことだっ
た。そんな痛みも知らない僕だから、風音さんも大任に抜
擢したのかもしれない。言葉は上手じゃないけれど、生き
物と触れ合うことに慣れているからか、風音さんは思いを
表すことにも、気持ちを汲むことにも、とても長けていた。
 カタン、コトン・カタン、カタン、コトン・カタン、カ
タン、コトン・カタン、カタン、コトン・カタン、カタン、
コトン・カタン、カタン、コトン・カタン。喉を鳴らすゴ
ローを優しくなだめる風音さんの瞳は、逃れようのない列
車の振動に合わせて揺れていた。その横顔を眺めるしかで
きない、僕の目も同じようだったろう。展望車の空調は、
外からの光が昼間強く差しこむ分、他の車両よりも低く調
整されている。そのせいだろうか、それとも長く尾を引く
夜の光跡のせいだろうか、列車が普段より速く、前へ、前
へと、ゴールを求める競走馬よろしく鼻先を懸命に突き出
しているように感じられて、僕は少し不安になった。やが
て車輪の音は渦になり、ほとんど時間の流れを正常に感じ
取れなくなった僕たちを天高く巻き上げて、そのまま地面
にたたきつけようとする。それはだめだ。咄嗟に身をよじ
り、ともに音の渦につかまって舞いあげられたはずの風音
さんの姿を宙空に探した。やはり彼女もまた、音の風に全
身の骨を砕かれたみたいに力なく宙をのぼっていて、その
勢いは頂点に達したところで失われ、ぐにゃりと向きを変
えて、地面に向けて真っ逆さまに落ちていく。彼女を追っ
て僕も向きを変える。落ちていく先の地面に一筋の線路が
見えた。その延びていく先をちらりと目で追ったが、遠く
地平の先にたわんで一直線に消失していた。線路めがけて、
眠っているようにまっすぐに落ちていく風音さんに僕は必
死に手を伸ばし、彼女を捕まえ、抱き留めようとするけれ
ど、肩にも膝にも、まだ力が入らなかった。足が宙を泳ぐ。
せいぜい手をつかみ、引き寄せるのが精一杯だったのだ。
 そのとき、手の甲に触れた感触のやさしさとか細さには
っとなった。ゴローを撫でようと手を伸ばしていたのだけ
ど、何かを感じ取ったゴローはザックに押し込められて身
動きがとれないはずなのに器用に身をよじって、僕の掌を
逃れようとした。ザックごと揺さぶるように大きく動いた
ゴローに驚いて引っ込めた僕の手を、横から風音さんがと
ったのだ。僕は生き物と気持ちを通わせたことがない。そ
の掌に風音さんは、いったいどんな気持ちをこめていたの
だろう。広島で列車を降りるさとみちゃんの背中に見たよ
うな、たったひと筋であるはずのレールに何か別の針路を
見出す力を僕が手にすることは、とうとう、旅の最後まで
無かった。
 これから数日ののち、僕は風音さんの手を引いて阿蘇の
麓に広がる野を駆け渡ることになる。風音さんは抵抗をし
ない。ただ、ゴローのいる方を何度も何度も振り返り、黙
ったまま、僕を責めるでもなく、感謝するでもなく、走り
出す方向を決めることが出来ずにそこに吹く風に流される
ように、その細っこい体のベクトルを僕の手に預けること
になる。
 あのとき、ゴローは理解してくれていたのだろうか。彼
の足なら、遠ざかる僕たちを、追って、追いついてくるこ
となんて容易く出来ただろう。しかしゴローは風わたる阿
蘇の夏草に巻かれる黒い岩の群のうちの一つにでもなった
ように高見から僕たちを見送り、遠く広がる空から流れて
くる、恐らく彼だけに感じる匂いを不思議そうに吸い込ん
でいるように見えた。
 風音さんの体に力は感じられなかったけれど、視界から
消えることのないゴローに結わえられた彼女の視線は、手
を引く僕が前へ進むことを、ときおり頼りない張力で拒ん
だ。
 そんなとき、風音さんは
「走って」
と、それしか言えなくなってしまったような、こわばった
調子で言った。
「お願い、走って」
 そんなに強い気持ちで叫べるのなら、自分で走ればいい
じゃないか。それなのに彼女の足は、僕が引いてやらない
と決して動き出そうとしなかった。僕の前にはレールもな
く、彼女に言われるまま、善し悪しもなく、本当の彼女が
どうしたいのかもなく、ただ言われたままに引いただけだ
った。もっと大きな、寛い何かにからめ取られるように、
風音さんの手を引いて、一面翠と青の、阿蘇の原野を駆け
た。とても必死だった、僕に頼みごとをするときの風音さ
んの目。あのときから彼女は、それがとても狡い手立てだ
と、言葉にはならないけれど――心のとても聡い彼女は―
―どこかで気付いていたのだ。確かな憂いを見知らぬ誰か
と分かち合うことがこんなに狡いことだと知って、強い風
と日差しの中、僕は少し興奮していた。発車時刻には、も
う間に合わない。

