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2011年1月10日 (月)

■富士の麓のピタゴラ・スイッチ ~Benedict_MUさんとの邂逅 -更新第628回-

日かげの道は、ちょっと遠回り。
オイサンです。

えーと。
本日のお話は、時間をちょっと遡り、昨年の9月。
さる方にお会いしたときの……まあいつものオフレポです。

  なのですが、先ずはご本人様にお詫びを。
  色々とお話を窺ったにも関わらず、
  3ヶ月以上も宙ぶらりんにさせてしまいました。
  すみませんでした。



■にっぽんいちのヒザマクラ



サテ9月のある日のオイサンは、日本一のあの方のおひざ元におりました。
富士さん……否、富士山です。

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何をしにそんなところに参ったかと申しますと、
……まあ、お知り合いに会いにですよね。

今回お会いするのは、やはりTwitterで知り合った
Benedict_MUさん。
FC2のページで、『アマガミ』などのSSを発表されている方です。


 ▼ベネジクトさんの小説のページ
 http://novel.fc2.com/novel.php?mode=ttl&uid=4519804


まあ「Twitterで知り合った」と言いましても
さほどタイムライン上で口数の多い方でもなく、
こちらで勝手にSSを見つけてリンクを貼らせて戴いた、
という押しかけな感じなのですが。

 ▼キッカケ

今回お会いすることになったきっかけは、以前のこの記事。

  ■花よりも星よりも -更新第556回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/-555--7a6c.html

あるお二方のSSを読んで気付いたことをまとめた記事なのですが、
うちひと方は、ここでは既にお馴染みとなっている
「ちびすけ父さん」さんこと「ちひろ」さん。
どうも、毎度お世話になっておりますホントに。

  ▼アマガミ 響先輩SS 「カレーソースは死の香り」
  http://www.hh.em-net.ne.jp/~chihiro/ss/amagami/hibiki_ex_if16.html
  [ 無限夜桜ヨコハマ分室 さくらがおか ]

  ▼ちびすけ父さんのまったり(?)日々のできごと
  http://hm13chibi.blog36.fc2.com/


そしてそのもうひと方が、誰あろうベネジクトさんでした。
この記事を書く前のやりとりとして、オイサンがベネジクトさんの作品に
感想をお送りしたのですが……
その感想が……まあ、なんというか。

オイサンのスパイシーなところが出てしまったらしく、
ベネジクトさんの心を、いたく乱してしまったらしい。
それでまあ、でしたらお会いしてお話してみようじゃないの、ということで、
幾度かのメールでのやり取りを経て、今回こうして直にお会いする運びと相成ったわけです。


……。


マそんな経緯があるもんですからね。
今回、お会いするまで、オイサンは割とビビッておりました。
怒られるんじゃないかなと。

それに加えてベネジクトさんは、先にも書いたようにTwitter上での口数があまり多い方ではないので、
これまでにお会いしてきた方々のように、
お会いする前段階の情報から、人となりに思いを馳せることも難しかったのです。

  ……まあ多少情報の得られたところで、
  その像がぴったりと一致することなどなきに等しいので、あまり意味はないのですが。
  それでも、オイサンのような人見知りの小心者には
  多少の心の準備にはなりますわいな。

なので、これまでTwitter関連でお会いしてきたうちでは、
お会いする以前にかなりドキドキしてしまった部類の会だったわけです。
オイサン的には。
実際お会いしてみれば、



■書く行為、そのモチベーション



そうしてお会いしてみたベネジクトさんは、
とても物腰柔らかな、穏やかで、Twitter上と変わらず物静かな方でしたので
すごくホッといたしました。

  ……内心、ハラワタ煮えくり返ってたのかもしれませんけど。

オイサンのくりだす乱暴な問いにも、考えを整理し言葉を丁寧に選んでお応え下さるそのご様子は、
……オイサンの質問がイミや意図がわからな過ぎただけかもしれませんが……
なんだか、背後で巨大なピタゴラスイッチのようなものが
がっちゃんがっちゃんと動いているようで。
本当は、最後にはじき出される答えもさながら、その歯車一つ一つの形や大きさ、素材、歯の形など、
そんなところにまで気にさせる、そんな御仁でした。

