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2011年11月13日 (日)

■寄る辺無き旅路の涯てに。~四方山日記 -更新第728回-

アニメBDがついたPS3版の『アイマス2』を買ったものの、
まだ家にPS3がありません。

オイサンです。

いよいよもってお忙しくなり、週イチ更新がやっとになります。
来週、再来週はそれも危ないかもなー……。
皆さん、更新なくてもたまには遊びに来てくださいね……。

いや、『アイマス2』はやりたいのよ。
貴音さんがどんな人なのか興味があるから。
けどPS3を、買うのはまあいいとして、
置き場所をこしらえて、繋いで、またなんか……あるんでしょ?
アップデートとか、ナントカのダウンロードとか。
そういうコマゴマしたことを乗り越えて、
ってやる時間が今はちょっとない。


……。


ことは、貴音さんのストーリーを追えさえすればよいのだから、
……。
箱○版、買うか?(マテ

とまあ、冗談めかして申し上げてますが、
かなりホンキなオイサンでした。

でも、貴音さんをリーダーに据えるのだとしたら
あと二人のメンバーを誰にするべきですかね。
あまりシステムをキチンと理解していなくて、
とりあえず貴音さんをメンバーに入れてアプローチかけていけばいいだろ、
と思ってたんですが、リーダーにしないとその人のお話に入らないっぽいので。
困ってしまった。

だって今のオイサンのイメージでは、
貴音さんはリーダーって感じじゃなかったんだもの。
ミドレンジャー的な位置の人かなーって。
リーダーにはやっぱりポジティブな元気者を置いて、
ひとり頭脳派補佐官を置いて、最後にトリックスターとして貴音さんかな、と。
さーて、どうしましょうね。

  ……と、ここまで考えていて、PSの『エターナルメロディ』を思い出した。
  あれも、それぞれ得意分野の違う9人のヒロインから3人選んで
  パーティを組む、っていうゲームでしたね。
  あっちはファンタジーもので、肉弾系か攻撃魔法系か回復魔法系か、
  っていう区分けでしたけど。
  しかも
  「選ばなかった6人はライバルパーティにスカウトされて敵方に回る」
  (自分チーム3人、おてんば王女チームと魔族チームにそれぞれ3人ずつ)、
  というシステムが、とてもありそうでなかった、
  誰でも思いつきそうで実現した作品はなかった、
  つまり、夢と憧れをかなえてくれたゲームでした。
  ダンジョンで会うとバトルになったりしますからね。
  面白かったんです。

  演出や読み込みのせいでテンポが悪く、
  目押しとかバランスとか、ゲーム性も手放しで褒められたものではありませんでしたが、
  根幹部分はとてもよく練られた、すばらしいゲームだったと思います。
  やっぱ、PS中期のシステムドタバタ系ゲームは野心的でいいねえ。

『エタメロ』、アニメ化しないかなあ。
題材としては結構適してると思うんだけど。
ドラマが作りやすいと思うんですよね。

▼『エターナルメロディ』PS版ED 夢見る力



すっかり『エタメロ』の話になっちゃいましたよ。
これだからお年寄りは。ヨボヨボ。



■運転手は君だ。車掌も君だ。


 ▼地雷を踏む勇気 [ 琥珀色の戯事 ]
 http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20111108#p1

以前当blogでも、
『人生の諸問題』という日経ビジネスオンラインで連載されている
対談記事をご紹介したことがありましたが、
その対談のおひと方でいらっしゃいます
小田嶋さんの単独コラムを書籍化した、その本の書評です。

  ちょっとオッサンくさい話題が多いので、
  お若い方にはまだまだ響かんハナシが多いかもですが。

記事前半で取り上げられている「原発マッチョ」について触れた記事は
オイサンも記事をリアルタイムに読んでおりまして、
「うおスゲエ視点をすげえパンチの利いた言葉で書いてんな!」
とノックアウト気味にやられながら読みました。
全文、一読の価値はありです。
いや面白い。

