« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月の5件の記事

2013年11月26日 (火)

■たのしいこと -更新第886回-


 
 
 
 
たのしいことを書きたいのです。
 
 
 
 
旅のこと、
アニメのこと、
漫画のこと、
ゲームのこと、
写真のこと、
声優さんのこと、
友だちのこと、
友だちと行く声優さんのライブのこと、
美味しいものを食べること。

カラオケにいって歌をうたったり、
焼き肉を食べたり、
よく眠って夢を見たり、
映画を見たり、
そんな中で面白い物やすばらしいもの、美しいもの、鮮やかなものと出会い、
衝撃を受けて、体や気分にまとわりついたそれまでのものが
強い風に吹かれていろんなものが吹き飛ぶようなえも言われない瞬間にめぐりあう、
そうするとそのものについて深く考える、
そこには無いもののことまで気になって、勝手に深く深く、広げながら考える、
自分の心と照らし合わせて、半分自分だけのものにしながら、
どんどんどんどんそのものの中を降りていくとやがて自分の心の底にたどり着いて、
そんなときに、いろんな人が外からそれを見つけてくれて、
また楽しいことや面白いものを運んできてくれる。
 
 
そんな胸のすくような、
たのしいことをして、たのしいことを書きたい。
 
 
真夏の日差しのような、冬の木枯らしのような……。
 
 
  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月24日 (日)

■些伽巳日記~のんのんマギカ地獄篇 -更新第885回-

金木犀が香ると、ああ秋だなあ、と思いますが、
灯油の匂いを鼻に感じると、冬が来たなあと思ってしまいますね。

オイサンです。
もう冬なのかなあ。
マもうじき12月ですから立派に冬ですけどね。

Pb240375

めっきり音沙汰も途絶え気味で申し訳ありませんです。
おためごかしに今月の大体の近況報告でも。
まあ、総じて体調があまりよくない感じです。
なんなんだかよくわかりませんが、すぐにこうガクッとくる、常にどこか傷んでいる、
そういう蓄積されたなにかに蝕まれている感じです。



■1週目

土曜日、うどんの国からうどん大使が国賓として来日されまして、
幕張で催されておったアラフォー自転車祭り2013に帯同いたしました。
TLきっての高齢アラフォー三人でアンミラでゴハン食べたり。
これについてはまたちょっと詳しく書こうかと思います。

Pb021821

翌日曜日は、『のんのんびより』に触発されて近所のド田舎スポット、
寺家ふるさとの森へひとりでのんのん散歩。
思ったよりは観光地化されていて人も多く、ちょっと期待外れ。
マそれでも、町中よりは全然静かなんですけどね。

  田舎的な風景を見たいとかいうよりも、
  ただ空気に何のうなりもない、静かな場所にいたいのよ。

帰り道にこじゃれたスコーンを食べさせるお店を見つけたので
また行こうかと思ってはおる。

Pb032061



■2週目



劇場版『新編 魔法少女まどか★マギカ ~叛逆の物語』を見に
南大沢までお出掛ける。
はたして、TVシリーズにさほどの思い入れもないオイサンがどんな感想を抱くのか。
マこれもまたちゃんと書きます。

翌日曜日はまたしても南大沢へ。
別に何するってわけじゃなく、南大沢から鶴川に抜ける間はどうやらかなりなド田舎風景の広がる場所のようなので、
お散歩ついでにのんのんロケハンをしたくていきました。
こちらは前週のふるさとの森とは違ってホントただの農地。
途中で天候が崩れてきたので途中で断念して帰ってきたので、
またリベンジしたいと思います。



■3週目



マ先週の話です。
土曜日はオシゴト。
日曜日、銚子四紳士の一人、ジェントル号オーナーテラジさんからお誘いをもらって
のんのんなドライブに。
メンバーはテラジさんとオイサン、そしてもう一人、
やはり銚子四紳士の一人・よつさん。

場所は埼玉県比企郡小川町……と、ここまで書いたらもうわかる人はお判りでしょう。
『のんのんびより』の学校のモデルになった廃校・小川町小学校の分校を見に行きました。
……って、そこへ行くのは当日集まってから決めたんだけど。

Pb170237

いや、静かでひなびた良い場所でした。
そしてやはりモってる我々は、途中目当ての店が閉まってたりと色々あったんですが、
結果、とても愉快な小旅行でした。

よく笑える良い旅。
やっぱ笑わないとだめだ。人間、だめになる……。



■4週目



土曜日はこれまたオシゴト。
テッペンこえるまでやってたので、翌日曜日もまともに動けていませんが、
もう1回、近場で『まどマギ』映画を見に行ってしまいました。
まあ、つまりはよっぽど面白かったってことですよ。

  ホントは虚淵玄の専門家であるところのミスターJを誘って見に行きたかったんですが、
  時間を合わせるのも難しそうだったので、残念ながら一人で。

しかし特段何かがあったわけではない日。
キホン、色んな思いや身体的な不調にさいなまれてぐったりしておりました。
いやーまいったまいった。

あーあと、一般人だったはずの友人から
「阿澄さんが初舞台らしいんだけど、チケット取るつもりなんだけど、
 行く気ある? あるよね!?」
という謎のテンション見せつけられて(一部誇張アリ)びっくりしたり、
音沙汰のなかった友人からいきなり入籍のメールが届いてびっくりしたりしました。

まあ「入籍してるヒマがあるなら『のんのんびより』と『まどか』見ろ」って返信しときましたけど。


マそんな11月です。
次はいよいよ、The Season in Mid Winter . 




 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月10日 (日)

■油田は燃えているか~イオンモールと色黒アナウンサーの黄昏 -更新第884回-

『アウトブレイクカンパニー』、アニメの方が面白かったんで、
原作を1冊買ってみました。
作家さんが色々勉強して考えて書いてる作品だなーと感じたもので。

     

デ買おうと思って本屋に行ったら、最初の2軒には一冊も置いてなかった。
レーベルが講談社ラノベ文庫という、
まあ思い切りメジャーというわけではないレーベルだったってのもあるかも知れない。
とらのあなにはさすがに普通に売られていたので、とりあえず2巻から買った。

  またそういうことを。

んで、ちょっと読み進めて、

 「アニメを見てから本編読むと、文章で一生懸命書かれている状況とか見た目とかの説明が
  一切無意味になってしまって書いてる方はちょっと気の毒だな」

ということに気付いた。
作品そのものには関係のないことなんだけど。

お屋敷とか、部屋の描写とか、リザードマンの外見、ミュセルの耳具合とか
外見の様子がもの克明に描写してあるんだけども、
アニメで見たあとだモンだから、ほぼ要らないワケですよ。
もう、絵でアタマに入っている。
それをイチイチ文章で何行も読むのは、クドイ。

もちろんその辺り、アニメと原作で設定が変わっていたりするかも知れませんし、
そういう端々に表れる表現の面白味があるのなら真面目に読む価値はあるのだけども、
なかなか。
そんなもん書く方には全然あずかり知らない事情なんで仕方ないんですけど。
ホントは全部、別物として真面目に読むべきなんですけど。

けれどもまあ、ラノベというのは、
地の文の大半が絵にしてしまえば一瞬で終わる、見た目とか状況の説明であることが多い。
ホント漫画にしてしまった方が早いものが多々あります。
そうじゃない作品だってありますけど、
文字でないと伝えられない、空気とか、
行間で伝えようとする仕掛けの割合が低いので、
イキオイ、読まなくていい部分がものすごい出て来ますね。

  いっそ5、6ページに一回くらい挿し絵が入っていてもいいのではないだろうか。

かといってオイサンなんかはストーリーにすごく期待するわけでもなく、
文体とか、行間とか、如何に「鮮やかに語るか」を楽しみにするタイプなので……
結果、読むトコがほぼなくなるわけですね。
納得。

マいいんだけど。
ペトラルカかわいいよペトラルカ。



オイサンです(ここまで挨拶)。



さて、そうじゃのう……今日は、

 油田火災が起こって町の本屋さんとゲーム業界が火の海になり、
 イオンとAmazonとiPhoneとGoogleだけが焼け残ってみのもんたが色黒になる、


というお話をしてあげようかのう。



■カキーン!



