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2011年5月 5日 (木)

■地図には載らない劇場の。~『アマガミ・ちょっとおまけ劇場』感想2 -更新第667回-

おかゆを食べておなかをこわしました。
オイサンです。
どんだけおなか弱いんだよ。

イヤ、頑丈な方だと思いますけどね。
もうあの、おかゆランチのお店にはいかない。


サテ、前回書き始めた、『アマガミ・ちょっとおまけ劇場』の感想、
各ヒロインのシナリオの各論の続きです。
今回はミルクフォーチュン・中多さん編の感想から。
ちゃっちゃっと行きましょう。



 ▼中多さん編

ここでご紹介している5編の中では、一番面白かったんじゃないかなあ。
しょっぱなの選択肢で、色々な意味でマサカの展開を食らって掴まれた、というのは大きかった。

  半分冗談で選んだ選択肢が正解だとは思わなかったw
  意外過ぎるだろw

話の構成としては、薫編の方がしっかりしてるんです。
起承転結がハッキリしていた
(必ずしもそれがイイとは言わないけれども、面白くなり易いハズ)し、
本編『アマガミ』の上でどこに位置するエピソードであるかもよく分かった。
そして薫編の方がジンワリ・しっとりとにじみ出るものがあって、味わいもある。
それは分かる。

中多さん編は起承転結で言うなら「転」の部が抜け落ちていたと思いますし、
冒頭では「あれ? 付き合い始める前の話なのかな?」と思ったけど、
終盤ではどうもそれなりにお付き合いが進展してからのお話のようにも思える描写があるしで、
位置づけは曖昧。
出だしのネタ一発を、小ネタを絡めつつ最後まで引きずって、お終いなんですけど。
でも、最後まで通して読んだときに、読後感がいいのは中多さん編でした。
……というグダグダさが、中多さんと主人公という関係には丁度良いということのかしら。

発展的であったかと言われたら、
話の位置づけが曖昧なのでなんとも言いようがないのですが、
オイサンの認識では少なくとも、
お話の後半までは「正式にはお付き合いを始める前」のことと思いこんでいたので、
そういう意味では話の中で二人の関係は進展しているから、気持ちの盛り上がりはありました。
本編になかった、
「(主人公のために)お父さんに反発する中多さん」というところから始まり、
しかもそのことを主人公にも(主人公に迫られて、という前フリはあれど)伝える、
という姿勢があったことが、嬉しかったし面白かったと思います。

マそのことには矛盾があって、
中多さんのその変化は、お付き合いを始めていて関係が深まっているからこそ現れるはずだし
告白されてウレシイことであるハズです。

それを敢えて、二人の置かれている状況を曖昧に描くことで、
(遊び手が中多さんの本シナリオを終えていることを前提として)
関係の進展を大きく見せかけることによる面白味と、
与えられるご褒美の心地よさを増進させているようにも思いました。

なので、遊び終えてみて、心にはちょっと引っかかりが残るのですが、
それを補うくらい暖かい気持ちが残った。
これは作り手の計算勝ちなのかなあと。
なんかやっぱり、中多さんのその変化をウレシイ、可愛いと思えたことが、
このシナリオを面白いと思えた一番の原因だと思いますし、
勝利条件だったと思います。

 ▼視点のぶれ

あとは……視点が橘さんで統一されていたので助かりました。
シナリオの根底に流れる感情のトーンが、
薫編では橘さんに寄ったり薫に寄ったりして統一感がなく、
「主人公として物語に参加している」感じが薄かったように思います。
これはもしかすると、オイサンのような「プレイヤー=主人公」の立場をとるプレイヤーだけの
感想かも知れませんが。

  ただ、『アマガミ』本編ではレベルアップやエピローグ付近のモノローグシーンを除いては、
  基本主人公視点でのみお話は進むので、
  その作りが変わってしまったことで違和感が残ったというのもあります。

中多さん編も、確か薫編も、それぞれのヒロインの視点からお話が始まったように記憶していますが
なんだろうな、薫編って結構、薫視点を引きずってたような印象があります。
中多さん編では、ことの起こりのプロローグシーンを越えてしまえば
視点は完全に主人公にスイッチされるので、あまり気にならなかった。