  なかなか言えませんよね、「原子力つえー」w
  でも、やっぱ賛否両論あったんですね。
  さもありなん。

デ後半の、飲酒のハナシについては読んでいませんが、
この中で一つ、オイサンの心に引っかかるくだりがありました。


 「私が酒を飲んだのは、それが必要だったからだ。
  もう少し厳密な言い方をすると、私は、自分には酒が必要だと思い込んでいた。
  (中略)
  けれども、その一方で、酒は、色々なものの入り口になり、
  様々な体験の呼び水になってくれてもいた。

  その意味で、酒は、私と外界をつなぐインターフェースでもあったわけだ(後略)」



この、小田嶋氏とはお酒との関係は……
オイサンとTVゲームの関係に極めて近いものがあるなあ、と、
読んでいてもう、一直線に思いました。

オイサンが、自分と縁のない新しい世界に興味を持つ場合、
そこにはかなりの高確率でTVゲームが関わっています。

北海道好き、しかり。
『北へ。DiamondDust』なしに、オイサンのようなヘタレのめんどくさがりが
北海道旅行なんて企てるわけがない。

減量、しかり。
その関係こそ直截的ではないにせよ、『アマガミ』に出会わなければ、
オイサンの体重が3ケタを切ることなんてこの先一生なかったでしょう。
そして肥満が続いていれば、オイサンの寿命は5年10年、短かったに違いない。
すごいぞ。

お酒、しかり。
別に今でもガバガバ飲むワケじゃないですけども、
一人でいるときに飲もうだなんて思わなかったに違いない。
『ドリクラ』をやっていなければ、
そして、『アマガミ』を通じてたくさんの人と触れ合う機会を得なければ、
お酒を美味しい、楽しいとは思わなかったでしょう。

おとーさん・おかーさんを大事にしようと強く思ったり、
「年老いていく」ということ、
その気持ちを慮るようになったのは、
『俺の屍を越えてゆけ』があったからです。
そしてその明確なメッセージを語る作り手の話を聞いたからです。

ほかにもいくらかありましょう。

そしてその、……困ったことに、
その「憧れの窓」がモニターを通してしか開いていないことも、
このコラムに書かれている通りなのです、オイサンは。

他者の存在、文芸、映画、音楽、絵画。
そして、ゲーム同様にオイサンが愛しているアニメやマンガにおいてさえ、
オイサンを別世界に誘うほどの力を持ったものは、ない。
ゲームだけです。

  イヤ、そりゃ、
  ダリアンがスコーン食ってんの見てうまそうだなくらいは思いますよ。
  ダリアンかわいいよダリアン。
  あ、どうでもいいですけど、最近サワシロさんホント大活躍ですね。
  出過ぎじゃね?

それはつまり、TVゲーム依存症……なのかしらん。

確かに、ロクにゲームに触れられず、
また触れても深くまで立ち入ることの出来なかった
2006年頃から2009年の3月18日まで( ← 明確!)のオイサンといったら
もう無気力の125ccクラス世界チャンピオンみたいなもんでした(中途半端)。

  その間に北海道に5回も6回も行く人間を無気力と呼ぶのか知りませんが(マテ)、
  でもそれも惰性みたいなもんだったんですよ。
  本当に。
  あまりに本来の力が湧かないから、
  どうにかしよう、新しい活力を得ようとあがいていた時期です。

  新しくカメラを買い、新しい場所に出かけて、
  何か道が開ければ、この先の道行きが少しでも楽しく、生活にハリが出ればと、
  本当に困っていた時期でした。
  ……ていうか、困ることも諦めていたような時期で。

  だって、モノ書く気力がなかったんだもんな。
  知ってます? このblogのタイトル。
  『ゆび先はもう一つの心臓』って言うんですよ?

