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2011年1月の15件の記事

2011年1月31日 (月)

■やがて止まりゆく街の鼓動 -更新第637回-

マキャベリズム。
言ってみただけ。
オイサンです。

ちょっと胃に良さそうとか思っている。


いやあ、先週marbleさんのライブに言って以来、
『Lingering-Fizz』がお気に入りでずっと聴いています。

これが果たして、もともと好きな曲なのか、
それともライブによって何か特別な属性を得たのか……
ライブ前には聞いたことがなかったので分かりませんが。

 ▼Lingering Fizz
 

  ♪今ァ↑夢ェ↑の華が咲く!

のところがすっごい好き。







先日の記事でちょっとご紹介した、
「ほぼ日刊イトイ新聞」の中で連載されている、
カラオケスナックで糸井さんたちがゆるーくしゃべる記事、「THE KARAOKE」。

  ▼THE KARAOKE
  http://www.1101.com/karaoke/index.html


その中で、ジュリーことサワダ・澤田・うさだ、否、沢田研二の超メジャー曲
『TOKIO』の作詞が糸井さんであることを初めて知りました。

  オイサンは糸井さんのコトバ遣いが大好きですからね。
  オイサンの日本語使いとしてのルーツの一つでもあります。

考えてみると、出だしとサビくらいは知っているものの、
フルコーラスで真面目に、大人になってから聴いたことがあるかというと
あるわけが無い。
デ興味が沸いたのでちょいちょいちょいと調べて聴いてみたところ……。


 ▼TOKIO
 



……。



いやー。
ナンダコレ。
すげえな、イミ分かんないや。
イミ分かんないのに気持ちはすごく良く分かるという、相変わらずの糸井節がそこにありました。


  ♪火を吹いて 闇を裂き スーパーシティが舞い上がる! TO・KI・O!


ですよ。
火ィ吹いちゃうんだ!
そんで「スーパーシティ」!

曲の発表が、昭和54年。
オイサン4歳だよ。
いやー……。
……。
言葉を失いますね。
時代。

なんかねえ、すごく良く分かるんですよ。
この火を吹いちゃう感じとか。

  オイサンにとって、糸井さんの使う言葉の表現と言うのは、もう理屈でなく沁み渡る。
  腑に落ちるまでもなく、皮膚に染み込んでくるんですね。

火を吹くスーパーシティと言われてオイサンの頭に浮かぶのは、
『ファイナルファンタジーⅦ』のミッドガル。
スチームパンクですよね。
闇に妖しく蠢く、光と影。
そこに詰まった夢やら、憧れやら、その反対のモノたちやら。

 ▼ファイナルファンタジーⅦ オープニング
 
 4分辺りから。

TOKIOという街が当時、確かに誰疑いようの無き世界に誇るスーパーシティで、
多分それは今だって大して変わってない。
世界的に見たら、今でも「スーパー」を冠する素質は十二分でしょう。

  「スーパー」という言葉の価値や重みが
  大暴落しているきらいも十二分ですが。

……ただ、今の東京は、火は吹かないでしょう。
それは主幹産業の変遷という意味もありつつ、
熱量という意味でも、シンボライズという意味でも。
今のTOKIOが火は吹かないことは、日本人なら大概の人は、肌でなんとなく
感じてしまうんじゃないでしょうかね。

当時、糸井さんも多分イケイケで、
「やさしい女」が眠るところや、
「かなしい男」が吼えるところを、星の数ほど見てきたんでしょう。
時代。
いや、時代だねえ。



■TOKIOと言えば……



オイサンは田舎で育ったせいか、関東に暮らしてもう10年以上にもなるのに
都心部に出るのが全然得意ではありませんし、
あの大都会にも何のアコガレも抱いたことがありません。
未だに苦手です。
人や車の多さも、たくさんの高い建物も。
馴染めないし、魅力を感じない。

しかし最近、先週のレポートしたmarbleさんのライブもそうですが、
人と会うために真ん中辺りに出て行く回数も増えてきたので(これでも増えているんですよ)
前ほど苦手意識もなくなってきました。

まあそもそも「苦手意識」ではなくて、ただ楽しめないだけなんですけどね。
オイサンが出かけるときは、特に施設やイベントなんかをアテにして出かけるわけではなく、
なんとなくそこにあるあの風景やなんかをボンヤリと眺めて
そこから何かを思い起こそうとすることが多いので……
都心部の、あの風景からはそういうことがなかなかし難いというだけで。

また、都会での暮らしに馴染みが無いので
その風景の中で暮らす人々の営みを思い描きがたい。

そうすると、居場所と行き場を失って、
手持ち無沙汰になるか、はたまた居た堪れなくなってソソクサと退散するしかなくなるんです。
そんでなんか、毎度、時間を無駄にしたような気持ちになって家に帰ってくるという、
そんなことの繰り返しだったような気がします。

町遊びや町歩きが、得意ではなかった。
しかしようやく最近になって、あの町をどう楽しんだら良いのか、
楽しむためにどう利用したら良いのかが分かってきたような気がします。

先週のライブ会場は鶯谷だったのですが、
電車を飯田橋で降り、山の手の中を斜めに突っ切るみたいに歩いてみました。
小石川の後楽園に寄り、
スカイツリーを眺めながらまっすぐ東に歩いて、
東大を冷やかし、
上野のお池を渡ってまいりましたが……
何が面白かったって、後楽園周辺の遊園地と東京ドームが見え隠れするあの町並みは、
妙にダイナミックで見ごたえがありましたね。

  東大は思ったよりもうらぶれた感じでしたが、
  以前、とあるご縁で開成高校にお邪魔したときにも似たような感想を抱きました。
  実際行って見てみるまでは
  「アタマの良い人たちの集う学校なんて、ピシッと整然としているものだ」
  と勝手に思い込んでいましたが、

  イヤイヤイヤ、どうしてどうして。
  無っ茶苦茶でしたね。

  山の斜面みたいな土地に建て増し建て増しを繰り返したらしく、
  ものすごく無計画で、雑然として。
  思うに、あの立体感や、予測のつかない造形が、
  脳に悪からぬ刺激を与えるんじゃないかと、そんな風に思えました。

  イヤ、ワリと真面目にね。
  岡本太郎さんもなんか似たようなことを言ってましたし。

ちなみに昨年末、『アマガミ』のマンスリーイベントで品川あたりまで赴いたときも、
わざわざ電車を目黒だか五反田だかで降りて歩いたのですが。
あの辺りは比較的、起伏に富んでいて面白かったです。
そんでまた、高っかそーな家ばっかしでね。
空気も悪かろうに、何が面白くてあんなところに住んでるんだろうか、なんて
マ皆さんそれぞれに趣味趣向、便不便のご事情もおありでしょうんでね。
いいんですけど。

なのでオイサンは、この町には特に憧れや郷愁はありませんが、
この町で生まれ、育ち、この町なりの遊びを知る方々には
並ならぬ吾焦がれがあります。
もっと上手に、このスーパーシティを歩き、楽しめるようになりたいものです。

火ィ吹くかどうかは別にして。



■オリンパスのアレ続報



以前の記事でオイサンの欲しがった、オリンパスのハイエンドコンデジ、
発売日が2月の18日に決まったそうです。
色々と解剖記事も出始めているご様子。

 ▼写真で見る「OLYMPUS XZ-1」[ITmedia]
 http://camera.itmedia.co.jp/dc/articles/1101/12/news090.html

 ▼撮影性能を求める人にもデジタル表現を求める人にも魅力的――「OLYMPUS XZ-1」[ITmedia]
 http://camera.itmedia.co.jp/dc/articles/1101/25/news018.html

 ▼写真で見るオリンパスXZ-1 [デジカメWatch]
 http://dc.watch.impress.co.jp/docs/review/pview/20110119_420988.html


レンズの周りにコントロールリングがついているのが魅力的ですね。
レンズがキャップ式なのがちょい面倒くさそうか。
とりあえず店頭に出るのを待っていじってみようとは思いますが、
店頭で出来る試し撮りなんてたかが知れてますんで、
とりあえずエイヤアで買ってしまいそうな気がしますが。

楽しみではあります。ヌフフ。



■Closing~PSP2・NGP発表に寄せて



えーと、まあ、大体そんなことで。
心に映りゆくよしなしごとを書きつくってみた、そんだけです。
ああそうそう、次世代PSP、NGPが発表になりましたね。

何やら色々と遊びが盛り込まれていましたが、オイサンが注目したいのは、
ソフトの供給形態であるところの新規格のフラッシュメモリと、
背面に備わったタッチパネルですかね。

「ブラのホック外しゲーム」だとか、早速良からぬ遊びのご提案が各所から為されているみたいですが……
マ冗談もさておいて、オイサンはあの背面タッチにはワリと本気で魅力を感じています。
任天堂が64を出すにあたり、アナログ入力の3Dスティックを搭載し、
後のゲーム機全てにアナログ入力スティックが備わった様に、
あの背面タッチは、ゲームの入力の世界に新しいエポックをもたらすんではないかと
どきどきしておりますよ。

  具体的になんだと言われたら……ブラのホック外しゲームですけど。
  イヤそれは冗談で、思いつきやしないんですけどね。

なんというか、あれをつけたことで、
SCE(今はもうソニー本体がやってるのかな?>PSP開発)の哲学は、
任天堂のもの作り・遊び作り・遊び場作り・遊び道具作りに一歩近づいたと思う。

まあオイサンはそもそも任天堂びいきなのでアレですが、
それを差っぴいても、任天堂の「遊び」に対したときの物づくりの哲学は、
やっぱり他の追随を許さないと思っています。

その任天堂のハードウェア開発部隊も、
あの背面タッチ搭載には、「やられた」と唸ったんじゃないだろうかなあ、
とか想像をたくましくしております。
実際どうだか分かりやしませんけどね。

どんな使い方をするかのアイディアは、次回までの宿題にしておきたいと思います。



マそんな感じでヒトツ。
オイサンでした。


 

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2011年1月29日 (土)

■魔法少女はナイトピアンの正論を直視するか。~2011年1月期・アニメ感想(2) -更新第636回-

広げた風呂敷を棚に上げる、劇的収納上手さんになりたい。
オイサンです。

ピロピロリン♪
意味のない擬音。


えーと、PSP2の発表とか。
『ドリームクラブZERO』買いましたとか。
書きたいこともあるんで、イヤそんな近況も書くんですけど、
アニメの感想書いたらまた一杯一杯になってきちゃったんで、とりあえず今回の記事はそんだけです。

くそー。
もっと時間が欲しいよう……キュウべえ! 一日を二日にして下さい!!



■『まどか☆マギカ』



えーと? とりあえず3話、4話と見たのかしら。

世間的には中々に衝撃的な回であったようなので、
なんかもうあっちゃこっちゃで色々と感想や考察が出回ってるんでしょうけど、
とりあえず自分が見て感じたこと・考えたことをまとめておきましょうかね。

なんというか、ようやく
「全体として作り手がどういう空気の世界・物語を描きだそうとしているのか」
を、自分の中で自然に受け取ることが出来たので、良かったです。
それは第3話のアバンを見てOPにスッと入るタイミングで、
「あ、そうか。この話はそうなんだ」
と思えた。なんでか分からないけど。

今までは
 ・シャフト・新房作品
 ・ウメス
というフィルターがかかっていて、やはりどうしても、
作品そのものをキチンと見ることが出来ていなかった。
なんかこう、多少『ひだまり』的なテイストを見出そうとする気分があったのだけど。
逆に今度は
「では作り手は、その空気を備えたこの作品で、何をしようとしているのか?
 世の中に対して、どんなことを起こし、流れを作っていきたいと思っているのか?」
という疑問が芽生え始めているのですが、それはまた別のお話ですね。

 ▼お話

3話・4話のハイライト……というと、もうアレです。
頭から食べれるオッパイで黄色い先輩。

  「ねえねえ、マミさん食べる時、頭から行く? それとも尻尾から?」
  「そりゃ頭っしょ」
  「えー? あたししっぽー」
  「なにそれ超モグリなんですけど」

なんて言う女子高生同士の会話がですね、
通勤途中の小田急線車内で聞かれてしまうほど
この二週間はそんな話題でヨノナカ持ちきりだったワケですが(若干誇張)。

オイサンは2話まで、キュウべえとセットでマミさんを疑ってかかってましたから、
この退場劇はなかなかに意外でした。

彼女がこのタイミングで死んでしまったこと
(おとなしく死に続けるかどうかはまだ微妙だと思いますが)に、
お話的な必然があるかどうかはお話全部が終わってみないと
受け手には分からないのでその辺はおいておきますが……。

個人的な好き嫌いで言うと、この
「早い段階で重要そうな人物を死なせてしまう」
という手法は、あんまり好きじゃないです、オイサン。
衝撃よりもあざとさが先に立ってしまい、かえって見る目が覚めてしまいます。
その辺がこう……オイサンの不公正というか、甘っちょろいところで。

この「マミさんの早すぎる死」というパーツが、
お話の全体像を捉えたときに、最終的にすごく光を放つものとなってくれるなら
「ヤラレター!!」
となるのでしょうが……ハテサテ、どうなることやら。

あと、一つ興味深いのは、
「仲間が出来、希望を持った瞬間にやられた」
という、彼女が魔女にやられたタイミングです。
何かそこに意味があるんだろうかと、ふっと思ってしまいました。
マただのフラグでしょうけども。

 ▼まどかの素質~望む物がないということ

あと、散々言われているにもかかわらず尻尾を見せない、
高いと言われているまどかの魔法少女としての「素質」とは果たしてどんなもので、
どういう人間が……どういう心を持った人間が高い素質を得るのだろう?
と、考えてしまいました。

今のところ、ヒロインまどかが他の子たちと比べて特別であるのは
「自分に向けた、これと言った切なる願いを持っていない」
こと、あるいはその望みが「特定でない人のため」である
ということで……その恵まれているが故の虚ろさみたいなものは
何か関係があるのだろうかと、今アタマの中で渦を巻いています。

  こういう練り込まれた(様に、少なくとも見える)作品というのは、
  全てのことに何か理由や裏付けがあるように見えるので、
  こういうことを考えるのが面白いですね。

現時点見えている『まどか☆マギカ』の世界は、
魔法少女同士さえが争い奪いいがみあう、
魔女との戦いという意味でも、仲間(?)同士という意味合いでも、
いわゆる「バトルもの」です。

少女同士が戦い合うその世界観は
『ミンキーモモ』や『スイートミント』『ファンシーララ』等々、
昔ながらの魔女っ子ものに親しんできたオイサンにとっては、
……昨今のトレンドの中では十二分に主流になっていることは理解していますが、
やはり「魔法少女モノ」本来の姿にそぐわない、イレギュラーなものとして映っています。

  良い悪いじゃなくね。オイサンの感覚としての話ですよ。
  冒頭でも書いたように、特に今回新房カントク・ウメスという
  『ひだまり』タッグが関わっているので、
  そういう雰囲気を期待した、というコトもすごくアリ。

ですが、その中でヒロインまどかの
「自分のためでない、世のため・人のために役に立ちたい、
 損得以上に、人の心の平穏と笑顔の奉仕者でありたい」
という……ある意味バカげた、素直すぎるパーソナリティこそが彼女の「素質」、
魔法少女としての唯一無二のパワーの根源として直結するのであれば、
それは古き良き魔女っ子ものが持っていた、
『やさしさ・あたたかさ=強さと正義』という図式の復権を意味するものなのかもしれません。

  オイサンはそこに期待……したいのですけれども、
  この脚本家さんの筆先のほどを、如何せんよく存じ上げないので何とも言い難い。
  ですがここまでの展開・描き方で
  随分とパワフルかつ繊細であることを理解するには十分だったので、
  「期待の期待」をする分には十分かと思います。
  楽しみです。



……。



……あー。
そっか。
今、ヒトツ繋がったぞ。

4話、キュウべえの
「マミみたいな(損得考えない、純粋に町を守るために戦うような)子は珍しかったけどね」
という言葉と、マミさんの早過ぎる死は。
もしかすると、
「人の希望を守るためだけに戦う、純粋な魔法少女としてのスタンスの継承」
という意味合いがあったのかしらね。
マミさんからまどかへの、生き方の受け継ぎが、
それとは描かれずとも、まどかが勝手に受け止める形で繋がったのかもしれない。

ウン。

そう考えると、話が綺麗だな。
いいぞ、面白くなってきた( ← 毎度、大抵こうやって勝手に盛り上がっている)。

  あとバトルと言えば、魔女とのバトルシーンまでのシーケンスがやっぱりすごいゲーム的で。
  道中のシーンがあって、ボスとのバトル空間があって。
  第3話での魔女とのバトルを見ながら、『NiGHTs』を思い出してました。

  ▼NiGHTs~INTO DREAMS(SEGA SATURN)
  

  リズムアクションとSTG・格ゲーが一まとめになったようなシステムで
  ゲーム化されると嬉しいかも知れんな。


 ▼魔女

あとオマケ程度に。
4話の展開で、「魔女」の存在が急激にリアリティを失ったことがちょっと残念だった。
もっと、日常の隙間に偏在する、個人的で感情的なものかと思っていたんだけれども……
あんなに「これと言ったわけも無く、刻印一つで大量殺戮も起こせるような」、
ある意味で即物的な存在なのかと。
怪人が洗脳チップを埋め込んで大衆をコントロールするとか、
そういうレベルのことに見えて、ちょっとそれはちがうんじゃないの、
と感じました。

その辺どーなんだろ。
ちょっと勿体なかったな。

 ▼絵作り

相変わらず、画がすごいですね。
静止画……デザインという意味でも、動画……カット割りやカメラワークという意味でも。

静止画的には……魔女世界に現れるこのおっそろしい絵って、
誰か昔の画家のモチーフでもあるんだろうか? というほど、毎回毎回、
鬼気の迫りっぷりがアップしてる気がしますね。

なんのモチーフもないんだとしたら……すごいなー。
アニメもここまで来たのか……というか。
アートではなくアニメの世界に、こういう才能を持った人たちが
喜んで入ってくるようになったんだなあと思うと、なんか楽しいですね。

動画の面では、一つ一つのパーツは今までオイサンが見てきたシャフト作品、
『ぱにぽに』、『ひだまり』、『夏のあらし!』などで
散々見てきたものの集合体のように思えます。
が、これまではそれらの手法は、心地の良いテンポづくりや、遊びや、ちょっとした心象表現として、
ある意味で映像物語作品の本筋を担うワケではなく、
その微調整のような位置にあった様に感じているのですけども
(勿論それだって絶大な威力を発揮していたのですけれども)。

  カンカンカンとカットを切り替えてみたり、
  舞台風に真横からのショットにしてみたり、
  画面の一部分だけ、切り抜かれたみたいに影をおとして色を変えてみたり。

今回は本気で、それを本筋に据えてきたように……
なんとなくですけど、感じています。
世界の空気や、気持ちを描くために全部のパワーを割くと、
ここまで濃厚でパワフルなものになるのかーと……
ちょっとね。
やりすぎでおくびが出そうになるところもありますが、感心しています。

でもちょっと、やっぱり重たすぎる気がします。
ウム。

それと、OP最後の絵。
まどかと、さやかと、マミの絵。
真美さん復活がないのなら、これは幸せな頃の思い出の絵、ということになるんだろうか。
だとすると凄く残酷な話なのだけども、
この絵があるから、マミさん復活があるんじゃないかとか、
ヒロインまどかの心が最後まで強くあれるんじゃないかとか、
色々考えてしまいますね。

 ▼キュウべぇ~客観からの調停者

ほんでまあ……キーパーソンですわ。
ケダモノ。
敵か味方か論議が起こっていますが……多分どっちでもない。

というか、この人は……「正論」なんですね。
言ってることが、というのではなく、存在そのものが「正論」の在り方と同じなのだと
オイサンは思っています。
正論という言葉がおかしければ「客観」でしょうか。
オイサンはその、キュウべいを黒幕かどうか疑っている、と書きましたが、
それは本当は少し違っていて、視点を引いてみると、
ただどっちにも見えることが出来る人だと、なんとなく感じているんだと思います、自分が。

中立であって、客観的であって、正論の使い手。
いますでしょ。そういう人。
ワリとね、そういう存在と言うのは、当事者から見れば当然ありがたくもあるんですけど……
正直イラつくんですよねw

  お前どないやねんと。

それをやっている側は別にどないもこないもなくて、
先ずはただ事実の羅列でもって自分の役割を果たそうとしているだけなので、
そう言われても困るんでしょうけど。

ただ、その自分の存在が、またパワーバランスを大きく変えていることには
多分気付けていない。
……し、気付いたとしても、それはもうどうすることもできない。

キュウべえの立ち位置というのはまさにその位置にあって、
そうした中立、大人、正論、その正しさが当事者という名の世間にとって
どれだけ正しく、ずるく、重たく響き、
世間からどう見えるのか……そんなものを描きだしているのだと思います。

だからみんな扱いに困ってんじゃないのかなー。

 ▼Closing

とまあこんだけ語っといてなんですけども、あとは普通でした。
絵のクオリティ、音のクオリティ、確かにすごい。

でもそれら全部を組上げて出来あがるもののオイサンにとっての「お楽しみスコア」は、
ワリと普通なところに落ち着いてしまいます。
70点とか、75点とか。
あんまワクワクはしないんですよねー。
なんでか分からない。

早く続きがみたい!! とは特に思わないし、HDDに溜まっていても、ワリと後回しで。

ああそうだ、一個だけ。
音。
声について。

第3話でところどころ、ミズハスのお芝居に力が入り過ぎているのか、
それとももっと何か別の録音的な問題なのか……
不自然に聞こえると申しましょうか、
「ミズハスが台本を読んでいる」のが丸わかりというか、
それは当たり前なんだけども、伝わり過ぎる感じになる。

