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2014年2月11日 (火)

■雪の日(前篇)~ほむらちゃんのフィギュアと『劇場版 魔法少女まどか★マギカ 新編 叛逆の物語』ざっくりな感想~ -更新第904回-


雪どけの水が流れを作り、
ジョロジョロと音をたててどこかへ注ぐ音を聴くのは
なかなか趣深いことであるなあ。

こんばんわ、平成の吉田兼好、オイサンです。
僭越すぎるだろ。呪われろ。

P2080070


サテ先週末の土日、関東は前日から
何かの脅しみたいに大雪の予報が出ていて
ジッサイよく降ったわけだけども、
果たして「大雪」と言うほどのモンだったかと言われたら、
そーでもなかったような。
確かによく降ったしそこそこ積もったとは思うけど。
電車も道路も飛行機も、あっちゃこっちゃでしっかり止まってたので
各所への影響も甚大ではあったんだけど。
ええとこ2、30cmだったようだし。

どーなんでしょうかね。

町の様子も、もう少し違う顔になるかと思ったけど案外変化がなかった。



■雪の西麻布



しかしまあこの雪もタイミングが良くなくて、
各所では試験やら選挙やら、ナンダカンダ行われておったようですね。

気象庁さんが「外出は出来るだけ控えて!」と青筋立てて叫ぶ中、
「選挙すっぞ! 投票には来いよ!」
「試験は予定通り行います!!」
って各所で好き勝手言ってて実にエクセレント。
人間社会というヤツはこうでなくてはなりません。
ざまあみろ(誰がだ)。

しかし選挙はともかく、
試験なんかはこういうとき、予定通り行うのがいいのか、延期するのがいいのか、結構悩みどころだなあ。
移動やらのコンディション考えたらそりゃ延期が正しいとは思うけど、
受ける側のメンタル考えると「今日に!」って構えてたのが延期されるのは決して良いとは思えぬ。

そう! 選挙といえば……

  ぬおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

選挙特番のために時間帯をずらされ
『スペースダンディ』を録り損ねたので、オイサンはもう一生マスゾエを許しません。
お前なんか一生ファミコンの変なゲームでキャラクターにされてろ!!

▼舛添要一 朝までファミコン



▼岡村靖幸 - ビバナミダ



……くだらねえ……。
都政なんてやめちまえよもう……
アニメずらしてまでやるほどのことかよ……。
お前らの投票率なんて、どうせこないだのサザエさんの視聴率よか低いんだろ?
だったらもう、波平にやらしちまえばいいじゃんよう……。
ヤツぁ日本のお父さんだってお前らの大好きなセロン言ってんだろ?
じゃあいいじゃん。

  ……って言うとまた各方面から、
  「『東京都=日本』みたいに言うのやめて下さい!!」って怒られますな。
  すみませんでした。クワバラクワバラ。

……にしても、
「火だるまで死ぬか血だるまで死ぬか、どっちがいい?」
っていう程度の投票へ、のちのち当選者がヘマこいた時に
「いや、俺は投票行ったから文句言う権利あるよ?」
って言う権利を得るためだけにわざわざ雪の中行くのなんか、ヤだよねえ。
そらそうよ。

いっそもう投票とかやめて、
国民生活の様々な要素をめっちょトレースしてビッグデータ解析した結果で
自動的に国家元首を決めるシステムの構築を急いdうそです。
んなことしたら、毎回みのもんたとタモリと阿部寛と堺雅人と秋元康の争いになる。
ちなみにそのシステムではカレーをたくさん食べるとインドに対して友好的な外交政策が自動的に採択され、
ラーメン食い過ぎると政策が中国よりになるので注意が必要だ。

  いや、でも投票は行かないとダメですよ。
  ね。
  行かなくて良い、なんて言ってませんからね。
  行く気しませんよねー? って言ってるだけですよ。
  ヨノナカそういうモンでしょ。
  ただし雪の中の無理な外出は控えて下さいby気象庁。



■雪の朝に、ほむらちゃんがキター!



そんな雪の中……まだ降り始めの土曜のAM、
宅急便のおじさんが、ほむらちゃんを届けてくれました。
……宅急便のおじさんよ、すまない。
何も、こんな雪の日でなくてもいいのにね。
さすがに2週間前にはこんな日になるとは思わんかったんや……。
ホンマ堪忍や……。

ワリと顔見知りの、とても真面目で純朴な宅配便の人だったんで、
大変申し訳なかった。
配達人があの人じゃなくなったらちょっと心配になるだろうなあ。

  世間では宅配ピザのバイトのお兄さんが
  「こんな雪の日に注文すんじゃねえ」
  と憤ってましたけど。
  うーむ……それもどうなんだろうな。
  悪意があってやってるなら問題だけど、
  営業してるサービスを利用するのは悪いことでもなかろうし、
  社会的に道路やらのインフラが混乱していることを考えれば、
  そこをさらに混乱させるようなことは
  市民としては極力控えるべきではあるのかもしれない。

