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2011年3月23日 (水)

■終わりの始まり~そしてまた春は来る('11年1月期アニメ感想) -更新第652回-

スリーマイルが毎回スマイリーに見えてとってもオハラ。
オイサンです。

買いだめ騒動も若干、本当に若干ですが落ち着きを見せ始めたようで、
土曜日にはオイサンも、牛乳を買うのに15分ほど行列に参加せねばならなかったものの、
昨日にはトイレットペーパーも水も普通に買うことが出来ましたし
(どちらも「お一人様n個限り!」の制限つきでしたが)、
今朝には通勤途中のコンビニで、1?パックの牛乳を買うことが出来ました。
マ2本ばかし、ぽつんとあった程度でしたけど。

  あ、別に買って家に持って帰ろうってんじゃないですよ。
  シゴトバでコーヒー飲むのに使うのです。

しかしTwitterのフォロワーさんに牛関係者(ナニソレ)の方がおられまして
(アイコンが牛の人ではありません念のため)、
お話をうかがうところ牛乳そのものはパック詰めの工場にワンサとあるらしいのですが、
噂にたがわず、それを詰めるための紙パックがなく、出荷が出来ない状態なのだとか。

だとするとやはり、問題の根本はパックの工場の稼動不全にあるのでしょうから、
こちらの品薄はおいそれとは解決しないかもしれませんねえ。
困ったなあ。

……しかし、コトが起こったときに、オイサンも
「食べ物とか水は買占めが起こるんだろうなあ」
とまでは考えましたが、
「その地域性から納豆・牛乳・紙類までがすっぽ抜ける」
とは思ってもみませんで、
それらの物の無さに気付いたのは随分あとになってから
(といっても北海道から帰って来たときなので13日(日)の夕方)でした。

  被災地あたりに紙(パック)の工場が集中している
   → 牛乳が出荷されなくなる

という連想は……根っことなる情報がワリとマニアックな、
いわば応用編だと思うんですが、どういう広まり方をしたんでしょうかね。
出始めは関係者? それとも常識的な範疇なのかしら。
だったらオイサン、ちょっと恥ずかしいわ。



■2011年一月期アニメ感想



地震の影響もあり、
どんな形で終わりを迎えるのか分からなくなってきている今期のアニメですが、
どれも今、大体10話目くらいでしょうか、
ここまでの感想を書いておこうかな、と言う中途半端企画です。

マここまでくれば、そうそう評価が大逆転することもないでしょうし、
いいところじゃないかなと思いますのでとりあえずいってみましょうか。


 ▼『魔法少女まどか★マギカ』




どの辺りだろうか。
さやかが魔法少女になり、魔法少女の種明かしが始まる辺りから
急速に興味がなくなってきました。
今もう、とりあえず話の筋を追うくらいです。

ヒロインたちがどんどん自分の悲劇に酔っていく過程が、見ていて非常に興醒めで。
もちろん、彼女らにとっては自分自身の問題なのでそれはそれで大事なことなんだけども、
話のスケールがどんどん矮小化……
「魔法少女」という、受け手の手がちょっと届かない狭い地域の問題に収束していくのを、
演出や心理的な描写をどんどん過剰に大げさにして誤魔化している様に見え、
置いてきぼり感を食らっています。

せめてみんな、もうチョイ地味に普通に悩めばいいのに、
なんでこう自分の不幸を高らかに嘆きながら涙流したりしちゃうんだろうなー、と
醒めた目で見ています。
なんか嬉しそうで楽しそうなんですよね。ああいうの。

  ただこれに関しては、もう少し「魔法少女」という存在を、
  どう自分たちに投影すれば良いのかを考える必要があるのかもな? と
  今書きながら思いました。
  魔法少女やキュウべえ、魔女、ジェムなどが、果たして何を象徴するのか、
  そんなことに思いを馳せれば、もう少し面白いのかもしれない。

最初は小気味良かったシャフト(というか新房監督)独特の、
色使いやカッティングといった絵作りや演出(イヌカレー成分は除く)も、
その過剰さに乗っかってドクドクとくどく、
見ていてチョイと胃もたれのするレベル。

  馬鹿ばかしさがないので狂言回しにもならず、
  全部見る側にのしかかって来ちゃうんですかね。
  なので、あの感情にノれない人間は
  「何で関係ない俺らに、そんな重たそうなもの乗っけるの!」
  という感覚になるのだと思います。
  灯油を吸った羽毛布団を背負わされている気分。

そもそも新房演出は、不安定とか不安とかの引っ掛かりを作り出すことを主眼に作られていると、
オイサンは理解しておりまして
(それを裏返して使っているのが多分『ひだまりスケッチ』)、
あの雰囲気のお話に、それをボンボンと重ね着させてくるものですから、もう
「ふーん」
という距離感で見ていないと、面倒くさい。
ノれて見られている人には嬉しいでしょう。

