« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月の8件の記事

2011年7月31日 (日)

■虫と盆、油断と影 -更新第692回-


 実家の父と電話で話していたら目覚ましが鳴った。明晰夢、というやつだ。
 今朝は、予定よりも十五分といういかにも中途半端な早さで目が覚めてし
まい、気の弛んだ拍子に落ちた二度目の眠りの谷間で見た夢だった。

 父はこの十月で六十五になる。早期退職で周りより少しだけ早くリタイア
し、今はその四十年の蓄えを切り崩しつつ、古都の田舎で新聞の代金集めを
して、わずかな稼ぎを得ながら暮らしている。月末の今頃はその繁忙期で、
坂だらけの郷里の町を原付で飛び回っているだろう。

 明晰夢……夢と自覚のある夢を見ることは、眠りの浅い私にとってそう珍
しいことではないので驚きはしなかったが、その中で、老境を跨ごうとする
父と話をするという状況の方が気にかかった。目覚ましの鳴った瞬間意識は
現実へ引き戻されて、早く電話を終え、仕事に出掛けなければと慌てた。夢
の中の長電話で遅刻などした日にはまた職場でおかしな噂をたてられかねな
い。しかし夢と分かっていても、親との電話を無碍に打ち切るのが申し訳な
く、私は律儀に、丁寧に、いちいち夢の中の父親に向かって、じゃあそろそ
ろ出る支度をしないといけないから、そっちは暑いと思うけど体に気をつけ
て、と寝言に言い添えてから、手にしてもいない携帯電話の通話終了キーを
押し込んだのだった。寝言になると分かって口にする言葉はなんであれ照れ
くさい。

 あとには、妙な胸騒ぎだけが残った。

 虫の報せという言葉が重くよどんだ頭蓋骨の中を巡る。せっかく電話を打
ち切ったのに、支度も戸締まりもすっかり上の空になってしまった。
 梅雨が明けたとはいえ、まだ雨の多い季節だ。折しも昨日、関西は雨に見
舞われたらしい。濡れた路面。水しぶき。集金の繁忙期。坂の多い町並。原
付──いやな予感の材料は幾らもあった。

 父は、無茶と思われることでも「大丈夫、大丈夫」という無根拠な言の葉
をたよりに、傷口に唾をつけて終わりにしてしまうタイプの人間だった。父
自身の口から聞かされた、山陰の、お世辞にも裕福とは言えない大家族の末
弟として生まれ育った幼少期の話は腕白坊主そのもので、年を重ねさすがに
昔のままではないとはいっても、心身の節々に染み込んだその頃の性質が消
え去るようなことはないのだろう。知恵を付けても、根の根の部分は変わら
ない。

 家を出、電車に乗っても私の意識は普段の流れを取り戻すどころかおかし
な支流へと流れ込んで速度を上げた。ずっと以前から作っておくようにと、
──しかも当の父から──言われていた喪服もまだ作っていないとか、残さ
れる母をどうしようか、とか、縁起でもない、けれど具体的な心配事が押し
寄せてくる。そう、縁起でもない。縁起でもないが、それはいずれ必ず来る
時で、それが今日でも何の不思議もない。迷い込んだ流れは支流のようでい
て、普段目を背けているだけで実はそちらこそが本流であるのかも知れない。
報せがあっただけありがたいと思うべきだろう。ただ、今日でないに越した
こともない──。

 本流の水面から首だけ出すと、色々なものが見渡せた。

 母が基本的に世間知らずであることは、自分が社会に出てからようやく実
感をともなって気付いたことだが、父に万が一のことがあったとき、母は落
ち着いて連絡を回すことが出来るだろうか。平時ならどうともないようなこ
とだし、自身に降りかかることなら多少のことでは動じない母だが、父の一
大事にどう振る舞うかは甚だ怪しい気がした。そもそも自分の振る舞いにし
てからが怪しい。原因が事故だったとして、どこに連絡をすればよいのだろ
う? 父が一方的な被害者になるならまだしも、単車を操る身のこちらにも
非があった場合どうなってしまうのだろう? 職場に着いたらまずはネット
で調べてみようと、揺れる吊革を掴み損ねたりしながら考えていた。

 それともう一つ、父と母、平穏に時が運ぶのであれば先に世を去るのは恐
らく母だと、私は思っていたらしい。父には持病があったが、母にも発症し
てはいないだけで同じ病の気があった。そして母は父よりも不摂生だった。
何より、根っからの生命力……いざというときに強く生にしがみつくのは恐
らく父だろうと、私は心のどこかで量り、計算していたようだ。父が先に逝
き、母が残ったらどうしたら良いだろう? とうろたえてしまった自分が、
そこにいたのだった。畳に母だけが小さく座る、その光景は自分にとって想
定の大外にある風景だったのだ。
 しかし、とも立ち止まる。そこから辿っていった先には、また一つ戸惑う
べき風景があった。


      *     *     *


 結局、一日、鳴りもしないケータイにびくびくしながら過ごした。メール
が届けば過敏に反応し、携えずに席を立てば、戻ったときの履歴に怯えた。
朝思ったこともしっかりとネットで検索をかけ、先人たちの知恵をメモにも
取った。そんなことに動揺しながら、自分は何をやっているんだろうと思わ
ないではなかった。
 次に気付いたときには、もう列車に揺られていた。窓の向こう、ビル間か
らのぞいていたはずの朝日は寂しげに色を変えて背後から私を照らし、車両
の進む先も朝とは反対に向いていた。一日、果たして何をしたろうか。ろく
に思い出すことが出来なかった。今日の仕事の足跡を明日もう一度さらい直
す必要があるなあと、西日に焼かれる背中がため息を吐かせた。家からのメ
ールも電話もない、自分の抜け殻だけが残る一日として、その日は暮れた。

 生まれてから今日まで、父にとって自分が飛び抜けて良い娘だったとは贔
屓目にも思わない。殊更の悪童ではなかったけれど、今心にのしかかる、じ
っとりと汗ばむ程のわだかまりは、誰しも己に課す程度には私自身が親に対
して非とも呼べぬような非を認めている動かぬ証拠ではあった。誰かにとが
められるわけではない、自分にしか断じることの出来ない程度の罪。家を出
てからは折に触れて人並みの孝行を重ねてきたつもりではいるが、良きにつ
け悪しきにつけ、自分の父への関わりが、「人並み」というまほろばの閾値
にぴたりと重なるものだったと、不可思議な二度寝の明晰夢によって思い知
らされた。

 今年、父の日に何もしていない。

 そのほんの些細な油断が、あの明晰夢の重量を水増ししていることは分か
っていた。春先から急遽あてがわれた激務にかまけて、今年、私は父の日を
さぼった。毎年欠かさず何かをしていたわけでもない。遅れたり、母の日と
一緒くたにしたりで、丁寧にこなしてきたつもりもない。二十数年の中で澱
り積もらせてきた幾多の不孝に比べたら、それが取るに足らない重みしかも
たないことはいくらでも理屈で量れる。けれども、その新鮮な存在感は、も
しもあの夢に巣喰った虫の報せが本当だったとき、寝覚めの悪さを一生もの
へと格上げする。それは確信だった。

 些細な油断を、週末にさっさと解消してしまうことはたやすかった。進物
のリサーチは済ませ、目星だけは迅うの昔につけてある。しかしそんなこと
で、飄々と、のうのうと、父への思いの及ばなさを量った気になってしまう
こともまた、まっとうだとは思えなかった──無論、その背反する二律に気
付いたとて、及ばなさを「大事にとっておく」ことは不実でしかないことも
分かっていた。

 小賢しい。そんな言葉が、今の私にぴったり当てはまる。

 そんな風にして週末の予定は決まった。ただ、刹那によぎった「そうだ、
ついでに喪服も」という思いには今はそっと蓋をした。まるで来るその日を
迎えるための支度をすっかり整えてしまうような、ほとぼりも生々しいこの
機に乗じるだけの度胸は今の私には持てなかった。来週か、そのまた次か。
そうすれば幸いにも、盆が巡ってくる。漂う香の香に教えられた振りをして
出掛けようと決めた。

 明けて翌日の昼休み、皆が出払った仕事場のデスクで一人、急拵えの手弁
当を食べながら、では、母が先に逝ったとして、残った父はどうするだろう
と考えを巡らせた。幸い、父には貧しさに打ち勝つたくましさも、それを乗
り越える具体的な経済観念もあった。我が家の財布を握っていたのは徹頭徹
尾、父だった。今時珍しい、父は財布の紐を固く握って母に渡さなかった。
職を退いてもしたたかに懐を確かめ、すぐに次の職を見つけて働き始めた父
は、いずれ自分が世を去ることを理解しつつ、それまでの間何が必要かを知
る人間だった。母にそれはない。働いた経験もあったようだがそのたくまし
さは父には遠く及ばず、自身を支えていくことなどかなわないだろう。それ
を見抜いた父が手綱を渡さなかった格好だが、そのことが尚のこと、母を世
俗から遠ざけた。しかし、一人の孤独に圧倒的に強いのは母だった。田舎の
大家族に生まれ、人に囲まれて育った父は孤独に耐え難い。世俗を遠のいた
母はますます独りに強くなる。
 不意にオフィスの電話が鳴り、一瞬どきりとしたが、箸を置いたらすうと
した落ち着きが戻ってきた。いえ、あいにく今担当の者は食事に出ておりま
して……と、人のいないフロアを見渡して、通り一遍の受け答えでやり過ご
す。この時間に人間がいないことは承知のはずなのに、急ぎであることを印
象づけるための電話をわざわざ寄越すその手口は、白々しいのにこちらの落
ち着きをなくさせる程度には効果があるのが腹立たしい。

 受話器を置き、自前の塗り箸をふたたび手に取ると、自活は出来るが孤独
に弱い父と、自活は叶わないが孤独に強い母、面白いくらいちぐはぐに互い
の隙間を埋める夫婦の姿が、古いPCモニタの黄色い光の間にちらついた。
何となくもう一度見回してみたオフィスにはやはり私一人で、出費を抑える
ための手弁当の塗り箸を一人で咥えているこの時間が、実は存外愛おしい。

 黙ったままの携帯電話は、まさか自分に何か気を使っているのではないか
と勘ぐりたくなった。
                               (了)


 


