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2010年7月14日 (水)

■いとなみを空に映して・三 ~『アマガミ』・絢辻さんSS・七夕編 -更新第542回-



 
 
          *   *   *
 
 
 
 結局、絢辻さんは健康祈願と運気向上、合わせて二枚の短冊を。僕は健康
祈願の一枚だけを……大笹に吊るしていいことになった。
 僕らがたどり着く頃には、大笹の手の届きそうな低い枝にはもう他の短冊
や飾りが一杯にくくりつけられていたから、脚立を借り、それよりも少し高
いところにある枝に、何故か絢辻さん自らが上がって短冊をくくりつけてい
た。
 その三枚をつるし終えたとき、
「はい」
と絢辻さんが、僕に向かって手を差し出したのだった。
「え? なに?」
「短冊よ。もう一枚あるんでしょ? 一緒に結わえちゃうから、こっちにち
ょうだい」
 最初、僕は絢辻さんが何を言ってるのか分からずにポカンとしたのだけど、
そういうことか思い当たると、パッと両手を開いて見せた。
「もう無いよ。その一枚と、さっき没収された二枚で全部」
「そうなの? あなた、書くとき四枚持っていかなかった?」
 絢辻さんは少し驚いたみたいに、ポンと両眼を見開いて見せた。僕の一挙
手一投足まで、本当によく見ているから油断が出来ない。
「三枚しか書け……かなかったんだ」
 そうだ。先に書き終えてしまった絢辻さんを追いかけて、僕は四つ目の願
いを諦めた。その内容はただのおねだりで、大して気にしていなかったから
事細かな説明は伏せておいたのだけれど……絢辻さんは、その場面を思い出
したのか、そしてまさかあとの二枚まで没収することになるとは思っていな
かったからだろう(そりゃあ普通は思わない)、ちょっとだけしおらしく、
高い位置から視線を地面に落とした。
「それは……悪いことしたわね」
「ううん、いいよ、別に。自分で何とか出来るお願いだからね」
「そう?」
 絢辻さんは人の気持ちを読むのが本当に上手で……もしかすると僕が特別
分かり易いだけなのかも知れないけど、それがごまかしなのか本音なのか、
するっと読みとってしまった。だから僕が笑うと、いくらか気持ちもなごん
だのだろう、表情を和らげて
「そうね。大体あなたは、他力本願が過ぎる傾向があるものね」
と、露払いに呟くと、するすると脚立を下った。
「じゃあちょっとだけ、屋台を冷やかして帰りましょうか?」
 そうして、二人して大笹を見上げて合掌、一礼。僕はもうさっきのトンネ
ルに向けて半歩踏み出していたのだけれど、絢辻さんはそう言って、明るく
賑やかな、橙と朱色の光が円を描いて幾重にも混ざる参道を指差した。ラジ
カセから流れる祭囃子が、わざとらしくてあたたかい。動きを止めた僕に、
絢辻さんは無言で、差した指先を上下に軽く揺らして見せた。
「う、うん! そうだ、カタ抜きだけやらせてよ。僕、ちょっと得意なんだ」
「え? カタナシ?」
 絢辻さんはいつも、僕が駆け寄ろうとするともう歩き出しているから、追
い抜くことはすごく難しいけど。
「ちがうよ、カタ抜き」
「ノウナシ?」
「カ・タ・ヌ・キ! 元が変わってるよ! わざとやってるでしょう!」
「ちがうわよ、人聞き悪いわね。あたし、お祭りなんて殆ど来たことないん
だもの」
「それとこれとは……!」
 短冊にお願いを書いて吊るすのは確かに七夕の醍醐味ではあるけれど、多
分それは一番の目的じゃない。あの短冊はもしかしたら、自分が本当に欲し
いものをただ確かめるためにあるのかも知れないな、なんて僕は柄にもなく
ぼんやり考えた。それは、空の星みたいに望んだって実は手に入らないかも
しれない。けれど自分はそれを望んでいるんだと、誰にも与えることの出来
ないそれを間違いなく手に入れたいんだという、無茶で、無邪気で、まっす
ぐな気持ちを静かに叫んでも許される夜。だからそこに書くのは目標ではな
くて、願いなんだろうと……絢辻さんを見ていて思ったのだった。
 僕の思い描いた四つのお願いはまだまだ自分で出来ることだらけで、ひと
先ず空に預けはしたけれど、もう一度考えてみようと思い直す……だけど、
それなら、絢辻さんは?
 流れくる人波の、複雑に絡み合う潮目がまるで読めるみたいに、右の屋台、
左の見世物、ぴくぴくと、猫の瞳を走らせながらどこにも吸い寄せられずに
すいすい渡っていく涼しげな背中を見ていると、もっと無茶で、横暴で、傍
若無人なお願いを……誰に気兼ねのあるでなし、空にくらいは投げてもいい
んじゃないか、今みたいな自分を、絢辻さんは本当は望んでいないのかも知
れないと、……思うことも、僕にはあった。