最近また、とみにソーシャルゲームとかオンラインゲームの課金形態について
声が上がり始めていますね。
ここ二週間ほど。

  しかし、こういう話題って周期的に何度も循環しますね。
  「ブログはこうあるべきだ!」っていう話とかね。
  誰かがそういう記事を上げているのがきっかけなんだろうけど、
  定期的に気になる人が出てくるのかね。
  それはそれで不思議。
  閑話休題。



 ▼ここ最近よく見る自称ゲーム開発者のアイテム課金に対する意見に物申
 http://anond.hatelabo.jp/20131104182306 [ はてな匿名ダイアリー ]

んでまあ、オイサンもソーシャルゲームの課金については否定的な意見の持ち主で、

「小分けに課金するのはいいけども、
 フツーに遊んでフツーに遊び終わった時(※)、
 トータルで見ればパッケージソフトと同じくらいの値段に収まるようにして下さいよ」
とずっと考えてきた。

  ※ちなみにここでいう「フツー」は、
   「作り手が、そのゲームで提供しようとする楽しみのコア部分を提供し終えた時」を指します。
   たとえば『ドラクエ』や『FF』で言うなら
   「表のシナリオを遊び終えた時点」くらいのことで。
   「『ドラクエⅤ』でミルドラースを倒すまで」くらいのことです。
   そっから先、裏ダンジョンでエスタークを倒すとか
   仲間モンスターをコンプするとかのやりこみ要素までは含めない。
   ゲームやってる人なら、大体そのさじ加減てわかると思うのだけど。

   そして、それじゃあ結局開発の労力と実入りのバランスが変わらないので
   イミがないんだろうけど。

……んだけども、よく考えてみると、
今のソーシャル的な環境、つまり
「同じ基幹システムがいつまでも延命されて、
 ちょっと追加料金を払ったら、同じシステムで同じ世界の続きがまた遊べる、
 ちょっと新しいことがおこる」
っていう世界は、
実は自分のような人間にしてみたらパラダイスなんではなかろうか?
……と、ふと思ったりした。

私ぁ一度気に入るともう同じゲームで延々ずーっと遊んでるような人間なのね。
PS中期頃のゲームとか大好きで、未だに、懐かしく思い出したらプレイしているわけです。
『あすか120%』とかさ。『パンツァーバンディット』とか。
『アインハンダー』、『NOeL』、『ツインビーヤッホー』、『ぱずるだま』、
『ザナック×ザナック』『エタメロ』、
とか、まあその辺りのゲームで今でもやってるゲーム、
時間さえあれば2周目3周目をやりたいと思っているゲームを挙げると枚挙に暇がない。
本当に老後時間が出来たらやり直したいわけです。

そういうゲームの、慣れ親しんだシステムや世界観が変わらず、
新しい出来事が起こったり、新しいお友だちが増えたりし続けるのは、
案外自分にとって嬉しいことづくしなんじゃないだろうか。

  マあの頃の様なガッツリなシステムが
  今のソーシャルなゲームに存在するのか調べてみないと分からないけど。
  片手間で中途半端なつけたしはイヤですけどね。
  『あすか』に新しいキャラが足されて、
  それにともなって新しいストーリーモードが入ったり。
  前のキャラが卒業したりね。
  難易度がムダに上がったりはしないでほしいけど。

開発側の願いとしては
「時間とお金と手間のかかる、根っこ部分の開発は出来るだけローコストに行って、
 それを少しでも長持ちさせながら
 上澄みだけを交換したり新しくしたりして、ユーザーからお金をもらいたい」
って意図なのだろうか。
そこの利害は一致すると思うのです。
マその「いつまでも浸っていたい一本」にうまくめぐり合うことが出来るのか、
そう思わせるところまでを初期投資の金額で作りこめるのか?
っていう問題はあるけど。

  ……とはいえ、『ドリクラ』で新しいお衣装一つに800円、
  楽曲一つに1200円とかっていう値付けを見る限り、
  なかなかバランスよく納得のいく値段付というのは難しいと思いますが。
  オイサンの感触だと、
  歌や衣装で3~400円くらいなんですけどね。

実際どうなんだろうなあ。
60時間遊べるRPGが6800円だったとすると、買う側の感覚からすると
10時間かかる追加シナリオは単純に1/6で1200円くらいという感じですが、
それでは利益出ないのか。
10万本売れたソフトだったとして、うち何%くらいがそれを買ってくれるんだろう。
徐々に減っていくことは想像に難くないけども。




それに「一番手間のかかるのは最後のバランス調整」というお話も聞きますので、
何か足すだけだったらチョイ変で済む、ってのは
素人にありがちな誤解なのかも知れませんね。
……あー。
あー、あー。 ← なんか思い当たる節があったらしい。

あー。
でも、そうだなー。
そうだわ。
ちょっと足したらそこだけ直せばいいって話じゃなくて、
他で悪さしないかとか、普通は概ね見直しだもんな。
やっぱだめか。

まあ……なんというか、「コンシューマゲームには向かん」お金払いのシステムであるってことは
揺るがない感じがいたしますね。

けどまあ、なんか開拓してみるかなあ……
なんかオイサンに向いてそうなの、あります?



■そして(AmazonとiPhoneとGoogleとユニクロ以外)誰もいなくなった。



神戸の老舗の書店が閉店したのだそうで、
その閉店時に「Amazonで買わないで、書店で買って! 書店がなくなっちゃう!」
と断末魔の声を上げたのだとか。

デそれを見たネットの人たちは、
「時代の流れ。ネットの方が便利で安いから当然。努力が足らん、甘えんな」
というのが、まあ目立つ意見だったみたい。

  まあ、「目立つ意見」だからといって、「多い意見」ではないあたりが
  ネット世界の怖いところですけどね。
  「良く見かけられる意見」だからといって
  「絶対数が多い」「世の中がそういう傾向で動いている」わけではない。
  取り上げられやすいだけだったりしますね。
  「ハナシを面白くしやすい」とか、「記事が書きやすい」とか。

うーむ。
オイサンは本を買うのは、基本は書店、ネットは補助、くらいの位置づけです。
よっぽど見当たらないとか、ネットで買った方がいいっていうタイミングで買おうと思ったとか、
そういう事がない限りは「あー本屋行こう」となります。
うん。
大体、最低でも一回は本屋で探して見あたらなかったらネットで、となりますかねえ。
「出かけた帰りに買って電車で読む」とかが楽しいので、そうなるんだと思います。

  ネット購入が定番になってるマンガとかはありますね。
  『OddsGP!』はその一つで、
  なんか知らんが、アクションコミックスって一部の作品以外は
  コンスタントに置いてる書店さんが身近に見あたらない。
  そういう作品は、はなからAmazonさんにお願いしています。

けど、確かにねえ。
本屋さんて検索性が悪くて、実際さがすとなると面倒だったりはします。
検索端末のある本屋さんはまだいいですけど、
店員さんに訊くのも面倒だったりしますし、
そもそもいいタイミングで店員さんがいるとも限らないし、
お尋ねし辛い種類の本……
お尋ねし辛い種類の本
いいですか、
お尋ねし辛い種類の本もありますからね!





