« ■ためいきの確率 -更新第807回- | トップページ | ■聖エルミン学園・2~SS『女神異聞録ペルソナ』より -更新第809回- »

2012年9月 9日 (日)

■聖エルミン学園・1~SS『女神異聞録ペルソナ』より -更新第808回-

 ひどい寒さに目を覚ます。

 寝たぶけた頭で、いつの間にか横たわっていた体にかけられた
毛布のすそをつかんだ途端、ゆび先に刺すような冷気が迸った。
毛布の端がちらちらと鋭い光を放っていた。つま先が凍える。体
を起こすと、それは毛布なのか乾燥ワカメなのか分からないくら
い固くぱりぱりと音をたてた。毛布そのものが凍りついていた。
 思考のまだはっきりしない頭に手をやると、冷たく白い粉が手
に付着し、それもあっという間に水滴に変わった。霜だった。
 寒さと冷たさで否応なしに引き起こされる意識と視界に入り込
んできたのは、白いカーテンに簡易なパイプベッド、病院の診察
室を安っぽくしたような設えの部屋の風景で、ここが保健室だと
気付くのにそう時間はかからなかった。
 記憶も段々と甦ってきて……この異常な寒さと光景の理由に思
い至った時、それが夢でなかったことに、気分が暗くなった。

 悪夢は終わっていなかった。
 学校が、突然「雪の女王」を名乗る存在の仕業で雪と氷に閉ざ
されてしまった。「閉ざされた」という言い方がこの際正しいの
かどうか、しかし現国教師の僕にもそうとしか表現のしようが思
いつかない。窓から外を見ても、地震の起こる前触れみたいな色
をした空がどこまでも続いて、時々フレッシュを落としたばかり
のコーヒーみたいにフラクタルな渦を巻いて形と色を変えている
のが見えるだけだ。どこまでが地面なのかもおぼつかず、かろう
じて学校の敷地だけは校舎についてきてはいるものの、校門から
先は不可思議な、空と同じ色の空間が広がっている。およそ風景
とも言えない光景が視界を埋め、学校の、建物と敷地全体が怪し
い色の中空に浮いていて、この空間にはそれ以外のものが見当た
らないということのようだ。

 数十時間前、街の大病院でなにやら爆発の様な事故が起こった
らしいのを皮切りに、ほうぼうで立て続けに起こるおかしな事件
の報告が学校にも寄せられてきた。曰く、飼い犬が消えた。黒服
の男たちが目に付くようになった。得体の知れない生き物が徘徊
し、たくさんの怪我人が出た。それらの事件に必ずついて回った
キーワード、「アクマのしわざだ」──。そこでここ、僕の職場
でもある聖エルミン学園にも緊急の避難所が設置されたのだが、
その矢先、「雪の女王」を名乗る者の声が校舎中に轟いて、学校
はたちまちのうちに信じがたい寒気に見舞われ、見る見るうちに
霜と氷に覆われた。素手で金属に触れようものなら、皮膚が貼り
付いてしまう程の極寒の冷気。幸い季節が冬だったから皆冬服と
防寒具でしのいでいるようなものの、この怪現象が夏場に起こっ
ていたことを考えるとぞっとする。

 そして、今だ。
 一頻り記憶の反芻と整理を終えてベッドから起き出そうとする
と、胸やら腰やら、あちこち軋んでずきずきと痛んだ。ベッドを
囲うカーテンを引き開けるとやはりここは保健室で、他に誰の姿
も見あたらない。保健医がいないのは、どうも一時的に席をはず
したかららしいということが、デスクの前の椅子の座面に残った
丸く霜の融けた跡から伺える。この非常事態に保健室だけ部屋を
分けておいて置くのも何かと効率が悪い、食堂かどこかに機能を
集中させることをあとで提案してみよう──そんなことを考え、
同時にはっとなった。もう一つ、大切なことを思い出した。この
体の痛みの原因だ。
 僕は冷凍マグロの調理台みたいになっているベッドから、どう
にかもぞもぞと這うように降り、思うように動かない体をもどか
しく思いながらも、出来るだけ急いで学食に向かって歩き出した。
僕がここに──おそらくは気を失い、誰かの手で──運び込まれ
たのは、学食で、僕のクラスの生徒が起こした事件がきっかけだ
ったに違いないからだ。