  棒読みとかそういう意味じゃなく、
  中の人が台本を読んでいる、そのスタジオの反響のような空気が
  聞こえてくる感じになる箇所が、あったように思うのです。

このマンガ、異様に音? 録音? が良いのでしょうか?
そういう拾っちゃいけないディティールまで漏れてる気がする。
どなたかそういうのに詳しい方、耳の良い方。
ご意見お待ちしてます。



……。



うーむ。
他にアニメの感想とかも書こうと思ったのにまた随分長くなってしまった。
マいいや。
あと簡単に。



■『フラクタル』



思いのほか説教くさく、抹香くさくなってきましたね。
人死にらしきことも起こって
(あの世界でそれがどういうことなのか、本当に死んだのかは分かりませんが)
ゆるゆる愉しく見続けられる作品かと思っていたので、
ちょっとがっかりしているオイサンです。

まあしょうがねえ。
それはそういう作品だということで、先を楽しみにしたいと思います。
あと、OPが何かに似てると思ったら『Rez』と『is』だった。

 ▼Rez
 

 ▼is internal section
 
 今ちょっと調べてみたら、このゲームプレミアついてて中古9800円もするんですなw
 ビックリだ。大事にしよう。

OPの曲も好きですが、EDが秀逸。
どっか、ヨーロッパの国の民謡らしいですね。ウルグアイですっけ。
草原風景と一体となって、心地良いです。



■『放浪息子』



まだ最新話を見ていませんが……

  「ちーちゃんは喧嘩、強いんだぞー!!」

このせりふが、なんか全部だった。
『フラクタル』とは逆に、1話目に比べて随分オイサン好みの作品に近寄っていて驚きました。
デ、その本筋とは多分あまり関係なく、上のセリフ……
というか、そのセリフを口にする、彼女の言い様が異様に心に響きました。

うそか本当かも分からない言葉を、相手にでも、自分にでもなく、
ただ「世界の本当のこと」ように空に放つ彼女を、滑稽さと敬意を交えて見つめてしまった。
思春期ってすごい。
匂い立つようだった。すごい空気感をだすなあ。
なんか泣けた。
今思い返してもどきどきします。

エンディング「for you」は、多分オイサン的に今期最強。



■『これはゾンビですか?』



ゆるフワ展開を期待した『フラクタル』に変わって、流し見枠に収まったのがこちら。
イヤ、あのね。
案外しっかりしてはりますよ、このマンガ。

外すところは徹底して外してくるのが好感度高い。

 「こんなモノ相手に、何かを考えながら見ようとしたって無駄なんだ!!
  だからもう何も考えるな!」

と、ちゃんと向こうから突き放してくれるパートと、

「ここはシリアス展開的に、あとあと必要になるセンだから、
 とりあえずアタマにちょっとだけ留めといてね」

と持ちかけてくるパートと、しっかり切り分けてくれてあって超親切。
本当に、とても良い意味で、アタマなにも使わずに見られて、
楽しめて笑えます。
その辺の、あくまでも今時のオタクを狙い澄ました感じと
ネタの外しっぷりの狙ったセンスの悪さとが鼻につきさえしなければ、
とても心地良く楽しませてくれると思います。

ウン。
良いワこれ。
OP/EDも、愉快枠で何気に好き。

……そうそう。
こういうのをね、ついつい先に見ちゃうんですよね、『まどか』よりも。



■Closing



えーと、アニメ以外のこともまとめ書くつもりだったんですけど、
マいいや、他にも幾つか書きたいことがあるのでそれはまた別で。

イヤ、でもね。
今期、ホント面白いもの多いわ。
ちょっと大変。



でもそれも……人がいるから、ってところもあるだろうね。
環境の変化。




オイサンでした。



 

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2011年1月28日 (金)

■THE INVASION~昏き淵から~ -更新第635回-

右目がつかれた。
オイサンです。

今日のお話は、未知との遭遇。

と言ってもオイサンがミチとSo goodしたのではなく、
一般の方が海底人類と出遭う……そんなヤック・デカルチャーなお話。



  ちなみに大学の部活に、未知っていう名前の女の子がいましたね。
  コロコロふっくら系で気立てのいい、
  オレンジのマドレーヌを焼くのが大層上手な女の子でした。
  元気にしてるかなあ。
  もうお母さんだろうなあ。



■第一部・序~Introduction



先週末のシゴトバで、社内の同じ穴のムジナさんから
「オイサン、『イカ娘』はどうですかね?」
と訊ねられましてね。

聞けば、前期のアニメがHDDの中で肥やしになっているのに手をつけたものかどうか、
消すか見るか決めあぐねているということだったので、オイサンの感覚で

「そんなに一生懸命、ガッチリとTVの前に陣取って見るような内容じゃないので、
 なんか家のことをしながらとかでラクに流せばいいと思いますよ。
 面白いのは間違いなく面白いですから」

とアドバイスを差し上げた。

  オイサンの『イカ娘』に対する、すごく素直な感想です。
  『イカ娘』の、画の、動きの丁寧さは見るに値するものです。
  シンプルな線の画で、目一杯イキイキ動かす。
  これはもう、やり方です。
  ケレドモ、それを見るために画面を凝視する……
  という見方も勿論アリのアリの大有りですが、
  その画の良さも敢えて「あの作品の『良さ』を構成する一つのパーツに過ぎない」と割り切って
  あの作品全体の持つ『良さ』を最大限に享受できる見方をしよう、
  というのがオイサンのスタンスだったので。

  デその『イカ娘』の「良さ」とは、オイサンにとっては
  「気楽に、見るともなく流し見をすることが出来る」
  ということだったのです。
  『イカ娘』、『サザエさん』に近いポジションの作品なんですよね。オイサン的に。
  萌えもない、コレと言った山もオチもない、ただ異常なだけの日常……
  日常の閾値を少し高いところに設定しただけの日常系。
  「イカ娘ちゃんの視点を借りて世界を見る」ということだけが異なっている日常系、
  だと感じていたので。
  超閑話休題。

とまあ、そんな見方をしていたもんだから、
オイサン『イカ娘』のことは大好きなんですが、
あんまりよく憶えていない回が多いですw
アイロン当てたり、洗濯もんたたんだり、
時にはテレビの前を外れて洗い物しながら音だけ聞いてたりと。

そんなこともあって、オイサンはその御仁に
それならついでに、せっかくなので一話と最終話だけ、
DVDに焼いて戴けないかとお願いをしました。



■第二部 胎動~Awaken



そんな異世界通信……
「イカ」と「娘」、「海底からの侵略」などという単語が平易にやり取りされる会話を
打ち合わせの合間の会議室でやらかしていたものですから、
脇にいた違う穴のムジナさんが
「なになに、何の話? 『イカ』?」
と、突っ込まんでもエエ首を突っ込んでいらした。
うるさいでゲソ。
お前アニメになんか興味ないじゃなイカ。

  ……いや、相手はこのblogにも時々出演して戴いてるトラさんなんですけどね。

   ▼底抜けクライマーズ!~本日はMt.モードで。 -更新第496回-
    http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/mt-496--b654.html

  彼はどうやら、よく知りもしない穴に不用意に首を突っ込むと
  上からギロチンドロップが落ちてくることがあると、ご存知ないらしい。
  TRPGくらい、二十歳までに済ませておけというんだ(違

 オイサン「お前には教えない」
 トラサン「なんだよ教えろよ」
 オイサン「聞くからには見るんだぞ。全部」
 トラサン「……わかった」

そんな売り言葉に買い言葉、
アニメやイマドキの漫画に耐性やなじみが一切ない一般人のトラさんと、
今をときめきまくる『イカ娘』さんを引き合わせることに……
まんまと成功したわけです。

  やり手。
  オイサンやり手。
  ……ヤリイカ(誰がうまいこと言えt(ry



■第三部・反応~Re-Action



そんで昨日、マ多少時間もあったことでしょうから。
お尋ねしてみたわけです。

  「ようトラさん、『イカ娘』さんの具合はどうだった?」(卑猥)

とらサンの反応。

  「なんじゃこりゃ?」

となったのだそうなのです。
開始5分で。
あー。
……え?
……うーん?

オイサン、その「なんじゃこりゃ?」は、分かるようで分からない、
不思議な感覚でもあります。

「面白くない」「くだらない」「キライ」なら、まだわかる。
ただどうも、彼は
「画面の向こうで何が起こっているのか、
 自分が何を見せられているのかが分からない」
ようでした。
それは多分、これまで彼が摂取してきた映像物語作品としての類型のどれにも、
海底からのかわいい侵略者さんが当てはまらなかった、
ということなのでしょうが……。

イヤちょっと待てと。
『イカ娘』さんは、そりゃ設えこそは異形かも知れませんが、
そのストーリーラインはシンプル至極じゃなイカ?

海底で目覚める、未知の進化を遂げ、独自の文化を形成した「人類」。
そんな彼らが、自分たちの領域……すなわち海を脅かす
地上の文化生命体に対して宣戦布告を告げ、やがて始まる全面戦争。
交戦、和解、共存、小さな軋轢、その中で生まれる異文化の交流と愛憎劇。
チラチラと差し挟まれる、安っぽい「環境破壊への警鐘」というテーゼ。

  ……ねえ。
  めっさテンプレートやがな。

あなたの町の、ケバいおばはんがやってるブティックの隣の
レンタルビデオ屋を思い切り蹴っ飛ばしたら、
倒れた棚から10本20本はあっさり見つかる程度のお話ですよ。

  ……多分10本20本の中には、
  そこそこの割合で企画モノのAVが混じってると思いますけど。
  『チン略!イカされ娘』とか、絶対にあると思うわ。

ハリウッドの映画スクールや、なんなら代アニのシナリオ科なんかで
学生が左手で書いてそうじゃないですか。

なのでオイサン、そんなそこまで理解の埒外にあるモノのハズないなーと思って、
二つ三つ質問をさせてもらったのですけれども……
何を聞いても、あましまともな答えが返ってこず、困ってしまってワンワンワワン。

未知の物に触れた嫌悪感なんでしょうかね。
一例として「なんていってたっけ、あの語尾は?」
という一言だけを戴きましたが……

「~イカ?」
「~ゲソ」
語尾なんてものは瑣末な記号にしか過ぎないと思っているオイサンとしては、
「なんでそんなどうでもいいことに引っかかってしまうのか」
という気持ちになっています。

本当に拒否反応を示すケースは想定していたんですよ。
でもその場合って、「OP主題歌でケツまくって逃げ出す」とばかり思っていたので、
それを乗り越えた先で大きな違和感にぶつかるというのは、
すごく正直な話、ほとんど考えてなかった。





あの敷居の高ささえ乗り越えてしまえば、
それこそすんなり見られてしまうだろうなと考えていた物ですから。
正直、彼のこの反応は、
イカ娘さんなんて、ケモ耳おパンツ戦闘機アニメにくらべたら
全然日常に近いところにある気がしていたので意外でした。

そんな話を、オイサンのDVDを焼いてくれた黒幕としていると、
どうもやっぱり、「アニメ」というものをただ見ているだけでも、
数え切れないこれまでの経験や、沁みついたたくさんのお約束事が積もり積もって、
初めてすんなりと飲み込むことの出来る構造があるんじゃないかという気持ちになってきました。

  しかし、オイサンなんかは逆にフツーの映画やドラマなんかは殆ど見ませんが、
  それでもそれらはすんなり見ることが出来るというのは……
  その仮説が正しいとしたら、アニメってやっぱり、
  同じ映像作品としても相当特殊なシロモノなのかもしれんなあと
  感じ入ってしまったオイサンでした。

ちなみに、そのトラさん。
昨晩は帰りが随分とお早かったので……

  オイサン「今日はとらサン、珍しく帰りが早いんだねえ」
  とらサン「おう、たまにはな」
  オイサン「じゃあ今日は、帰れば時間あるわけだ」
  とらサン「……まあな?」
  オイサン「続き、見るんだよね?」
  とらサン「……分かったよ」

とけしかけてみたところ。
……どうしたコトか、とらサン本日は全休でした。
心配です。
週明けには元気に

  「おはようでゲソ皆の衆! お? オイサンじゃなイカ!
   元気にしていたででゲソか~!?」


と、出社してくることをですね、
オイサン、ココロから望みません

一切NOです。

もしそんなンなってたら張っ倒す。
目を覚ませ!
お前は俺と同期だけど、今年もう38だろ!( ← 一浪一留)
まったく鬱陶しい。


  あと、どうでもいいですけど、
  海底からのカワイイ侵略者イカ娘さんと、
  カワイイ地球防衛少女まおちゃんが戦うクロスワールド作品のリリースはまだですか?






……オ、オイサンなんだからね!( ← ツンデレ ← 違)。




 

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2011年1月24日 (月)

■日曜の夜にシャンパンを~marbleさんのLiveに行ってきた。 -更新第634回-

土日だっつーに、何にも書いてなくてすみません、オイサンです。
ワリと気にしている。


土曜日はオシゴトでした。
オシゴトだったんです。
二回言うとうそ臭い。ホントですよ。働いてました。



■日曜日にはだらだらとシャンパンを。



デ、そうして勤め上げた、翌・日曜日。
このオッサンは性懲りもなく遊びほうけておりましたのさ。

この日は都内でイベントが二つあったのです。
一つは、『eb!コレ+ アマガミ』の体験会が、秋葉原にて13時から。
もう一つは、『キミキスpure rouge』『ひだまりスケッチ』などで世界的に有名なユニット、
marbleさんのライブが、鶯Valleyにて。

  世界的……ですもんね。
  乗るしかない、このビッグウェーブに。
  maebleはmicco(Vo.)、菊池達也(Gt.)で構成される、オーガニック・ポップユニット……だ、そうです。
  たまに阿澄佳奈(Ch.)とか、松来未祐(Sh.)がサポートメンバーとして加入します。

    * Vo.:ボーカル Gt.:ギター Ch:カオス Sh.:社長


で、当初、オイサンも両方のイベントに参加する気でいたのですが……。

土曜がオシゴトになってしまった余波で日曜AMに様々の用事を片付けねばならず、
AMから乗り込むつもりだった予定くずれてしまって
整理券の獲得やらもままならなかったので……
中途半端になるくらいなら、と、『eb!コレ+ アマガミ』体験会の方はばっさりカット。
夕刻からのmarbleのライブにターゲットをしぼり、
体験会の方は、ライブもご一緒するおみかん隊長とよつさんに
(勝手に)託すことにしたのでした。

  あ、ちなみに今回ご一緒するお友達は

   ・ おみかん隊長[@NOR_kankitsukei](ゆ *1)
   ・ teraji800さん[@
teraji800](し→せ)
   ・ よつさん[@
yotsuaki](ほ)
   ・ オイサン[@
ikas2nd](め)
     (なんとなく順不同)

  の、皆さん基準値以上にいい人の、元祖ゆるふわカルテットです。
  コワクナイヨー。

マそんなんで、実はライブの開始までは紆余曲折もあったのですが
その辺の顛末は後回し。
先ずはメインどころであるmarbleライブの感想からお伝えしてしまいましょう。



■marbleワンマンライブ『FIZZY POP☆marble』



あのー……思ったよりね、激しかったです。
もっとこう、高めのストールかなんかに腰掛けて、カクテルかなんか傾けながら、とかいう、
カクテルなんか飲めませんけど、そんなすっごいまったりした時空をイメージしてたので
結構ギャップありました。

かといって激しいのが嫌だというわけでは決してなく、
「アこういう面もある人たちだったんだ」
ということが分かって面白かった。

  おみかん隊長曰く、
  メジャーデビュー前のアルバムなんかではそういう激しい方面が主だったらしいです。
  3rdアルバムの『Lingering Fizz』もそういう方面を強く押し出したのだそうで。
  オイサンは『ひだまりスケッチ』の芽生えドライブからmarbleのことを知ったクチですので、
  物静かで、ゆったりまったりした音楽の人たちだとばかり思ってたのですね。

あとはそのー……しゃべりがw
長いw
オイサンなんかはどっちかっていうと
そういうのの方が寧ろ聞きたかった(それもどうなんだ)ので
大歓迎なのですが。

まあ、彼ら(特にmiccoさん)が結構しゃべるのは
『ひだま~ぶるラジオ』とかで知ってはいたのですが、
彼らが初めてラジオにゲストでやってきたときは……

  ケンカでもしてるのか?
  なんか機嫌損ねたのか?
  それにしたってその態度はどうなんだ?

ってい思うらい、喋る姿勢がないし、しゃべってもボソボソだしで、
ぶっちゃけ聞いてて若干けったくそ悪い、なんなら心配になるくらいだったので、
あのときは一体何だったのかなー? と、今更ながら不思議に思ってしまいます。

そして告白してしまうと、
今回歌われたお歌の数々の、約7割をオイサンは知らなかった。
『ひだまり』関係の曲しか存じ上げてませんでしたからね。
なので、ED、キャラソン……じゃないな、イメージソングか。
その辺含めても、そんな無かった。
あとはカヴァーですかね。『やさしさにつつまれたなら』とか歌ってましたな。
そんでもノッて聴いてる分には、知ってる・知らないは
あまり問題にはなりませんでしたね。そういう場みたいです。
楽しかった。
かなり、喋りの占める割合が高かったですけどね。

 ▼miccoさんの歌唱力

何よりも、miccoさんが思った以上に歌唱力が優れておいででそのコトが感動的だった。
プロのうた歌いをとっ捕まえて失礼な言い草ですけど、
それでも、あれだけ歌って喉もイカれないし息も切れないし、
腹筋もヘタらない、音程も狂わなければ、
喉の絞り方も開き方も、繊細な音の出し方のコントロールが最後までぴんぴんに生きていて、

 うわこの人思ってたより全然スゲエ!!

……と、ちょっと感動して帰ってきました。
そこらのテレビアイドルよりも全然でしょうね。
すごかったです。ちゃんとしたアーティストでしたよ。
びっくりしました( ← なんだと思っていたんだ)。

 ▼菊池・オーガニック・おじいちゃん

あ、ギターの巧い下手はオイサンには分からないので、
菊池さんの感想はありませんw
思ったよりも小柄で可愛らしいニイチャンでした。

真面目な話をすると、
聞き苦しいとか、気が散る・歌を聴く邪魔になるってことが一切無かったので、
これまたすっごく上手だったんじゃないかなと思っています。
なんというか……当たり前のことを当たり前に、
高いレベルでこなせているんということなのではないかと思います。

それ以上の、何か特殊な技術だとかどーだとかは、
ゴメンナサイ、本当にわかりません。



■marble・二人組として



あのー……。わからないのがですね。
この人ら、ラジオのトークなどを聴いていても、お互いにすごく無関心というか。
通じ合ってそうなところがほぼ皆無といっていいくらい、
見当たらないのですね。

そりゃ他人同士、
「ずっと一緒にいるから」だとか、「愛し合っているから」だとかの理由で
(別に彼らは愛し合ってないと思いますが)
ココロとココロが通じ合うなんてことが概ね幻想であることはですね、
オイサンだって35歳です、えー加減理解してるつもりですが。

それにしたって、多少は
「こういうことでしょ? なんかこうブワーっと」
「ああそうそう、そんでもっとホニョーンとして」
みたいなところ……積み重ねから来る共通言語のようなものがあったって良いと思うんですけども、
それも見つからない。

ワリと疎通がうまくいってないくさい。

なんなら
「え、どうして欲しいの? こうすればいいの? それで満足なの?」
くらいの……相手が相手ならケンカになっても不思議じゃないやり取りを、
今まさに目の前、舞台上でおやりになるので
オイサンちょっとハラハラしてしまいました。

  結ッ構、本気でね。
  ラジオでも、そういう場面、何度か聴いてきたんだけどさ。

うーん……。
でも、まあ。
「コイツ相手なら、こういう言い方をしてもケンカにはならない」
「コイツはこういう言い方しか出来ないから、こういう聞き方をしないとどうにもならない」
という……
「他の人相手なら絶対にやらない手続き」を、
「その人相手にならやってもいい」
という区別をしている点において、それは一種の「トクベツ扱い」なんだろうなあ、と……
変に納得しながら見ていました。

だってオイサン、そうでも思いながら見てないと
ちょっと胃にくるんだもの、ああいうの( ← 怒気にてきめんに弱い)。

 ▼お姫様miccoと、楽師キクッティ

あとは……彼らが果たして、それぞれ何を求めてステージに立っているのか。
そのバランスのとり方が、もう一つ腑に落ちない。

miccoさんは……うん。まあ、なんか分かるんですよ。
歌ってても喋ってても、ホント楽しそうだし。
オシゴトだから嫌な事もあるでしょうけど、
それでもステージで思いっきり声出して、カラダ動かして、
自分センス爆発の言葉遣いで周りを振り回してしまえば、
ナンボでもチャラに出来そうなのは見てて感じる。

  ……特に今回、もう間近で見ましたからね。
  目を。お顔を。
  その距離、30cm。
  アンコールの最後、舞台を降りたmiccoさんからマイクを向けて戴いた時にね。
  2時間、3時間、歌って踊ってもうヘロヘロだろうに、
  それで尚あの目の光は…………作れるんだったら、それはそれですごいと思うけど。
  ニッコニコでしたからね。

彼女は、ステージではお姫様でした。
本当にねえ、冒頭から書いてますけど、もっともっと、静かで、
しっとりした空間だとばかり思い描いていたものですから。
それは一番意外だったかもしれない。

菊池さんはラジオの通りの低体温・低カロリーの人だったから
(ギターパフォーマンスなんかはしっかりやってらっしゃいましたけどね)
さほどのギャップは感じなかったんですけど、
miccoさんのやんちゃぶり、
ステージはアタシのモンだと、他の蹂躙を許さない独善ぶりは
見ていて清清しかったし、ちょっと微笑ましかった。
かわいいジャイアンですよ。

  だから、女王様じゃなくてお姫様なんですけど。

ああじゃなきゃステージになんて立てやせんのだなあ、と息の漏れる思いで。
多分、舞台のシンタスもゆかりんも、ああなんだろうなと。

  オイサン、女性アーティストのライブは、
  十年くらい前に笠原弘子さんのに行った事があるのと、
  昨年4月の岩男潤子さんのくらいですけど。
  笠原さんは違ったなあ。そんな感じじゃなかった。
  「なんかすみません」みたいな感じがちょっとあって面白かった。

  あの大人しそうな岩男さんでさえ(多分激しい人なんだとは思うのですが)、
  舞台上では結構なプリンセスぶりでしたからね。



で、よ。
問題は菊池さんの方よ。



彼の快感は……一体どこにあるんだろう、と、ずーーーーーーーーーーーー…………っと、
気になってた。

好き勝手に飛び跳ね声を張り上げるmiccoさんに、
馬鹿にされたり突っぱねられたり、
やり込め返すこともまあ、同じくらいあるんだけども。
その暴君の傍らで

  「あー」
  「うん」
  「そだねえ」
  「そう……だっけ」

くらいしか言わない彼の、アーティストとしての、
ステージの上での快感は、メリットは、どこにあったのだろう?

