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2014年12月19日 (金)

■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(3) -更新第960回-

 

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    ☆    ☆    ☆
 
 
 
 通学路を逸れ、カズっちゃんは車を土手の上を走る川沿いの道
に入れた。どこ行くんだ? この先には車が河原へ降りるための
道があって、川遊びとかキャンプとか、バーベキューなんかも出
来る遊び場がある。五分と走らずそこが見えてくると、見覚えの
ある直立した背中が一つと、その脇に座り込んだ影が見えた。そ
のすこし尖った背中が、ゼンマイみたいな車のエンジン音に気付
いてこちらを振り返る。腰まで伸びた、手入れなんかどこへやら
っていう長い金髪は駄菓子屋だ。隣で丸まってる黒髪はこのみち
ゃんかな。駄菓子屋っていうのはカズっちゃん先生の後輩で、そ
の名の通りもう働いてる。駄菓子屋というか、村のなんでも屋さ
んみたいなことをしてるけど、よく成り立ってるなーと思う。こ
のみちゃんは、うちのお隣さん。高三だ。
「先輩、遅いじゃないっすか。どこ行ってたんです?」
 スロープから河原におりた軽トラのタイヤが、まだ石をゴロゴ
ロ踏んで止まらないうちから、駄菓子屋は開口一番、運転席に向
かって待ちくたびれたっぽい調子で言う。どうでもいいけど、う
ちは自動車のタイヤが河原の石を踏む音が好きだ。
「悪い悪い、ちょっとねー」
「どうせ忘れてたんでしょう」
「なにをばかなことをいうんだね君は」
 駄菓子屋は何もかもお見通しだ。それはそうだ、学校からまっ
すぐここへ向かったら、車はうちらが来たのとは反対方向から近
付いてくる筈だもんな。駄菓子屋が背中を向けて立ってたのはそ
のせいで、うちらが行き過ぎて回り道したのはバレバレだ。
「ちーっす」
 助手席から降り立ったうちを見て、駄菓子屋はあからさまにあ
りがたくなさそうな顔をする。
「なんでお前がいるんだ。またなんか悪さしたのか」
「なにをばかなことをいうんだね君は」
「先輩、こいつぶっ飛ばしていいですか」
「ちょ」
 カズっちゃんに許可を求める駄菓子屋のトーンが本気だから、
うちは身構えて距離をとる。その瞬間カズっちゃんは、我が意を
得たりと言わんばかりにこう言った。
「うん、つまりだね、夏海を指導してたら遅くなっちゃって。つ
いでに乗っけてきた」
「んなっ!?」
 言うに事欠いてカズっちゃんは! なんか難しい顔をしてると
思ったら、遅れた上手い言い訳を考えてたのか。……車の中でし
た話を百歩譲って相談事だとするんだったら、まるっきり間違っ
ちゃいない、とは思うけど。
 駄菓子屋がちらりとこちらを見る。ああハイハイ、もう面倒だ。
今さら一つや二つ、駄菓子屋相手に傷が増えたってどうってこと
ない。自然とため息が漏れた。
「……もういいよ、それで」
「分かってるよ。お前も大変だな」
 うちが色んな物を丸飲みにしたのを察して、駄菓子屋はすれ違
いざまにうちの頭をぽんぽん撫でた。さすが、よっぽど長くカズ
っちゃんと付き合ってるだけある。
 そのやりとりがおかしかったのか、このみちゃんがいつものよ
うに、あはは、あははとお日様に吸い込まれるみたいな声で脳天
気に笑った。カズっちゃんと駄菓子屋が、本題とは関係のなさそ
うなとなり近所の話をし出していたから、うちはその笑い声の方
に引き寄せられていった。
「笑いごっちゃないよ」
「やほー夏海ー。災難だねー」
「やほー。まあね。何してんの」
「うん、バイト半分」
 河原にはバーベキューの残り香が仄かに漂ってて、他には釣り
竿やら網やら川遊びの残骸と、紙皿にコップ、ペットボトルや瓶
なんかのゴミをまとめた袋が目についた。なにごとだ? 晩ご飯
も近いこの時間帯、この焼けたお肉とタレの匂いは体に毒だな。
まさかこの二人でこれだけの飲み食いをやらかしたわけでもない
だろう、聞こえてくるカズっちゃんと駄菓子屋の立ち話とこのみ
ちゃんの話をまとめると、町の方から遊びに来た人たちにバーベ
