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2012年1月 6日 (金)

■a white day~ミューズの座布団・その五 SS『ひだまりスケッチ×☆☆☆』 -更新第745回-

◆a white day~ミューズの座布団 SS『ひだまりスケッチ×☆☆☆』
  その一 / その二 / その三 / その四 / その五 / その六 / あとがき 
 





     × ☆     ☆     ☆




 公園を出る頃になると西の空はすっかり茜色に焼けて東の縁は深い藍
色に滲み、アパートに帰り着く頃にはきっともう真っ暗だろうなと、な
ずなは二つ先の電信柱の先を見上げて考えた。今夜は大きな月が見られ
る筈だったが、少し前から風に流されて来た雲が、空を広く覆いつつあ
った。
 あのあと宮子はたこ焼きを買って戻って来、二人でそれをお腹におさ
めてしばらく話をした。そのうちに宮子が「うーん、そろそろ次のお腹
が空く頃ですなー」と意味の分からないことを言い出したので、荷物を
まとめて公園をあとにした。今はそのアパートまでの帰途にあった。
「今度こそ、ヒロさんにチャーハンを作ってもらわなければ」
「材料、買ってきてるといいですね」
 拳に決意を固める宮子に並んで歩きながら、なずなは笑いかけた。荷
物はここへ来るときよりも少し増えて、ボンゴの手提げに、にがお絵に、
ふた舟分のたこ焼きの入ったビニールが、なずなの手には揺れていた。
「あ、あれ。沙英さんじゃない?」
「え? どれですか?」
「三つ向こうのところで、角曲がろうとしてるの。ほらやっぱり沙英さ
んだよ、おーい、沙ー英さーん」
 まだ相当距離のある先を指さして、宮子は大きく手を振った。街灯の
花もぽつぽつ咲き、辺りは薄闇に包まれつつある。その人影は、言われ
てみれば背格好こそ沙英に近いかも知れないけれど、シルエットさえぼ
んやり滲んで、なずなには男性か女性かも定かに捉えられない。遠ざか
っているのか、こちらに向かっているのかもよく分からない有様だった。
けれどその背中は宮子の声に反応してピタリと動きを止め、振り返る仕
草をしたように見えた。
「おー、宮子ー……と、なずな。へぇー、何だか珍しいツーショットだ
ねえ」
 馬鹿みたいな大荷物をがしゃがしゃ揺すって、それでも宮子は結構な
速度で走るからなずなはついて行くのがやっとで、息を弾ませながら追
いついた、その人影は本当に沙英だった。シャツにジャケットを羽織り、
相変わらずのパンツルックの……朝出会ったままの装いの沙英は、二人
を見て意外そうに声を上げたが、少し嬉しそうでもあった。背はやや低
いが男性に見間違えても何の不思議もない。あの距離で識別できる宮子
は、ただ目がいい以上の何かをやはり持っているのだと、思わざるを得
なかった。
「ってあんたたち、何その荷物……。二人で出掛けてたの?」
「え!? あ、えと、これは……」
「うん、公園で絵ー描いてきたー。なずな氏にお手伝いお願いしたんだ
ー」
 さすがにこの大荷物は目を引いたのだろう。鼻白む沙英に、なずなは
「今日のことはないしょ」と片目を瞑った宮子の横顔を思い出してしど
ろもどろになってしまい、横から宮子が割り込んだ。けれども沙英は
「ふーん?」と、ひと目ふた目、なずなを眇めて、宮子のこめかみ辺り
をコツンと小突いた。 
「痛ぁ」
「あんまり無茶すんじゃないよ。ゆのがまた、心配するでしょ」
「へへへ。へえーい」
 本当に、分かってるのかねえこの子は。沙英はぎゅっと腕を組んでた
め息をつくと、今度は切れ上がり気味の眦を少し温ませて、なずなを見
た。
「お疲れ。大変だったみたいだね。いいんだよ、なずなも。あんまり無
茶するようならガツンと言っちゃって」
「え、あの、そんなこと……! ……はい」
 小さくなってしまったなずなに沙英は、なずなには難しいかと苦笑し
つつ、でも危なくなったらちゃんと逃げなね、と物騒に締めくくった。
冗談のつもりかも知れないが、その諦めがかった微笑と言葉は、なずな
の胸にすとんと収まった。
「ん。なずな、そんなところにホクロあった?」
「え?」
 突然、身をかがめた沙英の小洒落た下縁眼鏡に顔を覗きこまれて、な
ずなは軽く仰け反った。ちょっとごめんねと言うが早いか、すばやく沙
英のゆび先が唇の端をそっと拭っていく。
「ソース……青海苔?」
 人差し指の腹を電柱の黄ばんだ灯りに透かすようにして、背の高い先
輩は呟いた。
 何という失態だろう。公園を出てからこっち、自分はずっと青海苔を
顔に張り付けたまま歩いてきてたらしかった。心当たりはある。宮子が
買ってきて、二人で食べたたこ焼きだ。なずなは言葉にならない悲鳴を
上げつつ、慌ててポケットを探った。
「大丈夫だよ、もうついてないから。暗くてよく分からないくらいだっ
たよ」
 やさしくなずなをなだめてから、
「そういえば」
と沙英はすくすくと鼻をきかせた。なずなが提げた白いビニール袋から
は、甘辛く香ばしい香りが、やわらかくよじれたこよりのように立ち上
っていた。