なんかこう……本屋さんも、入り口まで行って端末を操作すれば、
奥で自動倉庫ががーっと動いて、ポンと吐き出すような仕組みになってくれたら
なお楽ちんなんですけども。
マそれも、欲しい本があって、ほぼ買うと決めてるときのハナシですけどね。
ぶらりと立ち寄って、
思わぬ表紙やタイトルに心惹かれたりするのも本屋遊びの醍醐味ですし。

そんなんなんで、
上で挙がっていた様な主なご意見は、オイサンにとってはちょっと辛辣、
冷たすぎるなあという感じがしないでもない。
なんでもかんでもねえ、
「早い」「安い」がすべてでは、やっぱり世の中住みにくくなりますでしょ。
合理化が全部ではツマランなあと思いますよ。
そりゃまあ、町の全ての本屋さんにすべての本が在庫として存在していて、
Amazonと同じお値段で売っててくれればそんなにいいことはないですけどね。

まあ……「町の本屋さんとAmazon本屋さん、世界にどっちかしか残らない」ということになったら、
町の本屋さん残ってくれた方が、オイサンは嬉しいです。
神奈川のそこそこの都会に住んでいるオイサンとしては、ですけど。
そこそこ軒数もあるし、取り寄せだってそう時間はかからないだろうし。
でもやっぱり、お店なんかの少ない土地に暮らす人たちからしてみれば、
Amazonさんが残った方が有難かったりするんでしょうね。

目立つ意見の方々の中には「リアル書店不要論者」も結構いるみたいで、
本当に欲しいモノだけが常にパッキリ決まっていて、
それだけ買って生きてるならそれでもいいんでしょうけどね。
ぶらっと流してみて、気まぐれに行き当たった作品に心引かれることもありますし。
そういうゆとりある愉しみ方がなくなるのは、豊かとは言い難く存じます。

  ……。
  べっ、別に『のんのんびより』見てるから
  田舎びいきしようってんじゃないんだからねっ!
  こまちゃんに媚び売ってるんじゃないだからっ!

マ一筋縄ではイカン話だとは思います。
でもまあ、脊髄反射で、あんまりらんぼうな言葉と論理で締めくくって良い話でもないでしょ。
Amazonさんに置いてない本、
取り寄せをお願いできない本だって山とあると思いますよ。
なかなかね。
こまちゃん可愛いよこまちゃん。


にたよーな話だと、郊外のイオンモールを否定的に見る論調もなんだかですね。

 ▼イオン崇拝にみる地方社会の「バブル化」と「機械化」
 http://gudachan.hatenablog.com/entry/2013/04/05/173745
 [ グダちゃん日報 ]

 ▼イオンモールは文化の破壊か?向上か?…「ショッピングモール論」まとめ
 http://togetter.com/li/586099

都会暮らしの人間からみたら、郊外に突如現れるイオンモールは確かに味気なく退屈なもので、
町の人間が、町の日常から脱してその外側を気持ちよく走ってるときにウッカリそれに出くわし、
しかもそれのせいで渋滞なんかに巻き込まれようものなら唾の一つも吐きたくなる気持ちは
ワカランではないのだけど、
かといって、
そこを生活の糧やら場にしている人らの利便性やら気持ちを無視して
あああれはアカンやつや、と一刀両断にしてしまうのも、まあどうなんだろうねと思ってしまいます。

個人的には、各地方地方に中くらいの規模の、
小田急的な複合企業グループがあって、
そういうグループ体が、スタバ的なサービスもイオン的なサービスも、一手に展開してくれたら
それだけでも色は随分とちがうと思います。

  松江まわりにおける一畑グループみたいなのね。
  何年か前に、ひさびさに親父殿の里帰りで松江に帰った時、
  「なんだこの一畑ナントカいうのは」と、
  子供時代には見えていなかったそんな風景なんかも見えたりして、
  「あーこういう世界か」と、なんだかおもしろく思ったものですが。

「地方の発展」という意味でも健全なんじゃなかろうかと思うけれども、
そこへイオンさんが爆撃を始めると、そういう企業体も焼け野原にしかならんですものね。

企業城下町なんて言葉があるくらいですし、
……今さら、なのかも知れませんが。

結局は川のあるところに人が集まって集落になるわけで、
ある日突然川が干上がることだってあるわけで、
それが人為的・資本の上流の都合で起こるだけっていう言い方も通ってしまうのか。
その辺は、出店規制をかけるのが良いんじゃないのかねえ。
実際問題として

 イオン郊外出店 → 従来の商業施設衰退
   → (なんらかの理由で)イオン撤退 → 何も残らず人が住めない

みたいな問題は指摘されてるわけだし、あとあとのその町のことまで考える企業体でないと
地域を支えるような立場になってしまってはイカンのではないか。
……と思いますが、これが資本主義というものなんでしょう。
「資本」「主義」なんだもの。

こんばんわ、BlackBerry使いです(切実。

……でもなー。
生き残ってる地元の商店街のヘンなお店とか、面白いんだよなー。
稚内の駅前商店街の謎のオーディオ屋とか、その典型でねえ。
未だにサターンのソフト新品未開封を定価で売ってるっていう肝のすわり様でねえ。
この10年で5回くらい行ってるけど変わる様子ないもんなー。
旭川のおもちゃのたもちゃんも同じだ。

田舎を生けるテーマパークとかサファリパーク扱いする気はないけど、
やっぱりそういうことが、行って、あると、ときめきますよ。
またこここよう! って思うもの。
ドトールやらマクドナルドは、ハズレない緊急避難所として非常に優秀だけど。

田舎に行ってもゲオとブックオフしかないと、
ちょっとがっかりはするものね……。


……やっぱりサファリパーク扱いしとるなw
ごめんw
田舎は別に、都会者のためのオアシスじゃないもんねえ……。



■油田火災の時代の隠れ蓑



モンタミーノが色々おやめになるんだそうで。
まあ運が悪いというか、時代が悪かったというか。

  「悪かった」というと語弊がありますけど、「そういう時代なんだな」ということですね。

コレもきっと、ねえ、最近の
色んなお店でアルバイトがワル乗りした写真をSNSに上げて世の中からバッシングされるってのと
さほど変わらない話だと思うんですね。

きっと、似たようなことは昔から行われてて、
それが明るみに出やすいかそうじゃないか、
明るみに出た時に伝播しやすいかそうでないか、
伝播したとして、それを声高に批判する声が束になりやすいかそうでないか。
そんだけのことで。

