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2014年3月の8件の記事

2014年3月30日 (日)

■春風のジダラク -更新第915回-

 

人間であることの証に人間ドックへ行った。
しかしそこでも人間らしさを取り戻すことは出来なかった。
人間とは。

オイサンです。

ホット人間ドック……それは、まあ大体ホットヨガみたいなもの。

今日は、人間ドックへ行ったり、アニメを見たりゲームをしたり、
そんなアラフォーオタクのスローライフ的なあれをアレします。
まあ日記です。

日付はいろいろごっちゃですが、
大体ここ2、3週間のうちにあったことを徒然なる侭に。



■ハワード・ザ・人間ドック



会社のキマリで、一日お休みをもらってNINGENドックスへ行ってきた。
場所が近いので助かる。
ケムベム( ← 『ファイヤーエムブレム』的な変換を行って下さい)を持っていかないとならないのだけど、
そう都合よく家にいる時間に出せるはずもなく、致し方なく職場のトイレで採取したりするのだけども、
便座から立ち上がった途端自動で水洗してくれてしまう日本のテクノロジーまじ優秀。
こ、こうなったら、便座に立ち上がったことを悟られるより早く動いて採取するしかない!  ← 無理です。
どないせえっちゅうねん。
そんな苦難も知恵と勇気で乗り越えて、人間ドックしめやかに終了。

  「知恵」はともかく、「勇気」がどう働いたのか気になるところだ。

肺活量が下がってて凹んだ……体重は思ったよりも増えていなかったけど。
ここ数年は、肺活量を量ると毎回お付の看護士さんがビックリしてくれてたのに
今年はあまり驚かせられなかった。
やはり6000ccを越えぬとインパクトが小さいらしい。
くそう、来年を見てろよ!
「そういう場じゃないだろw」だと!?
バカヤロウ、人間ドックは遊びじゃねえんだよ!
闘う気がないやつはとっとと帰ってママのバリウム(隠語)でもしゃぶってな!

あと、待合に置いてあったちょっと古めの女性誌を何となく開いてみたら
いま巷で話題フットー中のオボカタさんが
まだ女性の星だった頃の超持ち上げ記事が載ってて微笑ましかった。
頑張ってください。



■平日のカマクリオン


さて、人間ドックも終わって午後がぽこんと空いたので、
せっかくなので平日で人の少ないであろう、鎌倉へ向かってみた。

遅いお昼をどこで食べようか思案した結果、
以前からチョイ目を付けていた藤沢の「すすき」というお店でいただくことに。
野菜天ぷら定食。

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うむ、衣が薄く、さっくり上品なお味である。
どこぞのチェーンのギトギト天ぷらもどきとはワケが違う。
イカす。また来よう。

思いつきで出たので特にコースが決まっているわけでもない。
何も考えずに回ることの出来る、べったべたなコースを行くことにする。
江ノ電を極楽寺で降りて、長谷(大仏) → 鎌倉(八幡宮・小町通り)でおしまい。
銭洗弁天はちょっとしんどかったのでパス。

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うーむ、こんなに人のいない極楽寺は初めてだぜ。
観光なのか地元なのか分からない若いカップルが一組、前を歩いていただけだ。
こんなに人がいないと、名所的なお寺なのか、
地元のただのしょぼい寺なのか分からぬね。
まあ名所的なお寺も、もとはしょぼいお寺なのだろうけど。


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沖の方は雲がかかっていて水平線と空の境目がつかない。
道に迷ってちょっと行きすぎ、長谷の駅を見失った。
ウロウロ戻る道すがら、あまり見たことのない寺に迷い込んだり、
住宅街の中にあるただの家みたいなカフェを見つけたり。
カフェ、増えたよねえ。
すっかりおしゃれな町になっちゃって。


 ▼長谷の大仏・スコーンからの挑戦状


そんなに何回も大仏見てどうするんだってくらいきてますけど、
大仏を見るというよりも、大仏を見に来る人々の群れを見るのが好き。
趣味・人間観察じゃないけど、大人も子供も、ここでは大概楽しそうにしてますからね。
家族連れの子供はつまんなさそうにしてたり、ちっちゃい子は泣いてたりするけど。
フランス人っぽいのがいるなーと思って目で追っていたら、
「trois, deux, une(3、2、1)!」っていって写真撮っててびっくりした。
フランスのかけ声はああなのかー。
「はい、カマンベール!」とかいうのかと思ったぜ(そんなはずはない)。

傍らのベンチに座って、一時間ばかりぼーっと眺める。
いやあ、楽しい。

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大仏様をあとにして戻る、
休日にはもれなく歩行者大渋滞の長谷駅~大仏までの通りも今日はほどほど以下。
鎌倉方面へ抜ける道へ折れる口のところで、
「2F・カフェ おいしいコーヒーとスコーン」という、
明らかに私に向けられた挑戦状が!!
オノレ、どこのどいつだふてぶてしい。
俺が休みで鎌倉へ来ていることを調べ、先回りしたと見える!
よかろう、こうもあからさまに挑まれては逃げるわけに行かない。

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ドアをくぐるとお客はオイサン一人。
お店のおばさんが、客席でピーナッツの皮をむいていた。
「リスに上げるんです。いつもは皮なしのを買ってくるんですけど、今日は売り切れてて」
野良リスのためにわざわざですかw
「すごくよく食べるんですよ、1日に1kgぐらいw もう十何年もですからね」
バカにならねえw
ちなみにそのリスさんは、ドアのところに陣取っていて
ときどきジャンプして頭の上を通過していってびっくりするんで皆さんご注意下さい。
休みの日は、この店も混むのだろうか。微妙に目立たないので混まない気がする。
今度、リサーチにきてみよう。もし混まないなら、いい場所を見つけたかもしれない。

佐助方面から鎌倉駅まで出、
やはりひと気少なめの小町通りをぶらぶら流して八幡宮へ至る。
ホワイトデーのお返しをしないとならないので、何か出物はないかと探して歩くが、
なかなかコレという物に出会わない。
竹細工の一輪挿し入れの籠を第一候補に考えたまま、八幡宮についてしまった。
ここも来慣れたものなのでぶらりと流しておしまい。

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……そうそう、先日母がメニエル病でめまいを訴えて入院したので、
とっとと治してくれるようお願いしておいた。
アレめんどくさいんだよ。軽いのにかかったことあるけどさ。

 ▼エーケルンドに出会う

八幡宮を出てすぐのところで、ちょっと気になる織物のお店を見つけてふらりと立ち寄る。
ほんま乙女ちっくなオッサンやで。
あ、澱モノのお店ではないです(売ってるかそんなもん)。
北欧・スウェーデンの伝統織物のお店らしい。
エーケルンドという。
ちょうどいいということで、ホワイトデーのお返しはこれにすることにする。

実に様々な色合いと意匠の、タオルだったりランチマットだったりを
さんざんあーだこーだと吟味した挙句2枚購入。
ところでランチョンマットの「ランチョン」ってなんでしょうね。

  ▼同じことを気にした人のYahooなアレ
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11174656
  ランチ・オン・マットはなんとなく想定の範囲内だったが、
  和製英語かよ! かっこわるいな!
  それは「マットの上のランチ」ではないか。
  マットの方に主体を置くならマット・アンダー・ランチが正しいのでは。

   お店の女主人「贈る相手は、北欧とかお好きなんですか?」
   弊 社  「いえ、私が個人的に好きなだけです!(キッパリ」
   お店の女主人「お、おお……さよか。
            で、でも素敵なお返しが貰えて、相手も幸せですね!」

   弊 社  「それは半分自画自賛じゃないですかw
   お店の女主人「お、おお。せやな


……ほんまメンドクサイおっさんである。
たいがいにしとけよ。
皇室御用達でもあるらしく、なんかオバマさんが来たときも
鎌倉スペシャルなデザインの物を本国の工房に発注して作らせたのだとか。
オバマさん、鎌倉大仏がデザインされたエーケルンドのタオル使ってんのかなあ??

 ▼晩ご飯に鎌倉ラーメン

なんとなく、小町通りで見かけた鎌倉ラーメンとかいうのを食べてみたくなって食べてみたが
オーケー、失敗だ。
色々と趣向が凝らされているのは分かったが、
なんというかもう……もともとそこそこ美人の人に化粧を5層も6層も塗りたくって結果元の顔をつくった、
みたいなんです。

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不味くはないよ! 不味くはないけど!
特徴的な味になってはいるので、そこを好きになれる人には良いとは思うけど……
自分の好みとしては「なんか回りくどい」ものを食べたような気がする。
「カツオブシの味を再現するために、石油と宇宙から飛来した謎の物質と
 2億年前の南極の氷とダイヤモンドとゴリラの鼻毛を調合しました! いやあ苦労しました!」
「カツブシ使えよ!」
みたいな……よく分かんない喩えだけど。
別に鰹節の味がするわけじゃないですよ。

濃厚で複雑な味といえば聞こえはいいけど、なんかのたーっとしていて……
うーむ。
なんかこんな難しい味にしなくても、もっとシンプルにできんじゃねって思ったって、
そういう話です。
好みの問題かなあ。



■頭のおかしいラジオ



そんな休日なので、ラジオをだらだらと聴いたりするが、
webラジオは最高です。

 ▼頭のおかしいラジオ・その1

『501ラジオウィッチーズ』、ワールドウィッチーズ編も一周して次のフェーズへ。
「占いの人」ことエイラ役の大橋歩夕(あゆる)さんをアタマに
501の面々全員と総流し対戦(!)させるという、沢城みゆき曰く「頭のおかしい」企画。
サワシロンはホント口が悪いなw

  サワシロン、なんかもっとキチッとした人なのかと思ってたけど、
  矢作紗友里さんとの回で、ものっすごいズボラでおおざっぱな人だと判明。
  そ、そうだったのか……。
  なんとなく、「ガラッパチで口は悪いけど私生活はピシッとしていて人にもズケズケ文句を言う生意気な若手」
  っていうイメージだったのに。
  裏切られた! おのれー!  ← 嬉しそう

そんな頭のおかしい大橋さん総当たりアタマおかしい企画、
記念すべき初回の対戦相手は!?
……まあフツウに、宮藤役の福圓ミサトゥスです。主人公。
おお……なんかミサトゥス、ひだまりラジオで出てくる時とはまたちょっと印象がちがうな。
しっかり者でリードしてる感じじゃないか。
ていうか、大橋さんがユルい。
ユルすぎる。
ホストパーソナリティと思えぬw
ユルい通り越してむしろだりぃw
なんていうか、甘えん坊だ。
大橋さんと呼ぶのをやめてアユルちゃんと呼ぶことにする。
何だろうなこの子。
かわいい。

まあそんなんで、終始のたーっとしてるアユルちゃんをミサトゥスがなだめたりすかしたり
無視して進めたりする回だった気がする。
うわあー。
コレ、先が思いやられるというか、なんかスゲエはらはらする。
これが現場での素だったら、普通にあまり良く思っていないメンバーがいても
ちょっと不思議じゃない感じがする。
イヤ私は好きですけど。

なぜこんなthrill(by布袋寅泰)に満ちた寝技に持ち込んだんだ首脳陣。
なにかの罰ゲームなのか?
まあ園崎お姉ちゃんと伊藤"カジュアル"静嬢も言ってたように「もうみんな大人だから」
おかしなことにはならないはずだけど、
違う意味で「おかしなこと」になるのが普通の世界だから、
おかしなことにならなかったらちょっとそれだけで怖いなあ。
大丈夫かなあ。


……ていう。


そんな変なことを考えながら、アニメのwebラジオを聴いているおじさんでした。
あと、いよいよ新作TVA・続編OVAも具体的に見え始めてくるようですね。
息の長い、大きな作品に育ったなあ。
ビックリだよ。

 ▼その2 『ディーふらぐ! ラジオ製作部(仮)』、WebラジオとEDテーマ

『ディーふらぐ』のラジオも安定して面白い。
高尾部長役・伊藤静御前と、主人公・風間役の小西克幸さんの賢プロダクションタッグが、
なんかもうナアナアでいい。
小西さんの仕事っぷり、コミュ力の高さはすごい。
ゲストいない時は自分からウケを取りにもくるし力抜きすぎてグダグダの時もあるかと思えば、
ゲストさん来たら、扱いぞんざいの様に見えて見せ場もしっかり作ってバランスとって。
大人のオッサンだ。そのくせどうやら独身でゲームばっかやってるっぽいんだけど。

伊藤さんは……先輩の小西さんに甘えん坊。
女性二人でやってるときとはなんか全然違って見えていい。雰囲気変わる人だ。

番組のED『ミンナノナマエヲイレテクダサイ』のカップリングが、
まさかの魔の十四楽団(おっさん&若手男声優もっさもさ)が歌う「漢気フルコンボ」!