ちなみに、今回は本当にSS書きとしてのお話に終始します。

 ▼オモチを使った……

モノを書くには、書くだけの動機というものが
マそれなりにあったりなかったりするわけです。

  モノゴト、何のきっかけもなしに始めるなんてことが
  世の中にどれだけあるだろうと思いますけど。
  「書けそうだからなんとなく書いてみた」とか、
  「特に道具も要らないし、一番手っ取り早そうだから」
  なんてことも、結構ありますね。

オイサンの場合、『アマガミ』関連のSSに関してそれは二つあって、
「自分が一番読みたいと思うスタイルの物が、世間になかったから」
ということと、
「絢辻さんというキャラクターをもっと知りたい、わかり『合いたい』」
ということ、その二つでした。

  というか、絢辻さんのSSに関しては、最初はSSを書くつもりなんてなくてデスネ。
  シナリオ解析記事を書く段になって、
  「章のアタマに内容に則したちょっとした読み物でもあれば、
   導入として多少気楽に読んでもらえるかな?」
  と、小賢しいコトを思って始めたのが最初でした。

  ゲームがらみのSSは昔から手慰みに書いていましたし、
  そうなるのはある意味、オイサンの手癖としては必然だった感じです。

一つ目の方は、まあ傲慢というか、僭越というか。
自分を満足させられるのは自分だけ、という感じになってしまいますが。
ある意味で、二次創作の王道と言いますか。
二つ目の方は、あまりに分からな過ぎる、
絢辻さんという天の川の対岸にいる人格に対して、
せめて自分の中にあるもののうちから近い材料を使って、橋を渡すような作業です。

 ▼先ずはその枠組みをブッ壊す

それに対して、ベネジクトさんの作品は
橘さんと、主人公である「俺」の対立の構図から始まり、
その後、一種壮大な、世代を亘る物語に発展していきます。

オイサンも全部読んだわけではありませんが、
この広がらせ方は『アマガミ』の文章系二次創作では、他にちょっと見ません。
その他のSSにしても、バリエーション豊富。

そんなベネジクトさんの動機である、
「橘さんとの対立」という始まりの構図
(その後の長い時間をかけた作業が何を意味するのかはオイサンにはまだ分かりかねますが)と、
それだけ多くの物語を生み出すバイタリティの源泉は……
「<スキBAD>の中多さんを救いたい」。
何故、中多さんがそんなヒドい目に遭わされなければならないのか。
何故、当の加害者である主人公……橘さんはその罪、不実を誰からも問われないのか。
そこに、もっと当たり前の結末を、展開を与えたい。
深い闇のまま終わる迷路の先を掘り進みたい。
そんな一心だったようです。

  そして、これは半分、お話を窺ったオイサンの想像なのですが……
  何故この物語の世界のヒロインたちには、
  この酷い男、主人公以外に、恋の相手の選択肢が用意されていないのか?
  そんな気持ちもあったのではないかなあと、
  とつとつと語られるベネジクトさんの言葉の端々から、感じた次第です。

物語にえぐりこみつつ、ヒロインと寄り添おうとするオイサンと、
物語に外側から穴を開け、主人公たる橘さんとの対決姿勢をとるベネジクトさんとでは、
立ち位置としても、ゲームのお話との関わり方としても、
点対象的に位置するようにオイサンには思えるのでした。

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■世界を覗く窓として。



デ、今回オイサンがベネジクトさんとお会いしてお話を伺う中で
非常に面白いなあと思ったのが、
「動画共有サイトに上げられるプレイ動画のヒキというのが、
 本当にチカラを持ち始めているなあ」
ということでした。

  イヤ今更なのかもしれませんがね。
  そういうものを殆ど見ないオイサンには、新鮮な発見だったのです。

ベネジクトさんは『アマガミ』への入り口がプレイ実況の動画だったのだそうで、
そのコトが、上で書いたベネジクトさんのSS書きのスタンスと
大きく関係しているのだとオイサンは思います。

