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2012年2月23日 (木)

■六角形のハザマから。~SS『アマガミ』・梅原・香苗さん・塚原センパイ編 -更新第762回-

 輝日東のみなさんこんばんわ。
 俺、ミステリーハンターの梅原正吉です。
 俺は今、駅前商店会でも知る人ぞ知ると評判の甘味処に来ています。
いやあ、駅を離れて少し路地に入ったところに、こーんなお店があった
んですねえ。いやね、俺んちの店、あずま寿司っつうんですけどね、一
応駅前だけじゃなくてこっちの商店会にも片足突っ込んでるところがあ
るんで、まあ大抵の店は把握してたつもりだったんだけど、あるもんで
すねえ。建物も内装もいい感じに古びてて、とても雰囲気のあるお店な
んですよ? ……え? そんな良い雰囲気のところにどうせ男ばかりで
来てるんだろうって? 侘びしい? へっへーん、ところが今日は……
ちがうんだなあ。

 先ずはこちら、俺の右手……あ、俺今、二人掛けのテーブルに、無理
やり一つイスをくっつけてもらってお誕生席状態で座ってるんですけど
ね。……正直、窓が真正面で西日が射しててちょっと眩しいんだが……
そんなことはいいんだよ。で、俺の右手、これ誰だと思います? そう、
隣のクラス、2-Bのハツラツ系マスコット、伊藤香苗さんです。いや
ー、かわいらしいですねえー。
「なによ」
 そしてこちら左手、香苗さんの向かい。誰だと思います? ご存じで
しょう? そう、3-A影の名参謀、塚原響先輩です。麗しいですね。
「……何かしら?」
 ハイご紹介も済んだところで、今世紀の最大のラストクエスチョン。



 俺、なんでこの二人と一緒に

     こんな店にいるんだろう……?




 いや、そもそもこの二人からして、なんで一緒の店で、一緒のテー
ブルについてるんだろう……?



            ×



 ものの数分前、塚原先輩に先導されて俺たちは席についた。先輩が緑
茶、香苗さんがトロピカルジュース、俺がほうじ茶付きの塩大福をたの
んで、しばらく誰も何も口をきかない間があった。
 そのうち店のばあさんが飲み物が運んできて、それを合図に、
「で、話ってなんですか?」
と、口火を切ったのは香苗さんだ。
 まあその疑問はもっともだ。香苗さんをここへ連れてきたのは塚原先
輩で、その誘い文句が
「ちょっとあなたに、訊きたいことがあるんだけど」
だったんだからな。俺だって興味がある……俺? 俺はついでだよ。
「そうね、良ければ君も来てくれる?」
って、そのあとに言われただけなんだから。
「……そうだね……」
 香苗さんに促され、塚原先輩は言葉を選ぶみたいにいつもの静かな調
子で自然に黙った。
 もしかして、長くなんのかな。参ったな。
 そんな風に思った俺がキョロリともう一度、目玉で店内を見渡そうと
したら、
「じゃあ、単刀直入に訊くわ」
って、まるで牽制するみたいじゃねえか。見た目に違わず塚原先輩は、
ナイフみたいな割り切りでテーブルに肘をついた。その切れ味、まさに
短刀の直輸入、イッツ・ゾリンゲン! ……いや、意味はねえ。すまね
え。
「はあ」
 ……そのみなぎった緊張を、気の抜けた返事一つで受け流した香苗さ
んも、すごいっちゃあすごい。特に身構える感じでもねえし、咥えてた
ストローから口を離して、タンブラーのフチに果物の挿さった小洒落た
飲み物を、湯呑み敷き……否、コースターに戻した。
 塚原先輩には、もう淀みはなかった。
「桜井さんは、本当に彼のことが好きなの?」
 あー。やーっぱり、そんな話だ。



