« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年11月の11件の記事

2015年11月28日 (土)

■ほほえみの、砲弾! ~『ガールズ&パンツァー 劇場版』、感想!  -更新第1022回-

『ガールズ&パンツァー 劇場版』を見た日の夜、
おかしな夢を見たオイサンです。





マ夢の内容と『ガルパン』の映画は全然関係ないんだけど。
今『ガルパン』がオイサンのこころをひどく不安定な状態にしてくれているのは間違いないので、
なんかそんな夢を見たんじゃないか、と思っている。
言いがかり?

先に夢のハナシしちゃうけど、
そこでオイサンはどうやら、母娘でやっている小さな薬屋にさいさい出入りしているらしく
(どういう経緯かとか、何の薬を買っているのかとかは分からなかった)、
どうもそこの娘さんと懇意らしい。

  羨ましい。夢の中の俺は、リアル俺にも少しおすそワケすべきだ。

デある日、シゴトの昼休みにまたその薬屋に行ったのだが、
なぜか娘さんから大量の……小型の台車のハンドルのところまで積み上がるくらいの……
古いマンガ本と一緒に、手作りのお弁当をいただいてしまった。

  ちなみに娘さん、ハタチそこそことお見受けした。

娘さんはそう器用ではないようで、半透明の白いタッパーからぼんやり見えるおむすびには
海苔が、あまり上手に巻かれていなかったのだが。

また古いマンガ本とは、オイサンが小学生の頃、
つまり昭和50年代のあたりのジャンプやチャンピオンに載っていたような、
それこそ『北斗の拳』とか『魔界学園』とかだったように思う。
タイトルはこれらそのものではなかったように思う。

その弁当をもらって帰ったはいいが、
その日は既に昼を食べた後だったのか、それとも時間がなかったのか、
食べないまま家(なぜか実家暮らしだった)に持って帰って、
結局食べたか食べなかったか……そんな終わり方だった。

……マ夢の話なので深く突っ込んでも詮無いことだが、
ホンワカと幸せな夢であったことよ。

なんかアタマ痛くて、寝苦しい夜だったんだけどね。
もしかして、コレを書いている俺はもう死んでいるのかもしれない。



●○● 『ガールズ&パンツァー 劇場版』~ボクが戦車にノれないわけ ○●○



デ本題。なんで夢の話なんかしたんだ(知るか)。
『ガールズ&パンツァー 劇場版』を見てきました。


▼ガールズ&パンツァー 劇場版 本予告




TV版にもさほど思い入れがあったわけでもないのだけど、
「TV版で興味なかった作品ほど劇場版が見たくなる」の法則(世間にはそんな法則ないがオイサンにはある)
に導かれた格好です。

  『モーレツ宇宙海賊』といい、『まどマギ』といい、そんな感じだ。
  本当は『ラブライブ』も見に行く予定だったんですが、見逃してしまった。


▼『モーレツ宇宙海賊 亜空の深淵』予告編





デ、結論としては。



……。



……『ガルパン劇場版』、チマタでは、えらく評判が良いわけです。今のところ概ね絶賛しか見ないくらい。
しかしオイサンには、TV版と同じで……モヤモヤとした、不完全燃焼な胸の内のまま、帰ってきてしまった。
……ウーム、むずかしい。

まず最初にことわっておくと、つまらない、面白くない、退屈など、
ダメな評価では決してないです。
素晴らしい圧倒的な映像、音響。そしてTV版と相変わらず、
むしろより以上に、戦車への愛に満ち満ち満ちた作品でした。

しかしこの作品の、TV版から通じてオイサンにとって難しいところは、

「間違いなく面白い作品のはずで、
 その良さ自体はもうビッシビッシ見て取ることが出来るのに、
 オイサンにはその内側にある面白さがダイレクトに響いてこない」


ところなのです。
これは……存外苦しい。
そして、それが響いてこないことが、今回はなぜかとてつもなく悔しい。

完璧に近く作りこまれたこの作品ならではの面白さ、
おそらく作り手が一番伝えたいと考えているストロングなポイントを、
オイサン自身の持つ評価の指標というか、
感じ入るフィルタの順序のせいで、まっすぐに届かず、受け止められないでいる。

作り手の描いたものと描いたもの同士、
或いは作り手の描いたものとオイサンが頭の中に描いた妄想の線が頭の中でショートして、
パパパツ! と火花のスパークする瞬間が……なかなかない。
「これだ!」とか、「これか!!」っていう瞬間が訪れ難いのです。
大概そこから火花が導火線を走って「面白い!」の火が発火するんだけど。

ハイクオリティな映像と音響が圧倒的にドカドカドカッと眼前に示されて、気が付くと終わっている。
そこに自身が介入する隙が、時間的にも空間的にも、ない。
オイサンにとって、『ガルパン』はそんな作品なのです。



そこには多分、2点の原因がある。

1点目は、
作品を構成する要素の、作り手としての優先順位と、
オイサンの評価の優先順位が違うのだろう、ということ。
それはつまり、自分が「『ガルパン』の正しいお客さん」ではないということだ。
ラーメン屋におそば食べに来ちゃった、みたいなことです。
ちょっと違うかもだけど、大体そんな感じだと思う。

そして2点目
オイサンが優先的に評価しようという要素を掬い上げるのに、
それなりに深い知識と、
画面から繰り出される情報量をハイスピードで処理して組み上げていく能力が要求される。
……のではないかな? と、推測している。
これはオイサンには出来ていないことなので本当にそうなのかはちょっとワカラヌが、多分そう。
裏付けとなる知識を得た上で、且つ、
画面に出される情報をダイナミックに処理できないとダメなんだと思う。



■演出と物語、天秤のみぎひだり

1点目というのは、つまり演出(映像・音響)と物語、どちらにより比重を置くかということだ。
まずはシナリオの(あくまでも表層的な)話になるが、
しいて言えば、オイサンは『ガルパン』の(何度も言うけど表層的な)お話づくりに
物足りなさを感じているということになる。

今回、引っかかる点はいくつかあった。

  1)「悪役」である文科省の(再)登場が唐突で、
   なぜ彼らが廃校のターゲットとして大洗学園にそこまで執着するのか、
   理由らしい理由も(「まぐれ優勝」みたいな言い方くらい?)ほとんど説明されず、

  2)提示される障害がTV版と変わらず「廃校」で、
   スケール感も深みも変わらない(無闇にインフレするよりは好いけど)から
   きっかけに驚きが薄く、

  3)大学選抜強化チームとの試合に臨んで、
   ドリームチーム結成の動機の、感情的な流れが描かれない。

オイサン自身がTV版の復習不足なんで、
1)と3)についてはそこで描かれていたかも知れない。抜けてたらゴメンナサイ。
けども、少なくとも3)については、映画本編の中で改めていくらかでも説明があった方が
色々と深みを感じられたと思う。

「大洗学園がなくなる!」という事態に直面して、
ライバルチームの彼女らが感じるところと言えば、「困っている大洗を助ける」という以上に、
「大洗ともう一度戦うことが出来なくなる(リベンジ・友情含めて)」という気持ちが、
競技者である彼女らにはきっと大きいと思う。

或いは
 「困窮している者に手を差し伸べるのが戦車道の志すところの精神
  ……たとえば人を救う道であったり、女性的な寛さ・やさしさ・大きさ……、
  であって、それに則って行動している」者? も、
ライバルチームたちの中にはあるかもしれない
(あったとしてもそれは主軸ではなく照れ隠し、方便のようなもので、
大洗チームなり、大洗の誰か個人への思い入れがあると思うけど)。

サンダース付属の面々なんかは前者で、且つ、
「また戦いたい」よりは「また遊びたい」という気持ちの方が大きかろうし、
カチューシャたちプラウダも前者だけれども、「リベンジ」的な意味合いが強いのではなかろうか。
騎士道の国をモチーフにしているであろう聖グロリアーナなんかは
「嗜み」としての精神的な面を大きくしているように感じる。

  「戦車道」がスポーツではなく「道」であるということを改めて考えると、
  そういう描き方で、また世界観に面白みが出る……と思うのですよね。
  「道」として重んずるところはなんなのか。
  大体、今の情報量からでは「戦車道」ってただのスポーツ競技としか見えなくて、
  せっかく「道」として置かれていて、それが世界の中心にあるのに、
  それらしいことってあんまり描かれていないから。
  わざとぼやかしてイメージを固定化させないとか、逃げ場を作るとか、意図しているのだろうけど。

  上のようなことを描くことで、競技者としてのキャラクターと、
  求道者としてのキャラクターで、また色々、湧き上がる感情の種類も違うであろうし。

  ……そういえば、「戦車道」は、柔道や剣道などの「武道」よりは、
  作中でも言われている通り、より女性のたしなみとして
  「華道」「茶道」などの「芸道」に近いものだという解釈であってるよね?
  スポーツとは違うよね?
  ……と思ったけど、Wikipediaの説明では思いっきり「武道」って書いてるな……
  そうなんだ。
  だったらなんで「華道・茶道と並び称される」っていう説明になってるんだろ?

そういう側面がTV版で描かれていたか、どうだったか……。
少なくともオイサンには印象的に残っておらず、物足りなさを感じた点ではあったのだろうと思う。
随分前のことだから、あんまりよく思い出せないけど。

各チームの持つ心情的な動きは……どうかなー、
もうTV版を熟知していて、既に理解している前提で劇場に臨むことが当たり前なのかもしれないけど。
そういう描きがあってくれるだけで、オイサン個人の評価はまず一ランク上がったと思う。

他にも今回せっかく西住流のライバル流派が出てきたんだから、
「流派による強さの質の違い」などが描かれればまた、強さの理由、
戦いの見え方が分かりやすくなると思う。



……とはいえ。

現時点で既に2時間10分という長尺映画なので、
そんなことまで事細かに描いてたら『ベン・ハー』になっちゃうよ! という都合もある。
であれば、前半のエキシビジョン戦をキモチ短くするとか、
対大学強化選抜戦の参加車両を30両から20両に減らして、若干戦闘シーンを短くして、
時間を回せばいい。

……と、いうことは安直に思いつくのですが、
それは恐らくこの映画のコンセプト、
ひいては『ガールズ&パンツァー』という作品コンセプトから言って、
極めて「NO!」なのだというのは、分かるのです。
戦車を! 戦いを! 描かずしてなんの『ガルパン』か! と。
そこを強く持っているからこの作品は唯一無二の輝きを放つのだし、
オイサンはこの作品にダイレクトに感じ入ることが、きっとこの先もないのだろうな、と思います。

お話の面でグッと来たのは、
会長の奔走劇と、その会長を無条件に信じて待つ会計ちゃんのシーン。
あそこは熱かった。会長さん、大好き。
あとは、大洗チームで最後に生き残ったのが西住姉妹で、
二人のコンビネーションが勝敗を分けたところ。

大学強化チームのキャプテン(?)の、歌い出してからの八面六臂、鬼神のごとき活躍が、
言葉で語られずとも彼女が人智を超えた戦車道のウルトラファンタジスタであることを物語っていて、
それはもう最高に素晴らしかった。
画ヂカラ爆発、『ガルパン』の本領ここにありといった風情。

そうして物語パートで紡がれる感情面・精神面の機微が
バトルパートでいかんなく回収されてくれれば……と、そんな夢を見るオッサンです。
そういう引っ張り、回収がされてたのって、
ボコちゃんとクマの乗り物のとこぐらいだったかな。
贅沢言ってるよねえ……わかってんだ、俺。オッサンだから。


▼「ガールズ&パンツァー 劇場版」予習PV





■戦車というテーマ、そこに埋め込まれたモノガタリ

と、ここまでで、
「『ガルパン』のシナリオの面白さってのはそういうところじゃないんだよ!」
って言われるんじゃないかな、と推測する。

そう、ここまではあくまでも「表層的」な物語の話で、
オイサンに出来る話は「所詮ここまで・この程度」なのです。
ここから先は、オイサンには見えていない領分のハナシで、
且つ『ガールズ&パンツァー』を語る上で本当に必要な素養、教養。
ひいては知性のハナシになる。

『ガルパン』のシナリオは、上でブツクサ垂れてきたような「物語的な物語」ではなくて、
「物」が「語る」物語なのだと、言われるのではなかろうか。
おめえは分かってねえんだと。スクリーンで語られるものが全てじゃねえんだと。

無論、「戦車」。戦車が語る。戦車で語る。

戦車に刻み込まれ、埋め込まれた歴史とエピソードから機微を読み解いて、
深みを味わうものなんだと、きっと言われると思う。
むしろそう言われたい。

つまりは戦車それぞれの、性能やら、設計哲学やらという個性を読みほぐすことで、
映像にちりばめられた面白みを感じていくことが第一義にある……
のではなかろうか?

それが2点目で言った「知識が必要」という意味で、
まあよくわかんねえからよくわかんねえんだけどもさ(無粋)、
個性豊かなそれぞれの戦車を構成するさまざまなパラメータであったり、
生み出されるまでのドラマ、史上での戦歴、秘められた作り手・乗り手の思いから紐解かれるシナリオが、
既にこの作品の物語の裏には秘められているような気がするのですね。

  なぜこの戦車をこのチームが持ち、戦場のここに配され、この活躍をすることを約束されているのか。
  乗るのが彼女らなのはなぜなのか。

戦車という歴史が求め、戦車が決める、
それほどに各戦車の持つ個性を理解した上でようやく、
オイサンの求めたような機微や回収が見えてくるんではないだろうかと……
ただ自分に見えない陰におびえて夢を見てるだけかも知れないんだけども、
思っているんです。

それが見えていないから、上のような物足りなさを感じてしまうのだろうと……
たとえそれが事実でなかったとしても、思う。
そう思いたい。
オイサンは『ガールズ&パンツァー』にそんな夢を見ているのです。多分!

  逆に言うと、
  「そうでもないと、コレお話的にはそんな面白いトコないよね?」
  って言っちゃってるんだけど……
  同時に、「それくらいであって欲しい、それくらいになって欲しい」
  という希望でもある。
  『ガールズ&パンツァー』には。
  勝手な望み。
  贅沢言ってるよねえ……わかってんだ、俺。オッサンだから。
  二度目だよねえ……すぐ忘れちゃうんだ、俺。オッサンだから。

そしてもう一つ、この作品を楽しむ素養としては、
「ことばからリアルタイムに戦況を把握する力」が必要だと思っている。

ステージの情報や戦況が、画面からはあまり子細に与えられないのは意図的なものだと思っていて、
戦闘開始のときにザックリ鳥瞰される程度のステージの様子と、
西住どのはじめ、僚機から送られてくる通信のことばから、
戦況を立体的に思い描いてその作戦の意図するところを汲み取って、
「なるほどそういう狙いか」とポンと手を打つ、
そんなセンスで楽しむもの、楽しませようという意図なのではないだろうか。

  ゴルフゲームと似ている。
  冒頭で、鳥が飛ぶような映像でコースの全体像を伝え、
  あとは歩いてつかんでいくしかない。

そして言葉で伝えられる戦術・戦略には、やはり、
西住どのの手の中にある戦車たちの個性を把握していることが連携する。
より大きな知性を、『ガールズ&パンツァー』の楽しみは求めてくる。
そんなものだと、オイサンは思い描くものです。

  ……なんつうかね、面白い戦車映画を何本か見たらその辺がつかめるんじゃないか、
  お作法を理解することが出来るんじゃないか……そんな風にも思いますね。
  副読本として、制作陣オススメの戦車映画を教えて欲しいですね。
  Blu-rayを出すときには、それらオススメ戦車映画のBDもセットにして欲しいですね。



■アットーテキじゃないか、我が演出力は!!!