最新の10話で話の大筋が明らかになったものの、
そのギミックもオイサンのあまり好きではないタイプの仕掛け・謎掛けだったので、
ああ、多分この脚本家さんとオイサンは相が合わないんだなー
と思っています。

あと……魔女というのが、最初は
「『悲しみや苦しみ・妬みといった負の感情を引き起こすもの』、
 つまりそれは「何か風の様な現象」なのであって、
 最終的に実効性を生むのは人間の側の問題である」
という抽象的な存在だと思っていましたが、最近では
「世界を滅ぼす最強の魔女」
といった具合に、実際に人の世に手を下すものの様な言われ方をしていて、
その辺にも違和感を感じると同時に好キジャナイ感が漂っています。

  もしかするとハナから
  「魔女=そういった負の感情の根源となりうる出来事・具体的な事件」
  として描かれていたのをオイサンが勝手に勘違いしたのかも知れませんが。

そういう色々が積み重なって、興味・評価は絶賛減衰中。
まあ好き嫌いの域を越えない話ですけども、
ちょっと素直に「面白い」とは言い難いと思い始めています。
細部の独自文字に仕掛けが施されてたりで遊びが効いているのは面白そうかなーと思いますが、
マその辺はあくまでもオマケだと思いますし。
客観的に、ハイクオリティな作品であることに意義はありませんけどね。


 ▼『フラクタル』




これまた、開始当初から評価を大きく下げた感じです。
なんというか、ケチくさい。
世界の命運をかけた戦いが、妙にお安く描かれている感が強い。
これは多分、お話や作品の土台の作り方が悪いのでは決してなく、
「1クール」という時間のなさが悪いのだと、オイサンは感じています。

長けりゃイイ、間を取ればイイとかではなく、
なんというか……お話のスケール感にそれなりの説得力を持たせるには、
やはりそれなりの時間経過が必要かなあと感じた次第。
もちろん、12話13話でも時間を経たせることは可能なのだと思いますが、
なかなか、ねえ。

立ち向かうべき問題の大きさに比して、
主人公クレインは何を以て立ち向かう動機としているのか、
という点に大きな疑問を感じています。
よーするに、世界の成り立ちそのものを揺るがすような大事件が
「えっち少年が脱ぎグセのある美少女に一目惚れしたから」
なんていう……思春期の下半身に左右されてもいいのか? という見え方をしてしまっており、
そんなことで動かされる「世界」や事件そのものも、
すごく安っぽいものに見えてしまっています。

歯車がしっかり回っていないように思えるんですよね。
クレインが周りの人間を動かし、
動かされた人間がさらに大きな人の輪を動かし、
やがてその動きが世界の流れを変えていく、というのであれば分かるのですが。

お話のテーマとしては「アンチ・フラクタル」が主軸、
すなわちロストミレニアム寄りなのだけれども、
クレインはロストミレニアムに溶け込んだわけではなく独立して動いていて、
ワリと「世界」との対峙の仕方は、独立して(あってもフリュネと二人で)やっている。

ロストミレニアムもロストミレニアムで、
自治体みたいな規模でしかない(ように見えていた)にも関わらず、
「世界=フラクタル」サイドとは、ワリと対等にやりあえている。

  ロストミレニアム自体、実はそもそも大組織だった様なのですが、
  そういう実体的な設定も、最近になってすごくとってつけたように描かれ始めた印象。

そういう小さな力が、それぞれ別個に世界を動かそうとしているように見えるにも関わらず、
その程度の力で揺らぎ動いてしまう世界が、なんというか、安っぽいし、軽い。
全体的にスケール感に乏しいお話に見えてしまってチマチマしている。

クレインがロストミレニアム(レジスタンス)たちと出会ってどのくらいの日数が経ったのか、
その日数の中で彼が使命感を感じるだけのことがあったか、
衝撃的な出来事はあったけれども、
それが彼の人生観を大きく確かに揺さぶるだけのことだったのか
(何故クレインが生命を危険に晒してまでレジスタンスとともにあろうとしているのか)、
それを裏付けるものは何か、など、疑問に思えることが多々ありまして、
主人公の行動の動機としてボーイミーツガールは結構なのだけれども、
それに頼り過ぎてはいないかと。
これまた、物語としての風呂敷の広がり方と、心の問題の小ささのバランスが悪く、
『まどか』と逆の意味でケチくさい印象を受けます。

そのクレインの変化と、
クレインが世界を動かす過程をキチンと描こうとするなら、
やはり1クールでは短いんじゃないかと思います。
少なくとも、一個人が世界を相手に戦うようなお話の歯車を回すには。

  『フラクタル』が真っ向そういうお話だとも思いませんが、
  結果、そういうお話になっていると思うので。

1クールでやるには、イキオイ中抜きでやるしかなく、
今の「町の悪ガキ・町内会 VS 国連」みたいな構図になってしまった
(しかも戦力拮抗)のではないかと。

ちょっと……見応えに欠ける気がいたします。
びりびりこない。
まあ、このまま終わるしかないのでしょう。
山本監督、引退して欲しくはないですけども。
お疲れさまでした。


 ▼『放浪息子』


反して、放映当初のテンションを保っているのがこちらです。
現時点、クライマックスにおいてワクワクドキドキを感じさせてくれてるのはにとりんだけ!