   *      *      *


 「雪の女王」というのは、昔この学校の学園祭で演劇部が上演
した演目らしい。大層ないわくつきのシナリオらしく、脚本も小
道具も関わるものは厳重にしまい込んであったらしいのだけれど、
今回の外部での異変のどさくさに、その小道具の一つが、生徒の
誰かによって持ち出されてしまったのだそうだ。時を同じくして
当時を知る高見冴子先生の行方が分からなくなり、一部の生徒た
ちが躍起になってその行方を追っているという噂も聞く。
 すべての事件の真相は今のところわからないし、この状態から
解放されたとしても納得のいく説明は期待できないだろう。普段
マンガばかり読んでいるような生徒連中は、今のこの不可解な学
校の状況その他諸々ひっくるめ、「異世界だ」「異次元だ」、そ
してやはり「アクマの仕業だ」と無責任なことをふれ回るが、混
乱しているように見えて案外うまく今の状況を受け入れているよ
うに見えた。そこから先に何が待っているのかまでは考えていな
いようだけれど、それも一つの希望と強さだ。
 大人としてはあまり異世界だのアクマだのという言葉は使いた
いところではなかったし、今のこの現象がその「雪の女王」の仕
業だとすとんと信じられるほど、僕も純真ではなかった。大切な
のは、この危険な寒さが本物であり、強引にここを出て行こうと
した者たちが悉く、上とも下とも知れない奈落に飲み込まれて二
度と戻ってこなかったという事実だけだ。それを誰かのせいにす
ることが出来るならば、今は自ら名乗りをあげてくれている「雪
の女王」に押し付けてしまえばいい。
 それが出来る子供たちは純真だ。原理はなまはげと同じで、悪
い子のところには鬼が出るよと信じさせることさえ出来れば、彼
らはそのルールに則った生き方を探すことが出来る。こんなとき
始末に負えないのはむしろ大人たちの方で、「うるさい」「落ち
着きなさい」と鎮めようとする姿の方がよほど混乱して見えるの
が滑稽で、僕は何度か吹き出しそうになった。「余計なことを言
って不安を煽るのはよした方がいい」というのが、今この場にい
る大人たち全員が、会議の末に出した結論だったが、そんな風を
装いながら、大人たちの方が、実は彼らにすがっていることに僕
は会議の途中から気付き出した。勿論、そんなことは口には出さ
ずにおいたけれど。
 様々な可能性を奪われたあとに出来上がった僕らの脳と認識は、
自衛のためにか、自分の量りに乗せることの出来ない不可解なも
のを受け入れようとしない。これも、今のヨノナカが生んだジレ
ンマなのだろうか。実績と常識と経験則に目を奪われて、事実を
感じ取れないのならば、それは昨今騒がれている、現実と虚構の
境目を見失って過ちを犯す”テレビゲーム・エイジ”と括られる
子供たちや、それを騒ぎ立てるワイドショーの人々と同じだ。

 そしてまた、今の僕たちは、進化の果てにさまざまな能力を奪
われ、己の置かれた身の上を知って身を震わせた原始の人間たち
ともまた、等価だ。彼らは前に進みすぎてあらゆる力を失ったが、
大脳をチクチクと進化させてここまできた。僕たちはまぎれもな
い、彼らの子孫でもある。子供が大人になるように、前に進めば
進むほど、世界は狭く、袋小路の様相を呈していくのだろうか?


   *      *      *


 何かに引きずられるようにしてようやくたどり着いた学食は、
すっかり平穏を取り戻していた。
 異様な寒さと、部屋中が白く霜をふいていることを除けば、血
と悲鳴の爆ぜる様子は消えて、やることのない生徒が集って情報
交換に花を咲かせるいつもの昼休みの光景だった。
 僕は、「彼」のことを思うと胸が痛むのと同時にとてもうらや
ましくもあった。教師という職業、大人という狭苦しさがうらめ
しくて仕方がなかった。
 学食の、他の生徒が大勢いる前で、「彼」、即ち僕の教え子で
ある横内謙太は想い人に愛の告白をやってしまった。その相手が
また、キツい女生徒だったから救われない。彼女の気遣いも遠慮
もない拒絶の言葉は横内の中にあった心理的なゆがみやらコンプ
レックスやらを抉り出して、──こういう言い方はやはり漫画的
で好まないけれど、今のこの異常な状況の中では仕方がない──
それが肉体的に顕在化したと言えばいいのか、横内は見る見る、
ぶくぶくと赤剥けた肉を晒す化け物へと姿を変えた。
 目の前で、自分の受け持つ生徒が怪物に変貌し、人を襲いだす
様は絶望的だった。自分のクラスでいじめがあって、生徒が自殺
したりするとこういう気分に苛まれるのだろう。僕にはどうする
ことも出来ない気分でいた。こんな異常な世界の中で、一体なに
をどうしていいやら、動物であることを忘れて久しい僕の体が何
を出来るのか分からなかった。しかしそんな絶望と同時に、とて
も強い可能性──傷つくということ、哀しみという思いが、こん
なにも激しく、鮮やかなものであるのかと一瞬の眩しささえ垣間
見た気持ちだった。