小難しい、目に見えない分野の話はここまで。ここからは映像と音響の話です。

と言っても、それらについて新たに言うことは、オイサンからは特にありません。

  サイコーです、巨匠! スバラシイ!!(CV:佐藤有世)

この作品の映像が、音響・爆音がどれだけどれだけ素晴らしいかについては、
ヨソのレビューも読んで下さいw
専門的なことや比較論はようワカランです。

オイサンが見たのは普通の劇場だったんで特別なものでなかったにも関わらず、
戦車が鉄の躯体を重くゆすって不均質な土の上を走る振動、
石畳を蹴って止まる音、
キャタピラ(履帯、というのが通っぽくてカッコイイ様ですが使い慣れないので使いません)が
石を踏んで巻き上がる土の匂い、
砲弾が空気を裂き、鉄に命中し、貫き、まくり上げ、或いは少し弾かれ、
ブ厚い熱の塊が大気を抱え込んではじけ飛ぶ爆音、
どれもどれもが風を感じるすさまじさ。

TV版でもその辺のこだわりはものすごかった記憶がありますが、
それと同じか、なんならさらに磨きが掛かったんじゃないでしょうか。
なにをどう磨くのか、さっぱり見当つきませんけれども。

  オイサンはモノホンのそれらの音を聞いたことがあるわけじゃないので
  リアルかどうかは量りようがありませんが。
  その辺は、自衛隊の総合火力演習とかに行ったことがある人とか、
  最寄りのロシアの軍事顧問とかに聴いて下さい。

そのすさまじさに加えて嬉しかったのが、
オイサンはあまり大きな音というのは不得意で、
あまり長い時間大音響にさらされているとくたびれてヘロヘロになってしまうのですが、
なにか工夫がされているのか……
2時間10分のうち戦闘シーンがほとんどのこの作品の爆発音響に晒されていても
さほどくたびずに済んだことでした。
ただただデカいだけの音を、バンスカバンスカ撒き散らしているのでは、きっとないのでしょう。
マその辺は劇場の質もあるのかもしれません。

  しかしさすがに、今巷で話題の立川の爆音上映とかには怖くて行けませんw
  行きたいけどね。

いずれにせよ、
豪放且つ精緻な音の数々が、当たり前にちりばめられている贅沢。
まさに特殊音響の満漢全席。

  こうして思い返し特に印象的に思い出すのは、砲弾が装甲に接触したときに鳴る
  「ギン、ギンッ!」という音だ。
  貫通出来ても出来なくても、そこにある鉄の地味な接触が肌に食い込むようだった。

当然、映像だって負けていない。
音がそれだけすごくて絵が負けてたら、なんじゃコリャ、ってなりますよ。

シーンとして殊に印象的であったのは、
サンダース付属が所有する超大型長距離輸送機・C-5ギャラクシーの飛行シーン。
あれだけ見事に、デカさ、厚さ、濃さを感じさせてくれたアニメ映像は、
ほかにちょっと覚えがない。
ワリと普通に飛んできて、ワリと普通に飛び去っていっただけなんだけど、
ちょっとした必殺技のひとつも出していったくらいのインパクトを与えていた。

  どうでもいいけど今Wikipediaで調べたら、
  『パトレイバー』のSSSもC-5持ってんだってな。何やってんの多国籍企業
  あと『釣りバカ日誌』でも浜ちゃんが乗ったらしい……。

他にも、転がり迫りくる観覧車!
疲れからか、砂塵の中から突然現れるフライングパイレーツと衝突してしまう戦車!
などなど、意味の分からない見どころも、質量・重量感たっぷりで盛りだくさん。

唯一と言っていいサービスカットである(しかも超序盤にある)、
全チームこぞっての温泉シーンでは、
モパーイが湯に浮くことのリアリティが感じられてしまうような浮遊感が見られます。

  ……しかし、
  こんだけの数の女の子がわんさかわんさとオンナノコオンナノコしてるアニメなのに、
  ほんとサービスらしいサービスシーンはあそこだけだったな……。
  あとは全部、鉄と油と炎と煙だった……どうなってんだジャパニメーション。

  ……マこの映画を見に来るような御仁には、
  全裸の戦車が、野外で大勢くんずほぐれつしている姿がもう
  全編大サービスの辛抱タマラン映像なのでしょうけれども。
  劇場出るなり「勃起が止まらん」って言ってた東北のワカモノ、元気ィ?



■Closing~戦い終わって、日が暮れて。

……しかしどうしたことか、
こうして見聞きしたものを一つ一つ丁寧に思い出しながら書き並べていると、
「ナンダコレ? 俺、十分に面白かったんじゃないか?」
と、若干興奮しながら思う自分がおります。
実はものすごいものを見たんじゃないか? って気がしてくる。
ムウ。
分からないクセに、分かってねえクセに、すげえモノだ、おもしれえモノだということは、
理屈も感性も超えて突っ込んでくるわけです。

それはもうなんというか、「火に触ったら熱い」というのと殆ど同じレベルの話。
火が熱い理屈はわからなくても、とにかく触ったら熱い。
それに触れてしまっているわけです。『ガルパン』を見る、ということは。
如何せん実写でなくアニメなので、ただ映像を見、音響を聴くだけでは感覚はその域には届かず、
幾らかの記号・お約束・お作法を処理するという段階は踏まなければならないのだけども、
アニメを見慣れてさえいる人だったら、多分その感じは間違いなく伝わると思う。

勿論その上でさらに面白い・面白くない、好きだ嫌いだを論ずることは出来るけれども、
つまらない、嫌いだという者にも最低限の熱さ
(とはいえそこまで伝わってくる炎の火勢と熱量が小さい分けはない)は、必ず伝わっている。


『ガールズ&パンツァー 劇場版』はそういう作品だったと思う。


見終わった直後はモヤモヤが強かったのだけれど、
こうして映像・音響を反芻すればするほど、そのすごさが再構成されるものだった
……ようだ。

どこまでも余分な情報を排し、目と耳から、
火と鉄、そして可憐な女子に集約する世界へ徹底して導こうという、
相変わらずのブレない方向性を持ったものだったということでしょう。

オイサンの欲したような「湿り気を帯びた情報」はたぶん、
作り手諸氏にとって、不要とは言わないまでも限りなくノイズに近く、
そこで不要なお涙を頂戴して視界を涙で覆うくらいならいっそ取っ払って、
最後まで純粋に、鉄と炎のはじける光と音、
そして佳麗なる女の子たちの勇猛な瞳の色とかけ声を、そのフィジカルに刻み込んで帰って欲しい、
それこそが『ガールズ&パンツァー 劇場版』のという作品の本懐なのだと、
真っ向から歌い上げていたのではなかろうか。

どこまでも潔く。
伝えたいことを第一義にまい進する一本気なその姿はまさに戦車そのもの。
そうか、映画でこういう感動を描いて見せることもありなのだな、
自分が映画に求める感動を固定させてしまっていたか。
そんなふうに、振り返りながら思い至った次第。

そうして考えたときに、
じゃあ今回の『ガールズ&パンツァー 劇場版』を見終えた感動をどう表したものかと言えば、

  「スポーツの、ものすごくいい試合を見たときのような感動」

だったんじゃないかと、すごく当たり前のところへ着地した。
なるほど。

ここまでそぎ落とし、徹底されると、伝えたいことは、
たとえ自分に合っていなくてもまっすぐ伝わるものなのですね。
良い勉強になったと、一人帽子を脱いで大洗に向けてこうべを垂れるオイサンです。

幸いにしてオイサンには、
「自分としてはどうしても不完全燃焼に終わる作品であるが、この作品は素晴らしい」
ということを了解する程度のなんとも潔くないインテリジェンスだけはあるみたいなので、
「なんだこれは! さっぱりダメな映画だな!」
と断じて終わってしまうことがないのは、我ながら有難いと胸をなでおろす次第です。

逆に、どっちつかずのことしか言えてない日和見野郎に終わってるとも言えるのだけど。



以上! 長くなった!



なんでだか分からないけど、
映画見たあとから急に武部沙織ちゃん熱が高まってきてしまった
オイサンでした!

なんでや。
彼女、今回トクベツ活躍してへんやないか。
 
 
 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年11月23日 (月)

■ゆゆゆの「ゆ」! ~『ゆゆ式』が、なぜ『ゆゆゆ式』でないかについて寝ながら考えた~ ー更新第1021回ー

『ゆゆ式』を『ゆゆゆ式』にしなかった割り切りのセンスを言語化出来たら、
その瞬間、世界から言葉は必要なくなる。

オイサンです。




マなぜ『ゆゆゆ式』でないのかはそれこそ「なんとなく」分かるし、
『ゆゆ式』読んでいれば伝わる気はする。
スッと腑に落ちるとまでは言わないが、アニメを見てた・読んでいる人にはなんとなく「あー」となるだろうし、
そこで「あー」がこない人は多分、アニメも見ないか、既に『ゆゆ式』を読むことをやめているだろう。

  その「分かり方」を言葉で言うこともまた出来るけれども、
  言っても、いま頭の中にある納得感を言語空間にそのまま再構成することは出来ぬ。
  不本意な説明を積み上げた積み木の上にのっけないとツジツマのあった説明にはならない。
  そしてそこでツジツマを合わせてしまうと、本来すべき説明にならない。
  自ら獲得すべき感覚でしかない。

なぜ「『ゆゆ式』であるか」についてだが、
彼女らのコミュニケーションの量であり、人格の構成要素を、
彼女らが3人で2人分しか持たないことを表すともなく表しているのだろう、と読みとることが出来る。
それは彼女らの情報量が、3人で2人分しかないことと、ほぼ同義だ。

では、彼女らはキハクなのだろうか?

そんなはずがないことは、『ゆゆ式』に触れた皆さんならご承知のコトと思う。
彼女らは密だ。我々見る者の居場所さえ、ときに浸蝕するほどの密ぶりである。


ではその最後の「ゆ」、
……否、最初の「ゆ」であるかも知れないし、真ん中の「ゆ」であるかも知れないが……
ともあれ、外からは失せたように映るもう一つの「ゆ」がどこへいったかと言えば、
それは3人の間に溶け込み、3人をつないでいるのだ。


   


ゆずこ、唯、縁の3人が欠かせ、欠かすことを互いに許した「ゆ」は、
それぞれが無意識に見いだした、あとの二人と共通する部分を差し出しあい、
2人が引っ込めたか、或いはそれぞれが3分の2ずつをゆずり3分の1だけを預かることで
3人が揃えばひとつ分になるとした人としてのかけらの部分の象徴であって、
そうしてそれぞれが欠かせゆずった切片において、
化学記号のように強く結びつきあうことを望んだ証である。
「ゆゆ式」の、二つの「ゆ」の間にもう一つの「ゆ」は隠れている。

他者が見て、はたいて落とせる場所には、最後の「ゆ」はもうないんだ



……あと、『ゆゆゆ式』だと語呂が悪いからだと思う。
 
 


    ~温泉にて~

  ゆず子 「いい『ゆ』だな、ハハハン?」
  ゆ い 「分かったからドヤ顔やめい」
  ゆかり  \プハッw!/
 

 
ゆず子は頭もキレていろいろスーパーだけど、
中学から唯・縁の幼なじみコンビの間に入っていけてしまったのは、
よっぽど大事な何かしらを、唯ちゃんからもらってしまったのであろうなあ、
と思いを馳せる。
そしてそれを唯ちゃんから「もらったこと」を、縁と共有できたから、
幼なじみなんていうトクベツな繋がりに等しいしなやかさを持つ、
強い糸を編み出すことが出来たに違いない。
唯ちゃんはすごいコだし、ゆかりはいいコだ。



唯ちゃんがくれた大事な何かしら。……欲しかったツッコミとか。



以上だ。
何か質問のある者は、あとで情報処理部の部室にきたまえ。
ともにHooYA!で検索しようではないか。


……オイサンでした。
色々と小難しいコトも書いてしまいそうになったけど、
やーめた。

ちらっとアニメ見返したけど、強く「面白い!」と印象に残ってたシーン以外が異様に面白い。
BDBOX欲しくなってきちゃったわ。
えへへ。えへへ。えへへへへ~。



  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月21日 (土)

■シンプル・イズ・エベレスト。~映画『エベレスト3D』感想 -更新第1020回-

映画、『エベレスト』の3D、日本語吹き替え版を見てきましたです。

『エベレスト』は、1996年にエベレストで実際にあった遭難事故をもとにした、
ドキュメンタリータッチのフィクション映画。
……と言ってしまって、良いよな?


▼映画『エベレスト 3D』 特報


今回の記事の性質上あらすじは省くけども、
作品でなく、元となった事件のあらましはWikipediaの記事なんかで詳しく見られよる。

 ▼1996年のエベレスト大量遭難(Wikipedia)
 http://qq1q.biz/pmFm

  ところで映画とWikipediaでいっこ食い違ってるのはロブ(主人公・遭難死)の遺体について、
  最終的に映画では「まだエベレストに残されている」と
  ラストのモノローグで語られていたけれども、
  Wikipediaの記事では「荼毘にふされた」とあることか。
  細かく見たら色々違っているのだろうけど。

何年か前にヤングジャンプで読んだマンガ版の『孤高の人』(原作:新田次郎、マンガ化は坂本眞一)に魅せられて以来、
『神々の山嶺』(原作:夢枕縛 マンガ化は『孤独のグルメ』の谷口ジロー)やら、『岳』やらを読んでいると、
やはりどうしても……
世界に14座あるらしい、8000m峰というモノへのあこがれが湧いてくる。

まオイサンが実際やる山登りなんていうのはハイキングから毛が抜けた程度のもので、
上記の2作品よりも『ヤマノススメ』に近く、
『ヤマノススメ』に比べても全然レベルが下のものでしかないので、
8000m峰の登山なんてアンタそんなモン、おこがましいというか危ないというか、
ほとんど「空を飛びたい」というのと同じくらい
「あっはっは、そりゃあ出来たらいいね」というレベルの話。

しかし、その世界がいったいどんな場所なんだろうか、
どうやって辿り着いて、人間の体や気持ちはどんな風に変化して、
どんな風景が広がっているのだろうか、
踏みしめる足もとはどんな感触なのだろうかということへの興味は尽きない。

『孤高の人』『神々の山嶺』にはその辺のことまで
ドラマ含めて克明に描かれていて大変似興味深いのだけれども、
より以上のリアリティや情報、臨場感、現地の空気を知りたいと思って、
今回この映画を見に行った次第です。

  8000mに至ると(というか6500mあたりを超えると)人間の体がどうなっていくのか、
  何を持っていき、何を食べ、どのように眠るのかの類の話は
  ホント想像を絶する領域で大変に面白い。

強いていうなら、「エベレスト登山の疑似観光」。

エベレスト登山のルートとはどんなものなのか。
アイスフォール、ヒラリーステップ、イエローバンド、軍艦岩など、
よく名前を聞く「名所」が、どんな形、どんな大きさ、どんな存在感で、どんな風に目に見えるのか。耳に聞くのか。
ベースキャンプや途中のキャンプがどんな場所なのか、
エベレストに辿り着くまでのネパールのカトマンズやナムチェバザールなどの人里がどんな雰囲気なのか。
そういう場所の空気を見聞したい。

なので大きな目的は、お話を楽しむというよりは、
その周辺の映像や音響であって、
「エベレスト登山」にまつわる視覚・聴覚への刺激を取り込むことが主。
お話は、面白かったら儲けモノくらいのスタンス。

それにお話といってもこの『エベレスト』という作品は、冒頭でも書いた通り、
実際に起こったツアー登山の遭難事故を元にしたドキュメンタリー調のフィクションなので、
過剰なドラマの演出や演出は出来ない……と思うので、
それも今回の目的にマッチしているであろう、と見込んでのこと。

あと、オイサンは今回3D映画初挑戦です。
また、オイサンは洋画を見る際大抵字幕版を見ますが、
「3D映画では、字幕が映像の臨場感を殺ぐ(文字が浮き上がって興ざめする)」と聞いてたので、
吹き替え版を選んだ。
主人公の声が小山力也さんだったので、氏の外画での仕事ぶりを見てみたかった、
というのもちょっとアリ。
最近は『血界戦線』のクラウス、『うしおととら』のとらなんかでワリと声を耳にするご縁があったので
ご縁を深めておこうかと。
オイサンをパクチー好きにしてくれた人でもある。
宮本充さんの舞台も見に行ってみたいんだよなあ。余談。



■感想



前置きはそのくらい。デ、肝心の映画の感想は……全体的にイマイチ。
娯楽的な意味でも、ドキュメンタリー的な意味でも、上で書いたような目的の意味でも、
全般的に中途半端だった。

「事実をもとにしたフィクション」というものを、
ドキュメンタリー寄りにとらえるか、娯楽寄りに捉えるかという問題はあって、
オイサン的には基本ドキュメンタリー寄りでとらえている。

それに照らせば、この『エベレスト』はドキュメンタリーとしての情報量が少なく、
特に中盤以降の遭難劇が始まってからはドラマ方面へ軸足をシフトしてしまうため
視点がミクロで興味深さに欠く。

では、ドラマの力を借りて、ミクロさの中に推論や解釈が持ち込まれるのかと言えばそうでもなく、
そこでは律儀にドキュメンタリーしようとするから、
見えない部分だけが増えて、見せられたい部分は見えないまま、うっすら淡々としか描かれない。