  その暴君も、実は暴君であるばかりではなくて、掌半分なんですけども、
  あくまでも彼らは、どっちが主導権を握っている、というのが全然はっきりせず、
  お互いがお互いを、半分だけ掌に乗っけてるような状態に見えてですね。

勿論、音楽が好きで、ね。
好きな作曲をして、
好きなギターを弾いて、
それで食えてるんだから(……食えてます……よね……?)他に何がいるよ、
って、そりゃまあそうですよ。

でもねえ。

彼が音楽を愛する、それは音楽が彼に一体何をくれるからなんだろう?
ってことくらいは、不思議に思ってもいいんじゃないだろうか。
ひとえに捧げ続ける愛もいいですけど。

  商売っ気だけにも、とても見えないんですよね。
  菊池さんは、音楽もギターもすっごい好きなんだと思う。
  だから……なんていうか、
  「もっと俺と音楽を二人きりに、好きにさせてくれ」
  みたいな気配を感じてしまうのかもしれない。

  そこまでハングリーでストイックにも、到底みえませんけどね。

オイサンらの贈った拍手を、彼がどのくらい活力に変換しているのか
全然わからなかった。
しつこいようですが、それがイヤだ、サービスしろ、
とかってんじゃ全然ないんですよ。
「え、あなたそれで大丈夫なの?! オナカとか空かないの?」
という、我ながらイミの分からない不安感を、
ステージの上の彼を見てて、感じたのでした。


……。


なんか、ライブの感想を書くと言いながら、
殆ど「marbleの感想」になってしまいましたね。
でも、まあオイサンにとっては、多分それが正解。

 ▼オマケ・儀武 & TAKE

あとは、前説・司会で出てきた儀武ゆう子さん。
声優さんです。
ニコニコ動画、marbleとラジオの共演をしてたりしたご縁なんですかね。
なんかもう、大層仲が良さそうでしたけど。

……すげえな。

完全に芸人じゃないですか。
最初関西人かと思ったけど、沖縄の人なんですってね。
昨年末の『アマガミ』のイベントで、司会を張ってた寺島兄さんを巧い巧いとほめましたけど、
この人はまた、違ったベクトルと密度で、巧かったしすごかった。

トークのネタ振りのムダのなさとか、
場の流れに合わせて繋いでいく無理の無さとか、
すっごい滑らかなのね。
緩急のつけ方とかもね。

どこでギアを変えれば場を笑いに持っていけるのかとか、
あれは頭で考えているのか、染み付いたリズムでやっているのか。
どこまで台本があるのか知らないけど、そんな緻密なわけもないし、
頭の回転めちゃめちゃ速いぞこの人、と、
これまたおかしなところに感心しながら大笑いしていました。

いやー。
うらやましいわ。



……。



まあ、そんなんでね。
ホント、面白いひとたちだよなあ。



■オマケ・その1~「ほな授業始めンでー。テケストの23ページ開いてー」
 …… 関西の英語の授業は、絶対に喋れるようになる気がしない。




 ▼ユニット名 "marble"について

ユニット名が何故「marble」なのか、ちょっと疑問に思って調べて見ました。

オイサンの知るmarbleのイミは「大理石」だけだったので、
「あなた方には、それはちょっと荘厳過ぎない?」
と不遜なことを考えてしまったのですが……

  「おはじき・ビー玉(のようなもの)」

という意味もあって、ちょっと安心しました(失礼)。
しかしなんで英語だと、一つの英単語に「大理石」と「おはじき」が同居してんでしょうね。
何か関係があるのかしら。

  ▼ビー玉
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E7%8E%89


ここの書き方も微妙だな。
そもそも「ビー玉」の意味を持つ英単語「marble」が持ち込まれて、
山陽・瀬戸内で「ガラス玉(遊び)=まーぶる」となったのか、
日本でなんかの拍子に「マーブル」と呼ばれたから、
英単語marbleの和訳の一端に、「ビー玉」が加えられたのか。
うーむ(結局ワカランまま)。

 ▼曲名 "Lingering Fizz" について

あまりに透明感のある語呂だったので、これまた気になって、
意味について調べてみました。
すげえmarbleっぽいっていうか、miccoさんぽい響きだとは思う。
デ、単語個々の意味は以下の通り。

  linger 【自動・他動】
   長居する・居残る・ぐずぐずする・手間取る
   いつまでも後に残る・長引く・なかなか消えない・ダラダラ過ごす


  fizz 【名】
   飲み物が泡立つこと・元気が良いこと・生き生きしていること
   シャンパン


「だらだらと消え残る泡」の様なコトを、雰囲気として伝えたかったのか、
はたまた、
「いつまでも残る元気の良さ」方面で訴えたかったのか?


……。


まあ、基本は後者、なんだろうな。
歌詞もメロディもそんな感じですし。
でも、そのどっちもが同居する単語が、すごくいい感じに見つかっちゃった。
そんな感じなんだろう。
そんな気がします。
「だらだら」というのも、すごくmarbleっぽいと思いますし。

あとは歌詞から類推するに、
miccoさんはsparkling系のアルコールかなんかを飲んでいて、
炭酸の気泡が浮き上がっては水面で弾けるのを見て、
そこに音符が音を奏でる様子を見つけたんじゃないでしょうかね。

『青空loop』を初めて聴いたときにも思ったことですが、
オイサンはあの音を、雨が地面から空に向かって振り、
その水たまりに雨粒がぶつかって弾ける音の様に感じました。
聴き得ない・鳴り得ない音をイメージした音。

それに近い感じが、今回はします。



■オマケその2・16時までのオイサンは



ちなみに、ライブは16時開場の17時開演だったのですが、
それまでの経緯などもオマケで書いておきましょう。

 ▼飯田橋~鶯Valley

『eb!コレ+ アマガミ』の体験会への参加を断念したオイサンはですね。
夕方までの時間がまるまる空いてしまったので、
運動を兼ねて、飯田橋から鶯Valleyまで歩いてみました。
松本幸四郎みたいですね(そうか?)

  小石川後楽園をのぞき、
  後楽園・東京ドーム周辺の町並みのダイナミックさに驚き、
  東大を冷やかして、
  上野のお池を渡り……。

マ、それはまた別のお話です。
特に何か盛り上がりのあったわけじゃないですけどね。

 ▼CHAOSな秋葉原

秋葉原はこの日、件の事件以来お取り止めになっていた、
電気街の歩行者天国が復帰することになっていたらしく、尋常ならざる人出だったようです。
全然知らなかった。


 ▼秋葉原で2年7ヶ月ぶり歩行者天国再開 なんか黒すぎワロタゴールデンタイムズ
   http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51591551.html


ライブ前に合流したteraji800さんと、

 「さっそく逮捕者が出たらしいですよ」
 「へ? なんで逮捕されるようなことがあるんです?」
 「さあ……」

という不思議時空間通信を交わしたことが思い出されます。
だって……ねえ。
歩行者天国を……普通に歩くだけでしょ?
なんでそこに、「逮捕」なんてことが絡まってくるのか……オイサンにはサッパリです。
やっぱり才能のある人は違うなあ(違

 ▼グダグダな『eb!コレ+ アマガミ』の体験会

オイサンが参加を取り止めた『eb!コレ+ アマガミ』の体験会は、
そりゃあもうグダグダな取り回しだったようです。
開始時間一時間前に行ったら追い返されて、
30分前に行ったらもう行列が出来始めていて。
さんざ後に回された挙句、終わる寸前になったら急に手際が良くなった、とか。

ホントに。
しっかりして上げて下さいよ。

おかげで、おみかん隊長とよつさんは
ライブ開場に駆けつけるのが結構ギリギリになってしまって
危ないところでしたとさ。

 ▼カオスもグダグダも繋ぐTwitter

で、そのどちらも、
Twitterを通じてほとんどリアルタイムに情報が流れ込んできていて、
手に取るように、とは言わないまでも一先ず個々のディティールのみが伝わってくる。
すごいヨノナカになったもんだ、とつくづく感心するオイサンです。
それが多方面・多人数から積み重ねられることで像がどんどん広範に、具体的になっていきます。

デまあ、多分オイサンのブラブラもダダ漏れになっていて、
オイサンのTweetを気にして見て下さってる方は、
「ああオイサン、ええトシこいてからに
 また暇に任せてせんでもエエことやっとるな」
と、生暖かい目で把握して下さっていたことでしょう。

  アナタとアナタです!
  オイサンが徘徊している最中にリプライをくれた、アナタとアナタ!!
  『太陽にほえろ!』風に言うなら……「ヴィオラ」と「自転車」!!

それが、Twitterというインフラ然としたものがあればこそ、
というのは勿論のことなのですが、
その上で誰かと情報をやり取りをするような……マ「関係」とまで言ってしまうと大げさですが、
人と言葉を交し合う姿勢の身についた自分がここにいることが驚きなオイサンでもありました。



■Closing




しかしオイサンは、
こんなトシになってから、こんな若向きの遊びにばっか傾倒してて大丈夫かって話でして、
イヤもちろん若向きのコトばっかしてたらアカンわけで、
バランスとって、
同じ遊ぶにしても年相応のコトもやっていかなアカンのですな。

  やってないけど。
  でもね、夏に行った四国で、Clipper_Freedomさんに連れていって戴いた、
  バーという場所の雰囲気はとても好きなので、
  お酒ナシでもなんかうまく潜り込めないかとは画策中です。
  マ今は喫茶でコーヒーで、それをやってるようなもんですけどね。
  カフェバーってとこに行けばいいのか?
  最近ほぼ日で連載してる、カラオケスナックの話しも面白いので、
  ああいう場所もありかなあと思ってますが。

   ▼THE KARAOKE [ ほぼ日刊イトイ新聞 ]
    http://www.1101.com/karaoke/2011-01-18.html


ええとなんの話だ。
ああそうだそうだ、トシと遊びの話だ。

これは女性関係の話なんだけども、オイサンがよく言われるのは
「真面目な人間がトシ取ってから、遊びを覚えるとヤバイ」
ということで、
お金も立場もある人間が、若い頃の失敗もナシに加減を覚えることのないまま
そういう遊びを一生懸命やり始めると、
歯止めは効きづらいし、そのくせ燃料(地位とお金ですね)はやたらあるし、
それなのに体力はなかったりで、
色々バランスがとれなくて面倒ごとに発展しやすい、という意味なのだと思いますが。
 
イヤ、多分全くその通りの状態に陥り始めているのだと思います。
気を付けないとイカン。
……どうすれば良いのかはわかんないけど。
マ程ほどにせえ、
遊びなんだってことを忘れるな、ってとこでしょうかね。

「一生」に置き換わってしまいかねない「遊び」ですからね。


だもんで、今回ライブに行くきっかけをくれたおみかん隊長には
なかなか感謝しております。
まオイサンが勝手に「行くー。ついてくー」って言っただけなんですけどね。


マそんな感じで一つ。
次回もまた、ヨロシクです。



オイサンでした。



  *1:略語の説明
    ゆ:ゆうしゃ
    し:しょうにん
    せ:せんし
    ほ:ほほえみし
    め:めるへん



 

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2011年1月21日 (金)

■淵夜の遠心力 -更新第633.001回-

時刻は、一時半を少し過ぎたころ。

風呂を上がって、少し厚ぼったくのぼせた頭に何か水分が欲しく、
マンションを出てすぐの自販機まで、ダカラを買いに出た。
薄い雲を、月の強い光が、さもそこに雲などない程に透かしていた。
鼠色を飛び越えて、怪しいビルの壁を金色に染める。

時刻は、一時半を少し過ぎたころ。

規則正しい暮らしも良い。
時にはミッドナイトの住人になりたい。
真夜中には憧れがある。
大人になっても。

真夜中なんてない。
真夜中にも神秘なんてない。
真夜中の真ん中に眠っていたのはただ忙しさの涯てばかりで、
それは現実の隅っこでしかなかった。

自由の果に辿りつく時間が、そこにはあると思っていて、
それは今も変わらない。
ただ自分の辿りついた行き先がそうでなかっただけだ。
そんな風に思う。

彼なら辿りつけるのではないだろうか。
不思議な希望があった。
謎めいた、少年Pはそんな軽やかな影をひきつれて。
100yenSHOPで売っている、おかしな色の笛を吹き、百人ぼっちの大名行列。


屋根から屋根へ、時刻は、一時半を少し過ぎたころ。


その先には二時が待っていて、
いよいよ三時がやってくる。
けれどあっという間に四時を跨げば、いつの間にか真夜中は早朝に飲み込まれてしまい、
午前中は終わりを告げる。


目覚めれば、束の間のシエスタ。
だからそーじゃなくって。


本当はもっと、ただ、ただ、ただ。
真夜中と言うありえない時間に、とどまっていたかっただけなんだろう。
無限の時間のシンボルに。
何かに向き合う、その時間に。

真夜中がいざなう渦の中心に飲み込まれても、
いつの間にか遠心力に変わったチカラに放り出されて、
時刻は、一時半を少し過ぎたころ。
あな、寝むたや。


オイサンでした。


コッポラコッポラ。



 

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2011年1月18日 (火)

■世界は、一人の巨人の骸から生まれた -更新第633回-

しかし一体どうしたいきさつで、
タカさん相手に絢辻さんの素晴らしさを説く夢なんぞ見たのか。

オイサンです。

あ、タカさんって加藤じゃなくてとんねるずの方ね。



■Kissから始まれMiracle



昨晩、
「そーいや今期のアニメで、OP/EDが特に印象に残ったのってなかったなあ」
と思い至りました。

  オイサンの好みのハナシですけどね。
  ココロの壁にビシッとめり込んでヒビ入れてくれるような、
  高速弾丸パチンコ玉みたいなものがなかった。
  衝撃的なOP/EDって、なんかそんな感じ。

強いて言うなら『レベルE』くらいかって言うか『レベルE』も見てんじゃんかよ感想書けよ。
『IS』も「あ、栗林みなみだ」と思う程度には気にかかったけど
あまりいい方向ではなかったし、
押し押しの『まどか』も、Clarisということで期待したけどそうでもなかった。

……そういえばもう一つの期待作である『フラクタル』のOPは全ッ然憶えてないなあ、
と思い見返してみたのだけれども、ああなるほど、
『フラクタル』だけにマンデルブロージュリア集合のズーム(イン?アウト?)動画だった。
ワカランではないけど新鮮味には欠けるなー……。

  1月19日・訂正
  コメント欄でダメ出しを戴いたので訂正です。
  アレはジュリア集合と言うそうです。確かに、wikipediaで見た感じそんな風です。
  というワケで、お約束通り一人でカオ真っ赤にして泣いてきます。
  見、見ないでったら!



……と、思ったときに、ハタと閃くコトがありました。



■『フラクタル』に関する一妄察



オイサンの理解している限りでは、フラクタル構造っちゅうのはざっくりと

「小さな部品の寄り集まりで出来た大きな塊があるとして、
 その大きな塊と小さな部品が良く似た形(相似っぽい)をしている構造
 (或いは「そういう構造になっていくものだ、という概念?」)」

のことなのだけど。

  詳しくはGoogle先生にでも聞いてみて下さい(まるなげ)。

  ▼フラクタル [ Wikipedia ]
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%AB

  以下の妄想はその理解が合ってること前提ですんで、
  もし間違ってたら
  「まーた厨二の馬鹿が中途半端な知識で喜んでるよ」
  と思ってスルーしてくれるか、やんわりと教えて上げて下さい。
  あとで一人でカオ真っ赤にして泣きます。

『フラクタル』の物語を、
第一話の導入だけを見た現時点で「手堅く無難でオーソドックス」だと思ったのは
前回書いた通り。
デそれは『ラピュタ』とか『ナディア』とか、そういうもの的であるなあとも書いたのだけど、
……もしかすると、

「冒険活劇的な物語というのはこういうパーツの寄り集まりで出来ていて、
 それをミクロに見ようが、マクロに見ようが、
 最終的にはこの姿になるのだ、
 余計なものをそぎ落とした最必要のパーツだけを貼り合わせた姿がこれ(第一話)で、
 この先それをどんどん貼り合わせて証明していくよ!」

という……物語を俎上に、否、黒板の上に上げた、
メタな数学の授業みたいなことをしたいんじゃないのかなあ、
なんて、とりあえず脊髄で思いついてみたオイサンです。

  言ってしまえば『ドラゴンボール』だって、
  流れの根元はそうなんだよなあ。
  ボーイミーツガール+不思議な力に満ちた宝玉。

……まあ、だからといって肝心のお話がタイクツで良い分けはないのですけれども、
もしもそういうことが見え隠れする展開になっていってくれたら
これまた読み甲斐が出てくるなあ、と思って、
ちょっとワクっとしてしまったオイサンです。


……。


こういう妄想はしていてとても楽しいのですけれど、
自分の妄想が暴走を始めて、本来のお話を飛び越えたところにいってしまうと、
うっかりと本来のお話の方を「ツマラン」と思ってしまったりするので、
やり過ぎには注意なんですけどね。

ですが、こういう刺激を喚起してくれる、
遊びや含みを感じさせてくれる作品は大好き・大歓迎です。
つったって、それもこっちで勝手に感じ取るだけですが。


なので、お聞きき戴く方も、
是非ともですね、こう、話半分程度の姿勢でお願いしますよ。


マそんな感じでヒトツ。
たまにはショートに、オイサンでした。



 

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2011年1月16日 (日)

■Miracle or Cyber ?~2011年1月期・アニメ一話の雑感 -更新第632回-

鞄をかける肩を変えただけで、
自分がちゃんと立てているのか、歩けているのかもろくに分からなくなる。
誰かを失いでもしたら、一体どうなってしまうんだろう。


オイサンです。


さて今回は、前回書こうとして後回しにした
今期……2011年1月期のアニメの感想を、
第一話から、いっても二話目くらいまでの時点でざーっとまとめたいと思います。
マ言うてもそんなに本数は見てないので、あまりステキな期待はしないで下さいね。
先にタイトルだけ挙げてしまうと、


 ▼『フラクタル』
   http://fractale-anime.com/
 ▼『魔法少女まどか☆マギカ』
   http://www.madoka-magica.com/
 ▼『これはゾンビですか?』
   http://newtype.kadocomic.jp/zombie/
 ▼『放浪息子』
   http://www.houroumusuko.jp/
 ▼『GOSICK』
   http://www.gosick.tv/
 ▼『夢喰いメリー』
   http://www.tbs.co.jp/anime/yumekui/
 ▼『IS-インフィニット・ストラトス-』
   http://www.tbs.co.jp/anime/is/


の、ひーふーみー……7本ですか。
詳しいスペックは、ご興味があれば各公式サイトから見てみて下さい。

順番は不同ですが、パッと思いついたのから書いていきますので、
マ印象の強い順、だと思って下さい。
良くも悪くもですけど。

ほないきまひょか。



■その1:『フラクタル』
http://fractale-anime.com/


とりあえず、上の6作品全てを一話まで見終えた時に、
最後まで無理をせず、一番楽に完走出来そうかな、と思えたのがコレでした。
この作品、多分、褒めてもけなしても同じ言葉しか並ばないと思うんです。
すなわち、

 手堅い。
 無難。
 オーソドックス。

オイサンはこれを、「バランスが良い」と捉えました。
第一印象がすごく良かったので、そこは好意的に捉えることが出来た。
チョイとだけひねられたこの作品の世界の設定、
それを開始数秒で、言葉にされる前にストンと理解することが出来た、
そうされるだけの仕掛けや絵が丁寧に作られていたので、
「あ、この作品は『デキる』な」と思えたからです。

世界設定をぶっちゃけてしまうと、
ネットワーク上の存在や出来事も視覚的に捉えるように構築された世界のお話なのです。
そこで主人公は、ネットワークの向こうにいる両親
(なんか離れて暮らしてるんでしょうね)と会話をしているのですが、
その両親の姿も、あたかもそこにいるかの様に描かれているし、主人公もそう振舞うわけですが。

そのフクザツ怪奇な設定を、言葉での何の説明もなく、オイサンは
「あ、そういうことなんだな」と理解できました。

というのは、そこに描かれた主人公の父母が全然人間の形をしてない、
へんなツボとかハートみたいな記号的なカタチを歪めて人っぽく描いていたんです。
ソレを見て、
「あ、これはアバターとか、ツイッターのアイコンみたいなもんなんだな?」
と、オイサンは瞬時に見てとれた。
これは上手い、面白い。
この先もそういう「言葉にされないけども理解できる描かれ方」が見られるのかな?
と思うと、先を見たくなったし、付き合っていきたい、と思えました。

