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2011年5月15日 (日)

■大根おろし -更新第673回-




 ソーハチが結婚する、という知らせを受けて、私は東京から古里に帰らなければ
ならなくなった。
「子供がね、できてしもうたんやって」
 電話口の母はこともなげを装ったつもりだったろうが、切り出す寸前に飲み込ん
だ一塊の息が深い音を立て、そのことが寧ろ、母にも、私の胸にも、重いつかえを
残していった。私は
「子供って、そんな」
私でも作ったことない、と言いそうになって慌てて口をつぐんだ。そんなことを言
ったら、
「あったり前やろ、何言いよるん。聞いたことないわ、さっさとあんたも作りや」
と来るに違いなかった。けれどそれも普段の話だ。いくら母の根が図太くても、ソ
ーハチのできちゃった結婚の話のあとにそんな冗談を私に向けられるとは思えなか
った。
 母は私が言い淀んだのを勝手に解釈したのだろう、少し躊躇したあとにことの続
きを話し始めた。
「あんた、おぼえてるかなあ? 宝来のタカギさんて。宗ちゃんと同い年の……小
学校くらいの時に、札幌から越してきた」
「タカギ……ごめん、覚えてない」
 宝来が町名であることくらいは覚えているが、タカギという名字には思い当たる
節がなかった。真剣に考えれば思い出せたかも知れないが、頭を回すだけの余裕が
なかった。何か大事な線がすり切れてしまったように、あらゆる考えが途中でけば
だって消えてしまう。
 そうか、と母は溜め息をつき、まあ、そういうことなんよ、と妙に優しい口調で
続きを諦めた。



 浜頓別のターミナルで最後のバスに乗り継いで、私は雪の落ちる外を見るともな
く眺めていた。枝幸ではまだちらつき始めたばかりだった雪が、今はもう視界を埋
め尽くさんばかりの勢いになっていた。
 わざわざ雪に降られなくとも報せを受けてからこっち私の頭の中はずっと真っ白
だったし、外の景色にしたって、もう降り足さなくたってこれ以上ないくらいに白
かった。そんな中をバスは右に左に、考えがまとまりそうになる度に大きく揺れて、
私が何かの結論を出すことを邪魔するように走っていった。
 ソーハチが、結婚する。
 ソーハチは私と一緒になるつもりだったに違いないし、私だってそうだ。父も、
母も、そう思っていたに違いない。だからこそ母も、電話口であんなに慎重で優し
かったのだ。あの、無神経の塊みたいな母がだ。
 父は電話口に出て来もしなかった。母に「お父さんは?」と尋ねても、「うん」
と濁すばかりで、私のために心を痛めてくれたこともあったろうが、事情も心情も
もう少し、父の場合は複雑だったのだろう。



 ソーハチは私より五つ年下の男の子で、家は稚内の駅前でちいさなめし屋を開い
ている。年も性別も違ったけれど、お互いの父親同志が懇意にしていたせいで、私
とソーハチは幼い時期の長い時間をともに過ごした。
 私の家は駅から少し離れた場所で小さな旅館を営んでおり、一体どこでどう見つ
けてきたのか、旭川なんて言う大都会から母に連れてこられた婿養子の父はあの古
里の小さな町ではどうしても浮いた存在で、腰の低さと愛想の良さで疎んじられこ
そしなかったものの、それは苦労をしたらしい。半分は神経の細い生来の性質のせ
いもあったろうが、当時は気を病む一歩手前までいったこともあったのだそうだ。
 そんな時に助けてくれたのがソーハチの親父さんだったんだよ、と、父は酒に赤
らんだ顔で話してくれたものだった。
 ソーハチの父親は朴念仁で、頑固者だけれど義に厚い。苦労している父を見かね
たのだろう、手を貸し知恵を出し、時には周りに根回しもして、いつも何かに息を
切らしている父の支えになってくれたのだという。
 その息子であるソーハチができちゃった結婚などという、都会でなら多少の市民
権を得てはいるものの田舎ではまだまだはんか者の代名詞のようなことになってし
まったのだから、ショックは大きかったのだろう。
 多分、ソーハチのお父さん自身も。
 私だって、そうだ。