その頃に出た『キミキス』『ペルソナ3』が、
うまく心に響いてくれなかったのが痛かったです。
頼りにしていたシリーズなのに「こいつらナンか違うな」と、
当時、ずーっと思っていました。

そう、「頼りにしてた」んですよね。
ゲームを。
自分のペダルを漕いでくれるものは、やっぱりゲームなんですよ。
「毎日ゲームがなければ、触れていなければ、
 日々をやりすごすこともおぼつかない!!」
……とまではいかないので依存とまではいかないでしょうけれども、
それでも、日々の大切な片輪を預けていることは、否定出来ないように思います。

何か一つの新しく感動出来る作品に出会えれば、
それを燃料にしばらくは前へ進むことが出来ます。
けれどもそれはやがて少しずつ、磨り減ったり、
変化を終えて自分の中でしっとりと落ち着いたものになってしまったりしてしまって、
燃料としては用をなさなくなる。

  決して、飽きたり、消えたりということはしないんです。
  かつて推進燃料となったパワーある作品群は、
  いつ見ても自分を奮い立たせてくれる。
  けれどもそれはあくまでもカンフル剤のようなもので、
  新しい扉を開いたり、長期間にわたって自分をドライブしたりはしてくれないものへと
  変質するのです。

でも、本当に自分で立ち上がる気力もなく、
その手がかり足がかりもないとき、
あるかもしれないけどそれを見失ってしまうときというのは、
人にはあると思うのですが……
それでもどうにか一人で立ち上がることの出来る人というのもいるのでしょうけれど。



 「それでもガマンだ!
  男は自分のモノサシを杖にして、
  泣きながら強くなってかなきゃなんねえんだよ!!」




とは、富士鷹ジュビロ先生の名著、『月光条例』の主人公・ゲッコーの台詞ですが……。
何か、何か、何か。
自分を支える自分以外の何かが、半ば自分の一部になりながらも、
やはりあるモンなんじゃないかと思いますがね。

  

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マそんなことで、
なんかちょっとハナシが違う方向にいってしまいましたが。

  「だからアル中でもいいんだ!」なんて言いませんよ。
  キチンとお医者さんに通って治してもらって下さい?

アルコール依存の方が一体どんな気持ちでお酒を摂取するのか分からないので、
本当のところ、病的な意味での依存がどんなものかは分からず、
今の自分がそこから無理にでも脱しよう、
切り離そうとすることが必要なのかどうかもわかりませんけれども。

次にへこんだときには、
いよいよ自分だけの力で自分を奮い立たせないとならないのかと、
そんな気もしているオイサン(36)でありますよ。

  ……ところで、「アルコール依存症」と「アルコール中毒」は違うんですよね?
  「ニコチン中毒」とは言うけど、「ニコチン依存症」とは言わないもんなあ。

オイサンが忘れてはいかんことは、
「新しい分野のゲームに手を出すときだけは、ゲームは助けてくれない」
ということですかね。
今まで主にやってきたジャンルのゲームでは満足いかなくなったとか、
一時的に飽きたとか、
そういう時には新しい分野へ自分から行くほかない。
「面白そうじゃん?」とね。
他のことへも、そのくらい軽やかに手を出せれば良いかなあとは思いますが。

自分とは微妙に合わない形の歯車と無理にでもがっちゃんがっちゃんやることで、
回転のスピードとか周期とかに変化が起こって
飽きずに時間を過ごしていけるのかもしれませんな。

多分、人間、もともとはそういう風な仕組みに出来ているのを、
そういう仕組みを拒否する選択も出来るように世の中がなってしまって
(多分、ホントはそれ自体が良くないのだろうケド)、
オイサンみたいに変化のストレスに弱いのがそういう選択をするから
どっかで何かが停滞しているのかも知れませんな。

