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2015年6月の2件の記事

2015年6月27日 (土)

■BE YOUR TRUE MIND. ~舞台『ペルソナ3 第三部・蒼鉛の結晶』に酔いしれる -更新第989回-

最近受けてる英語のレッスンで例文に、
「彼女は友だちからトモチャンと呼ばれている」

とか出てきた日には、
ぼっち・ザ・オーソリティ、夜空さんの声が頭に響いて授業がサッパリ頭に入ってきません。

オイサンです。

夜空さんはいいぼっちだったなあ……彼女はホンモノのぼっちだった。
救い難かった……。腐ってた。
ぼっちはああでないとなあ。
ちょっと見た目が良すぎるのが玉に瑕だが、マほかがヒド過ぎるからな。
目を瞑ろう。


▼夜空さん名言集

いつ見ても心にしみるぜ痺れるぜ……


それでは皆さんも、どうか良いぼっちライフをお過ごしください。
SEE YOU NEXT ちがうちがう
夜空さんの腐臭の話をしたかったんじゃないんだ。


昨年9月に続き、マイフレンドに誘われて、
舞台『ペルソナ3 -the weird Masquerade-』の第3部「蒼鉛の結晶」を見てきました。

それがですねえ。えー……




めちゃめちゃ面白かったです。






困ったな(何がだ)。

自分でもびっくりするくらい「面白かった」と思っている。
「お前なんかもうチョイ捻くれたコト言えや、言えるやろ」と思いながらも、
その辺ぶっちぎって
「細けえことは良いんだよ!面白かった!!」
と感じていて……ビックリしました。
ヤラレタ。

過去に上演された第一部、第二部ともに劇場で見ていて、
第一部は正直イマイチ、
第二部で随分良くなって素直に面白いと思え、
第三部で円熟! という感じです。
イヤ、すごい。タフだ。



■全体的な感想



終わった時、ものすごいドキドキワクワクしてたんですね。
感想の第一声が、「あー、気持ち良かった」だった。

舞台にいる役者さんたちと同じように声を張り汗をかいたのと同じような錯覚を覚えておったのだと思う。

「面白い」というだけならヨソの物でもワリと感じられる感想なのだけど、
この「気持ち良い」という感想、
全身にまで緊張と解放が伴う感覚は、他ではちょっと味わうことのなかった感覚だった。
自分が実際に参加したとか、体を動かしたとか、
そういうことで得られる類の快感があって……ビックリした。

  あまりやったことはないけど、車とか、
  ゴーカートとかですごいスピード出して走ったとか。
  自転車でもいいや、
  もしかするとジェットコースターなんかの遊園地のアトラクションでもいいのかもしれない。
  それらと似ているであろう快感が全身にどっと押し寄せてきた。
  さすがに汗が噴き出したりはしないけど、それに近い感動と快感。
  否、快感による感動。開放感。

これはもう、役者さんが目の前で躍動するからこそ得られるものなのだろうなと、
無理やり納得したのだけども。
「はー、気持ち良かった」と言える娯楽。
素晴らしかったです。
時間は、約2時間半。
ちょっとお長めだけど、それをそうと感じさせなかった。
いや、お見事。

  取ってもらった席も良かったね。ありがとう、ペ氏。

何によってその良さが構成されていたのか、それについては正直よく分かりません。
強いて言うならば、

 ・お話が分かりやすく、かつテーマとの繋がりがとてもしっかりしていたこと。
  ストーリー全体から見たらそう長くもないパートにも関わらず、
  お芝居一回分を費やして丁寧に描いていたこと。

 ・演出装置(特に舞台装置)がお話のテーマと寄り添ったものになっていたこと。

 ・全体の構成が、見る側のストレスに配慮された疲れにくいものになっており、
  結果、長丁場にも関わらずアタマが最後までフレッシュに働いて、
  楽しむこと・理解しようとすることの助けにもなっていたこと。


なんかが、観劇しながら感じ取れたこと。

  あと、これはもう第一作目から高次元で実現されていたことだけど、
  役者さんと劇中の人物の一体感が素晴らしく、
  現実に引き戻されるようなことが起こりにくかったことも大きな要因。
  まいどまいど、全キャラクターとも、
  本当にゲームから出てきたんじゃないかってくらい、
  声といい、見た目といい、恐ろしい完全に一致加減だったと思う。

お芝居の中身そのもののレベルの高さもさながら、
それを包むガワの部分の質を丁寧に高めてきていた……そんなイメージ。

 ▼ストーリーとテーマ

正直にいうと、今回で完結するものだとばかり思っていた。
こんなにエピソードが残っていると思ってなかった。
マゲーム本編の展開を忘れてたってだけなんだけど……。
けど、4月から始まって1月に終わる期間の10月か11月かあたりまでを
前回までで終わらせていたハズで、
ストーリー的に大きく区切っても、2/3は終わっていたハズだ。

その残り1/3の半分程度を……今回の2時間半を使って描いてきた。
これは意外だった……。
そしてその中身が、主人公たちの絶望からの再出発という、
バトルではない、心情劇の部分だものだから、まあ、丁寧。
そのテーマをじっくりと描いてくれた。

デ特に今回、オイサン自身の気持ちがそのテーマにうまく乗っかれたものだから、
共感深く、興味深く、見られたことも大きかった。

今回のお話では、冒頭で、
指導者であった学校理事長・幾月に裏切られ(というよりも利用されていたことを知り)、
これまで自分たちがしてきた活動が自分たちが求めてきたのとは真反対の結果を生むことを知って、
やってきたことの意味や、これからどうすれば良いのかについて、
特別課外活動部の面々は、苦悩することになります。
お先&お後真っ暗です。



  ……そんな時、どうすればいいだろうか?



