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2014年1月31日 (金)

■『GJ部』SS・コタツじかけのオみかん~みかんのすじは俺のすじ~(1) -更新第898回-

その(1)その(2)その(3) Interval


 正月--。



 三が日も明けない静まりかえった学校の、とりわけ静かな木造
校舎のクラブ棟の隅で、天使真央は、学校にも内緒で作ったと言
われる先代の部長から譲り受けた合い鍵を、部室の扉に差し入れ
てくるりと回し、その手応えのなさに首を傾げた。

 開いている?

 折しも冬休みの真っ最中、年明けの、誰もいるはずのない状況
で、念のため鍵を逆さに回してもみたけれどそれだと扉はカチャ
ンと安い音を立てガタガタと開かなくなってしまったから、やは
り鍵は元から開いていたのだ。休み前の最後の日、確かに鍵をか
けたのは自分だ。つまり、中に、鍵を開けて侵入した何者かがい
る。先生か、校務員か。いずれにせよ、いま手の中にある有って
はならない鍵の存在と自分がここにいることが見つかったら──
と言っても現時点で部屋の中の誰かは自分の存在に気付いている
だろうが──面倒なことになるのには代わりがないだろう。真央
は頭の中で二、三簡単なプランのシミュレーションを済ませると
密かに深呼吸をし、何食わぬ顔で扉を引いた。
「やぁ、真央だったか」
「なんだ、しぃかよ」
 部屋の中にいたのは紫音で、いつものようにデスクにつき、や
はり何食わぬ顔でPCの画面に向かっていた。
「明けましておめでとう。先生かと思って一瞬肝を冷やしたよ」
「ああ、あけおめだ。って、そりゃこっちの台詞だっつーの。ち
ゃんと鍵、かけとけよ」
「すまない」
 真央はちいさな体を素早く部屋へすべりこませると、音もなく
戸を閉めた。きちんと内側から鍵もかけてから、一呼吸の間耳を
澄ませた。
 部屋はカーテンを引かれたままで、光は布地を透して差しては
くるけれど、どことはなしに澱んで塞いだ雰囲気があった。スト
ーブが焚かれ、さっきまで寒さと静けさで冴えていた頭にふっと
真綿のような眠気が芽生えてくる。暖かかった。空気は乾燥して
いて、奥の給湯スペースで湯の沸く様子も感じられなかった。そ
れはそうだ。ドレスハンガーには紫音のコートだけがかかってい
る。真央は自分もコートを脱いでそのとなりにつるすと、先ずは
抜いてあったコタツのコンセントを挿してスイッチを入れ、一思
案したあと
「こうだ!」
と、カーテンを開けてしまった。
「真央」
「どうせ誰も通りゃしないだろ」
 紫音が驚いて非難めいた声を上げたが真央は取り合わなかった。
確かに、この窓の向こうを自分たち以外の者が通るのをついぞ見
た覚えがない。紫音は頭にいろいろ、指摘や不安の言葉が未完成
のまま並ぶのを感じたが、口にするまでもないと悟ると鼻から深
い息をついた。
 窓から部屋へ、一気に広がった冬の光は、年が明けるとともに
太陽まで新調されたみたいに白く澄んでいて、化繊のカーテンに
漉されて届いていた先ほどまでの明かりとはまるで別物の鮮やか
さだった。いま日が昇ったわけでもあるまいに、コタツ、本棚、
畳に絨毯、部屋のさまざまな雑物に、それがどんな些細な起伏や
輪郭であっても細やかに陰を引き、それぞれの色を取り戻させる。
その中には当然真央も含まれていて、仁王立ちした小さな体で光
を通せんぼして笑っていた。窓が開いたわけではないのに一瞬風
が吹き抜けたように、紫音は錯覚した。それだけ強くて明るいの
に温度を感じさせない、冬の光はどこか紛い物のようで現実感が
ない。真央は、その光が部室の隅々まで白く染め抜いたのを確か
めるように眺め回して、振り向いた。
「これでよし。この方が気分いーだろ」
「こんなことをしているから、先生にも目を付けられるのだろう
けど……」
「んなもん、どーってことねーよ」
 満足げな真央は畳に上がり、四つん這いでコタツ布団に手を差
し入れ温度を確かめると、そのまま背中を丸めてコタツへすべり
こんだ。紫音は、それもそうだねと微笑んでもう一度ディスプレ
イに向き直った。
「で? 正月から一人で、なにこんなとこ来てんだよ」
「親類と兄兄ズがうるさくてね」
 真央の問いに答えて、かちり、とためらいがちな紫音のマウス
のクリック音がやけに大きく響く。
「そんで部室に潜伏ってか。侘びしいねえ」
 紫音の答えはおおかた想像の通りで、真央は丸めた小さな背中
をけたけたと揺すった。つけたばかりのコタツはまだ冷たかった
のだろう、おお侘びしい侘びしいと繰り返し笑って、ひときわ小
さく背中を丸めた。
「そういう真央は」
「似たようなモンだよ。めんどくさくなって逃げてきた」
 真央は振り向きもせず、不規則に波打つコタツ布団の表面をパ
ンパン叩いて整えて、体との間に隙間ができないようにするのに
夢中だ。紫音は、お互い煩わしい波を嫌ってここへ転がり込んで
きた者同士のシンパシーを感じて椅子を引き、それからはもう黙
りこんだ。やがて古い赤外線が放つ熱の半球がじわりとコタツ布
団の中に広がり始め、真央の冷えた手先と膝をあたため出す。部
屋にはしばらく、パソコンの細いうなりと、マウスを操る音だけ
になった。