『このたびは特急ヴェガにご乗車戴きまして、誠にありが
とうございます。間もなく、博多。博多に到着いたします。
当列車は博多で二十四時間停車致します。お降りのお客様
は……』

 切羽詰まってこわばった風音さんの手が温かな気持ちが
にじみ出すように弛緩し始めたのを見計らったのか、柔ら
かな電子音をともなってアナウンスが割り込んでくる。ス
ピーカーがどこにあるか分からず天井を見上げた風音さん
の手に、僕は少し力をこめて返した。僕は、慎重に言葉を
選ばねばならなかった。
「降りる支度をしないと」
 僕にはそんなことさえ言う資格はないのに、風音さんは
ごめんなさい、とうわずった声で、僕の手を解放するとア
ナウンスが流れ終わるのを待たずにもう一度ゴローの頬を
撫でた。ゴローは小さく喉を鳴らして自分からザックの奥
へ帰っていき、その上からカムフラージュのための小さな
熊のぬいぐるみでふたをする。
「ごめんね」
 口を閉じたザックを背負い直す様子は気遣いに溢れて、
ザックの中でゴローがおんぶの姿勢をとっているのが透け
て見えるようだった。
「行きましょうか」
 困っちゃいましたね、とでも言うような調子と、少し元
気のない眉の彼女に促されるまま僕は立ち上がり、トコト
コと客車へ向かう後に続く。視線を、しょげた背中から窓
の外へ逃がすと、スローダウンを始めた窓の外には町の灯
りが目立つようになっていた。近くは素早く、遠くは緩や
かに。年をとると遠い記憶ほど鮮明に思い出すという話と
重なって、無数の灯りが全部、そこに暮らす誰かの日常の
記憶のともしびに思えてくる。列車を降りた風音さんの帰
る日常は、掛け替えのないものが欠け落ちていることを自
ら約束した日常で、灯りの落ちた名も知らない駅に置き去
りにされる不安とやるせなさをはらんでいる。町では、ど
れだけの人たちがどんな当たり前を営んでいるだろう。外
から見たら、夏休みの十五日間だけを走り過ぎて行くこの
特別すぎる時間は、せいぜい銀河鉄道のようなものだろう。
明日にはこのレールの上も保線員さんが歩き、摩耗し疲労
した軌道の音を聞くのだろう。カタン・コトン・カタンの
リズムに生じた狂いもまろやかに均されて、やがて心地よ
い眠りを誘う振動に溶け込んでいくに違いない。
 娯楽車と食堂車を過ぎると客車エリアに入る。にわかに
慌ただしくなった客車では見るからに一人旅の学生や、ど
ういうわけだかスーツ姿の男や子連れの家族、車内で働く
人たちもめいめい動き回っていて、僕たちが入ってきたこ
となど気にも留めない。僕たちもその中へ、歩調を合わせ、
道を譲り、譲られ、溶け込んでいった。
「博多ではどこへ行くか、もう決めたんですか?」
 売店のところで通路が少し広くなり、前を歩いていた風
音さんはごく自然に歩度を落としていつの間にか僕の隣に
並んでいた。この子は、こうした何気ないこなしが抜群に
上手い。
「うーん、それが、まだ決めかねてる。時間もそんなにな
いし、どこも面白そうで。風音さんは?」
 風音さんは答えなかった。
 もうすぐ終わりを迎えるこの旅の中で、僕は自分で決め
たいくつかのことで、小さな流れを変えてきたつもりでい
た。けれどそれすらも、さとみちゃんの言っていたように、
天にかけた祈りのその叶いに似て、どこからか返ってきた、
誰かの決めた答えの積み重ねでしかなかったと思う。
「じゃあ、中州なんてどうです?」
「中州? 別にいいけど、どうして?」
「ガイドブックに書いてましたから」
 こともなげに、風音さんは笑った。
「何か面白いことありそうじゃないですか? みんなも来
るかもしれないし」
「じゃあ、足を運んでみるかな? ああ、でもなあ。すこ
し考えてみるよ」
 決めきれないまま言葉を濁し、彼女と別れて自室へ戻る
と、小さなデスクの上には書きかけのレポート用紙と筆記
具が出したままになっていた。窓の外、列車は見る見る速
度を殺し、博多と書かれた駅名のプレートがぼんやりした
光に包まれながら至極ゆっくりすべりこんできて、奇妙な
揺り戻しと共に止まった。だらしのない足腰はその程度の
振動にも押し負けてふらついてしまう。僕は浮いてしまっ
た右足を、わざと強く、床にどしんと下ろしてやった。そ
のくだらない震動は地球の裏側どころかレールにすらろく
に伝わらず、がたんと小さく踊ったテーブルの、まだ真新
しい万年筆の向きを、少し転がせただけだった。
 