ナンダコレ、とお思いの皆さんコンバンワ。
オイサンです。

えー、すみません(謝っちゃった)。

別に何てことはないのです。
先週の木曜日でしたか、
オイサン中途半端に早起きをしてしまいまして、二度寝をし、
その拍子に親父殿の出てくる夢を見ました。
デ実際に見ている途中で「アこれは夢だな」と気付いたのですが、
本当に上に書いたままでして、電話を切るに切れず、
バカ丁寧に寝言で(自分で寝言を言ってる自覚もあるんですよ)
「あー、あー、ゴメンもう切るから」
みたいなことを言って電話を切ったワケです。

そしてそのときにフッと
「……コレ、虫の知らせとかだったら嫌だな」と、
本当に考えてしまったのです。

  あるじゃないですか。
  最後に会いに来たとか。
  ちょっとやめてよー、と。

そのことをある程度面白おかしく書こうとしたらちょっとそれっぽくなってしまったので、
ならいっそのことそれっぽく仕上げてしまおうとしたのが上の、
なんというか、小説っぽいものです。
なのでその、みっともなくはあるワケですが、
主人公は女性に置き換えておりますけれども8割方が事実の、
マ私小説というか、そういうものです。
よくないですね。
はずかしい。

なんでしょうね。
実際、うちの親父殿にも何の障りもあるでなく。
母親のくだりとか、喪服のくだりとかも本当事実のまんまで。
もう少しキチンとした出来栄えになれば、こんなネタばらしを書く気もなかったのですが、
そもそもがまんま書こうとした話だったのであまり時間もかけられず。
一応きちんとオトしたしたつもりではおりますが、
マまた、何かの折にブラッシュアップして作りなおしたりはするかもしれませんが、
今はこんな感じです。
別に無理してこういうものを書こうとしたわけでもないのですけど、
書くうちにこうなって行ってしまった、という感じですので、
一つご容赦戴ければと思います。


  みんなも孝行はしとけよ(ドヤ顔  ← これでオチを付けたつもり ← うるさい


マそんな感じで一つ。
オイサンでした。


R0042800
え? そりゃうなぎくらい食べますよ(イキナリ何の話だおい)



 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年7月28日 (木)

■空飛ぶconversation -更新第691回-

ジョギング中にシャボン玉にからまれたりします。
オイサンです。
日記日記。雑記雑記。


  まオイサンの書くことなんざ、日記・雑記以外に分類されるハナシなんか
  そうそう無いわけですけど。


今、自分はどんなゲームをやりたいんかなー、とか、
考えてしまうことがあります。

やりたいんですよねぇ、ゲーム。
でも、やって気持ちのいいゲームが、何なのかわからない。
やるんですけどね、『ドリクラ』とかね。
やるんですけど、もっとリアルタイム性の強いものがいいなあとか。
色々、過去に買ってきて積んだゲームとか取り崩してみたりするんですけど、
なかなか思ったような感触が得られない。
Wiiの『罪と罰』とか。
ちょっと『ゼノブレイド』に手をつけてみたけど、こっちはなかなか良いです。

ほどよく頭を使って、ほどよくユビ先も使って、
そこそこストーリーもあって感情を盛り上げてくれて、
20分ないくらいで1プレイが一区切りする……



……ようなの。



オイサンのそこそこ長いゲーム人生の中でも、
そんなん『NOeL』くらいしか思い当たらないんだけど。
XBOXの『ギャラクシーエンジェル』も近いものがあった。
あのSLGバトルパートはすごく良かった。
ちょっと単調で冗長だったから、もう少し戦闘空域の広さと、
紋章機の移動速度のバランスをとって欲しかったけど。

  「ある機体に対して、ある地点まで移動するように指示を出し、
   その移動時間を使って次の機体に指示を出す」
  みたいなとり回しがちょうど良いテンポでハイ次ハイ次ってやれるようなチューニングが
  丁寧にされていれば、アレは神ゲーになっていたと思います。


▼NOeL 1


▼NOeL 2


▼NOeL 3

『NOeL』は未来の高校生のお話ですけど、今こうして見ると、
既に「昔の女子高生」に見えますね代歩さんは。



■XBOX ギャラクシーエンジェル 戦闘パート



アホみたいにストーリーが分岐して、
シナリオパートの充実した格ゲーとかあってくれると嬉しいんだけどなぁ。
なんというかこの……シームレス格ゲー、シームレスARPGみたいなのがあってくれると嬉しい。

会話がアクションパズルみたいになってる恋愛シミュレーション、
……みたいなのをイメージしてるんだけど、多分誰にも伝わらない。
『バーチャロン』の戦闘そのものが会話、みたいなことなんだけど。
移動の速度や方向、攻撃の仕方で、
会話の流れと傾向、感情を表現するみたいなことなんですよわかりませんねすみません。
ンっだよ分かンねえのかよこのトンチキどもが頭古ィな!!( ← 身勝手)
助けてProf.ワタリ!!

▼オラタン

『オラタン』はピュアだなあ。『マーズ』や『フォース』は余計な色気を出し過ぎだ。


ソーシャルゲームなんかは、ただ手軽なだけのものはやる気全然ないんですけど。
可能性があるとすれば、
外にいるときは手軽に設定パートだけやれて、
家に帰ったら外で作ったその設定を使って本編をみっちりやる、
みたいなパートワケが出来るんなら、多分やる。
これもイメージつきにくいだろうか。
『スパロボα』の、小隊編成だけオシゴト帰りに電車の中で携帯でやって、
家帰ったらその設定使って据え置きで本編のシミュレーションをやる、みたいなことよ。
ダンジョンゲーのキャラメイクだけとかね。
簡単なコマンドだけ投げといたら、家に帰ったらその結果が返ってきてるとか、
そういう要素があっても面白いですけどね。

  ……Twitterがいいのは、携帯でパカパカやれて、
  家帰ってからもPCでまるまるその続きがやれるのが嬉しいんだけども。
  マこれはまるまるおんなじものをやるわけですけどね。

そういう意味では、アニメもお気に入りで見ていることだし、
『アイマス2』をやってみるのは良いかも知れないなあ。
PS3版が発表になったばかりでアレだけど。



■続編を希求するゲーム



続編がやりてえ、というのは、結局のところ「好きなゲーム」なのですが、
中には
「好きだからこそワンオフでいて欲しいもの」や、
「続編が出ることが決まりきってるので特に自分からの希望はない」
なんてモノもあるわけで。
後者は案外、なけりゃないで「あ、ないんだ」で済んだりも致します。
続編への期待はキホン
「あのシステム・世界+αでもう一度遊びたい!」
と思うモノですかね。
同じ手触りの延長で、新しい展開を見せてもらいたいと思うものです。
オイサンの場合は

 『NOeL』
 『ジェットセットラジオ』
 『アインハンダー』
 『スカイガンナー』
 『悠久』『エタメロ』
 『アースライト』
 『桃天使』

……あたりが。
以前に好きなゲーム10傑で書いたのとあんま変わりませんね。


  ▼26年目の「ゲームで吐血」 -更新第401回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/26-401--7d02.html


テレビゲームってのは結局のところ手触りで、
どういうことすればどのくらいの手応えがある、というのが掴めてくるので、
それと同じ感触で、違った刺激を受けたい、ということがありますな。

  それは多分「感情的な揺さぶられ方が自分の生理の心地よさにあってる」
  というようなことも含めて。
  「アこの作り手分かってるな、俺にやさしいな」
  と思わせてくれる出会いというのは、なかなかに稀有ですからね。

要するに、あんまりゼロから新しすぎるものを提示されても、
このくらいのトシんなるとめんどくさかったりするわけで、
自分がそこそこのゲタを履いた状態から、新しい世界に浸りたいという
非常にジジイ的・ナマケモノ的発想なワケですね。
イエイ、若さがないな。
イエイじゃねえわ。



■コントローラ



最近になって思うんですけど……Wiiのゲームって、
ちょっと手応えがスカスカしてますよね。
やり応えがないとかそういうことではなくて、ユビ先に感じる重みというかね。
多分、リモコンとかヌンチャクの、物理的な軽さとかが影響しているんだと思います。

  ゲームの中では「ぶぉん」と振ったつもりでも、
  実際はヒュンッと触れてしまうので、その辺のギャップに苦し
  もーちょいだけ、二の腕に負荷がかかる方が良いように思いますが
  その辺は性差・個人差・年齢差なんだろうなー。

ワキが締まらないというか。
それであんまりやる気起こらないのかしら。結構致命的。
クラコンプロでも買ってくればやる気になるかな。
そういう意味でもファミリー向けだなあ。

ちょっとゲームキューブのコントローラを握りなおしてみたんですけど、
やっぱあれはいいですね。
すごくいいと思います。
しっくり来る。
カラーリングはやっぱりちょっとアレですけど、
Aを押したままBやYがすごく押し易かったりして、すごくいい。

Zキーの存在を忘れがちなこと(そして押し辛い)、
L/Rトリガのストロークが深すぎて、押しっぱなしにしてると掌(親指のつけ根の筋肉)が
ツリそうになること、
Cスティックが煩雑なこと、
そういう欠陥もありますが。
L/Rのしんどささえ除けば、致命傷ではないんだよなー。

  オイサンはあまり押し分けをしないボタン……
  たとえばSTGとかの通常ショット・RAPIDなんかをRに配置して中指で押しッパにし、
  武器選択・自機速度変更あたりを細やかに押し分けのし易い
  メインキー(ABXY・○×△□)に配置したりするので、
  L/Rのストロークが深すぎるとしんどかったりします。
  レースゲームのアクセルなんかも、コンフィグ出来るならL/Rに置いたりしますね。

あのコントローラをもっと握っていたかったと思います。
『マリオサンシャイン』はすごくいいゲームだった。
楽しかった。
あ、あと個人的には、アナログスティックの反発はロクヨンの強さが一番好きです。
一番微細にコントロールできる。
女性や子供には、ちょっと重いかもしれないけど。
あれでやる『F-ZEROX』の緊張感は、ちょっと他では得られないシビアさがあるわけです。
コントローラ大事。
ちょう大事。

デジカメのシャッター半押し調整サービスがあるみたいに、
ゲームコントローラのアナログ入力微調整サービスとかあればいいのに。
感度の調整はソフトで出来るから、反発力の調整を。



■普通の話



サテ、ゲームの話はこんくらいにして。

唐突ですけど
あるとき、Xaという不便な現象が起こったとしましょう。

それと類似するXbという現象があって、
XaもXbも、ゆるぎないヨノナカの仕組Xを前提・原因としているときに、
Bさんは、Xaに直面したとき、
XbとXのことを知っていて、かつ関連性を知っていても、
さらに深く突っ込んでは考えないのでXaに対して
「なんでこんな不便が、予告も無く生じるのか」と腹をたてます。