  なんかね、選別と強調の手を抜いてるように見えるのよね。

見たかった周辺の山を含めたエベレストの様子や広がる風景、地形や気候のこと、
それらへの人体のリアクションなど、
取り巻く要素に関する客観的に揺るぎのない情報を知りたかったけど、
そういう映像的な内容は限定的だった。

さらに、娯楽とドキュメンタリーのはざまでの揺らぎが、
ある程度物語・映像を盛り上げないといけない都合上カメラワークやらを介在させてしまうわけで、
それがまた邪魔だった。
ドキュメンタリーほど客観的な情報を具に語ることも出来ず、
エンタテインメントほど面白く盛り上げることも許されず、
半端、半端に削れ落ちた挙句、求める満足感はどちらからも得られなかった。

今回初体験の3D効果にしても、ごく一部のシーンでちょっと臨場感が増すくらいで、
開始時の違和感や目の疲れを考えるとトータルでマイナスくらい。
そんなにありがたいものではなかった。
ベックさんが倒れこむシーンで、背後に見下ろす山々の背景にすごく深みがあったところが
一番効果的だったと思う(しかしそれはシーンのメインではない)。

自分にとってはこういう映像の臨場感より、
『神々の山嶺』で語られた「ことば」の方がよほど上手くヒマラヤの持つ空気を
心の中に思い描かせてくれるものだったと実感する。


  「成層圏の風を岩が呼吸している。
               雪が凍てついた大気の中で時間を噛む」



であるとか、


  「テントの遙か上空で風がうねっている。
   この瞬間にも青い微光を放つ巨大なヒンドゥーの神々がしずしずと天より降り立ち
   成層圏の気流を呼吸しながら舞っているのかも知れない」



だとか。
山の静謐と喧騒、凶暴さと荘厳さを併せて隠し持つ様子を、とても端的に表して、
感じさせてくれると思った。
もちろんマンガの画面と相まって、であるけれども、
色彩や大きさ、深さ遠さまで語ってくれているのを受け止めることができる。

映画には、映画ならではの動的な広がりをうまく使って、
マクロからミクロまでエベレストの様子をとらえたモノを見せて欲しかったし、
スポットスポットには説明を交えて知らせて欲しかった。

しかしそういう限定的な映像情報からでも思ったのは……
「おお、こらアカン。オイサンには登れんわ」
という、当たり前ながら実感的な感想だった。

ムリ。
むり無理。

コレを見る前は、実は、
ツアー登山が組まれるようなノーマルルートのガイド登山であればもう少し緩くて、
かつ『孤高の人』や『神々の山嶺』で描かれていたような
「無酸素単独」とか「未踏高難度ルート開拓」とかのスパルタンな縛りを無くせば
あわよくばオイサンにも頂を踏むチャンスくらいはあるんじゃないか……
とか思っていたんだけれども。

いやいやイヤいやイヤ、全然ダメでした。
無理だ。
ていうかお前、そんな大それたコト考えてたのか。

イヤもうね、こらアカン、の世界でした。
天候とか条件とか、そういうものの善し悪し抜きにしても、
デフォルトの地形の時点で自分には無理だw
少しでも8000m峰とか登ってみたいと思ってた自分がバカだった。

クレバスに梯子を渡すとか、ヒラリーステップのロープがどうとか、
文字やマンガの情報では知ってたけども、
実際に映像で動いてる人間が登ってるところを見るともうね、
いや、まあ、
そりゃヒマラヤの何千mの山なんだからあのくらい当たり前なんだろうけど、
いやー。
無理だった。すみません(謝っちゃった

まあ、「登ってみたい」と思わないことには
登れる可能性はさすがにいつまで経ってもゼロのままなんだけども。
それにしても、だったわw
きんたまキューどころの騒ぎじゃない、
あんなとこにずっといたら、きんたまが極限まで収縮した挙句
質量が無限になって重力崩壊してなくなるわ。

というワケで、映像的な恩恵がまるでなかったかと言えばもちろんそんなことはない。

色々と、この映画というか、この遭難事故そのもの・登山について言えるコト・感じたコト、というのはある。
山では利己的であるべきか、利他的であるべきかとか、
ロブって人の判断はどうだったんだとか、ベックさん一体何で出来ているんだとか。

事故後に巻き起こった批判についてであるとか。

その辺のことも、今回の記事の性質上、特に言及しない。
あんまり目新しいことが言える話でもないし、既に言い尽くされてることでしょう。

この事故では実際8人が亡くなっているらしいのだけど、
それを聞いた感想は不謹慎ながら
「あ、そのくらいなんだ?」
ということでした。
イヤ、ホント不謹慎だし、数で測れるものでもないのだけど。
世界一のエベレストで大量遭難っていうから、
ひとたび何かが起ころうものならもっとドバっと
それこそケタが違うくらいやられるものだと、無根拠なイメージを持っておりました。

それを思うと……こちら↓の、2009年の北海道・トムラウシでの遭難事故というのは
相当だったのだな。

 ▼トムラウシ山遭難事故 [Wikipedia]
 http://qq1q.biz/pmFj

マどっちにしたって、現場や当事者たちは、
ものすごい悲惨な思いをしたに違いないんですけども。


▼映画『エベレスト 3D 』メイキング映像





……マそんなことで。



ちなみに余談なのだが、
オイサンがコレを見に映画館に足を運んだのはおフランスのテロがパリで大変なことになっていた日で、
予告編が流れ終わり、さあこれから本編が始まるぞというあたりでふと
「そういえば、パロのテリは、スタジアムやら劇場やらが襲撃されたんだったな……」
と、徐々に落ちていく明かりの中で、急に恐ろしくなってしまった……。

今回のパロを主催したのが世界同時多的発なパロをアレすることが出来るほどの規模だったか知りませんが、
マそれが行われたってなに不思議は……無いヨノナカなワケで、
何もこんな日に、好き好んで真っ暗な閉鎖空間にノコノコやってこなくても良かったんでないかと、
ビクビクしてしまいましたよくっくやしいでもビクンビクン。

別にそれは、今日パロでテリがあったからって今日明日起こるってアレでもなく、
それは明日かも知れんし一週間後かも知れんし、ひと月、半年、一年後かも知れん。
昨日起こってたかも知れん。
ので、今日明日警戒してドキッとすることに大した意味はなく、
且つ、それを警戒して今日見られる映画を明日明後日に延期することにも
大した意味はないというか、
それを考えてると畢竟、核シェルターの中で膝を抱えて生きていくしかないワケで、
ホナお前どないせえっちゅうねん、というハナシなわけです。

まあ……どうしようもなくね?
何か起こったときの心構えと、少しでも戦い生き残れるような心身づくりと。

テリ屋さんがどこでどんな風においしいパロを焼いているかは、
最近はやっこさん、PS4で情報交換をやられているとかいないとかで、
専門の諜報機関でもそうそう簡単に察知できるモノでもないらしく、
素人がその動向をつかんで用心する、なんてトテモトテモ。

天気予報みたいなんでもあればまだ、ねえ。でもねえ。

実効的な対策にどんなことがあるのか、
まだ真剣に考えてないので「ない!」と断ずるのは尚早なのかも知れませんが、
なんつーか、こう、今のところ「気合い入れて生きる」とかいう
すごいバカなフレーズしか思いつきませぬ……。
トンチキな大人ですみません。



最後の方、映画の感想カンケイなくなっちゃったけども。
そんなにピンとくる映画ではなかったです……ああそうそう、
ツアー客の一人だったダグ・ハンセンが登頂後に前後不覚に陥ってしまって
ちょっと目を離した隙に滑落してしまい、
自分も下山不能に陥ったロブさんの、直後のB.Cとの交信での、
小山力也さんの絶望にとらわれた声のお芝居、そこはとても印象に残っている。

  「ダグは……死んだ! 落ちた!」

他にもヒマラヤ登山系の映画はズバリ『ヒマラヤ』とかあるんで、
見たいと思ってツタヤに足運んだりするけどなかなか置いてないのですよね。






マそんな感じでヒトツ。
ボロは着てても心はチョモランマ。(なに言ってんだ
オイサンでした。



| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年11月14日 (土)

■おっさんだってワールド系女子にタメ口たたかれたい。 -更新第1019回-

朝、
いつもの松屋にゴハンを食べに寄ったら、
間口の狭い細長い店の、カウンターの一番奥の席で
朝っぱらからケモ耳フードのパーカーを頭からかぶった年のころ18、9という女性が、
カウンターの上にお友だちのぬいぐるみを置いて、
自分ワールドで団欒の最中でした。


  ザ・ワールド! そうじゃないんだアグネスッ!


……お、ワールドだ。

そう見るが早いか、
オイサンはカウンターにお行儀よく座らされた高さ30㎝はあろうかという
結構大きなぬいぐるみに目を奪われ、
「あ、かわいい」
と思うのとほぼ同時に
「キャラクターデザイン:天野喜孝」みたいなそのお嬢さんと目が合って、
ワリとな感じで睨まれた。

クックック……お嬢さん、可愛らしいお友だちを連れておいでだ……
な、ナデナデさせてもらってもいいかい……?



マ事実としてはそれだけなんですけれども。



あとから思い返してみれば、
早朝からそんな状況を不意打ち気味に突き付けられて真っ先に抱く感想が

「ぬいぐるみがかわいい」

っていうのは……寝不足のアラフォー社会人としてどうなんだ、という自問がフツフツと湧いてくる。
他に突っ込むところとか、警戒するところとか、あるだろう!

なんかもうね、そのぬいぐるみ、何の生き物かわかんねえけど、
抹茶色でところどころ黒ずんで薄汚れてて、憐れ可愛い感じなのよ。
かわいさよりも、憐れさに心ひかれた感じね。
物悲しいというか。

彼女の、生気はないのに殺意だけは人一倍、殺ル気十分! みたいだった目に
そのアワレさがマッチしてトゥンクッ……ってなったわけさ。
……なんか、書けば書くほど、余計ダメさを露呈していくな。

マいいか。
ダメついでにダメな話題。
今期アニメ、アイドルソング3連発。


■BASYAUMA ROCK

30秒目くらいの


  ♪あーさから晩まで お前ー! ♪


のところで、この中学生だか高校生だかしりませんが若年女子にゆび差されて
「お前ー!」
とかタメ口叩かれて、じゃっかんトキめいてしまいました。
ばかな……俺はMなのか……?  ← いまさらか

チームしゃちほこ、『BASYAUMA ROCK』。
『いとしのムーコ』のエンディングに使われておりますな。
犬のアニメなのになんで馬車馬なんだろうか。
全然馬車馬のように働くアニメでもないのに。

しかし、なるほど、この人たちが噂に聞くチームしゃちほこさんなのですね。
初めて見た。
これだけで見た感じ、踊りなんかはほどほど感漂ってますね。
マこれを2、3回見ただけだけど。



■イチズレシピ



2発目、アイドルカレッジさんの「イチズレシピ」。
『庶民サンプル』のオープニングですね。

これはまあ……どうなんでしょうねw
センターに一番ふくよかさが十分な感じの人が据えられているのは……
なんかこう、そうでなければならないノッピキならない事情かなんか、あるんですかね。
お父さんがこのグループの活動資金の大半をだしてるとか。
逆に一人、ガイコツみたいなんもいますけど。
アレはアレでアップになられるとドキッとしますな。
恋ですかね。
まオイサンは2次元専門なんで、誰が真ん中でも関係ないワケですが。

お歌自体は非常に野暮ったく、ポンコツ揃いの『庶民サンプル』に実にマッチするカンジです。
意図的なものだと思います。
『庶民サンプル』に出てくるお嬢様がたの世間知らずぶりときたら、
「お嬢様・世間知らず」の域をはるかに超えてほとんど原始人扱いですからね。

庶民のサンプルとして上流の中に放り込まれたおまいらだったが、
いつの間にか立場逆転させてモッテモテ、
上から目線のハーレム状態でウッキウキになるわけですから、
原作者はなかなかに、オタクの卑しい心根をよく理解してガッチリつかんだものだと思います。
ウマイ。

普通にホメておだてたんじゃ、人に裏切られること、騙されること、人を疑うことにかけては
一般人の追随を許さない能力を持ったおまいらです、

 「どうせ罰ゲームかなんかだろ……俺は騙されねえぞ」

とかなんとか、簡単に信じやしないことは目に見えている。
だったら立場的には弱いハズ、惨めなハズのところに一度運んでおいてから
クルッとひっくり返してやった方が、\パンパカパーン/、簡単につられてくれるという寸法……
なのかどうかはわかりませんが。
少なくともこのPV上では「ダンディよりはマシ」という位置には置けてもらってますね。
けど、いかがなものでしょうね、
ダンディさん、コッチ\の方はそこそこお持ちだと思いますよ。

なんにせよ、ダンディ坂野さんは完全に棚ボタですねw
良かったですね、「拉致」って言葉を使うのがはばかられる世の中でw
オシゴトとはいえ、こんな若いぽっツァーリ女子(ロシア語)とお近づきになれたわけですからね。

しかし誰だ、「ついでにダンディとコラボさせれ」って言いだしたのは。
別に、言葉はゲッツでも、ダンディ引っ張って来なくたって全然よかったろうがw
おかげでただでさえ残念な感じのものが、なおのこと救いがたい感じになったじゃないか。
これほど残念さを丁寧にコントロールした作品というのも稀でありましょう。
天才の仕事です。
ありがとうございます。
逆にこのアニメの歌を歌わなければならなくなったこのグループの皆さんは、
もしかすると若干不本意的な何かだったかもしれませんね。
ただの妄想ですが。

マそんなことで、この曲も好きですが、
『庶民サンプル』はエンディングも大好きです。
ダンディも好きですよオイサンは。



■はなまるぴっぴはよいこだけ



ラスト、A応Pの『はなまるぴっぴはよいこだけ』。
今期、まさかの大ヒットアニメ『おそ松さん』のOPですね。

いやー……まさかの大ヒットのご様子ですね。
ホント何が起こるか分からんな。
ホントにウケてんのかな。メディアの情報操作じゃないだろうな。

しかしオープニングに垣間見る、原作への深い理解とリスペクト、
あとは掘り下げてからの構成の良さも、真面目に一役買ってると思いますね。

しかしまあ、アイドルソングが……というと語弊があるか、
しっかりしたアニメの主題歌をアイドルさんがこうしてしっかりと歌ってくれる、というのは
良い時代……なのだと、思いますね。

みなさん楽しそうに踊りながら歌ってくれてますが、
アニメが好きとか、この作品が好きとか、
そういう次元でやっていてくれると尚嬉しいですし、そういうことを憚りなく公言出来る、
というだけでも、
この国のモラルといっていいのか、こころは少し広くなっているのだろう……と思いたい。

マお金稼げるから、というのが一番の理由なのではありましょうが。
これでまた儲からなくなった途端にプイとそっぽを向かれたのでは、
ヒネくれたメンタリティにさらにもう半捻り、加わりかねません。

  まオタクの歴史もいい加減長いんで、
  オタクの方でも「人間なんてそんなもんだ」ということをですね、
  キチンと学んでいく、慣れていく必要があると思いますけどもね。
  ピュアであることも、ある意味大事な素養ですけどもね。

えー何の話でしたでしょうかね。

そうそう、PVのこういう、オイサンたちから見たら
「古めかしい」、なんなら「若干ダサい」「バカみたい」な振付というのは、
あ、どれもほめ言葉としてだけれども、
どーなんでしょう、
若いお嬢さんがたから見たら、新しくてカワイイもの、だったりするんですかね?

