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2011年5月26日 (木)

■つぶやきのようないくつかのこと -更新第676.1回-

わけもなく凹み気味のオイサンです。

こんな気分なんか、あったかい物をおなか一杯食べてちょっとよく寝れば
スカッと消えてなくなるのは分かっているのですが、
やっぱりその只中にいるときは辛いもんですね。

あと解消されるタイミングは……「これはいけるな」という一文が書けた時、か。
別に誰が評価するもんじゃない、
自分で最高だと思える一文が書ければいいと思う。
て言うか、それでオーケーな強い自分でいたいとは思います。
つまりは、自分に何か不安があるってこってすな。
ぽてちん。
あヽ、僕はいつ頃大人になるんだろう。



■虹とエロスのはずれで



オイサンは、同人・エロゲがオタク文化のド真ん中に来る以前に
オタクとして一番勢いのある時期を過ごしたので
(また同人とかにまで向かう方向性を持ってなかったので)、
今でも、好きな作品でも同人誌にまで手を広げたり、
そういうものをたくさん集めたい・触れたいっていう欲求があまりないのよねー。

今回『アマガミ』で身の回りの人がそういう方面にも熱心に手を広げ
活動しているのを見ると、あー自分には足らんなー、
という淋しさを憶えることもしばしば……なんだけど、
やっぱりそこまで手間ヒマやお金をかけようとは、思わないんだな。

そもそも自分が、そういう意味でオタクなのかどうかも怪しいんだよなー。
ぞれはもうずっと。
大学とかで漫研・アニ研とかに入って色々やっているような方々の持つベクトルが、
自分にはない。
イマドキはオタクの在り様やトレンドも変わっているから、
そういうのでない人たちがオタクではない、なんてのは乱暴な言いっぷりかもしれませんが、
オイサンが現役の学生さんだった頃は大体そんな感じじゃったんじゃよ。
悪く思うな。

関東と関西とかでも、違うんだろうな。
同人誌とかミニコミ的なものが、日常的に手に入り易いとか難いとか。

それはオイサン生来の「いい子ちゃん」の部分が邪魔した部分もあるんだろうなー。
「自分の活動領域はここまでー」みたいなセンを、
親とか周りの目を気にして自分で引いちゃう性質。

別に、本当に欲しけりゃバイトでもしてお金もためて、
関東でもどこでも行けばいい話なんで。
やっぱそこまでの情熱がなかった。
欲しいもののために天元突破するような勢いとかはなく、
無難に手の届く範囲でのみ活動する感じで。
それは今もあまり変わってない。

その辺に対する怒りとか反骨精神みたいなものが芽生えないんですよね。
何がこの性質をこしらえたんだろう。
ヒトごとの様に言ってるけど。

ただまあ、そういった欲しいはずのもの全部を手に入れないタチのおかげで
自分勝手に妄想して色々を作り上げるクセみたいなのは、育まれた気はする。
この妄想癖・創作癖みたいなものが何に起因するのかはわからない。
気が付いたらこうだったなあ。

そういうブツを手に入り易くする仕組みが整ったのも、
またワリと最近の話だったりするんだろうし。
とらのあなとか、メロンンブックスとかが広く世間に出来始めたのがさ。
身の回りにはなかったもんなー。
大阪・日本橋のオタ街としての発展だって、ここ10年くらいの話でしょ?
これでも、アニメイトが身近にあった分、恵まれてたと思うぜオイサン。
UHFは全然入らなかったから、テレ東系のアニメなんかは全然見られなかったけど。

だから、そういう、同人・エロゲ方面で大きな発表があったりしても
その大きさが実感としてはわからないし、ノレないわけで。
まオイサンみたいな、思い込みが激しくてのめりこみのキッツイのには、
あんまりたくさんののめりこみポイントが発生しない方が身のためなんで、
いいんですけどね。

毎回『アマガミ』みたいに50kgずつ痩せてたら、なくなっちゃうもの。
そこはバランスが取れてるなあと思います。

何の話かって、同人文化へのかかわりの話なんですけどね。
それをやるのが当たり前、やると当たり前のように楽しい、
という感覚が、やっぱり未だにわかんないって話でした。

あ、間違っても、否定的な意味ではないですよ。
オイサンに実感がわかない、それはなんでだろう、ってだけの話でした。



■買わなきゃハドソン(M&A的な意味で)



高橋名人の件に乗っかって。
ハドソンといえば、「この一本!」と言えないくらいに、
子供時代のヒーロー的なメーカーでしたね。
特に、バリ撃ち系STGが好きだったオイサンにとっては。
『スターフォース』。
『スターソルジャー』。
『バンゲリングベイ』。
『チャレンジャー』。
逆に、
今定番となっている『桃鉄』や対戦がメインの『ボンバーマン』になってからは、
オイサンは離れてしまっています。
PCエンジンが出てから、
……うちはゲーム機を二種類も持てるほどブルジョワジーじゃなかったので……
ハドソンとは離れてしまった感じですね。