反対にAさんは、過去に経験したXbとXの関連を知っていて、
かつXaとXbが類似する現象であり、どちらもXに起因することを知っていますから、
Xaが発生することを予期してそれが起こることを当然として捉えます。

デこのときに、
Aさんは、文句言ってるBさんを見て
「なんで、XaとXのことを知ってるのに、Xbが起こらないなんて思うのか」
と文句をいい、
Bさんは、へーぜんとしているAさんを見て
「なんで、こんなこんな不便が起こるのか、それを当たり前だとして受け入れるのか」
と文句をいいます。



コレ、どっちが普通で、どっちが正しいんでしょう。



オイサン、どっちも普通でどっちも当たり前だと思うんですよ。
世間一般的に、相対的に考えれば
「AさんはBさんよりもおりこーさん」
ということになると思いますが、オイサンはどっちも分かるし、
どっちも分かった方がいいなあと思ってます。

どっちもいい。
どっちの態度も「正しい」と思う。

そんなオイサンは、Aさんがやってきて「Bさんて鈍いよね」と言われたら、
あーちょっと考え足んないかもですねーと言いますし、
Bさんが「なんでこんな不親切で不便なの」って言ってきたら
そーですよね面倒くさいっすよね腹立ちますねーって言います。

……なンで、もしかしたらそのどっちもを見てる人は
玉虫色だと言って腹を立てるかも知れませんが、
別に、両方の派閥に属しているわけでは無くて、
第三勢力のどっちも派一党に属しているだけだと思っていただけるとありがたい。
だってそーなんだもん。
どっちの気持ちも本当だよ。
自分の思いの及ぶ範囲に思いをめぐらせることは当たり前だと思うし、
それをして来るべき自体に備えることはやっとけばいいと思うけど、
気分的にメンドクサイことはやめときゃいいと思うし、
わからないことはわかりようがないし、
不便に文句を言うことは、人間の身勝手とは言え当たり前のことだと思うし。

分かっててサボった結果に対して起こるナニゴトかについて、
諦めて受け入れる態度は欠かせないと思いますけどね。
そこに文句言う人は困った人だなあと思いますが、
「分からないこと」に対しては文句言ってもしょーがないよねと思います。
「分からないこと」に対して文句を言った人に、
ワカル側の人がそれはあなたの考えが足らないんでしょと言い放つことは、
マ程度と状況にはよりますけど、別にそこまで色々考えながら生きることを
人にまで求めなくても良いんじゃないのと思うのでした。

「考え」というのは、論理的に煎じ詰めればなんでも繋がるというわけではなくて、
例えば上の例だと、たとえXの存在を知っていても、
いくら考えても、XとXaが繋がらない人だっておられましょう。
その辺は想像力という言葉で片付けられるかもしれないし、
想像力の力の及ばない、謎の巨大な壁を心に持っている人というのもおられましょう。
経験だとか、カンだとか。

  昔『ナディア』で、ネモ船長がジャン君に、
  「科学者に一番大事なこと、それはカンだ!」
  って言ってましたけど、マうそではないですやね。
  言語化できない経験の集合体としてのカンだと思いますけど。

あるいは、生まれ育った環境がそうさせることもありましょう。
そこには断絶……なんといか、「持てる者」と「持たざる者」の隔たりがあって、
普遍ではないと思ってます。
求めてもどうにもならない方もおられる。
そしてそういう方が、「出来ない・使えない」と評される風潮は、
まあしょうがないと思いつつも、あんま好きじゃない。
しゃあねえじゃん、って思ってあげられればいいのですけどね。
マどっちもそれぞれに都合を抱えて生きている以上、お互いが、ああもう!
って思うことは避けられませんや。

マ何かを出来るということは今の世の中の仕組みの上ではオカネをうむ大事な要素なので、
そしてオカネを生む生まないというのは、
唯一の客観的な指標という「ことになっています」ので、
それが出来ない人が世の中的に残念な扱いをうけてしまうのは、
なんかもう、
仕方がないですね。
絶対普遍じゃないですけど、今は根本的にそういう土台の世の中なんで、
非常に残酷だとは思いますが。

  それにその、考えて生み出すチカラというのが、
  現在のところ人間が他の動物に比して特徴的なところであって、
  つまりは「俺たちは他の動物とは違うんだ」と唯一主張しうる美点・美徳ですんで、
  そこを「イヤ別にいいじゃん」と否定してしまうと
  生き物としての有意性を放棄してしまうことになるので、
  それを恐れてか、無意識なのか、
  「考えることの美徳」をスポイルすることをやたらに嫌う人もおられますね。
  それもすごく分かるのですが。

また、Xの先にX2という存在があって、
X2を加味して考えるとXからXaの関連付けが切られる、という可能性もあります。
デ実際にX2というものが存在する・しないに関わらず、
仮想X2というか、XとXaが繋がらない可能性について想像が及んでしまって、
「今この時点でXとXaを結びつけて何かに備えても無駄かもしれない」
という考え方も、またあるわけです。

XとXbが繋がるからといって、XとXaが繋がることを「なんとなく」拒否する想像力、
それはまた、非論理的な「カン」の働きなワケですが。

そういう心の働きに関しては、Aタイプ(血液型じゃなくてね)の人から見れば
「そんなことまで考えるのは意味がない、ズルイ、無駄だ」
と言うと思いますが、オイサンはまたそうとも思わず
(ただしそういうA型の人の考え方も、やはりすごく理解しますけど)、
そういう「漠然とした不安」は、それはそれなりに腑に落ちるところであります。

  ちなみにこの「腑に落ちる」という言い方はオイサンすごく好きで、
  これは「論理的に納得がいく」ということだけではなくて、
  「なんとなく気分的にすごくワカる、根拠は無いけど」という、
  ストンという落っこち方も許容してくれるのでとてもやさしいです。

見えない何かに脅えて考えを停めてしまう、というのも、とてもアリだと思うし、
それが役に立つこともあるでしょ。
オカルトかもですが。
ただまあ、A型の人とB型の人は、同じ部屋にいるとものっすごい精神衛生上
悪いでしょうけどね。
オイサンも、どちらか一方となら一緒にいてもいいですし、
それぞれの個室に行ったり来たりはしますけど、
二人が同居するところには一緒にいたくありません。
めんどくさいもの。

  地面が二つに割れてどっちかにつくしかなくなるからどっちかにつけ!
  と迫られたら、他の条件で選びます。
  どっちがよりお金持ってるかとか、どっちの居場所がより涼しいかとか。
  そのくらい、思想的にはどっちもいい。
  どっち「でも」いい、じゃなくて、どっち「も」いい。

賢明であることがエライとは、あまり思わないので……
「バランス良く」「面白い」ほうが……いいなあと、思うワケですよ。

マこれは、どっちかというとニブくて怠け者な、
どちらかといえばB型、「持たざる者」に属するオイサンの、甘えも多分に含んでおるわけですけども。
うーん。



そしてまた、ロクな結論も出さずに唐突に終わるのでした。
続きがまた何かあるかも。


オイサンでした。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月24日 (日)

■今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・肆 愚痴の章 -更新第690回-

オイ(略


 ▼今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・壱 偶像の章 -更新第690回-
  ○壱 偶像の章~『アイドルマスター』という福音
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--0da.html
  ■弐 虚影の章~『ゆるゆり』という幻惑
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--1c3.html
  ▽参 篇吟の章~『輪るピングドラム』という時流
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--11c.html
  ★肆 愚痴の章~ラノベ原作系全般・シメのごあいさつ        ←今ココ!!
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--ce1.html

 
 
■軽小説の哀歌



……まあそんな感じでね。
ここまでが……大体、本論です。
アニメ三本分でえらく行数使いましたけど。
ここから先も、ちょっとだけ今期アニメの話を書くんですけど、
まあ、十把一絡げです。
それは別に、ここの作品がいけないわけではなくて、
それらの周辺を取り巻く仕組みがよろしくない様な気がしますので……
ちょっと変則ですが、そんなことにまで言及しつつ、続きを行ってみたいと思います。



■『魔乳秘剣帖』



テックジャイアン連載の、エロ、ではないけれど、
一般誌に載せられるレベルではないえっちくさいマンガからのアニメ化。

うん、あかんやろ。
作品としての役割を果たせてませんよね。

なんかというと、原作はその名の通りおっぱい出まくりのおっぱいマンガなので、
地上波アニメ化が決まったとき「どうすんだよこれ」という評判になったのですが、
いざ始まってみたら。
モザイクと一緒ですよ、まずいところは謎の光で光らせて、
ただただ見えないようにするだけという……工夫のかけらもない無策ぶり。
何の意味があって地上波の放映枠をとったのか、全然分かりません。
そうしてBDやDVDの、文字通りただの宣伝として番組を抑えてるだけでしょう。
まあその……視聴者側も、あんまりよくないんですけどね。

一時期フツーのアニメでも、ちょっと過激なシーンとか入浴シーンとかで、
光や湯気をあり得ないくらい濃くしたりあからさまに大人の都合と分かる不自然な配置で
キワドい部分を無理矢理隠したりして対策とし、
その開き直り方を「ネタ」として歓迎して面白がった時期があったのです。

それで、アホな作り手が勘違いしたのでしょうね。
「これはやってもいい」「面白ければあり」というところから、
「作り手の都合だけで使ってもいい」に、都合の良い解釈を重ねた結果、
こんなばかげたことになってしまったんでしょう。

視聴者の「これどうするつもりなんだろう?」という期待に対して
何の策もなく向かい合った挙げ句、
その無策でも、まだ本編が見られるように仕上がるならともかく
本編を通して視聴するにも支障があるレベルになっていて。
本当にただのCM、「続きはBDで!」といういい加減さです。

まオイサンはもう見ないのでいいですけども。
いい加減この風潮もどっかでSTOPをかけないと、
貴重な放送枠が食いつぶされるという害が発生することを忘れちゃいかんと思います。