イヤ、考えたオッサンのセンスで、無理やりやらされてるんじゃなくて、
やってる方も「かわいい、楽しい」と感じながらやっていてくれると嬉しいなあと、
見てて楽しい方からすれば思うワケで。

ももクロとかが先鞭をつけているから一定の地位を得たものだとは思うんだけど。
ももクロも、どちらかといえばイロモノとして見ていた、見られていた時期が長いように感じているので、
今なおイロモノとしての色合いが強いのか、はたまた逆転して既にメインストリームであるのか、
その辺がよく分かっておりませぬ。
それを思うとももクロさんというのは本当によく頑張った、
荒れた土地を見事に耕しきった人たちだと、尊敬のまなざしをおくります。
すごかった。なかなか出来るこっちゃねえと思います。
 


……とまあ、言う具合で。
なかなか、この『ゆび先はもう一つの心臓』で、
ナマミの女性のPVが並ぶことなんてないワケですが。

今期の中でも気になった3曲だったんで、こんなふうにしてみましたよたまには。

マ中身の人たちにはさほどの興味はないので、
またアニメの歌でも歌ってくれないことにはアレですけども。

んー、なんだろうなー。
詰まる所、こういう普通のかわいいお嬢さんがたが、
普通にアニメを楽しんで、身に着けてくれるようであれば、
アニメにとっては良い時代だと、やっぱり思うんですよね。
それでオッサンがどうする、どうしたいってワケじゃなく。
 
ウン。
 
なんだろうね、この気持ちは。
よくわかんねえけど。


オイサンでした。
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月12日 (木)

■ここが社畜のアルタミラ -更新第1018回-

▼上司に出す印鑑は「左に傾ける」のがマナー? ネットは「狂ってる」「社畜魂だな」と大批判
https://news.careerconnection.jp/?p=18210

マこれがマナーとして良いか、正しいかとか、
そういう気遣いを好もしく思うかどうかは別として、
記号的・絵的に心情を潜ませるというアソビは、ナカナカ小粋だなというか、
豊かだな、と思うオイサンです。

だって、ねえ。
AAとかLINEスタンプだって似た様なものでしょ。

LINEスタンプとか、オイサンは使ったことがないっていうか
そもそもLINE自体使ったことがないんで、
流行り始めた頃は一体何に使うモノなのかもよく分かっていませんでしたが
(なお現在も、使ったことがあるワケでなし使っているところを見たことがあるワケでなし、
ひとから説明を受けたワケでもないので正しく理解しているかは不明)、
ああそういうことなのネ、と大体理解した時、
それ以前の2ちゃんのAA文化と合わせて、

「そうか、今の伝達は、文字・言葉から図・絵・記号へと、
 より抽象的にかつ直截的に、先祖返りしておるんだな」

と、いたく感心したものです。
だって、そうでしょ? 言葉で書くよりも、そっちの方がひと目で通じるって、
そういう文化ですもんね。
アルタミーラの壁画とおんなじなわけですよ。

そこへ来て今日、上の記事を読んだものだから。
ねえ。
これはこれで、イキなもんだなと、感心した次第です。

  ……ああ、やるかっつったら、ゼッタイやりませんよ、こんなメンドクサイこと、いちいち。
  てきとうですよ印鑑なんて。

この先もどんどん言葉と文字による伝達は衰退していって、
よりダイレクトな絵と、より具体的な数値・数式による伝達へと
変化・絞られていくんじゃないだろうか、とか、
ワリと真面目に思うオイサンですやで。

ほなまた、おおきに。
あんじょうきばりや。




かっちゃったー。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

■眠りと天秤

松来さんが亡くなったショックが、まだ折にふれ骨に響くオイサンです。

ときどき、松来さんのプロフィール写真の面影を思い出し、
いま自分の過ごすこの時間は世界のどこにも松来さんのいない時間なのだと思い至ると、
背中からふっと、力の抜け落ちる感覚にさいなまれます。

ずっと打ちひしがれたままというわけではないので
ほとんどは馬鹿なことを言ったりして普通に過ごしているのですが
やはりこう、フッとした瞬間に。
ただなんでもなく道を歩いているときとかに、

「そういえば、もう松来さんは……」

と襲ってくる。



Dsc04652




以前も書いた通り、そこまで松来さんのことを深く追いかけてきたワケでもない自分が、
どうしてこうも深くショックを受けているのかは自分でも不思議で理由を探ってみるのだけども、
これまた以前に書いた通り、
「松来さんという生き様があまりに愛らしかったから」
という以外見当たらない。

  役者としての彼女のこれからの、
  新しいお芝居や芸が見られないことがただ悲しい、惜しい、
  ……と思っているワケでは、多分ない。

    但し、それらが悲しくも惜しくもないと言っているワケではないこともご理解頂きたい。
    その辺色々とかき回さず、素直に受け止めて頂けると大変ありがたい。

  もう少し根深い部分で、やはり松来さんというひとが既にこの世界に息衝いていないことに、
  ドキリとさせられてしまう。
  一色、色の少ない世界に来てしまったような。

自分が笑い、人を笑わせる松来さんの姿勢がオイサン自身の思いにとてもマッチして、
且つ鮮やかに、高いところで体現していたから、
その人生が、幸せな人生の結果に結びつかない、幸せを呼び込まない、
どころか、悲しむべき形でバッサリと寸断されることを突き付けられてしまう……
それを見てしまったから、
……なのかなあと考えております。

  松来さんを目標と考えていたのでも、標にしたのでもないけど。
  どこか太陽のように、花のように思っていたのかもしれない、
  無意識のうちに。
  もしこれが「無意識のうちに」というやつなのだったら、
  「無意識」というやつの淵は、自分が思う以上に深く、気配がなくて、
  意識から遠いところにあるのだな、と思う。
  ここまで知覚出来ないものだと思っていなかった。
  たとえ無意識のことでも、もう少し、兆しの尻尾くらいは捕まえられるものだと思っていたよ。
  無意識。

神様の存在や御業を信じていたわけではないけれども、
神様でなくともたとえば「この世界」の都合、摂理というやつは、
松来さんのあの愛らしい生き様を、
いとおしい、正しい、幸せに相応しいとは思ってくれないのだなあと思うと、
やはり、なぜなんだ、と思わざるを……得ない。

  ……いやあ。人間というヤツは、実に小さい。
  やはり、自分に計り得ないモノゴトには、「なぜ」と問いかけてしまうんだな。
  自分はそういうところからも、ヨソ様にくらべりゃ多少は離れられたと思っていたけども。
  まだまだだ。
  まだまだなんだな。
  当たり前だけど。
  そっかー。

それを思うと逆に、こういう『判断』が……
「神様」とか「世界」とかの、「摂理」というものの価値観であって、
基準であるのだな、と量るしかない。
「アレ」でもダメなのだ。
ああいうことではないのだと。
ならばこの世界で、その物差しを以て、大きくなるしかないのだろう、
人間は。
自分は。
それがたとえ、人としての自分には計り知れない尺度であっても。
手掛かりをそこから探っていくしかない……んだろうか。

世界と滑らかに、人間のまま泰然とあるには。
マ今の自分を捨てて、そこまでして「幸せ」になりたければ、の話だけど。

天才や才能という言葉を嫌って表すのであれば、
松来さんは間違いなくある道における「申し子」であったと思うし、
その知覚能力や、チャンスを見つけた時の身のこなし、
放つパンチを選ぶ感覚の鋭さ、きわどさといったら、
「申し子」と呼ぶしかないような的確さを持っていた。
なんとなれば、オイサンたちには見えないチャンスの針の穴さえ大きな障子穴に変えてしまう、
その様は、ときおり奇跡の行使のようにさえ見えた。

  マその分「アわりと普通だな」と思うこともあったけどさ。

ある道を歩き切るために削られる、人に与えられた何か、
人には測れない燃料のようなものを使い切ると人は倒れてしまう、
であれば、
四十も五十もなってしまうくらい生きてしまうのは、
所詮その程度の器でしかないから……なのかもしれないと、
生きることのはかり方について、新しく物思ってしまう自分がいる。

いまは少なくとも、そういう風に結んでしまうね。
天に愛されたい。
もっと強く、しなやかに。



オイサンでした。



……なんだか終盤、宗教くさくなってる気がするな……。
他意は一切ないので……誤解のなきよう。
ぽっかりと穴があいたようなのと同時に、色々と思うところがあるのです。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 8日 (日)

■ご注文はiPodですか?~ウォークマン買い替えと、年末のモノ入りゲームラッシュの段~ -更新第1017回-

Wake Up, Girls!

……イヤ失礼。
今朝がた、眠りすぎてしまったものでね。

半年分くらい笑ったなあ、と思った日の夜、
モーレツな疲労に見舞われてがっつり寝てしまった……
笑うのにも体力がいるのだな。あそこまでガックリ来るとは思わなんだ。

マ笑っただけでなくてのーみそも使ったし、
いろんな内臓がいつもの数倍の速度と密度で稼働していろんな分泌物を
出したりしまったりしてたような気がする。
体内全身大忙し。

ハラショーだったぜスパシーボ。

Atdsc07670
ピロシキ。


今日は

 ・ウォークマンがイカれたのでA20に買い替えた、その使用感のハナシ
 ・ローソンのコラボキャンペーンで『ごちうさ』のあれやこれにやられるハナシ
 ・これから年末にかけて出る、チョイ気になっているゲームのハナシ
   ~ガールフレンド(仮)
    ~ブレードアークスfromシャイニング
     ~干物妹育成計画
      ~ミラクルガールズフェスティバル


の3本です。


■歩く人、ヒザがイカれるの巻

ウォークマンの、NW-S760さんがイカれました。
オイサンです。

このウォークマンがうちにいらしてからどのくらい経っていたのか……
ブログを検索してみたら、2011年の12月頃、購入していたらしい。
約、丸4年。ソニーさんは相変わらずです。

  ▼好きです、白い歯。BLUETOOTH。 -更新第733回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/bluetooth-733--.html

  しかし、RX1さんも5年でポックリいったりしないだろうね。
  20万の品が5年では、ちょっと厳しいものがあるぞ。
  ドキドキする。閑話休題。

たまにはウォークマン以外を使ってみようかと検討してみましたが、
となると選択肢はほぼおリンゴマークの白いヤツしかなく、
そうなると……操作がタッチパネルになってしまうのですね。

……いやじゃー。
オイサンはボタンをぽちぽちしたいんじゃー。
ケータイもBlackBerryさん使っとるくらいなんじゃー。
……というわけで、ほとんど自動的にウォークマンさんに決定。
いっちゃSONY.

  ……うーん。
  昔は東芝さんのGigabeatとか、パナとかケンウッドとかもあって、
  国内メーカーでも色々と選択肢があったもんじゃがのう……。
  アップルさんが全部、台無しにしてしもうた……。
  今のコたちは、そんな選択肢もなくって、ちょっと気の毒じゃのう、
  というのは年寄りの勝手な物言いで、
  「勝手に憐れむんじゃねえよ!」
  って怒られそうですね。すみません。
  でも、あの色んな性能とかフォルムとかデザインとかの中から、
  あーでもない、こーでもない、
  お前のかっこいいなでも俺のはもっとカッコイイ! 
  みたいな話をするのがなかなか楽しかったんスよ。
  ね。
  マ、老い先短い初老の戯言ですじゃ、聞き流してくだされい……ウッ! ごふごふ!!
  おじいちゃん、大丈夫!?

そこまで絞ってしまえばあとはもう、ソニーさんの中のラインナップの中での選択。
デ買ってきたのがNW-A25の黄色いヤツ。

Adsc07654

いかがです。
かっこいいでしょう? そうでもないですか? そうでもないですよね。
オイサンもそう思います(オイ

マ使い始めてまだ間がありませんが、チョイチョイ気が付いた点について
レビューしてまいりましょうかね。





■性能うんぬん言う前に

しかしワタクシ、専用機を持たなければならないくらいお外で音楽を聴くかと言われたら、
そうまでさいさい聴くわけではナイんですけどね。

音源も、最近では毎クールで気に入ったアニメの主題歌やら関連楽曲を買うくらいで、
一次気は追いかけて買っていたpillowsやつじあやのやらのCDを買ったりするようなことも、
最近ではめっきり減りました。いけませんね。
ゲームのサントラも……そもそも、あんまりゲームをやらなくなってしまって買ってないなあ。

  大体ゲームの音楽って、もう特殊なものではなくなっている。
  昔はハード的な制約があって8bitのコンピュータサウンドとかは、
  それ以外のシーンで聴くことがないような超特殊な部類の物だったけれど、
  最近は普通に生録音のものとかもありますから。
  あれを愛して今でも8bitライクなものを作り続けている方もおられますが、
  オイサンなんかはあの音楽を、特殊なシーンに(つまり各ゲームの場面場面に)紐づけて記憶している、
  というか、画面を見つめながらその音楽を聴き続けるわけだから意識しなくても
  しみこんでしまっていて、
  その体験と音楽が一緒になってしまいこまれていることが大事なワケで、
  音楽だけ8bitっぽく出されても、オイサン個人的にはそんなに嬉しい話でもない……かもしれませんな。

昔はワリとひっきりなしに聴いていたように思うが、
年のせいか、はたまた普段の暮らしの場が騒音でいっぱいだからなのか
あまり長い時間、閉塞した音の中に閉じこもっているとものすごくくたびれるようになってしまった。
オシゴトがあまりにもきつかった時期、
どこにいても、些細な音でも気になるようになってしまって、やかましい、
ああこの町はやかましいと感じられてしまい、
その時を境にますます、ポータブル機器を使ってまで外で音楽を聴こうと思うことは
随分減ってしまった。
ただ静寂だけが欲しかった時期。最近は少しずつ戻ってきているのだが。

そんな程度しか音楽に親しまないオイサンが、
新たにいちいち専用機を買う必要があるのかどうか……
マいざ「なくなる」となって、あって欲しいかいっそいらないかを考えた結果、
とにかく「聴きたいときにないと寂しい」という結論に至ったので買うことにしたのだけども。

無いなら無いで、そういう暮らしに馴染んでいってしまいそうな気もする。

30代~40代男性だと、ポータブルメディアプレイヤーを持ってるマンと持ってないマン、
どっちが多いんだろうなあ。
最近は「専用機はないけどiPhoneで済ませている」って層も多いんだろうなあ。
音楽ファイルを積極的に持ち歩いて頻繁に聴いてる層、とすれば良いのだろうか。

しかしそれはそれで、
「iPhoneで聴けるから、そんなには聴きたいと思わないけど、
 ついでで聴けるようにしている」
みたいなんが大量にカウントされそうだ。
要はライフスタイルや積極性というところが境目になるのだろうけども。

  それを思うと、写真も音楽も「iPhoneのついで」で終わらせてしまうiPhoneは
  文化の頒布の仕手であると同時に破壊者でもあるのかも知れぬのう、
  なんて話は、もう識者たちはとっくにしているコトなのであろう。
  マ陳腐化なんかいつもそんな風に起こって収まっていくのだろうけど。

懐かしの余暇・娯楽白書とかでも見れば、そんな統計データが載っているのだろうが。
  いや懐かしいな。
  卒論書くときにやたらお世話になったな。レジャー白書だったかな。

しかしどうなんだ……そうなると……
オイサンも、もしiPhoneを持ってたらそれで済ませてるのかなあ。
電池切れを嫌って、やはり専用に音楽再生機を持つだろうかなあ。
出会うタイミングにもよるだろう。
20代から30代前半くらいまでに出会っていたら、
「いややっぱり音楽は、いくらかでも音質を気にしないと!」
くらいの気概を保っていそうだから、分からないなりにも専用機を求めそうだけど、
30代後半に出会っていたら
「おお、なんかもうめんどくさいからこれで十分か」
くらいに落ち着いてしまいそうだ。
こだわることには、知識も何より、体力がいるからのう……。

しかし音楽や歌は、大事なインスピレーションの、重要な得どころだからな。


とまあ、こういう節目節目で、身の回り、持ち物についてチョイチョイ考え直していかないと
漫然と流れていってしまいますんでね。
ややこしいことも、一応考えてみるわけですよ。
今回は結局またウォークマンを買いましたよ、ってことで。

では肝心の、新しいウォークマンA25さんの使い心地を書いていきましょうかね。


◆デザイン
そんなもんは好きずきだ!
……ではハナシにならんので機能的な面から言うと、
S760に比べるといくらか厚みが増し、表面にざらつきが施されているので、
落っことしたりはし辛くなっていると思う。
……が、縦に長くなった分、スルっと抜け落ちそうな怖さがあって
プラマイゼロな感じ。いやん。

この面長な感じを
「シャープでカッコ良い」とみるか、「のっぺりして野暮ったい」と感じるかは個人の好みかと。
オイサンは……ちょっと、細長すぎるかな、と感じる。ギリギリ、ほんとギリギリアウト

あと、これはどちらかといえばUIの項目だけど、
縦長になって十字キーとHOME・OPTIONボタンが遠くなってしまったのがチョイいただけない。

全体的にちょっとカクカクし過ぎな気もする。
角はとっても良かったんじゃないかしら。
ハイファイ生ポリゴン!

