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2012年9月 9日 (日)

■聖エルミン学園・2~SS『女神異聞録ペルソナ』より -更新第809回-




   *      *      *



「よーうセンセ、起きて大丈夫なのかよ?」
 上杉はさして心配した風でもなく言い、箸立てから一膳、割り
箸を放って寄越した。
「ああ、あのまま寝ていたら、それこそ凍死してしまいかねない
からね。それより、さっきは済まなかった、ありがとう。命拾い
をしたよ」
 僕もその気遣いに応えて彼の隣に腰をおろす。頭を下げた僕に、
オッケーじゃんと上杉がVサインを出し、黛は肩をすくめるだけ、
桐島は控えめに微笑んで頷いた。綾瀬は名の分からない彼に話し
かけるふりで、これでぇ、現国の期末は点数ばっちりだよねー、
と聞こえよがしに横目を流してきた。しっかりしている。
 僕が箸を割り、七味をたっぷりふったそばをすする横で、彼ら
は何事か相談していた。
「アンタたち、このあとどうするつもりだい?」
 黛が疑問を投げかける。
「uh・・・まずはもう一度御影病院に戻って、Makiを探す
べきでしょうか?」
「そんなのあったり前じゃん、その後だよ。全部終わった、あー
と。アタシはぁ、これこれ、このコスメ買い込みに行くんだぁー。
バイト代ちゃんと振り込まれてるよねえー? こんなことやって
る間に売り切れてたら、チョー泣けちゃうけどぉ」
「んあー、オレ、ダチのライブあったんだ。間に合っかなあ。外
はどうなってんだ、チクショウ」
 ところどころ、英語なまりが混じるのは桐島だ。広げていたフ
ァッション雑誌を指差して綾瀬が不安げな顔をし、二人の話を聞
いているのかいないのか、上杉は手前勝手に頭をかきむしった。
 反応は三者三様だがどれも気に召さないようで、黛は頭を抱え、
名の分からない彼がハハハと笑って慰める。やっぱりだ。彼らは
落ち着いている。僕も少し心強さを覚えて一旦箸を置いた。
「にぎやかだな、君らは。羨ましいよ」
「そうですか? そうですね、僕もです」
 言ってから、皮肉っぽかったかなと思ったが、リーダーの少年
は笑ってくれた。たくましいのか何も考えていないのか分からな
いが、彼らはこの状況がいずれ解決されると信じて疑っていない
ようだった。あの不思議な力があるからだろうか。それとも、こ
の彼らだからこそあの不思議な力が宿ったのだろうか。不安はな
いのだろうか。そんなはずはなかった。理屈がどうあれ、今ある
力を今見えている目的に向けて振るっているだけで、そこに迷い
が生じる余地など彼らにはないのだろう。

 エネルギーはある。しかし学校という日常の場に倣うべき規範
を見出せず、道を見失う若者は多い。はたまた、規範を得、道を
見出したとしても、自らの力を疑い、世間からの冷え切った風に
押し切られて道を曲げざるを得なくなる者も数知れない。
 殊にこの国には道を見出した者への誘惑が多い。何より道を喪
った先に広がる安寧とした大きな澱みに落ち、その重圧に耐える
ことをこそ成熟とする風潮があまりに強かった。志を持って、そ
の澱みを自らの海とするものは幸せだ。多くは動物としての使命
のために、澱むことを余儀なくされる。

 年老いた少年よ、愛はあるか? その隣に友はいるか? 人は、
動物を逸脱して大きな一歩を踏み出した……果たしてそうだろう
か? 肉の躍動を脳神経の過負荷に置き換え、噛み千切る牙を屁
理屈に置き換えて、やがて死にゆく自分の血を残すためだけに、
血も流さず、ろくに血の流れない体を憂え、烏合の群れを失い、
かといって友もなく、高いところからぶら下げられた安い餌で生
き長らえる、死にきった生き物に成り代わっただけではないのか。
牙を言葉に、質を変えただけの生き方を肯定し、その結果ぶくぶ
くと数ばかり膨れ上がってエゴさえまともに叫べずに、やがて星
さえ食いつぶそうとしている。
 そんなことを考えて、唇を噛まずにはいられなかった。かく言
う僕こそ、道を見出しながら志を折ったかつての少年だったから。
折れた志に支えられた道は、もはや道と呼べる形を残してはいな
いけれど。

