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2015年7月10日 (金)

■拓かれる歴史・閉ざされる歴史~Splatoonの感想と掘り起こされる記憶 -更新第991回-

 

西住どの「根拠なんていつもあとづけです! えらい人にはそれが分からんのです!」

オイサンです。Hello, World。

『スプラトゥーン』を始めた話をツイッターでしてたら、
「オイサン、イカちゃんに手を出したんですか!」
と絶妙に人聞きの悪い言い方をされました。
ひ、ひとを海生軟体動物フェチみたいに!(特殊すぎるだろ)

……む、しかしケモミミの発展形、異種姦+触手と考えれば全くの既存か。
やれやれ、パイオニアになるのは楽な道じゃないな。



●○● 『スプラテューン』、孤独な戦いのおもしろさ ○●○



マそんなことで、『スプラトゥーン』を購入、&ワリと積極的にプレイ中。

ビデオゲームを愛し、ビデオゲームに愛されない人間として
コレを避けて通ることは出来ないだろう、というよく分からない動機から購入に至ったワケですが、
こういう『クルクルランド』的なゲームというのは
どうしても避けて通れない気分似させてくれて良いですね。
エポックに立ち会わないわけに行かない、と思ってしまう。

マWiiUを買った時点で、コレをやる気は満々だったのだけれども。

 ▼クルクルランド
 

「『クルクルランド』的」というのは、
シンプルなルールと操作で競ったり、競わなくとも楽しんだり出来る遊びを持ったゲーム、
くらいの意味合いです。

  なぜ『クルクルランド』をそのテのもののオーソリティとして代表させているかといえば、
  あれほどシンプルで、且つプリミティブ過ぎず、不可思議なルールのゲームを
  オイサンが他に見たことないからです。
  この「プリミティブ過ぎない」というところが、結構大事ですね。

  移動を慣性に支配された世界で、
  最初は目に見えない、その存在場所をプレイヤーが通過すると現れる「金塊」を探し出し、
  現れてくる金塊の並びから最終的に描き出されるであろう「大体の図形」を「想像して」、
  金塊を探り当てていくという……。
  「奪う」とか「壊す」「取る」みたいなことだけで済まない、
  衝動以上のインテリジェンスや動機が必要である点が大事です。
  陣取りですらない。

  ご存知ない方は、上の動画を見てみて下さい。

  ゲームの説明については、『ゲームのせつめいしょ』さんにそのまま載っていました。
  興味のある方は是非。

  ▼ゲームのせつめいしょ
  http://www.geocities.jp/frnyanko/setsumei/index.html
  このワケの分からないゲームのルール説明を、
  これだけシンプルにまとめられるってのもすげえ話だ。


  これに比べたら、『スプラトゥーン』なんてまだまだ意味があるし、物語がある。
  世界観による演出で、いくらかのマッドネスを醸しているけれども、
  より意識のカオスに潜り込んでいるのは『クルクルランド』だと思う。
  近年で言えば、『ミスタードリラー』なんかもこのカテゴリですかね。
  『ディグダグ』とか
  (『ディグダグ』の方が歴史的には先輩だと思うけど、やはりカオスぶりで一歩譲るところがある)。
  ……ちゃうねん、『クルクルランド』の話がしたいんとちゃうねん。

『スプラトゥーン』は、世間ではTPS(三人称視点のシューティング)と分類・認識されていて、
それは全くその通りだと思いますが、
それ以上に「任天堂から新たに生まれた『クルクルランド』的なもの」として、
発表時から気にしていました。
そういう意味で、個人的に避けて通れないのです。

  誤解のないように付け加えておくと、
  私は別に『クルクルランド』的なゲームが得意なわけでも、
  ゲーム的に特別好きなわけでもございません。
  存在に興味があるだけー。

で、プレイしてみた。
と言っても、まだまだ対戦を数回、チュートリアル含めて数時間といったところ。
しかしそれだけでも、自分の考えていたのとは違うところが見えてきたので
その辺のファーストインプレッションだけでも書き著しておこう。


