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2016年7月21日 (木)

■Good-bye Season in 松屋~メシよそいのバラード -更新第1074回-

JR水道橋の駅から南へ少し歩いたところに、松屋があった。
毎朝そこで朝食を摂るのが、長きに渡ってジェームズの習慣になっていた。


店には、ジェームズより十ほど年上の男が働いていて、名をケビンといった。
二人は特別言葉を交わすような間柄ではなかったが、
互いに「毎朝店に来る男」「店で毎朝働いている男」と、顔と人となりを覚えあうくらいではあって、
ケビンはジェームズが何を食べるか概ね把握していたし
――実際ジェームズは2、3種類のメニューしか選ばなかった――、
ジェームズも、メシの盛りが比較的多すぎる松屋において、「ゴハン少な目で」とたのめば
すっかりさじ加減の分かった量を出してくれるケビンの存在を重宝に思っていた。


しかしあるとき、松屋フーズ本部はその店を閉める決定を下した。
理由など、二人に分かるはずもない。

のちにジェームズがインターネットで読んだ記事によれば、
本部は従来の牛めし屋スタイルでの出店をしぼり、
とんかつを主力とした「松のや」の展開を増やそうとしているということだったから、
その戦略の一端であったのかも知れない。


  ▼なぜいま松屋フーズは“とんかつ”に力を入れるのか[ITmedia ビジネスオンライン]
  http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1606/02/news027.html


ともあれ、無情にも店は閉じられ、
ケビンの行方はジェームズの知るところではなくなった。
ケビンもまた、ジェームズの姿を見る機会を失った。
その日からジェームズの朝食のテーブルは、その近くにあった吉野家とデニーズとの間で、
日ごと行き来するようになった。


それから暫く過ぎて今朝のこと、
ジェームズはたまたま用があって飯田橋の北側の通りを歩いていたのだが、
ふと、こちら側にも一軒、松屋があったことを思い出し、今日の朝食はそこで摂れば良いと考えた。
そもそも彼には、松屋の朝食が丁度良かったのである。
価格といい、分量といい、バリエーションといい。


吉野家は、サラダを付けても野菜の量が少なかった。
たかだか野菜くずのようなキャベツの千切りに申し訳程度の人参やら玉ねぎを混ぜ込んだだけの名ばかりサラダでも、
その差は大きく感じられた。

デニーズは高い。
そして料理が出るのに時間がかかることも、ジェームズには不満だった。
にしても、デニーズのあのままならなさはどうだろう。
8時に近い時間となれば注文が殺到することが分かっていたから、
ジェームズはそれなりに気を回して希望の30分以上前には必ず店に入り、
料理は30分後に持って来てくれれば良いと注文しているというのに、狙った時間に供されたためしがないのだった。
5分と遅れず持ってこいと言っているのではない。多少のズレには目をつむる。
しかし毎度毎度、10分、15分と遅れられるのには辟易する。
調理に5分、10分かかるなら、その分を見越して調理を始めれば済むことだろうに……。


そこまで考えて、ジェームズははたと我に返った。
デニーズではない、今は松屋だ。
自分にとって丁度良い松屋が、今日は久々に朝食のテーブルになろうとしている。
……しかしながら、若干の気の重さはあった。
松屋は、メシの盛りが多いのだ。
「少な目で」とたのめば済むが、そうすると今度は過剰に減らす店員もいる。
昼までもたないのではたまったものではない。
少な目とたのんでおきながら、「これでは少なすぎる」と突き返すのも気まずいもので、
店の人間にあまり細かく注文をつけるのは、我がことながら
「この店員は俺の母親ではない!」と突っ込んでしまいたくなるのだ。


しかし、久々の機会だ。
そう言い聞かせジェームズは慣れないガラスの戸を引いた。
初めての店ではないのだ。券売機が、分かれて店の左右に置いてあるのも知っている。
食券を買い、席につこうとしたら、カウンターの内側にはケビンがいた。
一瞬、互いに目を疑うような間があった。
考えてみればさほど驚くような話ではないにせよ、それには不可思議な衝撃があった。


  「こいつは……。旦那じゃありませんか」
  「驚いたな」


名は、互いに知らない。
ケビンは名札を付けていたはずだから気を配っていれば知ることは出来たに違いないが、
ジェームズにはそこまでの気が無かった。
その必要も感じなかった。
名よりもよっぽど確かにジェームズにとっての彼を彼と証明するものが、ケビンにはあった。


  「こっちの店は遠くありませんでしたか、旦那」


ジェームズがカウンターにすべらせた食券を拾いながら、ケビンは言った。
確かに、前の店からここまではそこそこの距離はある。


  「いや、今日はたまたま駅のこっち側に用があったものでね。元気でやってたかい」
  「へへ、こっちの店はとんでもなく忙しくて。
   大変でさ。売り上げなんて、前の店の3倍、4倍ですよ」


前の店のときと同じメニュー。食券を半分にもぎり、何故だか自嘲気味に笑いながらケビンが厨房へ引っ込んでいく。
そうか。なら、給料も3倍、4倍だな。
叩き損ねた軽口を、ジェームズはケビンの置いて行ったお冷で呑みこんだ。
ただのバイトのケビンに、そこまでの見返りがあろう筈もない。
そんなことはジェームズにも分かっていた。


  「旦那あ」


ジェームズはもう携帯電話をいじり始めていたが、
ホールと厨房を隔てる、安いすりガラスの様なプラスチックの間仕切りの向こうから、
ケビンが目いっぱい背伸びをして問いかけてきた。
背の高くないケビンは、カウンターの向こうからソーセージエッグ定食の乗ったトレーを渡す時も
いつも少し苦しそうにしていた。
何かが変わる。
変わらない何かがある。
ジェームズは応えた。



  「ゴハン少なめで」



一日が、始まる。









……。




あ、あと、ジェームズはオイサンでケビンは名も知らぬ松屋のバイトのオッサンです。

要約すると、

  以前オイサンが毎朝ゴハン食べてた松屋には顔なじみでゴハンの量をいい具合に調節してくれる
  バイトのオジサンがいて、
  そのお店がちょっと前につぶれてしまって朝ゴハンのお店に難儀してたのだけど、
  今日、駅の逆サイにある方の店舗にたまたま行ったらそのオジサンが働いてて、
  久しぶりに会ってお互いちょっとびっくりしてた、

っていう話です。
会話のニュアンスはもちろんこんなんじゃありませんが、
言ってる内容はほとんどまんまです。

あと、夕べ、平井堅に関する(つか若干disい)ツイートをいくつかしたんだけども、
そのせいか(呪いか)「平井堅のライブに行って本人と話をする」なんていう夢を見たのだが、
いま思い返すと、あのとき話をした顔は、平井堅じゃなくて阿部寛だった。
良く知りもしない人を夢に出させるもんじゃありませんね。

 
 

オイサンでした。

 
 

 

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