 
 
(終)
 
 
 

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■風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より・前篇 -更新第1000回-

『心地よいリズムが否応なしに体に刻まれるから、列車の
旅は乗客たちに不思議な一体感を生む、と列車好きたちは
言う。それが本当なのかどうかは、生物学や、或いは心理
学の先生に譲るとして、いまはそのリズムに身を任せてい
たいと思う。
 レールの敷かれた人生の下らなさを誰もが声高に謳うけ
れど、一旦降りたホームで時間をつぶして、次の列車に乗
るもよし、特急列車に乗り換えて、前を行った列車を追い
抜くのも痛快なものだ。同じホームに立ったとき、いつや
ってくる列車に、どのドアから、どんな荷物を提げて乗り
込むのか、それは自分次第なのだから。そして、隣には誰
が座るのだろう。
 それもまた、答えを求めるまでのとても重要なプロセス。
人の一生は、きっと誰もが同じ一本道のレールの上だ。け
れど、力ある人はレールを曲げるし、知恵ある人はスピー
ドを変える。思わぬ事故。見たことのない駅。各駅停車、
特急列車、限られているそれらだとて、すべての選択肢を
目の当たりにする人がどれだけあるだろうか。決して完璧
な自由ではないけれど、人の手に余りあるほどの道が、そ
の一本のレールの上に広がっている』

 そこまで書いて、僕は万年筆を握っていた手を止めた。
伸びをして覗いた窓の外はもう暗い。山間の峡谷をいま、
この特急ヴェガは走っている。線路沿いに時折現れる集落
のともしびが、薄くガラスに映った僕の顔に重なりながら、
尾を引いて後ろへ後ろへ滑っていく。遠く山の上には、そ
れとは趣の違った星の光も見える。寄り添って立つはずの
木々の葉の一枚一枚はその鮮やかな緑色を闇に黒く塗りつ
ぶされていた。
 僕は凝り固まった首筋を押さえ、一つ浅く息を吸って喉
の乾き具合を確かめた。小休止の頃合いだ。ソファから立
ち上がり、もう一度、大きな伸びのついでに見回すこの個
室は決して広くはないけれど、ここまでの十日あまり、不
自由を感じたこともない。さすが、超豪華列車を名乗るだ
けのことはある。けれどこの旅も、もうじき終わる――ド
アを開け、なじみ始めた自分の部屋の匂いが、流れ込んで
きた通路のまだ真新しさが残るカーペットの匂いで薄まる
のに少し寂しさを覚えながら、僕は売店へと足を向けた。