 ▼真面目に対戦ゲームはしたくない人でもOK

そもそもオイサンは対人・人との協力プレイは好きではないので、
プレイするにしてもその辺りは出来るだけ避けて
オフライン・一人用 or 対COMで遊べるならそちらをメインでやるつもりだった。
が、その不安は、おっかなびっくりで対戦部屋に入ってすぐに解消された。

「大勢が一か所に入って同じ空間で遊ぶのだけど、
 他者の人間的存在は実質感じられず、一人でCOMと遊んでるのと変わらない」
という仕組みと雰囲気で出来ていた。

周りにいるのは全てプレイヤー(人間)なのだけど、扱いがCPUと変わらない。
コミュニケーションが生じるでなし、なにか気を使わなければならないでなし。
そういう人間的接触が発生しないので、
対人オンラインでも全然気兼ねなくVS COM、with COMと同じ感覚でプレイ出来るので助かった。
これならいい

  ※ここで言っている「周りの人間を気にしなくてイイ」というのは、
   「傍若無人な振る舞いが許される」というコトでは無論なく、
   「フツーにルールに則って遊ぶ分には、
    周りに人間がいることによってしなければならないコトや縛りが
    一人の時と比べて増えたりするワケではない」
   という程度の意味です。
   ヘタクソはヘタクソのまま、オロオロしてたって構わない、くらいのコトです。
メッセージ送ったり、音声会話があったりすると面倒なので、
是非この先も、実装しないでもらいたい

  そのテの機能って
  「あっても使わなければいい」と言われそうだが、あってしまうと
  「使うことが常識・当然 → 使わない奴がおかしい → 悪」
  ってなるお利口な御仁がどうしてもわいてくる(特にあると勝ち負けに影響するから)ので、
  「全く無い」ことが重要なのです。そこに選択肢を設けてはいけない。

  実装するなら、特定の、本当にお知り合いと繋がるモードのときとかだけ、
  本当にお知り合いにだけ通じるようにしてもらいたいねえ。
  外からは、お知り合いの間で通じ合いが起こってることさえ分からないようにして  もらいたい。

マそんなスタンスなので、積極的なコミュニケーションは、
知ってる人とでも、よっぽどじゃなきゃあんまりとりたくないなー、と思う。
真面目に、ねえ? 勝ち負けをやんなきゃいけなくなっちゃいますでしょ?

勝った、負けた、上手かった、下手だった、役割を果たした、果たさなかった。
そういうのは……いらない。

負けてもいいから、ってんで散歩気分でブラブラっとやるのがいい。
それも厳密には正しくなく、「負けてもいいから」ということすら意識しない、
勝ち負けの存在を意識しないで、ぶらっと入ってぶらっとやっていなくなる、くらい。
だらだら、ブラブラ、
勝ち負け関係ナシで遊べる環境をずっと維持してもらいたいです。
世界観とそこで起こっていることを肴にしてぶらつきながら、楽しい妄想をしていたい。

あとは、ここからドラマというか、ストーリーをつけられそうなのが面白い。
今やっているのは人類(イカ人類)同士でのスポーツ的模擬戦争だけど、
実はこれが『ヤマモトヨーコ』における、オールドタイマーが帰還した時に備えた人類同士の模擬戦争のようなもので、
ある日突然、激ツヨ(※)なタコ勢力が攻め込んできて、
オンライン上のプレイヤーたちは力を結集し協力し合ってタコ排除戦争に巻き込まれる、
みたいな盛り上げが、どっかで起こるかも知れない(もう起こってたりするだろうか?)。

