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2011年3月 5日 (土)

■カエリミル・クリミナル -更新第645回-

 ダイソーに ナを加えたら ダイナソー


オイサンです。


「機能はシンプルでボディはデカイ」という意味で、
ダイソーは恐竜っぽいと思うんですよね。

そう、今日のお話は、あの天下無双の100円SHOPダイソーさん
……とはコレッポッチも関係のない、チョイとばかし真面目なお話です。



■量ることも出来ない



今日Twitterで、とあるオイサンのフォロワーさんが、
千葉県の女児殺害・死体遺棄事件の判決についてポロッとふれておられました。

オイサンはこの事件には全然興味を示しておらず、
一体いつのどの殺人事件なのかも分からない有様だったのですが、
そのコメントを見かけてチョイと調べてみ、
ああこんな話だったかと改めて事態を把握しました。

 ▼東金女児殺害 懲役15年 千葉地裁判決 [ 東京新聞 ]
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011030402000187.html


マ事件の細かい内容はともかく、そのフォロワーさんの呟かれることには、
「判決の懲役15年は短くねえか」
ということでした。

オイサンは別段、そのご意見自体には賛成も反対もありません。
「小さな子供を殺して、その死体を棄てた」
という行いに対し、果たして、自分の人生のうちのかけがえの無い時間の、
どれだけを支払って償い、省みて、更生することが妥当かなんてことはもう……
とてもじゃないですが正確に量れる気はしません。

ただ、そこからちょっとだけ視点を引き、
「刑」や「罰」ではないただの「時間」、
人や自分が何年生きるかわかりませんが例えば67年(*1)だとして、
そのうちの15年という時間が、全体の割合として大きいか小さいかと言われたら……
そらもう、中々の大きさだと、感じざるを得ません。

  *1:オイサンが高校生の頃、ナムコの『X-DAY』という
    余命検索サービス(という名のゲーム)ではじき出された数値です。
    4回やって3回この結果だったので、案外その辺でどうにかなってしまうんじゃないかと、
    ワリカシ本気で思っています。

ついでにコレは余談になりますが、
一生のうちの一年の長さに対する長さの感覚というのは、
若い頃に比べて「長い」と感じる様になりました。
えーと、過ごす一年の体感時間を「長い」と感じているわけではなく
(その感覚はご多分に漏れず子供の頃よりも短く感じています)、
一生という時間のうちで一年という時間が占める重み、と言えばいいんですかね。
まコレに関しては多分、
「残り60年あるうちの一年:1/60」であるか、
「残り30年しかないうちの一年:1/30」であるか、
という、意識の差でしょうけど。

でオイサン今が35歳、今年36歳ですから、オイサン感覚の15年、
「15年 / 31年」は、そらもう大きいと感じるワケです。

  あ、もう最初にオコトワリしておきますけど、
  こういうお話をするときに避けることの出来ない
  「じゃあお前自分の身内が被害に遭ったときにもおんなじコト言えんのかよ!」
  的なことは、もうすっかりご勘弁下さいね。
  そんなん無理っすよ。
  無理無理。
  絶対、塀の向こうに一生入って出てきて欲しくないと思いますモンねそんなの。
  ヨユーで。
  やられた身内と、自分の手で同じメに遭わせてやりたいと思う派ですものオイサン。
  ケチな男ですよ。
  今回はあくまでも、大外からシステムだけを考える人間としてのお話だと、
  まずはご理解下さい。
  それが無理な方は、好きなおでんの具のコトでも考えてニヤニヤしていて下さい。



■100%有期



デ本題なんですけども、その方の、15年を短いと思う感覚で、
「じゃあ何年だったらいいと思うの?」
……なんていうことは、長いとも短いとも、言うことはオロカ、
感じることも出来ずにおるオイサンが詰め寄れることではないので置いておくとして。
とりあえずこれ以上長いのはないってことで、
仮に「無期刑」か「終身刑」、「死刑」のどれかになったとしましょうよ奥さん。

  ところでこれも今回調べてみて初めてハッキリとした違いを知ったのですが、
  無期刑と終身刑にはこういう↓違いがあるんですってよ奥さん。
   ・無期刑:とりあえず10年つとめ上げれば仮釈放の「可能性がある」。
   ・終身刑:仮釈放の可能性がなく、死ぬまでオナワ。

……と、考えたときに、


……。


どうでもいいけど、こんだけ刑刑書いてたら、オイサンの頭ン中で
「刑」の字のゲシュタルトが壊れてきたな。

……えー、考えたときにですよ、
受刑者の反省・更生を主目的とすると……
有期刑と無期刑、より高い効果を発揮するのはどっちなんだろうなあ、と、
また埒もないことにふと思いがいってしまったのでした。

 ▼罪と、罰と……

マそもそも日本の裁判とか刑法において、
「刑」というものが「罰」としての性能を重視されて定められているのか、
「反省・更生のための機会・期間」として設けられているのかということについて
オイサンよう知らんし考えたことも無く、今もまだ調べてもないわけですが、
たまにニュースなんかで漏れ聞こえてくるサイバンチョーからのワンポイントアドバイスから鑑みますに、
機能としては両方を期待されているんだと思うんですよね。
その理解に、多分マチガイはないと思います。

デ単純に「悪いことをした罰」とだけ考えれば、
長く、苦しい方がその機能は満たされるでしょう。
今回の件に関しても、
「15年、足んねえ? じゃキヨミズのパラシュート部隊のつもりで……20でどうだ!
 まだ無理!? かー、イケちゃんには敵わねえなあ!!
 しょうがねえ、無期ならどうよ!!」
というハナシで済むと思います。イケちゃんて誰よ。

ですがその、もう一つの機能、服役期間を反省・更生を促すための期間だとすると、
赦される可能性の残された短い時間と、
赦される可能性の閉ざされた長い時間とでは、
人間、果たしてどっちの方が積極的に自分の行いに思いを馳せ、
悔いたり改めたりしようとするでしょう?

