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2011年5月 4日 (水)

■地図には載らない劇場の。~『アマガミ・ちょっとおまけ劇場』感想1 -更新第666回-

Dr.ペッパーって、ハカセなんだろうか?
それともお医者さんなんだろうか?
Drと警部で、真のペッパー決定戦をやって欲しいオイサンです。



■『アマガミ』ちょっとおまけ劇場



心を入れ替えて( ← カートリッジ式)、がっつり積んであった
『アマガミ』のエクストラディスクであるテックジャイアンのおまけ、
『アマガミ・ちょっとおまけ劇場』、略して『ちょおま』に、少しずつ手をつけています。

昨年の12月から毎月リリースされてたんですが、ずっと積んでいたんですね。
今現在vol.5まで、
vol.1に梨穂子編、薫編、vol.2に中多さん編と高橋先生編、
vol.3に森島センパイ編と美也編、
vol.4に七咲編と塚原先輩編、
そして最新のvol.5には、絢辻さん編と、総集編みたいな隠しシナリオが収録されています。
絢辻さん編もリリースされましたのでね。
マやっとこうかなと。

オイサンは順番ちょっと変則で、
梨穂子編、薫編、中多さん編、高橋先生編、そして絢辻さん編と、計5編を終了。

  vol.3のディスクが見当たらん(汗
  おっかしいな、ドコ置いたっけ。
  というわけで、次は多分、七咲・響ちゃん編に行くと思います。

以下、全体的な感想と、各ヒロインのシナリオについての感想を
ちょいちょいとまとめていきたいと思います。

一応最初にオコトワリしておきますと、
同じようにリリースされていた『キミキス』の『ちょおま』を、
オイサンはやったことがございません。
『アマガミ』をやって、Twitterから『キミキス』プレイヤーの方々とお付き合いするようになって
そんな物があったことを初めて知ったくらいです。

  そもそもテックジャイアンがeb!の雑誌で、コンシューマタイトルである『キミキス』『アマガミ』を
  そんなに押していることも知りませんでしたからね。
  多分、Twitterをやってなかったら『アマガミ・ちょおま』のことも知らなかったし、
  ……知っても、手を出さなかったんじゃないかなー。
  多分。

マそんなオイサンの感想だ、ということを念頭においてお読み下さい。



■そ う ろ ん !



えーと。
良い方の感想からいくと、楽しんではいます。
主に、笑う・ほんわかする、そういう方面で。
なんと言うか、それは、この『ちょっとおまけ劇場』というものの特性を自分なりに咀嚼した上で、
「こういうところを、こういうレベルで期待して楽しめばいいのか」
と、楽しみ方を調整して。
……いわば、商品側の都合に合わせる形で楽しんでいるという、そんな感じ。

  カップラーメンを「これはこれでウマイ」と食べるのと似ていると思って下さい。
  実際カップラーメンは好きですし、あの味は美味しいと思うオイサンです。

デ、またややこしいことを言い始めますが、
じゃあ、その『ちょおま』から受け取った面白さは、
もとより期待していた、『アマガミ』というゲームに求めていた姿だったか? と問われれば、
そこには激しくクエスチョンマークがついてます。

オイサンが原典『アマガミ』に見出して感銘を受け、
その後も期待し続けた要素がこの『ちょおま』にあったか? と言われたら、
それはもう、ありませんでした。

  ですが、
  それはあくまでもオイサンの勝手な解釈や、過剰な期待に拠るところなので
  置いておこうと思います。
  ここから先のお話は、その「商品側の都合に合わせる形で」という解釈の上でなお
  ちょっと物足らないなあ、という部分についての感想ということになります。

 ▼説得力のある後日談

ここまでの5編終わらせた全体的な感想を述べるとするならば。
「コレは、公式がわざわざ後日談として語るような内容だろうか?」
という疑問。

オイサンは……また、ゼイタクを言うようですけれども、

「『ちょっとおまけ劇場』を作らなければならないから、わざわざ一生懸命考えた」

ような話は、別に読みたかありません
なくていい。
そんなことはこっちのアタマの中で勝手にやります。

オイサンの見せてもらいたい、後日談としての物語というのは、
「本編で描き切れずにいたコトがまだまだ山ほど溢れているから、
 それを届けるためにこういう形式を採るしかないんだ」
というものです。
本編制作中に「泣く泣く切った」ものですとか、
「制作当初は入れるべきかどうか迷った、もしくは今はまだ、この話を見せるのは時期尚早だと判断した、
 でも今なら入れるべきだと思うし、見せるべきタイミングだと思う」
ものとかを、見せて欲しいと思うのです。
あるいはそれに準ずる位置づけのものです。