 文学者に、なりたかった。

 仲間がいた。学生運動に血道を上げて体制に反発し、加速する
時間の流れに逆らおうと必死だった。体制にも立派な大人はたく
さんいたけれど、仲間の誰もが自分は彼らに優ると、必ずそうな
れると信じて疑わず、理想を掲げてそれを本物にしようと前しか
見ていなかったはずだった。

 けれど、どこかで諦めた。前を向いていたはずの瞳はいつしか
視野を広げ、唯一確かだったもの以外のたくさんの情報が、鼻の
上に乗せた眼鏡のフレームの、レンズと瞳のわずかな狭間に流れ
込む。そうすると自信は揺らいで、自分が歩いてきた道がひどく
痩せた獣道に見え始め、その先に繋がるものが霞んでいることを
周りに諭された。……実はとうに気付いていたそんなことにも、
何故だろう、その時になって怯え始めた。結局僕は、やさしく生
き長らえることを望んだ。それは愛する女のためでもあったけれ
ど、それが正しかったのかどうか、雄としてまっとうであったの
かどうか、未だに分からない。

「それじゃセンセー、俺らそろそろ行くわ」
 誰からともなく、イスをがたがたいわせて彼らは立ち上がった。
 行く。どこへ?
 どこまで行っても袋小路の待っているこの冷え切った学校で、
どこに向かうつもりなのだろうか、彼らは。
「どこって、決まってるだろ。冴子先生を探してるんだよ、アタ
シたち。もし見かけたら伝えておいてもらえるかい?」
 黛が寂しそうに笑った。彼らには、高見先生がもう校舎のどこ
にもいないことが分かっているのだろう。僕を不安にさせないた
めの気遣いであることが分かった。自分たちの手で、これから取
り戻しに行くつもりなのだと、その微笑を見て確信した。
 嗚呼、そうなのだ。彼らには規範がある。どこに繋がっていて、
何度分かれて行き止まるかはわからないけれどそこに道があるこ
とだけははっきりしている。それだけで彼らは前に進めるのだろ
う。落とし穴さえ道に変え、その先へ進むのだろう。

「分かった。気をつけてな、って、そうだ、おい」
 そこで右手を上げ、その手に残った感触で思い出した。横内の
ことをすっかり失念していたのだ。僕は彼の安否を確かるために
ここに来たはずだった。
 あたふたと、あちこち視線を投げた僕の様子を例の彼が察して
くれ、トロなら保健室ですよ、と教えてくれた。気を失った僕と
一緒に運び込まれ、僕の隣のベッドに寝かされていたらしい。な
んとも間の抜けた話だ。やはり冷静さを欠いていたのは自分の方
だったようだと恥ずかしくてうつむいた僕に、先生のおかげで僕
らは無傷で済みました、と彼は付け加えた。
「最初の平手打ちで、明らかに動きが鈍ったんですよ。おかげで
楽に、先手を取ることが出来ました」
 力加減も奏功して横内は軽傷で済んだ、先生の方がよっぽど重
傷でしたよ、と彼はまた笑った。彼らはよく笑う。僕はもう一度、
去りゆく彼らに深く頭を下げた。

 ダッサダサでもトロはダチじゃーんと、上杉は背中を向けたま
まVサインを掲げ、黛は照れくさいのかやはり肩をすくめ、桐島
がわざわざ振り返って頭を下げた脇で、綾瀬は内申書もばっちり
かもねー、と飛び跳ねた。さってー、んじゃどれから行こうか?
 ヒュプノスの塔にしようか? それともネメシスか? だから
アタシは、さっきそれを聞いたんだろ! …………そんな五人の
話し声がひとつに混ざって遠ざかり、扉の向こうに消えていった。

 彼らに背中を押された気がした。本当に、元気のいい連中だと
心から思う。羨ましくもある。ただ、彼も言っていたように、彼
らも僕のことが羨ましいのだろう。彼らは僕の失ったものを持っ
ているが、僕はこれから彼らが何十年とかけて手に入れてゆかな
ければならないものを、今、持っている。それを使って出来るこ
とがあると思うことにしよう。
 高い塔に囚われたお姫様、今の僕にそれを助け出すことが出来
るのか……なんだか出来るような気もしてしまうけれど、それは
連中に任せようと思う。僕のお姫様は、今ごろ家でニュースを見
て青くなっているだろう。彼女を安心させることが、今の僕が立
ち上がる第一の理由だった。彼ら五人のつま先の向こうに広がる
視界に比べれば、僕のそれは取るに足らない中心角の小さな扇形
に過ぎない。けれどもそれは。