パーソナリティ二人が声をそろえて
「この作品は音楽方面まで頭がおかしくなったのか?」
と言い出す始末のトチ狂いっぷり。
「(大沢)南(CV:小清水亜美)とか、(水上)桜(CV:高橋美佳子)とか、
 まだ歌ってないキャラいっぱいいるのにそっちいっちゃうの? ばかなの?」
という伊藤静御前のお言葉、ご尤もです。

ただコレが普通にいい曲だから困るw

パーソナリティ両名も、上で書いた様に言う反面、
「昔あった『らんま1/2』のイメージCDみたいに、サブキャラ全員分の歌が入ったCDとか作ればいいよ。
 絶対面白いよ、売れるよ、やった方が良いよ」
とも言っていて、なんかその目線すっごくわかります(年代的にも)。
「メインキャラ一人に対してサブ・モブキャラが10人出てきて大体同じ密度で活躍する」
スタイルのこの作品において、モブキャラが寄せ集めて歌を歌わせる、
よりキャラの立つ方向へ配置するっていうのは作品の世界観にものすごくマッチしておる。
この作品を形作るうえで、正しい姿だと思う。

そんなわけで、この「漢気フルコンボ」は
『アマガミ』の「男泣き」、『ときメモ』の「女々しい野郎どもの歌」に並ぶ名曲として
オイサンの脳に登録されました。

OPの『すているめいつ』も最初聞いた時は、なんかガチャガチャしたメンドクサイ曲だなとしか思わなかったけど
なんだか好きになってしまった……。
人間なんて勝手なものです。

歌っている「イオシスJKガールズ」が何者なのか、どこ見てもサッパリ分からなかったのだけど
どうやら北海道発の音楽制作集団のユニットの一部らしい。
この人たち単品で無条件に好きになれるかは微妙だけど、この際良い人選だったんではないかと思う。

OPのカップリングもすごい好きでして。

 ▼スーパーすごたんクエスト
 

「ムネアツ展開」とか「おめ!」とか、
タイトルからして「すごたん」なんていうネットスラングがバンバン出てくる歌詞で、
本来はあんまり好きな類の作り方ではないんだけど、
ゲームを始めることを表す言葉が、
「コインいっこいれる」や「スタートボタンを押す」ではなく、もはや
「いくぜログオン!」
っていう言葉にシフトしている
ということに軽い衝撃を覚えるオジサンです。
そうか、時代はもはやそうなってるんだなあ……シミジミ。
是非ともフルコーラスで聴いてもらいたい曲です。

このラジオを聴いてると、役者さんというものの業みたいなものが味わえる気がする。
「引っ込み思案を治したくて劇団に入った」みたいな動機も聞くが、
結局役者として残った人の手元には、自己表現であったり、やりたがりの魂であったりが残っている。
当たり前なんだけど。

もちろん、長い時間やっている人たちには
職業意識とか一歩引く技なんかも身につくのだろうけども、
発端は目立ちたいだとか面白くありたいみたいなところが大きいのだろう。
お仕事だけど、根はアーティストですからね。
業が深い。
高橋美佳子のトリックスターぶりとか、お仕事3割。

役者は3日やったらやめられないとは言うけれど、
そこに残れなかった、その快感を甘受することのできなかったオイサンとしては、
それがただの一方的麻薬的快感ではないこともわかるので、
居残り続けることの出来た人々の神経の太さと輝きにはあこがれる。
まぶしいです。

一緒に買った「お姉ちゃんがきた」のEDミニアルバムは、
お姉ちゃんのキャラソンが狂気に満ちていてやばかった。
トモクン言い過ぎ。



■『ディーふらぐ!』がいざなう、京王線の旅~千歳烏山で白いギターを見張るのこと



そんな『ディーふらぐ』、どこが聖地ということもなさそうなのだが、
登場人物の名前が京王線を中心とした都下の沿線の駅名からとられている。

高尾部長はまんま高尾だし、
烏山千歳は千歳烏山だし、
水上桜は桜上水だし、
子王は八王子だし。
芦花は芦花公園だし、船堀さんは船堀さん。

  あとすみません、長山の声、ずっと安元さんだと思ってたけど違う方でした。
  ごめんなさい。

まあ高尾~八王子あたりは京王線とJRの中央線とがかなりオーバーラップしてて
どっちがどっちかわかりゃしないけど、だいたいあの辺が多い。
どういう基準で、どの駅をどのキャラに当てたのかはわかんない。

『GJ部』も仙川だったし、何かと気になる京王線。
最近南大沢まで映画を見に行ったりすることもあったのでちょっと足を延ばしてみた。

 ▼その1 八王子~高尾

正直、あのあたりって全然土地勘がない。
八王子がどこにあるのかも実は最近までよく分かっていなかった。
デ、行こうと思って調べてみて思い出したんだけども……
昔、一回行ってたわ。八王子。
『P.Sすりーさん』の単行本が出た時にメロンブックスであったIka先生のサイン会に参加しに。

  ▼おにぎりうめぇー。 -更新第467.2回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/-468--1834.html

  オッサンがオッサンのサイン貰ってどうするんだって話ですけど。
  なんだろうな、あの頃は『アマガミ』前夜でやたら凹みたおしてた時期だった様な気がする。
  このサイン会に行くのも、直前までグズグズしてたなあ。
  サインだけもらって、なんかすごいいたたまれない気持ちで逃げるように帰ってきたっけ。
  そんな思い出の八王子です。

  ▼お前も麻婆にしてやろうか!!! -更新第466回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/-468--1834.html

    ……うーむ。
    いま読み返してみると、ナカナカ味わい深いなあ。
    て言うか、いまよりも面白いコト書いてるな。
    「麻婆お前」「オムお前」のクダリは秀逸ですね。
    この記事も春の頃のものだな。
    春になるとこういう気分になるんだ、この人は。
    2010年の4月だから、まだパパさんとも先輩さんとも、パトやんとも知り合う前の自分だ。
    隊長やテラジさん、よつさんとは会った後……だな?
    ふーん。そんな自分もいたんだな。
    どうなんだろう、「このときの自分よりも今の自分の方が上等だ」と、
    「このときの自分よりも今の自分の方が幸せだ」と胸を張って言えるだろうか?
    ワリと微妙な感じだな。
    今が不満だったりダメだったりするわけでは全然ないけど、
    この頃の文章から沸き立つイキオイが、いまにはない気がする。
    それは時間の過ごし方の問題ではなくて、ただの若さ、年齢的なものかもしれないけど
    (つかこの時点で既に34歳だから、いまよりもさして若いわけでもないんだけど)。

    前半の方で書いてる、そばとかつ丼の店ってどこだろ。あそこかな。

そういうわけで、
八王子がどんな町かさっぱり見当がつかないつもりだったけど、思い出してみたら随分な都会だった。
アニメイトもメロンブックスもあるんだものなあ。住むには十分だ(どういう条件設定だ)。

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とはいえ、今回のメインターゲットはその隣の西八王子ともう一個先の高尾。
それこそそんなとこ何しに行くんだって感じですけど、
あわよくばその辺りに引っ越すのもいいかなあ、等と考えている。
ワリとまじめに。

デ実際行ってみた感想。
悪くない。
大きな道路が通っていたりもするけれど、少し外れればとても閑静。
地形に起伏もある。
ただ、ちょっと外れるとうらぶれた、……言い方悪くしたら不穏な空気をちょっと感じた。
何故だろう。
なんか猜疑心が漂っている感じがある。
近隣の方々の視線に、そんなものを感じたんだろうか。
よくわからないけど。

あとで調べてみたら、なんとなく「治安が悪い」という噂がチラホラ。
ハッキリした理由とかは出てこないんだけど、
「八王子 治安」でひっかけて「悪い(らしい)」が(実際どうかは別にして)ざーっと並び、
「良い」というのは見当たらない。
ふーん。

具体的になにがどう悪いのかわかりませんけど、
空き巣とかひったくりとか多かったりするとイヤですね。
特に空き巣はイヤだ。
そういうのが多くて、お巡りさんがやたら目を光らせていたりすると、
別に悪いコトしてなくてもなんか勘ぐられそうでそれもイヤだなあ……
とか言ってるこういう空気が「何となく治安ワルイ感じ」を醸してしまうのかもしれない。
実際に行ってみて、うらぶれた感じを受けたのであながち間違ってもいないのだろう。

地形的には、山は近いし、川も流れているしで、とても好みではあるのだけど。


 ▼その2 千歳烏山~芦花公園

また別な休みに、今度は千歳烏山とそのお隣の芦花公園を訪ねてみた。
本命は芦花公園だったのだが、芦花公園が急行が止まらなかったのと、
どうせひと駅だけだしという理由で千歳烏山から歩くことに。
烏山千歳にはあまり興味はないのだが。 ← そういう基準か ← ほかにどういう基準があるんだ

駅を出てみると、なかなかごちゃっと賑わっている。
小田急なんかだと、駅の周りはとりあえずロータリーとかがあって
広々としてることが多いが、仙川といい、京王線はこういう構成を好むんだろうか。
まあ駅周辺の道路事情次第なのだろうけど、傾向なんかはありそうだ。

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どちらが好きかといわれたら……ごちゃっとの方が好きかもしれない。
見知らぬ駅に降りたとき、広々としたところへ放り出されると
どちらへ向かったものか戸惑うが、
ごちゃっと狭い道の上に出されればとりあえず指向性が生まれるので、
歩き出すことをしやすい。

  まあどこまで行ってもごちゃっとのままだと気が滅入ってしまうけど。

とりあえず昼でも食べるかとうろついて、
少し開けたバス停そばの広場のベンチでタブレットをいじっていたら……
見るからにイベントキャラの、白いギターを剥き身で提げた、60歳くらいの老人がのそっと現れた。
イベントキャラキタ。イベントキャラキタよこれ。
……と思っていたら案の定、オイサンの隣にギターをごとりと置いて、
何の前触れもなく

  「……10分くらいいる?」

と訊いてきた……っていうか、今のオイサンに言ったのか? っていうくらいの唐突さ。

  「は? 俺っすか? ああ、まあ、多分」
  「じゃコレ見といて」

と言って相棒をゆび差す、その手の甲にはものすごい傷。
「矢を受けてしまってな」と言われたら信じそうなくらいの裂創だ。
正直、厨二病スピリッツを刺激されるくらいかっこいい疵だ。
しかしそれとギターを見張ることとは話は別だ。
が。
「ああ、はあ……」
と、オイサンにまともな返事をさせる間も与えず、オッサンの姿は消えていた。
「マンガか!」と突っ込みたくなるくらい、
え、アレ? おっさん? おっさんどこ行ったの???
というくらいの見事な消えっぷりで、
すぐ近くにコンビニがあって「飯でも買いに行ったんだろ」と推測がつかなけりゃ
どこに行ったかわかんないレベルだった……。
忍者? 忍者なの? ギター忍者? ギター侍のライバル?

……待つこと……どのくらいだろう。

10分より長かったか、短かったか。
じじい、帰ってこず。
うーむ。
なんかこう……イヤな状況だな。
ちょっとしたドッキリでもおかしくない。
やくざ者がやってきて「このギターてめえのか誰に断ってデビューしとんじゃアアン!!?」って絡まれるとか、
実はこのギターが爆発物とかオウム的なアレでアレだとか、
ろくでもない妄想を膨らませてワクワクゴクリンコする。

  ……まあそんなのよりも一番イヤなのは、知り合いが通りがかって
  「え、なに? 休日にはこんなとこでギターとか弾いちゃう系?」
  っていう展開が……説明も面倒だし、一番リアルに面倒くさい。

しかしそうしてワクワクしているうちにオッサン帰還。
案の定、手には湯の入ったカップ麺。
そんなことだろうと思った。
「ありがと」
「ああ、いえ」
「……もう行くの?」
はい(キッパリ)
「一曲聞いていかない?」
「すんません、行きます」

   大体お前、今からそれ食うんだろう!
   食べ終わるのを待ってからさらに一曲聴くとか、間が悪いわ!

「んじゃ、頑張ってください」
と言い残して颯爽とその場を後にします。なつかれたらかなわんw

ゴハンがまだだったオイサンもこのあとおそばを食べ、
おそばの量がちょっと少なかったのでタコ焼きを買って頂き、おめおめと千歳烏山をあとにしたのでした。
まったく油断のならねえ町だぜ……。

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そこから歩いて芦花公園。
予測してたよりも遠いな、と思ったらちょっと行き過ぎてました。テヘペロ。

先に駅周りをぶらつこうと思っていたけどかなりそれてしまったので、
先に蘆花恒春園を目指すことに。
環八通りが通っていて、この辺りはさすがに騒々しい。

デ、蘆花恒春園。
辿り着いて、中をしばらくぶらついてみて初めて気付いたのだけども
芦花公園のロカは徳冨蘆花のロカだったのですな。
知らなかった。
マ知ったところで、徳冨蘆花が何者だったのかも帰って調べるまでよくは思い出せなかったわけですが。
名前くらいは聞いた覚えがあったというレベル。
明治の文豪です。

それよりも、この蘆花恒春園は、その徳冨蘆花さんの死後、旧家の敷地が寄付されて
そのまま公園にされたものなのだそうで……広いな!
随分かせいだな明治の文豪。
だもんで、その旧家屋とお墓が公園の中にありました。

 お墓では、お若いご夫婦がやけにしんみりと蘆花夫妻のお墓に参っておられた。

面白かったのは旧家屋の方で、スケールは小さいのに非常に贅沢な作りだった。
古い日本家屋というのはああいうものなのか。
玄関を入ると土間があって、かまどがあって厨があって、
そこから上がると囲炉裏の間があり、女中部屋があり、渡り廊下でつながって奥座敷があり、厠があり、
そこからまた別な廊下をわたって奥へ行くと書斎がある、というような、
複雑で作るのにすごく手間暇のかかりそうな構造になっていて面白かった。

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そしてまた、なんとも天井が低い。スケールが今と全く違うのです。
3/4スケールのミニチュアだと言われても不思議じゃないくらい、
パーツ一つ一つの間取りが狭い。
部屋数が多く、設備が整っていて、立派だが狭い、という不思議な感覚だった。
上でも書いたように女中部屋があったのだけれども、この小さな家に女中が必要か?
この家に3人も4人も暮らしていたら、それこそ一日に何回もあっちこっちで人とぶつかってしまいそうだ。

  ……と思ったが、この公園全部が敷地だったことを思うと、
  庭の手入れには女中さんが必要であったろう。
  ちなみに女中部屋の押入れを覗くと、中にはハンディ掃除機がありました。
  進んでるな明治の女中!(ちがいます

なんとなく、書斎への渡り廊下に飾ってあった安重根の写真に見入ってしまった。
ちなみに徳冨蘆花は病を患い、その最期は伊香保温泉で迎えたということなので、
『ディーふらぐ』の聖地巡礼を完成させるためには伊香保温泉へ赴く必要があることになる。
むう……そこまで伊香保温泉に興味はないが、そういうことなら仕方ない。
行くしかないか!

