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2011年8月の13件の記事

2011年8月30日 (火)

■カゼひきWeAkend -更新第705回-

『ゼロの使い魔』と『灼眼のシャナ』と『緋弾のアリア』を
同じ期に三本立てでやって、
「ああ……実はコレって、どれか一本で十分だったんだなあ……」と、
誰かヤツらに気付かせてやってくれよ。

オイサン@それとも、ヤツらはそれで幸せすぎて死んだりするんだろうか。


いやー……不景気ですね。
円高でもうまいっちゃってまいっちゃって。 ← よく分かっていない
そりゃAKBだって売れますわ。
ボルトさんもフライングぐらいなさいますよ。
じっとしてられませんって。 ← 全く分かっていない



……良くないなあ。



ワリとこう……日記でも何でもいいから、出来るだけ毎日? なんか書こうと思ってたんですけど。
それなりに気にしてしまいますね。
出来栄えや内容を。

そして、オイサンが曲がりなりにもひと様向けに面白いことを書こうと気張ると、
所詮はアニメかマンガかゲームか、
そんな実のある様な無い様な無い様な無い様な話にしかなりませんで、
掘り返さんでもエエようなことをイチイチ小難しくして書いてしまって
若干へこんでみたりも致しましてね。

エエ。

なのでまあ、フツーのオッサンの日常も綴っていきますよ?
何の飾りもつけずに。
多感なおっさんの細やかな心の動きを読み取って、ともに涙したり、笑ったりして下さい。
……出来るモンならな。
ザマミロってんだコノヤロウ。

あと番組の最後に素敵なお知らせがあります、お楽しみに!



■土日の話



土曜日。

なんだか金曜の朝からチョイのどの具合が悪いな、体の熱が厚ぼったいな、
と思っておったらアレヨアレヨと悪化して、
夜、家に帰りつく頃には見事にヘロヘロになっておりました。

結局土曜の朝になっても改善される兆しも無く、
普段なら前日11時くらいには寝て
4時5時くらいには起き出して走ったり止まったりするところですが、
マ朝のうちは雨も降っておりましたんで、
取り敢えずこの日は大人しく寝ておることにいたしました。

ホントだったら、お台場の日本科学未来館で公開されている
「アナグラのうた」を体験しに行こうと、思ってたんです。
思ってたんですけどね。

 ▼はかせは帰ってこない

『アナグラのうた』というのは、
飯田和敏さんというその道では有名なゲームクリエイターさんが
お台場の日本科学未来館でプロデュースしている展示です。
詳しくはこの辺の紹介記事をご参照下さい。
  
  ▼アナグラのうた~消えた博士と残された装置~
  http://www.miraikan.jp/anagura/

  ▼奇才・飯田和敏の次回作は「アナグラのうた」。
  http://gadget.itmedia.co.jp/gg/articles/1106/28/news032.html
  [ ITメディア ]

  この方は一風変わった、ちょっとアートなゲームをお作りになられる方でして、
  PSで『アクアノートの休日』『太陽のしっぽ』、
  GCで『巨人のドシン』などをリリースしておられます。

   ▼太陽のしっぽ
    

  PS以降、ゲームの表現力が上がってからメキメキと台頭してこられた、
  かの風雲児・飯野賢治さんに並ぶ新世代ゲームの旗手と呼んで良い方だと思います
  (カタワレの飯野さんは随分ゲーム業界からはソエンになってますけど)。

うん。
この展示はフツーに魅力的で面白そうなので、
ちょっと実際見てみたいなと思ってます。
ただ、場所がちょっと遠い上にお台場なんつうアウェイスポットなので
メンドクサイなとは思ってます。

  ……。
  あのー、アレですよ?
  最後まで読んでも、別にオチのある話じゃありませんからね本当に。
  「オッサンが風邪ひいて寝てた」っていう日記なんで、
  そのつもりでお読み下さいよ本当に。
  書いてて自分でも、
  ちょっとこの先盛り上がりのようなものを期待させる調子になってきたので
  不安になっちゃった。

デ起きたのが……何時頃だっけ。
Twitterのlog見れば分かるんだけど。
6時半くらいに起きて二度寝して、次に目を覚ましたのが9時過ぎくらいだったような。

マ病人ですんで何をするでもなく午前中を過ごし、
それでも食べるものだけはちゃんと食べようとお昼にはいつもの割烹へ向かったものの、
如何せん、今日は休みなんだった。
先週、板長から聞いてたのにすっかり忘れてました。

それなら普段はあまり食べないようなものでも食べるかと、
行きつけではあるけれども普段はコーヒーばかりで
あまり軽食は食べたことの無いコーヒー屋さんでランチプレートを戴きました。

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ウム、おいしいです。
オマケに前からちょっと気になっていたグレープフルーツのタルトまでつけちゃってもう。
それが病人の食事か!!
ビ、ビタミンCは大事なんだぞう!!

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風邪とはいっても、のどが痛くて熱っぽいだけで
鼻をやられていないのは幸いでした。
鼻をやられると何の味もしませんからね。
助かった。
そしてこのオイサンは、具合悪くしてもそうそう食欲が落ちない。
大事なことです。

  ……しかしタルトはグレープフルーツが乗ってるだけで
  ワリと普通でした。
  残念。

で、ゴハンを食べて、多少気分がよくなったような気もしたので、
隣町までブラブラと散歩がてら、
……あ、そうそう。
午前中には録り貯めてあった『異国迷路のクロワーゼ』と『神様ドォルズ』、
『うさぎドロップ』を見たんだった。

  『うさぎドロップ』は、
  何やら『アイマス』と『まよチキ』がアホみたいに放送時間がかぶってたようで、
  ラスト10分くらいしか録れてなかった。残念。
  『アイマス』はともかく、『まよチキ』なんか予約をオフにしておけば良かった。
  オイサン的な優先順位は
   『アイマス』 > 『うさぎドロップ』 >>>>>>>>>> 『まよチキ』
  ですからね。
  それでも『うさぎドロップ』、すごくいい話で。
  『異国迷路のクロワーゼ』も、よくある話かな? と思って見てましたが、
  やはり一段階、上回ってこられました。スゴイ。

それで『異国迷路のクロワーゼ』のサントラが出てることをCMで知ったので、
隣町まで買いに行ったのでした、そうでした。
それもフツーに買えまして。
道すがら、チョイ空模様がまた怪しくなってきて、
サラッと降られたりもしましたがさほどの障りもなく。
ついでに晩ゴハンになりそうなものと、栄養ドリンクなんか買って帰りましたとさ。

TVアニメーション「異国迷路のクロワーゼ The Animation」オリジナルサウンドトラック 「異国迷路のクロワーゼ The Animation」
オリジナルサウンドトラック


アーティスト:コーコーヤ,アンヌ(中島愛),A.m.u.,羊毛とおはな,湯音(東山奈央),汐音(能登麻美子)
販売元:flying DOG
発売日:2011/08/24
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あとはもう、CD聴いて、寝て過ごして
……じゃねえや、『ひだまりスケッチ』の6巻を買ったんだ。
忘れんなよ。

本当はアマゾンで注文してたんですけど駅前の本屋で見つけてしまって、
そのときはしゃーねえと諦めて一旦うちに戻ったものの
まだアマゾンさんのステータスが「出荷準備中」中だったんでキャンセルして
買いに行ったんでした。
いえーい。 ← いえーいじゃねえよ

  ……ついでにこの時、アマゾンさんには『アマガミサマ』も一緒に注文してたんですが、
  すっかり忘れて既に購入済でした。
  『ひだまり』と同時配送の設定にしていたのでこのとき一緒にキャンセルすることが出来た。
  助かったぜ……。
  まあ、まだ読んでないんですけどね。 ← どないや
  ついでに、『アマガミサマ』と一緒に出た、塚原先輩のアンソロ集は、
  あまり興味が沸かなかったのでスルーしました。

   
アマガミサマ (マジキューコミックス) アマガミサマ (マジキューコミックス)

著者:オトウフ
販売元:エンターブレイン
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  ああそうそう、その『アマガミサマ』を買うとき、うっかり本屋の店員さんに
  「すみません『オトウフサマ』あります?」と尋ねてしまい、
  しばらく店員さんと二人で「???」ってなってたのはヒミツです。

デ『ひだまり』を買って帰って、ガッツリ一気に読んで。


 ▼『ひだまりスケッチ』6巻

今回は異様に面白かったですね。
正直ビックリした。
お話がすごくバラエティに富んでいる。
基本はいつもどおり、笑える話と心温まる話が中心なのですが、
それ以外にも色んな感情を刺激する話が満載で。
   
ひだまりスケッチ (6) (まんがタイムKRコミックス) ひだまりスケッチ (6)
(まんがタイムKRコミックス)


著者:蒼樹 うめ
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発売日:2011/08/27
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 しんみりする話、
 心にズキンと来る話、
 やる気の出る話、
 えっちくさい話、
 ちょっと哀しい話。

過去最高に、バラエティに富んだ巻だったのではないかと思います。
うん、一冊でこのボリュームは、ちょっとすごかった。
いやー……。
ウメテンテーはマルチタレントだと思っていましたけど、
やっぱり「プロの」マンガ家、「ストーリーテラー」だったんだなあ、と
しみじみ感じ入った次第。
ここ最近読んだ、どのマンガよりも面白かったと思います。
予測がつかないというか、
どういう感情をツツいてくるのか、
そのつんつん攻撃がどんな方向から飛んでくるのか、
全然わからず、
その上でまとまりかた・落としどころに無理がなく自然で。
多分、ムリに面白くしよう・面白がらせようとはしてないのでしょうね。

  今更ながらに気がついたんですけど、
  そして非常に僭越な感想になってしまいますけど、
  ここまでデキの良いマンガだとは思っていませんでした。

なんかすごーい。
読んでる最中はひたすら泣いたり笑ったりしてましたが、
読み終えて、改めてクチを開いて感心してしまいました。
1巻の頃の、いわゆるほのぼの系・あるある系・ちょっとあざとい系カワイイ4コマとは
正直全然違うものに変化しつつある、と思います。

……などと、熱に浮かされたアタマで『ひだまり』を読み、
そのあとは寝たり覚めたり、
起きた合間に『Project SYLPHEED』をやったりして。


 ▼『Project SYLPHEED』のその後

慣れてくるとこのゲームも、
だいぶ戦艦のパーツ狙い撃ちみたいなことも出来るようになってきました。
途中で開発できる対艦兵器がやたら強くて、駆逐艦程度なら数発でまっぷたつに出来てしまって
連邦の白いのはバケモノです。
まオイサンのやってるのは所詮EASYモードなんで、
難易度上げるとまた綾が変わってくるのでしょうが。

しかし『銀英伝』を見る傍らでこんな宇宙戦争モノゲームをやってると色々感じてしまうもので、
『Project SYLPHEED』の主人公たちは戦闘機乗りで、
出撃のたびに勇ましく出て行き
「なんでこんなところに敵がいるのよ!」
「仕方ないだろう、早く片付けて帰艦するぞ!」
みたいなことを言いますが、
ああ、この人ら人殺ししてる感覚なんて薄らいでしまってるんだろうなあ、
それが仕事という日常になってしまうんだなあ、
戦争って怖えなあ、などと考えてしまうのでした。

そのクセ、敵キャラに幼馴染みたいなんが出てきた途端
「お前とは戦いたくないんだ!!」とか叫び出しますしね。
ちょっとお前さんその薄っぺらさはどうよ、と。

  え?
  「カタナ・ファラウェイ」なんていう名前をつけたシナリオ屋に聞いてくれって?
  ごもっともでございます。

まあ人間そんなモンなんだろうけど。
ある意味リアル……なのかな。

そっから先、何をしたかはあまり憶えておりません。
うつらうつらとしてしまって、
ダメだもうちゃんと寝ようと思ったのが11時頃だったでしょうか。



■日曜



日曜は万全ではないもののいくらか体調も戻り、
『アナグラのうた』に行こうかとも思いましたが、
どうも8月中は「開館と同時にその日全日分の整理券を配る」だなんていう状況のようなので、
ほとぼりが冷めるまでしばらく様子を見ることにしました。
夕べの早寝と普段の習慣の賜物で、4時過ぎに起きる。

  すげえな俺は。完全にご老体じゃないですか。

そして起き抜けに、ちょっとした荒療治のつもりで
軽くストレッチ程度にカラダを動かしつつ、
高校生が小学生相手に色々本気になるアニメ』と
伊藤静がゲロとか股ぐらとか言うアニメ』を流す。


 ▼『ロウきゅーぶ!』と『ダンタリアン』

『ロウきゅーぶ!』は、
ベタだけど丁寧で、王道……だけど所詮ベタ、というのがオイサンの評価で、
80点より上へは、このままだとどうあがいてもいけない作品。

  何でもかんでも点数つけるのはエラソウで良くないとは思ってるのですが。
  オイサン心の目安だと思ってください。

「まったく小学生は最高だぜ!」とかいう、
刺激的な文句で人気を博していて、その辺確かに面白い・上手いんだけど。
お話のほうでも、少し意外性が出てくればなあ、と思います。
でもまあ、お手本になるような丁寧さなので、
こういうストーリーに初めて触れるお若い方々にはいいんじゃないかなーと思います。

『ダンタリアン』の方は……
ぼちぼちダリアンのかわいいのにも慣れてきてしまったのでそろそろいいかなー、
とか思い始めている。
もともとお話には興味そんなにないですしね。
へっへっへ、お嬢ちゃん、悪いがあんたァ用済みだよ。←鬼

ちなみに伊藤静さんは『ロウきゅーぶ』の方にもこなた役で出ています。


ちょいと長めの朝の散歩(いつもならジョギング)と、
いつもの日曜と変わらない『シュタゲ』を見ながらの朝ゴハン。
うーむ。
『シュタゲ』もあと3、4回もやればおしまいか。
それを言ったら『日常』もだけど。
なんかどっちも、黙ってたら延々続きそうだ。
2クール作品って……長く感じるなあ。
昔は1クール作品なんて珍しかったと思うんだけどなー。

個人的には『シュタゲ』は、練りこまれていて、よく出来ていて、
それ故にこぢんまりとしていてソツがなさすぎて、
面白みに欠けるという典型的な秀才型の作品だなあと思います。
「何が起こるかわからない」ことがわかっているのは、
「何が起きても見る側は驚かなくてもいい」ことの裏返しでもあるので、
メシ食いながら安心して見てしまうわけです。

  オイサンネタバレを見たあとで見てますけど大筋以外はざっくりで、
  FBがあの人だとか、モエカがあっち側の人だとかは全然知りませんでしたからね。

でも作りはすごく丁寧で構成に工夫があるので、
ワリと苦手なミステリー系のお話でも最後まで見ることが出来そう。
存分に楽しませてもらったと思います。
伊達じゃない。

昼までは、昨日ランチを食べたのとはまた別のコーヒー屋にこもって書き物を試みるも進まず。
アーメン(祈った)。
本を読んだり。
ついでにそこでお昼まで食べてしまう。
オムライス。
今日はデザートは食べません。
ただでも、普段よりカラダ動かせない状態なんだから。

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 ▼美山名水の飲み物

ちょっと遠回りに歩いて業務スーパーに立ち寄り……あった!
以前もちょっと書いた、美山名水というメーカーの缶コーヒー。
業務スーパーなんかに大量に売られていることが多い、と聞きつけて寄ってみたら本当にあった。
カフェオレとお茶もあったので、それぞれ2本ずつ買ってみた、
ん、ですが、缶飲料6本(180mlのコーヒーx2・カフェオレx2・お茶x2)買って、
190円……だと……。
業務スーパーすげえ……。

  
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上に乗ってるのはBOSSのおまけです

お味は……うーん。
ちょっと濃い目かなあ。
コーヒー牛乳に近い感じだった。
そんなに好きでもないかも。
もう一本、改めて飲んでみてもう一度考える。


 ▼2割引のヨロコビ

些事のついでもあって、百貨店・駅ビルに寄りますがこの辺は普段の買い物です。
駅ビルの靴屋から、誕生月の人向けに2割引クーポンをもらってたんですが。
どうにも欲しい靴がないので結局使わずに終わりそう。
ムリに使うのもアレだしなあ。

2割引ってのが難しいセンですね。
2000円・3000円のを400円600円引きで買ってもあまり嬉かないし、
かといって10000円のを8000円で買うのも、
モトがモトなので(クツなどにあまりお金をかけないオイサンには)おトク感は薄い。

個人的には6000円台前半~8000円くらいのものを
5000円チョイ~6000円チョイくらいで買うのが一番嬉しいカンジなんですが。
皆さんいかがでしょうね。
まモノによるんですけど。

そんな辛気臭い計算をしながら家路につき、写真の整理をしつつ『アイマス』を見たりする。
大安定のドタバタ劇。第8話、あずささんと真くん大活躍。
面白えなあ。
手ぇ叩いて笑ってしまいました。

そこからまた少し眠ったらもう宵の口で、あとはちょっと体動かしてご飯食べて、
寝る前にちらっと『ドリクラ』なんぞやって、
といった感じでしたかな。

一応世界陸上も見たりしたんですが、
肝心のボルトさんが空を飛ぶシーンは見ていないというていたらく。
十種競技が超スルーで終わったのが残念でした。
ホントこの国は、自分トコの選手が活躍しない競技は興味ないんだな。
マお金にならないから仕方ないんだろうけども。
日本人て、まだ8000点出すのがやっとなんだなあ。


ふむ。


日曜の方がワリとイロイロやった気がしてましたが、
土曜の方がイロイロあったみたいだなあ。
こうして書き出してみて分かることもあるということか。

ああ、あと土曜日に、『クロワーゼ』のサントラと一緒に買った
『うさぎドロップ』のエンディングテーマ……
の、カップリングがすごく好きな感じだった。


▼カサリンチュ やめられない とまれない




……サテ、ここでラストクエスチョン。



この病人は、この二日間で、
一体何本のアニメを見たでしょう!?




いやー。
自分で書いててビックリしたな。こんなに見てたのか。
なんかしながらだったり、たまに倍速だったりっていうのはあるにせよ、
ちょっと見過ぎだろうコレは。
え、どうなんだい36歳。
ほかの事に時間使えよ。
多分ねえ、さすがにコレ読んでる方も呆れてるのではないでしょうか。
親が結婚しろっていうのも、わかる気がしてきてしまった。



「アニメ見てるヒマがあったら結婚しろ!!」



……と言わせたら、あるイミ勝ちの様な気が、しないでもないけど。

あ、クイズの答えはコメント欄にコメントで書いて下さい。
正解された方には、



『ひだまりスケッチ×☆☆☆ 特別編』
完全生産限定版(Blu-ray版)





……をプレゼントします。
新品未開封。
いや、間違ってダブって買っちゃったやつだけど、それでも良ければ。

正解者が複数の場合は……なんか考えます。
抽選にするか、全員にあげるか、殺し合いをしてもらうか。
副賞を用意するか。

……しかしまあ、冒頭で「なんもない休日」と書きましたけど。
人の一日って、なんもないようで、こう細部まで書き出すとなんかしらあるもんですね。
人はこれを「なんもない」と呼ぶのかも知れないですけど。



オイサンでした。



いやー、しかし真剣に時間の使い方考えよ。
ひどいわ。




 

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2011年8月25日 (木)

■ゼロから始まるドラマと文化 -更新第704回-

こないだ友達とお茶飲んでて、
『ひだまりスケッチ』の4期が決まった経緯を話している最中に感極まってしまって
めっちょ涙声になってしまったオイサンです。

ままーあのひとないてるー。
アラほんと。キモーイ。



いやー……。



……。





ねえ?





