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2011年7月31日 (日)

■虫と盆、油断と影 -更新第692回-


 実家の父と電話で話していたら目覚ましが鳴った。明晰夢、というやつだ。
 今朝は、予定よりも十五分といういかにも中途半端な早さで目が覚めてし
まい、気の弛んだ拍子に落ちた二度目の眠りの谷間で見た夢だった。

 父はこの十月で六十五になる。早期退職で周りより少しだけ早くリタイア
し、今はその四十年の蓄えを切り崩しつつ、古都の田舎で新聞の代金集めを
して、わずかな稼ぎを得ながら暮らしている。月末の今頃はその繁忙期で、
坂だらけの郷里の町を原付で飛び回っているだろう。

 明晰夢……夢と自覚のある夢を見ることは、眠りの浅い私にとってそう珍
しいことではないので驚きはしなかったが、その中で、老境を跨ごうとする
父と話をするという状況の方が気にかかった。目覚ましの鳴った瞬間意識は
現実へ引き戻されて、早く電話を終え、仕事に出掛けなければと慌てた。夢
の中の長電話で遅刻などした日にはまた職場でおかしな噂をたてられかねな
い。しかし夢と分かっていても、親との電話を無碍に打ち切るのが申し訳な
く、私は律儀に、丁寧に、いちいち夢の中の父親に向かって、じゃあそろそ
ろ出る支度をしないといけないから、そっちは暑いと思うけど体に気をつけ
て、と寝言に言い添えてから、手にしてもいない携帯電話の通話終了キーを
押し込んだのだった。寝言になると分かって口にする言葉はなんであれ照れ
くさい。

 あとには、妙な胸騒ぎだけが残った。

 虫の報せという言葉が重くよどんだ頭蓋骨の中を巡る。せっかく電話を打
ち切ったのに、支度も戸締まりもすっかり上の空になってしまった。
 梅雨が明けたとはいえ、まだ雨の多い季節だ。折しも昨日、関西は雨に見
舞われたらしい。濡れた路面。水しぶき。集金の繁忙期。坂の多い町並。原
付──いやな予感の材料は幾らもあった。

 父は、無茶と思われることでも「大丈夫、大丈夫」という無根拠な言の葉
をたよりに、傷口に唾をつけて終わりにしてしまうタイプの人間だった。父
自身の口から聞かされた、山陰の、お世辞にも裕福とは言えない大家族の末
弟として生まれ育った幼少期の話は腕白坊主そのもので、年を重ねさすがに
昔のままではないとはいっても、心身の節々に染み込んだその頃の性質が消
え去るようなことはないのだろう。知恵を付けても、根の根の部分は変わら
ない。

 家を出、電車に乗っても私の意識は普段の流れを取り戻すどころかおかし
な支流へと流れ込んで速度を上げた。ずっと以前から作っておくようにと、
──しかも当の父から──言われていた喪服もまだ作っていないとか、残さ
れる母をどうしようか、とか、縁起でもない、けれど具体的な心配事が押し
寄せてくる。そう、縁起でもない。縁起でもないが、それはいずれ必ず来る
時で、それが今日でも何の不思議もない。迷い込んだ流れは支流のようでい
て、普段目を背けているだけで実はそちらこそが本流であるのかも知れない。
報せがあっただけありがたいと思うべきだろう。ただ、今日でないに越した
こともない──。

 本流の水面から首だけ出すと、色々なものが見渡せた。

 母が基本的に世間知らずであることは、自分が社会に出てからようやく実
感をともなって気付いたことだが、父に万が一のことがあったとき、母は落
ち着いて連絡を回すことが出来るだろうか。平時ならどうともないようなこ
とだし、自身に降りかかることなら多少のことでは動じない母だが、父の一
大事にどう振る舞うかは甚だ怪しい気がした。そもそも自分の振る舞いにし
てからが怪しい。原因が事故だったとして、どこに連絡をすればよいのだろ
う? 父が一方的な被害者になるならまだしも、単車を操る身のこちらにも
非があった場合どうなってしまうのだろう? 職場に着いたらまずはネット
で調べてみようと、揺れる吊革を掴み損ねたりしながら考えていた。

