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2014年2月 1日 (土)

■『GJ部』SS・コタツじかけのオみかん~みかんのすじは俺のすじ~(2) -更新第899回-

その(1)その(2)その(3) Interval
 

 
 
 昨日、紫音が京夜と会ったのは本当にただの偶然で、隙を見て
家を抜け出た紫音がなるたけ家人に足跡を辿られないよう意図を
殺してふらふらと町をさまよい流れ着いた、駅前ならいざ知らず、
まさかこんな住宅地の店が開いていようはずもない、というひと
気の絶えたエリアにぽつんと建つ飲食店でのことだった。飲食店
と表したのは、果たしてその店が居酒屋なのかバーなのか、はた
また喫茶だったのか八百屋だったのか、最後まで分からなかった
からだ。
 
 年末年始とは独特なもので、髪の毛一本分の時間を境に、この
上もない慌ただしさと過剰なくらいの長閑さが同居する。その静
けさの住宅街の中に、その店は姿を現したのだった。一見した店
構えは居酒屋そのものだったが、窓から伺える店の中の様子は定
食屋か喫茶店のようだった。店の前には小さな黒板に簡単なメニ
ューが書かれていて、そこにコーヒーと一緒にアルコールの名前
も並んでいたのだった。そんな店で一人、紫音は然して旨くもな
いコーヒーをすすりながら、定年退職の前と後の気分とはこうい
うものだろうかと、年末年始の忙閑の境についてぼんやりと考え、
久しぶりの一人の時間に浸っていた。
「お前、よくそんなわけのわからん店に入れるなあ。ひとりで店
に入ったことも、ほとんどないだろ?」
 話はまだ始まってもいなかったが、感心するのと同時に呆れた
真央が横やりを入れた。

「まあ、そうなのだけれど。これが喫茶店というものかと思った
んだよ。興味はあったし、体も冷えてきていたものでね」
「ああ、昨日も寒かったからな……好奇心であんまり無茶すんな。
死ぬぞ。それで?」
「ああ、気をつけよう。それでだね」
 おっかなびっくり、居酒屋まがいの暖簾の外から店の様子を伺
っていると、店から出てきたバーテンダー風の男性が丁寧に応対
してくれたものだから紫音は安心してしまい、家から離れた場所
でもあったし、人通りもなかったので、通されるまま窓辺の席へ
ついた。そこへやってきたのが京夜だった。
「お! ようやくキョロ様登場だな! キョロのくせにやきもき
させやがって、今度会ったらせっかんだ!」
 身を乗り出させた真央の目がようやく、らしい輝きに爛々と満
ちる。それはいくらなんでもキョロくんが気の毒だねと紫音は苦
笑した。
「そうだ真央、そのとき私は確かにコーヒーを注文したんだが、
出てきたものは私の全く知らない味をしていたんだ。どろっとし
て、しぶくて、イガイガしていて、あれは本当に……」
「専門店でもなきゃ、メシ屋のコーヒーなんてそんなもんなんだ
よ。そんなのいいから、先を話せ」
「ああ……うむ」
 紫音は疑問が晴れず、またあの店を訪れて検証の必要があると
独り言を付け加え、先を続けようとして、開きかけた口をパタン
と閉じてしまった。
「なんだよ。もったいぶんな。早く話せ」
「いや、それだけなんだ」
「はあ?」
「昨日、そういう店でキョロくんに会った。それだけの話なんだ」
「待て待て待て。話くらいはしたんだろう」
「それはまあ、新年の挨拶くらいは」
「キョロは何しに、その、なんだ。そのおかしな店に来たんだ」
「野菜を買いに来たと言っていたね」
「野菜だ?」
「売っていたんだよ、カウンターのところで、段ボールに入れて。
喫茶店とは、ああいうこともするのだね」
「普通しないぞ」
 嘘ではなかった。その店はカウンターの足元で段ボールに入れ
た野菜を商っていたのだ。京夜の目的はお茶や食事ではなくその
野菜で、店に入ってくるなり紫音にも気が付かずしゃがみこんで
野菜の物色を始めたのだった。近所で作ったものだろうねと紫音
が付け加え、真央も納得はしたが、不満げだった。
「まあ、この辺は畑やってる家も多いしな……それで?」
「いや」
 真央が先を促すが、紫音の舌は滑らかでなかった。頭の中で、
右へ、左へ、何かをころころと転がしている。それが見過ごされ
る二人の間柄ではなかった。込み入った話を整理しているだけの
か……話しにくい話なのかは分からない。中学のときのことだ。
美術の授業で、石膏像のデッサンをとるという真央には何とも退
屈な課題の中、席を立った誰かが像に向けられていたライトをう
っかり蹴り飛ばしてしまうということがあった。それも、四つあ
ったうちの二つ。ライトはそれぞれ直されて授業はなにごともな
く進んだのだが、真央はそこから紫音の様子がおかしいのに気が
付いていて、昼休みに弁当をつつきながら尋ねてみたのだった。
「そうだ、しぃ。お前、あのあと全然モデル見ないで描いてたろ」
「見ていたのか。ライトが動いて、陰の具合が変わってしまった
からね。なんだか気持ちが悪いので、元の陰影は記憶していたか
らそのまま描いてしまったよ」
 その時のモチーフが本当に正しく描かれていたのか? それを
確かめる術はなかったが、後日教室に貼り出された不遇の哲学者
の面差しが、他と比べ妙にスッキリとしているように、真央には
見えたのだった。
 その紫音が、たかだか昨日の……彼女の少し細長い頭に一切の
過不足もなく記録されているであろう、そう長いはずもない京夜
との一幕をまっすぐ口に出すことが出来ずにいる。見る見る、真
央の顔と声色に、内心のわだかまりが醜い皺となって浮き上がっ
てくる。
「なんだよ。疚しい話でもしたのか」
「まさか」
「じゃあ話せ。一字一句、違わず話せ。出来んだろ、お前なら」
 そうも素直にすねた調子に傾かれてしまうと、紫音には為す術
がなかった。
「うん、ほんとうに大した話ではないんだよ。気を悪くしたなら
すまない」
「うるさい。そんな柄じゃないだろ」
「そうだね」
 話し始めるのに、腹を決めるほどの内容でもない。強いていう
なら、お互いにとって少しだけ、繊細で面倒な話というだけだっ
た。真央とて真剣に勘ぐったわけではないのは、紫音にだって分
かっている。すねた言葉と素振りは、言わばただの下剤のような
手続きに過ぎないのだった。

