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2012年12月15日 (土)

■改題・些伽巳春秋[Sagami-Shun-jyu]~変わらない者たちに捧ぐバラード -更新第829回-

そういえば 先週おにあい 見てないな。

字余り。
オイサンです。


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ういんたー。

さすがにボチボチどうでも良くなってきたというかね。
息切れ必須の先行逃げ切り型というか。
期待にたがわぬ安心のクオリティ。
見たまえ諸君、これが「期待を裏切らない」ということだよ。

いや、真面目にね。
バカにしているばかりではないよ。
全くバカにしてないとも言わないけど。

本当にこの作品は、期待通りの働き、成果なのではないかと思います。
1クールであとくされなく、
息切れはしても最後までは見させる。

「原作の地力に対してここまで作り込めれば一先ずオッケー、
 少なくとも原作に失礼な、レッサー原作アニメにはならず、
 原作なりの人気の出方・売れ方はしてくれるだろう。
 それ以上に化けるかどうかは、今のままなら運次第。
 もしそれ以上をいくらかの確実性を持って望むなら、
 ある程度コッチの方もかかりやすゼ旦那」
……というセンを見切ったコストと出来映えのバランスを保ったんではなかろうか。

なんか、この作品、この監督からは
そういう割り切りの良い、良い意味での商品っぽさを感じる。
ちょっと見習わないといかん。



■F先生……やさしさが欲しいです……。



先日ちょいとした小ネタで、

「千早が『ボディーだけレディー』を無理矢理カヴァーさせられて
 録音スタジオで泣き崩れてる薄い本ください」


と呟いてみたのだが
(何がどうネタなのか分からない人はスルーするかぐぐれかすして下さい)、
『ボディーだけレディー』、
久々に聴いてみたくなってYoutubeさんから借りてきた。

 ▼ボディーだけレディー
 
うーむ、良い歌だなあ。やっぱり。
特に二番のサビから後がすばらしい。


  ♪デートって憧れていたけれど おままごとみたいなものね


とかも最高ですね。
藤子アニメの主題歌は素晴らしいものが多い。
『きてよパーマン』なんかももう、うたぐりようも勘ぐりようもない、
なんつーか、ぴしっと立方体に磨き込まれた大理石みたいなもんで、
言いたいことこれだけ!っていう。
デその『きてよパーマン』も聴こうと思って探してたらエンディングが先に出てきた。

 ▼パーマンはそこにいる。
 

おお、コレ出だしが笑点みたいだな。
これも良い歌だなあ……。

田中公平が最近「アニメソングがだめになる!」って喚いてて、
その気持ちは半分わかるし半分大丈夫だろとも思うし、
けどあなたの提唱するアニメソングらしいアニメソングにも
随分偏りがあると思いますよ、と思いながら見てるんだけど、
作曲家の目線ではきっと、
オイサンなんかには見ることの出来ない音楽のたくさんの要素が見えた上で
言っていることだろうから、
ちょっとその辺は省略しないで詳しくしゃべって欲しいと思う。

  たとえば、オイサンなんかには歌詞でしかほとんどその
  「らしさ」みたいなものは判別出来ないんだけど、
  アニソンらしい曲的な要素、おきまりのフレーズだとか、
  楽曲の構成、運び、節回しとか、そういうものがあるのだろう。きっと。

  オイサンなんかは
  「アニメのために、アニメ作品を主幹に作られた楽曲
   (たまにアニメソングであると謳いながら
    アーティストのエゴまみれのへんなのとかありますからね)なら、
   曲調や形式がなんであろうとそれはアニメソングだ」
  と思ってしまいますが、音楽の分類学的なことの上ではちがったりするんでしょうね。

まあそれはいいとして。
『ドラえもん』も声優交代して以来見たことはないんだけど
主題歌の感じも随分変わってると聞く。

この、『ボディーだけレディー』はともかく、
『来てよパーマン』とか『パーマンはそこにいる』とか、
それこそ『ドラえもんのうた』とか……
このやさしさに満ちあふれている感じを、今の子供らは受け止められないのかなあ。

 ▼きてよパーマン
 

売りにくいからと言って、わかりやすい方向へ逃げて、
この感じが分からないまま分からない方向へ人を育ててどうしようと言うんだろう、
という、非常にジジむさいことを考えてしまった。
いや……ただのじじいの杞憂、驕りならいいんだけど。
えらそうですね。

