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2011年8月 4日 (木)

■かなしみよこんにちは。 -更新第693回-

コモエスタ。
オイサンです。


先日、目を覚ますと、とある親しい友人からのメールが届いておりました。
先々週にか、会う機会があったのですけれど、
オイサンの側のチョイとした都合のようなもので
こちらの方から遠慮をさせて戴いたのでした。

メールには彼の近況が書かれていて、
これまではお互いに忙しく、年に数回しか会えない様な状態だったのが、
彼の方にまとまった時間が出来たので、せっかくだから今のうちに一度会いませんか、
というような内容でした。

彼の身辺の状況についてはまだ詳しく伺っていないので、
それが彼にとって良いことなのか悪いことなのかは分からないので置いておくとして、
会うのに都合がつき易くなったということは、オイサンにとって嬉しいしらせ以外の何者でもなく。

以下、少しトーンの沈んだ話になりますけれども、
それはまたオイサンという生き物の非常に面倒くさい別の心理に拠るものだ、
ということをアタマのカタスミにでもおいて戴いて、
誤解のないようにお読み戴ければありがたかったりするわけです。

デ、オイサンはそのメールを読んで……
なんだか、無性にかなしい気持ちになってしまいました。

その方とはまだ知り合って2年ほどで、その間、大体半年に一回程度のペースでお会いしてきました。
イレギュラーな回もあったので、5、6回でしょうか、実際お会いしたのは。
そういうペースが固まって来ることで、
お互いの関係というか、大体の距離感、歩調というものが分かってきます。
もう少し、出会ったままのペースでいられたら良かったなあ、と。
移ろう時の「固さ」、その角の感触を改めて感じてしまいました。

「これまでのペースが自分にとってとても良くて、
 それが変わってしまったことがかなしい」
というのでは、決してないのです。

  コレがまた、オイサンの面倒くさいところで。

なんというか。
また、「変化があったこと、そのものがかなしい」わけでもない。
「変化があったことによって、時間が流れていたことを実感してしまった、
 その時間の流れをかなしい」と思ったのです。

別段、会えなくなるというわけではないのです。

  ……これは、多分。
  どういう変化があってお時間が出来たのか、
  詳しいお話を伺ってないのでワカンナイですが。

今分かっていることの範囲だけで考えたら寧ろ会い易くなるので
(マずっとではないでしょうが)、
それは上で書いた通り喜ばしい話であるはずです。
だから、かなしい気分になるのはおかしなことなのですが。

  おかしいね、オッちゃん。 ← だれがオッチャンやねん。

2年という、オイサンの対人感覚では短いうちにはいる時間のなかでワリと大きな変化が訪れた、
その、時が移ろっているということと、流れの早いことが、
確かめられてしまったみたいで……、
あー、やっぱ世の中、
……ヨノナカじゃないな。
ヨノナカ関係ないや。
自分と自分の手の届く範囲、
自分と関係のある誰かとその手の届く範囲に、
それが時の流れによるものなのか、もっと別なものが作り出すのかはわかりませんが、
「移ろうということ」が緩急勝手に満ち引きしていることが見えた気がして、
なんだか、妙にかなしかった。

  ついでの話、時間の流れは川になぞらえられることが多いですけど、
  オイサンあんまりそういうイメージではとらえておりませんで、
  どちらかというとそれは氷河に似ているのではないかなあと思います。
  それも、高山地帯に流れる(と言っていいのか、凍っている)氷河です。

  表面上は動いていないように凍り付いているけれども、
  年に何mm、何cmという単位でじりじりと流れていて、
  あるとき堰を切ったようにドドッと流れたり、雪崩たり、崩壊したりする。
  その変化の速度がたえず一定であるなら
  穏やかであろうと急流であろうとある程度対応できると思うのですが、
  そうした予測のつかない、ものすごいギャップの緩急をつけてくるから恐ろしい。

