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2010年8月16日 (月)

■buddy!~雪に芽吹くは新緑の~ アニメ『アマガミSS』第六話・第七感想 -更新第566回-

絢辻さんが可愛くて生きるのが辛い。
オイサンです。


さてもさても、先週と先々週、帰省のスケジュールと
『アマガミSS』放映が重なってしまって感想をかけずにおりましたんで、
今回一気に二話分行こうと思います。

うまい具合に……というか……あんまり書くことも無い感じ、
二話で感想一回分、くらいの重みの展開だったんで、
マ丁度いいというか。


  ※そういうワケで、アニメ『アマガミSS』の第六話と第七話、
   棚町薫編に第二章・第三章の感想まとめてです。
   未放送地域の方、未見の方でネタばれはこりごりだぁ!
   という皆さんは、お家に帰ってママのオッパイでもしゃぶってな!
   
   ……あと、不本意ながら、中身もかなり辛いメですんで、
   そういうのがヤだなー、と思う方も、避けた方が賢明かもです。




■『アマガミSS』第六話・第七話感想



 ▼作画が色々台無しにする。

先ずは大きく、二話分まとめての感想を。

正直、作画的にはかなり末期の様相を呈しておる、と言わざるを得ません。
いわゆるヤシガニだったり、キャベツが球体になったり、
そこまでの見た目一発で終了しているわけでは決してありません。
まだ人や物は人や物の形を保っています。
そういう「終わり方」はしていません。

ですが、この『アマガミSS』という作品の命はドラマ成分であって、
その中で人の、殊にヒロインの表情や仕草は、
その命を描き出す(或いは吹き込む)ために欠かすべからざる最重要のパーツの一つです。
それを描く余力がもう残っていないように見えまする。


絵の欠陥によって、作品の命の部分が致命的なダメージを受けつつある。
そういう意味で末期的な状況に陥っていると、オイサンは思います。



それを確信した……顕著だったのが第七話の終盤、
橘さんと薫がファミレスの裏手で話し合うシーン。

再婚を考える母親のことを、薫が感情的になってなじるのですが……
そのシーンで全部、薫が画面に背中を向けてるってどういうこと?

カットも動かない中、ヒロインは背中を向けて身振り手振りだけで、
どうにか感情を表現している……させているつもりなのでしょう、作画側は。
しかしそんなもん。
見てる側をごまかせるわけがなかろう。

  そこまでハッキリと認識しないにしても、
  「アレ? なんか退屈だな、つまんねえな、面白くないなコレ」
  って、いくらなんでも、思いますよ。

さらに終盤、その翌日、登校してきた薫と橘さんが廊下を歩くシーンでもそう。
ずーーーーーーっと、背中向き。

演出上、なんらかの意図を込めたんでしょうか?
……そうなのかも知れませんが、
申し訳ないがオイサンにはその意図は読みとれなかった。
そうなるともう……
「ああ、作画の手が、或いは技術が、なんらかの理由で足りてないんだ」
と、思わざるを得ない。
もっと激しく、分かりやすく、表情を見せれば良いだけのシーンで
それを敢えて避けて、こんなことをする意味が分からない。

特に第七話では、冒頭から
橘さんや田中さんの見た目やら、背景の椅子やらが既におかしいし、
上述のファミレス裏のシーンでも、薫が不自然にワープするシーンも
僅かながら見受けられる。
それらのことを考えても……。

声優さんは、第六話・七話通して、熱の入った良いお芝居をされていると思います。
あの、このアニメですごく良いところはそこだと思います。
声優陣のお芝居はすごくいい。
第六話の屋上のシーンとか、声の演技の細やかさはすごいと思います。
サトリナさんも、前野さんも。
相手を意識している、していないの境界が、
息使いの中にさりげなく表現されていて、あーすごいなーと思います。

そんなサトリナさんのせっかくの芝居を、作画側の都合でがっつり足を引っ張っておられる。
ていうか、絵がどうしようもないのを
サトリナさんのお芝居でどうにかこうにか繋ごうとしているけれども。
ぶっちゃけ、終わってる。
これならラジオドラマにしてしまった方がまだ良いんじゃないかと思えます。