なんか話にまとまりがありませんが、
オイサンは、自らの変化の舵取りと推進力を、TVゲームにほぼ丸預けしている、
というお話ですよ。

皆さんは、変わろうとして、自分の意志と力で変われますかね。



■『ラストエグザイル』が急激ストップ高



変化、と言えば。

2011年も10月期に入ってふた月近く経とうとしておりますが、
アニメの話をしてもここまで殆ど触れてこなかった
『ラストエグザイル~銀翼のファム』が、オイサンの中で急激に株を上げております。
1話目だけを見て、3話目くらいまで貯めてたのを夜中の気まぐれに一気見したんですけど、
いや、面白いワ。これも。
どーしましょ。

この作品の前身に当たる『ラストエグザイル』は、
オイサン一話目こそべた褒めしたものの途中で飽きてしまって
最後どうなったのか存じ上げないのですけれども、ちょっと追いかけたくなった次第。

作品の詳細は公式ページでも読んでみて下さい。


  ▼ラストエグザイル~銀翼のファム
  http://www.lastexile-fam.com/


お話は、日常系ではなくドラマ性のSFファンタジー活劇みたいなんですが、
偏に主人公ヒロイン・ファムの勢いの良さ、痛快さ、
相方ジゼル(♀)の控えめで理知的な魅力、
お姫様ミリアの健気さというキャラクターの魅力だけで見ている感じ。

  あ、あと青年ディーオの謎めいた気持ちよさね。
  野田順子さんの声はこういうとき耳に心地よいなー。

ちょっと百合百合しさもありつつ、女の子同士の男っぽい友情が、
中性的なの好き系属性の弱点・アンドロ袋をクリーンヒットです。
さあ、いよいよ何を言ってるのか分からなくなって参りました。

▼ラストエグザイル-銀翼のファム- OP



快活女子のかぼちゃパンツガーターベルト、
理知系オタク女子の全裸、
強がりお姫様の震える膝


……のいずれかお好きな方は是非どうぞ……ムッ、
アクセスログに"agunesu"の名が。

そんな特殊性癖話はともかく。

「変化」というキーワードからこの話題になだれ込んだわけですが、この作品、
お話はお姫様ミリアの母国が悪の(?)巨大帝国に占拠されるところから始まり、
空賊のヒロイン・ファムがその奪還に力を貸すという、
わりかしオーソドックスな「盗賊とお姫様」がモチーフとなっております。

で、ミリアがファムのアジトに連れてこられたときに、
国を取り戻すために、ここに馴染もう、自分は変わろう、という姿勢が、
至極健気に描かれておりまして……
変わることが苦手なオイサンは、なんだかいたく心を打たれてしまったのでした。

  いえね、別段この作品が、
  そういう描写を格別丁寧にやっていたわけではないんだと思います。
  多分ね、ふつう。
  ただオイサンの心の波長が、いい感じにキャッチしてしまっただけです。
  その辺はなんとなく自覚がある。

そういう描写もなかなか、
上で描いたような萌え要素も十分、
空戦アクションやメカニクスを含めた世界観も見応えがある作品なので、
えー、ぜひですね。
かぼちゃパンツガーターベルトがお好きな方は(そこなのか)お見逃しのないように。



■Closing~ちきりんさんの年金の話から四方山に。



マそんなことで、話もシメに入ろうかとは思うんですけど。
最後にまたちょっと、変化、というキーワードのお話の続きと言えば続きですけど。


 ▼「100年安心年金」なんて超不要! [ Chikirinの日記 ]
 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20111109


確かに100年は長すぎるなあ。
ドラクエで言っても、
竜王が倒れてからハーゴンが出るくらいの時間があるわけですからね。

10年だったらどうだろう。

この10年、2001年から2011年の10年は
比較的予測のしやすい10年だったんではないかとは思う。
世の中の風景の変化として。

  でもその予測のしやすさって、
  つまりは「停滞しているからこそ」のしやすさなのよね多分。
  劇的な変化を迎えるに至らなかったし、
  迎えないであろうということが分かるから予測も出来る。