            ×



 話のどアタマは、実は昨日の夕方だ。
 そういや、大将の誕生日が近いなあ……俺がそんなことを考えながら
廊下を歩いてたら、香苗さんが声をかけてきたんだ。
「梅原くん梅原くん。あのさあ、放課後、買い物につきあってくんない?」
 おおかたの事情は読めた。桜井さんが大将の誕生日プレゼントを選び
たいから、意見を聞きたいってなもんだろ。けど如何せん、昨日の俺は
都合が悪くて、桜井さんは明日──つまり今日──が都合が悪いと来た。
だから仕方なしに今日、俺と香苗さんだけでリサーチをして、その結果
を明日香苗さんが桜井さんに伝えるっていう、まあなんともまだるっこ
しい話になったわけだ。
 で今日、三十分ほど前のこと。
 大将がこのところ足繁く通ってる、子供向けのおもちゃと、おとなの
男臭いアイテムをごった煮でぞろっと扱ったおかしな店があるんだが、
プレゼントはそこで見繕えばハズレはないだろうと俺は踏んでた。香苗
さんが俺に声をかけたのは正解だったと思う。女の子のネットワークば
っかりじゃ、どう転んだってあの店には辿り着くはずないからな。

 ……けど、驚いた。その店に塚原先輩がいたんだ。

 狭苦しい通路に、乱雑なディスプレイ。ごみごみの見本市みたいなそ
の店の片隅に、これ以上ないくらい、すらりと不釣り合いなシルエット
を見つけたときは、俺は目を疑ったね。切れ長の鋭い目を不可解そうに
しかめて、そりゃもう輪郭線こそほっそいのだけど、その線からこっち
にはもう誰も入れないぞって言う凛とした空気。多分男でないとそのロ
マンを理解できないであろう、境目もなく山と積まれた、謎のアイテム
群を見つめてたんだ。
 俺がそれに気付いて、やっぱり隣で小汚い棚を見上げて眉をしかめて
た香苗さんを肘でつついたのと同時に、塚原先輩も、俺と香苗さんに気
が付いた。
「──君は──」
「ああ、ども。こんちゃっす」
 塚原先輩も驚いたみたいだった。俺と先輩は、一応大将と一緒の所に
何度か会ったことがあったから面識くらいはあった。
 何で、先輩がこんな店に? そう思ったのは最初だけで、次の瞬間に
はもう合点が行っていた。目的は多分、香苗さんと一緒だ。どういう経
路でこの店に辿り着いたのかはわからんが、さすがの切れ者ってことだ
ろう。侮れねえ。侮れねえぞ。気をつけろ大将。……何をどう気を付け
たらいいのか、わからねえけどな!
 それよりそのとき気になったのは、挨拶を返してくれた先輩の目が、
俺を外れて、どちらかといえば隣の香苗さんに重点的に注がれていたこ
とだ。この二人、面識あったんだろうか? まあ……ここんとこの大将
の周りは色んな交通網が入り乱れてるから、どこで抜け道やバイパスが
開通してるかわかったもんじゃねえんだが。
「2-Bの伊藤香苗です」
「そう、2-Bの……。伊藤さん。私は」
「あ、知ってます。3-Aの塚原先輩ですよね」
 やっぱり、面識そのものはなかったらしかった。塚原先輩は、香苗さ
んの名前よりも学年とクラスに、ぎゅっと力を入れて繰り返してた。あ
あ、そういうことか。俺はそのとき、もうピンときてた。なんとなくわ
かる。不思議でもなんでもなかった。
 だから、

──先輩、こんな店で珍しっすね。何してたんです?