イヤ、あのね。
オイサンが「動かなさ過ぎる」ってのはまた、あるんですよ。
それは認める。
エエ加減このくらいのトシんなったら、いくらか変化なんてあるはずなんですけど。
結婚するとか子供が出来るとか、転勤するとか。
この人そういうことしないもんだから、このオッサンはそういう変化にめっぽう弱い。

多少年をとると、一年・二年という時間はあっという間です。
一日もあっという間。

  けれど一週間……休みから休みまでの間は結構長い。
  そんなモンです。

今回メールを下さった、その彼の身の回りに起こった変化をひとり妄想し、
一年、二年という時間の早さにどきっとしました。
そしてもっとどきっとさせられたのは、
年を取って、そのくらいの時間を「早い」と感じるようになったのが、
心のどこかでそういう時間を嘗めていた……
一年、二年で出来ることなどたかが知れていると疎かにしている自分がいたからかも知れない、
と思い当たる節があったこともあって。
それで、無性にかなしくなってしまったのだと思います。

そのお友達とは、『アマガミ』をきっかけにお知り合いになりました。
『アマガミ』には絢辻さんがいました。
絢辻さんはキビシイ人で、オイサンは絢辻さんに、
10分でも5分でも、時間があれば何かが出来るということを教えてもらいました。
そのことで、自分の人生の可能性を何倍にも広げてもらった。
オイサンには新しいことはなかなか出来ないけど、
今までやってきたことの密度も量も、何倍にも増やせる。
そんな風に勝手に思ってます。

  ……そのことを、最近ちょっと忘れてた気がする。
  いや、忘れてました。
  コロッとね。
  ごめんなさい。
  熱い! ← ?

出会ったばかりの2年前、
目論むともなく、自然に、色々と、自分の中と外が変わっていきまして、
今、手元に残っているものもいくらかありますが。
やはり、たかだか二年で、随分緩んでしまった自分がまたやっぱりいます。
外的な要因もありますけど。

なのでまあ、そういうことも含めて、
色々と思い出すために、また彼とお会いしてこようかなあと思います。
絢辻さんにも、会いに行かないとね。


マそんな感じでヒトツ。
オイサンでした。


R0042828_2



■そんなときのTwitter~文字列の息吹



いやいやいや、終わんねえよ? まだ。

そのときにまたふと思ったことなのですが、
オイサンはそんな風に何かを感じたとき、ぴぴんと
「ああ、かなしいなあ」
とか、Twitterに投稿するクセが最近ではついてしまっていたのですが……
この時に限ってはそれはなんか違う、なんの意味もないと思われてやめてしまいました。

タイムラインに乗った言葉は自分の言葉ではあるけど、
自分の気持ちとはどこか切り離されてしまうような気が、しました。
画面に浮かんだ、自分の気持ちを預かってくれたはずの言葉、文字が、
他人事のように見えてしまう。

普段は、おなか空いたとか眠いとか、バカなネタのpostくらいしかしないので
こういうときに少し自分の気分に直結した言葉を、いざ投げてみようと思ってもうまくいかない。
ましてや、タイムライン上にいる人たちにうまく伝わるはずがないし、
伝えるものでもないし、
Twitterのタイムラインはそれを伝えるための場でもない……
少なくとも、オイサンが自分で選んで作り上げたタイムラインはそういう風には出来ていない……ので、
やめておいた。

  でもね、多分上手く拾ってくれる人は、何人かいるんですよね。
  それはワカルし、そういう人たちの感覚は信頼している。
  実際にあった人でもそうだし、会ったことのない人でもそういう人はいる。

もしそれを承知でやったとしても、
タイムラインそのものやそこに住まう人たちにはなんの影響もなかったろうけども、
オイサン自身の中で、その気持ちのことがおしまいになる、とはいかないまでも、
言葉と、それに繋がる気持ちについた色がすっごく薄くなるのが感触としてありありとわかったので
やめておいてよかったかなあ、と思います。
自分のきもちを客観的に眺めるってのはこういうことかなと思いました。
自分のかなしみなんて、ただ文字にしたところで全然人に伝わるもんじゃないんだ。

多分Twitterをそういう目的に使っている人もいて、
それで上手く回る人もいるのだろうけども。
オイサンには……なかなか、ちょっと向かんな。

ただ、それがどんなものであれ、
オイサンの作り出す文字列の、その視覚的な字面と、
その文字列があなたの頭の中や喉の奥で再生されるときのリズムこそが、
オイサンの正体なんだな、という風に思うし、
そう思って戴いて差支えはないなあと思います。

実体として存在しているカラダとかそれが生み出す動きとか熱とか、
リアルタイムに話をするその口調とか、
そうしたものも自分の一部ではあるけれども。
そこにはやはり、自分の意識も、その反動としての無意識も、行き届いていない、ので。

言葉、殊に書き文字なんてものはまた、不自由なわけですけれども、
その不自由に約束された配列と法則の中でこそ生まれる
あるやなしやの特徴というものが、
……うーん。
自分のニオイになっていればいいなあ、多分なっているだろうなあ、
なっているに違いない。
そう思っています。

街で歩いているところを見かけられて、その横顔を、
あ、今のオイサンかな?
と見つけてもらうよりも、
Webの上に落っこちている文字列の断片から、
これオイサンが書いたんじゃね?
と思ってもらえることの方が多い人生、そんな風であれたらと思います。



■ダリアンかわいいよダリアン



あとはちょっと普通にアニメの話なぞ。

えー、ごめんなさい。
前々回のハナシで、
「今期はラノベ原作のアニメがけしからんのであり見るに耐えないのでありやめてしまえ」
みたいな事を書いたオイサンが、下の根……じゃねえよ、舌の根も乾かぬうちに
『ダンタリアンの書架』のダリアンさんに大層ご執心ですよ?

んー、まあつっても、ほんとにこう、
描き手がエサとして「可愛く描こう!」としている部分に対して
「ああ可愛いなあ」と思っているだけなので、あんまり意味はないんですけど。
多分ね、終わったら忘れる。
甘いものの話を聞くだけでヘヴン状態! になってしまうダリアンさんを眺めて喜んでるだけなので。
GAINAXさんお上手ですね、ということですね。

見た後にはスコンと平常運転に戻ってしまうので、
萌えなんてのはなかなか現実に持ち帰れるレベルにまで昇華させるのは大変だなあ、
という風に思ったりも致します。
やっぱすぐに飽きるね、そういうものは。

とはいえ、ここ2、3話、その可愛さを眺めるためだけに切るつもりだったものを見てしまっているので、
作り手としてはシメシメってなものでしょう。

サワシロン、頑張ってますね。
『神様ドォルズ』の方では全然違う役どころやってるし。
声の根っこの部分、胸の真ん中あたりにある(抽象的な意味ではなく、実体的な意味で)管の
抑え方?に特徴があって、最近はサワシロンは多少声音を変えても捉えられるようになってきました。
サ行の発音にも特徴あるし。

お話のほうは、ぶっちゃけ全然真面目に見ていませんが
(真面目に見るほどのモンでもないし)、
毎回バトルになるのかと思いきやアッサリ終わってみたりして、
色々構成を凝った短編小説なんだなーということが分かりましたが、
それにしてもさほどの面白みはござんせんな。
ダリアンが今後、どんな可愛さを発揮できるかに全てがかかっていると思います。

  ……やっぱラノベ、つまんないなー。

……褒めるつもりで結局ナンクセがましくなってしまったけども、
ダリアン可愛いよダリアン、ということで。


R0042834_2
ダリアンかわ……ダリアンだっつってんだろ。
くっそ、宮ちゃんかわいいなあ。 ← どうしたいんだ。



 

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