     ★    ☆    ★


「真央」
「あー」
「コーヒーを淹れるが」
 紫音の声で真央は壁の時計を見てみたが、ここに来たのが何時
だったか覚えていないのでどのくらい時間が経ったのか分からな
かった。自分が眠っていたのか、起きていたのかも定かでない。
意識だけははっきりしていたつもりだったが、それはなんだか、
時間が止まってしまったような、とても安らいだ感覚だった。
「あー。くれー」
「承知した」
 その寝言のような調子が、いつか日光で見た有名な木彫りに似
ていておかしく、紫音は返事の端でうっかり笑ってしまった。い
つもならへそを曲げられてもおかしくないところだったが、真央
は気付いていないのか、それともそれも面倒くさいのか、もぞも
ぞとかすかに体をよじっただけだった。
 あらかじめ家で挽いてきたコーヒーの封を給湯スペースで切る
と、そこからたちまち、部屋がチョコレート香で染まる。いつの
代物か分からないコンロは、かちん、かちんと、決まって二回、
手首を強く返さないと火を点してくれなかった。部屋を使う誰も
それに不満を唱えなかったし、直そうとする者もなかった。銀の
ポットの底がほんのり赤く染まる、その口から柔らかな湿度が広
がっていくのを見守って、ぴたりと決まりきった手順でコーヒー
を落とすと、紫音はそれを持って、自分もコタツの、真央から向
かって右側の席にごそごそと潜り込んだ。
「ほら」
「んー」
 真央の反応はまだ薄い。鼻をひくひくと利かせ、目は殆ど閉じ
たまま、家具調コタツのテーブル台に紫音の置いたカップを正確
に捉えるのに時間がかかっていた。
「随分、疲れているのだな」
「まったくだよ。冗談じゃねえっつーの。あたしゃオモチャじゃ
ないっつーの。おにんぎょさんじゃないっつーのー」
 真央の家はそれなりに格式があり、彼女はそこの長女なのだか
ら、人が集まればそれなりの振る舞いを求められるということな
のだろう。ずびびびびと、自分で言ったお人形さんという形容か
らは極めて縁遠い音を立ててコーヒーをすすり、うえー、と真央
がしかめっ面で舌を出して見せたので、紫音はまた「ほら」と繰
り返して、ミルクとシュガーのポットを彼女の方へ押し出して寄
越した。その苦みでようやく頭に火が入ったのか、真央は背筋を
伸ばしてそれを引き寄せると、蓋をずらせた。
「ふふ、お人形さんか。人気者なのだな。恵くんは?」
「さあ。まだ甲斐甲斐しく、おさんどんやってんじゃないのか?

