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2012年1月 2日 (月)

■a white day~ミューズの座布団・その二 SS『ひだまりスケッチ×☆☆☆』 -更新第740回-

◆a white day~ミューズの座布団 SS『ひだまりスケッチ×☆☆☆』
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     × ☆     ☆     ☆




 それから三十分もしないのち、なずなは……何故か、宮子とともにア
パートを出、外を歩いていた。

「じゃあ、なずな氏はコレ持ってついて来てね」

 そう手渡されたB4サイズほどの小さな手提げは、小さいが結構な重
さがあった。それをぶらぶらさせながら、いつもすまないねえ、とおど
ける宮子の後ろをついて行く。
「いえ、あの……。私こそ……、すみま、せんでした……」
 すみませんでした、も一息で言えない。本当に、自分はいつまでも何
をやっているんだろう。本当に。
 前を行く宮子の肩にはなずなには名前も分からない画材のぎっしり詰
まった大型のトートがかかっていて、背中には、それからも溢れた道具
を収めたナップザックに、小型の折りたたみいすをビニールひもで無理
矢理に結わえ付けて背負い、遠足の朝の様に揺れている。
「持たざる者は持てる者からオコボレさずからなーくちゃー♪」
 なんだか惨めな歌声も揚々と、歩く宮子の足がどこを向いているのか
も知らされず、アパートを出てから見慣れた町並みをまだ五分と歩いて
はいなかったがなずなの心は不安で一杯だった。
「……。なんなんですか? その歌……」
「お父さんに教わった!」
「……そうですか」
 他に、もっと聞くべきことがあるだろうに。けれどそれは敢えて言わ
ないのかも知れない宮子の気遣いを台無しにする行為の様な気もして、
当たり障りのないことしか聞かれずにいる。俯いた視線の先に、宮子か
ら手渡された手提げの中身がちらりと覗く。

「(……こんが?)」

 宮子が自室の収納から発掘してきたその木製・革張りの小振りな打楽
器は、その見た目に反してぎゅっと重たかった。
 部屋で見たその楽器は、白樫材で出来た胴体がすとんとまっすぐな円
筒形で、年月を経て飴色に近い美しい光沢を有しており、筒の上面には、
ほのかに日焼けして黄味を帯びた白い、もしかするとかなり上等な革が
ぱりんと張られていた。その革の打面は指先で触れただけで肩の骨まで
まっすぐに押し返してくる緊張があって、宮子が少し試し打ちをして見
せてくれただけでも、そのリズムに鼓動を操られてついつい踊り出さず
にはおられないような、熱い響きを裡に秘めていたのだった。