  ……まあ、好き嫌いの問題なんですけどね。
  「全部を最大出力で楽しめる人間が一番エラい!」
  というのがオイサンの基本スタンスですタイ。

オイサンの今の評価軸というのが、
「登場人物が持っている力と、
 それによって動く世界・出来事のバランスがとれているか」
ということに向いているみたいなのですが(無自覚)、
『放浪息子』の場合、そのバランスは良いと思います。

あとは毎度のごと、心情の運びをきちんと読み解くことが出来て、
その上で展開の意外性もあり、心地よいということ。
笑えるポイントもしっかり装備していて、隙がない。
「見る側に適度の負荷をかけつつも、それに気付かせないように導こう」
という心遣いが感ぜられます。

  もちろん、それがオイサンの求める「心遣われ方」にマッチしているということですね。
  これが合わない方もおられましょうぞ。
  『まどか』が、見る側を水で押し流して渦に引き込もうとする流れであれば、
  『放浪息子』は何か甘ったるい匂いでコッチダヨと誘っているような、
  そういう引き込み方の違いでしょうか。

正直なことを申し上げると、理解の及ばないところもあるのです。
千葉さんが高槻さんに対して、なぜあのやり取りで態度を軟化させたのかとか。
わからないんだけども、脈があるというか、
「ああ、なんか分かり合っちゃったんだな、この二人」
と感じさせる含みがふわふわと漂っています。
その「分からなさ」が不快ではない。

  恐らく、リアルの世の中でも同じように分かり合う人たちがいるのでしょう。
  けれども分かり合った理由やプロセスはその本人たちにも分からないし、
  説明の出来ない心情なのではないかと思えます。
  それを丸写しにしてあるから、分からなくても当然なのだと推測と理解が及びます。

にとりんと高槻さんが二人でお出かけしていて安那ちゃんに出くわし、
「……彼女?」
と突っ込まれた瞬間、背後の噴水がプッシューと吹き上げるシーンとか、
手を叩いて大笑いしてしまいました。
素晴らしい。
そんなワザを使えるのに、連発はしない奥ゆかしさ。
ひたすら引くことで受け手を引き付けるワザがもう、たまらない。

そんなポップな演出でサラリと笑いをとるかと思えば、
声優さんと画の演技も素晴らしく。

仲直りの手始めに、
サボリの千葉さんの家に足繁く通う高槻さんを迎え入れた千葉ママの、
「ごめんなさいね。わがままな子で」
という一言に、オイサンはすっかりやられました。
……なんというか。
わが子のために人に謝る親の、否、「母親の」気持ちというのが、
……もうね、なんでしょう。
針の細さで、痛みも感じさせずに心臓を貫いていきました。
これはアナタもう、素晴らしいです。
「あ、『お母さん』というのはこうやって謝るんだ、心を痛めるんだ。
 父親とは、その意味も全然違うんだな」
と、(父親の詫びを見せられたわけでもないのにその違いまで)感じさせてくれました。

そんなこんなで、『放浪息子』はオイサンの大好物がてんこ盛り。
毎回毎回楽しみで、
でも見てしまうのがもったいなくて、
自分を焦らしながら楽しんでいますw
これはBD、買ってしまうかも知れない。
敢えて一言だけ言わせて戴くなら

  「こんな、悩み方・決断の仕方・
   他者とのふれあい方をする中学生がいるかw!」

ということでしょうか。
千葉さんの

  「めんどくさいオンナだと思ってるんでしょ」

とか、「このちゅうがくいちねんせいぶん殴ったろかなw」と思います。
カワイイ。
こんな厨二病ならかかりたいですオイサン。
男の子はともかく、女の子って中学校頃からこんなもんなんスかね。
ここまで繊細な生き物には、見えなかったけどなあ。


……。


オイサンの場合、馬鹿馬鹿しさの匂わない極端すぎる感情は、
(物語としては)なかなか受け付け難いのだと思います。


 ▼『これはゾンビですか』




なんなんでしょうね、このマンガの「見易さ」は。
バカタレ成分とシリアス成分が上手い具合に分離してるのがいいんだろうか。
マあんまり真面目には見ていないのですが、ただ、見るのをやめようとも思わない。
寧ろ、
「ああ、見よう。でも適当に見よう」
と見始める、そんなマンガ。