 先に、相手の存在に気付いたのは紫音の方だった。
 店の古い木戸が引かれると緩んだガラスが振動する乾いた音が
して、冷たい外気が夏の清流の様にしのんでくる。と同時に、興
奮の色を帯びた幼い女声と、それをなだめるのどかで弱気な京夜
の声が流れ込んできたのだった。

「なに! 女か! 女連れか! キョロが!」
「カスミくんだよ」
「なんだ妹ちゃんかよー」
 先を話せと言う割に、真央の横やりが多くて話が進まない。面
白い話ではないと前置きも済ませたはずだ。さすがの紫音の目に
も湿った色が滲んだのを見て、真央はわかったわかった、おとな
しく聞くよ、と乗り出した身を今一度、こたつ布団の中にコンパ
クトに押し込んだ。

「ちょっと、きいてる? お兄ちゃん!」
「分かったから、カスミ、ちょっと静かにしようね」
 何やら憤慨している妹をたしなめ、明けましておめでとうござ
います、今年もよろしくお願いします、と店主に頭を下げた京夜
はカウンターのところでしゃがみ込み、足下の段ボールからいく
つか野菜を取り上げ始めたようだったが、その様子は奥の座席に
座った紫音の目の高さからは見えない。前の席の背もたれの向こ
うに、空色のダウンコートとうさぎ形のイヤーパッドで寒さに備
えたカスミが、京夜の背中に目を落とし、唇をとがらせているの
が見えるきりだった。
 そのときカスミは手持ちぶさたに、何のしぐさであろうか、中
空に、不可思議な軌跡をゆび先でなぞり出していた。オーケスト
ラの指揮者が管楽器の奏者へ、抑えめに、抑えめにと指示を送る
慎重さで、彼女の淡い白桃色の手袋から先だけで描き出される動
きは、はずむようでいて、アドリブで描くあみだくじのようにも
見える。
 紫音は、距離も離れていたし、声をかける機も逸してしまった
からオーケストラの聴衆よろしく静観を決め込むつもりでいたの
だが、京夜が「じゃあ、これだけ」といくつかの野菜を抱えて立
ち上がったときに、一歩下がって姿勢を変えたカスミと目が合っ
たのだった。
 あれ? お兄ちゃん、ほらあれ紫音さん、紫音さんだよ。先ほ
どまでの怒りの調子がくるりと裏返る、その様子が以前京夜が部
室で漏らした、
「カスミの機嫌の変わりようなんて、ホントひどいもんですよ…
…トイレとかによくあるじゃないですか、三百円くらいで売って
るゴミ箱の、くるって回るフタのやつ。あんな感じなんですから」
という愚痴が的確であったと証明していて、紫音はその表現力に
密かに感心した。
 会計中だった京夜はモスグリーンのコートの背中を引っ張られ、
はじめは面倒そうに取り合っていなかったが名前を聞いてさすが
に驚いたのか、紫音の姿を認めると、はたりと目を見開いたのだ
った。