  当然それはオイサンが現在置かれている状況や経験から導き出される話なので、
  そうではない人向けに後々言葉による解説もごく簡単に行われていましたが。

で、冒頭で述べた「手堅い・無難・オーソドックス」なストーリーラインは、

「ある日主人公のもとに、
 高飛車オンナ・でぶ・ノッポの三悪人に追われた女の子が空から降ってきて、
 その子が持っていたナゾの宝石を託される。
 そしてその宝石からは、またしても違う女の子が沸いて出た!」

……という……。

頭の禿げたヒネクレ大監督の耳に入ったら、
小惑星投げつけられた挙句
「僕はそんな女の○○○○舐めたくない!!」
なんていう、いやセンセ、ンなご希望全然伺って無いンすケド的な駄々をこねられること
ウケアイの、王道ベタベタボーイ・ミーツ・ガール。

  『ラピュタ』か、『ナディア』か。
  そこにサイバー世界観とちょっと名作劇場っぽい作画がのっかった感じ。

……別にね、オイサンだってこんなベッタラ漬けみたいなお話、
フツーだったら諸手を上げて大賛成なんてしませんし、
今だって歓迎しているわけでは決してありませんが。
さっきも述べたような、若干ひねった世界設定であるとか、
もう一つ用意されていた、なんか宗教がかったような設定だとかの中で、
そういうベタさがどう生きてくるのか、という所に、ちょっと興味があります。

あとは……その三悪人の台詞回しがね。
面白くて。
ちなみに三悪人も、「リーダーの高飛車オンナがコドモ」という
なんともいえない(笑)アレンジが加えられていました。

  お嬢(三悪女)「あーっ!!あなた!えっちなことしようとしてたでしょう!!」
  主人公「な、なんだよえっちって!」
  デブ(三悪男)「お嬢!!
         こいつはお嬢にえっちなことを言わせてさらにえっちな気分になろうッちゅう、
         最ッ高級のえっちテクニックですぜ!!」


聞いていて、フツーに面白く。手をたたいて笑ってしまった自分がいて。
この作品を見たのは、上記6作品の中で最後だったんですけど、
「あ……オイサン、手ェ叩いて喜んだの、コレが最初だわ」
ってことに、気付いちゃったんですよね。
単純に、嬉しかった、楽しかった。
だからまあ、オイサンにとって、コレは「良い」んだろうなと。

その上で、言葉にしない鮮やかさも備えている。
だったらもう、乗っかっていくしかないでしょう、と思った次第です。

そしてこれはあとから気付いた……というか、聞いたことなんですけど。
ストーリー原案が東浩紀さん、そして監督がヤマカンなんだそうですね。
東さんってことで、あのひねくれた世界設定には納得がいきましたし、
この手堅すぎるお話は……なんか、聞く話によると、
この作品をはずしたらヤマカンは引退するとか嘯いているのだそうで。
そんで守りに入っちゃったのか? と、その背景が透けて見えるような、そうでもないような。

マそんなことですが、
毎週毎週感想を書いたりする気はありませんけど、
ワリカシ喜んで追っかけていきたいと思っています。



■その2:『魔法少女まどか☆マギカ』
http://www.madoka-magica.com/


第一話放映直後から、オイサンの身辺……ていうか、Twitterのタイムライン上で
やたらと評判の良い本作。
ポンサクレック(おもいつきでかくな)。

オイサン的には第一話の時点でさほどの盛り上がりは無く、
全体的な気合の入りよう・クオリティの高さには驚きつつも、
見終えたあとの感想としては「普通!」と思っていました。

  ちなみにこのアニメ、
  カントクはオイサンの好きな新房昭之カントク
  (『ぱにぽに』『ひだまりスケッチ』『夏のあらし!』『それでも町は廻っている』)、
  キャラデザインが『ひだまり』の神、ウメス。
  あと脚本に、オイサンこちらあまり存じ上げませんが
  ニトロプラスというエロゲメーカーから、ダークでヘヴィな脚本には定評があるという
  虚淵玄という方、という、
  放映前からそのプロジェクトの豪華さで話題には上がっていた作品です。

デまあ、一話目の時点では上記のように思っていたオイサンですが、
今日二話目を見て、随分と面白いと思うようになりました。

お話としては、タイトル通りの魔法少女モノ。
で、バトル系。

  ……と、イチイチお断りするのは、オイサンには未だに、
  魔法少女が当たり前のようにバトルすることに若干違和感があるからなんですけど。
  マそれはまた別のお話。

 ▼あらすじ

ある日、ヒロインのまどかとさやかのクラスにやって来た転校生のほむらさん。
彼女は魔女と戦う魔法少女で、まどかとさやかはそれに巻き込まれ
(ちょっとニュアンス違うけど、マそんな感じだと思って下さい)、
魔女や魔法少女の存在を知る。
そこに現れて助けてくれたもう一人の魔法少女のマミさんは三人と同じ学校の先輩で、
マスコット小動物のキュウベイ(キュベレイではない ← わかっとるわ)と一緒に、
二人も魔法少女になって、魔女と戦わないか? と勧誘する。

魔法少女になればその対価としてどんな願いも叶えてもらえる、
けれども契約を結べば、命さえ危うい、絶望をつかさどる魔女と戦う責務を負う、
とマミとキュウベイは話す。

一方、同じ魔法少女でも、ほむらはまどかに
「平穏な日常を大切に思うならやめておくべきだ」的な
ニュアンスをにじませ、キュウベイとまどか接触を妨害しようとさえする。

さてさて、まどかの望みは?
二人は魔法少女になるのでしょうか?

……といったところ。

一話目では、ヒロインであるまどかが、ほむらに襲われていたキュウベイを助けて
「魔法少女になってよ!」
と契約を迫られるところまでで、
その条件の詳細(願いを叶えてもらえる、は説明されてたかな?)
や世界の背景についてはまだまだ語られず、
画や音楽の迫力は感じられたものの、
お話的な面白さがもう一つオイサンには伝わってきませんでした
(Twitter上では色々読み取りが展開されていて、すげえなと思いましたが)。

デ、二話に入って、「読める」要素が一気に増えた。
それで面白くなってきた。
一話目でこの辺が出来ればよかったのに。

例えば、まどかたちを魔女との戦いに勧誘するマミさんと、
それをやめさせようと働くほむらの、対立……というか、
まどかに突きつけられる選択の構造。

オイサンの見立てでは、マミさんの柔らかな物腰は良い人過ぎて
(対立するほむらに対しては厳しい目もする人なんですが)ちょっとコワイし、
その傍らから声を発するキュウベイが、
愛くるしい姿に反して恐ろしい存在に、たまに見えたりする。

  「どんな願いも叶えてあげるよ、だからこっちこない?」
  という勧誘は、ある意味で
  「せかいのはんぶんをやろう!」と言った竜王の言葉に重なる、
  人の欲につけ込む悪意を感じさせますし、
  なんとなれば、その力でもってまどかを追い込み……
  たとえば、自分でまどかの家族を半殺しにしておいて「
  魔法少女になるなら助けてあげるよ」
  と……契約を迫るであるとか。
  そういうことをやりそうな目を、してる「ようにも」、
  たまに見えてしまうんですよね。

その見せ方の、迫りくるようなドス黒さは目を見張るものがあります。

それに反して、クールで、手段を選ばない存在に描かれるほむらは
現時点では悪役然として描かれていますが、
とるスタンスは「平穏への傾倒」。
まどかを魔法少女にさせまいと、平穏な日常を愛せよと語りかけます。

なんかね、パッと見に描かれる人格と、
お話上の立ち位置を故意にちぐはぐに描いていて、
見るものを混乱させているんですね。

従来なら、
強くシビアに生きるものは戦え、挑戦せよ、命を賭けよとほむらが戦いへ誘い、
そうはさせじとマミが守ろうとする、そんな画になる気がするのですが、
そうはならない。
だからこそマミが悪者に見えるときもあるし、
ほむらの穢れても平穏を守ろうとする姿勢にも共感を覚えさせる。
ごく自然に受け手の中に『疑い』を発生させるしかけを、
巧妙に編みこんでいるように思います、このお話は。

  え、こいつが正しいの?
  こいつが言ってることが本当なの? どっちなの?
  そんな風に。

恐らくはその、
「攻撃的に守る平穏」か「ある意味安易で、欲望にまみれた挑戦」か、
その選択の構造がこの物語のキモになっていくのでしょう。

  オイサンなんかは、後者は今の世の中にすごくマッチするテーゼだと感じていて、
  すごいところにすごいもんを持ち込むなあとコレだけでも感心してますが。

そしてマ、お話ですんで、
まどかは結局魔法少女となって戦いへ赴くのでしょうけど、
戦うにせよ、退くにせよ「平穏を保つことの難しさ」
みたいなコトになっていくんじゃないのかな、と妄想をたくましくしています。

あとでちょっと画の話もしますけど……
そのことを効果的に表現するために、ウメスの画が、
キャラクターが必要だったんじゃないのかなと思った次第です。

あとそうそう、一話目を物足らなく感じた理由の一つに、
魔法少女になるに当たって、「望み」がキーになるにも関わらず、
まどかに何の葛藤もないことが気にかかっていたのですが。
そうでないとこのお話は成り立たないことが、二話目でわかりましたね。

 ▼絵づくり

画はもう、文句なく迫力がありますし、シンボリックな遊びにも富んでいて、
見ていてタイクツしません。

学校の屋上が、さながら魔女のお城のようなシルエットになっていたり、
バトルシーンが、さながら一昔前のSTGのようだったり。
このSTGくささはもしかすると、『東方』シリーズからの着想じゃないかな、と
思ったりもしますが、個人的にはSTGでゲーム化されたらオモロイな、
と思ってます。

  マ現時点では、マミさんの魔法がSTGっぽいだけですから
  (そしてさやかちゃんは近接パワー系確定っぽいですから(笑))、
  そうもならないでしょうけど。

  あとそう、同じ今期のアニメで『IS(インフィニット・ストラトス)』も、
  一話目のド頭から超STG展開だったのですが、
  あちらは『まどか』と違ってガンガン今風の弾幕STGになっていて、
  その対比も面白いですね。

  オイサンは弾幕STGは好きじゃないのですが、
  画ヅラの派手さとしては美しいと思うので、アレはアリだと思いました。
  比して、『まどか』の方は敵キャラの絵が特徴的なので
  昔風のSTG調なのは正解だと思います。

そう、バトルシーンは総じてゲーム的、ゲームっぽい画面づくりと動きなんですね。
右から左の変則ジャンプアクション風横スクの画面構成になってみたり。
あとモンティパイソンっぽかったり。
その辺に気付けると、遊びは面白いですし迫力はあるし、
オイサンみたいのを捕まえるのには良い刺激だなあと思います。

あとは、上でも書きましたが、
キャラクターがウメスデザインであることの必然性でしょうか。
最初は、どうもアンバランスだなーと感じていたのですが……
そのモンティパイソンっぽいシュール(と言って良いのかわかりませんけど)で
禍々しい魔女世界の背景と、
そうではない、普段の世界のちょっとソリッドなタッチの背景、
そのふたつの間を行き来しても不自然じゃない、
どっちにも属し切らない存在として、ウメスの絵が必要だったのかしらねえ、
と、切り替わる世界を目の当たりにして思ったりしたのでした。


……。


まあ、そんなところで。

『フラクタル』のところでもちょっと書きましたが、
オイサンがお話に触れていて一番嬉しく思うのは、
お話の骨子やテーマを、言葉にしないで受け手に気付かせてくれる
その鮮やかさにふれたときなのですね。

その点で、『まどか』は二話目に入ってガツーンと躍進を果たしました。
中盤でさやかちゃんが喋りすぎるシーンがあったりもしまして、
まだ言葉で説明しようとし過ぎかなー、クドイかなーと思わんではないですけど。

それでも、お話の結末までお付き合いしたいな!
と、思わせる存在だと思います。
楽しみ。



……。
えーと。
ゴメン、また長くなってきたんで、以下は簡単にいきますね。
つまりは、今のところ、上の二作の独壇場だってことですよw



■その3:『これはゾンビですか?』
http://newtype.kadocomic.jp/zombie/


アタマ緩くして見る分には丁度良いトンチキネタアニメ。
こういうセンスの悪さ、ベタさはすごく落ち着くのでとりあえず見続けます。
……案外、そういう意味では「最後まで見続けてしまう」作品の最右翼なのかも知れない。
「めっちゃ死ねー!!」
「もしもし。もしもーし」
なんかの辺りが、オイサンのどうでも言い快楽センサーを刺激して止まんワケです。
業が深い。



■その4:『GOSICK』
http://www.gosick.tv/


多分もう見ないと思います。
密室・推理・サスペンス。
……オイサンには縁のない要素ばかりだ。



■その5:『放浪息子』
http://www.houroumusuko.jp/


オイサン大好きだった『青い花』と同じ・志村貴子さん原作。
水彩タッチなのにツルンとした絵が特徴的。
音楽良し、雰囲気良し。
ただし、女装男子……「男の娘(こ)」というテーマは、
さすがに『青い花』の百合……女の子から女の子への慕情というテーマほど共鳴しやすいモノでなく、
恐らく原作者もココロから寄り添ったものではなくて
エキセントリックなものとして扱っているであろう感がバリバリと滲んでくる感じ。
その分、真摯でない。
だからちょっと……刺激が強すぎて、飽きちゃうんじゃないかなあと思っています。
でも一先ず見続けはする。



■その6:『夢喰いメリー』
http://www.tbs.co.jp/anime/yumekui/


気が付いたら、何故か録れていたハズの一話が消えていた、
という……出オチ。
多分もう見ない……?
二話目くらいは見てみるか。



■その7:『IS-インフィニット・ストラトス-』
http://www.tbs.co.jp/anime/is/


上でもちょっとだけ触れましたが、
飛行シーン、バトルシーンが弾幕STGっぽくて面白い、けど……
その他は、ここ数年のハーレムアニメの焼き直し、に、見えまする。
なんかと時間が重なったので二話目は既に録ってないのだけど……
また見られるようなら見てみようかなーとは思っている。



■Closing



と、そんな感じですわ。
上でも書いた通り、現時点では『フラクタル』『まどか』の二本立て状態。
マこのあと、
どうやら大本命と目される『放課後のプレアデス』がちょっと遅れて始まるので
(主役はあとから、というガイナックスさんの矜持でしょうか? しびれるねえ)、
マ三本もあればオイサンの時間とおナカは一杯一杯です。



では皆さん、今期も楽しんでまいりましょ。



R0030547
チョロQ買っちゃったよ


ところでさ。
オイサンは例によってこの記事を近所の珈琲専門店でぱかぱかと書いているわけだけど、
丁度オイサンが店に入ってすぐの頃、
オイサンの右斜め後方4時の方角に、一見フツーの、
ワリと美人な女子二人組が陣取っていたのですが。

うち一方が……明らかに、もう一方に対して『ハルヒ』の解説をなさっている。
イヤ、それ自体は全然いいんですけど。


  「でね、その子がさあ、未来人なんだけどね、」

  「未来人って
?」



……。
オイサン、「未来人」くらいは、
一般の方々でもその字面から大体の存在を推測できるものだと思っていたのだけれど。
そうでもないんだろうか?
お話にそういうキャラクターを登場させるに当たって、
殊更に説明に紙幅を割いた方が良いものだろうか。


以上、余談で。


オイサンでした。



 

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2011年1月15日 (土)

■風の切れないバイク乗りの詩(ウタ) -更新第631回-

スティッチはガミラスのパクリ。
オイサンです。
顔色だけじゃねえかよ。



■デジタルの地平で、全てのおにゃのこはアニメになる。



昨晩。
とあるニュース系まとめブログを見ていて
「AKBの新曲PVがエロ過ぎるんだが……」
という見出しのリンクを見つけた。

んー。

こういう記事。
普段ならまあ、スルーしたり見たりで、
全部に付き合ってるとキリがないのでスルー9、見る1くらいの割合なのだけど、
昨晩はたまたまその1の方だったので、見てみたワケです。

▼AKB48 ヘビーローテーション



これがねえー……。

オイサンには、もうえろっちさとかどうでも良くって、
このフリを考える人と、実演する、出来るこいつらがすげえなとひたすら感嘆、
10周くらい、食い入るように見てしまったわけですわ。

  おかげで昨日は床に就くのが1時間ほどズレ込んでしまった。

面白いコト思いつくなー。
人間ってこんなマンガみたいな動き出来るんだなー、と思って、
ホヘーとなって見てました。
特に、1分30秒辺りの

  ♪どんどん近づくその距離に マックスハイテンション♪

という……マックスハイテンション♪ のところの動き。
ホント漫画の動きじゃん、しかもそれを、その場にとどまったままやる?!
という……驚きがね。

最初そのフリ付けを聴かされた時、彼女らはどう思ったんだろう?

  「ムリ!」

だろうか?

  「OK!」

だろうか?
大体振付師の人は、やっぱり考えた挙句に自分で一通りやってみて、
実践出来る事を検証してから彼女らの前に持ってくるんだろうな。
それも大変だなあ。

どっちにしても……最終的にここまで(特にTOP張ってる三人は)モノにしてるというのが、
……マ彼女らはプロで、それをやるのがオシゴトなのだから
当たり前っちゃ当たり前なんだろうけど、すごいと思うわ。

すっごいなあ……めっちゃめちゃ練習するんだろうなあ。

コブ平、さすがだぜ。
オイサンはえろっちいパートはどうでもいいから、
フリが全部見られるPVが欲しいです。

マそんなことでねえ。
……なんか、こんなPV、載っけたら負けな気がしたけど、
載せなかったら載せなかったで違う負けを喫する気がしたので載せておく。
アニメやらゲームやらと無関係の生身のPV載せるのって2度目じゃなイカ?

  ちなみに一度目はスガシカオの『コノユビトマレ』。
  こっちは、出だしのベースがカッコ良かったというのと、
  やっぱり群集の動きが面白くて掴まれたから載っけたんだったと思う。

しかしホント、この先頭から3番目までの子らはすごいな。
ていうかアイドル全般に言えることなんだろうけど、
自分が可愛いこと前提でなければ成り立たない動きや仕草や表情で
ガッツンガッツンに攻め込んできなさる。

どんだけ「今、自分は日本で一番カワイイ!」と思えるか、
自信と思い込みの賜物なんだろうな。
そしてそれに周りがどれだけついて来られるか・来させられるかっていう
相乗効果なんだろう。



……。



疲れるだろうなあ……。
しかしこんだけ可愛いのが揃ってると、
歯並びくらい多少悪い方がアクセントになって可愛く見えるな。

  あと、先頭二列目の向かって右側の子が、
  やたらと背が高くて、ちょっと窮屈そうにしているのが
  アクセントになってて可愛いなあと思ってしまった。
  やっぱ、こういう場だとでっかすぎるのは不利に働いたりするんだろうなあ……。
  ちょっと動いた時の可愛らしさも不足気味になりますしね。
  自分なりのイイ味を探して、頑張ってもらいたいと思います。
  ガンバレ(なんとなく応援)。

あとはまあ……映像的にはナンボもデジタルでイジってあるんだろうから、
押井守的に言えば、この映像の上では
こいつらもPerfumeも既にアニメの世界の住人ってことになるんだろうなあ。
合点のいく話ではある。

マ確かに、オイサンの目には、映像的には
『Dream Club』のアレと大差なく映ってる訳ですが、
『Dream Club』のホストガールたちの口にする「ピュア」に代表される言葉と、
この子らが職務中に話す何事かを比べるなら、
間違いなく前者が重みを持つし、より疑いなく本当に近いコト、
ということになるわけですが……
この子らがこのフリや世界観をものにするために流した血と汗のにおいは、
『ドリクラ』からは漂ってこない物ですね。

いやー。
面白いモン見た。



■あるものねだりの I want you .