ねえ、って言われてもねえ。
自分でも良くわからないんですけど、泣いちゃうんですよ。
『ひだまり』の話してると、ワリと。
うす気味悪いオッサンですねえ。
聞いてる方も「え、この人なんで泣きそうになってんの」って思ったに違いない。
全くもってお恥ずかしい。


▼ひだまりスケッチOP集

はじめて出会った時には、ここまでトクベツな存在になるとは思わなかった。



■ドラマの終わり、物語のはじまり



先日の岩男潤子さんのライブの前に、
友人と大層おいしいコーヒーを戴きながら生きたクレイアニメを見……
もとい、
何かと小粋なおしゃべりをしておったのですが。



……。



イキナリ脱線しますけど、おいしいコーヒーで思い出したからお話します
(ホントにオイサンはライブ感を大事にするなあ ← モノは言いようだなオイ)。

最近出たばかりの、缶コーヒーBOSSの『ゼロの頂点』ってヤツ。
カロリーとか糖分とかゼロのヤツね。
今まで、缶コーヒーのゼロ系のヤツでいい思いしたことはなかったので
今回も同じだろう、と思ってはいたのですが。



■ゼロの文化



コンビニで買うとスターアライアンス航空機のモデルがオマケについてくるというので、
タイムライン上の飛行機好きがなんか食いつくかな、と思ってオマケ目当てで買ってみました。

 ▼スター アライアンスコレクション [ http://www.suntory.co.jp/index.html ]
 http://www.suntory.co.jp/softdrink/boss/campaign/zero/index.html


  ……しかしこうして思い返すと、
  コーヒーもオマケも、別にオイサン自身が欲しかったワケじゃないんだな。
  アホか俺は。

するとまあ……案の定。
何ッの味もしませんよね。
うっすい泥水に匂いだけつけたみたい。
ビッッッッッックリしますよね。これをコーヒーだと!? みたいな。

以前Rootsのゼロ系を飲んだときも、まーあビックリしたもんで、

 ▼Rootsトリプルフリー
 http://review.kakaku.com/review/S0000525275/

正直、これもほっとんど同じ程度の衝撃を受けるわけですが。
いやー。
なんも残らない。
缶に水入れといたら、缶からなんか染み出しただけじゃないの? というほどで。
錆び水の方が、多分まだ味しますよ。
飲んだことないけど。
最近オイサンは微糖系のもちょっとどうかなと思ってるくらいなので、
さすがにガマンできませんでした。
ホントにアレ、コーヒー入ってるのかなー。
だとしたら、自分の仕事を台無しにされている豆が、気の毒な気が。

オイサンはお酒飲まないので分からないのですが、もしかすると、
昨今のお酒業界。
第三のビールとかでも、同じようなことが起こってるんじゃないかと推測いたします。
フリーとかゼロとかクリアとか、言うでしょう。
あれも、本来のビールとはかけ離れたうっすいモン飲まされてるんじゃないかと。

……いえ、別にね。
今、それが美味しい、ってんならいいんですけど。
蓼食う虫もナントヤラと申しますんでね。

ただその、もともとの端を発したものの味がどんなだったか、ということは知った上で
今のその「自分が美味しいと思うもの」を食べても、
マ罰はあたらんのと違うかなあと思いました。

とさ。

今感じているその味が何から出てる味なのか? を知っておく、
と申しますかね。

その材料が石油でも、人工的な化学物質でも。
「ウマけりゃいい。ゼロだからいい」
ってイケメンも言ってましたしね。
なんか、たっかい所で、しゃくれたアゴで。

  ▼アサヒ スタイルフリー
  http://www.asahibeer.co.jp/stylefree/



オイサン自身が、どれだけ根っこの味を知っているかといわれたら、
それはそれでアヤシイところもありますしね。
けどまあ、解れるところは解っといてもエエのんとちゃうかな、と。

ところで、『ロックマンゼロ』は何がゼロなんでしょうね?
教えて神戸の大学生。
あと『ドリクラゼロ』も。

  あ、『ドリクラ』の方はね、多分「節操」と「布面積」がゼロなんだと思います。
  セッちゃん・遥華さんあたりもゼロですね(なにが?)。

どうでもいいけど、
こんだけ商品disり倒した記事から商品ページにリンク張ったりして、
オイサンもいい性格してるな。



■ドラマの終わり、物語のはじまり(仕切り直し)



さて本題に戻りましょう。

その友人からオイサンは、OVAの『銀河英雄伝説』を借りております。
全110話でしたか。
あと劇場版も何本か。
外伝? もあるらしいのですが、それはなかったかな? 確かめてませんが。
今それの50何話目かで、ようやくの折り返し地点。

▼銀河英雄伝説

なんでファミコン版やねん


お借りしたのが昨年の春でして、
「……まあ、週に二話ずつ見ていけば一年で見終えるな」
と、それにしたってワリカシ遠大な計画を立てておったのですが、
秋頃の多忙さと『アマガミSS』に阻まれてスピードダウンしてしまい、一旦頓挫。
最近になって再開し、ようやくここまでこぎつけました。

あの、誤解のなきよう申し上げておきますが、
面白くないわけでは全くない。
面白い。
相当面白い。
なんちゅうか、飽きないし、疲れない。興味が損なわれることもない。
一度見始めると、3話くらいはスルスルっと入ってしまいます。
ただ、強烈な引きが延々続くわけでも決してないので、
一回途切れてしまうと復帰するのも難しくて、
復帰に何度か失敗した結果、オイサン、ひとつの話を五回くらい見てしまいましたもの。
友人には「よく帰ってこられましたね」とヘンな感心をされました。

今オイサンはお話のちょうど大きな境目、第二部のおしまいにおりまして。
ここで、物語の二人の主人公、
ラインハルト(帝国・専制側の立場の人)と、
ヤン・ウェンリー(同盟・民主政治側の立場の人)との戦いに一応の決着がつきます。

  ……とはいっても、「帝国と同盟の戦争」が帝国の勝ちで終わっただけで、
  二人の個人的な決着はまだついてないと思いますが。
  いや、それもついたのかな。
  ヤンが勝って、ラインハルトが敗けた。
  勝負に勝って試合に負ける、或いはその逆、というやつです。

デ。
オイサンはまだ先は見てないのですが、
どうやらこのあとヤンの方が死にます。
死に方は知りません。が、当の友人が言ってたので間違いないでしょう。



……でー……。



オイサン的には、
「ん、戦争も終わって決着もついちゃって、
 おまけにヤンも死んじゃうときたら、この話、あと50話もナニやんだろう?」
と思っており、その疑問を友人にぶつけてみたのですが。



彼曰く、「こっからが本当の『銀英伝』だ(と考えている)」と。



以下は彼の言葉そのままではない、
彼にはちょろっとだけヒントを語ってもらいそれをオイサンが勝手に解釈・妄想した格好になりますが、
それはつまり、

「『銀英伝』がテーマとするところの、
 『より理想的な「人々の社会」のあり方とはどのようなものか?』ということが、
 帝政と民主制、相反する二つの社会制度が
 (恐らく)その両方の要素を持つ(もしくは望む)ラインハルトという
 一人の人物の元に統合されることで、これから混沌の度合いを深めながらも模索されていく」

ということ……なのかな? と。
受け止めた次第でございます。
もし全然違ってたら影でクスクス笑って下さい。 < 既に筋を知っている方々

  ……放映中の作品は好き勝手言っても作り手しか先を知らないからいいけど、
  完結済みの作品の、先を知らないで語るのはコワイなあ(汗。

  相反する、と書いたのは、
  「それぞれの制度の中における民衆・大衆の立場や態度が」
  という意味です念のため。

それを聞かされて、オイサンすとんと腑に落ちまして。
ああなるほど。なら確かに、こっから先が本題だと。
こりゃ見なけりゃ損をすると思いました。
先が実に楽しみ。

デそれと同時に、……なんというか、
それでもある意味お話の一番盛り上がるところは終わってしまったんじゃないかなと、
そんな風にも思ってはいます。

つまり、
ドラマ(物語の劇性)は終わった。
けれど、テーマ(物語の主題)は終わらず、これから深まる。
これはなかなか贅沢な構成だなー、と、勝手に想像をたくましく、
これからのすっかり未知なる展開に、心躍らせておるのでした。


 ▼『エヴァ』と『まどか』、主題の終焉・物語の終焉

デこの時、この話とは関係なくした話の内容に、
『まどか』はどうだった? という話がありました。

小難しい解釈はともかく、
「すっきり面白く見終えることが出来たかどうか?」
というだけのお話です。
これに関してはオイサンはNO、友人はYES。

  ちなみに友人は、『まどか』の脚本家・虚淵氏の作品はいくらかご存知で、
  その面白さを既に認めている立場。
  オイサンは『まどか』で知り、『まどか』しか知らない立場です。

それともう一つ、『まどか』の話から派生して
(……だった、と思うんだけど? 違ったら突っ込んでね > ご本人w)、
『エヴァンゲリオン』TVシリーズの終幕、アレを是としたか非としたかについて。
これは逆に、オイサンは是で、友人は非。

オイサンは、
『エヴァ』のラスト、あれは
劇性の部分をすっとばして主題だけを(ウラ事情はおいといて)とりあえずイキナリ終わらせたものだと、
まあ、フツーに捉えておりまして。
その様子をTVで見ていて、「ああ、こういうのってありなんだ」と、
その「新しいやり口」(好意的な解釈)にいたく感銘を受けました。

  物語作品の中には
  「テーマを語ることがすべてで背景や筋立てはそれを語るための道具立てに過ぎない、
   だからテーマを受け手にハッキリと伝えて、それさえ締めくくれば、
   それ以外のパーツはその瞬間ゴミになり、パージしてしまっても問題ない」
  という姿勢で語られるものがあるんだ、ということです。
  オキテ破りではある(物語作品全体を見渡せばそんなことはないハズですが)のかも知れませんし、
  商業ベースでやるこっちゃねえのかもしれませんけどね。
  逆にそれを、商業ベースでやったからこそ良かったとも思います。
  怒った人が多かったことはよっく存じ上げてますよw
  その上でもオイサンは、アレは「面白かった」し、「アリ」だと今でも思います。
  メッタメタにメタですけど。

  ついでに言っとくとオイサンは、
  話の終盤になってからゼーレの話が上がって来た時点で、
  話全体の筋はワリとどうでもよくなっていました。
  この話なんかオカシイ、今言うこっちゃないだろう、と。

事情はどうあれ、『エヴァ』は「劇の部分は投げちゃって、テーマだけを終わらせた作品」。

対して『まどか』は、
恐らくテーマも劇性もきっちりと終わらせたものだ、とは、
……アタマでは理解しているのですが、
オイサンの中であれは、テーマなき作品に位置づけられております。

と申しますのも、ぽちぽちとあちこちで虚淵氏のインタビューなんかを拾い読む限り、
あのお話は「絶望にどう立ち向かうか?」が見たくて書かれた物であるご様子で。
その絶望が、あまりにオイサンの、そしてヒロインたちの身の丈に合っていない、
すごく極端な感情で構成されているようにお見受けします。
つまりはその絶望は「お話のために、お話によってお膳立てされた絶望」であって、
彼女ら自身と地続きではないように、思えるのです。
寧ろ彼女たちが「絶望のために生み出された人材」である。
お話を面白くするために、丁寧に組み上げられた感情、で、あるように思えて。

どこかから、ポッと湧いて出たような印象がすごくある。
どのお話もそうであるかもしれませんが、
期間が短いせいか、つくりもの・お人形さんの印象が、あまりに強い。
絶望以外に彼女たちのナマの部分を読み解くファクターが、見当たらないんですね。
厚みが感じられない。
だからその絶望とやらも、ひどく薄っぺらく、オイサンには感じられておりました。

  余談になりますが、恐らく、作り手からはその薄さは分かり辛いとも思います。
  というのは、作り手は、彼女らが生まれてからその絶望に打ち克つまでの物語を
  制作・創作という過程で体験して見て来ているので、
  そこに厚みは見えてしまうのだと思います。
  その厚みのあることを前提に、期間や予算に合わせて、面白いところだけを研ぎ澄ませた結果が
  あの『まどか★マギカ』という作品だったはず……なので、
  多分……それを汲んで、面白がらないといけなかったんだろうなあ、と思ったりもします。
  それを無意識に出来る今の受け手の皆さんはスゴいなあと、逆に思ったりも。
  ええ。
  いたします。

  どうでもいいけど今自分でタイプしてみて気がついたんですが、
  「マギカ」という言葉の感じさせる邪悪さ・不吉さは、パワーありますね。

  閑話休題。

それは一応テーマではある、とはいえ、
フィクションから出てきたものであるので、そのテーマの根っこも、
やはりフィクションの土壌に生えている。
それってもう、劇の一部と言っていいんじゃないか?
……というのが、オイサンの解釈です。

  もしかすると、当初はもっと地続きの小さな感情に端を発していたものが、
  あの期間・話数にあのスケールのお話を綴じ込めなければならなかった都合上、
  そこに込められる感情も、
  スケールアップすることを余儀なくされてしまったのかもしれません。
  いわばテーマが劇に飲み込まれてしまった状態です。

マこれはオイサンの感触・感覚に過ぎないのでアレですが。

デこの『まどか』と『エヴァ』の話が
上でした『銀英伝』の話と何の関係のある話かをご説明すると、
「あ、この『銀英伝』ってやつは、
 前半でテーマへの導入を劇的に見せ付けてやって、
 後半でテーマの深彫りを徹底的にやる気だな」
という姿から、
『まどか』『エヴァ』という時代を代表する2作品が、
それぞれかたっぽだけを終わらせていったものなのかもな、ということが透けて見え始め
(『エヴァ』に関してはずっとそう思ってきましたが、
『まどか』の煮え切らなさを謎に感じてました)、
それを、たとえ時間がかかっても良い、我々はその両方をこの手中に収めてやろうではないかキルヒアイス!!
……という、
なんかすみません、
えーと、
『銀英伝』への楽しみがすごく増しましたよ、



……。



ていう。



ごめん、それだけだったw



長いわ。



とまあここまで書いておいて、この先の展開が全然違う感じだったら赤っ恥なんですけど、
マそれはそれでね。
今後の自分のことに使い回していけばいい話ですので。


 ▼超余談

デそれを考えながら一個思い当たったのが、もう一つの「この先何やんの?」的作品……
そう、みんな大好き『アマガミSS』の第2期です。
一体何クール作るのかは存じ上げませんけども、せっかくの拾った命です。
永らえた時間をこの際、大事に、ゼイタクに、
この作品にとって大切な何かを語ることに充ててもらえればいいなあと、
そう切望する次第でございます。

……ねえ。

もう十分稼いだんだろ?
だったらさあ、Youたち、好き勝手にやっちゃいなYo。
ぶっ飛んだモンを見せておくれよ。
今更無難な、湯気と怪光線が乱れ飛ぶ程度の変態アニメなんか、
作ったってウケやしないZE?



……。



逆に『銀英伝』の後半で湯気と怪光線が大活躍だったら斜め上だなあ。
それもいいなあ。
別にゲテモノが好きってわけじゃ決してないんですがね。

  ねえ絢辻さ……ゲフン。

えー、絢辻さんが「なんであたしに振るのよ」ってカオで睨んでらっしゃるので、
本日はこの辺で。
オイサンでした。



エー、 ベツニ アヤツジサンガ ゲテモノダトカ イッテナイジャン ナニスネテンノ ?





■オマケ



 ▼日本人
 http://labaq.com/archives/51694147.html

これによって、日本人全体や自分が日本人であることを、
殊更祭り上げることも、悲観することもないと思うけども。
「捨てたもんじゃないよね」ってことでおkかと。

これに驕らず、これに恥じないように、生きてけばいんじゃね。

まだまだ豊かで、貧窮した国ではないし、
もしかしたら今イマ、実は貧窮してるのかもしれないけど、
人の心はそれに追いついていない、逼迫はしていない、
……言い方を変えるとそこまで危機感を感じられていない、ってことなんでしょうな。

なりふり構わず人から何かを奪う態度を「危機感」と呼んでいいかは別として。

どんなときでも高楊枝でいられれば。
そしてその高楊枝を意気に感じて、尊敬したり、見習ったり、力を貸せるような美徳が皆にあればいい。
……と、思いますよ。


 

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2011年8月23日 (火)

■心と暮らし~アイマス・ドリクラ・岩男潤子 -更新第703回-

世間的には、盆休み週明けの朝。
オイサンです。

その、まだ少しひと気の戻り切らない、朝の小田急の車内広告。

「キュウリビズ、おひとつどうぞ。
 東北のキュウリで夏を涼しく」。

ナンつって、冷えたキュウリの大写し。
東北の、JAの広告です。JA全農福島、あきた、山形……。
この「キュウリビズ」の駄洒落ウリ文句は去年も見かけましたけど。



……。



こんなこと、言っちゃダメなんですよ?
ダメなんですけどね。

  ああ、「涼しく」って、ロシアンなんとか的な意味で……。
  以下自粛。

というツッコミしか思いつかないオイサンです。
まことに面目ない。
風評被害……も、あるのでしょうけどねえ。
でも、例のアレの検出検査結果を、
シールにして貼り付けるくらいの正々堂々とした姿勢とアピールが
必要だと思いますよ。
他所で獲れたものの検出結果と並べて張るくらいの。
厳しい言い草だとは、われながら思いますけど。



■好きな人が……いたの。



この間の記事で岩男潤子さんのライブに行ったことと、
そこで「好きな人がいるの」という曲が聴けて嬉しかったと書きました。

この「好きな人がいるの」という歌は……まーあ、切ない歌でしてね。

ずっとそばにいて、優しく支え励ましてくれた仲の良い異性の友達から愛の告白を受け、
半年も経ってから「自分には好きな人がいるの」とお答えする、という。
なんともやるせない歌なのです。

そして、お待たせした半年というのは恐らく「告白から返事を待たせた期間」というだけで、
お相手はもうそのずっとずっと昔から歌の主人公のことが好きで、
主人公の方もその気持ちにはずっと気付いていながら、
でも好きな人は別にずっといて、
その関係をずるずると引きずってきてしまった、という歌です。

  ライブの場で潤子さんが明らかにしていましたが、
  作詞の谷山浩子さん曰く、
  相手の男の子は幼馴染の子という設定イメージだそうです。
  そいつは気の長い話だ。

谷山浩子さんの作詞で、『kimochi』というアルバムに入っており、
オイサンが初めて聴いたのが、恐らく2000年頃。
今から10年ほど昔です。

初めて聴いた頃にはもう、
オイサン聴くだけでウワーッとなって胸とのーみそを掻き毟ってしまうくらい、
切なく哀しくやるせない思いに駆られたものですが。

……先日のライブではワリとすんなり、
ああ、そーね。そういうことあるよね、と聴けてしまったことが……
ちょっと、ショックでもありました。

オイサン別にこの10年で、
そんな切ない思いにするっと共感出来るほど傷つくような恋愛もしてないし、
ていうかそもそも恋愛自体2次元でしかしてませんし。

  まあオイサンの2次元恋愛イメージング能力は、
  かの天才トータルファイター・刃牙さんも斯くや、
  というほどであると自負しておりますが。

  絢辻さんに焼きゴテを押し付けられることをイメージするだけで、
  ハートマークの火傷の痕が背中に浮かび上がるんじゃぜ?
  痛たたたたたたた痛い痛いイタイ。
  絢辻さん、転蓮華はナシです!!

   ▼参考 転蓮華 画像検索結果

  え? 新しい体位の研究?
  ……じゃあしょうがないな……。

別段、そのかきむしるような心の痛みに耐えられるほど、
人間的な成長を遂げたとは思いません。
つまりは、馴れと、諦めと、マヒによって、
そんな大切な瑞々しい気持ちを、瑞々しいうちに自分のものとして感じることなく
通過してしまったのかなあ、と。
そんな風に感じて、ちょっと寂しい気持ちになったのでした。

マお歌を聴いた場が場であるというのも、
気持ちの状態というのもあるでしょうけども。

ちょびっとだけ、たまにゃあ生身相手の恋愛、
恋愛とまではいかなくても、
好きな人をこさえることくらいはやった方が良かったかなあと
わが身を省みたのでありましたとさ痛たたたたたたた痛い痛いイタイ!!

  絢辻さんっ!!
  今、足指でゲンコツつくって蹴ったよね!?
  体位の研究で打撃技ってのは、さすがにムリあるよ!?
  ていうか、体位の教科書に『バキ』選ぶのはおかしいよ!!



■縦ロールの先制攻撃~『ドリクラ』のろけ話



『ドリクラ』の、遥華さんの歌う「Happy & Pride」がすごくいいなーと思うのだけど、
歌そのものもさながらサビの部分のかかとグリグリダンスがとても可愛くて
破壊力x16。

ていうかビジュアルなしで聴くのはちょっと物足らないわ。

▼DREAM C CLUB ZERO 遙華「Happy&Pride」


オイサン、遥華さんはまだ完全にノータッチ(ピュア的な意味ではなく)なんだけど、
こうして歌を聴いてるとすごく興味も沸いてくる。
最近はアイリのかわいらしさにもやられ気味なんだけど。

『ドリクラ』の良いところは、そんな風に、
本編にまだ触れていなくても何かの拍子に歌を聴いたりするだけで、
そこに物語や心情の背景がハッキリと謳われていて、
新しく興味が沸いたり、気持ちが継続したりすることだなーと思う。

  ヒロインの可愛さが上手に織り込まれていたりして、
  あ、こいつそういう子なんだ、とイイトコだけ先取りできる。
  この構造は上手いと思う。

逆にゲーム中で初めてその歌を聞かされると、
歌詞の内容があからさま過ぎて若干冷めたりもするんだけど。
良し悪しだねえ。
でも功罪で言えば、オイサン的には功の面の方が多いかな。



■ゴダールも駿も舌を巻く~アニメ『アイマス』7話感想



--古き良き特撮モノと、ジブリアニメとをいっぺんに見ているようだ。



……と、かのジャン=リュック・ゴダールも語ったといいます。
『アイドルマスター』第7話、「大好きなもの、大切なもの」を見ての、
すみません、ウソつきました。
オイサンがTwitterにpostした感想です。

  つまりオイサンはゴダールだったんだよ!!
  ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー
  ……。
  ネタに使うにしても、ゴダールさんの映画の一本くらいは見てからにしような。
  ハイスミマセン。 ← 見タコトナイ


マジメな話に戻します。


「古き良き特撮モノ」とは、オイサンにとって
「子供が見ても理解できるくらいに分かりやすく、
 且つ大人が見ても納得がいくくらいしっかりとした、
 人物の心の流れが自然に作られている」
ということを表します。

賛辞としての「ジブリアニメ」とは、世の中的には色々とあるとは思いますが、
オイサンにとっては
「暮らしの様子が、動画の説得力を以ってしっかりと描かれている」
ことを指します。

  ジブリの真骨頂って、そこにあると思うんですよね。
  ゴハンを食べる。
  寝る、歩く、走る。
  泣く。
  笑う。
  そういう命に関わる日々の営みに連なることが、言葉ではなく、
  背景や動きによって繊細に表現されること。
  ご大層なテーマとか、自然と文明のかかわりのお説教とかは
  その延長線上にあるものでしかないと思っておりますオイサン。
  ……ごく最近の作品群は、あんまマジメに見てないけど。

ぶっちゃけた話、この二つが揃ったらもう、最強です。
やよい、いまさいきょう。さいきょう。

これと似た感覚を憶えたのが、昨秋のクールに放映されておりました、
ソンナーヤサーシークーシナイデー♪の「irony」でおなじみ、
『俺妹』の……何話目か忘れましたが、
京介兄ちゃんが幼馴染の地味メガネの家に遊びに行く回。
しかし今回の衝撃・緻密さは、それを上回るものだったと思います。

「暮らしの様子」とは、やよいの家の中の風景だけを指していうわけではなくて、
事務所の中でのことだってそうです。
というかオイサンは寧ろ、冒頭の事務所のシーンでそれを感じたのでした。

たとえば、メガネのPが誰かを個別に叱ったり、話を聞いたりする時には、
ああ、毎回あのソファのスペースに呼ぶのだろうな、と思わせたり、
そこから引っ込んできたアイドルたちは、
台所に集まって愚痴ったり笑ったり、
するんだろうなという「場所の役割・定まり」のようなことの意識付け。

  もちろん、事務所のドコを、誰と誰が根城にしているのか? という、
  「ナワバリ」みたいなものも、きっと存在するんだろうなという予感もあります。
  第一話を見る限り、あのソファスペースはミキミキが寝床にしてるくさいので、
  お説教が始まるときにはどかされるんだろうなー、とか。