昔は大らかだったっていうけどもそれだけではなくて、
人目に付きやすい仕組み、伝播しやすい仕組みがあるか。
勿論、それが目についた時に周りの目がおおらかかどうかってのも大事ですけど。
世の中もっと経済的に豊かで心にゆとりがあったとかってのもあるでしょう。

今はもう……悪事を働けば、
明るみには出やすいわ、
あっという間に千里を走るわ、
人の心も、庶民ほど経済的に圧迫されていて心がささくれ立ってるから
隙あらば目立つ輩をやってやろうとギラギラしてるわで、
……まあ、ヤラカシタ側からすれば不利な条件が揃いすぎている。

かといって、じゃあおおらかだった時代が正しいのか、それで良かったのかと言われたらそんなわきゃなくて、
ヨロシクナイことは正されるべきですんでね。
バレなきゃいいって話でもない。
バレた時に、正しい・冷静なお裁きが下るかってことが、まあ重要ですやね。

モンタミーノさんも
「えー、今まではこのくらいなんとかなったのに、なんでー?」
って思ったんではないでしょうか。
「ついてねえな」くらいにね。
「馬鹿どもが、ガタガタうるせえな、やりづれえな」と。

あー、「尾を引きやすい」ってのもあるかもですねー。
昔はテレビや新聞に載らなければ、そこそこ時間がたったらホトボリも冷めたでしょうけど、
Webはログが延々残りますもんね。
検索したら一発で出てきて、みんな思い出しちゃいますし。
しつこく喰らいついてくるのも、せいぜい写真週刊誌くらいだったのが、
今じゃ一億総フライデー状態ですもんね。

別に、モンタミーノに同情したり擁護したりする気はないですけど。
マ別にね、
有名人の皆さんも、有名人だからといって大きな振る舞いをせずに、
庶民と同じ感覚で、法律もなにもキチンと守って暮らしてればそれで済むことなんですけど。
そうなると今度は、彼らの「仕事」として、
「フツーの人たちにフツーと違うものを見せないといけない」という「業務」を、
その感覚ではたしてうまく遂行できるのかなーという疑問もありますけど。

イヤ、有名人のみなさんは大変だと思いますよ。
ものすごいお金貰ってる人もいますから、彼らは有名税としてそれでバランスとれてるかもですけど、
大半は窮々と食い詰めるような生活をされてるわけで……
ワリに合わんと感じてるんじゃないですかね。

  マ食い詰めてるような方々はそもそもそんな有名とは分類されないか。

これだけ辺りに干し草が敷き詰められて、
小さな種火もすぐに燃え移って一瞬で燃え広がる、
しかもなかなか消えないという……
干し草なんてもんじゃないな、油田火災ですね。消えにくいから。

うーん。
まあ、恐ろしい時代ですよ。
ダリアンかわいいよダリアン(関係ねえ。






マそんな感じでヒトツ。
ここんとこ、近場ののんのんな風景を求めて色々彷徨っているオイサンでした。

Pb031923




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 3日 (日)

■お詫び -更新第883回-

オイサンです。

Pb031936


今日は、いつもこの『ゆび先はもう一つの心臓』を読んで下さっている皆さんに
謝らなければならないことがあります。

私は、皆様にかくし事をしておりました。
お仕事にくたびれた勢いでナンダカンダ散財して遊んでました。
ごめんなさい。
色々買っちゃった。
うへへ。
堪忍な。



■散財の報酬~Dynabook V632・ASUS memPad HD7・PocketWiFi 購入



 ▼買ったもの その1.ノートPC Dynabook V632

前のPC、DELLのVostro1200さんは購入から約6年。
XPのサポートも切れるし、HDDも手狭になって、不明なErrorで止まったりすることも増えてきたので
この機会に新しくしました。
東芝のDynabook・V632。

  ……まあ、普通のものなら6年くらい使いますし、
  まだまだ使い続けられるものだと思いますけど。
  パソコンってのは本当に贅沢な機械ですね。高い上にサイクルが短い。
  フクザツなモノってのはそーゆーもんなんでしょうね。
  オイサンのモノ使いのサイクル認識が長いのかしら? 5年10年は当たり前だと思ってるんだけど。
  パワフルな単機能のもの……扇風機! とか。
  実家にある扇風機とか、ひいばあさんの時代のヤツだもんなー。
  すっげえ重いけど。

       

良い買い物だったのかどうかはわかりませんが、マ今のところ特に不便は感じません。
OSは、XPから一足飛びに8へ。
8は使い勝手がよくない・慣れない、という評判は聴いてましたけど、
止まるとか燃えるとか、致命的な問題はないようだったので思い切りました。

デザイン的にMacBook丸パクリじゃないか!
とかいう批判も聞きますけども、別段そんなの気にしません。
すらっとしてて気に入ってます。

最近のノートPCは、画面のインチ数が大きくても昔のノートPCよりも格段に面積がコンパクトになってますね。
フットプリントっていうんですか。以前の感覚的な尺度が全然通じなくてビックリしました。
どのくらい違うかというと、
オイサンの旧マシン、DELLのVostro1200さんが12.1インチで、
今回のDunabookV632さんは13.3インチなんですが、筐体の底面積としてはほとんど同じです。

厚み重みで言えばDynabookさんの方が薄くて軽い。マ当たり前ですけど。
なので、全体的にはV632さんの方がダンゼン小さい印象です。
胸ポケットに入ります。
勿論ウソです……イヤ、逆にこれが入る胸ポケットのあるスーツをオーダーすれば、或いは……!!
よけいなじょうねつをもやすな。

ぺちぺち薄いキーボードが結構感触が良くて気に入っています。
ぺちぺち……。
……なんかね、貧乳の娘をいぢめてるような感覚に……。 ← 性倒錯

  ところで売り場を見て回ってて気付いたんですが、
  最近のノートPCのキーボードはほとんど、キーとキーが独立したアイソレーション型になってるんですね。
  なんでだろう。
  販売員さんに理由を訊いたら「わかんないです。流行じゃないですかね」って言ってました。
  MacBookの影響ですかね。VAIOは昔からこんな感じですよね。

マそんなV632さんですが、ここはちょっとなー、と思うポイントが↓こんだけ。

 ・HDMI端子とUSB端子が近すぎて干渉する。コネクタがゆがまないか心配。

 ・メディアドライブがない。BDドライブを別で買いました。

 ・実質使える記憶領域が狭い。一番ムッとなったのはここ。
  SSDが120GBある! と謳ってますが、OSなどの使用不可領域が30GB以上あるので実質90GBほど。
  そこまではまあ良かったんだけど、
  そこからさらにリカバリ領域となんかよくわからん高速起動のための領域で合わせて30GB弱食われて、
  使えるのは実質60GB程度っていう、そこはちょっと納得いかんかった。
  結局外付けHDDを500GB買い足しました。

 ・液晶を目いっぱい開いてもフルフラットにはならない。

マそんな感じで。
最初、狙いのマシンはLenovoのThinkpadでした。
全然ちがうじゃねえかよ。

まあその辺は販売員のお兄さんの思う壺で、多分あちらも売らなきゃいけないモデルだったんでしょうけど、
オイサン的にもコレと言って大きな不満のない物に落ち着いたんで、マいいかなと。
長いお付き合いになれれば良いですが、どーなんでしょ、このUltrabookってやつは。
長持ち設計なんですかね。その辺はちょっと心配かなー。