■ラノベ原作系


……などと、ヒドいまとめ方をしてしまいますが、
以下の5本は、まとめてブッた切ってしまう予定です。

 ▼まよチキ!
 ▼いつか天魔の黒ウサギ
 ▼神様のメモ帳
 ▼ダンタリアンの書架
 ▼No.6


この6本、全てラノベが原作です。
『No.6』だけは話がめんどくさそうだった、と言う違う理由があるのですが、
あとの四本は、何というか……同じなんですよね。
見ていて。
筋や人物はもちろん違いますし、上の『ゆるゆり』でお話ししたような、
固有のリズムのようなものも、ちゃんとある。
ですが、売り物としての訴求ポイントが全部同じで、見るに絶えないのです。
見ていて退屈でもあるし、悲しくもなってくる。

ちょっとしたエロっちさが必要とされたり、
無理矢理見せなくてもいいパンツをみせたり、
女の子キャラに卑猥なことを言わせたり。
謎の女の子が、こましゃくれた口調でえらそうに上からものを言ってきたり。

恐らくはラノベの業界には
「いくらかこういうんでなければ売り物にならん」
というマニュアルのような意識が、明文化されているかいないかわかりませんが、
あるのでしょう。
そして編集にはその意識が強迫観念のようにたたき込まれて、
新人の作家にはそれに沿った要素の盛り込みが要求されるのではないだろうか。
別に編集だけが悪いわけでも決してなく、自ら進んでそういう要素ありきで
作品に盛り込む書き手だって、いるでしょう。
彼らはプロだから、その辺を「サービス」「商品としての最低限の機能」と心得れば、
それを搭載することに迷いはないと思いますから。

ですけど、なんか……ひどいな。
偶然なんでしょうか。
アニメ化にこぎ着けるため、そのくらいに売れる(?)為には、そういう要素が必要、
というコトなのかも知れません。

……なのだとしたら。

もう、ラノベからのアニメ化はいっそ禁止にして待った方が、
ラノベにとって良いのではないかとさえオイサンは思います。
ラノベがノベルである意味が、なんかもう、メディアミックスによって
どんどん殺されていっている気が遅蒔きながらいたします。

オイサンは以前からラノベのことを「字で書くマンガ」だと言ってますが、
ラノベは文章表現でありながら(もはやそうだともあまり思いませんが)、
文章を中心として抽象と具象があるとして、
文章よりも抽象よりの表現──行間であったり、言葉が持つ幅を利用した表現であったりを、
具体的な言葉使いでもって具象に引き寄せ、
文章よりも具象よりの表現──こちらはたとえば「映像」や図式による表現を、
これまた言葉を変化させてより抽象に引き寄せ、
本来文章で中心的に扱うべきでない……というと言葉が強すぎますが、
言葉でやるには余りに不利で効率の悪い表現すべてをやるものとしてあり、
すでに文章表現である意味の大半を失っているように思います。
ことにアニメ化される作品についてはその傾向が顕著であるように。


……マえらそうに言ってますが、別段そんなにたくさんラノベを読むでなし。
なんかそんな感じなのかなあ、ということを、ちょっと大げさ深刻に言ってみただけですけどね。

でも、もしも本当にラノベにとって、
アニメ化がその存在のモチベーションであるのであれば、
それはもう、本当にやめた方がいいんじゃないか。
生きようとする意志が存在意義を殺す、そんなおかしな図式になりつつあるように。

そんなことをですね。
今期のラノベ原作系作品のラインナップを曲がりなりにも一通り見てみて、
感じたオイサンであることですよ。



■Closing



うーん。
えらく長くなりました。

前回からの分も含めて簡単にまとめると、
『アイマス』『うさぎドロップ』『クロワーゼ』『神様ドォルズ』『ピングドラム』
を見て、あとは適宜流していきますよ、ということです。
結構、豊作な期になる予感です。
はたして今日ここで書いたことが、3ヶ月後の9月にどんなことになっているか。
意外と自分でも楽しみだったり致しますよ。

この先のお仕事の展開が今ちょっと読めないのでどうなっていくか分かりませんが、
出来るだけきちんと更新するようにはしたいと思いますので。

皆さん、飽きず呆れず、また遊びに来て戴ければ幸いです。
ほなまた。



オイサンでした。



 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・参 篇吟の章 -更新第690回-

オイサンです。みっつめー。


 ▼今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・壱 偶像の章 -更新第690回-
  ○壱 偶像の章~『アイドルマスター』という福音
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--0da.html
  ■弐 虚影の章~『ゆるゆり』という幻惑
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--1c3.html
  ▽参 篇吟の章~『輪るピングドラム』という時流         ←今ココ!!
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--11c.html
  ★肆 愚痴の章~ラノベ原作系全般・シメのごあいさつ
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--ce1.html


■『輪るピングドラム』




オイサンのシゴトバには4人のオタクがいますが(断言)。

 ちなみにここで言うオタクとは、
 「いいトシこいて深夜アニメなんかを見て、必要以上に反応するコトの出来るスキルを、
  いい意味でも悪い意味でも身に付けている人」
 を指します。
 話の冒頭からメンドクセエことでガタガタ言わないように。
 「オタクとはなんぞや」みたいなことでガタガタ言うヒマとその気のあるヤツは、
 まあたいていみんなオタクだと考えて間違いないと思いますベラボウめ。
 人間のありようなんか、そう易々と分類規定出来てたまるか。
 何を怒っているんでしょうねこの人は。

サテ話を戻します。
オタクが4人いるのですが、ウチ一人から、
「今期、幾原カントクがなんか作るらしい」
と、聞かされてフーンと思っていたのですが、聞かされたときにはもう始まっていました。

それがこの『ピングドラム』。

そのタイトルと評判はその数日前からTwitterで聞こえてきていて、
「なんかブッ飛んでてすごい」と聞き及んでいたので
おおこれだったのかそら見なアカンなとばかりに
見逃した第一話も慌てて手に入れて拝見したのですが。

オイサン的には、期待していたよりも全然フツウでした。

イキナリ女の子が自動車になったりはしなくて、ちょっと肩透かし。
さしもの幾原監督もイキナリそこへは行かなかったか(当たり前だ)。
それにしても、フツウに理解の及ぶ範囲で楽しめています。
ただちょっと、オイサンの場合は幾原フィルタがかかって若干ゲタ履いているかも知れませんが。

聞き及んでいた「ものすごさ」は、主にヒロインひまりの変身(というのか)シーン、
「生存・戦略ー!」
の一連のシーンの唐突さと像の意味の分からなさを評してのものだったようです。
確かにあそこはすごい。
今の時点で、あの空間の意味合いを考えることはあんまり意味がないと思うのでしませんし、
説明しろと言われたって出来ませんが。
ただそれでも、意味は分かりませんが気分は理解できる、そんな感じで、
まったくもって、自分の中のあらゆるセンサーの埒外と言うわけではないので
安心して見ていらるレベルです。





またあの映像センスというのは、
数年前までなら幾原節としてオンリーワンのものだったと思いますが、
『マクロスF劇場版』のランカちゃんステージ映像を見終えた今にして思うと、
そのものすごさはもはや唯一無二ではないなあと感じました。
価値を失った、というわけではなく、そのセンスを取り込んだ後進が、現れつつある。
表現というのはこうして遺伝していくんだなと感じました。

  実際、ランカちゃんステージをデザインした人が
  幾原節にインスパイアされたかは知りませんけど。
  この文章はイメージです。

そうしたビジュアルショックを除いたとしても、お話への引っ張り方もさすがに上手ですよねえ。
これは2クール作品なんでしょうか。
本筋を焦らないあたりが、見ていて安心します。

現時点ではほとんど何も分かっておらず、お話の本筋が二本併走しているように見えますが、
大きな本線(ピングドラムとは何ぞや? とピングドラム探し)を謎のままに、
小さな本線を具体的に描くことで(リンゴの素性)目を逸らしながら引っ張ってるんですね。
コレを何度か重ねていくのでしょうか。
面白いです。
あっちゃこっちゃに挿入されるエロティックな画も楽しませてくれ、
エキセントリックな画面と色使い、そして言葉遣いで飽きることを知りません。
すっごいなあ。
勉強させてもらいたいと思います。


 ▼トランジットの旗手として

いきなりですけど、世の風潮の流れというのは、
常に二つの流れが複層的に流れているものだなあとオイサンは感じております。
一つは、「現在に至るまでの主流」、
二つ目は「次に主流となる(であろう)流れ」。

  一つ目の流れが太く大きいうちにその裡から二つ目が生じ、
  やがてそちらが主流となっていき、
  また同じように新しい流れが生まれてまたそちらに乗り変わる、というようなことです。

デ、二つ目の流れに乗り変わる瞬間というのはまだ一つ目の流れも現役なので、
大抵の人は安泰なそちらに乗っかってまだしばらくいこうと考えます。
二つ目の流れというのも、その時点では幾つかの細い流れが複数併走していて、
どれが次世代の主流になっていくのかは、やはり分からないということがありますし、
たとえ「次はこれだ」ということがほぼ確定したとしても、
やはり今の主流を捨てることには、覚悟と勇気が必要でしょうから。

幾原監督というのは、その時代の流れの気分を、読みとるのか、計算するのかわかりませんが、
「いや、次はこれが正しいだろう」
と決断して、その「今現在の主流とは少し異なる、違和感の残る流れ」を、
上手に料理して、次の主流の旗手となることに長けているなあと思います。

複数の流れから選んでいるかは分かりませんが、
乗り換えることにためらわない、自分の感覚を信じている人なのだと。

今回の『ピングドラム』でオイサンが興味深く感じたのは、
お話の実行犯であるところの主人公兄弟、肉食オレ様系の兄と草食ナイーブ系の弟のうち、
話の主軸を握り、ペンギンの女王に目をかけられているのが、
荒ぶる兄の方だということです。

多分……二年前までならこれは弟の方がこの先も主人公の主人公たる位置に据えられ、
お話の上でも画面の真ん中で活躍をしていくことになったと思うのですが。
幾原カントクはそうは作ってこなかった、ということを面白いと思い、
時代性の上でも、どうしてそれを(テンプレート以上の意味合いで)
他にやってくる人がいなかったのか? と思うくらい、
カントクのイメージが正しいと感じます。

つまり、
「これからの時代、物語の上でも主役を張れるのは肉食系だぞ。
 おっとり優しく、モラルがあって、ナイーブな奴がもてはやされる時代は終わったぞ。
 多少乱暴で、モラルに反したとしても、目的のために覚悟を決めて、手を汚せて、
 食いついて行ける奴が強いんだ」
という「ことを主張することが正しい」、とカントクは嗅ぎ取ったのでしょう。
何が求められ、認められるべきなのかということを、
粘土像のかたちを整えるように、物語の世界を外の世界に近づけようとしている様に思います。