       ×     × 


 謎の呼び声に呼応するように姿をくらませ、ほどなくして宮子は戻っ
てきた。
「あれー? なずな氏、どこ行ったのー?」
 名を呼ばれ、なずなが池のほとりから振り返ってみると、両手の平に
何かを乗せた宮子がベンチの真後ろの雑木林を、肩でがさがさとかき分
けて出てくるところだった。大人しくベンチに座って待っていたら、ま
た不意打ちを食らって大やけどをするところだったと、なずなはまた違
う安堵の息をもらした。
「すみません、……どうして、そんなとこから……あ、たこ焼き」
「冷めちゃうから、近道した」
「公園の人に叱られちゃいますよ……」
 小走りにベンチに戻ると、宮子が両手に乗せているのがたこ焼きの舟
だとひと目で分かった。大粒の、宮子の髪色によく似たこがね色の玉が
ひと舟に八つずつ、ゆらゆらと湯気を霞に立ちのぼらせ、それと同じテ
ンポでカツオ節を躍らせている。宮子は植え込みの囲いをまたぎ、なず
なにひと舟差し出した。
「はい、なずな氏の分ねー」
 自分の、分。またしても突然のことでなずなはついつい、鼻先まで迫
った舟の舳先に寄り目になってしまう。ソースに青海苔、かつお節。ひ
と目で伝わる、ほかほか、ころころと甘辛く、空き腹にたえ難い強い香
気と熱と艶に、なずなの口の中はたちまち大洪水になった。
「ん、もしかして苦手だった?」
「い、いえ! ちょっと、びっくりして……いただきます」
「うむ、心して味わいたまえよー」
 なずながほとんど恭しいくらいに両手で舟を受け取ったので、宮子も
それにつられるようにふんぞり返って見せた。目が合って、微笑み合う
と、宮子は荷物を押し退けて二人が並んで座れるスペースをこしらえる
と、ベンチに飛び乗った。
「なんといっても、我々の労働の結晶、そして、世にも珍しい舶来の品
でもあるのだからねえ」
「舶来?」
 たこ焼きが、だろうか。
「いただきまーす。うん。焼いてる人がね、ガイジンさんだったんだー。
珍しいよね、初めて見たー」
 そこで、話で繋がった。外国訛の呼び声に、サンフラワーの女性。
「じゃあ、さんふらわあのお嬢さんって……」
「おいしー! 熱々ー! 外カリカリー! 中、ふわふわのとろとろー!」
 宮子さん、少しは人の話を聞いて下さい。幻の乃莉がなずなの中で呆
れて愚痴をこぼす。宮子はなずなの話などお構いなしに自分がとろけ落
ちそうになりながら、一心不乱に口の中でたこ焼きを転がしている。
 そうかと思えば、まだ最初の一つを口の中に入れたままだというのに
「……いらないの」
と、棒立ちのまま手をつけようとしないなずなの宝舟を、涎をためて狙
ってくるからたまらない。
「た、食べます」
 舟をかばうように身をよじり、なずなは宮子の隣に腰を下ろすと急い
で一つ、楊枝に突き刺して口の中に転がした。
 宮子の言った通り、外側は油で揚げたようにパリッと堅いパイ生地の
ような歯ごたえで、甘辛いソースにも負けない、何か強い香気を顔全体
が満たした。それをつきやぶると中からは、舌と歯の付け根を刺す熱さ
のタネがとろけ出て、「あふい!」という声とともに口から鼻から、自
然にたくさんの息が吹きこぼれる。それを見た宮子が面白そうに「やけ
どするよ」と笑うので、恥ずかしくなって慌てて口元を押さえた。
「あ、あふいれふ、れも、美味しいれふ……」
 ふいごのようになりながらもそのことを懸命に伝えようとするなずな
を見て宮子はにんまりと笑うと、自分も二つ目にとりかかった。
「本当はね、さっきお茶と一緒に買って帰ってくるはずだったんだけど。
焼きたてがいいって言ったら、五分待ってって言われてさ」
「ほうらったんれふね……あふくて、美味ひいれふ……」
 空になっていた胃袋に熱の塊が一つ落ち、なずなはゆっくりと、深く
息を吐いた。残ったお茶を一口含むと、早くも四つ目に取りかかろうと
いう構えの宮子に、そっと缶を差し出した。
「おお、かたじけない。ではお礼に、良い物をお見せしよう」
「え」
 それを軽くあおり、缶を返した宮子が不敵に楊枝を構えて見せるから、
なずなはまだ何か演し物があるのかと身構えずにはおられない。
「見ててね」
 そう言って、宮子がじっくりと間をためるので、なずなも思わず固唾
を飲んだ。やにわに、宮子の手から「えい」とねじりを加えた楊枝がた
こ焼きのうちの一つ打たれて、「ほい」とスナップの利いた手首の返し
で引き抜けば、
「はい、たこだけー」
と、楊枝の先には、ぶつ切りのたこの身だけが、百舌のはや贄の体で刺
さっている。なずなは目を丸くした。
「え? ど、どうやってるんですか?」
「指のひねりと、手首の返しが秘訣なのです」
「でも、たこがどこにあるのかって……」
「たこの気持ちになって、心の目で見るのです」
「はあ……」
 そんなコツを教わったところで、どちらか一つを身につけるだけでも
並大抵では叶わなそうだとなずなは思った。そもそも、両方が身につい
たとして、その「心の目」とやらは、人の視点なのだろうか、たこの視
点なのだろうか。たこ目線だとしたら、迫る楊枝を凝視することになっ
て考えるだに恐ろしい。青くなって震えるなずなの隣で、宮子は誇らし
げに剥き身のたこと、主を失った小麦玉を順番に口に運んだ。