 ▼僕と私と橘さん

古来……奈良時代あたりの恋愛シミュレーションゲームの主人公というのは、
プレイヤーの写し身となる、無色透明な存在に設定されることが多く、
プレイヤーは主人公と一体になって、
ヒロインとあるやなしやの物語をともに歩んでいく場合が大半でした。

ADVでも、初期の頃はそんなのが多かったのではないでしょうかね。
最低限のパーソナリティとあと名前くらいのある主人公がおり、
プレイヤーはそのスカスカな主人公の心に空けられたスペースに自分を情感を埋め込んで、
ヒロインと恋をするのは大半が自分の心情で構成された主人公という存在、
という図式です。

  後年になって、
  ADVでは主人公が色々とパーソナリティを発揮することが増えましたけど。
  『アマガミ』もそのうちの一本ですね。

で、オイサンなんかはゲームも本名プレイが基本で、
「主人公=自分・プレイヤー」のセンは基本的にはずしませんが、
デフォルト名で、あくまでも「主人公=他者」のセンをはずさない方も当然おられます。

ですが、いくら「主人公=他者」の意識の上であるとはいえ、
その物語の展開にはプレイヤーの意思や選択は介在するわけで、
それは100%、全く無関係の他人とは言い難い。

ですが動画サイトのプレイ動画の存在ととそれを観るという行為は、
この「主人公=他者」のスタンスを
より明確に押し広げることになっているのではないかなあと、
ベネジクトさんのお話と、彼の創作のスタイルを見て思った次第。

  あ、誤解のないように。
  それがアカンなんてちっとも思いませんよ。
  マ発売直後にイキナリネタバレやなんかをアップするのは節操ないなと思いますが、
  こういう世の中になった今、色んなアプローチはあって良いと思います。
  なんとなれば、「そういう環境」を前提としたゲームが出てくるのも
  すごく良いことだと思います。

つまりは、
そのゲーム世界へのファーストコンタクトが、「動画閲覧」という
本来想定されていない窓から世界を覗き込むという行為だった人々からしてみれば
その主人公の行動やお話の展開には、己に拠るところは一切なく、
そうなるといかに「テレビゲームの主人公」といえど
他者の操るそれは明らかな他者。
「明らかに自分ではない誰かが、なんかおかしな恋愛をしていて、
 そいつがなんか可愛らしい女の子を相手に不実を犯して追い詰めている」
という風に……頭に焼き付くことも、ごく自然。

ファーストコンタクトの瞬間に、ゲーム『アマガミ』の世界は、
ベネジクトさんにとっては一先ず
すっかりと他者のものになってしまったのではないのかなあと、
そんな風に思いました。

そうして、ゲームの世界、
本来そこにはプレイヤーとして参加しようとする自分の席が用意されているハズなのに、
ファーストインプレッションが動画閲覧だった者から見れば
既に「アップロード主」という他者が深く認識の底に座っていて、自分の居所がない。
なれば、そこから尚ゲームの世界に関わろうとするプレイヤーは、
物語に参加するのか、
もしくはより深い背後で糸を引きながら観察するだけなのかも知れませんが、
自分の席を、自分で新たに用意するしかなくなるのかも知れない。

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本来
「プレイヤー自身(ではなくともプレイヤーの手で導かれるはず)の物語」
であるテレビゲームの世界を、完全に「他者の所業」であることを出発点として、
それを諌めヒロインを救い出すことから始まったベネジクトさんの『アマガミ』は、
オイサンと随分違う形をしているにちがいない。

オイサンには行き着かなかった「主人公との対立」という構図に、
ベネジクトさんが自らを持っていくことが出来たのかは、
そんなところに違いがあったからなのではないかなあ、と……
富士山の見下ろすちょっと寂れた商店街の喫茶店で、
オイサンはお話を聴いていました。

  ついでですが、オイサンの場合。

  当時オイサンは、
  ギャルゲーが作り出す面白さと自分の求める面白さに隔たりを感じ始めて
  ちょっと斜めから『アマガミ』に関わろうとしておりました。
  それは多分無意識に。
  ですが、画面という壁のこちらからのアウトボックスに徹しようとしたオイサンに、
  あの最終ヒロインの人は……その絶対の壁さえ乗り越えて、
  突然のインファイトからマウントを仕掛けてきたわけです。