それがあの「生存戦略」という言葉と、
ペンギン女王がその担い手として、
女へのアプローチを心得つつ節操のない兄を選び、
弟を空間から排除してまで、彼にのみ囁きかけることの
理由と意味なのだろうと思います。

  バックで流れるお歌も、そんな感じだと受け取ってます。
  あの歌いいなあ。
  フルで聴きたいです。

あのシーンはオイサンにとって、とてもシビアな姿に映るし、
そういう意図を感じるので、大した混乱もなしに楽しむことが出来ます。

うーん。
やはりそういう「気分」をお説教になることなく、
むしろ笑えて楽しめ、けれども違和感それ自体は消すことなく、
受け手に届けることの出来るその手腕、頭脳というのは、すごいと思います。
この滑らかさが損なわれない限り、見続けることが出来るでしょう。

頻出するゴキブリや改札は何のイメージなんだろうなあ。
電車になぞらえているのは、レールの上を走る運命を予感させてるんだろうけど。

ホイ次でおしまい。



 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・弐 虚影の章 -更新第690回-

あー、オイサンですけどもう前置きなしで行きますよ。
一応この記事は、この↓一連の記事の一部なので、
ワケがわからなかったら他も見てみて下さい。


 ▼今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・壱 偶像の章 -更新第690回-
  ○壱 偶像の章~『アイドルマスター』という福音
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--0da.html
  ■弐 虚影の章~『ゆるゆり』という幻惑             ←今ココ!!
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--1c3.html
  ▽参 篇吟の章~『輪るピングドラム』という時流
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--11c.html
  ★肆 愚痴の章~ラノベ原作系全般・シメのごあいさつ
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--ce1.html


多分大丈夫だと思うけど。

 
 
■『ゆるゆり』



オイサン的・今期最大の問題作。
まあ今期は、この下にワンサと「問題にもならない作」が軒を連ねてるのですけど。
それについては後述。

でこの『ゆるゆり』、何が問題かと申しますと
「何かが起こるはずに見えるのに何も起こらない」
という、意図的な肩すかしのようなことを、延々とされるわけです。
そしてそれはたぶん、お互いの刺激の閾値の違いによって起こっていて、
非はどちらにもない。
そんなことなのです。

オイサンから見ると、この『ゆるゆり』という作品はギャグ作品、
つまりスタンスとしては『日常』や
ハイブリッドだとしても『そふてに』に近いはずのものであって、
決して日常系そのものではないのです。

それをどうオイサンが判断するかというと、
話の持って行き方であるとか、キャラクターの配置であるとか、
そういうものが、過去のライブラリと照らし合わせた結果傾向的にそうである、
と同時に、それを期待させる流れを番組が自ら作っていると感じ取ることができる
(つまりそうであることを受け手に期待させている)から、
としか言いようがないのですけれども。

何かが起こることを前提に組み立てられているフォーマットの上にあるわけです。

けれどもその何も起こらなさっぷりときたら日常系のようで、
且つ、日常系のように、水底にあるものを掬い取ろうという作業は必要としない
(たとえさらってみても何もとれない)ため、
受け手のオイサンは
「あれ? 30分アニメを見たはずだけど何にもなかったぞ?」
という……ポルナレフ的なアレの状態に陥ってしまうのです。

         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ   アッカリーン
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ 
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \ 
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ 
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ 



  ……簡単に言ってしまえば、作品の見た目の問題です。
  ちょんまげを結って着物着て、草履を履いたアンコ型の大男が歩いていたら
  おすもーさんだと思うでしょう。
  でもその人はおすもーさんでもなんでもなくて、
  趣味が読書と音楽鑑賞の専門商社の事務員だった、みたいなことです。

その現象の正体が、果たして何なのか。

……実際のところ、お話の上では何も起こっていないわけではなくて、
何事か起こってはいる(そしてその出来事は日常系ではない)のですが、
その出来事というのがまた、
完全に過去の作品群の中で連綿と描かれ続けてきたフォーマットの一部の、
しかもすごく目立つところにある最大公約数のような要素を引っこ抜いて並べたものなので、
ある意味それはベースであって、この作品に固有のフックではない……ように、
オイサンには思えるのです。

要するに、作品としてあって当然のありきたりな土台しか見あたらず、
本来その上に盛られるはずの作品としての起伏がない。
 
が。

恐らく送出の仕手はそれをそうとは思っておらず、
「出来事を送り出しました」
というスタンスでいるので、
「送り手が送ったはずのものが、受け手(であるオイサン)には何も届かない」
という事態が起こっておるのだと思います。

  ついでに言うと、その起伏には固有のアンジュレーションも見あたらない。
  この作品がこの作品として描こうとする固有の要素が見あたらない。
  「あらゆる物語は既に過去に語られていて現存するものはその模倣の~」
  という論はありますがそれはこの際適当ではなくて、
  そんな、全く見たことのない斬新なことをやれとはいいませんけれども、
  個々の起伏は過去の地形に似ていてもいいと思いますが、
  その配置の位置や、傾斜や、置かれるリズム、繰り返しのパターンにさえ、
  独特の息吹を感じ取れない。
  描き手のクセさえ見えてこない。
  なんつうかこの……+αすら見あたらないわけです。
  それは『ドラクエ』のような、FC時代のRPGのフィールドマップよろしく、
  出来合いのブロックを貼り付けて作られただけの地形で、
  ちょっと視点を引いてみると、ワリと小規模な範囲で(3×3とか5×5とか)、
  過去にどこかのゲームで見たような地形がそのまま使われている。
  そんな感じです。

そのことに気付けたのは、Twitterのあるフォロワーさんのお言葉があったからです。
その御仁にはこの『ゆるゆり』は日常系に見えていたのだそうで、
幾つかの物語の、ご当人が感じたフックのポイントを教えて下さいました。
百合臭であるとか、そういった要素を。

しかしオイサンには、百合を視聴のモチベーションに出来るほどのフックとして
感知するセンサーが備わっていないらしく、
また感知できたとしても、その辺はあくまでも
「これからネタを始めるためのベース」であって、
それらを独立したフックとして喜ぶことは、難しいんじゃないかなーと思います。
それはどっちが合ってる・間違ってるという話ではなくて、
これまでに受けてきた刺激の強さや種類によって、
センサーがどんな刺激に反応できるか、という違いでしかない。
つまりは、オイサンのセンサーが、時代の刺激に合致していないという
由々しき問題に直面した、と言って良い。

オイサンにとっての『ゆるゆり』は、
モノにたとえるなら、食べ終わる直前のそうめんツユです。
水でうっすーーーーーーー……くなって、
水と、にじみ出たそうめんの味の向こうにちょっとだけツユの味が残る。
そんな刺激。
味がうんぬんという代物ではないわけです。
ダメとか、面白くないとか、そういうことを言いたいわけじゃありません。
ワカランのです。

そしてこの原作が商品として成立していて、
あまつさえそれをアニメ化しようと目を付けた人がいるということは、
これは世間的にはそれなりの価値を見出され、認められているということで、
その人たちの目線とセンサーにオイサンが追いついていない。
それでも見続けてしまうのは、
上で書いたような認識と疑問が自分の中で成立しているから面白いということと、
水の底に残ったそのそうめんツユの味を、ただの水ではなく認識してしまうからです。
ゼロではない。

ただやっぱり、繰り返しになりますけど、
オイサンの主観的な感覚からだけでものをいうと、そこには何もない空間がやはり広がっている。
……なんていうかなあ。
『そふてに』からテニス取ったって、もうちょっとなんか残る感じがある。
そのくらい。
『かなめも』に近いんだねえ。

なかなかこう……厄介なフェイズに入ってきてしまったなあと、
改めて思うオイサンなのでした。


ああ、あと、一つだけ言っておく。


皆さん、お気付きだろうか。
このアニメの主題歌『ゆりゆらららゆるゆり大事件』、
嬉しそうに

  ♪だっいっじけーんー♪

って歌ってるけど、
歌の中でも本編でも、大事件なんか現時点でいっこも起こってないし、
今後起こそうという気配も一切感じられないからな。
一体あの歌の何がどう大事件なのか、誰か説明してくれ。
何故あの歌の歌詞とタイトルに、あのリズムで「大事件」という言葉が盛り込まれているのか、
どういうつもりで作詞家はその言葉を入れたのか、
オイサンにはその……本当にもう、不思議でたまらないんだ。
イヤだとかダメだとか間違ってるとかいうんじゃない、
どうやったらあそこにあの言葉がはめ込めるのか、
その動機をすごく知りたい。

本当にもう、わけがわからないよ!!
はいほんじゃ次。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・壱 偶像の章 -更新第690回-

優先座席に、忘れられた日傘がひとつ。
オイサンです。


『日常』の新しい主題歌は、またすごいですね。

オイサンには音楽的な知識はありませんが、
雰囲気がどんどん変わっていくあの曲を聴き、


  ♪フト気付ケバ 近クニイル 死ナバモロトモ~♪


のところで、なんていうのでしょう、交響曲? 交響組曲? だかわからないけど、
あるじゃないですか、長くて、複雑で、
そういう壮大な構成を持つクラシックを聞いたような錯覚を覚えました。
ヒャダインさんてそういう音楽知識もきちんと持ってる人なのかな。

あと、別に友達って「死なばもろとも」とか思いませんよね。



■2011年夏 7月期アニメ 冒頭感想・その2



さてもさても、どうにか超大忙しモードからはどうにか脱しましたオイサンです。
マそれも束の間なので、
今のうちに平穏な日常を楽しんでおこうと思います。
本日は前回の続き、2011年夏アニメ、冒頭の感想をお送りしたいと思いますよ。
そんなことしてる場合でもないんですけどね。

前回からの積み残しのタイトルは、

  ・アイドルマスター
  ・ゆるゆり
  ・輪るピングドラム
  ・魔乳秘剣帖
  ・まよチキ!
  ・いつか天魔の黒ウサギ
  ・神様のメモ帳
  ・ダンタリアンの書架
  ・No.6


の、えーと、1、2、3……9本!(←把握していない) です。
9本って言うとうえーってなるかも知れませんけど、実質は上から3本だけです、
まともに何か書くのは。
後半はオマケですので暇なときにでもどーぞ。
マ番組の感想ではないことをまたぶーたれてますけどね。



--と思って書き始めたんですけど、あんまり長くなり過ぎちゃったんで
ちょっと分けます。
……三つに。
以下、マ例によって大して実のある文章でもないので、
皆さんおヒマなときに、たらこを焼く片手間にでも読んで下さい。


 ▼今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・壱 偶像の章 -更新第690回-
  ○壱 偶像の章~『アイドルマスター』という福音
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--0da.html
  ■弐 虚影の章~『ゆるゆり』という幻惑
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--1c3.html
  ▽参 篇吟の章~『輪るピングドラム』という時流
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--11c.html
  ★肆 愚痴の章~ラノベ原作系全般・シメのごあいさつ
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--ce1.html


……お前今、三つに分けるって言ったばっかりだろ。
やめろよそういうの。
……マいいけど。



■『アイドルマスター』



正直に告白しますと……オイサンは泣きました。
ただし、OPでだけ、です。
現在3話まで放映されていますが、本編にはさほど見るべきところは
今んトコありません。
ああ、ギャルゲーのアニメ化だね、という感じ。

  ついでに申し上げますと(ていうか大事なことだけど)、
  オイサンは原作ゲーム『THE IDOL M@STER』に対しては、
  深い知識も愛着も、ありません。
  ヒロインの人となりに関する知識なども然り。
  アコガレはありましたけど。
  プレイしたのはメインヒロインである春香さんを一回り(しかも目的未達)と、
  やよいちゃんのシナリオを途中まで。
  これはそういう、ほぼ初見の視点の人間の感想だと、まずはお心得下さい。


 ▼『アイドルマスター』、開幕!!

デOPです。
まずは事実だけを書きますと、
深夜、第二話で初めて流れたOPをオイサンはリアルタイムにうっかり見てしまい……
もう寝ようと思っていたにも関わらず、
眠気も吹っ飛ばして泣いてしまい、そのままOPばっかり3、4周。
結局本編まで全部見てしまってから眠りました。

……そのくらい、このOPはオイサンの好みにどストライクだったということです。

ゲーム『アイマス』の楽曲は、ゲーム中で何曲か、ほかに動画などでも幾つか聞いたことはあり、
好みの曲も何曲かはありましたが、その全てがど真ん中! と言えるほど、
自分の好みに合っているとは思っていませんでしたが。





  --アイドルは、何で出来ている?
  --普通の女の子と、夢と努力と血と汗と睡眠不足と、
     大人たちの知恵とご都合と演出で出来ている。




そんなことをキッチリと感じさせてくれる映像だったと思います。

『アイドルマスター』の世界は、
弱小プロダクションのびんぼーアイドルを知恵と努力でトップカテゴリーにのしあげる! 
というスポ根的なものですから、アイドル! という響きの華やかさを冠しつつも、
その本質はほこり臭く、けちくさく、しんきくさい。
生活の疲労やかなしみにあふれたケのものです。

  オイサンは大学で演劇部に籍を置き、
  曲がりなりにもしばらく活動をしたことがありますが、
  所詮学生演劇といえどもその表舞台の華やかさと裏方の薄暗さのギャップは
  それはまあ強烈なものです。
  俳優・女優なんてものは、庶民よりもよっぽど庶民感覚に対して
  上下に幅を広く持っていると言って差し支えないでしょう。

その本質を、華やかさも損なわないままに言葉と視線とメロディで切り出した90秒。
それがアニメ『アイドルマスター』のOPだったと思います。
なにげに……地味なんですよね。
地味で丁寧。
もっと派手に出来るところを抑えて抑えて、がまんにがまんを重ねた結果の映像が、
あそこに実を結んでいると思います。

楽屋だとか舞台袖なんかを挟むのは常套の画だとしても、
妙にグッときてしまったのがサビのところ、
ステージで歌う13人を、舞台下の足下からグーンとなめるあのカット。
あれは、誰の視線なのか? また、果たして本番ステージの映像なのか?
オイサンには、あれはリハの映像に見えるのです。
カメラマンの見た、リハの映像。
練習、です。

  マ実際ンとこは紙吹雪が舞ってましたから、本番映像なんでしょうけども。

そしてその直後に挿入される、あずささんと……誰だっけ、白っぽい人。
タカネ? さんが腕を振る場面、こちらは本番の映像に思えるのですが、
ステージから下を画面から排除したこの二つのカットが「地味さ」が強調して意識させるのは、
受け手たるお客ではなく、ステージの作り手……
それは彼女ら一人一人でもありますし、
ステージの下から、舞台の袖から、彼女らが「練習通りにうまくやれている」ことを
見守りチェックする、誰かの視線であるように思えるからで、
それは華やかさとは無縁の、非常に地道でストイックな世界なんですよね。

一生懸命に「今まさに作っている」、その真っ最中の意識が、すごく伝わってきたのです。

実際の制作意図としてはどちらも本番の映像なのでしょうが、
背後に歌われる歌詞を聴きながら映像を見ていると、
もう、カットの一つ一つが、あのステージを作り上げた何十人というスタッフ、
あるいはキャストの中の、誰かの視線を借りたものであるように思え、
その視線の中に存在する意識によって、
失敗を恐れ、知恵をしぼり、時には疲れて動かなくなる体を操る、
今ここに座る自分と同じ仕組みで動く夢の上の存在ではない生身の人間としての
「アイドル」の組成を……オイサンは垣間見ることが出来たのでした。



正直、スゴかった。感動しました。



ステージバックに見える鉄柱であったり、
控え室のシーン、鏡と鏡の間の、妙に目立つ所にくっきりと描かれたコンセントであったり、
そんなものがまたニクい。
そしてその「日常」の狭間にも、
華やかな夢の舞台であることもアッケラカンと見せる一瞬の対比のうまさも素敵です。

なんの話かって、一瞬だけ挟まる、
我那覇ちゃんと、春香と、ミキミキと雪歩が客席を向いてジャンプする映像のことです。
比較的新キャラであるところの我那覇ちゃんの人となりはオイサン全然理解してませんが、
無邪気にシンプルに、
天然の「アイドル力」で持ってステージに上がるのであろう彼女の特性を借りて
そこがやはり一握りの華だけが上がれる場所だということをハッキリと描いている。

  ……本編中での彼女のキャラクターには、正直あんまり感心しませんがね。

そんでまた。
地味さ強調の真骨頂、彼女らのシンボルである、天使モチーフのAマークの扱いが。
ステージシーンのラストカットで、
ステージバックのモニター上に映し出されてくるくるまわるだけ、という控えめさ。
これがあなた、派手好きな人だったら、もっといじるなり、前に出すなり空飛ばすなり、
致したくなるところですよ。
気の回らない人だったら、これをOPの映像に織り込むことを忘れるでしょう。

けれどもそのド中間、キチンとフィーチャーしたうえで、象徴的な裏方に徹させるあの画作り、
13人が指差す天上にくるくる回り続けるだけというシンボライズの在り方に、
オイサンはこのお話の成功が約束されるのを見た気がします。
……あくまでもオイサン的に、ですけど。


 ▼「腹七分目」の視線の妙味

あと、単純な画の見応えとしては、
総じてカメラワークがすごいとオイサンは感じています。
変な切れ方を意識的に作っていて、
見ている側に意図的に、ちょっと物足りない感じを提供しているのだと思います。
腹7分目、6分目の映像を心がけ、見せたいところも全部は見せない。

たとえば冒頭、
春香のゆび先から放たれた矢印が天に向かって延びていくところで、
画面下に残った13人のヒロインが少しずつ小さくなって切れていくところでも、
全員が映るか映らないかという微妙な斜めのカッティングで大胆に切っていますし、
サビのステージ映像のところでも
(これはスピード感を出す都合や、
 実際のカメラ映像的なアジを出すための動きの都合も合わせてだと思いますが)
足下からグーンと横切った挙げ句、ヒロイン数人ずつの、
ほんの一瞬のカットを組み合わせて画面を構成しています。
13人という大所帯であることも、
こうした「ちょっと物足りない画面づくり」の一因となってはいるのでしょうが、
それをこうした引きつけ芸に転化しているのは、
なかなか素敵なアイデアと手腕だなあ、と素直に感心いたします。


 ▼光のシルエット

それともう一つ、地味にオイサンが感心したのが、
これも冒頭、13人のシルエットがずばっと横一列に画面を切り裂いて、
タイトルに変わるあの瞬間。

このシルエットが、原作をあまりしっかり見ていないオイサンでも
大体どれがどの子か、何となくは分かるような、しっかりとしたシルエットになっている。
なんというか当たり前のことなんですけれども、
基本がしっかりした作品なんだなあ、ということに感心したのがヒトツと、
敢えてシルエットという、そのもの悲しさが胸を打ったことがもう一つ。
ちょっと切ない気持ちになってしまいます。
影のまま、誰にも顔を知られぬまま終わっていく子もいるんだと、
そういうメッセージでは決してないと思うんですけども、
それでも影のまま必死に歌い踊る、彼女らの「人ではない、人になる前の何者かの部分」を
その影の形に垣間見て、思わず拳を握ってしまいました。


 ▼本編

肝心の本編は、ちょっと微妙な始まり方をしました。
一話は、とりあえず多すぎる全キャラの顔見せと状況説明。
二話目には、全員を登場させつつも、ヒロインの一人の感情を、
その人となりを説明することもなしにセンターに据えたエピソードになっていて、
ワリと一見さんお断りの雰囲気を醸していたように思います。
分かってる人向けというか。
一応、余りよく知らないオイサンでも
「ああ、こういう状況に置かれた子なのかな?」
と推測する事くらいは出来たので機能してはいるのでしょう。

しかし、長期的なテーマもまだ提示されないので日常系っぽくも見えるのに、
短期的なエピソードだけが変にくっきりと描かれてしまって、
お話が細切れの、ずいぶん浅いところを流れる淡々としたものに見えてしまって
ちょっと勿体ない。
2クールあるのに、結構急ぎ足?
この先、13人いる彼女らをどんな風に描いていくつもりなのかわかりませんが、
たぶん今はまだ、誰が主人公! ということもなく、
13人とその周辺の人たち、765プロ全部で一つの生き物のように
描こうとするフェイズのかもしれません。

あ、あとね。
このアニメ、動きがいいです。
「画一つのディティールは維持して動きをちょっと制限する」
という傾向の多く見られる(気がする)最近のアニメに比して、
画はいくらか簡略化しても、たくさん、たのしく、動かそう! というスタンスを取っているのだと思われます。
その辺もオイサン好みですね。
見ていておもちゃ箱みたいで楽しいです。


