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2015年9月の4件の記事

2015年9月23日 (水)

■特急ヴェガ~SS『お嬢様特急』より -更新第1002回-

※このSSは、
「風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より」
(-更新第1001回・1002回-) の元になった、
2000年作のSSを、手を加えずそのまま掲載しておりますデス。
何が言いたいかと申しますと、
「チョイチョイおかしいトコあるけどその辺は新し方でフォローしてるんで目ェつむってや」
ということです。
それが分かった勇者だけが読んでもいい。
  

 
 
 
『心地よいリズムが否応なしに体に刻まれるから、列車の
旅は乗客たちに不思議な一体感を生む、と列車好きたちは
口を揃えて言う。果たしてそれが真実なのかどうかは、生
物学や、或いは心理学の先生に譲るとして、今はそのリズ
ムに、身を任せていたいと思う。
 レールを敷かれた人生の下らなさを誰もが声高に謳うけ
れど、降りたホームで時間をつぶして次の列車に乗るもよ
し、特急列車に乗り換えて、前を行った列車を追い抜いて
見せるのも痛快なものだ。同じホームに立ったとき、いつ
やってくる列車に、どのドアから、どんな荷物を乗って乗
り込むのか、そして、隣に誰が座るのか。それは自分次第
なのだから。
 きっとそれは、答えを求めるまでのとても重要なプロセ
ス。人の一生は、きっと誰もが同じ一本道のレールの上だ。
けれど、力ある人はレールを曲げるし、知恵ある人はスピ
ードを変える。思わぬ事故。見たことのない駅。各駅停車、
特急列車、それだとて、すべての選択肢を目の当たりにす
る人がどれだけあるだろうか。決して完璧な自由ではない
けれど、人の手に余りあるほどの道が、その一本のレール
の上に広がっている』
 そこまで書いて、僕は万年筆を握っていた手を止めた。
大きく伸びをした窓の外は、もう暗い。山間の峡谷を今、
特急ヴェガは走っている。線路沿いに並んで立つ街灯の灯
りだけが、時折尾を引いて後ろへ後ろへ滑っていく。遠く
山の上には、それとは趣の違った星の光も見える。寄り添
って立つはずの木々の葉の一枚一枚はその鮮やかな緑色を
闇に黒く塗りつぶされていた。
 僕は固まった首と肩を押さえ、喉が乾いていることに気
が付いた。個室のソファから立ち上がるともう一度大きく
伸びをした。決して広くはないけれど、ここまでの十日あ
まり不自由を感じたことはない。さすが超豪華列車を名乗
るだけのことはある、と感心させられる。もうじきこの旅
も終わる。部屋を見渡して少し寂しさを感じながら、僕は
売店に足を向けた。



    ×     ×     ×



 車内の売店で、"ちひろさん"お勧めの缶コーヒーを買い、
客車の通路を縫って歩く。展望車まで行って空を眺めたい
と思った。
 列車は瀬戸内海を遠く臨んで走っている。広島を出、小
郡を通過して関門海峡に差しかからんとするばかりだ。山
と、谷と、その隙間から海の覗く風景の繰り返し。社内は
冷房が効いていて快適だが、窓ガラスを一枚隔てた外の熱
気は、日本の夏そのものだった。
 数時間前に、小郡で三十分の小停車があった。日が落ち
る寸前の時刻だというのに、ちょっとホームに降りただけ
であっという間にシャツが汗でずくずくになるほどで、西
日本の熱を僕は初めて肌で知った。そのホームで、名古屋
から乗ってきた"風音さん"に頼まれて写真を一枚、撮った。
ファインダー越しに覗いた、斜陽を眩しそうに遮る彼女の
顔が、いつもの晴れ晴れとした明るさを映しながらどこか
物憂げな色を帯びていたのは、夏の黄昏がそんな色をして
いるせいだけだったろうか。
 展望車に向かう途中、4号客車とその更に後ろに連なる
展望車とを繋げるデッキに差し掛かったとき、お尻のポケ
ットで携帯が震えた。未だ使い慣れないそれを、それこそ
缶コーヒーを取り落としそうになりながら捕まえて耳に押
し当てる。
 一体誰からだろうか?家族には、旅情がそがれるからよ
ほどのことがない限り鳴らしてくれるなと念押しをしてあ
る。持ち始めのこの電話の番号を知る友人も数少ない。わ
くわくしながらボタンを押す。我ながらわざとらしいと自
嘲しながら。相手は一人しかいない。
「あ、もしもし。あの、私、千歳です。今、大丈夫?」
 それは、広島で、このヴェガを降りた友人からだった。
丸一日かかってようやく埼玉は上尾にある実家に帰りつい
たという、彼女からの報告だった。
 ヴェガに乗ってしまったことで、結果的にとはいえ推薦
入学を蹴ることになってしまった彼女への、周りからの、
殊に家族親類からの非難は強く、さすがに何から何まで万
事無事といえるほど上手くはいっていない様子だったけれ
ど、それでも、今の彼女は多少の困難は乗り切れるだろう
と思う。
 彼女は答えを見つけた人だった。目の前に停まっていた、
始めから終わりまでを敷き切られたレールの上に乗った、
哀れなひと連なりの列車。お金も、ゆくあてもないままに
飛び乗っていい筈がないことは聡い彼女には当然分かって
いたはずだった。
 明日のことがある。昨日までの自分もいる。そんなこと
は今こそ痛いほどに知っていたはずなのに、彼女はその哀
れな超豪華列車に答えを求め、身を委ねたのだった。終わ
りある、選択の余地のない一本のレールをたった一度きり
走るために生まれたこの列車に、彼女は潔いまでの覚悟を
見てしまったと言った。
 そして答えを見つけた。むしろ、ないはずのそれを自分
の中に作り出し、旅に出てしまった自分への一つの解答を、
彼女は列車を降りることで体現して見せてくれた。ヴェガ
を降りて帰り着いた郷里の町は、今まで見たことがない色
をしていただろう。昨日までの明日は、もうそこにはなく
なっていたはずだ。
「じゃあ、そろそろ切るね。旅行、気をつけてね」
 電波に乗ってやってくる彼女の声はデジタルに変換され
てもその思いは損なわれず、しっかりと僕に届いて消えた。
まるで自分が励まされているような。ただ無責任に、ふわ
ふわと勝手なことを言っているだけの楽な自分が。
 一日ぶりにそんな彼女の強さに触れて、彼女の言葉を思
い出していた。