  反則ですよ、絢辻さん。

  ……そういえば、かの"スキBAD聖"、第4先輩さんも動画からの入りだったっけ?
  もしも彼らが『アマガミ』に正門から入場していたら、
  その『アマガミ』的生い立ちは一体どのようなものになっていただろうかと、
  詮のない過程に要らぬ興味をおぼえてしまうオイサンですが。
  マそれは考えても、意味のない前提なのでしょうね。


 ▼<スキBAD>の集客力


そしてまた気付かされるのが、
フツーにフツーのギャルゲーとして『アマガミ』の世界にアクセスしてきた方と、
<スキBAD>やら<ソエン>やらにヨコツラ張られて
「お前ちょっとこっちこい!」と引きずり込まれた方がいて、
もちろんその世界の両面あっての『アマガミ』というか、
それがあることが現『アマガミ』のアイデンティティであったりしつつも
そのことが色々大きな分断を呼んでいたりもするわけですがそれはとりあえず置いておいて、
そのブン殴られ引き擦り込まれた系の方々は、
それなりの言い分や、
どうしたってやらなければ収まりも引っ込みもつかない何かしらを
フツーのギャルゲー入場門から入ってきた人たちに比べて、
より強く、深く、蒸熱的にお持ちなものだから……
その何かしらの発露が結構生まれているなあ、ということ。

決して多くはない『アマガミ』がらみの副産物や二次創作物の中で、
そうした出自から発せられたものの割合と言うのは
案外バカにならないのではないかと、見渡してみて思います。

その根底にある感情がどんなものなのか、
それはもうひたすらに正義の心であったり言い訳であったりするのでしょうが、
なかなかね、ココロのそういうところまで突破してくるゲームなんてのはないワケで、
それを思ってもやはり『アマガミ』は、
歴史に一つ、人知れず、風穴を開けたんじゃないかなあと思います。



■書くことの引き出し



ラストは、駅前のお鮨屋さんで鰻なんぞ戴きながら。
どういう流れだったか……
そもそも、どんなお話が好きで、
書くこと、読むことの源流にあるお話がどんなものであるか、というようなお話にたどり着きました。

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まつたけのどびんむし。

ベネジクトさんご自身の作品の集められたWebページを見て戴ければお分かり戴けると思いますが、
ベネジクトさんの作品は、基本線に『アマガミ』の世界やキャラクターが関係しているとはいえ、
そのジャンルがとにかく多岐にわたります。

  ファンタジーっぽいものから、SFっぽいもの、時代物。
  ぶきっちょなオイサンは、どうすりゃこんなに色々書けるんだ?
  と不思議に思っておりましたが。

ベネジクトさんの弁を簡単にまとめてしまうと。
「好きな話がいくつかあって。
 基本的な構造はそれらから借りてきます。
 あとはそこに、キャラクターをはめこむだけ」
と、こともなげにおっしゃる。

たとえば、時代ものなら『国盗り物語』が当てはまる。
そして『LIVE A LIVE』という、昔のSFCにあったゲーム。
これは、7本の異なる物語がパラレルに存在していて、
それらを全て解き明かしたあとに現れる8本目の物語へと、
それまでの7本が集約されるお話になっている。

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そうした「あ、コレ面白そう」と感じたお話の構造を引き出しとして持っていて、
自分で書くときにそこから持ち出してきて、
パタパタパタと並べていく、様なことだと、思うのですが……。

イヤイヤイヤ。
発想がシンプルだからといって、
骨格だけを抜き出してきてそこに新しいキャラクターをはめ込むなんてのは、
何かそこにパパッと手がかりを見つけ出す目がなければ、
理詰めで攻めるパズルとしたら大変な労力だと思いますよ。

あとは、『ファイヤーエムブレム』がお好きだとか、
『スパロボ』シリーズがお好き(だった)とかで、
傾向として大河的なものや、世界観がクロスオーバーする物語に、
惹かれる方なのかもなあと思いました。