まだ発売はされておらず、何なら商品化もまだですが、
「これが出たら、よっぽど致命的な欠点がない限りゲットだぜ!」
というモノが二個ばかりアトランティスの海の底から浮上してきたので……
自慢しておきます(え、どういうこと?)。

 ▼自慢その壱・モバギのQ太郎
  勝手に命名した「モバギロイド」に突撃レビュー! [ ITmedia+D ]
  http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1101/08/news004_2.html


モバQ( ← てきとう)。
Android OSで動く、フルキーボードモバイル端末ですな。
今オイサンは自室ではない、お外の珈琲屋さんでこの記事を書いているわけですが、
そういうことに使う、使いたい、お外用物書きデバイスです。

  本当はもっと色々なことが出来るのでしょうが、
  オイサンの主用途はそうなるでしょう。

オイサンは今は富士通のLOOX U G90を、
一つ前はNTTのシグマリオンⅢを使っておりました。
今のLOOXさんも決して悪い子ではないのですが……
如何せん、ただ書き物をするのにWindows7はやっぱり必要ないですし、
立ち上がりに若干時間を要する。
電池の持ちも宜しくない。

その点でシグマリオンⅢさんは機動性に富み、電池の持ちも良かった。
Androidさんが立ち上がりにどのくらい時間がかかるかしりませんけど、
電池のもちは記事を見る限りかなり良くなる様ですので期待しています。
あとはキーボード周りがしっかりしててくれないとNGですが……。
マこの人には、オイサンかなりの期待を寄せております。

……そうなー。
キーボードはネックだよなー。あとポインティングデバイスの精度ね。
この記事を見る限りは問題なさそうですけど。
そこはしっかりして欲しい。値段が多少上がってでも。
うちの子になるんだから、しっかり頼みやすぜ
(気が早い。あとキモイ)。

 ▼自慢その弐 オリンパス製ハイエンドコンデジ
  オリンパス、F1.8-2.5レンズ搭載の高級コンパクト「XZ-1」を国内発表
  http://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/20110112_419697.html
  [ デジカメWatch ]

デジカメに関して、オイサンは一眼デジカメにいく気はないので
狙いは専らコンデジ、しかも色々と設定をいじくれるハイエンドコンデジ方面です。

デそれ以外にスペックの何を見るかといえば単純で、
最近では、レンズの明るさと、
あとはセンサーの大きさと画素数のバランスです。

  えーと、簡単に言うと。
  暗いところでも、フラッシュとか高ISO設定とかを使わなくても
  そこそこ写すことが出来るということが一つ。
  あと、「一画素あたりの表現」が緻密であって欲しい、ということです。
  ……色々おーざっぱな説明で誤解は生みそうですが、
  簡単に言うとそんな感じ。
  ……の、ハズ。
  ……デス。

上の、今回新しく発表されたオリンパスさんのものは、
レンズのF値が1.8(レンズが明るい、ということです)で、
センササイズ1/1.67で画素数が1000万と、ナカナカ素敵です。
素敵なんです。
しかも光学4倍ズームがつくっちゅうんですから尚ステキです。

  ご参考までに、オイサンが今メインで運用しているGR DigitalⅢさんは
  F値が1.9でセンササイズ1/1.67で画素数が1000万、光学ズームはナシです。
  殆ど同じじゃん! とか言わない。
  これは結構な差です。

ズームがついたことによって、
ズームナシのときの画質がどのくらい犠牲になってるかが判断のしどころでしょうねえ。
あとは……マクロ(接写)でどのくらい寄れるかかしら。
GRさんはそれこそ、「もうレンズぶつかってんじゃね?」
ってくらいまで寄れますからね。大袈裟でなく。

  1月19日・補遺
  ちなみにコメントで突っ込みを戴いたので補足しておきますと、
  上のオリンパスさんのカメラはF1.8-2.5なので、
  ズームした時のF値は2.5になります。チョイ暗くなる、ということです。


ですが、旅カメラとしてはズームがあってくれた方がオイサンもちろん嬉しいので、
その辺のバランスが良ければ
こちらもかなり即ゲットの構えでお待ち申し上げておりますですよ。



……。



……とは言えねえ。
本当はねえ。
FOVEONセンサが、もっと一般的になってくれりゃ嬉しいんだけど。
同じコンデジでも、DPシリーズの描写力はもう、異次元じゃよ。

センサだけじゃなくて、レンズや画処理との相性ももちろんあるんだろうケドさ。
リコーさんのこだわりで以って、操作系や画作りはそのままに、
FOVEONセンサを取り込んでハイエンドコンデジ作ってくれりゃあ……
勿論、モノのデキにも依りますが、10万超えだって買うんだけどなあ。

  つまりは、センサーがちょっと特殊なカメラがあるんですよ。
  オイサンのショボイ目で見る限りでも、
  そのカメラで撮られる写真の出来栄えは異次元的に豊かだというワケです。
  ただちょっと、その他の部分にオイサンの嗜好とマッチしないクセがあるので、
  オイサンには買えないということです。

  まあこの辺↓でも見てみて下さい。ちょっとびっくりするから。

  ▼シグマ「DP1」、一眼並み大型センサー搭載コンパクトデジカメの実写画像
   http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20080404/1008874/?P=3
   [ 日経トレンディネット ]

……マそんなことで。
多分どっちも、6~8万円くらいのブツでしょうから。
今からワクワクしてお待ち申し上げたい所存でございますよ。



■185ccライダー



昨日。
オシゴトへ向かう道すがらのコンビニで、、
WONDAのオーロラプレッソとかいう新しい缶コーヒーを買いました。

そのオマケにバイクのミニチュアがついていたのですけども、
それが、懐かしのチョロバイでした。
ご存知ですかね。チョロバイ。

R0030406

  ……ていうか、イマドキの方々は元祖のチョロQもご存じないかもしれないな。
  ミニ四駆が主流の世代だったりするのかなー。
  マご興味があれば、適当にググってみて下さい。
  ていうかこのページを、一体どれ程イマドキの方々がご覧になっているのか。

間単に言うと、チョロQというのは
プルバックゼンマイで自走するミニカーのオモチャです。
プルバックゼンマイというのは、車体を後ろに引くとカリカリ巻かれる
ゼンマイのことです。
チョロバイはそのバイクバージョンね。

チョロバイのゼンマイ……というか動力はプルバック方式のゼンマイではなくて、
前に押して勢いをつけて走らせるタイプの、
フリクション式エンジン? とか、はずみ車というらしいですが、
そのエンジンのうぉんうぉん震える感触に、ちょっとココロときめいてしまった。

なんか……嬉しいなコレ。

子供の頃はプルバックゼンマイの方が好きで
チョロバイにはあまりときめかなかったのですが、
今はこの手応え、ぶいんぶいん振り回される感じが妙に心地よいです。



……。



なんだか色々と揃えたくなってきてしまった……。
平成ライダー人気で、ライダーのバイクバージョンとか出てないんだろうか?
……とか、大人の余計な趣味への傾倒なんてこんなことから生まれるのかも知れまへん。
ぶいぶい言わせたいです。
ぶいぶい。

あ、オマケのコーヒー(違)の方は……
ちょっと味がドぎつく(エスプレッソベースなので仕方ないのかもしれないが)しつこくて、
あまり頻繁に飲みたいとは思えませんでした。
マもともと、WONDAはあまり好きではないのでね。

……でもこのバイクは欲しい……。

あ、でもですね。
最近缶コーヒーとかには、このチョロバイもどきに限らず
チョロQもどきがオマケについたりしますが……
オイサンの記憶と感触が確かなら、
元祖タカラのチョロQと、その製品精度は比べるべくもないです。

オマケは所詮オマケ。

今回のバイクも、作りこそ似せてはいるもののなかなかまっすぐ走ってくれませんし、
フツーに走らせたいのにすぐにウイリーしてしまう。
外装も、やっぱりね。荒いというか。
ただ、ちゃんとスタンドが引き出せて立てておけるつくりには
「おっ」と思いましたけど。

それでも、元祖チョロQ・チョロバイが、
如何に丁寧に、職人的に作りこまれていたのかがしのばれます。
うーん。
やっぱりアレはアレで、おもちゃとはいえ、
さまざまなこだわりに満ちて作られていたんだろうなあ。



マそんな感じで散漫に。
本当は、今期アニメの感想なんかも書こうと思ったんですが、
ちょっと長くなっちゃったんで別に回します。



オイサンでした。



 

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2011年1月14日 (金)

■だから、僕は下の句を詠んだ。 -更新第630回-

ただいまを言ったその日から、彼女は僕の家族になった。
オイサンです。


年が明けてからこっち、
オイサンがフラフラしているWeb界隈でまたぞろ
「blogの衰退」的なことが言われていたので、
久しぶりにちょっと反応してみようかなと思いました。

このblogを始めた頃なんかは、たまに考えていましたけどね。
blog。
ナニ書けばいいとか、どうあるべきかとか。



■blog衰退論~結論から言ってみる



言われていたのは、TwitterやらSNSやらが台頭して、
blogは役目を終え、あとは衰退する。し始めているんじゃね?
果たしてそーなのか、どーなのか。
……なんていう論調だったわけですけども。

珍しく、結論から話をしてみましょう。
そうしましょう。

オイサンの実感からいって、
日記性やニュース性のblogの代わりにTwitterを利用する人が増え、
今までほどたくさんの人がいわゆる
「blogサービス」なんてものを利用することはなくなるでしょうし、
既存のblogも更新が停滞したり、やめたりする人は増えるだろうなあ、と思います。

そういう意味での衰退は起こると思います。
増進の停滞と、有効な活動率の低減、そんな意味で。

  ていうか自分や自分の周りはそんな感じになってる、
  っていうだけですけど。

  また、その原因や代替がTwitterだけなのかと言われたらそれも分かりませんが、
  オイサンが実感としてあるのがそれだけなので、そう書いてしまいます。
  他のサービス……FacebookやらモバゲーやらのSNSは使ったこと無いですしね。

けど、blogが意義を失い役目を終えたとか、ごっそりと、事実上消滅するとか、
そういう風には思いません。



■blog~色々ある中で。



まずは、
「そもそもblogってなんなのか、どこまで指した話なのか」
について括ってしまいましょう。
ここでは
「いわゆる色んなプロバイダが提供しているblogサービスを利用したWebページ、
 もしくはそれに似たフォーマットで作成されているWebページ」
という、
「とりあえず中身は無視した、形式と、活字・文章主体のWebページ」
と括ってしまおうと思います。

その上で内容的に分類してみましょう。
内容的には、大きく

 ・ニュース性のもの
 ・日記性のもの
 ・ご意見性のもの


があるなあと思っています。或いはそれらのハイブリッド。
上でオイサンは、その中でも衰退の対象になるであろうと予測されるのは、
「ニュース性のもの」と「日記性のもの」だと書きました。

日記性のものは……まあ、言わずもがな。
今日はアレしてコレして、写真を貼って、みたいなところです。

「ニュース性のもの」は、その中にまた幾種類かあるわけですが、中でも
新聞みたいに一つの事件について自分の考えを述べるようなもの
(「ニュース性のもの」と「ご意見性のもの」のハイブリッドですね)ではなく、
Web上のホットなニュースや書き手の興味のあるニュースのURLのリンクを
集めているだけのサイトが影響を受けるでしょう。

  あ、「だけ」って書いちゃいましたけど、
  毎度のコトながら、それがダメとか全然思ってませんからね。
  有意義だと思います。
  実際オイサンは、そういうサイトさんの恩恵をたくさん浴してます。

 ▼140文字の逆襲

要するにアレだ、

 「形式的に、一行二行で済む文章の集合体だったページは、
  特にそのスタイルである意味や目的がないのであれば、
  140字の連続で済んじゃうでしょ」

ってことです。
さらには、Twilog( http://twilog.org/ikas2nd )とか、Twistar( http://twistar.cc/ikas2nd )とか、
ふぁぼったー( http://favstar.fm/users/ikas2nd )とか、Favstar( http://favotter.net/ )とかの
まとめアプリ的ページが充実しているものだから、
それをさらにあとでまとめ直す必要も無いわけで。

  「今日やったこと、見て回ったページはこれだけ」と、
  放っといてもやってくれるわけです。
  オイサンも重宝しております。

筋道立った文章を、たーくさん、書こうという人だとか、
フルオープンであることを望まないであるとか、
そういう制約が働かない限りは、Twitterで賄えてしまう。
オイサン自身も、ワリとそーですし。

ごくフツーの話ですけど。



■実例・オイサンちの場合



今回の冒頭のゴアイサツだって、ホレ、
Twitterで既に呟いたものなんですよね。

それはネタの使い回しというワケではなくて(イヤ存分に使い回しですけどもだ)、
従来だったら「あ、なんか良い言い回しを思いついた」
と閃いて、それをメールにメモして家のPCに送っておいて、
イザ記事にする段にそこから引っ張り出して載っける、という流れであったものが、
「とりあえず人目にもついてしまうけれども、
 あとでも見やすく、
 人の反応もある程度ある場所にメモっておく」
という流れに変わっただけです。

この場合Twitterは、
オイサンにとって「小ネタのメモ & 発表装置」的な場所であるわけです。
幸か不幸か、今回の冒頭ゴアイサツはTwitter上でも
「とりあえず目に付いた」ことを表明して下さった方がおられるので、
その方がココを読んでいたら、もしかすると「あ、使い回したw」
と思ってるかもしれません。

  オイサンのお知り合いでTwitterしてない人も大勢いますから、
  そういう人にも見てもらいたいなー、という気持ちの上でやってることなので
  コレはアリだというか、やっときたいと思ってます。
  それを躊躇わずにやれる様になるにはちょっと時間がかかってしまいましたけど。
  やっぱり自分では「使い回しくさいなあ」と思ってしまいますし。
  どっちも見てくれる人のことを考えますとね。

  というか、オイサンはネタを発射するとき(事後の場合もありますが)、
  「ああ、このテのネタはあの人が喜ぶかな、反応するだろうな」
  という、そこそこ私信的な思いが籠っている場合が多いので、
  見てもらいたい人向けに変えることもありますね。

ただ、如何せん。
そうして何でもかんでも呟けてしまうと、
イザblogを書こうとした時に、以前ならポポンと思いつけたマクラを思いつかないとか、
なんなら良いリズムの記事のタイトルが浮かばないとか。
そういう弊害はあります。

  冒頭ご挨拶とか記事のマクラの話題なんてのは勢いが大事で、
  思いついた直後ならblogに載せることが出来ても、
  一端発表して間をおいてしまったネタは、やはり冷静に見られてしまうので、
  「……これは……ちょっとな」
  となってしまうこともしばしばなのです。
  要らんフルイに、自分でかけてしまってるんですね。

 ▼花鳥風月・五七五七七五五七七五七七

他にも、月が綺麗だの、花が咲いただの、風が気持ち良いだの。
そういう花鳥風月愛でる系のお話というのも、
……本来は一行で済んでしまうものなのかもしれないんですね。

それを、人様にお伝えする前に、自分の中でじっくりと向き合って、
ああかもしれないこうかもしれないと捏ね繰り回すから
blogで一くさり唸れるくらいの分量や情感が生まれるわけで。

コアの部分だけ、ぽーんと衆目の海に投げてしまったら、
捏ねれば広がるはずのその周辺の部分こそ実は主だとは言え
(土星は星の部分がメインですけど、輪っかの方が魅力的でしょ?)、
……話は、終わってしまうんですよね。



■短歌でいくのか、俳句にしよか? ~あのコに届けいろはにほへと



とはいえですねえ。

今オイサンが実際こうして書いてるように、
やっぱここでないと書けないコトはありますし、
Twitter上で済むようなことでもイザ書こうとしてみると、
「あ、やっぱblogでないとアカンわ」
ということもいっぱい出てくるのです。

タイムラインの上でなんだかんだと面白そうな話がされているのを見つけ、
あ、オイサンも混ざろうと思ってpostを打ちこみ始めるも、

「アレ、文字数足りないな。
 複数のpostに跨がっちゃえば良いんだけど、この書き方だと誤解生むかもな。
 そもそも見方が片面的になると良くないし、面白くもない類の話だなコレ」

などと、書いているうちに、書き始めには気が付かなかったコトに気付き始めて、
「ウム、これは帰ってからblogで書こう」
となることもしばしば。

  マ読んで戴いてる皆様にはおなじみですが、
  なにぶんオイサンの書きっぷりというのは、なにかと言い訳がましいので、
  それをやろうとすると難しくなる。

Twitterに適した話し方・書き方はあると思うのです。
いろんな面を諦めて、諦めた面については色んな突っ込みが入ることは覚悟して
(そこに光を当てられたらスルーを決め込む。
Twitterのゆるさではそれも許容される(と、これまた勝手に決め込む))、
自分が光を当てたいところについてだけ話す、とか。
オイサンはそこにも言い訳をはさみはさみ書きたい(突っ込まれるのに弱い)タイプなので、
なかなかそうもイカン。
それ故、真面目な事を書こうとすると、どうしてもblog率が上がってしまいます。

  ……え、これで真面目なの? という驚きはサテおきますよ。

それはもう、議論に限らず、日記もそうです。

そうして辿っていくと、「気楽に手軽にやる」という観点からは、
blogの、有効に活動する絶対数の伸び悩みや減衰はやはり起こるのでしょうけれど、
存在意義だとか、活躍のステージというのは
まーあそうそうなくなってはいかないだろうな、とは思います。



■Closing~電子書籍は弾けない



先日、隣町のヨドバシカメラをブラついていたときに
一緒にいた友人と(って、ちびすけ父さんさんなんだけど)電子書籍リーダのコーナーで、
もっとこうだと良いねえ、こういう機能が欲しいねえ、なんて話になりました。

  たとえばページがめくられるときのアクションであったり、
  めくるときに何か、ゆび先で薄いものをぺらぺらと弾く感触であったり、
  「ページが曲がる」ということであったり。

それらの機能(というか「振る舞い」に近い様々のこと)はある意味ニッチかも知れず、
「本を読むという行為の本懐のために必須」
の機能とは言えないものだったかも知れませんが、
誰かが「本を(紙で)読む」ときに求める何かと直結した、
他では得がたい体験を再現するために不可欠な話ばかりでした。

「本を読むコト」と「それらの振る舞いから受ける刺激」を一括りにして
ノーミソにしまいこんでいる人たちからしてみれば、
それらの振る舞いからの刺激が失われた読書は
全く意味合いやアウトプットの異なるものになると思います。

その刺激があれば思いついた筈のことも思いつかない、であるとか。
結構な損失が起こってしまうような気がする。

  余談ですが、
  その理由の見つけがたさ・言葉にし辛さが
  人をして「味気ない」と言葉にせしめるのでしょうけれど、
  この「味気ない」という言葉、
  本質から考えたら一見意味の薄い言葉のように響きますけど
  (電子書籍リーダ開発プロジェクトのエライサンにぶつけたら
   「好き嫌いの問題でしょ? 慣れだよ慣れ」って言われそうなコト)、
  こうして考えると、
  「すごく大事なことが失われたときに発せられる言葉」
  なんだな、と、今書いていて思いました。
  侮れない。
  蔑ろに出来ない。
  閑話休題。

ただ「文字を読み内容を吸収する」という行為だけが
読書のコア機能と位置づけられて電子書籍リーダが設計され、
周辺に位置するこれらの振る舞いが人間の社会から消滅してしまったら、
……「紙の本を読む」行為にまつわる周辺の出来事が消滅してしまったら、
それらの「振る舞い」が生みだす感触や、
その刺激によって生み出されるはずのものたちは、
二度と人間のヨノナカにはお目見えしないんじゃないだろうか?



……そんな風に思いました。



ですんで、そういう感触とか風合いとか……
それに伴う隠れた機能が求められる限り、紙の本がなくなることは、
……イヤ、紙の本自体はエライ人たちの都合でなくなってしまうかも知れませんが、
「紙で本を読むという行為が持つ独自の意義」がなくなることは、
まあないだろうなあ、と薄ボンヤリと思っていたのですけども。



それを思えばね。
blogがなくなるってことも……まあなさそうだなあと、思ってしまうオイサンですよ。



日記性のページにせよ、ニュース性のページにせよ。
今のスタイルに意義を感じつつblogでやっているのであればオイソレとやめはしないでしょうし、
逆にTwitterで書くこと・発信することを覚えた人がそこに不自由を感じ始めたら、
もっと「良く」書ける場所を求めてblogを始める、なんていうフィードバックも……
マやっぱり絶対数こそ多くはないでしょうが、起こるんじゃないですかね。

その場はblogじゃなくて、もっと新しいサービスかもしれませんけど。
数は減るけど、なくならないし、意味はなくない。
そんな感じ。

  数が減ることは、今のヨノナカ……痛手ですけどね。
  オカネになりがたくなっちゃうから。

コワイコワイ。



オイサンでした。



 

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2011年1月11日 (火)

■徒然が眠る前に -更新第629回-

ヒートテックのあまりの威力に若干ヒキ気味。
オイサンです。

イヤまあ、別に引くことないんですけど、
それにしてもすごい威力です。
今日は陽が落ちる辺りから結構な冷え込みだったんですが、
その中を結構な距離歩いて帰ってきても、腰から下は殆ど寒いと思いませんでしたからね。

ビックリビックリ。

ちょっと手放せなくなりそうで、逆に怖いです( ← やっぱり引いてる)。



■ヒートテックと言えば。



マそんなことで、オイサンは今日がヒートテック初体験だったんですけれども、
今日更新されてた『アマガミカミングスウィート』で、
タイミング良く、ちらっとだけですがヒートテック的なものの話が上がっていました。


このバナー貼るのも久々な気が。

それは別にヒートテックメインのお話ではなくて
「お年玉を上げる相手がいる? いない?」
みたいな話の流れの中で、シンタスが

「あたし、毎年家族に上げてるよ?
 なんかちょっとしたプレゼントと一緒に。
 おばーちゃん(おじーちゃんだったかな?)にはホラ、
 なんだっけ、足の寒くならない奴? ああいうのとか」

と言っていて、オイサンは一人部屋でウンウン肯きながら、
「ああ、ああ、確かにな。それは良いワ、足の寒くならない奴な」
とか、聴いていました。

オイサンもつい先日、
「お年玉上げ童貞」を(よそさんのお嬢さん相手に)ロストしたわけですが、
マそれはおいといて。

しかし、そういう「チョッとしたプレゼント」って難しいと思うんですが、
シンタスそういうのを何のてらいもなく選んだりするの案外うまいんだなと
コレを聴いて思ったりしたものですが、
その「チョッとしたプレゼント選び上手」のくだりも、
最近なんかで耳にしたなと思ったんですが、それはコレでした。

きのう何食べた?(4) (モーニングKC) きのう何食べた?(4) (モーニングKC)

著者:よしなが ふみ
販売元:講談社
発売日:2010/10/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

このマンガは、実家の母がよしながふみさんが好きで読みだしたんですが
オイサンもすっかりハマってしまいまして。
なんというか、完全にすっぴんのマンガなんですな。
なんのドラマもロマンもない、
ただのじめっとした機微だけが面白い。
そんなマンガです。
ただまあ、主人公がゲイのカップルだというだけで。

そのカップルの片割れが
「お前はそういうさ、
 『あとでお返しとか考えなくていいような、ちょっとしたプレゼント』
 とか上手いよな。難しいじゃんそういうの」
というくだりがあったんでした。
全くその通りだと思います。
そして、そういうことをサラッと言ってくれる、そういうことが面白いマンガです。

面白いので、ご興味のある方はチラッとでも読んでみて下さい。



■実家の母と言えば。



先日、こちらの記事を読みまして。

  ▼今すぐ使える!映画ドラえもん全作品レビュー
   http://d.hatena.ne.jp/DieSixx/20110103/p1
   [ - Devil's Own -残骸Calling2- ]
   

なんだか無性に、ドラちゃんの映画を見たくなってしまい、
この連休にとりあえず一本見ようと計画しておりました。
ターゲットは2本。
『のび太の大魔境』か、『鉄人兵団』か。

  『大魔境』は、オイサン子供の時分に劇場で見ています。
  『鉄人兵団』は見たことないです。
  第一候補は『鉄人兵団』。

デ近所のTSUTAYAに赴いたところ、『鉄人兵団』が出払っていたので、
一本だけ残っていた大魔境を借りて帰って見てみました。


……。


う~ん……。


ワリと、普通。


というか、途中、若干寝た。
こんなモンだったっけ? という印象。
まあ、なんかこう、「見るモン見るぞ!」という気概で見れば
また何か違う発見をするのでしょうけども、
フツーに楽しみとして、そこに映し出されるものを娯楽としてだけ見ようとすると、
やっぱりちょっと物足らないというか、退屈でした。

や、まあ、それは当たり前の話だと思うんですけどね。
それはドラえもんが子供向けだとか、オトナを楽しませるには足らないものだとか
そういう意味ではなく。

なんというか、ディズニー的に、純粋に素直な部分だけをそのように受け止めて楽しめば
大人でも楽しめるんだと思いますが、
ちょっとオイサンの姿勢がそうなっていなかったので、今回は仕方ない。

デ、ちょいと気にかかったのが、
この映画の公開が1982年。オイサンが7、8歳の時ぶんです。
それはつまり、恐らくオイサンを劇場へ連れて行ってくれた当時の母と、
今の自分がほぼ同じくらいの年齢であったハズだなあ、というコト。


……。


たまーに、考えるんですよね。
うちの母はワリと幼く、単純で、
まだまだ色々なことをキャイキャイと無邪気に楽しめてしまう人なのですが。

  ……その無邪気さとか世間知らずさなんかは
  オイサンにも脈々と受け継がれておりますよ。

たとえば、『8時だヨ!全員集合』とか、『水曜スペシャル 川口浩探検隊』
なんかも、一緒になって見ていた憶えがあるんですね。
多分、オイサンが今見ても……ドリフも川口浩も、
ある程度「ふーん」だと思うんですよ。
ドラちゃんに至っては上述の通りでね。

……それを一緒に見ていた、
見てくれていた母の内心というのは……ただ、子供のためにと退屈なのをガマンして見ていてくれたのか、
それとも案外普通に楽しんでみていたのか、
もっとフツーに、子供がそれを眺めるように、自分も夢中になりながらワクワクして見ていたのか……
果たして、フツーに考えるとどれなんだろうなあ、と。

そして、自分はもうこんなトシですが、
果たして自分が親になった時、
母がしてくれたように、子の傍にあって同じように出来るだろうかと……
ちょっと不安に思うのですよね。

ウン。

夢を壊さず、優しくして上げられるといいなあ、
上げられるくらいの度量と余裕のある人間でないとイカンなあと、
思ってしまうワケでしたよ。



■度量と余裕、といえば。



連休初日の土曜日。

以前、御自宅で作られた手作りのジャムをですね、
毎度おなじみのちびすけ父さんさんから戴きまして。

  ▼まったり日々(?)のできごと
  http://hm13chibi.blog36.fc2.com/

今回実家に帰った折に、
そういえば以前実家から地元の農家さんが自家製しているという
大層美味しいブルーベリージャムを送ってもらったコトがあったのを思い出し、
それを仕入れておいてもらって、
パパさんにお返しとしてお渡ししようと思い立ったのでした。

それをお渡しするためにオイサン最寄りの駅まで来て戴いて、
オイサンおすすめのカレーと、珈琲をご一緒したのでした。

ほんでその時にですね、
……なんでだったかなー。
チョイと『パトレイバー』の話になり、
「いかに後藤隊長がスゴイか、カッコイイか」

ということを熱く語り合う流れになりました。

機動警察パトレイバー (2) (小学館文庫) 機動警察パトレイバー (2) (小学館文庫)

著者:ゆうき まさみ
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

  確か、身内の話からロボットをこさえる話になって、
  グリフォンの技術者の話になって。
  そこから内海課長の話になって、
  「会社組織にはそういう人間も必要だ」みたいな話になり、
  「後藤さんみたいな上司とシゴトがしたい」
  というところに行きついたんだったと思います。
  多分。

そこでは、
「普段は昼行燈として部下にすべてをゆだねてるが、
 有事に必要となれば自分でガッチリ指揮を執る、
 そんな姿勢がカッコイイ」
という、最初はワリとフツーの話だったのですが、
今回そこからさらに発展したのが、

「というのは、普段レベルの話であれば、放っておいても大丈夫なように、
 あの第二小隊という組織を、彼の意志によって組み上げてあるんだ、
 そうに違いない」

という話。

つまり、
野明という直情熱血女の上にはリアリストで皮肉屋の遊馬がいてバランスと統制をとり、
太田さんの上にはおタケさんというバランサー、
サポートにはひろみちゃんに進士さんという暴走しようのないコンビが配されていて、
その人材の収集から配置までは、後藤隊長自身が
「普段は放っておいても彼ら6人の中で勝手にバランスがとれるように」
あの隊を作ったんだなあ、ということです。

さらにさらにパパさんの言うことには、
「バックボーンに、しのぶさん率いる第一小隊が控えているから、
 『とりあえずウチ(第二小隊)は、このくらいの働きの出来るメンツさえ揃ってりゃ、
  全部は出来なくても、あとはなんとかなるだろう』
 という計算まで、してたんだと思うよ、あの人は」
とのことで。
ああそうだ、ああ確かにと、膝を打って唸ってしまったのでありました。

オイサンはそれまで、
「お話の上で面白いからそういうキャラクター配置になっているんだ」
くらいにしか考えていませんでしたが、
そんなトコロでも「後藤隊長という人格の表現」がされているんだと思うと……
いやあ、奥が深い。
奥が深いよ、『パトレイバー』、そしてゆうきまさみ。

ゆうき先生は、確か『パトレイバー』をお描きになった時点ではまだ30代前半で、
確か今のオイサンよかお若いハズ……なんですよねえ。
いやあ……凹む、というか、プロってすげえよなー、と
嘆息するしかございません。

もしもオイサンも、お話作りのプロで、
四六時中そんなことばかりを考えて、そのための勉強もして、とやっていたら……
そのくらいは考え至るようになるのだろうか?





……。





う~ん……。





とてもなあ。手の届く領域だとは……思えませんね。





……。




ちくしょうめえ……。



■Closing



『パトレイバー』の話が出たついでに、オイサン

「(果たして、塚原ひびきちゃん好きのパパさんは、
  南雲しのぶ隊長とおタケさんではどっちがお好みなんだろう???)」

とまた、知ろうとせんでもエエことを思いつきやがりまして、
質問をブツけてみたのですが。
パパさん、いつになく難しい顔で、


「……オイサン。
 ……難しい。
 それは、難しい質問だよ……」



と、実にリアルなお答えを下さいましたとさ。



……。



イヤ……。



……うん、まあ……。
だと、思いますよ。



オイサンでした。



……あんなに真剣に困ったパパさんを見たのは、初めてだぜ……。




R0030361
今日、鶴岡八幡宮の参道で見た、サギ(?)と松と月。なんとなくおめでたい。


 

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2011年1月10日 (月)

■富士の麓のピタゴラ・スイッチ ~Benedict_MUさんとの邂逅 -更新第628回-

日かげの道は、ちょっと遠回り。
オイサンです。

えーと。
本日のお話は、時間をちょっと遡り、昨年の9月。
さる方にお会いしたときの……まあいつものオフレポです。

  なのですが、先ずはご本人様にお詫びを。
  色々とお話を窺ったにも関わらず、
  3ヶ月以上も宙ぶらりんにさせてしまいました。
  すみませんでした。



■にっぽんいちのヒザマクラ



サテ9月のある日のオイサンは、日本一のあの方のおひざ元におりました。
富士さん……否、富士山です。

R0028870

何をしにそんなところに参ったかと申しますと、
……まあ、お知り合いに会いにですよね。

今回お会いするのは、やはりTwitterで知り合った
Benedict_MUさん。
FC2のページで、『アマガミ』などのSSを発表されている方です。


 ▼ベネジクトさんの小説のページ
 http://novel.fc2.com/novel.php?mode=ttl&uid=4519804


まあ「Twitterで知り合った」と言いましても
さほどタイムライン上で口数の多い方でもなく、
こちらで勝手にSSを見つけてリンクを貼らせて戴いた、
という押しかけな感じなのですが。

 ▼キッカケ

今回お会いすることになったきっかけは、以前のこの記事。

  ■花よりも星よりも -更新第556回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/-555--7a6c.html

あるお二方のSSを読んで気付いたことをまとめた記事なのですが、
うちひと方は、ここでは既にお馴染みとなっている
「ちびすけ父さん」さんこと「ちひろ」さん。
どうも、毎度お世話になっておりますホントに。

  ▼アマガミ 響先輩SS 「カレーソースは死の香り」
  http://www.hh.em-net.ne.jp/~chihiro/ss/amagami/hibiki_ex_if16.html
  [ 無限夜桜ヨコハマ分室 さくらがおか ]

  ▼ちびすけ父さんのまったり(?)日々のできごと
  http://hm13chibi.blog36.fc2.com/


そしてそのもうひと方が、誰あろうベネジクトさんでした。
この記事を書く前のやりとりとして、オイサンがベネジクトさんの作品に
感想をお送りしたのですが……
その感想が……まあ、なんというか。

オイサンのスパイシーなところが出てしまったらしく、
ベネジクトさんの心を、いたく乱してしまったらしい。
それでまあ、でしたらお会いしてお話してみようじゃないの、ということで、
幾度かのメールでのやり取りを経て、今回こうして直にお会いする運びと相成ったわけです。


……。


マそんな経緯があるもんですからね。
今回、お会いするまで、オイサンは割とビビッておりました。
怒られるんじゃないかなと。

それに加えてベネジクトさんは、先にも書いたようにTwitter上での口数があまり多い方ではないので、
これまでにお会いしてきた方々のように、
お会いする前段階の情報から、人となりに思いを馳せることも難しかったのです。

  ……まあ多少情報の得られたところで、
  その像がぴったりと一致することなどなきに等しいので、あまり意味はないのですが。
  それでも、オイサンのような人見知りの小心者には
  多少の心の準備にはなりますわいな。

なので、これまでTwitter関連でお会いしてきたうちでは、
お会いする以前にかなりドキドキしてしまった部類の会だったわけです。
オイサン的には。
実際お会いしてみれば、



■書く行為、そのモチベーション



そうしてお会いしてみたベネジクトさんは、
とても物腰柔らかな、穏やかで、Twitter上と変わらず物静かな方でしたので
すごくホッといたしました。

  ……内心、ハラワタ煮えくり返ってたのかもしれませんけど。

オイサンのくりだす乱暴な問いにも、考えを整理し言葉を丁寧に選んでお応え下さるそのご様子は、
……オイサンの質問がイミや意図がわからな過ぎただけかもしれませんが……
なんだか、背後で巨大なピタゴラスイッチのようなものが
がっちゃんがっちゃんと動いているようで。
本当は、最後にはじき出される答えもさながら、その歯車一つ一つの形や大きさ、素材、歯の形など、
そんなところにまで気にさせる、そんな御仁でした。

ちなみに、今回は本当にSS書きとしてのお話に終始します。

 ▼オモチを使った……

モノを書くには、書くだけの動機というものが
マそれなりにあったりなかったりするわけです。

  モノゴト、何のきっかけもなしに始めるなんてことが
  世の中にどれだけあるだろうと思いますけど。
  「書けそうだからなんとなく書いてみた」とか、
  「特に道具も要らないし、一番手っ取り早そうだから」
  なんてことも、結構ありますね。

オイサンの場合、『アマガミ』関連のSSに関してそれは二つあって、
「自分が一番読みたいと思うスタイルの物が、世間になかったから」
ということと、
「絢辻さんというキャラクターをもっと知りたい、わかり『合いたい』」
ということ、その二つでした。

  というか、絢辻さんのSSに関しては、最初はSSを書くつもりなんてなくてデスネ。
  シナリオ解析記事を書く段になって、
  「章のアタマに内容に則したちょっとした読み物でもあれば、
   導入として多少気楽に読んでもらえるかな?」
  と、小賢しいコトを思って始めたのが最初でした。

  ゲームがらみのSSは昔から手慰みに書いていましたし、
  そうなるのはある意味、オイサンの手癖としては必然だった感じです。

一つ目の方は、まあ傲慢というか、僭越というか。
自分を満足させられるのは自分だけ、という感じになってしまいますが。
ある意味で、二次創作の王道と言いますか。
二つ目の方は、あまりに分からな過ぎる、
絢辻さんという天の川の対岸にいる人格に対して、
せめて自分の中にあるもののうちから近い材料を使って、橋を渡すような作業です。

 ▼先ずはその枠組みをブッ壊す

それに対して、ベネジクトさんの作品は
橘さんと、主人公である「俺」の対立の構図から始まり、
その後、一種壮大な、世代を亘る物語に発展していきます。

オイサンも全部読んだわけではありませんが、
この広がらせ方は『アマガミ』の文章系二次創作では、他にちょっと見ません。
その他のSSにしても、バリエーション豊富。

そんなベネジクトさんの動機である、
「橘さんとの対立」という始まりの構図
(その後の長い時間をかけた作業が何を意味するのかはオイサンにはまだ分かりかねますが)と、
それだけ多くの物語を生み出すバイタリティの源泉は……
「<スキBAD>の中多さんを救いたい」。
何故、中多さんがそんなヒドい目に遭わされなければならないのか。
何故、当の加害者である主人公……橘さんはその罪、不実を誰からも問われないのか。
そこに、もっと当たり前の結末を、展開を与えたい。
深い闇のまま終わる迷路の先を掘り進みたい。
そんな一心だったようです。

  そして、これは半分、お話を窺ったオイサンの想像なのですが……
  何故この物語の世界のヒロインたちには、
  この酷い男、主人公以外に、恋の相手の選択肢が用意されていないのか?
  そんな気持ちもあったのではないかなあと、
  とつとつと語られるベネジクトさんの言葉の端々から、感じた次第です。

物語にえぐりこみつつ、ヒロインと寄り添おうとするオイサンと、
物語に外側から穴を開け、主人公たる橘さんとの対決姿勢をとるベネジクトさんとでは、
立ち位置としても、ゲームのお話との関わり方としても、
点対象的に位置するようにオイサンには思えるのでした。

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■世界を覗く窓として。



デ、今回オイサンがベネジクトさんとお会いしてお話を伺う中で
非常に面白いなあと思ったのが、
「動画共有サイトに上げられるプレイ動画のヒキというのが、
 本当にチカラを持ち始めているなあ」
ということでした。

  イヤ今更なのかもしれませんがね。
  そういうものを殆ど見ないオイサンには、新鮮な発見だったのです。

ベネジクトさんは『アマガミ』への入り口がプレイ実況の動画だったのだそうで、
そのコトが、上で書いたベネジクトさんのSS書きのスタンスと
大きく関係しているのだとオイサンは思います。

 ▼僕と私と橘さん

古来……奈良時代あたりの恋愛シミュレーションゲームの主人公というのは、
プレイヤーの写し身となる、無色透明な存在に設定されることが多く、
プレイヤーは主人公と一体になって、
ヒロインとあるやなしやの物語をともに歩んでいく場合が大半でした。

ADVでも、初期の頃はそんなのが多かったのではないでしょうかね。
最低限のパーソナリティとあと名前くらいのある主人公がおり、
プレイヤーはそのスカスカな主人公の心に空けられたスペースに自分を情感を埋め込んで、
ヒロインと恋をするのは大半が自分の心情で構成された主人公という存在、
という図式です。

  後年になって、
  ADVでは主人公が色々とパーソナリティを発揮することが増えましたけど。
  『アマガミ』もそのうちの一本ですね。

で、オイサンなんかはゲームも本名プレイが基本で、
「主人公=自分・プレイヤー」のセンは基本的にはずしませんが、
デフォルト名で、あくまでも「主人公=他者」のセンをはずさない方も当然おられます。

ですが、いくら「主人公=他者」の意識の上であるとはいえ、
その物語の展開にはプレイヤーの意思や選択は介在するわけで、
それは100%、全く無関係の他人とは言い難い。

ですが動画サイトのプレイ動画の存在ととそれを観るという行為は、
この「主人公=他者」のスタンスを
より明確に押し広げることになっているのではないかなあと、
ベネジクトさんのお話と、彼の創作のスタイルを見て思った次第。

  あ、誤解のないように。
  それがアカンなんてちっとも思いませんよ。
  マ発売直後にイキナリネタバレやなんかをアップするのは節操ないなと思いますが、
  こういう世の中になった今、色んなアプローチはあって良いと思います。
  なんとなれば、「そういう環境」を前提としたゲームが出てくるのも
  すごく良いことだと思います。

つまりは、
そのゲーム世界へのファーストコンタクトが、「動画閲覧」という
本来想定されていない窓から世界を覗き込むという行為だった人々からしてみれば
その主人公の行動やお話の展開には、己に拠るところは一切なく、
そうなるといかに「テレビゲームの主人公」といえど
他者の操るそれは明らかな他者。
「明らかに自分ではない誰かが、なんかおかしな恋愛をしていて、
 そいつがなんか可愛らしい女の子を相手に不実を犯して追い詰めている」
という風に……頭に焼き付くことも、ごく自然。

ファーストコンタクトの瞬間に、ゲーム『アマガミ』の世界は、
ベネジクトさんにとっては一先ず
すっかりと他者のものになってしまったのではないのかなあと、
そんな風に思いました。

そうして、ゲームの世界、
本来そこにはプレイヤーとして参加しようとする自分の席が用意されているハズなのに、
ファーストインプレッションが動画閲覧だった者から見れば
既に「アップロード主」という他者が深く認識の底に座っていて、自分の居所がない。
なれば、そこから尚ゲームの世界に関わろうとするプレイヤーは、
物語に参加するのか、
もしくはより深い背後で糸を引きながら観察するだけなのかも知れませんが、
自分の席を、自分で新たに用意するしかなくなるのかも知れない。

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本来
「プレイヤー自身(ではなくともプレイヤーの手で導かれるはず)の物語」
であるテレビゲームの世界を、完全に「他者の所業」であることを出発点として、
それを諌めヒロインを救い出すことから始まったベネジクトさんの『アマガミ』は、
オイサンと随分違う形をしているにちがいない。

オイサンには行き着かなかった「主人公との対立」という構図に、
ベネジクトさんが自らを持っていくことが出来たのかは、
そんなところに違いがあったからなのではないかなあ、と……
富士山の見下ろすちょっと寂れた商店街の喫茶店で、
オイサンはお話を聴いていました。

  ついでですが、オイサンの場合。

  当時オイサンは、
  ギャルゲーが作り出す面白さと自分の求める面白さに隔たりを感じ始めて
  ちょっと斜めから『アマガミ』に関わろうとしておりました。
  それは多分無意識に。
  ですが、画面という壁のこちらからのアウトボックスに徹しようとしたオイサンに、
  あの最終ヒロインの人は……その絶対の壁さえ乗り越えて、
  突然のインファイトからマウントを仕掛けてきたわけです。

  反則ですよ、絢辻さん。

  ……そういえば、かの"スキBAD聖"、第4先輩さんも動画からの入りだったっけ?
  もしも彼らが『アマガミ』に正門から入場していたら、
  その『アマガミ』的生い立ちは一体どのようなものになっていただろうかと、
  詮のない過程に要らぬ興味をおぼえてしまうオイサンですが。
  マそれは考えても、意味のない前提なのでしょうね。


 ▼<スキBAD>の集客力


そしてまた気付かされるのが、
フツーにフツーのギャルゲーとして『アマガミ』の世界にアクセスしてきた方と、
<スキBAD>やら<ソエン>やらにヨコツラ張られて
「お前ちょっとこっちこい!」と引きずり込まれた方がいて、
もちろんその世界の両面あっての『アマガミ』というか、
それがあることが現『アマガミ』のアイデンティティであったりしつつも
そのことが色々大きな分断を呼んでいたりもするわけですがそれはとりあえず置いておいて、
そのブン殴られ引き擦り込まれた系の方々は、
それなりの言い分や、
どうしたってやらなければ収まりも引っ込みもつかない何かしらを
フツーのギャルゲー入場門から入ってきた人たちに比べて、
より強く、深く、蒸熱的にお持ちなものだから……
その何かしらの発露が結構生まれているなあ、ということ。

決して多くはない『アマガミ』がらみの副産物や二次創作物の中で、
そうした出自から発せられたものの割合と言うのは
案外バカにならないのではないかと、見渡してみて思います。

その根底にある感情がどんなものなのか、
それはもうひたすらに正義の心であったり言い訳であったりするのでしょうが、
なかなかね、ココロのそういうところまで突破してくるゲームなんてのはないワケで、
それを思ってもやはり『アマガミ』は、
歴史に一つ、人知れず、風穴を開けたんじゃないかなあと思います。