  ※各レベルの人たちが激ツヨに感じる程度に調整された様々なレベルの強さ

お話づけをするなら、ってことだけど。

まだ一人プレイはそんなに触れていないけど、
『JSR』や『マリオサンシャイン』みたいなステージで、
対戦的でない、フツーのアクションゲームとしてももっと遊びたい、とか、
『アインハンダー』+『バーチャロン』みたいなゲーム
(ステージ上で拾う武器を使い分けて、戦ったりステージを進んでいったりする)として遊びたい、
と強く感じている自分もいる。
『マリオ』っぽい2Dライクなアクションでもいいね。

  そうなー。
  一人プレイの時は、複数武器を切り替えて遊ぶようにしてもらいたいなー。
  違うゲーム性を用意して、楽しませてもらいたかった。
  ……きっとさ、このゲームが90年代後半~2000年代前半に出ていれば、
  ワリとフツーに、そういう豪華さというか、サービスがされていたと思うのだが
  どうだろうか。

  マそういう贅沢に、ゲーム的に良い時代に育った我々が慣れてしまっているだけなのかも知れず、
  お値段なりだとこのくらいなのだろうけども。
  これだって、十二分に豪華・贅沢な方かもしれぬ。

潜るときの音がいいですね。プチョ、だかチョポ、ポョチュ、みたいなあれが。

TPSとしては……なんだろう、年老いたせいなのか、
精密射撃が出来なくて困っている。
カメラが思うように操作出来ない。
カメラの動きが速すぎるのかと思って速度を下げてみたりしているけど、
狙ったところをピタッと打たれぬし、狙ったところにボムを落とせない。
カメラはもうチョイ引きの方がありがたいなあ。
カメラの距離も調整出来ると嬉しい。

変なコミュニケーション機能をつけるくらいなら、
その辺のTPSとしてのプレイアビリティを広げた方が良いように思われる。


 ▼一人遊びは、いつでも好きな時に一人で遊びたい

他には……あの、なんですか、フェスと言うんですか、
あの「パン派 VS ごはん派」とか「赤いきつね派 VS 緑のたぬき派」みたいな、
大規模派閥闘争みたいなのは。
そのフェスの期間中、フェスとは関係のない遊び
(通常のナワバリバトル、ガチバトル)が出来ないのはどうなの? って思う。
パッケージで、ソフトを買ったわけですよ。
それを、好きな時に、好きなように遊べないっていうのはどうなの? と、
世の中のオンラインモノを見てるとしょっちゅう思う。
始めようと思ったらメンテナンスしてて全く遊べない、とかね。

常にオンラインをキチンと遊ばせろとは言わないので、
メインの遊びはスタンドアロンで遊べる部分ように、しっかり入れておいて欲しいと思う。
なんか、解せない。
既にお金を払った物のメインの機能を、自分の使いたいときに使えないというのは。
購入する前に、そこまでの情報を与えられたか、俺たちは? というね。

テレビゲームくらい、自分の都合のいい時間に、好きに遊びたいじゃないの。
他人の都合に左右される一人遊びってどうなのよ。
オンラインTPSってみんなこうなの?

『Splatoon』も、ここまでオンラインの向こう側の事情に左右され続けるゲームだとは思ってなかった。
基本は一人プレイモードがあって、
スタンドアロンでの対戦プレイ(2P~モード)があって、
その上でさらにオンライン対戦がある、という構成だと思ってた。
メインモードがオンラインで一緒に遊ぶ人間が8人いないと遊べないというのは、
正直、解せない。

「相手がいないと遊べない」というのは即ち、
「遊び場への入場券を手に入れただけ」と同じだと思う。
「テレビゲームのソフトを買う」ということは、
それプラス
「遊び場だけでなく、そこでの遊び(いつでも遊べる状況・環境)もセットで購入している」
という理解と感覚でずっといたから、
最近のオンラインゲームのそういう感覚は、ちょっと理解できない。
少なくともメインのモードだけはオフラインでもいつでも遊べて欲しい。

あとは、アレ。
観戦モードが欲しいわ。
『バーチャロン』であったような、人が対戦しているのを三人称視点で
観戦できる、ライブビューモードが欲しい。
実況勢もはかどるのではないだろうか。
ホンモノの実況と解説が出来る環境があるとよいですね。