 不思議だわ。人に迷惑をかけているのに、自分が間違っ
ている気がしないの。

 僕はしばらくの間、点滅する携帯電話の液晶画面を見つ
め、ぼうっとしていたことに気が付いて、それをポケット
に押し込んだ。
 一歩足を踏み出すと自動ドアがさっと開き、デッキより
も一、二度低い冷気に体が飲み込まれる。展望車のラウン
ジは、壁も天井も、壁面のほとんどがガラス張りになって
いて、辺り様子が一望に出来た。旅の始めの頃、夜の北海
道を走ったときはその天然物のプラネタリウムのものすご
さに圧倒され、東北の山並み、見慣れたはずの東京の人の、
暮らしの群れにもいたく胸を打たれたものだった。
 この列車の始発点、北海道から僕は乗っている。本当に
線路がどこまでも続いているのか、それを見てみたかった。
出会いを求める気持ちもあった。これまでの日常を振り切
りたい気持ちもあった。ただ今になって思うのは、実は一
番強く胸の中にあったのは、もっと日常を愛したいという
気持ちだったのではないか、ということだった。人が旅に
出るのは帰る場所を探すためで、旅に出て、帰って来て、
やっぱり家が一番だとつぶやくように訴えたいからなんじ
ゃないだろうか。帰る場所が出発点と同じではないことも
あると思う。そのときには、新しい自分の帰る場所を作り
だし探し出して、これから続き続ける日常を、ただ当然に
そこにあるものやコトを、何より愛しく感じることが、人
生を正しく素晴らしいものに変えてくれるのではないかと、
今僕は期待している。その気持ちさえ、旅に身を委ねる時
間のいたずらなのかも知れないけれど。



    ×     ×     ×



 扉が開いた瞬間、さして広くもない展望車のどこかから、
あっという驚きの声が小さく上がった。声がした方を振り
返ると、いつもの飾り気の無いワンゲルルックで身を固め
た風音さんの警戒するような顔が見つかった。それもほん
の一瞬で、入って来たのが僕だと分かって頬を緩めてくれ
る。仕方のないことだった。僕も軽く笑い返すと、彼女の
もとへ寄り、足下に丸まっている愛らしい毛糸の固まりを
撫でてやった。
「よう、ゴロー、元気か?」
 ナップザックからはみ出ていた毛むくじゃらの固まりは
僕の声に反応し、もぞもぞと蠢いたかと思うと、黒目がち
な瞳を現して僕の鼻先に荒い息を吐きかけてきた。小熊の
ゴロー。山で拾ったゴローを再び山に返すための旅を、風
音さんは続けている。
 いくら特急ヴェガが自由な列車だと言っても、この猛獣
の子供を連れ込むことが許されているはずもなく、それに
ついては僕も風音さんも共犯だった。無邪気にのどを鳴ら
すゴローにじゃれつかれるだけでも、遊び相手には相当の
覚悟が必要だ。比較的慣れている僕や風音さんでもこの始
末だから、少しでも敵意のある人間が近づこうものならど
うなるか分かったものではない。こんな時間だから、自室
の外に連れ出してやることも出来たのだろう。
 窓の外は山、谷、海、谷、山。草いきれと水の匂いが伝
わってきそうな世界。たくさんの景色を映し出してきたこ
の窓の向こうに、もうすぐ見えてくるものがある。
「じきに九州だね」
 彼女の隣に腰を下ろして、残りのコーヒーをあおった。
もうほとんど残ってはいなかった。
「そうですね。もうすぐ、終点ですもんね」
 世間話のつもりで笑顔でそう返した風音さんは、僕の言
葉の意図に思い至ったようで、瞳に影を落とした。我知ら
ずうつむき加減になる視線の先にゴローがいる。そのとき
の彼女の胸にどれほどの痛みが走ったか、つらい別れをま
だ知らない僕には知り得なかった。ただ、ハーフパンツの
膝の上で固められた拳がその痛みを物語っていた。
 名古屋からヴェガに乗ってきた風音さんはずっと、ゴロ
ーを放すのに適した山を探してきた。自分で別れの場所を
探す、タイムリミットつきの列車行。誰が言い出したのか
知らないが、発案の主はよくも残酷なことを思いついたも
のだと思う。ここから先、ヴェガの停車する駅はたったの
三駅しか残っていなかった。博多、阿蘇、そしてヴェガの
ためだけに用意された終着駅「夢の崎」。別れのときは確
実に、忍ぶことすらせずに足音を立てて近づいていた。カ
タン・コトンと響く、眠気さえ誘うその音を、今彼女はど
んな風に聞いているのだろうか。否応なしに刻まれるリズ
ムが彼女の胸の痛みを僕に共感させてくれはしないかと期
待したが、それは詮無いことだった。彼女にとって、この
特急ヴェガは別れの瞬間に向かって冷徹なまでの猛スピー
ドで一直線に突き進む砂時計でしかないのかも知れないと、
冷静に思っている自分が申し訳なかった。
 気が付くと、僕は彼女の拳に手のひらを添えていた。風
音さんは驚いたように、少しだけ高い位置にある僕の顔を
降り仰いだ。その頬はわずかに朱味を帯びていて、彼女の
全身が一瞬で緊張するのが、小さくやわらかい手の甲から
も伝わってきた。けれど、彼女はまた徐に視線をおとし、
言葉に詰まる。暖かな気持ちがにじみ出すように弛緩して
いくのも分かった。僕は、言葉を慎重に選ばねばならなか
った。
「その、山は、まだ見つからない……?」
「……はい」
「そう」
 相応しい山を見つけた暁には、その別れに僕も立ち会う
ことになっていて、彼女の決心が鈍ってしまった時には無
理矢理にでも風音さんをゴローから引き離すという、悪魔
のような役目を与えられていた。彼女と出会ったばかりの
頃のことだ。初めは、僕も彼女も特別な感情を持たないも
の同士であることが互いにその役割に最適であると考えて、
頼み、引き受けたことだった。しかし今となってはそれも
容易くない。かといって、今更それを他の人間に頼むこと
も、譲ることも、もはや簡単なことではなくなっていた。
「誰が、言い出したことなの?」
「え、と、それは……」
 そのとき、彼女に重ねて、車内アナウンスが割って入っ
た。
『このたびは特急ヴェガにご乗車戴きまして、誠にありが
とうございます。当列車は間もなく、博多に到着いたしま
す。尚、当列車は博多で二十四時間停車致します。お降り
のお客様は……』
 柔らかに鳴る電子音につられて、思わず二人して、天井
のスピーカーをぼんやりと見上げてしまった。先に動き出
したのは風音さんだった。アナウンスの流れ終わるのを待
たずに、風音さんはいとおしそうにゴローの頬を撫で、そ
うされたゴローは満足そうに喉を鳴らして自分からナップ
ザックの奥へと帰っていく。見守る風音さんは穏やかさを
取り戻していた。まるで全部分かっているような、少し哀
しい、少し厳しい目をしていた。そして、見とれる僕を尻
目に勢いよく立ち上がり。驚くほど綺麗な微笑みで僕を見
下ろした。
「さ、行きましょう?降りる準備しないと」
 僕は促されるままに立ち上がり、歩き出す。元気よくナ
ップザックを背負い直して、トコトコと自室に向かう彼女
の後に続き、尻尾のように左右に触れる後ろ髪を見ながら、
さっきの続きを聞こうと思った。
 視線を横へ送ると、列車はいつの間にか山間を抜けて、
徐々にスローダウンを始めている窓の外に少しずつ町の灯
が映り始める。流れていく町灯り。近くのものはものすご
い速さで、遠くのものは緩やかに。それはさながら僕たち
の日常の様だった。無数の町明かりの中で、どれだけの人
たちが、どんな当たり前を営んでいるだろう。彼らは夏休
みの十五日間だけを走り過ぎて行く、特別すぎる日常を笑
い飛ばすのだろうけれど、それすらもやがて痛みを伴った
日常に溶け込んでいくことを知って欲しいと思った。駆け
抜けていくこの一列の光の帯は、決して頭上高くで瞬いて
いる、星の光ではないのだと気付いて欲しかった。