Windows8にもさほど苦労はしてません。
XPと同じように使ってる。
Windowsは、UIがぷりぷり変わってそのたびにユーザーからは「前のが良かった」「使いにくい」と
不満が噴出するしオイサンもあんまり変えてくれるな派なんだけど、
そうなることが分かってて尚(恐らく)「新しい世の中向けのコンピュータの仕組みにとってはこれが一番」という考えのもと
変えたものを出してくるマイクロソフトは実はなかなかやるやつなのとちがうか。
オイサンのPC購入履歴は、

   初代 SHARP MEVIOUS(1999年?)
        http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990510/sharp.htm
  2代目 東芝 Dynabook V8(2003年)
        http://dynabook.com/pc/catalog/dynabook/030703v8/
  3代目 DELL Vostro1200(2007年 1月~)
        http://www.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0803/25/news094.html

ときて、今回のV632さんときてるので、ワリと東芝さんには縁があるのかもしれません。
にしても、なんつうか、こだわりの感じられない、
センスない感じのラインナップですね。ばかにされそう。

しかし初代のメビウスさんの頃って、ノートで20万とか30万とかしてたのな。
オイサンのはそんなにしなかったと思うけど。
なぜメビウスにしたかというと、当時シゴトバで営業さんに配られてたのがメビウスで、
なんやかやとお手伝いをするときにそれをいじってたから、というだけですね。
ツマラン理由だ。
PCを持とうと思った動機は、友人とメールが出来たらいいと思ったからです。

パソコンを買うさらに前は、書院というワープロを使ってました。
これもシャープさんですね。

この↑タイプじゃありませんが。
一応、まだ現物が手元にあります。動くかなあ。


 ▼買ったもの その2.タブレット+PocketWiFi

あと、何を血迷ったのか、タブレットなんて物を買ってしまいました。
何に使うんだ。
7インチ、ASUSのmemo Pad HD7です
売り場的にはNexus7との2枚押しだったのですが、microSDが使えるというところでこちらに。
マこれの方は初めから買うつもりのモノを買いました。
色を、グリーンからネイビーにしたくらい。



ただ、まあ……大した使い道はございません!



世間一般の皆さんはタブレット使って一体ナニなさってるんでしょうね?

      

きさまら、何を企んでる!! と電車の中とかで叫びたい気分。

電子書籍読んだり? Webをチェックしたり? 動画を見たり?
やっぱりちょっと中途半端ですね、7インチとはいえ。
ケイタイほど、必要な瞬間にスッと出して使えるわけでもなし、
PCほど様々に便利に使えるわけでもなし。

外で、ちょっと落ち着ける場所でヨッコラショと出して使う、みたいなことになる。
道を歩きながら取り出して地図を見たり、
駅までの間に時刻表や天気予報を検索したり、というほど気楽な使い方にはちょっとならない感じ。

  パパさんは「親父に写真を見せるためだけに買った」って言ってましたけど。
  まあ分かりやすい。

オイサンは……正直、BlackBerryさんではWeb能力が弱いので、
オモテでも快適にWebを見たり、
乗換案内検索したり地図みたり、っていうところが主のハズだったんですけども。
まあ……なんだか、そこまでの出番もない。
案の上。



  しかし!!(シャキーン!! ←へんしんした。



音泉アプリを入れて『のんのんびより』のWebラジオを聞けるようにしたことで、
なんかこの人のキャラも立った様な気がしますのん!!
うちらのお蔭なんな! ASUSはもっとうちらにかんしゃするん!!



  ……そんなことです。 ← 変身が解けた。



しかし、コレでメール書いたりする気にはならんな。
その辺はBlackBerryさんに百薬の長……じゃねえや、一日の長がある。
ツイッターにしても、閲覧する分にはタブレットさんは強力です。
写真やWebページ、動画へのリンクが非常にスムーズ。
しかし如何せん、文字を打つのはどうあがいてもBlackBerryさんにかなわない……
くそう!
どこか、優秀な日本のメーカー、
タブレットとBlackBerryのイイトコ取りした端末つくれ!

て言うか、タブレットの下の方にBlackBerryのキーボードがくっついてりゃ
それで解決なのですが。
そうなると回転させられないので画面のタテヨコ比がちょっと微妙になりそうだけど。

一緒にカバーも買ったのですが、それを装着して持ち歩くにつけ、
このタブレット結構かさばるよなあ、コンパクトな筈だったんだけどなあ……
と思っていたところ、何かの拍子に出先でそのカバーを外してみたら、
驚くほどコンパクトでびっくりした。


 _人人人人人人人人人人人_
 > カバーがかさばってた <
  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄



ウーム。
液晶保護フィルム貼ってあったら、このカバーいらないかなあ……。
カバーしてるのとしてないのとで、随分大きさの印象が違うんだけど。
もったいない。

Pb031983

そしてタブレットを持つからには、通信が出来んとイミがないってことで
今までちらっと考えてはずっと二の足を踏んできた
ポータブルWifiルータを持つことにしました。

しかしPocketWifiを買って外で通信し始めて気付いた……
「これ、タブレットじゃなくてもLifeTouchNOTEで十分なんじゃねえか」。
キーボードがないのでオイサンの主戦場であるテキスト入力・書き物はおいそれと出来ないし、
フリック入力がどうもなじまぬ。

  正直な気持ち、LifeToucNOTEさんの液晶がパキッと外れてくれさえすれば、
  それで良かったような。
  で、テキストメインで使うときはまたパキッとキーボードにくっつけて使う。
  あ、Andoroidは4.2とか4.3になって欲しいですけどね。

そして何か知らんが、おまけにもう一つ同じルータがついてきたのだが。
いや、なんか水没とか故障のプランをつけるなら
これをもう一個持ってた方が安い上に安全、みたいな売り文句で。
おかしな世の中だ……。


 ▼モノの値段とぜいたく品と、豊かさと貧しさと心強さと。


イヤ、ほんとにね。
通信業界のそういう、割引とか抱き合わせとかのプランは、
ホントいい加減、しっかり規制して整理した方が良いよ。
明らかに一周回ってモノゴトの通りとか辻褄に合わなくなってるんだもの。
それを人目に触れないところでコッソリやれてたうちはまだ良かったけど、
それがスッカリお日様の下にも出てきちゃってさ、
フツーのお客さんにも見えちゃって開き直るしかなくなっちゃってるじゃないですか。

デそれを整理して正常化したら、結果、割引がなくなって、
「機械の方の値段が高くてオイソレと買えない」っていう事態が起こって来るだろうから、
「それはもう贅沢な品・フツーの人は持てなくて当たり前」っていう経済観念にヨノナカをそろえていくか、
「フツーの人でもちょっと頑張ったらそれを買えるくらい」の賃金が得られる世の中にするか。
どっちかだと思いますね。

今は、誰でも何でも、買え過ぎだと思いますよ。
もっともっと、「目に見えて、すぐそこにあるけど、高くて買えないもの」が
たくさんある世の中でもいいと思うの、オイサン。
小学生や中学生までみんな携帯電話持ってるのってどうなのよ、って思うわ。
無いと危ない・心配だっていうんだったら、もっと機能を絞って特化したものでいいじゃない。
「持ってないと仲間外れに」っていう問題は、みんな持たないことで解決するんだから。
その方がお前、きっと安く上がるぜ?