長さ的にも、ギリギリ許容範囲の長さだったように感じました。
うん。
これは結構好きだったな。


 ▼高橋先生編

これは……薫&田中さん編じゃんか?
……というくらい、薫と田中さんのいいところが出ている話だったと思います。
いっそ、
「高橋先生への恋をきっかけに主人公が薫の良いところに気付き、薫とゴールする」
という「高橋先生編」でも良かったんじゃないの。
結構説得力はあると思いますけどね。

その二人を見て自分の恋をちゃんと見つけて前向きになる高橋先生と、
薫への気持ちと、前を向いた高橋先生の背中を目の当たりにして
自分の等身大の恋に帰って行く橘さん、なんていう、
それこそちょっと大人びた、ビターなシナリオだったら俺得だなあ、
と思いました。
全然本編の感想になってないけどw

あと、田中さん。
彼女の良いところにすごく気がついた、そんなお話だった。
ラスト付近で、教室に高橋先生と二人になった田中さんが
「占ってあげます!」
って言い出したときは、占いをダシにして
高橋先生と主人公のキューピッド役に乗り出すのかと思ったけど、
そうはならなかったですね。
それでも、本作での田中さんはすごく可愛かったしがんばった。

ただのミーハー恋愛バカかと思ってましたけど(ヒドい)、
ほかのことはともかく、恋に関してはすごく色々考えて、かつ行動していたんだなあと思うと
ああ、真剣なんだな、すごいな、と普通に感心してしまった。
マこのシナリオにおける主人公は、彼女のそんな一面に気付ける位置にはいないのだけど、
それがもったいないくらい魅力的な女の子でした、彼女は。
イイ大人になりそうです。
やっぱりダメな男にも引っかかりそうだけど。
橘さんはホント、友達に恵まれているね。

  せっかく『アマガミのちょおま』なんだから、
  話数を半分にして、全部ダブルヒロインのバトルものにしてしまえば
  いっそ『アマガミ』らしかったんじゃないのか。
  そうして、片側のヒロインのハッピーエンドのときに、
  ライバルのはずのもう片側が助け船を出したり、そのヒロインらしい行いに出る、みたいなのは
  かなりじわっと来ると思うんだが。
  まオイサンの好みだけど。

肝心の本編の出来、高橋先生の恋物語については、
改めて売り物に出来るほどの面白味もかわいさも、オイサンは感じませんでした。
ありきたりなお話に、主人公の変態成分で味付けをしただけ。
薫や田中さんが花を添えなければ、ちょっと見られたものじゃなかったんじゃないかだろうか。

あと、すっごく長かった。
やっぱり、この長さを気持ちよく遊ばせようと思うなら、
ところどころで強制的に区切りが入ることは必要だと思います。
マそれは、オイサンが読む系ADVに慣れてないからってのが大きいですけど。

  ……でも、そもそも『アマガミ』がひたすら読む系のADVだったらオイサンやってないし、
  これは『アマガミ』なんだから、そういう装置はあって然るべきですよ。
  そう思う。

それから、
メッセージを自動送りにしたらすっごく快適にプレイ出来ることに気付いた。


 ▼絢辻さん編

サテ肝心の絢辻さん編。
楽しさ、普通。
面白味、特になし。
うん。まあ……ドラマCD的な。

お話の要素としては、決して悪くないと思うんです?
意外なセンから始まって、適度な緊張感があって、笑いどころもあって、しみじみ終わる。
……しかし、そのどれもに腑に落ちる説得力がなくて、
「ああ、そうなの」
「へえ、そうなの」
で、サラーッと流れていってしまう感じ。
「ヤラレター!」とか、「ソウクルノカー!!」みたいな、
心地の良い裏切りがなくて……満足感、充足感とは、ほぼ無縁。
デ結果として、終わってみて感じるのは、
「はあ、絢辻さんってそんな子だったの」
という、疎外感というか味気なさというか。

  知ってる入り口から迷路に入って、
  コレといって盛り上がりもなく抜け出てみたら全然知らないところに出てきちゃった、
  みたいな感じ。
  ……それを「出来が悪くない」って言っちゃっていいのかって、ありますけどね。
  ダメなんじゃん。

絢辻さんが何をしたいのか、何故そうしたいのか、全然分からないんですよね。
「書き手が何かをさせたい」というのはきっとすごくあって、
そしてそれは
「読み手はこうされたいに違いない」
というところから出発しているのだろうけども、
肝心の絢辻さんはそれをやらされているだけで、
その裏付けが全然されていないという、すごくスカスカな絢辻さんが
「はいはい、お仕事だからやりますよ」
って言ってる感じ。
そこに植え付けられた感情は、やはり逆算して作られたもののようで。
結局読み手が一番に見たい、「絢辻さんの心からの心」みたいなものは、
全然覗けないわけです。

うーん。

その辺、制作側はどう考えているんだろう?
ファンサービスとして、絢辻さんのSっ気成分をちょっと強調しつつ、
意外なセリフを言わせたかっただけなのかしら?