    ×     ×     ×



 目の前で自動ドアがさっと開く。足を踏み出す。背後で
ドアの閉まる音がして、にわかに慌しくなった客車では、
一人旅の学生やスーツ姿の男、子連れの家族や、或いは車
内で働く人たちが大勢動き回っていて、僕たちが入ってき
たことなど気にも留めない。前を歩いていた風音さんがさ
っと身を翻し、僕の隣に並んだ。
「どうしたんですか?ぼおっとして」
「へ?なんでもないよ。風音さんこそどうしたの。急に元
気になって」
 風音さんは答えなかった。
「あの、博多ではどこに行くか、もう決めてるんですか?」
「いや、まだ決めかねてるけど」
「じゃあ、中州なんてどうです?」
「中州? 別にいいけど、どうして?」
「意味はないですけど。なんとなく何か面白いことが起こ
りそうじゃないですか」
「じゃあ足を運んでみるかなあ。ああ、でもなあ……」
 後日、僕は風音さんの手を引いて、阿蘇の麓に広がる野
を駆け渡ることになる。風音さんは抵抗をしない。ただ、
ゴローのいた方を何度も何度も振り返り、黙ったまま、僕
を責めるでもなく、感謝するでもなく、走り出す方向を決
めることが出来ずにそこに吹く風に流されるように、その
細っこい体のベクトルを僕の手に預けることになる。それ
はこの時の笑顔からは信じられないことだったのだけれど。
 もうすぐ終わりを迎えるこの旅の中で、僕は一体何を決
め、何を変えてきただろう。ままならない時間と空間の流
れの中で、せめて自分のすべてだけは自分で決めてきたと
思ってきた。けれどそれすらも、天にかけた願いのその叶
いに似て、どこからか返ってきた答えの積み重ねでしかな
かったとさえ思う。答えは僕が出したものじゃなく、僕が
した、一瞬の瞬きの答えでしかないと。
 そんな僕の今はというと、どこに遊びに行くかも自分で
決められない、所詮はそんなマイニチなのだけれど。
 
 
 

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2015年9月16日 (水)

■風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より・あとがき -更新第1002回-

はいこんばんわ。
おっさんです。 ← 読んでるやつも大体おっさんだわ

記念すべき更新第1000回目・1001回目は、
安定のオッサンホイホイ、まさかの『お嬢様特急』からのSSです。
いかがでしたでしょうかね。
皆さんの「俺は一体何を読まされたんだ」という顔が目に浮かぶようです。

と言っても完全新作ではなく、2000年頃に書いたものを見直してリライトしたもの。
さすがに98年発売のゲームの内容を事細かに憶えてはいない初老の私です。

『お嬢様特急』は98年にメディアワークス(当時)から発売された、
プレイステーション/セガサターン向けの恋愛アドベンチャーゲーム。
ディスク2枚組。
ちょう大作です。




真夏の15日間をかけて、北海道は稚内から、九州・鹿児島の南端までを旅する
超豪華特急列車『ヴェガ』での旅で巻き起こる恋愛模様を描いた作品です。

  ……たかが日本縦断に15日もかけて、何が「特急」なものか、
  というツッコミはこの際ナシで。

あとオイサンは鉄道関連には詳しくないのでよーわかりませんが、
車輛とか路線とか、その辺のリアリティについてもきっと突っ込みどころ満載の
トンデモ世界観だと思うのだけど、マその辺も、
98年製のギャルゲーだということで大目に見ると
きっといいことがあると思います。

  大体アンタ、企画だかがあかほりさとるで、シナリオ構成だかが花田十輝ですよ?
  真面目に相手するとアナタ、損しますよ。
  笑って流すのが粋ってものです。

とはいえオイサンも、コレを読み返してみて真っ先に出てきた感想が、

「イヤ風音さん、そういうコトしちゃだめだろ」。

でしたね。
クマて。
そもそもクマを拾ってきて飼っていいのか、
申請すれば飼う許可くらいはおりるのか? ってトコから始まって、
またそれをヨソの土地へ行き当たりばったりに捨てに行くっていうのが……
なんかもうこのコったら色々と片っ端からアウトなんじゃないか、と
ドキドキしてしまいまいた。

  オイサンが悪いんじゃねえぞ。
  原作からしてこういうエピソードなんだからな。

マ主題はそこにはないのでそんなツッコミも野暮っちゃ野暮、
とはいうものの、主題を楽しむ前に気になってドキドキしてしまう物事があると
主題に集中することを妨げるノイズにしかならんので……
その辺はキチンとしないとなあ、と思う。
ただこの辺の要素は原作マターなので、根本からナシには出来なかったけども。

それと、
「実際、九州の阿蘇地方にクマは棲んでるのか?」
「本当に、棲んで繁殖するのに適しているのか?」
ということも気になってしまい……色々調べてしまった。

結論から書くと、

 ・飼う → 申請して通ればOKっぽい。
 ・捨てる → どうやらNG。犯罪です。
 ・阿蘇にクマは?
    → 2012年時点では、大分・宮崎・熊本3県で、野生絶滅宣言が出されている。
     ゴロー超孤独。
 ・阿蘇はクマが生きるのに適している?
    → 生きられないことはないだろうが、適しているとはいえない。



九州では野生のクマは、オフィシャルな記録としては絶滅しているらしい。
けど、それらしい生き物の目撃情報なんかはワリと頻繁にあるみたいですね。
見つかれば70年ぶりだとかで。

ゴローちゃんを捨てた後で土地の人が襲われたとか、
襲った熊が撃たれて死んだとか、
そういうことになったらそれはそれでまた凹むんだろうなーこの子、とか、
ほぼ絶滅状態のところに放したりしたら、
先々ゴローが生き残れたとしても相方見つけられずに一人で死んじゃうじゃん、
とか考えて、
風音さん……もうチョイ場所や方法を、調べるなり、
……見た目だけで山を選ぶんじゃないよw!吟味しなさいよw
と、思ってしまった。

別にねえ、
お話を作る上でそういう考証の正しいことが全てだとは思わないけれども、
要らんノイズはなるたけ自力で排除して頂きたい所存。

とはいえ。
振り返ってみればこのゲームが発売されたのが、1998年。
企画はそれ以前の1997年から電撃G's誌上で動いていたわけで、
インターネットが、ギリギリ? ぼちぼち? 
先進的なご家庭には導入されたか、
気の利いた企業では使い始めてるか、っていう頃合いではないだろうか。

それを思えば、風音さんのような田舎の女の子が
(名古屋からの乗車になってるけど、岐阜の山奥とかに住んでると思うんだよね……)
どこまで気の利いた調査を出来るかと言われたらちょっとどうかナーと思うし、
そこはある意味ではリアルなのかもしれない、致し方なし、
と思うところもある。

そんでまた風音さんならずとも、
98年当時のギャルゲーのシナリオ屋さんがそこまで気の利いた調べ物をするかと言われたら……
ねえw?
イヤ、ホントはその辺ちゃんと調べてシナリオも作るべきだと思いますけどね。