そんなことを、冒頭の台所で、BGMもなく
いおりん・我那覇ちゃん・やよいが揃ってダベるところ……
特にやよいの背後に貼られた「熱湯注意」という張り紙を見ていて
「あ、すげえ。なんかジブリみたい」
と思ってしまいました。

  ……どうしてそういう小物にすぐ目が行くのかは分かんないんだけど。
  ああいうものが、すごくストンと心に落ちていくんですよね。
  オイサンが好きなだけでしょう。
  そういう所帯じみたモノに滲む寂びみたいなものが。

やよいの家のシーンに移ってからの細やかな生活観の描写については、
もう枚挙に暇がないのでイチイチ書きませんが、その辺はもう、洪水の如く。
それを追っかけるだけでも見所満載です。
いっこだけ挙げるなら、これまたやっぱり我那覇ちゃんの後ろに張られていた
日本地図。
あれ、なんでか、貼ってあるんですよね。
どこン家遊びに行っても。
少なくともオイサンがお友達になる生活レベルの人の家には、
場所こそ違えど、必ずどっかに貼ってある。
いおりんの家には、多分貼ってないと思うけど。

別に、小物にこだわれ、っていうわけじゃなく(やりすぎるとそれもあざとくて醒めます)、
別な手段を用いても、生活感というか、
生きるための平地のステージ、土台となるレイヤにおいて、
彼女らがどのように暮らしているかを、
どっしりと、けれどもさりげなく描ければ何でも良いと思います。

玄関先のシーンでの影の落ち方なんかもすごいですね。
「あ、ちょっと薄暗い感じの家なのね……」
ということが分かるってすごい。


 ▼心の流れの分かりやすさ

もう一つの、「自然で分かりやすく、説得力のある心の流れ」ですが、
これは主に高槻さんちのチョースケ君のことですね。

自分は、アイドルやって忙しい姉の助けに少しでもなるようにと普段から頑張っていたのに、
ちょろっとやってきた我那覇ちゃんといおりんのはたらきばかりが
「毎日来て手伝ってくれると助かる」と姉の口から褒められ、
それに苛立っていたところへ追い討ちで、たった一度の過失を責め立てられた。
だからそのヤキモチと納得のいかなさを爆発させてしまった、
という流れがキレイに描かれていて。

「姉のため」という気持ちが本心であることが、
ひけらかすことなく(気付いては欲しいのでしょうけど)献身的に兄弟の世話をする
彼の姿で描かれていて、
「アイドルなんか!」という言葉が本音でないことも視聴者にはするっと伝わる、
けれどもその一言がやよいには本音にも聞こえ、ショックを受けてしまうことにも合点がいく、
ということがもう、何の無理もなく描かれており感服感服。

コマゴマとした所作……
隠れていた物置が開かれるときの一瞬の視線の動き
(見つけてもらえた、でも喜びは表に出すまい)とか、ホンマ丁寧過ぎてびびります。
何を考え、何を観察し、何を感じながら生きていれば、
こんなことが作品に反映させられるのか。

  自分の書くものがどれだけスカスカか思い知らされる思いですチクショウ。
  もっと目の細かいザルと、大きな引き出しが欲しいものです。

いおりんがわざわざメガネPを呼びつける点や、
メガネPの功績について
(メガネPの一言が、間接的にチョースケ君を見つけ出すヒントになっていること)、
いおりんが気付いているのかいないのか、
なんの評価もあたえられないところには若干の疑問を感じますが
(いおりんとメガネPの関係の要素を何故この話に持ち込んだのかが不明瞭)、
そこは、見る側だけがわかっていればいいのかな。
先の話でいおりんが、そういうことにも気付ける姿が描かれれば、
立派な彼女の成長のお話にもなっていくのでしょう。

マそうなってしまうと、いおりんがスポットライトを浴びる比率が
随分高くなるなあという気は致しますけれども。
……彼女、人気高いのか?

あと……一つ、この先こうなると面白いかなー? と思うのは。
……あのタイミングで、チョースケ君は、いおりんに惚れてまうやろ。
フツウ惚れてまいますよ。
年頃の男の子。
先々の場面で、姉ちゃんよりもいおりんの影をTVで追いかけるチョースケ君とかが描かれると
なんかもう萌えますね。
萌え萌え。
ちょっと分かり易過ぎますけどね。


 ▼俯瞰して

今回は直接的なアイドルのお仕事成分はほぼなく、全体としては
「彼女らにとってアイドルとしての仕事がどういう位置にあるものか」
を見せるお話だったのかなあ? と思っています。
やよいにとってアイドルは
(楽しさもあるとはいえ)基本的には「稼ぎを得る手段」であるようだし、
いおりんには「優秀な兄弟を見返すための手段」のご様子。

  いずれにしても、「アイドルであること」が先にあるのか、
  手段が先にあるのかは、今回までのお話ではちょっとわかりませんが。

  特にいおりんは……アイドルになってから兄弟に馬鹿にされたのか、
  兄弟を見返そうと思って、アイドルという困難そうな道を選んだのかわからない。
  やよいも、働き口を探してて「アイドルやってみよー♪」と思ったのか?
  ……まあ個人的な憶測では、あのスカタン社長が
  「キミ! アイドルをやってみんかね!!」
  ってスカウトして、それが二人の境遇にマッチしたんだと思うけど。
  フツーそうなのかな。

唯一、あまりちゃんとした動機が見られなかったのが我那覇ちゃんですね。
わざわざ沖縄から出てきてる彼女にこそ強い動機が必要な気もしますが。
今回、二人がそういう動機を持っていることを見て
自分の動機をもう一度考えてみる、とか、
そういうきっかけになるのかしらんとも思ったけれども。
彼女の「兄ちゃんに馬鹿にされる」は、恐らくなったあとに言われた話でしょうし。
べつに全員に重たい理由付けがいるとは思いませんし、
ありすぎるとそれはそれで作り物くさいので……
特に我那覇ちゃんは、なんとなくとか、
歌と踊りが上手いとおじいおばあに褒められたから、とかでも全然いいとも思うけど。
それはそれで納得しちゃうしな。
ゲームの方には一応設定があるんでしょうしね。
「アニメから組」としてはその辺を別途取り込まないとならないのが辛いところですね。
ヘタにつっつくと「お前が知らないだけだ!」ってなるから。


……。


でも、……いいなー。
オイサン家にもアイドルが遊びに来て、もやし祭り開催してくんないかなー
(↑何がしたいの ← もやしを食うアイドルが見たい ← 意味わかんねえ ← うるせえ)。


 ▼余談・祭りと大会

あ、そうそう。超余談になりますが。
やよいの家ではもやし「祭り」でしたが、コレ多分、
関西にいったらもやし「大会」になる気がします。
多分ね。
オイサン家でもそうでしたし、ダウンタウンの松っちゃんもラジオで言ってましたけど、

 「大阪(関西?)の家では、
  何故ある特定のメニューに特化してそれだけを食べるときに
  『××大会』って言うんやろうねえ?」

という。
こんなカタい言い回しじゃなかったけど。

 「今日はたこ焼き大会やでー!」
 「お昼、お好み(焼き)大会やからな」

といった具合です。
関東(限定なのかどうか知りませんが)では

 「祭り」=皆で楽しむもの

であるのに対し、関西では

 「大会」=競技・勝敗のあるもの

に変化する辺り……なんかその。
ねえ。
地域のメンタリティを如実に表しているような、そうでもないような。
まあ、何もなくても多少奪い合いになる気はするけど。
ちょっとそんなことも考えたので、書いておく。
気になった人、誰か調べてみて( ← いいかげん)。




マそんな感じでヒトツ。
いよいよ『ロウきゅーぶ!』を普通に見、
『ダンタリアン』にダリアンが出ない回があると怒り出し始めた、
自分勝手なオイサンでした。

ダリアンに!
俺のダリアンに会わせてくれ!
ひと目でいあ痛たたたたたたたたたたた!! ← 懲りてない



■おまけ



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テレビシリーズのみならず、OVA版やらビデオ版の特典映像やら、
なんかオイサンの知る限りの映像は軒並み収録されるみたいです。
すげえなこれ。
ちょっと高いけど……アリだなあ。

いやー。

……DVDBOX買わなくて良かった。


 

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2011年8月22日 (月)

■好きな人がいるの。 -更新第702回-

『僕は友達が少ない』ことで有名なオイサンですが、
土曜日、
その数少ない友達の一人と岩男潤子さんのライブへ行ってきました。

  どうでもいいけど、全国には
  「俺を差し置いて、『僕は友達が少ない』を作品化するとは何事だ!
   俺こそが主役に相応しい、俺を主役にしてやり直せ!!」
  と息巻いてる方がさぞたくさんおられましょうね。
  オイサンも同じ気持ちです。
  が、
  我々を主役に据えると、本当に友達がいないだけなので、
  3ページくらいで終わるから無理なのです。

場所は天下のオサレスポット恵比寿。
ええ、アウェイです。
ユニフォームもアウェイ戦仕様ですが、如何せん、
『アウェイに着ていく服がない』でも有名なオイサンですから
いつも通りの格好です。

改札で落ち合い、駅の西側にあるコーヒー屋さんでひとダベり。
ひとダベりっつっても、ライブ開場が18時で、落ち合ったの15時ですからね。
3時間はしゃべるつもりで来てますからこの人ら。

  実は8月の前半にも一度会っていて、その時は
  「今日は軽めにして、次のライブの時にガッツリしゃべりましょう」
  とか言ってたのですが、
  結局昼前から日付が変わる寸前まで、11時間くらいしゃべってましたからね。
  特に何のイベントもなく。
  何しゃべったかなあ。
  天地魔闘の話で盛り上がったのは覚えてるんだけど。
  ラノベとか『アイマス』とか。
  真面目な話もしたんですけどね。


 ▼コーヒー屋さんでクレイアニメを楽しむ

で、コーヒー屋さん『ヴェルデ』で、ケーキをつつきながらお茶。

  恵比寿は東口方面はガーデンプレイスとか、
  我々には超アウェイスポットがあったりしてオサレですが、
  西側は結構、なんつうかこう、サバけた、やさぐれた感じで親しみやすい感じですね。

R0043241

このお店も外見はちょっとこじゃれてますが、
なかなかフランクな感じでとても居心地が良かったです。
おばさんがクレイアニメみたいで退屈しません。

  いや、その場でお友達にもそう言って「怒られますよ!!」と諌められたんですが、
  そんなもんじゃ止められないくらいもう、クレイアニメなんですもの。
  動きと見た目が。
  びっくりしますよ。
  「こんなにクレイアニメ然とした人間が!」というのと同時に、
  「こんなに精巧なクレイアニメが!!」という感情とで。

あの、珈琲も非常に美味しかったです。
一風変わった風味があって、
アイスコーヒーの色味の美しさも一見の価値がございました。
皆さんも恵比寿にお立ちよりの際には是非、クレイアニメ鑑賞と合わせてどうぞ。

R0043244


 ▼ライブ

岩男さんのライブは、アウェイ側、東口方面にあるライブハウスで。
あ、この日は涼しくて助かりましたね。
並ぶのも、地下の狭い会場も苦にならなかった。

岩男さんはこの日も、マ毎度のことながら
冒頭から噛みまくりのボケ倒しで、
トークの方は、こちらも毎度のごとバンマス川村竜氏の取り回しに助けられて冴えわたってました。
面白かったw
オイサンは、実は半分……いや、55%くらいはトークを楽しみに行ってますんでね。
笑わせてもらってます。ありがてえありがてえ。

しかし実は、お歌の方も、この日は冴えてました。
……みたいです、長年岩男潤子を追いかけてきた友達曰く。

今回のセットリストの中では、オイサンは特に
『好きな人がいるの』
という曲に思い入れがあって、それを聴けたのが嬉しかった。
あと、前回の横浜モーションブルーでのライブでも演った
『シャッターチャンスの連続』も、再び聴かれて満足。
他にもゲーム『NOeL』から「聞いて…」という曲が聴けて、
この曲自体はオイサンもしりませんでしたが、好きなゲームなのでこれまた嬉しく。
お友達曰く、この日歌った「ぐるくん」という歌の出来は出色だったようです。

またこの日はバンドの編成がフルメンバーで、演奏に何とも言えない迫力がありました。
小屋としての性能も良かったようで、音が響き過ぎず、吸われ過ぎず、
終始心地良いボリュームで疲れずに楽しめました。
前回のモーションブルーの感想でも書いたことですが、
案外エレキギターの音色の、色っぽさにやられるオイサンです。
パーカッションもノリノリで良かったなあ。
ピアノも綺麗でしたねえ
全部やがな。
今回、ボンゴの音色をよく聞きたくて行ったのですが、それはあまり出番がなくてちょっと残念だった。

オイサンがちょっと気になったのは、
ギターとボーカルは常にスピーカーを通して聞こえてくるのですが、
パーカッションとピアノ(あと時々はいるコントラバス)は生で聞こえてくるのです。
なんか、せっかくなので、ギターとボーカルも、スピーカーを通してでも構わないので
(欲を言えばフルにアコースティックなのも聞いてみたいですけど)
せめてここにスピーカーを持って、各位置から音を出してくれたらいいなあと思います。
なんか、そこだけキモチワルかった。

あとは……例によって照明ですかね。
照らす分にはよいと思いますけど、
そんなに凝った光の……視覚的な演出は、あっても邪魔だと思うんですがいかがでしょうね。
マ「感じ方は人それぞれだ」と言われたらその通りなんですけど、
たまにゃあ素舞台に近いものがあっても良いなあと思うオイサンです。
その方が、音楽には集中出来ると思いますね。

ライブの開始前には、舞台下でバンマスの川村竜さんがファンの人としゃべってたり、
終了後には、出口に岩男さんご本人が立っていて
アンケート用紙の回収をしてくれて握手してくれたり。
とにかく距離の近いライブでございました。

全盛期はもっと大きな小屋・大きな単位でやられていたらしいので
こんな近くで見られるようになるとは思っていなかった、とはそのお友達の弁。
その時よりもファンの数は減っているということなのでしょうけど、
どっちがよりよい状態なのか、幸せなことなのかは、
当の岩男さんご本人にしかわかりませんな。

大変に居心地の良いくうかんでありました。


 ▼終了後

全部終わったらもう21時半を回ってました。
特になんのプランもなかったので、とりあえずゴハンでも食べますかということで
再びアウェイの駅東側から西側へと逃げ帰り。

  そうそう、そのとき、駅の中で駅中のレストラン街の案内を見ていて思いだしたのですが、
  この恵比寿、春先にもちひろパパさんと天然パーマの高校生と三人で
  流浪の果てに流れ着き、晩ゴハンを食べる場所が見当たらなくて途方に暮れた場所でした。
  この案内版、どっかでみた覚えあんな、と思った
  西側降りると、結構まだ食べるところありましたね。

テキトーに見つけたインド料理屋に入ってまたひとダベり、結局23時過ぎまでそこにいて解散しましたとさ。


なんというか、個人的にはもっと
「ゴハンを食べることの延長で、ゴハン食べつつ1時間半くらい音楽を聴く」
みたいなイベントがあると、もっと気楽に来られていいなー、
と思います。



以上、とくにオチのないただの日々の記録でした。
今週の『アイマス』があまりに素晴らしかったのでなんか書こうかと思いましたけど
また別途。

オイサンでした。



 

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2011年8月20日 (土)

■当世電影気質~テレビにまつわる二つの話・其の二 -更新第701回-

何か知らんがここんとこ、ずーっと背中が痛い。
肩甲骨が突っ張って、腕がしびれるんですよねー。冷房のせいかしら。
しびびんしびびんしびびんびん。

▼しびびーんラプソディー




オイサンです。


Webブラウザを、IEからGoogle Chromeに替えました。
理由は……なんか、IEが重たいから。
タブブラウザがイヤでIE7 → 8をずっとしぶっていたんですが、
妙に重たくなってきたのでチョイ変えようかなと。

しかしどうせタブブラウザ(Chromeはタブ)にするんだったら、別に素直にIE8にしても良かったか。
マでもChromeはタブだけじゃなくて別ウインドウで開けることも出来るからいいんだけど。
IE8が別窓Openが出来るかどうかは試してないからワカラナイ。

マChromeもさくさく動いて随分快適になったのでいいんですけど。
特にコダワリはない。
最近、家でそんなにWebも見ないからいいんですけどねえ。
お決まったトコしか見に行かないもの。



■テレビの話の続き



サテ本題。
こないだの、最近(ヨノナカで)盛り上がったTVにまつわる二つの話、
その二つ目です。

  一回開いちゃいましたね。
  すみません。

なでしこJAPANさんがサッカーの女子W杯で優勝をした、
その際の周囲の盛り上がりについてのお話。
みつまJAPANもいい加減なんかで優勝すればいいのにね。



■なでしこJAPAN



なんかサッカーの大会が盛り上がってるな、と思ったらそれが女子のW杯で、
オイサンが気付いたときにはもう準決勝くらいで、
次に気が付いたら優勝してました。
と、
オイサン的には相当興味の外側にあった話なんですけども。

デいざ優勝してみたら、
またなんか外野で、キモイのキモくないのと騒動が起こっておりました。
皆さん好きですな。
お暇ですな。

何がキモイのって、
「普段は見向きもしないくせに、
 こうしてイザ偉業を成し遂げたときにだけ群がってきて
 わが事のように大喜びする」
のが、
普段から応援されている一部の方々からするとキモイ(=気に食わない)のだそうで
(多分普段から応援している人だけじゃなくて、
全然外野で見てる人でもそうお思いの方はおられると思いますが)、
まあその辺、オイサンからしても、一部共感するところもあります。

  オイサンの場合は気に食わないとか「キモイ」とかいうことではなく、
  どちらかというと「フシギだ」という気持ちが強いです。

偉業を達成した彼ら/彼女らのそれまでの道程であったり、
なし得たその功績の大きさ重さが果たして実際どのくらいのものであるのか、
キチンとした重量を量ることナシにただニュースの見出しの字面だけを追って
「すげえー! やっぱ日本人すげえー!!」
と盛り上がれる、その……なんというか、テンションの高さがとてもフシギに思えます。
不安にならないのかな? と。

  「オレ今、ワケも分からず喜んでるけど、これホントにすごいことなのかな?
   騒いでるオレ、アホみたいに見えないだろうか?」

とか、思ったりしないんだろうか、という不思議さが。
ミーハーに喜べる方々を見ていて、
……これも毎度の決まり文句ですが、別段disるでもなく、純粋な疑問として……
こみ上げてまいります。
今回のサッカーを例にとるなら、

 ・勝ったとして、相手は強かったのか?
    → 決勝相手のアメリカって、男子サッカーは強い印象がない
 ・大会は、ちゃんとしたものなのか?
    → 女子W杯について、由緒・システム・参加国を把握してない

という……先ずは「褒め称えるに値することなのか?」
という疑問が先にたちました。

  実際のところは、その価値が十二分にある優勝だったみたいですけどね。

  オイサンがこの大会の存在や現在の展開を知ったのがTwitterでして、
  そのTL上でもサッカーに詳しい方々がこぞって喜んでおられたので、
  それだけでも、決していい加減ではない、意義のある優勝であることはわかりましたし、
  TLの盛り上がり方からそれなり以上の技術でもって勝ちをもぎ取った試合だったことも
  うかがい知ることは出来ました。
  その上でもやはり、上で書いたような不安・疑問というのは、
  オイサンの上にはあるわけです。

  ちなみに、アメリカは男子サッカーはそうでもなく、
  女子は世界でもずいぶんお強いんだそうです。
  難しいですね。

ミーハーに喜んだ方々は、
その辺理解して喜んでるのかなー、そうじゃないのかなー、
どっちにしても、そうして瞬発的に喜べるのってすげえよなー、
と、思っていました。

別に、ミーハーに喜ぶこと自体はいいと思いますよ。
「普段ゲームやんないけど『ドラクエ』と『FF』と『ウイイレ』だけは買うよ。
 アニメ見ないけど、ジブリと『エヴァ』だけは見に行くよ」
って人だって、全然良いと思いますもの。

オイサン自身はお祭りに参加するのは得意じゃありませんが、
お祭り騒ぎが上手な人というのは正直ちょっとあこがれるところがあります。
それをキモイとかは、あんまないなあ。
あ、でも、お祭り騒ぎそのものは、人が集まるのも、騒がしいのも好きじゃないので
遠くの方でやってて欲しいとは思いますけど(めんどくせえオッサンだな)。
あと、稀にお見かけする

 「なでしこJAPANスゲエ → 日本人がスゲエ → 同じ日本人の俺もスゲエ」

って直列回路をお持ちの御仁とか、
へこみ気味の日本をそういう論調で持ち上げようとする傾向の報道関係者は
ちょっと考えを改めたてはいかがか! とは思いますが。


 ▼無料祭りの参加費

デこの女子サッカーの優勝は、
そんな話とはまたちょっと別な盛り上がり方をしているらしい。
お金の話。
そう、みんな大好きオカネの話です。

  大事なことというわけでもないですが
  オイサンがお金が好きなので二回言いました。

ホレ、例のあの、すっごく怖いカオの妖怪仕分けババアが
スポーツ振興の予算を仕分けしていた、という伏線がまた見事に奏功し、
「こんなに頑張ったなでしこJAPANだが、実はすっごい貧窮した状況からの優勝だった。
 そして優勝したのに報酬は少ないまんまだ」
ということがクローズアップされておりまして。

これまた機に乗じて、鬼の首を取ったみたいに
「ホレ見たことか! 二位じゃダメで、優勝しないとダメなんですよ!」
と仕分けババアに追い討ちをかける御仁もいたようで。
イザ妖怪側が「私も勇気をもらった」などとコメントすれば
(これも黙っとったらエエのにと思いますけど)
「お前には言われたくねえ!」と、当事者でもない方が反応してたりで。

  キモイと言ったら、オイサンにはこういう手合いの方がよっぽどキモイですがね。
  マそれはいいや。

要するに、なでしこJAPANさんの運営母体はフトコロ的に相当貧弱らしいです。
選手・スタッフの皆さんへの報酬も、なかなかスパイシーらしく。
そのことが美談になったり、
ババア(略したらただのババアになっちゃったマいっか)への追い討ち材料になったりと
カオスの様相を呈しておるのですが、
オイサンがちょっと首をひねりたかったのが、
上での「ミーハーキモイ論」と関連付けられたお金の話でした。