 ソーハチの家が稚内の駅前でめし屋をやっていることは話した通りだ。私たち地
元民の舌には飽き足りた家庭料理を売り物に、観光客を相手に商売をしている。
 ソーハチも、私の物心がつく頃には店で手伝いをしていた。私が中学に上がる頃
には間違いなく店にいたから、ソーハチが小学校二年生の頃だろう。複雑な仕事が
出来るわけではもちろんないから、お冷やや料理の上げおろしがせいぜいだったが、
ただ一つ、調理関係でソーハチが任されていることがあった。
 それは、大根おろし。
 稚内は一応海の町であるから、海のものは最北端であることに次ぐ町のうりでは
ある。店の品書きから焼き魚が途絶えることはない。店の一番の売りものは蟹めし
だったので残念ながらそこに出番はなかったが、店で出される大根おろしのほとん
どはソーハチの手によるものだった。

「大根おろしか……」
 木々の上に積もった手つかずの真白な雪と、水を吸って車輪を汚す黒い雪、その
二つを交互に見ていると、ソーハチのおろした大根おろしが思い出された。それに
しても、今日の雪は随分湿っている。私はバスの大きなガラス窓に頭をつけて空を
見上げた。古里の冬のほとんど、空は雲に蓋をされて過ごす。今日は北から低気圧
が流れ込んで、予報外れの荒れ模様だった。
 稚内までは、紋別の空港に降り立ってバスで雄武という町まで行き、そこからバ
スを乗り換えたあと、更に枝幸、浜頓別で一回ずつの乗り換えを経て更に二時間半。
常ならこんなに面倒なことをしなくても、旭川、あるいは札幌に降り立ち、あとは
汽車で一本、全部あわせたって八時間程度だ。けれども今回、私は嘘に嘘を重ね、
出来るだけ時間を稼ぐこのコースを選んだ。
 旭川行きの便がとれない嘘。札幌行きの便もとれなかった嘘。更に、汽車の切符
がとれなかった嘘。
 ちょっと調べればいくらでも暴くことの出来る嘘ばかりだったが、父も母も見て
見ぬ振りをしてくれた。それはやはり、他ならぬ私が一番ショックを受けているこ
とを理解してくれていたからだろう。
 親類の結婚でもないのだから私が急いで帰る必要もない。正式な婚約者からの婚
約破棄というわけでもない。職場には身内の不幸ということにしておいたが、何の
ことはない、私本人の大不幸だ。式だって当分先だろう。だけども私は電話口で、
「詳しい話は戻って聞くから」と言って電話を切ってしまった。一番焦っていた私
だったが、そのくせまっすぐに帰る気は起こらなかった。古里に足を進めながら、
ゆっくりゆっくり、自分を納得させられる言葉を見つけなければならなかった。

 ソーハチのおろす大根が殊更おいしいわけでもなかった、と思う。誰がおろした
ってさほど変わりが出ないからというのが、彼が大根おろし大臣に任命された理由
の大勢だったのではないだろうか。他に理由があるとすれば多分、ゆくゆくはソー
ハチに店を守ってもらいたいと考えた親父さんの、早いうちから自分の作った物を
人に旨いと言ってもらう喜びを知っておいてもらいたかったという、一種の策略で
あったろう。
 ソーハチの力の入れようも斑が大きくて、見たいテレビでもあろうものなら、彼
はものすごい力と速度で大根をおろして片づけた。そんな日のあの店の大根おろし
はひどく辛いのだ。私もそれで、幼い舌をやられたことが何度かある。
 そう、旅館の仕事が忙しい時期などは、私は家で食事が与えられず、ソーハチの
店で食べることが再々あった。旅館が忙しい時期というのはえてして行楽シーズン
なのだからソーハチの家とて決して暇なわけはないというのは今にして考えれば自
然と分かることなのだが、それでも私を他のお客同様遇してくれた親父さんは、父
の言った通り、やはり義に厚い人だったのだろう。
 ソーハチは、自分がおろした真っ白い大根おろしの真ん中に、私がちょんと赤黒
いお醤油を垂らすのをいつも心配そうに見ていた。それでもただ見ているだけで、
うまいか、とか、味について尋ねてくることはなかった。子供心にも、そこに大き
な差がでないことを感じ取っていたのか、親父さんに禁じられていたかのどちらか
だろうと思う。どのみち、辛ければすぐに顔に出てしまうのだ。尋ねる必要もなか
ったのだろう。
 そんな風にして、私とソーハチは同じ釜のご飯を食べ、北の果てで同じ湯に浸か
って、少しずつ、少しずつ体を大きくしてきた。