少し好意的に捉えると、
絢辻さんは、主人公と思いを伝えあってから、
もっと素直に主人公に尽くしたい、自分に色々なモノをくれた彼にお返しをしたいと思っていて、
そのことに今回の状況を利用した? のかな? とも考えられる。

けれども、であれば、勝負のシーンをもっと絢辻さんらしく=強く美しく狡猾に、
回すことが出来たはずだし、
そこに不自然を承知で縁さんまで駆り出したことも、うまく使えると思う。
描き手に随分と、油断が見える気がします。
意図のハッキリしない、中途半端な読み物を見せられているようで、

……うーん。

さほどの喜びはなかったなあ。
まオイサンの愛する絢辻さん(キャッ言っちゃった言っちゃった! ← バカ)の姿というのが
「強く・美しい」女の子ですから……
そのラインというのは、ほぼ感じられなかったのですね。

家族(の幻影)と戦うために、たとえ穢れてもその穢れに負けないくらい強く美しく、
狡猾であろうとするのが絢辻さんであって、
そこから強さや美しさ・自律がなくなってしまったら、
(端から見れば)意地っ張りで浅薄なばかりの女の子が残るわけで、
今回のシナリオではそれが浮き立って見えました。

ラストのモノローグでは、
主人公の存在によって変化し、
我が身にもリスクの及ぶようないたずら心を発揮するほど無邪気さを持つようになった自分への
快感と戸惑いを、絢辻さん自身が語っていたけれども
それはどうにも……読み手に対して、納得のいく形で提示されているとは思えない。
主人公と出会ったことで、より柔軟に、しなやかに
……なっていくはずが、緩さばかりが優ってしまったように、見えるんですよね。
だらしなさが全面に浮き出ることになっている。
それでもフツーの人に比べたら全然立派で強いんだけど。

マ、本編の絢辻さんからは一歩踏み出した姿は描かれていて、
発展的と言えないこともないと思いますが……
なんかねえ。
原点でのEpilogue後、絢辻さんがどっちに向いて踏み出していても、
このシナリオで描かれる絢辻さんに結びつかないように感じられて、
「オイサンが今見ている、この子は誰だろう?」
と、ちょっと思いました。
〈スキGOOD〉からやや〈ナカヨシ〉よりに針を振らせた、
そんな原典では語られ得なかった未来の絢辻さん……であるように、思います。

  マこれもまた、自分の中で姿を作りすぎた者独自の悩みというか、
  感覚でもあるのかも知れませんが。

一つ、考えられる面白味としては。

絢辻さん自身にとっての一番のアウェイ……戦地であるはずの「家」で、
あの立ち回りを演じることに……
もしかしたら、絢辻さん自身にとっては一つ、大きな意味というか、
境界越えのような、メルクマールとしての意義があったのではないか?
という……解釈も、出来ないではないように思うので。
どうかな。
解釈、強引だろうか。
いや、そんなことはないと思うんだよな……。
敵地でふざけて見せる、そのことの意味。

そのつもりで描かれていたと仮定して、問題があるとすれば、
絢辻さんならそのことに気が付いているだろうから……
その決意や緊張感を、わかりやすい形で描く必要があったということだろうか。

うん。

などと、ちょっとした面白味を残しつつも……
やはりこう、お話単体で存分に面白がれるような、完成度の高いものではなかったように、
オイサンは感じるのでありました。
残念だにゃあ。



■Closing



マそんなことでね。
総じて、なかなかうまく楽しめていないオイサンですけども、
それでも、こうしてエクストラエピソードを展開することは、
決して悪いことじゃないと思いますので……
万障お繰り合わせのうえ、色々と不都合のないようにまとめて戴けるとありがたいなあと、
このようにオトナっぽく思う次第ですよ。

まあちょっと、時間が経ってしまって、
こちらも頭の中で色々と、勝手に育ったり、熟したり、
はては腐ったりしてしまった部分もあることは否めませんので、
果たして言ってることがどこまで正しいのかも甚だ怪しかったり致しますが、
ちょっと、現時点では物足らない感じかなと思います。


ただ、せっかく『アマガミのちょおま』なのだから、
『キミキスのちょおま』に引きずられ、
そのスタイルや風向きを固定化してしまうことはあまり有難くないなあと思っている、
そのことだけはハッキリとお伝えしておきたいなあと思う次第です。

もっともっと、『アマガミ』色を出してくれても良かったのではないか。
そんな気が致しますよ。
シナリオ的にも、システム的にも。



オイサンでした。



▼the pillow メロディー

え? なんでここにこの動画貼るのかって……?
それはね、ウフフ!



 

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コメント

■スキBADさん
へいほー。対応いたしました。
わざわざどうもです。
メールでもいいですよー。
 
ではまた。

投稿: ikas2nd(オイサン) | 2011年5月22日 (日) 09時58分

たびたび失礼します。
どのような形でご連絡しようか迷っていましたが、たまたまこのコラムでは僕がコメント欄を独占しておりましたし、やはり、他ならぬオイサンとは、アマガミのことについての記事でお話すべきだと思いましたので、ここに依頼させて頂きますが。

ブログの名称を変更致しましたので、リンクの名称の変更をお願いしてもよろしいでしょうか。
お仕事がお忙しいところお手間を申して恐縮ですが、よろしくお願いします。ではでは

投稿: スキBAD | 2011年5月21日 (土) 16時43分

■スキBADさん
「正しい」というか、作り手の意図に乗っかるってことですよね。
それは表現の世界から受け手の自由を奪うことだから、
薄ら寒いと言えばその通りだわ。
 
ただ、所詮は……って言ったらアレですが、電子ゲームの世界で、
しかもADVなんていうキホン一本筋の世界で拡散や逸脱を求めるのも難しいですね。
本編は相当よくやったと思いますし、
本編がよくやってしまったから、こちとらも期待してしまったんでしょうね。
 
その閉塞感を押し広げるための『ちょおま』
(CEROやハードメーカーの束縛からも自由になるためのああした配信形態)
であって欲しかったですが、
プレイヤーのメジャーな性向からは自由になれなかった……ということなのかねえ。
あとは物量の問題か。
 
それならいっそ
『ちょおま・Light Side』と『同・Dark Side』の
二篇を出すくらいの気概があって欲しかったけど、
そこまでの愛も、もうないんでしょうかしらね。
ぽてちん。
 
そんなことを考えていてフッと、
先輩さんは『ガンパレード・マーチ』をやると面白いかも、と思いました。
アレはアレで、反対方向にグロテスクだと怒り出しそうな気もしましたが。
 

投稿: ikas2nd(オイサン the マーガレット) | 2011年5月11日 (水) 00時18分


> 銚子は、思いのほか面白かったですよ。
 
新しい――オイサンがtwitterを多用するようになって以降の――ご趣味の嗜まれ方の集大成なのかもしれませんね。と、他人様の遊び方を勝手に総括するのが、僕のtwitterを多用するようになってからの遊び方。

> 自分が勝手に色々と思い入れ過ぎ、膨らませ過ぎた、捉え間違ってしまったのかなあ、

正しさという観点ではそうなんでしょうね。

> 同時に、公式に寄り添った正解を求める必要も、もうないかな、とも。
> このちょおまはちょおまとしてこれの発揮する面白さを掬い上げて楽しむのが正解なんだろうなと思ってます。

正しさという観点では、そうなんでしょうね。

もっとも……「物事を正しく遊ぶこと」って。僕の中ではしばしば非常にグロテスクで、生気の失われたものとして認識されているらしいです。アマガミに限らず。

> 公式がフォローしきれない、メジャーではない結末を押し広げて遊べば

それは僕の意図・願望そのものでもあります。

僕は、彼と彼女(達)の時間を進めたいのです。その願い(願いの起点として存在する憤激)は今もそう大して変わらない。

> 『キミキス』のちょおまは「こう」ではなかったのか? ということですね。

本編への参照性が『アマガミ』の方が高い。

『アマガミ』は本編の後日談として基本的に作られていますね。『キミキス』のちょおまは単独のコンテンツとして、あるいは、本編でカバーし切れなかったヒロインの側面を表現するためのツールとして、成り立っていたと思います。