●○● The Age of シオカラーズ ○●○



それはそうと『スプラトゥーン』、
ゲーム開始時に現れて色々いまの状況
(今日のステージ、アップデート情報、大規模対戦イベント情報)
をラジオDJっぽく教えてくれる、
シオカラーズのホタルちゃんとアオリちゃんが地味に人気のご様子で、
いやー日本人の文化レベルも随分上がったなあ
とちょっとエラそうに感心してしまいます。

ものすごいですね。

彼女らのノリは、POPの前線とまでは言わないまでも、
平常時のテンションを50だとすると80から85くらいまでキている、
結構イッたラインを踏んでる気がしますが、
それを皆さんワリカシ「普通に(=50の線として)」処理しているご様子で、
ああ、これはもう、『スプラトゥーン』を楽しむレベルの御仁たちにとっては
「日常の出来事」なんだなーと思うと、なんだか嬉しくなってしまう。

  マ任天堂さんには以前から、
  いい具合にトチ狂ったテキストを発射する部門が、
  専門になのか、存在しているご様子ですがね。
  外部のシナリオ屋さんなのかなあ。

なんていうか……ああいうの、みんな普通にアリなんだなあ。
言われて初めて、オイサンも「ああ、アリだ」と気付くけど、言われないと分かんないよ。

デ、そのシオカラーズ二人のトーク。
テンポも内容も語感も、エッジがきいてて……というと語弊があり、
「エッジが利いている」という攻撃的な感じではなくて、
むしろ「エッジがふやけている」感じが独特で、聞いていて楽しい、喜ばしい。





それを「最近のセンスってのはすげえなー」と思いながら聞いていて、
ふと、「このトークの過去の分って、どこかで聞けるのだろうか?」と思った。
以前のも聴いてみたいと思ったのでした。
……マ普通、外から見られる形では残ってませんよね。

それで、ちょっぴり残念な気分になったのです。

この、時代を代表するような空気が、
数十年後に『スプラトゥーン』のパッケージをひもといたとしても、
そのまま流れ出すコトというのはないんだなあ、と思うと。

オイサンにとってゲームの「存在の仕方」は、
本や映画のように、パッケージングされ固定されたもので、
例えばそれを100年後に紐解いたとしても、当時の空気や風俗が、
そのまま100年後の世界に展開される類のものなのです。
それはつまり、時代の空気をそのまま密封保存することでもあります。

そこに一つの時代が切り出され、再現される。
それは時間軸も同じでそのまま保存され、読み進めていけば、同じテキストをまた読むことが出来る。
その流れによってまた、当時の時代性のようなものが醸し出されるものである、と。

もうじき四十になろうとしているオイサンですが、
『ドラゴンクエストⅡ』をプレイしたのは小学校5年生の時です。
……たしか。
 
  1987年の1月だから……小5だよな。合ってる。
  ちなみに、なぜ『ドラゴンクエストⅡ』を挙げたかといえば、
  『ドラクエ』シリーズでも一番好きなタイトルだからです。
  物語のあり方が、一番心に残っていると言える。

いま、当時のオイサンと同じ小学校5年生の少年が
ファミコンに『ドラクエⅡ』のカセットを挿して電源を入れれば、
あのときと全く同じ世界がそこに広がります。完全な形で残っています。
シナリオも、テンポも、一字一句変わらない。

「いやー さがしましたよ」

って、緑のあんちくしょうが言うワケです。さがしましたよ、じゃねえよ!
それが……とても大事なことだと、オイサンは思うワケです。
そこに時代の空気が、全部そのまま残っていることが。

もちろん、イマドキの小5少年が、30年まえのオイサンと同じテンポでもって
それを感じ取ってくれるとは思いません。
ただ、
「大灯台でドラゴンフライに集中砲火で殺されたでしょ」
「ああ、あったあった……あれはないわ……」
って話はまあ、通ずるワケです。