「それじゃあ恵くんに全部押しつけて逃げ出してきたのか。呆れ
たな」
「メグはいいんだよ。本当の人気者はあいつの方なんだから。あ
いつも、そういうのの相手するのが好きなんだ」
「そうかも知れないが」
「まあ、今のうちだけだよ」
 砂糖とミルク、紫音の目には入れ過ぎではないかと思えるくら
いにざらざらと加え、今度はコクリと静かに啜った真央が大きな
瞳を満足げにしばたたかせるのを見届けてながら、紫音は、今の
うちとは何がだろう、どれのことを言っているのだろうと思案を
巡らせた。その思考が追いつくより早く、
「しぃは? 昨日、一昨日はどうしてたんだよ」
と真央から話を振られてしまったが、それももう終わった話だっ
た。
「言っただろう。家にやってくる親類と、兄兄ズの相手だ」
 応えながら、体が自然と頬杖の姿勢になり、言葉にもため息が
混じる。正月、決まってやってくる親類たちのことは嫌いではな
いし、兄たちを疎ましく思う気持ちもない。さすれど、休みに入
ってこっち十日近くもそんな暮らしが続くとさすがに自分の時間
が恋しくなる。この部室での時間の過ごし方になれてしまうと、
その恋しさもひとしおなのだった。
「それだけか? そーだよなー。そうなんだよなー。何日も続く
となー」
「まあ私は、昨日は昨日で別の場所に隠れていたんだが」
「なんだよ、おま、昨日もかよ」
 人のこと言えねーじゃねーかと鋭く咎められ、紫音も気後れし
た笑みを返すしか出来なかった。確かにその通りだ。しかし、な
んだろうか。昨日、午前中のうちから家を抜け出して町をさまよ
った、その潜伏中に何かあったような。カップに口を付けて再び
部屋を見渡すと、部屋の壁面を埋める大量のマンガと小説の単行
本、整然と並んだ色とりどりの背表紙に浮かび上がる無意識の紋
様が、点描の様にヒントを描いている気がする。間の抜けた、人
のいい微笑み。
「あー。ヒマだな」
 ぱちんとフーセンガムを割るように、真央が紫音の思惟に割り
込んできた。
「ヒマって」
「分ーかってるよ」
 その静けさを求めて、ここへ流れ着いたのではなかったか。野
暮な追求をしてしまいそうになるのを、真央は先回りして抑えて
くれるから助かる。そんな矛盾を自分に許すことを、この子供み
たいな友人はときおり教えてくれるのだった。紫音にはなかなか
それが身につかない。スリープに入ったパソコンは暗く落ちた画
面にメーカーのロゴを転々と映し替えるだけだったし、ストーブ
がぐらぐらと熱で揺らいで見えるほかは、部屋は確かに冷たい空
気の中に氷づけになっているように見えた。暇。退屈。動き出さ
ない時間と、それにため息を付くことの出来る関係は貴重だった。
「真央は、昨日は?」
「昨日は昨日で、一族総出で山登りだよ」
「山? ……ああ」
 山登りとは恐らく、このあたりではそこそこ名の通った山の中
腹にある神社への参拝のことを言っているのだろう。山岳や霊場
への信仰の根強い土地だとも思えないが、手近で、ちょっとした
お出かけ気分が味わえ、いくらか神聖な行いに参加した気にさせ
てくれるからか、初詣にそこを利用する家庭も多いことは紫音の
家でも聞いたことがあった。兄兄ズのうちの誰かも、友人に誘わ
れてそこへ出かけていたはずだ。
「そう、あの……なんつったっけ、あの神社」
「ああ、うん。分かるよ。名前は思い出せないが。ネットで調べ
てみるかい?」
「いーよもう。めんどくせー」
 思い出したくもないとばかりに、真央はコタツ台に突っ伏して
見せる。彼女の柔らかい頬が家具調コタツのテーブルに押しつけ
られて形を変えるのを見て、冷たいだろう、と紫音が尋ねても、
冷たくて気持ちいーという答えが返ってくる。その姿勢のままぶ
つぶつ呟いた何事かは聞き取ることは出来ないけれど、伝わって
くる振動から「いったい何が面白いんだよもー」と言っているら
しいのが感じ取れた。
 かと思えば真央は、突然がばりと甦り、
「すげえんだぞ! あんな山のてっぺんにあんのに、正月の朝か
ら山道大渋滞だぞ! 森さんなんかあの格好で荷物持ちで! ほ
んとよくやるよ……正月くらい休ませてやれよ」
と、ひとしきりまくし立てると、今度こそエネルギーが切れたと
見え、またくたりとへたり込む。
「まあ、確かに。敬虔な信者でもあるまいに、寒い中汗をかいて
まで山に登るモチベーションがどこからくるのか、興味のあると
ころではあるね」
 神社の位置するのはいいところ山の中腹あたりのはずだったし、
山道とはいっても参道は石段に整備されているはずで、真央の言
いようではその苦行が随分水増しされて聞こえた。紫音は肯ける
ところだけ上手に拾い上げてお茶を濁すと、室内の様子に少し飽
きて、窓の外の景色に目をやった。冬らしい、澄んで濃く、斑の
ない青空が窓の四隅まで埋め尽くしている。不意に恵の無防備な
笑顔と声が脳裏によみがえり、
「シーツのお洗濯をしたら、よく乾きそうですねえ」
と、お正月からやはり甲斐甲斐しいコメントを残して消えていっ
た。パン、と恵がはたいて広げたシーツはそれこそ空色で、物干
しにかけてしまうとどこまでが空でどこまでシーツなのか境目を
失う。ばたばたと、どこかで強い風にはためくシーツの音が聞こ
えるような気がした。
「皆は、どうしているのだろうね」
「あいつらなー」
 口には出さなかったが、お互いが今ここにいない部員とその縁
者たちの顔を順繰りに思い浮かべているのは気配で分かった。直
接の部員は六人だけだが、時折ここに姿を見せる弟妹や家の者を
含めると、部屋に出入りする人間は結構な人数になる。
 そうして頭を巡らせているうちに思い出すことがあって、あ、
と紫音が髪を小さく跳ねさせたのを、真央は見逃さなかった。
「なんだ。どした」
「いや……そういえば。昨日、キョロくんに会った」
「なに。キョロにか。どこでだ。話せ話せ」
 紫音の声がかすかに緊張を帯びていたから、勢い、真央も真顔
で応じる。身を乗り出した真央の瞳があまりに爛々と輝き出して
いたので、別段大した話ではないよと前置きをしてから、紫音は
コーヒーに口をつけつけ、昨日の短いランデブーのあらましを心
でたぐった。


                         (続く)


その(1)その(2)その(3) Interval



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