完全に後付けのモノというのは、
二次元のヒロインたちに「演じ」させるものでしかないんだとオイサンは思いますよ。
高山さんから台本を手渡されたヒロインたちが
『ああハイハイ、あたしはこうすればいいのね?』
って確認しながらする話、だと思うんです。
でも、それじゃつまんない。

二次元の、輝日東の世界で語られる出来事は、
彼女らにとってはあくまでも全て、真実の人生の断片であるハズです。
どんなくだらない事でも。
演技や作り事じゃなく。
そこに生きる彼女らにとって、生きる場所はそこしかないのだから。

本編では、そんな彼女らの人生の断片の中でも選び抜かれたものだけが語られて、
彼女らが生み出される(つまりは彼女らが今の姿に「成長する」)過程で、
発生したけれど諸般の(容量だったり、内容だったり)事情で、残念ながら
「ヒトサマに見せる用のアルバム」には載せられなかったものがたくさんあるはずで……
『ちょおま』には、そういうものが載るんだろうな、と、
『キミキス』で『ちょおま』を体験していないオイサンは
勝手に思い描いていたんですけどね。

  もちろん、『ちょおま』で語られる新しいお話が本編の中間点である必要はなくて、
  本編を描きながら自然に想起された後日談だってアリだと思います。
  だから、
  「もう本編で描ききった!」
  「これ以上は蛇足だ!」
  っていうヒロインに関しては、『ちょおま』が存在しなくたっていいとさえ思っています。
  それが絢辻さんだったとしても、オイサンは文句言いません。
  ……多分。
  そういう説明をちゃんとしてもらえれば。
  そういうヒロインに関しては、配慮として違う形のExtraがつけば
  喜ばしいとは思いますけどね。

言い方が難しいですが、
「語り終えられた、完成形のヒロインから逆算して作られた物語」ではなく、
「未だ語り尽くされない、変化し続けるヒロインがリアルタイムに生み出す
 (もしくは過去の制作段階においてリアルタイムに生み出した)物語」
が読みたいし、そうあるべきだと思う、ということです。

公式が、新たにヒロインについてエピソードを公開するということは、
「ある時点におけるヒロインと主人公(≒橘さん)の状況を、ある一点に固定する」
ということです。
公式がそれを語らずにおけば、彼と彼女のその時点での状態は無限に存在することが出来ます。
それを、あえて固定してしまう行為です。
オイサンは「公式が語る」ということにはそういう強制力・拘束力が働くと思っています。

それはまあ、メリットであると同時にリスクでもあるのですが、
そのリスクを犯してまで、今回語られたお話は、語られるほどのモンだったかなあ? と、
そんな風に思いました。

  それと関連して、ヒロインに様々な「状態」
  (スキ・ナカヨシ・ソエン等に加え、各ヒロイン同士の関係を含める)が存在する『アマガミ』において、
  今回の『ちょおま』では「今語られている物語がどんな「状態」を前提としたことか」
  という情報が与えられないのも、腑に落ちませんでした。

強いて言えば、
「どのシナリオも(程度の差こそあれ)自然さと説得力が足らず、なんか軽かった」
という感想を抱いたってことですね。
ぽてちん。

オイサンがプレイした5編の中では、どうやら高橋先生編の評価が世間的に高いらしいのですが、
それは多分、高橋先生には本編中で、物語的に固定された点がなきに等しいため、
自然さも、重さも、これが基準となるから、
受け手の誰もがコレを「高橋先生の物語」として受け入れやすいからではないかしら。
誰も見たことのない高橋先生が初めて描かれ、
皆がここから自分なりの高橋先生像を構築していくから、
よっぽど本編で高橋先生に入れ込んでしまった年増gげふんげふん、
プレイヤーさんでもない限りはすんなり新鮮に楽しめるのではないかと。

