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2015年10月 7日 (水)

■サンタナ -更新第1003回-

朝、電車を降りて一番に通り抜ける地下道がある。

そこではワリと最近まで、お家ない系のタフガイの皆さんが寝泊りをなさったり、
道端や電車内で現地調達してきたと思しき週間マンガ誌などの2次販売の店舗を展開なさっていたりした。

さて、その地下道にも、東京の地下道の多聞に漏れず、強い風が吹き抜ける。
オイサンの歩く時間には、オイサンの進行方向に対して向かい風だ。
アゲンスト。

  ほら、オイサンてアレやから。
  世界のために多数派と戦う、正義のロンリー反乱分子やから。
  向かい風の風当たり強いねん。
  でもくじけへんねん。世界のためやから。

しかしなぜか不思議なことに、そのワイルドガイの集う地下道に吹く風には、
甘い、小麦粉やバターの焼けるような……香ばしさが含まれているのだった。
ネットスラングで言うような、揶揄的な意味での香ばしさではない。
本当に……朝の光、牧草と輝きのよく似合う、
素敵な一日の始まりを予感させるような、牛乳とチーズを隣に思い浮かべずにはおれない
焼きたてのあの匂い。





オイサンには、それが気持ち悪くて仕方がなかった。





匂い自体は、とても幸せな気持ちにさせてくれるものだ。
いとおしく、幻想的だとすらいえる。

しかしこのニオイが、あのたむろするタフガイの皆さんの、
白と灰色が混じって時に青くさえ見える乾ききった針金のような毛髪の隙間や、
カサカサと剥がれ落ちる黒ずんだ皮膚の表面と
どこからか入り込んだ黒い土が底に敷き詰められた爪の間で繁栄の限りを尽くしているであろう
未知のバクテリアの皆さんの奮闘によって醸される、
すえた皮脂と、それらが分解され理解の及ばない化学反応の果てに生み出された帰結なのかと思うと……
いかにその結果が、恋の始まるような香りであったとしても、
汚れ極まったあの姿から立ちのぼるあらゆる臭気が混然となって、
想像を超えた反応のはてに作り出されたにおいなのだと思うともう……
息を止めて駆け抜けたい衝動に駆られることも、ままあった。

しかしあるとき、ひょんなことから、この地下道を逆向きに歩く機会を持った。

地下道は一本道でなかった。
普段のオイサンは階段Aから入り、途中で折れて階段Bから地上に出る。
そこで折れて上らずに進めば、
……その先を見たことはなかったが、地下鉄の乗り場があるはずだった。
ふつうに考えれば、改札があり、ほかの出口階段C・D……などがあるのだろう。

その日のオイサンは地上の階段Aから地下道に入るのではなく、
階段Bの先にある地下鉄の駅から、階段Bや、いつもの階段Aのある方へと歩くことになった。


……賢明な読者の皆さんは、もうオチにお気づきであろう。


地下鉄を降りる。
改札をくぐる。
殺風景な、地下鉄の通路。
切符売り場が目に入る。
無口な丸い石の柱が、何本も立ち並ぶ。
待ち合わせの時間が近い。地上へ、階段Bへ向けて踏み出す。
売店がある。
パン屋がある。
パン屋がある。
パン屋が……ある。
パン屋がある。
パン屋が。
パン屋が、パン屋がある。
いわんや、パン屋をや。
地下鉄の改札を抜けたすぐ脇に、香ばしい、小麦粉とバターの焼ける匂いをまき散らす、
きらびやかな朝の光がよく似合う、
牛乳とチーズのよく似合う、
牧草を濡らす朝露のごとき、透明なあの香りをわんわんと吐き出すパン屋がある。

……そうか……。
ふつうに、パンの匂いだったのか。
パン屋が焼くパンの、パン屋がパンを焼く、パン屋が焼いた焼きたてのパンの匂いだったのか……。

ワリと普通にショックで、両手がだらりと落ちるのを押し止めることが出来なかった。
言葉が漏れた。



「……なんで最初にソレ思いつかへんねん、オレ」



こちらからは以上です。
オイサンでした。



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