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2011年7月28日 (木)

■空飛ぶconversation -更新第691回-

ジョギング中にシャボン玉にからまれたりします。
オイサンです。
日記日記。雑記雑記。


  まオイサンの書くことなんざ、日記・雑記以外に分類されるハナシなんか
  そうそう無いわけですけど。


今、自分はどんなゲームをやりたいんかなー、とか、
考えてしまうことがあります。

やりたいんですよねぇ、ゲーム。
でも、やって気持ちのいいゲームが、何なのかわからない。
やるんですけどね、『ドリクラ』とかね。
やるんですけど、もっとリアルタイム性の強いものがいいなあとか。
色々、過去に買ってきて積んだゲームとか取り崩してみたりするんですけど、
なかなか思ったような感触が得られない。
Wiiの『罪と罰』とか。
ちょっと『ゼノブレイド』に手をつけてみたけど、こっちはなかなか良いです。

ほどよく頭を使って、ほどよくユビ先も使って、
そこそこストーリーもあって感情を盛り上げてくれて、
20分ないくらいで1プレイが一区切りする……



……ようなの。



オイサンのそこそこ長いゲーム人生の中でも、
そんなん『NOeL』くらいしか思い当たらないんだけど。
XBOXの『ギャラクシーエンジェル』も近いものがあった。
あのSLGバトルパートはすごく良かった。
ちょっと単調で冗長だったから、もう少し戦闘空域の広さと、
紋章機の移動速度のバランスをとって欲しかったけど。

  「ある機体に対して、ある地点まで移動するように指示を出し、
   その移動時間を使って次の機体に指示を出す」
  みたいなとり回しがちょうど良いテンポでハイ次ハイ次ってやれるようなチューニングが
  丁寧にされていれば、アレは神ゲーになっていたと思います。


▼NOeL 1


▼NOeL 2


▼NOeL 3

『NOeL』は未来の高校生のお話ですけど、今こうして見ると、
既に「昔の女子高生」に見えますね代歩さんは。



■XBOX ギャラクシーエンジェル 戦闘パート



アホみたいにストーリーが分岐して、
シナリオパートの充実した格ゲーとかあってくれると嬉しいんだけどなぁ。
なんというかこの……シームレス格ゲー、シームレスARPGみたいなのがあってくれると嬉しい。

会話がアクションパズルみたいになってる恋愛シミュレーション、
……みたいなのをイメージしてるんだけど、多分誰にも伝わらない。
『バーチャロン』の戦闘そのものが会話、みたいなことなんだけど。
移動の速度や方向、攻撃の仕方で、
会話の流れと傾向、感情を表現するみたいなことなんですよわかりませんねすみません。
ンっだよ分かンねえのかよこのトンチキどもが頭古ィな!!( ← 身勝手)
助けてProf.ワタリ!!

▼オラタン

『オラタン』はピュアだなあ。『マーズ』や『フォース』は余計な色気を出し過ぎだ。


ソーシャルゲームなんかは、ただ手軽なだけのものはやる気全然ないんですけど。
可能性があるとすれば、
外にいるときは手軽に設定パートだけやれて、
家に帰ったら外で作ったその設定を使って本編をみっちりやる、
みたいなパートワケが出来るんなら、多分やる。
これもイメージつきにくいだろうか。
『スパロボα』の、小隊編成だけオシゴト帰りに電車の中で携帯でやって、
家帰ったらその設定使って据え置きで本編のシミュレーションをやる、みたいなことよ。
ダンジョンゲーのキャラメイクだけとかね。
簡単なコマンドだけ投げといたら、家に帰ったらその結果が返ってきてるとか、
そういう要素があっても面白いですけどね。

  ……Twitterがいいのは、携帯でパカパカやれて、
  家帰ってからもPCでまるまるその続きがやれるのが嬉しいんだけども。
  マこれはまるまるおんなじものをやるわけですけどね。

そういう意味では、アニメもお気に入りで見ていることだし、
『アイマス2』をやってみるのは良いかも知れないなあ。
PS3版が発表になったばかりでアレだけど。



■続編を希求するゲーム



続編がやりてえ、というのは、結局のところ「好きなゲーム」なのですが、
中には
「好きだからこそワンオフでいて欲しいもの」や、
「続編が出ることが決まりきってるので特に自分からの希望はない」
なんてモノもあるわけで。
後者は案外、なけりゃないで「あ、ないんだ」で済んだりも致します。
続編への期待はキホン
「あのシステム・世界+αでもう一度遊びたい!」
と思うモノですかね。
同じ手触りの延長で、新しい展開を見せてもらいたいと思うものです。
オイサンの場合は

 『NOeL』
 『ジェットセットラジオ』
 『アインハンダー』
 『スカイガンナー』
 『悠久』『エタメロ』
 『アースライト』
 『桃天使』

……あたりが。
以前に好きなゲーム10傑で書いたのとあんま変わりませんね。


  ▼26年目の「ゲームで吐血」 -更新第401回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/26-401--7d02.html


テレビゲームってのは結局のところ手触りで、
どういうことすればどのくらいの手応えがある、というのが掴めてくるので、
それと同じ感触で、違った刺激を受けたい、ということがありますな。

  それは多分「感情的な揺さぶられ方が自分の生理の心地よさにあってる」
  というようなことも含めて。
  「アこの作り手分かってるな、俺にやさしいな」
  と思わせてくれる出会いというのは、なかなかに稀有ですからね。

要するに、あんまりゼロから新しすぎるものを提示されても、
このくらいのトシんなるとめんどくさかったりするわけで、
自分がそこそこのゲタを履いた状態から、新しい世界に浸りたいという
非常にジジイ的・ナマケモノ的発想なワケですね。
イエイ、若さがないな。
イエイじゃねえわ。



■コントローラ



最近になって思うんですけど……Wiiのゲームって、
ちょっと手応えがスカスカしてますよね。
やり応えがないとかそういうことではなくて、ユビ先に感じる重みというかね。
多分、リモコンとかヌンチャクの、物理的な軽さとかが影響しているんだと思います。

  ゲームの中では「ぶぉん」と振ったつもりでも、
  実際はヒュンッと触れてしまうので、その辺のギャップに苦し
  もーちょいだけ、二の腕に負荷がかかる方が良いように思いますが
  その辺は性差・個人差・年齢差なんだろうなー。

ワキが締まらないというか。
それであんまりやる気起こらないのかしら。結構致命的。
クラコンプロでも買ってくればやる気になるかな。
そういう意味でもファミリー向けだなあ。

ちょっとゲームキューブのコントローラを握りなおしてみたんですけど、
やっぱあれはいいですね。
すごくいいと思います。
しっくり来る。
カラーリングはやっぱりちょっとアレですけど、
Aを押したままBやYがすごく押し易かったりして、すごくいい。

Zキーの存在を忘れがちなこと(そして押し辛い)、
L/Rトリガのストロークが深すぎて、押しっぱなしにしてると掌(親指のつけ根の筋肉)が
ツリそうになること、
Cスティックが煩雑なこと、
そういう欠陥もありますが。
L/Rのしんどささえ除けば、致命傷ではないんだよなー。

  オイサンはあまり押し分けをしないボタン……
  たとえばSTGとかの通常ショット・RAPIDなんかをRに配置して中指で押しッパにし、
  武器選択・自機速度変更あたりを細やかに押し分けのし易い
  メインキー(ABXY・○×△□)に配置したりするので、
  L/Rのストロークが深すぎるとしんどかったりします。
  レースゲームのアクセルなんかも、コンフィグ出来るならL/Rに置いたりしますね。

あのコントローラをもっと握っていたかったと思います。
『マリオサンシャイン』はすごくいいゲームだった。
楽しかった。
あ、あと個人的には、アナログスティックの反発はロクヨンの強さが一番好きです。
一番微細にコントロールできる。
女性や子供には、ちょっと重いかもしれないけど。
あれでやる『F-ZEROX』の緊張感は、ちょっと他では得られないシビアさがあるわけです。
コントローラ大事。
ちょう大事。

デジカメのシャッター半押し調整サービスがあるみたいに、
ゲームコントローラのアナログ入力微調整サービスとかあればいいのに。
感度の調整はソフトで出来るから、反発力の調整を。



■普通の話



サテ、ゲームの話はこんくらいにして。

唐突ですけど
あるとき、Xaという不便な現象が起こったとしましょう。

それと類似するXbという現象があって、
XaもXbも、ゆるぎないヨノナカの仕組Xを前提・原因としているときに、
Bさんは、Xaに直面したとき、
XbとXのことを知っていて、かつ関連性を知っていても、
さらに深く突っ込んでは考えないのでXaに対して
「なんでこんな不便が、予告も無く生じるのか」と腹をたてます。

反対にAさんは、過去に経験したXbとXの関連を知っていて、
かつXaとXbが類似する現象であり、どちらもXに起因することを知っていますから、
Xaが発生することを予期してそれが起こることを当然として捉えます。

デこのときに、
Aさんは、文句言ってるBさんを見て
「なんで、XaとXのことを知ってるのに、Xbが起こらないなんて思うのか」
と文句をいい、
Bさんは、へーぜんとしているAさんを見て
「なんで、こんなこんな不便が起こるのか、それを当たり前だとして受け入れるのか」
と文句をいいます。



コレ、どっちが普通で、どっちが正しいんでしょう。



オイサン、どっちも普通でどっちも当たり前だと思うんですよ。
世間一般的に、相対的に考えれば
「AさんはBさんよりもおりこーさん」
ということになると思いますが、オイサンはどっちも分かるし、
どっちも分かった方がいいなあと思ってます。

どっちもいい。
どっちの態度も「正しい」と思う。

そんなオイサンは、Aさんがやってきて「Bさんて鈍いよね」と言われたら、
あーちょっと考え足んないかもですねーと言いますし、
Bさんが「なんでこんな不親切で不便なの」って言ってきたら
そーですよね面倒くさいっすよね腹立ちますねーって言います。

……なンで、もしかしたらそのどっちもを見てる人は
玉虫色だと言って腹を立てるかも知れませんが、
別に、両方の派閥に属しているわけでは無くて、
第三勢力のどっちも派一党に属しているだけだと思っていただけるとありがたい。
だってそーなんだもん。
どっちの気持ちも本当だよ。
自分の思いの及ぶ範囲に思いをめぐらせることは当たり前だと思うし、
それをして来るべき自体に備えることはやっとけばいいと思うけど、
気分的にメンドクサイことはやめときゃいいと思うし、
わからないことはわかりようがないし、
不便に文句を言うことは、人間の身勝手とは言え当たり前のことだと思うし。

分かっててサボった結果に対して起こるナニゴトかについて、
諦めて受け入れる態度は欠かせないと思いますけどね。
そこに文句言う人は困った人だなあと思いますが、
「分からないこと」に対しては文句言ってもしょーがないよねと思います。
「分からないこと」に対して文句を言った人に、
ワカル側の人がそれはあなたの考えが足らないんでしょと言い放つことは、
マ程度と状況にはよりますけど、別にそこまで色々考えながら生きることを
人にまで求めなくても良いんじゃないのと思うのでした。

「考え」というのは、論理的に煎じ詰めればなんでも繋がるというわけではなくて、
例えば上の例だと、たとえXの存在を知っていても、
いくら考えても、XとXaが繋がらない人だっておられましょう。
その辺は想像力という言葉で片付けられるかもしれないし、
想像力の力の及ばない、謎の巨大な壁を心に持っている人というのもおられましょう。
経験だとか、カンだとか。

  昔『ナディア』で、ネモ船長がジャン君に、
  「科学者に一番大事なこと、それはカンだ!」
  って言ってましたけど、マうそではないですやね。
  言語化できない経験の集合体としてのカンだと思いますけど。

あるいは、生まれ育った環境がそうさせることもありましょう。
そこには断絶……なんといか、「持てる者」と「持たざる者」の隔たりがあって、
普遍ではないと思ってます。
求めてもどうにもならない方もおられる。
そしてそういう方が、「出来ない・使えない」と評される風潮は、
まあしょうがないと思いつつも、あんま好きじゃない。
しゃあねえじゃん、って思ってあげられればいいのですけどね。
マどっちもそれぞれに都合を抱えて生きている以上、お互いが、ああもう!
って思うことは避けられませんや。

マ何かを出来るということは今の世の中の仕組みの上ではオカネをうむ大事な要素なので、
そしてオカネを生む生まないというのは、
唯一の客観的な指標という「ことになっています」ので、
それが出来ない人が世の中的に残念な扱いをうけてしまうのは、
なんかもう、
仕方がないですね。
絶対普遍じゃないですけど、今は根本的にそういう土台の世の中なんで、
非常に残酷だとは思いますが。

  それにその、考えて生み出すチカラというのが、
  現在のところ人間が他の動物に比して特徴的なところであって、
  つまりは「俺たちは他の動物とは違うんだ」と唯一主張しうる美点・美徳ですんで、
  そこを「イヤ別にいいじゃん」と否定してしまうと
  生き物としての有意性を放棄してしまうことになるので、
  それを恐れてか、無意識なのか、
  「考えることの美徳」をスポイルすることをやたらに嫌う人もおられますね。
  それもすごく分かるのですが。

また、Xの先にX2という存在があって、
X2を加味して考えるとXからXaの関連付けが切られる、という可能性もあります。
デ実際にX2というものが存在する・しないに関わらず、
仮想X2というか、XとXaが繋がらない可能性について想像が及んでしまって、
「今この時点でXとXaを結びつけて何かに備えても無駄かもしれない」
という考え方も、またあるわけです。

XとXbが繋がるからといって、XとXaが繋がることを「なんとなく」拒否する想像力、
それはまた、非論理的な「カン」の働きなワケですが。

そういう心の働きに関しては、Aタイプ(血液型じゃなくてね)の人から見れば
「そんなことまで考えるのは意味がない、ズルイ、無駄だ」
と言うと思いますが、オイサンはまたそうとも思わず
(ただしそういうA型の人の考え方も、やはりすごく理解しますけど)、
そういう「漠然とした不安」は、それはそれなりに腑に落ちるところであります。

  ちなみにこの「腑に落ちる」という言い方はオイサンすごく好きで、
  これは「論理的に納得がいく」ということだけではなくて、
  「なんとなく気分的にすごくワカる、根拠は無いけど」という、
  ストンという落っこち方も許容してくれるのでとてもやさしいです。

見えない何かに脅えて考えを停めてしまう、というのも、とてもアリだと思うし、
それが役に立つこともあるでしょ。
オカルトかもですが。
ただまあ、A型の人とB型の人は、同じ部屋にいるとものっすごい精神衛生上
悪いでしょうけどね。
オイサンも、どちらか一方となら一緒にいてもいいですし、
それぞれの個室に行ったり来たりはしますけど、
二人が同居するところには一緒にいたくありません。
めんどくさいもの。

  地面が二つに割れてどっちかにつくしかなくなるからどっちかにつけ!
  と迫られたら、他の条件で選びます。
  どっちがよりお金持ってるかとか、どっちの居場所がより涼しいかとか。
  そのくらい、思想的にはどっちもいい。
  どっち「でも」いい、じゃなくて、どっち「も」いい。

賢明であることがエライとは、あまり思わないので……
「バランス良く」「面白い」ほうが……いいなあと、思うワケですよ。

マこれは、どっちかというとニブくて怠け者な、
どちらかといえばB型、「持たざる者」に属するオイサンの、甘えも多分に含んでおるわけですけども。
うーん。



そしてまた、ロクな結論も出さずに唐突に終わるのでした。
続きがまた何かあるかも。


オイサンでした。


 

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