  ▼伊香保温泉観光協会
  http://www.ikaho-kankou.com/

帰りは千歳烏山まで再び歩いて戻り、目を付けていた喫茶店で一休み。
後ろの席でバアサマ三人がスマホのけしからなさについて喧々囂々議論してらした。

  えー話を要約しますと、孫がスマホばっかいじってて相手をしてくれまへんと。
  ハイ大変よくわかりました。法律ではどないなってまっか(仁鶴)。

メニューにグラタンがあったので誘惑に勝てず、早めの晩ゴハンにしてしまう。
それを食べてる最中にフォロワーさんから
「芦花公園にいるならウチ近所なんだから声かけろよ!」と怒られる。
お、おお。せやな。
他にももうひと方フォロワーさんに沿線の方がおられて、今度はそちらの地元も攻めてみましょうか、
なんていう話をしたところだった。
結構多いのか。
やべえ……下手すると、マジでギターの見張りしてるところを見つかって茶化されるところだったかも知れん。

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                              銭湯じゃないのか……


■Closing~迷走する週末



とまあ、こんな感じで。

最近、土日が迷走している。
天気が良いから外にいないと損をしているような気分になって、
ついつい出歩くのだけど目的もあるワケではないからムダな散歩になっておしまい、
みたいなことだ。

だから春は好かぬ。

そういう日が悪いとは言わないけど多発させるのは控えたいし、
そうであるなら自覚的に、「ぬわー、のんびりしたーw」という満足感は味わいたいところだ。
まあ何もかも意図通りってワケに参らぬのは世の常だけど。
ゆっくりするにせよ忙しく動いているにせよ、己の行動に自覚的でないことを自堕落と呼ぶのかもしれない。
ジダラク。
は、春! はるだから! すべては春の使者のいんぼうです!
やつらがネムタミンをばらまいたんです!
すみませんでした!  ← 謝っちゃった

  まあ趣味と実益を兼ねた散歩なんてもの稀だろうけど……。
  お友達でも誘って、近場を無目的にカメラ持って歩くのが楽しいのかも知れんな。
  せっかくそういうお連れが、付近に数名いるのだし。

新百合までそばを食べに行ったり、
買い物に出かけた帰りの道すがら、謎のカフェに出くわしたり。
謎のカフェは、最初に見かけたときその場所はカレー屋だった。
この写真を撮った店だ。

不況のアオリを食って早めに職を退いたオイサンよかチョイ年が上の女性が一人でやっておられた。
もう2年前かららしい。気が付かなかった。
ジョギングの時などに前は通るんだけどな。
オイサンがカメラを持っていたので、写真の話から、ぽちぽちと旅行やなんやの話をして、
北海道的な話で一悶着(もめるな)。
まさか、糠平温泉に行ったことのある人に行き当たるとは。
然別までは行っても、糠平まで行く人はけっこうマイナーだと思うぞ。
道内の人ならいざ知らず。
オイサンが行ったのも、もう10年も前だ。

あの時も、なぜ糠平まで足を延ばしたのかわからないけど。
泊まった宿がものすごく古くて、汚くて、
部屋には全部花の名前がつけられていたのだけれど、
オイサンに用意された部屋の名前は辛夷(こぶし)だった。

他に宿泊客も少なく……いたのかどうか覚えていないが……
辛夷の間は宿の棟の端にあって、隣の棟は明かりが落ちていて真っ暗で、
ちょうどその境目に泊まっているオイサンは……なんだか怖くて仕方がなかった。

なんとなくそんなことを、雨に散った辛夷の花弁を見ていて思い出す、
生ぬるい春の憂鬱。
春は好かぬな。

春は……あまり好かぬ。


オイサンでした。


 

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2014年3月23日 (日)

■輝きの車窓から!!~劇場版『THE IDOLM@STER』の感想……であって感想でない、あるオールドゲーマーの『アイマス』語り -更新第913回-

 
前回の『モーレツ宇宙海賊』に続き、2週連続で映画館に足を運ぶことになった。
劇場版『アイドルマスター』を見るために。

『モーレツ宇宙海賊』よりも全然お客入ってました。ほぼ満席?
金曜日に座席予約をしようとしたところ
目当ての劇場では土曜の上映が夜の部しか見当たらず、
もう少し早い時間の部がないか他の劇場も探してみたのだが
その時点で既に、色んな劇場でそこそこ以上のシートは埋まった状態だった。
公開開始からもう結構経ってると思うんだけど、さすがの人気ぶりです。

  ちなみに早い時間の上映がある劇場もあるにはあったのだけど、
  場所が微妙に遠かったので結局パス。

肝心の中身は……
マ良くも悪くもアニメの『アイドルマスター』だったなあ、というのが率直なところ。






■『アイドルマスター』を語るために必要なこと



先ずはざっくりと……面白かったか、そうでなかったかの感想。

そもそもTVシリーズの頃からアニメ『アイマス』が描くストーリーらしいストーリーは
特に面白いとは思わず、普通か、それ以下の楽しみしか見出していなかった。
劇場版も、基本センとしてはそこをはずさなかった。

  シンプルで熱血。寄りみち、ケレン味、ほぼ無し。

それが悪いというわけではなくて、
そうなるのには『アイマス』なりの理由があると思っているし、
決してダメなものではないので、
ここでは「『アイマス』らしさを保った、ブレのない内容だった」としたい。
らしさを守り、その中でのクオリティは保っていた。
「原作のファンにオススメ!」というやつでしょうか。
それを踏まえた上で個人的な感想を付け加えるなら、特に新鮮味・面白味を感じられるものではなかった、
と書いておく。

そもそもオイサンは『アイドルマスター』という「ワールド(作品世界)」に愛着や思い入れがない。
作品やコンテンツに思い入れがないわけではない。

  「器には思い入れがあって、中身には思い入れがない」、
  或いは
  「料理には思い入れがないが、店や料理人には思い入れがある」
  と思っていただければ良い。

ゲームをロクにやっていないので、
ヒロインたちのパーソナリティの深いところはよく知らないし、
ともに戦い、成長し、汗を流したわけでもないから、
たとえばアーケード時代から苦楽をともにしてきたPのみなさんとは全く目線が異なってしまうし、
MAD全盛時代の熱を知っているわけでもない。

  よーするに、
  「ああ、俺の娘たちが頑張っている! 大きくなっている!」というだけで泣けたり喜んだり、
  ハラハラ出来たりしないということで、
  それがないのはワリと、この作品にとっては致命的だと思われる。

ではどうして、劇場に足を運ぶほど『アイマス』を「観る」のか? と問われたら
その動機は(オイサンにしては珍しく)ハッキリしている。

憧れと羨望、そして悔恨に他ならない。

『アイドルマスター』はオイサンにとって(事実はどうあれ)、
「あの」(どの?)ナムコが作った育成(恋愛)シミュレーションであって、
(やはり事実上はどうあれ)「ナムコが」「ナムコとして」送り出した最後のビデオゲームであって、
そしてそのムーブメントに自分が乗り遅れた、乗りそびれたということが、
遠巻きから指をくわえてでも『アイドルマスター』を眺め続けることをやめられない、
恐らくはこの先もそうし続けるであろう理由だ。

「未練」と呼ぶのが一番しっくりくるのかもしれない。

仲間に入れて欲しい、
「いーれーてー」と喉まで出かかっているのに言えない。
そんなところに「ナムコの」『アイドルイマスター』はある。

今回の映画でもそうだった。

大トリのクライマックス、765プロの面々と候補生6人が歌い上げる『M@STER PIECE』のライブシーンを見、
先日のさいたまスーパーアリーナでのライブに思いを馳せた。
それが開催されることを当日まで知らず、
全国から猛者たちが、ぞくぞくと埼玉入りしている様子を、Twitterで何となく眺めていた。
その場に参加していた彼らには、同じ劇場版を見てももっとより強くたくさんの思い出や
彼女たちと過ごした濃密な時間が感じられるのだろう。

  実際、どうやらそのシーンの客席の歓声なんかは、
  横浜だかでやった、以前のライブで拾ったものを使っていたらしい。

そこに自分はいない。
だからと言って、そこにいない自分を強く悔いて血の涙を流したり、
歯ぎしりをしたり、くやしさに打ち震えたり……そんなことはないのだけれども、
こころにうっすら、弱い毒を含んだ靄のかかったように、
胃もたれの様な違和感がときどきのしかかってくる。
ことは「未練」なのだから、そういうものだ。
強い動機は含まない。

  ちなみに、その前に『ラブライブ』が似たようなライブをやってたらしいが
  そっちには特段何も感じなかったことを追記しておく。

 ▼ナムコという存在に惹かれて

また、さっきからナムコナムコ言ってるが、ではナムコという会社に格別の思い入れがあるのかと言われれば
それも実はそうではない。
刷り込みの様なもので、
なんとなくすげえ、
なんとなく職人肌の、
なんとなく商売下手で、けどそこがカッコイイ、世界の著名ゲーム人たちも憧れるゲーム会社の始祖の巨人。
そんなイメージがあるだけだ。

多分実際にお世話になっている度合いでは
オールタイムトータルでいったらKONAMIさんの方が上だろうし、
なんならケムコさんの方が上かも知れない。ワリとマジで。

  一時期……小学校高学年~中学時代くらいは、ちょーケムコシンパだったんすよ。
  『インドラの光』に始まって、『砂漠の狐』『真田十勇士』『スパイvsスパイ』とか。
  まあメジャーどころばかりで本数も大したことはありませんけど、子どもの財力ですから。
  『ファミコンウォーズ』と『砂漠の狐』が並んで売られてるところで
  『砂漠の狐』を選ぶ小学生ですよ(中学生だったかな)?
  もうそれで充分だろ!

  ▼ケムコ 砂漠の狐
   
   どうだーい、くそ地味だろーう?

  ちなみに『真田十勇士』は同時期発売の『里見八犬伝』とよく並べて売られていたのをよく覚えている。
  『ホワイトライオン伝説』はいまでもやりたいです。
  『悪魔の招待状』のシリーズは「怖いから買っちゃだめだ!」という兄の強い反対に遭って買わせてもらえなかった。
  そんなビビることかよ。
  閑話休題。

  ▼真田十勇士
  

ナムコの話だっての。ケムコの話で盛り上がるな<俺
ただ、「アミューズメント」といえば「ナムコ」だったのだ。
TV版『アイマス』の初代OP「READY!」を初めて聞いた時、
サビに「エンタテインメント」という言葉が出てきたのを聴き、
「2番のここの歌詞は確実に『アミューズメント』だな」と妄想をたくましくしていたところ、
後日フルで聴いた時本当にそうで、このときばかりはちょっとシビれた。

何の話をしてるかわからなくなったけど、とどのつまり、
ファミコン前夜からゲーム好きのオイサン(生粋の御仁からしたら全然ニワカのレベルだが)からすれば
ナムコといえば自分に血肉を与えてくれた魂の親の一人で、
そのナムコがナムコで無くなる最後の時(今だって中の人たちは「ナムコはナムコだよ!」って言うに違いないけど)に送り出した忘れ形見、
それが『アイドルマスター』だった、っていうくらいの認識でおる。

しかもそれが……『リッジレーサー』や『エースコンバット』、
『ドルアーガ』や『パックマン』でなく、
ナムコらしくない恋愛育成ギャルゲー! ……の皮をかぶった、
何とも無骨でナムコらしい対戦ゲームだったということがまた、
その存在感をオイサンの中で特別なものにしているのだった。



……皆さん、お気付きだろうか?
ここまで映画の感想らしい感想がなかったことに。



どーしてここまで「個人的な思い入れの話」をしたのかといえば、
『アイドルマスター』という作品に限っては、
深くコミットした人間でないと何が正であるのかということが言えないと思うからだ。


俺たちの『劇場版 アイドルマスター』の感想はここからだ!


……といっても、冒頭でちょっとだけ書いた
「アニメの『アイマス』らしさからブレのないもので、個人的には物足りなかった」
というのでほぼ全部だ。

この映画を支える物は、まっすぐな思いが支えるまっすぐな物語で、捻りもてらいも寄り道もない。
あとから思うと
「何でこの話で2時間越えるんだ?? 『モーレツ宇宙海賊』より20分増しだと???」
と思うくらいの内容だった。
テレビ版でやれと言われたら、多分2回で終わらせる内容だ。

  繰り返すけど、それがダメなんじゃなくて、
  それがアニメ『アイマス』の持ち味で、オイサンはそれが物足らないというだけだ。

出番はほとんど、春香に伊織、律子とP、あとギリギリ千早と美樹に限られる。
他の765プロのメンツはほぼ何もしていないという驚異的な事実。
伊織が、すごいいい味を出していたのが印象的だった。
千早・美樹に至っては、すでに春香をブッ千切れる強烈なポジションを獲得しているので
今作では「おまえらはちょっと黙ってなさい」と一線から除けられる位置に下げられ
(というか彼女たちは今回のテーマとは別なベクトルを背負っているのでおおっぴらに前には出られない)、
そーなるとまともに弁の立つ(コトが許される)キャラが伊織しかいなかったから
イキオイ伊織がすごく前に出てきて活躍していた。
雪歩、アミマミ、響に貴音、あずさ、真、やよいは……
本当に何もしなかったな!
一応それぞれがキャラクターを発揮する場面は用意されていたけれども、
物語をドライブさせることとほぼ無関係だった。
それについてはあまり誉められた作りではないと思う。

  序盤で出てきて牡蠣喰って終わった貴音さんとかもう
  ブレがなさ過ぎて却って漢気を感じさせたり、
  気まずい空気のところに介さず入ってくる、
  「空気読まないキャラだから出来ること」が一番の見せ場だったあずささんとか
  ワリと不憫です。
  (個別のファンに向かって)キミたちゃこれで満足なんかね。

いくつかのサブになる事件があって、
それぞれ、持ち前のキャラクターでクリアしていく場面があっても……
まあ人数多いから難しいかもだけど……良かったのではないかな。
ほぼ全部、伊織にやらせてしまったことがちょっと残念。
それもまあ、外様であるオイサンの勝手な言い分でしかないんだけども。

  ていうか、原作の深いエピソードを知ってるわけじゃないので
  何か使えるものが転がっているのかもよく知らないんだけど。
  この辺がニワカの辛いところだ。

今回は、思い切って他の面々は取っ払ってしまい、
春香さんがソロで活動したときのエピソードっていう扱いにしてしまうくらいでも、
目先がちょっと変わって良かったんではないか……くらいにまで思う。

マ765プロあって、メンバーあっての春香さんですし、
今回は春香さんを真ん中に据えた「765プロのお話」でもあるから
(そこへ思いを束ねられているように見せるために、
あんまり意味の無かったPの留学研修なんてものでワリと無理に軸を通している)
周りを無くしてしまうとそれはそれで話にならんのだけど。

 そういう意味で、ラストのキメぜりふは、
 「私は、天海春香だから」ではなく、
 「私は天海春香で、ここは765プロだから」とか 
 「私は、765プロの天海春香だから」くらい言っても良かったんじゃないかと思う。
 そこまで背負わせての「私は、天海春香だから」だったのだということは理解しているつもり。

 ▼メインテーマ

メインの話もすこし食い足りなさがあった。

全員の成長、765プロの前進が一つの見所で、それは存分に感じられたけども
(しかしそれをやってしまったらPが要らなくなってくるわけで
プレイヤー・視聴者は困ったことになると思うんだけどそれはまた違うお話)、
もう一つのテーマだった、
なぜあの太ってしまった候補生の子……カナちゃんでしたっけ……が、物語上「勝った」のか、
彼女の持っている物が天海春香につながり、
春香の持っているチカラを肯定することこそを、もう少ししっかり見せる必要を感じた。

  それが今回の、天海春香の、
  すなわち765プロの「アイドルとは」というところを見せる仕掛けだったはずだと思うからだ。

あの太ってしまった候補生の子は
憧れと思いこみだけでアイドルになろうとしてしまった子で、
その思いと行動は春香に直結する。
イマドキの世の中、生きていくためには黒髪の子の言ってることの方がより「客観的」で
「論理的」で「一般的」で「常識的」であり、根拠に富んで説得力がある。
それは「職業・アイドル」としてのやりかただ。

……んだけれども、そんなもん吹っ飛ばしてもやれるのが「アイドル」だよ!
っていうのが春香のアイドル像だったわけで、その「正しさ」を、
太子(いま命名)が「その気持ちだけでもってなぜやっていけるのか」
「その何が優れていたのか」を、
理屈でなく、映像で見せることが出来ていたらもっといい物になっていたと思う。

誰よりもついつい一歩前に出てしまうだとか、
誰よりも少しだけ声が届くだとか、
少しだけよくファンの顔を見ている、だとか。
それを拙い気持ちが(巡り巡って具体的な力となって)支えている彼女は、
天海春香のあとに続く、同じDNA……とまでは行かずとも、同じタンパク質のパーツを持つ者であることが、
言葉でなく、映像で、もう少し強く描かれていて欲しかった。

