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2010年10月10日 (日)

■Tea for Life . ~SS・『TLS2』香坂麻衣子 -更新第591回-

 それは、いつも通りの昼休みのこと。

「きのうとおとついはいそがしかったのかしら?」

 テーブルに着いたばかりの僕に、珍しく香坂先輩の方から話を切り出して。
……しかも質問なんてしてきたから、僕は椅子が少しぐらつくのを感じた。
先輩の話はいつもなら、
「あのね、こんなおかしなことがあったのよ。困っちゃうわよね」
なんていう呑気な切り出しと相場が決まっていたから。テーブルに並んだ見
慣れたティーセットから立ち上る香りも、いつもよりもかすかに渋みがまさ
っていた。
 いつもの時間、いつものテラス。
 季節は秋。
 数日前までの空気は一体、空のどこで冷やされたやら、降りてくる風はも
う、広く開いた夏服の隙間にしのべば体調をおかしくしてしまいそうに冷や
やかだった。
「あ、ええ。すみません、こられなくて」
「ううん、いいのよ。気にしないでね。……だけど、そのぶんのお菓子があ
まってしまったから……」
 そう言いながら、先輩がテーブルの下の鞄から持ち出したお茶のあては……。

 どっさり。

「え、こ、こんなに!?」
 これが本当にたった二日分の利子なのかと、目を疑いたくなるほどのクッ
キーやビスケットの入った包みの数々だった。
「そうなのよ。だから」
 先輩は、それらの包みを家庭室から拝借してきた籐編みのカゴにざらざら
と開けていく。そうして文字通り山となったそれを……

「がんばって食べてね」

と、にっこり笑って僕の前へと押し出した。
 ちょ、ちょっと……無理して一日で食べなくてもいいんじゃないですか?
……そんな風に制することも出来たはずなんだけど、今日は、何だか。それ
を許さない、ずっしり・どっしりとした、おっとり・まったりの裏にある香
坂先輩の、もう一つの面が表に出てきている気がした。
「……はは、頑張っていただきます」
「ええ、がんばってね」
 ……なんだろう? 少しだけ、窮屈な居心地。先輩の胸とノドの奥の方で、
いつもと違う短い腱がぴぴんといっぱいいっぱいまで緊張しているような、
不思議なこわばりがあった。いつもは落ち着いたティーカップを支えるゆび
先も、何か物思わしげに、ゆらゆらと戸惑って見えてくる。
 もしかして、責められてる? ……いや、まさかなあ。だって相手はあの
香坂先輩だ。雰囲気や面持ちはいつもと変わらない、のんびりふんわりな香
坂先輩だ。それに、僕らが昼休みにここでお茶を飲むのは、約束に結ばれた
ものでもない。ただ同じ時間をもてあました者同士が、木枯らしに集められ
た落ち葉みたいに、同じテーブルにつくだけの話だから。
 僕は先輩がポットから注いでくれた紅茶にちびりと口をつけ、やっぱり今
日が何日かに一度巡ってくる、お茶がちょっと渋く入ってしまう日であるこ
とを確認した。
 先輩は、女の子にしては大きなその掌でティーカップをきれいに支える。
そしてその重みに耐えてもなお余裕があるのか、親指をふちでつんつんと躍
らせた。あまり見ない仕草だな、と思って見ていたら、やおら

「七瀬さん、だったかしら」

と、
「?」
聞きなれない苗字が、その緊張した唇から飛び出した。
「あなたの、ほら。おさななじみの」
「……。あ。そうですね。かすみがどうかしましたか?」
「そうそう、かすみちゃん。そうだったわね」
 先輩じゃないけど、そうだった、そうだった。かすみの苗字は七瀬だった
っけ。もう随分名前でしか呼んでいないから、すっかり忘れてしまっていた。
 ……けれどこの時、僕はそんなことに気をとられていないで、違和感に気
付くべきだった。
 先輩とかすみは、つい先日会ったばかりだ。しかも、たった、一度きり。
朝の道で三者三様、偶然ばったり会って、どちらとも面識のある僕が互いを
紹介した。それだけだ。
 それを、先輩が。あの「歩く逆アドレス帳」と呼ばれる香坂先輩が、たっ
た一度きりの機会を逃すことなく、名前とキャラクターを……そしてあとに
なってわかるのだけど、顔までも!……一致させた、それがどんなに「もの
すごい」ことなのかということを、僕はこのときのやり取りで感じ取るべき
だった。
「昨日、ね」
「……? ……。ああ」
「ええ」
 香坂先輩のスローな思考のめぐる間に僕は三周くらい考えて、先に結論を
出した。先輩も、それを察してついてくる。
 昨日と一昨日の昼休み、僕はかすみと一緒にいた。一昨日の朝、
「あのね、お昼休み、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、いいか
な」
と、先輩にも譲らない例のおっとり口調で言われて僕は、いつものごとく、
かすみの本当に他愛ない頼まれごとに、安請け合いで力を貸したんだった。
「そうそう、そうなんですよ。昨日と一昨日は、かすみと……」
 お昼休みが終わるまで、二十分足らずのこの時間。僕と先輩は丁度そんな
世間話ばかりをもうずっと繰り返してきていたから、今日の僕はこれ幸いと、
かすみとのそんなやりとりを話題に選んだ。ヤマも、オチも、イミもいらな
い、
「ご飯って、白いわよね」
なんていう当たり前のことを確認するだけみたいな、二〇/一四四〇の、か
けがえのない時間のちょとしたアテとして。
「……だったんですよ。ヒグマの肉の塊なんて、何に使うんだろうって。そ
れにしても音楽部のことなんだから、音楽部の男子に頼めばいいと思うんで
すよね」
「そうだったのね」
 最初は……何故か不思議そうに話を聞いていた香坂先輩も、途中からは笑
顔もこぼしながら、いつもと同じ調子で話についてきた。そして聞き終える
と嬉しそうにうなずいて、ティーカップをソーサーに戻した。
「でもそれは、それだけあなたのことをたよりにしているってことよね。よ
かったわね。うらやましいわ」
「そんなことないですよ。そろそろしっかりしてもらわないと」
 僕が少しオーバーに仏頂面をこしらえて不満を垂れて見せると、先輩もそ
れを汲んでかふふふと笑った。
「そうかしら。七瀬さん、もうずーっと、あなたがお世話をしてくれると思
って、うたがってないのかもしれないわよ?」
「ええ? それは困りますよ」
「あら? ふふふ、そうなの?」
 先輩のそののんきな考えの結び方は、なんだかかすみに通じるものがある
から現実味もある。もしもそれがかすみの本心だったらと思うと……それは、
悪い気はしないし、少し前ならそれでもいいと思えたかもしれないけれど。
 今目の前で、少し大柄な肩をすぼめてお茶をすすり、
「一つだけ手伝ってあげるわね」
と、クッキーの山から一つつまんでサクリと齧った先輩を盗み見て……本当
に、いつまでもかすみの傍にいて上げることは僕にはもう出来ないんだと。
無根拠だけど強い確信が、自分でもあまり認めたことのない、先輩になくて
僕にはあるものの中心で、熱くなるのを感じていた。
「そうですよ。だって、かすみはただの幼馴染ですからね。あ、これはおい
しいですね」
 僕も山の反対側から手を伸ばし、崩さないようにそっと一つ、クッキーを
摘み取る。僕の口と先輩の口の中から交代ゞに、サク・サク・サク・サクと、
甘い生地がほどける音がつながるのが愉しかった。
 けれど。