▼ハイファイ生ポリゴン格ゲー




◆操作性・UI

▼えー、まずは、キーが総じて押し辛いです。
十字キーがひし形をしていて、かつ凹凸もあんまりないので、
手触りではどこ押したもんか判断し辛いし、固くて押しにくい。
オサレなのは結構ですが、使い勝手はイマイチ。

上でも書いたけど、BACK/HOMEキーとOPTIONキーが十字キーから遠くなった。
いずれにしても、全体的に直感的にいじることは出来ず、
何かしようとするたびに「ウッ」と思って
本体を目で見ながらの操作になってしまいますね。
ウーン。イマイチ。

▼Holdスイッチは分かりやすく、かつちょっと固めで、誤操作はなくなった。
けど、細長いボディの下の方に位置しているので操作するときに指に力が入り辛く、
スムーズには操作できない。
こういうスイッチは
「固くて勝手にはまず動かないけど、意図して操作するときには指に力が入りやすくて スムーズに動かせる」のが理想ですよな。
マあくまで理想だけど。

▼イコライザの調整は細かくできるようになりました。
S760では、ダイナミックバスが0~+3まで、各周波数の調整が±3だったのが、
A25ではダイナミックバスが0~+10まで、周波数は±10になった。
細やかなチューニングが可能。これは有難い人には有難かろう。
さわれる周波数の種類・数は同じ。

ただし、イコライザ画面を出すのに、
メニューを2階層潜らないといけないのはちょっと面倒くさい。
S760さんでは、OPTIONメニュー直下にあったので改悪だと思う。
オイサンは挿すヘッドホンによってカスタム1かカスタム2かを切り替えるので、
ワリと頻繁にいじるのです。

▼オイサン必須のブックマーク機能。
「ブックマーク」なんて名前がついてますけども、「本体で編集できるプレイリスト」です。
これが5つ作れて、1つに対して100曲まで登録できる。
この機能がオイサンにとっては超大事。
聴きたい曲だけチョチョイとつまんでポポイと放り込んで、
その日の気分に合わせたプレイリストを拵えられるのは大事、大事です。
マ1リスト100曲もいらんやん? とは思うけど多い分には文句はない。
これはS760さんから変わらず。
もしこの機能が削られていたら、たぶん他の機体を探していた。
そのくらい大事。

▼リクエストとしては……S760 時代からの希望なのだが。
1ボタンで音楽再生画面まで一気に戻れる操作が欲しい。
一度ほかの操作画面に移ってからまた再生画面に戻るの、結構手間なんですよね。

イマんとこ気付いたのってそのくらいかなあ。
いずれにしても、全体的にキー配置がどれも微妙で、
「この操作をbestにするためにこっちの操作は微妙になってます」
っていう感じですらないのが残念だ。
どこか、重点を置いた操作くらいは快適であってほしかった。


◆音質

さあ、お待ちかねの音質のレビューです!
そんなもん好み人それぞれだから勝手に聞いて判断しろ(らんぼう)!!

ノイズキャンセルにもハイレゾにも対応した機体だけど、
ノイズキャンセルヘッドホンもハイレゾ楽曲データも持ってないから関係ないし、
ノイズキャンセルして聴こうとは思わない、
むしろ外の音が入ってくるくらいでないと不安になるし聴き疲れしちゃうタチだし、
ハイレゾを聴き分ける自信もない(ためしたことはないけど)ので、
特に関係がない!!

S760と同じくらいの感じで普通に聴けてると思います!
特に良くも悪くもなってないと思います、たぶん!
以上!
SONYウォークマンNW-A25のレビューでした!

ちゃお!


……あーそうだ、もとのS760さんが、てっきり16GB品だと思いこんで
新しいのも16GB版で買ったんだけど、
実はS760さんが32GB版でびっくりしました。
データ溢れちゃった。
だもんで、A25さんがmicroSDに対応しててくれて助かりました!!
いやー危なかったw
そこは嬉しかったかな。
願わくば、1ランク下のSシリーズが4GB・8GBだけじゃなくて16GB・32GBまであって、
かつmicroSD拡張に対応しててくれたらそれが一番よかったんだけど。
そしたらこっち(Aシリーズ)じゃなくてS買ってたよ。
SD拡張が出来るんだったら8GBでも良かったけどね。
マそこはたぶん、「これで十分」という判断ではなく、
「その容量を求めるお客さんには上のクラスを買ってもらって、
 『せっかくだからついでに』需要で、ハイレゾ商売・ノイズキャンセル商売にも付き合ってもらおう」
っていうハラなのでしょう。
仕方がない。



■ローソンにまんまとやられる

『ごちうさ』のミニタペストリーとクリアファイル欲しさに、
飲みもしないリゲインを3本とそんなに食べもしないのど飴やらチョコやら
わっさと買い込まされてしまった四十路?

はっはっは、そんな馬鹿な四十歳がいるわけn俺だーーーーーッ!!

某日、研修先へ向かう朝の電車の中でツイッターのタイムラインに
「ローソンのコラボが……」
というつぶやきを見つけて、また何かやってんのかなと思っていたら、
『ごちうさ』の何かしらが貰えるハナシらしく、
ああそうなんですね、くらいに思いながら、とにかく午前中はフツーに研修を受け終えた。

  ちなみにこの研修、通常10人以上を想定しているコースなのに3人しか集まらず、
  それでも開催してみたところさらに一人が欠席で、
  結局先生一人に対して生徒二人という濃密な3P空間。
  オイサンが一番年下でした。妹キャラでがんばゆ。
  お、お兄ちゃんたち! しっかりしないとダメなんだからねっ!!

そんな薄気味悪い冗談はともかく、
研修費用にも含まれていたお昼ゴハンの仕出し弁当がちょっと物足りなかったので
会場近くにコンビニを探したところ……おや、ローソンがあるじゃないですか。
偶然偶然。
おやおや、なるほどなるほど、
ユンケル購入1本ごとに、『ごちうさ』のミニタペストリーが一つ貰える、
とこういう決まり事なのですな、なるほどなるほど。

……フム、思えば今回の研修、
午後のカリキュラムにはロールプレイも含まれていて高いテンションが求められるし、
こうも少人数では要求される集中力が桁外れで、体力も消耗するというものだ。
このまま普通に付き合っていたのでは
なにかこう、勢いをつけるのに良いアイテムはないものか……

お、これはこれはユンケルじゃないか。
いっときはあの世界のイチローもCMに出演していた、
滋養強壮飲料のユンケルじゃないか。
今の自分の要求にこれ以上応えてくれるアイテムがあるだろうkいやない!!

  ここで視線をチラリと棚に走らせ、ミニタペストリーの残量を確認。
  ココアとチノは完売か……。

どれ、今日の午後の分はもちろんのこと、
明日のプログラムもハードになること間違いなしだし、
明後日には社内レビューも控えている。3本くらい買っておいても罰は当たるまい。

すみません、この『ごちうさ』のミニタペストリー、
リゼシャロ千夜のやつ下さい。


あとついでにユンケル3本下さい。



……買ってしまった。

Ardsc07653
ちなみに、ミニタペストリーといいつつプリントは紙で、
上下に筒を挟み込んで吊るせるようになっているだけの安っぽいシロモノです。



かくしてこの40代男性は、昼メシも食い終わったあとに、
そこそこデカいメのカチャカチャいうコンビニ袋ぶら下げて研修会場へ戻ることになり、
人数も少ないモンだから講師の老人から向けられる奇異の目をごまかすことも出来ず
そそくさとビニール袋を丸めて鞄に突っ込んだのでした。

心がぴょんぴょんするんじゃあ。

ユンケルですか?
どういうわけか、まだ一本、家の冷蔵庫に眠ってます。


……この数日後、すっかり味をしめたローソンさん、
今度はのど飴やらチョコレートやら3つ買うと
クリアファイルが一枚もらえるキャンペーンを実施なさいやがりまして、
その時はココチノもあったんだけど、ホントに気になるリゼ・シャロだけにしておきました。
シャロは1期から好きだけど、今期は妙にリゼが推されている気がする。
気のせいだろうか。
キャラデザ変わった?

Ardsc07652

のど飴はシゴトバに持って行って口がさみしい時に、
チョコは……まだ半分以上、冷蔵庫にユンケルと一緒に眠ってます。
そんな、大人なんですから、オマケだけもらってチョコは捨てるみたいな真似はしませんよ。
ポイッテーポイテーシーナイデヨー♪



■ちょっと楽しみにしているもの

これから年末にかけて、ちょっと楽しみにしているゲームが、
……週単位で出ます……。
なんでや。

なので、ちょっとご紹介しておきます。
マ全部買うかつったら分かんねえけど。


▼11/19に出る、Vitaの『ガールフレンド(仮)』

これは「楽しみにしている」と言ったら言い過ぎかもしれない。
なんとなく、潤いを求めてやってみるか、くらいのものですが。
ソシャゲでは恋愛ゲームもなんだかんだ出てますけども、
最近コンシューマでこういう生粋な感じのも少ないので、ちょっと捕まえておこうかな、
という程度。

どんなゲームシステムなのか分からなかったんで公式サイトを見てみたところ……
グラフィックがどうとか、バイノーラル録音がどうとか、
演出面については色んなアピールが書かれてるけど
肝心のシステムについてはほぼ触れられていない……。
ただのアドベンチャーゲームなんだろうか。
VitaTVには非対応なのかなあ。
タッチ操作のことが色々書かれてるし、多分非対応なんだろうなあ。

▼ガールフレンド(仮) きみと過ごす夏休み PV


名塚さんとサトリナさんが出ているなあ。
あとミスモノクロームさんが気になる。
あすみんも出ているが……これはメインヒロインではないのか……?



▼11/26に出る、PS3の『ブレイドアークスfromシャイニングEX』

SLGやアドベンチャーばかりでなく、ボタンをポンポンポンと押す系の、
リアルタイムでフィジカルの要求されるゲームも、やっぱやりたいじゃん? 男の子じゃん?
やりたい系男子じゃん?
やりたい盛りじゃん?
やりたい盛りの男子といえば、TONY先生じゃん?(そうか?)

マやりたい盛りかどうかは別にして、
やっぱりボタンいっぱい押す系ゲームはやりたいわけですよ、定期的に。
それでまあ、キャラ性も強そうってことでこれにも興味がある。




画面を眺めて、ボタンを押さない時間の長いゲームをやる合間に、
こういう「ボタンをたくさん押すことが主体」のゲームがやりたいワケです。
甘い・しょっぱい・甘い・しょっぱい、みたいな。
「軽い格ゲー」がやりたいんですな。ぺしぺしぺし、くらいのがいい。

……あ、ゲーセンで試してみればいいのか?
こんどちょっと、近場を覗いてみよう。

ファミリーソフトさんが
『ウルトラあすか120%ⅤRIZING Fest version1.22』
とかを毎年のようにポンポン出してくれていれば、
オイサンだって黙ってそっちを買いますけど、出ないんだから仕方がない。

▼あすか120%ファイナル




▼12/03 Vitaの『うまるちゃん』
正式タイトルは『干物妹うまるちゃん 干物妹育成計画』。
これは……一応、育成SLGということになるのかな。




昔の原作ありのキャラゲーなんて、
「基本は地雷、多少ましなデキならめっけもの」が当たり前だったけど、
近年のキャラゲーは優秀になった。
というのも、恐らくはライブラリが洗練されて、
同じようなシステムのゲームなら根幹部分は使い回しが利いて
絵や音を載せ替えることで対応可能になった部分が大きいからだと思うのだけども、
その分、均質化が進んでしまって、
「クセのあるゲーム」って減ったことは寂しくもあった。

  3Dのアクションゲームなんかでも、
  ジャンプしたときの感触が同じだったりするんですよね。
  ポンッと跳ねてふわっと頂点に達して、着地するまでの感覚が。

アドベンチャーゲームだとそれがまた顕著だったけど、
このテのSLGだと……なかなかそういうことはない……んじゃ、ない、かな?
原作やらキャラの魅力をふんだんに生かすこともさながら、
手触りにクセのあるゲームだと嬉しい。


▼12/17 Vitaの『ミラクルガールズフェスティバル』

……さすがセガだぜ……。
俺に気付かせずこんなゲームを作ってやがったなんてよぉ……!!
『ゆるゆり』の合間に流れたTVCMで初めてこのゲームの存在を知りました。
いやー、バカに出来ねえなTVCM。

『きんモザ』『ビビオペ』『のうりん』など、

イマイチぱっとしなかった萌えアニメをとりあえず素材にして寄せ集め、
リズムゲームで踊らせてひと山いくらで回収しよう!!


……という、オトナたちの、
年末から決算期にかけての野心に満ちあふれたゲームです!
そう見えます! よこしまなオイサンの目にはそう見えるのです!
心のゆがんだアラフォーの感想です、どうかお気になさらず!

  ちょうにんきアニメもいくつか混じってますが、その辺はきっと撒き餌です。
  お前もオタクなら、こういうのには黙って立派に釣られましょう。

な、なんて駄目なスパロボなんだ……。

まあリズムゲームは全然好きではないオイサンですが、これにはちょっとあらがえない。
だってもう、既に面白いですからね。やる前から完全に面白い。
何が面白いって、
『Wake up, Girls』がラインナップされているのが最高です。
同僚アイドルアニメの『ラブライブ!』と『アイドルマスター』は、
それぞれ自前でピンのリズムゲームを立ち上げバリバリに稼いでいるのに、
ここで『てさ部』やら『未確認で進行形』のとなりに間借りしている『WUG』が、
なんかもう最高にポップです。
トップアイドル(アニメ)への道は長く険しい、という言葉が重すぎる実感を伴います。

霧の艦隊とか宇宙的恐怖神と一緒に(もはや人間ですらない)、
ひと山いくらのどさ回りをしている場合ではないぞ、頑張れWake up,Girls!
タチアガレ!

マそんな応援の意味も込め、
好きな作品も山盛りなので年末イチオシタイトルとして購入予定です。
くっそー、シークレットゲストで『グラスリップ』も入れてくんねえかな!
SEGAっ!



本当にカメラが下からグイッとPANしてタイトルロゴがどーんしとるw



……マそんな感じで、買った物やら気になる物やら、
物欲に支配された日記でした。

以上、
「ランドセル ふわりぃ」のCMに出ている子役少女が、
ロリータコンプレックス的な意味とは無縁の方向性でツボにはまっているオイサンでした。

▼ふわりぃ ランドセル(30秒Ver)


ぶははははw この子はホントに出来る子だなwww なかなか出せる味じゃないw
いいぞ、頑張って味のある役者さんに育って下さい。

オイサンでした。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 5日 (木)

■秋の豊饒アニメ祀り~'15秋アニメプチ感想(後篇)・『ごちうさ』『櫻子さん』『庶民サンプル』~ -更新第1016回-

はいどうも、オイサンです。

2015年10月期、秋アニメのぷち感想の続きです。
マ大して目新しいことは書きませんけども。

そういえば、音泉さんでやってた『シドニア』のラジオが最終回を迎えまして、
久しぶりに「あーやだなー。終わるトコ聴きたくねえー」などと思ってしまいました。
あやねるはともかく洲崎さんは泣くんだろうなー……と見せかけて、
あやねるの方が泣くんだろうなー、
と思っていたら案の定、
「収録中に泣きそうになった洲崎さんをあやねるがゲラゲラ笑ってせき止めた、
 かと思ったら、収録後にあやねるが一人でボロ泣きする」
という案の定過ぎる展開だった……。
なんなんだお前らw



■□■ 目次 ■□■

<前篇>
 『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』
 『おそ松さん』
 『ゆるゆり さんハイ!』
 『ワンパンマン』
 『ルパン三世』

<後篇>  ← 今回はこっち
 『ご注文はうさぎですか??』
 『落第騎士の英雄譚』 / 『学園都市アスタリスク』
 『コメット・ルシファー』・『コンクリート・レボルティオ』
 『櫻子さんの足元には死体が埋まっている』
 『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」としてゲッツ!された件』
 『小森さんは断れない!』
 『てーきゅう』
 『いとしのムーコ』