論旨を要約すると、

「確かになでしこJAPANの運営は貧弱で、お金がない。
 そんな環境で優勝したことを美談にするのもいいだろう。
 けど、ミーハー野郎どもはその美談に酔いしれたあとで、
 そのお金がないのをどうしてあげればいいだろう? ということを考えたときに、
 『政府がもっと助成を』とか『関連企業がもっと出資を』とか、しか言わない。
 そうじゃなくて、見る側がもっとお金を出さないといけない。
 お前らミーハーどもがもっと普段から、試合を応援に行ったりグッズを買ったりして、
 お金を落とさないといけないんだよ、
 そういうことが運営のお金になるんだよ、
 ミーハーなお前ら、優勝したの見て喜ぶんなら、普段からもっとカネ落とせ!」

ということでした。
……ウム、まあ至極まっとうなことを言ってるようですけども。
でも、ミーハー野郎どもは多分、その感動を得るためにお金がかかるとなると

 「え? お金要ンの? ……じゃあいいや」

って言うと……思いますよ?
TVで応援してもらえるだけ、ありがたく思わないといけませんよ。
……とも、全然思わないんですけどね。

テレビでやってるタダで参加出来るお祭りだったから盛り上がってみただけで、
もしそれにお金がかかるのであれば、
やっぱりテレビでタダでやってる、他のお祭りに流れていっちゃうだけだと思いますけどね。
お金払ってまで見るモンではない……と、思っていると。
思いますけどね。

  なんていうか、それはきっと、日本人にとってテレビのコンテンツってのは
  「そーゆーもの」なんですよ。
  タダで、気楽に、みんなで、パッと盛り上がれるもの。

ちょっと前までは「日本人は情報をタダだと思っている」
というような言われようを度々目にしていて、
最近はさすがにそこまで酷くはないんじゃないかな、とオイサンは感じていましたが、
それでもテレビというヤツはちょっと別格で、
やはりそこに流れているものは、そこに流れている限りのものはタダだ、
と考えているフシがあると思います(実際地上波民放の番組はタダですし)。
根強い。

  TVでなくても、マジコンやらの違法コピー品を
  まだまだ平気で使ってる人もたくさんおられるようですし。
  やっぱまだまだ、「形のないものに金は払えん」と思ってる人は多いようで。

テレビの内容以上のコンテンツを欲する人は、例え有料でも自然とそこへいくでしょうし、
もう行っているでしょう。

女子サッカーに関しても、今回の活躍で、そりゃ多少お客は増えるでしょうけども、
「お金を取る」というフィールドでのパイは、今の値が上限なのじゃないでしょうか。
それだけの、「コンテンツ的価値」なのだと思います。
その功績や名誉、技術的な価値は、きっともっと高い、
称えられるべき価値を持っているのでしょうけど。

テレビがタダ、という意識はもう……テレビ事業・番組事業を
広告料のマジックの上でずっとやってきた、そのツケでしょうねえ。
誰がお金出してるのかわからない、タダの上で生きる癖がついてしまってますから。
それはミーハーさんたちのせいじゃない、
最初に仕組みを考えた人たちのせいだよ。

だからその
「すごいと思うなら普段から金払え」っていうご意見は、
至極ごもっともでありながら、すっかり的外れだと思います。
テレビで見て泣いてる若者たちは、阪神ファンじゃないんだから。
そこにおカネの意識付けをしたいなら、
まずは「地上波で流さない」ことが第一かと思います。

  でも、それをやらないスポーツは、
  どこまでいってもマイナースポーツなんですよねー。
  困ったことに。

そんなことで……タダで騒ぐだけ騒いであとは知らんぷり、でいいのか! と言われたら、
それはよう存じません。サッカーに関するそれは、オイサンには他人事です。

しかし、ミーハーであることに問題点があるとすればそのコスト意識にこそあって、
「すべてを一過性の祭りとして消費してしまう」
ことかと思います。
自分もそこに出資・投資(厳密にはこれは「投資」ではないですけど)をして、
自分に何らかの益をもたらすものを、
間接的にでも長期的に育てていこうとする視点がないこと。
そしてテレビの無料のシステムが、国レベルでその意識の隠匿を助長していること。

オイサンという人間の中心に位置するカルチャーは
アニメにゲームに漫画という、実に分かりやすいものでして、
その文化的なレベルの高さは、どうやら世界的にも認められているらしい
(最近ゲームは怪しいですけど)。
そのテのものが、海外でも絶賛されていると聞けば、
どれほどのもんかねえ、と冷淡に横目で見ながらも、やっぱりココロは多少踊ります。
だから、というわけでもないですが、そういうことも含めて、
オイサンは、面白いものをこさえる人たち、少なくとも自分がそう認める人たちに、
自分に出来る範囲で、出来るだけお金が届くように、還元されるように、
お金を使っていこうとは考えていますし、振舞ってもいます。
そこは意識している。
無条件に、ってワケには参りませんが。こちらも生活がありますのでね。
適正なセンを量りつつ。

  たまに冗談で、「何のために働くのか!」みたいな話になった時、
  「そんなもんアニメ見てゲーム買うためだよ!!」
  と言ったりもしますが、あながちそれもまるまるウソではなく。
  オイサンの様な独身貴族の趣味人は、そうした自分が愛し、自分を愛してくれるものの
  下支えのための費用を捻出している、という意識も、ジッサイあったりはします。

あとはもう個人の裁量で、「払った分が認めた分」であると……
思っていくしかないんじゃないですかね。

客観的にそれを量ろうとするなら、結局そこも経済の論理が働かざるを得ず、
この国が何を食って、何を誇りに生きていくのかということから考える必要がありましょう。
サッカーに投資をしてどれだけ国の経済と人の心が活気付くのか、
ということのコストとリターンをもって考るのでないと量れない。

  ただまあ、ゲーム産業にお金を投ずるよりは、
  サッカーに投じた方が、多分効果は高いんじゃないかな、とは思いますけどね。



あと、それにね。



試合後の会見で、記者が報酬が少ないという話に触れたとき、
カントクさんははっはっはっと笑って
「名誉が大事なので」的なことを言ったらしいじゃないのさ。

……色々吹っ飛ばして敢えて言わせてもらうけど、





じゃあ、もういいじゃん。
本人がそう言ってんだから。





イエね、分かりますよあたしにだって。
「そういう」場だから、日本人らしく振舞ったんでしょう。
高楊枝的なアレですよ。
立派だと思います。
でもそういう態度は選手がとればいいことで、
フロントは、本当に選手に報いてやりたいなら、頑張って、
どういう場でも利用して、報酬が増えるように、そういう場でこそ振舞ってやりなさいよ。
その精神こそは美しいけどさ。

そこは……なんか違うなあと、オイサンは感じたところでした。
本人が目立つところで「お金下さい」って言わないと、
外野がいくら汲んで叫んだって、やっぱダメだと思いますよ。



■Closing



マ、そんなことでねえ。

なでしこJAPANのことも、フジテレビの韓国コンテンツ偏重のこともひっくるめて、
いい加減、テレビと、広告と、お金の関係を、
今回の地デジ化のタイミングで一回全部まっさらに洗い直せばよかったのに。
無料のシステムも、テレビ番組のコンテンツの内容も全部見直して、
はけ口的な内容と、高尚な内容のバランスも、時代が求めている比率に考え直して。


……と、思いますよ。


マそれもね。
細かいことを抜きにしたらんぼうな話でしかなくて、
出演者を抱えてる芸能事務所との関係とか、その周りで食ってる人たちとか、
色々としがらみがあるんでしょうから一筋縄ではいかないんでしょうけどね。

あとどうでもいいけど、
「なでしこ」も「侍」も、
どっちも日本固有のモンなんだから、イチイチJAPANつけなくてもいいんじゃね?
そういう意味で、「エキゾチック」はそうではないので、ヒロミ郷は正しい。

と、思う……ココロはいつも玉虫色。
オイサンでした。



▼どびびーんセレナーデ

♪サハラ砂漠のラクダなど~水も飲まずに旅をする~、っとくらぁ




■オマケ・国民えーよ賞授与式の模様をお伝えします。



\エ-ヨー !/\エエヨ エエヨー !/\ゴッツ エーヨー!/
   Ω Ω        Ω Ω Ω Ω      Ω Ω Ω Ω



 

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2011年8月19日 (金)

■蝉の糸-更新第700回-

朝のジョギング中、
脱皮したての蝉が蟻に食べられそうになっているのを見つけたので
助けてあげました。アッカリーン。

オイサンです。



超日記。



一昨日まで夏休みだったんですが、生活のペースが狂ったままです。

 21時就寝 → 2時起床
 22時半就寝 → 3時起床

とか、おかしい。

早起き(っていうのかコレは)なのは良いとして、
その分早く眠くなることを、まるで考えに入れていませんでした。
20時を回った辺りから眠くなり始めて何故だこれは! と思ったのですが
何故だじゃねえフツーだ。
起きてから18時間も経ちゃ、フツー眠くなるんだよ。

デそんな時間に起きるものですから、フツーにオシゴトがあるにも関わらず、
朝のうちにジョギングに出てみたりするワケですけども。

面白いものでね。

先日は真夜中に走っておってオソロシいメに遭ったりもしましたが、
今朝はまた、一風違ったものに遭遇しました。



  あ、今日は別にコワイ話ではないので安心して読んで下さいね。



てってってっ、と大き目の道路の歩道を走っておりますと、
ゆく手の十メートルばかり先に何やら二つ、
ほぼ真正面から差してくる旭光の鋭角に照らされて、
親指の先ほどの大きさの物体が、
ころころと対照的な色の影を落としておったのです。

一つは、金色に近い茶色をした、
光沢もメタリックなメカメカしい物体です。
メカメカ。

もう一つは、こちらもまたてらてらと光を返すのですが、
メカっぽさとは対称的で、なんともなまめかしい、潤いに満ちた……
なんとお呼びすれば良いのでしょうねえ。
ただ「白」とするのは、あまりにも味気ない。
色合いは象牙のようで、けれども見るからにぷくぷくと危ういやわらかさの、半透明な物体。




脱皮を終えたばかりの蝉の人と、その抜け殻でした。




脱ぎたてのほやほやらしく、
殻と、元・持ち主の距離は10cmと離れていませんでした。

  一応お写真はこちら。携帯からなのでアレですが。
    →
http://lockerz.com/s/130526062

しかしアレ、脱げるタイミングは自分で選べないものなんでしょうかね?
何もそんな、脱いだ後で羽を乾かして飛ぶのに都合の悪い地べた、
アスファルトの歩道とかで脱がなくても良さそうなものなんですけど。

さらに間の悪いことに、
殻を脱いで10cmも歩かないうちに彼は、蟻さんの行列に思い切りからまれてました。
……何やってんでしょうか、このヒト( ← セミ)。
もう少し、時と場所を選んだ方が良かったですね。
ちょっと調べたところだと、フツーは他の虫やらの活動が収まる夜のうちに脱皮するそうです。
ホント何やってんでしょう。

  オイサンは蝉の脱皮を見るのはこれで二度目なのですが、
  一度目の時の蝉の人は、鉄棒の支柱の上まで上がってからお脱ぎになってましたね。
  賢明だと思います。
  ……もしかすると、カユいんじゃないかと思いますね。
  いよいよ脱げる! っていう瞬間。
  もう全身がカサブタみたいな気持ちになるんじゃないのかなあ。
  あああああああああがまんできねええ!! みたいな。
  いやわかんねえけど。

  ……。
  それとも、もしかするとアレでしょうか。
  この方、幼虫形態で脱ぎ場所を求めて歩いているところを蟻の行列に絡まれて、

    「こ、こうなったら飛んで逃げるしかない!!」

  と思ったとか、
  或いは、

    「フッフッフ……私はあと一回、変身を残しておるのだぞ……?」

  と言ってしまって引っ込みが付かなくなったか。
  で、
  「見るがいい私の最終形態を! 哀れな虫ケラどもめ!!」


  とか言うてねーってお前もや!!( ← ノリツッコミ)


  まあいずれにしても、この子は多分アホの子です。

そんな危機感の薄い彼ですので、
恐らくこの先も、あまりたくましく生き延びられる気がいたしません。
そんな彼を、果たして今、助けたものか……。

大体がして、8月ももう半ばを過ぎてるんですよ?
キミ寝すぎと違うか。
ツクツクホーシの鳴く声も聞こえてくるくらいで……。






あ、そうか。





ツクツクホーシの声を聞いて、

「ね、ねすごしたー!!
 もうおかーさん、なんで起こしてくれなかったの!?
 今日部活ある(?)って言っといたじゃん!!」

と慌てて跳び起き道ばたで着替えてたところ、
暴走族の蟻さん一味に見つかってまんまと(文字通り)食い物にされておった、
と、こういうワケか。
なるほど合点がいった( ← いったのか)。
となると、案外殻の方もムリヤリ脱がされたのかも知れんな。



   ……ふむ。



   ちょっとこうふんしてきましたよ?( ← 天才)。



えー、そんなオイサンの刃牙にも負けないイマジネーションバトルはおいておくとして。
この彼を、蟻の行列から救い出したものかどうか。
逡巡しました。
確かに今食われようとしている彼は弱者の立場ですけども、
殊更、蝉に肩入れする理由があるでなし。

  ……オイサンの情け深さに心を打たれてくれそうな美少女が、
  影からこの一幕を見ている気配もない。
  別に、助けてもこれといったメリットはなさそうだ。

けどもまあ、これも何かの縁ということで。
仰向けにひっくり返って完全にマウント取られている状態の彼を指にとまらせ、
そこから離れた生垣の上にうつしておいてやりました
(ただし、彼の体にまとわりついていた何匹かのアリはそのままでしたけど)。


うーん。


大物の朝飯にありついてテンション上がってたであろう、
蟻さん一家には悪いことをした気がしますが、
今回はめぐりが悪かったと思って諦めてもらいましょう。

これで遠い将来、誰かに食われそうになってるオイサンに
救いの手が差し伸べられることを期待したいと、
このように見返りを求める次第です。

  聞いてるか? 神様。
  あと芥川龍之介。
  たのんだぞ(何をだ)。

……マ逆に、
オイサンが死にそうな思いで砂漠を歩いてる中ようやく見つけた食料を、
謎の巨人にワケもなくかっさらわれるという、
謎因果に巻き込まれる可能性も出来たわけですが。



ハテサテ、吉と出るや、凶と出るや?
衝  撃  の  結  末  は  劇  場  で  !


\フザケンナー!/\カネカエセー!/\アッカリーン/
   Ω Ω Ω      Ω Ω Ω      Ω Ω Ω


……誰だ、今アッカリーンて言ったの。



オイサンでした。






……。






さて、ワトソン君。お気付きだろうか?

今回の話の全容は、実は冒頭にたったの3行で全て説明済みだったのだよ。
君がここまで読むのに費やした時間は、全くの無駄だったというワケだ。
哀れなものだな。
イヤ、もちろん書いたオイサンもですけどね。
学生諸君はこれで夏休みの読書感想文を書いてもいいぞ。

ところで、この間思いついたんですが、
うっかり一年長生きしてしまって、翌年も何食わぬ顔で合唱に加わってる
ダブリーな蝉とかいないんですかね。



  

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2011年8月18日 (木)

■当世電影気質~テレビにまつわる二つの話・其の一 -更新第699回-

結局『ゆるゆり』も『ロウきゅーぶ!』も、
普通に喜んで見ているオイサンです。


R0043141x
おなーす!(意味はない)


夏休みでした。

本当はあと3日残ってるんですが、チョイとこのあとお忙しくなりそうで
取ることができませんでした。
マまた後で、どっかでまとめて戴きたいと思っております。

あ、そうそう。
『ゆるゆり』が。
なんの個性も感じられなかった最初の頃と比べ、
だいぶ独自色を発揮し出してきましたね。
面白くなってきました。

  なるほど、確かに『ゆるゆり』だと。
  一部『がちゆり』でしたけど。

原作を読んでいれば、多分それも最初から期待できたのでしょうけども。
アッカリーンのぼんくらぶりも徹底していて救いがないのがすごい。
これだけ蚊帳の外にいる主人公も珍しいな。

あと、こないだ始めた『ソラトロボ』が早速退屈になってきた……。
親切すぎるというか、ガイドが充実すぎてお使い感がハンパない。
ワールドマップの存在しないRPGは、やっぱ厳しいな。
町とか、ダンジョンとかのスポットしか存在しないと、
自分が今ドコでなにやってるか、分からなくなっちゃうんだよねえ。



■テレビにまつわる二つの話



最近、テレビまわりが何かと騒がしいですね。
アナログ放送が終わって、何となく皆、テレビ方面に意識が向いているのかもしれません。
ことによく聞こえて参りますのが、
フジテレビが韓国よりになっていること、
それと、ちょっと前になりますがなでしこJAPANが優勝したときの周囲の騒ぎ方についての二つ。

マなでしこJAPANに関しては、
そのときに書いてたんですが載っけるタイミングを逸したのでまとめて載せてしまおうという、
まあ何というか、
例によってこすっからいアレですよ(例によってナニ言ってんだ)。

あ、今回、字ばっかりなのでそういうの苦手な人は心の目で読んで下さい。



■その1. はけぐちJAPAN~石焼ビビンバはおいしい。



先ずは、まだまだ鮮度のある方の話題から。

Webではなかなか大々的に報じているので、ご存知の方がほとんどだと思いますが。
フジテレビの流すコンテンツが韓国文化に随分偏り出していて、
その原因が、出資者比率に韓国企業の占めるところが大きくなってきたからだ、
とうお話です。

いやー……。
ねえ。
まあ、妙だとは思ってましたけど。韓国産コンテンツ。
そんなに盛り上がっているようには見えませんでしたのに、
テレビではやたら推している、流行ってますよ、かっこいいですよ、という……
温度差、って言うんですか?
自分がトシとって、流行っているのを感じられなくなっているだけなのかなあ、
なんてボンヤリ思ってましたけども。
いけませんね、ちゃんと何某かの指標を持って客観的に判断出来る様にしておかないと。
あぶないあぶない。
こういう↑風に感じることが出来たのか、
この問題での、オイサンの一番の収穫かもしれません。


この件を問題視する切り口としては、幾つかあると思うのですよ。


一番大きな問題として扱われているのは、
「放送事業は、
 限りある電波帯を占有することを免許を受けることで許されて成立する事業なので、
 それは利益のためだけに好き勝手して良いものではない」
ということ。

また本来は、放送事業への外国籍からの出資比率ってのは
制限されるものらしいですね。
ただそれが
「ある一定の期間内であれば、
その制限を越えて外国からの出資を受けることが容認される」
らしく、今回のことはその「ある一定の期間」内の、一時的な出来事のご様子。

その制限が設けられている理由は、
放送なんという社会的な影響力の強い事業に国外からのパワーやフィルタが加えられると、
何かと都合が悪かったり面倒だったりする事態が
(モチロン真面目に、国のアイデンティティとなる知的・文化的な屋台骨が揺らぐ様な事態も)
起こりかねないから、それを防ぐため、という意味合いがあるからなのですが。

オイサン的には、前者の
「(本来)みんなのものである(の筈の)電波を、許しを得て使ってるんだから、
 みんなの意思を汲んだ放送をなさいよ」
という、ある意味感情的なハナシはこの際ワリとどうでもよく、
後者の
「他国文化(というかこの際「商品」に近い気がしますが)を必要以上に賛美して、
 自国の文化・産業を圧迫しかねない」
という状況の方が、根っ子や土台への意識の薄いウチの国では深刻だよなあ、
と感じております。
そういう意味で、今回の事態は好ましい状態ではないと思う。

  マもちろん娯楽として、
  韓国ドラマとか音楽とかが今一つハダに合わん、
  見てても楽しめないしイイ気分がしない、という率直至極な意味もありますよ。
  やっぱね、クドいと思いますわ。
  あぶらっこい。
  押しが強い。押し付けがましい。
  それは、フジテレビのやり方ってのもあると思いますけどね。
  そしてそんなに見てませんけどね。

テレビでぶんぶん振られるオシリの、産地の比率が国産よりも外国産が増える、
で済んでいるうちはまだいいのでしょうが、これが……ねえ。
オシリで目を引きつけておいて、もっとこの国のど真ん中にあるもの
……それがナンなのか分かりませんけど……を狙ってこられたら、
あまり好もしい事態だとは、オイサンには思えません。

放送免許の期限と猶予がどうとか悠長なことを言っていないで、
アナログ放送の終了したこの機に、何かと再編をしてしまった方が良いのでは? と、
その辺はワリと深刻に思うオイサンでした。


 ▼中の人のご意見

そんでそういう背景のある中で、
「テレビの中の人たち」がどー考えてるかってことがまた、取り沙汰されておりまして。
中の人っていっても二種類くらいおられるんですよね。
性向的な意味ではなく、職能的な意味で。

つまり「実際に放送をする人」と「放送する中身を作る人」ですわ。
「番組を流す人」と「作る人・出演する人」って言いましょうかね。

流す人のスタンスは……まあ、流れてるものが実際ああなんで、
そういうことでしょう。
「相手はカネ持っとんねや、かなうわけあれへん」
という。
マある意味、経営陣としては首根っこ押さえられてる状態ですから
しゃーないでしょう。
タダでも青息吐息なんですからねえ。テレビ。

「作る人」の声はあまり聞こえませんが、
こういうときにうっかりやかましいのが「出演する人」です。
と言っても具体的に浮上してきているのは、以下のご両名くらいなんですけど。
99円ショップの中の人と、
イギリスの首都で長靴を履く、力と技な感じの方々のカタワレ。

  ▼ナイナイ岡村が韓流批判に猛反論 「テレビは無料、見たくないなら見んなや」
  http://2ch-news-ww.ldblog.jp/archives/52734179.html
  [ 2ちゃんねるニュースww ]