 中学に上がったソーハチは手のかかる仕事もこなすようになり、自然と料理人へ
の道を志すようになった。私自身は隣町にある高校の商業科に通い、関東にある同
じ分野の専門学校に進むことになった。どのみちソーハチは稼業を継ぐことになる
か、そうでなくともどこかの料理屋で修行でもして店を構えるだろう。それを見越
した私の選択だった。学校を出るまでの二年という時間はあっという間だったが、
ソーハチが料理人として一人立ちするまでまだ間があったから、私は関東に残り、
今の職場に入った。先の暮らしのためにいくらかでも蓄えがあるに越したことはな
いと思っていたのだ。こちらに残ると告げたとき、父と母が私を案ずること以外に
何も言わなかったのは、そんな面白味のない考えさえ見透かされていたのだろう。
 そして、専門学校で二年、勤め始めて一年。わずか三年のうちに起こった、ソー
ハチの裏切りだった。



 吹雪いてきた。
 故郷の町が近づくに連れ、降りてくる雪の量も風も、勢いを増していた。海沿い
の国道に出れば風は一層烈しさを増すだろう。いっそバスが止まってしまうことを
望んだが、北国の足はこれしきではへこたれない。道も空も、こうであることを想
定して走っている。そうでなければつとまらないのだ。
 山間の道は落ち着きを取り戻して、大きなうねりは減ってきた。けれど丘や林に
阻まれて見通しは悪い。吹雪の中ともなると尚更だ。晴れていればあくびの出るよ
うな道だが、今日は牙を剥いている。運転手は気を許す暇もなさそうだ。
 ときおり大きな牧草地があり、ふっと視界が開ける瞬間がある。夏に広がる、色
とりどりの美しい風景。今は白と灰色の二色だけだが、ここでの暮らしが永い者は、
白にも灰色にもたくさんの種類があることを知っている。そうでもないと、冬の暮
らしに喜びはないから、子供はいつの間にかその力を身につける。

 家を出る日、私が十九歳、ソーハチ十五歳。ソーハチは普通に寂しそうだった。
当の私はというと、都会暮らしの不安だけがあって、あこがれもときめきもなかっ
たから、正直ちょっと面倒くさいだけだった。だからソーハチに、
「大丈夫だよ、すぐ帰ってくるから」
と言って汽車に乗り込んだのだ。本当にそうなる自信があった。というよりも、自
分の未来に他の絵が思い浮かばなかった。他につもりがなかった。そうやって閉じ
ていくであろう私という生涯に、私はまったく不満を抱かなかった。
 だからこそ……油断が生まれたのだと思う。出発の数日前の夜、私に向けられた
ソーハチの熱情が、私だけへの物であると信じ切ってしまっていた。もっとちゃん
と、お腹の底にあるものに忠実でいられたならば、ソーハチの気持ちを受け止める
だけでなく、上手に縛り付けることが出来たに違いなかった。いつの間にか私は、
二人の運命のような物に酔いしれていたのだろう。それが未完成であることが、頭
からすっぽりと抜け落ちて。
 私とソーハチが恋人同士だったのかと言われれば、誰もそんなロマンティックな
言葉に当てこめようとは思わないだろう。もっと実直で、もっと野暮ったい関係。
だから誰もが私たちがいずれ一緒になることを疑わなかった。今回のような衝撃的
な展開を、ソーハチ自らが演出することさえしなければ。

 がくん、とバスが大きく揺れて停まった。丁字の三ツ辻にぶつかったのだ。左に
行けば日本海側、豊富へ抜ける道で、右に行けば真北へ、空港の脇に抜けて湾にぶ
つかる。まだ経験の浅そうな若い運転手は、慎重に、見えるはずもない吹雪の向こ
うを何度も何度も確かめて、大きなハンドルをじっくりと右に切った。



 バスには、私の他には大きなボストンバッグの男が一人だけだった。内地からの
旅行者だろうか、彼ははじめ、網棚もない路線バスの中でその大きな荷物をどう処
したものか置きあぐねていたが、いくつかバス停を過ぎるうちにこの大きな車両が
満席になどなることなど決してないと悟ったのだろう、自分の一列前の座席にどし
りと居座らせ、それでもはじめは人の乗り降りのある度にその動向を気にかけてい
たが、やがてそれを気にすることもやめて、今では窓の外の真っ白な雪煙の向こう
側に、どこか眠そうに投げっぱなしの視線を送っていた。
 景色がまた動き出し、私は停車の衝撃で前にのめった体を、もう一度シートに預
けて目を閉じた。

