« ■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(1) -更新第958回- | トップページ | ■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(3) -更新第960回- »

2014年12月15日 (月)

■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(2) -更新第959回-

 
 

 (1) (2) (3) (4) 

 

    ☆    ☆    ☆
 
 
 
 かしゅきゅきゅきゅ、ぶうぉんと、軽トラックがいかにもな唸
りをあげた。そこまで張り切らなくたって、これから載せるもの
はそこまで重たくないんだよ。そう言い聞かせても古い軽トラは
手加減なんか出来ないみたいで、うぉんうぉんうぉんうぉんうぉ
んうぉん、とおもちゃみたいな軽い音で震動しながら白い排気ガ
スを噴き出し続ける。不器用だよなあ。
 軽くよじ登るみたいに高い車高の助手席に乗り込んでベルトを
締める。内装のどこも白っぽく粉を吹いてるみたいなのは、農作
業にかり出されるものの宿命みたいなもんだ。家と畑、ときどき
学校を行き来するためだけにカリカリのチューンを施されたスペ
シャルマシン……それがこいつなのだよ。実を言うと、うちも少
し運転したことがある。いたずらなんかじゃなく、ちゃんと大人
についてもらってね。

「そういえば、昨日、珍しくひかげが電話かけてきたよ」
 走り出して、まだスピードが乗り切らないくらいのところでカ
ズっちゃんがそんな話をし出した。ひか姉……ひかげっていうの
は、カズっちゃんの妹で、れんちょんのお姉さん。うちより三つ
上の高校一年で、東京の学校へ下宿して通ってる。普段向こうか
ら電話してくるなんて滅多にないはずなのに、珍しいな。カズっ
ちゃんが話さないだけかも知れないけど。
「へえ。ひか姉、なんだって?」
「なんか、おなかこわしたんだって」
「そうなんだ。……そんだけ?」
「そんだけ」
 家で、腹痛の時にどんな薬を飲んでいたか聞くために電話して
きたらしい。
「本当はそんなことどうでも良かったんだろねー」
 はっはっはー、とカズっちゃんは笑った。ひか姉はすぐ得意に
なるけど、根が小心者だから心細かったんだろう。らしいといえ
ば、らしい。そんな些細なことで凹むくらいなら、わざわざ遠く
の学校へなんか行かなきゃいいのになと、うちは正直思った。高
校だったら、ここから通えるところもいくつかはあるんだ。
「ひか姉、なんで東京の学校行ったんだっけ?」
「さあ? なんでだっけ……」
 カズっちゃんの答えはいつも明快だ。明快すぎて役に立たない。
興味ないのか。
「理由とか聞かなかったの?」
「こまちゃんといっしょだよ。前々から外に出たいって言ってた
からね。ちゃんとした理屈もなんかあったかもだけど、どのみち
高校から上はここにはないんだし」
 それは、確かにその通り。村にあるのは中学まで……って言っ
ていいのか、うちらの通う分校で無理矢理中学まで教えてるだけ
で、それより上は村の外にしかない。通うことは出来るけど、そ
れ以外の学校を望むんだったらもう、本当に村を出て行くしかな
いんだね。
「同じ出て行くならいっそ思い切り遠くに、ってのはまあ、ある
んじゃないかー?」
 カズっちゃんは、あそーれらったったー、とでたらめな鼻歌ま
じりにハンドルを切る。小石の上を選んで走ってるんじゃないか
っていうくらいに、いつも乗ってるバスと違う、軽トラの小さく
て軽い車体は些細なでこぼこでもガコガコ揺れた。
 そうだった。さっき帰り際に「引き裂かれる恋人ごっこ」なん
かを始めたのも、姉ちゃんが夕べ見たドラマをあんまり良かった
良かったと繰り返すもんだからついからかいたくなって、うちが
主人公、れんちょんがヒロインで、その場面を再現してみたのだ
った。結果、演技にも熱が入り過ぎてうちとれんちょんはバッチ
リ引き裂かれてしまったわけだけど。町へ出て行くヒロインに、
姉ちゃんはやたらと感情移入してた。
「そうなんだよなー。姉ちゃんはなー」
「こまちゃんは、出てって戻ってくるタイプだあねー」
「え、そうなの?」
 カズっちゃんはまた「はっはっはー」と笑ってごまかしたけれ
ど、全然ごまかしになってない。これは相当確信がある時の笑い
だ。顔を覗き込んでもカズっちゃんはそれ以上口を割りそうにな
い。シートベルトに逆らった姿勢をとるのも楽じゃないから、う
ちはまた、誰かのお尻と背中のかたちに合わせてへこんだシート
に無理やり背中を押しつけて、何年後かの出戻った姉ちゃんを思
い浮かべてみた──。

『東京ー? アンタ、あんなとこ行きたいの? あたしも暫くい
たことあるけど、ゴミゴミしてるだけだってー。いいことないよ
ー? あんなのに憧れてるようじゃ、まだまだお子ちゃまだねー』

「あっはっはっは! い、言いそう! 超言いそう!」
 誰にたれてる説教か分からないけど、今と大して変わらない背
丈で言いながら縁側で干し柿をしばる姉ちゃんのビジョンは見て
きたみたいにリアルだった。あんまり可笑しくて、うちはもう堪
え切れずに笑ってしまった。
「何を一人で笑っているんだね君は……」
「いやいやいや……あっはっは、ゴメンゴメン。でもそうだね、
ほんとそうだわ。なんだろね。なんでそこまで外行きたいんだろ」
「夏海は、出て行きたくない派か?」
「そういうわけでもないけどさー……あーおかしい」
 まだお腹がひきつって、涙をがこぼれた。帰って姉ちゃんの顔
見たら吹き出しそうだ。
 空はほんのりオレンジだけど、まだ全然明るい。うちの村は西
側に一番高い山があるから、日が隠れるのは早い方なのだけど、
この時期はまだまだ外で遊んでいられる。太陽は山の頂点からも
離れたところにあるけど、なんだか少し大きく見えた。
「進路ってさ、もうこんな時期に決めにゃならんの?」
「ん?」
 カズっちゃんはまっすぐ進行方向をにらんだまま、ちょっとの
間無言で、うーん、となんだかよく分からない呻き声を漏らす…
…なんだなんだ、ここ、悩むところか?
「夏海。これは秘密なんだが」
「お? お、おう」
 誰にも言わないと約束出来る……? そう念を押され、うちは
息をのみながらでも頷かざるを得なかった。なんだろう、進路指
導って、教育委員会とかでそんなに厳重に決められてることなん
だろうか。カズっちゃんはたっぷりと貯めを作り、ゆっくりと口
を開いた。
「正直、どういうタイミングから始めるモンだったか忘れたから、
兄ちゃんにはこないだてきとーに渡したんだ、進路票」
「おい!」
 人んちの長男、なにカンで指導してくれてんだよ!
 カズっちゃんは、でへへへへとだらしなく頭をかきながらこっ
ちを見る。前、前! ……と叫ぼうかと思ったけど、まっすぐな
田舎道の先にはベコ一頭見あたらなかったからもう突っ込まなか
った。
「いやいやいや、大丈夫だよお。去年もやってるし、こないだチ
ラッと聞いたら、変わってないみたいなこと言ってたし」
 カズっちゃんはヘラヘラ取り繕うけど、大丈夫だろうか? ま
あ兄ちゃんは頭いいから何とでもなるかも知れないけど、うちや
姉ちゃんなんか、油断してると取り返しつかなくなったりしない
かな。……まあ、そのときはそのときで、いいようにするしかな
いけどさ。こっちだって、無きゃ無いでどうにかなるくらいのも
のでしかないんだ。少なくとも、うちに限っては。高校だって入
れなかったら入れなかったで、この村で暮らす分にはきっと大し
た不自由はない。
 けどまあ、いい加減にやられたんじゃたまったもんじゃない。
うちの疑念は晴れない。
「ほんとに大丈夫かなあ。れんちょんからも言ってくれるように
お願いしておこう。『真面目にやれ』って」
「うひー。それは堪忍してもらえませんかね」
「だめです。厳しく叱ってもらいます」
 うちが仰々しくふんぞり返って、カズっちゃんがうなだれる。
一呼吸おいてカズっちゃんが吹き出したから、うちもつられては
っはっはーと声を上げて笑ってしまった。
 ひとしきり冗談をやったらちょっと安心したんだけど、あの紙
っぺら……いつも母ちゃんから渡される買い物のメモくらいの、
兄ちゃんの進路票を見つけたときに思った「またか」っていう気
持ちが、胸に詰まった。
 姉ちゃんはもう、きっといくらか調べたり考えたりし始めてる
のだろうけど、うちにはまだ全然何も知らないから、あれに書か
れてたことが何を示すのか、正直さっぱりピンとこなかった。
何になる気なのかとか、そのためにどこへ行く気なのかとかは、
知ったところでうちには多分あんまり関係のない話なんだろうな、
ということだけよく分かっていた。そもそも頭の出来が違うんだ
し、男だったり、女だったりってのもある。
「眼鏡の兄ちゃん、どっか行っちゃうか気になるって?」
「いや、そうじゃなくってさ」
「ちがうのかよ。気にしてやれよ」
 うちが急に、……柄にもなく、と思ったんだろう、そんなこと
を言い出したもんだから、カズっちゃんも気を回したのかも知れ
ないけど、慣れないことはするもんじゃないね。そんなこと、う
ちはどうでも良くってさ。どうでも良くはないけど、仕方のない
ことだってわかっているつもりだ。
「あ、スカンポだ」
「おお、きみは本当に興味がないんだね」
 助手席の窓にひじを突いた、うちの視線の先にはスカンポなん
かなかったけど、遠くに見えたお寺の屋根の、逆光でほとんどシ
ルエットしか見えない黒いかたまりが、ちょっと前にれんちょん
と二人であの近くを歩いていて見つけた茂みを思い出させてそん
な風に口走らせてた。それ以来二人ではその茂みのことをスカン
ポ茂みって呼んでいた。お寺のそばだからお墓もすぐ近くで、多
分れんちょん一人ではあそこに近付くのはまだちょっと怖いだろ
う。深い緑と、いつでも雨の後みたいな焦げ茶色の木の幹と土と
森の影、あそこの墓地はうちでも時々怖い。知ってる人も入って
るし、うちは直接知らなくても、今はそこに眠っているうちの知
ってた人達のまた知り合い達が入ってるのかと思うと、あそこの
空気は妙にリアルに感じるんだ。そこに詰め込まれた時間を思う
と、それこそ、町に憧れる隙間なんか、うちの心にはないなって
思えてくる。そりゃあ、たまに遊びに行きたいとは思うけどね。
「姉ちゃんはさあ、いーっつもテレビ見ながらさ、町に行きたい
町に行きたい、ここには何もないっていうんだけど、そんなこと
ないよねえ?」
「えあー?」
「ちょ、カズっちゃん起きてる!?」
 その返事があんまりとろけ気味だからうちは怖くなった。けど、
別に寝てたわけではなかったようだ。当たり前だけど。……当た
り前なんだけど、ときどきその当たり前が通用しないから、この
人怖いんだよなあ。
「起きてるよ。あんだって?」
「ここにはなんにもないって話。そんなこと、ないよねえ。全部
あるじゃん」
「全部?」
「そ、全部。町と一緒だよ。……寺のじーちゃん、もう結構トシ
だよねえ」
「じーちゃん? ああ、ご住職? そうね、九十近いはずだね」
「じーちゃん死んじゃったらさあ、そのあとお葬式とかどうすん
の? うちのかーちゃんとか、うちらとか……あ、それ以前にじ
ーちゃん自身の葬式とか! お坊さんも死んだらお葬式やるんだ
よね?」
「本職がやらんでどうするんだ……。そんときゃ息子さんが帰っ
てくるか、隣かそのまた隣の村の寺か、どっかから人が来るでし
ょ。お寺の世界もいろいろ決めごとがあるらしいよ。つながりと
かナワバリとかさ」
「そっか。そうなんだ」
 車がカーブを過ぎてお寺を里山の影へ追いやると、今度は白く
て四角い診療所の建物が、ちょっとだけ道に近いところへ見えて
くる。町から若い先生が来たときは噂になったもんだけど、病気
さえしなけりゃ用なしだし、ここ数年は騒ぎになるほど誰かが大
きな病気をしたなんて噂もとんと聞かない。食えてんのかな?
 そのずっと遠く、山のほんとに裾にある家からは白い煙が上が
っていた。あの辺りになると、ガスは一応通っていても未だに薪
でお風呂を焚いてる家が残ってるから多分その煙だろう。不便そ
うだけど、そういう家には井戸があったりして、それはちょっと
いいなあって思うことはある。まああったって、普段は水道で済
ませちゃうんだろうけどね。けど、かっこいいじゃん? 井戸。
「全部かあ……」
「ちがうかな?」
「全部……全部って、なによ」
「わかんないけど……」
「わかんないんだ。ははは」
 カズっちゃんは笑った。笑われるとは思った。けど、それはあ
たしの本音、うちなりの感触だったから、まあ仕方ないかなくら
いにしか思わない。けど、カズっちゃんは短く笑っただけで、
「そだね」
と、受け止めてくれた。全く同じ考えではないのは分かってるか
ら、それで十分だった。けど、じゃあなんで笑ったんだよ、くそ
う。
 ここには全部ある。ここにある全部が、全部ある。ここにない
ものは、そりゃないんだけどさ。それじゃあダメだって理由が、
うちにはまだ見つからないだけなのかも知れない。
 お日様と山が落とす影が、目の前の一本きりの農道に落ちてい
る。うちらの乗った軽トラは、ただ黙ってその影の中に入ってい
った。
「おっと」
 陰がじわっと一段階濃くなったのと、遠くの十字路の横道から
コープの車が曲がってきて、ボンネットにはねた光が白く景色を
横切ったのが大体同時だった。その光に、間にいた自転車にまた
がった駐在さんがあぶり出され、カズっちゃんは小刻みにハンド
ルを切って、あぜ道の分だけ申し訳程度に広くなった農道の路肩
に車の片足だけを乗せる格好で寄せ、駐在さんの自転車とコープ
の車を、ども、どもーとやり過ごした。駐在さんは、うちが敬礼
して見せたらピッと敬礼を返してくれてノリがいい。まあ向こう
も退屈してるんだろうね。事件があるわけじゃないけれど、面倒
ごとがあるとかり出されてる。お巡りさんっていうよりも、大岡
裁き兼何でも屋みたいなことが大体だ。
 診療所の若先生も今の駐在さんも外から来た人だけど、なんだ
かんだでうちらにはもう、村の中だか外だかって見分けはつかな
いくらい、ここの人になってるなあと思う。
「おんなじだと思うんだよね。ここも町もさ」
「夏海くん、そりゃあいくらなんでも」
「なんて言うのかなー」
 シートに背中を大きく預けたら、一瞬目の中がぼんやりして、
天井全部がはっきりと目に入ったみたいになった。
「おんなじって言うか、あー、そういう毎日もあるよねーって、
そんな感じ。そんなん当たり前じゃん、って思ってたんだよ。う
ちがうちなんだから、そりゃよそはよそであるでしょ、みたいな。
うちんちと、カズっちゃんちだってもう全然違うじゃん」
「そうかい?」
「そうだよ」
「そーかな」
「そーだよ。カズっちゃんちでは、トマトの味噌汁やんないじゃ
ん?」
「あれはないわ」
 起きる時間も、歯を磨くタイミングも、お風呂の入り方も、れ
んちょんを家に呼んだり遊びに行ったりする度に、階段をひとつ
踏み外したみたいにドキッとする。まだほたるんの家へお泊まり
したことはないけど、きっとうちも姉ちゃんもれんちょんも、ど
きどきして寝付けないくらいに違うんじゃないだろうか。ひか姉
が居るとやかましそうだから居ないときを狙ってやろう。兄ちゃ
んは当然留守番。
 けど、そうやってれんちょんの家に泊まって、ちがうご飯、ち
がうお風呂、ちがう布団で眠っても、次の日うちは遅刻もしたし、
宿題もやんなかった。みんなと遊んで、家に帰ったらいつもと同
じ順番でトイレに入ってたし、うちだけじゃない、れんちょんは
うちと同じように大きくなって、今年からは一緒に一緒の学校だ。
見た感じ、使ってるドリルも変わってない。……それがいいのか
どうかは分からないけど。うちと姉ちゃんとれんちょん、それに
ほたるんカズっちゃんに駄菓子屋、きっと若先生も駐在さんも、
住職も。細かいところは色々ちがうけど、食べる寝る、大きくな
る、そんな大筋に違いがあるとは思えない。
「だからなんていうか……同じだなあって。選んだりするもんで
もないなってさ」
「だっはっはっはっはー。そりゃまた、スケールのデカい話だね」
「そーかな……おかしい?」
「おかしかないよ。合ってるよ。ふつーではないけどね」
 カズっちゃんは、とことこと走る軽トラのハンドルをどこかぼ
んやりと握って、バス道とそうでない旧道の分岐で、軽くふっふ
っと左右にリズムをとったあと、ほいさっという掛け声とともに、
旧道の方へ車を向けた。多分、どっちへ進むか考えたんだろう。
この道って歩いててもちょっと考えるんだよね。距離も大して変
わらない、眺めと道幅が違うくらいで、しばらく歩けばまた同じ
通りに合流するからどっちへ行っても変わらず家には帰れるし町
にだって行ける。バス道の方は、ただバスを安全に通すためだけ
に新しく敷かれたんだったと思う。
「ふつーはさ、一回よそへ行ってみて、ようやくそういうのが分
かったりするんだよ」
「ふーん……けどさあ、それもなんか違くない? なんつーかこ
ー、七転八倒というか、粉末弁当っていうか」
「……本末転倒、と言おうとしているね?」
「似たようなもんじゃん」
「大づかみすぎる……。粉末弁当とは……」
 うちの話がよっぽどセンセーショナルだったのか、カズっちゃ
んはハンドルにかじり付いて悩み始めてしまった。よそ見や居眠
りされるよりはましだけど、考えすぎて運転がお留守になられて
も困るな。ちょっとほぐしとくか。
「まあ、何が言いたいかっていうとさ、あんなんでもうちの嫡男
だから、少しは真面目に付き合ってやってよ」
「あいよ。わかってるよお。てか、嫡男の意味分かってる?」
 カズっちゃんの返事がちょっと畏まっていたのは、まださっき
の寸劇の余韻が残っていたからなのか、うちの母ちゃんの顔でも
思い出したのか……それとも、もっと他にまだ、なんか理由があ
んのかはわかんなかった。突っ込みは無視する。
「夏海も、どっか外に出ることがあったら、ついでにれんげも連
れてってやっとくれよー」
「れんちょん? ああ、いいよ。おっけーい」
 カズっちゃんの持ち出した交換条件は奇妙なものだったけど、
そんなの悩むまでもない。れんちょんはうちの大事な相棒だ。う
ちからお願いして借りて行きたいくらいだ。うちがそんなになる
頃、れんちょんがどんな風に大きくなってるかはやっぱりわから
ないけど、お互いどんな曲がり角に差し掛かったときも、曲がる
方向は違っても、きっと似たような曲がり方を選ぶんだろうから
何も困ることはないだろうなって思った。
「随分簡単にオッケイを出すね……。不安になってきた」
「え、なんで? れんちょんでしょ? 問題ないよ。あ、でも」
 リュック一つ背中に背負って村を出ようとするうちらの姿を思
い描いたとき、その後ろを泣きながら恐ろしい形相で迫ってくる
一つの人影がよぎった。長い金髪に、ツンツンつり目のニクイ奴。
「そんなことしたら、駄菓子屋が泣くね」
 駄菓子屋ってのはカズっちゃんの後輩で……名前わすれた。と
にかく、村で駄菓子屋という名の何でも屋をやってる、うちらよ
り随分年上のお姉さんだ。れんちょんがまだ赤ん坊だった頃、カ
ズっちゃんが家を出てたこともあってその代りじゃないけどわり
と頻繁に面倒を見てた。そのせいか、よくなついてる。間違えな
いで欲しいんだけど、駄菓子屋がれんちょんになついてるんだ。
れんちょんが、じゃないぞ。
「楓? ああ、泣かせとけ泣かせとけ。あいつはぼちぼち子離れ
しないとだ」
「わはは。んじゃ、万事解決だね」
 そうだそうだ、駄菓子屋の名前は楓だった。加賀山楓。あのヤ
ンキーくずれにはかわいすぎる名前だと思うけど、案外あのキン
キンに染めた金髪は、楓の木の紅葉を意識してるのかも知れない
な。
「そうそう。だいたい楓は……あ」
 その時、何かを思い出したようなカズっちゃんが急ブレーキを
踏んだ。そうしてまるで、嘘か誠かレーサーだったという二代前
の村長でも乗り移ったみたいに、ハンドル、アクセル、サイドブ
レーキをずばずばっと操ると、軽トラの貧弱なタイヤが傾いでも
のすごい砂煙を巻き上げる。強い遠心力がうちのか弱い体を襲っ
て、窓の柱にしこたま頭をぶつけた、痛い! そうして、あり得
ない勢いで百八十度向きを変えた車は間を置かずに加速して、元
来た道を猛烈な勢いで走り出した。
「か、カズっちゃん! 痛い! 危ない! 逃げちゃダメだ! 
誰か轢いたんだったら、現場に戻ってちゃんと駐在さん呼んで……」
「ちがう、忘れ物。ちょっと急いで戻るよ!」
「忘れ物!?」
「思い出したよ、すべて……! どうして今日、軽トラで学校へ
きたのかも……!」
「どこ行くの、ちょっとカズっちゃん! でもちょっと厨二っぽ
い! かっこいい!」
 
 
 
    ☆    ☆    ☆
 
 
 
                       (続)  


 (1) (2) (3) (4) 



 

|

« ■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(1) -更新第958回- | トップページ | ■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(3) -更新第960回- »

[創作 SS]」カテゴリの記事

アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/55967/58269946

この記事へのトラックバック一覧です: ■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(2) -更新第959回-:

« ■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(1) -更新第958回- | トップページ | ■SS『のんのんびより』 あやとりのソラ、夏海のストーン・ヘンジ(3) -更新第960回- »