 それともう一つ、父と母、平穏に時が運ぶのであれば先に世を去るのは恐
らく母だと、私は思っていたらしい。父には持病があったが、母にも発症し
てはいないだけで同じ病の気があった。そして母は父よりも不摂生だった。
何より、根っからの生命力……いざというときに強く生にしがみつくのは恐
らく父だろうと、私は心のどこかで量り、計算していたようだ。父が先に逝
き、母が残ったらどうしたら良いだろう? とうろたえてしまった自分が、
そこにいたのだった。畳に母だけが小さく座る、その光景は自分にとって想
定の大外にある風景だったのだ。
 しかし、とも立ち止まる。そこから辿っていった先には、また一つ戸惑う
べき風景があった。


      *     *     *


 結局、一日、鳴りもしないケータイにびくびくしながら過ごした。メール
が届けば過敏に反応し、携えずに席を立てば、戻ったときの履歴に怯えた。
朝思ったこともしっかりとネットで検索をかけ、先人たちの知恵をメモにも
取った。そんなことに動揺しながら、自分は何をやっているんだろうと思わ
ないではなかった。
 次に気付いたときには、もう列車に揺られていた。窓の向こう、ビル間か
らのぞいていたはずの朝日は寂しげに色を変えて背後から私を照らし、車両
の進む先も朝とは反対に向いていた。一日、果たして何をしたろうか。ろく
に思い出すことが出来なかった。今日の仕事の足跡を明日もう一度さらい直
す必要があるなあと、西日に焼かれる背中がため息を吐かせた。家からのメ
ールも電話もない、自分の抜け殻だけが残る一日として、その日は暮れた。

 生まれてから今日まで、父にとって自分が飛び抜けて良い娘だったとは贔
屓目にも思わない。殊更の悪童ではなかったけれど、今心にのしかかる、じ
っとりと汗ばむ程のわだかまりは、誰しも己に課す程度には私自身が親に対
して非とも呼べぬような非を認めている動かぬ証拠ではあった。誰かにとが
められるわけではない、自分にしか断じることの出来ない程度の罪。家を出
てからは折に触れて人並みの孝行を重ねてきたつもりではいるが、良きにつ
け悪しきにつけ、自分の父への関わりが、「人並み」というまほろばの閾値
にぴたりと重なるものだったと、不可思議な二度寝の明晰夢によって思い知
らされた。

 今年、父の日に何もしていない。

 そのほんの些細な油断が、あの明晰夢の重量を水増ししていることは分か
っていた。春先から急遽あてがわれた激務にかまけて、今年、私は父の日を
さぼった。毎年欠かさず何かをしていたわけでもない。遅れたり、母の日と
一緒くたにしたりで、丁寧にこなしてきたつもりもない。二十数年の中で澱
り積もらせてきた幾多の不孝に比べたら、それが取るに足らない重みしかも
たないことはいくらでも理屈で量れる。けれども、その新鮮な存在感は、も
しもあの夢に巣喰った虫の報せが本当だったとき、寝覚めの悪さを一生もの
へと格上げする。それは確信だった。

 些細な油断を、週末にさっさと解消してしまうことはたやすかった。進物
のリサーチは済ませ、目星だけは迅うの昔につけてある。しかしそんなこと
で、飄々と、のうのうと、父への思いの及ばなさを量った気になってしまう
こともまた、まっとうだとは思えなかった──無論、その背反する二律に気
付いたとて、及ばなさを「大事にとっておく」ことは不実でしかないことも
分かっていた。

 小賢しい。そんな言葉が、今の私にぴったり当てはまる。

 そんな風にして週末の予定は決まった。ただ、刹那によぎった「そうだ、
ついでに喪服も」という思いには今はそっと蓋をした。まるで来るその日を
迎えるための支度をすっかり整えてしまうような、ほとぼりも生々しいこの
機に乗じるだけの度胸は今の私には持てなかった。来週か、そのまた次か。
そうすれば幸いにも、盆が巡ってくる。漂う香の香に教えられた振りをして
出掛けようと決めた。