  この先10年も多分同じかしら。
  テクノロジー的にはロボットがもう少し一般化したり、
  宇宙時代に入ったりっていうのはあるのではなかろうか。
  まだフツーの人がフツーに宇宙に行ったりは出来ないでしょうけど。

でもその前の10年、1991年~2001年は難しかったろうし、
切り取り方を変えて、1993年~2003年てのは多分もっと難しかったでしょう。
プレステもない世の中から、携帯電話、Webが当たり前になっている世の中への変化。
これは多分難易度が高い。

マ時代が進むにつれて、オイサンも大人になり、
情報インフラも変わっているので
それによる予測のしやすさもあるでしょう。

  ……しかしそう考えると、『ドラクエ』世界の進歩は遅すぎる気がするな。
  薬草は量産が効くようになったのか安くなってるし、
  魔法学みたいなものも発展はしているみたいだけど。
  ベギラマが複数に効く様に改良されたり、
  イオナズンが発明されたり、ベホマが発明されたり。
  マその辺は、『Ⅲ』からの関連を考えると
  過去にあったものが発掘されただけなんだろうけども。

現実世界での変化の加速ぶりは、
やはり道具……コンピュータの導入によって、
処理そのものが加速したこともさながら、
自動処理やら並列処理が出来るようになったからこその
2000年代に入ってからの進歩の速さが有るんだろうなあ、
と思うとやっぱコンピュータさんはおスゴイですね。
悪魔の道具だ。

電話やエンジン、飛行機なんかが発明されてからの何年かしばらくも、
さぞや世の中の風景がめまぐるしくかわったことでありましょうね。
それを考えると、変化というものは

 変化が急激な早い時代
  → 前時代の変化の惰性を使った巡航の時代・変化がゆっくり
   → 変化が急激な早い時代

の繰り返しなのかもですね。
早い時代は短く、ゆっくりな時代は長い。

そうして当面の世界には、何かプラスの意味での新しさは望めない様な気がするのですけども、
本当は、他にも気になること、書きたいと思うことはたくさんあるんですよ。
TPPのこととか、
その騒ぎの蓑に隠れて原発どうなってんだとか、
ギリシャとイタリアがやべえとか、
年末にかけて千葉県沖地震が、兆候だけなのに警告が出されてて、
3.11後だからナーバスになってるのかもしれないけど
そんな警告を出すくらいだから相当確率の高い話なんだろうなとか、
オリンパスの問題とか、
超光速ニュートリノ騒ぎはその後どうなったんだろうとか。
気になることはいくらでもあるんです。
例によって、詳細な正しさは分からない話ばかりなんですけど。
でも、どれもあんまりイイ話はないんですよねえ。

  あ、ちなみに巨人の人事騒ぎの話は興味ないです。
  どうでもいいけど『超光速ニュートリノ』ってどっかのギャルゲーみたいだな。

趣味の周りの話とかもね。
PSPの『ロウきゅーぶ!』に『俺屍』、Wiiの『ゼルダ』。
で『アイマス』。
カメラでは、CanonのS100も良さゲだし、富士のX10もいいなあと思ってます。
XZ-1はちょっと魅力を失ってきたかな。

けどまあ、ここで言えることなんて趣味のことくらいなんですけどね。
上の方の、難しいコトは自分では何も言えない。
せいぜい、それについて語られている記事をご紹介する位です。

こうして俯瞰してみると、
「マクロの不安要素しか見えない現状を、
 ミクロの楽しい話題でなんとか相殺するというか目を瞑ろう」
みたいな状況ですね。

超光速ニュートリノは、どちらかといえば「明るい」話題だと思って
気にしてるんですけどね。
だって、色んなことの科学的根拠のさらに根っ子ンところが新しくなろうかってんでしょう?
それは……ときめきだよねえ。

  ちがう? 短絡的過ぎる? なんか実はコレもっとヤバイこと?
  分からずに言ってますけども。
  影響はデカいでしょうけど、その影響はデカいほど良い影響だと思ってます。
  エライひと頑張れ。