元となるゲームの完成度(容量)、ならびに、お金儲け(営業ツール)としての経験の問題なんでしょう。
 
> なんというか、改めて考えるとものすごい名前ですねw

原点回帰です(笑)
では、今後ともよろしくどうぞ。

投稿: スキBAD | 2011年5月10日 (火) 07時52分

■第4先輩さん 改め スキBADさん
 
毎度おおきにです。
名前が変わっても、何ならおカオが変わっても、変わらぬご愛顧をお願いいたしますよ。
考え方が変わったら知らんけど。
 
>  銚子・鎌倉においてはお疲れさまでした。機会があればまたお会いしたいものです。
 
GW、ホントは、お休みが取れることが前もってキッチリ分かっていたら
名古屋方面へ遊びに行こうかとも目論んでたのですが
(と言っても名古屋は通過して南木曽に行きたかったんですけど)、
チョイとまたお仕事が立て込みそうなフェーズにあり、
直前まで見通しがたたなかったのでああなりました。
 
それが上手く運んでれば声をかけさせてもらおうかなと思ってましたが……残念。
マそうなったらClipperさんには再会出来なかったんですけどね。
銚子は、思いのほか面白かったですよ。
楽しくもありましたしね。
行って良かったと思います。
 
 
>  ちょおまに関しては……僕も一通り遊びながら感想は残していますけど……こう…………色々言葉をぼやかすのもアレなので…………
>
>  つまんないです、ことごとく。
 
マ面白かねえやな。
うん。それには賛成。
 
ただ、これはもう逃げも隠れも出来ず、
公式による、ゲームの『アマガミ』の話であって、『アマガミSS』のモノでもないので、
案外原典の彼女らは始めから「こういう子」らなのであって、
自分たちが……っていうとまた怒られそうだな、
自分が勝手に色々と思い入れ過ぎ、膨らませ過ぎた、捉え間違ってしまったのかなあ、
と、考え始めてもいます。
恋は盲目っていうか。
 
同時に、公式に寄り添った正解を求める必要も、もうないかな、とも。
自分の掌にこぼれ残ったものはこれはこれで一つの姿だと思っているので、
公式にばかり価値を見出すことでもないなと。
いい加減こちとらも大人ですしね。
それはそれでバカみたいだけど。
  
 『Sincerely yours』も終わらせられちゃうくらいですしね。
 
オイサンはおこるのはあまり得意じゃないので
このちょおまはちょおまとして、、
これの発揮する面白さを掬い上げて楽しむのが正解なんだろうなと思ってます。
読んでもらった通り、それも上手には出来てないんだけどw
その面白さが自分に合わないのであれば、それはもうしょうがないことなのだと思います。
やっぱり、本編が終わった時点で終わってた気はしますしね。
ここまで付き合ってる方が、自分としてはフシギですもの。
 
逆に、『アマガミ』には二次創作が遊ぶ余地が無いと言われていたけれど、
公式がフォローしきれない、メジャーではない結末を押し広げて遊べば
よかったんじゃないかしら、と思ったりもします。
だからまあ……そういう意味での遊び方としては間違ってなかったんじゃないだろうか。
 
あと気になるとすれば、
『キミキス』のちょおまは「こう」ではなかったのか? ということですね。
マ『キミキス』はそもそも雰囲気が違うから、詮無い比較なのかもですが。
 
>  余談になりますが、この度、ブログの管理人名を変えましたので、改めましてよろしくお願いします。
 
寧ろこっちが本題なのかと。
なんというか、改めて考えるとものすごい名前ですねw
ご丁寧にどうもでした。
 
またまた。
 
 

投稿: ikas2nd | 2011年5月 9日 (月) 22時55分

 お世話様です。
 銚子・鎌倉においてはお疲れさまでした。機会があればまたお会いしたいものです。

 ちょおまに関しては……僕も一通り遊びながら感想は残していますけど……こう…………色々言葉をぼやかすのもアレなので…………

 つまんないです、ことごとく。

 薫と紗江ちゃんと絢辻さん以外には「見てて腹が立つこと」はなかったので、そういう意味での安心感はありますけど……それでも打率割と高いのかな。

 ま、いいや。

 余談になりますが、この度、ブログの管理人名を変えましたので、改めましてよろしくお願いします。

投稿: スキBAD | 2011年5月 5日 (木) 22時09分

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