  ▼ロンブー田村淳、フジテレビの韓流ブームの件でTwitterが炎上
  http://news020.blog13.fc2.com/blog-entry-1674.html
  [ ニュース2ちゃんねる ]


「文句言うくらいイヤなら見なきゃいいじゃん」という論調で、
それに対しては当然の如く
「文句聞きたくないならWebもTwitterも、お前らが見なきゃいいじゃん」
と返されてるわけですが。
案の定ですね。
わかってやってるんでしょうけど。

この「嫌な放送なら見なけりゃいいだろう」という発言、
オイサンこれは的外れだなーと思っておりまして、
「テレビってのはイヤなもの見て文句を言うトコロまでが楽しみ」
になっている方々が、ヨノナカにはワリとたくさんおられる、
ということを見落としてるなあと思います。

  あなた方の芸が、
  あなた方が面白がってもらおうと頑張っている方向に受け止められていると思ったら
  そんなもんドえらい間違いだと思いますよ。
  ある程度はそれを前提にやった方がいいと思います。
  笑わせることと笑われること、両面で。

そういう方々にとっては、イヤな番組は
「『見たくない』わけではなくて、文句を言うために『見たい』」
わけです。
だから「見るのがイヤなら」という論法は通じない。
「よぉーっし今日も低俗な番組見てモノ申すぞー!」
っていう。
優越感ていうんですかね。
そういう文化(って呼ぶのはハズカシイですけど)の国ですし、
それで国民感情が保たれてきてるトコも結構あるんじゃないかなあと思うオイサンです。

  あの、アレですよ。
  それが有意義なことなのか、というのはまた別のハナシですよ。
  そりゃオイサンだってそんなの時間の無駄だと思いますし、不毛だと思いますけど。
  そのへんはもうリクツじゃないでしょ。
  だってホレ、娯楽ですし。
  ジェットコースターに乗るのも、ホラー映画を見るのも、
  見様・乗り様にはよりますが、大して変わらんと思います。
  なんでお金払ってコワイ思いすんの? っていう。


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オイサンとしては、
「『娯楽としてのはけ口』としてのテレビ」の機能というのは、
案外バカに出来ないと思っています。
教育的な番組はないとダメだし、良質のドキュメンタリーはあって欲しい。
そういう役割と同時に、庶民のはけ口が、
ぽっかりと自分ちの真ん中に口を空いていることは「悪くない」と思ってます。
ただその、はけ口行為を目にするのは、やっぱり好きじゃないんですけどね。
イラッとすることもありますよ普通に。

  同時に、そういう感情・行為を
  「下劣だ」「下等だ」「ムダだ」「不毛だ」
  と忌避する人たちの、高潔な精神もまた、大事だと思ってます。
  そんなのみんな、両方あんじゃん? ねえ。
  そのどっちでもないカンジを……ワリと面白く体現しているのが
  テレビって存在だったんじゃないかなあ、なんて……思いますよ。
  アホっぽさの割合が高い・これまで高かったのは「そういう時代だった」からで、
  逆転していったって全然良いでしょうし。

そういう「ちゃんとしたもの」と「アホなもの」が一つの箱に入って流れてくるので
「ちゃんとしたもの」が好きな人には許せないという感情もまたわかります。
「公共の電波で下種な!」って怒る人がいますが、
ソレを喜んでる人がいる時点でそれは「公共」として機能している、
「アホっぽ機能」は、機能として無いと困る、んじゃないだろうか。
水清くしてナントヤラ、ってハナシと同じで。
はけ口が全部犯罪になる社会(それも極端だけど)は……メンドクサイと思いますよ。

  ……あのー……。
  ねえ。
  Webがあるおかげで、高潔系の方々の声って、大きくなったと思うんですよね。
  昔に比べて。
  リテラシーの高い人っていうんですかね。
  オイサン含めて、「アホっぽい機能」に依っていた人の比率が高くて、
  そうでない人々の声は、もっとこう……あまり自分たちに関係のなさそうな、
  雲の上の高ーいところを行き来していて、
  「アホっぽいのはアホっぽいので置いといて、
   エライ人の声はエライ人の声で、ああ確かにそうですね」
  と聞けていた気がするんですが、
  最近はそのエライ人の声も、アホっぽいものと混ざって自分たちと同じ高さで飛んでくるので、
  二つのこと・別のこととして分けて受け止めることが出来なくなってきた。
  そんな感触を受けています。

  デこの国はタテマエの国ですんで、
  高潔なことに対して、ゲヒンを支援する立場から反論するのって、難しいでしょ。
  「論理的に」「効率的に」が「タテマエ上の絶対正義」だから、
  通じないワケっすよ。
  ゲヒンサイドには引け目も後ろめたさもありますしね。
  理由なしに「いや、別にいいじゃん」というのが通り辛くなってきている。
  植木等が正義だった時代から、カツマなんとかが正義の時代になってきたわけで、
  ……マそのくらい、お国のステータスがシビアになっている
  ってのもあるんでしょうけど。

  そういうリテラシーの高い、
  高潔な世界のはじまりの真ん中に「2ちゃんねる」がいた、ってのがまた、
  どうにも素晴らしいな、と感動を禁じえなかったりしますけどね。
  ひろゆきさん、すごいと思います。
  あの思想の中心にあるのが、「私」なのか「無私」なのかわかんないんだけど。
  どっちでもすごいと思う。

ただその、あまりに手軽で優秀なはけ口機能のおかげで、
国民の皆様におかれましてはバッチリ骨抜きにされてしまっているところがある。
鬱憤溜めて爆発させることがすっかりなくなってしまっていることは
由々しき問題でもある、とは、また思いますけども。
「オイサンが言うな」?
ああ、ご尤もですね。

  マなんつうか、
  「両方あっていいけど、見る方お前らしっかりせえよ」
  ってことになるんスかね。オイサンの言い様ですと。

えーと、ハナシを戻しますか。
まとめると……どうなるんだろう( ← 考えナシ)。

 「フジテレビの韓国コンテンツ偏重問題は、
  テレビの「はけ口機能」としては格好の燃料ではあるけれども、
  現時点にあっては『番組』としてではなく
  『放送局のあり方』としての問題なので、
  それは自国の文化産業を脅かしかねないのでエキサイティング」

とまあ、こんなカンジになるかしら。
あと、

 「送り手側が『イヤなら見るな』で逃げようとするのは構わないけども、
  はけ口の機能としてはそれは通じない。
  かつ、その理屈で逃げられるのは
  番組の制作方針レベルまでであって、
  放送局の屋台骨が侵されている事態にあってはンなこと言うとる場合か」

というカンジですかね。
マよく分かんない堂々巡りの文句の言い合いは、
ハタで聴いてても特段愉快なもんではないので、
どっちもほどほどにすりゃあいいのになとは思いますけども。
法律に軽く引っかかってる時点で、テレビ局の方がしまいには折れるんでしょうけど。


……。


うーん。


やっぱね、今回の件は……不自然なんですよね。
日本のテレビ局のやり方っぽくない気が、ちょっとする。
「何かを流行らせよう」っていう意図の上の出来事だとしても、強引過ぎるように思うもの。
押し付けがましいというか、バレバレ過ぎると言うか。
キホンヘタレの……上でも書きましたけど……
「タテマエの国」のTV局のやり口とは到底思えない
なりふりの構わなさっぷりを感じてしまうんですよ。

これこそジジイの戯言かもしれませんけど、
以前はもう少し、エレガントじゃった様な気がするんじゃぜ?
やり口が。
巧妙で。
悪く言えば姑息で腰抜けで、もっとコッソリ、バレないようにやってた……んじゃない?
日本人の贔屓目かもしれないけどさ。
やり方がおおざっぱ過ぎる気がするよ。
日本人が敏感に感じ取って嫌がるところへ、それも無視して土足でぶっこんで来てる。
現場レベルで、あちらの強引なプロデューサーとかディレクターが送り込まれてきてて、
あーせえこーせえ言ってるんじゃないかなあという気がする。

  あ、これはもうすっかり偏見ですんで。
  オイサンは韓国に行ったこともなければ韓国人のお友達もおりませんし
  (……とか言って、オイサンが気が付いてないだけで
   何世とか、在日韓国人の方とかいたら気まずいな。
   どーなんだろ。いないと思うけど)、
  その国の方相手にオシゴトしたこともござんせん。
  ただこれまで幾度か北海道を旅行したり、地元奈良で生活をする中で、
  行き当たり、すれ違った韓国語を流暢に操る方々の振る舞いを見るに付け、
  「ああ、この国はこういう文化でやってんだな」
  と感じたその感覚で申し上げてます。
  あちらの国で、海外旅行を楽しむ生活レベルの方々の行動様式がそのようなものなのだ、と。 
  それが上なのか下なのか、どのくらいの割合を占めるモンなのかは、
  各位てきとーに重み付けをして読み替えて下さい。

サテ、この話はこのくらいで、

次はなでしこJAPANさんのお話……なのですが。
結構ながくなっちゃったんで、次回に続きます。

一応最終的な結論めいたこと……というか、
「こうすりゃよかったのに」みたいな気持ちはオイサンにもありまして、
それについては次の最後で書くつもりです。


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続けるほどの話かどうかわからんけど。
オイサンでした。


  

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2011年8月14日 (日)

■花火とばくだん~火薬の二つの使いみち~ -更新第698回-

止まつているものをぢつと見つめる、
そんな時間を大切にしたいと思うのです。

オイサンです。

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夏。
お盆ですね。
上の写真はお鍋ですけど。

オイサンがお昼によく行く割烹の板長のお話ですと、なんでも、
今年はお盆のお客の入りが少ないのだそうで。
みんな帰省しちゃってるのか、「お盆ですけど、お店やってます?」っていう
問い合わせの電話が全然ナイのだそうです。
それもこれも、あの3.11の地震で、
節電ウンタラがあって休みが長くなっていることもありつつ、
また
「ヨノナカ、明日があるか分からない」という風潮がひたひたと足下を濡らしているのか、
会えるときに会っておこうという気分が皆さんの中で高まっていたりするご様子。

はー。

まあ……大変に分かるお話ではあります。
オイサンもこないだみたいな夢を見るくらいですからね。
如何せん、オイサンは休みがそんなに長くとれなかったので、
今年はお盆の帰省は無理でしたけど。


本日は、そんな日々の些事を見つめる日記回。



■職場コント「コミケ」(超実話)



コミケの季節です。
なんか今日で三日間終わりだったみたいっすけど。
皆さん買いたいモノは買えたのでしょうかね。

以下、金曜日の、オイサンと、オタクな後輩ヤマカワ君のシゴトバでの会話です。
 
 

 オイサン 「今日からコミケでしょ? コミケ行かないの? オタクのクセに!」
 後  輩 「行きたいんですけどね」
 オイサン 「行くんだ! キモチワルイ!w」
 後  輩 「行きませんけど」
 オイサン 「行かないんだ! オタクなのに!! キモチワルイw!」
 後  輩 「どっちですかw」
 オイサン 「一般人ごっこでしたーw」
 他の後輩 「一般人を馬鹿にし過ぎです!」

 
 
怒られた。
すみませんでした。
どうしようもないなオイサンは。
あ、今日はオイサンのお誕生日で、36歳になりましたよ、エッフン。
えっまじで?

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で、誕生日だったのでケーキを食べてきました。
なんか難しい名前で忘れてしまったので、「
梨穂子」と呼びます。
梨穂子おいしいよ梨穂子。超乳脂肪。




■新暦オヴォンゲリオン



夏なので、ちょいと涼感あふれる話でも。


あ、こっから先、ちょっとコワイ話になるので、そーゆーの苦手な方は
耳をふさいで読んで下さい。




~~~~~~~~~~アウターゾ~ン・ここから~~~~~~~~~~~~~~



一昨晩のお話ですよ。
ジョギングへ行くのに足に少しだるさが残っていたので、
普段は使わないちょっと短めのコースを選んだんです。
割と最近開拓したばかりの、まだ2、3回しか走ったことのないコースですよ。

で、いつものようにトロトロと走るわけですけど、一つ、
幅の広めの道路をわたるのに足を止めることになった。
横断歩道がちょっと離れたところにあってですね。
そこまで行くのも面倒なので、車がとぎれるタイミングでパッと渡ってしまおうと。

時間は夜ですよ。
10時を回っていましたか。

このくらいの時間であれば、普段ならもう少し車は少ないのにこの日は運悪く、
ちょうど渡り辛い間隔で自動車が3、4台、遠くから流れてくるのが見えた。

オイサンは歩道でパタパタと足踏みをして、車の列の行き過ぎるのを待っておりました。
歩道にも人影が、こちらに向けて3、4人。



そこでオイサン、ちょっとおかしなことに気付いたんですね。



さほどの広さもない歩道の、オイサンが道路に向いて立っている左斜め、1m弱の後方。
少し左に首をひねったら、ぎりぎり視界に入るあたりです。
そこには電柱と植え込みがあったのですが、その……ちょっとした暗がりにですね。










……人が。










人がというか、人「影」が。





うずくまっている。





のが、感じられました。



膝を抱えるような格好で……腕がもう、ガスガスと骨と皮だけほどのみすぼらしさで、
丸くなって座り込んでらっしゃるご様子な訳です。
ハッキリと姿を確認したわけではない。
けれども、その余りに強い気配がありようを教えてくるワケです。

女性……おばあさん、と呼んでいいかどうか、
気を悪くされると面倒だからおばさんと呼んでおくか、
と考える程度のお年だったと思います。
髪も白髪になりきらない、ぼさぼさの蓬髪で、
街灯の光もロクに届かないような場所なんですが、
やたら白くて大きな白目が少し血走って、上目遣いに、オイサンを……
ではないんですけど、車の行き過ぎる車道の方を、じー……っと、睨んでるんですね。





あ、これは。





オイサン慌てて、目線を道路に戻しました。













こらひさびさに、「見えたらあかんモン」見たかなと。













その隙にも、一台、二台と車がヘッドランプも煌々と通り過ぎて行くわけで、
こちらに向かって歩いてきていた他の歩行者さんもオイサンの後ろを……
オイサンとその植え込みの間を、ですよ、
通り過ぎて行かれるんですが、ノーリアクションなんですもの。

気付いてないだけなのか、
あるいは……。

オイサンには別に、そうハッキリとした霊感とかがあるわけではなくて、
子供の頃には幾度かそうした経験をしたことがありますが、
それも今となっては、
本当にそうだったのか、
感じ取っただけのこと、勘違いの延長のようなことをさもそのように幻に感じたのか……
正直、自信はもてません。

このときも振り向いて、しっかり確かめれば良かったんですがねえ。
なかなかそうするだけの度胸もなく、
何食わぬ顔で、足踏みをして車の過ぎるのを待ち、
普段通りのスピードで、てってけてってけ、走り出したのでした。

デ、
あーなんかヤな感じだなー、
もうここ夜走るのコワいなー、などと考えていたのですが。

一つ、思い当たる節があった。








あそこの電柱。
前走ったとき……細長い看板が……かかってなかったっけ?









その根元に、花とかお菓子とか置いてあって。





「何か情報をお持ちの方は、云々」





ていう、ぶっきらぼうな手書き文字の、看板。





……。





あー。



あーあーあー。



……うーん。



……まあ……。



お盆、だしなあ。

昼にでも確かめに行ってみるかなあ。
夜は、さすがにヤですからねえ。
まあ、別に普通に歩いて通れる道なので。
何食わぬ顔で。
コンビニ袋でも提げて通ってみようかなあ……なんて思いますよ。
どーだったかなあ。
確かあそこだったと思うんだけど。

いやー。
チョイ怖いですね。



~~~~~~~~~~アウターゾ~ン・ここまで~~~~~~~~~~~~~~






■花火とばくだん。~TBSアニメフェスタ・火薬の二つの使いみち。



昨日のコミケ……じゃないや、TBSアニメフェスタ? で二つ、
オイサン的にも大きな発表があったみたいで。

一つは、テレビアニメ『アマガミSS』二期シリーズ制作決定! というお話。
もう一つは同じくアニメ『ひだまりスケッチ』、新規特別編の制作&放映決定と、
第四期(!)シリーズの制作決定!


 ▼ひだまりスケッチまた明日。←サブタイはてきとうです

『ひだまり』はもう、
Twitter上の面々もWeb上のニュースも、文句なく超歓迎ムードで大盛り上がっておりました。
オイサンも、……なんというかその
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
という盛り上がりでは決してないんですけども、
すごくほんわかほっこりした気持ちでですね。

  あー、あの子らまた遊びに来てくれんのねー、うれしいねー。
  またおいしいお茶とお菓子でも用意しとかんとねー。

……というような。
殊更熱を上げるでもなく、ただただ、それまでの日々の営みに、
ちょっとしたハリを感じていられるような楽しみを戴いた心持ちになっております。
毎日が、いそいそと。
なので、慌てず騒がず、その日をまとうと思います。
マこんなご時世ですんでね。
何が起こるかわかったもんじゃなし、うっかりなくなっても腹の立たないように、
ああ、じゃあまた次来てくれりゃあいいやね、くらいの気持ちです。

これは多分、日常系という作品の性質と、
もう3度も4度も、終わっては始まりしているモノの強みなのでしょう。
別れ方も再会の仕方も心得ているというかね。


 ▼初防衛戦の難しさのようなもの。

そんでもう一個の『アマガミSS』の第二期について、
こっちはもう、面白いもんでね。
Twitter上では、無条件に喜んでいる人と、条件付きで喜んでいる人と、
とことん懐疑的である人とに分かれておりまして。

2番目と3番目の人たちに共通した想いというのは、もうたった一言、



「え? これ以上何やんの




というねw

皆さんびっくりするくらい同じことを考えておられて、ちょっとおかしいくらいでした。
オモロいw
かく言うオイサンも最初はそう思ったクチでして、
「えー、何やるんだろう?」
と思ってしまった。

ですけどね。
ちょっと立ち止まって考えてみると……
逆に言えば、もう……何でも出来ちゃうワケですよね。
だってもう、なんつうの?
「とりあえず、義理は果たした」
状態なワケじゃないですか、今。
みんながみんな、「え、全部やったじゃん終わったじゃん」
と思えるくらいに、やるべきことはやってある。

だからこそ予測がつかんわけで、何が出来るかわからない代わりに、
何でも出来るし何が起こるかわからない。
ただ大多数の人間が、その先の見えなさに漠然と感じているのが「不安」であることが、
やっぱちょっと、面白い。
だってそれって、その人らは基本、アレを「前科者」だと思ってるから、
その次の挙動に不安を覚えるわけですものね。

やんちゃぼーずが次に何をやらかすのか、
ハラハラしているってところではないでしょうか。
もう大人しくしててよ、と感じているんでしょう。

  誤解のないように申し上げておきますと、
  モロ手を上げて、無条件に歓迎している方々もちゃんとお見受けするんですよ。
  ただ、大手のニュースサイトさんが見出しに選んだ言葉が、ほぼ軒並み
  「なにをやるんだ」だったことが、やはりどちらがマジョリティであったのかを
  象徴しているような気は致します。

オイサンはその、「なんでも出来っぷり」に、ちょっと期待をしたいと思っています。
アレも出来る、これも出来る。
ヴァーリトゥードなら俺ら強いよ? という連中がとっかかったら、
なんか面白いモンが飛び出すんじゃないか。

ただ、『アマガミ』の「恋と日常」というセンを、めっちょめちょに外すような……
……つまり、巨大ロボが出てきたりするとか
  (別に冗談じゃなくそういうセンでもかまわないと思っています)、
  そういうドラスティックな路線に外していく……
のではない限り、「あんまり極端なの」は見たくはないなあと思っていますが。
ズバリ言うと、全編スキBADとかのことですね。
要素はあってもいいけど、ホラ、ねえ。
『まどか』の作った風潮を変にとらえて、
「シビアでダークなものでも今なら受け入れられる」みたいな安易な考えでおかしな方向へ走るのは、
それはそれで違うんじゃないかと思うわけですよ。
そんなに異様なテンションが連続する日常ってのも、まあないわけで。

  ……一期の変態紳士のおはようからおやすみまでが異様じゃないのかっつったら
  グゥの音もでませんけども。
  ……。
  だ、だからアレは所詮あんな感じにしかなってなかっただろー!! ←あっ

物理法則を根底からひっくり返すようなモノにするなら
それはそれでいいんですけどね。
まだお付き合いがし易いので。

マ、にしたって、せっかく大きな網で掬い上げた魚群を
みすみすキャッチアンドリリースするような真似はしないんだろうなあ、とは思いますけど。
ただ同ンじこと二回やったってしょうがないっつうか、
それでお金を取るのは詐欺に近いですから、同じではないでしょう。
予告編PVには「もっと甘くする」みたいな文言が踊ってたようなので(←見たけど覚えてない)、
オイサンの思うところ、
かの大傑作『シスター・プリンセス』の第二期シリーズ『Repure』みたいになんじゃないの?
と思ったりしますけども。


……。


なんていう風にですね。
恐らく今頃、皆さん、無い情報に夢と絶望を両面印刷にして、
どっちが表だったっけ? と、
裏と表を交互に眺めてるんじゃないでしょうか。

結局のところ、
無償の信頼で期待をする人であろうと、
そうやって不安と猜疑にめくれ返ってる人であろうと、
とどのつまり、好きだからそうしちゃうんだろうなあ、というのがオイサンの結論で。

「好き」という言葉が不味ければ、囚われているといいますか。
無関心ではおられない。
イヤヨイヤヨもなんとやらとは能く言ったもんでね。
オモテウラでしかないんだなあと。

  そうじゃなく離れていった方や、
  実際好きじゃなくて、好きだと思われても困るので距離をとった方もおられるでしょうし。

無償の信頼の感情を発露することだけが好きではない、
不安も疑いも、無関心ではやってこない気持ちですんで、
それが客観的に世間的に、多少黒くてマイナスの感情であるように見えたとしても、
包み隠す必要はないんだと思います。

好きと嫌いは紙一重で、どちらも同じ重さを持ってるもんだと、
オイサンは思いますよ。

  「なにが嫌いかでじゃなくて、なにが好きかで自分を語れ」
  という言いようが、世間ではポジティブで良しとされる風潮がありますけども、
  それもまた、ずいぶんらんぼうな、手前勝手な言いっぷりだよなあと思うオイサンです。
  まあその方が、殺伐としなくて、もめ事は少なくて済むのかもですけどね。
  それは、言われる側の度量の問題……なのでしょう。
  我がコトとしても肝に銘じたい話ではあります。

……と、ちょっと話がそれましたけど。
そんなオイサンが『アマガミSS』の二期シリーズに望むことは……
上ではなんやかやと書きましたけども、結局のところ一つです。
それは、

 「『アマガミ』であることを抜きにして考えたときでも、
  素直に面白いと思える作品であってほしい」

ということで。
第一期は、とか、義理は果たした、とか書きましたけど、
何かの残滓やカウンターとして、
何かの影響を受けて、
その「何か」ありきで作られるのではなくて、
どんな形・どんなお話であれ、『アマガミ』らしくない要素を持っていたとしても、
「コレ、とにかく面白いじゃん」
と言わせてくれるものであって欲しい。
些末ならしくなさを吹っ飛ばすくらいの面白さのあるモノであれば、まず良いです。

  あんまりはずれた要素コミだと、あとあと
  「でもこれ『アマガミ』の必要ないよねw」と言われるでしょうけどね。
  『アマガミ』である必然というか、その辺のやんなきゃなんないお義理の部分は、
  やっぱもう果たしちゃった感はありますんで。

そんなことも承知で、あまり賛同の得られた話ではないでしょうけど、
せっかく「お義理をはたした」「なんでもアリ」の状態に持ち込んだのだから。
とにかく、あの人たち、あの世界の延長線上で、面白いモン、見せてもらえたらいいなあと思います。



……。



まあ……。
敵を作らない程度にね。

オイサンはワリとなんでもいいんだけどね。
面白ければ。
窮屈にやって、またヤクタイのない物見せられるよりは、
無茶でも得意なスタイルで戦って、面白い方がいいわ。

なので、受け手としてのオイサンが取るべき構えとは……
何の期待も知らない新規のシリーズ作品として、色眼鏡のつかない目で見始めること……なんだろうなあ。
やっぱり。


しかし……?
うーん?