もっともっと、夢を見ることによって強くたくましく、図々しくなれる、
けれどそのエゴがアイドルのアイドルたる武器である(少なくとも765プロという場においての)
ことを見せてくれたら良かった。

個人的には、もう一つ密かに引かれていたセンである、
今回の悪役を買って出た黒髪の候補生の子と伊織の関係の方が、
先々と良い関係を築いて残しそうそうで、世界が広がっていきそうなところに魅力を感じた。
彼女はのちのちも伊織に相談を持ち掛けたりするんじゃないだろうか。

実際のところは黒髪の子も悪役ではなくて、あり方の一つでしかないので、
彼女も肯定される必要があった。
それをするのは今作の図式の中では伊織であったはずだ。
そういうフォローはなかったなー。
そういうものがワリカシきちんと描かれていたので、
オイサン的には『サマーウォーズ』はより愛しかった。

 ▼象徴としての『M@STER PIECE』と、「アイドル」に託す魔法少女たちの夢

あと、主題歌(?)の『M@STER PIECE』は買った。
なんだかやけに耳に残る曲だったので。

 


けどこれは、単純に「いい曲」「良い歌」ではないように感じた。
計算しつくされて作られた、感動を呼ぶために巧みにデザインされた歌、
技術の申し子であって、魂が魂にダイレクトに訴えかける歌ではないのだと聴いていて思った。
もちろん、その「技術」は魂によって得られたものかもしれないけど。

どこでそのことを見分けるのかというと……
単純に、聞きながら「あ、ここ泣かせるためのメロディを挿入してきてる」と、
分かってしまうところだ。
いい曲だが、聞いていてネタが冷静に見えてしまう。
これはこれで、技術的に誰にでも狙って出来ることではないと思うが、
どこかに手クセのようなものの気配をぬぐい去ることが出来ない。
「なんだか分かんねえけど涙が止まらねえ!」
という類でない、どこか冷静に聴けてしまう、そんな曲だと感じる。

誤解のないように申し上げておきますけど、好きです、この歌。
ヘビロテする類でなく、大事にとっておいて、ここぞというときにだけ聴きたい。
聞き過ぎることを抑制するためにポータブルプレイヤーに入れることを自ら禁じたいほどである。
そうと分かっていながらも完全にやられてしまう歌でもある。
泣かないわけじゃない。聞く度、毎回涙ぐむ。
作中でこの歌が流れるときのライブシーンの映像をほとんど鮮明には憶えていないのだけども、
この曲を聴けば、彼女らが歌い、弾み、ステップを踏む映像が、
劇中の映像とは無関係に生成されて浮かんでくる。

この曲は象徴的だ。
超性善的な位置に「アイドル」を位置づけ、
「すべてを乗り越え、キラキラの無邪気が最高で最強! なぜなら、それがアイドルだから!」
という、天海春香を筆頭においた765プロの面々の歌だ。

  実際、思うところはヒロインごとに違うのだろうし、作り手の思いがどこにあるのか分からないけれども、
  少なくとも、TV版『アイドルマスター』の物語と、今回の劇場版『アイドルマスター』を見た上での理解は
  そういうものに落ち着いた。

  ……もちろん、映画の主人公が春香ではなく他の所属アイドルになっていたら、
  新しい一面や新しい765プロの姿が見えたに違いないのだが、
  主役に春香をおいた時点で話はこういう姿にならざるを得ず、
  それを選んだことは上記のような解釈を是とするものだと考える。

これほどまっすぐに、捻りも衒いもなく「夢」を謳えるのが『アイドルマスター』の強みであって、
それを許しているのは他ならず、『アイドルマスター』がビデオゲーム出身、
すなわち体感的メディア出身であるからだ。

彼女らとともに苦しみ、笑い、泣いてきた時間があるから、
かつてプレイヤーであった視聴者Pたちは『アイドルマスター』と地続きの空間にいる限り、
愛や夢や勇気が絵空事でないことを知っている。
知っている者には伝わるから、まっすぐに歌っても嘘くさくならない。
アイドルでありつづけるために悲しみが伴わないわけではなく、
悲しみを「ものともしない」姿はやっぱりウソなんだけど、

それがどーした!!

っていう何物をも寄せ付けない強さは、そういう下らない勘繰りを跳ねのけて尚眩しい。
『WUG』がやろうとしている「アイドルの生身の人間面」というのはまた
一つの真理面ではある
(非体験型物語の、現実をトレースして生まれたものからはそうとしか語れない)が、
「人間だけど、それより"もっと"アイドルだよ!」
というのが『アイマス』の……というか、765プロの面々の言い分であるように思う。

それを可能にしたのが、やはり「ゲーム屋としてのナムコ」だったことに……
オイサンは感動を禁じ得ないのだった。
謳われている夢の姿や、夢を謳うことそれ自体には感動はしないのだけど、
「『アイドルイマスター』になら夢が歌える」ことには、やっぱり感動してしまう。

だから主役は春香で良いし、この物語で「正しい」ことを確信する。
如何せん、オイサンがそこにいられなかっただけだ。

近年の「魔女っ子」は、ワリとグーパンチで殴り合う存在になってしまったけども、
愛と夢と希望を振りまくのは彼女たちアイドルの仕事になっていて、
765プロの面々は、現代の魔女っ子なのかもしれんなあ、などと思ったりもした。

  これがまた「魔法少女」って呼ぶと絶望に堕ちる人たちになってしまうからややこしいけど。

ただ、それが作り手の独りよがりになってしまってはよろしくなく、
『アイマス』のPたちが力強く頷けるものになっていないと意味がないワケで、
ロクにPとして活動をしていないオイサンにはそのヘンの呼吸というか、共通認識というか、
Pたる方々が彼女らに何を見るのか、何を求めるのか、ということを知りたかった。
どこまで行ってもオイサンは蚊帳の外から見ることしか出来ない話なので。

『アイドルマスター』も、
アーケード時代からの人、コンシューマに来てからの『1』『2』の人、
携帯ゲーム機になってからの人、
そしてソシャゲになってからの人と、
世代で見ているものがもう全然違っているだろうから、
ひとくくりにすることは難しいだろう。

だからその誰もが出力88%くらいで納得できるであろう、
こういうGeneralな『アイドルマスター』のラインを守ることがベストな選択だったのだろう。
エッジの利いたやつを見たいと外側の人間としては思うわけだけども、
それ言い出すとまた某『KissKiss恋してるサックスアニメ』みたいになりかねない。
大外の人はそこそこは見られると言うけど
生粋のファンからはなかったことにされてしまうような
生まれてこなければよかった奇妙な果実になりかねないので……
ねえ。
難しいところだと思います。
冒険できないのは惜しい気がしますが。


  ついでに言うと……成長して大人になっていき、
  へたすりゃ自分でシゴトとってきちゃいそうになっていく765プロの面々を見て、
  アーケード時代からの生粋のPのみなさんはどんな風に思うんだろうなー、
  ということに興味がわいたりする。



■Closing~輝きの車窓から。手や顔を出さないでください。



マそんなことで。
色々と、ああだったらいいな、こうだったら面白かったのにな、ということを書いてきたわけですが、
それも私が大外にいることを自覚しているから言えることであって。
それを取っ払って考えたとき、この映画はおそらく、ベストな出来であるはずだ。

オイサンは行けない。彼女たちと一緒に、輝きの向こう側へは、決して。
たとえオイサンが輝きの向こう側へたどり着く日が来たとしても、
それは彼女たちとは違う輝きの向こう側のはずだという確信が、このオッサンにはある。

『アイドルマスター』は、オイサンにとって、掌からこぼれた至上の宝石だ。
そうでなければならない。そうであってほしい。
そうであることを現実にするために、オイサンは羨望のまなざしで、決してその世界に参加せず、
指をくわえて遠巻きに見守り続ける。
そのきらめきは、輝きの向こう側へと過ぎ去ってなお眩しすぎる。
そのことを、今回の劇場版はより鮮明な輪郭をともなって教えてくれたと思う。
見に行って良かった。

さようなら『アイドルマスター』。

これからも、どうぞよろしく。

オイサンでした。



 P.S
  2週立て続けの映画館通いで、映画見るのがまたちょっと楽しくなってきてしまった。
  前は映画館、2時間じっと見てるのが結構得意ではなかったんだけど、
  やっぱりこう……環境がいいですね。
  2時間、強制的に集中できるのがいいわ。
  ただ、映画館で見るんだったらときどきアニメじゃない作品もはさまないと、
  なんか感覚がおかしくなりそうだ。


▼READY!

やっぱこれが一番好きだなー。
これを見たときは、もう少し近くまで行けるかと思ったんだけど、やっぱり無理だったなー。

 



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2014年3月 9日 (日)

■DANCE WITH FOXES~よく歌う神様と眠る湖の歯ぎしり~ 北海道旅行19・阿寒編-6・4日目 -更新第912回-


えりもの春は、何もない春です……。

先人にそんな風に歌われてしまって、
それを鵜呑みにして確かめに出かけるような旅に、果たしてどれほどの価値があるだろう?

先人の、風を感じる肌は鋭敏であろう。
しかしそこに風が吹く以上、景色も風も、また変わる。
先人の言葉を認めてはならぬ、というわけではない。
実によく詠み表したものだとシャッポを脱ぐことも大切だ。

けれども、せっかくだから、先人たちと違う時代に生き、
違う場所で生まれ、違うものを食べて育んできたこころでもって新しい風を感じ表すこともまた、
一つの旅の醍醐味なのではあるまいか。



なーんつってテヘー!
オイサンです。

ここはきんたまに花咲くオッサンの深夜の100円駐車場、
『ゆび先はもう一つの心臓』。
北海道旅行の19回目・阿寒編、4日目の様子をお届けします。



■4日目



4日目は完全に移動日。
阿寒から大雪の山々を抜け、旭川まで突っ走る5時間あまりのバス移動。

サアお待ちかね、たのしい楽しい長距離バス移動の時間です!

P1203779

……楽しいのは私だけですかね。
楽しいですよ、バス。人が少ない路線ならなおのこと。
何かこう、移動する開放的な個室、みたいな感覚でね。
完全には隔絶されていない、適度なオープンスペース感もまたいいわけです。
お話の出来る知り合いと、4、5列離れて座るってのも楽しいでしょうね。
気を遣わなくていいくらいに離れて思い思いに過ごして、
気が向いたら遊びに行く、くらいのね。
お楽しい。

  関係ないですが釧路には大楽毛<おたのしけ>という地名がありますけど
  楽しい毛っていうのはどういう毛なんですかね。
  やっぱりあの辺とかあの辺ですかね。
  実際は、他の北海道の地名の多分に漏れず、アイヌの言葉に漢字を当てただけのはずですが。
  アイヌ語で、オタニ(砂地)ノシキ(中央部)という意味……らしい。
  他に漢字もあったろうに。なぜ「毛」。

もしかすると、一旦釧路まで戻って電車を使った方が早いのかもしれない。
──と、思ったが全然だった。
調べてみたら、そっか、釧路 → 旭川は直行ルートなんかないから
釧路 → 札幌 → 旭川
になるか、なんなら空路がルート検索に出現する始末で早くても釧路から6時間ほどかかる。
阿寒から釧路まで戻る時間を加えたら、今回のバスルートが全然早かった。
いえーい。 ← 無計画
とはいえ、釧路~札幌の鉄道ルートも知らない景色ではあるから、
時間の効率云々ではなく、いずれは乗ってみたいものだ。
次回以降検討しよう。

  ──と、思ったらこんな素敵なルートが出てきた。6時間。

  ●釧路
  |8:24発
  | スーパーおおぞら4号(自由席)[札幌行]1時間32分
  |9:56着
  ○帯広
  |10:05発
  | 根室本線(普通)[滝川行]2時間58分
  |13:03着
  ○富良野
  |13:12発
  | 富良野線(普通)[旭川行]1時間13分
  |14:25着
  ■旭川


  しびれるねえ……(ウットリ。
  こういうの大好き。考えただけで鼻血でそう。
  釧路でお茶飲んでね……
  帯広で豚丼食べてね……
  シメに旭川でお茶飲んでね……。
  もう、この移動をメインイベントに据えたプランを組みたいくらいだ。
  まあ、また次回だね。次回。
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
バスの時間に合わせ、9時過ぎには宿を発つことになるが
だからといって朝のお勤めを疎かにするようでは湖上紳士の名が廃る。
誰が呼んだか湖上紳士。 誰が呼んだの?
早朝の氷上散歩は欠かせません。

日の出に先駆けて湖上へ出てみれば、阿寒で迎えた三度目の朝はそれまでで一番の快晴だった。
月は、まるで太陽と見まごうばかりに強く輝いている。
月の光の明るいさまを言い表すには、「皓々と」とという音を当てるのが似つかわしいと思ってきたけれども、
今日はほとんど「燦々と」と言って良いくらい、青白く凍えた湖面に降り注いでいる。
温度のない、むしろ冷気をはらんだような、白く冷たい光。

P1203611


この日も気温は下がったけれどもやはりダイヤモンドダストは出ず(本気で期待もしていない)7時を回る頃まで、
氷の上を右へ左へ、ぷらぷら彷徨った。
この幸せな景色や時間とも、今日でお別れか。
へっ、くっそ寒い中で早起きしないで済むかと思ったらせいせいすらあ。
しかしまあ……朝日にほんのり朱の差す雌阿寒の、なんともお美しいことよ……。
本当に、白無垢の花嫁さんのようじゃないの。
びっくりしちゃうよ。

P1203690 P1203680


どんどん、とカカトで氷を強くノックしてみても、
最後まで自分のビートでしか返事をしない阿寒の神様だった。

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■探勝路を軽く


宿に戻って湯に浸かり、朝食を摂って部屋を片づければあっという間に9時を回る。
20分頃にはバスセンターまでの歓送バスを出してくれるというので、
フロントに荷物をおいて今一度、湖さんへの名残を惜しみに探勝路へ出てみた。
あの不可思議な音を、どうにか録音出来ないかと考えたのだけど……
結果的には無理だった。
録音機材が貧相だったというのもあるし、
この時間帯ではまだ、あの音は鳴っていなかった。

あーあ、こりゃもう一回来ないとだなあ。
あーまた来るのかー。
寒いのになあ。
参ったなあ。

以下、最後の朝の探勝路の様子。
最終日だってのにホント天気が良くて、青と白が美しい。

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さらば、音楽好きな山と湖の神様よ。
摩周湖のようなツンと澄ました美しさはなかったけれど、
あなた方はちょっと親しみやすい神様だったように思う。

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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■バスになれ


バスには、温泉街の目抜き通りではない大きな国道沿いに設けられたバスセンターから乗る。
宿が送迎バスを出してくれた。

待合はがらんとした、というか、なんかズドンとした、
コンクリ打ちっぱなしの倉庫か駐車場かというような空間に事務室がくっついていて、
ぽつんとベンチと自販機が置いてあるきりの、雰囲気で言えば人体実験場の待合室のようなところ。
オイサンさんお入りください、と呼ばれたらそこで何か違う物に作り替えられてしまいそうな、
けれども重苦しさはない、そんな場所。

まあこれから5時間かけて、トンネルを抜けるとそこは雪国だったをやりに行くわけなので
(抜ける前から雪国だけど)雰囲気としては合っているような間違っているような。

バスがどこに入って来るかわからなかったのと、
まだ来てないよね、これから来るんだよねという確認も含めて、一応事務員さんに声をかけておく。
70は越えていそうなご老人が二人、病院の待合のカウンターの向こう側みたいな事務室でカタカタと働いていた。
荷物を置き、バスが迎えに来るまでの短い時間を使って建物の周りを眺めてみる。
この町は、結局どこにいても雄阿寒さんの目が届く。

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乗客はオイサンを含めて3人だけ。
理想的な空間だ。

たのしいたのしいバスの旅……とは言っても、約5時間、
ただ乗って揺られるままになっているだけなので、ここに書くようなことが起こるわけでもない。
メガネで半ズボンで蝶ネクタイのタキシード小僧でも同乗していたら、
目的地に着くまでずっとビクビクしていなければならないのだろうけどそんなサスペンスなこともなく。

  湯煙がいざなう、死の密室バスツアー! オイサンは二度死ぬ! 一回で十分です!