 そばの残りを平らげると、僕は早々に食堂を出た。どんぶりの
返し際、おばちゃんに「ごっそさん」と言ってしまっている自分
は気恥ずかしくも清清しいと思えた。ただ、やっぱり冷静でいよ
う。元気の良さだけでは、今の状況は乗り切れない気がするから
だ。


   *      *      *


 横内の顔を見に保健室のドアに手をかけたとき、ふと、曲がり
角の先に見慣れない扉が目に入った。真っ青で飾り気のない、し
かし充分な重みと存在感を備えた扉だ。あんなところに部屋があ
ったろうか? 倉庫か何かか。もしかしたら、例のアクマの仕業
なのかもしれない。そもそも学校も、外からの見た目は変わらな
いのに中は歪んで形を変え、元の体裁をほとんど残していない。
罠かも知れなかった。でも僕は、さっき自分が考えたことも忘れ
その扉の前に立つと、ノブに手をかけていた。

 扉は、見た目の重々しさとはうらはらにやすやすと開いた。キ
ィコゥ、と古いマンションの屋上に通じる鉄扉のような音をたて、
僕の胸はときめいた。

 中は真っ暗で、というよりも真っ青で。そしてオペラが流れて
いた。外に漏れていなかったのが奇妙なくらいのびのびと高いソ
プラノの女声とピアノの弦が弾ける音。僕に、扉に背を向けてピ
アノを弾いているのは、上下そろいの黒いスーツに身を包んだ薄
気味悪い痩身の男だった。男の頭は頭頂部だけきれいに禿げ上が
り、残った髪は長く腰近くまで伸びている。ピアノの向こうに立
つ女は部屋と揃いの青いドレスに身を包み……羊の様な、大きな
角の髪飾りをかけており、一瞬、本物のアクマかと、ビクリとな
って僕は立ち尽くした。

 そのうち男の方が僕に気がついて演奏を止め、くるりと椅子を
回して振り返った。鋭い中にも子供っぽい光のある大きな目をし
て、おとぎ話の魔女のような、長く曲がった鉤鼻をしていた。女
の方は歌うのをやめなかった。部屋には、滑らかな歌声だけが自
然に残った。イゴール。男はそう名乗った。
「さて、今日は随分ととしかさのお友達だ。はじめまして、ベル
ベットルームにようこそ。少年、君は自分が何者なのか、語るこ
とが出来るだろうかね?」
 ものものしく膝の上に組んだ手に顎を乗せたイゴールのしわが
れ声は、ガラスをひっかくように高く毛羽立っているくせに幾重
にも深い渦を巻く沼のように響いて、僕の頭は混乱した。少年と
は僕のことか? 自分が何者なのか。そんなことはこの数十年で
分かりきっているはずだったけれど、咄嗟には自分の名前も出て
こない。真っ青な空間にぽつんと一人立たされて、いやな汗が噴
出した。
 ぼく、ボク、僕。僕が一体誰なのか? カラカラに乾いたのど
の奥、脳細胞の一つ一つをノックして、そこにしまい込まれた情
報を洗い出す。それらを丁寧に確認しなければ、到底ことばに出
来なかった。
「ええと、木場……誠一、この聖エルミンで、その……現代国語
を教えています」
 どもりどもり答えた僕に、男はただでさえ大きな目をぎょるり
と見開き、小さく口笛を鳴らしたかと思うとすぐに優しい笑みを
向けた。歌声は止まない。ニタリとゆがんだ彼の唇が、心からの
ものだということは僕にも分かった。何かに驚き、そして関心を
抱いたようだった。
「よろしい。それでは木場少年、君は何を望むね?」
 今のこの状況で、何を望むもあったものではないだろう。けれ
ど、僕にも、そう彼らのように、ペルソナを出すことなど出来る
のだろうか。それを望んでも良かった。文学者になりたかった。
それもありだろう。でも今はそうじゃない。
「ええと、では、彼ら……生徒たちの無事と安全を」
 考えるふりをしながらしばしオペラに耳を傾け、僕は彼に望み
を告げた。痩身長躯の男、イゴールは、拍子抜けしたようだった
けれど、