その中でも一番の源泉にあるのが、
ゲームボーイであった『時空戦記ムー』というゲームなのだそうで。
そのゲームに関してはオイサンは名前くらいしか存じ上げませんでしたが、
検索をかけてみれば、なかなかどうして、隠れた名作的に高い評価を得ているご様子です。
そういう、なんというか、
自分だけでも深く感じ入った物語をもつというのは、
お話を書く上での、ヒトツ、強い原動力となるなあと思います。

オイサンのそんなお話のヒトツに『フリクリ』があります。
2000年頃にガイナックスが制作したアニメーション。
ただパーッと見るだけであれば、
どたばたした、ヘンテコな、意味の分からないお話であるのですが。
一つ一つ、読み込む意志をもって接していくと色んなコトが見えてくる、
色んな絵に、いろんな意味が埋め込まれているのが伝わってくる、
そんなアニメです。



ゲームであれば『フラグメンツ・ブルー』。
お話の根幹をなす、大切な何かを「書かない」ことによって、
そこに空いた穴の大きさを読むものに突きつける。
そんな無情のやり方を教えてくれた、とてもゲームとは思えない逸品です。

マンガであれば、成田美名子さんの作品で、特に『ALEXANDRITE』。
他にも、
『ポリスノーツ』、『無責任艦長タイラー』(アニメ版)、『パトレイバー』。
物語ではなく、言葉にさまざまな色や形のつけ方を教えてくれたのは、
山本正之先生の楽曲であったり、
アトラスの広報担当だった相原アニキがやっていた、
『流星野郎のゲーム業界裏情報』というラジオ番組であったり、
エージ&テツという、二人のろくでもないミュージシャンであったり。
オイサンには、物語の類型としての引き出しよりも、
そうしたことばづかいやことばづくりの引き出しの方が多いのかもしれません。


……あと、そうそう。


ベネジクトさんがすんなりと物語の大外から内側に向けて戦いを挑む、
というスタンスをとれたことには、
さっきの『LIVE A LIVE』や『国盗り物語』のような
「物語の演じ手たちが、自らのいる場所を物語であると認識する」
という、いわゆるメタなお話に、
図らずも慣れ親しんでおられたからというところもあるのではないかなあ、
と思いましたとさ。



■Closing



まあそんなコトでして。
2010年、9月の末の、ある週末。

日本一のお山に見下ろされる町にて、約7時間あまりお時間を頂戴したわけですが、
ベネジクトさんの訥々と語ってくださるお話の中には、
『アマガミ』を取り巻く環境や、
オイサン自身のことを省みるヒントがたくさん隠されていて、
とても有意義なお時間でありました。

正直、
始まりはオイサンのスパイシーなメールから始まったことだったので、
ベネジクトさん自身が今回のデアイに、果たしてどんな印象をお持ちだったのかは……
ちょっと分かりません。
お話の最後にはオイサンが書いた過去の作品に興味を示して下さったので、
楽しんで戴けたのかなあ、だったらいいなあ、とは思っていますが。

今もまだ、『アマガミ』に限らずさまざまな世界を、
書き手として、あるいは参加者として、渡り歩いておられるよーです。

如何せん、オイサンは物を読むのが、
これまた書くのにも増してホンマにおっそいので
なかなかその全部に追いつくことは難しいのですが……
今年はオイサン、出来るだけインプットを増やす方向で行きたいと思っています。
その一環として、出来るだけ時間を作って触れさせて戴きたいと思います。


また何かの機会にお会いして、
新しい世界とのふれあいのお話を聞かせて戴けると嬉しく思います。


オイサンでした。


 

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コメント

■ベネジクトさん
大変なご無沙汰になってしまいました、申し訳ありません。
お待ち頂いていたみたいで、本当に、本当に。
 
別途、そちらの記事にもリンクを張らせて戴きたいと思います。
ありがとうございました。

投稿: ikas2nd | 2011年1月12日 (水) 01時18分

お久し振りです。
オフレポの感想およびその時言いそびれた事などを私のページに上げようと思ってます。
御許可下さるようお願い致します。

投稿: ベネジクト | 2011年1月10日 (月) 19時40分

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