とは、俺は訊けなかった。
 そこで話が途切れちまって、さてどうしたもんかと思ってたところに
例のせりふさ。
「ふぅん、……いい機会かもしれないわね。突然で申し訳ないんだけど、
ちょっとあなたに訊きたいことがあるの。今、時間あるかしら……?」
 ほんの数秒、考えた後の言葉だった。ここで会えたのも何かの配剤─
─先輩、そんな風に思ったんじゃねえのかなあ。



            ×



「本当に、って……。そんなこと、分かりませんよ」
「……そうよねえ」
 香苗さんが、ミもフタもなくその質問をなで切りにすると、分かりき
ってたと言わんばかり、塚原先輩はかろうじて支えていた頭を垂れた。
「まあ、あたしから見て、そうじゃない可能性なんてすっっっっっっご
く、低いと思いますけどね」
 その様子を気の毒に思ったのか、香苗さんはもう少しだけ、自分の見
解を交えた情報をヒントに出す。けど、その新情報にも大方の見当がつ
いていたと言わんばかり、塚原先輩は全く同じトーンで、そうよね、と
返した。
「ゼロに近いです」
 そりゃそうだ、っと。そーんなの、俺にだって分かる話だ。ムグムグ。
んお、うめえな、ここの大福。俺は完全に傍観者モードで、大福につい
てきたほうじ茶をすする。悪くない。悪くないどころか、良い。そもそ
もメニューにほうじ茶と饅頭がある時点でかなり良い。親父にうちでも
大福置かないか提案してみよう。また冷凍マグロで殴られるかも知れね
えけど。
「桜井に、直接聞けばいいじゃないですか」
「それはそれでおかしな話でしょう。はるかがそうするなら、わからな
いではないけど」
「えへへ。ですよね」
 自分で言っといて。それが世話焼きおばちゃんみたいな行為だと、言
ってあとから気付いたんだろ、エッヘッヘと香苗さんは白い歯を見せて
苦笑いした。いい加減だなあ。
 ……大体、それを森島先輩本人が実行したとして、桜井さんから返っ
てくる返事が確かなモンだって保証なんてどこにもない。そりゃ訊いた
モン負けの類の質問だ。じゃあどうすりゃいいって、このテーブルの上
に漂ってる「そんなの訊くまでない」って空気が、ぶっちゃけ、一番の
正解に決まってる。
 一体どういうつもりで、なんのための場なんだろう? 塚原先輩も呆
れ気味に……珍しいな。姿勢を崩して頬杖ついた。いつもすました顔で
スッと背筋を伸ばした印象しかない。その顔は眉を下げて笑ってる。な
んだろう、ちょっと失敗したなあっって顔だ。へえ……こういう顔もす
るんだ。女の子同士の時間ってのはこういうもんなのか。……すなわち、
今の俺は完全に空気。すし詰め……否、差し詰めエア男子ってところだ
な。とほほ。美人のけだるげな笑顔を肴に、饅頭のおかわりでもしよう
かねえ。
「なあに?」
「へ?」
 将棋の対局のように、二人掛けに向かい合った二人、俺はお誕生日席
でその記録係か秒読み係のような位置にいたんだが……表情を温ませた
塚原先輩に見とれてしまったのを見つかって、いらない矛先を呼びこん
じまったみたいだ。
「そうだ。ねえ、梅原君だったら、どっちの味方をする?」
 そこへ香苗さんまで余計な旗を振る。やめてくれよ。
「そうね。参考までに聞かせてくれるかな。君の目から見て、彼にはど
っちが相応しいと思う?」
「え? お、俺!? ですか!!?」
 いきなりかよ!
「そーそー。梅原君なら、あたしたちの知らない彼のことも知ってるで
しょ? そういう視点で見たらあの二人の、どっちがいいと思う?」
「お、おいおい。なこと言われてもよお」
 俺と大将の付き合いは確かに古いけど。だけど、香苗さんや塚原先輩