「だめよ、そんな言い方をしちゃ」

 先に食べ終わった先輩が、お茶を喫する一拍の間を置いて言った言葉が、
またテーブルの色を変えた。
 僕は……いつの間にか先輩から、「いつもと違う」こわばりが消えていた
ことに気付いていなかった。気付いたのは、今またこうして先輩の声が、…
…喉が、真剣味を増して引き締まった音を出したからだった。自分の身さえ
固くなるのを感じる。
「だって、かすみちゃん……七瀬さんは、あなたのことが好きかも知れない
でしょう?」
 ……本当に。
 自分が何を言っているか、分かっているんだろうか、この人は。コクコク
とお茶に口をつける頻度が上がっているから、多分幾らか緊張してはいるん
だろうとは思うのだけど、細い目の表情からは窺えない。
「あなたがそんな風に思ってるって知ったら、きっと傷つくわ。だから、だ
めよ」
 そんな風に言われて……この日は、やっぱり僕もどうかしていたのだろう
と思うし、思いたい。冷たい秋の空気のおかげで頭は冷えていたし、お昼も
クッキーもしっかり食べて、栄養も回っているはずだった。
 昼休みも後半戦のテラス、辺りには当然人もいる。ふわふわしたおしゃべ
りのシャボン玉が舞う中で、僕はもう一つクッキーを手に取った。トランプ
のマークを模してくりぬかれたクッキーは、何の暗示かクラブの形をしてい
た。
「そう……ですね。だとしたら、先輩どうします?」
「え?」
「かすみが僕のこと好きだったら、ですよ。……先輩は、どうするんです?」
「……あら」
 何かの自信や確信があったわけじゃないのは当たり前で、僕自身もどうし
てこんな言い方が出来たのかわからない。でもそれはあながち間違いではな
かったみたいで、さっき僕の中に芽生えた「先輩になくて僕にはあるもの」
の成せる業……だったのだと思う。かすみには、申し訳ないけれど。

「そうねえ……」

 先輩は傾げた小首のその頬を、頬杖代わりの人差し指でつっかえて、いつ
もの「困っちゃうわよね」の形で小さくうめいた。八の字に細く寄った眉が
……えも言われず、まるで年上らしさを感じさせないで可愛らしい。そのス
ローな思考の果てに一体どんな結論が導かれるんだろうかと……二つ、三つ。
僕はクッキーを口に運びつつ、山の陰から様子を窺った。甘くほろほろとし
たクッキーと、少し渋めの今日の紅茶はびっくりするくらい良く合って、先
輩から目を離せないままカップに指をかけると……、そのあまりの軽さにカ
クンと肩透かしをくらってしまった。
「あら、ふふふ。おかわり、いる?」
 先輩は僕のその間抜けな様をこんなときだけ目ざとく見つけ……思考、中
断。ああ、もうダメだ。先輩はきっと、今しがたまで自分が何を考えていた
かなんてもう憶えていないに違いない。ポットの中身を確かめると、とぽと
ぽとお茶のお替わりを供することに嬉々として、
「はい、どうぞ」
なんて、僕に新しいお茶を勧めてくれる。
「……ずるいですよ」
「え? 何が?」
「なんでもないです。そんなことより、今日のお茶はクッキーに良く合いま
すね」
「あら、そうよね? 良かったわ。少し失敗したかしらって思っていたんだ
けれど。こういうのを何て言うんだったかしら、ええと……」
 新しいことを考え始めた先輩に、僕はもうさっきの答えを求めることを完
全に諦めた。そして彼女の新しい疑問の答えも、疾うの疾っくにわかってい
たのだけれど、さあ、なんでしたっけねえ、ととぼけて見せて……さくり、
と新しいクッキーで口の中を甘くしてから、先輩のうっかり淹れた、渋い紅
茶を口に含んだ。

 約束じゃないから、とか、傷つくかもしれないから、とか。
 僕と先輩は、いつの間にかそんな何のちからもないずるい言葉でお互いを
かわし合い、ごまかしあうような関係になっていたんだと気が付いて、かす
みのことを思うと胸が痛んだ。
 いつもの時間、いつものテラス。
 季節は秋。
 けれど、今日のテーブルは少し重めの空気をまとって、せっかくの爽やか
な秋晴れも、ぼくらの上だけ秋のブラウンが濃く思えた。けれどそれもきっ
と、そんなずるい僕らの罪への罰なんだと、目を覚ましたばかりの僕と先輩
の真ん中にあるものが教えていたから、簡単に諦めもつく。いがらっぽいお
茶も楽しく飲める……これから先のそんな生活に、ひと匙くらいの疚しさは
あってもいいんじゃないかって。

 
 
 
さてもさても、オイサンです。
今回は目先を変えて、
『トゥルー・ラブストーリー2』から、香坂麻衣子センパイのSSをお届けします。

  「絢辻さんの誕生日はどないしたんじゃ」
  とか言わない。
  オイサンだって傷ついているんです(なんでや)。

オイサンが秋になると思いだすお歌の中に、
その『TLS2』の香坂先輩のキャラソンである「Tea for Life」があります。
そのキャラソンの存在と良さ・面白さ・ものすごさに気付いたのは2006年の後半と、
リリースされてから随分あとのことなのですが、
今回はその歌をモチーフに……
最近の抑圧されたオシゴト生活の中でピーンと浮かんだ一節を中心に、
一気に書き上げてみました。
着想一分、
ラフスケッチ十分、
本書き……五時間くらいでしょうか。

  この歌のものすごさについては……
  こちらの日の日記を読んで戴けるとちょっとは面白いかもしれません。

  ■好きでいればいいじゃない、あの子のこと。 -更新第35回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/35_9be9.html
  35回って……昔だな!

最近ではまあ、寧々姐さんとして名を馳せてらっしゃる皆口裕子さんですが、
オイサンにとってギャルゲーの皆口さんといえば香坂センパイをおいて他にはありません。

まあいわゆるおっとり系の年上キャラで、
オイサンもゲーム中ではさほどのインパクトを受けたヒロインではなかったのですが、
このキャラソンを聴いて、そのものすごさにブン殴られたような。

そんな人です。
『TLS2』らしからぬ、若干の湿り気を帯びたお話ではありますが、
マなかなか更新時間も取れないここンとこ、
束の間でもお楽しんで戴ければ幸いです。



オイサンでした。
 
 
 
 
 

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コメント

■JKPさん
毎度っす。
お会いした時もお話しましたけど、オイサンは、
香坂先輩が怖いとは、やっぱり思わないんですよね。
あの人は根っからああなのだと思っています。
その分、キャラクター的な面白味はあまりないんですけど……
なんでしょうねえ、あのどうでも良さはw
 
 
■おしんこさん
毎度おせわになっております。
そういう風に読んで戴けると、本当に書く甲斐があります。
正直、自分の目指すところまで、書いたものが辿り着けているのか、
恐らくは辿りつけてはおらず、
読み手のお力に多大な助力を得て、ようやくほうほうの体でどうにか
形をなしているのだと思っています。

本当に、感謝のことばもないくらい。
オイサンが物を書くことが出来るのは、読んで下さる方がいるから……というだけではなく、
読み手の「力」があるからなのだと、とても具体的に感じ入る次第です。
これからもオイサンの作品が完成する、その最後の、けれども欠かすことの出来ないひと押しに、
是非ともご助力下さい。
 
ありがとうございました。
 

投稿: ikas2nd | 2010年11月 8日 (月) 01時48分

秋の空の下繰り広げられる、いつもと変わらない日常。
でもそれは、以前とは違う日常。

女心と秋の空とは言うけれど、香坂先輩の場合はちょっと違うかw

サクリと読める文量だけれども、光景が鮮やかに目に浮かぶ。
言葉の裏にあるであろう想い。それを汲む工程はとても心地良いものですね。

読むというのはやっぱり楽しい。
これからも楽しみにさせてください。

投稿: おしんこ | 2010年10月11日 (月) 04時53分

香坂先輩、懐かしいですね。
そして怖い人ですw
今回のSSのように、こちらには所謂「天然」だと思わせておいて、実は色々な思考と感情が渦巻いている、それを強く感じさせられた人でした。

TLS2は彼女のCGだけ埋まってないんだよなぁ。

投稿: JKP | 2010年10月10日 (日) 15時43分

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