『ひだまり』と比較するワケじゃないんだけど、
『ひだまり』が第二期をやる! ってなったときに、どんな期待をし、どんなことをか考えたっけ?
そんな気持ちを思い出せれば、何かの役に立つような。
そんな気もいたしますがねえ。
思い出せないな。


……うわあ。
サラッとで済ますつもりだったけど、長くなったな。
まオイサンも、何だかんだ言って好きなんだってコトですね。

しゃあねえしゃあねえ。
あ、でも全編感想書いたりってのは申しないと思いますよ。
構えが上の様なことなので、特別ではない、一篇の新作アニメとして、
他のアニメと同様のことしかしないと思います。
多分。
よっぽどコッポド、面白かったら別ですけどね。



■ゲームの話とか。



 ▼空とロボと私

金曜の版に、ちょっとDSで、何か遊べるものがないかなあといたずら心で手をつけた、
『ソラトロボ』が、ちょっと普通以上に面白くて困ってます。
かってすぐにちょちょっとだけいじってそのままになってたんですが、
天下のサイバーコネクトツーさんが力をいれたオリジナルタイトルだけあって、
いや、よく出来ています。
心地よくいじれて面白い。

▼ソラトロボ


ケモミミが好きな人はやってみて損はないかと(そこか)。
あ、あとアスミンも出てます(だからそこかって)。


 ▼『ドリクラ』の歌

別に新曲じゃないけど、発掘した良曲があったので紹介しておこう。

▼愛しきHero! 魅杏・私服


この曲、ギターパートを、『彩のラブソング』形式の音ゲーで参加したいわ。
弾きやすそうだし弾いてて楽しそう。


 ▼『ドリクラ』と言えば。

こないだの記事でちょっと書いた『Project SYLPHEED』も継続プレイ中なんですけど、
こういうリアルタイムゲームに、
『ドリクラ』をフィーチャーしたゲームでないかなあ。
オペレーターとか僚機に、ホストガールが乗っているロボット物。

……。

それって、『ドリームクラブXenoglossia』では……。
いや別に!
逆撫でする気もdisる気も全然ないんですけど、
オイサンはpure rouge的なものとか、Xenoglossia的なものと、かワリと好きなんでね。
しっかりした土台の確立されたあとのものなら、
その上でちょっと遊ぶくらいいいじゃないのさ、ねえ?



オイサンでした。



 

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2011年8月12日 (金)

■映像のスイッチ~シューティング小咄と書き物の話 -更新第697回-

「そんなのウソ!」
「気休めでしょ!?」

そんな風に言われる世間の風潮をだな、早急にどげんかせんといかん!!
何の話かって? それはねウフフ!!
オイサンです!





■妖精と魔女っ子



最近何となく気まぐれで、
過去にやろうとして挫折したSTGとかをやってます。


 ▼伝説の妖精、再臨。シェリルじゃない方。

特にXBOX360の『シルフィード』。
これまでも、ことあるごとにやりたくなってはリトライしてたんだけども上手くいかず。
けど今回はワリと開き直ってやってるせいか、
くじけずにそこそこ上手くやれておる。
難易度イージーで、最低限のことだけやる、っていう。

Project SYLPHEED



……でもそれって、3D空間でカッコ良く宇宙戦闘やりたい、っていう当初の目的とは
全然外れちゃってるんだけどねー……。
ままならぬのう。
結局、ターゲットを追って、ホーミングミサイル当てて、っていうだけだもんなあ。

ぼちぼちと、戦艦を落としたりパーツを狙い撃ったり、
ということも出来るようになってきたからこれから面白カッコ良くなってくるのかもしれないけど。
もっと直感的にコントローラをバチバチバチバチバチ! って操作して、
「え?今のどうやったの?」と言われる様な、
ゲームにしたってあり得ない様なマニューバで戦えるようになりたいです。
↑今は補給艦に全速で突っ込んで即死してる人 ← うるせえ

このゲーム、ターゲットマーカーが不親切というか、
「今目の前にいる敵に、ターゲットマーカーを即時切り替える」
ということが出来ないんですよね。
不便。
あと、パーツ破壊できる敵(戦艦の、ブリッジ・砲塔・バリアジェネレータ・推進器 とか)を、
パーツごとにロック出来ないとか、その辺不親切だと思われ。
『スカイガンナー』はその辺素晴らしく気が利いていたぞ。
それだけでも随分プレイアビリティが上がると思うのだが。
あとゼイタクをいうならバリアブルビューを搭載して欲しい。

どうでもいいけど、伝説の初代PC8801版とメガCD版って
どっかに完全移殖されないもんですかね。
いい加減、あったって良いと思うんだけどなー。
宮路さんも亡くなっちゃったしもうないかなー……。

あとこのゲームの主人公を「カタナ・ファラウェイ」っていう名前にしたヤツ出てこい。
カッコイイとでも思ったか。
時代が30世紀だろうと40世紀だろうと、DQNネームはDQNネームだからな。


 ▼まじょっこだいじけん

もう一個はやはり360の『とらぶるウィッチーズねお』。
いやあ、360はSTGが豊富で夢のようですな。
これも初見の印象があんまり良くなく、真面目に手をつけてなかったのですが、
小難しいスタイルにこだわらず、ガチャガチャと遊んでいると案外楽しいことに気付きました。

▼とらぶるウィッチーズねお


敵を倒すとお金がもらえて、
そのお金で道中出てくるショップで武器(最大同時に3つ・全て時限制)を購入出来るのですが。
その武器を、好きな順番では使えない・買った順にしか繰り出せないのですね。
それがちょっと……どうナンカナー? と思ってたんですが、
その先の面の構成を一度プレイしてアタマに入れておいて、
デッキを組むように買えばいいんだと発想が切り替わったとき、途端に面白く見えてきました。
現金なモンですね。

 ステージが、
  ・敵がワーッと出るシーン → ・弾幕シーン → ・ボス
 と展開するなら、
  ・7WAYショット → ・回転シールド → ・一点集中型ショット

の順で買っておけばいい、というようなことです。
なかなか、これは楽しい感覚です。
……しかしそれならそうと、「そういうんですよ!」と、
プレイ前に伝える努力があっても良かったのではないかとは思います。
マ作り手の意図を読み取る楽しみってのも、あるんですけどね。

まオイサンのSTG好きなんてのはヘタの横好き以外の何者でもないわけですが、
それでも。
STGってのは楽しいもんですよ。
もっとドラマを主体としたゲームを作ることが出来れば、
この楽しさはもっと受け入れられると思うんだけどなー。
撃って壊してかっこよく! という快感は、根源的なものだと思いますからね。


……。


て、別に今回はSTGのことを書こうと思ったんじゃないのよ!
前置き・近況のつもりがワリと長めになってしまった。



■文章中の「映像」表現・カメラワーク的な演出について



本日の本題はこちら。文章による表現のお話です。
上のSTG小噺とはなんら関連ありません。

コレといって具体的な例や思うところがあったワケではないのですが、
ジョギングをしながら書き物のことを考えていて、フッと考えたことです。
その時Twitterに投げた文句をそのまま引用すると、

 ・小説の視覚表現に、
  映像作品のような演出的な意味でのカメラワークというかフレームやその大きさ、
  角度というものを持ち込むことは、基本的に是や非や。

 ・具体例というと難しいですが、
  人間の視線を文章化したものなら当然ありなのですけど、
  映像技術として進化したカメラワーク、映像作品から生まれてきた視点の技術を、
  それが読み手の頭の中にあることを前提として文章でそれを再生させることは、
  どうなんかなあと。

ということ……らしい(笑)。
このままだと分かりにくいですし誤解も生みそうですのでちょっと整形すると、


映像表現においては、場面を演出するために、ある程度定まったカメラの使い方
(そうしなければいけないワケではないだろうが、
「こう撮っておけばとりあえず間違いない」というパターン化された定石・
 セオリーのようなもの)
がある……だろう。あるはずです。
多分。

「こういう風に撮れば緊張感を演出できる」
「こういう風に撮れば不安感を表現できる」
「    〃    楽しさを強調できる」
そんなことです。

上の「こういう風に」の部分には、
たとえば画面の切り取り方であったり、カメラの傾け方であったり、
近くから撮るのか、遠くから取るのか、
遠くからの近付き方・近くからの遠のき方(早く/ゆっくり)、
まっすぐに撮るか、間に何かものを介して撮るか、
どこに焦点を合わせるか、ぼやかすか……
そんな無数のファクターと、それらを組み合わせた方法論が当てはまります。

デ、文章で場面の視覚的な部分を描き出すときに、
その場面というのは(基本的に)人の目に映ることでありますから、
ある程度視覚的な、風景・光景・イメージというものは書き手にあるでしょう。
その視覚情報の上に、場面の雰囲気・心情的な情報を重ね合わせて描写していくわけですが、
その描写を、例えば
「緊張感を出すために、あるときどこかの映像で見た、
 緊張感を煽るようなカメラワークを再現する」
ような書き方をするのは、果たしてアリ……どのくらい意味のあることだろうか?
というのが、オイサンの抱いたギモンです。

  つまり「心象も含めた視覚表現」が映像技術として既にあるので、
  それを借り受ける形で文章に取り込む、といった感じです。
  カメラワークそのものをそのまま描くのではないにせよ、
  「読み手の頭の中にその定石的な映像表現が刷り込まれていることを前提として、
   それが喚起される(再生されるスイッチを押す)ような書き方をする」
  としてもらっても良いでしょう。

  アタマの中で映像の再生スイッチを押すような文章だけを書く、
  それをにおわす枠組みだけを書く、
  のようなことだと思ってください。

それはオマージュとかではなく他分野のライブラリの二次利用であって、
それはなんか……二次創作的だな、と思った次第。
自分がウッカリ無意識に、それをやってしまっていないだろうかということが、
とてもとても気になった。

文章で視覚的表現をすることはもちろんあるのでそれが問題だと言ってるわけではなくて、
そのやろうとする視覚的表現を、映像表現の教科書を読みながらやってしまうことを、
問題視……とまでは言わないまでも、引っ掛かりを感じた、ということです。

映像技術としてのカメラワークも、もともとは人間の視覚と心象的なことから抽出され
それを模式的に再現することで生まれたやり方であって、
人間の五感を基礎とした表現でしょうから(ていうかそうじゃないモンなんてないだろ)、
別段それを模倣することに問題はないようにも思われますが、
なんというか、
映像でやっていることを借りるのではなくて、同じ目的のことをやるにしても、
一度文章表現に最適化した落とし込み方をする必要があるんじゃないかと
思ったのでした。

  言葉で、読み手のアタマの中にある映像の再生スイッチを押すんではなく、
  言葉を視覚情報に最適合成する回路を読み手の頭の中に育てるように、
  文章屋としては仕向けていく必要があるんじゃないか。
  そんな話です。

当然、結果的に読み手が得られる風景も違ってくることでしょう。
映像を借りてきたのでは、過剰な部分・不足している部分が多々含まれているでしょう。
自分のしたい表現に本当に要るトコだけを作り出せるようにした方が、
伝えたいことがより伝わる。
そう思うので。

  恐らくは文章の方がフォーカス出来る領域が狭く、被写界深度が浅い。

ただ、そういうライブラリを転用した方が、
恐らくは読者の脳への処理負担も軽くて済むでしょうし、文章量自体も少なくて済む。
オイサンの敬愛して止まないラノベ作品、
『撲殺天使ドクロちゃん』はその集大成みたいなものでして、
オタク的情景のライブラリがこちらにフルインストールされていることを前提に描かれています。
その速さ・分かりやすさで無駄を省きつつ、独自の筆力でも楽しませてくれる。

典型となっている映像のソースを持たない人間を無視した書き方だ、
という批判もあるかもですが、
それはもう……もちろんゼロではないでしょうが、対象の数の大小の問題でしかないでしょう。
少なくとも現代の日本で、動画・静止画問わず、
そうした映像表現に触れずに育つ人間が果たしてどれだけいることか。
人の手の全く加えられない視覚の情景だけを見て育つ人間です。
それに、それを持たなくても同じように人に感じさせることができるからこそ、
そうした典型は典型たりえている訳です。



……ねえ。



言葉というものが、
脳内で発生するあらゆる刺激の電気信号をサンプリングして置換圧縮し伝達するための、
マルチパーパスな、かつ最大公約数的な表現方法だとすれば、
別に、圧縮され、他者に伝達されたあとで、
最終的に伝達相手の脳内に展開・解凍されるものが、映像であろうとなんだろうと
伝わりゃいいんですけども。

まあそこが、絵を描こうとか、文章書こうとかいう人間のエゴいところ、なんですけどね。
言いたいコトだけ、言いたい様に、伝えたい、と、思う。
なんというか、それが研ぎ澄ますということであったり、
「美しい」ということだと思うので。
出来るコトなら、そうしたい。
  
  ……あの、言っときますけど、伝わらないよりは全然いいんですからね。

マ勿論、ラクもしたいわけですけどね。
どうでもいいところはラクにやってしまって、
キメどころでだけビシッとキメる、というメリハリが、
一番「面白い作品」に近いのでしょう。
多分。

そんな自分のエゴが、どれ程用を成してるかも分かりませんが。
どうだろうな、やっちゃってないかな、やっちゃってるだろうな、
やっちゃってるつもりはなくてもそうなっちゃってるところも一杯あるんだろうなと、
朝、
ゴハンを買いに行くついでのジョギングの道すがらで思ってしまったので。

  一番厄介なのは、自分が再生スイッチを押す気がないところでも、
  押されてしまう人もきっといるだろうというところで、
  さすがにそれを避けるというのはまた、難しいですね。

こんなことを、考えて書いてみたのでした。
ツイートしたときに書き物系の方からは、2、3反応もいただけましたのでね。


マそんなことで。
オイサンでした。


 

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2011年8月11日 (木)

■主人公の視線 -更新第696回-

買い物をしてお会計するときに、
こちらが商品をカウンターの上に置くより早く店員に先に手に取られる
(つまり商品を一度カウンターに置こうとしたのに手渡しした格好になってしまう)と
若干イラッとします。

オイサンです。

何故イラッとするかはわからないけど「カンジ悪っ」と思ってしまいます。

別にカンジ悪い要素ないはずなんだけどなんでなんだろう。
急かされたような気分になるからだろうか。
我ながら不思議なんですけどね。



■怪談~オルニチンの夜に



最近電車ン中で、キリンの車内広告をよく見かけます。

夏場だから、体力のつくものを食べましょう、
キリンじゃこういうものを出してますよ、というチラシで、
なんかもう……オッサンとオバチャンがもう、ものっすごいウソくさい笑顔とポーズで
ウレシソーに働いたり遊んだりしてる写真満載のやつです。

  もうね、アレすっごいキライ。
  自分でもなんか分かんないくらいキライ。

しかしキライなものほど見てしまうわけで( ← 思う壺)、
その広告で紹介されている商品の中で一つ、気になるものがありました。

ヨーグルトらしいんですが、うたい文句に
「しじみ900個分のオルニチン配合!」
とある。

……ふむ。
オルニチン。
聞いたことがある。
が、どういうものかはよく知らん。
まあ、カラダには良いものなのだろう。
しかし……しじみ900個て。
一生のうちに、しじみ、そんなに食べるものだろうか。
それにそんなに摂取して、逆に悪影響はないものなんだろうか。
そもそも、しじみ一個にはどのくらいオルニチンが含まれているんだ?

まぐろの刺身一切れでしじみ20000個分含まれてます!
とかだったら900個でも1000個でもあんまり意味がなかろう。

……というわけでちょっと調べてみました。
調べたっつってもWebで検索かけただけだけど。

参考にさせて戴いたサイトさんはこちら。

  ▼オルニチンと大人のヨーグルト
   http://topics.foodpeptide.com/?eid=1283317
  ▼オルニチン早分かりガイド
   http://www.divafest.org/
  ▼オルニチン研究会
   http://ornithine.jp/


で、大体まとめた結果がコレ↓。

▼オルニチン
 大体の効能:
  ・肝機能の増進
  ・脂肪の燃焼促進(?)
  ・成長ホルモンの活性化(筋力増強・新陳代謝の促進)

 食物の含有量(/100g) シジミが多い
  ・シジミ(10mgチョイ~15mgチョイ)
  ・キハダマグロ(2mg弱~7mg強)
  ・チーズ(0.7mgチョイ~8.5mg弱)

 副作用・多量摂取の悪影響
  ないっぽい。もともとカラダの中にあるもんなので。
  蓄積されることもないっぽい。

みたいな感じでした。

……いいじゃん。

ダイエットとか筋力増強とかの文句に、メッポウ弱いオイサンですよ?
というワケでキリンさん、あのいやらしいチラシで
ヨーグルト一個売ることに成功。
アレをこしらえた広告屋さんはヤリ手認定です。
くそう。

というワケで、
オルニチンヨーグルトを肴にヘルシア緑茶で一杯やってる騙されやすそうな大人をみかけたら
それがオイサンです。

高濃度茶カテキンとオルニチンで中毒起こして
皆様の前に目も当てられない死に様をさらす日を
従業員一同心よりお待ち申しております

あ、タイトルに「怪談」とつけましたけど嘘です。
別に怖い話じゃありません。
ごめん。( ← てきとう)


オイサンでした。
コンガリータ。



■視線交錯時代の主人公のあり方



って、終わらないよ。ここからが今日の本題です。

アニメを見ての感想の話なのですが、
先日Twitterにて、
「個性がなく、ドラマのない主人公にはあまり興味が持てない」
という意見をお見かけしました。

デその例として『アイドルマスター』のプロデューサーが挙げられていた
(正しくは『アイマス』を見てそういう感想をお持ちになってた)んですが、
これはまた、オイサンとは違う解釈だな、面白い題材ではあるな、と思ったので
ひとくさり唸っておこうかという次第でございます。


 ▼主人公という言葉の難しさ~物語の主人公なのか、「プレイヤー」なのか。

まずオイサンは、アニメ『アイマス』における主人公を、
あのメガネの男性プロデューサーだとは思っていません。
少なくとも、現時点では。
主人公はあくまでも765プロのアイドルたち個々人であり、
且つ、現時点では、13人一まとめで主人公だなあ、と捉えています。

今の……主観的ゲーム作品と、客観的物語映像作品の交錯する……ご時勢、
「主人公」というポジションは案外面倒で、何種類かそのありようがあると思うんですね。
ここでは大きく、3種類考えたいと思います。

 1) 物語の中心に据えられる対象。「受け手に、主として観察される」対象です。
 2) 受け手が入り込み、なり切るための対象。
 3) 受け手に対して視点・視線を提供・中継する存在。

1)は、上でも書いたように今回例にとった
『アイマス』のアイドルたちがこれに当たると思います。
大勢いるので分かりにくいかもしれませんが、
大人気アニメ(w『まどかマギカ』だと、ほむらがここに当てはまると思います。
個々にハッキリとした人格とドラマを持っています。

2)の型の主人公は、アニメや小説・映画など、単方向のメディアではあまりいないと思います。
コレは多分、(演者として関わる)演劇や、TRPG、テレビゲームなど
双方向メディアに特有の存在ではないでしょうかね。
ゲーム版『アイマス』のプレイヤーキャラとしてのプロデューサーや、
『ドラクエ』の主人公なんかはこのへんでしょう。
いわゆる「無色透明の君」とされることの多い人。
最近の『FF』の主人公なんかはここには入らず、1)にいくでしょうね。
案外『まどかマギカ』のまどかは、これに近い気はしますが。

3)は1)と2)の折衷で、定まった人格や個性はあるけれども、
お話の中で立たされる位置が受け手に限りなく近い。
主人公としての「彼(or彼女)」はある程度「彼個人」として振舞うけれども、
受け手がそこに入り込む余地もある、という存在です。
基本的には作り手が
「こいつはこいつだけど、見る側の人はこいつの見る方を見てくれよ、
 見ててくれればとりあえず間違いないよ」
という存在。視線の導き手・ガイド役のようなものです。

  マ2)と3)は与えられる個性や役回りの濃度の問題ではありますね。
  1)と2)も、ハイブリッドな役どころというのはあります。
  入り込みながら観察する、受け手に極めて近い(と思い込ませる)役どころを作り上げることで
  それは可能にされます。
  面白いモンで、『エヴァ』のシンジ君とか、『FFⅦ』のクラウドとか。
  自己陶酔・没入・内省型の主人公に多い気がしますね。

  『ロウきゅーぶ!』だとどうだろう。
  女バスの五人が1)で、ロリコーチはやっぱり3)かなあ。
  ……え? な、なんでイキナリ『ロウきゅーぶ!』の話になったか……だと?
  し、知るかバカモン///!!