       ×     × 


 そこまで話を聞いて、沙英はもう息が出来ないくらいに笑っている。
笑い事じゃないんですよ、となずなが小さくなって抗議するも聞き入れ
られず、宮子は宮子で何がおかしいのか分からない。
 沙英は、おなかいたい、おなかいたい、意味が分からないと繰り返し
て震えていたのを持ち直し、目尻にこしらえた大きな涙の珠を拭った。
「はーおかしい……あんたたち案外いいコンビかもねえ。でも、へーえ。
外人さんのたこ焼き屋かあ、そんなのいたんだ? 男の人? かっこよ
かった?」
「私も、お会いしてはないんですよ……」
 なずなは結局、最後まであの声の主には会わずじまいだったのだ。お
土産のたこ焼きも宮子が一人で買ってきた。二人の視線が同時に宮子を
向いたが、そんな話題が宮子に響くはずもなかった。
「え? どーだろー、うーん……あたしは、ジモッティーさんの方が渋
くて好みかなー」
 知らない名前に無言の沙英が「誰?」の視線でなずなを振り返っても、
なずなもまた無言で首を横に振るほかない。
「となると、今日のひだまり荘は一日お留守だったってことか。火の元
とか戸締まり、ちゃんとしてきたろうね?」
 夜の斜幕がまた一枚、静かに下りて、一段と濃さを増した夕闇の中を
三人歩く。その暗がりの中に、家々の窓明かりが、一つ、また一つと、
オレンジ色の四角い穴をうがっていく。人の気配も、外の世界には最早
まばらだ。一人暮らしを始めたばかりの頃は、ルスにする、家を空ける
という言葉が重たくて、出先で不安になることも多かったが今ではお手
の物だ。あ、はい、ちゃんと、と答えた語尾でなずながぷっと小さく吹
き出したから、沙英はまだまだ弛みが戻らない頬をにやつかせた。
「何よ、まだ面白い話あんの? 聞かせなさいよ」
 今日は一日中仕事で、ふざけた話に餓えているのだろうか。いつにな
く食い付きの良い沙英に、なずなも半ば吹き出しそうになりながら、そ
の眼鏡の瞳を逃れて宮子に視線を送り、宮子はそれに、何の気もない笑
いで応えた。
「はい、あの、おルスって言うとですね……」


       ×     × 


 宮子は少し得意げに、摘出したたことタネを別々に平らげ、それにつ
いてなずなはどうコメントしたものか途方に暮れた。
 焼いた小麦の玉をごくんと飲み下すと、宮子はニタリと笑ってなずな
を見た。
「お客さん、まだ信じられないご様子ですなあ」
「い、いえ、そういう……わけじゃ……」
「ではもう一度お目にかけよう! お覚悟ー!」
 今日の宮子先輩、どうしてちょっと時代劇がかりなのだろう? 大仰
に振りかぶった宮子の楊枝は、残った四つのたこ焼きのうち、左から二
番目に深々と命中した。
「む!」
 瞬間、宮子の表情が明らかに曇った。動きを止めて、そのまま深い呼
吸を二つ半。なずながどうしたらいいか分からなくなった頃、宮子は得
物を引き抜かないまま、悲しそうな顔をなずなに向けた。
「なずな殿」
「は、はい」
「悲しいお知らせがあります」
「え? は、はい」
「残念ですが、このたこ焼きは、おルスのようであります」
「お……おルス?」
「はい、おルスです」
 つまり、たこ焼きにたこが入っていない。そのことを宮子の家ではそ
う呼び倣わしていたのだそうで、しかし家訓には、おルスに遭っても決
して怒ってはならない、そっと悲しまなければならない、という教えま
であるのだという。だめだ、この一家にはどう逆立ちしても敵わない。
そう悟るのと同時に、なずなはこのことを早く誰かに、乃莉に、話した
いとも思った。
「はあ。おルス……」
 ひとしきり解説を受け、しゃぼんだまに閉じこめられたような顔にな
っているなずなを見て、何故か突然宮子の肩が怒気を帯びて膨らんだ。
「うたぐっておいでか!」
「え!? 違……」
 たこを突き損なっただけなのでは? と考えなかったわけではない。
が、その真偽は、なずなにとってもう取るに足らないことだった。
 しかし宮子はまたしても犬と喧嘩の様相で、自分の舟をぐっとなずな
に突き出してくる。食べて確かめてみろ、というのだ。その大層なケン
マクに、なずなはたじろいだ。訳も分からないまま、楊枝が刺さったた
こ焼きと、唇を真一文字に結んだ宮子の顔を、二度、三度と見比べる。
──ちがいます、先輩、ちがうんです。どうでもいいんです、そんなこ
と、私どうでもいいんです──。
 おずおずと、前髪がかりに宮子の顔色を伺いながら、左から二番目の
たこ焼き──次男坊であろうか──に宮子が刺した楊枝をそっとつまむ。
宮子が大仰にうなずくのを確認して、なずなはそれを、ゆっくりと口に
運んだ。
 なるほど、たこはどこにも見当たらなかった。
 さっきまで灼熱の玉のようだった熱は程良く失われていて、舌に乗せ
ても痛みはなかった。口の中でひと転がりさせてから、香ばしさの殻を
舌と歯で押しつぶすようにして破ると、中からとろりと温かな小麦粉の
タネがあふれ出す。その中を、なずなは舌全部と時には歯先を使って丁
寧に、こりこりとした弾力の感覚を探してさまよったが、ついにそれに
は出会うことはなかった。
 結果を告げる前から、宮子はすでに勝利の面持ちで鼻息が荒い。
「……。ない、です……」
「ほらねー!」
 何か、褒めた方が良いのかとも思ったが、いまいち上手い文句が思い
浮かばない。さすがですねというのも余計な気持ちが先に立ってしまい
かねず憚られた。なずなは無言で頷き、思うところもあって、両手でそ
っと自分の舟を差し出した──。
「あの、どうぞ……」
 今度は宮子が首を傾げる番だった。
「ほえ? くれるの?」「ひとつ戴いてしまったので、交換です」「あ
そっか、じゃあ遠慮なく」
 宮子が舟から一粒選んで持ち去るのを見届けてから、なずなも宮子の
選んだ隣の粒を、三つ目に選んで口に運ぶ。しかし宮子は、なずながも
ぐもぐと口を動かし始めてもそれを見つめたままで、一向に口に入れよ
うとしなかった。
 やがて、
「なずな殿」
「はい」
 口元を手で隠しながらだから、くぐもった返事になる。宮子はたこ焼
きを見つめたまま言った。
「たこ焼きに、たこって要ると思う?」
 『秘剣・つばめ返し』の次は、禅問答である。たこ焼きよりたこを除
きて、いざいざ、なんとする。たい焼きに鯛は入っていない。うぐいす
パンにもうぐいすはいない。具の問題なのか、外形上の話なのか。そん
