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2012年8月 8日 (水)

■ラブレターフロムなぎらが後ろ髪をはなさない -更新第797回-

ノシャップ岬で、同い年くらいの女性から
「タケシタ先生」とやらに間違われたんだけど、誰だよタケシタ先生。
そして私はあなたの恩師に見えるほど老けているかい?
オイサンです。

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先週末は、夏休みを二日くっつけて
北海道は札幌~稚内~旭川を旅行してきました。

……寒かった。
詳しい日記やお写真なんかはまた今度。



■先ずはエンディングの超訳が必要だ。



『超訳百人一首 うた恋い。』が面白い。
なんでまた、今さら超訳モノなのかわかりませんけども。

一応モトのある話だし、短いエピソードをパンパン切って話を作れるので
面白くはし易いのかもしれませんが、
ちょっと他とは違うテンポの作り方の様な気がします。
見ている側がタメを予期するところにタメがなくてスパスパ行くので見てて気持ちいい。



……ただ如何せん、コレ、OPとEDが致命的にクダラナイ。

  あ、この際「クダラナイ」とか「しょうもない」は
  「オイサンの好みに合ってない・理解できない」だと思って下さい。

本編はとてもいいのに、アタマとお尻を
不愉快レベルに相容れないもので押さえられているので
結構なストレスです。
カサヰ監督は、どうしてまたこういう要らぬチャレンジングスピリットを発揮してしまうのか……。

  WAO、向上心? 向上心なのね!? 意識高いのね?
  はるか、シビれちゃう!

  ……まあ日本語ラッパーさんも、キホン属性として意識高そうだからなー……。
  イヤ偏見500%で書いてますけど。
  ものすごいナイーブで、つっついたらポロポロ崩れ落ちそうな、
  初期のシンジ君みたいな草食系日本語ラップとか聞いたことないもので。
  なんかやたら攻撃的なのか、元気出そうぜイエーみたいなんしか、
  オイサンのように自分から興味は持たず
  街にフツウに流れてるものだけ耳にして暮らしている分には、聞こえてきません。

    さだまさしとか、松山千春的な世界観を表現しきった
    日本語ラップを聴いてみたいがなんかあるかな。
    そんな「メカを実写で、人間をCGで」
    作る映画みたいなことしてもあんまりイミはないんだろうけど。

  マもしかするとその辺も、
  世に言われるラップと日本語の相性の悪さみたいなコトと
  関係あるのかもしれませんね。
  音楽的な特性上、攻撃的にならざるを得ない、みたいな。

アニメのOP/EDに関しちゃ本編制作側のチカラでは御し難い、
というようなお話も聞いたことあるのでマある程度はしゃあないにせよ、
幾らか選択肢やディレクションのしようがあったものとして考えると、
それにしてもどうしてこのセレクトになったのかなーとか考える。

マOPの方はね。
まだ大丈夫なんですわ、オイサンでも。
歌詞の中身もわかるし、その中身が本編の主題にナンボか一致してる事も理解できる。
本編が恋歌メインのハナシですからね。
そんだけでしょう。
世代的な感覚のズレなんかもあるにちがいないのでその辺も勘案すると、
マ誤差の範疇かなあと。
それでも、カントクそない冒険せんでもエエやん? とは思いますけど。

  『ラブレターフロム何か』っていうタイトルや歌詞の、
  「何か」をどこかに固定してしまわない曖昧さというか流動性というか、
  先の見えなさみたいなものは
  オッサンの感覚からするとカッコ悪い部類のものなんですけど、
  そこを固定してしまわないことをカッコイイ、センス良いとしてありがたがる
  ケレン味みたいなものは理解できますので。
  身に覚えがあるw
  そこは世代的な特権だと思います。

問題は(問題って言っちゃったけど)エンディングの方。
すげえ。
さっぱりわからねえ。
良いところが一つも感じ取れない。

いや、あるんでしょう。
あるに違いないんですよ。
いいところ、面白いところ、カッコイイところ。
だって、彼らはコレで稼いでるんだもの。
そりゃあるはずです。

「売れてるから良い」って言う気はサラサラないんですけども、
お金を払ってこの歌い手さんのお歌を買ってる最終消費者の方たちには、
まだワルイオトナの販売戦略にマンマとハマって
良し悪し関係ナシに買ってしまっている可能性が残されますが、
それでもその販売戦略をたてるワルイオトナが
「これは売り物になる」
と考える時点で、そこには何らかのプラス方向の価値、
良さやカッコ良さというエッジが立ってるはずですからね。

なんかある。多分。

買い手か、ワルイオトナのどっちかは知りませんが、
どっちかに感じさせるプラスの要素が。
オイサンにはサッパリもって感じられませんけど。

  えー、今更ですけど、別にガンdisするために書いてるわけじゃありませんからね?
  オイサンにワカラン、
  それを少し理解に近づけたい、というハナシです、一応。

この歌い手さんの曲を常々聞いてる御仁は、
一体彼らの音楽の、どこに、どんな魅力を感じているのだろう?
ということを、ちょっと聞いてみたいオイサンなのです。
……多分ケンカになるっていうか、
向こうが怒り出しちゃって話になんないと思うけど。

  解答の一時予想としては、
  「歌詞の意味や内容は関係なく、楽器の一部として声や言葉を聴いてる」
  ってトコ。

デその音楽性の良い・悪いはおいとくとして、
どうしてEDを選ぶに当たってこの曲にしたんだろー、と思った時、
そこには一つだけ、おそらくこんなことではなかろうか? という
推測が見つかった。