             ・
             ・
             ・


 屋台に挟まれた参道を抜けるのには、絢辻さんのおかげでさほど時間をと
られずに済んだ。僕と梅原で来ていたら、それこそ最後の屋台のおじさんが
悲鳴を上げるまでかかったに違いない。
 僕は宣言通りカタ抜きに挑戦して見事に玉砕、その崩れたカタを、遊び半
分につついた絢辻さんが僕よりよっぽど上手に抜いて見せるという……あま
りにもお約束な、カタナシのノウナシぶりを見せ付けることになった。
 絢辻さんの
「なあんだ。あたしの言った通りじゃない」
という……ミもフタもない一言に胸をえぐられた傷跡と、残念賞としてもら
った、見覚えのあるようなないような外国産のネズミと似て非なるマスコッ
トだけが僕の手元に残った。
 そうして、人ごみを抜けて表の石段を下り、中途半端に時間が経って、エ
アポケットのようにひと気の失せた家への道を歩いた。
 遊びやお祭り、楽しい話題が尽き始め、話がそろそろ学校や勉強のことに
および始めたとき、
「そうだ、ねえ」
と、絢辻さんが少し不自然な話の切り方をした。どこまで歩いても、祭囃子
の高い笛の音だけは僕らのあとをついて来た。
「ん?」
「四つ目」
「え?」
「最後のお願い。今、あたしが叶えてあげましょうか」
 僕の隣を歩きながら、絢辻さんは歩調もトーンも変えないまま、ただ左手
をこっそりパンツのポケットに忍ばせただけで、そんなことを言った。
「……そんなこと出来るの?」
 四つ目のお願いを、僕は絢辻さんには話していなかった。それに、その内
容は単なる物欲で、今この場で叶えることはおろか、言い当てることも出来
るはずがない、これまでの三つの願いごとの延長で、絢辻さんが自身にまつ
わることと思い込んでるんだと僕は高をくくっていた。
「はいこれ」
 けれど、絢辻さんのポケットから出てきたのは、文房具屋でも売っている
ようなプレゼント用のラッピングバッグで……僕をどきりとさせるのに十分
な大きさと形をしていた。
「……これって……」
 手に丁度収まる幅と厚み、鉛筆よりもちょっとあるくらいの長さのそれに、
僕はまさかと、期待と、ちょっと怖いのとで息を呑んだ。
「良かったら使って」
 絢辻さんはその包みを渡すだけ渡すと、思わず足の鈍った僕を半歩置き去
りにしながら歩いていく。あ、開けてもいいの? ええどうぞ。そんな当た
り前のやりとりももどかしい。僕は包みを破らないように、慎重にテープを
はがして中の物を取り出した。……まさかとは思ったけど、ペンケースだっ
た。本当に。
「ど……どうして?」
 驚きのあまり僕が立ち止まっても、絢辻さんは止まってくれない。肩越し
に浅く振り返った、唇の端に浮かべた満足げな笑いだけを残して、夜と街灯
の闇の中を一人で歩いて行ってしまう。わずかな黄色い明かりを頼りに、僕
がその贈り物を眺めながら小走りで半歩後ろまでたどり着いたところで、絢
辻さんは一言だけ、見当違いな質問を返してきた。
「お気に召さなかった?」
「そ、そんなわけないよ、ありがとう!」
 絢辻さんがくれたのは、丈夫そうな、厚手の布でつくられたペンケースだ
った。濃いクリーム色のシンプルな下地に、緑、赤、黄色、そして白と黒の