「そうだ、紫音さんの意見を聞かせて下さいよ!」
 二人は、家の方に思わぬ来客があったせいで足りなくなった雑
煮の材料を買いに使わされたということだった。
 買ったばかりの野菜の入った袋を提げ、わざわざ紫音のところ
までやってきて、明けましておめでとうございます、今年もよろ
しくお願いします、とゆっくり丁寧に下げられた京夜の頭をうっ
かり撫でてしまいそうになり、紫音はさしのべた手を慌てて引っ
込めなければならなかった。その隣でぺこりと素早くお辞儀を済
ませたカスミの口から飛び出た言葉がそれだった。
「こら、カスミ。紫音さん、ゆっくりしてるところだろ。つまら
ないこと聞くんじゃないの」
「つまんなくないもん! 大事なことだもん!」
「意見……? なんのことだい?」
 突然の意見伺いと、目の前で始まったちいさな諍い。紫音は戸
惑ったが、コクリと一つコーヒーに口を付け、せっかくだから、
もし時間があるなら少し座っていってはどうだい? もちろん無
理にとは言わないよと、自分の目にいつも部室で芽生えるような、
いたずらな光が灯るのも知らずに促したのだった。

 こうして年明け早々、謎めいた飲食店の四人席に一人で陣取っ
ていた紫音は、京夜とカスミは向かい合うことになった。
 カスミは紫音の横に、京夜は紫音の向かいにというなんだか不
安定な配席のところへ、ほどなく二人の分も飲み物が運ばれて来
た。店には暖房がきいていたけれども、それが、曇りのない澄み
切った寒さをあとから暖めたものだと分かる冴えが空気の底部に
残って見える。音楽はかかっていなかったが、未だ現役の十四イ
ンチのブラウン管テレビから、赤と、白と、ピンクと黄色の漫才
の声が小さく店内に流れていた。ふむ、三人目のあの方は三波春
夫さんというんだな。紫音はそれに耳を傾けながら、二人が落ち
着いて話し始められる状態になるのを待った。
「すみません、ごちそうになっちゃって」
「ありがとうございます、いただきまーす」
 京夜兄妹はお使い分の金額しか持っていなかったので、支払い
は一先ず紫音持ちになった。
「かまわないよ、私が誘ったも同然だからね。兄兄ズから貰った
お年玉がずいぶんと……それはそうと、キョロくんの家では、あ
まり年始に親戚が集まったりはしないのかい?」
「はい、うちは、あんまり。たまにこちらから出向いたりします
けど、それもあんまりですね」
「うむ、そうだね。それがいい。正月くらいは家族だけで……否、
一人でゆっくりするのもいいだろう」
「はあ……」
 紫音があまりに深く、繰り返しうなずくので、京夜は気詰まり
したように黙り込んでしまう。いつもの部室と同じ律動があった。
そのままコチコチと数秒が流れ、空気がすっかり居眠り運転を始
めてしまったのを感じたカスミに遠慮がちに顔をのぞき込まれ、
紫音はひとつ咳払いをした。
「すまない。それで、カスミくんは何をそんなに怒っていたのか
な」
「そうなんです! 聞いて下さいよ! ひ弱な姉のために妹が自
分の結婚を台無しにするなんて、そんなのあり得ないですよね!?」
 またもゴミ箱のふたは裏返り、その剣幕たるや火山の瞬間湯沸
かし器でさしもの紫音もたじろいでしまった。それと対照的に、
向かいでお茶を啜る京夜は弱々しい微笑みで、カスミ、それじゃ
紫音さん何のことか分からないでしょと、湯気をふいて店の古い
窓ガラスを曇らせにかかっている妹を諭した。そして訥々と、こ
との顛末を語り始めた。
「珍しく親戚が遊びに来たんですよ。それでお雑煮の材料が足り
なくなっちゃったんですけど……まあそれはいいです。で、小学
生の従兄弟がいるんですけど、その子が冬休みの宿題で家系のこ
とを調べたらしいんです。うちの……あ、うちっていっても僕の
直接の家系ではない、と、思うんですけど、どこからか家系図見
つけてきて。すみません、その辺ちょっとよくわかんないです。