 ヒロ宅前でのやりとりの後、なずなの目論みはあっけなく崩れ去った。
おなかを空かせた先輩をゴハンを餌に自分の部屋へおびき入れるまでは
簡単だったが、いざ部屋へ戻ってみると、冷蔵庫にはふた切れ残ったカ
ニカマの口の開いた袋があるきりで、なずなはキッチンの床に崩れ落ち
たのだった。
「な、な、な~♪ なずな氏の~♪ 今日のお昼はなんだろな~?」
と、背後から弾んできた宮子のでたらめな歌声に、全身がびくん! と
総毛立ったときの怖気が、産毛の先にまだ少し残っている。
「す、すみません、先輩……っ。う、うちにも食べ物が、こ、これしか
……っ」
「……あえ?」
 カニカマを、手持ちの中で一番よそいきの皿に盛って差し出したなず
なの声と手はふるえていた。
 とりあえずお茶を煎れ、カニカマは一人一本ずつ、手で摘んで食べた。
宮子は一口に、なずなはそのいんちきな繊維を縦に三つに裂いて食べ、
ほのかに香るカニの風味を鼻の奥で転がした。大口を開いた宮子が、歯
科の専属モデルにもなれる歯並びでカニカマに食らいつく姿に、なずな
は昔おもちゃ屋の店先で見た釣り堀が電動で回転する魚釣りゲームを重
ねた。
 カマボコを丸飲みにし終えた宮子がテーブルの湯呑みを取ろうとした
時、
「熱っ……あ。ひび」
と、ぴくんと手を跳ねさせて言うので見てみると、彼女が部屋から持参
した大きなお湯呑みの一面に、模様とは明らかに違う黒い亀裂が一筋、
上から下まで走っていた。
「あ、本当……」
「うーん。もう換えどきですかな」
「もったいないですね。かわいいのに……」
「そだねー。でも、お下がりだから。仕方ないね」
「そうなんですか」
 小さなテーブルを挟んであぐらに座った宮子は、湯呑みを上から下か
ら矯めつ眇めつ、別れを惜しみながらも淡々と、そのものにしみこんだ
時間を確かめているようだ。宮子の手に誂えたようになじんで見えた湯
呑みも、元はひとの物だった。
 空色のパーカーに、深い青のジーンズ。
 なずなはいつも思うのだがその居住まいは不可解で、留まるときにこ
そ勢いがあるように、預ける体重に加速度を感じさせる。そのくせ、動
き出すとき、地面を蹴るときはしなやかで後腐れもなく、誰の座布団で
も湯呑みでも、すっと腰を落ち着けてしまう佇まいはどこへ行ってもも
じもじと席を見つけられない自分とは大違いだった。うらやましい、の
と同時に、少し怖い。どこへでも行けるということは、ここであること
に強い理由が必要なことの裏返しだと思った。
 宮子の方からなずなに昼食をたかってこなかったのには、彼女がなず
なが料理を得意としていないのを知っていたのと、曲がりなりにも自分
の方が先輩だから、という理由があったのをなずなは知っていた。
 ゆのが言っていた、
「別にね、宮ちゃん、なずなちゃんの料理を食べたくないっていうわけ
じゃ、きっとないんだよ」
という、ころころとした優しい声と言葉がよみがえる。不得手な料理を
少しでもどうにかしようと、ゆのにコーチをお願いしたときのことだ。
モタモタと、じゃがいもの何処に刃を当てたものかと動きを止めるなず
なの隣りで、遙かに手際よく道具と材料を取り回しながら、ゆのは笑っ
た。
「なずなちゃんに苦手なことさせて、無理させるのが嫌なんだよ、きっ
と。だから焦らないで、ゆっくり上手になって。いつか『なずな氏~、
ごはん作ってー』って言わせちゃおうよ。ね」
 自分よりも背丈の小さな先輩のモノマネは決して似ていなかったし、
その解釈も、本心ではあったのだろうけれど、当のなずなには好意的に
過ぎるように思えた。けれど、それは自分のうしろ向きな性質と相殺さ
せて、長く宮子をそばで見てきたゆのの感覚を信じることに、なずなも
したのだった。
「あの……午前中、……どこか行ってらしたんですか?」
 なずなの、前髪に隠れながらの問いかけに、宮子は「部屋にいたよー?」
と、茶柱でも浮いているのか湯飲みから目を離さずに応えた。
「そう……なんですか? すっごく静かだったから……。てっきり、ゆ
の先輩と一緒にお出かけだと」
「ふーん? ずっと、絵描いてたからね」
 その返答には驚きもしたし、そういうものか、と思いもした。半年隣
の部屋で暮らしていて、こうまで静かだったことは記憶にない。宮子が
眠っているはずの時間においてさえそうだった。だったらこれまでこの
先輩は、一人の時間にはあまり絵を描いたりはしていなかったのだろう
か? という、うっかりすると失礼な疑問も浮かんでくる。
 宮子は湯呑みはをテーブルに戻し、ことわりもなくカーペットの上に