親子ほどか、それ以上に年の離れた者たちが、
心や体の年齢のハンデなしに、
同じ時代の空気と時間の流れを「体験することが出来る空間である」ことが、
コンシューマテレビゲームの一つの大きな価値だと、オイサンは思っておるのです。

昨今のコンシューマテレビゲームや、オンラインのものはどうだろうか。
始める時期によって、「中身」が変化してしまうワケです。
サービス開始初期に始めていれば、まだゲーム後半の仕掛けが入っていなかったりするし、
サービス開始から時間が経ってから始めた人には、最初の頃のコンテンツは見えなかったりなさる。
同じゲームを遊びつくしても、遊んだ時期によって違う空気が流れている、というのが、
どうにもさみしい。

  マそんなことは『ストⅡ』あたりが大流行りした頃から既にあったことなのでしょうが、
  それはまあ、ゲーセンの話。

そもそも世の中にネットワークが蔓延し始めた時点で
こういう流れを止めることはもう出来なかったのだろうけども、
そういうことに価値を感じている人というのは、
他にいない……あまり多くなかったということなのだろうかね。

数十年後に、

  ジジイ「シオカラーズは良かったのう、ばあさんや」
  ババア「そうですねえ、おじいさん」
  若 者「『スプラトゥーン』の話ですか。
      この間アーカイブでやりましたけど、アレは良いものですね」

  ジジイ「あの良さが分かるか、イマドキ見所のある若者だ、実に感心だ」

っていう会話が、どうか生まれるようであって欲しいと思うのです。

マ30年も昔のおもちゃが、今もそのままの形で遊べる環境があるのもまた、
同じネットワークの手柄なのだから、文句は言えないのだけど。

などと考えていたら、ちょうどこんな文章にめぐりあった。

  ▼輯佚(しゅういつ) [ はてな匿名ダイアリー ]
  http://anond.hatelabo.jp/20150709015357

そう、シオカラーズのやり取りに代表されるオンラインゲームのはらんだ空気は逸文になりうる。
その一文一文に大きな意味はないけれども、
それらが時系列の通りに再生されることで、一つの大きな空気を作り出す。

だからまあ、出来るだけ、そういうヒトカタマリにアクセス出来る仕組みを、
どうか用意しておいてもらいたいと……その空気を愛した者の一人として、
切に願うものであることだなあ、酒よ。



●○● フォルテッサ ~The Legacy of WAR ○●○



最後に、もう一つゲームの話題。

  ▼ソニーがかつて任天堂と共同開発したスーパーファミコン互換「PlayStation」の実機が見つかる[ GIGAZINE ]
  http://gigazine.net/news/20150706-snes-playstation/


昔のテレビゲームの話題とか謎めいた噂の話なんて、もう出尽くしたもんだと思っていたけど、
忘れた頃にこういう物が発掘されてきたりすると、
やはりちょっとこう、ココロときめくものがありますね。

これだけ世界中、空飛んで移動できたり、宇宙から地上を観測出来るようになったりしていて、
さすがにもう地上には未発見の物はないだろうと思っていたのに、
まだ時々未発見の大きな遺跡や部族なんかが見つかってたまに話題にのぼるみたいで、
ぱっと視線の向こうに、不思議な物が浮かび上がってきたような驚きと喜びがある。

  宇宙とか海の底、地面の下からは、まだまだ色々出てくるんでしょうけども。

古いものが見つかった、という喜びには、
全く新しい物が見つかったり作り出されたっていうニュースを聞くのとは、
また違う喜びとときめきがありますね。
この差は何だろう、なぜだろう。

劇場版『まどか★マギカ』の挿入歌、misteriosoの歌詞で


  ♪ 世界は まだきみのため 喜びを 隠しているから


って言うのがあるけど、まさにそんなカンジ。
同じ、新しいものに触れるという意味では、
『スカイクラッドの観測者』に


  ♪ それは愚かゆえの偶然 招かれざる奇跡 閉ざされてきたGate……
     「規制は終わった」!