 その場に、彼らもいた。

「あ、キバセンだ」
 学食に入った僕の姿を見るなり、一人の生徒が声を上げた。人
を運動会の競技みたいな名前で呼ぶなというのに。しかし、生徒
たちの僕を見る目がいつもと少し違った。その周りでも、ほんと
だキバセン無事だったんだ、などと潜めた声が聞こえる。
「あんた、起きて大丈夫なのかい?」
 一際堂の入った声は調理婦さんだった。彼女は心配そうな目を
してくれながら、どんぶりに、まぶしいくらい白い湯気を上げて
いるあめ色のツユを、おたまで注いでいるところだった。
「ああ、先ほどはどうも、私の生徒がお騒がせしました。お怪我
はありませんでしたか」
「人の心配してる場合じゃないだろう?」
 それだけでなにもかも許されるような安心感をくれる、彼女の
年季の入った笑顔はものすごい才能だと思う。「本当にお人好し
だよこの先生は」とかなんとか、彼女はしわだらけの笑いを崩さ
ずにそのどんぶりを僕に差し出した。揚げ玉が気持ち程度に散ら
された、麺とツユの量も普段の半分くらいのたぬきソバだった。
「食べといで。こんなもんしか出なくてすまないけどね」
 外部と完全に隔絶された今の状態では、校内に蓄えられたわず
かな食べ物だけが生命線のはずだ。見ると、調理場の奥でも燃え
ているのはガスではなく、いらない書類や端布を寄せ集めた、か
まどとも焚き火ともつかない小さな炎だった。
「まずいですよ。それに、食べ物なら僕らよりも子供たちに」
「弱ってる人間が優先だよ。それにほら、あの子らからの奢りな
んだから、厚意を無にするもんじゃないだろう?」
 彼女が二重にたるんだあごで指した方では、「彼ら」が卓を囲
んでいた。何事も無かったみたいに、横内が化け物に変わったま
さにそのテーブル近くで談笑しているところだった。

 横内変身の現場に居合わせた「彼ら」は──彼らのうち一名が
横内の想い人だったわけだが──弾け飛ぶように膨れ上がってい
く横内の姿に怯まなかった。目の前で起こっていることを当然み
たいに受け止め、悪魔の形相の横内に向けて、どこから入手した
のか武器を構えた。
 ことが起こったその刹那から、横内の体も、彼らの体も、淡い
光の幕をまとっていったのが印象的だった。薄い、青い光。風が
吹けば霧散しそうにゆらめく光をしっかりと全身に貼り付けて、
彼ら五人と横内は対峙した。

 混乱の最中にいた僕は彼らのその様子に尚のこと驚き、横内を
彼らの手にかけさせるわけにはいかないと、万一そうしなければ
ならないにしてもそれは僕の仕事であると、そんな風に考えてし
まった。大人が聞いて呆れる、僕は明らかにそのとき目の前で起
こっている現実を、ドラマか何かと取り違えてしまっていたよう
で、気がついたときには飛び出していた。そこで、自分にも何か
出来ると思い込んでしまったらしい。

 待て、待ってくれ、殺さないでくれ、こいつは確かに見た目は
冴えないかもしれないが、成績は悪くないし、素行も悪くは無い
し、偏ってはいるけど知識は豊富だし、悪い奴じゃないんだ、だ
から、横内、お前いい加減にしないか。