 イマドキ、子供が出来たといって、他にいくらも――女の私としては出来れば口
にしたくはないが――手段のとりようはあったはずだ。けれども、ソーハチの親父
さんの気性からしてそれを許すわけがなかった。幸か不幸か、それは相手の親も同
じ気持ちのようだった。
 相手の親が結婚を許さなければ良かったのに、と一瞬思ってしまった。けれど、
ソーハチの子供を死なせるのもいやだった。私の子ではないけれど、ソーハチの子。
そんなこと、考えたこともなかったがために。
 ソーハチからの告白を受けた夜の親父さんは、それはそれは凄まじかったそうだ。
店の二階から上がった怒声は駅前が火事にでもなったかと勘違いされるほどに轟き、
隣の土産物屋や、JRの職員まで総出で止めに入ったという。無論その中には、駆
けつけたうちの父もいた。
 これはうぬぼれなのかも知れないが、親父さんは私のために怒ってくれた向きも
あったのではなかろうか。そんな気がしてならない。

 そんなこともあって、ソーハチの結婚の発端に不貞があったことは周知の事実と
なってしまい、多分これからのソーハチの暮らしはちょっとやり辛い物になるだろ
う。こういうとき、田舎というのは恐ろしい。けれど私には同情はしてあげられな
いし、田舎の恐ろしさゆえそうすることも許されない。そこでの私の役どころは、
夫を寝取られた妻とほとんど似ている。
 それをこんな風にして、慌てて飛んで帰って、町が私に注ぐ視線が如何様なもの
であるのか。そんなことに思いが至ったのは紋別の空港に降り着いてからのことで、
しまった、と思ったがあとの祭りだ。
 そして私たちにとって何より辛いのは、ソーハチがあの町で本当に幸せになるた
めには、今度の結婚相手を、そして生まれてくるであろう子供を、一目散に愛して、
愛して、働いて、本当に幸せになるしかないということなのだろう。その気持ちに
は、恐らく誰しも抱くことのあるだろう一片の疑いも許されず、本当の自分の気持
ちに気が付くことがあったとしても、その気持ちをこそ偽りであると、強く断じて
生きて生き続けなければならないということだろう。二度と再び会わないことが一
番の方法だということは、残念だけれど、私にも分かる。



「あ」
 緩やかな登りと鋭いカーブの合わさる道でバスが速度を落としたとき、客の男が
口を開いたから、私もついその視線につられた。丸く拭われた彼の曇りガラスの向
こうに、白でも灰色でもない四つ足の獣が一匹、淡く明るい毛並みを雪に汚してた
たずんでいた。口に何か生き物をくわえ、鳥だろうか。はっきりと見ることはでき
なかったが、その目が妙に逞しく澄んでいたような気がした。
「狐」
 ――珍しくもない。今では数こそ昔ほどではないが、夏になれば町にも姿を見せ
る。人にすり寄って、食い物にありつくためだ。彼らは生きることにたくましい。
今目の前にいるそいつも、体はまだ子ぎつねに毛が生えたほどしかない。周りに親
も、仲間の姿もない。独りだった。街へ出て分かった。都会の街には人しかいない。
そこで人は寄り添う必要がない。北国の町は、私に、人に、寄り添うことしか教え
なかった。それは仕方のないことだ。人の間で争っているゆとりなどないほど、北
の自然は人に厳しかった。人は人同士、寄り添わなければひと冬を越すことさえお
ぼつかない。だから私は、私には、ソーハチや私自身を突き放すことなど……まだ、
及びも付かなかった。

 こんな一幕があったらしい。
 怒りをどうにか飼い慣らしたあと、親父さんはソーハチとタカギさんを畳に座ら
せ、こうソーハチに問うたのだそうだ。
「分かってるな。お前も、中途半端な気持ちじゃなかったんだろう」
 ソーハチはしばらく何も答えられなかったらしい。何度も言うようだけど、ソー
ハチの家は駅のすぐ前にある。それなのに、物音一つ消え失せていたそうだ。張り
つめた、糸も震えない時間が続いた。
「そうなんだな」
 親父さんがどんな返事を期待したのか、少しだけ冷静になれている今なら分かる。
親心だったのだろう。タカギさんも、揃えた膝の上に拳を結んで震えていたに違い
ない。ソーハチはやっぱり答えられずにいて、親父さんは泣きそうな声で
「情けない。お前はっ」
と、畳に吐き棄てたという。ソーハチは、そこで初めて、細く引き絞られた喉と胸
の奥から、はい、と言葉を漏らしたのだそうだ。
 自惚れて、のろけさせてもらうことになるけれど、そしてこんな辛くて悲しいの
ろけは私自身聞いたこともないけれど、これから続くソーハチの、永くて壮大な嘘
で本当の人生、その始まりの演習を、親父さんはソーハチにやらせたかったのだ。
 そして、そこでソーハチが即答しなかったことだけが、私への唯一の救いとなっ
た。
 ありがとう、宗八。



