■底抜けインディアAmazin'!~本日は、カレー気分で~・Epilogue~帰り道 -更新第602回-
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店おじ「はい、これは食後のサービスね」
絢 辻「あ、ありがとうございます。すみません」
食事のシメには、頼んでもいないコーヒーがついてきた。
絢辻さんと一緒にいると、こういうオマケに事欠かない。
もしかすると、支払った額面通りにモノゴトが終わったときの方が
少ないんじゃいないかと思えるくらいだった。
でも絢辻さんはそのコーヒーを飲み終えると、
お店に入る前に宣言していた通り、
絢 辻「さて、それじゃ帰りましょうか」
と、息をつく間もなくさっさと荷物をまとめてしまったから、
僕も慌ててあとに続いた。
絢 辻「それで、どうだった?」
主人公「どうって?」
店を出ると、来た時にはまだ辛うじて暮れ残っていた夕陽もすっかり落ちて、
辺りはとっぷりと夜の底。
街灯の、幾つ目かの光の輪をくぐったとき、
絢辻さんが先を行く背中越しに尋ねてきた。
僕にはなんのことか、すぐには分からなかった。
絢 辻「……怒るわよ。カレーに決まってるでしょ?
あたしの好きな味を知りたいって言うから
連れて来て上げたんじゃない」
主人公「あ、そうか。うん。
なんていうか、普通のカレーよりもきっと手は込んでるんだけど、
頑張れば、家でも作れるんじゃないのかな」
絢 辻「……あんまり、おいしくなかったってこと?」
そのときの絢辻さんが肩越しに見せた表情は、……なんだろう、
心細そうに見えた。
一体何がそうさせたのかは分からなかったけど、
僕がその先をきちんと応えるのに、
言葉を選ばなければならないくらいには、繊細な感じがした。
主人公「そ、そうじゃないよ。特殊なものじゃないっていうだけで、
おいしかったよ。とっても。
……ああそうか、味や辛さは真似出来ても、
あの香りは難しいかもしれないね」
絢 辻「そっか」
主人公「うん……」
そのあとの沈黙も、特別なものではなかったと思う。
絢辻さんの鼻腔からもれる息遣いは鼻歌のようでもあったから。
夜の絢辻さんは……外気との境目を曖昧にするから、なんだか難しい。
主人公「か、カツはどうだった?」
絢 辻「美味しかったわよ。
でも、カレーをかけて殊更美味しくなるものだともあまり思わないわね」
主人公「そ、そっか」
絢 辻「美味しかったけどね」
主人公「それは良かったよ」
美味しかった、を繰り返したのがどうしてなのか、
なんとなく気遣いが伝わってきたから、僕も少しだけ得意になってそう返した。
そうすると絢辻さんは、弾むように数歩先を行っていた踵を返すと、
僕に並んで歩き始めた。そして悪戯っぽく笑った。
絢 辻「じゃあ、にんじんはどうだった?」
主人公「お、美味しかったよ。思ってたよりは、だけど」
絢 辻「フフッ。無理しなくていいわよ」
主人公「む、無理じゃないよ。自分ひとりだったら、まず食べてないからね」
絢 辻「それもそうね」
白い息と一緒に、絢辻さんは笑みをこぼした。
それは僕から絢辻さんへのご返杯だった。
二人だから出来たこと。
別に相手は絢辻さんじゃない、他の誰とでも出来ることだけれど、
誰とでも出来ることを絢辻さんとしたことが大事なのだと、やっぱり思う。
主人公「そうだ、ねえ絢辻さん」
絢 辻「なあに?」
主人公「お昼の話を聞いてて思ったんだけどさ。
それじゃあ絢辻さんは、カレーを作ったことは、あまりないのかな?」
……なんだか、そんな気がしていた。
家で作る機会がないとなると、あとは学校のイベント、野外活動だとか、
文化祭だとか。そうでもないと、
カレーを作る機会なんてそうそうないだろう。
だから。
絢 辻「作ったことがないわけじゃないけど、あまり真面目に、
工夫をしたり、考えて作ったことはないわ」
主人公「今度、うちで作ってみてくれないかな」
絢 辻「……む」
さすがに唐突だったろうか。
思ったよりも反応が険しくて、僕は怯んでしまう。
唇がとがったりはしないんだけど、真意を量りかねる、という程度には、
ギワクめいた眼差しを頂戴してしまった。
主人公「あのお店の味を再現してみる。……っていうのは」
絢 辻「……」
主人公「……ダメ……かな……?」
絢 辻「別に、かまわないけど。
要望がなんだか厚かましくなってる気がするわ」
主人公「はは、そんなことは……はは……」
絢 辻「……。フム。そうね。やっぱり、やめておきましょう」
主人公「ええ!? ど、どうして?!」
勢い込んで訊ねた僕に絢辻さんはさっきお店で見せたより、
輪をかけて含みありげな眦でほくそ笑んだ。
絢 辻「先々とね。それは、あなたの仕事としてとっておくわ」
主人公「僕の……シゴト?」
絢 辻「そう」
絢辻さんは満足げに笑うけれど、当の僕には今度こそ、
サッパリ意味がわからなかった。
主人公「カレーが?」
絢 辻「うん。カレーの日は、あなたが夕飯を作るの」
主人公「僕が……夕飯?」
絢 辻「そ・う・だって言ってるでしょ? 何よ、不服?」
あんまりしつこく僕が確認するものだから、絢辻さんもいい加減、
イライラしてきてしまった。
でも、でも、ちょっと待って欲しい。
それには一つ大きな前提が必要なはずだった。
主人公「そ、そうじゃないけど……」
絢 辻「けど、なに?」
主人公「それって、さ。僕と絢辻さん、
一緒に暮らしてるって……前提、だよね?」
絢 辻「……」
僕の問いかけに、絢辻さんはとぼけるように唇を空に向けた。
あわよくば気付かれないで終われるし、勘付かれるならそれでもいい。
そんな風に考えていたに違いない。
『そっちにいったか』。
それはそれでまんざらでもなさそうな気配が、
上目遣いの瞳の隅に見え隠れするのを僕は見つけた。
絢 辻「……そうね。まあ、いいじゃない。
あたしは、あなたが作ったカレーを食べたい」
主人公「……。そっか」
絢 辻「それだけ」
主人公「わかった。じゃあ、少し研究してみるよ」
絢 辻「うん。お願いね」
……こうして、絢辻さんお気に入りのお店でカレーを食べた。
よし、次は自分で作って、絢辻さんに食べてもらおう!
(おしまい)
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