  ……ちなみに、上で「赦される」と書きましたけども、
  あくまでも「法的に」のハナシですからね。
  個人的なお話は当事者同士でして下さい。

……マもちろんね。
「ヒトそれぞれ」なわけですよ。そんなモンは。

ケツ突き出したこども署長に両のひと差し指で「死刑!」と宣告されて死と向き合う……
自分に降りかかる、より重い事実と直面した方が、
自分のやらかしたことのヤバさにより早く深く気付く人もいるでしょうし、
同じ宣告を受けたとしても、
どんなに反省し、悔いたところで行く先がドン詰まりだと決まっているなら、
と、考えることも悔いることも諦めてしまう御仁もおりましょう。

逆に、いついつに赦されるという有期刑に服するとき、
赦されることの重さに気付いて、積極的に悔いよう、改めようとする人間もいれば、
逃げ切るように、服役期間を黙々とやり過ごす人間もいるにちがいない。

  ……オイサンは、死刑囚になったこともお話を伺ったこともないので
  その精神状態について詳しくはありません。
  「そんな健常な、フツーの状態の人間の推し量れるような簡単なモンじゃないんだよ」
  というご意見もありましょうよ。
  仰る通りだ。
  なんかもっと、特殊なキモチになるにちがいない、とは思うんですがね。
  そこまでは、如何せん貧弱なオイサンの想像力と再現力では追いつかない。
  そこは多分、まだ「死」というものと深刻に向き合ったことのない
  オイサンの幼さなのでしょう。
  もっと考えないとダメだ。
  ま「フツーに考えれば」くらいでお願いしますよホント。

だから、その。
何十年という時間を、償いと反省のために支払うとき、
今回の15年という時間がその二つの機能を満たすにリーズナブルなのかどうか……
ただ足しゃあいい、というハナシでは、まず間違いなくないと思ったのでした。

それもケースバイケースで、
「今回のヤツは反省しそうにないから罰重視で」
「今回は更生出来そうだから反省重視で」
という振り分けが、明確にではないにせよ、サイバンチョーの頭の中ではなされるのでしょう。
「更生出来そう / 出来なさそう」という手応えと、実際の罪の重さとか、
判例とか被害者側の心情とか、そういう色んな天秤のもとで。

罪と罰と、そこにもう一個、省みること、改めることというファクターが加わったとき、
裁くということが最も人の世に効果的に働くために、
……それは多分、天秤みたいに簡単なバランスとりではなくて、
コロンと乗っけた錘があっちへ転がりこっちでぶつかりして、
人の世のルーブ・ゴールドバーグ・マシーンががっしょんがっしょんと動いたときに
一番美しい軌跡を描くのは……果たしてどの錘を乗っけたときでしょうか?


……なんていうね。
一番いい荷重を見つけ出す、気の遠くなるような作業なんだろうなあと、
ワリと真摯に、ちょっと不謹慎に……考えてしまったオイサンなのですよ。



■Closing



マ頭の方でも申しましたけどもね。
やられた方にしてみたら、やった人間がいくら反省しようと改めようと、
失ったものが返ってくるでなし、それで世間がいくら良くなろうと知ったこっちゃないわけです。
オイサンは、他の気持ちはわかりませんが
その気持ちだけはとりあえずよく分かる気がします。
それは多分そういう人間だから。

なので別段、悪いことをした人間を擁護する気もサラサラありませんけども。

ただその、裁いたり、懲らしめたり、赦したりと
人間の様々な面に思いをめぐらせて作り上げられたシステムの威容、
人間の人間を知った姿をムダにはしたくないと思ったので、
ちょっとまあ、ね。
らしくはないと思いますが、思ったことをタラタラとまとめてみただけの小春の夕べですよ。

死刑の廃止だとかなんだとかは、
色々と小難しく、ものの見方もご意見もヨノナカにたくさんあるので
オイサンごときが何か言うのもオソロシイのですが。
オイサンは、死刑に賛成したり推進したりするものではありませんが、
制度・システムとしては、あるだけあってもいい……とは、思ってます。

  システムとしてあるものを、実際使うかどうかは置いておいて。

そこにあるだけで一つの抑止力となることもありましょうし。
上でお話したみたいに……ねえ。
それでなければ反省しない人もおられるでしょうから。
一つ上のランクで鍵のかかった最後の手段として、……核ミサイルと同じくらいの意味でね。

  イザという時でもオイソレとは発射できないように、
  信管は抜いておくくらいでいいのではないでしょうか。

マあったらあったで使いたがる人もいるのでしょうし、
「お飾りとして定着してしまったらイミはない」なんていうカッコイイことこの上ないリクツで
振りかざしたがる御仁もおられましょうし、
あるだけで危なかったりしますでしょう。
これはこれで、ウカツなリクツではあるのかもしれませんけども、
一つの考え方としてね。
お飾りとして定着するなら、それが一番なんでしょうね。



マそんな感じで、
いつも以上に煮え切らない心地で一つ。

オイサンでした。



▼皆殺しのメロディ



 
 

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