 明けて翌日の昼休み、皆が出払った仕事場のデスクで一人、急拵えの手弁
当を食べながら、では、母が先に逝ったとして、残った父はどうするだろう
と考えを巡らせた。幸い、父には貧しさに打ち勝つたくましさも、それを乗
り越える具体的な経済観念もあった。我が家の財布を握っていたのは徹頭徹
尾、父だった。今時珍しい、父は財布の紐を固く握って母に渡さなかった。
職を退いてもしたたかに懐を確かめ、すぐに次の職を見つけて働き始めた父
は、いずれ自分が世を去ることを理解しつつ、それまでの間何が必要かを知
る人間だった。母にそれはない。働いた経験もあったようだがそのたくまし
さは父には遠く及ばず、自身を支えていくことなどかなわないだろう。それ
を見抜いた父が手綱を渡さなかった格好だが、そのことが尚のこと、母を世
俗から遠ざけた。しかし、一人の孤独に圧倒的に強いのは母だった。田舎の
大家族に生まれ、人に囲まれて育った父は孤独に耐え難い。世俗を遠のいた
母はますます独りに強くなる。
 不意にオフィスの電話が鳴り、一瞬どきりとしたが、箸を置いたらすうと
した落ち着きが戻ってきた。いえ、あいにく今担当の者は食事に出ておりま
して……と、人のいないフロアを見渡して、通り一遍の受け答えでやり過ご
す。この時間に人間がいないことは承知のはずなのに、急ぎであることを印
象づけるための電話をわざわざ寄越すその手口は、白々しいのにこちらの落
ち着きをなくさせる程度には効果があるのが腹立たしい。

 受話器を置き、自前の塗り箸をふたたび手に取ると、自活は出来るが孤独
に弱い父と、自活は叶わないが孤独に強い母、面白いくらいちぐはぐに互い
の隙間を埋める夫婦の姿が、古いPCモニタの黄色い光の間にちらついた。
何となくもう一度見回してみたオフィスにはやはり私一人で、出費を抑える
ための手弁当の塗り箸を一人で咥えているこの時間が、実は存外愛おしい。

 黙ったままの携帯電話は、まさか自分に何か気を使っているのではないか
と勘ぐりたくなった。
                               (了)


 


ナンダコレ、とお思いの皆さんコンバンワ。
オイサンです。

えー、すみません(謝っちゃった)。

別に何てことはないのです。
先週の木曜日でしたか、
オイサン中途半端に早起きをしてしまいまして、二度寝をし、
その拍子に親父殿の出てくる夢を見ました。
デ実際に見ている途中で「アこれは夢だな」と気付いたのですが、
本当に上に書いたままでして、電話を切るに切れず、
バカ丁寧に寝言で(自分で寝言を言ってる自覚もあるんですよ)
「あー、あー、ゴメンもう切るから」
みたいなことを言って電話を切ったワケです。

そしてそのときにフッと
「……コレ、虫の知らせとかだったら嫌だな」と、
本当に考えてしまったのです。

  あるじゃないですか。
  最後に会いに来たとか。
  ちょっとやめてよー、と。

そのことをある程度面白おかしく書こうとしたらちょっとそれっぽくなってしまったので、
ならいっそのことそれっぽく仕上げてしまおうとしたのが上の、
なんというか、小説っぽいものです。
なのでその、みっともなくはあるワケですが、
主人公は女性に置き換えておりますけれども8割方が事実の、
マ私小説というか、そういうものです。
よくないですね。
はずかしい。

なんでしょうね。
実際、うちの親父殿にも何の障りもあるでなく。
母親のくだりとか、喪服のくだりとかも本当事実のまんまで。
もう少しキチンとした出来栄えになれば、こんなネタばらしを書く気もなかったのですが、
そもそもがまんま書こうとした話だったのであまり時間もかけられず。
一応きちんとオトしたしたつもりではおりますが、
マまた、何かの折にブラッシュアップして作りなおしたりはするかもしれませんが、
今はこんな感じです。
別に無理してこういうものを書こうとしたわけでもないのですけど、
書くうちにこうなって行ってしまった、という感じですので、
一つご容赦戴ければと思います。


  みんなも孝行はしとけよ(ドヤ顔  ← これでオチを付けたつもり ← うるさい


マそんな感じで一つ。
オイサンでした。


R0042800
え? そりゃうなぎくらい食べますよ(イキナリ何の話だおい)



 

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コメント

■ちひろさん
毎度お世話になっております。
 
そうですね、主人公が女性であることには大した意味はないですし、
ぶっちゃけ自分でもあんまり区別が付きません(オイ)。
 
また喪服の件、アドバイスありがとうございます。
作っておこうと思ってます。
人生何が起こるか分かったもんじゃないことは、
この数カ月で日本中が骨身にしみていることですものね。
 
それではまた、Twitterで、生身で、宜しくお願いします。

投稿: ikas2nd | 2011年8月 5日 (金) 05時38分

 どもです。
 最初しばらくはこれが小説なのか単なる日記の延長なのか区別がつきませんでした。
 (語り手がオイサンなのか別の誰かなのかの区別がつかなかった)
 そのくらいリアルな内容だと思いました。
 Twitterで日頃やり取りしているからこそ、ああこれはあのときつぶやいていた内容を
元にしたお話なんだなあと分かるのかもしれません。
 わかるからこそ逆に小説なのか小説風にした日記なのかの判断に困ったのかもしれません。
 JKPさんもおっしゃっていますが、私も一人称が出てくるまで主人公が
女性だと気づきませんでした。
 それはきっと、よく知りすぎているがゆえにつかなかった判断のせい
だろうと思います。
 そうだとしたら、Twitterも良し悪しなのかもしれませんね。

 父と母を一人の人間として改めて思い考える。
 失礼ながらそんな年齢になった、と言うことなんだと思います。
 私もオイサンプラスマイナスくらいの年齢から、じゃあこの先10年20年後に
どうなっているか、自分はどう振舞わないといけないかを考え始めました。
 それは母の病気の発覚と病状の悪化につれてどんどん現実的にかつ具体的に
なっていったわけなんですが、やっぱりどっか抜けるんですよね。
 作中で喪服の話に触れていますが、私は喪服を今の身体のサイズに直そう直そう
(作った当時は今プラス10kgくらいあった)と思っていて、結局直さず仕舞いに
なってしまいました。
 その時に備えるために直すのはどうなんだろう、と言う意識があったのは
確かです。
 でもあえて言いましょう。喪服は作っといたほうがいい。
 有り物でサイズが合わないくらいならいいけど、この年になって喪服がないのは
ご実家界隈では体裁が良くないでしょうから。
 なに言い訳はたちますよ。職場の結婚式に呼ばれたときに慌てないようにと言う。
 ま、多少おせっかいかも知れませんが、実際に必要になったときに「しまった」と思ったので
同じ轍を踏まないようにという老婆心ですゆえご容赦を。

 最後に日記をこういう体で書けると言うのはひとつの能力なんだろうなあと思います。
 ちょっとうらやましいです。
 長くなりましたが、この辺で。

投稿: ちひろ | 2011年8月 1日 (月) 14時04分

■JKPさん
いや、あの。
オイサンがいっちゃだめだけど、
 
 あ な た が こ れ で 満 足 し ち ゃ だ め だ ろ 。
 
次の機会……多分また10月頃なのでしょうが、それまでには大手を振ってお会い出来るように
頑張りたいとは思っていますが、
ひとまずこれは、ノーカンで!
 
それはそれで置いておいて、先日は本当にすみませんでした。
しかし、まあ、なんというか。
やっぱりその、あるべきものもなく、お会いするのはお互いのために良くないという、
オイサンのなけなしのプライドもありまして、
勝手なアレではありますが、見送らせて戴きました。
決して会いたくないわけではないので、誤解のなきよう、いて戴ければ幸いです。
パパさんとは愉しいお話が出来た様で(谷山浩子さんの話?の話はちょっと聞きました)何よりです。
 
チョイまた忙しいモードに入りそうな予感ではあるのですが、
精一杯ご期待に添えるようにやってきますので、
飽きずあきれず、そして見捨てずに、気長にお待ち頂ければ……
という言葉にずーっと甘えてきてますんでね。
マほどほどのところで……ゴニョゴニョゴニョ。
 
そうならないように努力しますよ!
ではまた、秋頃に。
 

投稿: ikas2nd | 2011年8月 1日 (月) 00時20分

お久しぶりです。JKPです。
久々の新作ですね!!
次回、お会いできるのを楽しみにしておりまする(ニヤリ)

8割私小説というだけあって、リアルですねぇ。
リアル過ぎて、主人公が女性だとはっきり書かれるまでまるで気付きませんでしたが(汗
ほんの些細な油断が水増しをする、この感覚は良く解ります。
私の両親もいい加減、無理の効かない年齢になってきました。
今の内に孝行するべきなんでしょうが……両親にとっての一番の孝行は諦めてもらうしかない様相を呈しておりますしなぁ。
世の中はなんて不条理に満ちているのでせうか!

投稿: JKP | 2011年8月 1日 (月) 00時10分

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