ラインが入った、ちょっとシャープなデザインのもので、形も、大きさも、
まるで誂えた様に、僕の毎日にすっと馴染んでくれそうな佇まいをしていた。
数日前、父さんの買ってる大人向けの情報誌で見かけた高級品に、色合いこ
そ違えよく似ていて、僕は驚きと同じくらい興奮した。
「……すごくかっこいいし、僕が欲しかったのとよく似てる……どこで探し
てきてくれたの?」
「作った」
「え?」
 絢辻さんはツンと澄まして言ってのけ、「前見ないと危ないわよ」と付け
加える。実際、興奮気味だった僕は一度蹴躓いてつんのめった。
「わっとっと……。つ……作った? 手作りなの?」
 その勢いでまろび出た街灯の下、僕が貰ったばかりのペンケースを明かり
に透かしてしげしげ眺めると、さしもの絢辻さんも立ち止まって振り返り、
「ちょっと、やめてちょうだい」
ところどころ失敗してるんだから! と非難がましい声を上げた。
 そのとき絢辻さんの姿はもう随分遠くて、髪や瞳、体の端々が夕闇に溶け
始めている。僕は慌ててペンケースを包みにしまい直すと、走ってその影に
追いついた。
 いつもよりちょっと得意げに、愉しげに歩く絢辻さんは、そうは言いつつ
もそれなりに手ごたえを感じているのだろう。今日にタイミングを定めて計
画的に仕上げてきたことは想像に難くない。誇らしげに伸びてリズミカルな
背筋は、それを完遂して作戦を成功させた嬉しみを物語ってる。僕が追いつ
いた瞬間、細い鼻歌が、その切れ端だけ聞こえてきて消えた。
「で、でも、どうして?」
「そんなの、見てればわかるわよ」
 ようやく追いついて並びかけ、もう一度、はじめと同じ質問をした僕に、
絢辻さんの答えはシンプルだった。
「あなたこの間、ファスナー壊して大騒ぎしてたし、そのあと雑誌で高そう
なペンケース見て溜め息ついてたし」
「あ、うん……」
 それは、確かにその通りだった。でも、僕は普段、僕のそばにいない絢辻
さんをそんなに見つめて暮らしてるだろうか? 決して気にかけていないわ
けじゃないけれど、欲しいものを言い当てたり、困っていたら駆けつけたり。
昨年の冬だってそうだった。絢辻さんが一番大変な時期に自分が何をしてい
たのか……それを思うと、申し訳ない気持ちばかりが先に立ち、
「忙しいのに……大変だったんじゃないの?」
そんな言葉しか浮かんでこない。本当に下らない。
「別に。そうでもないわ。勉強の合間の手慰みよ。ゆび先を使うから、頭は
冴えるし、休まるし。ちょうど良いのよね」
 ……そして、それを簡単に認める人でもないことは、僕にも分かっていた
からそれ以上は何も言えず、そっか、と情けなく、また次の言葉を捜すこと
しか出来なかった。
 どこまでもついてくるものだとばかり思っていた山の上から聞こえてくる
贋物のお囃子の音は、住宅街に踏み込むなりヒョロヒョロと弱弱しく、ドジ
ョウのしっぽみたいにしぼんでいく。振り返っても、山はちょっと背の高い
くらいの建物に阻まれて、もうそのともし火も見ることは出来なくなってい
た。
 
 
 
                       (つづいてしまった) 
 
 

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