……一回でもイヤだよ。

 ▼北見にて

5時間半走るうちの半分ほど走ったところ、北見のとあるコンビニで、乗務員交代の休憩があった。
ここから管轄のバス会社が変わるのだそうだ。
ただのセブンイレブンだったが、バス会社と契約がむすばれているのだろう。

P1203803

トイレを借り、ちょっとしたおやつと水分を補給する……。
おっとそうだ、阿寒で釧路と阿寒で見つけられなかったマンガがあるか見ておこう。
あのド田舎町(しつれい)、コンビニ4軒もあったくせにありやしなかったからな……
あったーー!!『修羅の門 第弐門』11巻
クックック……おやつにコーヒーにマンガ……。
完璧な布陣じゃないか……。
この先の残り2時間半もパラダイス確定だぜ……。





……。




ああ、たのしい……。
ヘブン状態!!
もう……こういうのがタマラン楽しいわけですよね……。
ダメな大人だなあ。

そんな悪い笑みを心に隠し、30分ほどの停車時間を使って辺りを散策してみた。

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コンビニの前は大きな国道で、お決まりのトラックやらがバンバン走り抜けていく。
それを渡ればもう普通の住宅街で、そのまた向こうには小さな丘がそびえていた。
コンビニの裏手には線路がはしり、あって無きが如しの踏切を越えた向こうは……
恐らく田畑なのだろうけども、すっかり雪をかぶって正体をなくしていた。
白と青。
けれどもこの下はしっかり地面が詰まっているとみえ、
どーんともぴゅーんとも言わなかったし、足を強く打ちつけても波の様な震動が返って来ることはなかった。

そうか、ここが北見か。

日照時間が日本で一番長い町、北見(※)。
それゆえ、ソーラーカーの研究が盛んにおこなわれている町でもあるのだそう。
※2003年時点の情報。

 ▼ぼくと北見とプレイステーション

私の渡道がプレイステーション2用の恋愛アドベンチャーゲーム、
『北へ。DiamondDust』をきっかけに始まったことはWikipediaにも書いてあるくらい有名な事
実だが、
 
その『北へ。』で主要な舞台となっている北海道の都市はたったの5つ。
北見はそのうちのひとつであるわけだけれども、
ハテ、19回もの渡道を経てなお、その5都市を未だ網羅で来ていないというのは、
果たしていかなる怠慢のなせる業であろうか。

ちなみにその5都市(ヒロインの居住地)は、

 函館(茜木温子)、
 札幌(朝比奈京子)、
 帯広(原田明理)
 旭川(北野スオミ)
 北見(白石果鈴)



そうだなあ……この動画を見て、心を奪われたんだよねえ……。

で、未だ回れていないのは、函館と北見。
……大体、北見、何しに来るんだよ。 ← お前がそれを言うのか

しかし19回もどこを回ったんだ……。
このところ、さすがに記憶もあいまいになってきた。
ちょっとまとめてみましょう。

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■北海道開拓の歴史

 ▼2004
  1月 旭川・美瑛~稚内       初渡道。取り敢えず最北を目指す。
  5月 帯広             帯広満喫。ウペペサンケ、ナイタイ高原、然別、糠平、豊頃。
 10月 旭川・美瑛          美瑛満喫。

 ▼2005年
  1月 札幌~稚内~旭川       稚内2回目。札幌~稚内を年またぎ夜行列車で。宗谷岬で初日の出。風邪を引く。
  8月 稚内~礼文~旭川       稚内3回目。両親とともに。初離島。
  1月 釧路・摩周湖         初摩周湖の衝撃。

 ▼2006年
  5月 釧路~厚岸・霧多布~根室   道東満喫。霧多布。海鳴りと風の吹きすさぶ印象的な旅。

 ▼2007年
  1月 網走~雄武~稚内~留萌~旭川 稚内4回目。道北沿岸踏破バスツアー。最長ロケ9日間。
  9月 旭川・旭岳          初旭岳。

 ▼2008年
  1月 釧路~川湯・屈斜路湖・摩周湖 摩周湖2回目。雪に空蝉。
  5月 札幌~広尾~帯広       えりもの何もない春。何もなかったけどとても印象的な旅。
  8月 札幌~小樽~積丹       積丹。島武意・神威岬の威容!
 10月 旭川・旭岳          旭岳2回目。紅葉を見るつもりが吹雪に。

 ▼2009年
  1月 旭川~稚内          稚内5回目。宗谷本線に乗りたかっただけ。
  9月 旭川~層雲峡~美瑛      両親を連れて。旭山動物園に、イングリッシュガーデン。

 ▼2011年
  3月 旭川~白金温泉        花みずきで震災に遭う。気が気でない温泉旅行。

 ▼2012年
  8月 札幌~稚内~旭川       稚内6回目。札幌からバスで。稚内駅が新しくてビビる。シン君に会う。

 ▼2013年
  1月 釧路~摩周湖         摩周湖3回目。珈路詩。帰れなくなる。

 ▼2014年
  1月 釧路~阿寒~旭川        ← イマココ

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……あー。
とりあえず分かるのは、
「あ、このヒト、旭川と美瑛と摩周湖と稚内が大好きなんだな」
っていうことだ。
稚内が6回。
摩周湖が3回。
美瑛にいたっては、旭川空港を使うときは大体ぶらっと寄るので、うち半分は足を運んでるは事になると思う。
ついでにいうと、旭川にある喫茶店花みずきさんにも、それと同じ回数は行っていると思われる。

  2、3年に一回は稚内に行ってるんだな。
  そして2008年、むちゃくちゃだな。8月と10月ってなんだよ。

函館、北見はもちろん、知床にも行きたい。
中標津から開陽台へは行かねばならぬ(使命感)し、それと合わせてトドワラも必須だ。
再訪したい場所で言えば、神威岬、根室、霧多布。
とある御仁と、厚岸・霧多布へ牡蠣を食べに行く約束も、
また別の御仁を稚内へ、札幌からのバス路線でお連れする約束もある。

それを全部合計すると……最低あと9回か……。 ← 1回で複数個所を巡るという発想はない
まあ、トータルで40回はいくんだろうな。

試される、約束の大地、北海道。
旅路は、未だ遠く。



……。



はい。



かっこつけてもだめっすね。



すみません、ダメな大人で。
10年で20回はダメな大人のすることです。


あーバス出るわ。
ぶおんぶおん。 ← にげた
バスは再びこのオッサンを旭川へと運んでいきます。
10回目?になる美瑛。

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■バスバス走る


……というタイトルと歌詞のうたがあったと記憶しているが、
あの歌作ったヒト、あれでいくらもらったんだろ。
マそんな大人っぽい話はどうでも良い。

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北海道の、冬のこういう山の景色を見ると、いつもとてつもなく大きな獣の背中のようだと思う。


再びバスに乗り込み、あとは旭川までノンストップ。
ノンストップ恭平(2度目)。

ここから旭川に着くまでに車中で起こったことと言えば……
鼻血が出ました。
さほど暖房が暑すぎたわけでも、タブレットでムフフ画像を見ていたわけでもありませぬ(古典的な)が、
なんか出た。
地方高速バスのあまりのほんわか加減に興奮してしまったのだろう。

  ていうかいちいち書くほどのことか。
  「雪でこけた」とか「鼻血が出た」とか。
  なんだこの日記。書くことがないのか。

ちなみに9時半に乗り込んで15時に到着なので、昼食は当然車中で摂ることになる。
マずっと座ってるだけなので食べなくてもいいんだけれども、それでも腹は減る人体の神秘。
誰がために腹は減る。
昨日、明日の昼ゴハンはどうしようかと考えた末、宿でもらったパンを食べることに決めていた。

  初日の回でも書いた、JTBのパックツアーで宿泊を申し込むと特典でついてくるアレです。
  若干持て余し気味だったそのパンをこの日の昼食に充てることにした。
  マ言っときますけど、おいしいパンでした。
  それはホントに、掛け値なくフカフカでおいしいパン。
  モフモフ。
  幸せ。

 ▼層雲峡を通過

山間やダムや渓谷を抜け、途中、層雲峡を通過。
ルートからすれば当たり前なのだが、そこまで考えていなかったので不意を打たれて「おっ」と思ってしまった。
上の来歴でも書いた様に、層雲峡へは5年ほど前に両親を連れて宿泊したことがある。
もう5年前なのか……早いな。

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……。 ← なんか色々考えている



いかんいかん。 ← いかんかったらしい



ここも結構な温泉郷で、やはり世間から隔絶され、時間の止まったような場所だ。
温泉郷とは、なるべくそういう場所であってもらいたい。
懐かしさにかられて、バスの窓から泊まった宿の下手な写真を撮る。
アラレちゃんみたいな仲居さんは今も変わらず、パタパタやっているのだろうかなあ。
層雲峡を抜けたということは、旭川到着もそう遠くはない。

 ▼『テルマエロマエ』

終盤になるまで気付かなかったのだけれど、
バスの最前部に取り付けられた小さなモニタでずっと映画を流していたらしい。

気付いた時には『テルマエ・ロマエ』がかかっていて、
ちょうど阿部寛が風呂から上がるくらいで旭川につくようなペースだった。
これ以前に何がかかっていたのかは分からない
(まさか『テルマエ・ロマエ』ばかりリピートしていたわけではあるまいし、
『テルマエ・ロマエ』、6時間もないだろ?)。

ところでふっと思ったのだが、流れていたのはどうもただのDVDだったらしいのだが、
……これ、上映許可はとっているのだろうか。
まあいい加減なことはしないとは思うけれども……。
フツーのDVDをフツーに流すのはアカンって最初に流れるものね。
マ大丈夫なんでしょう。

やがてバスは山あいを抜け、車窓は至極見慣れた北海道の地方都市の景観を映し始めた。
中古車センターに並んだ、売り物のはずの車の上にどっかりと3、40cmはあろうかという雪の塊が乗っかっていて、
ああ、釧路は雪が少なかったけれど、こっちはしっかり降ったのだなと鼻から笑いが漏れた。

この時プレイヤーで聴いていたのは、何故か『Japanese NINJA No.1』。
へっへっへっへと怪しく腹筋をひきつらせていた。
思えばこの三日間、心温まるような和やかな気持ちではおられたものの、
腹の底から大笑いすることはなかった。
そういう意味では、自分のメンタリティに照らし合わせると完全燃焼には至っていなかったのではないかと思える。
笑うこと、笑わせること、笑い合うことは、やはり自分にとっては重要であるらしい。


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■旭川にて



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サテ、阿寒から釧路へ戻らず、いちいち旭川まで抜けてきたのは、勿論それなりの目的があってのことだ。
一つは、いつも足を運んでいる、旭川のcafe花みずきさんのところでまたお茶とスコーンをいただきたいから。
珈路詩では、1年経たないうちにマスターが亡くなっておられ、思うところがないではなかった。
思えば、上で記した渡道歴にもあるように、今年は北海道の旅を初めてちょうど10年目にあたる。
花みずきさんへはその初回からお邪魔しているので、やはり10年来のお付き合いということになる。
一年でお別れをしなければならなかったご縁のある一方で、
十年、何となくでも続いているご縁があり、
それはどちらも等しい価値を、きっと持っているのだろう。

そしてもう一つの目的は、スープカレーのお店カオスヘヴンでスープカレーを食べて帰りたい。



なんやジブン、北海道までコーヒー飲んでカレー食べに来たんかい!



あかんのかい!!



別にアカンことあれへんがな。



まあ、もう、旭川は私にとっては観光地ではないですね。
生活圏内に近い。
ちょっと遠い、近場の喫茶店。そんくらいの気分です。
気分転換きぶんてんかん。

さて、宿に荷物だけおいたら、早速カレー屋の場所だけ確かめて花みずきいくかー。



   しかし カレーやは やすみだった !!



モッてるなー俺。
事前に確かめとけよ、とかそういうレベルではなかった。
確かこの辺りだったかと記憶を頼りに通りを歩いてみると、
お店はあったのだけれども、中が暗い。
まだ営業時間前なのかと思ったが、何やら表に張り紙が……なになに。



  水道故障のため営業できません、ごめんなさい。



た、たすけて! 暮らし安心・クラシアン!!
オイサンの豊かな夕食のためにーー!! お前だよ、世界の森末!!