■『ご注文はうさぎですか??』

完璧です。
以上。



……なんだよ。
他に書くことねえよ。
色々あるよ。
色々あるけど、なんかもうそういうこともひっくるめて、なんか完璧だよ。

だいたい、電子番組表の番組紹介文からして、
「ラビットハウスは、今日もすべてがかわいい!」
ってだけでもう、ああ完璧だなって思っちゃったよ。
自分のことを完全に理解してるんだこいつらは。
かわいいだけのアニメなんだよ。
ホントそうだよ。
ホントそう。
ホントかわいいだけのアニメなんだよ。
面白いことなんか何にもないはずなんだ。
だけどそのかわいいことを突き詰めることで、
一つの作品が持つことを許される「かわいさの器」のMAX容量に収まりきらなくなったかわいさが漏れ出して、
その他の、面白さだとか、たくましさだとか、せつなさだとか、
そういうパラメータの器にも溜まっていっちゃって、
「かわいい」以外の価値の肩代わりをして見せてるんだよ。
これはそういうアニメだよ。
うるせえな。
俺がそう思うんだからそうなんだよ。
見る側の脳みそに、摂取許容を超えた高濃度のかわいさをぶちこんでからマボロシを見せに来てるんだよ。
かわいさドラッグなんだよ。
まず高濃度のかわいさを受信者に注入して脳の中枢を麻痺させて乗っ取ってから、
イイ様に印象操作してるんだよ。ポイズン!!
かの『苺ましまろ』は「かわいいは正義」という言葉を残したが、
それは『ごちうさ』に「かわいいはポイズン」として受け継がれた、と考えて良いのではないだろうか。

唯一EDだけが、ちょっと勇み足過ぎたよ。
かわいさを優先するあまり、小学生女子に媚を売らせ過ぎたよ。やりすぎた。
ハッ、まるで子どものお遊戯だな! ← こどものお遊戯だよw
何がマズいかって、チノちゃんがセンターで、積極的に頑張って踊っちゃってるトコだけだと思いますね。
らしくない。らしくない上に、媚びてるように見える。
「何かのお遊戯の練習」というていの上で、且つ、
主導するのはマ・メで、無理やりやらされてる
(センターに立たせるときは、カメラ側がそう映るように動いた風に見せる)、
くらいのシチュエーションを作れば、まだ言い訳が立ったのになー、と思った次第。
惜しい。

そしてまた……OPがね。恐ろしいね。畑亜貴先生、恐ろしいね。恐ろしい。
♪こころぴょんぴょん♪ ……をどう超えてくるのかと思っていたけど、
もう、超えるとか超えないとか考えずに来るのね。
ナンバーワンになる人は、オンリーワンになる方法も知っているんだ。
「競わないけど、それよりすごい」風になるにはどうしたらいいのかを肌で知っているんだろう。
♪こころぴょんぴょん♪でナンバーワンは獲った!
自分でもそれはもう超えられない、アレはアレでもうこっちの宇宙の物理法則では限界だから、
もう一つ違う宇宙をこしらえて、そっちで一番になるぞ!
っていう発想なんだね……こわいわ。
クリエイターこわいわ。
神か。
♪ポイッてポイてーしーないでよー♪、最高です。

あとは、「時代の追い風に、当たり前のように乗ってくる」。

『ノーポイッ』も、平たくしてしまうと「あきらめずに頑張る、前に進む」歌なのだけど、
それを「やるぞ!」って言うんじゃなく「やっちゃお」って言うだとか、
「投げ出さない!投げ出すな!」って言うんじゃなく、「ポイって『しないでよ』」って言うとか。
それはもう……時代だよ。時代の風だ。
「ケンカしちゃヤだ!ヤだ!」とかね。

 畑 亜貴「竹刀持った顔にキズのあるこわいオッサンに
       『やれ!頑張れ!あきらめるな!』って言わせたって、おまいら、やりゃしないだろw?
       かわいい女の子に『投げ出しちゃヤだ!』って言わせれば、アレだろ?
       お前ら、実力以上のアレとかコレとか出すだろw おまいらチョロ杉www」
 おまいら「うっすwwwwwそっちでたのんまっすwww」

っていうおまいらですよ。
最高だ。
ゆっくり・ノンビリ・無理をしないで幸せになる、だとかのエッセンスは結構前からの物で、
そういう時代の産物の風だけど、
この『しないでよ』っていうエッセンス、
やれと命令したり、ご褒美をちらつかせてやるように仕向けるとかではなくて、
「やめちゃいやだよう」っていうね、個人的な希望を伝えてくる感じ、
これはもう、時代のエッセンスですよ。
地味だけど、鮮烈に斬新ですね。

ホラな?
完璧なんだよ。
もういいだろ?
じゃハイ次。完璧とほどとおい感じの奴。



■『落第騎士の英雄譚』 / 『学園都市アスタリスク』

「プロデューサーさん!キャバルリィですよ、キャバルリィ!」

「落ち着け春香、『インフィニット・ストラトス』と何が違うんだ?」
「何言ってるんですか、全然ちがうじゃありませんか!」
「じゃあ、『学園都市アスタリスク』とは何が違うんだ?」
「そりゃあ……! ……あれ? 同じ……かな?」

と、かのトップアイドルも言ったとか言わないとか、
そんな同じな二つから、
なぜオイサンが『学園都市アスタリスク』を切り『キャバルリィ』を残したかと言えば、
『キャバルリィ』は下着が黒のガーターベルトだったからです!
何やらこの2作品には、受けるために最低限必要な要素が詰め込まれているらしいので
見ております。
時代はこういうんだなあ、と思いながら。
次回をお楽しみに!



■『櫻子さんの足元には死体が埋まっている』

なんか普通にミステリー。
タイトルとか、櫻子さんが骨の専門家だとかに期待しすぎると肩すかしを食う。
ちなみにオイサンは「舞台が旭川だから」という理由だけで予約を入れました。
心のふるさと。

伊藤静さんは、このテの役が多いような感じがしますね。
開けっぴろげで知的で巨乳で一見クールで非常識で抜けてる女性。
スのご本人は至ってチャーミングな普通の女性でらっしゃるのに。
役者さんってすごいなあ。

ご本人は決しておムネが贅沢をしている感じではない(婉曲・ソースは『ディーふらぐ』のときのラジオ・ご本人談)のに
巨乳役が多いのは、プロの目(耳)からしても、やはり巨乳声なのだろう。
たまに「自分が体感したことのない役はできません」という演劇論なんかも耳にするが、
静さんは泣きながら殴って良いと思います。
お前ごときに何が分かる!!
艶っぽくて弾力のある、包容力のある声ってことでしょうね。
お子さんがうらやましい。
栄養面では羨ましくないのかも知れないけど。

さて、すっかりおっぱいの話になってしまいましたがみなさまいかがお過ごしでしょうか?

もともとオイサンがミステリーが得意ではなく、
ミステリー的な要素以外のお楽しみポイントがあまりない作品とお見受けするので、
個人的にはあまり進んで見る感じではないかね。
謎の提示や謎解きの流れ、構成なんかも、特に目新しい工夫があるわけでもなく。
旭川っぽい描写も、チラホラとは出てくる物の、
舞台押し! ならでは! っていうほどのパワーはないので、訴求にはいま一歩。

『黄昏乙女アムネジア』みたいな構成の妙味があれば、
それだけでも十分見続けさせる牽引力にもなるのだけれども、
マ純然たる原作ファン・ミステリー好きにそれはノイズであるかも知れないので
善し悪しか。



■『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」としてゲッツ!された件』

あまり真面目に見るつもりもなく見てみた。


……ナンダコレ、すげえな。


タイトルから見て分かる通り、まあナントモなラノベなワケで、
ハーレム系か、はたまた虐げられドM系のどちらかというところで
お話の内容自体に期待出来るところがほぼゼロだというのは、マ概ね当初の見立て通り。

しかしね、なんというのか、お話づくりの面での割り切りがあまりにものすごくて、
目からウロコが落ちたっていうか網膜が剥離するかと思った。
鷹村さぁーーーーん!!

このマンガ、起こった事件やその事件によって芽生えた感情を、
ほとんどほったらかしにしてバンバン次の話を始めていきます。
回収しないで切り替わる。
やりっぱなしで、パッと見、次の段階ではさっきまでやってたハナシが、
なんかこう……ほとんどゼロになっている。

「え?」って思った。
いや、雑だな、って思ったというか、雑どころじゃなくて、
え? さっきの話はどこいったの?
って。
なった。

例えば、
「カタナ持ったドジッ子サムライ美少女が主人公に襲いかかってきて、
 自分の技で、周りの女の子も自分も主人公もすっぽんぽんにしてしまいました!
 なんやかんやあって、すっぽんぽんのまま、
 主人公がサムライ少女に馬乗りになってしまいました!
 キャーーーーーーーッ!!」

場面転換! ハイみんな、素! 普通!

「え?」
ってなるでしょ。回収しろよ! って思うよ。ふつう。
その後主人公はヘンタイ扱いされて学校からハブられて、さあどうしよう? とか、
険悪になったサムライ少女との関係を、さあどう修復しよう? とか、あるだろ!

ない。

そりゃ多少「あんなことがあって……」みたいな、ちょっとした次の行動の芽として、
取り扱われることはあるけど、話の筋としてはほぼ重視されない。
結構な重量の事件だと、見てる側としては思うんだけど……。

けど、まあ、なんていうか、分かるんですよ。その気持ちは。

「こーんなハチャメチャウッフンなことが、ハイ起こりました!!
 でもまあおバカなラノベですんで!
 多少悶着ることはありますけど、どっちかっていうと『ウッフン』を見せるための仕掛けですんで!
 どーせイイ感じにハッピネスにまとまりますんで、
 そこら辺の呼吸は分かってるでしょ? だからもう……解決手順は、省きますね!」

っていう……ものすごい割り切りの呼吸がある。
……気がする。
お前らが分かってるんだったら省いても一緒でしょ? っていうのは。
ケドふつうやんねえよ。怖いよ。なんだその、思い切りの良さは。すごいな!
……って、思いました。

でもね、正解だと思うですよ。

「見た目幼女の天才コミュ障ハクアちゃん(綾波系)、
 主人公のお部屋でハダカになってしまいました!
 そこに元気系お馬鹿メインヒロインがやってきました、見つかった、大変だーーーー!!」

……っていう、あまりにベタなことをやったあとで、
申し開きをするシーンだとか、関係修復のためにナンダカンダやる流れがそこに挟まったら……
オイサンはたぶん、退屈になってもう見るのをやめてるか、
早送りして「いい最終回だった」って言うか、どっちかだったと思うんですけども。
そこでぶった切って「ハイ次、授業のシーーーン!」ってなったから、
「え、ナニ? さっきの話終わったの?」とつかまれてしまって見続けたし、
「……(まあラノベなんだし、なんかうまいことまとまったんだろう……)」
と、勝手に納得もした。

結果として、オイサンに見続けさせることに成功したわけです。
デ、お話的にも(受け手の中で)欠損はない。勝手に自己修復された。
ある意味で、「受け手の想像力に補わせて伝える」手法の進化系だと、まあ、
好意的に捉えれば捉えられる。

  マ想像させすぎだけど。
  ねえよ、まるまる何ページ分か受け手に補わせるとか。

だから、フォーマットがある程度固まっていて、
受け手が「この先展開されるであろう流れ」を共通意識の上で期待することの出来るラノベっていう「型」の、
アニメ化として、このやり方は正解だと思う。

「お前らここはもうわかってんだろ、この単元は飛ばす」

っていう、2浪クラス担当の予備校の先生みたいなもんで。
いやー、びっくりした。
おかげで、サムライ子ちゃんもハクアちゃんも、ちょっと好きになっちゃったぞ。
君らかわいいな。

  かと思えば、4話目はワリとキチンと修羅場だった。
  お嬢様がイキナリあそこまでわがままになれたのは、
  頭のデキの良さゆえなのか、帝王的なお嬢様ゆえの我の通し方なのか。
  いずれにしても、下手にウダウダされるよりはツーカイだった。
  無理矢理、変な部活に全員合流させたなw サムライの理由がわからんけど。
  ご都合主義もここまで強引に極まると、気持ちよくなってきてしまったぞ。

マそんなんでね、正直、見続ける予感は全然なかった本作ですけども、
しばらくお付き合いしてみようかという気分になっています。

OPも、なんか野暮ったいダッサイ感じの曲でテンション上がらなかったんだけども、
このどうしようもない全体感にはちょうど良い気がするし、
何よりEDの曲は普通に良い。
心地よいな、と思ってスペックを見たら歌い手は原由実さんだった。
これは音源が欲しい。


原作のタイトルは『拉致られた件』だったのが、
「拉致」が引っかかって「ゲッツ!された」に変えられているのだけども、
そこに無理やりダンディ坂野がフィーチャーされているという、その無用にダサい感じも地味にツボです。
よりによってダンディで、丁度いい具合に恥ずかしい古さでダンディ、っていう、
いやあ、恥ずかしい。
たまりませんな。
このダサさ、センスの無さ。素晴らしいと思う。
この微妙さを高次元でコントロールしている手腕は見逃せないとオイサン思います。すげえ。

本当に、馬鹿にするわけではなくて、
微妙さのコントロールと、潔いバッサリ感、
特筆に値する新しいコトを意識してやりに来てるなーと感心してしまいました。
思い過ごしだと良いなと思います。

マそんなんで。
『庶民サンプル』、そういうところを面白がれる御仁には、ワリカシお勧めです。
キャバルリィですよ、キャ・バ・ル・リ・イ!  ← 気に入った。


■『コメット・ルシファー』 / 『コンクリート・レボルティオ』

どっちも「コ」で始まるとか、タイトル似てる感じがする2作品、
どっちもそれなりに興味はあるのだけどまだしっかりは見られていない。
『コメット・ルシファー』はちょっと見始めた。

しかしよくもまあこれだけたくさんのお話を、価値があるかどうかは別として、
毎年毎年頻繁に生み出すもんだなあと感心します。
面白いものを作れるかどうかは、
その辺のことをよく見て考えると多少結果が変わってくるのではないだろうかと、
コメットルシファーのOPを見ててなんとなく思った。

なんていうかこう、
忠実なボーイミーツガールから、未知なるロボットを味方に付けて冒険に出発だ!
そんで降ってわいたヒロインと幼なじみが修羅場バトルだ!
って、いやあ、なんかねえ。すごいな!

そういう意味では多分、『コンクリート~』の方が、
物語としては新しい物を提示しようとしているのだろうなと、
なんとなく分かってはいるのだけども。

マちゃんと見られてからなんか言います。
面白そうだとは思っているんだけど。
いかんせん、高濃度かわいい成分にすっかりやられて、
脳の液状化が著しいものでね……。


■『てーきゅう』6期

見てるけど、今更特に言うこともないなー。
6期てすごいね。伝統芸能みたいになりつつある。
それに短時間アニメとはいえ、三森すず子、花澤香菜なんかのスケジュールを
長期間押さえ続けてるのはすごいんじゃないだろうか。

三森すずこの無酸素ノンストップボケと、
花澤香菜の無酸素ノンストップツッコミが聴けるのは『てーきゅう』だけ!!

にしてもだ、
本編中に画面下に流れる原作の宣伝テロップに、
「アニメで聞き取れなかった、あのせりふが分かる!」
って書くのはやめなさいw 
原作はアニメの副読本じゃないんだからw

オールタイム(1期~6期)ベストエピソードは、
5期の焼き芋の回です。


■『いとしのムーコ』

あまり真面目に見るつもりもなく、なんとなく見始めたが、なかなか。
全編3Dなんだなー。もう最近はこうなんだなー。
あんまりお金はかかってなさそうだ。

ムーコのテンションが高いので、見始めは「面白いけどうるせえ」と思ってた。
慣れたけど、今でも時々うるせえ。

ときどき、変にアングルが凝っていたりするときがあるけど
あれは一応意味があってやっているのだろうか。だろうな。

名塚"裏表のあるオンナ女優"佳織さんが、
超ぽややん女性で登場してきたので、なんか嬉しくなってしまった。
名塚さんは、絢辻さんとか一穂姉とか、ちょっと低めの声の方が「演技してる感」が薄くてなじむ
(地声が低いせいか、高いとちょっとわざとらしい感じがする)気はするのだけど。

今回はその白々しさがいい方向に作用している気がする。
EDは好きです。
これもアイドルグループが歌ってるんだな。
増えたなあ。


……と、まあそんなんで。
毎度いい加減なことしか書いてませんけども、
だいたいこんな範囲で楽しんでおりますデス。
当面は頑張って『コメット・ルシファー』を見ないとなあと思います。

あと実は『JKめし』も見てると言えば見てるんだけど、
だからなんなんだ、という内容なんで書きませんでした。

なので現時点で見てると言えるものは以下の9+2本です。
 『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』
 『おそ松さん』
 『ゆるゆり さんハイ!』
 『ご注文はうさぎですか??』
 『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」としてゲッツ!された件』
 『小森さんは断れない!』
 『てーきゅう』
 『いとしのムーコ』
 『櫻子さんの足元には死体が埋まっている』

 『落第騎士の英雄譚』
 『コメット・ルシファー』

なんだかんだで良い年末を過ごせそうです。
まあ……色々あってアレではあるけど。

オイサンでした。



 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 4日 (水)

■秋の豊饒アニメ祀り~'15秋アニメプチ感想(前篇)・『鉄血』『ゆるゆり』『おそ松さん』~ -更新第1015回-

のうべん婆「イーッヒッヒッヒ!! さあ今年ものうべん婆が来てやったよ!
        おまえたち、今年もあとふた月でおしまいだ、
        覚悟は出来てるんだろうねえ!!」


オイサンです。
のうべん婆、毎年ツイッターでやってたネタなんですが、
今年はブログの方にあそびに来てくれました!
ありがとうのうべん婆! 帰れ!