  マ他にも今期のアニメで言えば、
  『神様ドォルズ』なんかは1)としてしか成立しないと思うんですよね。
  受け手は、お話を舞台の外側から眺めることしか出来ない。
  受け手の立場としては、ヒビノさんが近い(「村」の事情が分からずに巻き込まれる)ですが、
  主人公はキョウヘイであって、観察されるのはウタオでしょうから。

アニメ『アイマス』のあのメガネ男は、
3)に近い存在として描かれていると思います。
限りなく薄い3)か、ちょっと色づけされた2)か、というところ。
いずれにせよあのメガネは、「プレイヤー」ではあるが「物語の注視点」ではない。
主人公であるアイドルたちを観察するための、
受け手の視線の中継点として据えられた、カメラのようなものだと思います。

見た目やスタンスなど「外側の環境」はガッチリ定められているのに
中身だけが用意されていない、みたいな例もあります。
それは型としては2)なのですが、外側が固まっている以上決まった動きしかすることが許されず、
まるで中身があった人間のように描かれたりもします。
それはつまり本来の意味での「ロールプレイ」を作品が受け手に要求してくる場合ですが、
案外、今回の『アイマス』もその例なのかも知れません。

  オイサンの経験した中で、そのもっとも鮮やかだった例が
  PSのゲーム『女神異聞録ペルソナ』の主人公でした。
  あのゲームにはすっかりやられた……というか、「やらされた」。
  特に予期もしていなかった役どころを、見事に演じきらされたと思っています。

またアニメの『アイマス』では、
敢えてあのメガネ男を改めて役として立てる必要もなかったんじゃないかな? とも思います。
案外、あそこに律っちゃんをほりこんでしまうことも、多分出来たはず
(この先の展開で、メガネを絡めた恋愛成分とかが展開するなら別ですが)。

まあ、律っちゃんには強い個性があってしまうので、
お話を転がしやすい方へ転がすことは難しくなると思いますし、
あそこにいるのが律っちゃんだったのでは、
これまで「男性プロデューサー」として『アイドルマスター』の世界に関わり続けてきた
たくさんのプレイヤーたちが、
やはり「その世界での自分のあり場所」として、視点を預けることは難しい。

  「彼女の中に入って、自分の気持ちもコミで役割を演ずることが難しい」
  と言い換えてもいい。

あのメガネ男は、視聴者が彼に「なり切ったり」、彼が視聴者を「代弁したり」、
という、そこまで万能で、視聴者にフィットする存在ではないと思いますが、
「視聴者の誰もがその中に入って、演じることの出来るギリギリの居場所」が、
あのメガネ男なのだと思います。
視聴者が
「ああ、うん……まあ、許す。そういう役なら、やってやる」
と、言える役どころ。

  多分オイサンが作ってたら、
  安易に律っちゃんをあの位置に据えて話を作ろうとして、
  自分は苦労するわ、作品の評価は低いわで
  えらい失敗になっていたと思います。

なのでまあ、あのメガネを主役として観察をしていても、
今のところタイクツだとは思います。
後々、アイドルたちがビッグになっていって、



……。



 絢  辻「どうしたの? 急にだまって」


絢辻さん。……いや、別に……。


 絢  辻「……」


……。


 絢  辻「……黙ってちゃわからないでしょ?
      まあどうせ、アナタのことだから?
      『今時、「ビッグ」て……。言わないよなあ……。オッサンだなあ、自分』
      とか思って、一瞬へこんじゃったんでしょ?」



モロバレやないですか。
閑話休題。

えーとですね、後々、アイドルたちがメジャーになっていって、
自分の力量の及ばなさにへこんだりとか、
アイドルたちとの間に仕事上のパートナー以上の感情が芽生えたりとか、
そういう葛藤を抱えるようになればスポットライトが当たることもあるかもですが。
今のところはあの男のメガネのレンズを通して、
主人公・ドラマの核としてのアイドル達を見守っておればよいのではないかと思います。

そうしているうちに彼の気持ちと受け手の気持ちは近づいて、
やがて彼もがドラマの核の一つとして立ち居振舞うときには
まさに彼になり切り、同じ痛みを感じつつ彼のことを観察できるような、
そういう存在になるのではないかなーと、そんな風に思っておりますよ。


 ▼765プロの行く先

マ件の『アイマス』も、まだまだ話が始まったばかりで、しかもいきなり登場人物が多い。
この先一体誰がお話の中心になっていくのか? ということもまるで見えてきません。
オイサンは、冒頭でも書いた通り、
765プロという場とそこで生まれるドラマが主軸になっていくと思っていますので、
主人公は「765プロ全体」だと思ってます。
まあ、中でもクローズアップされるヒロインはある程度限定されていくでしょうけどね。
マいわゆる群像劇というやつで、
登場人物を乗せた宇宙船がどこに辿りつくのか、
行き先がどうやって決められるのか、が大事なのだと思います。

そして視聴者が視点を預けるのは眼鏡プロデューサー。

彼が男を見せる場面は……まあ、あるにはあると思いますけど、
それでも主体となっていくのは、プロダクションの他の面々でしょうねえ。
竜宮小町の三人と律っちゃんプロデューサーが始動してアタマ一つ抜け始めることを契機に、
それを見て奮起する子、
焦る子、
挫折する子、
動じない子が分かれてきて個性を見せ始め、
そこでまたドラマが生まれていくんでしょうけど。

  ……メガネ一人じゃ、到底回せそうにないな。
  ライバルになるプロデューサーとか、入ってこないとしんどそう。マいいか。

分かりやすい位置にポンと置かれて受け手の目を引くのが主人公だとすれば
『アイマス』の主人公は間違いなくメガネですが、
彼の役目はあくまでも、そうして引き付けられた目線を
アイドルたちの所作の方へとポーンとトスするだけのことだと思いますんで、
あんまりあの、取り柄のなさそうな兄ちゃんをジロジロ見て上げるのは
チョイと気の毒な気がしますね。

大体、ヤツが個性をバリバリに発揮して大活躍のモテモテのウハウハになってしまったら
各所から抗議のおたよりが殺到しそうだ。
泣く子も出てくるでしょうし、きっとタダではすまない。

ゲームからの映像化だと、登場人物も多かったり、
受け手が誰の目線で、誰を見るのか? ということにも
そもそもの前提(ゲームの主人公の存在)があったりするので混乱しがちです。

お気に入りのキャラクターがいたりしたらそこに感情が入ってしまったりして、
送り手の意図とすれちがってしまったらもう、
多分まともにはそのお話は受け取れないでしょうし。
そうして「つまらない」とされてしまう作品も、多々あるでしょうね。

  ……まあ正直な話、あのメガネが無個性なせいで、
  話がのっぺりとつまんなくなってるむきもあったりしますけどね。
  お祭りの回とか。
  その辺はもうチョイ、何か救いがあってもいいかと思います。
  後のドラマへの伏線として。

今回の『アイマス』ではオイサンはもう完全に門外漢の立場から入れたので
その辺ニュートラルに見られることは幸運だったかなと思います。
オムニバスでなく、群像物として見られることも、とても嬉しい。

マ多分この先も「真の主役の座」争いがきっと起こって混乱していくと思いますが、
誰に入って、誰を見れば良いのか、
上手に導いていって欲しいと思います。
色んな視点・色んな視線が楽しめるのは、群像物の醍醐味ですしね。


マそんな感じでヒトツ。
オイサンでした。



Are You Ready ?


 

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2011年8月 6日 (土)

■マイニチのさじ加減 -更新第695回-

オイサンです。
本日の日記パート、日々の些事三連発。



■見知らぬ、缶のお茶



近頃平日のお昼ゴハンはシゴトバの近くの飲み屋さんが売ってるお弁当を
買って来て戴いているオイサンですが、
そのお弁当屋さんは、サービスで一本、
缶の飲み物をタダでつけてくれるのです。

 ホンマにタダなのか、
 そもそも弁当の値段に含まれてるのか分かりませんけど。

デそのコーラとかコーヒーとかある中から
毎回お茶をもらって来て飲んでいるのですが、
こないだまで『おーいお茶』の250mlのスリム缶だったのが、
先週くらいからあまり見たことのない銘柄の、180mlのお茶に変わりました。

美山名水 お茶190ml 30本 美山名水 お茶190ml 30本

販売元:激安飲料のドリンク村
楽天市場で詳細を確認する


 ↑オイサンの飲んだのはこれそのものじゃないんですけど。
 ↓こっちかな? 確か。

 http://homepage3.nifty.com/abct/37950011.html

なんだろう、コスト削減かなあと、深く考えずに飲んでいたのですけども、
昨日はゴハンの間に飲み終わらず、
仕事の合間にもコクコクと飲んでいたら、ふっと気付いた。

なんだかこのお茶は、えらく美味しいんじゃないか?

舌触りがこう……ぬるっと滑らか。
渋すぎず、薄すぎず。
ワタクシおーいお茶は嫌いではありませんが、伊右衛門は苦手です。
匂いをちょっととげとげしく感じるのと、
舌触りがザラつくのが好きになれない。
ペットボトルのお茶では、一時期出回っていた若武者が好きだったのですが
世間的なウケは今一つだったようで、さっぱり見かけなくなってしまいました。

  マ自分の好きなものが世の中からソッコー消え去るのは
  毎度のコトなんでいいんですけど。
  良かねえけどもよ。しょうがない。

そのお茶……『京都美山名水』というメーカーのお茶は、
バランスがとても良い様な気がして、休み時間にこっそりと検索をしてみたところ、
ああ、なんか方々に隠れたファンが結構いらっしゃる。
Webのあちこちで賛美の声が見受けられました。

  中の人かもしれませんが。

同メーカーの炭焼珈琲は特に評判が良いみたいなので、
今度Amazonででも買ってみようかなあ、と画策中であります。

美山名水 炭焼コーヒー190ml 30本 美山名水 炭焼コーヒー190ml 30本

販売元:激安飲料のドリンク村
楽天市場で詳細を確認する



見かけたら試してご覧になるヨロシ。
あんま見かけないと思うけど。
関西じゃあ結構みるのかしら?



■『僕の妹は漢字が読める』を読んだオイサンは漢字が書けない。



Web上で一瞬だけ盛り上がった、『僕の妹は漢字が読める』。
ライトノベル作品です。
どっかのレーベルの賞で、佳作だか優秀賞だか。
とったらしいのですが。

僕の妹は漢字が読める (HJ文庫) 僕の妹は漢字が読める (HJ文庫)

著者:かじいたかし
販売元:ホビージャパン
発売日:2011/06/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する


その一瞬の盛り上がり方は、
「これはひどい」
といった、中身を試し読みしてその酷さを笑うような盛り上がりでした。

 ▼ラノベ『僕の妹は漢字が読める』がマジキチ これがラノベの最先端だ!
 http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51641055.html
 [ゴールデンタイムズ]

オイサンもさらっとその試し読みをしてみて、
そのときはやはり、「……ひどい」と思ったのですが、
あとあと反芻して考えてみると、
もしかすると頭のいい人がちょっとヒネって書いたものかも知れんな、と思えてしまって。

ジワジワと、興味がですね。
……よせばいいのに。
湧いてきてしまいました。

  今や大成功の域で活躍中の『這いよれ!ニャル子さん』のときは、
  タイトルの「這いよれ!」という字面一発で気に入ってしまい
  買ってみて失敗したわけですが。

試し読みの範疇の内容としては、

 ・未来の世界では漢字が失われ、ひらかな・カタカナのみの表記が一般的になっている。
 ・主人公は小説化志望。文豪のナントカ言うジジイ作家を崇拝している。
 ・そのジジイの作品には、今現在で言う萌え・ロリ・パンチラなどが満載。
  だがその時代ではそれが官能や純文学として認められている。
 ・主人公の妹は漢字が読め、そうした作品が純文学として流通している現状を疑問視している。


というくらい? だったかな。
それを読んだ反応として、「ヒドイ」というのが大半だったのは上でも書いた通りなのですが、
中には面白そうと思った人もいて、そういう人たちはその作風を
「現状のラノベを批判する作品」として受け取っていたようでした。

オイサンが面白そうと思ったポイントはそこからも少し離れており、
ざっくりまとめると

「・筆者は今現在(2011年の現代ね)芸術として認められ残っている作品群も、
  「当時は「××派」「××流」のようにくくられる程度に類似する型の中で、
  ときには商業主義的・大量生産的に濫造される雑多な生態系の中で生まれ、
  生き残ったもの
  (=芸術作品は全てが生まれながらにして芸術を標榜して生まれるものではない)」
  として理解しているのではないだろうか。
 ・同時に筆者は、当時は無頼・下劣な刺激物とされたものもあったはずだ、
  とも理解しているのではなかろうか。
 ・また筆者は、そうした事情の上で生まれ磨かれた作品群でも、
  現代ではその価値を見出され、芸術として存在している、
  と解釈をしているのではなかろうか。
 ・そうした筆者の解釈の上で、
  今氾濫するしょーもない萌えラノベ群がこの時期を過ぎ、
  一つの潮流として歴史的に認識され、
  芸術的に価値の高いものとして認められた未来を描いた作品なのではないだろうか?
 だったら面白いかもしれない」


……と、考えたわけでスが。

んでまあ、買って読んでみましたが。
ごめんなさい、三合目あたりで山を降りてきてしまいました。
オイサンの登りたい山じゃなかった。
頂上が完全に見えた、というわけではないですけど、まあ……概ね間違ってはいないと思います。

結局、主人公の崇拝する未来世界の大作家が、
ホンマに欲望丸出しの、ロリと妹好きをこじらせたエロ老人としてしか
描かれてなかったんですね。
無念。

表現の仕方が難しいのですけど、
自分の愛するロリや妹を、本当に実用的なすけべえの対象としてしてしか見ていないというか。
芸術性のようなもの(これも言い方が難しい)と繋げる回路を、
まるで持っていない人物に見えました。
うーん。
やっぱり、伝わるかどうか、言い表しようが難しいんですけど。
エロスに対して理屈の部分を全く持ってない人に描かれている……と、
いえばいいのかしらねえ。

  あ、それは勿論作者の意図として、ですよ。
  オイサンの妄想したような世界ではそもそもない、ということです。
  「描き方がなってない!!」という話じゃないので、誤解のなきよう。
  そもそもが、オイサンが上で勝手に考えたような前提で書かれたお話じゃなかったってことです。

過去に、エロスやら欲望やらを題材にとった作品を手がけ、
現在において作品を芸術と認められている人たちが、
全くの生な邪念なしに、芸術のみを標榜し、成分を摂取して、作品に昇華させたかといわれれば、
そういう人もいるでしょうし、そうでない人もいると思うのです。

「これは芸術だから! いやらしくないから!」
と、本気で考え、実際そういうスタンスで向き合った人と、
そうは考えも、やっぱりそのエネルギーのうちの何割かは実際に自分の下半身にあずけて、
そこから湧き上がってくるものでもって、作品に打ちつけた人と。
きっと、両方がいる。
でもその、どちらにしても共通するのは、やはりそれが……「芸術」なのかどうかはおいておいて、
「美」である、ということを、意識していたということだと思っています。

それがこの……『妹漢』の大先生には感じられなくて、
よーするに自分で書いた作品で、あとで自分でオナニーするためだけに書いていて、
「うわあ、いやらしいなあ! いやらしいなあ! 嬉しいなあ!」
という気持ちだけがあって「美」への意識はない、そんな風にしか……読めなかったんですねー。
残念ながら。

  別にあとで自分でオナニーに使ったらそれが芸術じゃないっていうんじゃないですよ。
  それもまた伝わり辛いところだと思いますけど。
  出すモン出してティッシュくるんで捨てたらもう何も残んないか、
  その先にまだ美しいと思えるだけのなんかがあるか、ということ……かな?
  ちょっと違うなー。
  その残ったものの意識が芸術や美へと向いているかってことですかね。
  結局抽象的な言い方にしかならないんだけど。
  スキのない言い方が見当たらんな。

だからオイサンが思い描いたような展開というか、暗示は、
その先もまあ出てこないだろうと思い直して、
三合目から頂上だけを見上げて帰ってきてしまったと、こういうわけです。

「だからこの作品がダメだ」ってんじゃありません。
今のラノベ市場としては、マ品揃えの一つとしてあったっていいんじゃないでしょうかね。
佳作だか奨励賞だかわかりませんけど、評価なりの作品だとは思います。
多分。
あんまラノベ読まんからわからんけど。
ただまあ、分かりやすいモンで。
オイサンがこの本を買ってみようと思ってからしばらく、手に入らなかったんですよね。
マイナーなレーベルだっていうのもあるのでしょうけど、
そのレーベルのほかの受賞作はちょろっと並んでいるのにコレだけ置いてない、
ということもしばしばでした。
最終的にAmazonに注文して手に入れたのですけど、奥付が何と

 7月1日 初版発行
 7月10日 第2刷発行

となってまして、総武線の中でおぱんちゅフイタ。
いやあー……。
でもまあ、話題になってよかったですね。
次回作も多分、そこそこ期待してもらえるのではないかと。

あと、タイトル。
受賞時のタイトルは『妹は漢字が読める』となっていて、
出版時に改題して『僕の妹は~』になったらしいです。
改題が入ることなんて珍しくないのでいいのでしょうけど、
個人的には、改題前のものの方が、「誰からみた『妹』なのか?」ということが不安定で、
引っかかりがあって興味は惹かれます。それがイヤだっていう人も多いでしょうけど。

  参考。
  ▼『僕の妹は漢字が読める』の感想がひどい件
  http://hirorin.otaden.jp/e198999.html
  [山本弘のSF秘密基地BLOG]



■こんなもん任天堂が率先して出してよ。立場上無理?


 ▼WiiをHDMI接続してフルHDにアップスケール「Wii TO HDMI CONVERTER BOX[MG2000]」
  http://gadget.itmedia.co.jp/gg/articles/1108/03/news056.html
  [ITmedia ガジェット]

3DSがスーパー鳴かず飛ばずでとうとう値下げに踏み切った任天堂さんです。
うーん……。
やっぱりねえ、というのはちょっと虫が良すぎるのでしょうけど、
……なんでそんなに、立体視にこだわっちゃうんだろう。
何がしたかったのかなあ。

マそれはいいや。

でなくて、今回はWiiの方の話。
WiiUにもさほどの期待はしていませんが、
Wiiは操作に手応えがないのがやはり大きな問題の様な気がする。
ガチン! と、画面の向こうと一体になっている気がしないんですよねえ。
ちょっとしたラグが気になってるんだろうなあ。
任天堂が「そんなラグを気にするようなヘヴィゲーマーは相手にしてない」と言うなら、
それはもう仕方がないんだけど。
WiiUでもそれは、変わらないんだろうなあ。

デそのWiiの画像をHDにアップコンバートしてくれる機器が
(何故か今頃になって)満を持して発売されるようです。
……こんなもん、任天堂が率先して出しなさいよ、と思うのだけど、
任天堂という会社の性質上、いざその
「HDが不可欠でした」
と認めてしまったらものすごいサービス価格で出さざるを得ないだろうから、
迂闊に動けなかったんだろうなあ、と邪推してみたりします。

……しかしDSLite・DSi・DSiLLなんかは、初代DSのものすごい成功があって、
売れるものだ、数が出るものだ! という成功が約束されていたからこそ
部材メーカーに対しても強気に出、部材を安く買い叩くことが出来、
結果的に安価で売ることが出来ていたのだろうから。
その圧倒的な優位性が崩れた今、
値下げをするにも、新ハードをおもちゃ価格でリリースするのも……
キッツイんだろうなあ。

あんまり、無理をしすぎないでくださいね。

まかり間違って、任天堂というメーカーが倒れてしまったりした日には
それこそお金に換算できないほどの損失だと、オイサンは思いますので。
無理なときには無理と、巡航できる速度で走ってもらいたいものです。

KONAMIの売り上げの、コンシューマ向けゲームとソーシャルとが逆転したっていいますし、
ホント世の中どうなっていくかわかりませんや。

……海外では携帯向けのソーシャルゲームってどうなんだろ、
やっぱ売れてるのかしら?
それともまた日本独自の、ガラパゴスった路線を走っているのかしらね。

 ▼海外のソーシャルゲームの超基本知識
 http://d.hatena.ne.jp/socialgame/20110126/1296013652
 [ソーシャルゲーム]

こういうところを拝見する限り、
海外ではソーシャルはPC向けがメインみたいですが、
やっぱぶいぶい言ってるのね。
メンドクセエ。

ソーシャルっすかー。
うーん。
やったことはないけど、据え置きでスタンドアロンで、
そして出来ることならパッケージで、
遊びたいねえ。

こうやってどんどん、年寄りは住みにくくなっていくんだろうねえ。
と、言っていること自体がまた、宜しくなかったりするんだろうねえ。
でも欲するものが駆逐されていくのだから、
そのように感じるのは仕方のないことだよねえ。


……?


なんか、以前も似たようなことを書いたような気がするが、
きのせいでしたかのうマサ子さんフガフガ。



以上、マジにそんな気がするオイサンでした。



 

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2011年8月 5日 (金)

■本当にあったカワイイ話~『異国迷路のクロワーゼ』をホメる -更新第694回-

ちょっと呑気で頼りないけれど、いつも元気で明るくて、
とってもがんばり屋さんのオイサンです!

……って自己紹介したら、オシゴトを干されました。
一体何がまずかったんでしょうか?  (神奈川県 36歳 男性)

オイサンです。
おっかしいな、美少女だったらそれだけで一生食ってけるのになー。


『異国迷路のクロワーゼ』が、ですね。
……もう大変に、良いワケです。



▼PV1



世の、他のエッジの利いた作品・刺激の強い作品群と比べると
すごく「地味に」良いので褒めにくい向きもあると思いますが、
とても丁寧で、ワンランク上の気配りが行き届いたものになっていると思います。

画が派手なわけではないですし、
BGMのメロディにキャッチーさがあるわけでなし。
お話に仕掛けがしてあって、凝ったフックがあるわけでもない。
イキナリ「せいぞん! せんりゃくー!!」とか言ったりしませんしね。

でも、画はしっとり緻密で丁寧で、
音楽は場面と鑑賞の邪魔をせず、
お話は静かに、けれども確実に拍動している。

この作品の持つ「必要以上に強い刺激」を強いて挙げるなら
「湯音が異常にかわいい」ということくらいでしょうか。
しかしそれも、『うさぎドロップ』のリンちゃんや、
萌え強化人間である『神様ドォルズ』の詩緒、
『ダンタリアン』のダリアンたちと同列レベルの強度だと思いますが。

  マあの、美しすぎる世界観そのものが強化された刺激だといってしまえば
  そうなんですけどね。

4話が、とてもわかりやすくて良かったと思うのです。

西洋の人間から見て、日本人の精神性というか、
日本人が大事にする……否、今となっては「大事にしていたとされる」心のありよう、
士道と呼ばれるようなものであったり、侘び寂びのようなものであったりというのは、
不可解で神秘的だとされます。

  ……恐らくはその多くが過去のものなのでしょうけど。
  もったいないことですよ。

そうした日本人の精神性というものが(過去・現在ともに)どこまで本当なのかということについて
オイサンには量りようもありませんが、それが本当のことだとして、
かつ、それこそが日本人の核にあるもの・あるべきものだとして。
このお話が語ろうとしていることはそういうことなのだろうなと、今更ながらに読み取りました。
日本人よ、斯くの如く、しなやかに美しくあれと。
あと、にほんじんよ、かわいくあれ( ← それは違)。

  オイサンは正直なところ、今の日本人は日本人の精神性の独自性を
  ちょっと美化しすぎというか、特殊視し過ぎかなあと思います。
  精神性を含む文化の独自性・唯一性は、他の国の文化にもあるのでしょうし。

  マ他所の国の方々も、
  おのおの自国の文化に対する誇りを高く持っていらっしゃいますから
  それと同じようだと思えば、今くらいで良いのかもしれませんけどね。

  ケレドモ如何せん、それを高いところにキチンと保てていないのは明白なので
  「日本人ってのはこうだぜ!」ということを、過去の栄光ばかりを嵩に着て
  声高に言うのは、やっぱりカッコワルイと思います。
  自ら保ち、身につける努力を続けている人間が言わないと……薄っぺらい。
  今の自分らがなくしてしまってるから、
  すっかり消してしまわないために大声で叫んどくくらいしかないからなのでしょうけども。
  ウーム。

  あと、超どうでもいいけど、
  「COOL JAPAN」
  って。
  既に英語で言っちゃってんじゃんよ!!
  だったら日本語で言えよバカ!! アホ!! おたんちん!! アンドロギュヌス!!( ← ?)
  せめて「KAKKO-II NIPPON」くらいにしとけんか!
  言葉の意味を考えて言葉を作れよ! 字面のカッコ良さにばっか踊らされんな!

話がそれましたけどいつものことです。

このお話って、最終的には
「資本の力を、心の力がひっくり返す(或いはひっくり返らないまでも何かの波を起こす)」
話になるとオイサンは踏んでおります。
それを、そのテーマが前面に出て来すぎないように、
おさえながら、
おさえながら、
丁寧に丁寧に水面下で……水底で、ことを運ばせている。

序盤は主軸を湯音とフランス文化のふれあい、
日常系のごとき筋書きのない物語に重点を置いて、
ギャルリとグランマガザンの対立はあくまでもお話の背景に過ぎませんよー、サブですよー、
と耳元で囁きながら、最後にはその問題が、ざばーっ! と水上に現れてくるでしょう。

  零細商店街と大規模小売店舗の対立なんてのは
  日本でもさんざっぱら問題になったことですからね。
  ちなみにオイサンは大学ではそんな勉強をしてました。

そこにあるのは一意的な力と力・資本と資本のぶつかり合い「だけ」の構図であって、
それはもう誰の疑いもなく、「数値」の大きい方が勝つお話です。
合理のお話です。
そこへ合理ではない力、異国からの、不可思議な精神性……ニッポンのこころの力を携えてやってきた
湯音ちゃんがひと波起こしますよ! というワケです。
そこには、ちいさな数値を大きくするてこのようなちから、
西洋人の量りあぐねるという東洋武道の理合の様なものが働くことになるのでしょう。
奉公と、お辞儀と、約束のちからです。

  そのココロのちからの活躍の場に、
  商店街と百貨店の対立を設えるというあくまでもリアルな
  (「生活がかかっている」という意味で、本当にリアルな)場を選んでいるのも、
  すごく丁寧で、慎重で、静かで、巧みにして大胆だなあと感心します。
  いまや資本主義の代名詞みたいな、
  資本のチカラにすっかりココロのちからを飲み込まれてしまった日本人からしてみれば
  ちょっと耳の痛い話であるのかも知れません。

オイサンは西洋の方々が本当にそんなに合理に生きているのかについても実感的には存じ上げませんので、
ホントのトコロがどうなのかわかりませんけど、
西洋で起こっている合理同士のぶつかり合いに、
東洋のココロの神秘が一肌脱ぎますよ、という展開を示すことで、
東洋人の持っていた思想にはこういう力があるよ、もっと頑張って取り戻そうぜ俺たち!
というメッセージでもあるのかなあ、と。
そんな風にね、嗅ぎ取ったというか、今のところ妄想中のオイサンです。

えほんみたいなモンですやね。
「ともだちにいじわるをすると、このえほんみたいに鬼が来るよ!」っていうのと同じ、
物語のちからやはたらきを、すごく信じているつくりだと思います。


……。


ですけど、案外ね。
逆に、本当に描きたい・見せたいのは湯音とフランス文化のふれあいの方であって、
ギャルリとグランマガザンの対立についてはお話としての体裁を整えるために
(終盤にヤマをこしらえるために)用意した展開なのかもしれませんけど。


 ▼ゆったり髭ジジイのきょうふ

▼PV2

今個人的にすっごく気になっているのは……
クロードがオスカーにたずねた一言の台詞、
「なんで湯音を、わざわざ日本から連れて来たんだよ?」
というギモン。

この台詞もホントなんの演出も加えられない、
するっと出てきたただの一言なんですが、
コレ、すっっっっっっっっっっっごい大事な気がします。
今のところ回答として、

 ・湯音が、お家のシキタリで、ご奉公に出なきゃならないからでしょ?
 ・湯音が、フランスに憧れていたからでしょ?

という二つが提示されておりますが、これはどちらも、あくまでも「湯音の」都合。
ご奉公先として受け入れて下さい、と頼まれた(?)オスカーにはそれも断ることが出来たはずで。
あのゆったりまったり髭ジジイには、
何か別にまた彼なりの考えや目的があると思うんですよね。

話の展開はほぼ読めた(気になっている)オイサンですが
(少なくとも大筋に関してはオイサン的に完結していて、
この通りでなくても、こういうお話が妄想できただけで、
オイサン的にこの作品は既に成功。ハイ名作! ← ヒドイけど本気)
そこだけは読めなくて。
それがどう明かされるのかが楽しみです。

  たとえ明かされなかったとしても、
  絢辻さんのときのようにまた、
  自分で妄想に妄想を重ねて一つの物語にできるかと思うと、それもまた楽しみ。

全体的にちょっと親切すぎる、語りすぎるところがあるのが
オイサンにはちょっと残念です。
そこは別に言葉にしなくてもいいだろうとか、
示唆する画を挿入したり、カメラを向けたり、しなくてもいいでしょう?
と思うことを、やってしまったりしてますね。

作り手もみんなに分かりやすくしようという意図で検討の結果そうしているのだと思いますが。
分かりやすさ最低限バージョンも、すごくみたいなあ。

オスカー爺さんの声が、『ポリスノーツ』の主人公ジョナサン・イングラムと同じ、
田中秀幸さんなんですよねー。
ところどころにコトコトっと面取りした角があって、すんごいまろやか。
ホントいい声してるわあ。
あーもう、結婚して欲しい(無茶言うな)。


 ▼今日から日本人

以前もちょっと取り上げましたけど、
二話で湯音が、初めて目にするたまねぎの名前について質問をし、クロードが「オニオン」と答えるのですけど。

前も書いた通り、オイサンは玉ねぎはもうずっと玉ねぎとして日本にあったものだと思っていました。
その思い込みの一因には、
この「玉ねぎ」という名前が如何にも古くから日本にあったような響きと説得力を持っていた、
ということがあります。
「オニオン」に「玉ねぎ」と和名を与えた人物は、ああ、センスあるな、と思うのです。

実際、玉ねぎはねぎの一種なのでしょうから、
それを「玉みたいなねぎだから、玉ねぎ」と運ぶのは当たり前っちゃ当たり前ですが、
案外そんな風に、若干情緒によった名前を持ちこむことは、
……時代性もあるのかもしれませんが、勇気のいることだと思うのです。

その他の西洋由来の野菜などを見渡したときに、
なかなかここまで日本人の顔をした名前は見当たらないように思います。

例えばたった今、オニオンが西洋から日本に上陸したとして、
つけられる名前は、多分「玉ねぎ」にはならないのではないでしょうか。
今ならカタカナの西洋名そのままで「オニオン」と受け入れられましょうし、
新たに和名をつけるにせよ「セイヨウマルネギ」とか、
合理や機能としての名前、分類上に分かりよいことが優先されて、
「玉+ねぎ=たまねぎ」なんていう、見た目や情緒に左右される名前は、なかなかもらえないんじゃないかと思えます。

  たとえばアーティチョークなら、一般にアーティチョークと呼ばれていますし、
  和名は「チョウセンアザミ」です。
  見た目や食感からつけるなら……なんでしょうね。
  キクキャベツとかでしょうか。
  ……だっせえ。
  ね? なかなかうまくいかない物です。

ちょっとそれは、冷たいというか。
温かみにかけるなあ、面白くないなあと思ってしまったオイサンです。


ですんで。


「Information」という概念を持った言葉に、
「情報」というこの国での名前を与えた森鴎外、
「Baseball」を訳した正岡子規なんかは、やはり偉大だなあと思うわけです。


そういう細かいことにつけても新たな発見をさせてくれるこの
『異国迷路のクロワーゼ』、
まったりゆったりの顔をしつつも、なかなかどうして刺激的です。

一先ずはお話の見せ方の良い教材として楽しんでいこうかな、という気持ちです。
未見の方は是非お試しあれ。

地味とはいえ、音楽もすっごく良いですから。
湯音かわいいよ湯音。


▼OP





まったく、ょぅじょの土下座ってやつは最高だぜ!!

……オイサンでした。


  

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2011年8月 4日 (木)

■かなしみよこんにちは。 -更新第693回-

コモエスタ。
オイサンです。


先日、目を覚ますと、とある親しい友人からのメールが届いておりました。
先々週にか、会う機会があったのですけれど、
オイサンの側のチョイとした都合のようなもので
こちらの方から遠慮をさせて戴いたのでした。

メールには彼の近況が書かれていて、
これまではお互いに忙しく、年に数回しか会えない様な状態だったのが、
彼の方にまとまった時間が出来たので、せっかくだから今のうちに一度会いませんか、
というような内容でした。

彼の身辺の状況についてはまだ詳しく伺っていないので、
それが彼にとって良いことなのか悪いことなのかは分からないので置いておくとして、
会うのに都合がつき易くなったということは、オイサンにとって嬉しいしらせ以外の何者でもなく。

以下、少しトーンの沈んだ話になりますけれども、
それはまたオイサンという生き物の非常に面倒くさい別の心理に拠るものだ、
ということをアタマのカタスミにでもおいて戴いて、
誤解のないようにお読み戴ければありがたかったりするわけです。

デ、オイサンはそのメールを読んで……
なんだか、無性にかなしい気持ちになってしまいました。

その方とはまだ知り合って2年ほどで、その間、大体半年に一回程度のペースでお会いしてきました。
イレギュラーな回もあったので、5、6回でしょうか、実際お会いしたのは。
そういうペースが固まって来ることで、
お互いの関係というか、大体の距離感、歩調というものが分かってきます。
もう少し、出会ったままのペースでいられたら良かったなあ、と。
移ろう時の「固さ」、その角の感触を改めて感じてしまいました。

「これまでのペースが自分にとってとても良くて、
 それが変わってしまったことがかなしい」
というのでは、決してないのです。

  コレがまた、オイサンの面倒くさいところで。

なんというか。
また、「変化があったこと、そのものがかなしい」わけでもない。
「変化があったことによって、時間が流れていたことを実感してしまった、
 その時間の流れをかなしい」と思ったのです。

別段、会えなくなるというわけではないのです。

  ……これは、多分。
  どういう変化があってお時間が出来たのか、
  詳しいお話を伺ってないのでワカンナイですが。

今分かっていることの範囲だけで考えたら寧ろ会い易くなるので
(マずっとではないでしょうが)、
それは上で書いた通り喜ばしい話であるはずです。
だから、かなしい気分になるのはおかしなことなのですが。

  おかしいね、オッちゃん。 ← だれがオッチャンやねん。

2年という、オイサンの対人感覚では短いうちにはいる時間のなかでワリと大きな変化が訪れた、
その、時が移ろっているということと、流れの早いことが、
確かめられてしまったみたいで……、
あー、やっぱ世の中、
……ヨノナカじゃないな。
ヨノナカ関係ないや。
自分と自分の手の届く範囲、
自分と関係のある誰かとその手の届く範囲に、
それが時の流れによるものなのか、もっと別なものが作り出すのかはわかりませんが、
「移ろうということ」が緩急勝手に満ち引きしていることが見えた気がして、
なんだか、妙にかなしかった。

  ついでの話、時間の流れは川になぞらえられることが多いですけど、
  オイサンあんまりそういうイメージではとらえておりませんで、
  どちらかというとそれは氷河に似ているのではないかなあと思います。
  それも、高山地帯に流れる(と言っていいのか、凍っている)氷河です。

  表面上は動いていないように凍り付いているけれども、
  年に何mm、何cmという単位でじりじりと流れていて、
  あるとき堰を切ったようにドドッと流れたり、雪崩たり、崩壊したりする。
  その変化の速度がたえず一定であるなら
  穏やかであろうと急流であろうとある程度対応できると思うのですが、
  そうした予測のつかない、ものすごいギャップの緩急をつけてくるから恐ろしい。

イヤ、あのね。
オイサンが「動かなさ過ぎる」ってのはまた、あるんですよ。
それは認める。
エエ加減このくらいのトシんなったら、いくらか変化なんてあるはずなんですけど。
結婚するとか子供が出来るとか、転勤するとか。
この人そういうことしないもんだから、このオッサンはそういう変化にめっぽう弱い。

多少年をとると、一年・二年という時間はあっという間です。
一日もあっという間。

  けれど一週間……休みから休みまでの間は結構長い。
  そんなモンです。

今回メールを下さった、その彼の身の回りに起こった変化をひとり妄想し、
一年、二年という時間の早さにどきっとしました。
そしてもっとどきっとさせられたのは、
年を取って、そのくらいの時間を「早い」と感じるようになったのが、
心のどこかでそういう時間を嘗めていた……
一年、二年で出来ることなどたかが知れていると疎かにしている自分がいたからかも知れない、
と思い当たる節があったこともあって。
それで、無性にかなしくなってしまったのだと思います。

そのお友達とは、『アマガミ』をきっかけにお知り合いになりました。
『アマガミ』には絢辻さんがいました。
絢辻さんはキビシイ人で、オイサンは絢辻さんに、
10分でも5分でも、時間があれば何かが出来るということを教えてもらいました。
そのことで、自分の人生の可能性を何倍にも広げてもらった。
オイサンには新しいことはなかなか出来ないけど、
今までやってきたことの密度も量も、何倍にも増やせる。
そんな風に勝手に思ってます。

  ……そのことを、最近ちょっと忘れてた気がする。
  いや、忘れてました。
  コロッとね。
  ごめんなさい。
  熱い! ← ?

出会ったばかりの2年前、
目論むともなく、自然に、色々と、自分の中と外が変わっていきまして、
今、手元に残っているものもいくらかありますが。
やはり、たかだか二年で、随分緩んでしまった自分がまたやっぱりいます。
外的な要因もありますけど。

なのでまあ、そういうことも含めて、
色々と思い出すために、また彼とお会いしてこようかなあと思います。
絢辻さんにも、会いに行かないとね。


マそんな感じでヒトツ。
オイサンでした。


R0042828_2



■そんなときのTwitter~文字列の息吹



いやいやいや、終わんねえよ? まだ。

そのときにまたふと思ったことなのですが、
オイサンはそんな風に何かを感じたとき、ぴぴんと
「ああ、かなしいなあ」
とか、Twitterに投稿するクセが最近ではついてしまっていたのですが……
この時に限ってはそれはなんか違う、なんの意味もないと思われてやめてしまいました。

タイムラインに乗った言葉は自分の言葉ではあるけど、
自分の気持ちとはどこか切り離されてしまうような気が、しました。
画面に浮かんだ、自分の気持ちを預かってくれたはずの言葉、文字が、
他人事のように見えてしまう。

普段は、おなか空いたとか眠いとか、バカなネタのpostくらいしかしないので
こういうときに少し自分の気分に直結した言葉を、いざ投げてみようと思ってもうまくいかない。
ましてや、タイムライン上にいる人たちにうまく伝わるはずがないし、
伝えるものでもないし、
Twitterのタイムラインはそれを伝えるための場でもない……
少なくとも、オイサンが自分で選んで作り上げたタイムラインはそういう風には出来ていない……ので、
やめておいた。

  でもね、多分上手く拾ってくれる人は、何人かいるんですよね。
  それはワカルし、そういう人たちの感覚は信頼している。
  実際にあった人でもそうだし、会ったことのない人でもそういう人はいる。

もしそれを承知でやったとしても、
タイムラインそのものやそこに住まう人たちにはなんの影響もなかったろうけども、
オイサン自身の中で、その気持ちのことがおしまいになる、とはいかないまでも、
言葉と、それに繋がる気持ちについた色がすっごく薄くなるのが感触としてありありとわかったので
やめておいてよかったかなあ、と思います。
自分のきもちを客観的に眺めるってのはこういうことかなと思いました。
自分のかなしみなんて、ただ文字にしたところで全然人に伝わるもんじゃないんだ。

多分Twitterをそういう目的に使っている人もいて、
それで上手く回る人もいるのだろうけども。
オイサンには……なかなか、ちょっと向かんな。

ただ、それがどんなものであれ、
オイサンの作り出す文字列の、その視覚的な字面と、
その文字列があなたの頭の中や喉の奥で再生されるときのリズムこそが、
オイサンの正体なんだな、という風に思うし、
そう思って戴いて差支えはないなあと思います。

実体として存在しているカラダとかそれが生み出す動きとか熱とか、
リアルタイムに話をするその口調とか、
そうしたものも自分の一部ではあるけれども。
そこにはやはり、自分の意識も、その反動としての無意識も、行き届いていない、ので。

言葉、殊に書き文字なんてものはまた、不自由なわけですけれども、
その不自由に約束された配列と法則の中でこそ生まれる
あるやなしやの特徴というものが、
……うーん。
自分のニオイになっていればいいなあ、多分なっているだろうなあ、
なっているに違いない。
そう思っています。

街で歩いているところを見かけられて、その横顔を、
あ、今のオイサンかな?
と見つけてもらうよりも、
Webの上に落っこちている文字列の断片から、
これオイサンが書いたんじゃね?
と思ってもらえることの方が多い人生、そんな風であれたらと思います。



■ダリアンかわいいよダリアン



あとはちょっと普通にアニメの話なぞ。

えー、ごめんなさい。
前々回のハナシで、
「今期はラノベ原作のアニメがけしからんのであり見るに耐えないのでありやめてしまえ」
みたいな事を書いたオイサンが、下の根……じゃねえよ、舌の根も乾かぬうちに
『ダンタリアンの書架』のダリアンさんに大層ご執心ですよ?

んー、まあつっても、ほんとにこう、
描き手がエサとして「可愛く描こう!」としている部分に対して
「ああ可愛いなあ」と思っているだけなので、あんまり意味はないんですけど。
多分ね、終わったら忘れる。
甘いものの話を聞くだけでヘヴン状態! になってしまうダリアンさんを眺めて喜んでるだけなので。
GAINAXさんお上手ですね、ということですね。

見た後にはスコンと平常運転に戻ってしまうので、
萌えなんてのはなかなか現実に持ち帰れるレベルにまで昇華させるのは大変だなあ、
という風に思ったりも致します。
やっぱすぐに飽きるね、そういうものは。

とはいえ、ここ2、3話、その可愛さを眺めるためだけに切るつもりだったものを見てしまっているので、
作り手としてはシメシメってなものでしょう。

サワシロン、頑張ってますね。
『神様ドォルズ』の方では全然違う役どころやってるし。
声の根っこの部分、胸の真ん中あたりにある(抽象的な意味ではなく、実体的な意味で)管の
抑え方?に特徴があって、最近はサワシロンは多少声音を変えても捉えられるようになってきました。
サ行の発音にも特徴あるし。

お話のほうは、ぶっちゃけ全然真面目に見ていませんが
(真面目に見るほどのモンでもないし)、
毎回バトルになるのかと思いきやアッサリ終わってみたりして、
色々構成を凝った短編小説なんだなーということが分かりましたが、
それにしてもさほどの面白みはござんせんな。
ダリアンが今後、どんな可愛さを発揮できるかに全てがかかっていると思います。

  ……やっぱラノベ、つまんないなー。

……褒めるつもりで結局ナンクセがましくなってしまったけども、
ダリアン可愛いよダリアン、ということで。


R0042834_2
ダリアンかわ……ダリアンだっつってんだろ。
くっそ、宮ちゃんかわいいなあ。 ← どうしたいんだ。



 

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