    ×     ×     ×



 車内にある売店で、ちひろさんがイチオシだという缶コ
ーヒーを勧められるままに買い、客車の通路を縫って歩く。
展望車まで行って空を眺めようと思った。列車は瀬戸内海
を遠く臨んで走っている。広島を出、小郡を過ぎて関門海
峡に差しかからんとするばかりだ。山と谷、その隙間から
覗く海、その繰り返し。車内はどこへ行っても冷房が効い
て快適だが、窓ガラス一枚隔てた外の熱気は、日本の夏そ
のものだった。
 そういえば、この缶コーヒーとちひろさんを見て思い出
すのは、旅の始まりにペンケース一式を失くしたことだ。
稚内の駅に忘れたのか、移動の途中で落としたのか……は
たまた、ヴェガ車内のどこかにあるのかは分からない。と
もかく、出発駅の稚内から次の停車駅だった旭川までの間
にペンケースが自分の荷物から失せていることに気付いて
慌て、落ち込んだ気分を味わったのだった。先行きが不安
だ、やはりこんな列車での旅なんて、生来インドア派の自
分にはがらじゃなかったのだと、やたらな悔やみ方をした。
 そのペンケースには特別希少なものや大事なものを入れ
てあったわけじゃない。ケース自体も使い込んだ万年筆も、
個人的な親しみこそあるものの、どこにでも売っているほ
どほどの物でしかなかった。逆にその分、「どこにでもあ
るものだからこそ、しみ込んだ自分だけの時間が大切なの
だ」という、拗れた感覚のほうが厄介だったわけだが。
 旅のはじめからそんな後ろ向きな思いにとらわれている
僕を見かねてか、売店で車内アテンダントを務めるちひろ
さんが教えてくれたのがヴェガオリジナルの万年筆で、ヴ
ェガの運行を記念して作られた海外の有名な文具メーカー
の製品にヴェガ独自の意匠を加えたそれは、失くした相棒
にすぐとって代われるほど魅力的な品物ではなかったにせ
よ、その場をしのぐのと、万が一本家が見つかったあとに
もセカンドとして使い続けるのに十分な風合いを備えてい
た。

「ね? これもなにかの縁ということで、一本いかがです
か? いまならこの缶コーヒーもオマケしちゃいます!」

 そのときは、捌ききれない記念グッズをていよく押しつ
けられた気がしないではなかったけれど、ちひろさんの人
となりを知ったいまではそれが本当の親切心から出たせめ
てもの提案だったのだろうと反省する。それとは別に、彼
女自身、陰気な顔の男がいつまでも車内をうろついている
ことに耐えられなかったのかもしれないと、新しい勘繰り
にほくそ笑んでしまうことはある。
 ケースとそのほかの筆記具については、旭川の文具店で
調達してしまった。店のことは、僕と同じで稚内から乗っ
ていた桜井真美さんに教わった。些細なことがきっかけで
知り合った彼女は、絵を描くのが趣味だというだけあって
画材などの事情に明るく、東京で降りてしまってもう会う
こともないだろうけれど、機会があればもう一度きちんと
お礼をしたいと思う。
 結局車掌さんが連絡を取ってくれた稚内の駅にペンケー
スの遺失物は届いていないというし、旅が終わりに近いい
までも車内を歩くときは気をつけているけれど、そうして
旅が始まると同時に手にすることになった筆記具たちは、
いまやすっかり僕の鞄の中に居ついてしまっていた。とも
あれ、そんな思いにほだされたり、救われたり、まんまと
一杯食わされたりしながら……僕は、こんなところまで来
てしまった。次の停車駅は博多だ。
 小一時間に、小郡で三十分の小停車があった。日が落ち
る寸前の時刻に、ほんのしばらくホームに降りただけであ
っという間にシャツが汗でずくずくになるほどで、西日本
の熱を僕は初めて肌で知った。
 そのホームで、名古屋から乗ってきた風音さんに頼まれ、
僕はカメラのシャッターを押した。ファインダー越しに見
た、駅名の看板と土地の少しの景色をバックに、手のひら
で斜陽を遮る彼女の笑顔が、それまでの晴れ晴れとした明
るさを映しながら物憂げな色を帯びていくのを見るのは、
夏の短い黄昏がそんな色をしているせいだけでないことを
知っている僕には少しきつかった。