が大将のことを知らないのと同じくらい、俺には桜井さんや森島先輩の
ことが分からない。俺の知ってる大将がどっちとくっつくのが良いかな
んて、俺にわかるわけがない。
「ねえ、どっちを選ぶの?」
「はっきりなさい」
「さあ!」
「さあ」
「さあ!!」
「さあ!」
「さあさあさあ!」
 ふ、二人がまるで、俺にせまるみたいに! な、なんだこれ! 相手
は輝日東きってのクールビューティと、お日様系のサバサバキューティ
……これは、ちょっと……う、嬉しい! 嬉しすぎる! だ、誰か今の
この部分だけを録画してくれッ!
 ……と、俺が一人で悶絶しているうちに、二人ともその行為の不毛な
ことに気付いたんだろう。乗り出した身を戻して、ほとんど同時に、ハ
ア、とわざとらしいため息をついた。
「やめましょ」
「そうですね。梅原君に、わかりっこないもんね」
 ……。あのなあ。ていうか、最初から遊んでただろう。先輩も、たま
にノリが良いよな……。こりゃアレか? 森島先輩の教育の賜物か?
 けど、そりゃご無体な難題ってもんだよ。大将にだって色んな顔があ
る。ぶっちゃけた話、男同士でいる分にはそいつが女の前でどんな顔し
てるのかなんてわかりゃしないもんだ。思いもかけない顔してることの
方が普通なんだってことくらい、親父とお袋見てりゃあ……分かる話だ。
まあ、寂しい話だけどな。その辺、男と女じゃ若干の差がありそうだ。
 二人はすっかり諦めムードで、一体この場が何のためにセッティング
された物なのかもわからなくなってきた。ちょっと塚原先輩らしくない
思いつきだったかな。それとも、そもそもそれを確認するための場だっ
たのかもしれない。こうなることなんて先輩には分かってたはずだもん
な。
 しかし、となると、俺は暇つぶしか腹いせかの出汁にされっぱなしっ
てことになる。それで黙りこくってるのも癪に障る、いや、男がすたる
ってもんだ。せっかくの機会だしここは一つ、俺の方からも質問してみ
ようかねえ。
「あのー、質問。いいっすかあ?」
 俺は半分、テーブルに突っ伏したような姿勢から挙手して訊いた。ま
さか成り行きでつれてこられただけの俺が自分から首突っ込んでくると
は思ってなかったんだろう、銘々、自分のグラスに口を付けていた塚原
先輩も香苗さんも、目を丸くして飲み物を置いた。やるときゃやる男で
すよ? 男・梅原正吉は。
「何よ?」
「何かしら」
 うおっ……。さっきまでとは明らかに空気が変わった。緊張感。やっ
ぱり踏み込むべきじゃなかったのか? 女同士ならではの冗談の言い合
いだったから許されてたんだろうか? けど、まあ、もう引っ込みつか
ねえし……行く。……しかねえやな。
「あのー……桜井さんはともかく、俺には森島先輩が大しょ……橘に好
意を持ってるってのがどうにも信じがたいんですけど……その辺、どう
なんでしょうね?」
「はるかが?」
 香苗さんは感心したようにうんうんと深く瞳で頷き、塚原先輩はクッ
と力を込めて、自分の肘を抱いた。そのまろやかながらも鋭いおとがい
に手を添えながら浅くうつむいて、俺とも、香苗さんとも目を合わさず
に眦の端に滑らせた瞳は、多分、どこも見てねえな。なんか色々思い出
してる感じだ。
 こち、こち、こち。
 この店、時計なんかあったんだ。多分店の奥の方、カウンターから響
いてくる針の音が不意に大きく響いて、窓ガラスを透かした外の黄色い
光が、テーブルに置いた自分の手の甲をふんわり焼く。塚原先輩はまる
で、息もしてないみたいに止まったままで、俺は香苗さんとこっそり目
を合わせた。香苗さんも、なんかこっちを見てくるけど、何を言いたい