■書くことの引き出し



ラストは、駅前のお鮨屋さんで鰻なんぞ戴きながら。
どういう流れだったか……
そもそも、どんなお話が好きで、
書くこと、読むことの源流にあるお話がどんなものであるか、というようなお話にたどり着きました。

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まつたけのどびんむし。

ベネジクトさんご自身の作品の集められたWebページを見て戴ければお分かり戴けると思いますが、
ベネジクトさんの作品は、基本線に『アマガミ』の世界やキャラクターが関係しているとはいえ、
そのジャンルがとにかく多岐にわたります。

  ファンタジーっぽいものから、SFっぽいもの、時代物。
  ぶきっちょなオイサンは、どうすりゃこんなに色々書けるんだ?
  と不思議に思っておりましたが。

ベネジクトさんの弁を簡単にまとめてしまうと。
「好きな話がいくつかあって。
 基本的な構造はそれらから借りてきます。
 あとはそこに、キャラクターをはめこむだけ」
と、こともなげにおっしゃる。

たとえば、時代ものなら『国盗り物語』が当てはまる。
そして『LIVE A LIVE』という、昔のSFCにあったゲーム。
これは、7本の異なる物語がパラレルに存在していて、
それらを全て解き明かしたあとに現れる8本目の物語へと、
それまでの7本が集約されるお話になっている。

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そうした「あ、コレ面白そう」と感じたお話の構造を引き出しとして持っていて、
自分で書くときにそこから持ち出してきて、
パタパタパタと並べていく、様なことだと、思うのですが……。

イヤイヤイヤ。
発想がシンプルだからといって、
骨格だけを抜き出してきてそこに新しいキャラクターをはめ込むなんてのは、
何かそこにパパッと手がかりを見つけ出す目がなければ、
理詰めで攻めるパズルとしたら大変な労力だと思いますよ。

あとは、『ファイヤーエムブレム』がお好きだとか、
『スパロボ』シリーズがお好き(だった)とかで、
傾向として大河的なものや、世界観がクロスオーバーする物語に、
惹かれる方なのかもなあと思いました。

その中でも一番の源泉にあるのが、
ゲームボーイであった『時空戦記ムー』というゲームなのだそうで。
そのゲームに関してはオイサンは名前くらいしか存じ上げませんでしたが、
検索をかけてみれば、なかなかどうして、隠れた名作的に高い評価を得ているご様子です。
そういう、なんというか、
自分だけでも深く感じ入った物語をもつというのは、
お話を書く上での、ヒトツ、強い原動力となるなあと思います。

オイサンのそんなお話のヒトツに『フリクリ』があります。
2000年頃にガイナックスが制作したアニメーション。
ただパーッと見るだけであれば、
どたばたした、ヘンテコな、意味の分からないお話であるのですが。
一つ一つ、読み込む意志をもって接していくと色んなコトが見えてくる、
色んな絵に、いろんな意味が埋め込まれているのが伝わってくる、
そんなアニメです。



ゲームであれば『フラグメンツ・ブルー』。
お話の根幹をなす、大切な何かを「書かない」ことによって、
そこに空いた穴の大きさを読むものに突きつける。
そんな無情のやり方を教えてくれた、とてもゲームとは思えない逸品です。

マンガであれば、成田美名子さんの作品で、特に『ALEXANDRITE』。
他にも、
『ポリスノーツ』、『無責任艦長タイラー』(アニメ版)、『パトレイバー』。
物語ではなく、言葉にさまざまな色や形のつけ方を教えてくれたのは、
山本正之先生の楽曲であったり、
アトラスの広報担当だった相原アニキがやっていた、
『流星野郎のゲーム業界裏情報』というラジオ番組であったり、
エージ&テツという、二人のろくでもないミュージシャンであったり。
オイサンには、物語の類型としての引き出しよりも、
そうしたことばづかいやことばづくりの引き出しの方が多いのかもしれません。


……あと、そうそう。


ベネジクトさんがすんなりと物語の大外から内側に向けて戦いを挑む、
というスタンスをとれたことには、
さっきの『LIVE A LIVE』や『国盗り物語』のような
「物語の演じ手たちが、自らのいる場所を物語であると認識する」
という、いわゆるメタなお話に、
図らずも慣れ親しんでおられたからというところもあるのではないかなあ、
と思いましたとさ。



■Closing



まあそんなコトでして。
2010年、9月の末の、ある週末。

日本一のお山に見下ろされる町にて、約7時間あまりお時間を頂戴したわけですが、
ベネジクトさんの訥々と語ってくださるお話の中には、
『アマガミ』を取り巻く環境や、
オイサン自身のことを省みるヒントがたくさん隠されていて、
とても有意義なお時間でありました。

正直、
始まりはオイサンのスパイシーなメールから始まったことだったので、
ベネジクトさん自身が今回のデアイに、果たしてどんな印象をお持ちだったのかは……
ちょっと分かりません。
お話の最後にはオイサンが書いた過去の作品に興味を示して下さったので、
楽しんで戴けたのかなあ、だったらいいなあ、とは思っていますが。

今もまだ、『アマガミ』に限らずさまざまな世界を、
書き手として、あるいは参加者として、渡り歩いておられるよーです。

如何せん、オイサンは物を読むのが、
これまた書くのにも増してホンマにおっそいので
なかなかその全部に追いつくことは難しいのですが……
今年はオイサン、出来るだけインプットを増やす方向で行きたいと思っています。
その一環として、出来るだけ時間を作って触れさせて戴きたいと思います。


また何かの機会にお会いして、
新しい世界とのふれあいのお話を聞かせて戴けると嬉しく思います。


オイサンでした。


 

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2011年1月 8日 (土)

■光合成する世界へ -更新第627回-

2007年、1月。
あの夜、『スケッチスイッチ』の脳天気なまでのクラップに、
「オイサンこちら♪ 手のなる方へ♪」
と囃されてから、早、……早……。


  ??? 「放映が2007年の1月だから、4年だな」


そ、そうそう。4年。
……あ、ども。
オイサンです。


そう、初めて『ひだまりスケッチ』のあの日差しを浴びてから、早4年。
『アマガミ』で、絢辻さんに心の喉笛を食いちぎられてから、未だ二年足らず。

だけどもこの二つの作品の現在は、そのありようを余りに違え、逆転させている……
今回はそんなお話で、「ゆび先はもう一つの心臓」、スタートです!



■あの日差しを浴びてから。



まあ何かっつったら、
「『ひだまりスケッチ』は、(アニメの)お目見えからもう4年も経って、
 基本的なリリースの展開は(現時点では)停止してるのに、まだまだ元気に見えるよね。
 反対に、『アマガミ』は2年弱で、アニメとか(放映は概ね終わったけど)CDとか漫画とか、
 色々動いているにもかかわらず、なんかもうお迎えが来てる感じだよね」
なんていうお話ですよ。

コンテンツの寿命、なんていうと大仰ですが、
「作品にあらぬ息吹きを吹き込むものは……一体何なんだろう?」
……ということをですね、
今現在オイサンが愛してやまないこの二作品の趨勢を見守ってきて、
痛切に感じています。


 ▼そんなことを思った背景、母上様。お元気ですか。そうですか。良かったですね。


オイサンはTwitter上では、
大きくは『アマガミ』クラスタ……と呼ばれる緩やかな集合体のようなものと、
『ひだまり』関連のクラスタに足を突っ込んでいます。

  マ活動の殆どが『アマガミ』で、
  『ひだまり』に関してはまだ殆ど何も出来ておらず、
  今年はその辺もうちょっと楽しくやれると良いなと思っていますが。
  人に会ったりしたいなあと。

で、それぞれのクラスタにいる人々を眺めていて思ったのが、
上のようなことだったわけです。

『ひだまりスケッチ』を楽しんでいる人たちは、
アニメ第一期が放映されてから4年の間、
第一期、二期、三期と続いた各期の間も、
第三期……『ひだまりスケッチ×☆☆☆』が終了して9ヶ月あまりが経過した今でも、
息切れすることも、作品そのものに飽きることもせず、
未だ元気に、キャラクター・中の人、はては原作者にいたるまで、
なんだかモリモリと好きだ好きだ、オモロイオモロイと愛を叫び続けておられる。

  もちろんオイサンもその一人で、その気持ちは良くわかる。
  『ひだまり』好き……ひだまらーたちの息吹きは、
  針が振り切れるほどの熱の高さやスピードを発揮することは稀であるにせよ
  (たまに瞬間最大風速的に吹っ飛ぶことがありますが)、
  途切れることを知らない。

その点で『アマガミ』は、
昨年末にアニメ『アマガミSS』の放映が関東圏で終わったばかりで
(マ原典ゲーム『アマガミ』とアニメ『アマガミSS』を同一の盛り上がりの上で語ることに
納得がいかない方もおられるかもしれませんが。オイサンもそのケはチョイあります)、
原典のゲーム版がリリースされてから、まだ1年9ヶ月くらい。

それなのに……なんかね。
「一段落ついちゃった感」がすごくある。

  これから出るものも、まだ控えてるんですよ?
  アニメ版のBD・DVDも……
  ある意味「本命」とも言える、ゲームのエビコレ+版も、「ちょっとおまけ劇場」も。
  こないだもなんか、漫画また新しく始まってましたし、
  東雲先生の『アマガミ precious diary』も薫編が続行中だし、
  Webラジオ『アマガミカミングスウィート』も続いている。
  そのラジオCDも出すでしょう。

  まオイサンも、マンガ系統は特定のものしか見てませんけど。
  ……ところで『Sincerely Yours』の再開はもうないんですかねえ。

ゲーム本編が出てからアニメが始まるまでは1年チョイありましたが、
その間もWebラジオは流れており、ドラマCDはリリースされ、
コミカライズが次々とされました。
矢継ぎ早だ。

なんですけど、今現在、
どうもオイサンの目に入ってくる『アマガミ』クラスタの面々の熱というのは
「やあ、終わった終わった、次はなんだ?」
という類のもので、

「『アマガミ』を! 輝日東を!
 『アマガミ』! 『アマガミ』! 次の『アマガミ』はどんな展開だ!?
 ラブリー! 七咲! 紗江ちゃん! 薫! 梨穂子! 絢辻さん!
 ウオオオオオオオオオ!!」
っていう……
……イヤそんな暑苦しいのはイヤだけど、
「今の『アマガミ』世界の続き」、「『アマガミ』の世界が息吹続けること」
を求めるカンジではないんですよね。
静かに眠りに就くことを、当然至極のこととして、ずっと前から受け容れているようにお見受けする。

そこまでいかなくても、
「もっと続くといいよねー、広がるといいよねー」
という言葉すらめったに聞かれない。

  いや、まあ、個人差はありますよ。
  求める方は、求めておられます。
  発声源の母数という要素に、印象の左右されるところもあるでしょう。

ただ、ざーっと眺めてみたところ、
行き当たる一人ひとりが作品とその行く末に対してウキウキしている割合が、
『ひだまり』サイドは、時を置いた今でも非常に高いように感じたワケです。
続くかどうかはわからないけれども、
『ひだまり』のあの世界が「終わらない」ことを信じるともなく自然に了解していて、
それを当然のこととして振舞っているように思うのです。

……なんて言うんですかねえ。
例えば今、この世界が明日終わるだなんて、
ここをお読みの諸兄は誰も思っていないと思います。
ひだまらーはそんな感じ。『ひだまり』の世界に、明日の太陽が昇ることを疑っていない。
それが『アマガミ』周辺では、最後の太陽が沈むのをあっさり見送ってしまう感じです。


  ▼だれが殺したクック・ロビン




その背景にはモチロン、そもそもの作品世界を象る物語の性質とか、
根幹を成すメディアの性質とか、歴史とか。
そういうものが深く関わっているということもあると思います。

  たとえば、『アマガミ』は本編が「完結している」。
  短い期間で終わるお話ですから、世界の時間軸のある一点に物語が集中して既に閉じている。
  それに対して『ひだまりスケッチ』は、
  単純に「まだ原作が終了していない」ということに始まり、
  かつ作品の時間は日常に軸足を置いたもので、
  かつ「いついつの出来事」と明示されたものでもないため、
  捉える側としては、無意識に、ほぼ無限の広がりを感じ取ることが出来ます。
  その印象の差……前提として「続くもの」「終わっているもの」という認識の差は
  大きいと思います。

  あとは、「ゲームか、アニメか」という差。
  アニメは、昨今の制作体制・事情から、比較的短いスパンでの、
  第一期・第二期、という作られ方が常態化していて「次が来る」という期待感を持ちやすい。
  ゲームは、続編というスタイルはありますが、
  そうそう短いスパンでリリースされることはありませんし、
  あるとしても今回のエビコレ+のような廉価+チョイ変版。
  完全新作シナリオが遊べる「ちょっとおまけ劇場」が、
  PCでとはいえ遊べる『アマガミ』は恵まれている方だと思います。
  あとは、続編があるにしても、アニメにおける一期・二期のように、
  同じキャラクター・同じ世界でのプラスアルファの物語を遊ぶことの出来る機会というのは
  殆どないように思います。
  まあ、それを乗り越えるためのメディアミックスでもあると思いますが。

そんな事情もあるにせよ、『アマガミ』側には

  「ひとまず終わっちゃったけど、次を期待して、
   引き続きこの世界を愛していこう、もっと親しんでいこう、
   なんなら次があるかは分からないけど、
   ないならないで、自分らで支えていこう」

という、受け手からの……執着とか、愛着とか?
そんなものがモ一つ感じがたい。

終わって尚、モリモリ喜び続ける『ひだまり』クラスタと、
満足したのかしないのか、とりあえず終わりを終わりと受け入れて
ある程度見切りをつけたように見える『アマガミ』クラスタ。
その違いを生み出したものがナニなのかというと……
「プロデューサーさんの手腕」なんじゃないのかなあ、と思ったわけです。



■プロデューサーのお仕事



……とは言うものの、お断りしておかねばならんのは、
別にオイサンが「アニメ・ゲームのプロデューサー業」に対して
現場の知識をちゃんと持っとるワケではないというコトです。
本とか記事とか、そういうもので読み聞きした内容から
推察したイメージなので、あまりその辺厳密に怒らないで下さい。

  イヤ怒ってもいいけど、追求されても不毛なので。
  この辺↓なんかを読むと、なんやらやたらと何でもおやりになるようで。

   ▼Togetter - 「テレビアニメに要らない脚本家」
    http://togetter.com/li/1292


  マ不況の昨今、何でもやらんとイチイチ人をつけてたらお金かかってしゃあないんでしょうな。

以下で述べるのは、要約すると
「ある作品に対する
  ・話題づくり
  ・関連商品の
    情報展開
    品ぞろえ
    リリース時期の決定
 のやり方とその内容が、作品の『商品としての寿命』を決めるよね」
というお話で、
「それをやったり、やるための仕組みを作ったり、
 お金の確保と配分と決定をするのはプロデューサなんだよね?」
とオイサンが思っている、というお話です。

  違ったらごめんなさい。

……って書いたら、この先書くコトなくなっちゃった。
どーしよ。
まあ、つまりそういうことなんですよ( ← 無計画)。
多分。

 ▼とりあえず簡単にまとめておく。

えーと、つまりですね。

軸となる主要媒体……『ひだまりスケッチ』の場合はこの際アニメですけど、
その開始と終了に合わせて周辺のアイテム、
……それはドラマ・サントラ・キャラソンなどのCDだったり、
  アンソロやら設定資料やらのムック本だったり、
  Webラジオだったりすると思いますが……
それらそのものを発売するタイミングや、
それらがいつ出ますよーっていう情報出しのタイミングを、
どういう風に配置してお客さんの気を引き続けるか、
その上手いヘタに、作品の商品寿命は左右されるんじゃないのかな、ということで。

まあ当たり前の話なんだけどもさ。
その実例を、
『アマガミ』と『ひだまり』、
たまたまオイサンが足を突っ込んでいた二つの作品の息遣いによって、
今回やけにまざまざと感じたと、そんだけだよコンチクショウ。

 ▼研究論文的にやるんであれば。

これでたとえば、
『ひだまりスケッチ』と『アマガミ』の情報・商品展開年表みたいなものをこさえて、
並べて比較でもすれば尚のこと面白いんでしょうけど……。


  ……。
  そこまでやろうかな。
  面白い気がしてきた( ← 商学部卒)。


まあ、そこまでやるかどうかは別として、
やらない以上はこの記事の中では印象論に過ぎませんし、
『ひだまりスケッチ』のナニが良くて、悪くて、
『アマガミ』のナニが良くて悪いのか、
そして、実際ンとこそれぞれのクラスタの人たちはどう感じているのかを
データとしてとってみないとワカラン、
そしてとってみたって結局はワカランわけですが、
ざーっと見渡す限りでは、
『ひだまりスケッチ』のそれは、結果論的に色々サジ加減が良くって、
『アマガミ』のはあんまり上手く運ばなかったんじゃないかなって、
そう感じたワケです。

  ……あとは、それぞれの作品が惹き付けるお客さんの性質といいますかね。
  年齢、職業、収入……
  どんな人間が寄ってくる作品なのか? ということも重要なファクターで、
  お客さんによって、どんな情報・商品の展開やペースが有効なのかは
  変わってきたりもするのでしょう。

……ムウ、思いのほか遠大で、追求したら面白そうな話になってきてしまった。
結局はマーケティング論みたいになってきちゃいましたね。



■Closing



まあ、小難しい話はいいや(ホナすなや)。

オイサンが不思議に思ったのは、
『ひだまり』は、何がそんなに人為的に良くってそんなに元気で、
『アマガミ』は、何が不味かったんだろうな、ということです。

その答えを、プロデューサーさんのお仕事に求めようとした、
っていうだけでね。

それに、『アマガミ』の今の状態が特段にマズイとは実は思っておらず、
一介のギャルゲーとしては普通……寧ろすごい頑張っていると思います。
オリジナルのコンシューマギャルゲー発としては
昨今ではかなり大きなプロジェクトであって、
それなりに上手く運んではいるのだと。

多分、『ひだまり』の元気の在り方が異常なだけ。
しかもその、若者的な元気さじゃなくて、
「長い時間もっている」という意味では、
ある意味ジイサンバアサン的な元気の良さなんですよね。
ひだまらー全員が、時速7、8kmくらいのノンビリペースで、
えっほえっほとおみこし担いで走ってる様なもので。

ただ、その空気の作り方、
やる気を削がない、押しつけがましくない燃料の投下の仕方とか、
そういうところを学べたら、
オイサンの大好きな『アマガミ』も、もっと元気にやっていけたんじゃないかと
そんな風に思ったのでした。

  ……多分ねー。
  特殊だと思うんだよな、『ひだまり』。
  ユマス(ひだまり宣伝担当)といい、すっごい優秀なんじゃないだろうか。
  優秀というか、気立てが良いというか。

あとはその……これはある種致命的でもあるのですが、
リリースされる関連コンテンツの統一感。
『ひだまり』は揺るぎない。
あんなにユルいのに。ユルぎないユルさ。
中の人さえ巻き込んだ統一感がある。

『アマガミ』関連商品のいけないところは、
これが出来てないことだなあとつくづく思います。
どうしてもブツ切れなんですよね。
それは、そもそもの世界の成り立ちが云々ということを差っぴいても。
なんか、統一感がない。

『アマガミ』と『アマガミSS』でさえ分断が著しくて、
どこかで決定的に違えばパラレルワールドだとかアナザーストリーだとか
極端な解釈で逃げられる気もするのに、
差分が微妙だから「不気味の谷」につかまって逃げ切れなかったりするのが苦しい。
それはまあ、プロデューサーの役割ではないと思うのだけど。


……。


恐らく『アマガミ』の寿命は、
その後継者である(と目される)『フォトカノ』にバトンを渡すまでもてば良いとされていて、
その使命はほぼ達成されるであろうから
『アマガミ』プロジェクトは「成功」の太鼓判を押されるのだと思います。

でもねー。

オイサンなんかは、一度愛した世界は、至極自然に
「どこかにあって、そこに住むキャラクターたちは今も息づき、
 日々を営み続けている」
と思ってしまう、思いたい、思ってしまうくらいに世界を生かしてほしい、
そう望んでしまうクチなので。

……オシゴト的な寿命を設定されるのは結構なんですけども、
望みうるなら、後味良く。
彼女らはいつも、今も、そこに息づいているのだと
錯覚させるような世界の構築を心がけて戴きたいと……
そんな風に思う次第でございますよ。


ニントモカントモでござるな。
オイサンでした。


ニンニン。



■『熱帯低気圧少女』OP あした天気になあれ


名曲。名OP。異論は認めないッ!




