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2014年11月24日 (月)

■そこに山があるならお菓子を食べればいいじゃない。[復路] -更新代955回-

こみゅにけ~しょんじゃないよ、プレゼントだよ!
オイサン@夏色チェイサーです。

はい、えーと、ひとりで高尾山登った時のハナシの続き!
下山するところから!

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登りの話とか、装備品の話とか読みたい人はこっち



▲▲△ 下山昇龍覇(くだんのかのぼんのか)~高尾山の本気はここからだ! △△▲



そうして、高尾山頂あたりまで帰り着いたのが10時20分くらい。
小仏城山~高尾山頂が40分だからまずまずのペース。

ここで一旦足を止め、下りのルートについてひと思案。

えー、めっちょ、こみ始めてます。高尾山頂。
人であふれている……!! 待てよ、こんなに人来んの!?
山頂展望台の方まではあがらなかったのだけども、
そこをぐるりととりまく5号路に人がワンサと溢れて座り込んでいる……まじか……。
確かにここまで戻ってくる道程でも、行きに追い抜いたのと比べて2倍3倍くらいの人とすれ違ったけどもだ。
ばかじゃねえの。
このとき、上(山頂展望台)はどうなってたんだろう……。
見とけばよかった。

デ、この混雑具合はヒトゴトではなく、私はこれからこの中を……
恐らくまだまだこれから本格的に上がってくるであろう人波の中、下山せねばならぬ。

先ほどトイレで見た「コース別・下りの混雑具合ガイド」によると
(そんな物が貼ってあるんですよ親切なことに。
 そして見落としのないようにトイレの目につくところに貼ってある念の入れよう。
 素晴らしいユーザインタフェース)、

1号路・4号路はクソみたいに混むらしい。
6号路は……8時から14時は上り専用で、下りに使えない。もうエスカレーターにしちゃえよ……。
となると、選択肢は3号路しかない。

しかし。
私は。
『ディーふらぐ』の円盤特典映像で伊藤静さんと高橋美佳子さんが、
薬王院あたりで食べていた三福団子とやらを食べて帰りたい。
そして薬王院へは……1・4号路を使うしかない。
途中まで3号路で降りられるが、少なくとも薬王院から下は、もう1号路一本だ。

ええい。背に腹は代えられぬ。
とりあえず3号路で降りられるところまではおりて、薬王院から先は、1号路か、
なんならもうリフトかケーブルカーで降りてしまおう。

よしそうしよう……。
そうしよう……。



▲▲△ 高尾を上る、死神の列 △△▲



ここから先は、特に面白い話はない。
3号路を途中まで下り、1号路に合流。
薬王院についた途端……これまでまばらだった人が塊になって蠢いてて驚いた。

え、なに? こんなに人くんの? さっきよりまた全然多いよ!?
今日って盆か正月かなんかなの? こんなに大勢、お寺とか来なくて良くね?

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不徳を働いたために石にされた、高橋美佳子と伊藤静


先ほどまでとのギャップにびびりながらも、お目当ての団子を売っているところを人波をぬって歩く。
ケーブル乗り場にかなり近い地点でようやく見つけたそこは……行列してました。
マジカヨ。団子だぞ! お前ら団子とかそんな好きじゃねえだろ!
『ディーふらぐ』も見てないくせに! ※別に『ディーふらぐ』本編には、団子カンケイないです。

しかしまあ、さほど長い行列でもなし……
たまには休憩がてら、俗人にまじって食べ物の列に並んでみるのも一興か……(えらそう)。
いやあ……こういう、並んで食べ物を買うのって、なんか恥ずかしいですねw
慣れない。
美味しいスイーツの店! とか、テレビで紹介されてたラーメン店! とかに並べる人、
尊敬するわ。

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そしてこちらが、10分ほど並んで手に入れたそのお団子。
伊藤静さん・高橋美佳子さんも絶賛の、あの!
……大して美味しいってわけでもないな……。
……いや、うん。

これだったらね、多分、あなたの町の近所のさびれた商店街にきっと一軒はあるであろう、
むかしっからおばあちゃんがやってる和菓子屋さんのお団子・おまんじゅうの方が美味しいと思いますよ。
多分。

  なぜかあるよね。うちの近所にも心当たりだけで3軒くらいあるわ。
  成り立ってんのかな? と思うんだけど、潰れもしないのね。

まずくはないけど。気分を味わう物だなコレは。
ありがたいありがたい。

 ●リフト・ケーブルカー●

そうやって、足を止めてお団子なんかいただいておると、存外自分が披露していることの自覚が湧いてくる。
腰が痛まっていることに気付いてしまった。
道に人もやたらと増えてきたし、ぼちぼち飽きてきたので帰りは文明の利器の力を借りようか……
そんな弱気が心に差した矢先、見えてきたリフト乗り場は……
これまた大行列。デスヨネ。

  ああもう! いちいちめんどくさい!
  薬王院に奉られし薬師如来、飯縄権現よ! この者たちを滅ぼしたまえ!  ← 無茶言うな

1号路・下りコースの案内板には「高尾山口駅まで40分」。
ええい、乗りかかった舟、否、下りかかった山だ。
毒を食らわば皿まで、団子を食らわば串まで。


▲▲△ ここは地獄の一号路 △△▲


……あのね。
1号路をなめてました。
「舗装されてて、一番メジャーだから、一番やさしい」とか言ってすみませんでした。

    

大衆を一度に殺すための罠だったのですね!!

ものすごかったです。
斜度十数パーセントはあろうかという坂が、つづら折りに折りに折れて、
何度も何度も、何度も何度も折れて折れて、延々1時間も続く。

そうしてそこへ押し寄せる、人また人!

眺めに変化がないし、足もとも単調だし、前を見ても後ろを見ても人だし、
登り切った! と思ったらまた登る! の繰り返し。
まさにこれが地獄か、と言わんばかりの光景。

  一つ登っては母のため!
  二つ登っては父のため!
  これはクリリンの分! あんなハゲのために登ってられるか!

そもそもあの斜度はなんだよ、設計ミスだろ。
……まあ、もともとが観光地ではなく修験のための山なわけですから、
キツくて当然、地獄上等の仕様なんだろうけども。
並大抵の自動車はひっくり返るんじゃないでしょうか。
観光地化に際して、苦肉のケーブルカー・リフト設置だったんだろうなあ。

そんな風に思いながら、押し寄せる死神の列を横目に下り終えると……
うわあ!!

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どうやら俺は……降りる登山口を間違えて、舞浜に出てしまったらしい。
リフト、ケーブルカー、40分待ちの行列。
俺の高尾山がこんなに大繁盛なわけがない。
ソンナキビシクシナイデ。

呆然とするオイサンの耳に、またしても信じられないアナウンスが!!

 「リフト、ケーブルカーはただいま40分待ちでございます!
  ただ今一番早いのは、右手、登山道からご自分の足で登ることです!
  登りは右手の登山道からです!
  ただいま、リフト、ケーブルカーは40分待ちでございます!!」

貴様か! 貴様が罪のないご家族連れを、
あの登坂地獄へ次々に送り込んでいたのか!!
トシとったクリリンみたいなナリしやがって!



案内員「ケーッケッケッケッケッケェー!

  ロクに調べもせずに、

  のこのこやって来る奴らがマヌケなのさぁーッ!!」






いや、まあ、そうなんだけど。






ていうか、高尾山の案内員さんはこんなこと言ってねえよ。
まあ、6号路・稲荷山コースは、それなりの靴と装備をしてないと危ないから
イキオイここから勧められるのは1号路しかないんだけどさ……。

にしても……。

リフトやケーブルをアテにしてのほほんと山登りを楽しみに来たカップルやご家族連れを、
予備知識もなくあの登坂地獄に送り込むのはどうかと思うよ……。


▲▲△ Closing~山と、景色と、写真と △△▲


マそんな感じの高尾山。

最後の最後に山登りビジネスの闇を垣間見た思いで、
麓の喫茶店でコーヒー一杯分の休憩をとり、おとなしく京王線で帰宅の途についたのでした。

総時間、約5時間。
眺めも決して悪くはなかったし、良かったと思います。
世で言われる通り、山登りをするつもりで訪れるには、かなり手軽な山だったと思います。
朝ジョグ代わりの運動にはなったか、という程度。

当初の目的である、自分の体力との兼ね合いも、
これしきではバテやせぬということが分かったので安心。
……マ1号路は登りたくないし、
ほかのコースだとしても、朝8時以降のスタートはご遠慮したいと思うけど。

周辺の山岳地図もせっかく買ったことだし、
次回は陣馬山とか、城山小仏から分岐するようなルートも、
ざくざくと歩いてみたい所存。

にしても、今回行ったところ、城山・小仏くらいまでだとちょっと手軽すぎて有難味が薄いというか……
山に登る、その充実感というか……「下山する」ことにかかるストレスに見合うかと言われたら、
ちょっと物足りなかった。

自分の場合、「下山する」のって、もうものすごいメンドクサイ。
登るのが楽しいのであって、下りはそれに仕方なく伴う行為でしかない。
目的地に達して、一休みして、イザ「さあ帰るか」っていうこの時が、
もっとも
「なぜ山に登るのか?」
という山ノボラーにとっての永遠のテーゼに満たされる瞬間だ。

  他の人たちはどうなんだろ。
  「下りが楽しくて、下るの目的に仕方なく登ってるぜ!」って人、そこまでじゃなくても
  「下るのも登りと同じくらいワクワクする」って人いるかな。


……なぜ、山に登るのか?


「そこに山があるから登るのだ」とは、かの有名なガガーリンの言葉です。

「それでも地球は青いのに回っている! 1%の才能と、99%の努力で!
 安西先生、山に登りたいです!」
             (「本当は怖い中年の美学」ニーチェ著)

いやあ、三井は良い友人を持ちましたよね。
私にもポップの様な友人が欲しいです。
……何の話でしたっけ?
そうそう、早く『冒険王ビィト』の連載が再開しないかって話でした。ちがいますね。

……いや、ホント、山登りって、何しにくるんだろう?
確かに、掛け値なしに楽しいんだけども。

町へも、無意味にフラッと出掛けて、特に何があるでもなくゴハンだけ食べて帰ってくる、
ということは往々にして起こるから……それと、さして変わらん様な気がいたします。
ウインドウショッピングみたいなもんで。
あれと大して変わらん気がするな。暇つぶし。
町に出るか、山に行くか、その違いでしかなく。

  ところで、ウインドウショッピングって言葉は今でも普通に使えるのだろうか? オッサンだけか。
  ちなみにこのウィンドウショッピング、
  ジャパンオンリーの恥ずかしい和製英語かと思ってたらフツーに英語でもある言葉のようですな。
  マジかよ。

女性は、町に行こうが山へ行こうが、「家とは違う、何らかの大がかりな身支度」が必要になるわけで、
それが町向けのオサレとお化粧なのか、山へ向けた荷造りなのかの違いでしかないわけで、
面倒なことには変わりがない気がする。

男性は、フツーに町へ行く分にはほぼ何の支度も要らないので、
イザ山へ行くとなると格段に面倒が増すため山は町より随分とトクベツ感がありますが。

勿論、冬山に登るとか、常により難度の高い、装備や技術、知識を要する登山に挑んでいる人たちは
まったく意味合いが異なるけども。

私には単純に「山に登れる人はカッチョイイな」という思いがある。
山に登れるというよりは、山で暮らせる人、
動植物、地理、鉱物、気象のことを知っていて、その中で無理なく暮らせる人。
あー、強いな、と感じてしまうので、
それにちょっと近づいたり、齧ったりする気分で、山に足を踏み入れている。

厳しい環境に身を置くことがカッコイイわけではなく、
「お天道様には逆らえないことをよく知っていて、
 無理なく逆らわず、そこに身を置くことができること」
がカッコイイなという価値観。
あとはまあ、なんかあった時に、自分で食べるものを取って来られたり、
休む場所を安全に設えることができるところなんかが、やはり強い・カッコイイと感じる。

あとは……最近では写真だなあ。
何か綺麗なものが撮れるかもしれない、という期待。
マそれは、本末転倒なのかもしれないけど。
カメラはそこにある綺麗の物を記録するためであって、
綺麗であることを期待したり、それをでっちあげるのは、少なくとも自分の目的には一致しないだろう。

  ●○時間と空間への●○

思えば、写真を撮るとか、風景をこうして文字に残すとかいう行為は、
自分にとっては、空間や時間、つまり季節や風景との関わりあいの持ち方の一つのカタチなんだなーと
改めて思った。

どうという話でもないのだけども、
自分は常々、実家の母に多少外に出るきっかけを持ってもらいたいと思っている。
別に病気とかいうんでないのでご心配なさらぬよう。
ただの出不精なのだけど、運動不足なので、激しい運動をしろとは言わないから、
せめて外を出歩くくらいにはなってくれたらいいなあ、くらいのことだ。

  何か刺激を受ければぼけたりもしにくくなるのだろうし。

美味しい物を食べたり、きれいな景色や物を見るのは好きな人だから、
いくらかお出かけをして写真を撮ることを趣味に出来たりしないものかな、と考えてみた。

……けれども、マおそらく写真を撮る行為の面倒くささの方がまさってしまうだろうし、
そもそも写真に撮って残すことに、さほどの執着はないだろうという結論に至った。

景色や空気、その時その場に存在するものが、
そのときに自分の中を、上を、通過していくだけで十分な種類の人なんだろう。
それらと「接触する」こと……「かかわりあいを持つ」ことには、あまり興味がない。

それに引き替え自分は、
なんとか、その瞬間の間隔を取り込んで、捕まえて残しておきたい、
という欲が出て来てしまうタチの人なので、
それらとの接触や、かかわりあいを持つことを我慢できない。

接触はすなわち衝突であるし、摩擦がゼロではありえないわけで、
接触を試みた時点で、その対象にはやはり、どうしてもなんらかの変容が生じる。
色は変わるし、形は削れたりゆがんだり、熱で溶けたりする。
自分が取り込んだそれは、自分の上を、中を、通過しようとしたそれそのものとは、
なにかが、どこがか、違ったものにならざるを得ない。

  その世界を自分の物にしたい、という意識が生じた時点で、
  その世界はありのままではなくなっている、という視点だ。

そしてまた、その時空間に存在する全部を取り込むことはどうしたって出来ないから、
手に入れたはずの物は削れてこそげて、自分で見てみてもやはり物足りないと感じてしまうにいたる。
それは部分、サンプリングにしかすぎないワケで。
勿論サンプリングのしようで、少なくとも手に入れたいと思った部分だけを
過不足無く綺麗に持ち帰ることは、可能なのだと思うが。

母のような人たちは、何かが零れ落ちた「それ」は、欲しいと思わないのだろう。
こぼしながら拾うくらいなら、「全部」が通り過ぎていくその感覚だけでいい……
その気持ちは、とてもよく分かる。

母がそんなことを考えて意図的にそうしているとは思わないけども、
なんとなく感じ取って(或いは過去の経験から)そうしているのだろうなあ、と思う。

随分前の記事でちょっと書いたけども……
『封神演義』で妲己の言った、「私は世界と一つになりたい」という言葉、
アレの気持ちが分かる、というのは、そういう感覚に近い。

その取りこぼしを少しでも減らしたくて、道具を立派に持ち替えてみたり、するわけで。
20万円出してカメラ買ったりね。
するわけです。
少なくとも私は。


なんだか毎度のごと、メンドクサイ話になってきてしまったけれども、
そんな風に自分を見つめなおす時間としても有益なのかもしれませぬ。

山。

次回は……また高尾山周辺の山に向かうか、
ここなちゃんの足跡をたどって、三つ峠へ向かうのも良いかと。

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ほなまた。
ここなちゃんよく聞けよ、山男には惚れるなよ。
日笠陽子は好きにしていいぞ。


オイサンでした。


 

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