    ×     ×     ×



 目指す展望車は、四号客車のあとにさらに食堂車があり、
娯楽車があり、そのうしろに連なっている。その最後尾の
二両を繋ぐデッキの手前でお尻のポケットで携帯が震えた。
未だ使い慣れないそれを、缶コーヒーを取り落としそうに
なりながら捕まえて、早足でデッキへ駆け込んだ。
 一体誰からだろう? 家族には、旅情をそぐからよほど
のことでもない限り鳴らしてくれるなと家を出るときに念
を押してあった。持ち始めたばかりの電話の番号を知る友
人も多くはない。液晶の表示を確かめ、ボタンを押す。我
ながらわざとらしいと自嘲しながら。相手は一人しかいな
い。
「あ、もしもし。あの、私、千歳です。いま、大丈夫?」
 それは、広島でこのヴェガを降りた友人からだった。半
日以上かけてようやく埼玉は上尾にある実家に帰りついた
という報告だった。
 ヴェガに乗ってしまったことで、結果的にとはいえ推薦
入学を蹴ることになってしまった彼女への、周りからの、
殊に家族と親類からの非難は強く、さすがに何から何まで
万事円満と言えるほど上手くはいっていない様子だったけ
れど、それでも、今の彼女なら多少の反発にめげてしまう
ようなことはないだろうと思う。
 彼女は答えを見つけた人だった。目の前に停まっていた、
始めから終わりまでレールを敷き切られ、その上を走るこ
との出来る時間さえ限られた、哀れな……ひと連なりの列
車。十分なお金も、宛もないままに飛び乗っていい筈がな
いことは、聡い彼女には当然分かっていたはずだった。明
日からのことがある。昨日までの自分もいる。右にも左に
も進めない、進みたくない、そんな瞬間に、目の前に開い
たヴェガの白い扉が何かを語りかけてきた、そんな風に思
ったのだという。
「いまにして思えば都合のいい妄想だし、ただの逃避だっ
たと思うんだけど。本当、そこに電車が停まっててくれて
良かったわ」
 控えめに笑い、ちょっと怖い冗談を挟む余裕さえある。
選択の余地も何もない、一本のレールの上をたった一度き
り走るだけの、この列車がどんな風なのか、その先に何を
見ているのか……それを知りたかったし、もしかするとそ
こに覚悟みたいなものがあるんじゃないかと思ったのだと、
彼女、千歳さとみは話してくれた。
 そして彼女は答えを見つけた。列車が運んできたのは新
しいものではなくて、降りるために乗るという、ほんの些
細な時間のずれをこしらえるためのきっかけだった。それ
まではどこにも見あたらなかったそれを自分の中から作り
出し、旅に出てしまったことから終わらせることまでを一
つの解答にして、彼女は列車を降りることで体現して見せ
てくれた。ヴェガの旅から帰り着いた郷里の町は、今まで
見たことがない色をしていただろう。昨日まで、その町に
確かに居座っていた明日は、もう目の前からなくなってい
たはずだ。
 そんなことを言ってもね、と彼女は続けた。
 全部が全部を、自分一人で作り出したわけじゃない。列
車が停まったときそれぞれの駅にあったもの、空気の肌触
りとか、山から聞こえてきた音とか、ごはんの匂いとかが
積み重なって、ちょっとだけ無茶をしてみようという気分
にさせたのだと、だから強いわけでも、偉いわけでもない
のだと、
「本当、ただの偶然なのよ」
と、まるで背中の真ん中でも痛いみたいに、ひどいでしょ?
と笑って話を締めくくった。
「じゃあ、そろそろ切るね。旅行、この先も気をつけてね」
 電波に乗ってやってくる彼女の声はデジタルに変換され
ても思いを損なわず、しっかりと僕の耳の奥に届いて消え
た。まるで自分が励まされているような。ただ無責任に、
ふわふわと勝手なことを言っているだけの楽な自分に。
 一口、二口と缶コーヒーに口を付け、一日ぶりにその強
さに触れ、僕は列車を去ろうとする彼女の言葉を思い出し
ていた。

 不思議だわ。人に迷惑をかけているのに、自分が間違っ
ている気がしないの――。

 しばらくの間、携帯電話の液晶画面に点滅する通話終了
のメッセージを見つめ、それをポケットに押し込むと、ず
っと反対の手に握っていた缶コーヒーが少しぬるくなって
いるのが、やけに敏感に感じられた。僕は――。



