« ■40歳に置き忘れた、遠いあの夏のうどん -更新第1085回- | トップページ | ■筋書きのない富山~延長5年、ツーアウトからの『TRUE TEARS』・城端巡礼~(第6回) -更新第1086回- »

2016年8月19日 (金)

■DEEPNESS beyond EVERYDAY -更新第1986回-

若い人、ゲームをプレイする人、面白いアニメや映画を見たい人は、
いったい本質的には、何に興味があるんだろう。

いっときの面白さがそこにあれば良いのだろうか。
それとも、その面白さによってその先や奥にある何かに手を触れたいのだろうか。

ただ面白いだけではなくて、そこに手を突っ込んで、
何が、どう、なぜ面白かったのかを、考え、分析・細分化して
より具体的に語る人たちはいるが、
(それを日々の糧を得るための材料にしている人は別として)
彼らはそれを、なんのために行っているのだろか。

「面白さを突き詰めるため」という答えは、まあ返ってくるだろうが、
その先があるのかどうか、ということだ。
「面白さを突き詰めてどうするか」、
自分が生み出そうとする面白さに反映させるためであるのか、
「面白さ」のライブラリを完成させるため
(それは作品の価値の理解を広めて深め、人の知性を高めたり、
心のありようを解きほぐしたりすることに役立つであろう)であるのか、
より深く心に刻むため、というのもあるだろう。

直接的に面白さを生み出さずに彼らのハートを掴むには、何か出来ることがあるだろうか、
と考えている。
面白さをほじり返そうとする、その動機の奥にある欲求か衝動か……、
そこをじかに刺激するテを知ることが出来れば、
何か一つ、私個人にとっても、世の中広くにとっても、
広がりが生まれる気がするのだ。

ただ「そこにある面白さに触れたいがため」であるなら、
その奥を発掘することは望めない。
ただただ、面白いものを生み出さなければ答えられない。

だが、そうではない、面白さ、面白かった充実感、それらが彼らの心の中で
何か違うものに変化して(厳密には面白さの皮がむかれ中身が取り出されて)、
しまいこまれたり、知られざる心の器官を刺激しているのであれば……
私は、その面白さという手順を踏まず、そこに直に、熱い光を当てる手立てを思い描きたいのだ。

面白さによって、刺激され、開発されるモノというのは(若い時分にはより顕著に)あるから、
面白さを手に入れてそこを叩きたい、という気持ちも、彼らにはあるのかもしれない。
それはまず面白さでなければならないのかもしれない。

だが今は私は、面白さのカタチを介さずに、何かを彼らの心の髄に届かせられるのならば、
それをしたいのだ。

そして『日常系』は、そのヒントの大きな一つだと思っているのだ。
I found that the "Nichijo" system must be one of the hugest hints.

|

« ■40歳に置き忘れた、遠いあの夏のうどん -更新第1085回- | トップページ | ■筋書きのない富山~延長5年、ツーアウトからの『TRUE TEARS』・城端巡礼~(第6回) -更新第1086回- »

[ご意見]」カテゴリの記事

創作」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/55967/67069061

この記事へのトラックバック一覧です: ■DEEPNESS beyond EVERYDAY -更新第1986回-:

« ■40歳に置き忘れた、遠いあの夏のうどん -更新第1085回- | トップページ | ■筋書きのない富山~延長5年、ツーアウトからの『TRUE TEARS』・城端巡礼~(第6回) -更新第1086回- »