サテ、世間では何がそんなに嬉しいんだかハロウィンも随分盛り上がったみたいですね。
アレですかね、これの導入で、生まれてくる子どもの誕生日を10月と8月に分散させる目論みですかね。
ハロウィンはまだそこまで種付け祭りにはなってない?ああそう。
いや、豊穣を祝うお祭りだと聞いたから、
人間の方も種まき万端、あとは刈り取り大豊作的なアレなのかなと(下世話。

どうでもいいけど、ハロウィンやるほど豊作なんだったら、
キャベツとか葉物はもうちょっと安くなりませんかね。
農作物がちゃんと出来なかったらハロウィン禁止にすればいいのに。


九州産 キャベツ(きゃべつ)  1玉 九州の安心・安全な野菜! 【福岡・熊本・大分・佐賀】


マこの国の人たちがよその国のお祭りやるのに、
そんなちゃんとした理屈を求めるとは思いませんけども。
どこもお金儲けに必死だ。

とはいえ、ハロウィンのイメージカラーリングであるところの
濃いオレンジ・黒・紫の三色コンボが、好ましさをもってこの国に取り込まれたことには
オイサンはありがたみを覚えますな。嬉しい。
なかなかこう、日本人の国民性から湧いて出るイメージではありませんからね、
アレはきっと。
たぶん。

00308
http://illustar.net/

ヨソんちのお祭りを上っ面だけとはいえ取り込むと、
そういう表層的なものは受け入れられやすい形で入ってくるので、
そしたら耳目や舌から新しい文化がとりこまれて、
チョイチョイ体にも、しまいにゃ心にも馴染んでいくでしょうから、
長い時間をかければちゃんとしていくんじゃないでしょうかね。

……マ私含め流されやすい人たちですんで、
自分たちの根っこをすっかり忘れて食らいつくされない程度にやりましょうね、
というのが、最低限の希望ではありますが。

「その祭りの本来の意味も知らずに!!」とか言われてて、
それも当然大事なんですけど、
それよりもそっちの方を、オイサンは大事にしたいモンだと思います、せめて。

……と、そんな御大層なことをマクラに書きながらも、
本編は秋アニメのここまでの感想です。
分量ちょっと多いので、2回に分けて。


■□■ 目次 ■□■


<前篇>
 『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』
 『おそ松さん』
 『ゆるゆり さんハイ!』
 『ワンパンマン』
 『ルパン三世』
 『小森さんは断れない!』


<後篇>
 『ご注文はうさぎですか??』
 『落第騎士の英雄譚』 / 『学園都市アスタリスク』
 『コメット・ルシファー』・『コンクリート・レボルティオ』
 『櫻子さんの足元には死体が埋まっている』
 『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」としてゲッツ!された件』
 『てーきゅう』6期
 『いとしのムーコ』



■『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』
話題の、心が叫びたがっている僕たちはあの日見たモビルスーツの名前をまだ知らないガンダム。

えらく油臭い、汗臭いガンダムもあったもんだな、と
血や汗が、ちゃんと血と汗のにおいがするのはすごいなあと思う。

『ガンダムW』とか『ガンダムSEED』でも血や汗は流れていたはずだけど、
さっぱりそんな匂いは感じませんでしたからね。
その辺にざらついた匂いを立ち上らせている絵作り、世界づくりはすごいと思う。

「『ガンダム』である必要があるのか」というご意見が、
ほうぼうで散見される本作ですが。
その気持ち、分からんでもない。
しかしその点を判断するには、では『ガンダム』でなければならない要件とは?
『ガンダム』を『ガンダム』たらしめているものとは?
みたいな話をクリアしないといけなくなるのでオイサンにはサッパリな領域に入る訳ですが、
逆に考えると、
「『ガンダム』を作ることで、作り手が『ガンダム』をどう捉えているか、
 どのような『ガンダム』観を持っているか」
が明らかになってくる筈で、それを受け手の『ガンダム』観と擦り合わせていく作業が、
今後のこの『オルフェンズ』のお仕事になっていくのかな、という気は致します。

現時点で『オルフェンズ』が提示している『ガンダム』観には、
「子どもたちが戦いの中で、大人の都合に翻弄されながらも
 たくましく(弱々しく)自分たちの生き方を見つけ身につけていく」
というところだとお見受けするが、今後まだまだ足されていくのでしょう。

  ニュータイプ的な要素が、今後どう影響してくるのかとか、
  オトコとオンナの話だとか。

そういう観点から見て、
「この『オルフェンズ』が果たして
 『ガンダム』である必要があるかどうか?
 『ガンダム』たる資格があるかどうか?」
を考えるよりもむしろ、
「この作品を『ガンダム』として作ることで、
 作り手が『ガンダム』という「世界」に一体なにを差し出せるか?
 どんな価値ある事象を足すことが出来るのか?」
というところを楽しみにしていきたいと思います。

しかしこうして考えると、
『ガンダム』の世界では不思議と、子どもたちにガンダムが与えられるんですよね。
一点物の、大人たちの世界をひっくり返す力を持つくらいの、
大きくて特別で、かつ大人の世界でも通用する同じ価値観の上で量れる力が。
現実ではなかなかそういうことはないので、
案外『ガンダム』の世界というのは子どもに優しいのかもしれないな、などと、
『オルフェンズ』を見ながら考えてしまった。
マ状況が大概戦時下で平時よりも厳しいから、
それぐらいしないと仕方ないのかもしれんけど。
そこの必然性とか「何故」が描けると、なお面白いのかもしれません。

『オルフェンズ』、ガンダム世界での配置位置的には、
『ガンダムX』とか、なんかその辺にあるように見えますね。
なんとなくだけど。
見てないけど『0080』とかもこんな感じだったんじゃないだろうか。

マ小難しいことを書きましたけども、
この『オルフェンズ』単体で見た感想としては
今のところキャラクターも魅力的だし、アクションも見応えあるし、
ヒロインもイイ感じだしで、ここまで退屈せずに面白く見てます。
ドラマの作り方、スピード感はさすがですね。

ベタな展開を予想すると、
オルガさんが死んで、オルガにちょっと依存してたところのあったミカがうわーってなる、
みたいなところが考えられますが、
ミカには自立してる強さもしっかり見えるので、あんまり強烈にうわーっとはならないのかなー。



■『おそ松さん』
放映前から地味に期待していたこちら。

何に期待していたかって、どんなものになるかサッパリ想像がつかなかったことにだ。
制作発表時のキービジュアルからは、
「もしや、腐女子にもイケるイケメンハーレムアニメになるのか?
 ……誰がヒロイン的な立場に置かれるのかは別として……」
という、なんとも不穏で曖昧な期待だった。
だって、おそ松がすごいドヤ顔で見下ろしてる絵だったんだもん。

デ蓋を開けてみれば、1話目は見事、
イケメンハーレム系アニメ(に、ターゲットは限らないけど)を片っ端からパロって倒す内容。
なるほど餌を巻いておびき寄せ、サラリとかわした相手の背中の上で踊る、みたいなやり口。
2話目以降は原作リスペクトらしい不条理ギャグアニメになっている。

正直、1話目を見た瞬間は
「ああこういうことやっちゃうの? 縮小再生産なの? 
 わざわざ『おそ松くん』引っ張り出してまでやることなの?」
と思ったのだけど、構成・仕掛けとしては納得がいくし、
その後の不条理具合や舞台にとっている題材を見ていると『おそ松くん』をオトナにした意味もある。
しっちゃかめっちゃかでついて行き難い部分を感じながらも、
昔実家に一冊だけあった『天才バカボン』の原作を思い出すと感じ取ることのできる
「そうだ、赤塚不二夫のギャグというのはこんな感じでいいんだ」
という、原作へのベクトルが感じられる。

ただ、まあ、そのネタが綺麗に面白くまとまっているかと言われたら、
好みの部分がありつつも、あんまり素直に笑えはしない。個人的には。
見ていて気が抜けない、というのはある。
が、ものすごく気を抜いて見ることも出来る、という、なかなか懐の深い内容だと思う。
この種のネタを、ストレスなく見られるかどうかだけがネックか。
オイサンは好きだなあ。
そして、とても上手にやっていると思う。感心します。
円盤を売ることが出来るかどうかは別にして、オシゴトとしてはすごいなあと思う。

絵がね。すごいなあ。

あと、OP/EDがとても良いと思います。
OPは歌・絵ともに良いし、EDは絵が良い。どちらもテンションが上がります。
……しかしまあ、素晴らしい時代だね。
90年代からアニメ好きやってる人間には、夢のような時代だ。

アイドルみたいなグループだとかが、
そのアニメのためにしっかりと作られた主題歌をみっちり歌ってくれるんだもの。
今のアニメしかしらなければ、それが当たり前だろ、と思うかもしれないけどさ。
変なタイアップとか、わけのわからない歌を作られたりとか、普通だったんだから。
アニメがこんなに大切にされている時代って、今後もうこないんだろうなあ、としみじみしながら見てしまうよ。
ホント。
儲からないとか、労働環境は劣悪だとか、あるだろうけどさ。
見てる分にはすごいなって思う。作品としてリスペクトされているものね。

間に挟まる主題歌CDのCMを見ていると、かわいらしいお嬢さんがたが
えらく品性にかける振り付け(いい意味でな!)で歌って踊っておられる。
いやあ、なんだろうねえ。感慨深い。
どう表現したものか難しいけれども、
オシゴトだからとか、お金になるからとか、そういう面はもちろんあるにしても、
こう……そういうことも含めて、作品として認められ、尊重され、楽しまれているなあと感じるのよ。
なんだかわかんないけど。

ちなみにこれを歌っているA応Pってなんじゃい、と思って調べて見たら、
以前おかしなワケの分からないCMを打っていた「アニメ応援プロジェクト」とかの人たちなのね。
こういうことをする人たちだったのか。
あまりに活動方向がボンヤリしてるから胡散臭いと思ってたけど。
ふーん。

なんというか、こういうキャラクター性というかビジネスモデルって、
AKBとかのアイドルの時代っていうのもあるんだろうけど、
中川翔子とか、モモクロとかが土台を築いたっていうところが大きいんだろうなあ。
先人の尽力に感謝だ。


■『ゆるゆり さんハイ!』
オープニングのテンポを崩した

 ♪ ゆる!ゆり!サンハイ! ゆるゆーり、サン・ハイッ!

だけで相当精神を削られてしまった。なんということだ……。
一期を始めてみたときに感じた「な、なんだ、この何もない感じは……」という戸惑いに
よく似た空気を今また感じている。

1期のときはやや批判的な、「なんだこのスカスカなアニメは」という気持ちでそれを感じていたけども、
事情が大体飲み込めている今回はとても肯定的に、
「そうそう、これが『ゆるゆり』だったな」という受け取り方になった。
萌え系・日常系でも、昨今随分刺激の強いモノが増えてきてる中で、
百合っていうアピールポイントがあるとはいえ、
ここまで力の抜けているとちょっと際立っていて、
どうやらこれを見て「タイクツだ」と感じる若者も出てきているご様子。

これはこれで、他から際だって違和感を覚えるほど特殊なものであったかと、
改めて感心。絵的にもお話的にも。
最早個性だ。

一期・二期とは、なんか変わってるんですってね?
スタジオだか監督さんだか? が。良く知らねえけど。
あんまし意識しないで見ています。
より薄まったかな? という気はする。その程度。

しかし百合モノって、中学生くらいだと、
恋愛感情を匂わせていてもまだまだ百合というより
女の子同士のじゃれ合いに見えて、微笑ましく、あまり困らずに見ていられるけども、
さすがに大学生同士になってくると若干ニオイが変わるというか、
ちょっとむせ返るというか、実際むせるモンだなあと、
あっかりん姉と千夏姉が同衾しているのを見て思ってしまった。

キャラ贔屓については、わりとフラットに見ているけど、
あっかりんのぽんこつぶりが、見ていてとても微笑ましいなあと
1期2期のとき以上に感じておりまする。

でも、アレだな。あっかりん13歳で、こないだまで小学生だもんな……
このくらいのオツムの子っていたよね……。
だいたい男子はこぞってこのくらいの感じしかなかったしな、オツムの出来……。

「今期はこれと『ごちうさ』を一緒に見るのか……
 年明けまで、脳が固形を保っていられる自信がないぜ!!」
と思ったのはひみつだ。

あー、あと、あっかりんが誰かに似ているなあと思ってたけど、分かったぞ。
『ときメモ3』のメインヒロイン、牧原 優紀子さんでした。
ちっともヒロインらしくない影の薄さといい、そっくり!!


■『ワンパンマン』
原作が一時期話題になっていた気がする。
どんなマンガなんだろう、と気になってはいたけど、こういうギャグ漫画だったのね。
集英社のマンガのようだからギャグ漫画かと思っていたら途中からシリアスバトル物になる、
という流れかも知れないけど。
あと、『アイシールド』と原作者が同じなんですね。全然知らなかった。

えーと、面白いです。
でも、アニメとして、円盤を買ったり、何かハッとさせられるような発見があるとかは、
今のところ無いッス。ギャグ物は……そういう面では、本当に厳しいと思う。
よっぽど肌に合う人が、もう永遠に見てたいと思って買うくらいなんじゃないのかなあ。

  そう思って『日常』のBOXを買ってしまったオイサンですが。

絵ヂカラは時々すごいと思う。
とはいえ、原作は結構巻数が進んでいるようで、
これだけの要素とノリのままそこまで長続きさせられるとも思わないので、
どこかで転機が訪れて、何か面白いことを始めるのだろう、とは思うけど。

OP/EDにも特に感じるところはない。
JAMプロジェクトはあんまり好きじゃないし、
森口博子を起用してるのにもなんとなくすごさは感じるけど……
とても大きな、立派なお飾り、ぐらい。

ラクに気分よく見られるので、なんとなく消化は進む。
そんな感じ。
いや、面白さとしては十二分なのよ?