という歌詞がありますが、こっちには緊張感が走りますね。
古いものに触れる喜びには、なんというか、
既にを終わったことだから、いくらか安心感があるというのかね。
そんな感じ。

他にもなんか出てこないかねえ。
横井さんの残した携帯ハードの構想とか、
飯野賢治が残した変なソフトの構想とかが発掘されたりすると面白いんだけどなあ。
……そういえば、KAKEXUN(カケズン)ってどうなったんだろう?
あとで調べてみるか。

ついでに、このSFC用CD-ROM再生機・プレイステーションとともにリリースが準備されていたというソフト、
『フォルテッサ』のROMも出てきたりしないかな。
そしてプレイアブルな形で、どこかに展示して欲しいものだ。
幻に触れるような不思議な感慨があるに違いない。

……どんなゲームだったんだろうなあ、『フォルテッサ』。
いま見れば大したことのない、良くてもプレステ初期の3Dゲな物なのだろうけど……
それが世に出ることによって、
32bit機時代以降のゲームのあり方はガラリと変わっていたかも知れない。

セガが『バーチャファイター』を出すことは変わっていなかったに違いないけど、
もしかするとナムコがあそこまで(=PS初期にキバってやっていたほど強く・濃いカタチで)
『鉄拳』や『リッジレーサー』を力強く作り込むことはなかったかもしれない。

  だって、
  SFC・メガドライブの16bit機時代以前と、
  32bit機時代以降とで、
  ナムコのコンシューマ領域における存在感ってケタ違いなのだもの。
  若い人は知らないだろうけど。
  そして、より古いゲームセンター時代から、
  よりゲームセンターでのカルチャーに深く触れている人たちにとっても、
  微妙に感覚の違う話かも知れないけど。

  ゲーセン主権時代からゲーセンに重心を置いて居た人たちにとってのナムコは、
  やはり大きなものでしょうからね。
  ファミコンの頃から、コンシューマに軸足を置いたオイサンのような人種にとっては、
  ナムコは、存在感こそ他のサードパーティに比べて大きいは大きい、とはいえ、
  やはりいちサードパーティっていう印象が強いのではないだろうかしら。
  デカいよ? デカいはデカいんだけどね。

  そしてもっと言うなら、
  そんな大きな分岐点がそこに、目の前にあったにも関わらず、
  「でもアンタんとこは、どうせ『バーチャ』出してたでしょw?」って、
  しれっと言われてしまうセガっていうのは、
  やはりセガなんだな、どこまでいってもセガなんだな、
  ぶれないよね、すごいよね! って、素直に感心してしまう自分もいるのです。
  ホントにオンリーワンだわね。さすがだわ。

余談が長くなったけど、マそんな世の中が続いていたら、
任天堂が引き続き覇権を握り続けていた可能性もゼロではなかったというか、
寧ろ今の世界線よりその可能性はよっぽど高かった、と思う。
最大の商売敵であり、次代の覇者となったSONYが存在しない世界なのだもの。

  マそういう関係性になったらなったで、
  なんか変な権利とか特許とかを握って、悪い立ち回りはしてそうだけどさ。
  ソニーさん。

『フォルテッサ』……そんな、存在したかもしれない、歴史の分岐点を……
ひと目、ねえ? 見てみたいじゃない?
どうしよ、ショボいペパルーチョみたいなんだったらw
でもそんな感じなんだろーなー。

マそんなんで、この「幻のプレイステーション発見」のニュースには、
心躍ってしまったつくづくゲームオタクなオイサンだったわけですよ。
……うーん、こういう話を書いてるとつい熱が入ってしまって……
ああ、俺はやっぱりテレビゲームが……据え置きコンシューマゲームの話が好きなんだなって、
つくづく思うわ。
愛おしい。



マそんな感じでヒトツ。
オイサンでした。


 

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