  ……絵がアテにならない分、声でたくさんの情報を得ようとして
  オイサンの体が勝手にそういう風になってるという可能性も無きにしも非ずですが。

キツイことを書いてるようですが……これはもう、オイサンの偽らざる本心。
非常に残念なことが起こっていると思います。
もったいない。

  そんなんなら見るな、
  見るにしてもわざわざ感想に残すな、
  そんな風にお思いかもしれませんけどね。
  そういうことでもないんですよねえ。
  『アマガミ』という作品がキライで、わざわざ論うためにやってるなら
  自分でもそう思いますけど。
  好きな作品を見てそう思ってんだから、
  それは残していいだろうと、オイサンは思うですよ。



■そしてシナリオ、その描写も……総じて、雑。



と、全体的にダメダメな作画に並んで、シナリオも随分とおかしなところというか……
見ていて乗り切れないことが続きます。

第六話、田中さんの手紙を回し読みした男子をなじり、
教室をあとにした屋上のシーン。

橘さんが屋上に出てきて「何があった?」って聞くんですけど……
教室で、田中さんは「私のせいなの」って言っておいて
その先の事情は話さなかったんでしょうか?
ジブン、なんで言うたん?
不自然やろ。

この屋上シーンでの橘さんと薫は、もう付き合ってるくらいの空気をかもし出してる。
それはとても良い意味で。
田中さんを応援しようという空気の裏で
「僕らぐらいのいいパートナーを見つけてもらおう」
と言っているくらいの気配を感じます。
リアリティはともかく、作劇的には古女房の空気。

この空気感が二人の空気なのだな、というのがよく伝わる良いシーン……なのですが、
その分、この空気に変化を求めた薫の気持ちというのが、やはりちょっと分かりにくい。
実際のシーンの雰囲気と、
その場面で求められるはずの雰囲気がちぐはぐになっているように思います。

  これだけいい雰囲気にしてしまうのであれば、
  今の空気の心地良さを薫が「まあいっか」と受け容れたところに、
  橘さんが不躾な質問で台無しにして、「やっぱり変化が必要!」と思い直す薫、
  という流れにでもなっていれば納得は行くのですが。

そして、そこに挿入される絢辻さんのシーンとの切り替えがまた、唐突で惜しい。
もっとしっとり、ゆっくりと挿入出来れば、
それによって薫と主人公との信頼が深まる様子を、分かりやすく描けたはず。

尺のせいなのか、全体的に、雑。

橘さんが薫に好きな人のことを尋ねるシーンでも、
「ああ、本当ならここにもうワンカット、入るはずだったんだろうな」
というところが垣間見え、
意図的に切ったのか、なにかの事情で挟めなかったのかは分からない。
入れた方が分かり易くはなっただろうし、
なくてもオイサンは好きだけど、
ないならないで、もう少し丁寧にやれるんじゃないかと思う。

「なんとなく……っかぁ……」
と、拍子抜けする薫はこの二話の中で一番というくらいよく描けてるなあ。
「え? ……いないよ?」
という橘さんの返しも、この話で一番。
役者さんがノッてやっているのがすごく伝わってきます。
……なんていうか、絵に比して、声優さんのお芝居が上等すぎて、
見ていてすごくアンバランス。
声優さん、絵のないところで収録してるんだろうなあと、
なんとなくだけど思う。
イヤ実際はどうだか知りませんよ?