なんかこう、ねえ。
エポックで明るい話題はないかしら。
海底からアトランティスが、アホほどでかい大森林を抱えて浮上してきて、
新しい資源は湧いてくるわ温暖化は解消されるわ、
世界中でゴールドラッシュみたいなことにならんかね。
今日から地球2.0開始でーす!! みたいな。

  マそんなことになったら普通に、新大陸の覇を争って戦争になると思うけど。
  隣の国とかまた、むっちゃくちゃなこと言い出すんだろうなあ。
  ……え?
  そんなモン両隣に決まってんでしょうよどっちかじゃないよどっちもだよw
  どっちのお隣さんも無茶言うの超うまいじゃないですか。

どうでもいいけどオイサンの言ってることはもう、アレだな。
完全にアホだなw
四十近いオトナの言うこっちゃねえよww
もっと現実的なこと言えってのね。

現実的なこと考えると死ぬしかなくなりそうなのでこうなってるんだけどさ。
今語られてる希望論は、大抵なんかもう逆を行くしかないところから出てきた
こじ付けみたいな話ばっかりだから、わりとウンザリでねー。

  こうとらえればチャンスだ、みたいなことで。
  そういう物言いが必要だというのもワカランではないですけど。
  逆に見苦しいというか……開き直れていない分、
  現状の苦しさを後押ししかしないみたいで、
  言い方とタイミングをもう少し考えてもらいたい。

けど、まあ、アレです。
こんな状況でも、地道に顕微鏡を覗いたり望遠鏡を覗いたりしている人たちは、
偉いなあ、辛抱強いなあと、本当に感心するばかりです。
自然科学の分野では新しいものが色々見つかったりはしているみたいですし。

  遠くの宇宙で星がどうしたとか、
  ヒトが幸福を感じる時の物質がこうしたとか。

そういう研究者たちにも焦りのようなものが無いワケでもなかろうに、
それでもそうやって、Excelのマス目を一個一個ツブしていくことでしか
前には進めないことを知っているんでしょうね、彼らは。

その精神力は素直にすごいと思います。
みんなも、そういう人たちに感謝した方がいいぞ。


マそんな感じで、あの、まとまりのない話ですみませんね。
一週間かけてぽちぽち拾ってた話題を繋げている感じですので、
ご容赦。

今日は最寄りの駅前で、創作小物のバザーみたいなのをやってまして、
気に入っちゃったので買ってしまいましたかわいいがま口。
独り身アラフォー親父の持つもんじゃないけどね。
でもいいの。
心は乙女だから。


R0045880


『アイマス』貴音さん回の第19話がとても良くてご満悦のオイサンでした。

一応機を見て更新するつもりではありますけれども、
マ皆さん、来週までお元気で。

Soon I Return to the MOON .
Fly me to the EARTH .


▼笠原弘子 かぐや姫は地球を見て泣く




SSはあともう少しだ!
ホンマにもう少しなんや!



 

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コメント

■Sytloさん
いつもありがとうございます。

> さて、久々の更新でしたが、或る言葉が目に留まりました。
>  「それでもガマンだ!
>   男は自分のモノサシを杖にして、
>   泣きながら強くなってかなきゃなんねえんだよ!!」
> まさかオイサンのブログで月光条例の話題が出るとは。

あ、意外でしたか?
オイサンは最近でこそ購読していませんが、少年週刊誌は20年来のサンデー派でして、
藤田先生のマンガとは賞デビュー以来のお付き合いです。
といっても藤田先生はしょっぱなから『うしおととら』なんつう
大物引っさげてのデビューでしたが。

  全然余談なんですけど、同期デビューで藤田先生よりも上の大賞を
  『音吉君のピアノ物語』で獲ったマンガ家さんはどこへいってしまったのでしょう。
  あれも面白かったんだけどなあ。
  『のだめ』がブレイクした今なら、そこそこ売れてもフシギはないのに。
  閑話休題。