でまあ、ほむらちゃんなんですが。
……う、美しい……。
箱から出してみて、ひとしきり眺め回してみて出た感想が、
「ほむらちゃんて女の子だったんだなあ……」
というですね、えー、



……。



お巡りさんこの人です。
お巡りさん僕です。

なんともうす気味の悪い一言だったわけですが、
しかしなんともこうフォルムがしっかりと女の子女の子してるというか、
艶めかしいプロポーションをしていて
見ていてため息がもれる思いです。

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禍々しささえ漂う、深い紫(濃紺とはまた違う)のタイツに
ぴっちりくるまれた脚線美が実に妖しく、刻み付けられた表情には深みがある。

どうにか写真に収めようとしたけれども
自身の撮影環境と腕ではとらえきることができずにおります。
ナンボかマシなのかなーと思えたのがこれ。

ちなみに、バックの赤い布は
『劇場版新編』を見たときに買った杏子のバンダナ。



■ほむらちゃん



しかし、なんでしょうねえ。
どーしてここまで、ほむらちゃんにハマってしまったのか。
まあきっかけは『劇場版 新編』なんだけど。

うーん……。

うつくしかった、んですねえ。劇場版の彼女が。
彼女のかなしみが。
彼女が、かなしみへと落ちていく様子が。
もう、なんかこう……人間って、なんでこうあんぽんたんなの! っていう強さ、大きさが。
分かり過ぎて痛かった。

まどかが理である世界で、魔女に堕ちてしまった自分を、
理であるまどかの導きでみんなが一丸となって助けてくれたのに、
それを軒並み裏切ってまで、まどかを理から「お持ち帰り」したかった、
しなければならなかったほむらちゃん。

いかにまどか自身が、理へと転化したことを「自分で望んだこと」だと言っても、
理であることを忘れた……まどかがまどかだった頃のこころが、「ひとりはつらいこと」と漏らしてしまったが故に、
ほむらちゃんにはもう、彼女を救い出すしかなかったのでしょうな。

だって、お友だちだもの。

ほむらちゃんにとってまどかは、
魔法や魔女を知る前の、変わる前、大きくなる前の、純然たるまどかこそが唯一のまどかだから、
なのでしょうね。
TV版のエピソードで彼女が守り抜こうとして守り切れなかったまどかが、
やはりほむらちゃんは欲しかった。

  ……「女の子がおんなのこを欲しがる」とか書いてると、
  文字と言えども若干感じてしまうオイサンです。
  病気かわしは。
  あ、おまわりさーん、こっちこっちー。

他の誰を裏切っても、「今」のまどか自身を裏切ってでも、
「まどかを守る」という「誓い」を貫かずにはいられなかった、という……
この彼女のこころの在り様というのは、はたして幼さなんですかね?

オイサンにはものすごく共感せざるを得なかった。

彼女にとって、まどかは「すべて過ぎた」んでしょうねえ。
まどかがどこまでも「みんなのための自分」の人だったのに対して、
ほむらちゃんは「一人のための自分」の人だった。

  前者が「みんなから」神と「呼ばれた」のに対して、
  後者が「自ら」悪魔と「名乗った」ことも、なんだかとても意味のあることの様に思います。
  コレ多分、偶然なんだと思いますけど。
  神様を愛し、守り続けると誓ったために、悪魔になるしかなかった悪魔のお話。
  いやあ、人間って面白いですね。

まあオイサンがこの映画にここまでやられた理由で一番大きいのは、
エンディングの『君の銀の庭』に因るところが大きいと思います。
あの歌が、ほむらちゃんの抱えるかなしみをあまりにまっすぐに歌い上げ過ぎているので、
それにドカーンとやられてしまったのは自覚しておる次第。

  あのー、アレですよ。
  スーパーファミコンの『スーパーマリオワールド』で、
  ……マタこのオッサンは突然なにを言い出すんだとお思いでしょうけどまあ聞きなさいよ、
  スーパーファミコンの『スーパーマリオワールド』でですね、
  画面の半分くらいある大きさのキラーが飛んできたりするでしょう。
  あれを真正面から顔面にくらったような、そういうやられ方です。
  顔面に喰らって鼻血が出る。
  そういうくらい方です。

一つ、すごく疑問なのは……
ほむらちゃんのあの感情、行動、それらはすべて「幼さ」「子供っぽさ」なんだろうか?
ということで。

『君の銀の庭』の中でも、


 ♪ 大人になる門はかたく閉ざされて


なんていう一節も歌詞にあり、メロディも終始、泣く子をあやし、ともにかなしむような優しい空気を醸し出していますが……
ほむらちゃんの起こした今回の事件が、「こどものわがまま」だとは思われんのです。
わがままはわがままだけども。

世の中にはわがままな大人はナンボでもいる。
彼らのわがままが人を殺すこともあるし、
反面、彼らのお陰で世界が前に進んだり、世界が守られたり、日夜している。
自分の考えと、求める世界のすがたをわがままに追い求めて、
世の中との折り合いも時には力技で引きちぎって結局世の中の姿を強引に押し曲げ
その結果を認めさせている大人は、大人のまま、世の中に存在している。

