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2011年2月27日 (日)

■澱み借景 -更新第642回-

どもコンバンワ。
『ドリームクラブ』のせいで、
お酒を飲むことにあまり抵抗がなくなってきているオイサンです。

  イヤ、だからといってイキナリお酒に強くなるワケじゃないんですけどね。

なんかこう……ある一つのことをテーマにしたゲームをプレイして影響を受けることで、
今までの「自分はそういうことするキャラじゃない」感が消えて、
「こういうゲームをやったから、こういうことも始めてみました」
みたいなところが、オイサンにはあるワケです。すごく。
安っぽいミーハー根性と、エクスキューズの混成みたいなものですけどね。

  『けいおん!』を見てギター始めるのと同じです。
  オイサンの場合それが、『アマガミ』をやって50kg痩せたとか
  (それには直接的な関連性が見出せないので説明するのが一苦労ですけど)、
  『北へ。』をやって頻繁に北海道にいくようになったとか、
  そういうことにあてはまってくるわけで、
  定着するかしないかでそれがミーハー根性かそうでないかが決まります。

そういう風に考えると、今のオイサンの姿というものはかなりの割合で
画面の向こうからこちらに降り注いできたものを浴びることで体に染み付いたものだ、
ということが出来ます。
それは、今回の『ドリクラ』とお酒のような直接的な関係の物から、
もっと裏側の内側でつながる、思想的・テーマ的なものまで。

  イヤ、本当にね。
  オイサンはゲームから色々なものをもらって出来ている人間ですから。
  ゲームに背中を押され、分かれ道で蹴っ飛ばされして
  ここまで来たようなものです。

そんなことで、ついさっきまで、
ちょっとお酒を飲んだら寝てしまって書かなきゃならない記事も書けてないオイサンです。
アカンがな。



■にごり酒の澱



しかし、どうだろうか。
こうして、酔いの少し残ったアタマでふわふわと考えてみるに、
ブンガクなんてものは多少酔ったくらいで考えるのが適当なのではないかなんて、
思えてくるから不思議というか、人間いい加減というか。

  ……多分、酔っ払いはみんなそう考えたりするんだろう。
  度が過ぎると、ただのアル中の自分勝手な正当化になりかねないから気をつけよう。

世の中の、成熟を経験した人間の大半がお酒を嗜むのだとすれば、
作品が如何にご立派な顔をしたものだとしても、その足元、
くるぶしくらいまではひたりと酒に浸かっていても悪くはない、
寧ろそれは、人の姿を映し出すのに必要なことなんじゃないかと思えます。

  ただその浸る箇所が肝心要の足元であって良いのか、
  という問題はのこりますけども。

作品に、根元から吸い上げたその熱の気配が滲むのかどうかというのは、
その作品が評価されるにあたっての一つの重要な軸になるのかもなあ、
見る人はそんなところも見ているかもなあと……
思ったりもいたしますよね。

作品が醸し出す哀愁に、深み、浅はかさ、
……それがプラスのものなのかマイナスのものなのかはまだオイサンには量りかねますが、
そんなものが加味されるように思います。

  たとえ加味されるものが「浅さ」だったとしても、
  「お酒によって浅さがにじみ出てしまった悲しみ」のようなものが、
  また新しい深みを連れて来てくれることでしょう。
  ……マそれを言ったら、
  「そんなお酒を知らないことへの悲しみ」を利用して、
  シーソーみたいに新しい力を蓄えることもまた、可能なのかもしれません。

お酒が積み重ねてきた歴史は人の営みの中でも計り知れず、
齢を重ねた人間の、日々の喜びや悲しみの傍らにあるものですから、
その存在の厚みを、借景のごとく、背景に借り出すことを知るだけでも、
一つ、
作品に力強さを宿す助けと出来そうです。
……うーん。
まあ、物語の中での使い方を誤ると
随分と薄っぺらいものになってもしまうに違いありませんが。

何かを語らせ、また何かを黙らせるのには、お酒はうってつけの存在であるように、ですね、
『ドリームクラブ』もそうですし、『キャサリン』でもそう、
だれかとお酒を飲むというシーンが静かに何かを語ろうとする
いわゆる「大人ターゲットのゲーム」が少しずつ存在感をますこの時期に、
なにやら……深々と感じ入ってしまったオイサンなのですよ。

うん。
今まで、「何故この場面で、人がお酒を飲んでいるのか」について思いを馳せることを、
オイサンは疎かにしてきたかも知れんなあ。

まオイサン含めた若い人がお酒を飲まなくなりつつあるという昨今、
そんな歴史認識もまたこの先通用しなくなっていくのかもしれませんけどね。
それはそれで、すごく勿体無いような。
ていうか勿体無いな。
残念。


……とね。


酔っ払いはいつの世も、モノゴトもっともらしく語りますから。
皆さん、だまされないように注意しましょうね。
大人なんてウソばっかなんだから。
これホント。


  ……だんだん、「さて本当のことを言ってるのは誰でしょう」みたいな話になってきたから
  そろそろやめようw


……しかしこんな事を言い出すと、今度は性の問題にも同じことが言えてしまうので、
また自分の首を絞めることになるなあ。
やっぱ、それを知らないテはないのかなあ、なんて……ねえ。

でも大丈夫!
コンシューマーゲームで出てこない限り、オイサンの
「それは自分のキャラじゃない感」ははずせませんからね。
エロゲーなんてやんないもの。



ピュアソウル。
オイサンでした。




 

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