  細かい感想は後ろの各論で書きますけれども、
  そんなに面白い話でもなかったと思いますしね。

  よーするに、本編での高橋先生には<デアイ>のド頭しかなく、
  この『ちょおま』で一気に<スキBEST>までいった、という状態にあたるのではないか。
  なので、同じ立ち位置の響ちゃんセンパイも似たような状態が生まれえるのではないかな、
  と思います。
  マ響ちゃんの場合、高橋先生に比べて出番も多く、
  メインヒロインとの絡みが多く人間関係も複雑なため、
  受け手によって始点が異なるということはあるでしょうから、縛りの強さは増すでしょう。

マそんな感じで、ヒロインごとに差はあれど、
総じて大きな喜びや驚きを感じるほどのものではなかったと思います。
その名の示す通り、あくまでも「ちょっと」「おまけ」なんだな、
という感想を抱きました。

  人の書いたSSを読むのと、然して変わらん。
  声がついてる、絵がしっかりしてる。そのくらい。

そして……その「ちょっと」「おまけ」に1500円は、
「ちょっと」高かったな、と思ってしまいましたとさ。
積んどいてなんだけどさw

  分量は多いし、「ほぼ」フルボイスという力の入りようから
  原価を考えればこんなもんなのかもしれませんけど
  (ハードホルダーへのロイヤリティがないことを思えばそうでもないのかな)、
  6巻揃えれば10,000円近くになるわけで、本編より高い。
  この12本のシナリオで、本編よりお金かかってるってことはないだろう!
  ……と、思いました。

  まあ、お金はどこからどこへ、どういう科目で流れているのか分からないので
  単純な原価計算で弾けるものでもないのでしょうけど、
  それはお客からは見えない話ですのでね。
  上手く、分からないように、買い手に納得いかせるようにごまかしてもらわないとw

どーなんだろ。
こーいうモンなのかな。
こーいうモンなんだろうねえ。

あと、全体的に長いですね。
お話一本が長すぎる。
サービスとしてのボリューム感なのかもしれませんけど、
長い上に、本編のようにショートエピソードに区切られていない
(時間帯とか、日付とかで切られないで続いていく)ので引き際も分かり辛く、
惰性でズルズルいってしまう。

  ……これを「惰性」と感じさせている時点でお話としての引きは
  ちょっと弱いってことだと思いますが。

一ヒロインのシナリオでも、
『アマガミ』本編の行動マップに倣って話を幾つかのピースに分けて、
一日とか一時間帯とか終わるごとに一回ピース選択画面みたいなのに抜け、
次を選んだらまた再開、みたいな方式をとってくれたら
もう少し締まったプレーが出来たんじゃないでしょうか。
別に、分岐とかは無くても良いので。
せっかく本編でああいう素晴らしい形態を編み出したのだから、
使わないテはないと思います。

 ▼とか、ぶーたれていると。

……なーんてコトをやってると、また江ノ島線の果てから
「文句言うんならやらなきゃいいじゃないですか。アナタには愛がない」
とか怒られるんでしょうかね。

やりますよ、文句言いながらね。
だって、やらないと面白いか面白くないかわかりませんからね。
面白くなかったら面白くないって言うし、面白かったら面白かったって言いますよ。
それはどちらも同じ意味、同じ重みでね。

  「面白い」を言う口も、
  「面白くない」を言う口も、
  根っこは同じ愛で動いている。

文句を言うためにやるんじゃないですよ。
やってみたら面白くなかったから文句を言うんです。

それは確かに、今目の前に供されたものに対しては愛に欠ける行為と映るかもしれませんけど
(それにしたってオイサンは決してそうだと思いませんけど)、
そもそも愛の対象であったAがあったとして、
そこから愛するに至れないBが生み出されたとき、
やりようによっては愛しうるCが生み出される可能性もあったのにBを生み出してしまった作り手に対して
Cの可能性を示唆することは、やはりAに対する愛の行為だと思いますからね。

もちろん、Bも愛せるに越したことはないんですが。
そこはすみませんね、オイサンの視点と心の狭さです。
そこについてはまたお話をしようじゃありませんか。
ああいうお話も楽しいもの。
私信的閑話休題。



■か く ろ ん !