 そんなことを訴えながらブクブクと血なまぐさい塊に膨れ上が
っていく横内にとりすがり、彼らの力からかばおうとした。それ
でも横内は、僕の言うことなどもうよその国の言葉みたいに聞き
流して、腕のあった場所からうねうねとのび出た触手のような器
官を、彼らに向けて振り上げたのだった。
 一撃──。
 目にも止まらぬ速さで風を切った、人間にはない肉の鞭のよう
な器官での打撃は、食堂のやすいタイル床をいとも簡単に割り裂
き、引き剥がした。彼らもまた並の高校生とは思えない体捌きで
横内の暴力をかわして見せたが、僕は呆然となった。そして、本
当に馬鹿馬鹿しいのだけれど、もう関取の四倍ほどにも膨れ上が
った横内の体の、どこかも分からない部分に平手打ちを食らわせ
ていたのだ。
 彼らも、その様子を呆気にとられて見ていた……と思う。背中
を向けていたから周りの表情は分からなかったのだけれど、溜息
が聞こえてきそうな空気だったのは憶えている。
 そのときの手ごたえは人間の体の物ではなかったけれど、確実
に横内を捉えていた。今横内がやったことを見過ごすわけにはい
かなかった。横内、お前っ。熱血教師なんて言葉からは、世界中
のどの職員室を見渡しても一番遠い位置にいるような僕がやって
いいことではなかったのかもしれないけれど、横内は一瞬、その
動きを止めてくれた。
 けれども、次の瞬間には僕はもう吹き飛ばされていた。横内の、
僕が打った部分がぼこぼこと泡立ったところまでは憶えている。
そこから触手がもう一本飛び出して、僕を弾き飛ばしたらしかっ
た。

 テーブルやらイスやらを弾きながら吹っ飛んで派手に床に転が
り、僕は咳き込んだ。切れた口の中にたまった血を何度も何度も
吐き出そうとしたけれど思うように呼吸が出来ず、ヒューヒュー
と虚しい音が自分の中で鳴っているのを聞いていた。視界がかす
んでいたのは、殴られた瞬間眼鏡がどこかに飛ばされたせいだろ
う。

 死ぬかもしれない!

 這いつくばって、もう怯えるばかりだった僕のところに、彼ら
は駆け寄ってきてくれた。
「ゆきのさん、お願い出来るかな」
 誰の声だったろうか、静かな声が言った。
 任せな、とそれに答えた低く大人びた声は、彼らのうちの一人、
黛ゆきののもので、僕は何故かその声と言葉にひどく安心した。
 そして信じられないものを見た。体が動かなくて良かった。声
が出なくて良かった。もしも体が自由だったら、その能力の異様
さに驚いて逃げ出していたかもしれないからだ。
「ペルソナ……!」
 声とともに、僕の目の前で黛の背中に四肢の形をした炎が伸び
上がる。例の青い光をまとった炎は、黛の体を繭に孵る蝶のよう。
僕の傍らにしゃがみこんだ黛の背中に、一人の炎の天使が立った
のだ。黛が、額に頬にうっすらと汗を浮かべて、僕の全身を包み
込むように両手を振ると、そこから光の尾が広がった。そうする
と体がふっと軽くなり、喉につかえていた血の固まりも消えた。
起き上がることは出来なかったけれど、なんとなくその魔法のよ
うな力に、死への不安はもうなかった。「アクマの仕業」──。
何故か僕はそのとき、そのキーワードを思い起こしていた。

「トロ、あんたねえ、最ッ低! そんな奴にコクられたってぇ、
好きになれるわけないじゃーん!」
 綾瀬が叫んだ。染めた金髪、ルーズソックス、今時の若者言葉。
彼女が振り返るとアクセサリーがじゃらんと音を立てる。どうし
て横内が(ちなみに「トロ」というのは横内のあだ名なのだそう
だが)この女生徒に思いを寄せていたのか僕には皆目検討がつか
ないけれど、今、彼女は本気で腹を立てていた。彼女なりのけじ
めのつけ方、というのは捕らえ方が好意的過ぎるだろうか。僕に
はさっぱり分からない、きっと教師の誰もが彼女のポリシーを理
解することは出来ないのだろうけど彼女にも貫くべき規範があり、
横内もそこに引かれたに違いなかった。人とは、若者とは、そう
いうものだ。
「ペルちゃあん♪」
 甘えた声で、綾瀬も黛のように纏った光を束ねて自分の分身を
編み上げた。炎の腕輪に冠に、腰みのを巻いた未開の原住民。綾
瀬の分身は茶目っ気たっぷりの無邪気なやつで、あまりにもそれ
らしい。楽しげにステップを踏むそいつの掌から紅蓮の炎が渦を
巻き、横内に襲いかかったのを見て僕は小さくうめいてしまった。
 その僕の目を見て黛がうなずいた。綾瀬も振り返り、心配する
な、という意味だろうか、人差し指を立てて見せる。あれでどう
やら手加減が出来るらしい。