一昔前なら、このポータブルWifiもタブレットも、多分結構なぜいたく品、
社会的にちょっとえらい人たちが持ってて憧れられるような、
そういうクラスのアイテムでもおかしくないと思うんですよね。
なんつーかこう、80年代のパソコン通信環境、くらいの。
なんか……おかしい気がするなあ。
豊かさも貧しさも取り違えられてるというか……ジジイの戯言なんですかねえ。
これが今という世の中だと言われたら、それはそうなんでしょうけど。

「『ファミコンを持ってない子供』のいない世の中」は、それはそれで、異常なのだと感ずるオッサンです。
それでみんな貧しい貧しい言っていて、
それも確かにウソではないから、ホントに意味の分からない社会になってしまっていると思う。

貧しさとはどうあることか。
豊かさとはどうあることか。

まあ多分、「中流が増える」っていうのはこういうことで、
「中流が気持ちだけ中流のまま、実入りが減った」っていうだけなんでしょうけどね。
子供はみんなDSもケータイも持ってるけどお父さんには家がない……
そんな、変な世界。
……と、散財してみて気付くこともあるオイサンです。

……なんだ、
「オッサンがむしゃくしゃして無駄遣いしました」ってハナシしてたはずなのに
なんか大きくなったな。

まあでも、オイサンもね。
 「割引がないと高くて買えないもの」
 「分割してその中に埋め込まないと高くて買えないもの」
は、本当に生きるのに必要なもの以外は買わない!
でないと、そのおかしなヨノナカの渦に呑み込まれてしまいますからね。
それがミノタケってやつですよ。

事実、PocketWifiは通信料に上乗せされてる本体価格分を一括して買ったんですけどね。
実はコレ、本体が4万円くらいで、それが月々の通信料に分割上乗せされて
月々3800円とかだったんだすけど、
それを本体分を一括で払えば月の通信料は2100円だっていうからそうしました。
めんどくさいんでね。


 ▼買ったものその3. 周辺機器。


あとはその周辺の器機をちらちらと。
一つはモニター。
今までは19インチの4:3モニターを使っていた……と自分では思っていたのだけど
どうも17インチだったらしいwwwだまされたwww
それを16:9の23インチ、フルHDのAPSモニタ(LG製)にしました。
これはちょっと、色々とまとめて買ったために、
あまり吟味もしないで、しかも若干ケチってしまったので
買い物の仕方としてはちょっと良くなかったかな、と反省しております。
べつに、極端に失敗した、というわけじゃなくて特に不満もないんですけど、
なんかこう……深く考えずに買っちゃったなーという。

あとは……光学ドライブ。
ブルーレイにも対応してるやつです。
コレは特に不満ナシ。
ちょっとお高かったことくらいですかね。

そして外付けHDD。
東芝製・ポータブル500GB。
マこれもどってことはありません。
USB3.0対応でなかなか素敵なスピードです。
欲を言うなら、やはりPC本体の容量がもう少しあって欲しかった。
120GBって言われたら、120使えると思いますでしょ普通。
多少食われるにしたって、半分なくなるとは思いませんよ。

「結局はユーザーの使い方次第」という言い訳を隠れ蓑にして、
詐欺紛いになっていることに気付いて頂きたい。
「ごく一般的な構成と推奨の使い方をした場合、
 ユーザーが使えるのはこのくらいになります」
っていう書き方をして頂きたい。

あーそうそう、
光学ドライブもBD対応にすると2000~3000円くらい高くなったり、
USBのハブも3.0対応のものを探すと途端に値段が跳ね上がったりと、
なんかその辺の技術ってもう当たり前のものになってるとばかり思っていたけども
まだ結構、お高さを保っているもんなんですね。
それはそれで、この買い物によって認識を新たにした部分です。



■ENDING~愛とか情とか



……ディングです。 ← おきにいり

なんかこう、自分よくないなーと思うのは、
くたびれた時とか休みでふっと身を持て余したときとかに、
「あの人に会おう・会いたい」
と思えるような人がいない、ということだなあ。

いないわけじゃないんだけど、
なんかね、実際なかなか会いがたいし、何の用もなく電話するとかしませんし。
そういう行動に及ばない、気楽に及べる、
及んでいいと互いに許し合ってる相手がいない、といいますか。

  良いと思ってくれてる人はいるのかもしれないけど。
  なかなか自分で踏み切れないというかね。

そういうとき、とりあえずそばにいるのが家族であって、
やはりそういう存在というのは必要なんだろうなと考える。

実質的に何かしてくれるとかはなくて良く、ただ無条件に近くにある体温というのが、
ワリと大事なんじゃないかと感じる今日このごろ……。
安らぎ合える相手、といいますか。
距離と時間というのは、絶対的なものですね。

  まあ、それを煩わしく感じるときもあるのでしょうけど。
  生き物ですから。

関係あるかどうかわからないけど、
引力ってのは未だその発生する原理が解明されてないそうで、
なぜ、なんでもない物が、なんでもない物を引き寄せる力を持つのか?
という理由はわかってないんだそーです。

一つ分かりやすい仮説として、
「スポンジの上に何かを置いたら、置かれたトコが凹んでそこへ他のモノが転がっていくように、
 そこにモノが「ある」ことで空間が凹んでまわりのものが引き寄せられる……のではないか?」
ってのがあるみたい。
ウム、わかりやすい。
けどそれも、具体的に「空間がゆがむ」ということは実証できてないんだそーです。
意外ー。

  そんなこともわかんないまんまで、
  「重力」とか言ってヨノナカのホーソクの真ん中あたりに据えて議論してんの?
  そんなんでダイジョブなの?
  マ別にいいけどさどうでも。←どうでもいいのか。

それと似た感じでね。
「ある」ことはそれだけで本能的に訴えるものがやはりあるんではないかなあ。
当たり前だけど。

本とか音楽とか、マンガとかアニメとかゲームとかラジオとか、
いわゆる「リフレッシュの道具」「ストレス解消の娯楽」みたいなものがあれば
寂しいとか辛いとか、その辺はなんとでもなるだろう、と考えていたんだけども、
人間そーゆーモンじゃないということが分かってきた……というか、
そういう風に感じるようになってきた。

何も言わなくても通じ合える、とかは言いませんが、
とりあえず特に何も発しなくてもお互い文句はない、みたいな、
「ああ、こいつ居るわ」
という重量感みたいなもので。

こういうの、なんて言うんでしょうね。
ひとり暮らしで猫飼っちゃったりするのには、こういうとこあるんでしょうね。
最近フィギュア買ってしまったのはそういうのの予兆なんだろうか。

マ自分はどうでもいいとして、
両親がどっちか一人だけになっちゃったりしたら、なんか考えてあげないとよろしくないな。
「大人なんだから自分でなんとかするだろう」
とは言うけれど、人間、
なんぼか年がいってしまうと「大人」というくくりでは片付けられないと思うんですよね。
「老人」は「大人」ではないんじゃないか、とオイサンは思います。
て言うとまたらんぼうで誤解を生みそうだけど、
「今の物質・文明社会が求める概念としての大人」とは、
大部分の老人が外れている様な気がするわ。
マなんとなくですけどね。