    ×     ×     ×



 カタン・コトン・カタン、カタン・コトン・カタン、と、
デッキでは列車のリズムがよりダイレクトに感じられるし、
窓の外を風景も、客車で見るより速く、飾り気無く過ぎ去
って見えた。もたれていたデッキの壁を背中で蹴るように
して弾みをつけ、半歩踏み出すと、ちょうどいい速さで開
いた自動ドアの向こうから流れ込んでくる冷気で全身が洗
われるのを感じた。展望車の室温は、デッキより一、二度
低くしてあるらしい。
 連結部をくぐると、外の世界の光景がほとんど丸ごと、
目に溶け込んでくる。車両の外に投げ出されたような錯覚
に陥って足がぴくりとすくんだ。デッキから展望車へ移る
ときはいつもこうなる。展望車はいわゆるロビーカーで、
壁と天井はガラス張りの部分の方が多いのではないかとい
うくらい視界が広いせいだ。ここへ来れば、列車がいまど
んな場所を走っているのかを、どんなアナウンスより正確
に知ることが出来た。旅の始まりに北海道の夜を走ったと
きは、その天然物のプラネタリウムの幻想的なことに圧倒
され、東北の山並み、見慣れたはずの東京の風景でさえ、
横へ、後ろへと絶え間なく流れていくこの窓から眺めると
まるで一つの絵巻物を見るように新鮮に思えたものだった。
僕の日常は、この窓からだったらいくらかはましに眺める
ことが出来ただろうか。
 この特急ヴェガの始発駅、北海道の稚内から僕は乗って
いる。僕はいわゆる「鉄」ではないし、旅行好きというわ
けでもない。九州の南端に「夢の崎」なんていう専用の終
着駅まで設けて、八月の十五日間を一度きり日本を縦断す
るヴェガのことも、テレビや駅のチラシで少し知っている
くらいだった。奇跡のような確率でこの特別列車の搭乗権
を引き当てた鉄道好きの伯父を見舞った「のっぴきならな
い都合」とやらが、僕にその権利を譲り受ける機会を運ん
で来でもしなければ、他の誰かに眺められる立場で、この
窓の外にいたことは間違いない。伯父ののっぴきならない
事情というのも、簡単にまとめれば「断れない仕事が入っ
た」ということにおさまるのだけど、仕事の原因がふた月
ほど前に地球の裏側で起こった大きな地震にあり、本来受
け持つはずだった職場の後輩はその地震に恩のある先生が
倒れたために伯父に代打を打診してきて、断ろうとしたが
その後輩の奥さんというのが伯父の奥さんが若い時分に患
った大病から命を救ってくれた人の娘さんであったことが、
地震で起きた津波で沈みそうになった船にふられていた識
別番号がきっかけで明らかになり、その病気の話が伯父と
奥さんを引き合わせた大きな契機になっていたこともあっ
たのだが、しかしそれでも今回ばかりはと渋る伯父の息の
根を止めたのは、仕事の発注元の更に先にいた顧客が今回
のヴェガ計画の大口スポンサーでもあって、次回の企画が
持ち上がったときには優先的に口を利いてもらえるという
条件だった。
 ここまでくるともう何が何やら、偶然と必然の三十八度
線を巡る争いがいつ終わるのか皆目見当もつかないけれど、
ともあれ、僕が譲り受けたのは権利のみで求められる最低
限の費用や旅先で必要になる負担は自分で支払ってここに
いるのだから……我ながら、いま身を置くこの時間に、不
確かながら魅力をかぎ取るくらいの衝動は持ち合わせてい
たのだろうと思う。そう、衝動だ。どうしてそこまでして
この列車に乗ろうと思ったのか、確たる思いにおぼえがな
い。強いて言うなら、ほかに使い途を思いつかなかったの
だ。見栄か、ファッション。自腹を切ったことまでひっく
るめ、この二週間を切り抜いて昔の友だちに見せびらかす
くらいしか、改札をくぐる前の僕には思いつけなかった。
列車を降りたら、なにごともなくその二週間を差し引いた
だけの昨日の続きの明日を始めるつもりで、僕もいた。そ
れだって、ひとの営みの鮮やかな一形態だと思っていたし、
大きな変容の種が心に兆したいま、尚のこと強くそう思う。
 
 
 
    ×     ×     ×
 
 
 
(続)
 
 
 

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