「Persona!」
 桐島英理子が帰国子女らしい流暢な発音で息吹をふくと、彼女
の、背中からなのか、肩からなのか、それとももっと深いところ、
一見軽やかなように見えてピタリと大地をとらえた足の裏が支え
る背筋の中心から、蜃気楼のような熱が吹き上がる。彼らはそれ
を”ペルソナ”と呼んで、自分の体のように操った。
 桐島の、僕でも見惚れてしまうような独特の凛とした美貌は近
づき難い強さをもっているけれど、気さくな微笑みはつまらない
壁を取り払う気安さを持っていた。皆がエリー、エリーと彼女の
周りに輪を作るのは分かる。時折見せる寂しげな微笑がドキリと
させる。彼女から立ちのぼった霧のような青い熱は収斂してより
高い熱になり、真っ白な、二枚の羽を持つ優しい乙女の姿をとっ
た。これは僕も知っている、天使ニケーだ。無言のその口元が何
事かを謳うと、桐島たち五人の体を覆う青い光が強さを増した。

 掌でそれを確かめて、上杉が小さくガッツポーズをとった。
「来やがれィ!」
 上杉は、校則で禁止されているはずのアクセサリー、頭にかけ
たゴーグルを目元に引きおろし、手にした棒きれを槍術を気取っ
てくるりと回す。腹の底から上げた息吹でペルソナを呼び出して
(上杉のそれは、洋風のからす天狗のような恰好をしていた。見
た目に備えたスピード感と、ちょっと斜に構えた面差しが上杉に
はおあつらえ向きだと思った)、無数の針を横内に向けて放った。

「ブラウン、やりすぎるなよ」
 そしてもう一人。僕はこの生徒の名前を憶えていなかった。平
凡で、地味な教師の典型たる僕にこんなことを言われるのも癪に
障るだろうが、もともとほかの四人ほど目に見えて突出した特徴
を持つわけではない彼は、僕には平凡で地味な生徒の一人として
しか映っていなかった。この四人とつるんで行動していると聞い
てはいたが、仲間はずれにされるのが恐ろしいという今時の高校
生らしい理由でついて回っているだけか、もしかすると、都合良
く使うために四人の方が連れまわすかしているのだとばかり思っ
ていた。
 しかしそれは大きな誤りだった。こうして目の前にすると、紛
れもなく彼がリーダーだ。ぼんやりしているようで、物事の最終
決定権を握っている。彼がにやりと笑うと連中も心から愉快そう
ににやりと笑う。彼が苦しそうにあえぐと、連中は挙って彼を救
おうとした。
 そして、最後のとどめは彼がさした。正確には、己からわいて
出た化け物に飲み込まれた横内を救い出だせるだけの適確なダメ
ージを与えるという、力加減の一番難しいところを四人が彼に任
せた格好だ。彼はペルソナを出さなかった。携えた木刀で、化け
物の肩口を打ち据えて動きを止めたのだ。
 圧倒的な存在感をほこる彼のペルソナを是非見てみたかったけ
れど、化け物の体が見る見るしぼみ、その肉の膿から吐き出され
るみたいに倒れこんだ横内の姿を見るなり……僕は、気を失って
しまった。
 
 
 
                        (続)
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

|

« ■ためいきの確率 -更新第807回- | トップページ | ■聖エルミン学園・2~SS『女神異聞録ペルソナ』より -更新第809回- »

[創作 SS]」カテゴリの記事

ゲーム」カテゴリの記事

創作」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/55967/47012697

この記事へのトラックバック一覧です: ■聖エルミン学園・1~SS『女神異聞録ペルソナ』より -更新第808回-:

« ■ためいきの確率 -更新第807回- | トップページ | ■聖エルミン学園・2~SS『女神異聞録ペルソナ』より -更新第809回- »