大の字になる。気持ち良さそうに鼻から抜けた深い息は、窓から吹く風
よりも勢いがあった。
「今描いてるのが、なかなかいい感じなんだよねー。へへへ」
「そうなんですか……」
 なずなは、三つに裂いたカニカマの最後の短冊を唇にくわえ、咀嚼し
ながら丁寧に口の奥へ奥へと運んでいく。居心地の悪さや緊張あるわけ
ではなかった。ただ、宮子の胃袋はなずながこれまで見てきた限り──
おかしな話だとは思うが、多分、この部屋よりも大きい。それだけの空
間にあの小さなカニカマがころりと転がっている様はいかにも侘びしく、
それをどうにかしなければという焦りが湯呑みの底に揺らいで見えた。
自分に考える猶予を与えるように、ちび、ちび、ちびと、アパートの中
でも一際ちいさな湯呑みのお茶を、なずなは時間をかけて啜った。
「なずな氏はさあ」 
「はい、えっ、はい」
 湯呑みと見つめ合っていたところへ声をかけられて思わず背筋が伸び
た。宮子は変わらず、床に転がったままの格好でなずなを見上げている。
「なずな氏の部屋は──」
 宮子は仰向けのままひくひくと何度か鼻を利かせると、
「なんだかちょっと、ふんわりイイ匂いがしますな」
「そ、そう……ですか?」
「うん。よ、っと」
と、筋肉の伸び縮みだけで体を起こす。その仕草ひとつで、彼女の体が
アパートの誰よりも強いしなやかさを持っていることが分かった。どこ
にも無理のない、すべての力が体の一点で綺麗に釣り合った滑らかな動
きだった。
「ここだけ、みんなの部屋とちがーう」
 座り直して目を閉じ、改めて深く息を吸い込んだ宮子の顔は満足げだ
った。肉体のしなやかさ、感覚の鋭敏さにおいて、このアパートで彼女
の右に出る物はいない。その宮子に断じられ、なずなの心臓がどきんと
跳ねた。
「そう……ですか」
「うん!」
 なずなは、また湯呑みを底を覗き込んだ。益体もない茶っ葉の粉がう
っすらと残っている。考えてはいけないことと分かっていても止められ
ない言葉が脳裏をかすめ、なずなは色素の薄い前髪の陰から、ちらりと
宮子を伺った。
 そんなの、当たり前じゃないですか──。
 そう言葉が口を突きかけたその拍子、なずなのちいさな胃袋がころこ
ろと鈴の音のような音で鳴いてしまった。空きっ腹に中途半端に物を入
れたのがまずかったのだろう。
 物言いたげににへりと笑う宮子に何か弁明をと慌てたが、その声は排
水溝が渦を吸い込むような宮子の腹の音にきれいにかき消されてしまっ
た。ずごーっ。
「なあんだ。なずな氏もお腹空いてたんだねー。へへへ」
「……はい」
「さっきのでもう、お腹一杯なのかと思っちゃったよー」
 なずなは観念してうつむき、宮子ははははと笑って表情をぱっと輝か
せると、またも勢いをつけずにするりと立ち上がった。膝丈のジーンズ
からのび出た脛には無駄な肉がなく、飾り気のない素足の爪も、伸び気
味ではあったが手入れの必要がないくらい丸い。
「それじゃあ、今日はせっかくゆのもいないことだし」
「……え?」
 頭上からこぼれた、少し不穏な一言に釣られて見上げると、宮子の顔
がもう目の前に迫っていた。宮子は、ちゃぶ台の湯呑みをつかみ上げて
残ったお茶をぐっとあおると、湯呑みのひびから染み出すお茶のしめり
をためらうこともせずに、その手をなずなに差し伸べた。
「ごはん、食べに行こっか」
「あ、はい……え?」
 その様があまりにさりげなくて、なずなは、うっかり疑いを感じるよ
り先に取ってしまったその手に、あっという間に引き起こされていた。
「それでは、ごはんの支度を始めましょー」
 ただでさえ背の高い宮子に目の前に立たれると、なずなの視界はその
胸と、ラフに開いた襟元からのぞく逞しくて艶やかに上下する鎖骨で塞
がれて、はい、としか返事のしようもなかった。
「では!」
 言うが早いか、踵を返した宮子の姿は部屋を飛び出てもう見えない。
開け放されたドアからは、部屋よりも温度の低い空気が流れ込んできて、
丈の浅い靴下からこぼれたなずなの、これまた頼りなく可愛らしいくる
ぶしを冷やした。予測不能。二人きりのアパート。さっき切ろうと思っ
てそのままになっている親指の爪が、こつりと肉に食い込む痛みを感じ
た。
 その感触に苛まれながらも急き立てられ、なずなは慌ててサンダルを
ひっかけると、走り去ってしまった宮子のあとを追った。



     × ☆     ☆     ☆



                            (続く)




 

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