今でこそ、ブラウザ立ち上げてチョチョイのチョイで
かなりそれらしい情報まで入手出来てしまいますし、
どこにどんな山があり、
そこにどんな植物が生えていて、どんな生き物が棲んでいるのか、
ということまで分かってしまう。

これを当時調べようと思ったら、それだけでも結構な手間だったんではないでしょうか。
シナリオライターはともかく、風音さんにそれが出来たか、アタマが回ったかは、
やっぱり「NO」なんじゃないかなあ、と思うオイサンです。

しかしまあ、それを思うと……すごい時代になったものですね。
当時とのそんなギャップに思いを馳せながら感慨にふけってしまったオイサンです。
イヤほんとスゴイ時代だよ。なんでもわかっちゃうものね。

あと、時代の流れといえば最初に驚いたのが、
作中で出てくる「小郡の駅で写真を撮る」シーン、
これも原作にあるイベントなのだけど、
ハテ2000年当時の俺はずいぶん適当に風景描写をしているようだけど、
小郡ってのはどんな土地なんだろう、どの辺にあるんだろう?
と思って調べてみたところ

……オイサンがコレを書いた2000年当時だって、
  今ほどご家庭でホイホイとネット検索が出来たわけでもなければ、
  地図やらが参照できたわけではないですからね。
  思い切り想像で描いていたものと思われます……

……?
小郡って、九州にあるぞ?
とビックリ。

実は98年当時、「小郡」という名前の駅は山口県と九州の両方にあり、
ゲームに出てくる山口県の方の小郡は2003年に「新山口」として駅名を変えていて、
2015年現在、駅名が消滅している。
地名はありますし、駅も「新山口」として存在するんですけどね。
駅名だけがない。コレにはびっくりいたしました。
博多との位置関係をまったく間違えて書いたのかと思ったよw
おどかすんじゃねえよw

マそんなんで、そもそも色々といい加減さをはらんだ感じの物なのだけど、
そういう作品の外側ではなく内側については、
案外自分がちゃんと原作に則って書いてたことにびっくりしましたw 
小郡で写真を撮るのがゲーム内イベント通りだとか、
さとみちゃんのせりふをチョイチョイ差し挟んでいるとか。
分かる人には分かると思います。
まじめだなあ、若い頃の自分w
いまだとそっちの方がユルいかも知れんw ← ダメだろ

正直、ゲーム自体については、
どのヒロインのエンディングを見たかとか、あまりよく覚えていません。
千歳さとみちゃん、風音さんは確実で、
幼なじみの妹キャラであるつばさ、
地味アート系の真美さん、パワーキャラの星奈……
この辺までは、多分確実。
アイドルキャラの飯山みらいちゃんも、多分クリアしていると思う。
後半以降に乗ってくるヒロインたちは、あんまり見てない気がする。

ゲーム自体、冒頭でも書いたように
ものすごい黄金タッグによるオシゴトであり、
色々とインパクト重視で雑な感じなので、
そんなに……心が動かされず、冷めた目でクリアしてたように思います。

唯一、作中にも出した千歳さとみちゃんのセリフだけが、
きゅっと心を締め付けた記憶があるくらい。

  そこまで好きなゲームでもなかったんでしょうね。
  なんで書いたの? 2000年の俺……暇だったの?

とまあそんなんなんで、面白かったらお慰みっていうか……どうなんだろ。
これまでも何度か再掲しよう再掲しようと画策し、
そのまま載せるのはちょっとなあ、という気持ちがどうしても先に立ってしまって
今になってしまったわけだけど。

……まあね。
読む人たちは原作を知らない方がほとんどだと思うけど、
楽しんでもらえたら幸いです。


あ、あと、
せっかくなので、あとで2000年当時の版も、
並べて上げようと思っています。

ほぼ別物になってますけど、
何がどんな風に変わったか、楽しんでもらえたらこれまたサイワイ。
まオマケ程度ですけどね。



以上、
リライトがようやく形になったな、と思った瞬間、
阿蘇山が爆発してワリカシびっくりしたオイサンでした。



ご、ゴローーーーーーーーーーーーーーーー!!!


ではまた。
 
 
 

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2015年9月15日 (火)

■風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より・後篇 -更新第1001回-

 
 
 
    ×     ×     ×
 
 
 