「……まあ、宗ちゃんも、いつの間にか大人になっとったってことやろうねえ。あ
んたも、ねえ。もう少し、前に進んでいかんとね。じゃあ、待っとるから。気付け
て帰って来いな」
と、母は言いにくそうな言葉で電話を締めくくった。
 言いたいことは分かる。けれども、その言葉は何かを置き去りにした、慰めにし
か聞こえなかった。
 生まれた代からでさえも一人である自分にいつしか目覚め、他人との新しく深い
関係を築けるようになったソーハチは、確かに成長したのかも知れない。それを促
したのが、他でもない私自身であるという自負がある。
 けれどもそこから先、彼は、私が経験した以上に男の子だったソーハチは、私に
は想像もし得ない男の子としての何か大切なあるひとつのことを我慢できなかった
だけなんじゃないだろうかと、そう思える。
 ソーハチの成長は、多分これから始まる。私という古びた時間を切り離すことに
よって、切り離すほどの推進力を生み出す力を手に入れる。ソーハチは間違いなく
幸せな家庭を築くだろう。私の知ってるソーハチは、我慢が足らないことを省いた
ら、そういう立派な男だったから。

 カーブを抜け、バスがまた緩やかに速度を上げ始めた。小さく置き去りにされて
いく子ぎつね……いや、もう立派な大人なのだろう、一匹の狐を見送って、旅の男
は名残惜しげに姿勢を戻した。その拍子、私を振り返った。ほんのしばらく結び合
った細い視線は、細いが故にもつれ、男の方からのやけに丁寧な会釈と、頬に忍ば
せた笑みでするりとほどけそうになったところを、私が警戒心丸出しの無愛想な会
釈でぶつりと引き千切った。
 男の、無邪気で、人慣れした目とほほえみには都会的な色気があった。私の知る
北の町のことばとは違う、たくさんの余計な物を吸った気配があった。不要な。ご
みのような。
 そして男はそれを気にも留めなかった。不意に母が電話で語ったタカギさんの事
情が胸をよぎったけれど、私はもうそんなことは考えたくなくて、目を無理矢理外
の雪に凝らした。

 ソーハチがそうしたように、私も三年のうちに古びた時間を切りはなし、新しい
出会いとの経験の中に過去よりも大切にすべきことを見つけて心血をそそぐべきだ
ったのだろうか。
 永遠を求めるつもりはなかったけれど、在った時間のすべてを抱え込んで、二人
共にいきたいと願っていた。たおやかな過去をなげることなく、二人で、いつでも
再生できるようにありたかった。
 いつしか止まっていた古里の町のような私の時間を彼も生きていると、信じたこ
とは甘えであったと思う。ソーハチの時間はまだ流れ始めたばかりだった。この三
年の間で私に遂げるべき成長があったとすれば、それはソーハチが男の子であると
いうことを、もっと私自身の中心で受け止められるようになることだったのではな
いか。最早一人の母として、甘く愛しく、彼を縛り付ける術を持つべきだった。
 生まれてくるソーハチの子に、あっさりと「死んでしまえ」をたたきつけられな
かったそのときに、私の戦いは終わっていた。思い描いた過去の物語を切り捨てる
ことが出来なかった私の敗北だった。



 雪が少し収まっただろうか。吹雪の向こうに海が見える。白く高く荒れる、オホ
ーツクの海だ。バスは沿岸の大きな国道に合流し、丁字の交差点に恐る恐る首を突
っ込むと、西へと向けてたっぷりとハンドルを切った。灰色の空に吹雪が白く線を
引く。湾岸線の先には、いくつかの小さな集落と、丘と、少しの町が見えた。あと
はほとんど一直線に私たちを結んでくれるだろう。

 町を離れる日の数日前、私はソーハチの用意してくれた真っ白な大根おろしの上
にお醤油を散らせた。そのときもソーハチは終始無言で、特に何かを訊ねるでもな
かった。怖かったのだと思う。私も、それを感じ取って何も言わなかった。そのと
きのそれがたとえどんなに拙くても、変えようのない二人の唯一の形であることを
信じていた。それは紛れもない契りであったと、私は今でも思っている。
 
 
 
 

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