「伝えておきましょう。しからば、これは彼らに」
と、愉快そうに歯を見せて、パキンと高く指を鳴らした。その瞬
間、彼のゆび先にこれまた青白い炎が灯り、その中からまるでマ
ジックの様に一枚のカードが現れた。トランプ? タロット? 
どちらとも違う。カードは彼の指の上でクルクルと回り、僕の目
にその図柄が留まる前にきらきらと光の細かい粒にほどけて、部
屋の青に溶けていった。

「それでは、よしなに」
 そう言って、イゴールはまた椅子を回して真っ黒なピアノに向
き合うと、背むしのように丸くなって鍵盤に置いた指を滑らせ始
めた。そこから流れ出す清冽で複雑なメロディは、多分、葬送の
行進曲。送られたのは、おそらく僕だ。少年時代の僕。僕の少年
時代。男は静かに目を閉じているが調べは激しく、額には汗が滲
んでいた。そしてイゴールも女も、もう僕を顧みることはなかっ
た。僕は出来る限り深く頭を下げ、ドアに向かった。


   *      *      *


 保健室に戻ると保健医が戻っていて、今では工事現場でも珍し
い、灯油缶に端材をつっこんだだけの焚き火にあたっていた。な
るほど、さっきはこの材料を集めに行っていたのかと合点が行っ
た。僕が、あとで保健室の機能も食堂にまとめてしまうよう提案
すること、その方が人が集まって温度が上がることなどを持ちか
けると、意外なものを見る目になりながら何度も頷いてくれた。
 横内のことを訊ねると、さっき僕が眠っていた、その隣のカー
テンの個室を指した。横内はそこで静かに寝息をたてており、こ
れでは気付けなかったのも無理はない。あの生徒が言っていた通
り、見た感じ大きな外傷はないようで安心する。僕が引っ叩いた
のは、一体どの辺りだったのだろう。分からないが、目が覚めた
ら謝るとしよう──そうだ、一体こいつは、目が覚めたらどんな
顔をして再び綾瀬と会うのだろう? そのやり方を知っているの
だろうか。僕は、学生の時分に経験したいくつかの失恋と、手の
ひらに残った横内を打ったときの感触、そして彼らのまとった青
い光に感じた懐かしさを、太った腹を上下させて眠る横内の顔を
覗き込みながら反芻した。

 青春時代、誰もが抱く全能感。その全てが肯定されることはあ
り得ないだろうけれど、全てが否定されることもまた、あり得な
い。彼らは世界を救い、その道のりの途中で過ちを犯し次の世の
僕や高見先生のようになるだろう。その痛みはまた、次の世代の
彼らに託される。託すことは特権で、託されることは義務じゃな
い。正しいものも、歪んだ思いも連綿と選ばれつながれて、それ
らは縒り編まれて綾になり、時代の錦を描き出す。横内を化かし
た思いも、僕が横内を打ったときに感じた熱さも、そこに織り込
まれるに足るもののはずだった。人間は完成することはないけれ
ど、世界が滅びるまでのたくさんの時間を無駄にしながら、そう
やって前に進んでいけばいいのだろうと思う。だからせめて、託
すことを許された人間でありたい、託すものをもって死んでゆけ
る人間でありたいと、心から願った。

 ぼんやりそんなことを思っていると、私の胸のすぐ脇から黄色
い蝶が舞って出た。この寒い中を、蝶? 不審に思いはしたけれ
ど、どこか見覚えのあるその蝶は横内の丸い腹にそっと降り立ち、
物知り顔で二、三度、息をするように羽をゆっくり閉じ開きした
あとまた気まぐれに飛び立って、廊下側の窓からはたはたと、消
え入るように出て行ってしまった。
 ぜんたい、どこから舞い込んだのか……蝶の出所を求めて振り
返ると、保健医が目を丸くして私をゆび差している。どうかした
んですかと訊ねても、一旦何かを言い掛けて……ずれかかった眼
鏡の位置を直すと、いえなんでも、と口を噤んでしまった。
 
 
                          (了)
 

 
 
 
 
 

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