 

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2011年1月 5日 (水)

■木っ端な話・時間とカロリー -更新第626.5回-

帰省から戻りました、オイサンです。

しかし、なんだろうか。
帰省から自室に戻り、こうして
「あ、なんか寂しいな」
と思うのは随分久しぶりのこと。
今回に限ってどうしたのだろうかしら。



今からまたしばらく、
時間とか、
カロリーとか、
そういうことを色々と考えて上手くやっていかないと。

R0030116

ちょいとくたびれたかも知れん。
休んできた筈なんだけどね。
おかしなの。

反動、かと言われればそうでもないな。
普通にくたびれてる。

ゆっくりはしてきたのだけれども、なんかこう……
だらしなくしていただけで、良く休んだ、という感じではなかったのかもしれないな。
難しいけど。

R0030143

古い友人二人と会い、
新しい友人二人と会い、
お茶を飲み、
本を読み、
湯に浸かって、
山を見上げて、
まあ、帰って来たのだけども。

いつもと変わらない帰省だったと思うんだけどなあ。
何か違ったのかなあ。

……例年になく寒かった、というのはあるかな。
この時期に雪が降るというのはあまりないことだった。


何か足らなかったろうか。


そういえば、やっぱり奈良は田舎だからか、神奈川よりもいくらか星がよく見えた。
……いや、別段、綺麗にまとまるとか、オチがつくとか、
今回別にそういうことはないですよ?
本当に思いついたまま書いてますからね。

高校時代の友人には、その奥さんから
「オイサンさんは絶対に結婚出来るって!」
というワケの分からない太鼓判を戴いたり、
Twitterに興味を示されて、
「本当に『なう』って使ってる!」
って驚かれたり、
小・中時代の友人には……特に何もなかったけど、
でも彼はずっと昔のままで、会うとすごく楽しいし、安心する。

何か変わってはいるのだろうけど、多分その速度も方向もオイサンとよく似ているので
動いてないように見えるんだと思う。
考え方とか、好きなこととか、そんなことは違っているはずなんだけど、
そういう変化の傾きが似た友人がいるというのは、貴重なことなのだと思う。
彼がどう思っているか知らないけど。
これも多分読んでくれているだろうから、またきいてみるとしよう。


などという、まあ、明日からまた新しい日々が始まるというのに、
なんともボサッとした日記だということですよ。


 
 

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2011年1月 4日 (火)

■初夢オフライン -更新第626回-

うめてんてーの初夢が、ファンタスティックなのにリアルで羨ましい。
オイサンです。

何をどうすれば、彼女のような思考と感性の人間を育てることが出来るのだろうか。
それを解き明かすことは、
世界平和実現のために絶対に欠かせないプロセスだと思う。



■2011年最初のオシゴト



さて、一月二日と三日の二日間は、お馴染みのオフ会タイムです。
……マこれももう、何か、オフ会って呼ぶのもなんか違うんじゃないかと、
オイサンなんかは思ってしまうのですけどね。

「松も明けないうちからはた迷惑なヤツめ」とお思いかもしれませんが、
今回もTwitterのタイムライン上から、お二人の方にお相手をして戴きました。
実家への帰省は、関西圏フォロワーさんとお会いする貴重なタイミングでもありますのでね。
出来るだけ活用しないとです。

……マ実際、会うてどないすんねん、というのはありますけども、
そこはそれ。
以前もチョイと書きましたけれども、
どんなカオした人が、
どんな声、
どんな抑揚で「考え」、発している言葉なのか……ということが
実際にお会いすることである程度カタチをもつ、
その手触りや湿度がオイサンには(恐らく誰にとっても)すごく大切なワケで、
それを知っているか知らないかで、
発する側の考えやその末に顕現される言葉が同じでも、
オイサンの器官が、その生の情報をふりかけて受け止めることで
様々なニュアンスを再現することが出来るのです。

  ……と、そう思っているのです。
  ウソかマコトか。
  実はそれは、本来のコトバの持っている、せっかくフラットでニュートラルな状態にある意味を
  色眼鏡で歪める行為でもあるのかもしれませんが……
  こと、ある意味で個人的なパラメータであるタイムラインという軸線の上では、
  それはその方が良いと思うのですよね。

  同じオイサンの発する言葉でも、
  オイサンのタイムラインの上でのその言葉と、
  他の方が独自に構成されたタイムラインの上でのその言葉は、
  多分ちょっぴりずつ違う色をしている。

  オイサンはそうして人とお会いするようになって、
  物を書くにあたっても色んな言葉が浮かぶようになった気がしています。

だからまあ、そんなことのため、に、今回もお二人の御方とお会いして。
……それは、とても楽しく、有用なことだったと思うのです。

 ▼先ずは一月二日。

お相手はnig23さん
にぐにいさん、とお呼びしてます。
相互フォローの関係になったのは昨年の4月頃と比較的早く、
その後、頻繁に、というほどでもありませんが
ワリと気兼ねなくリプライを送りあえるようになったのは……オイサンの

「美也ね、鰊が食べたいの! 鰊鰊鰊鰊鰊鰊鰊鰊鰊!」

という……
……あの、もうね。
どうにも救い難い呟きに、にぐにいさんが突っ込んで下さったのがキッカケでした。

  ▼はるか-花と器 -更新第492回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/-492--b7ad.html
  その時の様子はこちら。

アレもそもそもツッコミだったのかなんだったのか、
単純に鰊がお好きだったのかもしれませんが。
ともあれ、ニシンがご縁で始まったお付き合いだったワケです。

それが昨年十月にオイサンが一旦帰省しようという折、
「ついでにニシンでもお持ちしますか?」
と冗談めかした話がトントン拍子で進んだものの、
日程を精査したところ結局実現できない運びとなってしまい、そのお詫びにといってはナンですが
「では年末にでも」
という風にお約束をさせて戴いたのでした。
今回は、そのニシンを献上する旅。

 ▼そして、一月三日のお相手が@kupeer_0430さん。

くーぱさん、とお呼びしております。
こちらは特に因縁(笑)めいた話もなく、帰省するにあたってオイサンのこぼした
「またどなたかと会えるかねえ」
という呟きにいち早く反応して戴いたので、今回お会いする運びとなりました。

あーでも、くーぱさんとも昨年の夏、
神戸にてパトやんやむーたん、kashiさん、kazくん等々という面々とお会いした時、
機が合えばご一緒に、というお話をしていたのですが都合がつかずにお会いできなかった、
という背景があるにはありますな。

 ▼もう一度TENDERNESS -更新第564回-
 http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/-564--341d.html



■にぐ兄さんといっしょ



にぐ兄さんとは、オイサンの実家近く、
大きなショッピングセンターのあるとある山深い新興住宅街の駅付近で待ち合わせまして、
兄さんの運転して下さるおクルマで、
兄さんのお奨めのコーヒー専門店までご案内戴くという
お任せシフトだったのですけれども。



……。



……あのねー。
オイサンは、大仏生まれのシカ育ち、生粋の奈良都民(昔は首都でしたからね)でして、
心にどっしりと張っている根は紛れもない関西人のものなんですけれども。

  マ同じ関西でも、京都・奈良・大阪・兵庫でなかなかずつ違っていて
  (多分滋賀や三重など、他の件でも独特の差がある)、
  県内でも地域ごとに差がありますが、
  奈良県は比較的ユルいというか、おだやかというか、ノンキもんですが。

……関西ノリをなめてましたね。
油断してた。

関東で何度か、初対面の方々ともお会いしてきたオイサンで、
関西でも一度、九州・四国でもそれぞれ一度ずつやってきてますが、
ここまで出会いがしらで瞬間的にトーンが上がるのは予想をしておらず。
関東圏でのオフ……というか、初対面同士の対面が、グツグツと温度を上げていく煮物だとしたるならば、
西の出会いは、揚げ物なんですな。天ぷらか、カツかはわかりませんが、
カチカチに熱せられた油に放り込まれる感じでした。

まモチロン個人差というものはあるでしょうし、
こんな書き方をすると兄さんが一人でテンションの高い人みたいに聞こえてしまうかも知れませんが
そうではなく、
イヤお熱い方であることに違いはないと思うんですけれど。
そういうことじゃない。
西と東で、多分ある程度、そもそもの心構えが
「水を張ってダシを取って、ハイあとは具材が入るのを待つだけ」
であるのか、
「ハイ油180度ー。天ぷら準備オッケー」
なのか。
そういう基盤、セオリーみたいなものがあんじゃないのかなと、
今回のお二人に会ってみてそう感じました。

デ、上でも書いた通り、
オイサンとにぐ兄さんとの交流のきっかけは紛れもない『アマガミ』に絡んだ所にあったワケですが、
兄さんはあまり『アマガミ』に関することをTwitter上で呟かれる感じではなく、
かといってその他のいわゆるオタクっぽいことに触れられることも多くはなかったので、
正直、
どうしてオイサンをフォローして下さって、
かつ絡んでくれたのかなー、と不思議には思っておりました。

  普段はもっとこう、オイサンの不得手なタイプの難しいコト……
  セージ的なこととかケーザイ的なことを拾い集めては、
  それに対して考察したりコメントしたりという……
  思索的なことがお好きな方のようにお見受けしておりましたので。

  ……なんで、
  ヘタすりゃオイサンのTwitter上でのノーテンキな振舞いを諌められたりするかしらんと
  そういう展開も軽く覚悟して赴いたのですが、それは杞憂に終わりました。
  ……ホッ。

今回会ってお話してみたところ、
出会いでぶちかまされた、熱さや勢いの良さ、イタズラが好きそうなところとかが
意外でもあったのですが、
『アマガミ』もオイサンなんかよりもガッツリと深くやりこんでおられて
どうやら行動MAPもコンプリートされてるとのこと。

  ただ、今回同伴(!)されていた奥方とタッグでおやりになってたようですが。

一本のゲームにどっぷり浸りこむタイプの楽しみ方をされているご様子です。
フツーに『バイオ』を無闇にやりこんだり。
アしまった、『TLS』の系譜にどのくらいタッチしてるか尋ねるのを忘れてたな。
マいいや。

他にも『NOeL』だとか、若干古い目のゲームを当時は買わずにいたものを、
5年・10年という単位で憶えていて、
何年か越しに購入してはプレイする、というような楽しみ方をされているようで。
まあその辺は、ある程度年輪を重ねたゲーム人にはありがちなたしなみではありますね。
オイサンも非常にシムパシィを感ずるところです。

他にも、珈琲、食べ物、家電、温泉、おクルマ等々、
随所に(奥様発のものも含めてw)コダワリ・楽しみを散りばめておられる方でした。

  この前日……つまりは元旦ですな……には、
  温泉を巡って紀伊半島を一周されてきたのだそうで。
  一日で700km走ったって言ってました。
  すげえな。

オイサンの方からは、
なんだかオイサンのblogの古い所や、派生した記事(アメリカ暮らしのもの)までお読み戴いてたようで
あらためてお話出来るようなことが多くなく、
繰り出される話題の深みに見合うような考えもなくてですね。
御夫婦のパワーに圧倒されてしまったというのもあって、
相槌ばかりを打つ……なんというか、すっかりオモテナシをされるばかり・戴くばかりの差し出せない展開で、
申し訳なかったなと省みることしきりでした。

トホホ。

いやオイサンとしては非常に実りのある会だったのですが。
基本関西人、エンターテイナーとしての血の濃いオイサンですから、
やっぱり楽しんでもらってナンボだと思いますのでねえ。
せっかくお時間を戴くわけですし、
お互いにそういう手応えを持ちかえりたいし、持ち帰ってもらいたい、というのはあるワケで。
色んな局面に対応出来るチカラを身につけんとなあ、というのは
やはりオイサンの課題として色濃く残るのでありました。

マそんな感じで。
次回お会いするのでも、Twitterの上でも。
引き続き、飽きず呆れず、お付き合い戴けると嬉しく思うオイサンです。

 ▼あと、余談。

カーステレオでずっとかかっていた曲が今も気になっていて、
最後になんなのか訊こうと思ってすっかり忘れてしまったのですが。
歌詞を頼りに探してみたらスコンと見つかった。
多分この辺。

  ▼カズン 恋する惑星
  http://j-lyric.net/artist/a00281a/l0070b1.html

爽やかで、多分4、5曲が延々ループしてたと思うんですが、
ずーっと流れていても全然飽きないタイプの声と楽曲でした。
すごく気持ち良かったので、CDか、あればアマゾンかで、曲を買ってみようと思ってます。



■とある東大阪の超電磁砲(意味はない)



そして1月3日、オフ2日目は東大阪の片隅で。
昨日は関西でも若干北の方だとすれば、今回は大体真ん中へん。
いわゆる大阪です。
ちゃうねん。

昨日出ばなをくじかれたオイサンは、煮物ではなく揚げ物のテンションで、
油を180度まで熱してからコトに臨んだのでありました。

……またオイサン自身の話になりますけれど、
オイサンが大仏生まれのシカ育ちなのは前述の通りですが、
教育は、タコ焼き仕立てのお好み風味なのです。

  訳)ガッコは高校・大学と大阪方面だったのですね(始めからそう言え)。

そしてその前々々日、つまり大晦日の、
Twitter上でのくーぱさんの呟きを見逃すオイサンではありません。

  http://twitter.com/kupeer_0430/status/20769023738249216

……アレ?
じゃあ、同い年……?
同い年で東大阪方面となると……もしかすると知っている人間にゆかりの方かもしれない、
ヘタをすると、完全に知ってる人間そのものが来るかも知れない……!!

……なんていうですね、ちょっとした恐怖感と期待感を入り混じらせながら
待ち合わせの駅に降り立ったワケですが。



……マ別段、大きなオチもなく。
フツーに知らない人でした(なんだそれw)。



ですけど、なんというか……
これを申し上げて喜んでもらえるのか、怒られるのかは分かりませんが……
どこか懐かしい、高校時代の友人と非常に似た空気をまとった
「大阪の兄ちゃん」が、そこにはおられ、オイサンは大層、お話がし易かったですよ。
馴染むのがすごく早かったです。

  くーぱさんはこのあとに、高校の部活のOB会を控えているいうことで
  会ってお話した時間は1時間半ほどと、さほど長くはご一緒出来なかったのですが……
  なんかそれでも十分なくらい、だーっとしゃべって、気持ち良くお別れの出来た気安さがありました。
  いやあ、嬉しいなあ。

出てくる話題は、ゲーム本編『アマガミ』に始まり、アニメ『アマガミSS』、
そして(恐らくは『TLS』系譜の次回作と位置付けられるであろう)『フォトカノ』に至るまで。
ギャルゲーの入口がお互い初代『ときメモ』であるですとか
(オイサンはPS版、クーパさんはサターン版という差はありますが)、
アニメ『キミキスpure rouge』に対する評価傾向が似ているですとか、
そういうところで共鳴しやすい部分もありつつ、話題がポンポンと繋がって、
他には互いのゲーム・ギャルゲーの遍歴という話に終始しました。

  あとはまあ、青春時代の生活圏の近さがあって、ローカルな話題ですとかね。

クーパさんの場合ゴカテイ的な事情もあるので『アマガミSS』のBDやなんかは
さすがに全部購入するというわけにもいかず、
「(森島)先輩、紗江ちゃん、絢辻さん……かなあ……」
と、大層絞りづらそうに、購入対象を練っておられるのが印象的でした。

  なんというか、以前の記事で、
  「@yotsuakiさんと@NOR_kankitsukeiさんが、
   オイサンのTLの上では『アマガミ』を楽しむことにかけては最右翼だ」
  というようなことを書きましたけれど、
  かなりそれに近い位置におられるなあ、と感心することしきりです。

あとはその、「何をやっている・知っている」ということ以上に、
「何をやっていない・何を知らない」ということが共通していて、
それが案外、繋がりの強さを作ったりするものだなあと感じました。
今回の場合、それは『ポケモン』と『モンハン』。
オイサンの年代は、
丁度初代の『ポケモン』が出るタイミングで大学の最上級生か、オシゴトに就くか、
という段階にあった方が多く、
手がついてない人が結構多いのではないかとお見受けします。

  下の世代は、
  オイサンらの世代が『ドラクエ』や『FF』『ゼルダ』で育ってきたのと同様に
  ワリと『ポケモン』に育てられた、みたいなとこがあって、
  当然の共通文化・たしなみとして『ポケモン』が沁みついていたりするご様子。

そんなことで、
「TLの、ちょっと若い世代は『ポケモン』やってたりしますねー」
「そのもうチョット下とかは『モンハン』ですよねー」
「わかんないですねー」
なんていう、実にオッサンらしい湿り気のあるトークでシムパシィを確かめあったりしてしまうのでした。

マやってるに越したことはないんですけどね。
色々、話題のフックはあった方がね。
そういう意味では、日曜の朝の番組帯を楽しんでおられるクーパさんの方が、
オイサンよりかまだ感覚は若いというか、色々フックを持っておられるとお見受けしました。
マお子さんがおられる、というところが案外大きい気がしますが。

 ▼さよならのタイムライン

あとは……大勢の集まるオフを。
関西になるのか、関東になるのか、はたまた真ん中になるのかは分かりませんが、
そしてそれがどんなタイミングになるのかもわかりませんけども、
「大勢の集まるオフに参加してみたいんですよね」
と、熱い目で語っておられました。

例えば『アマガミCS』の最終回に合わせたタイミングだとか。
『フォトカノ』の発売のタイミングだとか。
『アマガミ』本編の、発売2周年のタイミングだとか、
そんなことで、集まることが出来ればいいですねー、と……
『アマガミSS』の終わった今、そもそもは『アマガミ』クラスタとして繋がった今のタイムライン上の面々が、
果たしてどういう形で散り散りバラバラになっていくのか、
はたまたいかないのか。
ネット上でこういう社会を形成したことのないオイサンたちは、正直ちょっと不安で。
そんなことを二人でしみじみ、語り合った、東大阪の昼下がりでありました。

 ▼もういくつ寝ると…… → 二度寝すると速度が倍に。

ああそうそう。
本日はくーぱさん、「子供づれになると思います」とおっしゃってたので。
……オイサンはもう、そうなると全力で迎え撃つ構えです。
お正月だもの。

  いっぺんやってみたかったんだよ、
  「知り合いのウチの子にお年玉を上げる」
  っていうのをさ。

だもんで、気合いの……ぽち袋を作成し!

R0030077

中身も整えて準備万端待ち受けたワケですが……
……オイサンが張り切ると、如何せんなかなかモノゴトさんの方から腰が引けてしまう様でして、
その日が日曜だったこともありお子さんはテレビにつかまってしまってこられませんでした。

  朝から『メジャー』の劇場版かなんかやってたらしい。
  そらアンタ……所詮オイサンは、おとさんにはかなわんわ。

というワケで、くーぱさん。

お年玉はお預けしますので、お父さんの飲み代に消えたり、
奥様の化粧品代に消えたりしないよう、
ライダーには反応しないのに『プリキュア』を見ると狂いだすという素質に溢れた息子さんと、
ラブリー似の美人のお嬢さんに、
しっかとお届け願います。



■Closing



マそんなことでね。
お相手下さったお二方、と、その縁者の皆さま。
年始の忙しい時期にもかかわらず、このかいしょナシの暇なオッサンと遊んで下さって
どうもありがとうございました。

  そして、Twitter上の皆さまも。

おかげ様で2011年も愉快なスタートを切ることが出来まして、
なんだか良い予感が致します。
『アマガミ』が本格的にフィナーレを迎えるであろう、今年。

果たして、こうして繋げてきた一本の線がどんな形でほころびていくのか……
色々と思うトコロもあるわけですが。

是非とも、その最後の瞬間まで……出来れば失われてしまわないように、
愉快な気持ちでいられればいいなと思う、
どこまでもムシの良いオイサンですことよ。



それでは今年も、引き続き。
オイサンのうたとおどりでお楽しみください。

オイサンでした。



 

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2011年1月 2日 (日)

■Back to the "A". -更新第625回-

新年あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。
本年も何とぞよろしくお願い申し上げます。

2011年のお正月。
オイサンです。
ふいー、すっかり寝ちまったんじゃぜ?



■冬休み



まー……何もしない一日でしたね。今日は。
山陰方面が大層な雪だったり何だったりで、昨日、そっち方向から自動車で帰ってくるはずの兄が
事故なのか天候なのか知りませんが、まーあ酷い渋滞に巻き込まれて帰ってきませんで、
結局家に着いたのが朝の六時とか。
父も母も随分遅くまで待っていたみたいで、
朝ゴハンの時間ががーっとずれ込んだおかげで色々とうしろにずれてしまった。

そんなこんなで、例年一家揃って出掛ける近所の氏神様への初詣でもオイサンと親父殿と二人で出掛け、
またこう……異様な寒さのせいで参拝客も少なく、正月感がウナギ下がりです。
元旦っぽさ皆無。
正月仮面でも呼んだ方がいいんじゃないのってなもんですよマッスル日本!





こんなに何もしない一日は、まーあ無いんじゃないかというくらい、
何もしませんでしたね。
ちょっとジョギングに出たくらいですよ、ええ。
せっかく時間が空いたんだから、PCに入れてきた『アマガミちょっとおまけ劇場』でも
やりゃあ良かったンですけどね。
今ごろ気付いたってあとの祭りさあ。


         


関西へは30日の夕方くらいから戻ってたんですが、
実家に帰る前に寄り道して高校の友人宅へ。
最初は「別に、忙しいのに家にまでお邪魔する気はないんじゃぜ?」とお断りしてたんですが、
奥方から強いお引き合いを戴いたとかで、
「どうも、人妻に大人気のオイサンです」
とメールを返したところ、やたらウケて尚のことお引き合いの度合いが強まったとか。
何がウケるか分からないから関西人は怖い。

お邪魔したらお邪魔したで、
生まれて6カ月ばかりのお嬢さんウケがまたよろしかったらしく
(オイサンには分からんが、実の父よりおじいさんより、笑顔が激しかったらしい)、
帰る頃には
「どうも、人妻と乳幼児に大人気のオイサンです」
にキャッチコピーが変わっていました。
ムウ、乳幼児か人妻相手なら結婚出来るかも。

……どうも、陽のあたる道を歩く才能がありません、オイサンです。



とまあ、そんな感じで、



例年の正月に比べてもかなりユルい感じで始まった2011年、
今年も変わらず、オイサンのうたとおどりでお楽しんで戴ければ幸いでございます。

オイサンでした。


正直、「マ正月だからいいやな」というのは好きではなく、
1/365として普段通りに過ごしたい自分としては……
今日は随分なまけちゃった一日として凹み気味。



しっかりせな。
Back to the "A".
"A"の意味は……。


 
R0029994
せめてさあ、ネタになる写真の一枚くらいは撮っておけというんだよな。
しかし、去年の正月の記事Noが388だから、2010年は270近く記事を上げたのか。
うーむ。




 

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