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2014年8月の7件の記事

2014年8月24日 (日)

■美しさのかなしさの理由~終・幻の野水の桜を追え!! -更新第945回-

2014年の盆休み。
地元・奈良の友人とひなびた時間を楽しんだ後は……
ヒャッハァー!!

大都会・東京へ戻ってきてこっちのイカレた連中とぶちかますぜいぇーい!
っていう、残り二日。

やろうども、ド派手にいくぜえ!



●○● 8月16日 ○●○

この日は朝から、アラフォー人里避難会議。

小諸好き仲間のテラジさんが、夏休みのアタマにまた!!小諸へ出掛けるときいて、
「テメエ抜け駆けは許さねえ。ストロベリーグラッセを買ってこい下さい」
とお願いしておいたので、その受け取りついでにお茶しに行ってきた。
心ぴょんぴょん。
そのさらについでで、ちょっとどこかヒト気のないところへドライブしましょう、となった。


  「桜の咲いてない桜の名所へ行ってみるっていうのはどうですかね」


素晴らしい着眼点です。なに考えてんだ。近々死ぬのか。

それは冗談ですが、どうしてまあこの人たちはこう、ヒト気のない方へない方へ向かうんでしょうね。
あるときどちらかにフと魔がさして、ころしてうめたりしても分かりやしません。
そんでまた、集合時間が8時で、夕方4時には帰るとか。
子どもか。
子どもだってもうちょっと遅くに集まってもうちょっと遅くまで遊ぶよ。
つまり明るい時間にしか活動しないのでころしてうめたりできません! あんしん!
まあその辺は、盆休みもおしまい直前の土曜日だもんで、
ヘタに遠出して遅くなると地獄の渋滞に巻き込まれかねない、という都合もあるんだけども。

マそんなこんなもありつつ、
大量の人間を呑み込んでゆくよみうりランドを尻目に、
テラジさんおすすめの、野水なる(桜の咲いてない)桜の名所へ。

目的地に近いパースーマユエツにジェントル号を超時空停泊させ、野川のほとりへ向かいます。
空には濃い灰色の雲がモクモクと湧き始めている。
オッケイ、何故だ。予報ではカンカン照りだったはずだが。

ハイ着いた、ここが目的地です。

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何もなさ過ぎて、一瞬目的を見失いそうになる。
目的地に何もないのに、果たして目的などあるのか。
ホントにこう……ただの道ばたが好きだな、俺たちは。
もしこの時お巡りさんがやってきて、
「君たち、ここで何をしているのかね」
と質問されたら返答に窮してしまいそうです。
次回からは、ウソでもいいからそれらしい理由を考えておくことにしよう。

  またこの時、オイサンが
  「……『野水のさくら』って、声優の野水さくらさんとなんか関係あるんすかね」
  と口にしてテラジさんが一瞬「おっ?」という顔をなさる一幕があったんですが、
  よく考えたらコレ、完全に野水伊織さんと野川さくらさんが混ざってますね。
  仕方のないいい加減なオッサンだなwww
  けれどもその勘もあながち間違ってなく、野川さくらさんの芸名は、
  ここからほど近い調布の「野川公園の桜」が好きでつけた名前(wikipedia調べ)なのだそうで。
  やるじゃん(なにがだ)
  ……と思ったら、野川さん昨年から活動休止してるじゃないか。
  知らなんだ。『ストライクウィッチーズ』のOVA、エーリカどうすんだろ。
  閑話休題。
  あ、野水伊織さんも大好きです。『これゾン』3期、やらないんですかね。しゃあなしだ!

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ところで前回書いたように、
この前日、オイサンは潰れた遊園地と潰れた釣り堀を眺めて心を落ち着けておりました
(どれだけヒト気のないところが好きなんだよ)。
その潰れた遊園地は『ならドリームランド』といいましたが、テラジさんのいうことには

「新潟にも、『野積ドリームランド』というのがあったんですが、
   潰れましたwww」


と言っていた。オウフ。
夢は、潰える宿命なのか。 
逆襲へ。ドリームキャスト。

  ▼廃墟検索地図 日本・遊園地・テーマパーク
   http://haikyo.crap.jp/ck/366.html
   ここによると、横浜ドリームランドもつぶれてますね。


ちなみにこの日のテラジさんはさばサンドバンダナに合わせて
Tシャツ・シューズとも目に鮮やかなブルーでした。
カッコイイ。
青背のアラフォー。長時間日光にさらすと腐ります。

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……以上、野水の桜の名所からおとどけしました。




イヤ、ほんとにこれでおしまいだよ。
「え? 何しに行ったの?」
って言われても、上に書いたそのままのことをしに行ったんだよ。

この場所には1時間もいなかった筈ですが、
オイサン的には2時間くらいいても(水分が足りてれば)多分平気です。

テラジさんも、最初これでオイサンが退屈しなかったのかちょっと気にしていた風でもあったんだけど、
オイサンはもうこれで全然オッケーで、なんでしょうねえ、無茶苦茶楽しかったです。
楽しみの質が質なので、「ヒャッハァー!」となりはしませんけども、
ここで過ごした時間に見合った以上の喜びを感じて……
よーするに、「こころがとても満たされていた」。

それはあくまでも静かで穏やかなことなので、
「人と遊んで楽しい」「面白い」「盛り上がる」というのとはまたイメージが異なるかも知れませんが、
大変に満足の行く時間を過ごしたということです。

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この野川というのをとても気に入ってしまったので、
近いうちに一人でぶらぶら、流域を散歩してみたいなあと画策中です。

やはり人をお誘いして、想定していたとはいえあまりに何もないと
「大丈夫かな、退屈してないかな」と不安に駆られることはあると思いますけども、
オイサンはもうホントこのくらい序の口ですし、
こちらでももうすっかりテラジサンを「こういうんでも大丈夫な人!」と認識してますんで、
以後、よりエクストリームな方向へ進んでいくと思います。

  大体こう……北海道まで行って何をしているかといえば、
  これと似たようなことをしているワケですから。
  楽しそうに、阿寒湖に行ったとか、宗谷岬に行ったとか、書きますけど、
  よく読んでみて下さい、オジサンが勝手に嬉しそうなだけで、
  そこでは何も起こっていませんからね?

うーん、このアラフォーとえりも岬とか霧多布とか行ったら
それこそ戻って来られなくなりそうだなあ。

……えりもとか、スゲエからな!
何もないだけじゃ飽きたらず、そこにある筈の物まで無かったりしますからね。
稚内よりもよっぽど何もない、えりも。
無か。
エクスデスもビックリです。

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左:霧多布 右:えりも



……。



ば、バカにするなよ!
別に我々だって、年がら年中鄙びてるばかりじゃな、ないんだからね!
クルマの中じゃ、そりゃあもうファンキーでポップな話題で盛り上がったんじゃぜ?

KONAMIのバブルシステム基板の起動音が大好きで、
リアル厨二の頃は朝イチからゲーセンに駆け込んでそれを聴き、
ワンコインだけグラディウスやって帰ってたとか、
ワンダースワンの起動音が大好きで、
秋葉で『ロマサガ』つきのスワンクリスタルを見つけて500円で買って帰った、
今でも起床時の「じゃきん」はあの音をリスペクトしてるだとか、
そりゃもうね、なんだその、地味な話ですね。

▼バブルシステム 起動

しかしまあ、この起動BGMからして既に物悲しいですね。


▼ワンダースワン 起動音



あとそのバブルシステムの思い出話を聞きながら、
「ああそうか、『ヤマモトヨーコ』に出てくるバブルボードシステムの由来はそっちか」
とひそかに考えてたのは秘密だ。

  『ヤマモト・ヨーコ』はそーゆーネタの宝庫ですからね。
  CPS(クロノスプレインシステム)とか、エヴァブラックMODEL3とか。
  マ宝庫っていうか、そこから始まってるマンガだからなアレは(マンガ呼ばわり)。

その後、テラジさんが新しく開拓したコーヒー屋さん近くのお店でご飯を食べ、
コーヒー屋さんでしばらく悪巧みをして、解散。
ィッヒッヒッヒッヒ。 ← 悪いカオ

マこの二人が多少悪いことを考えたところで、
お婆さんが笑顔になったり、女子中学生が頬を赤らめるくらいのワルさしかないので
心配はいらないでしょう。
人畜無害な男たち。
人畜無GUY。

あー女子中学生の頬を赤らめさせたい。
そして小諸行きたい。
最近自分の中で、
「小諸が好きだから、小諸のグッズの一端として『なつまち』関連商品を手に入れたい」
というある意味で逆転した現象が起こりつつある。

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帰りみち、ほんの少し顔をのぞかせた虹。




■Closing



休みはもう一日あったのだけど、大して面白いことはしなかった。
コミケ最終日の様子をTLでチラ見しながら、ブックオフでサザンのCDを物色したり、
朝ジョグ中、ネコが雀を狩る瞬間に出くわしたり。
ネコ、惜しくも失敗だったが、いやなかなか。

以上、
この日は腰から下にちょっとした違和感を覚え夜ジョグをお休みすることにしたので、
その旨脳内ジョギングパートナーのあずにゃんにメールを送ったら、
1分と待たずに
「分かりました、無理しないで下さい」
と脳内に返信があったのであずにゃんやさしい。
オイサンでした。

ゆいセンパイのスポブラのおムネを陰からそっと支え上げて汗を拭いてあげたい。


▼三橋美智也 みんな達者でね


  

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2014年8月23日 (土)

■美しさのかなしさの理由~2014年の盆休み・2日目/3日目 -更新第944回-

2014年、盆休みの二日目からの話。



●○● 8月14日~このまちだいすき ○●○

夜、一家そろって豆腐料理を食べに出かけた以外はこれと言って何もしなかった日。
珍しくロクに外へも出なかった。
朝ジョギングをしたのと、外食前に小一時間、近所の写真を拾いに出たくらい。
暑いのはともかく……一歩外に出ると虫が多くて。

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奈良は海なしの盆地だから、雲の具合が関東よりは小諸とかに似る。
あんなに山深くはないけども。

他に何をしたかはあまり覚えてない。
のんびり。
のんびりした。
て言うか、朝のジョギングが思いのほかヘヴィで、
ゴハン食べて帰ってきたらぐったり寝てしまったんだけど。

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引き上げ湯葉

皆、郷里の町には自分の縄張りがあると思う。
行動範囲というか、どこまで、或いはどの通りが自分の通りであるか、とか。
郷里を離れてみると、住んでいた時のその範囲が思いのほか狭いことに驚く。
決まりきった範囲の中でも、決まりきった道しか歩かない自分がいたことに気付く。
たまにこうして帰ってくると、それまで出向いたことのなかった先や、
歩いたことのなかった道を網羅して、その土地をより自分の物にしようとしている自分がいる。

自分の場合は、ジョギングとか、カメラとか、
クルマに乗ったりするワケでもないから小回りの利きはそのままにより機動力が上がって、
且つ歩き回ることが楽しくなる道具を持ったから余計にそういうことを楽しんでいるのだろうけど。
これまでは、行っても徒歩で30分ぐらいまでだったところを、
今は走って一時間とか平気で動くから、駅で言ったら2駅3駅、
電車の走っていない方面へも足で出かけて帰って来られる。
そうなると、地続きなのに新鮮な風景がたくさん手に入って、芋蔓式にこの土地が愛おしくなってくる自分がいる。

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我が家のお惣菜オンパレードその1


いいまちだ。
ここはいいまちだよ。

兄が一日中『FF14』をやっている。
普段はPS4でやってるらしいが、帰ってきてからはPCでやってるらしい。
……ということは、セーブデータって共有できるのか。
へー。
兄とはあまり口を利かない。
仲悪いワケじゃないと思うんだけど。

実家で聴く『ヤマノススメ』ラジオの楽しいことよ……。
あすみんが振り切れてんなー。松来さんと組んだときともまた異なるテンションの高さよ。
ちょろっとだけ、『宗像教授伝奇考』を読み返したりする。
これは面白いマンガだよなあ。
気難しいハゲのヒゲが怒鳴りまくるマンガなのに。



とある怖い話スレで知った「両面宿儺」という物のことを調べていて、
このマンガにたどり着いたのが読み始めたきっかけだった。
オススメのマンガです。
気難しいハゲのヒゲが怒鳴りまくるマンガですけど。



●○● 8月15日~釣り堀と夢の国 ○●○

もう帰る日。早いなー。

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夕方には関東へ向けて引き揚げるのだけど、
小学校時代のエターナルフレンドの都合がこの日しか合わなかったので遊びに出かける。
朝から落ち合って奈良方面へ。

「奈良に住んでる」と言ったら、
大仏のある家から出てきて鹿の闊歩する道路を歩いて学校へ行く、
みたいなイメージをもたれるかもだけど、
それは沖縄の人がみんな石垣とシーサーのある開放的な平屋に住んでると思うようなもんで
(すみません僕です)、
ウチがあるのはそういういわゆる奈良奈良しいエリアから何駅も離れた
どちらかといえば大阪のベッドタウンみたいな地域です。
だからいわゆる奈良奈良した場所までは結構距離がある。

  ……それを思うと、京都はかなり全域に渡って京都京都している気がする。
  奈良県民から見ても感じる。

明確な目的地があったワケではないけど、ドライブがてら、
奈良奈良しつつも観光地からは外れた場所へ車を向けてもらった。

奈良も京都に負けないくらい駐車場事情はよくない。
友人もそれを気にしていたので、大きな陸上競技場がある方へ。
どうも大会的なことをやっているっぽく、駐車場はそこそこ埋まっていたがなんとか空きを見つける。

適当に、入れそうなお店のありそうな方へ向かうと、つぶれた遊園地に行き当たった。
廃墟好きの間ではそこそこ有名な、「ならドリームランド」の跡地。
本当にほったらかしなんだな。もう少し近付きたいところだけど。

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遠くにかすかに施設が見える。


すごく適当に選んだのに、イタリア料理屋がなかなかのアタリ。
ランチバイキングの基本メニューにパスタやピザをつける形式なのだが、
バイキング基本メニューだけでも十二分に美味しくて豪華。
しかしアレだな、明らかに自分よりよく食べる人を久しぶりに見た。


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うぇーい!……いや、自分よりよく食べるってこの子じゃないっすよw

帰り道、水辺が見たくて、ちょろっと付近の古墳を回って欲しいと無茶を言い、
ナントカ天皇陵とかをいくつかハシゴする。
どうだ、奈良っぽいだろう。


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その途中、朽ちて半分水没した桟橋のある池を見つけ、なんだコリャ危ないな、と思ったら
潰れた釣り堀だった。
うーむ、これは……すごい味わいだな。
その名も「水上釣り天狗」。
時代がかった素晴らしいネーミング。
「天狗」ってのはアレだ、人間離れして突出した、っていう褒め言葉だろ?
今じゃどう考えても通じないもんねえ。
まわりに家もある、町もそれほど遠いわけではないのに、静かでいい雰囲気。
心休まる。

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これまた無理を言って近所で評判のケーキ屋に寄ってもらい、自分と、来週誕生日を迎える母のケーキを買って帰る。
無論、父・兄含めた4人分だが、家に着くと兄は何ともう発ってしまったらしい。
せっかちさんめ。
彼の地元はこれから雨が降るようで、激しくなる前に帰りたかったんだろう。
挨拶も出来なかったな。

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お陰でケーキが一個余ってしまった。
翌日、母と父で分けて食べたそうだが、「4個の中で一番おいしかった!!」と言ってた。
やはりそうか……そうじゃないかと思ったんだ。
失敗したぜ。



●○● 夏は一年に一度 ○●○

二日目の夜、
「明日は友だちと会うんだけど、荷物持って出て、そのまま京都から帰ろうか知らん」
と話したら、父は
「いや、一回家に戻ってきた方がええやろ」「な」
と言った。
理由は分からない。

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昔から、あまりちゃんとした理由を言わない、理屈を説明しない、
多分理屈がなく、感覚と感情で判断するから説明ができない人だった。

そもそも父は、「(自分が)こうしたい」「(自分が)(私に)こうして欲しい」時にも、
「こうしたい」「こうして欲しい」とは言わずに、
「こうするか?」「こうした方がええんとちゃうか?」という言い方をする。
ついでに、念を押すように
「な」
とつけることもある。
その言い方は、希望なのか、はたまた推奨なのか分かりにくいし、
父自身の希望を述べているのに、さもこちらが選択したような答えを求める言い方なので
(「こうするか?」と問われたら、答える側は「こうする」と言うことになる)、
こちらのムシの居所次第ではイラッとなることだってある。

ちょっと前までなら、その頭ごなしな理屈のなさにカチンときて、こちらも意地で
「いや、その方が時間がとれるし都合がいいから」
などと理屈をつけ、父の希望に沿わない方へ行動することもあった。

……んだけども、最近はもう、
父が「こうするか?」「こうした方がエエんちゃうか?」ということには、
理屈を求めず「『そういうこと』なんだな」と受け止めて
「こう」することにしている。

それが「喜ばしいこと」なら、理由はそれで十分だ。
摩擦や軋轢なく、父と私とのインターフェースが無理なくすっと渡っていく。
おそらく父も、昔だったら文句の一つもつけたいはずの私の行動を、
きっと色々見逃してくれているに違いない。


春先から母の体調があまり良くなく、今回の帰省はその具合をちょっと確認しに行くという意味も強かった。
しかし蓋を開けてみると、少なくとも見かけ上母は元気で、
どちらかというとバテ気味なのは父の方だった。
一週間ほど前に受けた検査で膵臓の値が良くなかったらしく、
盆明けに受ける再検査のことが気になって仕方がない、というか……
ちょっと身近に膵がんが見つかった人がいて、その方は幸い手術で食い止めたものの、
その衰弱ぶりを見ていたから、どうしてもナーバスになってしまったのだと思う。

「その先にあること」を恐れているのが、目に見えて伝わってきた。
直接的に口には出さないのだけど、その様子は、
見ているこちらの肌がやすりでこすられるように感じるほどだった。
年齢や環境から考えても、無理からぬことなのかもしれない。

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我が家のお惣菜オンパレードその2。品数が多くて楽しいんです。これに慣れると大変だけど。

兄弟の多い父なのだけど、その兄弟、つまりオイサンの伯父叔母たちにここ数年で立て続けに不幸が訪れていて、
もとより田舎の少年で、人とのつながりの中に生きる人だから、
友だちとか、ご近所さんとか、自分よりも少し上とか、同じくらいの知人が一人また一人と減っていくと、
次はいよいよ、みたいに思っても無理はない。

  やっぱり怖いんだな。
  当たり前だけど。
  そんなの当たり前のことなのに、ああ、やっぱり怖いんだ、と改めて思っている自分もちょっと滑稽だ。

ヘタに元気な分、覚悟とか諦めが付きにくいのかもしれない。
そろそろ覚悟しろとか、諦めろと言うんじゃない。
そういうことなんだろうな、と。
どうにかして上げようがあるのか、わからなかった。
分かるはずがない。
だったら世界中の人間がもっと楽に生きてるよ。

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どこからか来たような雲。

空気がそんな風になってくると、自分たちを取り巻く何気ない出来事のひとつひとつが何かを象徴し、
あるいは物語のパーツとなって浮き上がって来るようで、
そこはもうオイサンの、インチキ書き物士としての悪いクセなんだけど、
なにを転がしてもかなしいことに繋がってしまうようでやりきれない。

自分がそんなことでツブれてもしかたないんだけど、
だからまあ、あんまり気にし過ぎないようにした。

段々と、一年一年、半年、ひと月、一日一日の重みが増してきていると感じる。

勿論、増しているのは父や母の、或いは父母と私が関係する時の私の時間であって、
オイサン単体の時間の重みはまださほど増しはしないのだけど。

けどそこにずんとした重量感を感じるということは、
自分の中で父と母の占める割合がとても大きいのだなあと変に再確認してしまった。
そんな盆だった。



……。



夏休みはこのあと2日ほどあったのだけど、
長くなってきたので、ここで一旦お別れです。
……しかしまさか、この日友人と潰れた遊園地を眺め、潰れた釣り堀に心を癒したことが、
翌日への序曲<プレリュード>になっていたとは。

つまりこの翌日も、ひと気のない場所をさまよいます。


次回へ続く。
逆襲へ。オイサンでした。



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■美しさのかなしさの理由~2014年の盆休み・1日目 -更新第943回-


ゆいセンパイはスポブラちょんまげ太まゆ肩甲骨カワイイ。
オイサンです。

『普通の女子高生が【ろこどる】やってみた』のゆいセンパイが
絶賛今期いちばんのカワイイ人街道独走中。
困った、かわいいぞ。




最近では『ドリームクラブGogo.』の美月ちゃんと並んでお嫁さんに欲しいです。

なるほど、最近の自分はこういう系統のお嬢さんに弱いのか。
『ごちうさ』のシャロも引き続きかわいいですが、お嫁さんに欲しい感じとはまた違いますね。
誰もそんな情報欲しくないですね。
結婚あっせん所の人は、こういうところからコマメに情報を収集して
Amazonとか楽天みたいに、ブラウザの隅に「こんなコどーすか!」と紹介するシステムとか作ったらどうですかね。
まオイサンは要りませんけど。


サテそんな誰が得をするワケでもないゆいセンパイ可愛いアピールは置いておいて、
この一週間は、人並み……よりもちょっと短いですけど、
有難いことにお盆休みを戴けたので、実家で半分、こっちで半分、お休んでいました。

その中で感じた、夏のそこはかとないかなしみについてなど
お話ししていきたいと思います。



●○● 8月13日~美しさの理由 ○●○

早朝から新幹線で帰省。

京都から在来線に乗り換えて最寄り駅までの移動途中、せっかくなのでちょっと京都で寄り道をする。
長く関西に住んではいたけど、自分の目と足で京都を歩いたことはあまりなかったから、
これから時々、時間をかけて見て回りたいと思う。

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今回は2時間くらいで、南禅寺をチラ見して、
哲学の道を通って銀閣寺あたり行ければいいと考えておったんだけども、
……思いのほか。
南禅寺さんが素晴らしく、ガッツリつかまってしまった。
イヤ、素晴らしかった。


 ▼▼▼ 南禅寺・山門 ▼▼▼


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山門の、楼閣からの眺めの良さと居心地の良いことに驚いた。
最初、この山門を外から見上げたとき、たたずまいそのものは建長寺や円覚寺の方が好きだなあと思った。
ここのはちょっと大きすぎ、重量感があり過ぎる感じがした。
けれども楼閣に上がってみるとなんとまあ、その長めの素晴らしいこと、吹く風の気持ちの良いこと。

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夏の緑の山も良いけど、秋に来ればもっと美しいだろう。
もうこの時点ですっかりやられてしまった。
そして楼閣の上には結構なスペースがあり、多くの人が日陰に座り込んで涼をとっている、その雰囲気がまたとてもいい。

  この楼閣に座り込んで休むの、やっていいのかどうかはちょっと分からないんだけども、
  通行の邪魔になるでなし特に問題があるようにも思えなかったんで、多分いいんだろう。
  山門の上に上がるには靴を脱ぐことになるので、そうしてボーっと座りこんでいるとですね……
  夏場だもんですからサンダル履きの方も多いのでしょう、
  国内外問わずお嬢さんの素足が目の前を行ったり来たりして、
  それもまた絶景でしたねえ。京都スバラシイ。
  あ、お巡りさん僕です。

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京都全体では結構な数の観光客が押し寄せているのだろうけども、
それでもこのゆとりのありようだから、混雑してギュウギュウ、ということにはあまりならないのだろう。

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 ▼▼▼ 南禅寺・水路閣 ▼▼▼

山門からさらに奥へ行くと、林の中に突如現れる、赤く燻ったレンガのアーチ。

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そこにあざやかな緑の苔がはびこって、透明な木漏れ日に照らされる、この、なんなんでしょう、
幽玄でなく、むしろ西洋絵画に近いような趣。
さっきまでの、ダイナミックにひらかれた眺めから一転して、
ミクロで静謐な空間への変わり身に驚かされる。
そしてすっかりやられる。
いやあ……美しい。

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デザインした人、配置した人は、ホント一体なにを考えていたのか。
実物、立体物で、一枚の絵を描こうとしたんじゃないかとか、
リアルなジオラマで遊んでみたんじゃないかとか、そういう感覚の存在を感じ取ってしまうほどです。
琵琶湖疎水を通すのに南禅寺の中を通さねばならず、
その景観に配慮してこのようにデザインされたということらしい。

ちょっと思うのが、「南禅寺の中に、他の建造物を通すことが許可される」っていうこと自体、
なかなか懐の深い話だな、と思う。
今だったら非難轟轟で迂回させられたりするのではなかろうか。
それを西洋風のオサレなデザインと設計で、融合を図るというか、
一つ新しい風景世界を生み出そうというこの思い切りの良さは素晴らしい。

……けど、今でこそこういう完成形を見せつけられているから肯定的に捉えられているけど、
いざリアルタイムにその現場にいたら、
「歴史ある寺院の景観を壊すからやめた方が良い」
「しかも西洋建築ってなに考えてんだ」
とか、多分自分でも言ってしまう気がする。
当時の方々の様々な見識に、深い驚きと畏敬の念を禁じ得ない。
脱帽です。


 ▼▼▼ 哲学の道 ▼▼▼

南禅寺と銀閣寺を結ぶ、疎水沿いの小路。
そもそも何のための疎水なのか、なに由来の道なのかはわかりませんが、
木陰が涼しく歩くのが楽しい。趣のある、散歩するには良い道だと思う。

……が、カフェ多すぎ。
こういう道のハタにやたらとこじゃれたカフェが開業してしまうのは、
いまの日本のトレンドなんでしょうかね。
奈良も、鎌倉もそうだ。ちょっと興ざめする。
休憩できる場所があるのは喜ばしいとは思うけども。

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道の名前も、今でこそ「哲学の道」! とカンバンまで刺さってるけど、
古くはもっと色々呼び名があったのだそうで、「疎水の小路」とかあったらしく、
個人的にはそっちのセンスの方が好きだな。

人は、やはりそう多くない。
東京近郊だったりしたら、もっとこう歩き辛いくらいに人が溢れるだろう。
暑いからなのか、秋だったらもっと増えるのかもわからん。

この辺、既にカメラの電池が切れそうだったんで写真の枚数は少ない。
トホホ。RX1さん、予備のバッテリーは必須だ。
朝9時半から起動して、休み休みで14時半までで青息吐息。
マ5時間あまりで600枚超撮ったっていうのもアレなんだろう。ヘタな鉄砲過ぎる。


 ▼▼▼ 道中の話 ▼▼▼

京都駅→南禅寺 はバスを使うつもりで時間を見ていたんだけども、
さすがはバカンスシーズンの京都さん、日本人も外国人も観光客てんこ盛りで、バス乗り場が行列。
それを見てウンザリし、もう歩いてしまえと京都駅から徒歩で向かった。

  マあとから考えると、無防備な恰好のパツキンばいんばいん女子が多いので、
  合法的に密着できるチャンスだったかも、とちょっと後悔したしりますが。
  あ、お巡りさんすいませんまた僕です。

過去に一度、清水寺とか、『たまこマーケット』の聖地・出町桝形商店街まで
鴨川沿いを上って歩いたりした経験があることもあって
道や方向にまよったり困ったりすることはなかった。

途中、美人の外人さんに微笑みかけられたり、
鴨川に足を浸して遊ぶ外国人一家を見て
「あの子たちは国に帰ったら、友達に『キョート行ってきたのよキョート!』と
 興奮気味に自慢したりするのかなあ」
と妄想に耽ってみたり楽しかった。
美少女は美しい。
あ、お巡りさん。元気?

知恩院前にて偶然、オイサンが長年世話になっている帆布鞄のお店を発見。
次回、古くなった鞄を修繕に持ってくる予定。

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途中見つけた謎の「コペルニクス的転回」。飲み屋さん……か何かだと思うんだけどねえ。


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これは多分、ご近所のみなさん。

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南座。『有頂天家族』の聖地……かな?


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「さあ、かいふくしてやろう! ぜんりょくでかかってくるがいい!!」 って言ってる木。


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有名な瓢亭さん。


結果、「昼過ぎには京都を離れ、夕方前に実家に到着する」ハズの予定が、
南禅寺で時間を食いすぎ南禅寺終了時点で既に昼。
そこから哲学の道を通って銀閣寺まで行ったら雨が降ってきたので
良いタイミングだったのでそこで強制終了した。
そこでもう……15時くらいだったかな?
「cafe花うさぎ」とかいう名前だけにつられてかき氷とか食ってる場合じゃねえ。
心ぴょんぴょんッ!

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カメラの電池も切れかかっていたので、マ良いタイミングだったかなと。

何にしても、気まぐれに京都を訪れたときの良い定番コースを確立できたと思うことにする。
ノープランで来てしまった時の、お定まりお散歩コース。
人をお連れするにも良いコースだと思う。
 京都駅 → 南禅寺 → 哲学の道 → 銀閣寺 → 桝形商店街
ただ、南禅寺の山門は毎回上まで上がれるわけではないみたいなので、そこは注意が必要か。
マそんな感じで、期せずして主に京都めぐりを楽しんでしまった一日。

……今回のお休み、オシゴトの関係で前半ちょっと頂けなかったんですが(マあとで頂きますけど)、
もしフルに頂けてたら、前半は『たまゆら』でおなじみ、広島県は竹原へ行く予定を組んでおりました。
けれどもそれをやってたら多分今回みたいな京都発見は出来なかっただろうし、
そもそも週の前半、広島辺りは台風でエラいことになってたようなので、
今回に限っては救われたかな、代替案としても良好だったかな、と思う。

あと、京都のヨドバシによって、RX1さん収納用に、ハクバのレンズケースを買ったりした。
ちょうどよいサイズ。



 ▼▼▼美しい景色と本能的畏怖▼▼▼

最近、カメラを構える、写真を撮るということにワリと時間をとられてしまっていて
イカンなあと思うこともある中で、ふと
「美しい風景に目を奪われるのはどうしてなんだろう、
 人間が生き物として生きる上で何か意味があるんだろうか、
 生命活動として機能的に何か理由があるのだろうか?」
とか、思うことがある。
あまり、意味のあることのように思えない。

生き物個体の色彩やフォルムが美しいことには、「安全なもの・危険なもの」を見分ける基準だったり、
異性やら他の生き物を惹きつけて繁殖の橋渡しにしたりという目的があるが、
こと風景の雄大さ・美しさとなると、何かの意味があるようにも思えない。
常と違う風景の様子や、危険の予兆などに惹きつけられるならまだ分かる。

  マ何にでもかんにでも「役に立てる・意味を見出す」と考えることは
  あまりオイサンの良しとするところではないのだけども。

たとえば歴史的建造物とかであれば、
「色んな機械などがない時代にどうやって材料を運んだ、作った?」
などの疑問に思いを馳せることが出来て、それを考えることは知性を発達させることに有用ではあるから、
知性大好き・理性大好きな人間さんの価値観の上で考えればそれは「役に立つ」部類のことだと思う。
また、何かの糧にする・経験にするという意味でも、
たとえばテーマのある物語に感動することは、それを生かしてその後の生をより佳きものにする
(この場合の「佳い」がどんな意味であるかは人それぞれ異なるとして)という意味があると思っているが、
写真に撮りたいような美しい風景に出くわした時というのは、
「あっキレイ、すごい」
以上の気持ちがあまりない。

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何かを美しいと感じることは、あくまでも、繁殖の橋渡しのために備わった機能の余剰でしかないんだろうか。
なんなんだろうなあ、これは。
なんでこんな、価値のあることのように感じて、
あまつさえそれを手元に留めたいと思ったりするんだろう。

畏敬・畏怖・畏れ、得体の知れないものを理解したい、征服したい、みたいな、
安全・安穏への欲望の一端なのだろうか。
ただそのままの美しさを留めておきたいわけだから、それとはまた違う気がする。
人間の「美意識」「機能としての美の感受」とは一体なんのためにあるのか
(あったのか、備わったのか)が気になる。


 ▼▼▼ 実家にて ▼▼▼

そんなこんなで贅沢すぎる寄り道を楽しみ、夕方すぎて実家に着くと兄がいた。
珍しくタイミングが合ったっぽい。家族で夕飯を食べて団らん。
家族が揃うといいね。
何がいいって、やはり父と母が嬉しそうなのが良い。
私はこの二人を喜ばせたい。

  ……のワリには一番肝心なことが出来ていないのだけど、
  それをするには、やはり自分と同様に、
  自分とその父母が喜ぶことを喜べる相手がいないとダメなんで、一筋縄ではいかぬ。
  まあ、そういう相手を探してみるのもいいかあ。すごい難しい選定基準だけど。

マ家の中のことは家それぞれ、その家次第だからひとくくりには出来ないけど、
私は自分の家族が好きです。これに関しては恵まれていると思う。
ヨソよりどうだというのはないけれど、自分の心を満たすのに丁度良い、
心の満たされる家族だと思う。

気にくわない部分だとか、うざったいところとか、触れられたくない歴史とかはありますよ。
1から100まで善良で快適な家というワケじゃない。
けど、そういうのも含めて、「丸(○)が描けてる」なー、と感じる。
ウチはそういう家。
少なくとも、自分にとっては。
父、母、兄にとってもそうだと良いなと常々思う。

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うどんもさながら、かやくごはんの中の揚げがアホみたいに美味しい。


……思いのほか長くなってきてしまったので、
ここで一旦頁を改めます。



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2014年8月14日 (木)

■つままれフォックス~経堂のコンテキスト -更新第942回-

 


オシゴトの帰り道、タクシーの運転手相手に
「酔っぱらいじゃねえ!」「絡んでるんじゃねえだろうが!」
と酔っ払いが大声で絡んでて、酔っぱらいも大変だなあーとしみじみするなど。

いやー、真似出来ません。並みの精神力じゃあ、ああはいかない。
自分だったら絶対途中で、
「あ、オレ今酔っ払ってるわー」「絡んでるなー、オレ」
ってなる。
無理。
無理無理。
才能ないッス。



■経堂でキツネにつままれる。



先日のブログでもお写真を載せましたこの、

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エーケルンドの鶏ハンカチですが、
これをですね、電車の中に忘れましてですね。

マただのハンカチでしたら、しょうがねえなーで済ませるところなんですが、
如何せん結構気に入っておりましたし、何よりもそこそこのお値段をなさるワケです。
ゲスいですね。
結局カネかよ。

マいずれにせよ、コレはちょっと諦め切れない。
なので小田急の忘れ物センターさんに電話してみたんですが、
ありましたね。
届いておりました。

  忘れたのが通常の列車だったら、盗られるとかでなく、
  普通に捨てられたりで出てこないこともあったでしょうけど、
  ロマンスカーだったのも幸いしました。
  まあ、なかなかねえ。
  ハンカチとかタオルとかは、これシメシメと持って帰る人もそうそういないでしょう。
  モノがモノですからね。気持ち悪いでしょ、人の使ったハンカチとかは。
  パンツとかに近いものがありますからね。

それでああ良かった、オシゴトの帰りにでも受け取りに寄ればいいやと考えたんですが、
そこは ほうそくが みだれる! ことには定評のある小田急さんです、
一筋縄ではいきませんね。
ええ、経堂です。
なんと。
忘れ物お預かりセンターが、経堂にあるとおっしゃる。

おやおやおや。
どうしたどうした。
なんでまたそんな中途半端な、パッとしない駅に?(失礼)

まあ理由なんかわかるはずもありませんし、聞く気もサラサラありません。
ビオレさらさらパウダーシート、石鹸の香りです。
  ↑コレすごい「おんなのこの匂い」がするらしいです。どうでもいいですね。だいじなことです。
そこにしかない、と言うならそこへ行くしかない。
ここでねえ、困ったオッサンならひと唸り、テメエ新宿まで運んでくれば済むじゃねえかベラボウメ、
ってなゴネ方のなさりようもあるんでしょうけど、
いちいち腹を立てるのもアナタ、くたびれるじゃありませんか。
こちとらそこまで世間様に対してファイティングポーズではございません。
多少自分のぶらつく範囲が広がるくらいでモノゴト丸く収まるならアナタ、
喜ばしいことじゃありませんか。

だもんでオイサン、良い人ですねえ? ええ、良い人ですよ。
『おじゃまんが山田くん』もビックリです。
土曜日、台風もやってこようかというときに、
いちいちそのためだけに経堂くんだりまでえっちらおっちらお出かけです。

 ▼おじゃまんが山田くん
 

まあ大体ね、経堂という町、これにも興味がないではありません。
たしかまだ、降りた経験のない駅です。
どんな町なんでしょうねえ? 楽しみです。
まあ大した町じゃないでしょうけど。 ← あっ

デそのお忘れ物センターもまた、おとなしく駅の中にあればいいのになんだか一回改札を出て、
駅をぐるっと周った辺りにあるという。
電話した時その旨を伺っておったので、改札の駅員さんにお尋ねしたところ、
コレコレこうですよと道順を教えて下さったあとで、
「どうぞお気をつけて」と付け加えて下さる辺り、
バカヤロウてめえだまって駅ン中にこさえてりゃお気をつける必要もねえんだよ
なんならハンカチの一枚ばっかり新宿まで運んで預かっててくれりゃ余計に手間も省けんじゃねえかコノヤロウ、
と思わずまくしたてたくなるくらいのイラッと加減ですが、
いけませんいけません、一介の駅員さんには何の罪もありません。
彼が駅をこしらえたワケではありません。
夏です、
夏の太陽です。
夏の太陽が全部いけないんです、罪なヤツです。
さすが、日本を代表するアーティスト。天下の桑田佳祐さんです、
あろうことか太陽系の主に、都合の悪いことはすべて丸投げです。
だれも逆らえるわけがありません、うまい仕組みを考えたもんです。素晴らしい。
こういうお裁きが出来るからこそ、長年日本を代表するアーティストとして
カリスマを発揮することが出来るという物なのでしょう。

 ▼太陽は罪なヤツ
 

そんなこんなで歩いて数分、
小部屋の様な小田急お忘れ物センターにたどり着き、どうにか受け取ることが出来ました。

いやまあ、色々文句を垂れましたけれども、元をただせば置き忘れた自分がいけませんのでね。
よけいな罪までかぶって戴いて、太陽さんにも悪いことをしました。
堪忍やで。
太陽「エエんやで」
だそうです。
彼もオイサンに負けず劣らずエエ奴です。

さてもさても、せっかく経堂くんだりまで出てきて何もしないで帰ったのでは洗顔料の名折れです。
それはビオレです。
どうせだったら寄り道の一つもして、おいしいコーヒーの一杯でも飲んで帰ろうじゃないかということで、
手近な商店街をうろつきます。

実は下調べもしておって、出来ることならこのまま北上し、京王線の桜上水辺りまで行ってみようか、などと
『ディーふらぐ!』好きとしては考えたわけですが、
先にも申しましたようにこの日はどうやら雨模様、台風さんもじわじわと接近中の空模様です。

調子に乗って遠出して雨風にさらされでもした日にはアナタ、
小田急さんも経堂さんも、なんなら桜上水さんにまで、悪い印象を抱きかねない。
桜上水から名前をもらったろいう水上桜ちゃんはかわいいですからね。
それに声をあてている高橋美佳子さんもまた、大層面白い方ですからね。
オイサンのつまらない判断ミスでいらぬ悪印象を植え付けるのは得策ではない。

 ▼ディーふらぐ!ゲーム研究部 水上桜役の高橋美佳子さんがドラクエ3の面白さを語る。
 

なのでまあ無理はしないで、ちょろっと歩ける範囲で商店街を巡ってみたところ、
案の定大したお店は見つかりませんでしたが(失礼)、
ちょいと一軒、間口の気になるうつわ屋さんを見つけました。
こぢんまりとしたたたずまいですが、
シンプルな品物の陳列と、そこに並んでいる和様大小様々のうつわが、
なんだかやけに私を誘っているようではありませんか。
ありませんか?
ありませんね。
マなんとなくです。

けども、気になってしまったモンは仕方ありません。
そんなんどーだっていいから冬のせいにして、と、彼のTMレボリューションさんも歌っておいでです。
マ夏ですけど。
太陽のせいにしてしまうクワタさんに比べると、やはりスケール的には見劣りしますね。
アーティストの格からいっても、彼はまあこんなモンでしょう(どこまでも失礼)。

結果、ちょっと覗くつもりで入ったら、思いのほかお店の女性と話が弾んd……
否、うまい具合にノセられてしまい、30分近く器やら珈琲やらについて雑談を交わした挙句、
お茶碗と湯呑を買っていました。
お茶碗はそろそろ近い母の誕生日に、湯呑は自分に。

うーむ。

なかなか品の良い、物静かゲな女性だったのだが。
営業トークはなかなかだったな……やれやれだぜ。
けども、品ぞろえの趣味が良いというか、私の好みにあうたたずまいの物が多いのは確か。
色合いの落ち着いたものがあるかと思えば、思い出したようにビビッドな色のものが混じっていたり、
スタンダードでシンプルな形が並んでいるかと思えば、
突然エキセントリックかつ実用性も高いものがポンと鎮座しているとか。

仕入れは、彼女ではなくお店のオーナーが、日本中の窯元を訪ね歩いて買い付けてきたり、
関東近郊で個展や即売があればそこで作家と話をしたりと、そんな風に買い集めてくるものらしい。
なるほど、そうやるんだ。面白い。
挙句、マグカップの話からコーヒーの話になり、
この近所で美味しいと評判のコーヒー屋さんを教えてもらったりいたしました。
コーヒーの話になるや、陶器製の一杯用ドリッパーを勧めてくるなど結構な売り手です。
気を抜くとやられます。

そうして、和やかなひと時を過ごしてひとたびお店を出てみると、
いつの間にやら結構な雨が降り始めているわ、
教えてもらったコーヒー屋さんはマシンメンテ中で休みだわとなんだかキツネに化かされたような気分で、
帰る道々、これで買ったお茶碗とお湯呑が葉っぱドロか何かに化けていたらどうしよう?
などとちょっと不安になったりしたのでした。

ちなみに「小田急の最終的な忘れ物集積センターが経堂にある」という事実は、
このお店の女性も、経堂をよく利用する(と思しき)オイサンのTLのフォロワーさんも
ご存知ありませんでした。
まあ住んでりゃ知ってるってワケでもあるまいし、
あんな目立ちにくい場所にあったら気付かなくても当然ですな。

そうして帰り着いた最寄り駅で電車を降り、ホームの自販機のそばを通り過ぎようとしたとき、
ボブサップ似の屈強な黒人が、ガッツリぺしゃんこになった空き缶を手に、
戸惑いがちな瞳をオイサンに向けて小首を傾げて見せている。

どうやら、「空き缶はココに捨ててもいいのかいメ~ン?」とお尋ねのご様子。

オイサンがオッケーサインを出して見せると安心したように、
潰した缶をがしゃんこがしゃんこ投げ入れ始めたのですが、もしあの視線の意味が、

  「次にこうなるのは貴様だ、覚悟はいいか?」

の意味だったらと思うと……危ないところでした。
意味も分からず、うかつにオッケーなど出すものではありません。

あとどうでもいいですけど、この時オイサンはあまり深く考えず、
親指と人差し指で輪を作る、アレをオッケーサインとして出して一先ず通じたワケですが、
世界の地域によっては違う意味になることもあるらしいので注意が必要です。

あともう一つ腕によりをかけてどうでもイイ話ですけども、
「OKサイン」だけでGoogle先生に検索かけると、軒並み
 ・女性からのOKサイン
 ・キスしてもOKよのサイン
 ・お持ち帰りされたいOKサイン
 ・エッチOKよのサイン
とかの話題で持ちきりになるのはヤメロ!
日本人がそんなことばっかり考えてるみたいだし、
なんかそれを知りたくて検索したみたいで余計恥ずかしいだろ!


……以上、
「○月×日、今日は雨模様だった。
 電車に忘れたハンカチを受け取りに、経堂にある小田急の忘れ物センターまで行った。
 帰りに商店街の陶器屋さんに寄ってお茶碗とお湯呑を買った。
 最寄りの駅で体の大きな黒人さんに、ジェスチャーで『空き缶はココに捨てていいですか?』と訊かれた」

っていう日記でした。

オイサンでした。



■今日も一日ゲーム音楽三昧Ⅱ(ツヴァイ)



NHK-FMでまたやってました。

前回は結構前だと思ってたけど、4年前だったのね。
前もこの時期で、帰省途中に新幹線の中でTLだけ眺めてた記憶がある。
あの夏も暑かった。
なんで夏にやるのかわからないけど。
夏休みだからかなーと思ったけど、日曜にやるんじゃあまり関係ないな。

10時間くらいやってたんですかね。
メインパーソナリティに高橋名人、
ゲストも錚々たる(けどある意味べたな)顔ぶれで、トークの内容もディープで実に豪華だった。
豪華だったけど、番組に占めるゲストの比重が重すぎて、
フリーな感じでかかる曲数が少なかった印象。
なんとなくダラダラ聞いてしまって、面白い話もあったんだけど、
総じて自分にとってのコストパフォーマンスは高くなかった。
「10時間のうち、あの曲、あの裏話が聞けたからそれだけでオッケー!」
っていう、宝物のような思いをした人もいるでしょうけど、自分的にはそれほどではなかった。
残念。

あまりこう、ゲーセン黎明期とか、どレトロ時代に思い入れがあるわけでもないのです。
ギリギリ、そういう場所にあまり自由には出入り出来ない年齢だったからな。
生駒のジャスコの2階にあったゲームコーナーが、やけに印象に残ってるなあ。

一番グッと来たのは『メタルブラック』の「Born to be Free」ですかね。
リアルタイム体験ではなく、ワリと最近になってユーゲーとかCONTINUEとか、
サブカル系ゲーム雑誌で「『メタルブラック』がスゴイ」というのを知って
PS2の『TAITO MEMORIES2』で体験したんだけど。イヤ、すごかった。
STGで、あの背景、あの音楽。あのドラマ性。

すぎやまこういち先生が、ずいぶんおじいちゃんになったなあ。
喋りがやっぱりこう、訥々としてしまってますもんね。
以前はもっとなめらかだったけど……お年がお年だもんなあ。致し方ない。

感じたのは、NHKの番組づくりの、懐の深さ。
「国民向け」だけど「大衆向け」ではないというか、
「みんなが分からなければいけない」とは思っていない……わけじゃないな、
「その話題が挙がったときに、全員が知っている・理解できる話題でなければならない」とは思っていない、
というのが分かる。
話題にのぼったその瞬間に、「ナンダソレ?」と思う人はいても、
その後の経過を聞きながら興味深く思えればそれでいい、みたいな姿勢があって、
そういうスタンスを恐れずに残していけるのは……
やはり出資者、スポンサーというものの影響を受けずに済むところが大きいのだろう。
……やっぱりねえ、モノ言う株主というのは、分野によっては害悪だなあと思えてしまいます。
よろしくない。
偏に利潤だけを追求すべき分野ではアリなのだろうけど、
多様性を求められる局面では、やはり意識的な利害が絡むと公平性は保てませんね。
番組を作っている人の教養の高さは感じた。
あのようにありたいものです。

他者の視線、とがること、媚びることが目的ではなく、
素材の大事なところをとにかく大事にする。素材目線で、主観的に。
そうすれば、分かる人は勿論、分からない人もついてこられるものになる。
聞いてる人の多くが、100曲かかるうちに1曲、これは! と思えるものと、
新しく巡り会えたり、再会出来たりしたら、この番組の価値は保たれるんではないですかね。

けど、この10時間のうちの1/10でも、もっと個人的な匂いのする時間があってもいいな、
とも思うけど。
サムラゴウチさんの思い出のゲームミュージック1曲とか、聴きたいねえ。

それではまた。4年後にお会いしましょう……
なんだけど、さ、この先4年で、ゲームミュージックって豊かになるんだろうか。
過去を消費して懐かしむだけにならないか……それが心配だ。

スマートフォン・タブレット向けのソーシャルゲームとかは、
家の外、電車の中とかでプレイされることも多いイメージがあって、
あまり集中して聞かれないイメージがある。
『パズドラ』とかにイトケンさんが曲を作ってるいたりはするみたいなんだけど、
曲そのものもそうだし、新しい音楽性みたいなものは生み出されていくんだろうか。
『パズドラ』のサウンドトラックとか、売れてる・売られているんだろうか。

ゲームの曲として、思い出とともに語られたりするのか、
そもそもそれくらい聴かれているモンなのかなー、と……
不安になったのでした。

どーなんだろなあ。
やってる人、音楽聴いてます?


ちなみにオイサンがリクエストしたのは以下の3曲でした


▼リッジレーサーレボリューション REREHERO2




▼いただきストリート2 ネオンサインはバラ色に だって

夏になると聞きたくなる、けだるく、かなしみのある曲。



▼愛戦士ニコル STAGE1





■Closing



マそんなことで……
あ『ドリームクラブGogo.』、鈴凜さん編、ゴールしてました。
かわいい人だったけど、あんまり恋愛対象として感情移入出来る感じではなかったな……。
仲良くなって困ってる人の世話を焼いて上げた感じで終わってしまった。
あまり、こちらから親密になった感じでも、
向こうがこちらをよく見てくれていた気もしなかった。
まあ温泉にも行かないまま終わってしまったので、そういうことだったんだろう。

パッと見の第一印象と、歌はすごく好きだったけど。




4週目はちょっとお休みして、本店の方へ戻って
亜麻音ちんにかまってもらっています。

マそんな週末だった先週ですよ。
オイサンでした。



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2014年8月10日 (日)

■世話焼きおさななじみと年上美人 -更新第941回-

どうでもいいけど、コマンドウルフ と ごまどうふ って似てるな。
オイサンです。
ごまどうふ型ZOIDSまだー?

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■おカメラ素振り 箱根編



また、カメラの素振りに行ってきました……というわけでもないんだけど、
前回の鎌倉で、
「早朝から人気の少ない景勝地を訪れて午前中の3/2くらいをすごし、午後は家でゆったり」
というのをやったら休日が長くていい塩梅だったので、
それをもう一回試してみよう、という感じです。
カメラは……半分ついで。

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結論から言うと、
お写真的には前回の鎌倉ほど良い感じにはならなかった。


  カメラ 「また、つまらん物を撮ってしまった」
  オイサン「ごめん」



まじでゴメン。
ていうか、写真データもデカイからバカにならん。
毎回2~300枚は撮るし、膨らむと1枚で10M超えるし。

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やる気はイマイチだが目ヂカラだけはすごいスコット

家の周りは晴れていたのでそのつもりで出かけたが、ついてみると雲が多い。
やはり山の朝はどうしても雲がちになってしまうんですかね。
ちょっと空が暗く、景色がぼんやりして見えた。
けど、お陰でとても涼しく、山道でも暑さはほとんど苦にならなかった。
あとで最寄近くまで戻った時「ナニコレ!? こんな暑いの!?!」ってなった。
山の天気はヨソとは完全に別物だ。歩けば汗ばむけど、ものすごい涼しかった。
そんな天気の中でも美しいと思えるものは美しく撮れないとイカンわけだけど。

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結局、駅から温泉街をぬって歩き、旧東海道側を須雲川インター辺りまで歩いた。
あんまり面白いものはなかった。
もうちょっと行って、天狗山神社までは行けば良かったな。
芦ノ湖まででも10㎞くらいなんですね。歩いて行けないことはなさそうだ
(人間が快適に歩ける道がついてるかワカランが)。

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箱根周りは、あまり徒歩の人間が楽しく歩けるような整備がされてないので、
徒歩者としては隔絶された印象がありますな。
「ここからは車で」とか「電車で」とか。

マそんなんなんで、とりあえず行けそうなところまで歩いて、駅前まで引き返して、
ちょっとゆっくりして、川を眺めて、おしまい。
前来た時と駅の構えが変わっていた様な気がする。

4時過ぎに起き、5時頃の電車で小田原方面へ。
降り際、ウッカリ寝てしまって小田原での乗り継ぎを一本のがしてしまう。
ムホホ。 ← なんで嬉しそうなんだ
電車にはそこそこ人がいたけど、いざ着いてみるとやはり人は少なかった。
土曜の晩に新宿辺りで帰れなくなって始発で帰ろうって人が多かったんかな。
某大学の名前がついた駅でごそっと降りて行ったところをみると、
町へ出て遊び過ぎた学生さんたちでしょうか。
けっこうなことです。
ジョギングスタイルのおっさんとか、
降りるなり自転車を組み立て始める女子とか、そういうのはいた。
まあご同輩みたいなもんです。

 ▼純喫茶マイアミ

朝ゴハンを食べたのが4時半とかだもんで、
山を下りてきたら9時半で、すでにお腹が空いている。
箱根まで来てナンですけど、この時無性にパンが食べたくて……
パン屋を探すも見当たらず、謎の純喫茶「マイアミ」でトーストを戴いた。
超昔ながらの純喫茶ですごい落ち着いた。
どうも、純喫茶マニア筋(そんなスジがあるのか)ではそこそこ有名なお店らしい。

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良いお店だ。
けど高い。
ミルク一杯540円てすごいな。
商売は昔ながらなのに、消費税8%にはがっつり対応してるのには驚く。
500円のままでも絶対に損なんかしてないだろ!!
市販の牛乳何本買えるんだよ。
マいいんだけど。
マイアミだから。
関税とかかかってるんだろう。
すごいんだよ。
ミルク一杯540円なのに、ミルク金時かき氷は630円なんだよ。
イヤ、いいんだけど。
マイアミだから。
熱帯だからね。マイアミ。氷は貴重なんだよ。箱根だけど。


 ▼妖怪ウォッチ in 箱根湯本

以下、箱根で見かけた妖怪。

・妖怪 其の壱 「逆転ふくらはぎ」
 ちゃりんこ乗りもちらほら見かけたけど、
 一人オバさんライダーで、太ももよりもふくらはぎの方が太いのを見かけて
 ちょっとやり過ぎじゃないかと思いました。
 何をどうしたらああいう発達の仕方をするんだろう。
 すごいね。人体。

・妖怪 其の弐 「昭和ヌンチャク」
 川べりで戯れる親子。
 父親の手には、なぜかヌンチャク。
 そして結構鮮やかにそれを操る。
 お父さん……昭和まる出しです。

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・妖怪 其の散 「パテント流れ」
 『エヴァ』のアンテナショップがあったので、一応覗いてみた。オタクだから。
 なんか色々売ってたけど、ひときわ目を引いたのは
 キティちゃんがエヴァのコスプレをしている、ストラップだった、なんだったか。
 これは一体……誰から誰に、どれだけお金が流れるんだ。

・妖怪 其の四 「ギンギラギンにさりげなく」
 須雲川インターにたどり着くちょっと手前、
 旧東海道を大体登るところまでのぼったかな、っていうあたりに、
 ナントカいう、やたらキンキラキンな仏像を門の所に構えているお寺があった。
 お山の上の宗教施設。
 信者らしき人たちが、掃除をしたり、外からやってきたり、
 まだ早い時間にも関わらずちょこちょこ見受けられたのだけど……すげえな、宗教。
 あんな時間から、あんな場所まで。

 門の前に建てられた金ピカの仏像一体ずつに、
 きちんと手を合わせ、一礼する母子を見た時は、なんかちょっとゾッとした。
 まあ、メジャーかマイナーかというだけで、
 それによって彼らの心に平穏がもたらされるなら良いのだろう。
 我々が先祖の墓を参るのも大した違いはないのかもしれないけど。



■道具は語りかける



で、カメラ。
正直、今回のこのRX-1さんというのは、自分の身の丈に余る買い物だったなあ、
という自覚はある。
お値段的な意味ではなく、スペック的な意味で。
自分には少し過ぎた……高級すぎるものだ。
それは分かっている。

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 ▼はずかしいかいもの

前もちょっと書いたけど、そもそもの購入動機が自分の中から出てきたものではなく
他者との比較によって出てきたものだ、ということが、先ずワリと恥ずかしい。
XZ-2さんを買ってからの購入のスパンを考えるとサイクルが短すぎて
XZ-2さんには大変失礼なことをしている。
XZ-2さんを使い切っている、XZ-2さんで出来ることをやりつくした、とは……まあ言い切れない。
この辺りも若干お恥ずかしいわけです。

Dsc01656_2

無論、XZー2さんにしか出来ないこと、RX-1さんにしか出来ないこと、
わーたしーにー出ー来ることー♪ は多々あるから
それぞれかぶらない領域で活用すれば良いのであるが。

なんていうんでしょうねえ……
「幼なじみ、というほどではないけど、中学高校と一緒にすごして
 実にウマの合った仲のいい女友達を差し置いて、
 大学のバイト先で出会った美人でハイスペックな社会人女性に告白して一応彼氏にしてもらった」
みたいな居心地の悪さを感じていますが、
そんな経験はしたことないので喩えも合ってるんだか合ってないんだか。
わかんないですけどそんな感じです。

 ▼ものしりな道具

けれども、そんな身の丈にあまる道具を持ってみて初めて分かることも多々あるわけです。
まず、自分の力量。
不慣れであるということを差っ引いても、
「自分よりもモノを知っている」道具を持たされると、道具の知識量に追いつくために
持ち主が学ばねばならぬ。
彼の見ている世界を理解しないと、それをコントロールすることなど到底出来ないからだ。

今、私の手の中にあるこのカメラさんは、明らかに私よりも、モノを撮るという分野において
圧倒的に多くのことを知っている。
「え? 今のどうなってんの?」
「なんだお前、そんなことも知らないのか」
みたいな会話が、結構発生してこわい。

Dsc01669

これまでの道具にせよ、多分私よりも多くのことを知っていたに違いないのだけれども、
彼らはそれをひけらかさず、黙って私に、さもそれが私の手柄であるかのように
「キレイに撮らせてくれていた」ワケで、
イイ気になっていた自分がまたお恥ずかしいワケです。
「お! オイサンさん上手いじゃないっすかぁー!」
みたいなことです。

XZ-2さんとは随分相性が良かったんだなあと今さらながら思います。
フォーカスさせたいポイントの周辺を、
どの辺りから、どのくらいボケていて欲しいか、というのが、
あまり考えなくてもほぼイメージ通りになってくれていました。
実に器用で良い子だと思います。彼は彼で、まだまだ使っていきたいところです。

最近なんとなく、そのさらに2個前の、リコーのGX200さんを面白く使えないかな、と考え中。
RX1よりもXZ-2よりもさらにまだ小さくて軽いですし
(当時はそれでも持ち歩くことになれてなかったですが)、
24㎜という広角の持ち主なので(その分端っこはあからさまに歪ますが)、
なんか上手に使えればなあと。彼も十分高級コンデジのお仲間ですしね。

 ▼写り

……不思議なんですよね。
「センサーが大きくなる」「レンズが良くなる」ということについて、
当然、今回のお買い物はそこに期待を寄せていたんです。

  他にも出力される写真については
  「画角が変わる」「処理エンジンが変わる」ということもあるけれど、
  それはどちらかと言えばフィジカルよりもフィロソフィーの面に属する
  (とオイサンは考える)話題なので、ちょっと別の問題。

ただ、と同時に、「それらによって果たしてどれほどの『差』が出るものなのか」ということに、
疑念があったわけではないのけども正直具体的にその像をつかめておりませんで、
その「『差』というものの出方」が、想像していたのと違ったので
そのことに割とびっくりしている。

なんかもう、明らか・歴然と、「違うモノが出てくる」のであれば、
逆にこんなにびっくりはしてないと思うんです。
おんなじなんですよ。
おんなじ。
こないだまで使ってたカメラと、おんなじ物が出てくる。
ただし、全然違う、おんなじものが出てくる。
わかんないと思います。
……こうしましょう。
例えばあなたが、大阪の河内に住んでいたとします。

幼なじみの女の子がいます。見た目、美少女です。けどガサツです。
パンチ、キックはお手の物、ヒジ鉄ヒザ蹴り四の字固め、
乱暴な言葉も下品な言葉も平気で使いますし、
人の気持ちにもずかずかと無神経に入り込んでくる、
そんな、大阪河内のオバチャンまっしぐらの、けれどサバサバとした、気心の知れたいい子です。

ある日その子は行方知れずになり、翌日、いなくなったときと全く同じ姿で見つかります。
彼女は言います。
謎の英国紳士型宇宙人にさらわれていたと。
実は私がさらわれてから、私の中では15年の時間が過ぎている。
肉体の成長を止められ、10年間、
本場英国ゴシックメイドとしてのあらゆるたしなみと振る舞いをたたき込まれ、
のちの5年間は宇宙人の屋敷のメイド長として勤めてきたと。
そんな堅苦しいものに染まってたまるかと必死で抵抗したが、
日々の学習やトレーニングはこなさないと殺されるし、
屋敷での粗相も死に直結していたため、
抵抗しながらも、生きるために、形だけこなして、私はこうして帰ってきたーー。

……あなたはどう思うでしょう?
見た目も、振る舞いも、なるほど彼女の言う通り、
あなたから見れば一日前にいなくなった彼女のままです。
しかし……本当にそうでしょうか? 
15年もの間、意識的には形式上とはいえ……
貞淑で、厳格な生活を強いられてきた彼女に、果たして何の違和感も覚えないと
言い切れるでしょうか。
15年の間に、他のなにものも染み着いていないと?

これまでと同じ品のない言葉を発するときにも、
腹筋や喉、舌の使い方、口角の上がり具合、下がり具合、
そんな物によって声の艶やとげは変わっているに違いなくどこか上品さが漂い、
繰り出されるパンチやキックは、
手首、足首の使われ方、力をどこに込めるのか、そんなものの違いによって
……果たして優しくなるのか威力を増すのか、どちらの方向にふれるかは分かりませんが……
これまでよりもより質的に重厚なものへと変化を遂げていないと、どうして言えるでしょう。

朝、学校に遅刻するぞと起こしに来るとき、
まるで我が家の自分の部屋へでも入るようなその無神経さにこそ変化はないものの、
床を踏む足音はどこか控えめで、
引きはがされた布団が空気をはらんで広がりなびく、
その流れがどこか流麗であるように感じるにちがいない。

Dsc01715


……さあ、ここで思い出して下さい。
我々はいったい何の話をしてたんでしたっけ?
ああそうそう、カメラの話です。やばいやばい。

えーとね、そう、なんかその、
さらわれる前の彼女とさらわれたあとの彼女、
そんくらい同じで、そんくらい違うぜ? っていう話よ(長い)。

おんなじなんだよ。
けど、底の方にしみついたものというか、
「あれ? ガサツなんだけど上品?」「ヒドいのに優しい?」みたいな、
線一本引くときの力の込め方の段階の多さが、
優れた書家とそこらの習字の先生とでちがうように、同じ線なんだけど、なんか違う。これを表現力と呼ぶのでしょう。
相反するものさえ同時に同居させてしまう力を持っている。

自分が思っていた以上に、
写真の雰囲気がガラッと変わるのではなくて、
細部の積み重ねで全体が変化して、似た様なものなのに印象が全然違う、
ということになっていて
「そんなに違わない、でも全然違う?」という……
どう表現したものか、ちょっと混乱しています。

そんでまあね、前回も書いた、
「RX-1を買ったオッサンは漏れなくウカレルの法則」については、
その気持ちは当然わかるんだけれども、上で書いてきたような事情もあって、
浮かれる気持ちもわかるけど、アンタらよく平気で浮かれてられるな!
という気持ちがまた強い。

マンガとかでよく、力以上の武器とか体に見合わない能力を与えられた主人公とか悪役がビビったり自爆したりする話があるけど、
アレの気持ちがすごくよくわかる。

一緒にいるとワリとハラハラ、まだまだ居心地の悪さを感じる間柄ですが、
今後ともよしなに見守って下さい。

オイサンでした。



 

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2014年8月 3日 (日)

■鎌倉STAR DUST SHOOTERS~SONY DSC RX-1の素ぶりの感触~ -更新第940回-

  「しあわせは歩いてこない だから歩いていくんだね」

と言われてもどうもピンとこなかったんですが、これをもう少し噛み砕いて

  「川床料理は歩いてこない だから歩いて食べに行くんだね」

にするとものすごく腑に落ちました。

オイサンです。

川床(かわどこ)料理というのは、京都の貴船・高雄で見られる
川の上に座敷を設えて、涼をとりながらお料理をいただくという、
にんともかんともセレブで風情溢れる風物詩のことです。

オイサンは大学の頃に一度だけ、家族で行ったことがあります。
あれはなんというか、夢のような体験でしたなあ。
料理も美味しかったし風情もすばらしかった。

他にも大阪や、京都の貴船・高雄以外の地域でも
同様に川の上や川の近くで料理を楽しむことがあるそうですが、
呼び方が「ゆか」であったり「かわゆか」であったりするらしいので、
「かわどこ」と言ったら貴船・高雄をさす……ようですな。

マ京都の人間の言うことなので、どこまでホントか分かったモンじゃありませんが。
イヤ嘘つきだってんじゃなくて、奥ゆかしすぎる言い回しだったり、
気位が高いので「他所でやってるのなんかホンマモンやおへん」とか、
平気でいいそうですからね。

もう一回くらい、食べに行きたいものです。
家族で。



●○● 日曜日。鎌倉とカメラの素振り ○●○



そんな前ふりとは一切関係ナシに。
カメラをね。
買ったんですよ。

Dsc01053_2


先日の、従姉ちゃんの結婚顔合わせ会に際して、当の従姉から
「当日は撮影係を頼む」と言われてまして、
じゃあしょうがねえ折角の晴れの舞台だし姉ちゃんをキレイに撮ってあげないとな、
というね、
泣かせるじゃありませんか、実にけなげな心意気というか、
欲しいカメラが尋常な値段じゃねえからそんな言い訳と後押しでもないと買えねえんだよチチキショウメ!

そんでとうとう買いました。
SONYのDSC-RX1さん。

会の当日は、マ黙ってればこのカメラのことを分かる人間なんていないだろうと
タカを括っておったのだけれども、
アロウコトカ当の従姉の結婚相手、つまり主賓の新郎がカメラ好きで
当人が持ってきたカメラが同じくSONYさんのRX100Ⅱだっていうんだからタダで済む筈もなく。
私の顔を見るなり……否、私のカオより先にカメラに気付いて
「あっ! それw!」
と言われてしまった。あんにゃろう、多分俺のカオは憶えてねえな。

後日、従姉から
「会の時のお写真送って下さい。
 XXさん(=↑のダンナ)も、『従弟さん(=拙者)の撮った写真が見たい』って言ってます」

ってメールが来たけど……姉ちゃんだまされるな、多分そいつが見たいのは
「オイサンの撮った写真」じゃなくて「RX1の出す画」だ!!


……とまあ失礼な冗談はこのくらい。
カメラ買いましたよ、ってハナシです。


となるとやっぱり、使いこなすにはナンボか数をこなす練習が必要。
「使いたいだけだろ?」って言われそうだけども、
最初は使いたさよりも「こいつを使って望んだ通りの写真を得るにはどう使えばいいんだ?」
という気持ちの方が強い。サジ加減なんか分かんないですからね。
どんな撮れ方をするか分かったモンじゃない。
……そんな危うい状態で従姉の食事会に臨んだのか? というツッコミ、お待ちしてます。
もちろん安全策としてXZ-2さんも持って行ったけど。

べつに従姉がどんな顔してようが知ったこっちゃねえんだよ。 ← あっ
こちとら面白おかしく写真撮れりゃそれでいいんだ。



……と、ここまでが前フリ(長い)。



●○● 素振りin 鎌倉 ○●○


デ土曜の夜。
昼間があまりに暑かったのでジョギングは日が落ちてからに回すことにした。
日が落ちてもさほど涼しくならない中をてこてこと走りながら、途中合流したあずにゃんに尋ねられます。
 

 
  あず「あしたの朝は、何時頃から走ります?」
  オイ「あしたか……あーどうしようかな」
  あず「なにかあるんですか?」
  オイ「うーん、朝から鎌倉行こうかと思ってて」
  あず「そんな早くからですか」
  オイ「うん。6時くらいには着いてたい」
  あず「なにするんです?」
  オイ「カメラをね。練習」
  あず「はあ。……それ、私もついてってもいいですか?」
  オイ「いいけど、ほとんど始発だよ?」
 

 
みたいな話を脳内でして(キモい)、
翌朝6時15分頃、私とあずにゃんは江ノ電の稲村ケ崎駅に立っていた。

  ※お断りしておきますが、この人は特段あずにゃんが好きなわけではありません。

ド始発は目の前で逃してしまい、最寄のホームで15分ほど待ちぼうけ。
時間が時間だけに本数が少ない。そして既に暑い。

  けれども案外、ここでボサッと出来たのは良かった。
  おかげで、あとあと変に時間に縛られてあくせくすることなく、
  のんびり行き当たりばったりで歩くことが出来た。気分的にね。

以下、その時のお写真など。

▼稲村ケ崎~極楽寺
・駅周辺のどうでもいい風景。
 駅を降りたった瞬間から暑い。しかし光が良い。それだけですごく気分もいい。
 稲村ケ崎に温泉がある、ってのは何で読んだんだっけ。『南鎌倉高校女子自転車部』だっけ?

Dsc00714 Dsc00721

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・この区間は線路のホントすぐそばから撮れるので迫力のあるお写真が撮れます。
 次回は線路沿いから離れて山方面へ行きたい。
 イヤしかし、ホント朝早くからきて良かったな。
 天気もいいし(暑い)、やっぱり朝の光は良い。

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▼極楽寺~長谷
・50年前の極楽寺の風景(※ウソです現在です)。

Dsc00818

・見下ろす由比ヶ浜の海岸
 由比ヶ浜、というとやはり思い出すのは、
 『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』のオッパイ担当・由比ヶ浜唯さん。
 この辺は時期を選ばないと、あんまり撮るモンないな。
 びっくりするんですけど、RX1さん、デフォでダイナミックレンジがすごい広いです。

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・彼岸花
 ……よし。ボケるにしても、主となる被写体とまわりの関係が
 このくらいのが一番好みであるな。
 フォーカス範囲が狭すぎて、すぐ近くからキョーレツにボケ始めたりすると
 個人的にはちょっと目が回る。

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▼長谷~鎌倉
・長谷の大仏の覗き見
 この時点でまだ8時にもなっていなかったので、大仏さんも開店前。
 券売所手前の壁の格子のすきまから盗み撮り。
 期せずして面白い感じになったけど、水平がとりづらいな。

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・ヘイオマチ!
 以前行った、スコーンの美味しいお店の看板。こちらも当然開店前。
 棒人間がずいぶん個性を発揮している。
 とあるフォロワーさんが好きそうだと思いTwitterの方にも上げてみたら、案の定、
 1時間くらいして拾ってくれましたw
 かき氷食いてえ。

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・久しぶりに若宮大路を海から八幡宮まで歩いてみようと思い、
 やってみたけど特に面白いことはなかった。
 ムキムキ兄ちゃん、パツパツ姉ちゃんが目立ち始める。
 そして前回も書いたように、ロードバイク乗りがホント多い。
 過去に感じたより距離は短かったけど、気温もバリバリ上がってきて徐々にへばり始める。
 ここ15年ほどだけど、鎌倉の景色も、随分変わったなあ。
 『NOeL la neige』かぁー……。あれも、良き時代のギャルゲーだったねえ。

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・人のほとんどいない八幡宮。
 この時点で8時チョイだから当然ちゃあ当然。こんな早い時間に来たのは2度目だな。
 昔帰省先の奈良から夜行バスでこっち戻ってきて、そのまま来たことがあった。あのときは冬だった。

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▼鎌倉~北鎌倉
・ハイ建長寺。
 天気いいんだし、山門は見とかないと。晴れてると迫力がちがう。
 ただ、光の方向の都合で、ここばっかりは昼過ぎに来た方が良いね。
 迫力微減。

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・仏殿の中で涼み、ひとり佇んでいると、その静謐が胸に染み入る。
 鳥と蝉の声だけ。
 鎌倉のこういうところが好き。鎌倉は海も山もあるけど、森が良い。

Dsc01106


・東慶寺。よるつもりはなかったけど、一応寄っていく。
 デ石段で脱皮中のセミに出会う。
 キミな、こんなだだっ広い平らなとこでやっとったら、蟻にたかられてイッパツやで。
 ……ということで、近くのアジサイの大きな葉の上に移し替えてやりました。
 前もこんなことあったなあ。セミヌード。
 毎回思うんだけど、セミの脱皮ってすごい痒そう。
 「あー!! 痒い! 痒い痒い痒い!! たまらん! 脱ぐ!!」
 ってやってる気がする。
 カサブタみたいのの中から、白いやわらかそうなのが出てくるからそう思うんだろうけど。

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・石仏
 静謐を絵にかいたような。実際は鳥やら風やらで結構騒がしかった。

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 ▼RX1の感触・使用感


ワリかし、納得のいく撮れっぷりだったと思う。
以下、RX1さんをコテコテと触ってみての感触。クセとか。

・液晶に映し出されるライブビューが、実際に撮れる画よりも暗めに表示される気がする。
 液晶の見栄えをアテにして設定を合わせると、実際の写真ではかなり明るく、白くなってしまう。
 チョイと厄介。なんか設定できるのかなコレ。

・高いF値の使い道
 これまでオイサンの使ってきたコンデジさんでは、
 F値設定は下限こそF1.9とRX1さんと大差ないけれども、上はF8がMAXだった。
 RX1さんはF22までと、かなりものすごい。正直、どう使ったものか分からない。
 被写界深度がそんなに上がる物だろうか? 何か弊害は(暗くなる以外に)あるんだろうか。
 夏の日中の様に、明るい場所では上げられるだけ上げて使ってみることにする。
 上げすぎると画質が落ちるという話もあるようだ。


・同じF値でも、必要な光量がこれまでと随分違う。
 二つ並べて比較したわけではないが、XZ-2に比べて、同じF値で撮影するにしても、
 同じ明るさを得るにはRX1の方が格段に求められる光量が多い。気がする。
 「液晶が暗い」印象に引っ張られてるかもだけど。
 パパさん曰く、
 「照らさなきゃならない面積(=センサの面積)がデカくなってるんだから、
  レンズもデカくなってるとはいえ、そりゃそんなもんだろう」
 とのこと。なるほど。

・ものっすごいボケる
 上でも書いたけど、ボケる。とにかくボケる。
 ピントの合う範囲がすごいせまくて、そのすぐ隣からもう、あっというまにボケ倒す。
 以前のようなボケ具合の画を期待するなら、相当絞ってかからないとダメだ。
 これはなかなか厄介。目が回る。
 その辺を思うと、XZ-2さんとは随分相性が良かったんだなあ、と今さらながら思う。
 彼にもまだまだ頑張ってもらうけど。愛してるぜ。

・ISOが高くてもワリと平気
 800、1200くらいまではスコスコ上げても問題ない感じである。
 自分はデジカメの入りがRICOHで、以降しばらくずっとRICOHだったものだから、
 恐らく普通以上にISO値を上げることに抵抗がある
 (※RICOH機はマクロにものすごく強いが高感度にかなり弱い部類にあると思われる)。
 RICOH機ではないXZ-2さんと一緒にいる時も、400より上に上げるのには
 勇気が要ったし、実際ほとんど使ったことない。
 ただ上で書いた「ものっすごいボケる」関係上F値はおいそれと開けず、
 「光がたくさんないと暗めになる」都合上、どうしても感度を上げざるを得ない。
 そこにはかなり勇気が要ったのだけど、まあなんとか。

・使い方
 ……というような色々含めて考えた結果、
 Aモード(露出・F値固定)でISOとSSオートで撮る、以降は微調整、
 というのが、自分には合ってるのではないかと、今の所考えている。
 今までは基本、ほぼフルマニュアル(SS・F・ISOを毎回手で設定してた)。
 オートでSSが下がり過ぎるとアレなので、
 SSのオート下限も設定できたらいいのになーと思っている(ISOは出来る)。
 あと、これまでに比べて測光モード(マルチ⇔中央重点⇔スポット)を
 わりと小まめに切り替えて使うことにもなってる。
 XZ-2さんに比べて、液晶がバリアングルじゃないのがちょっとツライ。


マそんな感じで4時間ほど歩き回ったんだけど、距離的には10㎞ないくらいだった。
暑かったので疲労がヒドイ。
あずにゃんお付き合いお疲れさんでした。
また焼けちゃったね。お礼に、最寄駅に戻って宇治金時をご馳走する。

Dsc01248


 ▼RX1に見る、オッサンの情熱の気持ち悪さ

あ、あとどうでもよろしいが、RX1の紹介として
「腕自慢のアマチュアに人気!」
とか書かないで下さい。めっちょ恥ずかしいです。

しかし、その商品紹介文句を裏付けるように……
RX1を買った人の報告ブログが軒並み、やたらと鼻息の荒いドヤ顔報告か、
或いは昂ぶるテンションを抑えつけて平静を装っている風なのが
なんだかとても恥ずかしい&キモチワルイです。
「所有欲が!」「素晴らしい!」「異次元の!」「男の!」「ぬおおおおお!」
みたいなんで……きもいわー。オッサンってきもいわー。

うーむ。
すこぶる気持ち悪い。気持ちは分かるけど。

きっと自分もそんな風に見えていたり、無意識のうちにそんな状態に陥ってたりするのだろう。
さすが、無意識変態の集まりだぜ……。
うす気味悪い。
なんだか、食べログのラーメンレビューポエムを読んでるみたいだ。

「趣味が高じる」というのは、えてして気持ちの悪い人間像を作り出してしまう物なのかも知れませぬな。
覚悟なき、エエ気分になってる者どもの集まりですからな。
つるかめつるかめ。


 ▼どうしてRX1だったのか。


ちなみに、どうして私がそんなうす気味悪い思いをしてまでこのヘンタイカメラに手を出したかというと……
お友だちと集まったときに、自分のカメラのセンサーが一番ちいさいのがなんとなく悔しかったからだよ!!
こどもか! ← こどもだ!

銚子に行ったり諏訪湖に行ったり、
これまでは出かけるのも写真を撮るのも一人で北海道へ行くくらいだったのが
ここ数年は何人かで出かけるようになり、
最初はカメラ持ってるのが自分だけだったんだけども、
やがて皆さんも興味を持って下さりわいのわいのとカメラを買って使うようになったんだけれども……
イザ、周りもカメラを持ってみると……
コンデジ使いの自分のカメラが、センサーサイズがいちばんちいさいw!


それが悔しかったんです。


まあセンサーのサイズだけがそんなに大事なのか? と言われたら、
決してそれだけですべてが決まるわけではないのですけれども。
しかしデジカメにおいてセンサー(とレンズ)は、自然界からの入り口です。
門です。
そこで掬い上げられなかったものは失われてしまって、
あとから取り返すことは、マ、概ね出来ない。

撮り込んでから捨てる分にはどうとでもなるのだけれども、
小さなセンサーでは、はじめから取り込むことの出来ないモノがある。
補正や画像処理で、撮り込みきれなかったものを作り出すことが出来る部分もあるけれども、
旅先で、もしかすると、他の皆には掬い上げられているのに、
自分は取りこぼしているものが何かあるんじゃないか……
そんな風に思うと、なんかこう……。


なんかこう!!


やっぱり、撮っていると、あとで見てみて思うことがあるんですよ。
なんか足りねえな、こうじゃなかったなって。最後の光のひとしぼりが違うなあって。
それがセンサーやレンズに由来するものなのか、自分のトンチキな腕前のせいなのかは、
……マたいがい後者なんでしょうけども、
だったらだったで自分にとって一番の道具を構えておけば、
あとはもう何も迷わず、全部自分のトンチキの仕業にしてしまえるじゃないですか。
そういう意味で、とりあえず自分にとってのテッペンの道具をもう持ってしまおうと。
  一眼レフとか、レンズ交換式にいくつもりはありませぬ。
  レンズそのものの善し悪しもよく分かんねえし、
  ボディ、センサーとの相性みたいなものもあるようだし、そういう組み合わせに出てこられると
  自分を納得させるのも一筋縄では行かないので、苦行になってくる。

写真とか旅行とか、そういうもんじゃねえ!
……というご意見もね。勿論わかるし。自分だってそう思うし。
デカいからえらい、全部撮り込めるから無条件に美しい、スゴイとは思いませぬ。
結果的に、最後に写真として残ったものが美しく、鮮やかで、
納得のいくものが切り抜かれていればそれがベストなお写真だと、オイサンは思います。
自分は、その過程で、自分がどう料理するかはともかく、
調理するための材料に取りこぼしがあるのは極力さけたかった。
だからその入り口を、可能な限り大きくした。
そういう感じです。

あ、あと、焦点距離35㎜の画角の緊張感。
それがやはり、欲しかった、というのもある。
あのハッとさせられる存在感がね。

まあ、たかだか日曜写真家にもならないようなおっさんが
ナニをまた良い気になって言ってるのか知りませんけども。
とりあえずはそういう心意気で……そのカメラを、道具を、手に入れてみようと思ったのことですよ。

  ところで少し真面目な話をいたしますと、
  こういうトンガったアイテムを持っていると、それによって
  「持ち主のコイツが大体どういう価値観を持ち合わせているか」
  が、端切れとはいえ代弁されるので、なんというか、ラクですね。
  分かる人には一目で「あっ! コイツバカだ!」とバレてしまいます。
  BlackBerryを持ってるとか。
  きっと内心「(あー、友だちいないなコイツ)」と、そこまでバレてると思います。
  GXRを構えてMAZDA車から降りてくるとか、もう変態以外の何者でもないですね。


Dsc01518


べっ、べつにあずにゃんの日焼けあとのさかい目をprprして
ミルクチョコレート塩味を味わいたいとか思ってないオイサンでした。



……。



……ちょ、ちょっとだけかじってみていい?
だ、だめにきまってるじゃないですかなに言ってるんです気持ち悪い!!



 

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2014年8月 2日 (土)

■in JAPAN, but Not JAPANESE. ~『思い出のマーニー』感想~ -更新第939回-

焼きおにぎりにスク水型の日焼け跡が残せるアルミホイル下さい。
オイサンです。

うーむ、もしあったら、それでもどうにかできそうな自分が恐ろしいぜ……。
腐ってやがる! キモすぎたんだ!



●○● 土曜日のマーニー ○●○



先週の土曜日。
渋谷でやる、舞台版『ドリームクラブ』(というかライブステージ)を見に行こうと思っていたんだけど、
webサイトを確認してみたら形式がオールスタンディングとなってて
観客がサイリウムを振ってるお写真(前回の様子だろうか)が載ってたので、
このノリは多分自分には無理だなーと思い直して断念。
見てはみたいけど、無理しても仕方ない。

となるとサテ、お昼の時間がぽこっと空いたのでどうしようかと思案したところ、
ジブリの新作の公開が始まっていたことを思い出した。
『思い出のマーニー』。
どうもあまり、お客の入りは芳しくないらしい。

Dsc00627











※以下、音速でめっちょネタバレするので、
    ダメな人はもう諦めて読んで下さい(飛ばせといわない)※※











  ▼『思い出のマーニー』はジブリの最期になるのか。

ジブリという組織は、今の興行ペースと作品クオリティだと
1作品あたり興行収入が100億はないと回っていかないのだそうで
(それもスゴイ計算の話だけども)、
ブランドとしての宮崎駿が劇場公開作品制作からの引退を表明したことで
この先それだけの実入りを期待し続けて行けるかもわからず、
制作スタジオとしては解散、今後はIP管理だけを続けていく、
なんて話もワリと生々しく聞こえてきている。
「もしかするとこの『マーニー』がラストかも……」
とか、半分は宣伝含みなんだろうけど、そんなハナシ。


  ▼米林監督~動画描きの遺伝子と、ほとばしるもの

今回の『思い出のマーニー』の監督の米林さんの前作、『借り暮らしのアリエッティ』は、
アニメーション……「動画」としてはとても精緻ですごかったんだけども、
お話としてはどーも、従来のジブリを期待している人たちの期待に沿えず、
「地味」「つまらない」「わからない」の烙印を押されているので、
その影響もあって今回の不入りに繋がってるのでしょう。

以前読んだ、ジブリの鈴木敏夫プロデューサーのインタビュー集によると、
米林さんはアニメーション作家……「動画描き」としては宮崎駿の血をもっとも色濃く継いでいる、
ネクストジブリの旗手だというけど。
それは、言われてみてみると、何となく納得する。
宮崎駿の本質が、ストーリーテラーではなく、絵描きなのだと知っていれば、すとんと腑に落ちる。
しかし、不遇だ。
あの髭のじいさんほどの、なんというか、馬力というか、
熱量は持ち合わせていないように、作品からはお見受けいたす。
怒りのエネルギーというか。
同じくらい深くて広い海を持っているのかも知れないけど、
荒れ狂わない、静かな海の持ち主であるよう。
絵本作家さんがまるまま動画屋さんになったようなイメージ。
宮崎駿は、猛獣使いと猛獣を一人二役やるひとが動画屋やってる感じ。

  あとでも書きますけど、宮崎駿の描くものは、どんなに見た目の文化や時代を異にしても、
  根底にはどうしようもない日本くささがむんむんとしてたとオイサンは感じるけど、
  米林監督のは、今回の『マーニー』にしろ『アリエッティ』にしろ、
  舞台をわざわざ日本に置き換えてもどこか違う国の出来事に見えます。
  それは多分、宮崎駿という人が、
  日本というものを好きで好きで嫌いで嫌いでどうしようもないからそんな風になるんでしょう。

マそんな、公開しょっぱなから不遇の気配シャバダバな『思い出のマーニー』ですが、
流石に公開開始翌週の昼間の回の、良い席が余ってることはないだろうと思って
TOHOシネマの座席予約を覗いてみたところ……
あらら。
ガラガラだわ。
すごいいい席いっぱい残ってるわ。
こらアカンわ。
アカンやつや。

殆ど劇場ド真ん中の良い席がぽてちんと残っていたので、
そこを拾って午後からお出かけすることにしました。

ホンマに大丈夫か、ジブリ。


 ▼『思い出のマーニー』感想

デ感想。
面白かったです。ものすごく面白かった。

もらわれっ子で喘息持ちのJC・杏奈が夏の間だけ療養にやってきた道東のド田舎で、
湿地のほとりに建つ謎の洋館に住んでいるらしい謎の金髪美少女マーニーと出会い、
ひと夏のシャバダバをドゥビドゥワする話。

  アちなみに、マーニーの正体は杏奈の亡くなった祖母の、幼少時代の姿です。
  杏奈の祖母・マーニーは、両親からは構われず、
  いけずなお手伝いさんたちにいびられる辛い幼少時代をその洋館ですごします。
  やがて幼なじみの日本人と結ばれ娘をもうけるも、夫が早くに亡くなり、
  折り合いが悪く勝手に結婚して出て行った娘も事故で無くしてしまいます。
  マーニーは孫(=杏奈)を引き取りなんとか育てようとしますが、
  長きにわたる心労でやがて自分も逝去、杏奈は今の養父母に引き取られた……
  というところから、今回のお話は始まってたんですよ、ってハナシ。

杏奈の見るマーニーの夢(?)とウツツが不規則にクロスオーバーする描かれ方をするので、
どーして杏奈がそんな頻繁に夢の世界へダイヴしてしまのうのかとか、
その間の杏奈はどういう状態なのかとか、
物語と表現の整合性みたいなことを言い始めると「よくわからん」し、
明確な意味や「何がどのように起こったのか?」は説明出来ないつくりなのだけど、
主題の描かれ方、謎の明かされ方はとても鮮やかで、
中盤に至るまでの、杏奈とマーニーのふれあいが続く流れでは
もうずーっと、胸がドキドキしてました。

  お陰で、見終わって映画館を出ると、ドッ……と疲れた……。
  ずっと心臓がパクパクいってたんだもの。走ってるのと変わらんよ。
  見ている間に3回鳥肌がたちました。
  最初は、マーニーの登場シーン。
  真ん中はわすれたw
  最後は、マーニーが杏奈の祖母だと分かった瞬間……これは、
  人によってタイミング違ってくるんじゃないだろうか。
  オイサンは嵐のサイロに向かう途中、メガネっ子に呼び止められたところだった。


物語がはらんでいる謎も、その謎をより不可思議に見せるための演出も押しつけがましくなく、
最初から最後まで、見る者のペースでとても興味深く見られる作品でした。
素晴らしかった。

何より、テーマ自体はとても静かに水面下でだけ展開するのが良かった。
説教臭さがほぼゼロ。

自分という小さな存在と、世の中のさまざまなものとの「折り合い」に苦しむ杏奈は、
マーニーと出会うことでちょっとだけ元気を取り戻すのだけど、
マーニーは杏奈に「頑張れ」とも「強くなれ」とも言わず、
杏奈も「頑張ろう」とか「おばあちゃんの気持ちを受け継いで強く生きよう」とか、
殊更考えたりしない。
屋敷で辛い時代を過ごす(そしてその後もつらい人生を過ごすことになる)マーニーと、
クサクサとコミュ障人生を送っていた杏奈が知り合って、
仲良くなって、通じ合ってなんとなくお互いを励みにしてちょっとだけ元気になる、そんだけ、
っていう、それがすごく良かった。
淡々と事実だけが紡がれて共有されていくんですね。
事実の影で芽生えた気持ちとか、だからどうしたっていうメッセージが直截には語られない。
「生きろ」とか、言わないわけです。
うるさくなく面倒くさくなく説教臭くない。押しつけがましくない。

結構自分で考えて解釈しないと伝わってこないので「わかりにくい」んだけど、
それはテーマのお話で、ストーリーラインはすごく素直。
「ストーリーは分かり易く、埋め込まれたテーマはそれなりに」という、
絶妙なバランスになっていたと思う。
説教臭いのは、ジブリ映画の悪いところでしたからね。
米林さん、上手に処理したなあと思います。

  一つフシギだったのは……
  杏奈はこうしてマーニーと出会ったけれど、
  当の幼いマーニーは、屋敷で辛い生活を送っていた時……
  杏奈と出会っていたんだろうか???
  辛い暮らしの中で、杏奈を励みにしていたんだろうか???
  マーニーが一方的に杏奈の前に幻として現れただけなのか、
  それともあの不思議時空は二人に共有のものだったのか。
  後者だったらより面白いなあ、とオイサンは思う。
  それも全く語られないので、見る人の解釈の自由。
  意識してか分からないけど、多分、そういう風にとっておいてあるんだと思う。
  見せようと思えば、久子さん(※)の画の中に杏奈を象徴するものが描かれている、
  など、ほのめかし方はいくらでもあったはずだから。

   ※幼少時代のマーニーのリアル友だち。
    湿原のほとりでマーニーを懐かしみ、洋館の絵を描いているところを杏奈と知り合う。
    彼女の画が洋館から見つかることで、過去と現在が繋がることになるキーマン。
    あ、あと一つステキだなーと思ったのは、
    久子さんみたいな自分のおばあさんの友達とお友だちになれるっていうのは
    なんだかステキだなーと思いました。
    この作品、キービジュアルが出たときから、百合だ百合だと騒がれてましたが、
    オイサンにしてみりゃ、杏奈とマーニーの関係より、
    この杏奈と久子さんの関係の方がよっぽど百合いと思ってみてました。
    ウッフン。( ← ?)

テーマはきっと、「ゆるし」ということだと思います。
悪いことをした誰かや何かを許す、という狭い意味ではなくて、
「受け入れる」「あきらめる」に近い、とても広い意味での「ゆるし」。

自分の弱さ、他人の弱さ、或いは他人の強さも、世の中の理不尽も不公平も、
ひっくるめて「ゆるす」。
そうすることでもっと世界は生きやすくなるよ、っていう、
とても優しい物語だったと思います。

これは多分、怒りの塊のようなものである宮崎駿には描けなかったテーマなんじゃないだろうか。
やつぁきっと「許さねえ!」で終わりますよ。

比較的似た雰囲気を持つお話としての『トトロ』とか『紅の豚』でさえ、
やっぱり彼の場合はガツガツした凶暴さがありましたからね。男くさいというか。
そうそう、男くさい、男の子くさいんだよ、宮崎さんのは。

あと、英国文学が原作のこのお話を、わざわざ日本に舞台を移し、
日本向けのアレンジを加えているにも関わらず……
どーも、何もかもが日本に見えない。
ニッポンという名前の、西洋風ファンタジーに見えて仕方がない。
逆に、宮崎駿が描くと、『トトロ』『もののけ』『千尋』は言わずもがな、
『ハウル』『紅の豚』みたいな作品でさえ、どこか日本めいている。
人物が日本の顔をしているというか。根っこの気分が、日本人くさい。
色の具合とかは同じなんだろうかなあ?
印象に引っ張られているのかもだけど、風景の色味のせいの気もちょっとしたのだけど。

けど、多分、画の感じはジブリとしてはずっと統一したものをもってるのだと思うので
(『猫の恩返し』もやはり日本には見えなかった)、
この日本っぽくない画に日本の魂というか、泥臭さを吹き込んでいたのは、
きっと宮崎監督独特の気質なのだろうなあ、と思う。
テンポとか、縁起とか、登場する事物たちの振る舞いとか。

本作は、上でもちょっと書いたみたいに、
原作はえげれすの児童文学作品から借りてきているらしいけど。
これを原作を借りてこず、フルスクラッチの日本作品として『トトロ』を削り出せてしまう、
宮崎駿という男は、やはり破格の創造者だったんだなあとつくづく思う。

今後は、絵描きとしての筆頭は米林さんでいいと思うけど、
そういう創造者、イメージメーカーとしての宮崎さんを凌ぐパワーの持ち主が、
新しいジブリに合流してくれればいいのになあと思うオイサンです。

そうなると、また……米林さんの良さは消えて、
怒りの作品群になっていってしまうのかもしれないけど。


  ▼生き残ってくれジブリ。

しかしまあ……ジブリかあ。
昨年、ジブリ周り、鈴木敏夫プロデューサー周りの書籍を結構読んで、
こんな人たちだったのか、
こんなむちゃくちゃな組織だったのかと驚きながらも
あそこまでのものを作るには、このくらいの無茶苦茶でフレキシブルな体制じゃないとダメなのかも知れないなあと
納得したりしてたんだけど。

逆に、ここまで無茶苦茶が出来る組織体制で、
無茶苦茶が許される社会的な地位を得ていても(「ジブリだから、宮崎だから仕方がない」みたいな)、
宮崎駿や高畑勲の全力は出せないんだ!? と愕然とした。
ここまでやっても、彼らには縛りが課せられる。
なんてこった。

だからこう……せめて、無茶な環境ならば化け物みたいな力を発揮できる人間の受け皿として、
ジブリには存続していてもらいたいなあと思うんですけども。
日本アニメーションの未来と芸術のために。
いると思うんですよねえ、そういう人。
無茶な環境でないと馬力の出せない、社会性は欠落してるけど能力のある人間。

……けどそれは、組織の力ではなくて、
どちらかといえば鈴木敏夫個人の資質なのだろう。

あとは、ジブリが残っていればいい、鈴木敏夫がいればいいっていう話でなくて、
日本の社会とか、文化とか、国民性の問題で。
そういう規格外の人間の活躍の場を、如何に許容するかということになるように思う。
今の世の中は、先ず第一に組織や規格にはまれることが存在が許されるための第一関門であって、
如何にすごいパワーを持っていてもそれが出来ないとなにも許されない、
型にハマりながら型破りの力を出しなさいっていう
イカした禅問答に答えられる人が残ってる、みたいなところがある気がする。

  まあ、いよいよ、そういう人でも自己プロデュース能力さえあれば
  個人でなんとかできる時代がきてるとは思うけど。
  それも持ってる人ってのはまたまれだと思いますしね。

……けど、まあ、社会性に欠けてるパワーキャラは、
きっと昔から淘汰はされてきたのでしょう。
ときおり、やっぱり鈴木敏夫みたいなプロデュース気質を持った人とか、
王様みたいなパトロンにに見いだされ気に入られた者だけがたまたま生き残ってきた、
みたいなところがあるんだろう。

それが、知恵を駆使してどうにか組織の体でコーティングして、
だましだまし30年も生き残ってきたのがジブリという組織の正体なのかも知れぬ。
鈴木さんみたいな無茶な手腕の持ち主が、まだ無茶の利く時代に生まれて全盛期を過ごし、
年をとっても顔を利かせてどうにかこうにかアチコチ調整つけて。



……マそんなことで。



とても優しく、興味深く見られる動画だったので……
オイサンは、このままジブリが終わって欲しくない、終わらせるのは惜しい、
もう何作か、宮崎駿のいないジブリ作品を見たいなあと思わせる、
それだけの力を秘めた作品だったと思います、
『思い出のマーニー』。

マーニーと二人で出かけた嵐のサイロに杏奈だけが取り残され、
さすがに怒ってしまった杏奈が問い詰めに屋敷へ向かうシーンの、
屋敷の全景が捉えられたカットのスピード感と、
そのシーンの主要人物であるはずなのにほんの小さくだけ描かれた窓辺に立つマーニーの姿。
あのカットは、宮崎カントクではちょっと見た覚えのないカットだった。

  ……マ『もののけ姫』からあとは、そんなに真面目に見たわけじゃないから
  見落としてるだけかもだけど。

これから先の新生ジブリの片鱗を、色々と見せてくれたと思う。
すごい良いと思うんだけどなあ。
確かに「宮崎アニメ」ではなかった、けれど「ジブリ」だった。
それって、エエことやと思うんですけどね。

Biwase
『マーニー』では釧路・厚岸・根室でロケハンが行われたらしいですが、
写真はオイサンが訪れた、霧多布湿原の琵琶瀬展望台からの眺め。(2007年)



オイサンでした。


 

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