ですので一応、『うしお』『からくりサーカス』は本誌で読んだクチです。
マ『からくり』は中盤以降、トシのせいか息切れ気味にしか読めていませんが……。
『月光』は、正直なところ今一つノリ切れず、どのあたりだったか覚えていませんが、
サンデー購読をやめると同時に読まなくなってしまいました。
そんなわけで『月光』とのお付き合いは浅くて短いのですが、
その中でもものすごい印象に残ってしまったのが、上の台詞です。

  この回の前後だけは、食い入るように読んでしまいましたねえ……。

藤田先生も……どうなんだろうなあ、
この台詞を一体どのくらいホンキで言っているのか、
正直ギモンなところも、オイサンにはあります。

だって……この言葉を認めるのって、シンドイものw

そしてそのシンドさは先生も身を切られる思いで感じているはずで、
そんなシンドい人生哲学を、人に胸張って
「こういうモンです、これが正しいんです! 君もそのように生きるべきなのです!」
と要求するのは、モノ書きとしてはスゴク躊躇われるレベルのことだと、
オイサンは思うんです。
「……いや、イマドキ流行んねえな。
 俺だけがしんどい思いしてりゃいい話だな」
と思ったってフシギじゃない。

しかしながら、結婚もして、家庭もあって、
尚且つ自分の好きなことをオシゴトにしている方なら、
躊躇うことなくホンキで言える台詞なのかも知れません。

オイサンも、胸を張って言いたい、
そう自分に信じたい言葉であるのは確かです。

いかがです?
Sytloさんは言えそうですか?

> 現実って大変だと思います。奇跡もなければ魔法もなくて。
> それでも、科学者はレンズの向こうを見つめていないといけないし、サラリーマンは汗水垂らして動き回らないといけないし、学生は未来に望みがなくとも勉強しないといけなくて。


Sytloさんのお立場をキチンと把握していないのですが、
学生さんなのでしたっけ?
未来、ない感じですかw?
草はやしちゃいけませんが、いまどきゃ学生さんも大変すなあ……。


> そういう時に、自分はアニメだとかゲームがあってよかったと強く思います。それらが今の自分にとっては、明日の活力になっていて。
> 日曜の朝にアイマスを見て、貴音さんの私服姿に何故だか笑えたから、また月曜から頑張れる、みたいな。
> そして、それらがあったからこそ自分はこうしてオイサンのブログに巡り合えたりTwitterでいろんな交流をすることが出来ました。
> 新しい世界を開く為の、一つのアイテム、それがアニメやゲームの役割、かもしれません。


そうですねえ。
なんだっていいんだと思うんですよ。きっかけは。
今のサッカーの日本代表にだって、
『キャプ翼』読んで代表なりました! って人だって一杯いるんですし。
前向きな材料に出来るのならなんだってよくて、
それが効を発するか否かは、結局は受け手の覚悟と行動の賜物なんですよね。

本文では「依存」と書いたのですが、イカンのは
それが「生きる」ということに対して後ろ向きに作用してしまうときで、
じゃあどうだい、
二次元にウツツを抜かして、結婚もせず、子ももうけずにいるオイサンは
果たして全うなのか、それは後ろ向きの作用ではないのか。
それこそ、現実から目を逸らす行為であるのかもしれない、とは思うのです。

イヤちょっと待て、イマドキ結婚や繁殖・生殖は、
人間という生き物の唯一絶対の価値なのか?
けれども、生まれる・生む・種として受け継ぐということ以上に
「生きる」という価値を表すことの出来るものがあるものなのか?

……。

マそんな風にですね、
結局、こうして、もう収拾つかないくらいに価値観の多様化してしまった世の中で、
「『正しく生きる』って一体何なの?」
ということになるんですけど。
その中で、漫画やゲームが前向きに作用するってどういうことなの?