そんじゃ、こっから先は、各ヒロインのシナリオについての寸評。
ユンピョウ。
……ジャッキーチェン、死んじゃったねえ
↑自分の小ボケからうっかりシンミリしてしまう老人脳。


 ▼梨穂子編

ごめんなさい、梨穂子編だけは発売後すぐにやったんで、
あんまり細かいことを覚えていません。
特に何も考えずに笑わせてはもらいました。

梨穂子は、全ての始まりから既に主人公への完成された思いが胸の内にある子なので、
実際のところ<スキ>だろうが<ナカヨシ>だろうが<ソエン>だろうが、
なんなら<デアイ>だろうが、トーンの変わらない子だと、オイサンは思っています。
もう、根っ子の一番の確信は出来あがってしまっているから。

だもんで、シナリオの機微(どういう心情にある梨穂子の話であるのか)が読みとりにくく、
特に何が気になったということもない代わりに
いつも通り、平板で印象に残りづらい面白さしかなかったと思います。
安定はしているけど、エッジはきいてない。
マそういう意味では入門としては良いのかもしれませんが、
オイサンとしては、エッジが効かないのは求心力に欠けるのでぼんやりした印象の方が強く、
「ああ、『ちょおま』ってのはこういうもんなんだな」
「またこんなんなのね」
と思ってしまいましたが。

  まあそれを端的に言い表すと、


  「ちょっとがっかりした」


  って言うんだけどな!!

良くも悪くも60点くらいの楽しめっぷりでした。
最初だったのですごく長く感じた。


 ▼薫編

プレイしていて、一番「?」マークが大きかったのが、この薫編でした。
スキBESTのあとの話に間違いないと思いますが、
あのEpilogueの余韻の後に、語って意味のある話のように……どうも、思えませんでした。

  今ある薫像を、より小さく窮屈に押し込めてしまった……
  薫という、本来はもっと広がりがあって、魅力的なキャラクターを
  せまい所に閉じ込めてしまったお話だと……思いますよ。
  今の薫の作られ方は、彼女をどんどんどんどん、小さくしていっている気がする。

……なんかねえ。
今回の後日談は、如何にも後付けくさいというか、
薫という完成後のキャラから逆算されたもののように感じられ。

  イヤ、実際はどーだか知りませんよ。

その分、完成度は高いと思いますけども、感情がついてこない。
笑えるところは笑えて、面白かったんですけどね。
本筋のところがちょっと食い足りませんでしたね。
ちょっと残念でした。

良いところも、勿論あります。
薫と主人公・二人のやり取りは、お付き合い以前から全然変わっていないんだけど、
「既に二人が恋人同士である」という前提を頭に入れながら見ていくと、
「アこれはハタから見れば、喧嘩やじゃれあいではなく、
 ただのイチャイチャだな、こいつらなりの」
ということに気付いて冷やかしたくなる、とか、そういう発見はあって面白かった。

けれども、発展性がなかったように感じたんですね。
既存の設定の端切れを貼り合わせて都合をつけただけのお話のように見えて、
今までの問題をもう一度なぞり直し、
元の場所に帰ってきて、オシマイ、というふうに見えました。
そこになにがしかの+α……発展した二人の新しい要素や、今まで見えなかった薫の新しい一面が見えれば
面白かったのですが、……なかったと思いますしね。

マこの二人のことなので、
実はゆっくりと螺旋状に上昇はしているのかもですけど、
そこはもう少しわかり易くても良かったんじゃないかなと思います。

良かったんだけど、盛り上がらなかった。
そんな感じですかね。
地味な子だねえ、薫は。
見た目は一番ハデなのにねえ。
オイサン、地味なの好きなんだけど、地味ではなくて覇気がないというか、活気がないというか。
その上でプレイタイムが長いと、冗長で良い印象にはなかなか結びつかないもんですね。
もう少し緩急があってくれればなあ。



……といったところで、ちょっと分量が多いので一旦切りますね。
後ほど。
オイサンでした。


 

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