キューセットとか川遊びの諸々を駄菓子屋がお世話して一儲けし
たって話みたいだった。なるへそ。
「ふーん。色々やるんだな」
「たくましいよね」
 このみちゃんの感想もわかるけど、そんなことでも稼ぎになる
んだ、っていうのがうちの正直な感想。隣町の高校を出て、それ
からあとは村に戻って実家の仕事を継ぐというコースも、うちら
の周りを見る限り最近は減ってはいるみたいだけど、ちょっと上
の年齢の人たちを見てるとそう珍しいもんじゃないっぽい。けど
それは、家が山や田んぼを持ってるとかそういう規模の仕事があ
る家の話で、大概は大学にも行って、町の会社に就職するってい
うのがお定まりパターン。駄菓子屋の、実家の商売をそのまま継
ぐっていうのはあんまり見ないケースなんじゃないかと思う。な
んで駄菓子屋がそんなダイナミックな決断を下していまここにい
るのか……そんなこと、正面から訊いたってまともな答えは帰っ
て来ないだろう。けど、なんとなくの答えは想像がついてる。駄
菓子屋はきっと、れんちょんがお嫁に行くまでここから離れない、
離れられない気持ちでいるだけだ。駄菓子屋はれんちょん大好き
だからな。なにか勝手に、将来にまで責任を背負ってる雰囲気さ
えある。お前はれんちょんのなんだ。乳母か。もしかしたらそれ
とは別に、先代の駄菓子屋のばあちゃんとなにか約束でも取り交
わしているのかもしれないけど、その手の話を突っ込んで聞いて
もあまり愉快な結末が待ってるもんじゃないから下手に突っ込ま
ないに限る。
「で、カズっちゃんはその後始末を頼まれて、今日は軽トラ出勤
だったってわけか」
 そうして色々事情がわかり始めると、散らかったゴミがぱちぱ
ちと繋がっていくパズルのピースみたいに見えてくる。
「そーゆーことだ。おら、せっかく来たんだから手伝っていけ。
そこらのゴミ、荷台に積んでくれよ」
 話の終わった駄菓子屋が、手に持った大振りのタッパーでどす
んとうちの後頭部を小突いてくる。なにすんだ。バカになったら
どうすんの。
「やだよ、なんでうちが」
 こんなことでも手伝っておくと、あとあと村の寄り合いで請け
負う仕事がちょっと楽になったり、おかずが一品増えたりする。
このみちゃんの言う「バイト半分」だって、お駄賃に毛が生えた
程度か、聴き古したCDをもらうとかそんな程度のことだと思う。
まあたとえそうだと分かってても、そんなボランティア、うちは
お断りだ。遊び半分で報酬ありのこのみちゃんが目の前にいるの
に、うちだけただ働きなんて納得いかない。
「そう言うと思った。ホレ」
 駄菓子屋が、いまうちを小突いたタッパーをパカッと開けた途
端、周囲のいい匂いが強まった。出てきたのは一本、まだ湯気を
たててる串。それはさながらアーサー王の宝剣のごとき、気高き
オーラを放っている! おおう、ピーマン・肉・シイタケ・エリ
ンギ・肉・タマネギ・肉・ホタテ!
「こ、これは……! 近代バーベキューの父、トーマス・マッコ
イ提唱のニューヨークスタイル、黄金配列! 駄菓子屋、どこで
これを!?」
「お前はマンガの読みすぎだ。これやるから働け」
「……食べ残し? アーサー王の?」
「はあ? なに言ってる。さっき片づける前に、余った材料ちょ
っと焼いたんだよ。どうせ帰ったらすぐ晩メシだからな」
「美味しかったよー」
 ここでもまた、へらっと笑うこのみちゃん。おのれ。目の前に、
あたかもうちの魂をプライドごと貫くべく突き付けられたフェン
シングの切っ先のようなバーベキュー串と、辺りに散乱する浮か
れた遊びの残骸を、うちは何度か見比べた。
「どうした、いらないのか? 食いたくないのか。その、なんだ、
グレコローマンスタイルなんだろ」
 ピーマン、肉、シイタケ、エリンギ、肉、タマネギ、肉、ホタ
テ。最後の以外はきっと、全部この村で種から育ったものばっか
りだろう。タレなんか要らない、ふわふわと漂う草いきれみたい
な匂いに、完全この村メイドのうちの胃袋は逆らえない……。
「分かったよっ」
 乱暴に、駄菓子屋の手から串を奪い取ると、先端のピーマンと
肉をいっぺんに口に入れる。ああもう! 川を眺めながら食べる
バーベキューは、なんでこんなにおいしいんだ!
「このみちゃん、ご飯ない!?」
「さすがにそれはないよー」
「おまえ、やっぱり馬鹿だな。しっかり働けよ」



    ☆    ☆    ☆



「それにしてもさ」
「うん」
 川の水は滔々と音をたててる。今日の音は、うちが知ってるよ
りもちょっとだけ忙しない感じだった。っていうのも、先一昨日、
結構まとまった量の雨が降ったからだ。もっと上流の山の方では、
規模こそ小さいけど鉄砲水も出たらしくって、大人たちの間がほ
んの一瞬騒がしかった。
 空き缶やら紙皿やら、詰め込まれたゴミ袋の隣には釣竿が何本
かと、水遊び、川遊びの道具もまとめて置いてあったけど、川が
こんなじゃ水が冷たくって遊べたもんじゃなかったろうし、魚だ
って釣れたかどうか。うちの感じだと、雨上がりでこのくらいの
流れになると、魚の動きが鈍るんだよね。
「ああ。連中、ほとんどバーベキューだけやって帰ったよ。おか
げでこっちが用意した肉やら野菜やらが余らなくて助かった」
「やっぱね」
 駄菓子屋が、うちの言いたいことを先回りする。まあ普段川遊
びなんかしない人たちにはそんな川の事情なんて分からなくて当
然だ。東京に出て行ったひか姉が帰ってきた最初の休み、「目の
前で電車が出そうになったから慌てて飛び乗ろうとしたんだけど
駅員に止められて! そしたら次が二秒で来た!」ってやたら嬉
しそうに話してたけど、うちらにそんなのが分かりゃしないのと
同じだ。ちょっと喩は違うけど。けどそこ、喜ぶとこか? あと
二秒はさすがにウソだろ。
 川の水は、濁りはなくなってたけどやっぱり普段より速く見え
た。うちは口の中のホタテをまだ咀嚼しながら、適当な大きさの
石を見つけて、サイドスローで水面めがけて投げつけた。石は、
ピッ、ピッ、ピッと水面を蹴り、最後の方は水の上を転がるみた
いになりながら流れに吸い込まれていった。跳ねた段数、合わせ
て八つ。
「いえーい、こころぴょんぴょんっ!」
 自己ベストの十一段には及ばないけどまずまずだ。このみちゃ
んもぱちぱちと小さな拍手をくれた。水切りをやるには水面は穏
やかな方が良いっていう人が多いけど、うちはちょっとくらい流
れが速いときの方がいいと思ってる。なんかこう、弾いてくれそ
うじゃん?
 もう一投いこうと次の石を拾い上げたとき、なんだろ、掌にち
ょっと馴染みのない感じが残った。なにかおかしなものを拾った
かと思ったけどそれは確かに石で、ただ表面のざらつき加減とか、
角の掌に刺さる感じとか、大きさと重さの釣りあいとかが、うち
が今までこの河原で拾ったどの石とも感じが違った。一風変わっ
た石だった。
「おーい、食ったんだったら働いてくれー」
「あいよ、分かったよー」
 そこで駄菓子屋に呼ばれた。食べちゃったもんは仕方ない。

 荷物はもうあらかた分けてまとめられてたから、荷台に上げる
のは大した苦労じゃなかった。ニューヨークスタイルのバーベキ
ュー串一本だったら十分お釣りがくる。「このみちゃんの代は男
手が少ないから、力仕事が大変だ」って、村のお年寄りから言わ
れることがあるけど、そんなに違うものかな?
 お年寄りたちはよく、近い年齢でひとくくりに誰々の代、って
いう言い方をする。うちらと年の近い中で一番の年長がこのみち
ゃんだから、お年寄りから見たらうちらは大体「このみちゃんの
代」になるんだけど、人によってはカズっちゃんや駄菓子屋まで
うちらと同じ代にくくる人もいたりしてまちまちで、どっちにし
ても男はうちの兄ちゃんだけなんだけど、そんなに力仕事に威力
を発揮するタイプでもない。力だけならほたるんの方が強いんじ
ゃないかな。そんな「誰々の代」っていう括られ方が不思議に思
えて、いったい何でそんな風に言うのか聞いてみたこともあった
けど、言う方は言う方でどうしてそんなことに疑問を持つのかが
分からないらしく、なんだか喧嘩になりかけたから諦めた。
 積み込みが終わるとカズっちゃんは再び運転席に陣取り、それ
じゃあうちも、と思ったら、駄菓子屋のやつがちゃっかり助手席
のドアを開けようとしてるから、うちはその安っぽいスタジャン
の背中をつまんで止めた。
「ん、なんだ?」
「なんだじゃないよ。そこはうちの席」
「じゃあ、あたしはどこに乗るんだ」
 うちが何も言わず、親指で背中の荷台を差したら、駄菓子屋は
当たり前のように眉を吊り上げた。
「はあ? なんであたしが!」
「あんたの商売道具でしょうが!」
「お前なあ。お友だちを見ろ、文句も言わず、荷台に乗ってるだ
ろ」
「お友だち?」
「やほー夏海ー。結構楽しいよー?」
 見ると荷台には、なにがそんなに楽しいんだって……うちでも
不思議になるくらい、にこにこ顔のこのみちゃんが体育座りで手
を振っている。
「見ての通り、荷物はバイト頭に任せてる。友達だろ、付き合っ
てやれよ」
 もうこの話は終わったとばかり、固まってしまったうちを無視
して駄菓子屋は助手席に乗り込んだ。もうひと噛みくらい噛みつ
いてやっても良かったんだけど、段ボールやらゴミ袋やらの隣で
嬉しそうにしているこのみちゃんを見ていたら、それも面倒にな
ってしまった。荷台が面白いのも本当だろうし、
「しょうがないな」
どうせ一度はバスにも見放された身だ。うちは後輪に足をかけて、
鉄錆びのざらつく荷台の壁をよっこらしょとまたいだのだった。
いま後ろに誰かいたら、パンツまる見えだったかな。

 車が走り出すと荷台にしっかり座ってるのは思いの外大変で、
最初は前へ転げそうになったり、ブレーキの勢いで頭をぶつけた
りしたけど、背中の方からやってきて前の方へ流れていく風景は
いつもと同じいなか道なのにちょっと新鮮だった。お尻にゴトゴ
ト感じる起伏も初めて走る道みたいで、うちはついうっかり「お
もしれー」と声を上げてしまった。目線が普段より高いせいもあ
るかな。景色が遠くまで見える。
 このみちゃんは、やっぱりただにこにこしながら、まっすぐに
前を……この場合、車から見たら後ろだけど……前を見つめてい
る。いっつも楽しそうなんだよな、この人。なんか、おかしな物
が見えているんじゃないだろうか。
「遊びに来た人たちってどんな感じだったの?」
「うんとねー、楽しそうにしてたよ? みんな働いてる人かなあ。
男の人と女の人が三人ずつ」
「そっか。よくこんなとこまで遊びに来るよね」
「楓ちゃんの、同級生のお友だちなんだって」
「ああ、町に出て行った? なるほど」
 楓ちゃん……ああ、駄菓子屋か。また忘れてた。それを聞いて
合点がいった。やっぱりここへ来るのは、なにかのついでの通り
がかりか、でなければ村の誰かの知り合いの知り合い、そんなも
んだ。こと遊びに関しては、この村で出来ることはよそでだって
いくらでも出来る。川遊びにしたってこの村ならではものがある
わけじゃないから、ここでないとならない理由なんかどこにもな
い。最近はドラマとかアニメで舞台になった場所へ行くのが流行
ってたりするってテレビで言ってたから、そんな場所でもあれば
別だけど聞いたことない。ここにあるものなんか、どこにだって
あるんだ。まあここにいるうちらにはそれで全部だから、そんな
ん関係ないんだけどね。
「そだ。ねえ、さっき河原でなに拾ってたの?」
 突然このみちゃんが、一段高くした声で言う。河原で? うち
が?
「とぼけちゃって。はい、出して出して」
「うわっ?」
 言うが早いか、このみちゃんはうちのスカートのポケットに手
を突っ込んできた。しかもそれが、このみちゃんとは反対側のポ
ケットだったもんだから(目聡いことにこのみちゃんはそんなと
ころまでしっかり覚えてた)、投げ出したうちの膝の上に覆いか
ぶさるみたいにして、無理やりだ。何するにしてもホント強引だ
な。
 そうまでしてうちのポケットから探り当てた獲物に、このみち
ゃんは不思議顔だった。そりゃそうだ。出てきたのがただの石こ
ろだったんだもん。
「なんで、石?」
「んー……さあ」
 うちにだって分からない。多分、さっき水切りの最中に呼びつ
けられて、持ってた石ころをうっかりポケットに入れちゃったん
だ。わざわざそうした理由はうちにだってよく分からん。咄嗟に、
っていうだけだと思う。強いて言うなら、その石のいろんな雰囲
気が、うちの知ってるあの河原の石と違ったから何となくってい
うだけだと思う。それにしたって、こないだの大雨と鉄砲水で普
段表に出ない山肌とか岩肌が削られて、上の方から押し流されて
きただけだろう。うちがれんちょんくらいだったら、キラキラし
たものとか変な形の石とか、持って帰って宝物にするってのもあ
りなんだろうけど、さすがに中一女子がそれじゃあ、色々マニア
ック過ぎるし痛すぎる。
「れんちょんにおみやげかなあ」
 本当にそうなんだ。べつにあの瞬間、河原に捨てて来てたって
全然惜しくなかったはずだし、今でもこのまま荷台に置いて帰ろ
うかなって、ちょっと思ってる。このみちゃんもピンとこないみ
たいで、ふーん、としげしげひと眺めしたら、
「お返しします」
と、くそ丁寧に差し戻してきた。デスヨネ。ここでテンション上
がられたら、うちでもちょっと引くわ。あー、ポケットに入れて
ること忘れないようにしないと、このまま洗濯に出したらまた母
ちゃんに大目玉だな。気を付けよう。
「でもさ、夏海ってそういうこと詳しいよね。いま、村で一番じ
ゃない?」
「はっはっはー。そんなはずないでしょ」
 このみちゃんがしれっと一言、心外なことを口にする。うちを
この年で村一番の物知りばあさんにしてくれる気か。
 そもそもうちが知ってることなんて、所詮誰かから聞いた話ば
っかだもん。そりゃ自分の足で稼いだ情報が無いわけじゃないけ
ど、そんなん役にも立たない与太話がほとんどで、天気の話や食
べ物の話、山や川の話なんかは全部、村の爺ちゃん婆ちゃんから
教えてもらったものだ。
 そう話したら、このみちゃんは首を傾げてちょっと唸った。
「でもそれって、バラバラの人から聞いた話でしょ? それを集
めて持ってるんだったら、やっぱり夏海がいま一番色んな事知っ
てるって思うなー。さっきの石が変わってるかどうかなんて、あ
たしは言われたってピンとこないもん」
「……どうあっても、うちを村の生き字引にしたいみたいだね」
 そりゃあそれでも構わんけどさ。ただ、けど、そんな話は全部、
この村にいてこそ役に立つようなことばっかりだ。ここじゃなき
ゃならない理由のない村の、ここでしか使えない知恵の知恵袋。
それを一体なんて呼んだらいいんだろう? でも、でもさ。
「博物でもやったらいいんじゃないかなー」
「白面の……なに?」
「……は・く・ぶ・つ・が・く。白面の者は民俗学の分野だと思
うよ」
 このみちゃんの言ってることはときどき難しくてイマイチよく
わからんかったけど、なんかそういう、石とか、草とか、そうい
うもののことを専門に扱う勉強も世の中にはあるってことらしい。
そーなんだ。みんな暇だね。
 このみちゃんは三角にたたんだ膝を大事そうに抱えた。案外し
っかりした膝してるな、とうちは思うともなく思う。
「ためしに探してみたら? あの石が、どこから転がってきたの
か。それは地質学とかかも知れないけど」
 上流まで行ったらなにか手掛かりがあるかもよ、とこのみちゃ
んが、山の方を見ながら言う。あの川を遡って行くとしたら、そ
っちじゃなくて、スカンポ寺の向こうになるんだけどね。
「まあ、気が向いたらね」
 そんなうちの流し気味の返事にも、このみちゃんは怯まない。
またもにぱっと笑顔の花を咲かせて、うん、そうしてみなよ、そ
れが良いよと、何が良いのか分からなかったけど、こんな風に笑
われたんじゃ放って置くわけにもいかない気がしてくるから恐ろ
しい。うーん、学校で彼氏とか出来てないのかな? マンガとか
だと、こんな風に笑われたら男の子って大概イチコロなんだけど。
うちのボンクラ兄貴は眼鏡で跳ね返すだろうけどさ。
 がたがた、ごとごと、このみちゃんは田舎の軽トラの荷台に座
ったまま上半身だけうーんと高く伸びをした。一仕事終えた! 
みたいに晴れやかな息を吐いて、
「じゃあ決まりだね。なんか面白いことあったら聞かせてね! 
あ、でも、あんまり危ないことしちゃダメだよ。あと、あたしに
言われて行ったとか、大人には言っちゃダメだからね」
と付け加えることを忘れない……。おねえさん……どこまで本気
なのか、ホントよく分かんないんだよなあ。
 帰りのバスを取り逃したときにはまだまだお昼の場所にいた太
陽が稜線に近付き始めていた。ぐいぐいと、お日様のフチが山を
押す音の聞こえてくる時間帯だ。あのお日様はうちだけのもので、
他の誰のものでもない。けど、村の人たちのものでも、町に住む
人たちのものでもあって、うちもそれはわかってる。毎日ってい
うのはそういう物だと思ってたから、うちがわざわざどこか違う
場所であの夕陽を眺めることはないと、ただ当たり前に思ってた
だけなんだ。ほたるんはびっくりしてたな。「夕陽が大きい!」
って。ビルの何十階だかから見る町に沈む夕陽も、こんなに大き
くはないけどとっても綺麗なんですよ! って目をキラキラさせ
てたっけ。うちはその時、つい「へぇーそうなんだ、見てみたい
ね」って言っちゃったんだけど、実はそれも、そんなに興味があ
るわけじゃなかった。丸きりウソってわけでもないんだけどね。
でもさ、キリないじゃん。ほたるんはその両方を知ってるんだけ
ど、知らずに済むならそれでもいい。そんなにたくさんのお日様
の色を、うちはきちんと心に留めて誉めて上げられる気がしない
んだよね。だってさ、昨日と今日とで、もうこんなに違うんだよ。
自分ちのお日様の色がさ。
 
 
 
    ☆    ☆    ☆
 
  
                         (続)  


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