なんかこう……最近のすさんだ世の中を見ていて、ちょっとだけ
「ああ……F先生、この荒んだ日本をみる前に旅立たれて、
 ちょっと良かったのかも知れないな。見せたくなかったな」
などと……僭越なことを思ってしまったオイサンでした。

いや、別にそんなに藤子作品に詳しくもリスペクトしてるわけでもないんだけどね。

でもこの『パーマン』がらみの歌には、
F先生のすごさの伝わる要素が十分に凝縮されていると思うオイサンですよ。
作詞はF先生ですからね。
ホント、やさしさに満ち溢れた素晴らしいうただと思うのです。
なにがどう、といえないんだけどね。
呼び合って、それにこたえるっていうシンプルさがね。



はじめの1000歩



『はじめの一歩』が連載1000回を迎えた、というアニバーサリーに乗じて、
「お前超休み休みじゃねえかよ」
「クオリティ落ちまくりじゃねえかよ」
などと叩かれまくっているようです。

……下がってるかなあ。クオリティ。

まあ休みが多いのは確かにそうだと思うし、
話の密度感は下がってると思うけど……
けど、絵や、話の一エピソード毎のクオリティは、むしろ上がってると思いますが。
マンネリ感というか、長続きしたことによる先読め感はありますよ?
けどそれは、話のクオリティとは別物だろう。

クオリティの高い話は、
同じ話が三つ続いたってクオリティ高いモンは高いんだよ。
慣れる、飽きるってだけで。
それは、半分は受け手の問題じゃよ。

まあ、なんというか、
「似たような展開を延々続ける芸」の出来る作風にシフトしていけば良かったのにね、
という風に思わないではない。
ずっとずっと、新しい、刺激的な展開を必要とする作風だから
マンネリ芸が許されないわけでね。
『わたるがぴゅん!』みたいに、
同じ試合をすげえ長いことやるとか。

月刊マガジンにいけばいいのに。

先日、ちらっとコンビニで月刊の方を覗いてみたら、
なんかまだ『鉄拳チンミ』とか普通にやってて超ビビった。
すげえな。
一体何をやってるんだろうあのマンガ。
読んだことないんだけど……これだけ続いてるってことは、
一応それなりに面白いんでしょ? 多分……。
看板作品にもならず、大御所感もなく、
見た感じ、絵柄が変わった風でもキャラが成長してる風でもなく。
あれはあれですげえと思う。
なんかちょっとタイトルが変わってたみたいだけど。

あ、『なんと孫六』さんも相変わらず続いていたけど
あれはなんかもう、びっくりしないw
野ザルみたいな主人公がバット振ってたけど。
よく、

「『こち亀』は昔の方がクオリティ高かったし絵も良かった!
 昔のまま続けば良かった!」

みたいなスレを見かけますが、
それを実践してたらきっと『孫六』さんみたいになってるぜ?
それでもいいの?

  イヤ『孫六』さんdisる気はないけど。
  あれはアレで偉大よ。
  ヒトツの理想の姿よ。ホントに。
  人間、ああ生きていくのが、実は一番いいし自然だと思う。
  イマドキのね、変化に対応云々なんてのは異常よ。異常。
  変態のやることよ。
  でもついて行かないと生きていけない!とかいうけど、
  そうやって大勢乗っかるから加速することであって、
  踊らされてる・流されてるんだと思うけどねえ。


 ▼負けてやらん。


月刊マガジンの話なんかしたのでちょっと『修羅の門』の話を。

キホン、単行本でしか読まない人なので現在の月刊展開はよく知りませんが、
チラ見したところだと、復帰した飛田が試合してましたね。

今回のトーナメントのメンツ発表を見たとき、
戦力的に飛田と陣雷はかませ犬的ポジションにしか見えなかったけど、
こうして試合させてみるとちゃんと存在感出てくるからすごいなあ。

けど、このトーナメントも額面通りには進まないんだろう。
なんつうか、選手の入れ替えとか乱入とか、
そういうトラブル、ハプニングが起こるのでしょう、
『バキ』の最大トーナメントばりに。
でないと多分、これも飽きてくるというか、マンマで何戦もやるのには無理があると思われる。。
イマドキ。

キャラクターの配置的には、飛田と陣雷、
どっちかがメインどころ(陸奥・呂家)のどっちかとやらないと出てきた意味がないし、
アメリカ勢側にも、現時点で読者の見えるところに飾ってある
「絶対王者」の人以外にも、ムガビ的なすごいのが、
既に紛れてるのか、入れ替えで入ってくるのか、したりするに違いない。