な表向きの道理を通してみても、大渦のヌシの目線が今、その程度の高
さにあるとは思えなかった。彼女の見据える先は遥かに遠い。
「でも、たこ焼きなんですし……」
「それは、そうなんだけどねー」
 深い考えを避けたなずなの回答をあっさりかわして、宮子は目の前の
たこ焼きを口に放り込んだ。おルスだとすっごく寂しいのは事実なんで
すけどね、と、そのひと粒を今までになく時間をかけて味わい、ゴクン
と飲み下す。どうやら今回はおルスでは無かったようだった。
「おいしいです!」
「は、はい」
 おいしさには満面の笑顔だった。されど疑問は続いていた。
「でもさー、たこでなくたっていいと思うんだよね。鶏肉とかさー」
 確かに部位さえ選べば、淡泊さや弾力において、たこと鶏肉は似た位
置にあるかも知れない。
「変わりダネたこ焼きの屋台とかだったら、見たことありますけど……」
 禅問答かと思いきや、話は意外や、まともに料理の話だったらしい。
もしこの場にヒロがいたら闘志を燃やし、ゆのが話を広げて、今夜のひ
だまり荘は変わり種たこ焼き祭りになだれ込む話の運びだった。ただ、
本格派の乃莉がいるから、それを許すかどうかはわからない。なずなも
口の中の一粒を、きちんとたこの存在を確かめながら味わって、その存
在意義を改めて問うてみた。それにしたって、外国の人が焼いている方
がよっぽど意外性がありますよね、という思いつきは口には出さないで
おいた。
 そうだよねー、と宮子は、聞いているのかいないのか分からない言葉
で話を続けた。
「小麦粉でしょー、ソースでしょー? あとカツオ節と、青海苔。たこ
焼きって言う名前の割に、美味しいののメインはそっちの方だなーって
いつも思うんだよね。よっと」
 軽やかな声とともにまた楊枝が打ち込まれ、またも的確に摘出された
たこは、先ほどのルスを帳消しにするほど粒が大きい。その大きさに二
人して思わず歓声を上げてしまって笑い合い、宮子は紅白自然な色合い
のたこの身を、その収穫を祝うみたいに目の前でクルクルと回した。
「いいかーい、君も油断してると、他のものにとって替わられちゃうか
も知れないんだからねえ。日々怠らず精進したまえよー」
 低くした声と真剣な目で、脅かすように。たこに説法をする宮子がお
かしくて、なずなは声を抑えて笑ってしまった。宮子はそのほほえみを、
おっ、と短く意外そうに受け止めると、諦め気味に、柔らかく頬をゆる
めた。
「まあ君には、他にも道があるからいいんだろうけどね。いただきまー
す」
 その身の大きさに比例して大きく開いた口で、宮子はカニカマの時と
同じにぱくりとたこに食らいついた。もぐもぐ蠢くあごもしっかりして
いる。
「道……ですか?」
「うん。お刺身に、お寿司に。お酢の物とかさー」
「あ。そういうことですか」
 口の中のたこを頭で調理して、宮子の表情が恍惚にゆるむ。なずなも
記憶の中からたこの身の振り方をいくつかあたってみたけれど、他には
マリネくらいしか思いつかなかった。ヒロの引き出しからは何が出てく
るだろう。あれも、これもと、生き生きと弾む毛糸玉の声と笑顔が思い
浮かんだ。
「うん。たこさんは生でも十分美味しいですからなあー」
「お刺身……ですか?」
「海からガブっと」
「生きたまま!?」
 やはり話は料理に収まり切らない。なずなは色を失った。
 関門海峡の洋上にぽっかり現れた巨大な渦の中心で、学校指定の水着
とスイムキャップで身を固め、蟻地獄よろしく、シンクロナイズドスイ
ミングの要領で足だけ水面から出したかと思うとざんぶともぐり込んだ
宮子が海中で大だこと愉しげに踊るダンスは、自分のにがお絵のその先
の姿よりもよっぽど容易に想像出来た。それこそ、溌剌と鍋を振るヒロ
の姿に負けないくらいに。
「おいしーよ」
 上手く食べないと、吸盤が口の中に張り付いてすっごく痛いけどね、
というアドバイスにも、想像するのが恐ろしくて、なずなはそそそ、ソ
ウデスカ、としか返せなかった。


       ×     × 


                            (続く)

|

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