舞台の上で煩悶する彼らを眺めながら、オイサン自身はワリと冷静に自分に置き換えて、
「んあー、こんな状況だったら……
 とりあえず自分たちが手に入れられる範囲の情報を集めて、
 そこから考えられる限りのこと考え、
 それを元に手さぐりで進んでいく……しかないよなあ」
と、ワリとさっぱり(勿論他人事だからってのもあるけど)考えていた。

このときの彼らにその指針を照らし合わせるなら、

 ・これまでの活動サイクルから、次の大型シャドウの出現時期を予測する。
 ・未だ現れるタルタロスに登り続けて、行けるところまで行ってみる。


……だろうか。
+αを求めるなら、

 ・幾月の遺した情報の中に使えるものが残ってないか?
 ・美鶴センパイの力で、桐上グループから報を引き出せないか?


くらいかなあ、と。

けれども、それぞれが興奮して、混乱して、分散して、
「特別課外活動部は、しばらく休止にする」と真田センパイが言ったとき、
「あー、いま休みにしちゃうのか。
 先延ばしになってしまうような気がするけど、今は休まないと駄目なのかもなー」
などと思い、
ああそうか、高校生の彼らには、
そういう風に考えて、とりあえず割り切って動く力というのがまだないんだなー、
と考えていた。

そういう風に(他人ごとだとしても)思える自分は、
「彼らの頃の自分よりは、多少は余計に何かを出来る自分」に
なってしまっているのかもしれないなあ。

  真田センパイ・美鶴センパイあたりは、
  あそこまで自分に差し迫ったことでさえなければ、
  そのくらいの判断はきっと出来ると思うのだけど。
  やはり人間、自分のこととなるとどうしても弱いですね。

これはつまり言うなれば、
保護者・幾月の言われるままに進めば良かった時期が終わり、
自分の五感で必要と思えることを拾い集め、考え、進まなければならない段階に入るという……
マ学生時代の終わりとでもいうんでしょうかね、
思春期の終わりと言えばいいんでしょうか。
そういう「区切り」が実に鮮やかに……ちょっとロコツだけど……表されている。
よく出来ている。

けれど逆に、そういう意味では、
ここまで差し迫った時期になって幾月の企みがババーンと暴かれて全員がテンパるよりも、
もう少し手前で幾月のボロに因って企みが漏れ出してしまい、
そこから進むのか? 戻るのか? を主人公たち自身が選び取ることを演出した物語でも、
なお面白くなった……かもしれない。
寧ろそういう、論理・理屈ではない、
道というか、生き方のような決断・判断が必要になったところでは
(後述するけれども、主人公の存在意義がとても薄くなってしまっているこの作品としては)、
主人公の存在意義を打ち出す良い材料になったのではなかろうか。

ちなみに、その中で真っ先に「いま出来ること」を見つけて動き出したのが、
チームの索敵・分析・引っ込み思案担当だった風花だったというのは、
パッと見意外な様でありながら非常に納得のいく、
大変よく出来た部分だな、と思いました。
今回の物語全体を通して、地味ながら、出色の鮮やかな部分だと思う。

物語当初の印象では、性格的にはここで「気がつける」子でありながらも
「踏み出せる」子ではなさそうだったのだけど、
役割として(無自覚だろうけど)、
というエクスキューズが後押ししてそこに手をつけることが出来、
それによって周りがドライブされていった、という図式はとても鮮やかだった。

大魔道士ポップ氏も言っておられましたけど、
「魔法使いってのはパーティの中で一番クールじゃなきゃいけねえんだ」
っていう、あの感じを、このときの風花さんからは感じましたね。
エエ。

  この辺のくだりって、原作のゲームにもあったんだっけか???
  だとしたら、なかなかよく出来たゲームだったんだな、『ペルソナ3』って
  (なんだと思っていたのだ)。

あとでまたちょっと書きますけども、この辺の感じとか、
修学旅行の温泉ではっちゃける感じで、
今回かなり風花嬢にはハートを捕まれましたよ、ええ。

……ただ、ただね。
そのポジションを風花にやられてしまうと、
主人公はますますやることがなくなるよね、このお話w
難しいところではあるけど。
ホント主人公は何のためにいるのか……イマイチ分からない。
ストーリーの大動機の部分と、リョウジ(=ファルロス)がこの人自身だから、
というトコにしか、「ゲームでなくなったこのお話」には不要な気がする。
だからそこを演じなければならない主役二人は、尚のこと大変だろうなあと思う。

演出は、この二人にどういうディレクションを授けてるんだろう???
気にかかる部分。

 ▼緩急の妙味

かつ、このお話の点については上で3番目に上げた「全体の構成が良い」こととも
深くリンクしていたと感じる。

重たくシリアスなパート、
苦悩する特別課外活動部の面々の様子を
観客の心もまだまだ元気な前半でドシンと終わらせておいて、
中盤~終盤のアタマあたりまでは新キャラ登場(こいつがまた軽い・明るい)含めた
軽い日常パートでリラックスさせ、
終盤、またシリアスに寄りつつバトル演出でスピード感高く盛り上げて、
希望に満ちたラストでしめる、という、実に巧妙に練り上げられた構成だった。

一体、どの段階から「第三部はここまででやろう」という話になっていたのか知らないけれども、
これは今回の第三部だけに限らず、『ペルソナ3』というお話全部を全何回でやろう、
それで各部でどのパートをやろう、という作戦が、
全体通してキチンと練られてないと出来ないことだと思うので……
これはもう、トータルコーディネイトをやってた人のお手柄だと思う。
お見事でした。



■Actor's High~役者さんに惹かれる



役者さんが良いのは、第一部から変わらないところ。
ただマ正直なところ、演技の善し悪しについてはオイサンはうまく評価出来ません。
細かいところはワカラヌ。
舞台の演技というのは独特なので(アニメの声芝居もそうだと思うけど)、
お約束ごとが如何に上手に守られているかとか、
感情が最低限、しっかり見る者に伝わってくるか、ということくらいで、
繊細な表現力なんかについては……ちょっとわからない。

しかし見ていて、感心してしまうことはしきり。
特にやはり躍動感、体のキレの部分。

オイサンは1作目以来、順平役の大河元気くんのファンなのですが
(つってもこれ以外見てないけど)、
日常で行うようなアクションを支える一つ一つの数値がデカくて、
あのくらいスムーズに動けるというのは、まあ楽しいだろうなあと思います。

どういうことかと言えば、たとえば、
日常で飛び降りることのある段差は高くても30㎝程度だと思うけど、
それが1mに拡大されてもまだゆとりを持って差し支えなく行えるだとか、
急に走り出して急に停まることが、短い距離で無理なく出来るだとか
そういう「日常の延長にある体の滑らかさ」が感じられて、はーすげえなー、と。

関節の可動域、筋肉の伸縮の限界値が、日常の遙か先にある。

オイサンのする運動は、十何キロも走り続けるとか、腹筋が何回できるとか、
日常から少し離れたところにある決まった型のコトをこなすものなので
それによって日々の細々したことのスムーズさは、目に見えて増すものではない。

日々の暮らしの中のアクションが、ああいう風にふわっと大きく行えたら気持ちが良いだろうな
と、見ていて思うわけです。
憧れる。

  彼らが日常で無意味に大きく動いているであろう、という意味ではないですよ。
  やろうと思えば出来て、
  日常を、いっぱいいっぱいなのではなく、
  可動域にまだまだすごく余裕を残した範囲で暮らしているのだろう、
  くらいの意味です。

  どうやってああいう身体力を獲得して入手してるんだろう?
  と思って、元気くんのブログとかTwitterを見てみたら……
  ……見てみたらものすごいインドア派なのであった……。
  なんだよ、フルスクラッチでペルソナ「ヘルメス」をモデル化するとか……
  すごすぎるじゃねえかよ……
  あとカラダは固いらしい。そうなのか……信じられん。

あと、今回株を上げたのが、風花役の田上真里奈さん。
なんか可愛い。
なんだろうねえ。
1作目からずっと出ていたのを見て来て、
今まで特に何とも思っていなかったはずなんだけど。
なんか今回から異様にかわいらしく見えて来てしまいましたね。
マ今回、キャラの方がやたらとはじけ気味になってきてたからかな。
オイサンの場合、実際の所は「風花役の田上真里奈さん」が可愛いと思っているわけではなく、
「田上真里奈さんが演じる風花」が可愛い、と思っている
のだろう。

マ何にしても……可愛いからいいや。
可愛い。
ホンマにチョロいおっさんやで。

あと、そうだそうだ、
学校の先生役の女優さんの声としゃべりが特徴的で聞き覚えがあり、
誰だっけな、後で調べようと思っていたのだけど、
どうもパフォーマー(ダンサー)さんの一人であったようだ。
松井菜桜子っぽいと思っていたのだけど。
とても印象に残るお芝居でした。
アンケートに書けなかったのでここに書いておく。



■「俺が俺が」ではない脚本・演出



最後に、舞台装置に込められた意図が前回とハッキリ違っていて、
それが分かるのが非常に印象深かった。

第二部と第三部では、キモとして描かれるエピソードの性質が違い、
それによって舞台装置の趣が一変していた

第二部は筋立ての重きがバトルに置かれ、
ペルソナ召喚の演出(舞台上のパネルにペルソナの映像が投射される)が一番ハデに、
映えるような舞台装置設計になっていた。
今回の第三部では、バトル・ペルソナ召喚にはさほど力を注がず投射パネルの大きさやバリエーションは控えめで、
人のお芝居が広く立体的に展開出来るようなものになっていた。

小さな段差、大きな段差、スロープ、落とし穴。

第一回の装置はあまり覚えていないのだけど、
ペルソナ召喚の投射演出を使いこなすのが精一杯、みたいな感じだったと思う。
それが色んなコトに気を回すゆとりが生まれてきていて
お芝居全体のバランスやトータルコーディネイトの質が高まっていると思います。
ハラショー。

当たり前のハナシだけれども、しっかり考えられていますな。



■Closing



オイサンの見に行ったのは最終日の最終回、いわゆる千秋楽だった。
『P3』は主人公が男と女のダブルキャストで、
他にもエリザベス役や半ズボン(名前忘れたw)がダブルキャストだったりするのだけど、
ともかく女主人公、阿澄ンの回だった。

  第一部の公開当初、オイサンは阿澄ンの人気しか知らないから
  「コレ男主人公版と女主人公版で客の入りにすごい差が出るんじゃないか」
  と要らぬ危惧をしていたものですが、
  今となっては他の役者さんの人気なんかも相まって、
  阿澄ン一人のいる・いないで
  客入りが左右されるようなものではなくなっているように思いますね。
  ……どうでもいいけどイゴールは出ないのか……

デそのオーラスで阿澄ンがメインの舞台挨拶があったんだけど、
これがまた面白くてですね。

オーラスということで出てきた男主人公役の役者さんの、
なぜかジャケットに
「これジャケットでしょ? おしゃれねえ……」
といつものおばちゃん調で食いついて、時間が押してると叱られてました。
照れ隠しなのか、ああやってトークを回すテクニックなのかもしれないけど、
変わらない人だねえ。

ラストの歌の、キッカケづくりでこけるとか、
某ラジオの時のフリーダムノリが抜けていないのではないだろうかw

劇中で、ちょっと面白めのアドリブっぽいせりふで笑いを誘っていた
ファルロス・綾時役の役者さんの挨拶が、
思いの外アッサリ・サッパリで、しゃべり方もちょっとぶっきらぼうだったのが
とても意外だった。
ああいうの、なんかイイ感じ。

今回もチケットを取ってくれたマイフレンド・ペ氏は、
他の回ならまだ月光館シート(かぶり付きの良い席)も取れる可能性があったらしいのだけど、
この大千秋楽の舞台トークが聞きたくて、この回に回したらしい。
なんだか彼もいつの間にか、随分とツウな楽しみ方を覚えたなあ。
ほんの何年か前までは、
そりゃゲームこそヘヴィにやるものの、アニメとか声優方面については
一般的な人だと思ったのだが。
何が彼を覚醒させたというの……?

マ何にせよ、良い回・良い席を用意して下さってありがとう。
次回もよろしくです。


 ▼『ペルソナ』シリーズは、プレイヤーの物語である。

デこれは余談なんだけども。
上で書いた、今回のお話ストーリーのキモである、
「これから先、とりあえずどう動いていいか分からない」状態に陥った劇中の彼らを眺め、
「……こうするしか、今はないんじゃん?」
と呟いたアタマの中の自分の言葉が、週明けからの自分の振る舞うべき振る舞いに……
そのままポンと当てはまることに気付いて、ものすごくハッとしたのです。
あ、そうか、そのやり方でイイんじゃん、と。
月曜からはヒトマズそれでいこう、と。

……なんてことを、劇を見ながら考えていたらですね、
シメの挨拶であすみんがいつもの調子で、
「また明日から、みなさん、これで元気になってくれ……たり、するんですかねw?
 えっへっへwwww」
みたいなことを言い出すし、美鶴センパイ役の田野アサミさんからも
「お前たち! また明日から、歩き出す覚悟はあるか!!」
って喝が入るしで、
なんだかもう心の中を見透かされてしまったようで、
ものすごく心に力の入るお言葉が続いた。

思えばそう、PS版の初代『女神異聞録ペルソナ』でも、
ラスボス戦で敵の猛攻に幾度も心が折れそうになるも、
手持ちのアイテムと能力を使い切る覚悟で手を尽くして戦い抜き、
勝った暁にボスから出た言葉が
「あなたたちは……なぜ諦めないの……?」
だったという、背筋に電気が走るような、一体感を感じることが起こったのを思い出す。
……似たようなことが起こるものだな。

『ペルソナ』という作品は、
私にとってきっとどこかで、そういう星の巡りの上にあるものなのだろう。

ペルソナに運命を左右された兄弟たちの、うんめーの歯車がいま、回りはじぇやす!!



……。



マそんな感じで、なかなかに希有な楽しみをいただきました、
今回の舞台『ペルソナ3 -the weird Masquerade-』第3部。

実は今回、入場前に寄贈されたお花を見ていて
「……なんでアトラスからの花があるんだろう? 関係あったっけ?」
などとですね、恐ろしく失礼なことを考えてしまったオイサンなのですよ。
原作元だろ!!

なんかちょっと、原作のゲームにもう一度触れ直したいと思う、
そんな舞台でした。
まだ『ペルソナ3 FES』の方は、買ったきり手をっつけていないので……
コレを機にやろうかしらねえ。
風花たんといちゃいちゃしてえ(そこか)。
前回プレイしたとき、女性系コミュは誰を極めたんだっけなあ……。

ああそうそう、
あと、今回のお舞台は第一部のときと同じ、東京ドームCity内の劇場でやったのですが、
同じ日、お隣のドームでは阿澄さんたちの露払いとして
ジャニーズの、光GENJIだかイモ金トリオだかのリサイタルが開かれていたおったようです。
まあ、ナマミの女性の多いこと多いこと。
なんでしょうねもう、ムンムンとしておりまして、フィレモンって言うんでしょうか、
なんか……やられてしまいましたね。

いや、いい方に。
なんというか、元気が出た。
イヤ、体の一部が変形することの隠語ではなくて、
マこの日はなんか、どっか調子がおかしかったんでしょうね、わたし。
この時点で変にテンションが上がってしまっていました。

或は、お芝居を見るというのでテンションが上がり気味で普段は鈍ってる感覚器がよく働いてしまって、
普段なら感じ取らないような気配まで、うっかり感じ取ってしまっていたのかもしれない。
マなんにせよ、ああいう感じもちょっと久しぶりで、ナカナカ面白かったですね。
ナマミを感じ取る感じ。
新鮮でした。


以上、オイサンがお伝えしました。
 
 
 
 

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2015年6月20日 (土)

■私の興行収入は53億です。~劇場版『ドラゴンボールZ 復活のF』感想 -更新第988回-

そば屋でミニ親子丼セットを頼んだら、
ミニではなくレギュラーサイズの親子丼が出てきてメン喰らいました。
そば屋だけに!

……おあとがよろしいようで(おあとがよろしいとは言ってない)、
オイサンです。


もう2週間も前の話になりますが、
ものすごい気まぐれで南大沢のTOHOシネマズまで映画を見に行ってきた。

タイトルは『ドラゴンボールZ 復活のF』。
日本映画史上稀代の大悪役、フリーザ様が復活なさるっていうんで
もうね、矢も楯もたまらず見に行って参りましたよ!!

▼予告編映像



……っていうんでは、勿論なく。

  だって、だとしたらそのワリには見に行くの遅すぎだろ。
  公開いつだよって話ですよ(4月18日公開開始)。

金曜の晩に、
「あー明日は小諸でも行くかなー。でも起きられる自信もねえなー。
 じゃ鎌倉にするかなー。けど、天気もさほど良くなさそうだしなー。
 他になんかないかなー。
 ……たまには映画とかどうかなー。
 なんかやってたっけなー。
 『ストパン』ってまだやってたっけなー。
 (ネットで調べる)……やってねえなー。
 お、『ドラゴンボール』やってんな。そうか、そういえばフリーザ様復活するとか言ってたな。
 どんなんなってんだろう、気が向いたら行ってみるか」

……みたいな、非常に失礼なノリで、ブラッと気まぐれに。

そんな、映画『DBZ』だったんですけども、
期待ハズレなところもありつつ、意外な面白さを発見できたところもありつつで、
全体的には「チョイ残念」な感じでした。

「娯楽としてスカッと見られて、ああ面白かった、終わり!」
というつもりで見に行ったにも関わらず、
そっちの期待した面ではいまヒトツで、
逆に語りの面白さとか、じんわり残るものの面白さの方が勝っていて、意外性はあった。
意図してそういう作りになっているとも思わないけども。



■映画『ドラゴンボールZ 復活の「F」』感想



この先、ネタバレ上等なので気になる人は見ないように。
まあネタバレしたところでどうこうなるようなお話じゃないけど。
ちなみに、鑑賞劇場は南大沢のTOHOシネマズです。

 ▼あらすじ・キモとオチ

・地球のドラゴンボールを使って甦ったフリーザが
 悟空とトランクスにリターンマッチを仕掛けてくる、というシンプルな話。

  言われてみれば、フリーザ側の人たちはどうして今まで
  ドラゴンボールを使ってフリーザを甦らせようとしなかったんだろう、
  という疑問が今更ながらに湧いてきますな。
  ……マ人徳ってヤツなんでしょう。
  ちなみに今回彼を甦らせざるを得なくなったのは、
  彼がいなくなって指揮官を失ったフリーザの軍団が、
  宇宙のあっちこっちで仕掛けていた戦争の旗色が悪くなり、やむを得ず……という、
  なんだかとても世知辛いというか……ケチくさい理由。

  さらに言うと、フリーザ軍の人たちは地球までやってきて
  ピラフ一味を使いドラゴンボールを集めるのだけど、
  地球が「すげえ危ない場所」扱いされていたのが面白かったw
  けどまあ、そうだわな。自分トコの親分が2回も殺されてる場所ですもんね。
  そらビビるわ。
  あと、ピラフ一味のマイちゃんが可愛かったです。 ← 聞いてない
  ピラフ一味がなんで全員子供になってたのかは知らない。

  尚、フリーザのリベンジ対象の片割れであるトランクスは、
  彼が対人造人間のために未来から来ていた時のことなので、
  今回の時代では既に未来に帰ってしまっておりフリーザに見つけることは出来ず、
  作中でのバトルはフリーザvs悟空・ベジータになります。

・復活フリーザが攻めてきた時点では、悟空とベジータはビルス様のところ
 (多分どこか宇宙の遠いところ)で修行中。
 地球の残存戦力(悟飯・ピッコロ・クリリン・天津飯・亀仙人)ではチョイ勝てない、
 ってところでピンチの演出。
 「だめだ間に合わねえ!」みたいな話だったのに、
 瞬間移動であっさり地球到着。雑w

  ちなみに私はビルス様・ウィスが誰なのか知らなかった。
  調べてみると、前作の映画で出てきた宇宙の破壊神……らしい。
  随分いいキャラクターしてた上に、お話のいいところを持って行ったのは彼らの存在でしたな。
  ビルス様もあとから見物にやってくる。ただし参戦はしない。神様だから。

・フリーザは、復活後にトレーニングして3倍近く強くなっている(戦闘力比)。
 金色になる。

・悟空とベジータがいつの間にかツンデレなライバル関係になっている。
 決して共闘とかしない。
・悟空、タイマンでフリーザを圧倒するも、フリーザの手下に銃で撃たれて大ピンチ。
 仙豆で復活する(ズルイ)。

・追いつめられたフリーザ、地球を普通にぶっ壊す。
 地球、普通にぶっ壊れる。この時点で実質悟空側の負けだろw
 しかしビルス様とウイス(従者)が、
 「地球の美味しいものが食べられなくなるのはガマンならん」
 という理由で、地球崩壊の直前まで時間を戻して、
 悟空がフリーザぶっ飛ばして終わり。

・ヤムチャとチャオズは置いてきた。



大筋は、マこんな感じ。
デ、以下感想。



フリーザ様、普通にトレーニングしちゃうのかよw
何か他に悪役っぽいパワーアップの仕方ないのか。
アンタ、昔は神龍も殺しちゃうくらいのワルだったじゃないですかw
随分丸くなったもんだなw
それこそ、神龍に頼んで増強してもらうとか。

あと、勝負の結末。
コレもうフリーザの勝ちでいいだろwww
悟空側、ズルじゃんwww ウィスさんに全然助けてもらってんじゃんw
フリーザ、試合に負けてるけど勝負には勝ってるw
て言うかもう、宇宙から地球をぶっ壊せば、普通にフリーザ勝てるんじゃん。
真正面からとか考えんなよw

ついでに、
ウイスさんが「時間を戻すのは3分が限界ですから早くしないと」
って言ってたけど、地球があれだけコナゴナになるまで3分かからなかったのかw
うそだろw
跡形もなくなってましたよw

あと亀仙人は、ザコ兵とはいえフリーザの軍隊相手でも結構戦えてるのがすごいなと思った。
一応まだ強いんだな、あの人。

正直な話、
90分あるうちの75分までは、「うーむ、コレはダメだな」と思って見ていた。

お話が雑な感じが否めない。
フリーザは、パワーアップはしているけど、
本気を出した今の悟空には勝てないことが最初から目に見えているからバトルが盛り上がらない。

そもそも「トレーニングしたら3倍くらいは強くなれる」って、
復帰直後に普通に言葉で言っちゃうのが何か興ざめというか……。
言ったモン勝ちみたいに見える。
あとねえ、上でも書いたけど、やっぱり普通にトレーニングをして勝とうとするフリーザが、
なんかすごいケチくさい奴に見えてしまった。
花山薫を見習え。

悟空とベジータが地球不在であることでピンチが演出される場面でも、
その理由に
「ビルス様の住まいが地球から遠すぎて地球の連中の気を見つけられず、
 瞬間移動が使えない。だから間に合わない」
ということが設定されていたにも関わらず、
「地球の全員が気を高める」
という方法であっさり覆されてしまうので、緊張感がぜんぜんない。
「オイ!」
ってなる。

マ『ドラゴンボール』なのでピンチになっても必ずどこかでどうにかなることは分かり切っているのだけど、
それでも最低限「一体どうなるんだろう?」という緊張感は必要だと思うのだが、
制作側がその緊張感をきっちり作り込むことを、放棄してしまっているように見えた。
この程度だったらもう、最初から地球にいたっていいじゃんと思っちゃうのよね。
それならそれでもいいのだけど、
だったら代わりのお楽しみ要素をどこかに置いておいてもらわないと
見る側は肩すかしで終わってしまう。

伏線の張り方は、まあちゃんとしてるんですよ。
悟空の弱点とか、
ビルス様の美味しい物好きと、それによる地球への肩入れ具合とか、
ウィスが時間を戻せるとか。

にしても……本筋が雑

とはいえ、この作品がお話の緻密さを楽しむものではないことは承知している。
じゃあ肝心のバトル要素はどうなんだ? というと、これもまたオソマツだった。

まず見た目が残念。
映画らしい豪華さとか、映画独特の演出がほぼ感じられなくて、
テレビアニメがそのまま大きくなっただけのよう。

また、映画⇔テレビの違いとは関係なく、アニメーションの技術としても今一つパッとしない。
神龍の登場シーンとか、戦闘シーン、フリーザ・悟空のキメのシーンなど、
もっとガツンと心をつかむ迫力があっても良かったと思うのだけど、
どこも押しなべて平板で、ビジュアル的に印象に残ったシーンというのがない。
作画技術というか、動画技術というのか、なんかほら、あるじゃん、
CG化とか、デジタル化とか、色塗りがどうとか、そういうことにとどまらず、
演出論というか演出技法というのか。
構図の取り方だったりレイアウトの仕方だったり、そういうところに新しさが全然ない。
特徴がない。

無論、何でもかんでも新しくすれば良いというワケではなくて
『ドラゴンボール』らしさは失ってはならないのだけど、
『ドラゴンボール』がより『ドラゴンボール』らしくなる、
より『ドラゴンボール』を見せるのに適した見せ方ってきっともっとあると思うのだけど、
そういう新しいものの取り込みや実験が全然進んでないんじゃないだろうか。
原作準拠部分は、原作の画があるのだから逸脱は出来ないけど、
劇場版なんかはもっと独自のらしさを追求してもいいと思うんだけどね。

  マ変にEVOLUTIONしてしまったナニもあるので、
  その辺ナーバスになってしまっているのかも知れないが。

それにしても、昔テレビで見たまんまの『ドラゴンボール』がスクリーンで再現されるのを見て、
「おおおお……え、エエのんかこれで……」
と、ちょっと呆然としてしまった。
昔より若干ダウンしている気さえするが、それはまあ思い出補正含みとしてさっ引く。

マ水戸黄門の演出に文句つける人もいないと思うので、
そういうものとして捉えてしまうのがいいのかもしれないけども……
もう少し悟空の強さやすごさ、フリーザのここが新しくすごくなった、という説得力を、
動画で、画ヂカラで、実感させてもらえると嬉しい。

やってることが昔と変わんないんだもの。
殴りあって、空飛んで、消えて、力が入るとなぜかまわりの石が浮いて、逆に地面はへこんで。
お前らホントにすごくなってんの? って、思っちゃうのよ。
言葉の上では、ゴールデンだとかゴッドだとかついて、色が変わったりしてるんだけど、
せっかく絵があって、しかも動いてもいるのに、そこでの違いが全く分からない。
ド突いても、同じような悲鳴の上げ方、フッ飛び方。
言葉で説明されても、言ったモン勝ちなんですよねえ。

まあそりゃ、無理なんだ、とは思うよ。
元々リクツのある上で動いているお話ではないし、
結局徒手空拳のド突き合いのマンガで
(戦いがあれだけものすごい次元に達して、
飛び道具も持っているのに結局白兵ド突き合いになるっていうね)、
戦闘力50万で戦闘力100万の人を殴ったときと、
戦闘力150万で戦闘力200万の人を殴ったときの差を
絵で表せったって困るのかもしれないけど。

余りのすごさに山が削れたり、何故か地面が凹んだり、岩が浮いたり。
今回はいよいよ本当に地球がカチ割られてましたけど、
帰ってきてからコレの前作の予告編を見ていたら「地球が……いや、銀河が消滅するぞ!」というセリフが出てて
もうどうにも量りようがない。
言ったモン勝ちの世界。
強さ・すごさのインフレというのは、こういうところでも大きな問題になってしまうねえ。

それにしても、せっかくの動画なんだから、
やはり起こっていることのすごさ、見所は、文字通り絵で表現しきってもらいたいと思う。
そういう進歩のなさ、残念さに満ち溢れていました。
マ3D版もあるってところで、2D版だったから魅力半減だったのかもしれませんけれども。
少なくとも2D版は、ってことで。


 ▼人間どもの苦悩

役者さんも大変だと思うのよ。
スーパーサイヤ人とスーパーサイヤ人ゴッドって、
どう違ってどう演じ分ければいいのよ、みたいなこともあり。

果たして中尾隆聖さんは今回「もう一度フリーザを!」と請われ、
実際演じ終わってみて、やりがいを、役者として面白味を感じただろうか。
プロだし、お年もお年だし、
面白い・面白くないでお仕事をする段階はとうに過ぎているのかもしれないけど……
もったいないと思うのよね。
フリーザって、日本では(多分世界でも)かなり有名な部類の名悪役だと思うのですよ。
オイサンが一番ストライクな世代にいたせいもあると思いますが、
フリーザという悪役が、日本のヒーロー史上に残したインパクトというのは、
相当に大きなものであったと感じています。
『ドラゴンボール』が世界的にヒットした作品であるということもあって、
フィクションにおけるある時期における代表的なワルモノであると。

なればこそ、私もその復活を一目見ようと、気まぐれとはいえ劇場にまで足を運んだわけで。
これがフリーザ様復活の巻でなければ、たとえ気まぐれでも、
『ドラゴンボール』の新作映画を見に行こうとは、まあ思わなかったでしょう。

  言い忘れてましたけどオイサン『ドラゴンボール』の映画見るのなんか
  今回が初めてです。
  劇場で、というわけでなく、テレビででも見たことありません。
  バーダックが戦うやつは見たけど、あれはTVスペシャルだよね。
  あ、ただし、今回の話を見て、前作の劇場版『神と神』は見たいと思いました。

そのフリーザ様が、より魅力的に、ではなく、
若干ケチくさくなって戻ってきてしまうことはとても勿体ない。
役者さんにだって、価値ある悪役をやってるんだって実感とか、充実感をもってもらいたいじゃないですか。

まあ、今回は脚本もほとんど鳥山先生だってことで、
原作者がこれでいい、これがいいっつうんだから、
見る者がああだこうだ言ってもイミはないわけですが。

鳥山先生は、脚本家が最初上げてきた、ちょっと鬱々しいシナリオを見て、
「震災後で空気が沈んでいたから、もっとポジティブな話にしたい」
ということで、自ら手を加えて今回のシナリオにしたのだそうだけど。

もう少しフリーザに悪の華があると良かったし、鳥山先生の脚本を最大限ピッカピカに見せる、
動画側の技が投入されてもよかったんではないかなーと思います。
次は、京アニとポリゴンピクチュアズあたりが組んで作れよ。

監督:押井守 制作:ProductionI.Gでもいいよ(それはだめだろ)。



■復権の『B』



そんな、本来『ドラゴンボール』として魅力的であるべき要素とは別に、
なんか妙なところで感心してしまったのが裏に感じられたテーマの様なものだった。
……とはいえ、別にこれは意図して組み込まれたものではない
(鳥山先生の根本に流れる思想のようなものであろう)と思うので、
「いやー、そこまで考えてるのか、すごいな!」というものではない。

お話のオチとしては、上でも書いたように、今回はフリーザの勝ちだとオイサンは思う。

ただそれをひっくり返したのは、ビルス様とウィスさんの食い意地であり、
それを呼び込んだのはブルマの仕掛けたごちそう攻勢だったわけで、
「100年1000年、男どもがムキムキと
 バカみたいな力比べ・知恵くらべで意地を張りあったところで
 そんなモンの行く末は物語の結末には何の意味もなさず、
 最後は女たちの用意したおいしいものがもっていくようにヨノナカってのは出来てるんだぞ」
っていうところに落ち着いたんだなあと、
『ドラゴンボール』の世界もそこに辿り着くんだと考えると、
なんともまあ味わい深い。

おなかがすいただとか、眠いとか。
さすがに今回オイロケはなかったけれども、
そういうことを素直に出せるというのは、「呑気でいられる」っていうことだと思うのですね。

  あああ、でもアレだ、
  今回、ブルマの……脂の乗ったお色気加減はもう、なんか目の毒だったw
  直接的にイヤラシイ描写とかは全然ないんだけど、
  ……なんだろうね、あのにじみ出る色気は。匂い立つようなオンナっぷりは。
  色っぽい。艶っぽい。
  ずるいというか、教育に悪い。教育に良い。
  ベジータをちょっと羨ましく思ってしまったぞ。
  そういう意味では、お色気もちゃんとあったな。

えげつないこと、悪いこと、ずるいこと、
あと、無闇にに頑張らなければならないこと、
そういう押し寄せてくる気分の悪いこと、大変なことを退けるのに汲々として、
悲しいだけの人生を送るのではなくて、
もっと大らかでいいんだぞ、呑気でいいんだぞっていう、とても優しいメッセージを受け取った。
その辺はさすがです。

やっぱりこう、鳥山先生の醸し出す空気の真骨頂というのは、
『Dr.スランプ』とか、同じ『ドラゴンボール』でもスーパーサイヤマン編とか、
あの辺の空気なんだなあと改めて思った次第。

『ドラゴンボール』がヒットしたのにも、
ただ殺伐としたり、友情だの努力だのと暑苦しかったりするバトルものなのではなく、
悟空に代表される大らかさ・呑気さというのが根底にあるから
世界でも広く受け容れられたのだろうなあと思う。

そういう意味で、今回それを象徴していたビルス様とウィスさん、
二人の新キャラクターにはとても魅力を感じていて、
劇場版前作の『神と神』は、いまとても見てみたいと思っている。
鳥山明先生らしいキャラクターだったんじゃないでしょうか。



……とマア、大体こんなとこでね。



面白かったこと、残念だったこと、
久々の『ドラゴンボールZ』を見て感じたことでした。
ハラハラ・ドキドキ・ワクワクこそしなかったけれども、
「ああ、『ドラゴンボール』だなあ」と、終わってみれば納得の一本。

いまこのタイミングでこれを見る機会を得られたのは、
7月から新作のテレビ放映が始まるという中で気分を盛り上げるのには最適だったと思う。
「好きだなあ、この世界」と、なんとなく思い出せた。
コレを見てなかったら7月から見ようとは思わなかったものね。
楽しみが一つ増えました。


▼エンディングテーマ ももいろクローバーZ 「Z」の誓い

なんかこのPV見たらグッときちゃったわ。やっぱこの作品は愛されてんなあ、と思った。
なんで景山ヒロノブ兄さんじゃないんだよ、と思いもしたけど、これはこれで、アリだね。
こういう風に愛が受け継がれていくのを見るのは決して悪い気分じゃない。
Field of Viewって言われたら「えっ」って思うけども。



マそんな感じで一つ……
「オイサンと『ドラゴンボール』って、なんか意外な組み合わせだ」と
TLで言われてしまうようなオイサンですけれども、
……それはなんだろうな、トシを取ったってことなんだろうな、やっぱりw
7月からも楽しみにしていきたいと思うです。



……あとは、アレですね、

 ♪お馬はみんな パッパカ走る 面白いね♪

なんていう童謡がありますが。
別に面白いことはないし、馬の方だって

「あいつらパッパカ走るぜ、面白えwwww」

とか言われて気分いいハズもなく、

「パッパカ走らないお馬だっているんですよ、
 不謹慎ですやめてください!」


とかいうクソリプをフォロー外から投げてくるお馬だっていておかしくないと思う。
挙句の果てには

 ♪ どうしてなのか? ……誰も知らない。 だけど!! ♪

などという……若干ホラーっぽい繋ぎで進んでいく。
ちょっと怖くなってしまいました(何の話だ)、


以上、オイサンでした。
つかもうぜ!


▼おうまはみんな

この歌、「おうまはみんな」ってタイトルなのな。知らなかった(だから何の話だ)
 
 



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