  その隠れたスゴいのがメインに昇格するのか、
  それとも呂家や絶対王者、飛田陣雷のすごさを際立たせるための
  材料にされるのかわかりませんけども。
  その辺の、ハッタリの利かせ方とそれをテコにした強さの見せ方の上手さは、
  このマンガはすごいと思います。
  とても勉強になる。

相手のジムがアメリカ拠点ってことなんで、
片山か海堂がどっかで絡んでくるんじゃないのかね、と
思うんですが……どうなることやら。

こうして色々勘ぐれるだけでもワリと楽しいわけですが。
何にせよ、今一番先が楽しみなマンガのヒトツですね。

あと余談だけど、『修羅の門』のウェガリーと、
『ジョジョ』のポルナレフの、ストーリー上での立ち位置に
なんとなく共通項を感じてしまうオイサンでした。

 ▼おとぼけキングダム

これまたサッパリ関係ないけどやたらマンガの話になったのでついでに。
なんでだったか忘れたが……
こないだシゴトバに向かいながら、
ふと、マンガ家の植田まさし先生のことを考えてしまったんで書き留めておこう。

なぜ植田まさしなんだ。
自分でもワカラヌが。

  植田まさし先生ってのはアレだ、
  『コボチャン』とか『かりあげクン』とか、
  主におっさん向けの4コマまんがばっかり描いてるマンガ家さんです。

この人のマンガ、オイサンが物心ついたときにはもう実家にあったので、
キャリアはおそらく30年以上。
この分野ではパイオニアにして、もう結構な大家でしょう。

  しかし、あまりマンガなんか好きではない?ハズのうちの親父殿が買っていたのは
  また何故なんだろうな、という疑問がわかないでもない。
  マ親父殿のことだから、半分はサラリーマンのたしなみとして、
  みたいなとこあるんだろうけど。
  真面目に週刊ポストとか現代とか読んでたみたいだし。
  このトシになっても、あのテの雑誌のどこに需要があるのか、
  何をきっかけに読むようになるのか、
  サッパリきっかけがつかめない欠陥おっさんのオイサンです。
  閑話休題。

調べてみたら既に御年65歳ほどで、
今なお、月間で60本以上連載を持ってるっていうんだからスゴいな
(wikipedia調べ)。
「精力的に活動」ってwikipediaさんには書いてあるけど、
なにこの、すっごい活動はしてるのに「精力的」ってことばの似合わない感。

こちらもまた、30年以上に渡って、作風も何も変えずに、
延々サラリーマンの世界を描き続けてきたロングランナーです。
とはいえ、彼の描くサラリーマンの世界って
まさにオイサンの親父殿がオイサンぐらいの年の時の
サラリーマンワールド観だと思うから、今の読者にはマッチせんだろうなあ……。

長きに渡ってサラリーマン文化を、
陰に日向に、支えてきた功労者だと思うので、
ワリと真面目に文化勲章とかあげればいいのに、みたいに思うのですが。

……しかしその、高度経済成長サラリーマン世界の陰のドンも、
まさかまさか、30代40代のオッサンどもが自分のマンガのあるある感にうなずくのではなく、
「まんがタイムきららキャラット」とか買って、
『ひだまりスケッチ』を読む時代がくるとは思わなかったであろうなあ、
などと時の移ろいの無情感に浸る冬の朝。
時代は移ろったぜ……。

いやあー……最近さむいっすね。
オイサンです。

  ……植田まさし先生、ご本人の世界観で、
  『アマガミ』のコミカライズやってくんねえかなあ。
  オトウフ先生やノブヨシ侍先生が震え上がるようなアレで!
  まあその前に、やっぱり安永航一郎版『アマガミ』が見たいわけだが。
  つるかめつるかめ。

……そしてWikipediaをダラダラ眺めていると、
植田まさし先生、
『ファントムキングダム』でゲストイラストレーターとして
キャラ一個描いてるとかwwwwサプライズ過ぎんだろwww



マそんな感じでヒトツ。



最近色々、本の積ん読が増えてるオイサンでした。

『藝人春秋』でしょ、『「枯れた技術の水平思考」とは何か?』でしょ、
『ゲームを動かす技術と発想』、
『ヤマモトヨーコ』ももうチョイ残ってるし。

  

       




R0055215


ようやく
『結局、どうして面白いのか』を読み終わったけど、
なかなか難しい本だったな。
視点としてはわかりやすかったけど。


 

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