 ▼765プロのお台所事情

おもしろいなー、と思ったのは。
芸能事務所って、こりゃ大変だ、ということ。
……こんなん13人も飼ってたら、確かに給料なんか払えるはずない。
そもそも会社が回るはずがない。
「駆け出しの芸能人はお給料が安い」
という話はもうしょっちゅう聞くけど、そんなん当たり前だと実感せざるを得ない。

こんな連中にフツーに給料払ってたら、そりゃ事務所が立ち行かなくなる。
特にここのプロはアイドルがみんなスタートアップで、
すなわち事務所そのものがスタートアップなんだから、
彼女らは、というか、そういう駆け出しのアイドル達はそういう台所事情も飲み込んだ上で、
自分で自分を養う、どころじゃなくて事務所を養うくらいの意気込みを要求されて
ここに集うのだろうな、ということを読み取った。
これはゲームの方では、ちょっと見ることの出来なかった世界観だ。

  ていうか、立ち上げたての会社なんかどっこもそんなもんなんだろうけど。
  最初は、確かなコストと不確かなプロフィットしかないんだろう。
  サラリーマンてのは、確かに呑気な生き物だな。
  少し反省しよう。
  ……少しだけね。
  つか、765プロの馴れ初めが(アニメ本編中では)なんも語られてないから
  勝手にそう思ってるだけだけど。
  なんか設定はあるのかもしれないよ。

と同時に、何もないくせにこれだけの人数を集めることが出来た社長は
すごいひとなんだろうな、それは手腕か、人柄か、過去の実績か知らないけど、
ということも同時に読み取れる。


 ▼総評

中身が、今のところあまり伴っていないことが災いしてか、
本作は、原作ファンの間ではあまり好評とは言えないご様子です。

間に一作、どうしてこうなった的なゼ典……否、外典を挟んでようやくのまっすぐなアニメ化ですから、
ファンの目が厳しくなるのも無理からぬことなのでしょうが……
オイサンは今、古くからの『アイマス』ファンの皆さんを、うらやましく思います。
すごくすごく、うらやましく思います。

  マもともとゲームに乗り切れなかった時点で、
  アーケードの全盛期に楽しそうにやっていたのがすごくうらやましかったのですがw

もうめっちゃくちゃな言い方をしますが、
オイサンはアニメばっか見て育ってきて、
自分でスッゴい良い! と思える作品に出会った時って、
「アニメ見ない人間って、ホント一体、
 他の何からこういう大事なコトを教わって大きくなるんだろう?」
って、ワリと真剣に思うのです。
今回『アイマス』のOPは、そういう気持ちにさせてくれるものの一つでした。

密と疎、嬉しさと悲哀がすごくいい感じに絡み合い、
自分には、叶えたい夢に見合うだけの努力と差し出すもの、賭けるもの、
リターンに対してリスクをとろうとする姿勢がたりない、そう思わせるOP。
「みんな、やってる? あたしはもう始めてるよ!」
という歌詞も、自負に満ちた汗の光を見せられるようで……
ホントもう、何回見たかわかりませんが、毎度泣けて仕方ありません。

このアニメは、きっと大丈夫。
そんな風に変な確信を持って見ています。
きっと最後には……化ける、とまでは言いませんが、
コトンと心地の良い立方体が腑に落ちるものになる、と、無責任に感じております。


……早速、すばらしく長くなりました。
次。



 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月18日 (月)

■今、アイに行きマス! ~2011年7月期、アニメ放映開始! -更新第689回-

K-POPの流行り具合って……本当なんですかね。
オイサンです。



■Kの遺伝子



ネット上では、どっかの誰かが一生懸命次の金づる作りのために無理やり
「流行ってることにしている」
というようなことが盛んに言われてて、
正直なところオイサンも、そんなに大した盛り上がりをハダで感じているワケでもないので
どちらかといえばその「無理やり盛り上げ説」が本当のところなんだろうという気がしています。

なんちゅうかその、薄ら寒いというか、うす気味悪いというか。
かつてのセカンドライフと同じ肌寒さを感じています。

今日も、クリーニング屋で順番待ちをしているときに
バックのモニターにCSか何かの音楽番組が流れていまして。
その中で女性数人のグループのPVがあったんですけども……
なんというか、見ていてイヤな感じがするんですな。
ひじょーにザワつくわけです。

……と、思ったらそれが少女時代さんだったみたいで、
すっかり日本人だと思ってたんでビックリしました。
ふーん。

特段disるつもりもそのメリットもないんですけど、
そんな風に感じさせるということは……やっぱなんか、持ってるんでしょうね。
少なくともオイサンとは相性が悪いみたい。
何故アレを、そこまで無理をして売りたいのか。

マ音楽・芸能業界なんて、今まで閉じられてて見えにくかっただけど、
もう何十年も、ずーっとそんな風にやってきてたんでしょうね。
良い時代になったなあと思います。
そういう「色々バレてる、すぐに嗅ぎつけられる」時代になったことをちゃんと自覚して、
イマドキなりの売り物の作り方、売り出し方を、
余計な付加価値やオカネの流れなしに作り直していって欲しいと思いますよ。


 ▼余談ですが

こちらもウソかまことか知りませんが。
ここ数年、外国産車……BMWとかベンツとか、その辺りのクルマのデザインが
何年か前に比べて妙にカッコ悪くなったなあ……と、感じていたんですが。
先日、シゴトバの方とゴハン食べてたら、
「テリー伊藤がテレビで言ってたんですけどね」
という前置きで、
最近じゃそういう外国のクルマメーカーの良いお客が中国・韓国方面になっているから、
デザインもそちらで好まれるものがメインにシフトしていってるらしい、
ということを話してくださいまして、至極納得。
「あー。それで最近のはちょっとこう、
 ゴテっというか、脂っぽい感じなんですねえ」
なんて言って笑いあったのでした。

まあテリーさんの言うことですからどこまで本当だか分かりませんが
(↑テリー伊藤はあまり好きではないらしい)、
事実の傾向といい、納得のいく話ではあります。


あ、別に韓国や中国がキライなわけではないんですよ。
嫌う理由も特にないですし、行ったこともないですし。
……たまに旅先で出くわすご一行とは、決してお近づきになりたくありませんけれどもね。



■2011年・夏アニメ(7月~9月期)



などと普通っぽい話もしつつ、結局書くのはこんな話ですよ。
気が付けば7月ももう後半戦に入りまして、7月から始まった番組も、概ね2話目が終わったくらいです。

オイサンが見てみたのが、

 ・ロウきゅーぶ!
 ・快盗天使ツインエンジェル
 ・うさぎドロップ
 ・神様ドォルズ
 ・ゆるゆり
 ・アイドルマスター
 ・輪るピングドラム
 ・異国迷路のクロワーゼ

 ・まよチキ!
 ・ダンタリアンの書架
 ・No.6
 ・いつか天魔の黒ウサギ
 ・神様のメモ帳
 ・魔乳秘剣帖

の14本。

……じゅ、14本?
ねえワクワクさん! このオッサン本当に忙しいの!?
うるせえな色々あんだよ!!
すみません息苦しいところをお見せしましたゼハーゼハー。
しかし、そんなに見たのか……気が付かなかった……。
忙しいワケだ( ← あっ)

ついでに、これに合わせて前期からの引き続きで『日常』と『シュタインズゲート』があるので
現時点ではちょっと負荷オーバー気味です。

この時点でも既に1、2本、切ったのがあったハズですが、
上の中でももう切ることが確定しているのが結構ありますので……
マそんなことも含めて、短めに感想を行こうかなと思います。



 ▼『ロウきゅーぶ!』

  公式サイト : http://www.ro-kyu-bu.com/

ラノベ原作の、小学生女子スポ根バスケものです。
2話まで見た感じだと、すごく普通。
女子小学生という商材の選び方もそうですし、
その作中での扱い……萌え萌えな格好させてハーレムをこしらえるのもそうですし。
ヒロイン五人の品ぞろえも、
熱血スポ根少女、理知系メガネ、野生運動系、ギャップコンプレックス系、幼児退行系と、
属性的には色々兼ねている部分もありますが、まあ隙はない感じで。
主人公のトラウマもきっちり装備しており、ホントその、お手堅い。
良くも悪くも。

お話の方も王道スポコン系へ向かっているようで、
そのお堅さとロリ萌え系のハイブリッドのちょっとした物珍しさで引っ張っている、
というのがざっと見の印象でしょうか。
今のところ、
あまりこう何に魅力を感じるということもないので、
オイサン的には多分徐々にフェードアウトしてしまうでしょう。

ただ、あとで書きますけれども、今期のラノベ原作系の中では
一番頑張っていると思います。
ラノベ、大変だなあ。
これでバスケの試合パートが超充実の本格派だったら見ます。


 ▼『快盗天使ツインエンジェル』

  公式サイト : http://twin-angel.com/

パチンコ原作ということと如何にもアホっぽいということで
前期の勇、『戦国乙女』の超品質を期待してみましたが、
これまたフツウ、というか……ただの「普通に見ごたえのない作品」でして、
まあ、ええと、見続ける理由はないです。
あ、あった。
見る理由あった。
声優。
能登さん、シンタス、小野坂ヤング兄さんと、ちょっと素敵な取り合わせ。
収録現場はどんな風になってるんだろうなあ。
シンタスとヤングさんのからみとか聞いてみたい。
……などという、本編には全然関係ないところで盛り上がってしまいそうですが
本編には特に期待しません。
まあ見なくなるだろうなあ。


 ▼『神様ドォルズ』

  公式サイト : http://www.kamisama-anime.jp/

漫画原作。
1話目は、オシゴトが詰んでしまって宿泊したビジネスホテルで見る、という
あまり恵まれない出会いだったためかあまり印象は良くなかったのです。
「あー、なんかこういうのね」
と。
ですが、家に帰って録画を見直してみると、なかなか面白かった。
村と街、地方と都会の隔絶感や、
村に残る因習のようなもの……民俗学的な匂いを上手く持ちこんでいて、
オイサンの好みのセンサーをピシピシと刺激してくれました。

オイサンが好むにしては、お話を包むトーンにちょっと緊迫感・閉塞感があり過ぎる感じではありますが、
合間に挟まるほのエロスや可愛らしい描写がそれをなんとか薄めてくれる感じで、
緊迫や残酷以上に、隔絶や閉塞のズレに垣間見えるかなしみのようなものが際立っていて、
やはりそこに目を引かれます。