 ▼面白いなあと毎回思うのが

ゲーム本編では気付かなかった、ちょっとしたシナリオ上の仕掛けに気付けること。
今回は、薫の美術センスについて。

「淡いピンクが足りない」だの、「淡いパステル」だの。
ゲーム本編では気付きませんでしたが、薫は色で物事を印象的に表す人なんですね。
薫は<ソエン>で芸術家への道が開けますが、
こういうところでその伏線はりをしていたのかと思うとちょっと納得がいく。
薫といい、片桐さんといい、芸術家肌の女の子は
勢いのある変わりモンが多いです。

 ▼そしてヘソキスのシーンでも

原作でそもそも、どういう流れで図書室でヘソキスになるんだったか……
オイサンはよく覚えてませんけども。
それは除けておいても、この流れはキミ、どうだい。

わき腹をくすぐるつもりで来ているのなら、
その現場に図書室を選ぶのはリスクが高すぎることくらい、
ナンボ橘さんだって分かろうに(静かな場所なんだから)。

まあ、突発的にヘソキスを思いつかないといけない都合上図書室にしたのだろうけど、
それなら保健室とか理科準備室とかでも良かったのでは。
図書室であることが活かされているのは、

  ・美也に目撃される
  ・翌日、梨穂子に褒められる


の二点だけなんだから……無理に図書室である必然性は、やっぱりないなあ。

それにこのヘソキスのシーン。
原作はともかく、アニメのこの流れなら、薫的にはこの流れを利用して
橘さんとの距離や関係を近づける流れの上にあってしかるべきだと思うのですが、
それも特に意識したつくりになっていない。
このアホなイベントに便乗し、
薫は橘さんを誘惑するなり、本気度を確かめるなり、
「関係の変化」に持ち込もうとしても良い場面であるはずなのに、
そういう描写や見せ方が一つもされてない。
あくまでも悪友の延長にい続け、橘さんからの勝負を受けて立っているだけのように見えて、
冒頭の風呂や、屋上での恋する乙女の片鱗が、完全に鳴りを潜めている。

……だもんだから、この二話目では話は殆ど進んでいないように見える。
もっと進めても良かったはずなのに。

 ▼第七話のシナリオ

第七話のシナリオでも、薫母の言動と事実に食い違いがあったりして
(母曰く「帰っていない」、けれど事実は「口論になって薫は家を飛び出した」)、
取りようによっては、薫母が体面のために学校にウソを言ったような印象を受けて、
悪い人みたい。

ファミレス裏で橘さんと薫が話をするシーンの終わりでも、
橘さんが大人すぎて、そしてその大人ぶりに裏づけが見えないものだから
上滑りする言葉だけを弄する優男に見える。
そしてそれを安く受け止める薫がさらに安っぽく見えて……
やっぱり、ドラマ全体がなんか安っぽく感じたりした。



■Closing



……あのー、本当にね。
これだけは信じて戴きたいんですけど、別にただただ、けなしたいわけではないんですよ。
悪いことだけを書きたいわけじゃない。
真ん中あたりでも書いたみたいに、声優さんの演技は素晴らしいし、
六話の図書室のシーン前で登場する梨穂子の、固有BGMみたいな曲もすごく好きなんです。
いいところも、まあ多くは無いけれど、確かにある。

でも、作品のメインストリームの部分でやっぱり
色々と致命的なことになりつつあるから、
そこはどうしたって他のパーツよりも目につくし、気にかかるし、鼻に突く。
良くなりそうなところを全部、自分からつぶしてるみたいに見えます。
先ず何をおいてもそこを改善していくべきだと思うのです。

  ……もちろん、それがそう出来ないから、
  こんなことになっているんだと思いますが。
  そらあね。
  それはどんなお仕事でも同じですから、ワカランではないです。
  「こうするべき。だけど、諸事情によって出来ない」というのはね。

  でも、「それを分かってしまうから言わない」というのもやはり違うと思うので、
  こうして書いておるワケです。

気を悪くしたり、目くじらをお立てになる方は……
まあ、そうされれば良いと思います。
良いところを良いと、もっと言ってあげて欲しいと思います。
ただオイサンには、この「良い/悪い」の構成比では、
なかなか上手にそれが出来ないので、こんな記事になってしまっていますけど。

どうにもこうにも、棚町薫編、次回最終回。
期待の持てる出だしではあっただけに、
お尻では持ち直してもらいたいと思うのでした。



オイサンでした。




 

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