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2012年5月30日 (水)

■露を吐く -更新第776回-

近頃、気分の浮き沈みが激しくて、
それで「疲れて」しまうことが多い。

  「疲れる」ってホント、
  心と体とがっちり繋がって起こるんだなあとつくづく思う。

どうしてなのかなーと思っていたが、
昨日の朝、Twitterでフォロワーさんとやりとり(それもかなりどーでもいい)していて、
ああそうだったそうだったと、
気付くような、思い出したような気持ちになった。

しょーもない言い回しを喜んでもらえたんですね。
面白がってもらえた。
それで一度、ストンと胸がすいたようになったわけです。
気持ちが前向きになれた。

笑う、笑わせる・人に笑ってもらうというのは
オイサンの生活の中でごく当たり前にあったことで、
それが自分の心身活動に占める割合というのは他の人に比べて大きいのだと思う。

このところ、笑ったり、笑わせるようなことを言ったりが
当たり前の毎日の中では、あまりうまく出来ない状態にある。
何か可笑しいものに素直に反応するであるとか、
ちょっとしたタイミングを拾って可笑しなコトを言うであるとか。
なので、気持ちのどこかが「詰まって」しまって、
バランスが取れない状態になっているんじゃないかなあと自分では思う。
一日が重たい。

  笑う、大事だと思いますよ。

  あまり感情表現があけっぴろげでない人は
  声を上げたり、表情を大きく変えたりはしないかもしれませんが、
  内面では気持ちが大きく晴れて開く時間がきっとあるに違いなくて、
  そういう、心で笑う時間が大事なんだと思う。
  いつでも気兼ねなく心が笑えるように自分の場を整えておくことは、
  多分、今の世のオトナのたしなみの一つなんでしょうね。

  ……うーん。

  自分、未だにそういう、
  オトナとしてある意味当たり前のことが出来てないんだなあと、
  ちょっと考えてしまったのでした。
  ……とか考え出すとまた余計に沈むんやな。
  あかんがな。

  今はTwitterなんてものがあって、
  「詰まって」しまったときでもいくらか受け皿になってくれるので有難いです。
  どーでもいいネタを浴びせられて、フォロワーの皆さんはご迷惑かもしれませんが。
  堪忍や。
  感謝してます。

好きなものを見て自分ひとりで笑うだけでも
いくらかは安定するのだろうけど昨今それもなかなかだし、
やはり、ただ笑うよりも、誰かを笑わせて一緒に自分も笑うことが何より一番気持ちがいい。
笑いでなくとも、こうして書き著したものに対して
何がしかの反応を得るとかでもいいのですけどね。

  いやあ。
  こっ恥ずかしいこと書いてるねえ。
  承認欲求っていうんですかねこういうの。
  子供っぽいんだろうなあ。
  ある程度、自分に自信を持って、自分で自分を褒めつつ、
  もっと広い部分から大きな評価でもって自分を安定させないといけないんだろうけど。

  てかさ、そうやって「オトナとは」「オトナはこう!」みたいなことが、
  分析的に示され定義されてしまって、
  今のオトナは……大変だよねえ。
  ヒトゴトみたいに言うけどさ。ガンジガラメじゃないの。
  学者さんも、ホドホドにして戴けると有難いんだけどねその辺。
  「イヤ絶対じゃねえよ?」
  って言うんだろうケド。わかってるよ。そういうコトじゃねえんじゃよ。

でも……やっぱり、笑ってもらえるのが一番気持ちがいい。
関西人の血ですかねえ
(というと、そうでない関西の方からは煙たがられるんですけど)。
食べたり飲んだり、寝たり走ったりだけじゃどうにもならない活動を、
人間の体は確かにやってるんだなあと実感する。

イヤ、オイサンはこういう状態に陥る度に、
このこと……笑うこと・笑わせること、人の気持ちに何か愉快な波を立たせることが、
自分の中央広場に広がってるってコトを忘れ、
そしてまた思い出すということを繰り返しているんだけど。
これを忘れないようになって、
同じ状態になってもまた自分の気持ちと足で元の方向へ向き直れるようになったとき、
「はらが据わった」と言えるのかも知れないですね。
そうやって自分は歩いていくんだ、と。

けど、「疲れた」状態になってしまうと、
書いて見せることにも消極的になってしまって、より良くない螺旋に飲み込まれる。
それが、ちょっと、昨晩の状態。
何か書いてもつまらなく見えてしまって。
こんなの発信してどうするんだって思う。
けど、多少晴れた気持ちで見てみると、そう悪くないようにも思える。

疲れているときにも、疑わず、
コレが自分を救うんだとたのみに出来る、心の足腰とゆび先がないとあきませんね。
立てないし、振り返れない。

にしても、しんどいけども。



あ。



誤解のないようにお願いしますけども、
別に、ここに書いてるどうでもいい記事いっこいっこが
そんーな重たいもんかと言われたらそんなことはないので、
みなさんは気楽に読んで下さいね。

極めて真面目な顔で、眉間にシワ寄せながら書いてるときもあれば、
オサレなカッフェーに流れるショパンをバックに書いてるときもありますし。
鼻腔の清掃に勤しみながら、左手で書いてるときもありますんで。
いちいち真面目に相手してるとソンしますよ。

……まあ、えてして鼻腔の清掃しながら書いたお話の評判ばっかりやたら良くって
人生について考えたくなることが多いんですけど。
ホンマままならんで。

オイサンでした。


 

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コメント

■JKPさん
毎度おおきにです。
お返事遅くてすみません。

うーん、どうなんでしょうねえその辺。
マンガ『ぼのぼの』では、
「生き物はすべて誰かといるのが基本で一人でいる方が応用編だ」
と語られていて、
それが正しいのかどうかはともかく、私なんかはなんとなく、
本当になんとなくですがしっくりくる気がして、
それならば、一人でいる幸せを感じることが出来ることの方が
人間ならではなのだなあ、と思ったりもいたします。

マなんか本文と書いてることとは違って申し訳ないですが、
根っこの部分では誰かに喜んでもらわないと体の芯が立たないってのは確かですね。
そんなオイサンなんですけども、どうか無理に笑ったり、
オイサンを喜ばせるために笑ったりってのはナシでお願いしますね。


投稿: オイサン | 2012年7月 6日 (金) 20時43分

毎度どもです。

笑う、笑わせる、大切ですよね。
人間なんて複数いなければただの動物と同じわけで、である以上、相手と幸せを共有することでしか、人間としての幸せを感じることはできない、と私は結構本気で考えておりまする。

いやん、こっぱずかしい!
気楽に、気楽にいきませう!

投稿: JKP | 2012年6月 1日 (金) 01時07分

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