のかさっぱりわかんねえ。こういうときダメだな、男と女じゃ。
「どう……なのかしら」
 おっとぉ。漏れ出た一言に、俺も香苗さんもがっくんと椅子から転げ
そうになる。それを見て塚原先輩は、髪から肩から、全身にまとってい
た鋭さを憮然とした雰囲気で鈍らせた。
「仕方ないでしょう。私にだって、初めははるかのあれが恋愛感情だと
到底思えなかったんだもの。今だって、確信してるわけじゃ……」
「あ、あああああ。で、ですよねー。責めてるわけじゃないんですよぉ、
ねえ、梅原君?」
「そ、そうそう。へへへ、さーせん……」
 自分ではあんなこと訊いといて、とは思ったけど、好きとか嫌いとか
の線引きが蓼食い虫にお任せなのは、男も女もさしたる違いはないって
ことか。二人とも、俺もだけど、話がきれいに振り出しに戻ったのを感
じ取って、小さく息を吐いた。で、また飲み物に口を付ける。ずずず。
 誰も何もしゃべらない、少しの時間。香苗さんのだんまりは軽やかだ
けど、塚原先輩のは重たいなー。何か考えてるか、そうじゃないかの違
いなんだろう。香苗さんの場合は顔に開いた心の窓が大きい分、黙って
ても気を使わなくて済むってのはあるかもな。香苗さんの目が、さっき
最後に注文した俺の手元に残ってたメニューにぴたっと止まったから、
俺は、
「ん」
と、古めかしい、焦げ茶色に濡れたような木の表紙で綴じられたそれを
彼女の方に滑らせた。
「ありがと」
 香苗さんはそれを受け取って開くと、お替わりねらいかと思いきや、
甘味のページの写真を目で追い始めた。
「……そもそも、あの子の魅力って何なのかしら」
 考えあぐねた塚原先輩が、そんなことを言い漏らした。案外遠慮のな
い人だなあ。森島先輩と付き合ってると、そういう風にもなっちまうの
かもな。その言葉に、香苗さんは猫みたいにピクンと髪を跳ねさせて分
厚いメニューを閉じた。木で出来た表紙のやさしい重みに、ラミネート
加工された間の頁から空気が押し出されて、文字通り、ぱたん、という
丸みのある音とともに風をつくった。
「あ、それあたしも知りたーい。興味ありました、前から」
「分からないわよね?」
「分かりませんよ。……桜井には悪いけど。マニアックっていうか」
 頬杖をつき、切れ長の眦を意味のない方向に投げながらの塚原先輩の
つぶやきに香苗さんが食いつき、二人は一瞬盛り上がる。おいおい。人
のダチ公なんだと思ってんだ。確かに、大将のセイヘキはマニアックの
方向に傾くこともあるけどよ。
「……でも、はるかのそばにいるのに、不思議とあの子以外のビジョン
は浮かばないのよねえ……」
「そんなもんですか? あたしはー……桜井の場合、おさななじみって
いう強ーいカードがあるから……他の人は浮かばないですけど。そうね
え、桜井に他の人かあ……。考えたことなかったなぁー」
 塚原先輩はテーブルについた肘を少し滑らせてうつぶせに近づき、逆
に香苗さんは、ストローを咥えたまま。椅子に背中を大きく預けて天井
を仰いだ。俺も、つられてちらりと天井を見上げる。むき出しの木の梁
から下がってる時代物の照明は、ちょっと薄暗いし燃費も悪そうだ。作
り出す光の柔らかさはちょっと魅力的だと思うけど、自分で欲しいとは
思わねえ。
 日暮れ前。鋭く射してくる冬の西陽。その時間は長くはねえ。二人と
もまるで美術の教科書で見た一瞬の切り絵みたいだ。ムナカタシコウ、
だったかな? 窓辺に無理矢理しつらえた三人がけをほんのりと、艶っ
ぽい空気が包み込む……。あー、俺今日ラッキーだなー。詩人だなー。
「マニアック、か」