如何せん、話のキモに居座っている神様……「案山子」のデザインが、
色々狙い澄ました感じで好きじゃないので、そこは残念。
もう少し不気味でも良かったなあ。

あと、良いのは主題歌!
石川智晶さんの声が……オイサンは好きなんだねえ。多分。
『あんなに一緒だったのに』とかね。素晴らしかった。
歌唱力も、今時のアニメ系歌手の中ではかなりありますしね。
寄り添うお話に、お話が持つ以上のドラマを与えてくれるチカラを持った歌い手さんだと思います。
音楽系には、『L/R』の野崎圭一さん、西田マサラさんのコンビということで
オイサン的にはツボです。

▼神様ドォルズOP『不完全燃焼』


▼L/R OP


最初はちょっと、語り過ぎる歌詞がどうかなあと思っていましたが、
聞いていると段々クセになってくる不思議な魅力がありますね。
そんなお歌のちからも借りて……
全体的なトーンとしてはちょっとオイサンの好みから外れているにもかかわらず、
今のところ結構楽しんで見られています。
引き続き見ていく予定。


 ▼『うさぎドロップ』

  公式サイト : http://www.usagi-drop.tv/

漫画原作。
ひじょーにノイタミナらしい原作選びというか。
この調子でノイタミナさんには、さっさと『きのう何食べた?』をアニメ化してもらいたいもんですが。

絵から、音楽から、音楽の当て方から、話のトーンから、
もう何から何までオイサンの好みでして、見始めるとなかなか目を離す隙がありません。
ヒロイン・りんちゃんのかわいさもさながら、
主人公ダイキチのペーソスも、その二人の間に流れる、危いながらも(主にりんちゃんのもたらす)穏やかな空気も、
……ちょっと、ほんのちょっと語り過ぎるところがあるのがすごくもったいないですが、
マ良いところかなと。
個人的にはもっと言葉がなくて、無音の時間がたくさんあっても良いと思います。

まだまだ、何故かこの二人には変に優しところのある現実さんですが、
マあんまりリアルな疲労ばかりを描いてもホントに見せたいものが
湿気の向こうに霞んでしまいそうなので……
このくらいで良いのかなあ。

もうちょっとだけ重たくても良いのかもしれません。
でも多分、これから色々、のしかかってくるのでしょう。
1話目が結構のっしり風味だった分、2話目はワリとハピネスの気配多めで。
そうやってバランスを取っているのかもしれませんね。

そんなわけで、文句なく引き続き視聴の予定。
……なのですが。
如何せん。
唯一、そしてオイサンにとってとてもとても視聴テンションを左右する主題歌OP……
もったいなや、画・うたともにオイサン好みではない。
ちょっとこう、原作の購入層に寄り過ぎたんじゃないのかなと、そんな気がします。
特にサビの、

  ♪女の子って強いね でも時々弱いね♪

という一節が、しょうもないことなんですが、男としては聴いてて非常にイラッと来る。
その「女の子に酔っている」感じが。
男だってそーだわい、と思わずにはおられんワケで、
もっとダイキチのことも大事にしてあげて、と思ってしまうオイサンでした。



 ▼『異国迷路のクロワーゼ』

  公式サイト : http://ikokumeiro.com/

番宣が一番面白そうだった一本。
今期、ダントツでイチオシの一本。
……だった、作品。『アイマス』が始まるまでは。

  マ『アイマス』については、次回アホみたいにOPだけ褒めるので
  チョイ待って下さい(ネタバレ)。

で『クロワーゼ』なんですけど、コレ、面白いです。
すごく。
上で『アイマス』を褒める! と書きましたけど、それはもうオイサンのアホ回路のせいでして、
今のところ、2話までだったら全然『クロワーゼ』の方が、映像物語作品としての出来栄えは上です。
物語の縦糸の引き方は、今期の中では群を抜いている。

……群を抜いて「オイサン好みの」、色と、太さと、ひき方で、
線を引いているというだけですけどね。
しかしその、日常系の様なさりげない風景の中に、
こまごまと、しかし確実に連なる物語の種と蔓を引いているそのやり口の鮮やかさは
なかなか見られないもんだと、オイサン思ってみてますよ。
すごくさりげない。
けど、ちゃんとあと後の展開を感付かせてくれる。

売られてしまった、ヒロイン・湯音の母の形見の着物。
グランマガザンと、それを牛耳る大資本家の存在と、着物の関係。
そのグランマガザンの進出の影で危急に貧するギャルリと、そこに生きる職人たちの思い。
で、そこに湯音自身の存在。

そんな、まだまだ点にしか見えないはずのお話の断片が、
ぱらぱらぱらぱらと、万華鏡か星座の様に繋がっていくさまが見えるわけです。
もうね、今から後半に超期待ですよ。
すごいまとまり方をするのが目に見えていて、すっごい楽しみです。
これからまだまだ登場するはずのたくさんの枝葉がどんな色に染まっていくのか。
それを期待させるだけでももう……大したもんだと思います。

……と、お話の構造の話ばかり褒めましたが。
その背景のしっかりしてる(ぽいこと)も、凄く真面目に丁寧に作られている感があって、好感。
あらすじをご説明しますと、
19世紀のフランスに日本のょぅじょが輸出されて土下座するお話なのですが(オイ)。

  ……ちなみに、『ストライクウィッチーズ』は
  世界各国の美幼女~美年増が、スク水・おぱんつ様の衣類だけを身につけて、
  ケモノの耳としっぽをはやしてむき身で空を飛ぶお話です。
  つっこみは……はいりませんね。

その……日常の背景の描き方に、えらく説得力がおありになる。
例えばその、朝食のパンを調達に行く風景なんかが、
ああ、この頃のこの町では、こうやって朝メシ調達してたんだ、と、
何だか変に納得してしまいました。

  まオイサンは別段当時のフランスの風俗に詳しいワケでも何でもないので、
  イヤ住んでたことはあるんですけどねマドモワゼール(なんで嘘つくんだ)、
  自信満々に、しっかりした画で描かれて騙されてるだけかもしれませんけども。

画の持つ力もなかなかすごくって、そうして買ってきた焼き立てのパンを、
帰り道々ちぎって食べるシーンでは、そのむしった口からもふぁっと湯気の上がる様が、
パンの焼き立ての香ばしい香りを広がらせて、
ああすげえ美味しそうだと悶々としてしまいました。

あと、昼の市場でヒロイン湯音が、雇い主のクロードと買い物に出かけるシーンがあるのですが、
そこで湯音が「玉ねぎ」を知らないで驚く場面がありました。
オイサンは玉ねぎなんて大昔っから日本で食べられていた物だとばかり思っていたのでそのシーンに驚き、
天下のWikipediaさんに事実関係を確認したところ、
観葉として輸入されたのが1800年代はじめ、
食用として用いられ始めたのが1880年頃から、ということだったので、
19世紀末、という時代設定では、確かに湯音が知らなくても不思議はないなあ、
じぶん、何も知らんなあということを、まざまざと突きつけられる結果となりました。


……とまあ、当たり前っちゃ当たり前ですが、
そうした「暮らしのリアリティ」を、キチンと取材し、作り上げているんだなあといたく感心した次第です。
あ、もちろんヒロインの湯音もかわいいです。
2話目はちょっと萌え萌えさせ過ぎかと思いましたが……
今時はあのくらいじゃないと食いついてもらえないのかもですな。

まあそんなことで、
長期的な道筋の立て方のうまいこと、
短期的なスポット部分での、細部を大切に描くこと、
その二つを一生懸命やっている、とてもとても良いアニメだと、オイサンは思います。

そのせいもあって、今から湯音が日本に帰るときのことを想像して
ちょっと泣きそうになってしまったりもいたしますよ。
このオッサンはなんというか、その辺ビョーキですからね。



で、これでもまだまだ半分に満たないのですが……
……もうだめだ。
眠い。
時間ねえ。
というわけで、ちょっと切りますここまで。
こっから先、どかんどかんと長い目のが続く感じなので、また次回ということで。
ちょっと魔が開いてしまうかもしれませんが……出来るだけ早くお届けしたいと思います。



イヤ、ほんと。
こうして頻度が落ちてしまっても、頻繁に見に来て下さってる皆さんは、
ホントありがとうございます。

出来るだけお待たせしないようにがんばりますんで、
引き続きどうぞよろしくです。



オイサンでした。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月11日 (月)

■日々の栞 -更新第688回-

いやあもう……。
あまりに更新されていないので、自分のblogを見るのもちょっと怖い感じのオイサンです。

7月スタートのアニメもそこそこ出揃ってきてますけど、
今それを書いてしまうとホンマにアニメのことしか書かないページになってしまうので
ちょっと置いておきます。

……それも、間違っちゃいないんですけどね。
ただどうも、最近その傾向が顕著すぎるので。
あと、まだ肝心なヤツを見られていないっていう事情もコミで。
今期、そんなにインパクトがあるってわけでもないのでね。

マぼちぼちと参りますよ。


R0042860


何かと書こうと思ったり、実際ぱかぱかと打ってみたりはしているんですが、
なかなかまとめあげるにいたらないというか……
勢いで一気に、書き上げて載っけるまでいく時間が日々にないので、
途中で手が止まると
「……果たしてこれは載せるほど意味のある話なのか?」
みたいな気持が邪魔をします。

ここは自分の思ったことの日記のようなものなので、
意味とか考えても仕方がないのですけどね。
その辺、『アマガミ』以降はちょっとおかしくなってるかも知れませんな。

といっても、ここを見て下さってる方の大半は『アマガミ』以降の方々なので、
なんかこう、そういう「人に見てもらうモード」で書かれている記事の方が
フツーに見えているのかもしれませんけども。

マそんなことなので、ちょっと落ち着くまでは、
読み物的にはそれはどうよ、みたいなお話が続いてしまうかもしれませんが。
堪忍されたし。


つかコレ、7月入ってから初めての更新か!
ぬはー。あかんなー。


こうして、ちょいと波に乗れないなあ、なんて軽い気持ちで油断していると、
またあっという間に何も書けない病にかかってしまったりするので。
隙間を見つけて、キチンと手を動かしていきたいと思います。



なのですみません、
もうちょいとだけお時間を下さいましな。



ガンバレ俺。
ガンバレガンバレ俺。


 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »