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2011年7月24日 (日)

■今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・弐 虚影の章 -更新第690回-

あー、オイサンですけどもう前置きなしで行きますよ。
一応この記事は、この↓一連の記事の一部なので、
ワケがわからなかったら他も見てみて下さい。


 ▼今、アイに行きマス2!~2011年7月期アニメ感想・壱 偶像の章 -更新第690回-
  ○壱 偶像の章~『アイドルマスター』という福音
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--0da.html
  ■弐 虚影の章~『ゆるゆり』という幻惑             ←今ココ!!
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--1c3.html
  ▽参 篇吟の章~『輪るピングドラム』という時流
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--11c.html
  ★肆 愚痴の章~ラノベ原作系全般・シメのごあいさつ
   http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/220117-690--ce1.html


多分大丈夫だと思うけど。

 
 
■『ゆるゆり』



オイサン的・今期最大の問題作。
まあ今期は、この下にワンサと「問題にもならない作」が軒を連ねてるのですけど。
それについては後述。

でこの『ゆるゆり』、何が問題かと申しますと
「何かが起こるはずに見えるのに何も起こらない」
という、意図的な肩すかしのようなことを、延々とされるわけです。
そしてそれはたぶん、お互いの刺激の閾値の違いによって起こっていて、
非はどちらにもない。
そんなことなのです。

オイサンから見ると、この『ゆるゆり』という作品はギャグ作品、
つまりスタンスとしては『日常』や
ハイブリッドだとしても『そふてに』に近いはずのものであって、
決して日常系そのものではないのです。

それをどうオイサンが判断するかというと、
話の持って行き方であるとか、キャラクターの配置であるとか、
そういうものが、過去のライブラリと照らし合わせた結果傾向的にそうである、
と同時に、それを期待させる流れを番組が自ら作っていると感じ取ることができる
(つまりそうであることを受け手に期待させている)から、
としか言いようがないのですけれども。

何かが起こることを前提に組み立てられているフォーマットの上にあるわけです。

けれどもその何も起こらなさっぷりときたら日常系のようで、
且つ、日常系のように、水底にあるものを掬い取ろうという作業は必要としない
(たとえさらってみても何もとれない)ため、
受け手のオイサンは
「あれ? 30分アニメを見たはずだけど何にもなかったぞ?」
という……ポルナレフ的なアレの状態に陥ってしまうのです。

         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ   アッカリーン
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ 
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \ 
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ 
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ 



  ……簡単に言ってしまえば、作品の見た目の問題です。
  ちょんまげを結って着物着て、草履を履いたアンコ型の大男が歩いていたら
  おすもーさんだと思うでしょう。
  でもその人はおすもーさんでもなんでもなくて、
  趣味が読書と音楽鑑賞の専門商社の事務員だった、みたいなことです。

その現象の正体が、果たして何なのか。

……実際のところ、お話の上では何も起こっていないわけではなくて、
何事か起こってはいる(そしてその出来事は日常系ではない)のですが、
その出来事というのがまた、
完全に過去の作品群の中で連綿と描かれ続けてきたフォーマットの一部の、
しかもすごく目立つところにある最大公約数のような要素を引っこ抜いて並べたものなので、
ある意味それはベースであって、この作品に固有のフックではない……ように、
オイサンには思えるのです。

要するに、作品としてあって当然のありきたりな土台しか見あたらず、
本来その上に盛られるはずの作品としての起伏がない。
 
が。

恐らく送出の仕手はそれをそうとは思っておらず、
「出来事を送り出しました」
というスタンスでいるので、
「送り手が送ったはずのものが、受け手(であるオイサン)には何も届かない」
という事態が起こっておるのだと思います。

  ついでに言うと、その起伏には固有のアンジュレーションも見あたらない。
  この作品がこの作品として描こうとする固有の要素が見あたらない。
  「あらゆる物語は既に過去に語られていて現存するものはその模倣の~」
  という論はありますがそれはこの際適当ではなくて、
  そんな、全く見たことのない斬新なことをやれとはいいませんけれども、
  個々の起伏は過去の地形に似ていてもいいと思いますが、
  その配置の位置や、傾斜や、置かれるリズム、繰り返しのパターンにさえ、
  独特の息吹を感じ取れない。
  描き手のクセさえ見えてこない。
  なんつうかこの……+αすら見あたらないわけです。
  それは『ドラクエ』のような、FC時代のRPGのフィールドマップよろしく、
  出来合いのブロックを貼り付けて作られただけの地形で、
  ちょっと視点を引いてみると、ワリと小規模な範囲で(3×3とか5×5とか)、
  過去にどこかのゲームで見たような地形がそのまま使われている。
  そんな感じです。

そのことに気付けたのは、Twitterのあるフォロワーさんのお言葉があったからです。
その御仁にはこの『ゆるゆり』は日常系に見えていたのだそうで、
幾つかの物語の、ご当人が感じたフックのポイントを教えて下さいました。
百合臭であるとか、そういった要素を。

しかしオイサンには、百合を視聴のモチベーションに出来るほどのフックとして
感知するセンサーが備わっていないらしく、
また感知できたとしても、その辺はあくまでも
「これからネタを始めるためのベース」であって、
それらを独立したフックとして喜ぶことは、難しいんじゃないかなーと思います。
それはどっちが合ってる・間違ってるという話ではなくて、
これまでに受けてきた刺激の強さや種類によって、
センサーがどんな刺激に反応できるか、という違いでしかない。
つまりは、オイサンのセンサーが、時代の刺激に合致していないという
由々しき問題に直面した、と言って良い。

オイサンにとっての『ゆるゆり』は、
モノにたとえるなら、食べ終わる直前のそうめんツユです。
水でうっすーーーーーーー……くなって、
水と、にじみ出たそうめんの味の向こうにちょっとだけツユの味が残る。
そんな刺激。
味がうんぬんという代物ではないわけです。
ダメとか、面白くないとか、そういうことを言いたいわけじゃありません。
ワカランのです。

そしてこの原作が商品として成立していて、
あまつさえそれをアニメ化しようと目を付けた人がいるということは、
これは世間的にはそれなりの価値を見出され、認められているということで、
その人たちの目線とセンサーにオイサンが追いついていない。
それでも見続けてしまうのは、
上で書いたような認識と疑問が自分の中で成立しているから面白いということと、
水の底に残ったそのそうめんツユの味を、ただの水ではなく認識してしまうからです。
ゼロではない。

ただやっぱり、繰り返しになりますけど、
オイサンの主観的な感覚からだけでものをいうと、そこには何もない空間がやはり広がっている。
……なんていうかなあ。
『そふてに』からテニス取ったって、もうちょっとなんか残る感じがある。
そのくらい。
『かなめも』に近いんだねえ。

なかなかこう……厄介なフェイズに入ってきてしまったなあと、
改めて思うオイサンなのでした。


ああ、あと、一つだけ言っておく。


皆さん、お気付きだろうか。
このアニメの主題歌『ゆりゆらららゆるゆり大事件』、
嬉しそうに

  ♪だっいっじけーんー♪

って歌ってるけど、
歌の中でも本編でも、大事件なんか現時点でいっこも起こってないし、
今後起こそうという気配も一切感じられないからな。
一体あの歌の何がどう大事件なのか、誰か説明してくれ。
何故あの歌の歌詞とタイトルに、あのリズムで「大事件」という言葉が盛り込まれているのか、
どういうつもりで作詞家はその言葉を入れたのか、
オイサンにはその……本当にもう、不思議でたまらないんだ。
イヤだとかダメだとか間違ってるとかいうんじゃない、
どうやったらあそこにあの言葉がはめ込めるのか、
その動機をすごく知りたい。

本当にもう、わけがわからないよ!!
はいほんじゃ次。


 

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