お金払って手元に置きたいってほどでは、今のところないということ。


■『ルパン三世』
とりあえず2話目だけを見ました。1話目は見逃しました。
それ以降は見てませんが。
どーなんだろ。
なんか新しいことしようという動きはあるんだろうか。
これまでのルパンの続きで作ってるんだろうか。

まあ『ルパン』は『ルパン』、
伝統芸能みたいなところがあるので全体的なシルエットは変わらなくて良いと思うけど、
……とはいえ、難しいねえ。
オールドファッションであることとか、ハードボイルドの受け取られ方も時代によって変わるわけで、
受け取られ方に合わせて変えていくのか、昔のままで行くのか。
合わせると野暮になるだろうし、貫くと理解されないかも知れないし。
うーむ、そういう意味で言うと『おそ松さん』と同じ軸線上にいるのかも知れない。

まオイサンは、伝統芸能としての、昔の筋立ての濃さのままのルパンであったら、
多少スジが面白かったとしてもあまり見る楽しみを見いだせなかったんで
切っちゃいましたけど。
どーかなー。

ルパンのひょうひょうとした感じ、次元の渋さ、カッコ良さ、
五右衛門のちょっとずれたカッコ良さなんかを普遍的なものとして、
もっと長く、もっとたくさん取り込みたいと考えている人には、
新しいエピソードのルパンが見られてうれしい代物なのでしょう。

オイサンはちょっと、もういいや。
そんなに、有難いものだとは思ってないですね。ルパンを。
礎にある、立派で太い土台だとは思っているけど、
それを新しく直したからと言って、同じお寺をもう一度見に行きたいとはあまり思わんです。


■『小森さんは断れない!』
このタイトルの響き、どこかで聞いたことがあるなあと思ってたんだけど、
バーン様の「大魔王からは逃げられない……!!!!!」だった。
もしくは『ダイヤモンドは砕けない』。

なんかね、弱い。弱々しい。
5分アニメとしても、この題材一本で押していけるのかと。
印象はとても薄いです。
残る印象は好印象ではあるのだけど。
地味……ですねえ。地味すぎて特に書くことを思いつかない……。

小森さんの見た目(高身長・巨乳・ボーダーニーハイ)は正直ドギツく、
脇の二人もキツ目の見た目をしてるんだけど、
やってることがもう地味だから……これは原作者さんの人柄なのかも知れません。
すごく良い人なんじゃないかなあw
何の話だw

あと、地味に主題歌がとてもいいですね。
さわやか。
音源欲しいです。


前篇はこんなトコ。
続きは後篇で。
バイナラ。



 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 3日 (火)

■つらさも正しさも量れない冷たい天秤

昼メシ食ってたら松来さんが亡くなった。
オイサンです。


不謹慎かもだけど本当にそんな、降ってわいたような知らせで
シゴトバでゴハン食べようと思ってケータイでツイッター開いたら、そんなことになっていた。
TL中、そんな感じだった。


自分はこういうことにはドライな方だと思っていたのだけども、
不思議なもので、
一度気分を落ち着けてオシゴトを進めようとするのだけども、
ちょっと手が止まった瞬間とかに
「あの」「松来さんが?」
という思いとともに首から上、肩から先の力がフッと抜けて進めなくなる感覚に、
午後には繰り返し陥った。
今も休み休み書いてる。


「いや、でも」とか「なんでだ」「わからん」っていう気持ちが背中から順番に上ってくる感じで
手先が落ちる、みたいなことが、気を抜くと起こる。
こんな風になるか。


「なんで」「あの」「松来さんが」、っていう思いが強い。
いまもまだ「え、なんで?」が繰り返し浮かんでくる。
この手のことに、なんでもなにもあったものじゃないんだけど。


元気とか健康とか、よく食べるとか、そういうこともあるけども、
なにより松来さんが、清く無邪気で愛らしい女性だったから、というのが大きいと思う。
病気で療養されていたのは知ってたけど、
影や悲しみとは無縁のところにいたように……少なくとも自分の居場所からは……
見えてしまっていた。

  そしてどうやら、それは近しい立場にあった人たちにとっても似ているようで、
  ツイッターに上がってくるお仕事仲間の皆さんからのコメントには、
  うそだ、信じられない、絶対返って来るものだと、というのが並んでいた。

だから「そういうもの」と縁が出来るには、もっともっともっとずーっと
フツーの人の何倍も時間が必要だろうと、高をくくってたんだと思う。
だってあの人、いつまでたっても生まれたてみたいだったんだもん。


無論オイサンなんかは一ファンでしかなく
なんならファンと名乗ることもおこがましいくらいの薄さしか持ってなくて、
松来さんのコトは必ず一枚、何らかの「お仕事」を通してしか存じ上げない。
松来さんの何でもないし、
ご本人の心や、生い立ちや、日ごろの暮らしの姿を知っているものじゃありません。
こういう風になってしまって、何かがいけなかったのか、
何もいけなくなかったのか、知る由もない。


肺のご病気だった、と聞いています。
肺の病気というのは想像を絶して辛く苦しいと聞きます。
きつかったと思います。
思います、っていうのがもう、お前はわかってない、って言われるのもわかってるくらい
きつかったんじゃないかと想像します。
ほんとにもう、何が何だかわからないくらい。


無邪気とか愛らしいとか、よく知りもしないで書いたけど、
生身の人間ですから、まったく、一切、「わるいこと」(広い意味でね)に関わらないで生きていけるわけもなく、
たぶんきっとご本人は、取るに足らない日々のわるいことや、間違っていたかもしれないこと、
だらしのないことを一つ一つ拾い上げて、
「私はよくないことをたくさんした。だから死ぬんだ」
と、思ったりしたかもしれない。

もっとも願わくば、松来さんがそんな疑いとも無縁に
「自分はちゃんとやった、それはちゃんと届いた」
という思いとともにあったということで、それがあってくれれば
こんなオイサンの文章は無用です。読まれんでいい。
ただこれはちょっと、自分の疑いや迷いを晴らすためでもあるんで、書くのは書く。
あとはまあ、「自分の分」を届けたいがために書く。


3.11のときから思っていたのは、
善人も、悪い人も、「何かあれば」人はじゅっぱひとからげにあっさり死ぬ、ということで、
日ごろの行いがいいとか悪いとか、そんなことにはもう、「何か」はいちいち取り合ってくれない。


もちろん、本当に悪い人にはそれ専門の罰が下るけど、
「何か」が起きた時には人は分け隔てなく死ぬ。
良くても悪くても。
良くても悪くても。
合ってても間違ってても死なされてしまう。
病気はその「何か」の一種、手下みたいなもんだと思う。


松来さんが亡くなったと聞いて本当に思った、
「あんな人がこんな形で死ななければならないんだったら、
 じゃあ一体、人間はどんな風に生きればいいんだろう、報われるんだろう」と、
3.11のときに感じた理不尽な思いが真っ黒になって詰まった。
どうしろってんだと。


けども今回ばっかりは、確信が一つあって、
だから、なのか、それでも、なのかは分からんけど、
松来さんが色んなものを(それこそ本当に色んなものを)削って頑張っていたおかげで、
ぼくは私はオイサンは、
とてもとてもものすごく面白かったし愉しかったし幸せでした。
幸せなことがいっぱいありました。
松来さんが燃やしてくれた色んなもののおかげで、どれだけ笑ったか知れない。
オイサンの、昨日のお昼にいたTLはそんな人たちばっかりだった。今日初めて知った。
昨日のお昼のTLは、ほんとに大変だった。


だから、なんていうんだろうか、
つまり松来さんはなんにも悪くなかったし間違ってもなかった。
良い悪いじゃなく、
ごめんなさい、うまく言えないけども、
じゃあどうして松来さんだけそんな思いをしなければならなかったんだと、
それにはオイサンはまだお答え出来ないんだけど、
ただ、ただ、松来さんが頑張った分、間違いなくオイサンとかTLの面々は幸せだったんだから、
これまでの松来未祐さんを嘆かないでほしいなと、
痛かったり辛かったり苦しかったりしたんだろうし、
何がいけなかったのかと思うこともあったかもしれないし、
それら辛かったことに対してもう何もお返しできないけども、
間違ってなかった、嘆かないで欲しいと、無責任だけどもお伝えしたい。
その生きるやり方は正しかったということをお伝えしたい。
オイサンなんかが言うまでもないことかも知れないけど。
本当に本当に嬉しかったし愉しかった時間が、たくさんあったんです、
それは松来さんがそういう風に生きていてくれたおかげです。


向こうでも愉快で楽しく頑張ってください、ご冥福をお祈りします、
とか、書くところなんだけど、
……むこう、なんていう場所があるのか……
松来さんがこんな風になってしまったおかげで、ちょっともう私にはそれすら信じられず、
そんな仕組みを思いつくセンスのある奴がさまざまのお裁きを仕切ってるのなら
松来さんがこんな風にはきっとならないと思うので
「冥福なんてあるかクソッタレ」
と、今まで、もしかしてとボンヤリ思ってたことが、今日ばかりは口をついた。


だから、なんかもう、そういうのは無い気持ちで書きます。
そういうものがあった方が生きている者としてはいくらかの希望が残ると分かっているし、
もしもあったのなら当の松来さんにも嬉しいことなのかもしれないけど、
奇しくも、松来さんがこういう風になってしまってしまったことが、
そんなセンスいい仕組みはないんだと、自分の中でなんとなく感じられてしまった。


だからもう、ぜんぶ終わってしまった、という確信で書く。


……だってそう思うだろ。
松来さんが死んだんだぞ。
お前おかしいだろって思うだろ。
どこ見てんだ、何見てきたんだって思うだろ。
お前はそれでもあれか、それでも、なんかそういうのをさばく専門家か、
何年のたくってんだ基礎からやり直してこい、そんでやり直せって、ふつう思うだろ。
松来さんだぞ。
あの松来さんだぞ。おかしいだろ。どう考えたっておかしいだろ。


どうしたらよかったんだろう、何がいけなかったんだろう、
あんなにあんなに一生懸命がんばったのに、
そんな風に思ったかも知れないけど、
大丈夫だ、松来さんは間違ってなかった、
なんにも悪くない、
なんにも間違ってない、
最高だった、そう松来さんは最高だった、
けどこうなることもあるんだと、
もう届かないんだけども、なんでそれを一回でもメールで番組やらに送んなかったんだとも思うんだけど、
それだけどーしても叩き込んでおきたくて、
四十のオッサンがこんな風に書きました。


今は亡き松来未祐さんのためであるのはもちろんのこと、
なんだか迷ってしまいそうだった自分のためにも書いた。


大好きだったし大好きだし、昨日のお昼にTLで困ってた人たちはみんなそーに違いない、
だったらそれはもう、本当に間違ってなかった。
亡くなってしまったこと、もうあのなんやかんやが聞かれないことは残念でならないけども
それは結果でしかなくて、
そういう結果になるのは、じゃあどうしたらいいんだ、
あの松来さんですらそうなのにどうしたら正しいんだと、
けどそれはそういうことじゃない、
松来さんは最高だったんだからアレはアレで良かったんだ、
それとこれとはもう、どこかで断絶して、少なくとも人の目には映らない、
あずかり知れないことなのだと知ろう。
疑っちゃ駄目だ、奴らは計り知れない。
だからまあ、なんか、「しっかりやっていく」しかないんだよなあ、きっと。

  残念でならない、という取り澄ました書き方がもう残念でならないのだけど、
  ちくしょう、とか、なんでだ、とか、わからない、とか、
  なんかもう色々なんです。
  おかしいだろ、っていうのが一番かもしれない。

喪失感、というのはあるものだね。
遙か遠くの、面識もロクにない方を失って喪失感というのもおかしな話だと思うんだけど、
オイサンの今年の年末はいくつかの楽しみ事と合わせて例年より穏やかに迎えられそうな見通しでいて、
11月、12月はなんとなく暖かなオレンジ色のイメージでいたのだけど、
すごいもので、松来さんの喪われたことをしばらくじっと考えていたら、
血の気の引くみたいに2ヶ月分のカレンダーが鼠色に変わった気がした。
その先は見えてない。


いま頭の中では、松来さんが存命の暖かなオレンジ色のこの先の時間と、
松来さんのいないグレーがかったこの先とが交互に現れるような感じで、
よく「世界が色を失う」という表現がされるけれども、
あれはこういう見え方のことを言っていたのか、
目の前がバンと白黒に変わるわけではないのだね、
頭の中に描いていた道の先の方に見えるものが、一つのスイッチが押されて分岐して、
その先の道に色がない、ということだったのかと実感している。
自分の感じてる、これが喪失感というやつなのかと、
……いやらしいねえ、心に留めようとしている。


自分の頭の中で、
松来さんがどこかで生きてたはずのこれから少し先の世界と、
そうではなくなってしまった世界の見通しの風景が両方あって、
それが交互に自ずと思い浮かびながら、「差分」をはかって見せてくるようなことが起こっている。
やめてくれんか。


ドライを自覚する、おおむね無縁の四十のオッサンがこうまであわてている、
そのことが多分、松来未祐さんの存在が、生涯のおしごとが、
純白で鮮烈だったことの証しになってくれるんじゃないだろうか。
っていうか、証しにするその隅っこにでも一役買えればいい。


亡くなってしまった方のことはご本人しかわからないので(生きてる人だってそうだけどさ)
あまり憶測で、ああだったに違いないこうだったかも知れないと
美化したり貶めたりするのは良くないんだけど、
書こうとするともう止まらなくなって……良くないね。



なんでもう、そろそろこの辺にします。失礼があったらすみません。



ことさら大げさに書く気もないです。
松来さんが死んでしまった、お亡くなりになったことへの哀悼と、
自分に起こっていることを遺してみたらこうなった。


安らかに、っていう言い方が、松来さんの前では空々しい気がして、
安らかにお休みください、って言いたくないっていうか、
きっとまだ安らかしたくなーーいって思ってるんだろうなと勝手に思うからだけど、
だったらもう安らかに休まなくていいから、出てきたかったら出てくればいいと、
不謹慎なのかもしれないけど、
人が死んでこんな風に色々思うのは初めてで自分でもなんなんだよと思うけど。


さようならです松来さん。
まだ眠くなかったですか。もっとたくさん楽しみたかったですか。
オイサンはまだまだ色々聴いてたかった。
次のクールもその次のクールも、
そういう単位でしか時間を計れない距離からだったけど、
名前を見つけて、「おっ」っと思って再生ボタンを押したり、
「予約する」ボタンを押したりしたかった。
魔界の王子様には会いたかったってラジオで言ってましたね。
それはなんども聞いてます。
残念です。
でもまあ……。
どうなんでしょう。

誰か、知ってたら教えてください。

あとからあとから申し訳ないんだけど、
本当にもう、なんでだろう、なんでだろうばっかりなんだけど。

ふっと、
「なんでこんないい人が」
って思う傍らで、大概の人間は誰かにとって「こんないい人」なんだろうなあと思うと、
生かすことも死なせることも、
誰にあっても公平なのかも知らんね。わかんねえけど。
いま言うこっちゃないな。



謹んで、哀悼の意にかえて。



辛かったかも苦しかったかも知れないし、
こんなことならもうやめたいと思ったりしたかも知れないけど。
松来さんは最高の松来さんでした。
オイサンにとって。
安心してほしかった。そんだけです。

オイサンでした。



 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 1日 (日)

■秋色シグナル~白樺湖・車山高原へ、『冴えカノ』巡礼に行くのこと -更新第1014回-

先週末、長野県は白樺湖まで、
『冴えない彼女の育て方』の聖地巡礼で白樺湖へ行ってきました。

Dsc07515


だって隊長が行きたいって言ったんだもん。
高山で『氷菓』の巡礼の最中に言ったんだもん。


 「だったら私たち、行くしかないじゃない!!」(アラフォーが黄色のコスプレで

  ……アラフォーの黄色コス見たくなってきた。
  似合いそう。(似合うものか


マ詳細なのはまた別途。

あまりにも……
眺めが素晴らしく、
宿が素晴らしく、
空模様が素晴らしく、
道模様が素晴らしく、
『スプラトゥーン』が素晴らしく、
あ、隊長の戦績はなんかイマヒトツだったみたいですけど、
あと白樺湖畔のおそば屋さんもふつうでしたけど、
白樺湖畔もだいぶん過疎ってましたけど、
えーとね、なんだっけ、
総じてものすごく素晴らしい旅だったので、
温度が高いうちにお写真だけ何点か見せびらかしておこうと思います。






Dsc07084

Dsc07128

Dsc07129

Dsc07173

Dsc07226
白樺湖。北海道の然別湖に似た匂いを感じました。

Dsc07242
湖畔のそば屋。トータル普通の評価ですが、おそばの味の濃さ、ねっとりした歯ごたえは、
結構なインパクトでオイサン的には◎でした。

Dsc07275

Dsc07305
車山のてっぺんにあったお宿。素晴らしい眺望でした。

Dsc07350
黎明。深夜だけ雨が降ったせいで、残念ながら星を収めることはできませんでしたが
それ以外は本当にもう、恐ろしいほどの好天。

Dsc07353

Dsc07397
朝日を浴びた車山。

Dsc07461
獣の背中の様な山容と蓼科山。こういう山の雰囲気が大好きです。
摩周岳っぽいよね。

Dsc07527


いやー……もうね。
素晴らしかったよ。
何よりもう、天候が完璧でした。天気がいい、気候がいいって素晴らしい。

あ、朝は2℃とかで、朝ジョギングは命がけでした。
まともに走れんやった。

Dsc07543

Dsc07580
こういう風景を見るたび、
「RPGの冒険者たちは、こういう中を道もなく歩いていくのだなあ」という気持ちになる。
「あの湖の畔に目指す集落があるはずだ」とかね。
うらやましくもあり、気が遠くなるようでもあり。
かつての地球には、そういう地面しか無かった筈だね。
デ、きっと今でも、そういう場所の方が、まだ多いはずなんだけど。
自分たちがぬくぬくした場所にとどこまってるだけのはずなんだけどね。


Dsc07633


あと、早朝にアラーム鳴らしたのに起きなくてすみませんでした。
だらしないアラフォーで申し訳ない。
こうやって、みんなの前で若さを失っていくんだな……


Dsc07651

Pa270009
そしてお迎えした、新しい装いの娘さんと青こしょう醤油。
この醤油がまたうめえ。
血圧が上がる(アカン







 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »