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2014年4月12日 (土)

■小諸に夢見るろまん。 -更新第919回-

 

明日、っていうかほとんど今日これから、3人の友だちといっしょに小諸へ行く。

当初はアニメ『TrueTears』の聖地である城端行きを計画していたのだけれども、
1泊2日では時間的・距離的に厳しくてせわしない旅になってしまいそうだという理由で
長めの旅程が確保できる機会に譲ることにした。
あと、まだ雪が残りそうで危ないかも、というのもある。

その代わりの行き先が小諸に決まったのは、
小諸が1泊2日でもゆっくりのんびり見て回れそうな距離と規模にあったことと、
参加者の一人であり、プランナーでありドライバーでもある
(つまりほとんど取り仕切ってくれている)友だちが、
このタイミングで新作の制作も決まったアニメ『あの夏で待ってる』にハマったからだ。

  というか、小諸行きの気分を高めるために見てみたらハマったのか、どっちかワカラン。

▼あの夏で待ってる OP



アニメ『あの夏で待ってる』の舞台は小諸である。
詳細までは憶えていないけど、全話通して見はしたので、
話の大筋やキャラクターたちのことくらいは把握している。
風景、背景の美しいアニメであったことも印象に強いので、
行き先が小諸になるのを反対する理由は、オイサンには全くなかった。

そもそも、長野へ旅行に、気の置けない彼らと一緒にいけるというだけでも、
聖地巡礼成分がなくたって、十分に楽しみだし嬉しいことなのだ。
ワクワクする。
知らない作品の聖地だって全く問題がない。

彼らとはこれまでも、銚子、寺泊~柏崎~魚津、木崎湖~諏訪と、三度にわたって旅をしてきたが、
どれもホンマにおっさん放課後ティータイムとしか言いようない雰囲気で(※)、
楽しめてくつろげるものだった。
こんなに有りがたいことはない。

  ※4人揃ったのは銚子だけだけど。

しかし今回は、なんだか自分の中での盛り上がり方がこれまでと少しちがっている。
そもそもの心の温度がなんだか高い。

今まさに、はちきれんばかりに激しく燃え上がっている!!

……というものでもないのだけども、
「じんわりあっためて続けてたら、なんか赤熱してるんスけど」
みたいな状態にあり、
ゆっくりじっくり時間をかけて、コトコト煮込んだ煮崩れのないじゃがいもで、
いきなりかじりついたら多分クチん中がエラいことになる。



■小諸の青春グラフィティ



というのも、小諸のことを調べていたら行き当たった、小山田いくの作品が原因の一つだ。
『すくらっぷ・ブック』、『ぶるうピーター』など、
小山田いく先生の名前と、作品や絵柄には、何かと折に触れ見かけて知っていたのだけれども
(と言っても多分、ブックオフに行ったときとかに見かける率が高かったのだと思うが)、
小諸にゆかりのある方だとは知らなかった。
て言うか小諸そのものをこれまでロクに知らなかったのだから、知らなくて当たり前だ。

P4051515


これまで作品を手に取る機会はなかったので、
こうして巡り合ったのも何かの縁と決めて『すくらっぷ・ブック』を読んでみることにした。

何ぶん古い作品(連載開始が昭和55年(1980年)、オイサン5歳!)なので揃えて入手すること容易でなく、
冊数も全11巻と少なくはない(金銭的には問題ないけど置く場所がない)ので
どうにか買わずに済ませられないかと近場のネットカフェを検索してみたところ……
急行で数駅先の、駅からも3、40分は歩こうかというド郊外のネットカフェに揃いで置いてあることを確認。

  しかし最近は、
  ネットカフェのマンガの蔵書なんてものもネットで検索出来てしまうのですね……
  すごい世の中だこと。
  あ、ちなみに。
  最終的なオチとしては、あとで電子書籍版が出ているのを見つけて
  それで全巻購入します、このひと。
  先にそっちに気付けw それでもオタクか。

