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2010年9月16日 (木)

■送辞 -更新第585回-

遅ればせながら、『けいおん!!』の最終回を見た。

巷では、殉教者が出るとか、
半裸長マフラーの人が叫ぶとかなかなか素敵な騒ぎになっていて、
ここまでいろんな人を巻き込むだけの魅力を持つこの作品には、
何か今までにない新しい「発明」めいたものが隠されているのではないか?
と、オイサンは思っているのだけれど
それが何なのかはまだ見つかっていないし見当もついていない。



それはさておき、最終回。



個人的な感想としては、
部の面々やあずにゃん、さわちゃん先生のエピソードについては
十二分に予想出来る展開だったし、
「そういうお話だから」という認識が強すぎて、
自分の中では殆ど予定調和的に処理が済んでしまっていたので
さほど強く感情を揺さぶられることは無かった。
群を抜いてうまいな、きれいだなー、という気持ちはあれど。
その辺は「わりとありふれたお話」に見えていて、フツウ。

  3年生の面々については、既に文化祭や受験の中で
  卒業・分かれに対する感情の処理を終えているので、
  本人たちさえ揺れることは無かったし。
  むしろ、ここに至るまでにこの四人を強固に描ききった、
  ラスト直前までの数話の展開のさせ方の方が斬新で面白く、感心させられた。

そんなオイサンですが、一つ、ガツコーンと来たシーンがある。
それは、式が終わって、唯と和(のどか)がそれぞれ別々の教室へ向かうシーン。

唯は、部のみんなの待つ音楽室へ、
和は、三年間自分が過ごした生徒会室へ、
それぞれ、階段を上がり、下り、引き上げていく。

そこを唯は呼び止めて、
「出来たら一緒に帰ろう」と、
約束ではないけれど、もう少し緩い、願いのようなものを和に括り付ける。
括り付けはするものの、もう二人が同じ方向へ……
……中学時代には多分、唯が和の後ろをついて、
  同じ方へトコトコと歩いていくことになっていたのだろうけど、
  もうそうではない……
……同じ方向へ歩いていくことはないんだ、という画になっていて。
まあこれも、ありきたりといえばありきたりな場面なのだけど。


……。


ココんトコの一、二話で、
和が何度か、唯や軽音部の面々ことに思いを至らせ、
感慨深く、物思わしげな表情を浮かべたり、深く息をついたりするシーンが、
何故かとても印象的に描かれることがあった。

  その場面だけ外の時間の流れからずらされて、
  見るものに強い違和感とともに残るように、それは丁寧に描かれていた。

確か前回? 23話だったと思うのだけど、
生徒会室の様子なんかもやけに色濃く描かれて、
何故ここにきてコレなのだろう? と、思ってはいた。
まあ最終回・卒業が近くなって、
和にも和なりの三年間が在ったことを描こうとしているのかな、
くらいに思っていたのだが、
その描写が伏線的に、和の歩いてきた道をハッキリと意識させてくれて、
そのあまりに唯と違うこと、この三年間で分かたれたことが、二人の別れ、
これから進む道の異なることをより強く感じさせる素材となっていて。

もう、耐え切れなかった。
涙がこぼれました。

和は、そういう時期が近いことを感じ、きちんと頭でも考えて分かっていて、
もうずっと前からそういう気持ちになり、整理もつけていた。
対して唯は、そんなことを言葉に出来るほど理解してはいないのだけど、
あの階段を上る瞬間……
いつもと違う、全く違う、
なにかそこに立ち上る気配を彼女にしかないフシギな器官で感じ取って、
和を呼び止め、約束を結び付けたんだ。

和はさぞかしほっとしたことだろうと思う。
もう整理もついた気持ちだったから、
激しく表に出たりはしなかったけれど。

二人はこれからも、これまでの時間や絆や思い出を頼りに
途切れることのない時間を終生過ごしていくのだろうけど、
あまりに違いすぎたこの二人が、この先で、強く深く交わることは、多分ない。
「ごきんじょさん」というありふれた奇跡に引き合わされたこの二人は、
それぞれの力で、その頼りない糸をずっと掴み続け、
この先も、その手を緩めることはないんだ。

あそこで唯が呼び止めなければ、
この二人の時間が今後一切交わらなくてもフシギではなかったかもしれない。
唯にとっても和にとっても、互いが「いたんだよ、こういう子」と、
知らない誰かとめくるアルバムの中の存在になっていたかもしれない。
けれどその糸を、自らもう一度掴みに行ったのが唯だった。
それは……その「本能の踏み出し」は、多分、和には出来ないことなんだ。

このあと唯はあずにゃんに、
「これをあげよう。あたしたちみたいだね」
と、少し上からあずにゃんに、それと同じ手を差し伸べるのだけど、
同じ目線の高さから語りかけた和とのこのシーンが、
オイサンには感動的に映りました。

一つ、とても大きな事件の筈のこの瞬間を、
ただのいつもの風景として、平らかな感情の中に上手にしまいこんでしまう、
この二人の在り様に、グッときた

あずにゃんの涙も、さわちゃん先生の感慨も、
唯と和、この二人のシーンの前ではかすんで見えた。
この二人の、すごく前進的な別れ、
特に(唯一そのことに勘付いている)和のキモチ、
寂しさと、喜びの狭間で引き裂かれそうになっていることを思うと
胸が強く痛んだ。

オイサンは、和のように、いやもっと酷く、
あそこで掴むべき糸を、数え切れず、
時に無意識に、時に気付いていながら、見過ごし、手放してきた。

一秒もない、踊り場でのカット。
あの二人の背中は、当分忘れられそうにない。
オイサンにとってはあれが『けいおん!(!)』だったと言っていいと思う。
それは第一期の頃から。
きっと日々の暮らしの中にも当たり前に零れ落ちているであろうこんな瞬間を、
見落とさずに生きていきたいと思うし、文字にして残していきたいと思う。



マそんなことで。



和ちゃん。
『けいおん!!』第二期で、
一番強い輝きを放っていたのは、誰あろうあなたであったと、オイサンは思います。

昨年の正月、帰省した実家で、兄に
「お前は『けいおん!』のメンバーだったら誰に着目してるんだよ?」
と訊かれ、
「和」
と答えて困った顔をされたけど。
まーあ間違ってなかったなと思いますよ。

『けいおん!』をありがとう。
お疲れ様。
デ、




卒業、おめでとう。




オイサンでした。




  

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