で、その家系図におかしなところがあったらしいんですよ。どの
くらい前だろう……曾々祖父さんか、曾々々祖父さんか……その
あたりだと思います、三人兄弟がいて、ア太郎、徳治、鶴吉、だ
ったかな。まあ、そんな名前の三人です。それで長男のア太郎さ
んはよその家へ養子に入ってて、鶴吉さんは一度よその商家へ丁
稚奉公に出てたらしいんですが、徳治さんが会社を興すと言うん
で家に戻ってきて一緒に働いてた……らしいんですよ」
「そこからがひどいんですよ! 徳ちゃんと鶴ちゃんは二人とも、
同じ家の姉妹からお嫁をもらってるんです。徳ちゃんとその奥さ
んは好きあって結婚してたみたいなんですけど! 鶴ちゃんの奥
さんは徳ちゃんの奥さんの妹さんで、お姉さんの体が弱いから、
そのそばについて面倒を看ないとだめだからって、鶴ちゃんと妹
さんはその都合だけで結婚させられたんだって! あんまりだと
思いませんか!? 私、絶対信じられない!」
「カスミ、落ち着きなさい……。あはは、すみません紫音さん。
ちなみに、その姉妹の方の血筋が、うちの家系みたいなんです」
 話を聞きながら紫音は頭の中に、血筋のさかさになったトーナ
メント表を描いていた。
 なるほど、三人の男兄弟の家系と、二人の女姉妹の家系、その
男兄弟の下二人と、女兄弟が結ばれた。しかしその一組は互いが
望んだものではなく、家の都合で、もっといえば上の兄姉の婚姻
が抱えた問題点を埋め合わせるべく作り上げられたものだった。
そのことにカスミは女性の視点から腹を立てているのだ。ついで
にいえば、キョロくんたちの血筋はどうやら、その女姉妹側から
枝分かれして発生したものであるらしい。
「なるほど」
「ねえ、ひどいですよね! あり得ないですよ!」
「おまえが怒ったって、仕方ないだろ?」
「お兄ちゃんは黙ってて! ねえ、紫音さんはどう思いますか!?」



 ねえ、紫音さんは、どう思いますか──。



 なるほどねえ、とその時の紫音と同じように言って、こたつに
頬杖をついた真央は片目をつむった。
「そーゆー話か」
「うん。そうしたわけなんだ」
 あーあ、と真央は小さな体で一つ、目一杯大きく伸びをして首
をひねって音を鳴らせた。中でどうなっているのか知らないが、
体のあちこちが伸びたり縮んだりするみずみずしい音が聞こえる。
ゆびの先に厚ぼったい熱と小さな痺れが伝わるのを確認して、真
央はまた背中を丸め、コタツ布団に体の半分も潜り込ませた。
「それで、なんて答えてやったんだよ」
「答える時間はなかったんだ」
 となりに座ったカスミが、紫音の肩につかみかかろうか、なん
なら頬に口づけてしまいそうなくらい肉薄してきたその瞬間に、
京夜とカスミのポケットの携帯電話が同時にぶるぶると振動した
のだった。
「家からだ……ちょっとすみません。もしもし」
「あたしはメール……ママだ」
 カスミへのメールは「まだ?」とだけ書かれた簡素なものだっ
たが、京夜の対応ぶりからは野菜の到着が待たれずに今にも鍋に
餅が投入されそうな勢いがあり、京夜は電話の終盤からすでに腰
を浮かせかかっていて、半ば強引に電話を切ったようだった。そ
の兄と紫音を交互に見、悲しそうに眉を寄せたカスミには、紫音
も無言で、残念だが、と顔を作って見せるしかなかった。
 そうして、「それじゃあ今年もよろしくお願いします」ともう
一度繰り返して頭を下げる京夜に手を振り、カスミには、今日の
ことは宿題にしておくよと、やはり手を振って見送ったのだった。
 
 
 
 
                         (つづく) 
 
 
 

 
その(1)その(2)その(3) Interval 
 
 

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