うわー。
……じゃあしょうがないな(コロッ)。

他にアテのあるわけじゃないけど、そういうことなら仕方がない。
また来ればいいもの。
代わりのお店はあとで見つけるとして、
宿でちょっとモッタラモッタラしていたせいで時間は既に4時半を回ろうとしている。
閉まってしまわないうちに、さっさと花みずきへまいりましょう。
寒い寒い。
旭川、雪多いなー。



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■cafe 花みずきにて


cafe花みずきは、華やかな空間ではあるけれど、外見はからきし地味で見つけ辛い場所にある。
旭川という町が丁寧にブロックごとに整理され、規則正しい形をしているが故に地点によって特徴を捉え難いという事情もある。
そのため、店を見落としたり、
一つ奥、或いは一つ手前の辻を歩いていたりして、たどり着くために五分十分を余分に費やしてしまうことが、
訪れるのがもう十度目にもなろうというのに未だにある。
この日は、かろうじてその眩惑的な罠にはまらずに済んだ稀な日だった。

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ところで、ここ数日の旭川……上川地方の降雪は激しかったようだ。
先にもすこし触れたように、道路の脇、駐車場、
およそ大きく空きのあるスペースにはかき除けられた雪がうずたかく積み上げられ、
町はどこを見ても白と灰の影に塗りつぶされていた。

ほぼまっすぐに店のあるブロックにたどり着くと、
数十メートル先の店先に、この寒いのにお店の女主人……Y子さんとしておこう……のY子さんのお母さんが出ておられた。

ざくざくと雪を踏み分けて店へ近づくと、Y子さんのお母さんも店の客であることを察知したのだろう、
いらっしゃいませと私の母と同い年とは思えないような滑らかでくっきりとした声でおっしゃった。
ども、ご無沙汰してますと私が返すと、そこでようやく私だと気付かれたようで、驚いて目を丸くされた。

  これは別段、私が厚遇される立場にあるというわけではなく、
  「遠くから来てるやつだ」ということを、ありがたいことに覚えて戴いているというだけだ。
  神奈川くんだりから、2年に1回くらいのペースで来るおかしな客。
  しかも店を知ったきっかけが、『北へ。Diamond Dust』だということも知られている。
  貼られたラベルは「神奈川のゲームの人」。
  別に、私が作ったわけじゃないですけどね。一応本名も憶えて戴いてはいる。

……と、いうワケで花みずき。
珈路詩であんなことがあって、カオスヘヴンもああだったから、なんかおかしなスレ違いで
ここも開いてないとか、お店自体がないとか、
おかしなことになっていやしないかと不吉な思いの一つも巡らせたくなったが一切の杞憂だった。
いつもどーり。

10年前、初めて訪れた時はまだY子さんのお姉さんが主にお店を切り盛りしておられたので、
10年前とまるの全くそのまんま、というわけではないけれども、
雪に埋もれて凍える町の片隅で、ぽっかぽっかとしているあたたかな店構えは変わらない。
ありがたい。

お客は自分一人。混んでる空いてるが極端な店である。
しかしよく考えたらこの日は平日、月曜日。
時刻も5時前で、オフィス街でもない町のはずれの喫茶店が
混み合っている方が不思議だし、大の男がふらふら遊び歩いてる方がよっぽどおかしかった。
雪のお陰もあって……とても静かだ。

普段は店にはY子さんが立っているはずだが、今日はお母さんがお相手をしてくれるご様子。
Y子さんは話好きのニギヤカパワフル系だけど、お母さんはゆったり物静か系。


 「Y子、今ちょうど出て行ったところなんですよ。これから、地元のラジオに出るとかで」


ラジオですか。
ローカルのFMとかだろうか。
そういえば、何かと地域の活性化のためにナンダカンダとやりたい、と
前回遊びに来たとき言っていたっけ。そういう繋がりだろうか。

 「ええ、旭川の冬まつりっていうのがあって。
  その中でやる雪像作りに、店でメンバーを集めて参加したり、
  冬まつりの写真コンテストなんかを、店でやったりしてるから……」


なるほど。


 「5時からって言ってたかしら……」


店の時計に目をやるお母さん。のんびりである。
日本中のあちこちへ、
名所旧跡を訪ねたり美術品を見に出かけたりで
内実はパワフルかつアクティブなお母様なんだけど、
こうして話す分にはすごく穏やかでまろやか。

そうして何やかや、今回はオイサンがなんでこんな時期に、どこで何してきたか、みたいな話をしていると、
お客が数人やってくる。皆、お店の常連さんらしい。オ、オイサンだって常連さんじゃぜ?
最近ではY子さんが写真に凝り始めてお写真仲間(主に年輩の男性)でにぎわっているらしい。
最終的にはオイサン含めて、お客は四人。
たまたまやってきていたり、Y子さんがラジオに出る、と聞きつけてやってきていたり。

隣に座った60絡みの御仁は、忠別橋のたもとでフロストフラワーを見た、撮ったと喜んでおられた。
それが何なのかよく分からないまま撮ったらしいけど。
フロストフラワーがスッと出てこず、
「あーなんだっけなー」
「フロストフラワーじゃないですか」
というようなやり取りから絡んで少しお話をし、
もうひと方もやはり写真関係らしい、同じくらいのお年の男性。
もう一方は女性。ラジオ目当てで来られたらしい。
互いに面識はがあるのかどうかは分からなかった。カメラご老人同士はあるようだった。

ラジオが終わった頃、最後にやってきたのは、
ひとりだけ少し毛色の違う、上品で、物静かだけれど、吠えると怖そうなご老人。
「先生」と呼ばれていて、奥のギャラリースペースの展示に興味を示され、
「写真を撮っていいかな」と言っていたのでこちらも写真家さんかと思っていたが、
普通にiPhone出して撮ってたんで、あ、ちがうのかなと思い直す。
あとでお母さんに伺ったところでは、この辺りでは有名な画家さんとのことだった。
それというのもこの店が喫茶とギャラリーを兼ねていることのご縁でもあるのだろう。

  ラジオが始まったのは5時からで、Y子さんが出てしゃべったのは10分くらいからだったと記憶している。
  けっこう長く、出番は10分ほどあった。
  話の中身は案の定、冬まつりの宣伝と、お店でやっている冬まつりメインの写真コンテストの宣伝で、
  明らかに打合せの通り原稿読んでいるというのが、たどたどしくも規則正しい話し方で伝わってきた。
  なんてことのない内容だったけれども、
  ワリと一大イベント的な雰囲気で、その雰囲気が面白かった。

コレ今、どこで収録しているのか? という話になったとき、
「おもちゃのたもちゃんのとなり辺りにあるビルだよ」
と聞いて、あああの辺りか、と分かる自分がちょっとアレだが、
それ以上に皆が「おもちゃのたもちゃん」で分かるくらいに
「おもちゃのたもちゃん」がメジャーであることが、なんだか嬉しかった。
まああのお店、ムダに古そうだからな……。

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いやあ緊張しましたねえ、なんつって、お客とお母さんとでほんわか盛り上がる。
あな楽しや。
なんだか、珍しい場に居合わせることが出来てしまったな。
幸運だった。
明日もまた来るつもりなので、お目当てのスコーンはきょうはおあずけにして、
今日はコーヒーとプリンをいただく。
美味である。

閉店時刻の18時を回ったので、三々五々、日の落ちた雪の町へと去っていく。
明日も普通に営業することを確認して、オイサンも店を出た。
心休まる良いお店です。

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■Closing~俺にカレーを食わせろ


駅前のESTが無くなってしまって買い物公園のマルカツデパートに移ってきたアニメイト旭川へ寄るついで、
マツヤデンキでカメラ用のSDカードを買い増せば、
サテ晩ゴハンのことを考えなければならない。

この日の晩ゴハンはカレー! と、旅程を組んだときから考えていたので(本当)、
これでカレー以外の物となるとなかなか難しいが、無理にカレー屋を探して美味しくないものを食べても仕方がない。

と、そこまで考えて思い出した。

そもそも、なぜ『カオスヘブン』に行き着いたのか、その契機がなんだったのか。
'12年の夏に旭川を訪れた際、夕飯をどこで食べるか考えていて……
一軒、候補に挙げたスープカレーの店があった。
その時も心躍らせながらその店へ赴いたのだけれども生憎臨時の休業で、
町を彷徨っていた時に行き当たったのが『カオスヘブン』だった。

  ……それにしてもオイサン、臨時休業とかそんなんばっかしやな。
  よほど、常日頃の素行に差しさわりがあるのであろう。

じゃあ今日は逆に、その2年前に行くはずだった方のカレー屋にいけばいいんじゃね?
と、いうワケで、記憶を頼りにその店をさがしてみたところ、お店はちゃんとあったし、
営業もしていた。

いやー。
うーん。
なんかもう、よくわかんないご縁の旅だな、今回は。
すれ違ってみたり。行き当たってみたり。

P1204015


そんな経緯でこの日はその店で、
「Youは何しに日本へ?」
などという番組を見ながら野菜たっぷりスープカレーを戴き、
新しくなった旭川駅の中などを一回りしておしまい。

  遠くに光る看板が、ADREAMS(エー・ドリームス)ってなんだろう?
  P1203991
  と思ったらADERANS(アデランス)だった。
   
初めて旭川へ来た10年前とは、町並みもやはりいくらか変わっていて、
大きな通りと通りを結ぶ小さな辻に、何軒か面白そうなお店も見つける。
また次回、今度は旭川の町をじっくり見て回る時間をとりたいもんだな。
そーだな。
あれから十年もたってるんだし、情報をアップデートするのもよいかも知れない。



本日はこれまで。
楽しい楽しい、バスとコーヒーの一日でした。
ではまた明日。



 

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2014年3月 8日 (土)

■春、はらはらと。 -更新第911回の終-

さいご。



★終の段 恋する宇宙海賊の分泌物



マそんな感じで一つ。



……女の子になりたいなあ。

おっとそこのキミ、110番を押すのはまだ早いぞ?
はっはっは、だが119番を押すには遅すぎたな!

オイサンです。

先週末に劇場版『モーレツ宇宙海賊』を見て、
ゲスト主人公のカナタ君にときめいちゃったグリュンヒルデちゃんは、
見ていて「あーおんなのこだなーかわいいなー」と思ったんだけど、
メインヒロイン(とこの際呼んでいいのか)のキャプテン茉莉香さんは……
アンタいつ女を発揮するの? と、まるで近所の世話焼きおばさんのように思ってしまった。

  まあ茉莉香さん以上のキモッタマであり、お母さんであるところのブラスターリリカさんでも
  ちゃんとダンナを見つけて茉莉香さんをこさえてるワケですんで、
  女性には、そうは見えない女性でも何かしらそういうタイミングがちゃんと訪れるんだろうけど。

そんなことを考えてると、
彼女の(彼女に限らずではあるけど)そういう「おんなのこのカラダ」の「おんなのこ成分」は
どういうときにどういう反応を示すんだろうか、
茉莉香さんがそういうモードに入るためにはどういう物語のラインをひくのが自然なのだろう、
なまめかしく、艶めかしく導いて上げられるのだろうか、と思い始めた。



そう、余計な御世話である。



それも、出来ることなら理屈でなく、キャラクター設計でなく、やりたい。
彼女の本能が直撃される様を見てる側がグウの音も出ないくらい見せつけて、
理屈じゃなくキュンキュンさせてやりたい。

分かり易いところでは、
「海賊として背中をあずけられるような男の登場」みたいな線引きがフツーの発想かなーと思うのだけど、
しかしお母さんのリリカさんはそうだったかもしれないが、
茉莉香のスイッチは案外そういう方面にはない気がする。
学校・部活、弁天丸、課外の交友(バイト先・チアキちゃん)と、所属するコミュニティが多岐に渡るため、
彼女の「おんなのこ」の拠点がどこなのかが分からないせいだと思う。

  学校なんじゃないかなーと思うんだけど、学校、女の子ばっかりだしな。

……こんな書き方をしているとなんかあらぬ誤解を招きそうだけど、
局所的な部分の話をしてるわけではなくて、
もっとこう全体的な、内臓もそうだけど、おハダの感度一つとっても、
夢の様な分泌物に満たされて、てゅりゅってゅりゅに過剰な電流を伝播させるようにするにはどうしたらいいのか。

色恋回路が作動しておハダがスタンバイするのか、
おハダがスタンバイすることによって色恋の匂いに敏感になるのかわかりませんけども。
そういう「おんなのこのステートマシン」を肌で体感したいという、
気色悪いオッサンの気色悪い好奇心からもれたのが、冒頭の一言というわけです。

  いやー、こうしてまとめると、ホンマに気色悪いですね。
  何言ってんだろ。
  大丈夫かなこのヒト。
  これから先、社会を騒がせずに天寿を全うできるのかしら。
  不安だわ。

なんかこう……今の彼女のおハダは、そういう意味で「ゴワッ」としてそうで。
触れた時に、素直に反応してくれなさそうなのですね。
さわっても「なに?」って言われそう。
見てる方も、見ててもあんまりえろっちいことに結び付かないというか。
決して色気のないスタイルをしてるワケではなないのに、セックスアピールを感じさせず、
「おんなのこ」として反応する準備が出来ていなさそうに見える。
ほぼ男を見てるのとさほど変わりないというか、「何をしたらこの子が恥ずかしがるか」が分からない。

そういう意味ではグリュンヒルデちゃんも、「おんなのこ肌ゴワゴワ派」だったんだけども、
今回のお話ですっかりおんなのこのヤワハダになってしまった。
今じゃもうカラダ中のどこつっ突いてもキュンキュンいいそうで。
あの短い時間でそれを無理なく描いたのはやはりすごいと思う。

いやー、恋する乙女ちゃんて、本当にすばらしいですね。


サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。
 
 
 


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■春、はらはらと。 -更新第911回の3-

つづき。


◆三の段 読むことと書くことの不親和について



あたしは大学を出るまでほとんど活字の本なんか読まない人で、
それでも中学の頃からまあおもちゃみたいなものではあるけど文章を書くことをやっていて、
それを見た読書家の兄などには、読みもしないのによく書けるな、と
揶揄気味に言われてきたものだけれども、これには二面の話が隠されている。


一面は「読まなくても書くことは出来る」であって、
もう一面は「読まなければ書けない」である。


書きたい題材、内容、物語、テーマさえあれば、
書くこと自体は(少なくとも日本の義務教育を卒業する程度の日本語の理解があれば)出来る。
これはもう、動機、衝動の問題でしかないと思っている。
書きたいと思う主題を見つけることの出来る耳目とこころ、
それらを持ち合わせることが出来るか、育むことが出来るかという問題。
細い視線と、張りつめた鼓膜、
それと、そうして拾い上げたものを染み込ませ挟み込んでおくための、
こころに大事に残しておいた亀裂、隙間があるかというだけだ。

同時に、その「表したさ」が、文字・言葉・文章へ向くか? という問題。
別に文章でなくとも、絵画や音楽、スポーツ、料理、さらにダイレクトになるならば性行為に暴力、
媒体はいくらでもあるわけで、それらの中で文章でなければならない理由に、
如何にシンプルなものであれ、たどり着くことが出来るか。

以上の様な面においては、兄が口にしたような「読まなければ書けない」という思い込みは的外れで、
書くことと読むことはあまり関係のない事柄であるわけだ。
無論、どういう人物を登場させるかとか、どういう流れで書くかというような、
基本的な骨子の作り方は「書きたい」だけでは手の中には生まれてこないけれども、
それは活字の本を読んだからといって身に付くものでもない。
テレビだろうが漫画だろうが絵本だろうが、
物語のあるものに触れていれば、ある程度は衝動とセットで芽生えているものではなかろうか。

  むしろ、そういうノウハウさえ、不必要というか
  そういう衝動の前では不純物である場合もあると思うが。
  衝動そのものが形を成すことが魅力になる場合もあるので。

ただし、書きたいように、伝えたいことが伝わるように、
頭の中で思い描いていることが、納得のいく形で表に出るように書けるかは別だ。
これが二面目の問題、「読まなければ書けない」方の問題だ。