  『プラネテス』に出てくる、ロックスミスみたいな大人のことですよ。

けど彼らはやはり大人で、
自らの欲するところへ向けて、
考え、
行い、
人の恃まず自らの手を汚し穢れて結果を負う、
あの姿、あの振る舞いが、わがままとはいえ子どものものだとは思われない。
彼女の様な「大人」が世界を動かしているのだと……オイサンには思われます。

「耐えられる」ということと「つらくない」ことはイコールじゃない。
その言葉をいかに抱き留めるかが、このお話の印象を決定づけるのだと思います。

「今の自分は幸せだ」というほほ笑みを、そっと受け入れて身を引くことが大人なのか、
「ちがう、そんなのは欺瞞だ、まやかしだ」と、己の真実を突きつけることが大人なのか、
それはもう色々と……一人の人間の中でも場面や時間で変わることだと思うのだけども。
このほむらちゃんが大人だとは言わないまでも、
子供ではなく、今回の決断が彼女を一歩階段を上らせたと思える。

不器用な彼女の、純粋すぎるがゆえに圧倒的な心の力は、
それに見合った大きなかなしみを負ってしまったわけですが、
そこの力加減が出来ないことであるとか、
最終的に現時点でのまどかのこころを尊重できず、
まどかのことを愛している自分を愛している、みたいな状態になってしまって
自分のこころまで自己矛盾に引き裂くようなことになってしまったことは、
やはり幼さであるようにも思いますが……
……それもねえ。
結局、時間軸の話だけではなくて、
まどかが円環の理に転化する時点で世界が一つ大きくずれているから……
そこは、ずれる前のまどかを求めてしまうほむらちゃんを、
子どもだと断じて責めることは出来ないと、オイサンは思いますけどね。
受け入れるには、何か勝手が違いすぎますもの……。

そんな成熟や、不純の論理はいらないわけですよ。

自らの存在すべて消して宇宙に溶け込んだまどかも子どもを脱した存在なら、
その宇宙の中心に、どす黒く巨大にツッパッてトンガって、仁王立ちし続けるほむらちゃんもまたそれに等しいのだと。
オイサンは思いました。

  オイサンの好きになるコはなんかこんな子ばっかりだよ。
  ねえ絢辻さん。

本人の「こうしたい」という気持ちのままに見送ることが愛なのか、
そのうそ(?)を見破って優しく引き留めてあげるのが愛なのか……
理から零れ落ちたまどかのこころが漏らした言葉が、
果たして、どの世界のまどかの、いつの心の真実であるのか、
その糸をどこに結び付けるかでこのお話の姿は違って見えるんでしょう。

結局ンとこ、このお話が澄みきったかなしみに満ちて終わるのは、
「正しさ」を提示しないで終わるからなのであって、
それを提示したところで当のまどかがああいう状態になってしまったので
提示されたそれも真実なのかどうか、物語の上では語り様がないという……
そこがまた、オイサンを惹きつけてくれる部分でもあります。

  これはもう、死人の残した言葉の真実味を探り当てるようなお話です。
  こういう言い方をすると多分怒られると思いますが、
  私は、「故人の残した嘘」というものが大好きでして。
  やさしさからか、憎しみからか、わからないけども
  残されたのはその「言葉」という事実のみ。
  残されたその言葉さえも、その瞬間の前後に拍動していた文脈によって異なるものになりかねない。
  真実は、その場、その瞬間の流れのかたちにしか保存されていない。

  お墓なんてのはとても豊かだと思うのです。
  あれは、亡くなった方のこの世への未練ではなくて、
  生きている人間の、故人への未練なのでしょうね。

ただ、まあ……一つ、今の彼女らの状況を好意的に解釈するなら、
もしかして、こうして互いを相克に置いて、曲がりなりにも遠く、大きく意識し合えていることが、
彼女らの幸せなのかも知れんと、思ったりもいたしますが。
お世辞にも、素直な愛と呼べるような愛ではなくなっちゃったけど。

  ……そんでまた、お前らのよけいなちょっかいのお陰で
  ほむらちゃんかなしいことになっちゃったじゃないかよ!!
  という意味で、インキュベーターの悪者ぶりにハクが付くわけですね。

あとどーでもいいけど、キュウべえがボコられてしまった今、
もし次作があるとするなら『ドラゴンボール』的にさらなる悪の黒幕がでてこないといけない様な気がして、
そーなったらまたえらく安っぽい感じになっちゃいそうだなと
要らぬ心配をするオイサンでございました。



……。



えーっと何の話でしたっけ。
そうそう、ほむらちゃんのフィギュアが届いてすげえ可愛いっていう話ですね。
ンであと、今期のアニメの話をしようと思ったんですけど、
全然アサッテの方向に向けてテンション上がってしまったんで
ちょっとここで一旦切ります。


続きはCMのあと。
第2部は、2014年1月からのアニメのお話のコーナーです。
オイサンでした。






 

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