本編で取り扱うものが百人一首なので、
その断片的で、リズミカルな言葉の中に多様なイメージや連想されるものを盛り込んで、
真意を隠したり裏を読ませたりというやり方を、
今風に落とし込んだら何になる? と考えたら、
ヒップホップや和製ラップに繋がった……んじゃないかなあ、と思った次第。

マこれも所詮、オイサンの貧困な発想力の産物ですが……
ただ我ながら、そのセンを思いついた時に、
リズミカルで?
断片的で?
イメージを膨らませて?
心地よく伝える?
と繋げていった結果、アタマの中に流れたのは……


  ♪おあとがまたー よーろしくてー♪
    ♪おさきもまえも よーろしくネー♪



……っていう。
アレでした。
『じょしらく』。



  ♪晴レ舞台ガーウーラ舞台デー ドンデン返シモ良シ良シー (ヨイヨイ)♪

まあ考えてみればどっちも「歌」なんだから、
メッセージに比した言葉数の少なさとかリズムの良さは、
別にラップじゃなくたって同じだな。

うーん。
やっぱダメだ。
わかんねえ。

ここから先は本当にただの好みの問題……半ばdisりになりますが。
ジャケットのセンスもすごい。
ちょっと言わずにはおられない。

「FEEL IT」とか書いたキャップをかぶったドヤ顔アップの後ろで
オッサンが二人、空を飛んでいる。
すげえ。
シュール。
これは……これまでのオイサンの人生では、身に憶えのないカッコ良さです。
……そういう文化圏なんだろうねえ。

  ……今すごく真面目に思ったんだけど、これギャグなのかな。
  マジレスかっこ悪いんだろうか。
  本当に心配になってきた。
  自分はどうも、そういう視点が足りないらしいので。

オタクの文化圏ではいわゆるDQN、
ヤンキーカルチャーに拒否反応を示す例もあります
(『WORST』とか『天上天下』なんかの、不良が主人公のマンガも
 それだけで合わないって人も居たりしたのでそれにはオイサンも
 ちょっと感心しました)が、
多分ここは、オイサンの理解の及ばない文化圏なんでしょう。
強いて言うなら「ドヤ顔おっさんフライング文化圏」
ビジュアル系の、「傷ついた翼を広げて光のさす方に羽ばたいていく文化圏」
と近いモノを感じます。

「殖えすぎちゃって困る文化圏」在住のエグザイルさんはどうなんでしょうね。
彼らのPVもなかなかこう、『バキ』と似た、
四周くらい回ってハイセンスなギャグになってるベクトルを感じさせますが。
あの有名なグルグル回る分身ダンスが、
先頭から最後尾の人に伝わるまでに光の速さでも3時間かかるくらい
人数増やせばギャグになるのにもったいない( ← 別に笑わせたいわけではない)。

  エグザイルさんもSMAPみたいにコントまでやる番組とかやればいいのに。
  見ないけど。

まあ、アレだろね。
ここで書いたことなんか、リア充文化圏の方々が
「オタクってアニメの女の子見て『萌え萌えブヒー』って言ってるんでしょ
 やだキモーイ」
って言ってるのと、全く同じことなんでしょうね。

いやあ。
人間って難しいわ。
どうしてこうもちがうんだろう。

それを考えると、そもそもどっち側の人なのか知らないけれども
その境界に立って両方をフィーチャーしてきた、
カサヰ監督は実はやっぱりすごいのかも知れないな、
などという結論に至ったりするのでした。
懐が深い。



■ゲージュツとIP



上の話とはあまり関係ないけども、今朝ファミ通を読んでて思ったこと。
前々から感じてはいたんだけども。

クリエイターや経営者が、
テレビゲームとかソフトのことを、雑誌やWebのインタビュー記事なんかで
平気で「IP(※)」って呼ぶようになったのっていつ頃からだろう?

  ※IP=Intellectual Property 知的財産

間違ってないし意味もわかるんだけど、なんかこう……
熱や愛を忘れたみたいで、モ一つ好かんなー。

オシゴト上の書類とかプレゼンとかでそういう風にまとめることには
別に何の反対もないけど、
子供も読むような雑誌や記事の上で
そういう風に表現されることには若干の抵抗を感じる。

  最近はもう、コドモは読まねえかなー。
  読んでんのこましゃくれたオタク大学生とオッサンばっかか。

「コンテンツ」って言葉が出てきたときと似たような状況だと思うんですが。
ひんやりしてていまいちノレない感じです。

なんていうのか……画家が、自身の作品をIPと呼ぶかってハナシで。

絵画は純粋に芸術で作品であって、
テレビゲームは勿論、商業・工業製品なんだけども、
作品的な面もある(とされる意識がかつてはあったし、オイサンは現在でもあると思っている)ワケで、
そうしたテレビゲームの文化的側面が、
この「IP」扱いによって圧殺されてしまったような寂しさを覚えるわけです。

  かといって、大上段から「テレビゲームは芸術作品だー!」
  と叫ぶのも好きじゃないんですけどね。
  そんな大層なものにはなって欲しくない。
  側面はあっても声高に意識を叫ぶものである必要はなくて、
  あくまでも俗っぽい、大衆のものであってほしいワケです。
  まアートの面を強調した作風があるのは、それはそれで多様性として喜ばしいコトですが。

まあ権利のハナシとか法的な区分の話にすると、
オイサンの「感覚」が正確でないことは分かり切ってるんだけども。
気分のハナシさ。

夢見てんなよそれが現実だろ商売だろって言われそうだけど、
見せる必要が特になくて、
見せないことで現実が少しでも、豊かになり、夢に近づくなら、
それは隠してしまった方が……ヨノナカ、いくらか素敵になると思うんだけどね。

どーかなー。



マそんな感じでヒトツ。
オイサンでした。

……Feel it . ププー


 

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