  ……もし狙い済ましてそこに落ち着いているのであれば……
  それはもう、バケモノみたいにすごいことだと思います。
  この監督(か、その匙加減を司ってる人)は、
  アニメ業界で食いっぱぐれることは一生ないんじゃないだろうか。

キャラクターはテンプレの切り貼りですし、
物語はバカタレラノベお得意の超能力大戦ですし、
特に見るべきところはないはずなんですけどね。
テンポや配役が心地よいだけなのかなーと思って見ていると、
たまにヘンに、グッと感情のツボを突かれたりもして、心にはキチンと負荷を与えてくるあたり、
ただただラクチンなばかりの萌え系アニメともくくれない。。

もしここに挙げた今期の5作品を全部メディアに焼いて残したならば、
先々と一番再生回数が多くなるのは、多分『これゾン』だと思います。
全体的なクオリティの高さや豊かさという意味では『まどか』等の方が上なのは明らかだと思いますが、
それを「聖」だとするならば、「俗」側のパラメータを鍛え上げて上回って見せたという
計算高さが伺えます。
不思議な作品。
ハルナの「めっちゃ~」と「~しろよな!」は、
とにかく聞いてて心地良いです。
こういうのも珍しいな。


 ▼『お兄ちゃんのことなんか全然好きじゃないんだからねっ!!』




いつ見始めたんだ! と言われそうですが、ワリと最近です。
ここ4回くらいかしら。
マこれはOP見たさに見ているだけで、本編は全然オマケです。
流してるけど見ていない、そんな感じ。

連綿と続く、オタクカルチャー縮小再生産自虐系。
いい加減オッサンのオイサンには食傷気味の題材なので真面目には見ませんが、
若い方々は見てて楽しいでしょう。
そんなカンジ。


……あと他には、『レベルE』も見てますし、『ジャイキリ』も見てますが、
特に感想ナシ。
この二つに関しては、面白い/面白くないを言うようなモンじゃないと思っているので、
ただ、「ずっと見てます」ということだけが唯一の答えになると思います。



マまとまりはありませんが、そんな感じでヒトツ。

……ム?
高槻さんと千葉さんの薄い本だと……?
そいつぁ興味あるな、
キミ、詳しく聞かせてくれ給へ。

オイサンでした。
 
 
 

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コメント

■第4先輩さん
ども、ご無沙汰です。いかがお過ごしでしょうか。
『放浪息子』、
オイサンの場合は一話で快哉を叫んで、実は2話目3話目くらいで
一回トーンダウンしたのですが……なんというか、
のちのちそれが勘違いだったと気付いた、と言う感じできてますね。
 
正直なところ、見ていて心地良い、ウレシイと言うことばかりが先走って
あまり細かいことを考えられておらず、
その分からなさがまた嬉しかったりして、
ここまで来てしまってます。
なのでまたもう一度、一話から見る時間をとりたい。
……だもんで、4月期の新番で面白いものが多いと困るなあ、とか思ってます。
 
あと安那ちゃんの競争率が高くてまた困ります。
 
『まどマギ』について長くなったのは、
マ人気も注目度も高い作品なので、それなりにちゃんと理由を書いとかないと
まずいかなあと思ったので、そうなってしまってます。
結局のところ、注目してしまってるというのもあり。

「クオリティが高いと分かるものが、自分の気に喰わない」
という状態はやっかいです。
自分をキチンと説得させるため、という意味合いもあるかもしれませんね。
そんな感じです。
 
また美味しいもん食べましょう。
ほなまた。

投稿: ikas2nd | 2011年4月 4日 (月) 00時44分

久方ぶりです
放浪息子は素晴らしいですね……
1話のやよいが叫んで、桜の散るシーンの感動は今でも覚えているし、同時に、あの時あのアニメに対して感じたドキドキが、今でも対して減衰すること無く続いている。

今は9話まで見たのですけど、二鳥君の、「楽になりたかった」が、後になってじわじわ来てます。
あの頃の僕や僕の周りに、彼らほど繊細に思い悩む人がどれほどいたかは覚えていませんけど、あの全能感は確かに、ありました。

「私が叫ぶ」ことと「桜が散る」ことがやんわりと連動してる。大丈夫。頑張れる。
「僕が女の子の格好になれば」「僕が楽になれる」。
全てを自分の行為で切り開いていけるような連動感と、それを見守る大人の優しさ。
あと安那ちゃんと付き合いたい。

まどマギについては、コメントは差し控えますけど……昨今のオイサンの記事の中で、珍しくストレートにして長々とイマイチ感を述べてらっしゃっるのが、何だか面白いですね。

ではまた。

投稿: 第4先輩 | 2011年4月 2日 (土) 11時37分

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