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2014年12月20日 (土)

■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(4) -更新第961回-

 


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    ☆    ☆    ☆
 
 
 
 家に着く頃にはあたりはすっかりたそがれて、玄関の前に立つ
とすり硝子から漏れてくる黄色い光が、ちょっと尾を引くくらい
だった。カラカラパシンと戸を引くと、奥からはテレビの声が聞
こえてくる。ただいまを言ったんだけど反応がない。テレビに夢
中の姉ちゃんには聞こえなかったらしい。再放送のドラマがそん
なに面白いかね。
「ただいまってば」
「あれ? お帰り……早かった……ね?」
 うちの顔と壁の時計を見比べながら、姉ちゃんは複雑な顔をす
る。分かる。一本あとのバスで帰って来たにしては微妙に早いと
思ってるんだろう。バスの時間を把握してたら、その顔になるの
は分かる。
「歩いてきたの?」
「んーにゃ。カズっちゃんに乗っけてもらった」
「そうなんだ。良かったね」
 テレビに映っていたのは、昨日も姉ちゃんが見てたドラマの再
放送だった。今日うちがバスに乗りはぐる原因を作ったやつだ。
話はたぶん先週分だろうけど。おのれ。お前のせいでうちは、ニ
ューヨークスタイルのバーベキュー串にありつけてしまったぞ。
ありがとうございます。
「みんなは?」
 取り残されたうちをどう思ったか気になって聞いてみたけど、
もうテレビの世界に帰った姉ちゃんは、んー? とうちの話なん
かには興味なさそうだ。
「別に、普通だったよ。ほたるがちょっと心配してたかな」
「そっか。れんちょんは」
「何にも」
 さすがだな。
「なんだよ、みんなもっと心配してくれてもいいんじゃないの?
 道に迷って、遭難して飢え死にしてるんじゃないか、とかさ」
「そんなわけないじゃん。大体アンタ、食べられる草とか虫とか、
いっぱい知ってるし」
 姉ちゃんにまでそんな風に言われ、軽トラの荷台で言われたこ
とが、あながちこのみちゃんの個人的な感想でないらしい事実が
じわりともたれ掛かってくる。やっぱうちは、このすり鉢の底み
たいな世界ではそういうキャラなんだろうか。ていうか虫は食べ
ねえよ。ちょっとだけだよ。
 テレビの光と声が少しトーンダウンしたと思ったら、短いニュ
ースと天気予報が挟まった。五分くらいのローカルニュースだけ
ど、それだってうちらの村からは随分遠い、まちの話ばかりお知
らせしてる。
「あした、また雨だね」
 姉ちゃんが残念そうに言うけど、それは相当間抜けな一言だっ
たと思う。確かに天気予報はそう言ってるけど。
「だね。でも、そんなもん……」
 制服のベストを脱いで、うちは人差し指を立ててみせる。どこ
を指したわけでもない、それは別に天井を指してるわけじゃなく
て、今うちらのいる空気に指を突き刺した、そんな意味だ。
「この声聴きゃあ一発で分かるでしょ」
 家の外から響いてくる、ものすごい数のカエルの大合唱だ。う
ちらの周りの空気はいま、すごい勢いでゲコゲコ揺れてた。ゲー
ッ、ゲーッ、ゲーッ、ゲーッ。ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ。
カエルの合唱っていうのはなにか柔らかいでこぼこしたもので外
から家をこすられてるみたいに感じる。家の中にいるとは思えな
いくらい、空気が丸々カエルの声で緑色になってるみたいだった。
「まあね」
 しばらく耳を済ませた後、姉ちゃんは苦笑いした。耳をすませ
なくたって聴こえないわけじゃないけど、やかましすぎて、とい
うか当たり前すぎて、ゲコゲコ成分は意識からとんでるから、一
度それを引き戻さないとカエルが鳴いてることを忘れちゃうんだ
な。うちのただいまが聞こえなかったのも、これのせいもあるの
かも知れん。
 帰ってくるまでの道みちも、カエルの鳴き声はそりゃもうすご
かった。ゲコゲコゲコゲコあんまりうるさくて、車の前が見えな
くなるくらいだったんだから。

 あのあとカズっちゃんは、駄菓子屋の駄菓子屋に……ややこし
いな、つまり加賀山楓さん宅に荷物をおろしに寄って、うちのこ
とも家の近くまで送ってくれた。
 駄菓子屋で「さっきの肉に含まれてる」と押し切られて荷下ろ
しの手伝いまでやらされ、やれやれと車に戻ろうとしたら、なぜ
だかこのみちゃんは車に乗ろうとせず、やっぱりにこにこしたま
まうちらに手を振っていた。
「乗らんの?」
「あたしは、洗い物とかその他もろもろまでひっくるめてバイト
代だから。帰りは、楓ちゃんに送ってもらうからへーき」
「そーなんだ」
 その辺は駄菓子屋とカズっちゃんの間でも話のついてることみ
たいで、このみはあたしがバイクで帰しますんで、と話すのが聞
こえた。結構な重労働バイトだなあ。一体どんなバイト代なんだ
ろう?
 とにもかくにも、駄菓子屋とこのみちゃんに見送られ、晴れて
うちは助手席を奪還することが出来た。駄菓子屋が勝手に下げた
シートがもどかしかったけど、レバーを探すのも面倒くさい。
 そうして走り出すと、シートの位置のせいか、それとも立って
動いて座った拍子にポケットの塩梅が変わったせいなのか、さっ
きの石が太ももにちくちく擦れて仕方がないから手のひらでころ
ころやっていた。
「なんだそれ」
「それって、これ? なんだろうね」
 ひょいと視線を投げてきたカズっちゃんの目は、細すぎてどこ
を見てるか読みとれない。けど多分、うちの手のひらを見てたに
違いなかった。いい加減いきさつを説明するのも億劫で返事もそ
んな風になるけれど、おざなりにしたつもりもなかった。さてさ
て、この石ころをどうしたものか。
「どれ、見せてみ」
「前見てよ」
 想定外の食いつきの良さで片手を差し出してくるから、ベタと
は言え、さすがの夏海ちゃんでもそこは突っ込まざるを得ません
よお姉さん。そうしたらカズっちゃんは「そかそか」といつもの
調子で、わざわざ車を、さして広くもない農道の、あぜ道に半分
突っ込むみたいにしてまで車を停めた。
 そうして、
「ほい」
とドヤ顔(推定)で、年齢よりちょっと年を感じさせる手のひら
を差し出してくるから、そこまでされたら鑑定をお願いするしか
ない。ああ、うん、と曖昧に答えて、石をぽとりと、薄い結婚線
の上に落とした。
 お日様は山際でずいぶんねばってたみたいだけど、車はヘッド
ライト点灯の時間帯にきていた。山ももう緑じゃなく、黒い影の
塊になってる。灯した車内灯に、カズっちゃんが石を透かして眇
め、うちは窓の外を、まぶしい赤のラインにふち取られた黒い山
塊を眺めてた。この瞬間、山はちょっとだけ日蝕の時の太陽みた
いだなって思うことがある。いつだったか、れんちょんはあやと
りで宇宙を作ったことがあったなあ。このみちゃんの言うことを
真に受けるわけじゃないけど、あれを二人で確かめに行くのも面
白いのかも知れんね。
 カエルの声に気付き始めたのはこの辺からだったと思う。この
ときはまだ、静かな中に近くの水路からケロケロ、ころころと聞
こえてきてただけだったから、ああ鳴いてんなーくらいにしか思
っていなかった。
「こ、これは!」
 突然、カズっちゃんが緊迫した声をあげる。
「な、何か分かった!?」
 一応乗っかっておこう。多分小ボケだろうけど
「石だねえ」
「ですよネ」
「ジュンイチと名付けよう」
「却下です」
 がんばった方だ。
 カズっちゃんは仕上げにもうひと睨みして、ほぁーんむ、と分
かったんだか分からないんだか分からない声を上げ、ほいよ、と
特にコメントもなく石をうちに返して寄越すと、車の発進操作の
準備を始めた。これは、分からなかったんだな。ひとつ分かった
ことがあるとすれば、君んちの妹さんのアレなネーミングセンス
が、半分はお前のせいだということだ。
 軽トラが、きゅきゅきゅ、ぶぉん、と馬だってもう少し静かに
発進するよってくらい余分な空気を吐き出してうなりを上げる。
「なんだった?」
「さあてねー」
「はあ」
 何か分かると期待したわけじゃなかったけど、車まで停めてこ
れだけノーリアクションだとさすがに少し、残念なわけでも、腹
が立つわけでもないけど、胸のあたりでぎゅっとなっていた気持
ちを持て余す。自分でもびっくりするくらい乱暴にシートに背中
を預けたうちの頭を、カズっちゃんがポンポンと撫でたのはその
ときだった。
 日の落ちた農道を、車は慎重に走り始めた。カエルの声は、あ
っちの水路から、こちらの溜め池から、はじめはそれぞれソロで
聞こえていたくらいだったんだけど、その声が二匹ずつなり、さ
らに数匹重なり、三分も走る頃には全方位から重なり合って響い
てくるゲコゲコいう声で前が見えなくなるほどだった。家の中と
は桁が違う。
「うはー、うるせえー」
「こりゃまた雨だね。夕焼けもあんなだったし、間違いないかな。
明日、朝晴れててもかさ持ってきなよ」
「あいよー。姉ちゃんの鞄に入れとこ」
「君という奴は……」
 明日と言わず、今すぐ降り始めたって不思議はないし、これだ
けのゲコゲコサウンドに晒されていたら、もう豪雨の中にいるみ
たい錯覚してくる。ほたるんが村に越して来たての頃、雨の夜、
やっぱり今日みたいな大合唱を家で聞いたらしくて「こんなにも
のすごい合唱、聞いたことなかったです。押しつぶされそうでち
ょっぴり怖かったです」って、次の日の学校でそれは嬉しそうに
びっくりしてた。ほたるんは割となんでも嬉しそうに話すからい
いよね。うちがもっとうんと小さかった頃、こんなに大きなカエ
ルの声だったらきっと町まで届くに違いないって思っていたこと
もあったんだけどそんなことは全然なくて、どこまで聞こえるか
とわくわくしながら山まで登ってみたらすぐ聞こえなくなってが
っかりしたっけ。そのあと雨が降り始めて、ずぶ濡れになって随
分怒られた。あのときも兄ちゃんが探しに来てくれたんだったか
な。あのときも思った。この村には全部がある。だからうちらは、
あのお日様が西の山の影に消えてしまったら、もう布団にもぐっ
ちゃって良いんだと思う--。
「一穂お姉さんの、耳より情報のコ~ナ~」
「お、なんすかなんすかお姉さん」
 あしたの雨のことを考えてちょっとぼんやりしていたら、とな
りでなんか始まった。
「だいたいの種類のカエルは、海水に浸かると死んでしまいます」
「げ、そうなの?」
「らしいよ」
 いつもの教室のリズムのまま、うちは言葉を失う。姉ちゃんや
れんちょんがいれば、ここですかさず突っ込みか合いの手が入る
のだけど、うち一人でそれは賄えない。仕方なしに、車内には大
きな気泡みたいな、井戸に投げ込んだ石がチャポンと音を立てる
までの間みたいな間が生まれた。
「耳より情報の~、コ~~ナ~~で~し~た~」
「それのどこが耳寄りなんですかね、お姉さん」
 うちの突っ込みに怯むこともなく、田舎の女教師は満足げなド
ヤ顔を崩さない。姿勢を正面に戻したうちが気になってるのはそ
んなことじゃない。カエルどもの雨を待望する鳴き声は勢いを増
すばかり。うっすら残った日の光とヘッドライトに照らし出され
るのは、ほとんど逃げ場のない、農道という名の生活道路だ。
「カエル、踏んじゃわないかな……」
「うっ」
 ばふんっ、と軽トラのエンジンが変な音を立てて車体に大きめ
の衝撃が走った。うちの言葉で、カズっちゃんが変なアクセルの
踏み方をしちゃったんだろう。こころもちスピードが緩んだけど、
ゆっくり走ったところでカエル諸氏が首尾良くよけてくれるとも
思えないし、踏まれたカエルが軽傷で済むわけでもない。
「きみ、いやなことを言わんでくれるかね」
「ごめん」
 カズっちゃんの訴えも尤もだ。うちは素直に謝って、ぐっとお
尻の穴に覚悟を込めた。だってもうこんなもん、どんな犠牲を払
っても、うちらには進むよりほかに道がないんだもの。
「南無三」
 カズっちゃんはとろとろ運転のまま、ハンドルにかぶりつくみ
たいにしてカエルのステレオ大合唱のトンネルをくぐり抜けてい
く。アマガエル一匹踏んだくらいじゃ、さすがに軽トラの足裏の
感覚は伝わらない。踏んでいないことを祈って、あとは知らない
振りを決め込むだけだ。うわー、あした、ここ通るのやだなー。
もし何か見つけてもれんちょんには知らない振りしよう、うちら
がやったと知れたらどんな目で見られるか分かったもんじゃない。
せめて何か違うことを考えよう。カエル、カエル。海、海。海か。
「海、今年は行けるかな」
「そだねえ。ほたるんもいることだし」
 海に行けるか、行かれずに夏を終えるかは、その年の前半戦を
占う大きな分水嶺だと、そうでもないと他に大きなイベントがな
いからうちは勝手に思ってる。ラジオ体操、お墓参り、みんなで
やる小さな花火に、神社の小さなお祭り。ほたるんの知ってる海
はまた、うちらの知ってるのとは違うんだろうか? 海くらいは
世界に一つなのかも知れない、うちらの海とほたるんの海が同じ
だったらいいのにと、少し思う。うちらよりも全然色々知ってる
くせに、何でもないことですごく嬉しそうに笑う、不思議なほた
るん。寺のじーちゃんとこにスイカを持って一緒にお使いに行か
されたときも、初めて使った井戸の水に、冷たいです、おいしい
です! ってやたら感激してたっけ。こっちが見とれちゃうくら
いだったよ。ほたるんの海を見たら、うちらも帰りたくなくなっ
たりするんだろうな、きっと。

 雨がそんなに心配なのか、姉ちゃんは縁側に出て、庭の向こう
の、生け垣の向こうの、道路の向こうの田んぼの向こうの、一本
桧の丘の西のお隣さんの家の道路の畑の、そのまた向こうの、山
の上の空を見ていた。カエルの声がより一層、古い家の湿った木
でも大きくなって反響した。そうすると雨の気配が部屋にまで忍
んできて、うちと姉ちゃんを包み込んでいくのがうっすら見えた。
姉ちゃんも、何か思いだそうとしてるのかも知れない。
 テレビを消すついでにチャンネルを一回りさせてみたら、なん
だか昨日見そびれたのと同じような、モアイとかピラミッドとか、
地上絵、そんなのの近くで漫才師が漫才をやる番組の宣伝がぴた
りと目に付いて手を止めた。
「それ、昨日の再放送?」
「んー、なんかちがう番組みたい。こういうの流行ってんのかな」
「今日は夏海、好きなの見て良いよ」
 雨戸を閉めながら姉ちゃんは珍しくそんなことを言ってくれる。
ストーンヘンジだっけ、いつ、誰が、何のために作ったのかわか
らない石を無造作に並べたような変な遺跡、そこには宇宙から不
思議な力が集まるとかで、それの力で漫才の面白さを引き上げよ
うって言う番組らしい。うちはもうそれだけでおかしくなって、
声を立てて笑ってしまった。大人ってときどき、子供よりバカな
こと考えつく。
「それ、そんなにウケるとこ?」
「あはははは。ああ、うん、まあ、気が向いたら見るよ。でも姉
ちゃん、見たいのあったら見て良いよ」
「そう?」
 姉ちゃんはうちの笑いのツボが分からなくて呆れ気味だ。笑い
すぎて、姉ちゃんの歪んだ眉毛を涙で滲ませながら、うちは何と
なく、あやとりのとり紐一本で宇宙を再現して見せたときのれん
ちょんのドヤ顔を思い出していた。



    ☆    ☆    ☆



 一日おいて、うちはれんちょんと二人で、駄菓子屋のバーベキ
ューセットを片づけた河原に来てた。例の石をお土産だって言っ
てれんちょんに上げたら思いの外テンションが上がってしまって、
引っ込みがつかなくなっちゃったんだ。
「ほられんちょん、またあったよ」
「おおー! やっぱりなっつんは石見っけの天才なん!」
「……どいつもこいつも」
 人を、使いでのない技のデパートみたいに言いやがって。もし
かして、こういうのを器用貧乏っていうのかな。うちは見つけた
石をれんちょんにやさしく投げ渡して、またちょっと、河原を歩
いてみた。
 昨日はカエルの予報が的中して一日雨だった。それを受けて川
の流れは今日もやっぱりちょっとだけ速い。その前のときみたい
な鉄砲水が出るほどではなかったけれど、外で遊ぶことは出来な
くて、うちらは一日、教室に閉じこめられてた。
 その休み時間、窓から校庭の水たまりを不思議そうに眺めたれ
んちょんが机に戻って例の図鑑を開くのを見て、うちは石のこと
を思い出した。
「そうだ、れんちょんにお土産があったんだった」
「おみやげ? なんなん? なっつん、いつの間に海外旅行行っ
たんな?」
 いや、海外なんて言ってねえよ。国内だよ。てか村内だよ。
「へえ、夏海先輩どこ行かれたんですか?」
「か、海外!?」
 やっぱりほたるんは冷静で、行ったことがあるのか話が具体的
だ。まあ間違ってるんだけど。一番ヤバいのは姉ちゃんだな。な
んで驚いてるんだ。ずっと家に一緒にいただろ。
 あの石は、確かあのあと、手頃な紙っぺらがスカートのポケッ
トから出てきたからそれで包んで鞄にしまい直した筈だった。あ
の紙はなんだったっけ? かーちゃんがお使いの時に寄越すくら
いの丁度いい大きさで助かったんだけど。
 などと、要らないことを考えながら探していたら、覚えていた
とおりの紙に包まれた姿で、石は鞄の底から出てきた。
「ほい」
 包みごと手渡すと、受け取ったれんちょんはもじもじと身をく
ねらせ、上目遣いでうちを見る。なんだ気持ち悪い。
「どしたん」
「あ、開けても、いいのん……?」
「そういう小芝居いいから。どこでおぼえんの」
 誰が教えるか知らないけど駄菓子屋に殺されるぞ。
 包みっていっても、おまんじゅうみたいに紙で覆って、四隅を
合わせてぞんざいにねじってあるだけだ。重さと感触で中身だっ
て大体分かる。もちろん、それが触りなれた石だったらっていう
条件付きだけど。
 がさがさと乱暴に解かれた包みからは、例の石ころがころりと
転がり出る。ごく当たり前に。
「こ、これは……!」
「石、ですか?」
「だねえ」
 年長二人の反応は大体想像の通りだったのだけど、思っていた
よりれんちょんのリアクションが大きい。石を、開いた例の図鑑
の上に置いたまま、眩しそうに、わなわなと身を震わせている。
なんだなんだ、またおかしな小芝居を身につけたな。
「これは……なんか、スペシャルな石なんな! うちには分かる
のん!」
「おお、さすがれんちょん。分かってくれるか!」
「何か特別な石なんですか?」
「んーにゃ、別に。ただ、この辺じゃちょっと見ない石だなって。
アレじゃないかな、こないだの大雨で、山の方から流れてきたん
じゃないのかなって」
 姉ちゃんとほたる、あと遠くの方にいた兄ちゃんは、あー、う
んうん、と普通にそれとなく納得してくれたのだけど、れんちょ
んだけは反応が違った。目を……否、全身をなんだかきらきらと
漲らせて、言葉に詰まっているみたいだった。正直、これは予想
外だ。最悪、れんちょんにも大したリアクションをもらえずにひ
としきり道化を演じることになるかもなーと、そんな風に考えて
いたくらいだった。それをどうしたことか、触ることさえままな
らないという真剣な面もちで石を見つめてて、むしろその期待以
上の反応を持て余す。
「……う」
「う?」
「宇宙なん……?」
「はい?」
「宇宙から落ちてきた石なんな!? 流れ星なん!」
 一瞬、教室の空気が固まった……けど、うちにはすぐ合点が行
った。あれだ、こないだの流星群。幾筋も幾筋も、ほんの数分の
間だったけど絶え間なく光の尾を引いて、ちょうどれんちょんの
図鑑に載ってた星空の連続写真を、ぱっと夜空に開け放ったみた
いな時間がうちらにあった。そのおしまいに訪れた、山のすぐ向
こうに落ちたみたいな一際まぶしいひと雫。れんちょんの、あや
とりよろしく、一本の糸を様々に繋ぎ替えるいろんな余地を残し
た真新しいのうみそは、どこから来たか分からない一風変わった
この見知らぬ石を、あれの関係者だと思ったらしかった。
「そうなんな!? 流れ星なんな!!? 流れ星なーん!!」
「ちょ、ちょっとれんげ」
「れんちゃん、落ち着こう? ね?」
 机をつかんで大興奮、がたがたと揺すっていたかと思ったら、
今度はイスの上に立ち上がって謎のポーズを決めるれんちょんに
二人はちょっと慌ててるけど、灯台みたいになってるれんちょん
を見上げて、うちはケタケタケタと笑ってしまった。さすが、う
ちの相棒はひと味違う。一足飛びに成層圏も突破して、ケチな垣
根なんかどこかへやってしまった。
「あっはっはっは! なるほどなるほど! そうかもね!」
 外は、しとしとと雨。流れ星のかけらを河原へもっと見っけに
行くん! と意気込むれんちょんも、カズっちゃん先生の「危な
いから今日はだめ。明日にしな」という鶴の一声でおとなしくな
らざるを得なかった。いやはや、びっくりだ。
 ところで、ほどいた石の包み紙をれんちょんが投げ捨てたのを
見た兄ちゃんが拾ってくれてたんだけど、なんかショック受けて
たみたいだったな。どうかしたんかな?

 そんなことが昨日あって、ようやく今日、こうやって河原にや
って来た。例の石は、川縁まで寄れば結構簡単に見つかった。水
が冷たくて流れがちょっと速いからあんまりれんちょんを水に近
づけさせて上げられないけど、それでも幾つかは自力で見つける
ことも出来て、すっかりご満悦だ。この調子でいくと、このみち
ゃんの言うがままで癪だけど、次の日曜あたりには山登りになる
気がする。
 ちょっと雨がふるだけで、見たこともないものがこんなに流れ
込んでくるんだな。カエルの大合唱の力も案外侮れないと思った
けど、別にカエルが雨を呼んでるわけじゃないんだよね。なんか
そんな風に見えるけどさ。
「おっと」
 薄べったいゴム靴のそこに変な感触があると思ったら、やっぱ
りまたあの石だった。あの日はもう日が傾いていて気付かなかっ
たけど、こうして明るいお日様の下で見るとこの石は、ギラッと
いうかつるっというか、つんつん尖ったフォルムの縁に妖しい光
を滑らせる。光の角度や強さで色や太さが変わる。もしれんちょ
んの言うことが本当で、これが宇宙から流れ星に乗ってきたのだ
ったら、この光もなにかのメッセージなのかも知れないね。匂い
も、ちょっと変わってるかな。味は……怖いから、さすがに舐め
ないけど。
 その石を手に、うちはなんとなく西の山を見上げた。まだ日は
高い。まだまだ日は高い。まだうちらの時間だ。
「なっつん、また見っけたんなー? これで十個目なーん!」
「だーめー! これはうちの分ー!」
 遠く背中から呼びかけるれんちょんに言って、うちは目一杯、
ちょっと無理なくらいに腰を落として腕を振り、出来る限りのサ
イドスローで石を、川面に向けてほうった。
「おおおっ」
 れんちょんの驚く声が上がったから、きっとそれなりに良い形
で投げられたんだろう。けど、結果は散々。投げる時に体を沈め
すぎたみたいで、石はするする流れる固い水面に弾かれるように
大きく大きく、大きく跳ねて、段数をあまり稼げないまま向こう
岸まで渡り切ってしまった。
「あちゃー」
「いまいちなん……投げ方だけはプロみたいだったん」
「うっさいな、見てろ! 今度はこっちの石で……」
 悔しくなってしまって、うちはもう次の石を探す。握り慣れた、
いつもの丸くて平たいのを探す。
 ぴん、ぴん、ぴん、と、宇宙の不思議なエネルギーでうちらの
川をたった三歩で渡りきったあの石も、カチン、と独特の澄んだ
音を立てて向こう岸で他の石と混じったら、もうどこに行ったか
分からない。あの石の混じった河原は、タイヤで踏んだらどんな
風に鳴るのかな? また今度、知らない誰かがここでバーベキュ
ーをやることがあって、車に乗せて来てもらうことがあったら。
ちょっとだけ気をつけて聞いてみようかねえ。
 
 
 
                    (おしまい)  
 
 
 
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