  ちなみに言うと、小山田いく氏と、
  『軽井沢シンドローム』で有名な、漫画家・たがみよしひさ氏は実のご兄弟なのだそうな。
  知らなかった。
  小山田氏がお兄さんで、たがみ氏が弟なのだとか。
  言われてみれば分かるような。
  『軽井沢シンドローム』は、過去に「古典マンガを勉強しようひとりキャンペーン」を開催したときに
  『あしたのジョー』と一緒に読んだのでかろうじて知っている。

デ先週末、散歩がてら、その遠くのネットカフェまで出掛けてみることにした。
電車に数駅揺られ、山を眺め、桜の舞う川沿いの道を、とろとろ歩いて40分。
トータルで片道一時間チョイ。
ネットカフェってそういう行き方するとこじゃねえよな多分……。

けれども途中、川の土手でちいさなおんなのこが三人、ポッキーやらお菓子を持ち寄って、
敷き物の上でプチお花見を開いていたりして風情は上々。
天気は花曇りに近いものだったけど、とても良い気分だった。
気温が低めで、ぽかぽかし過ぎていないのも好ましい日和だった。

  ぽかぽかし過ぎてノーミソが浮き立つと、なんか不安になるんすよ。

そうしてたどり着いた初めてのネットカフェで2時間あまり。
読むのが遅すぎて11巻中の3巻までしか読めなかったけども(遅すぎ)、
『すくらっぷ・ブック』という作品は小諸という土地を訪ねるにあたって
新たにろまん(ス)の香りを期待させるには十分なものだった。

作品の序盤では、物語の舞台が小諸であると主張される場面は多くはなくて、
風景としてクッキリと「小諸小諸したもの」が描かれるわけではない。

  わせだ「このマンガ、あんまり小諸小諸してない!」
  友達 「コモロコモロしてないってなによ」
  わせだ「ホントなんだって、小諸小諸してないんだよ!」
  友達 「えーw? イミ分かんない、コモロコモロしてないって……
      ほんとだ、コモロコモロしてない!」

  ……というくらい、小諸コモロしていない。
  意味が分からない人は『日常』の#18を見て下さい。


▼コーヒーコーヒーしてない



しかし登場人物が概ね出揃って関係ができあがり、
中学2年生だった主人公たちも3年へ進級して、卒業へ向けて物語が……
というよりも状況がボルテージを上げていく中で、
彼らの青春の舞台・小諸という土地が、どんどんその主張を強めていく。

バックに漠然と描かれる風景はもちろん、具体的な地名や施設、
季節によって移ろう雨風やちょっとした日の差しようなどにつけられる名前などに、
信州長野・小諸をとり巻く独特の相が現れて、
多感でにぎやかな主人公たちの心情や関係を、代弁し、象徴するものとして
とてもとても、いろどり豊かに描かれるようになる。


その鮮やかなことと言ったら。


それら描かれる自然現象や俗習なんかは、小諸特有のものであったりそうでなかったりするけども、
作者がそこで生まれてから大人になるまでの日々の中に、
ごく当たり前に溶け込んでいたものであるに違いない。
それはつまりこの土地に根付いて暮らす者たちが共有する、
いわば皮膚感覚の言語だ。

温もり、
冷え、
乾き、
湿る、
それらを感じたとき自分たちの心がどちらを向くのか、
「彼ら」はそれを共有している。

そんな小諸の雨風の中に身を置くことは、
きっと、そこに溶け込んだ彼らの心の裾や襟にふれることにちがいなく……
そういうかたちで、彼らの青春の心にふれられることに、
オイサンは今、ものすごく胸を高鳴らせている。
としがいもなく。

主人公たちは作中、その見た目と振る舞いのキテレツさで、
コミカルに「妖怪」の格好で描かれたりするけど、
そうした自然の風俗と解け合って暮らす彼らはまさに、化身、妖怪であるのかも知れない。

……とか書いてて思ったけど、
もしかすると今のマンガに足りてないのは、そういう「地の空気の感覚」なのではないだろうか。
描き手に深く根付いた、個人的で濃密な体験のにおいが今の作品には足りていない。
そんな風に思った。

よく取材をしたり、データをとったり、練りこんだりはしているのかもしれないけど、
取材や一時的な情報からでは得られない、
描き手が、生活のレベルで長い時間をかけて肌に沁みこませたものを一度自分の体を通過させ、
山が雪解け水を裾野へジワリと返すように、ちがった形で描き出す……
熟成されて、確信的に馴染みきった空気感のあるマンガは少ない。
実感がこもってない、というかね。


ただ『すくらっぷ・ブック』の面々は、
中学生にしてはちょっとマセすぎというか大人びすぎてる気がするが。
なんか、イマドキの中学生(いやイマドキの中学生の実態もよう知らんけどイメージね)よりも
精神的にはすごい大人びてるように思う。このマンガに出てくる彼ら。

イマドキの中学生の皆さんは、なんていうんですかね、
知識は豊富で、色んな道具の使い方も心得ていて、
ナニをドーすればナニがドーなるかはきっと知っていて、
それを躊躇なくやってしまう「カゲキ」さは持ち合わせているんだと思いますけれども、
作中の彼らほど、それが行使されることの重みや湿度を
皮膚感覚で理解できていないのではないだろうか。



……と思ったけど、それもまあ当たり前か。
作中の人物には作家の得たものが分け与えられているわけだからな。
ここで比較するべきは、
1980年のフィクションに登場する中学生と、
2014年のフィクションに登場する中学生、なのだろうけども……
それにしたって、やっぱり彼らの方が断然大人びている!

  まあ、描き手の成熟度が問われる話だから、それもまた当たり前か。
  昔の大人の方が、今の大人よりもきっと大人だよな。
  論理性がどうしたとか、客観性がなんだとかいうケチくさい話じゃなくて、
  如何に上手に感情的であるか、という意味で。

それを思うと、最近のマンガに出てくる中学生の皆さんなんかの……しょーもないこと!!
言うとくけど、お前らホンマしょーもないからな!?
リアルですよ。そういう意味では。最近のマンガの方が。
等身大っていうんですかね。
エエトコなしですから。
なんかこう……憧れることも出来へん。
「こんな奴らおるかい!」っていうコトが……なんかバレ過ぎてしもうて、
騙すことも、騙されることも諦めてしまったということなんでしょうかね。

それとも、最近のリアルな中学生にしてみれば、
今のフィクションの主人公たちでも十分に憧れの対象になりうるということか……。
とか言ってると、昔の立派なアラフォーに
「貴様それでもアラフォーかッ!!」
って大目玉食らいますね。
くわばらくわばら。

まあまあ、そんなことはどうでもよく。
小諸。
小諸です。
ざしきわらしの様な彼らの息吹がそこに感じられるのか、
そしてそのろまん(ス)の気配が、何か素敵なコトをもたらしてくれるのか。
それを確かめてきたいと、いまとても心躍らせています。


小諸。
いやあ、思いがけず、期待感の大きなたびになりました。
とても楽しみだ。
そんじゃマ、いってきまーす。

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追伸
  ちなみに、オイサンがネットカフェという場所を利用したのは今回が初めてでした。
  思ったよりも良い場所ですね。
  もっとなんか、こう……陰々鬱々としていて、
  ヘンな匂いの立ちこめているイメージがありました。
  昭和のゲームセンターか。
  マ場所にも依るんだろうけど。
  昼時になるとそこかしこでパスタをすする音が聞こえ始めるのが
  なんか生っぽくてちょっとイヤでしたケド。
  変な空間。

  思ったよりも全然落ち着ける環境だったので、
  今後ぼちぼちと利用していきたいと思いまーす。
  会員証も作っちゃったしね。
 
  ダラダラしよーっと。

 

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