次にオイサンとハドソンの道が交わるのは、多分
SFCの『アースライト』、そして『北へ。DiamondDust』ではないかと思います。
SLGにギャルゲーてw
ハドソンぽくねえ。

先日のSTGに関する記事で、
「『怒首領蜂』の次は『シューティング技能検定』だった」
と書きましたけど、
その前にGC版の『スターソルジャー』を相当やってますね。
そうそう。
オイサンにとっての「面白い」STGは、
まさにこのGC版の『スターソルジャー』ですね。
ホント時代遅れ……というか、時流乗らずの人だよオイサンは。

しかし、高橋名人。
確かにすごいですね。
20何年もの間、……メディアへの露出が控えられていた時期もあったとはいえ、
名人であり続けたというのは。

マ今となっては有名無実で、「何の」名人なのかと言われたら?マークですけど、
有名人、一種の「公人」として、
一企業の一広報でありながら、言葉の一つ一つや、行動で規範を示し続けてきた、
ということが、すごいと思います。
フツーだったらどうにかなっちゃうと思うんですけどね。
マどっかで開き直りのようなものもあったのでしょうけど。

むしろ、「ゲームの名人」としての位置づけでは
毛利名人の方が今でもよっぽど名人然としていると思いますが、
貫禄、威厳、そういう意味では高橋名人の方が名人だなあと。
「何かが上手い」という意味での「名人」ではなくて、
「すぐれているひと」という意味で、高橋名人は「名人」なのではないでしょうかね。

フツーのオッサンじゃないですよね。
間違いなく。
彼の人生は、多分彼個人のものである部分よりも、
名人・公人としての割合の方が多いんじゃないのかなー。
彼自身の心に残っている彼の姿の記憶よりも、
オイサンはじめ、世間一般の人たちの心に残っている、名人としての姿の方が、
きっと総量は多いでしょうから。

同じ、企業の一広報として似たような活躍をした人に、
アトラスの広報・相原さんがおられました。
かつて「流星野郎のゲーム業界裏情報」というラジオ番組をやっておられて。
オイサンはこの番組大好きで、一生懸命聴いてました。
オイサンの書くこの文章のリズムとか一部の言葉遣いには、
明らかに彼から受けた影響が色濃く残っていたりします。

同時期にクライマックスの内藤寛さんがやってたラジオもありましたね。
他にも有名な企業人の広告塔としては、セガの広報・竹崎さんがおられました。

皆さん、オイサンの知る限りでも結構な長い期間、
「表舞台に立つゲーム会社の人」でおられましたけど
(内藤さんは社長でプログラマーなので広報じゃないですが)、
その影響力も、活動の長さも、範囲も、高橋名人には遠く及びませんでしたね。
そういう意味で、やはり高橋名人は唯一無二の「名人」であったなあと思います。



■『ドリクラ』あすかさん日記 8月・第5週



なんかちょっととんだな。
マいいけど。

自分の体の中では足が好きなんだと。
恋バナは苦手で、今の足の怪我……リハビリが終わるまでは恋愛禁止なんだと。

うーん。
さすがにこんな雑談を記していくのは不毛だな。
ふもっふ。

とか考えて思うだのが、実際のキャバクラでおねーちゃんと仲良くなろうと思ったら、
やっぱり最初の何回はこうやって通いつめて、
不毛な雑談をやらないといけないのかしら。
マそーだろーな。
うわーめんどくせえ。

最近になってようやくわかってきたけど、
男が格好つけるのも、上手い誘い文句で女性に言い寄るのも、
女性が着飾るのも、扇情的な言葉やポーズで男を惹きつけようとするのも、
求愛行動なわけですよねえ。
なんというか、動物だなあというか、
良い意味で汚らしくて当然というか、その汚らしさこそが聖性なのだというか。
本当の意味でのワイルドさみたいな。
なんでかなー。
なんでその、あって然るべき物を、そうだと気付かずにここまでこられてしまったのか、
自分のそのことがすごく不思議なんだけど。

「理性で抑えられてしまったものを理性で持って乗り越える」みたいなことを、
やれずにここまできちゃったんだよねー。

マンガで描かれる恋愛とか、お付き合いっていう言葉の先にあるものを、
キチンとその先に地続きであるものとして、
とらえられずに来てしまったというかね。
「それはそれ、これはこれ」みたいなことで。

いやあ。
どうなってるんだろう。



以上。
読みやすさとか、推敲とか、ほっとんどなしに。
ゆび先の走るままにぶった切ってみました。


ここは、『ゆび先はもう一つの心臓』。
オイサンでした。


自分のことは書くのラクでいいや。



 

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