上で書いた一面目の問題では、
その気さえあれば、不完全ではあるかも知れないけれども、
画に例えるなら初期の頃のテレビゲームの画像の様な大きなドットで
人間らしきものがヒョコヒョコと動く絵を描くように文章を書くことは出来る、
ということだ。

ところが、
自分が頭の中で思い描いている事柄をその通りに(それに近付けて)表現することが出来、
且つそれが他者に伝わるように(伝わっている手応えの得られるように)書き著すことが出来るか、
ということになって来ると、「読まずに書く」ことは難しくなってくる。
単純な語彙の量……知識の蓄積に始まり、
文章の構成、文脈の引きかた、リズムの構成の仕方などなど、
読みやすく、
面白く、
且つ美しく、と、
自分の理想や欲望が膨張していくほどに、必要な「経験」も増大していく。
これはもう……「経験」するしかない。
ここでいう「経験」は読むことと同義で、より多くの文章のかたちに触れて経験していく、
ということだ。
表現の引き出しを増やす。

もちろん本来の意味の経験も重要で、皮膚に触れたその感覚を如何に言葉に置換していくか、
言葉一つの問題でもなく、
言葉同士のつなげ方、格闘ゲームで言うところのコンボの構成みたいなものが大事で、
かつその置換の方程式がより多くの(或いは自分の文章が標的とする)人間にとっても幸せなものであるかの精度は
経験の濃さにも依ってくる。

ただ、表現の内容によっては経験のしようのないもの、
たとえば架空の世界での出来事などは想像力で生み出すしかないので、
想像上の感覚をいかに皮膚の上に再現するかという力がそれに置き換わる場合もある。

話が逸れた。

上で「表現の引出し」と書いたけども、それも大づかみすぎるので、
「文房具」くらいまで細かくした方が良いかもしれない。
土台となる台紙の大きさ、風合い、色合い、柄、
そこに貼り付ける紙の種類、書き込む筆の太さに筆運びの力加減。
その選び出せる、各段階でのパーツの種類(あるいはパーツのカテゴリそのもの)を増やすのに必要なのが
「読む」ことだと思っている。


とまあ、分かり切ったようなことを書き連ねてきたのだけれども、
やはり一面目の問題にしても、本当に書ければ何でもよい、ぐちゃぐちゃで良い訳はなくて、
最低限自分を満足させる程度の表現力や技量は必要になってくる。
その段階で
「自分が理想とするところの表現のかたち」と
「その時点での自分が描き出せる文章の実際」とに乖離があり過ぎると、
その時点で経験の積み上げを行う必要が出て来てしまうし、
見えているのに書けないことはやはり大きなストレスではあるので、
そこで諦めてしまうこともあるだろう。

「とりあえず書き始める」ためには、
書き始めの時点でその二つのバランスが取れていることが重要なのだろう。

とここまで書いてみて、なるほど、
「自分も書きたい」という欲求を持ち合わせる読書家の多くが
書けずに読書家で終わってしまうことの仕組みが、なんとなくわかったような気がしてきた。
多くを読み、多彩な表現のアイテムをコレクションしてきているにもかかわらず、
それは自分で使うための「道具」としてではなく「鑑賞の記録」としてであるが故に、
いざ自分で書こうとしても理想の姿ばかりが先に立って書きたいものの姿に近付かれず、
悶々として終わってしまう、のではなかろうか。
集めたアイテムを使いこなせないのか、使うことを思いつかないのかはわからないけれども。

幸運にも、自分はその段階で躓くことがなかった。
ほとんどまともな文章など読んだことがなく自分の拙さ
(拙いと表すのもおこがましいくらい体裁すらなしていないものだった筈だが)に気付かずに済んでいたか、
よしんばそれがあったにせよ、高いものを自分に課さなかったか、そのいずれかで。
自分では後者の割合が高いように思う。


なんでまたこんな面倒くさいことを言い出したかというと、
一つの言葉を説明しようとして、本当にその説明であっているかなあ?
と疑問に思って調べ直したときに、
なんというか、自分には日本語使いとしての下地というか、
バックボーンが非常に希薄なんだよなあとうかねてからの寄る辺なさがのたりと鎌首をもたげたからなのでした。
古典の名作とかも全然読んでないしね。

今からでも大学に入り直して、文学研究とか。
美術としての日本語を勉強したいとか。
思わないではない。
思わないではないんだ。


つづく。
 
 
 


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■春、はらはらと。 -更新第911回の2-

 
つづき。


▲二の段 麺類は衰退しました。


衰退していくものの持ってる独特の雰囲気って……ええやん。
オイサンです。
そういうの好きです。

廃墟みたいな枯れきったものも悪くないけど、
出力が30%を切るか切らないかくらいの、
つかもうとするとその感触のもろさに思わずあっごめんと手をひっこめてしまいそうになるような、
それでも最初に手を出してしまう程度に生命を残している物がいい。

先日、
大部分が閉鎖され、今はもう使われていないであろうたくさんのパイプが
天井を這っているとある工場の中を歩いていて、ふっと思った。

ある時期にはそれなりに栄華を誇ったはずの工場で、
その只中にあっては誰もまさか今みたいに衰退した様子を思い浮かべることなんてなかったに違いないなあ、と思う。

別にそれは、そこに限った話ではなくて、
今のゲーム業界だってそうだし、SONYやらSHARPやら、
AppleだってGoogleだって、きっといずれそういう風になっていくのだろう。

  オイサンが大学生の頃は、日本のテレビゲーム産業(特にコンシューマ)は、
  きっとずっとこのまま明るく華々しい道を歩き続けるのだろうと
  思ってやまなかったですからね。
  まあアホなゲームオタク大学生が、考えるでもなく思うことですから
  何の根拠もない希望的観測でしかないワケだけども、
  たとえそれが経済のアナリストだったり
  会社を経営している経営者本人であったにしても、
  どれだけ危機感を持って、未来に備えているつもりでも、
  「おとろえる」ということから逃れることは出来ないんだと、なんとなく思う。
  「世の中には絶対はない、あるとすれば絶対ということがないことだけが絶対だ」
  というけど、何者であってもその「さみしいおとろえ」から逃れられるものがいないことも、
  不変の掟であるように思う。

『人類は衰退しました』にはそのさみしさが感じられなかったので惹かれることがなかったけど、
ちゃんと読み、ちゃんと見れば感じることもできるんだろうかな。
ちょっとまた改めたチャレンジしてみたくなってきた。

おとろえゆくものが持つ穏やかさが好きです。

『ヨコハマ買い出し紀行』もおとろえゆく世界でのお話ではあるんだけど、
あくまでも「おとろえゆく世界『での』お話」であって、
「おとろえゆく世界『の』お話」ではないので、
「おとろえゆく感」とか、「既におとろえている感」が、
「おとろえる以前のヨコハマ」をある程度知る・知ろうとする人間でないと
上手く伝わらないんではないかな、という感触を持っている。

『猿の惑星』みたいに、
現在とおとろえ後の世界のものすごく大きいギャップをガツン!!と感じて
うわーっ! ってなっておしまいならいいんだけども、
「おとろえる」ということの、あるやなしやのなだらかな傾斜を上手く捉える・捉えさせるのは
なかなか簡単ではないのだろう。

つづく。
 
 
 


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■春、はらはらと。 -更新第911回の1-

一雨ごとにあたたかくなる。
春が近付く。
憂鬱になる。

オイサンです。

春、苦手なんですよねえ。好きなんですけどねえ。
そんな気分が映し出されてか、今日のお話はてんでんばらばらです。

 ●一の段 内気な拡散波動砲
        ~2ちゃんねるの転載禁止宣言に思ったこと
 ▲二の段 麺類は衰退しました
        ~衰えゆく物の放つ魅力の波動
 ◆三の段 書くことと読むことの不親和について
        ~読まなくても書けると断言すること
 ★終の段 恋する宇宙海賊の分泌物
        ~女宇宙海賊は、イケメンに抱かれる夢を見るか

そんな感じ。


●一の段 内気な拡散波動砲~2ちゃんねるの転載禁止宣言に思ったこと


2chが転載禁止になって、まとめブログが云々って言われていますね。
オイサンは、元祖の2chはほぼ見たことがないです。
かといってまとめブログをそんなに見るかと言われたらそんなでもなく、
世間で拾われているまとめブログのヘッドラインから、
大体どんなことがニュースになってるかなーと把握してるくらいです。

私にとって、2chは主情報だけでも膨大過ぎ、
その中に有象無象のノイズが混じってくるので、まともに処理できない。
だからまとめブログは、情報の選別と剪定という意味ですごくありがたいんだけど。
その分欲しいことがピンポイントで手に入るわけではないけど。

 ▼無断リンク禁止

ごく最近、自分のブログの記事を書いていて、
参考になる記事が欲しくてヒトさまのブログとかWebの記事とかを眺めてた
ときのこと。
最初は、「今でも「無断リンク禁止ー」とか、「必ず許可とって下さいー」とかあんのかなー」と
思いながらだったのだけど、
どのページもかなりの割合で、共有のためのFacebookやTwitterのボタンが用意されている。

これは、フツーに考えたら
「広めてもいいですよ、共有してもいいですよ」
という一種の意志表示だと解釈できるなーということに気付いて、
おお、時代は変わったんだなあと、その時漸く気が付いた。

そうなんだなー。
「黙ってリンク張んな、許可とりやがれ!」
「リンクはトップにしか許さん!」
みたいな態度が目立っていたのが、SNSの登場によって
「あーもーボタン置いとくから好きにやって。広めるなら広めて」
っていう態度が大勢を占めるようになったんだなー。
何が人々の心をそういう風にシフトさせたのかわからないけど。
それはもう「風潮」とか「環境」「システム」、「慣れ」に他ならないと思うけど。

  ……マどこにも「ボタンを押してくれ」とも「押してもいい」とも書いてないので、
  押したら押したで、リンクしたらしたで怒られるのかもしれないけども。
  そんなワナまで知らんわ。
  「こっちで用意したSNS拡散はいいけど、ブログには勝手にリンク張っちゃダメ」
  とかもあるんだろうか。

「風潮」がそういう風にシフトしつつある中で、
いま「転載禁止」を持ち出した2chの態度は、ちょっと不思議。
まあ事情が「自分とこの台所事情」らしいので、
世間の風潮なんか全然構ってられないんだろうけど。

「転載」と「リンクの拡散」では、
少なくとも広告収入という意味では全然重みが異なるようだから、それをとどめようとする姿勢はわかる。
けど、結果的に起こる「情報の共有」という意味では、どっちも大して変わらんワケで
(トリミングやキュレーションによって情報が恣意的に作り変えられることもあるけど)、
その意味では、今のタイミングでそれを止めようという2chの姿勢を
「あー、いまそう言うコトいうのかー」と、若干不思議な気持ちで眺めてしまった。

2chは今でも、ユーザー数は昔と変わりないんですかね。
そんなはずないと思いますけど。

つづく。
 
 
 


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2014年3月 3日 (月)

■DokuroのFlagは俺の旗~劇場版『モーレツ宇宙海賊』感想など -更新第910回-

このまま順調にいくと自分の未来が、
「自分で育てた盆栽の隣に美少女フィギュアを置いてたっかいカメラで写真に収めそれを延々ブログにアップし続ける老人」
というビジョンしか浮かばなくて真顔になってます。
オイサンです。

『モーレツ宇宙海賊』の劇場版を見てきた。



劇場版『モーレツ宇宙海賊』 亜空の深淵




「え? なんで? アンタそんなにあの作品好きだった?」
という声が聞こえてきそうだが、
うーむ、どうなんだろう。





TV放映時はそこそこ楽しんで見た部類ではあって、
ものすごくやられた、というほどではなかったけれども
丁寧に、狙ったところに正確にボールを投げてくるな作品だなー、
という風に思ってはいた。

今期の作品の何かを見ているときに、TVCMが流れたのを見て
「えー、アレ劇場版なんかやるんだ? そんなにウケたのかな」
という若干失礼な感想を抱くとともに、
変なワクワク感も感じて「コレは見に行こう」とその瞬間から思っておった。

なんでしょうね。けど、そういう作品なんだよ。

『アイマス』劇場版も大層良いデキらしく、
また『かぐや姫』も未見であったため、その辺も合わせて探してみるも、
時間的に一番都合の良かったのが『モーレツ』だった。

 ▼映画は環境が大事よね

場所は海老名のTOHOシネマズ、7番スクリーン。
今回もケータイ料金とまとめ支払いが出来るスグレモノのシステムVitを使って
座席予約をしてから行った。

  このシステムは実にいい。ほかの劇場も、どうか是非真似をしてもらいたい。
  カード番号とか要らないし、大変にありがたいです。
  そしてそのVit発券機のタッチパネルのレスポンスの良いことといったら。
  一体、世の凡百のタッチシステムと何が違うのか、
  物理キーみたいにサクサク動いて反応する。
  これも是非、世のタッチシステムさんは真似して戴きたい。
  ホント、大袈裟じゃなく地味にびっくりするので、
  未体験の人は是非、冷やかしにいじってみるだけでもさわってみて下さい。

などと、どーでもいいことで感動してる場合じゃない。
映画『モーレツ宇宙海賊 亜空の深淵』の感想。

感想の大筋は、TV版と同じ。
「地味だが、中身ぎっしりでしっかり面白い、サービス満点、骨太なデキ。
 でも、意外性とか新規性はそれほどなく、期待を満たしてはくれるけれど
 越えては来ない」

という感じだった。
時間分・お値段分は十分に元が取れる、楽しい作品。

時間・値段という意味では、2時間を切る上映時間の中によくもまあ、
あれだけの人物の見せ場やらなんやら、盛り込んだなと思えるくらいのサービス精神で、
しかもその一つ一つは決して疎かになってもいないしとっちらかった感もなく、
1700円だったけれども3000円くらいは払ってもいいんじゃないかと思わせる
パフォーマンスだった。

  いや、でもホント、イマドキ珍しいくらい地味な作品だと思う。
  そしてヘンに生真面目にSFで(SFの(今や)大御所が書いてるから当たり前だけど)、
  SFのSFたるゆえんというか、
  SFの根底に流れるネクラさをしっかり持った作品だと思う。

ヒロイン茉莉香が足をつっこんでる人物関係が、
弁天丸方面、学校・ヨット部方面、家(母)、セレニティ関係者、
個人的な交友(バイト先のランプ館+チアキちゃん)と多岐に渡るため、
人物がもう出てくる出てくる。初見の人には、ここは辛いと思われる。

ただ如何せん、それだけ、とも言えるのが残念だった。
主軸になるストーリーはもちろんあり、
こちらも謎解きあり、ドンパチあり、淡いロマンスありで、
イヤもうこうして書いていると「よくこれだけまとめたな!!」と感心することしきりなんだけど、
……うーん、要するに「お話としてデキ過ぎてる」というこぢんまり感が、
非常に物足らなさを生んでいる。
人が考えて、人が囲って、かちっと収めましたっていう、
フィクションが見せてくれる夢の部分がすごく希薄だった。

謎解きも、その謎がなぜ謎として残されなければならなかったか? という必然性に乏しかったように思う。
ドンパチは……ドンパチというほどでもなかったかな。
バトルよりは宇宙の構造に対して挑む探査や操船なんかの方がアクションとして目立ってた。
ロマンス成分はすごく良かったです。何の理由もなくて。いやあるんだけど。

  セレニティ王家の次女、ブリュンヒルデさんが
  劇場版のメインキャラ・彼方君にちょっとよろめく。
  ちょっと前の自分だったら「何がきっかけで好きになったか分からん!」と怒ってそうだけども、
  最近は下手に色々カッチリした理由がない方が、「そういう話は腑に落ちる」気がしている。
  そういう面から、この二人の……否、ヒルデちゃんの片思いは、
  とても希薄で、見ていてすごく心ときめく甘酸っぱさがあった。
  なんかこう、心の表面をしゅっとこすっていくかすり傷のような、
  料理で言うところの「さっと湯がく」程度のロマンス。
  ロマンス表現そのものに、フィルム上で割かれている時間は5分もないでしょう。
  ブラボー。

  関係ないけど……見ている間中、そのブリュンヒルデちゃんが、
  ずーっと「(今期見てるアニメの女の子の中の)誰かに似てるなあ……」
  と思ってたんだけど結局分からずじまいだった。
  むう。
  誰だろう。

そういう寄り道もやるんだけど、
ストーリーが主に時間を割いている「敵が誰なのか?」の探索と、
ゲスト主人公の心の在りようの描写、
これらは見ている間はスペクタクルとして、
スクリーン上のメンバーの一人になって一緒にワイワイ盛り上がっているような気分にさせられ、
その場ではすごく盛り上がるんだけども……あとから考えると、
「?」
ってなる、なんかそういう……お祭り的な盛り上がりで終わってしまうので、
見終わったら色々キレイさっぱり忘れてしまいそうな、
あんまり良くない意味でのキレの良さがあった。

でも、まあ、たぶんそれは狙ってこうなってるんだと思う。

サービス精神という意味でいうと、
ラストに登場するロボ的メカと、その変形シークエンス、そしてバックにかかる歌。
この辺も、なんつーかサービス精神モリモリで、
盛り上がれるモン、全部入れました! っていう……
その気持ちは嬉しいんだけども、ちょっと、なんか、らしくなくないですか、
無理してませんか、というところが見え、
その辺になるとちょっと半笑いだった。

  ただそれが鼻についてイラッとしてしまったらもうダメだと思うけど、
  そうはならずに「気持ちはありがたいけど」止まりだったので
  まだ良かったと思う。
  「イラッ」との境目がどこにあるのかは分からない。

そういう作りのお話だったので、
感情のレベルが常に「楽しい」方面にふれており、+70%~+130%くらいで推移する
(この作品の場合100%より上は「無理して頑張って盛り上げてる」成分)。

この作品、見ていてイヤな気分になったりマイナスの方向へストレスがかかったりすることが
ホント一切ないんで、それはすごいと思う。
日常系とか、ふんわり4コマ作品とかなら分かるけど、
ワリとしっかりした『水戸黄門』で結構なドラマが展開するので、
普通はそれをやると見てる人間巻き込んでどろっとなるもんだけど、それが全然ない。

  近年のTVアニメ作品の傾向かも知れないけど、
  狙ってズドーンととことんマイナス方面へ追い込むものと、
  本作のようにストレスを与えないように与えないように、
  与えるときでも上げといてから下げるか、下げてもすぐに茶化して軽減させるか、
  その辺すごい気を使ってるもののどちらかに二分されている気がする。
  まあそれがないから、本作もカタルシスには乏しいのかも知れない。

あと、なんかね、茉莉香のキャラデザが(多分他も全体的に)大人っぽく作り変えられてて
ちょっと違和感あった。
けど、出さなくても良かったんじゃね? という立ち位置とはいえチアキ"花澤"クリハラも、
まさか劇場版でまで出番があるとは思ってなかった小見川千明さんの出番も結構しっかりあって、
その辺は大満足でした。

▼モーレツ宇宙海賊 第1話「海賊、罷り通る」 3分当たりにおみんちゅ。




イヤ、たったこんだけの時間であの辺の脇キャラまでしっかりカバーして出してくるって、
ホント仕事がマメというか、すごいと思いますよ。

 ▼テクノロジーとフィクション

まあそんなことで、誉めてるんだかけなしてるんだか分からなくなってきたが、
娯楽作品として2時間お祭りに参加するモン、
昨日までのモヤモヤをとりあえず忘れるための物だと思っていけば
十分に元の取れる作品だったと思う。
反面、もっと胸の詰まりを求めたり、何かを考えて拳を固める起爆剤とするような、
明日からの活力を得るための物としては出力不足。

ただし作り手の狙いとしては完全に前者に軸足を置いているので、
その仕事っぷりの正確さたるやさすがのベテランだとシャッポを脱がざるを得ないレベルだと思う。

そんな中で、あーこりゃ面白いな、と思った点が一つ。

未来の世の中の一部分でも構成する、テクノロジーを予見する……ではないけれど、
比較的遠くもない未来にふっと振り返ってこの作品を見たときに、
あーこういう姿を予見してた、こういう作品があったねと、
言われるようなことが在るのかもしれんなー……と、
ヒロイン茉莉香と学校のヨット部の面々が、
ゲスト主人公の少年を狙う「謎の敵」が何者なのか?
今そいつ等はどこにいて、自分たちのことををどう見ているのか? と、
その総力を上げて電子情報戦を繰り広げるシーンを見ていて、そんな風に思った。

ネットワークのコントロールと監視、
セキュリティの改竄と上書き合戦、
そうやって拾い集めたデータからほしい情報の傾向を導き出す、いわばビッグデータの解析合戦。

この辺は既存の技術からの拡張だけども、
昔『パトレイバー』で見たような、
「データを保存し、持ち出す」ということ、
それがどういう形状を介して行われ利用されるか、また日常のどういうシーンでそれが行われるか?
ということが、当時全く新しい形であったとは言われないまでも、
当時でも取りざたされる形の延長線上でこういうことが近々行われるようになるぞ、と
その片鱗を垣間見る気分を少しだけ思い出した。

  『パトレイバー』では携帯電話も出てこず、ネットワークについてほとんど言及されていなかったけど。
  バドの「イマドキ1GB2GBのゲーム落すんはあたりまえやんか」
  っていうセリフくらいだろうか。
  あとはHOSで全体の効率が30%が上がるっていうのも、あれも
  クラウド的なイメージが隠されていたんではないかなあと勘ぐってもいる。

本編の中で出てきた「現存しない技術」は、超高速宇宙航行だとか亜空間移動だとか、
少なくとも現時点で庶民の間ではまったく夢物語的なものばかりだったので
『パトレイバー』的な展開は今のところ望めそうにないけれども、
近年では「SFから抜け出てきたような全く新し技術」みたいなものにはなかなかお目にかかれず、
世の中が閉塞感にあえいでいるような気がする。

  マ実際のところはそんなことなくて、
  最先端研究の人たちは夢みたいなことを現実の世界でぽちぽちと再現しつつあるようなニュースも見かけるし、
  なんなら先日のIPS細胞? だっけか、あの辺だってそうだといえばそうだ。

そういうSF未来と現実現在の橋渡し、手の届く空想への架け橋の一端が、
あの「女子高生がサイバー情報戦を戦う場面」に、
なんとなく現れていたような気がちょっとだけして、
胸がときめいたことを付記しておこうかと思う。

 ▼ついでの小ネタ

まあそんなんで、作り手の目的も作品としての使命も立派に果たしておきながら、
オイサンとしては「こぢんまりまとまっちゃったね、ケレン味もなかったね」
という点で不完全燃焼気味ではあった本作だったので……
チラッと、悪戯心という意味で……


  ……コレ、押井守が作ってたらどうなってただろう?


などと考えんでもエエことを考えてダメな脳汁をちょろっと垂れ流していたりも致します。

あと、本編が始まる前に流れる新作映画の予告編を見ているとき、
三回くらい「世界が終わる」「人類が滅亡する」系のフレーズを見せられて、
若干それだけでもうウンザリした。なんかもっとこう、他に動機を考えようよ。
なんかもう人類の滅亡が大したことじゃないみたいに思えてくるわい。

あと、『NoMore映画泥棒』のアレをいっそ映画化したらどうだろうか。
いつもの始まったーと思ったらアレが40分くらい続くの。



■ついでに今季アニメのその後



アニメに関して今期は個人的にアタリ期で、
期のアタマから『未確認で進行形』『スペース★ダンディ』『そにアニ』なんかを楽しく見て来て
その辺は今も継続していますが(『そにアニ』はちょっとトーンダウンしてるかも知れぬ)、
ここにきて妙にツボにはまってるのが『ディーふらぐ』。

まあギャグ漫画なので、話の筋が面白いとかキレイとかそういのはなく、
とにかくツッコミの回数とテンポがものすごい。
そのものすごさが肌に合う。
ボケはとにかく数が多く、そしてその質はすっごい雑
下手な鉄砲メソッドなんだけど、ツッコミが半分ボケの役割を果たしていて丁寧というか、
ボケの雑さを笑いに変えていく拾い方をするので見ていてとても楽しい。
原作にも、ウッカリ手を出してしまった。

  漫画方面で、アニメ → 原作のさかのぼりをやったのなんか『ひだまりスケッチ』以来ではなかろうか?
  ラノベはときどき買ってみたりしていたけど(そして1冊たりとも最後まで読み切ったことはない)。
  あ、マンガでも最近『のんのんびより』でやってたか。
  アライブ勢にやられすぎじゃね?




原作を読んでみると納得のハイテンポで、一コマ中で2回・3回ツッコミが入るという詰め込みぶり。
古くはコミックコンプの『ヤンキー』(山本よしふみ)とか
『クソゲー戦記ドラゴン・サーガ』(渡辺電機(株))とかが大好きだった(今なお好きな)オイサンとしては
『ディーふらぐ』にも心を奪われるのは至極当然の流れてあることが分かる。






一回いい具合に笑わされてしまえば、
あとはもう腹筋は引き攣ってしまっているのでちょっとつつけば勝手にズルズル笑わせられる、という
イキオイで押し切られている感はあるけれども、
まギャグ漫画なんてものは「最初のひと笑いをつかむそのネタの質が自分の肌に合うかどうか」が大事なので、
こういう巡り合いは大事にしていきたいものです。

  船堀さんはかわいいしな!
  高尾部長も、高尾じゃない方の部長も可愛いし、
  さいきんはさりげなく桜もかわいい。





あとこの原作者、てきとうに出した感じのモブを濃いい方向に使い倒すのがすげえ上手。
完全にモブづら、モブデザインのキャラなのにグイグイ前面に出張って来るw
正直鬱陶しいwww
名前こそついてるけど明らかに一回こっきりのてきとうキャラだろ、と思ってたのに
しばらくしてからコイツまた出たー!! みたいなことが結構多い。
ただそれも振り返れば、「コイツまた出た」と思える程度には記憶に残っているところを見ると
それなりに手がかけられている……のかなあ?

  フィフティフィフティ藤崎とか、再利用しようと思いついたって普通やらないだろw

っていうかそこを狙って意外性で攻めて来てるから
突然横っ面をブン殴られることが多くてもう完全に作者の思うツボにはまっている感じです。
アタマ使って考えてるんだろうなあ、コレ……。
すごいわ。やっぱりプロはすごい。

  こっちが平日、ロクなことを考えている仕事中の8時間とかで
  ずーっとロクでもないコト考えてるに違いないんだから、
  ロクでもない方面の発想でポッと思いつきの素人がかなうわけがないんだ。
  ……ということは、10年くらい前に『サナギさん』(施川ユウキ)を読んだとき
  つくづく思い知ったんだけども。
  つい先日も、その施川センセの『オンノジ』を読んで死ぬほど笑わされたばかりなんだけど。
  あーそうだ、『鬱ゴハン』も読まないと。
  閑話休題。

好みとしてはもっと、
風間一派の男性陣(アタルばかりじゃなく)を頻繁に登場させて欲しいところだけども、
難しいかね。

あと地味に感心してるのが、
どー考えても一発ネタだろうと思ってた各人の土とか水とか闇とかの属性を、
わりとちゃんと持続させててコトあるごとにチョイチョイ挟んでくるとこだ。
絶対消えてなくなると思ってたのに。

マいずれにせよ、
日常の中にケタケタと笑える笑いのタネがこうして転がっていてくれるのは
ハッピネス以外の何物でもないので、しっかり笑わせて戴きたいと思うのでした。
……けど、人を笑わせる商売ってのも大変だよなあ……。
ホント大変だと思う。

ちなみに今週の『未確認で進行形』第7話、
マシロの「泣きたいのはこっちですよー!」にもよく笑わせてもらいました。
あーおかしいw
今期はとにかく、笑えるアニメが多くてありがたいわホント。

あと、なんとなく盛り上がってきてしまった『生徒会役員共』。
ネタとしてはシモばかりなのでその辺はともかく、
なんか出てくる人間出てくる人間とりあえず幸せそうで、悪人がいないのがいい。
ただし全員ものすごい下品だけど。
『キルラキル』も喜んで見ている。

  『キルラキル』の小清水亜美のインタビュー記事で、敵役の猿投山(CV:檜山修之)と戦うときに
  「相手が勇者王だと!? 勝てるのかコレ!?」
  って思ったってのが面白かった。役者の発想だなあw

あと『桜Trick』視聴には自分ルールを設けて
「その回の最初のキスシーン以降は見ない」とした。
開始5分でキスしたらそこで視聴終了。

『妹ちょ』は時間帯変更のタイミングで一度録りのがしてしまって、
それからはあまりちゃんと見ていない。

  どうでもいいが『妹ちょ』が移った時間の空き地に入ってきた
  (つまりその『妹ちょ』を録り逃したときに代わりに録れてた)番組が
  妙に面白かったので代わりにそれを見ている。

  浅草キッドの玉ちゃんとピエール滝と、何か一人女性タレントが三人で、
  アウトドア好きのオッサン呼んできてたき火でソーセージ焼いたり、
  やたらホルモンに詳しい素人を呼んできておいしいホルモンたべたりするという
  ユルい番組w
  なんかそれも、突然終わっちゃったんだけど……
  もしかしたらこの番組自体深夜枠だからやれてたのであって、
  『妹ちょ』との場所交換でやめざるを得なくなってしまったのであれば気の毒したなあ……
  と思ったり。

代わりに『妹ちょ』が終わればよかったのに!  ← オイ



マそんな感じで。
アニメ的な近況でした。

オイサンでした。

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海老名で映画を見たらいつも必ずいってる料理屋さん。
魚がメインなんだがとにかくおいしい!


 

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