自分がシアワセならいいのか。
周りの人の幸せまで考える必要があるのか。
どちらがより優先されるべきなのか。

全部が全部を選ぶことは、言わずもがな、出来ないわけで。
それこそ、自分のモノサシをしっかり握り締めて、
自分の身の回りの、自分とは違うモノサシを頼りに生きている方々のモノサシに対して、
どう不幸な気持ちにさせないように、
きちんとオトシマエをつけながら生きていくことができるか、ということなのだと思います。

……なんか、ゲームマンガアニメとは全然関係のない話になってきてしまいましたけど、
つまりはそういうたくさんの選択肢の中で生きる上で、
「正しい選択が出来た」と自分で思えたとき、
周りの人に「良かったね」「ありがとうね」と言われたとき、
そのどこかで、ゲーム、マンガ、アニメ。
それらのものが関わっていられるように生きられれば、
それが彼らにとってのベストなのではないかと思います。

なんていうか、オイサンの一つの指標としては、
そうしたオタク文化に恥をかかせない様に自分が生きよう、という物がありまして、
今のところ、自分に対してはプラスできてるなーと思いますし、
周りに対しても若干程度のマイナスでどうにか済んでいて
(それでもマイナスだとは思いますよw)
ラッキーなんじゃないかなあと、日々思いながら過ごしております。


……だといいなあw


しかし、なんですか?
sytloさんも貴音さん派ですかい?
おかしいなあ、意外とライバルが多いじゃなイカ。
見込みが外れたぜ……。


> 最後になりましたがSSの方、楽しみにしています。
> それでは。

あざーすw!
なるたけ早めにご披露出来るようがんばります。
正直、ひと様の反応がちょっと気になるデキになりつつあるので、
早く読んでいただきたいと私自身思っております。

ではまた、よろしくどうぞ。


……長ぇ返事。


 

投稿: ikas2nd | 2011年11月16日 (水) 01時55分

オイサン、お疲れ様です。
段々と冬が近づいてきていますが、体調には十分にお気をつけ下さい。
さて、久々の更新でしたが、或る言葉が目に留まりました。
 「それでもガマンだ!
  男は自分のモノサシを杖にして、
  泣きながら強くなってかなきゃなんねえんだよ!!」
まさかオイサンのブログで月光条例の話題が出るとは。
全然関係ない話ですが、最近やっとこさ「魔法少女まどか☆マギカ」を全話見たんです。
そのラストシーンの後も、自分の中にはずっともやもやした気分が残っていました。
結局のところ、あの世界には魔法っていう万能装置があって、それを一度使用したらどんな形であれ報いを受ける、代わりにどんな奇跡でも叶えてあげるっていう大きな仕組み自体は変わらなかったから。
それじゃあ駄目じゃん、そんなんに頼らんで自分のモノサシを杖にして歩けよ!って考えが自分の中にはあるから、やっぱりあのラストシーンは複雑だなーと思ったのでしょう。
ゲッコーさんの言葉でそれに改めて気づいた次第です。


現実って大変だと思います。奇跡もなければ魔法もなくて。
それでも、科学者はレンズの向こうを見つめていないといけないし、サラリーマンは汗水垂らして動き回らないといけないし、学生は未来に望みがなくとも勉強しないといけなくて。
そういう時に、自分はアニメだとかゲームがあってよかったと強く思います。それらが今の自分にとっては、明日の活力になっていて。
日曜の朝にアイマスを見て、貴音さんの私服姿に何故だか笑えたから、また月曜から頑張れる、みたいな。
そして、それらがあったからこそ自分はこうしてオイサンのブログに巡り合えたりTwitterでいろんな交流をすることが出来ました。
新しい世界を開く為の、一つのアイテム、それがアニメやゲームの役割、かもしれません。


最後になりましたがSSの方、楽しみにしています。
それでは。

投稿: sytlo | 2011年11月14日 (月) 19時19分

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