 ざっと見渡したところ、展望車に人影はなかった。たそ
がれて景色も見えず、もうじき次の二十四時間停車をする
博多だから、ほかの乗客たちは部屋で降車の支度を進めて
いるのだと思う。いつもはだいたい混みあっている展望車
がこのタイミングだけは人が減る、それを知っていたから
ここへ来てみた。
 さて、どの席でのんびりしようか? 車両を奥へ向かっ
て歩いていたら、ほとんど最後尾の座席の影から小さな囁
き声と、何かおおきなものが蠢く気配が伝わってきた。聞
き覚えのある丸みを帯びた柔らかな声と、心を少しざわつ
かせる気配……ざわつきの理由は、その正体を知らなけれ
ば到底確信の及ばないところだと思う。
「風音さん?」
 僕は周りに本当に人がいないかどうか気にしてから、シ
ート何列分か離れたところから、気配の方へ向けて声を投
げた。すると、息を殺す気配も、空気がモゾモゾこすれる
感じも収まって、最後列から一つ手前の座席の影から、明
るい髪の形の良い頭が、ゆっくりと姿を覗かせた。やっぱ
り、風音さんだ。
 彼女の普段着である実用的なアウトドアルックで身を固
めた風音さんは、最初警戒の眉毛をしていたけれどそれも
ほんの一瞬で、入って来たのが僕だと分かると頬を緩めて
くれた。仕方のないことだった。
「ようゴロー、元気か?」
 風音さんの座席の足下には、その山岳スタイルに見劣り
のしない、五十リットルかもっと入りそうなザックが置か
れているけど、その中身が山の道具ではないことを、僕は
知っていた。
 ザックの口からは、いまも慌てて押し込んだのだろう、
パッと見はフリースか毛布かという丸められた毛の固まり
が少し覗いていて危なっかしい。その毛むくじゃらが僕の
声に反応してもぞもぞと蠢き、狭いはずのザックの中で器
用にぐるりと身を翻したかと思うと、くりくりとつぶらな
瞳が二つが現れた。風音さんが山で拾い、山間の集落にあ
る実家で育てていたという、熊の子どもだった。ザックの
口から鼻先だけをのぞかせ、嬉しそうに、僕の顔へ温度の
高い息を吐きかけてくる。小熊のゴロー。風音さんは、こ
のゴローを再び山へ返すために、返せるような山を探しに、
ひとに勧められてこの列車に乗ったのだと語った。
 いかにヴェガが特別で豪勢で、事前の申請があればペッ
トの同乗も許可される自由な列車だからといって、この猛
獣の子どもを連れ込むことが許される筈もない。それを見
過ごしていることについては、僕は風音さんと共犯だった。
無邪気にのどを鳴らすゴローにじゃれつかれるだけでも、
遊び相手には相当の覚悟が必要だ。風音さんや比較的懐か
れている僕でもこの始末なのだから、敵意を持った相手が
近付こうものならどうなるか分かったものではない。ひと
気の失せるこんなタイミングだから、少しでもゴローの気
分を和ませるためにと、自室の外に連れ出してやることも
出来たのだろう。
「じきに九州だね」
 僕は彼女の隣に腰を下ろして、もうほとんど重さを感じ
なくなったコーヒーの缶をあおった。案の定、一滴、二滴
しか残っていなかった。
「そうですね。私、博多は、って言うか、九州が初めてな
ので楽しみです。その次は、阿蘇……でしたっけ」
 世間話のつもりで返したのだろう、笑顔だった風音さん
は、僕の言葉の意図に思い至ったようで、表情に影を落と
した。我知らずうつむき加減になる視線の先にはゴローが
いる。ゴローはその理由を知るはずもなく、ただ不安そう
な様子の風音さんを慰めるように、心細げなのどを鳴らし
た。そのときの彼女の胸に走った痛みがどんな色をし、ど
んな形、どんな音だったのか、つらい別れをまだ知らない
僕には知り得なかった。ハーフパンツの膝の上で固められ
た掌から、その中に握り込まれたもののかたちを思うしか
なかった。窓の外を流れていくのは、山、谷、海、谷、山。
いまはもう宵闇に沈んでいるけれど、草いきれと水の匂い
が伝わってきそうな世界が広がっている。やがて山が途切
れがちになり、なだらかな平野を抜け、橋を越えて、町へ
となだれ込んでいくだろう。
 たくさんの景色を映し出してきたこの窓の向こうに、も
うすぐ見えてくるものがある。
 風音さんは名古屋でヴェガに乗り、途中途中の長時間停
車駅で、ゴローを放すのに適した山を探してきた。それは、
ゆく先々で別れの場所を探す、タイムリミットつきの列車
行だった。ここから先、ヴェガにはたった三つの停車駅し
か用意されていない。もうすぐそこまで迫っている博多、
阿蘇、そしてヴェガのためだけに用意された九州最南端の
終着駅「夢の崎」。
 山が見つかった暁には僕もその別れに立ち会う約束をし
ていて、彼女の決心が鈍った時には無理矢理にでも彼女を
ゴローから引き離す役目を与えられていた。彼女と知り合
い、ゴローの存在を知って少ししてからのことだ。その頃
は、僕も彼女もお互い特別な感情を持ちすぎない者同士で
あることがその役割に適当だと考えて、頼み、引き受けた
ことだった。うたかたの旅の時間が許した悪戯だというこ
とも自覚している。けれど今となっては、彼女がそれを他
の人間に頼むことも、僕が誰かに譲ろうとすることも、簡
単ではなくなっていた。
 彼女の事情を知ったとき、なぜこのヴェガである必要が
あったのだろうと不思議に思ったものだった。けれど、い
まは何となく、風音さんにこの旅を持ちかけた人の強い気
持ちと思いやりがない交ぜになった複雑な感情に、爪の先
程度とは言え触れられる気がしていた。それなりに年齢の
いった人の発案だったのではないだろうかというのは僕の
憶測だが、一度きりのやり直しのきかない旅であることと、
そこに至る必然的な時間が彼らには必要だったのだろう。
 カタン・コトン・カタン、と、在来線ほど強くはないけ
れど三つワンセットで静かに繰り返される、ときに心地よ
く眠りにさえ誘うその響きを、彼女はどんな風に聞いてい
るのだろうか。じっと身をゆだねていると、線路を踏むそ
の足音はどんどん加速していくようにも感じられた。否応
なしに刻まれるリズムが彼女の別れの痛みを僕にも運んで
くれはしないかと期待したが、それもまた詮無いことだっ
た。そんな痛みも知らない僕だから、風音さんも大任に抜
擢したのかもしれない。言葉は上手じゃないけれど、生き
物と触れ合うことに慣れているからか、風音さんは思いを
表すことにも、気持ちを汲むことにも、とても長けていた。
 カタン、コトン・カタン、カタン、コトン・カタン、カ
タン、コトン・カタン、カタン、コトン・カタン、カタン、
コトン・カタン、カタン、コトン・カタン。喉を鳴らすゴ
ローを優しくなだめる風音さんの瞳は、逃れようのない列
車の振動に合わせて揺れていた。その横顔を眺めるしかで
きない、僕の目も同じようだったろう。展望車の空調は、
外からの光が昼間強く差しこむ分、他の車両よりも低く調
整されている。そのせいだろうか、それとも長く尾を引く
夜の光跡のせいだろうか、列車が普段より速く、前へ、前
へと、ゴールを求める競走馬よろしく鼻先を懸命に突き出
しているように感じられて、僕は少し不安になった。やが
て車輪の音は渦になり、ほとんど時間の流れを正常に感じ
取れなくなった僕たちを天高く巻き上げて、そのまま地面
にたたきつけようとする。それはだめだ。咄嗟に身をよじ
り、ともに音の渦につかまって舞いあげられたはずの風音
さんの姿を宙空に探した。やはり彼女もまた、音の風に全
身の骨を砕かれたみたいに力なく宙をのぼっていて、その
勢いは頂点に達したところで失われ、ぐにゃりと向きを変
えて、地面に向けて真っ逆さまに落ちていく。彼女を追っ
て僕も向きを変える。落ちていく先の地面に一筋の線路が
見えた。その延びていく先をちらりと目で追ったが、遠く
地平の先にたわんで一直線に消失していた。線路めがけて、
眠っているようにまっすぐに落ちていく風音さんに僕は必
死に手を伸ばし、彼女を捕まえ、抱き留めようとするけれ
ど、肩にも膝にも、まだ力が入らなかった。足が宙を泳ぐ。
せいぜい手をつかみ、引き寄せるのが精一杯だったのだ。
 そのとき、手の甲に触れた感触のやさしさとか細さには
っとなった。ゴローを撫でようと手を伸ばしていたのだけ
ど、何かを感じ取ったゴローはザックに押し込められて身
動きがとれないはずなのに器用に身をよじって、僕の掌を
逃れようとした。ザックごと揺さぶるように大きく動いた
ゴローに驚いて引っ込めた僕の手を、横から風音さんがと
ったのだ。僕は生き物と気持ちを通わせたことがない。そ
の掌に風音さんは、いったいどんな気持ちをこめていたの
だろう。広島で列車を降りるさとみちゃんの背中に見たよ
うな、たったひと筋であるはずのレールに何か別の針路を
見出す力を僕が手にすることは、とうとう、旅の最後まで
無かった。
 これから数日ののち、僕は風音さんの手を引いて阿蘇の
麓に広がる野を駆け渡ることになる。風音さんは抵抗をし
ない。ただ、ゴローのいる方を何度も何度も振り返り、黙
ったまま、僕を責めるでもなく、感謝するでもなく、走り
出す方向を決めることが出来ずにそこに吹く風に流される
ように、その細っこい体のベクトルを僕の手に預けること
になる。
 あのとき、ゴローは理解してくれていたのだろうか。彼
の足なら、遠ざかる僕たちを、追って、追いついてくるこ
となんて容易く出来ただろう。しかしゴローは風わたる阿
蘇の夏草に巻かれる黒い岩の群のうちの一つにでもなった
ように高見から僕たちを見送り、遠く広がる空から流れて
くる、恐らく彼だけに感じる匂いを不思議そうに吸い込ん
でいるように見えた。
 風音さんの体に力は感じられなかったけれど、視界から
消えることのないゴローに結わえられた彼女の視線は、手
を引く僕が前へ進むことを、ときおり頼りない張力で拒ん
だ。
 そんなとき、風音さんは
「走って」
と、それしか言えなくなってしまったような、こわばった
調子で言った。
「お願い、走って」
 そんなに強い気持ちで叫べるのなら、自分で走ればいい
じゃないか。それなのに彼女の足は、僕が引いてやらない
と決して動き出そうとしなかった。僕の前にはレールもな
く、彼女に言われるまま、善し悪しもなく、本当の彼女が
どうしたいのかもなく、ただ言われたままに引いただけだ
った。もっと大きな、寛い何かにからめ取られるように、
風音さんの手を引いて、一面翠と青の、阿蘇の原野を駆け
た。とても必死だった、僕に頼みごとをするときの風音さ
んの目。あのときから彼女は、それがとても狡い手立てだ
と、言葉にはならないけれど――心のとても聡い彼女は―
―どこかで気付いていたのだ。確かな憂いを見知らぬ誰か
と分かち合うことがこんなに狡いことだと知って、強い風
と日差しの中、僕は少し興奮していた。発車時刻には、も
う間に合わない。