 ん? 塚原先輩が香苗さんの、なんだか意外な言葉尻を捕まえた。ん
にゃ、この際「捕まった」って言う方が正しいのかも知んねえな。香苗
さんにもそれは意外だったみたいだ。ん、と勢いを付けて体を起こすと、
ストローを戻す素振りで、上目遣いに先輩の細い瞳の奥を窺った。けど、
先輩はそれには取り合わなかった。
「マニアック……ねえ」
 ほんの少し、笑いの調子を含んだおうむ返しの呟きで、香苗さんも窓
の向こうに目を細めたんだけど……二人とも、どこ見てんだ? 古くな
ってゆがみのひどい窓ガラスは、自分の厚みの中に光をとじこめちまう
んだろうか。夕日がおかしなぐあいに反射して、黄色い紙を貼り付けた
みたい眩しくて向こうが見えない。それでも二人の視線は、ガラスを抜
けたどこか遠くの先で、奥で、細く結ばれてるんじゃないかって気はし
た。
「人の心配ばかりしていられるほど、ゆとりがあるわけでもないしね」
「そーなんですよねぇー……」
 塚原先輩も、香苗さんも。さっきまでの、お互い友達を憂いつつ人の
恋路を肴にちょっと楽しんでる、そんな空気はすっかりナリを潜めて、
つぶやいたきり物憂げに、さっきとは明らかに意味合いの違う熱っぽい
ため息を鼻から漏らした。……い、色っぺえ……。この人らホントに、
俺らと同じ高校生か? 女子ってこんなに大人びた顔するもんなんだ。
……大将、俺ぁ今日、一個学んだぞ。
 けど、まあ。何を考えてんだろうな。さっぱり分かんねえ。マニアッ
ク、か。俺には与り知らない話だ。ああ、分かんねえ分かんねえ。
 手持ちぶさたの俺はもう、ほうじ茶に二つくっついてた小さな塩大福、
その残りの一個にがぶっと食いついた。むぐ、むぐ、むぐ。ああ、やっ
ぱうめえな、ここの塩大福。ちょっと匂いにクセはあるし、そもそもこ
の店に来てほうじ茶に塩大福のセットを頼むやつがどれだけいるか知ら
ねえけど、俺なんかにゃたまんねえ。病みつきってやつだ。多分親父も
気に入るだろう。どっから仕入れてんだろ。こっちの商店会の店かなー。
「ま、人のどこ好きになんのかなんて、なにが普通とかあるわけじゃね
えっすもんねぇ。言ってみりゃ、みんな普通で、みんなマニアックみた
いなモン……な、なんスか」
 とりあえず思ったことだけ言ってほうじ茶を飲み干し、これもなかな
か渋い唐津の湯飲みをテーブルに戻すと……いつの間にか二人ともまじ
まじと俺の方を見てて、俺はちょっと怯んだ。
「……」
「…………」
「だ、だから何なんスか?」
 しばらくそのまんまで、結局二人とも、俺に何にも言わなかった。い
いだけ俺のことを睨んだあと、示し合わせたみたいに瞳を伏せた。何な
んだ、一体。そして終いにはちょっと安心したみたいに、そろそろ出ま
しょうか、と塚原先輩が切り出した。ホント、一体何なんだよ。
「悪かったわね、時間をとらせて」
「いえいえ」
 先輩のゆび先が自然に滑って伝票に辿り着いたところに香苗さんが手
を重ねて遮る。塚原先輩も驚くが、私が誘ったんだから、とそこは譲ら
ない構えを崩さなかった。
「支払いくらいもつわよ」
「いえいえー。こういう話でしたから、ね」
 なるほど。
 にやりと笑って片目を瞑ってみせる、その香苗さんの表情もなかなか
堂に入っていて曲者感がハンパない。いやー、女子って大人だな。熟女
だな! ……それは違うか。
 それを聞いて、少し意地悪く頬をゆるめる先輩も先輩だ。
「そう? じゃあ、そういうことで」
「はい」
 いつの間にか空気は、最初の頃に戻っていた。
 やれやれ、しゃあねえな。
 俺の分だけ二人で割ってもらうわけにも行かず、俺は尻ポケットの財
布を渋々探った。



            ×



「で、結局よお?」
 店の出口で先輩とは別れ、俺と香苗さんはもう一度、目的の店へ戻っ
た。大将へのプレゼント候補を幾つか挙げて、あとは桜井さんのセンス
で選んでもらえばいい。大体そんな段取りだ。
 帰り道、いい加減日も落ちて、お互いの顔もよく見えない。俺は何と
なく、香苗さんに聞いてみた。
「何よ」
「香苗さんも、好きな奴とか、いんの」
「ん、なっ……!」
「ああ、やっぱりいんだ。ふーん、そっか」
 びしりと脳髄に亀裂の入る音を立てて香苗さんがどもるから、その先
は敢えて本人には言わせない。そいつぁ野暮天ってもんだ。香苗さんだ
って、ここまで唐突な訊き方じゃなけりゃこうまでうろたえないだろう。
普段だったら、とか、相手が女友達だったら、しれっと
「そりゃいるわよ、おかしい?」
ってなもんだろう。俺は自分で勝手に結論つけて、その話は終わらせた。
まあ、別に。普通のことだ。そりゃまあそうだ。
「そうだよな。高校生だもんな、俺ら」
 俺がそういう風に線路を敷いたら、香苗さんも不思議なくらい落ち着
いた。暗くてよく見えなかったけど。真っ赤になってたはずの頬が、す
っといつもの色に引いてくのが分かった。
「まあね。梅原君だって、いるんでしょ?」
「まあな。……田中さんとかも、いるんだろな」
「田中さん?」
 何だかわからねえけど、香苗さんはクスリと笑う。香苗さんの質問は
意趣返しのつもりだったのかも知れねえが、自分で振った話だ。うろた
えるわけもない。つまり、だ。さっきのアレは、塚原先輩も、ってこと
なんだろう。あの窓の向こうに誰がいたのかは知んねえけど。みんな、
アレだ。大忙しだ。
「へへっ」
「ちょっと、何よ」
 冬の風が厳しい。乾いた鼻の下を指でこすって、俺が笑ったのが香苗
さんは気に入らなかったらしい。
「マニアック、か」
「えぇ? 何よ、文句あんの!? あんなこと言っといて」
「べぇーつに。いいんじゃねえの」
 最初、大将が森島先輩と、って聞いたときには、驚きもしたし、疑い
もした。桜井さんと、ってときには別に驚きはしなかったが、どうして
今頃? と思いはした。けど、まあ。何があっても不思議はねえってこ
ったな。棚町とやけぼっくいに火がついたっておかしくねえ。だから多
分、このお話もいつの間にか始まってたんだろ。
 今年のクリスマスまで、もうあと少し。残念ながら今年の俺は、大将
と違ってどっかでボタンを掛け違えちまったみたいだが……そうそう、
大将が言ってた、
「……梅原にも、きっとくるよ。思いもかけず、黒い手帳を拾っちゃう
日がさ」
って言葉の意味が、今日はなんだか分かった気がするぜ。その黒い手帳
が一体何のことなのか……それはやっぱり俺にはまだわかんねえんだけ
どな。それはまあ、拾ってみないとわかんねえって奴だろう。
 ……あと、そう言った大将の顔がやたら青ざめてたから……実はあん
ーまり、そいつは拾いたくないなぁーとは、思うんだけどな。そゆこと
言ってると一生実らないんだろ。
 くわばら、くわばら。



                       ──おしまい──




      ──Epilogue──



梅 原「なあ、香苗さんは、黒い手帳って拾いたいと思う?」

香 苗「思わない」


 キッパリ。即答かよ……。


香 苗「なんかすっごいイヤな予感する。
    何それ。何の心理テスト?」


梅 原「いや、分かんねえ……。けど、その意見には賛成だ」

香 苗「はぁ? 意味ワカンナイ……
    でもゼッタイやだ。ゼッッッッッッッタイ拾わない」

梅 原「分かった、わーかったから」

梅 原(大将……お前、一体ナニ拾ったんだ……?
    こりゃただ事じゃねえぞ)




 

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