Pb032005

マそんな感じで今日もまた。
『のんのんびより』に誘われて、出来心でちょっと近所ののんのんプレイスに足を延ばしてみたところ、
想像以上にのんのんでで割とびっくらこいたオイサンでした。
今日のお写真はだいたいそれです。


   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 1日 (金)

■はれんち探偵と、サラダ油の水面に映るとんかつ -更新第882回-

あすみさんは、ソフトふびじんで意識低めのやさぐれ系であるところが
業界内でも好かれている一因なのではないだろうか、というとても失礼な分析。
オイサンです。
 
一言、「親しみやすい」で済ませとけばいいのに、俺。
 
ナニをやってて見つけたんだか忘れましたけど、
ウッカリ発掘した『ささみさん@がんばらない』のWebラジオが異様におかしくて
ツボに入ってしまった。そればかり聞いてる。

この番組……あすみさんのテンションも相当おかしいがゲストもいい具合にトチ狂ってる。
収録中に「あたしもう眠いんだw」と言い放つ斉藤千和といい、
自らをハレンチ探偵と名乗る花澤香菜といい。
よもやオイサンの生きているウチに花澤香菜によるなかやまきんにくんの物真似が聞かれようとは……。
この世への未練がまた一つ減ってしまった。
香菜のこと、また一つ好きになったよ。








ん、くしゃみが出そうだ……ムズムズ……




 ヘックショーォーイあー結婚して欲しい!!(くしゃみ後の唸り)




ゥィーズズズ……。
風邪かなあ。

反面、一番お花畑だと思っていた野中藍さんが収録の間のトークは一番マトモで意外だった……。
あの人普通にアクティブにおしゃれなんだな。
フルマラソン走ったり、ボルダリングやったりとかしちゃうんだー。
へー。
ひとりバーに挑戦して失敗してみたりw


しかし、『ささみさん』って今年のアニメだったんだな……
なんかもっとずっと前だったような気がしてました。



■とんかつの明鏡止水



そんなあすみさんとは一切何の関係もなく、ブタの肉を油で揚げる話をします。

別段とんかつに対して、深い信仰を抱いているとか神聖視しているということもないのだけれども、
先日、外のとあるお店でとんかつを食べたとき、
とても不思議な、時の静かに巻き戻るような……
たゆたう水面に横たわるような心持ちになったので、そのことを書き留めておこうと思うのです。

ことさら腹が減っていた、というワケでもなくて、
むしろその前に結構な量のおやつをおなかに入れていて、
晩メシを入れるにはまだ少しおなかの準備が整ってないなあと感じるほどでした。





その日は、朝から雨でした。




Pa201516




十年に一度とまで評された26号台風が過ぎ去ったかと思いきや、
その雨も乾かんうちに、それより強い! という27号が南洋上に生まれて
気象庁さんもナニその少年マンガみたいな展開
こうなったら28号が「やあ」とピースサイン片手にガオーしてくれなければ恰好がつかん、
とボヤいたとかボヤかなかったとか、
マその台風の影響なのかどうか、
ともあれその日曜は、前の晩から雨だったのです。


  ……んだったんで、鎌倉まで出かけてみた。


とこう書くとですね、私がまるで頭オカシイ人みたいだがそうではない。
いや、アタマはオカシイのですけど。
オカシイんですけどこの日、風雨の中出掛けた理由はアタマおかしいからだけではなくて、
マ雨なら、さしもの秋の鎌倉さんでも多少は落ち着いているだろうと。
人の少ない、落ち着いた鎌倉を見ておきたかった。

せっかく近場に住んでて行こうと思えばいつでもいけるんだから、
別に雨でも痛くもかゆくもないんですよね。
また来りゃいいんだから。
これがわざわざアメリカから来てたんだったら、ガッデム雨かよってなモンですけども。
雨の景色を見ておくのも悪くないだろう、というハラもあった。
雨の景色というのは日常ですからね。


デ、その狙いはおおむね的中した。


途中、藤沢で寄り道して買い物をし、
そこから乗った江ノ電でも、人はすでにまばらでした。
晴れてたらアナタ、駅への入場制限がかかることもある路線ですよ。
それが西の終点から東の鎌倉まで、座席が終始、埋まらずにおりました。

Pa201520

人の少ないのは鎌倉に着いてみても変わりなく、
普段はまるで血管みたいに込み合ってるあの小町通りも、右へ左へ、自由に歩けるくらいには空いている。
これはありがたい。
行列が常の人気店へもいつでも出入り出来そうでした。
すばらしい。

車引きの車夫さんも手持無沙汰にしていて、
「今日は商売にならんね! がっはっは」
とかもう、道ゆくオッサンに言われんでもエエこと言われて苦笑いしてるくらいでしたが
オッサンもほっといたれよw
でもなんで営業してるんでしょうね。休めばいいのに。
雨降ってんだぜ。

そんな中を、やれコロッケだ、やれ焼きたてのせんべいだと
普段はなかなか思うままに覗くことのかなわない店に足を向けてはつまみ食いをして歩く。
楽しい。
これが天気の良い日だと「入れる見込みがない」「時間がかかる」という理由第一で
選択肢になりもしないよーなお店の様子なんかも、ブラブラ覗き見るゆとりが生まれ、
あーこんな場所にこんなお店があったのかー、というような発見も、いくつかあった。

  なお、色気を出して挑んだ梅しそ風味のコロッケは正直感心できる味ではなかったので
  これをお読みの諸氏は注意されたい。
  チャレンジ全てがよい結果につながるわけではないのです。




……雨は、まあ、降ってました。




着いて三十分ほどはさらさらと、
傘ナシでも気にしないで歩けるくらいで視界は白く、鼠色の幕に斜線が走るかなあという程度。
途中見かけたバザーの会場では屋台が普通に営業していて、
雨の湿った空気に漂うイカ焼きの個性的な香ばしさは
どことなくエキセントリックな気分にさせました。

  なんでイカ焼きはそのまま焼くだけなのに、そのまま焼くだけのタコ焼きはないんだろう。
  おいしいと思うんだがなあ。タコ。

通りを抜け、鶴岡八幡宮までやって来て、
バアサマの一団につかまってシャッターを頼まれるなどしているうち
雨脚は少しずつ強まってまいりました。

  むう。
  舞殿わきの無料休憩所でアメリカンドッグ食べたかったのに。

Pa201563


しかしこれ以上強くなられるとさすがに面倒なので、
参拝を済ませて引き揚げようと、
何年か前の台風で、シンボルだった大銀杏を根こそぎ持っていかれた景色の、
未だになじまない石段を登ろうと足をかけると、びちゃっと渓流の岩のような音を立てた。

ぽちぽちと写真をおさめて手短に参拝を済ませ、
足早に小町へ戻ると行きがけに目を付けた喫茶に逃げ込んで茶をすすります。
ンマイ。

いい時間になってきたので、どうせこの雨だ、今日は帰っても日課のジョギングも出来そうにない、
ついでに晩ゴハンも、どこかこの辺りで済ませて帰ろうと考え出した。
腹は減っていなかったが、あまり遅くなるのもよくないと思ったのでした。