『このたびは特急ヴェガにご乗車戴きまして、誠にありが
とうございます。間もなく、博多。博多に到着いたします。
当列車は博多で二十四時間停車致します。お降りのお客様
は……』

 切羽詰まってこわばった風音さんの手が温かな気持ちが
にじみ出すように弛緩し始めたのを見計らったのか、柔ら
かな電子音をともなってアナウンスが割り込んでくる。ス
ピーカーがどこにあるか分からず天井を見上げた風音さん
の手に、僕は少し力をこめて返した。僕は、慎重に言葉を
選ばねばならなかった。
「降りる支度をしないと」
 僕にはそんなことさえ言う資格はないのに、風音さんは
ごめんなさい、とうわずった声で、僕の手を解放するとア
ナウンスが流れ終わるのを待たずにもう一度ゴローの頬を
撫でた。ゴローは小さく喉を鳴らして自分からザックの奥
へ帰っていき、その上からカムフラージュのための小さな
熊のぬいぐるみでふたをする。
「ごめんね」
 口を閉じたザックを背負い直す様子は気遣いに溢れて、
ザックの中でゴローがおんぶの姿勢をとっているのが透け
て見えるようだった。
「行きましょうか」
 困っちゃいましたね、とでも言うような調子と、少し元
気のない眉の彼女に促されるまま僕は立ち上がり、トコト
コと客車へ向かう後に続く。視線を、しょげた背中から窓
の外へ逃がすと、スローダウンを始めた窓の外には町の灯
りが目立つようになっていた。近くは素早く、遠くは緩や
かに。年をとると遠い記憶ほど鮮明に思い出すという話と
重なって、無数の灯りが全部、そこに暮らす誰かの日常の
記憶のともしびに思えてくる。列車を降りた風音さんの帰
る日常は、掛け替えのないものが欠け落ちていることを自
ら約束した日常で、灯りの落ちた名も知らない駅に置き去
りにされる不安とやるせなさをはらんでいる。町では、ど
れだけの人たちがどんな当たり前を営んでいるだろう。外
から見たら、夏休みの十五日間だけを走り過ぎて行くこの
特別すぎる時間は、せいぜい銀河鉄道のようなものだろう。
明日にはこのレールの上も保線員さんが歩き、摩耗し疲労
した軌道の音を聞くのだろう。カタン・コトン・カタンの
リズムに生じた狂いもまろやかに均されて、やがて心地よ
い眠りを誘う振動に溶け込んでいくに違いない。
 娯楽車と食堂車を過ぎると客車エリアに入る。にわかに
慌ただしくなった客車では見るからに一人旅の学生や、ど
ういうわけだかスーツ姿の男や子連れの家族、車内で働く
人たちもめいめい動き回っていて、僕たちが入ってきたこ
となど気にも留めない。僕たちもその中へ、歩調を合わせ、
道を譲り、譲られ、溶け込んでいった。
「博多ではどこへ行くか、もう決めたんですか?」
 売店のところで通路が少し広くなり、前を歩いていた風
音さんはごく自然に歩度を落としていつの間にか僕の隣に
並んでいた。この子は、こうした何気ないこなしが抜群に
上手い。
「うーん、それが、まだ決めかねてる。時間もそんなにな
いし、どこも面白そうで。風音さんは?」
 風音さんは答えなかった。
 もうすぐ終わりを迎えるこの旅の中で、僕は自分で決め
たいくつかのことで、小さな流れを変えてきたつもりでい
た。けれどそれすらも、さとみちゃんの言っていたように、
天にかけた祈りのその叶いに似て、どこからか返ってきた、
誰かの決めた答えの積み重ねでしかなかったと思う。
「じゃあ、中州なんてどうです?」
「中州? 別にいいけど、どうして?」
「ガイドブックに書いてましたから」
 こともなげに、風音さんは笑った。
「何か面白いことありそうじゃないですか? みんなも来
るかもしれないし」
「じゃあ、足を運んでみるかな? ああ、でもなあ。すこ
し考えてみるよ」
 決めきれないまま言葉を濁し、彼女と別れて自室へ戻る
と、小さなデスクの上には書きかけのレポート用紙と筆記
具が出したままになっていた。窓の外、列車は見る見る速
度を殺し、博多と書かれた駅名のプレートがぼんやりした
光に包まれながら至極ゆっくりすべりこんできて、奇妙な
揺り戻しと共に止まった。だらしのない足腰はその程度の
振動にも押し負けてふらついてしまう。僕は浮いてしまっ
た右足を、わざと強く、床にどしんと下ろしてやった。そ
のくだらない震動は地球の裏側どころかレールにすらろく
に伝わらず、がたんと小さく踊ったテーブルの、まだ真新
しい万年筆の向きを、少し転がせただけだった。
 
 
 
(終)
 
 
 

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■風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より・前篇 -更新第1000回-

『心地よいリズムが否応なしに体に刻まれるから、列車の
旅は乗客たちに不思議な一体感を生む、と列車好きたちは
言う。それが本当なのかどうかは、生物学や、或いは心理
学の先生に譲るとして、いまはそのリズムに身を任せてい
たいと思う。
 レールの敷かれた人生の下らなさを誰もが声高に謳うけ
れど、一旦降りたホームで時間をつぶして、次の列車に乗
るもよし、特急列車に乗り換えて、前を行った列車を追い
抜くのも痛快なものだ。同じホームに立ったとき、いつや
ってくる列車に、どのドアから、どんな荷物を提げて乗り
込むのか、それは自分次第なのだから。そして、隣には誰
が座るのだろう。
 それもまた、答えを求めるまでのとても重要なプロセス。
人の一生は、きっと誰もが同じ一本道のレールの上だ。け
れど、力ある人はレールを曲げるし、知恵ある人はスピー
ドを変える。思わぬ事故。見たことのない駅。各駅停車、
特急列車、限られているそれらだとて、すべての選択肢を
目の当たりにする人がどれだけあるだろうか。決して完璧
な自由ではないけれど、人の手に余りあるほどの道が、そ
の一本のレールの上に広がっている』

 そこまで書いて、僕は万年筆を握っていた手を止めた。
伸びをして覗いた窓の外はもう暗い。山間の峡谷をいま、
この特急ヴェガは走っている。線路沿いに時折現れる集落
のともしびが、薄くガラスに映った僕の顔に重なりながら、
尾を引いて後ろへ後ろへ滑っていく。遠く山の上には、そ
れとは趣の違った星の光も見える。寄り添って立つはずの
木々の葉の一枚一枚はその鮮やかな緑色を闇に黒く塗りつ
ぶされていた。
 僕は凝り固まった首筋を押さえ、一つ浅く息を吸って喉
の乾き具合を確かめた。小休止の頃合いだ。ソファから立
ち上がり、もう一度、大きな伸びのついでに見回すこの個
室は決して広くはないけれど、ここまでの十日あまり、不
自由を感じたこともない。さすが、超豪華列車を名乗るだ
けのことはある。けれどこの旅も、もうじき終わる――ド
アを開け、なじみ始めた自分の部屋の匂いが、流れ込んで
きた通路のまだ真新しさが残るカーペットの匂いで薄まる
のに少し寂しさを覚えながら、僕は売店へと足を向けた。



    ×     ×     ×



 車内にある売店で、ちひろさんがイチオシだという缶コ
ーヒーを勧められるままに買い、客車の通路を縫って歩く。
展望車まで行って空を眺めようと思った。列車は瀬戸内海
を遠く臨んで走っている。広島を出、小郡を過ぎて関門海
峡に差しかからんとするばかりだ。山と谷、その隙間から
覗く海、その繰り返し。車内はどこへ行っても冷房が効い
て快適だが、窓ガラス一枚隔てた外の熱気は、日本の夏そ
のものだった。
 そういえば、この缶コーヒーとちひろさんを見て思い出
すのは、旅の始まりにペンケース一式を失くしたことだ。
稚内の駅に忘れたのか、移動の途中で落としたのか……は
たまた、ヴェガ車内のどこかにあるのかは分からない。と
もかく、出発駅の稚内から次の停車駅だった旭川までの間
にペンケースが自分の荷物から失せていることに気付いて
慌て、落ち込んだ気分を味わったのだった。先行きが不安
だ、やはりこんな列車での旅なんて、生来インドア派の自
分にはがらじゃなかったのだと、やたらな悔やみ方をした。
 そのペンケースには特別希少なものや大事なものを入れ
てあったわけじゃない。ケース自体も使い込んだ万年筆も、
個人的な親しみこそあるものの、どこにでも売っているほ
どほどの物でしかなかった。逆にその分、「どこにでもあ
るものだからこそ、しみ込んだ自分だけの時間が大切なの
だ」という、拗れた感覚のほうが厄介だったわけだが。
 旅のはじめからそんな後ろ向きな思いにとらわれている
僕を見かねてか、売店で車内アテンダントを務めるちひろ
さんが教えてくれたのがヴェガオリジナルの万年筆で、ヴ
ェガの運行を記念して作られた海外の有名な文具メーカー
の製品にヴェガ独自の意匠を加えたそれは、失くした相棒
にすぐとって代われるほど魅力的な品物ではなかったにせ
よ、その場をしのぐのと、万が一本家が見つかったあとに
もセカンドとして使い続けるのに十分な風合いを備えてい
た。

「ね? これもなにかの縁ということで、一本いかがです
か? いまならこの缶コーヒーもオマケしちゃいます!」

 そのときは、捌ききれない記念グッズをていよく押しつ
けられた気がしないではなかったけれど、ちひろさんの人
となりを知ったいまではそれが本当の親切心から出たせめ
てもの提案だったのだろうと反省する。それとは別に、彼
女自身、陰気な顔の男がいつまでも車内をうろついている
ことに耐えられなかったのかもしれないと、新しい勘繰り
にほくそ笑んでしまうことはある。
 ケースとそのほかの筆記具については、旭川の文具店で
調達してしまった。店のことは、僕と同じで稚内から乗っ
ていた桜井真美さんに教わった。些細なことがきっかけで
知り合った彼女は、絵を描くのが趣味だというだけあって
画材などの事情に明るく、東京で降りてしまってもう会う
こともないだろうけれど、機会があればもう一度きちんと
お礼をしたいと思う。
 結局車掌さんが連絡を取ってくれた稚内の駅にペンケー
スの遺失物は届いていないというし、旅が終わりに近いい
までも車内を歩くときは気をつけているけれど、そうして
旅が始まると同時に手にすることになった筆記具たちは、
いまやすっかり僕の鞄の中に居ついてしまっていた。とも
あれ、そんな思いにほだされたり、救われたり、まんまと
一杯食わされたりしながら……僕は、こんなところまで来
てしまった。次の停車駅は博多だ。
 小一時間に、小郡で三十分の小停車があった。日が落ち
る寸前の時刻に、ほんのしばらくホームに降りただけであ
っという間にシャツが汗でずくずくになるほどで、西日本
の熱を僕は初めて肌で知った。
 そのホームで、名古屋から乗ってきた風音さんに頼まれ、
僕はカメラのシャッターを押した。ファインダー越しに見
た、駅名の看板と土地の少しの景色をバックに、手のひら
で斜陽を遮る彼女の笑顔が、それまでの晴れ晴れとした明
るさを映しながら物憂げな色を帯びていくのを見るのは、
夏の短い黄昏がそんな色をしているせいだけでないことを
知っている僕には少しきつかった。



    ×     ×     ×



 目指す展望車は、四号客車のあとにさらに食堂車があり、
娯楽車があり、そのうしろに連なっている。その最後尾の
二両を繋ぐデッキの手前でお尻のポケットで携帯が震えた。
未だ使い慣れないそれを、缶コーヒーを取り落としそうに
なりながら捕まえて、早足でデッキへ駆け込んだ。
 一体誰からだろう? 家族には、旅情をそぐからよほど
のことでもない限り鳴らしてくれるなと家を出るときに念
を押してあった。持ち始めたばかりの電話の番号を知る友
人も多くはない。液晶の表示を確かめ、ボタンを押す。我
ながらわざとらしいと自嘲しながら。相手は一人しかいな
い。
「あ、もしもし。あの、私、千歳です。いま、大丈夫?」
 それは、広島でこのヴェガを降りた友人からだった。半
日以上かけてようやく埼玉は上尾にある実家に帰りついた
という報告だった。
 ヴェガに乗ってしまったことで、結果的にとはいえ推薦
入学を蹴ることになってしまった彼女への、周りからの、
殊に家族と親類からの非難は強く、さすがに何から何まで
万事円満と言えるほど上手くはいっていない様子だったけ
れど、それでも、今の彼女なら多少の反発にめげてしまう
ようなことはないだろうと思う。
 彼女は答えを見つけた人だった。目の前に停まっていた、
始めから終わりまでレールを敷き切られ、その上を走るこ
との出来る時間さえ限られた、哀れな……ひと連なりの列
車。十分なお金も、宛もないままに飛び乗っていい筈がな
いことは、聡い彼女には当然分かっていたはずだった。明
日からのことがある。昨日までの自分もいる。右にも左に
も進めない、進みたくない、そんな瞬間に、目の前に開い
たヴェガの白い扉が何かを語りかけてきた、そんな風に思
ったのだという。
「いまにして思えば都合のいい妄想だし、ただの逃避だっ
たと思うんだけど。本当、そこに電車が停まっててくれて
良かったわ」
 控えめに笑い、ちょっと怖い冗談を挟む余裕さえある。
選択の余地も何もない、一本のレールの上をたった一度き
り走るだけの、この列車がどんな風なのか、その先に何を
見ているのか……それを知りたかったし、もしかするとそ
こに覚悟みたいなものがあるんじゃないかと思ったのだと、
彼女、千歳さとみは話してくれた。
 そして彼女は答えを見つけた。列車が運んできたのは新
しいものではなくて、降りるために乗るという、ほんの些
細な時間のずれをこしらえるためのきっかけだった。それ
まではどこにも見あたらなかったそれを自分の中から作り
出し、旅に出てしまったことから終わらせることまでを一
つの解答にして、彼女は列車を降りることで体現して見せ
てくれた。ヴェガの旅から帰り着いた郷里の町は、今まで
見たことがない色をしていただろう。昨日まで、その町に
確かに居座っていた明日は、もう目の前からなくなってい
たはずだ。
 そんなことを言ってもね、と彼女は続けた。
 全部が全部を、自分一人で作り出したわけじゃない。列
車が停まったときそれぞれの駅にあったもの、空気の肌触
りとか、山から聞こえてきた音とか、ごはんの匂いとかが
積み重なって、ちょっとだけ無茶をしてみようという気分
にさせたのだと、だから強いわけでも、偉いわけでもない
のだと、
「本当、ただの偶然なのよ」
と、まるで背中の真ん中でも痛いみたいに、ひどいでしょ?
と笑って話を締めくくった。
「じゃあ、そろそろ切るね。旅行、この先も気をつけてね」
 電波に乗ってやってくる彼女の声はデジタルに変換され
ても思いを損なわず、しっかりと僕の耳の奥に届いて消え
た。まるで自分が励まされているような。ただ無責任に、
ふわふわと勝手なことを言っているだけの楽な自分に。
 一口、二口と缶コーヒーに口を付け、一日ぶりにその強
さに触れ、僕は列車を去ろうとする彼女の言葉を思い出し
ていた。

 不思議だわ。人に迷惑をかけているのに、自分が間違っ
ている気がしないの――。

 しばらくの間、携帯電話の液晶画面に点滅する通話終了
のメッセージを見つめ、それをポケットに押し込むと、ず
っと反対の手に握っていた缶コーヒーが少しぬるくなって
いるのが、やけに敏感に感じられた。僕は――。



    ×     ×     ×



 カタン・コトン・カタン、カタン・コトン・カタン、と、
デッキでは列車のリズムがよりダイレクトに感じられるし、
窓の外を風景も、客車で見るより速く、飾り気無く過ぎ去
って見えた。もたれていたデッキの壁を背中で蹴るように
して弾みをつけ、半歩踏み出すと、ちょうどいい速さで開
いた自動ドアの向こうから流れ込んでくる冷気で全身が洗
われるのを感じた。展望車の室温は、デッキより一、二度
低くしてあるらしい。
 連結部をくぐると、外の世界の光景がほとんど丸ごと、
目に溶け込んでくる。車両の外に投げ出されたような錯覚
に陥って足がぴくりとすくんだ。デッキから展望車へ移る
ときはいつもこうなる。展望車はいわゆるロビーカーで、
壁と天井はガラス張りの部分の方が多いのではないかとい
うくらい視界が広いせいだ。ここへ来れば、列車がいまど
んな場所を走っているのかを、どんなアナウンスより正確
に知ることが出来た。旅の始まりに北海道の夜を走ったと
きは、その天然物のプラネタリウムの幻想的なことに圧倒
され、東北の山並み、見慣れたはずの東京の風景でさえ、
横へ、後ろへと絶え間なく流れていくこの窓から眺めると
まるで一つの絵巻物を見るように新鮮に思えたものだった。
僕の日常は、この窓からだったらいくらかはましに眺める
ことが出来ただろうか。
 この特急ヴェガの始発駅、北海道の稚内から僕は乗って
いる。僕はいわゆる「鉄」ではないし、旅行好きというわ
けでもない。九州の南端に「夢の崎」なんていう専用の終
着駅まで設けて、八月の十五日間を一度きり日本を縦断す
るヴェガのことも、テレビや駅のチラシで少し知っている
くらいだった。奇跡のような確率でこの特別列車の搭乗権
を引き当てた鉄道好きの伯父を見舞った「のっぴきならな
い都合」とやらが、僕にその権利を譲り受ける機会を運ん
で来でもしなければ、他の誰かに眺められる立場で、この
窓の外にいたことは間違いない。伯父ののっぴきならない
事情というのも、簡単にまとめれば「断れない仕事が入っ
た」ということにおさまるのだけど、仕事の原因がふた月
ほど前に地球の裏側で起こった大きな地震にあり、本来受
け持つはずだった職場の後輩はその地震に恩のある先生が
倒れたために伯父に代打を打診してきて、断ろうとしたが
その後輩の奥さんというのが伯父の奥さんが若い時分に患
った大病から命を救ってくれた人の娘さんであったことが、
地震で起きた津波で沈みそうになった船にふられていた識
別番号がきっかけで明らかになり、その病気の話が伯父と
奥さんを引き合わせた大きな契機になっていたこともあっ
たのだが、しかしそれでも今回ばかりはと渋る伯父の息の
根を止めたのは、仕事の発注元の更に先にいた顧客が今回
のヴェガ計画の大口スポンサーでもあって、次回の企画が
持ち上がったときには優先的に口を利いてもらえるという
条件だった。
 ここまでくるともう何が何やら、偶然と必然の三十八度
線を巡る争いがいつ終わるのか皆目見当もつかないけれど、
ともあれ、僕が譲り受けたのは権利のみで求められる最低
限の費用や旅先で必要になる負担は自分で支払ってここに
いるのだから……我ながら、いま身を置くこの時間に、不
確かながら魅力をかぎ取るくらいの衝動は持ち合わせてい
たのだろうと思う。そう、衝動だ。どうしてそこまでして
この列車に乗ろうと思ったのか、確たる思いにおぼえがな
い。強いて言うなら、ほかに使い途を思いつかなかったの
だ。見栄か、ファッション。自腹を切ったことまでひっく
るめ、この二週間を切り抜いて昔の友だちに見せびらかす
くらいしか、改札をくぐる前の僕には思いつけなかった。
列車を降りたら、なにごともなくその二週間を差し引いた
だけの昨日の続きの明日を始めるつもりで、僕もいた。そ
れだって、ひとの営みの鮮やかな一形態だと思っていたし、
大きな変容の種が心に兆したいま、尚のこと強くそう思う。
 
 
 
    ×     ×     ×
 
 
 
(続)
 
 
 

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