Pa201600



たまたま目についたのがとんかつ屋だったんです。
結構高かったんですよ。
そのとんかつ屋さん。


デ、
高いからうまいだろうとか、
高かったからうまく感じたとかそういうことにもあらず、
どちらかといえば
「たかがとんかつごとき、多少値の張ったところでそうそう味が変わるものでもあるまい、
 だまされねえぞ!」
という、…逆に貧乏くさい発想にとらわれていたことは否めない。
どこまで行ってもメンドクサイおっさんである。

お品書きには、似たようなメニュー……同じヒレ、同じロースでも
松やら梅やら400円刻みぐらいで値段の違うものが並ぶ。
ちょっと品のいいお店のおばさんに理由を尋ねてみると、
お肉の大きさ、あとは味噌汁がわかめかなめこか、そんな違いがあるのだとやたら丁寧に教えて下さった。
ふむう。
結局たのんだのはカキフライとヒレカツのセット。

実際、味がズ抜けて良かったわけではないと思います。
ふつうよりもちょっと美味しい、
大手チェーンのとんかつ専門店などよりは味がある、というものでした。
まあ、美味しかった。

ただ、……なんというんでしょうねえ。
このお店の方々は、豚肉をただただ油で揚げて、
千切りのキャベツに味噌汁を添えて出すという商売を、
もう延々この値段でやってるんだろうなあということになんだか凄みを感じてしまって、
そんなことを考えると、心が水を打ったように平らかになっていくのを感じたのでした。

実に不思議な心もちでした。

なんかこう……意識はあるんだけど、カラダが勝手に運ぶんです。
とんかつを。
スッスッスッスッと、
普段だったらこういう順番の食べ方しないのにな、と自分で思いながら、
ごはん、とんかつ、ポテトサラダ。
キャベツ、味噌汁、お新香、
食べてましたね。
スッスッスッスッと。

  多分あのときのオイサンなら、大地斬で岩を切れてましたね。
  アバン先生も納得の刀殺法。
  むう、お店でナイフ借りて、アバンストラッシュ撃ってみりゃ良かったな。 ← 叩き出されます

マンネリって言っていいのかわかりませんけど、
多分あのお店は結構な老舗ですよ、
もう何十年と、あの値段で(物価は変わってるでしょうから割合として同じ値段で)、
とんかつを商ってるんだろうなと、すごく不思議な気持ちでした。
飽きもせず。
わさわさとね。
キャベツの千切りを食べながら、考えてました。

静かでねえ。

テレビはかかってるんだけど。
外は雨が降っていて、さらさらと、湿った空気が忍んでくるんだけども、
熱いお茶が美味しくてですねえ。
大手のチェーンのとんかつ屋さんなんかだと、
あ、さっきから和幸さんのことですけど、
食べ終わるとほうじ茶を出してくれたりして、アレはアレで嫌いじゃあないんですけども、
それがなんだか空々しいとさえ思えるくらい、
そのお店の渋茶がおいしいわけです。
飽きない。
お店のおばちゃんが自分で入れてるんでしょうけども、
なんかね、
もうコレだけでお金取った方がいいんじゃないかってくらいお茶が美味しい。
澄み切っているわけです。
澄み切ってしぶい。
あと、お新香がものすごい糠くさい。
半端じゃない。自家製でしょうね。
その糠くささが……糠くさい。
糠くさいとしかいいようがないくらい糠くさい。
糠くさいという事実が、これが事実というものの重みだ! と語りかけてくるような糠くささなわけです。
糠くさい、だからどうだとか、
まるでナニナニのような糠くささだとかではなく、
鼻を染める糠の匂いがこの世界のすべてになる。
お前コレ毎回必ずトイレ出て手え洗わないで混ぜてるだろう! っていう重みです。
お茶がうまい、お新香が糠くさい、とんかつ、ごはん、味噌汁。

  あの、おばさんがメニューを教えてくれたときの口調も、
  思えば、
  なんだか若干回りくどい様な、ゆっくり懇切丁寧で、
  一言で終わることに二言三言、言葉を費やして下さるワケです。
  このお店でオシゴトをしていても、ひと様に何かを説明することなんて
  そのくらいしか発生しないんでしょう。
  それがすべての世界。
  それが、彼女の世界のすべて。
  すごい。
  すごいんです。
  すごい世界です。

もうそんなだもんですから、
水を打ったような淀みのない空気の中、スッスッスッと行くしかない。
ごはんも、特段ほめる必要のあるものではないです。
フツー。
フツーのごはんです。
何十年と、飽きずに、疲れずに、といで炊いて、出し続けることの出来るごはんです。
がんばってない。
多分。
中には、めんどくさくて手を抜いた日もあったんじゃないでしょうか。
細心の注意を払って、その日の気温とか湿度とかによって水加減を変え、
お客様がいちばん求めている状態のご飯をお出ししよう、とか、してない。
お茶も多分、おばちゃんが手癖でてきとうに淹れてるので
まあ大きくブレはしないでしょうけど毎日同じものではないでしょう。

デまあ、そんな力の抜き具合の甲斐もあって、
繰り返しになりますが、ものすごく美味しかった、わけじゃあないです。

お店、他にお客はワリと年季の入ったご夫婦だけでしたね。
なんかしゃべりながら食べてて、話全部聞こえて来てたんだけど中身忘れちゃった。
湿った会話でした。
なんだったかなあ。
娘が……だったか、姪が、だったか。
なにをしたとかしないとか、そんな話。

良い時間でした。
ほんの短い時間だったはずです。三十分はいなかった。オイサン食べるの早いですからね。
でもなんだろ、10年くらいはあそこにいたような気がします。

初めて関東に出てきて、『NOeL la neige』の影響で鎌倉にあこがれ、
埼玉の小手指から遊びに来てみて。
それから何度か訪れた鎌倉。
大仏の前でじいちゃんばあちゃんを囲んで写真を撮る、
ちょっとめんどくさそうな顔をしてる孫たちの家族を見た時に、
大仏様がそこに座ってることの意味を知ったように感じた、あの日に帰ったような心持がしたのでした。


高かったんですけど、あの感じをまた味わえるなら
もう一度いってもいいなあと思える、そんなひとときでした。

静かなるとんかつ。
サイレンス。
とんかつ・ザ・サイレンス。



■ENDING



……。
ディングです。 ← ぱくった


マそんな感じでヒトツ。

こないだの記事で、「れんちょんの家は両親が不在で」とか書いたけど
そういえば一話で「おとーさんとおかーさんは畑に出てるん」みたいなこと言ってたな。
すみませんでした。
同じ村は村でも、農業メインの人々と、あそこから町に出て第三次産業従事メインの方々とで
お付き合いの境界線みたいなものがあるのだろうな。

むう。

けれども、町で働くひとたちってあの村に残っているだろうか?
「畑や山のくらししかない家」と「町のくらしと畑・山のくらしの両方がある家」だけが
おそらくあのエリアには残っていて
(あとは村の公的な立場にある人たちと、さらに特殊な事情の人たちか)、
町のくらししかない人たちは多分町へ出て行ってしまっているのだろうから
子供が5人しかいない(高校生以上は多少いるのだろうけど)ような事になっているのだろうし。
奥が深い。



オイサンでした。




……。




サイレンス。 ← 気に入った






| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »